| 年齢差を考える |
| 7章 弾丸お見合いツアー |
| 2006年6月 結婚生活が曲がりなりに10年過ぎてみると、よく持ったというのが実感だ。 私が現役中だったら、1年持たなかっただろうと、よく二人で話す。 私の方は、朝は弱い、朝飯もなし、いってらっしゃいもなしでは忍耐も時間の問題でブチ切れたろう。 女房は女房で、そんなことで怒る男はこちらから願い下げ、さっさと離婚していたと息巻く。 国際結婚に限らず、結婚はなんて難しいんだろうと思える瞬間だ。 しかも、その上、20歳も30歳も年が離れている夫婦となれば、これは言わずもがな、並大抵の努力では維持していくだけでも大変である。 昨今の日本も結婚相手との年齢差は平均2歳足らずだと新聞に載っていた。 中国だって、3〜4歳違いが普通で、10歳違ったら大っぴらには人に言えないと聞いている。 現に上海で結婚式を挙げなかった私は、いま1年の半分を上海で暮らしているのに、ついこの間まで親戚にも紹介してもらえなかった。 義父母の見栄と世間体から、5歳違いの日本人と結婚したと言ってしまった手前、今更引っ込みがつかなかったのだろう。以来、それを口に出すのは暗黙のタブーとなって、はや10年の月日。 私も特別会いたいとも思わなかったから、敢えて突っ込まなかったが、なんとなく上海一族の身内になりきれない日陰者の扱いだった。 今年の春節になり、お舅さんもそろそろほとぼりが冷めたと判断したのか、正月のお目出度いドサクサに紛れて、ようやくお姑さんの実弟である叔父さん夫婦との対面が実現した。 案ずるより産むが易し、ジロジロ見られることもなく大歓待してくれたので、私も少し心の荷が下りた気がした。
更に将来大幅な年齢差から起こりうる様々な障害だってある。 それを承知で嫁いで来てくれたのなら、有難や、有難や、歳の違い過ぎる亭主は大感謝しなければいけないが、喜んでばかりもいられない。 その裏に何かあると思った方が自然ではあるまいか? 日中国際結婚は、大幅な年齢差の場合じゃなくても、とかくお金の問題が付いて回ると定評がある。 日本人はみんな金持ちだ!という思い込みが強く、嫁も親も大いなる見返りを期待している節があるようだ。 私は運がよかったかも知れない。義父母が今を時めく上海に住んでいたお陰で、十分とはいえないまでも年金で何とか暮らせていた。それでも何度か無心を匂わせるようなことを女房に言ってきたそうだ。 だが、結婚したら所帯は別、甘い顔をしたらキリがないと、女房はピシャリ跳ね除けたので、私の耳までは届かなかった。ボゥ〜としているようだけど、締めるところはしっかり締めていると感心した。 以来、私たちが上海へ戻った時に、多からず少なからず程度のお小遣いで済ませている。 労せずして持ち付けないお金が入れば、とどのつまり家庭が崩壊してしまうのを恐れているようだった。 私らは東京で知り合い、1年間の恋愛の真似事を経てプロポーズ。女房も私の強引な押しに最後には「うん」と首を縦に振ってくれたが、それまでは年齢差を気にして大いに迷っていた。 私の知る限り、日中国際結婚は日本で知り合い、日本で結婚したカップルより、中国で結婚式を挙げて、きちんと公的な届出を済ませてから、新たに日本に呼び寄せるケースが多いようだ。 仕事絡みの駐在員が、現地で小姐を見初めたケースも勿論あるだろうが、何といっても数からすれば、現地お見合いでゴールインしたカップルが断然多いように思う。 日本でも最近は、一種のブランドのように外国人男性との結婚を望む女性が急増しているようで、実際に結婚した女性の数も1万人近くにもなるらしい。 日本はただでさえ男の方が多いのに、その上更に、よその国の男に獲られてしまっては、これは日本男性として切実な死活問題になってくる。 だから、獲られたら獲り返すという訳でもないだろうが、昨今、中国嫁取りお見合いツアーも急増している。
上海と内陸部の所得格差は、すでに10倍にまで達しているところがある。 分かり易く年収いえば、内陸部の農村が3〜4万円、上海の勤め人で40万円くらいだから、日本との格差がおのずと分かろうというものだ。 中国を列車で旅をすると、肥沃な土地はそれほどないことがすぐに分かる。 禿山に近い岩石質の山を、段々に切り開いた畑が延々と続いている景色が圧倒的に多く、国土は広大でもこれでは13億の民を養っていくのは相当困難であることは、素人目にも実感できる。 中国お見合いツアーは、発展の恩恵を受けられないこうした地域に多い。 上海も5〜6年前まであったそうだが、自力で豊かさを勝ち取った今、その姿はすっかり消えてしまった。 今は黒龍江省・吉林省・遼寧省など中国東北部の地域が盛んで、嫁入りが一つの産業化した村々さえある。