2006年5月
その後もしばらく少女漫画の夢見る乙女のように、中国的人生の成功を諦められなかった女房。
それは夫から与えられるものではなく、周囲に自慢できる仕事を持つこと、自力で稼ぎ出す喜びを指していた。
だが平成の12年頃は、日本人でさえ就職は冬の時代、世間はリストラの嵐が吹き捲っている。
日本語も英語もパソコンもすべて中途半端な中国人我が女房。加えてあれはステータスがない、これは安すぎると選り好みをしていては、とても仕事など見付かる筈はないと思っていた。
そんな折、天が我に味方をしたか、或る日、そんな女房を戒める事件が起きた。
女房の高校時代からの友人から、珍しく電話があった。
その友人は自分が困った時とか、何か頼み事でもないと連絡もしてこない身勝手な奴だったので、女房もあまり好きではなく、友達ランクでも下の方だった。
私も一、二度会ったことがあるが、ちょっと男好きのするタイプだったのを憶えている。
水商売が長く、東京のちょっと有名な繁華街でオーナーママをやっていたが、結婚を機にすっぱりと足を洗い、間もなく生まれた子供とともに完全家庭主婦に納まった。
日本人旦那も大変優しく、子煩悩で、給料も世間並み以上にあったから、待てば海路の日和あり、とうとう手に入れた幸せな暮らしを満喫していた。
人生とはやっと掴んだ幸せでも、そう長くは続かないのが世の習い。
不景気風が吹き荒れて、業績が悪化した旦那の会社は大鉈を振るった。リストラこそ免れたものの、降格して大幅に給料がダウンしてしまったのだ。
上海女房はこんな時だって、慌てず騒がず少しもめげないのが有り難い。
近くに住んでいた旦那の親に、夜だけ子供を預けて、昔取った杵柄で華々しく水商売に復帰した。
バタバタと店が潰れていた時だったから、格安で居抜きの店を借りることが出来たし、店の名前で客が来る訳じゃないからと、潰れた店の名前もそのままに、即日オープンした。まったくいい度胸をしている。
もう二度とやる事はないと思っていた水商売だから、昔のお客さんの名刺なんかも全部捨ててしまっているので、まさしく一から出直し、孤立無援のスタートだった。
「そう、いま二人女の子がいるんだけど、それじゃ足らないのよ。募集広告出しているからすぐ決まると思うけど、それまで2、3日手伝ってくれないかな?」
若干、薹(とう)が立っているとはいえ、気持ちはまだまだ若いつもりでいる女房は、渡りに船とこの話に乗った。
一歩踏み出すには格好のチャンス、心のモヤモヤが晴れて、何かが変わりそうな期待感が持てた。
私にも申し訳程度に承諾を求めたが、本人はすっかり行く気でいる。
私としてはたとえ2、3日でもそんなところへやりたくないが、駄目だといっても恐らく聞かないだろう。
「やった事もないのに、あんたに出来るのかよ?」
「大丈夫よ、女の子が少ないとお店が寂しいから、ただ居てくれるだけでいいんだって」
女の子?・・・そう呼ぶのは、客の方だって勇気がいるんじゃないか?まっ、店の中は暗いから誤魔化せるか?
その日の夕方、いつもより念入りに化粧をすると、いそいそ出掛けて行った。
雑居ビルの3階にあったその店は、入り口に生花の一つも飾ってなく、文字通り、稼ぐ目的の店だった。
店のドアを躊躇しながら、そ〜と覗き見るように開けたら、「いらっしゃませ〜」の声が聞こえた。
薄暗い店内には、一見してこの商売に慣れていない女の子が2人いて、たった1人のお客を相手にしていた。
そのお客の顔をよく見たら、オーナーママの旦那だと気が付いた。軽く挨拶したが、向こうは忘れているように関心を示さなかった。どうやら、開店初日の景気付けに“サクラ”として狩り出されたらしい。
「ママいますか?」
若いホステスの日本語は挨拶程度で、ちょっと込み入ると分からないらしく、2人で顔を見合わせて返答に困っている。すぐに同国人と分かった女房が中国語に切り替えると、
「ママはいま外に出ていますけど、もうすぐ帰ってくると思います」
ママが自ら外で客を引いているという話に、女房は自分にはとても出来そうもないと思った。
同時に、いつの間にか変わってしまった友人の逞しさを垣間見て、ちょっと羨ましくも感じた。
それを裏付けるように、間もなく帰ってきたママは、2人の客を引っ張ってきた。
もうすでに出来上がっているその酔客は、隅の席に座るなり、「ママ〜!飲み放題だからね!」と叫んだ。
路上でのキャッチは、大概5000円ポッキリとかの飲み放題で釣る。だから客は最初にキチッとしつこいくらいに言って置かなければ、あとで揉める元になるのがこの世界の常識だからだ。
「リ・イェラン、ありがとう、助かるわ。そばに座っているだけでいいから、お願いね」
ママは飲み放題用のウイスキーボトルを用意しながら、ごく気軽く言った。
西も東も分からない素人を宛がって、それで金を取れるのか?場末のスナックなんて、まったくいい加減なもんである。それともこれが中国式というものなのか?
