| 年齢差を考える |
| 4章 家計簿ってなに? |
| 2006年5月 私は今までの拙い体験から、同国人でも外国人でも大幅に年齢が違う場合は、特に寛容にならなければ結婚生活の継続はかなり難しいと思っている。 その寛容とは覚悟に置き換えてもいいほどで、生半可な気持ちでは中々勤まらない。 ちょっとオーバーかも知れないが、まぁ、そのくらいに考えてい置いた方がショックが少なくて済む。 昨今、日本人同士でも離婚は珍しくなくなってきたが、国際結婚はもっと離婚率が高い。 一説には50%近くが破綻してしまうというデータもあるようだが、年齢が開きすぎている場合は、実感としてもっと高いのではないかと思っている。 結婚当初、家計の取り決めを巡っての攻防戦。 前婚と同じ失敗は繰り返したくなかったので、私とすれば普通のサラリーマン家庭と同じように、毎月決まったお金でやりくりして欲しいと思った。 前妻は細かいことには拘らない性格だったから、お金の出入りもその性格とよく似ていた。 時は折りしも、高度成長からバブルの絶頂期を迎えた時だったので、前妻も後先考えず派手に使っていたし、家計費以外の使途不明金も毎年かなりの額に上った。 バブル騒ぎが沈静化したら、そのツケが諸に回ってきて、かなり苦しい思いをした経験がある。 夢の宴が終わった今、もうそんな暮らしは不可能である。私はこの再出発を期に、地に足の着いた生活を願った。勝って兜の緒を締めよ、転ばぬ先の杖!早い話、地道にやって行きたいのだ。
友人知人に「家計費ってどのくらい使ってるの?」なんて、今更いい歳をして聞けるもんじゃない。 仮に教えてくれたとしても、人間、見栄があるから、本当の事を言ってくれるかどうかは甚だ疑わしい。 あまり参考にはならないと思ったが、同居のおふくろさんにも相談してみた。 おふくろさんは自分の年金と亡くなった親父の遺族年金があり、更に私の会社が休業する前は、税金が掛からない範囲の給料までもらっていた。 しかもその上、住居費は勿論、食費から電気代、電話代の果てまで一切こっち持ちだから、これはもう悠々自適以上の暮らしで、まさにやっと巡ってきた人生の絶頂、この世の春だった。 「普通、生活費ってどのくらい渡したらいいもんなの?分かんないんだよ」 「二人だけだから、そんなに掛からないよ。そ〜だねぇ、5万円もあったら十分じゃないの?」 駄目だ!自分は不自由ない暮らしをしていても、嫁が楽をするのはまだ10年早いと思っている。 おふくろさんは水を得た魚のように、生き生きとして続けた。 「最初が肝心だからね、始めは少な目にして、その内徐々に上げていけば有り難みもあろうってもんだよ」 ウ〜ン、相変わらず昔の人間らしい姑息なやり方である。徐々に上げていく前に、ケチと言われて出て行かれたら、一体どうしてくれるんだ! 仕方がない、こうなったら自分で決めるしかない。私が考える常識の範囲内で弾いてみた。 サラリーマンではないから、決まった収入でないのが反って困る。多くても少なくても決まっていれば話が早いのだが、今それを言っても始まらない。 ライフラインはほとんど引き落としだから、大きく分けて食費、被服費、雑費、あとは新妻の小遣いくらいか。 私の小遣いも若い女房からもらうんじゃ、この歳して如何にも気恥ずかしいから、これは別勘定にしたい。 まず食費だが、おふくろさんが言ったように1ヶ月5万円とすると、1日あたり1666円。これは2人分だから1人に換算すると833円である。食材の買い物もした事がない男の感覚では、どうも足りなそうな気がする。 仕事柄、昼は外食が多かったので、それから計算しても1食で飛んで行く金額じゃ、無理かも知れない。 被服費はどうだろうか?あいつはそんなにお洒落でもなさそうだし、案外、倹約肌なところがあるから、まずブランド物なんかに興味は無いだろう。 私はこの体型だから何でもいい。どうせ何を着たって似合わないんだし、それに仕事を辞めちゃったら、もうスーツを新調することもないだろうからな。 これは4万円ぐらいにしとくか?7対3の割合で、当然女房の方が多いとして月28000円か。 年間にしたら336000円、おっ、1年にするとデカイね、ちょっと多すぎるだろうか? 雑費は医者代とか本代とか、そんなもんだろう。 女房は日本に来て医者に掛かったのは、歯が痛かった1回だけと言っているし、取り敢えずは健康そうだ。 私だって決して病弱という訳ではない。(この時まではね) 本は買ってまで勉強するタイプとも思えないが、これからおいおい分かるんじゃないかな。 これは差し当って1万円くらいにしておこうか。 あとは新妻の小遣いだ。これが一番難問かも知れない。 お金は余分にあって邪魔になるものでもないが、一体何に使うのだろう。 健気にも上海の親元へ仕送りするようなタマじゃないし、友人との交際費といっても、散り散りになったら、もうそうそうは会えないだろう。 まだ若いからお洒落に使うのか?・・・・・・まてよ?普通、化粧品とかお洒落洋品なんて小遣いから出すんじゃないのか?それなら被服費は要らないか。あ〜〜こんがらがって分からなくなってきた。
