桜庭和志とは?
〜バーリトゥードの歴史〜
(サクを全く知らない人にも分かる超不確かな簡易版)
いかんせん生半可な知識なので違ってても指摘しないでごめん
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![]() 初期 〜UWFプロレスラー時代〜 中大レスリング部主将。92年に大学を中退してUWFインターという当時格闘技路線を強く打ち出し、当時「最強はUWF、それ以外はまがい物」という過激なメッセージを出していたプロレス団体に入門。入門してすぐには、桜庭は目立った評価を受けない。おおよそプロレスラーらしくないレスラーであった。 しかしUWFはその特殊性から、興行的では徐々に不審を帯びていく。追い打ちを掛けるように、桜庭の師匠でもあり、UWFの興行の主役でもあった高田延彦の選挙への出馬により事実上崩壊してしまった「UWF」。 桜庭は次の主戦場を新たな団体、キングダムへと移す。 第一次 成長期 〜キングダムからPRIDEへ〜 このころ、アメリカでUFCといわれるバーリトゥード(なんでもあり)、噛みつき、目つぶし、金的以外の反則攻撃なしというとんでもない大会が開催される。 そして当時優勝候補だった100kgを越すプロレスラーをなんと体重70kgそこそこのホイス・グレイシーがあっさりと倒してしまったからさぁ、大変。以後もこのホイス、UFCにおいて4度も優勝している。そして問題なのはこの後のホイスの発言。これが日本格闘議界に大きな波紋を呼ぶことになる。「兄のヒクソンは私よりも10倍強い」。 まったく無名同然のホイラーの口から飛び出した「ヒクソン」という言葉。そして「我々、グレイシー柔術が世界最強」とホイスは宣言。無名のファイターに完膚無きまでに倒されたプロレスの権威は急落した。 以後、最強、という称号を無くしたプロレス業界、本当にアメリカンプロレスは「エンターテイメント」を宣言。ガチンコ最強路線は捨て去る。しかし日本のプロレス界は・・・というと、猪木、馬場の率いる新日本、全日本はこの400戦無敗といわれるヒクソンを無視。しかし、やめておけばよいものを、ヒクソン・グレイシーの道場に桜庭の先輩が殴り込み、見事に返り討ち。。。 ![]() 桜庭の先輩、安生は、ヒクソンに上に乗っかられ、「最強は誰だ? 最強は俺だ」と言われながら、パンチを浴びせられたという。 この敵討ちに出てきたのが、大ボス、高田延彦、しかし、有名なこの一戦はたった5分でヒクソンの勝利。腕ひしぎ十字固めでギブアップさせられている。 (参考・腕ひしぎ十字固め)高田はやめておけばいいものを、この後、ヒクソンにリベンジをする。そしてまるで前回の再現VTRを見せられているかのようにヒクソンが勝つ。 この2戦で高田はかっての「最強」の称号を失い、逆に「プロレス界のA級戦犯」という不名誉な呼ばれ方をするようになる。そして最強という称号を失った、プロレス自体の人気が低迷するのは必然であった。 桜庭が台頭するのはこの時期である。桜庭はキングダム時代の97年12月、日本初開催のUFC−Jでヘビー級トーナメントを制す。このときの桜庭は前日ゲームボーイを夜遅くまでやっていて睡眠不足で、ねぼけながら入場、へらへら笑ってリングにあがったのである。そして決勝戦でマーカス・コナンを倒し、この一言「プロレスラーは本当は強いんです」。この一言はファンに熱狂的に支持されたが、当時低迷していたキングダム。この言葉が浸透したのは、もっと後の話である。そしてキングダムも徐々に興行的不審。ついには選手への給料が止まってしまう。 桜庭は師匠の高田と共に「高田道場」の設立につきあう。そして本格的なバーリトゥードの試合を行う、PRIDEを主戦場にするのだ。 ![]() PRIDEは噛みつき、目つぶし、金的、頭突き、後頭部・脊椎への攻撃以外ならどんな攻撃をしかけてもいいガチンコ勝負のリング。 プロレスの予定調和から解き放たれた桜庭は、水を得た魚のように、快進撃を始める。アランゴエスには引き分けたものの、ブラジルの超新星ビクトー、喧嘩屋ブラガ等の強豪を見た目にも分かるくらい圧倒的な強さとパフォーマンスで倒し、連勝を続け、遂にグレイシー一族の一人、ヒクソンの弟、ホイラー・グレイシーとの対戦が決定した。 グレイシーは一族の全てが柔術家で、なんと47年前に日本人の柔道家木村雅彦に父エリオが負けて以来、一族全てが、一度も日本人に負けていないという恐ろしい実績を持っている・・・。 ・・・が、桜庭は30分間ホイラーを蹴りまくり、アームロックでグレイシーに完勝。47年ぶりにグレイシーの不敗神話を崩した。 そのとき居合わせた観客はあまりのうれしさに、知らない者同士、抱き合って喜んだという。 (写真は寝転がるヘンゾに側転をかます桜庭)第一次 全盛期 〜桜庭和志大ブレイク〜 PRIDEは密かに危機的状況にあった。桜庭の快進撃が話題にはなるものの、一般層に知れ渡ってはおらず、観客動員数が振るわなかったのだ。ついに実現した桜庭と上記のホイス・グレイシーの戦いが決定し、フジTVでCMをバンバン流したはずなのだが、東京ドームの興業が3万8000人。けっこう空席が目立ったということだ。一般層には知れ渡っていなかったということだろう。 試合3日前、10分1ラウンドの契約を結んでいたはずのホイスが、急にルール変更を要求。15分無制限ラウンドで戦え、と桜庭に要求してきた。つまりデスマッチである。突然のルール変更要求に激怒した桜庭。「あっちの好き放題にさせるのは許せない。当日はからかいながら倒します」と頼もしく言ってのけた。 その当日。 ![]() 桜庭はプロレスラーらしくマスクを被って登場。しかも3人ともマスクを被ってリングイン、そしてUFCで伝説にもなったホイスを終始圧倒するだけでなく・・・ ![]() モンゴリアンチョップなどプロレス技を繰り出し、なんと試合時間90分を戦い、ホイスに完勝。もちろんこの試合は全世界に配信されていて、桜庭は以後、世界のsakurabaとして、追う立場から追われる立場になる。 同時にPRIDEも格闘技イベントとしてK−1に次ぐ評価を得、世間一般にも認知されていくのである。 ![]() 以後、桜庭はシャノン・リッチ、続く刺客、ヘンゾ・グレイシー、ハイアン・グレイシーなどのグレイシー一門を倒し、「グレイシー・ハンター」という呼び名で呼ばれるようになる。他に桜庭の呼称には「世界が恐れるIQレスラー」「スーパーグラップラー」等があり、CMやテレビなど引っ張りだこになった。一時期には、格闘家としてはじめて「39ラバーズ」という冠番組を持ったこともある。 第一次 混乱期 〜PRIDEの英雄の敗北〜 しかし世界中のファイターから狙われる存在となり、そんな桜庭をマスコミがほって於くわけがない。桜庭の取材合戦は加熱、体調不良のまま、前日38度の高熱を推して参戦した『PRIDE.13』でヴァンダレイ・シウバにレフェリーストップ負けを喫す。 ![]() PRIDE15で怪力クイントン・ジャクソンを倒し、復活した桜庭は、宿敵シウバにリベンジを『PRIDE17』の初代ミドル級タイトルマッチで挑む。シウバのローキックをたった一発で掴み倒すなど、桜庭はいつもより切れのあるタックルを見せるものの、1R終了間際、シウバに持ち上げられ絡み合うようにマットに落下。 ![]() その際、左肩関節を脱臼してしまい、まさかのドクターストップ。桜庭受難の時代の訪れである。 以後約8ヶ月戦線離脱を余儀なくされた桜庭だが、桜庭の後継ともいえる格闘家は台頭してこず、格闘界の未来は桜庭にゆだねられたまま。奇しくもプロレスラーを次々を葬り、「プロレスハンター」と呼ばれていた、K−1ファイターのミルコ・クロコップに復帰戦にしてはきつすぎる、無謀ともいえる体格差(桜庭85kg、ミルコ98kg)を推して挑戦。2R中盤までは一歩も譲らない試合展開を見せたが、後半スタミナ切れと思えるような不審な桜庭らしくない動きを見せ、そこにミルコの踵が顔面にヒットし、眼下底骨折でドクターストップ負け。 昨年12月、桜庭は師匠、高田の引退に花を添えるため、PRIDE23に、膝の腱を断裂し、膝が90度以上曲がらない状態、なんと片足では座ったら立てないという状態での強行出場。ジェロム・レ・バンナの寝技の師匠と言われている、ジル・アーセンと戦い、勝ったものの、試合内容は膝の影響からか精彩を欠くものであった。 迷走期 〜桜庭和志はどこへ行く〜 そして迎えたPRIDE25、復帰戦の相手は「ヒクソンの再来」といわれている`ニーノ・シェンブリ’。しかし、桜庭のキャリアから考えると完全な格下。 だが、PRIDEの神は桜庭に試練を与える。試合自体は桜庭が打撃で完全にニーノを圧倒したが、ニーノが姿勢を低くし桜庭の打撃をかいくぐる際、偶然桜庭の顎に頭突きが入ってしまう。そして一瞬、意識がなくなったところを膝蹴り。