| 揚州・究極の農村篇 | クリックよろしく |
| 2000年11月 香港から上海に着いてもう1ヶ月になる。 大してやる事も無いが私としては自由を満喫 して、其れなりに充実している。 お舅さんが気を使って「中国の古い農村を見に行かないか?」と誘ってくれた。 以前、杭州旅行で苦労した経験があるから、おいそれとは乗れない。 「個人旅行だからチョット苦労するかも」と言うのでウヤムヤにしていたが、この際究極の農村決定版を見聞しておくのも、後学の為かなと意を決して女房に「行く決意が有る」と義父母に伝えてもらう事にした。 愛妻は「この前みたいに泣いても知らないョ」と冷ややかに言い放った。 2000年11月13日、朝の清々しい空気を胸一杯吸い込み、待ち合わせ場所の百貨店前で舅姑を待つ。 この時期上海も朝晩は冷え込んで来たが、まだ寒いと言うほどではない。 暫くして遅れ馳せながらと、手を振りながらご機嫌な様子で現れた。 1泊2日と聞いていたのに、其れにしてはヤケに大きいリュックを背負い厚着である。 上海人は寒がりが多いから厚着は分るが、姑に至っては私の倍は着込んでコロコロしている。 歩いて近くのバスターミナルへ、出発時間の7:00まで30分程余裕があった。 義父母は早速リュックから食べ物を取り出し、私にも食べろと勧めてくれるが「不要(ブーヤオ)」とハッキリ断った。日本人独特の相手の誠意を傷つけまいとする曖昧な断り方は反って誤解を招くので、大分要領が分ってきた最近はぶっきらぼうに「不要」と言うようにしている。 ヘラヘラニコニコして言ったのでは駄目だ!私の発音が悪いから相手は理解していない場合が多々有る。それで表情と動作付きで完璧を期するように配慮している。 予定通り7時出発、徐家匯から揚州まで豪華バス(?)に揺られて4時間掛かるらしい。 途中1回のトイレタイムを挟み、ひたすら高速道路を走る。日本のようにパーキングエリアが殆ど無いから、途中の楽しみもなくジッと我慢して目的地に着くのを待つ。 車窓からは長閑な田園風景が続き、上海市を一歩出れば広大な田舎であることに気が付く。 只恐ろしいのはどうやって入り込んできたのか、高速の路肩で手を振っている人をよく見掛ける。アブナイ事この上ないがバスの運転手も心得たもので、目敏く見つけると傍に急停車して大声で行き先を怒鳴る。 行き先が合えば件の人は屈託無く乗り込んでくる。運転手の余禄システムらしい。 これをビュンビュン、車が行き交う高速道路上でやるのだからどっちも度胸がイイ。 揚州11:00到着、上海の都会とは対照的な雑多な雰囲気で中国イメージそのものがあった。 やたら自転車タクシーが多く、「乗らないか?」と言い寄ってくるのを「不要、不要!」の大連発。 昼時なので何か食べようにも、気の利いた餐庁など有るはずもなく、止む無く綺麗清潔とは言い難い食堂で昼食と相成った。 琺瑯引きの盆に何種類かの惣菜があり、気に入った物を3点ほど選び盆に取って貰う。 シミだらけの白衣を着た売り子オバサンが、周囲を飛び交うハエを追っている。 お舅さんが盛んに「どれがイイ?」と言ってくれるが、食欲が湧かない。 案の定、1人前を女房と二人で食べたが半分も残してしまった。
沿道に 立ち並ぶ物売りを眺めつつ 散策後、一路宝応と言う所に向けて北上。 乗合のヨタヨタバスで行けば3時間掛かる所、交渉上手な舅のお陰で タクシーで1時間半180元で到着。時間もPM3時を回っていたので、取りあえずホテル確保に動く。 本来、義父母だけなら50元の招待所で決まりの筈が、私ら夫婦もいるのでここは大見得を張り辺りを見回して、一番豪華で高そうなホテルを指名。 「お舅さ〜ん、ここはヤバイですよ。僕らの事は気にしないで、もうちょっとランク下でも・・・・」 言い終わらない内に、威風堂々サッサと必殺交渉人、暫くしてニンマリ出て来た。 交渉成立、得意満面でたったの150元だと言う。 「へ〜、さすがだねェ。500元 くらい するかと思ったョ」 感嘆と賞賛の叫びを上げ、意気揚揚のお舅さんからしっかり割り勘徴収された。 部屋に入ると嫌に狭い印象。ベッドもダブルにしては小さい気がする。 それもその筈であった、シングルルームに無理矢理二人ずつ詰め込まれていたのだ。 それと、ここまで来ると物価も上海よりぐ〜んと安くなるので、この価格が実現したのかと納得する事にした。 翌日、降りしきる雨空を見上げ不吉な予感。 「トットとその農村を見て帰らないと 上海に着くのが大分遅くなっちゃうよ」 私は女房を急き立てるが、どうやら話の成り行きでは、ここまで来たら義父の親戚に寄って行くらしい事が判明。 愛妻に「どうなってるんだ」と聞くと「アナタが農村を見たいと云ったんでショ」と連れない返事。 「農村ならもう十分見たんじゃないかぁ〜。これ以上奥へ入ったら今日中に上海に帰れないぜ!」 ・・・・・・・親子の絆は強い、私の意見は無視され更に奥地へ向かう事になる。