食費5万、被服、雑費5万、女房小遣い5万、総額15万円を引っ提げて、夜半1回目の交渉に臨んだ。 「毎月きちんと決めた方がいいと思うんだ。15万でど〜お、それと大雑把でいいから家計簿付けてくれないか」 「カケイボってなに?」 「うん、買ったものを毎日ノートに書くんだよ」 「ワタシ、そういうの苦手だよ、やりたくな〜い」 何がやりたくな〜いだ!カクッときましたね。馬鹿馬鹿しい!あんな真剣に考えるんじゃなかったってね! 理由は、そういった枠に嵌められるのが大嫌いなのだそうだ。結婚したとはいえ、自由は尊重してもらいたいのだそうであります。・・・・・・ウウッ、そういうのを我侭って言うんとちゃうのか! その一言で我に返り、新婚の甘さも一遍に吹っ飛んだ。1年間付き合っていた時の夢うつつと、結婚して初めて知った、余りに違う現実との落差にしばし固まってしまった。 人生も終盤を迎えて、邪(よこしま)な事を考えた報いか、中年男の末路や哀れ。 結局、若い嫁はスタートから我が家の財布を、しっかと握ったのであります。 スーパーでの買い物なんか豪快ですよ〜。からからとカートを押しながら、次々と商品を籠に放り投げて行く。 鮮度が良いとか悪いとかは関係ない、値段も見ない、必要なものを急いで買って帰るという主義ですからね。 今日の目玉商品は?なんて普通の主婦が考えるようなことは一切ない。 一見、倹約家を思わせるところもあり、時としては大雑把でもある。まさか二重人格のような性格だったなんて、結婚するまでは分かりませんでしたよ。 なんでこういう女(ひと)ばっかり選ぶんだろう。自分では気が付かない元々の好みなんだろうか? だが、戦々恐々として見守っていた上海妻の浪費は杞憂に終わった。渡した専用預金通帳の中身も、お願いした毎月15万円のやりくり金額で自発的に調整している。 本人はちゃんと分かっているんですよ。ただ「こうしろ!」と強制されるのが嫌だっただけで、内心では納得していたんでしょう。 やや強引だったが、思い通りの展開に気を良くしていた女房、しばらくは鳴りをひそめていたが、次第にそれだけでは満足できなくなった。 女房にすれば当家財産の全体像が分かっていないし、まだ漠然とではあるが、年齢差からくる将来の不安を心配している。まだ若いくせに、もう20年、30年先を心配しているのだから嫌になる。 「アナタが死んじゃったあとのこと、ちゃんと考えてくれてんの?」 おいおい、これから始まるってのに、もう俺の死んだあとのこと心配してるんかい、勘弁してよ〜 私だってまだ女房を完全に信用している訳じゃないから、迂闊なことは言えない。 「俺が死んだら、2千万くらい入るんじゃないかな」 「それだけ〜?生命保険のお金なんか、50歳過ぎたおばさんになってもらってもしょうがないね」 50歳過ぎたおばさん?・・・・・ということは、俺が70歳くらいで逝っちまうことを想定しているな。 いやいや、怒っている場合じゃない。財産なしの甲斐性なしと、ここで愛想を付かされては元も子もない。 有るような無いようなギリギリの希望を持たせて、ここは凌ぐしかなさそうだ。 「この家もあるしさ、そんなに心配することないよ。お金だって、あんたが不安になるほど無い訳じゃない」 「じゃぁ、言ってみなさいよ」 やっぱり駄目か、そんな曖昧な手が通用する相手ではないらしい。だけど、こうハッキリと問い詰められると、可愛げも何もないね。話には聞いていたけど、中国人ってすごいね、お金に対する執念が。 仕方がない、嘘をついていると思われるのも癪なので、ポツポツと小出しに白状した。 奴さん、いちいち頷きながら、ちょっぴり安心したように呟いた。 「まぁ、いいでしょう」 老後の心配が解消したというより、自分が信用されたことに満足したようだった。 そりゃ、錯覚ってもんだ!こっちは逆にまだ早かったんじゃないかって、気持ちがざわついてしょうがない。 まったく、何がまぁいいでしょうだ!グッと唇噛んで我慢するも、心の中ではまだ手はあると、ほくそ笑む。 亭主は大事にした方がいいぞ、遺書にあらぬことを書けば、アンタにゃ遺留分の4分の1しか行かないんだ!