客あしらいが上手いのはママだけで、あとはただ若いだけで日本語も侭ならない2人の小姐と、これもズブの素人である女房が席に着いた。旦那はサクラだからカウンターに移り、一人目立たないように飲んでいる。
サラリーマン風の客は、しげしげと店内を見回して、開口一番こうのたまった。
「なんだよ、ママ!若い娘ばっかりなんて言ってさ、“おばさん”もいるじゃない」
お、おばさん?私のこと?女房は思わず後ろを振り返ってしまった。
やっぱり誰もいないから自分のことらしい・・・・・まぁ、失礼なっ!
最近こそ街なかでナンパはされなくなったが、だからって私はそんな歳じゃない!なによ、自分だってジジイの癖に!
ムラムラと怒りが込み上げてきたが、相手が客では堪えるしかない。
うちの奴はどっちかっていうと、性格が取っ付き難くて、表情が暗いからね、余計そう見えたのかも知れない。
女房の奴、何かが変わるかも知れない、変わって欲しいと勇んでやって来たのに、完全に出鼻を挫かれしまった。
よしよし、望む展開だ。いつまでも独身気分でいる女房にはいい薬である。
「いやぁ〜ね〜、そんなこと言ったら、この娘(こ)だって傷ついちゃうわよ、まだ二十歳なんだから」
さすがベテランママは切り返しが早い。さっと助け舟を出してくれたのは有り難かったが、今度は“この娘”なんて言われて気持ちが悪かった。
結局、オープン初日は客引きママの大奮闘もあって、客は4組あったそうである。
だが、客がお目当ての若い小姐は喋りがチンプンカンプンなので、さっぱり話は盛り上がらない。
客は最初、その分からないのを面白がっていたが、その内、イライラするもどかしさに飽きてきた。
機を見るに敏なる女房は、さて、こちらに関心が向くかと思いきや、日本語は話せも表情硬く、軽い冗談の一つもすぐには出てこないから殆ど無視された。
シラケ鳥が鳴いて、客に帰ると言い出されるのを恐れたママは、ひたすらカラオケを歌わせた。
上手!うまいと持ち上げられて、相好崩しながらマイクを握らされる団塊世代のお父さんたちが、なにやら哀れに思えてくる。
頭の毛がかなりセットバックしたお父さんが、哀感込めて切々と「長良川艶歌」を歌い上げる。
♪水にきらめく かがり火は〜誰に想いを 燃やすやら〜♪、もう五木ひろしになりきって歌う。
今日は喉の調子が特にいい。初めての店だからと余計に気合が入っての大サービス!ほとんど誰も聞いていないのに大熱唱だった。
中国人にとって日本の演歌は苦手なようで、どの曲も大差なく同じに聞こえるらしい。
加えて手の込んだ序奏・間奏が、どこが始めでどこが終わりかを、一層分かり難くしているようだ。
存在感の薄い女房は考えた。ここで何とか盛り上げないと、お金をもらって手伝いに来ている意味がない。
私にはカラオケで亭主から散々演歌を聞かされた利がある。これを生かして一気呵成に挽回だ。
タイミングを計り、ここぞと思ったところで、手も千切れんばかりの拍手攻勢に出た。
若い小姐もママも、勢い釣られて拍手をする。続いて下卑た歓声が狭くて暗い店内に鳴り響いた。
「まだ終わってましぇ〜ん」
あれっ、まだ終わりじゃなかったの?ウソ!女房が焦る・・・・・客はこれからサビに入る一番いいところで、勝手に終わりにされてしまい、不完全燃焼のまま、ちょっと面白くなさそうに席に戻ってきた。
失敗、失敗!盛り上げようと思ったのが、逆に盛り下げてしまった。やはり日本の演歌は難しい。
オープンの宴も午前0時を回り、終電車に間に合うよう若い小姐は帰した。
最後の客を送り出したのが午前2時を過ぎていたので、ママと女房はそのまま店で、懐かしい昔話をしながら始発電車の時間を待った。たった4組の客では、タクシーなど使って帰ったら赤字である。