この辺りは先の大戦では『満州』と呼ばれていたところだから、対日感情はあまりよくない。 日本人を快く思っていないのに何故という疑問も湧くが、貧しさから抜け出る方法として、背に腹はかえられなかったのかも知れない。 娘を日本人に嫁がせた家はすぐに分かる。急に羽振りがよくなり、殺風景な寒村には不釣合いな新築の家々が、まるで娘の仕送りや婿の財力を競うかのように建ち並んでいる。 逆に生活が変わらなかったりすると「あの家は日本人と結婚したのに全然変わらない」などと噂の種にされてしまうようだ。日本人亭主は若い嫁さんをもらったと、喜んでばかりもいられない。 嫁取り候補者は中高年が多く、様々な理由で結婚まで至らなかった人たちが多い。 それは慢性的な嫁不足の農村であったり、先立つものが心細かったり、我が身を省みずの面食いだったりして縁遠くなってしまった人で、最後の希望を託してやって来る。 中には、どうしても中国人を嫁に迎えたかったという人、比較的若くて日本でもまだチャンスがあるだろうと思える人もいるが、やはり少数派だろう。 兎に角、若い女性とは、今まであまり縁が無かったり、お付き合いの少なかった人たちが多いのだ。 以下は、私が個人的に見聞きした例だが、中国嫁取りを考えておられる方に、大幅な年齢差が伴う日中国際結婚には、こういった一面もあるということを参考にしていただきたい。
大抵は日本側と中国側の業者は提携していて、お互い協力し合いながら需要と供給を賄っている。 費用は成婚まで漕ぎ着けて、男性側が200万円〜300万円、女性側は50万円くらいが平均だろう。 見合いの席では、事前に写真を見て決めていた本命と会うのが普通だが、突然、お目当てが病気とかで、別な小姐を紹介する不届きな業者もいるから、業者選びにはよくよく気を付けられたい。 それとは逆に、大盤振る舞いでズラズラッと3〜4人小姐が出てくる場合もある。 何れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)、選り取り見取りの美女揃い。 モテた事のない中年男など一変に舞い上がってしまい、思わず涎を啜ってしまう。 男の悲しい性(さが)だろうか、自分の歳やルックスを考えず、概してその中でも一番若くて美人を選んでしまう場合が多い。何かピカッと閃くものがあったとかで・・・・・ お相手も同じように閃いてくれたかどうかは甚だ怪しいが、意外に話はトントンと進んでしまう。 お見合いには不可欠の身上書を改めて確認する。 何歳で、どこに住んでいて、収入はどのくらいあるか正直に書いてある。場合によっては年老いた両親と同居であることも、通訳を介して包み隠さず話す。 日本での生活はごく一般的で、決して楽な暮らしぶりでないことも忘れずに伝えた。 収入欄に書いた年収は300万円は、嘘でも何でもない本当の話だ。 ところがお相手はそうは思わない、300万円といえば20万元という夢のような金額だ。月に直せば17000元近くになり、ここら辺りの年収に匹敵する。 日本は物価が高いと説明しても、如何にも理解したように頷きはするが、ちっとも頭には入っていないようだ。 もとより外国のことなどよく知らないから、ピンと来ないのも無理はないが、もう頭の中は17000元が駆け巡り、貧乏からおさらば出来ることで一杯になっている。 小姐も緊張して顔を強張らせている純情な娘ばかりではない。 自ら進んで日本人の嫁になろうと思うような小姐には、兎に角、合法的に日本へ渡って稼ぎたいと思っている娘も少なくない。だから、入国管理局の審査も年々厳しくなっている。 お見合いが盛んな地域では、真偽の程は定かでないにしても、日本人男性の気を引く為の講習会があるという話も聞くから、こちらも鼻の下を長くしてばかりはいられない。 質疑応答でも、その特訓の成果か、「親の仕送りは必要ない」とか、何を聞いても「それはあなたに従う」とか殊勝なことを言う。 二人だけのデートになれば筆談でも何でも、「あなたは私の理想の人だ」くらいは平気で言うらしい。 数時間前に始めてあったのに、そんなことが分かるのかと思ってしまうが、もっとも日本人中年男性も、一目見た時にピカッと閃いたのだから、まぁ、どっちもどっちというところだろう。 3泊4日のお見合いツアーはスケジュールが詰まっている。2日目には昨日会った娘と結婚する意志が有るや否や、態度をハッキリさせねばならない。 中年A氏は迷っていた。日本でのお見合いは先方より断られる方が多かったのに、中国でのお見合いは自分が承諾すれば、一発で話が決まりそうなことに戸惑いを隠せない。 しかもお相手は、自分の娘と見間違うほどに若く美しい。これは話がうま過ぎるか?