まさかのKO負けに会場は静まりかえる。 ![]() それから半年、桜庭に再度シウバ戦のチャンスが訪れる。84kgの身体を91kgの限界までウェイトアップさせ、「シウバに参ったといわせる」と挑んだ、3回目の試合は、わずか試合時間5分で桜庭はKO負けに。 ![]() 桜庭は「シウバの弱点は知っている。絶対にギブアップさせる」と挑んだが、同じようにシウバも桜庭を知っていた。桜庭はシウバの猪突猛進攻撃をかわし、タックルから寝技に持ち込もうとしていたが、シウバはキックは放たないパンチは自分から打たないカウンター戦法を取る。 シウバに待たれた桜庭は仕方なく不得意な打撃につきあうことになり、今回のKO負けとなってしまった。すでに作戦の時点で、戦う前から負けていた。 「事故」や「怪我」とは言えない。桜庭にとってすれば、(PRIDE13を外せば)完璧な言い訳のできない、はじめての負けである。 第二次混乱期 〜桜庭に神は降りて来ない〜 ランデルマンに軽々と投げられる桜庭この時期の桜庭の試合を見ると、「総合格闘技全体のレベルアップ」というものを思い知らされる。 シウバ敗戦の同年(2003年)11月に対戦したランデルマン戦では、桜庭は、ミドルキックやハイキックを次々とキャッチされ、軽々と投げられ続け、さらにランデルマンのフックで桜庭がしりもちをつくシーンなどが見られた。 桜庭が下、ランデルマンが上というポジションが延々続き、「このまま判定になれば、桜庭が負けるのでは」と会場がイヤな雰囲気になったときに、桜庭が得意の「桜庭ロックポジション」から、腕十字固めで逆転勝ちをする。しかし、会場の爆発度は、桜庭全盛期に比べると、いささか静かだったようなイメージである。 ![]() 次に桜庭に、大晦日に因縁の田村戦が浮かび上がる。これは早々に田村側からの拒否があったようだが、、12月末になっても一向に決まらない対戦相手。そして、桜庭の対戦相手としてリストアップされたのは、覆面プロレスラーのエル・ソラールとホジェリオ・ノゲイラ。桜庭は、「僕にもプライドがある」と言って、足の怪我が治りきらないままで、難敵ホジェリオ・ノゲイラと対戦する。 このホジェリオ戦では、試合開始早々に膝蹴りでホジェが距離を詰めて接近戦を挑むなど、「桜庭の弱点=打撃」というエグイ攻め方を見せたホジェリオだが、それが功を奏し、桜庭は判定負け。しかし、三角締めに対して腕十字を仕掛ける様や、序盤の打撃戦の攻防などは、桜庭ファンにとって、「桜庭は強い」という幻想を続ける原動力になったのではないか、と思う。 実際、近年のベストバウトにホジェリオ戦という意見は多い。 ![]() 明けて2004年6月に開催されたPRIDEで、桜庭は一度負けたニーノ・シェンブリに復讐戦を挑む。ファンとしては、あの試合の続き、すっきりKO勝ちして欲しいところであったが、桜庭はニーノ・シェンブリに大苦戦。ニーノはグレイシー柔術を辞めて、打撃ヴァンダレイ・シウバのシュートボクセに移籍していた。そのお蔭というのか、ニーノのディフェンスは格段に向上。相変わらず下からの攻めは変っていなかったが、下から桜庭は側頭部を殴り続けられた。しかし、ポジショニングとスタンドの打撃の主導権を握ったことで、桜庭は辛くも判定勝利を得た。 (桜庭もニーノの強さを認めており、試合の前日に息子の幼稚園の芋ほりに参加するなど、僕からすると、桜庭は、ニーノを舐めていたのではないか、と思う節はある) この頃になると、シウバは、クイントン・ジャクソンなどを問答無用でぶっ倒すなど、「桜庭の敵」ではなく、「プライドの英雄」という扱いを受けていたため、大晦日の「桜庭VSシウバ」がアナウンスされると、PRIDEファンから「桜庭だけ特別扱いしすぎだ」という声が上がり始める。(桜庭は04年の男祭りを練習中の肋骨骨折で不出場) ![]() 桜庭の求心力が疑われる中、05年4月に大阪で開催されたPRIDE GPミドル級で韓国の柔道家ユン・ドンシグからKO勝利をした際には、会場が往年の爆発をみせた。ユン・ドンシグのヒールぶりがそうさせたのかも知れないが、ファンは、なぜか、「これなら、シウバを倒せるかも」などと幻想を持ってしまう一因になってしまった。 しかし、その2ヵ月後には、柔術家ヒカルド・アローナに顔面が変形するほどボコボコにされてしまう。試合は途中で殺人ショーと化し、「桜庭ならやってくれる」というレフリーや観客の無茶な期待を背負った桜庭ならではの「レフリーストップ無し」試合であった。