夜も明けきった5時半頃、玄関ドアをガチャガチャと開ける音がした。
眠そうな目をして女房が帰ってきた。
それでも表情は、一仕事終えてきたという満足感が見て取れる。
仕事は何であれ、久し振りに自分で稼いできた喜びを噛み締めているようだ。
帰り際にママから渡された封筒は、中身も見ずに持ってきた。
幾ら入っているか、期待を込めてそ〜と開けて見る。
おっ、2万円だ!友人ママも気張ったな。
あの客の入りじゃ、下手したら赤字だったんじゃないかな?まぁ、最初はしょうがないでしょう、手伝いに行った方はあくまで気楽である。
経営者であるママの方の前途は、まだまだこれから多難のようだった。
「今日は私が奢るから、焼肉食べに行こうよ」
「いいよ、いいよ、それはあんたが苦労して稼いだんだから、自分で使いなよ」
僅か2万円の稼ぎなのに、随分と気が大きいことを言う。だが、女房は自分の稼いだお金で、一遍堂々とそう言って見たかったのかも知れない。
今回は水商売の話になったので、ものはついでにもう一つ。
女房の知り合いの中で、唯一日本人と2回結婚した上海小姐がいる。
歳は大分上だが、昔は乙女時代の女房達をこぞって憧れさせるくらいの美人だったそうだ。
その小姐は女房よりずっと早く留学生として日本へやって来たが、勉学そっちのけでアルバイトに精出した。
なんせ、並みの女優など足元にも及ばない美貌の持ち主だから、周りが放って置かない。高給に誘われて、水商売のホステス稼業に手を出したら、すぐに店の看板になった。
その内、気風のいい店の常連客に見初められ、どうしてもと乞われて最初の結婚をしたが、バブルの崩壊とともに旦那は破産、それが引き金となって離婚した。3歳の子供がいたが、彼女が引き取った。
幼子を抱えての暮らしは想像以上に厳しい。まして外国人であるから尚更である。
選択肢がないまま水商売の世界に戻るのは、自然の成り行きだった。捨てる神あれば拾う神あり、別に捨てられた訳ではなかったが、ここでも拾う神がすぐに現れた。
三十路に入って容色が衰えたとはいえ、まだ美人の余韻を残していたのが幸いしたか、日本人の男はバツ一であろうと子持ちであろうと気にすることなく求婚された。
気持ちは動いたが、彼が年下だったこともあり、ひょっとして遊ばれているかも?の思いが拭えず迷った。
女は美人であれば得なことには間違いないが、幸せも必ずそれで保証されるというものでもない。
逆に美人で得をした分、どこかで不遇に見舞われることも往々にしてあるようだから、美人でない人だってそう落胆する事はない。心配しなくても世の中は、それなりにバランスは取れている。
それはこの美人小姐の、それからを見て行くことでハッキリしてくる。
ちょうどこの頃、彼女は自分の店を持った。
東京も外れに近く、最寄駅からもかなり遠い、とんでもない場所に居酒屋をオープンさせた。きっと、家賃も敷金も驚くほど安かっただろうが、ここじゃ最初から苦戦を強いられるのは想像できた。
開店案内が女房のところまで届いたので、当時、まだ結婚前だった私も連れて行かれた。
結婚する先行きを意識して、私を紹介するというようなことではなく、私を連れて行けば勘定の支払いをしなくて済むくらいに考えていたようである。
まったく女房はこの頃から、今日の抜け目ない片鱗を見せていた。
店内は見るからに大衆的な居酒屋だったが、経営小姐の感覚は殆どスナックなのが可笑しかった。あっちのテーブル、こっちのテーブルと愛想を振り撒き、売り上げ向上のため、勧められれば酒まで飲んでいた。