そう言われると、釣り落とした魚は大きいような気もする。 それにお付き合いするといっても、帰国してしまえば、手紙のやり取りか電話するくらいなものだが、中国語が喋れない、読めない、書けない、では果たしてどのくらい意思の疎通が図れるか自信がない。 相手側に結婚の意志があるのに、こちらがぐずぐずしていて御破算にでもなったら、お見合いツアーのやり直しでまた25万円掛かってしまう。 手持ちの預金は300万円しかない。少ない給料の中から、無駄遣いを極力抑えて貯めたお金だ。 首尾よく嫁取りが出来たとして、仲介業者に残金を支払えば殆ど残らないことを考えると、やはり今回で何とか決めて帰りたい。 中年A氏はちょっと薄くなった頭を気にしながら、これは天が与え賜おうた人生最大にして最後のチャンスかも知れないと、良い方に解釈することにした。 仲介業者のセッティングした部屋で再度の見合い。 昨日の小姐は、すでに私から好感触を得ていることを知らされているのか、すこぶる機嫌が良さそう。 通訳を介しての話は甚だまどろっこしい上に、私の意図するところがきちんと伝わっているのか不安になる。 この場は業者を信用するしかないのだが、「大丈夫、大丈夫!何の問題もない」と言われる度、その言葉とは裏腹に、実はのっぴきならないところへ追い込まれているんではないかという気がしてくる。 二人で愛を確認するようにと街へ出された。 中年A氏は、もうすぐ五十に手が届こうという歳でそんなことを言われ、ちょっと気恥ずかしくもあったが、正直、少年時代に戻ったように心が浮き立つ思いがした。 傍らの若き小姐も、日本人と歩いていることが、どこか誇らしげな素振りである。 この娘と本当に所帯を持つことが出来たら、どれほど周囲に面子を立てられることか、考えただけでもワクワクしてくる。今まで人生の大半を不遇で過ごしてきたが、やっと幸せを掴めそうな気がしてきた。 『我愛にん(あなたを愛しています)』思い切って、そう言ってみた。うん?彼女は首を傾げている。 どうも抑揚のないカタカナ読みでは通じないようだ。仕方がないので、持ってきた簡単な中国語辞典の単語を指差して見せた。小姐はパッと顔を赤らめて恥ずかしそうにしたが、嬉しそうに頷いた。 街を一回りしてホテルへ戻ってくると、それを待ち構えていたように仲介業者から結婚の意思を問われた。 勿論、中年A氏の腹は決まったし、彼女の方も異存はない筈という自信があった。 夕食のテーブルを囲んで、双方型通りの結婚意思確認が行われ、ここに目出度く婚約が成立した。 3日目の朝が明けた。フワフワとまだ夢を見ているような幸福感と、大きな仕事を成し得た時のような爽快感が体を包んでいる。今まで経験したことのない希望がモリモリと湧いてくるようだ。 午前中は仲介業者とこれからのことを色々打ち合わせた。お昼には婚約者が両親を伴ってやって来た。 随分と手際のいい段取りだと、ちょっと不審に感じたが、限られた日程の中だから業者の人も骨を折ってくれたのかと、これもまた良い方に解釈することにした。 昼食会を兼ねて初めての対面である。お父さんの髪が自分よりフサフサだったので、ちょっと引け目を感じたが、朴訥とした田舎の初老夫婦という感じがした。 和気藹々とした昼食会だったが、言葉の解らない中年A氏には、どうも居心地はあまり良くない。 盛んに笑いが起こるから、こっちも調子を合わせて一緒に笑ってはいるが、一体何が可笑しいのか分からない。場の雰囲気からご両親も祝福してくれているのは分かったから、取敢えず第一段階はクリアしたようだ。 明日4日目最終日の出発は早い。婚約したばっかりだというのに、もうしばしの別れが待っている。 婚約者と名残尽きない2回目のデートに街へ出た。 さりげなく手を繋いでみたが、別に嫌がる素振りも見せなかったのが感動的だった。 ここは外国、知った顔など絶対にいない安心感から、中年A氏をちょっぴり大胆にさせた。 婚約者は街一番の百貨店に入っていった。さっきホテルを出る時、仲介業者から「何か記念のプレゼントでもしたら喜ぶ」と耳打ちされたから、彼女もそのつもりなのだろうと思った。 彼女の足は真っ直ぐ貴金属売り場に向かい、着くや否や、嬉々としてショーケースの指輪に見入った。 日本人と結婚の約束を取り付ければ、他の誰もが婚約指輪を買ってもらうのを彼女は知っていた。 それはある程度高価でなくては、日本人と婚約した証明にもならないし、周囲に見栄も張れない。
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