かろうじて、桜庭の体重が練習のし過ぎで86kgにまで落ちてしまい、実質10kgの体重差があったというところが、桜庭幻想を繋ぐ唯一の糸であろうか。(僕はファンなので、以後、一度もこの試合を見ることができない) 桜庭は即入院し、顔の腫れがひかないまま、なんと単身ブラジルに修行に行く。 それも、自分の格闘人生を狂わせた宿敵ヴァンダレイ・シウバの元に。そして桜庭の人生は大きく変わりはじめる。 第二次 成長期 〜シュートボクセへ武者修行〜 桜庭がシュートボクセに練習をしに行く、というのは彼の「飛行機嫌い」「人と会うのが嫌い」「ドラクエ好き」という性格を知っているファンには、驚愕以外の何物でもなかった。 それほどまでにアローナ戦の敗北が桜庭に利いたということであろう。 僕のような「純粋まっすぐ桜庭ファン」にとっては、シウバと桜庭が同じ画面に映って練習しているという「画」は、なんだか、ガンダムのアムロとシャアが同画面に存在するという「Zガンダム」を見たときの感覚に陥った。(わかりにくいか) ![]() 打撃を練習した桜庭の復帰戦は、意外にも早く、アローナ戦から4ヵ月後の、05年の10月のPRIDE30であった。ここで、桜庭はUFCの元王者ケン・シャムロックと対戦。 桜庭の構えは、以前のように腕を垂らしたレスリングの構えではなく、腕をしっかり挙げてフックに備え、アゴを引いたいわゆる「打撃」ガードであった。 桜庭はシャムロックの左手のコブシをパチンとフェイントで叩き、左ストレートを叩き込み、KO勝ち。 いささか止めるのが早すぎた感があるが、このフェイントはかっこよかった。 ![]() しかし、大晦日の男祭り05では、桜庭のガードが見せかけのものではないかと疑念を抱くシーンがあった。桜庭は再度、田村との交渉が決裂。同じく対戦相手が見つからなかったために、日本人のミノワ選手との対戦が決定した。 この試合序盤で、桜庭が懸命に固めたガードは、ミノワの数発のガムシャラ打撃でこじ開けられ、数発が桜庭にヒットした。 これを嫌がった桜庭はグランド勝負に出るのだが、ここで見せる動きこそ、桜庭が5,6年ぶりに見せた「回転体の動き」だった。ミノワが寝技を嫌がって、脱出しようとするも、桜庭はクルクルクルとすばやく動き、ミノワからアームロックで勝利している。 しかし、寝技の攻防のときに観客は、パフォーマンスで人気が出てきていたミノワに声援、いわゆる「ミノワコール」を送った。観客は桜庭の見せた「回転」の動きには、声を挙げ感心することなく、ミノワの脱出に声援を送ったのである。 「お客さんのために試合をしている」と公言してはばからない桜庭である。試合中に桜庭に出されたイエローカードを含め、この試合と、シュートボクセの練習が、桜庭がHEROSに移籍する切っ掛けになった一因なのではないか、と思う。 転換期 〜主戦場はHERO’Sへ〜 2006年3月。桜庭に関するニュースが流れる。 「桜庭が長年連れ添った高田道場から独立し、桜庭道場を作る」 このあたりについては、数年後、ひょっとしたら真相がわかるかも知れないし、わからないかも知れない。憶測で語ることはできるが、今はやめておこうと思う。 ![]() (桜庭の師匠高田と前田:写真右 はまさに犬猿の仲のため、この写真は奇跡的なものなんだす) そして、06年5月3日、HERO'Sのリングにタイガーマスクを被った桜庭和志が登場。 PRIDEの顔であり、総合格闘技の火付け役の桜庭さんが、対立団体のK−1のリングに上がった。これは、桜庭和志と高田の関係をよく知る人ほど、「ありえない」と言ったという。2ちゃんねる格闘技板では、今までPRIDEをこき下ろしていたK−1ファンが手を翻して桜庭を擁護し、PRIDEファンの一部が「裏切り者」だと言い、多くの桜庭ファンは「困惑」していたというのが現状だろうか。 桜庭 = PRIDE であり、桜庭はPRIDEで引退すると思っていた。 99年に、それまで世界中の挑戦者が挑んで誰も勝てなかったグレーシー一族をバタバタと倒していった快進撃で、プライドは世界中で有名になり、「桜庭=プライド」という図式は世界中の格闘技ファンに刷り込まれていた。そのプライドの顔、桜庭がライバル興行であるK−1のリングに上がったことは、海外でも大きな話題となった。 ■BREAKING NEWS!!!!!