何ともどっち付かずの中途半端な店で、その上、辺鄙な場所にある居酒屋の割りに値段も高かった。
これじゃ、潰れるのは時間の問題だろうと思っていたが、案の定、1年ほどで店は閉められた。
このままじゃ借金だけが残ってしまう!と焦った小姐は、今度はバイキング形式の中華風定職屋に方向転換した。私は女房からその話を聞いただけで、物好きにも2度は行く気がしなかった。
今度は辺鄙な場所が幸いし、近くにはマンションの工事現場が次々と建ち、昼時など満員御礼の快進撃に変わった。中国人は稼ぐことに貪欲だから、義理も情けも関係ない。今までの調理人の首を切り、新たに給料の安い中国人おばちゃんを雇い入れて、朝早くから陣頭指揮に立って二人で家常菜を作った。
保健所の許可なんかどうしたのかと思ったが、居抜きで借りた強みで、前の店のをそのまま使っていたというから、どこまでも図太い。
あまりの忙しさを見かねた年下の彼も、時折手伝いに来ていたというから、プロポーズは本気だったのだろう。
だが、その幸運も長くは続かず、マンション現場が完成した途端、工事人たちの姿がパッタリなくなり、閑古鳥が鳴くようになってしまった。
自分の商才の限界を感じた小姐ママは、これを機に商売から手を引いた。
プロポーズをされて2年が経っていたが、その間も求婚者の気持ちは変わらず、陰になり日向になり助けてくれた。それに息子もすっかり懐いていたから、再出発の思いを込めて結婚を承諾した。
映画ならここでエンドマークが出てきて、めでたし、めでたしとなるところだが、現実はここからの展開が面白いのだから皮肉である。私も、いつも以上に前置きが長くて疲れちゃいました。
再婚してから早3年、上海小姐もそろそろ四十の大台が見えてきた。
平穏な日々は続き、優しい亭主と素直に育った息子に囲まれた暮らしは、今までの苦労を帳消しにしてもお釣りが来るほど幸せだった。
彼女もそのまま大人しく感謝した人生を送れば、運命に勝ったともいえたのだが・・・・・またまたジッとしていられない中国人の血が騒ぎ出した。。
資産持たねば安心できぬ。面子を立てたい身内に親戚、見栄を張りたや友人知人、とばかりに亭主へマイホームの購入を迫った。亭主だって青天の霹靂だ!マイホームなんて一生の買い物、簡単には決められない。
男の癖にイジイジするな!こうなったら乗り気にならない旦那なんか構っちゃいられない。
ひとり不動産屋を駆け回った。どうせ買うなら、何といってもマンションより土地付き一戸建てだ。
泣く子と上海小姐には勝てぬ!奥さんの勢いにとうとう押し切られてしまった可哀想な旦那。
あぁ、気の遠くなるような35年のローン地獄、不吉な予感。
気に入った土地は建築条件付、土地だけは売らないという物件。抜け目ない不動産屋は建物でも儲けようという腹が見え見えだ。
閑静な住宅街に木造2階マイホームの骨組みが建った。
小姐ママの鼻息荒く、ローンは私が払うと1階の半分をスナック店舗にした。
工事は着々と進み、僅か2ヶ月で完成、晴れて一国一城の主になったまではよかったが、引越ししてみて気が付いた。どうも様子がおかしい?
階段を上っただけでも家が揺れ、物音は上も下も筒抜け状態でよく響く。
床を歩けばギシギシと鳴るし、北側の押入れなんか早くもカビが生えてきた。
「そうだ、リ・イェピンの旦那が建築の仕事をしてたっけ!聞いてみよう」
困った時の神頼み、藁にも縋りたい小姐ママから電話があった。
・・・・・・・これって日本じゃ普通なの?
う〜ん、欠陥住宅かどうかは微妙なところ、単に技術が下手だけなら証明するのは難しそう。
それだけ聞けばもう十分!不動産屋が悪いに決まってる。修理をするか、金返せ!甘く見るなよ中国人!