タクシーで40分(40元これも安い)僻地の町に到着。・・・・・・何もナイとこ ろ。 泣きっ面に蜂とはこの事で、折から降り出した雨がこれでもか!と容赦なく試練を強いる。 タクシーを待たせて、唯一〈賓館〉の看板を掲げるホテルに入っていくお舅さん。 「な!な!何だ!もう1泊するつもりかよ・・・・・・」 いつも言葉の分からない私は不安に駆られる。 暫くして、ダメダメと手で合図するように出て来た舅は、「トイレがない、シャ ワーもない」??? いやあるにはあるらしいが、共同なので私には不向きだとの仰せであった。 雨に打たれながら憮然と佇む私にとって朗報ではあるが・・・・・・・・・そりゃ当然だろう! 間髪入れぬ独断で待たせているタクシーに「4時半に迎えに来てくれ」と指示して帰してしまった。 ・・・・・・・・アレレ!タクシー何で帰すんだァ〜俺の意見も聞い てくれョ〜! まるで奇異なものを見るような町民村民の眼。 やっとの思いで税務署のトイレを拝借 して体勢を立て直す。 このトイレが酷かった!レンガ塀の裏はただの穴だけという、まさかの代物。 場所を間違えたと思い再度出直す。・・・・・・・・「トイレどこ〜?!」 お舅さんが無言で、そこでいいんだ!と指をさす。 「あっそう・・・・・・・・・・・」 話には聞いていたが、いよいよ来る所まで来たぞと暗澹たる思いに打ちひしがれた。 男はまだ良いが、連れの女二人はどうするんだろう?・・・・・要らぬ心配をしてしまった。 何とか用を済ませて出て来ると、妙に人が集まり出しガヤガヤと騒がしい。 その内の代表格の男が、ツカツカと歩み寄り曰く「お前達、雑技団か」と問う。???? どうやら土地の人から見たら異様な風体をした4人組。 土地の人は皆、赤銅色の肌をしているから、化粧をしている愛妻を見てそう思ったらしい。 雨は小降りになったものの、道路のあちこちに大きな水溜りがあって避けて歩くのに大変。 気を取り直し、お舅さんが人力3輪車に交渉。村まで歩くと40分くらい掛かるらしい。 あっさり断られ退路を断たれていよいよ自力走破を余儀なくされる。 片方は水路片方は畑で、先が霞んで見えないほどの一直線の土手を、4人で2本の傘を頼りに肩を寄せ合いひたすら歩く。 道は粘土質の土で滑り易く難儀。暫く行くとレンガを敷き詰めてあったが、こんな細い道に車でも通るのか轍の部分が凹み、真ん中が大きく盛り上がってとても道とは言えナイ。 おまけに用心して歩いても、浮き上がって下に隙間のあるレンガは踏み締める度、水鉄砲のように溜まった雨水を押し出す。 4人全員ズボンの裾は泥水の跳ね上げで散々たる有り様。 これでは人力3輪車に断られるのも道理である。 東京で買ったおろしたての、Poroのジョギングシューズは見るも無残に泥にまみれ、 おまけに継ぎ目の接着が剥がれて口を開け泥水が沁みこんで来る。図らずも騙されて買った事まで露呈され更に気が滅入る。 小一時間も歩いた頃「もう、そろそろじゃないの?」と聞けば「足元が悪いから少し時間が掛かったけどもう少しだ」との返事。 ニ度ほど折れ曲がり、朽ちかけた木橋を渡り、更に小一時間。 休もうにも腰を下ろして休憩する所もなく、業を煮やして家内に怒りの抗議。 「何処まで行く気だよ!もう農村はイイョ!十分見た!見た!」 仲良し親子3人組は向日葵の種をポリポリ食べながら、それでも楽しそう。 女房曰く、「中国人の旅行は苦しいのも楽しさの一つ何んダ」と訳の分からない事を云う。