私の事を多少心配してくれるようになったのは。 それは自分にとって都合のいい環境が、私と別れてもこれ以上は望めそうもないと薄々分かってきたからに外ならない。 ついでに下手な期待や夢も、この際ぜ〜んぶ諦めてくれれば、本当の意味で女房も落ち着いたのだろうが、世の中、中々思ったようにはいかない。 私だってまだ若い!思い切って一歩踏み出せば、また違ったチャンスが待っているかも知れない?そんな思いが捨てきれなかった。 ウン?まて、まて、一歩踏み出すってことは、ひょっとして離婚!蒸発!三行半!ってかぁ。 よせ、よせ、儲かりそうで儲からないのが商売、簡単に渡れそうで渡れないのが世間というもんで、そんなに甘いもんじゃないって! そんな3年目の危機に、私が病気で入院したんですがね。 日本人なら女房が毎日来るのは当然と思うじゃないですか。 私の親父が倒れて入院していた時も、おふくろさんはバスの定期まで買って毎日通っていたし、夫婦ならそれが当たり前だと思っていた。 ところが、そうじゃない。上海妻は1日置きくらいに夕方チョコッとやって来る。それも面倒臭そうに・・・・ 「毎日行ったってアナタの病気が早くよくなる訳じゃないョ、そうでしょ。」 そう面と向かって言われれば、確かにその通りだが、6人部屋の病室にあっては、同室患者に対してのメンツもある。奥さんがいながら、ちっとも来ないとなると、歳が違うだけに興味本位の噂を立てられてしまうからだ。 まぁ、来れば来たで困ることもあるので、心中はちょっと複雑なんですけどね。 それは歯に衣着せず、ポンポンと禁句が飛び出すこと。言っていい事と悪い事の区別が、この時はまだよく分かっていないから始末が悪い。(今でもあまり変わってないのが悲しいが) 「ここに来る途中で、骸骨みたいに痩せた人みたよ。私だったらやだね、もう死んだ方がいいよ」 「シッ!そういうことをここで言うなよ」 中国人は声が大きい。カーテンで仕切られただけのスペースでは、隣の患者にも筒抜けである。 私は左右の人差し指でバッテンを作って制止したが、キョトンとして「なんでぇ?」という顔をしていた。 隣の患者にも友人のお見舞いが来ていた。6人の大部屋である事を気遣って、ひそひそ話している。 私はカーテン越しに隣を指差し、「なっ、みんな静かに話しているだろ」と諭した。 中国人は微調整が得意でない。白か黒かハッキリしないと調子が悪いようで、今度は小さすぎて聞こえない。 上海でもそんな場面によくぶつかることがある。 餐庁じゃ、辛過ぎるから少しだけ唐辛子を減らしてくれと頼んだのに、丸っきり抜いちゃって甘口料理を食べさせられたり、按摩所でも揉み方が痛い!なんていったら最後、急に撫でるように力を抜いたりする。 これはお国柄もあるから今は仕方がないが、まぁ、その内分かってくるだろう。 「ねぇ、ねぇ、日本人ってさ、何ですぐ大丈夫?って聞くの。大丈夫じゃないから入院してるのにね」 「え〜何だって?聞こえないよ」 あぁ、まるで夫婦漫才をやっているようだ。女房は隣人の会話に疑問を持ったようで、そう聞いてきた。 確かに目の前で血をダラダラ垂らしていたり、痛いとのたうち回っている奴に「大丈夫か!」と言うのもおかしなものだが、そんな場合の適当な言葉が他に見付からない。 普段、日本人が何気なく使っている言葉も、外国人からすると摩訶不思議に映ることがあるようだ。 カーテンをそ〜と開けて、おふくろさんが見舞いに来た。年は食っても可愛い息子だ、言われなくても毎日顔を見に来る親心。女房よ、ちったぁ見習え! 「あら、静ちゃんも来てたのね」 ほらぁ〜、滅多に病室で顔を合わせないから、そういうこと言われるんだ。 カーテン仕切りの大部屋では見舞い客用のイスが一つしかない。それにしっかり鎮座している女房、所在無げに突っ立っているおふくろさんに譲る気配もない。 日本と中国との習慣なんかに関係なく、人間としての気が遣えないものなのか?暗澹としてくる。 「おふくろさん、足が具合悪いんだから交代してやんなよ」 悪びれずに「はい、どうぞ」と立ち上がったまではいいが、私は帰るといい出した。 なんだ、まだ来たばっかりじゃないか、それにおふくろさんへの嫌みとも取られかねないぞ。 まったく勝手気侭を通り越して、異星人のような奴である。 帰り際にいった言葉が、また振るっていた。「それじゃ、お大事にぃ」・・・・・・である。 言葉の使い方が混同しているとはいえ、夫婦でありながら、まぁなんと他人行儀な。 傍らのおふくろさんも口には出さなかったが、(あぁ、えらい嫁さんだ・・・・)だと思ったに違いない。
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