2008年8月
上海と東京の時差は1時間、飛行時間は離陸して3時間である。
その間に飲み物サービスや食事まで出すのだから、スチュアーデスは忙しい。
お姑さんはお腹の膨満感と戦いながらも、幸いに空の上では何事もなく、夕方には上海に着いた。
浦東空港には女房から連絡を受けた弟が迎えに来ていた。
息子とはしょっちゅう喧嘩をしている仲だが、いざとなったら、こっちでも頼れるのは身内ということか。
予定では、その足で病院へ駆け込むつもりだったが、ちょっと時間が遅すぎ、タイムアウト。
仕方なく病院行きは明日一番にして、今日は愛しの我が家で、旅の疲れを癒すことにした。

は〜い、まず点滴やりましょうね |
中国の病院は、どこも受付前から大勢の人が並んでいる。
そのことは良く知っているから、お姑さんと付き添いのお舅さんも早く家を出たが、それでも病院前には、30人ほどの先客がすでに並んでいた。
病院内には入れてくれないので、入口から外に向かって延々と人が繋がっている。
やっと受付が始まり、狭い廊下のベンチに腰掛け、名前を呼ばれるのを待つ。名前を呼ばれても、診察はまだまだずっと先。
まずは点滴、中国は何でこう点滴が好きなんだろうと、いつも不思議に思う。
私が歯痛でどうにもならなくなって駆け込んだ時も、受付で「診察前に点滴をやってくれ」と言われて、怒ったことがあった。
冗談じゃない!歯が痛いのに3時間も4時間も掛かる点滴なんてやってられるか!
私は外国人だからいいとしても、お姑さんはお医者様には逆らえないから、黙って点滴を受けた。
午後になってようやく診察の順番が来た。
「はい、どうしたの?」
「ワタシは昨日まで日本に居たんですよ、日本ですしや天ぷらやいろいろ食べたせいか、お腹が張って苦しくてしょうがないんですよ」
お舅さんも傍から、日本の病院でもらってきた薬の内容表や領収書をヒラヒラ見せて、日本の大きな病院で診てもらったことを、くどくど話した。貧乏人のサガだろうか、止められない、止まらない、見栄を張れる時は、目一杯張りたいと思う気持ちが前面に出ている。
そうした必死の説明にも係わらず、中国のお医者さんの見立ても、日本と同じで大したことがないでお終い。
お姑さんは必死に食い下がった。こんなに具合が悪いのに大したことがない筈がない!
ちゃんと見てくれるまで、わたしゃここを動かない!と、日頃大人しいお姑さんにしては珍しい強行策に出た。
それじゃぁ入院だ、ということになった。
連れて行かれた病室は4人部屋で、1日に200元(3000円)掛かると、看護婦は平然といった。
診察室であまり日本、日本、と連呼するから、多少の金持ちと判断されたようである。
お舅さんが、「もう少し安いところはないか」と畳み掛けた。
さすがに具体的な金のこととなると見栄の張りようがなく、この時はただの貧乏庶民に戻っていた。
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次に連れて行かれたところは8人部屋、1日36元(540円)と極端に安くなった。
ベッドも簡易ベッドに変り、周りを取り巻く環境も著しく低下したが、お舅さんは一も二もなくOKした。
ここでキッチリと調べてもらって、必ず原因を突き止める!お姑さんは治るまで帰らない決意を固める。
翌日のもう少し時間をかけた診察の結果では、強度の便秘だろうということになった。
中国病院特製の浣腸液注入、「イタタタ、いた〜い!もうダメ、ト、トイレ〜!!」
敵の抵抗も激しかった、出てやるものかと前線死守!あえなく1回目は撤退を余儀なくされた。
1日置いた3日目、今日こそは攻め落として見せると、看護婦は玉砕覚悟の並々ならぬ決意で挑んだ。
「グルジィ〜〜、ダズゲデ〜!」「まだまだ、もうちいと我慢しなさい!」
まさに阿鼻叫喚、断末魔の叫びだったが、とうとう敵は一気に投降し、洞穴からぞろぞろ出てきた。
バンザ〜イ、バンザ〜イ、いやいや、おめでとうさん!