(急報だぜ!!!) ■Who were the pro wrestler with the tiger mask?(このタイガーマスクをかぶっているプロレスラーは誰なんだよ・・・?) ■Please no.(うそだといってくれ・・・) ■What...the link was fucking real...SAY IT AIN'T SO SAKU!(なぜだろう・・・でも現実だった・・・こんなの桜庭じゃない!) ■No way...(いやだ・・・・) ■Rock and/or Roll!!!!(ロックンロールだぜ!) ■Oh god dammit! F-U Saku!(ああ神様!桜庭!ちくしょう!) ■omg. i never saw this coming. i thought saku would be in pride forever(こんな日が来るとは思わなかった・・・桜庭は永遠にプライドにいると思っていたけど・・・) ■Please Saku, stay with Pride, that's where you belong.(お願いだ桜庭・・・プライドに残ってくれ。そこが君の属する場所だ) ■kkkeewwwllll(きぇええーーーー) ■MOTHER FUCKER ! Oh well, it's his choice.(マザーファッカー!彼はなぜこんな選択を!) 最初は、奇声をあげるなど、現実を信じたくないアメリカ人の反応が続きます。マザーファッカーは分かるけど、なぜ、ロックンロールというコメントが・・・。ああ、神様なんていうヤツがいるなんて、なんとなくアメリカに対する好感度アップですよ。ええ。 ■This sucks, Saku is my favorite fighter and now it will be hard to see his fights. Hero's ppv isnt shown in the US and it is very hard to find the fights online. At least he is taking his music w/ him(こき使われるんじゃないのか、桜庭は私の特に好きなファイターです、また次の彼の戦いも見にくいでしょう。でもアメリカではK1のペイパービューは非常にわかりにくいです。 少なくとも僕は彼と共に音楽《←スラング?》を取っていまきす) ■I was really hoping that Saku would retire. His fight with Arona was really hard to watch. I don't think I ever want to see Saku go down like that again.(本当は桜庭が引退することを願っていました。アローナにボコボコにされる桜庭をもう見たくありません。) ■Saku is still the fucking man(それでも桜庭はファッキングメン《すげー男》のままだ) ■k1 needs to step up and get Melvin Manhoef and other awesome exciting fighters... NO FAT SUMOS!(K−1は成り上がる為に強い選手をかき集めているんだ・・・太った相撲取り《曙のこと》になるなよ!) ■Not in 5 Years, NOW! Sakuraba is still the biggest Draw in Japan, and without the Gracie Hunter, Pride is in trouble.(この5年で桜庭は日本の巨大な太陽になった。プライドはこのグレイシーハンターの不在におおいに困るだろう) ■Never thought I'd see the day. Nice move by K1(僕はこんな日が来るとは思わなかった・・・K1にとってはいい移動だろうけど) ■Good for Sakuraba, besides Pride wasn't using them like they should. They were just letting him get beat up for the fans satisfaction, so I say good for him. It's about time someone from Pride turned aroudn gave them the middle finger and basically said "fuck off", someone needed to do it for far too long. Too bad Rampage's camp has dragged his shit out so long, or he could have been the guy to do it.