広大な水田を越えて、いよいよ村の中心部に入る。いやはや凄い!これは間違いなくコケル。 まるで泥濘は戦場の様相で、ここまで何とか凌いで無事に来たがもうアカン。 こんな事なら町で長靴を買って来るんだったと、後悔先に立たずの心境であった。 村民は都会者(私と女房)のだらしなさを嘲るように「フン、農業はもっと辛いん だヨ」と囁き合っているみたいだ ・・・・・・・・何れにしても私等夫婦はギブアップ宣言。 義父母は最大の難所を乗り切り、「もうすぐだ」 と手招きしているが、この期に及んで もう信じられない。 「ここで待っているから」と大声で叫び、手で行け行けの合図。 ちょっと小止みになっていた雨が又降り出し、傍らの砂利の小山に二人で腰を下ろす。 濡れ鼠の体を1本の傘に寄せ合い「これの何処が楽しいんだ!」と噴き上がる愚痴を喉元で飲み込み、幾分寒気と頭痛を気にしながら待つ事1時間。 ようやく従兄弟と戻ってきたお舅姑さん、遠路はるばる来てくれたと感激の叔父さん。 人柄の良い叔父さんと家内共々握手。その節くれ立った岩のような手に苦労が偲ばれる。 お土産のゆで卵十数個戴いて、お舅さんももう来る事が無いかも知れない感慨に手を振り振り、8歳まで居たという故郷に涙の別れを告げ同じ道を又2時間かけて帰路につきました。 タクシーで宝応まで戻り、この日は2つ星ホテルに宿泊。 部屋割りではホテル側とケンケンガクガクの押し問答。 私が問題でどう見ても夫婦に見えないから、男男、女女にしてくれと言う。 「大きなお世話だ、こっちは風邪気味で頭が痛いんだ」 知った事か!と取り合わないでいると、 夜半に公安に踏み込まれるかも知れないと脅す。 昨日の3つ星は何も言われなかったのに、ランクが下がるとウルサイらしい。 暫く、お舅さんと揉み合っていたけど私はサッサと寝てしまった。 翌朝、ホテルの食堂で朝粥と饅頭を食べ、私一人「早く出発しなければ」と気を揉む。 例の3人組は余裕シャクシャクで、急ぐ気配などナイのが余計苛立つ。 余裕しゃくしゃく9時近くになってチェックアウト。 昨夜の揉め事の結末結果がホテル側の苦渋の選択を窺わせ、清算書にはしっかり男男、女女の組み合わせに成っていました。 一路揚州に戻るバスは各駅停車鈍行しかなく、行き当たりバッタリ自由旅のもどかしさを感じました。 来る時はタクシーで1時間半だったのが、倍の3時間掛かってやっと揚州到着。 ヤレヤレここまで来ればアト4時間の辛抱と僅かの希望を見出す。 時刻はもう昼である。マァ遅くとも5時くらいには上海に着けるだろうと、頭脳明晰な勘ピューターが瞬時に計算を弾き出す。 だだっ広いバスターミナルは人影も無く薄ら寒い。「で、何時にバス出るの?」極自然に女房に聞いた。 ・・・・・・サッと聞こえぬ素振り・・・・・・・・イヤな予感。 「ナ、ナ、ナヌ!4時、馬鹿言うんじゃないョ。今昼だゾ、あと4時間もどうすんだ!」 「だから自由旅行は大変だと言ったでショ。こう言う事だってあるのョ」と負けてない。 若夫婦?のやり取りを見ていたお舅さんが、スッと居なくなり私も大人気無いと反省。 ほどなくして戻ってきたお舅さんは、タクシーと交渉に行ってくれた由。・・・・・・・ア〜よかった ここから上海までタクシーで帰ると1000元と言われ、一同あきらめの溜息。 もっともお舅姑さんは遊びに来た以上、早めに帰るなぞ勿体無い口だから、さして残念の表情は無い。 周囲には何もなくここに居ても仕方ないので、もう少し先に別のバスターミナルがあると聞き、一縷の希望を抱きつつタクシーで移動した。 ヤッタァ〜!神は我を見捨てなかった! 丁度ラッキーな事に上海行きの高速マイクロバスが出る間際で、正規のチケットを買わないでもターミナルの外で拾って乗せてくれると言う。 例の運転手余禄乗車である。ナンでも構わないョ、有り難い、有り難い。 正規料金一人60元より安い50元で、しかも車体が小さい分小回りも利いたのか、4時間掛かると思っていたのが3時間で上海に着いた。 大昔から一気にタイムスリップしたように華やかで、雨が降っても長靴の要らない大都会。 私はアソコには住めナイ、どんな事があっても住めない・・・・・・・・・ せめて最後はどうにか助かったが、終わり良ければすべて良しでは片付けられまいぞ〜! と息巻きつつ、やっと今回の揚州旅行に幕が下ろされたのでありました。 よかった、よかった・・・・・・・・・・・疲れた〜〜ァ
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