おう!望むところだお客さん、来るなら来てみろ返り討ちにしてくれる。こっちは百戦錬磨の不動産屋だぞ!
そんな文句にいちいち付き合っちゃあ、この商売はやってけない。出るとこ出たっていいんだぜ!
口じゃ中国人にとても敵わないと思ったが、いたね〜勝てる日本人が。結局、体よくノラリクラリと逃げられた。
更なる追い打ち、こんな音漏れする建物じゃ、深夜のカラオケなんてとても無理。住宅ローンの返済を目論んだスナック開業も、すっかり当てが外れて断念する羽目になった。まったく泣きっ面に蜂である。
私はそんな住宅街じゃ、もともと無理だと思っていましたがね。
四面楚歌に追い込まれ、青菜に塩とさぞや落ち込むかと思いきや、どっこい逆境に強いのが中国人。
めげない、負けない、へこたれない!この手が駄目なら、次の一手を打つ変わり身の速さ。
私だって、まだまだ捨てたもんじゃない・・・・・そう思うのは勝手だが、周囲の見る目は厳しいぞ。
今までの幸福暮らしが裏目に出たか、今じゃ立派な三段腹。端正だった顔立ちも、ふっくらぽっちゃり膨らんで、昔の面影何処にも無し。旦那だって言いたかろう、こりゃまったく詐欺やで〜
ちょっと離れた隣町、やって来ましたスナック面接。確かに経験者優遇と書いてはあるが、そりゃ意味が違う。経験あってもその歳じゃ、断られても当たり前。
「あんた、お客持ってんの?」
6坪足らずの場末のスナック、年増の中国人ママがタバコを燻らせながら、そう聞いた。
客を引っ張って来られないなら、年増は私だけで沢山とでも言いたそうな口振りだ。
彼女は焦った。昔は沢山お客を持っていたが、今はほとんど連絡もしていない。だが、それを正直にいったら最後、不採用の言葉が返ってくるのは必至の雰囲気だった。
「はい、何人かはいます」
「じゃぁ、最低でも週に2、3人は連れてきて、売り上げに協力してね」
週5日、1日4時間ヘルプで8000円で取り決めた。ちょっと昔のプライドが傷付いたが仕方ない。
早速、古い手帳を引っ張り出し、これはと思う昔の客に電話した。ビックリしたのはお客さん、何の用かと訝しむ。まだ店のツケが残っていたか?たとえあったってもう時効だろう。
これこれしかじか、こんな訳、「お願い、私を助けると思って遊びに来て!」
人間いい時は取り巻きも多いが、落ち目になると掌を返したように離れて行くのが相場と決まっている。
元常連客だって、そんな理由を聞いてしまったら、尚更行くに行けない。
この先、頼りにされても困ると警戒感を募らせたが、懐かしさから1回だけは義理で付き合ってくれた。
フゥ〜、当座は凌いだものの、当然、2度3度はいうことを聞いてくれない。
店と約束したにノルマをこなさなきゃ首になってしまう。ええ〜い、背に腹はかえられない窮余の一策、飲み代は彼女持ちで時々来てもらうことにした。
まさに本末転倒である。だが、追い詰められた彼女を思えば、笑うに笑えない話だ。
ホステスが客に惚れてしまい、飲み代を立て替えたりするケースはよくある話だが、解雇されない為、生活の為というのは前代未聞だった。
本人はその内、新規の客を開拓すればいいと高を括っていたが、奇特な客は未だに現れていないようだ。
5章は大分長くなってしまったが、何を言いたかったかというと、水商売を通して2人の女が直面した“老い”である。花の命は短いとはよく言ったもので、特に女の場合は物哀しい。
TVで私と同じ団塊世代の女優や歌手などを見るにつけ、その失いたくない若さにしがみつく姿は、一種の執念にも似て壮絶だ。歌舞伎役者のように塗り潰した厚化粧は、笑った時など微かにひび割れて不気味でもある。
男は年輪を重ねても渋みなどで勝負出来るが、女が若さを失った時、その反動は計り知れず大きい。
うちも20歳の年齢差はどこまで行っても縮まらないが、女房も若さに胡坐をかくことなく、誰にでもいずれやって来る“老い”の寂しさが分かるようになれば、少しは亭主に優しく出来るだろうと期待している。
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