(桜庭はいいことをしたぞ、最近のプライドは彼を酷使し続けてきた。 プライドがファンの満足のために彼をただ痛めつけさせたので、私は桜庭のために利益を言います。 プライドの関係者に、中指立てて、「ファックオフ」と言って去るべきときです。桜庭は、はるかにあまりに長い間それをするのが必要であったのに。 ■Oh well... it will still be fun to see him fight, don't really care if it's in Pride or in K-1.(まぁいいや。まだ彼の試合を見るのは楽しいし、それがプライドからK−1に変っただけさ・・・) ■I think the big hurt here is that historically PRIDE IS SAKURABA AND SAKURABA IS PRIDE. I want him to have success but I WANT TO SEE THE PPVS!!!!!!! (私はこのニュースは歴史的に大きな意味を持つと思う。プライドは桜庭であり、桜庭はプライドである。私は彼の成功を期待する。だけど、とにかく彼のペイパービュー《試合の有料放送》が見たい!!!) いやー。アメリカ人のこの熱意を、一部でも世界平和に使用してほしいもんだけど、こいつら、どうせポテト食って映画見て寝ながら桜庭の試合見てんだろーなー。 ・・・あれ? このように世界から反響があり、桜庭ファンは混乱しまくった。当事者の高田は、彼が活躍するプロレス「ハッスル」で、「最近、信頼していた者が突然去っていく」などと語り、ある雑誌のインタビューでは「彼は私に何の相談もなく、出て行った。そのため今は彼と話すことができない」と語り、一緒にランニングを行ったことなどを話した。 僕のような桜庭ファンにとっては、そんなことはあまり問題ではなく、桜庭がHEROSに行って、いったいどうなるんだろう、つまりは、HEROSは桜庭をうまく使えるだろうか、という不安ばかりが先になってしまった。 ![]() そして、桜庭のHEROSデビュー戦。5分2Rというテレビ向けのルールではなく、10分5分の2R製になるという桜庭特別ルールまで引かれたこの試合。 相手はなんといやらしい「リトアニアの高田」と呼ばれていた、ケスタス・スミルノバス。修斗のベルトを保持しておるということだが、桜庭のキャリアから考えれば、格下相手である。 しかし、1R1分あたりで桜庭は相手のパンチをもらい、右方向から前にぶっ倒れる。その後もパウンドを叩き込まれる桜庭。ロープ際であったため、レフリーがブレイクし、桜庭をリングに引き入れた際には、会場から「(まだやらせるのかよ)えー・・・」という声が起こる。(とんでもないレフリングだと思った) ![]() しかし、朦朧とする意識の桜庭は、スミルノバスの渾身の打撃は寸でのところでかわす。そして立ち上がるが、力が感じられない。しかし、こんどはKOしようと必死だったスミルノバスのスタミナが切れて、泥沼のような打撃戦へ。そして、グラウンドに持ち込み、腕十字で桜庭の一本勝ち。 実は、シュートボクセでの練習が実を結んだのは、この試合ではないかと思う。桜庭は朦朧としながらも、自らの(弱い)アゴをガードするようなムーブをしていた。これが大きな成長ではないだろうかと思う。(後半の打撃戦のときは、いつもの桜庭らしい打撃だったが) 僕は、完全に意識が朦朧としていたが、それでも、むくりと立ち上がって、殴りに行く桜庭さんを見て、「あれ?HEROSだっけ??PRIDEみたいだ」と思ってしまった。 そこで、最後にこんなことを言いたい。 桜庭がいる場所、そこは、いつもPRIDEになる。 きっと、毎試合こんな感じになるんだろう、と思う。でも、桜庭が戦えば、そこは、PRIDEになるんだろうなぁ、なんてぼんやり思って、これからも応援していきます。いや、体には気をつけてください。本当に。 |