翌日のお姑さんはケロッとしていた。それにしてもあんな大騒ぎしたのに、原因は便秘だったとは・・・・・
本人は辛かっただろが、原因が糞詰まりで、急ぎ飛行機を使って戻ってくる人も珍しいだろう。
「ワタシにもよく分からない」じゃなくて、ちゃんと状況を説明出来てれば、日本の病院だって浣腸くらい出来たし、わざわざ帰らなくても治せたのに。何ともお騒がせなお人であった。
入院したついでに腸内の内視鏡検査も受けた。
へぇ〜中国でも、そんな検査が出来るのかと思ったくらいで意外だった。
その結果、腸内に4cm大のポリープが発見される。
便秘の大きな原因はこれだったのだ。
私も後日、そのカラー写真を見せてもらったが、確かに腸壁と思われるところから、瘤状の突起がはっきり見えた。
折角、見つかったんだから、 こいつもついでに取ってしまおうということになり、お姑さんの入院生活は更に延びることになった。
ポリープがあることは分かったが、それが良性の物か、悪性の物かの組織検査をやっていない。
医者は多分80%くらいは良性であるからと勘で診断、手術を勧めた。
勘で切られたのでは堪ったもんじゃない!きっと中国では表には出てこないが、医療過誤のケースなんて沢山あるんだろうな。
手術することは決まったが、手術日が中々決まらない。
やるやると言われては日延べされて、毎日点滴を受けながら2週間も待つ羽目になった。
大きく切ってしまう外科手術ではなく、肛門から内視鏡を使って局部だ切り取る手術なので、主任医師しか出来ないらしく、この先生がまた忙しくて中々手が空かないらしいのだ。
これを聞いて、中国の医療水準もかなり高くなったと認識を改めた。
私の友人が直腸癌とわかって、複数の病院を当たったが、多くは大きな外科手術を示した。
この手術を受けると、排便袋を付けるなど、その後の生活に大きな支障をきたす。
友人はガックリとして、俺の人生はもう終わったと嘆いていたが、ある知り合いが肛門から管を入れて手術してくれる病院があると教えてくれた。
藁をもすがる思いで、その病院の門を叩き、大きく切ることなく無事に手術を終えることが出来たと聞いた。
それと同じ方法が中国でも出来るとは、本当に意外だった。
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日延べを繰り返していた手術日も、ようやくはっきりした。
お姑さんは大きな手術を受けるのは初めての経験だから、もう俎板の上の鯉状態。
手術前日に、あ〜忘れもしない、あの鬼のように怖い看護婦が再びやって来た。
「さぁ、浣腸しましょう」
その言葉に恐怖が甦り、肛門がキュッと締まった。
もう浣腸はこりごり、墓場に行くまで絶対にやりたくないと思っていたのに、現実は非情だった。
手術は全身麻酔で3時間掛かったそうである。
術後の経過もよく、5日後にはめでたく退院の運びとなった。
私らも東京からの電話で、逐次、成り行きを確かめていたので、ホッと一安心である。
お舅さんがもう心配は要らないと言うので、予定通り8月末に、大阪から船で帰ることにした。
夏休みも終わりとあって、船の乗客は予想以上に一杯で、初めて他人との相部屋を経験することになった。
バックパッカー風のドイツ人夫婦で、眼鏡をかけた小柄な奥さんは、日本の良家の子女みたいに控えめで気を遣う人。
ロビーや廊下で会っても、にっこり笑顔で微笑んでくれる。
反対に旦那の方は無愛想で、一言も口を利かない。
このまま2泊3日、だんまりで通すつもりなのか?機会があれば試してみたいと思っていた。
ある時、ちょうど4人が部屋に居合わせたので、絶好のチャンスとばかりに話を振ってみたら、意外と話に乗ってくる。
私らを中国人と勘違いしていたらしく、どうせ言葉が通じないからと思い込んで、話し掛けなかったようだ。
女房も口喧しい割りに人見知りする方で、特に外人は話し掛けてくれなければ自分から親しげにハ〜イなんていう奴じゃない。
だが芸は身を助く、あまり役に立ったことがない女房の英語力がやっと活きた。
ご夫婦は1年掛けて世界中を回っている途中で、ドイツを出発して3ヶ月目に入ったとのことだった。
この旅行をするため、二人で3年間資金を貯めたそうで、これが初めての海外旅行だというから度胸がいい。
子供が出来たら、恐らく海外旅行など出来なくなるから、これが最初で最後になるとも言っていた。
日本は東京、北海道、沖縄と回り、京都、大阪を見学して船に乗ったのだという。
これから行く中国では、先日地震のあった四川へ行きたいと言っていたので、「まだ復旧が進んでいないから、何かと不便ですよ」と話したが、多分行くのだろう。
今回も海は穏やかで快適な船旅だったが、そろそろ船も飽きてきた。
上海の我が家へ帰った翌日、早速、退院してるお姑さんを見舞いに出掛けた。
手ぶらじゃ格好がつかないので、途中で見舞い用に果物を買って行く。気を遣う日本人が中々抜けない。
お姑さんは病院生活3週間で、大分痩せてダイエット出来たんじゃないかと期待したが、目立って痩せたという感じには見えなかった。
本人は腕回りなどをみせて、盛んに痩せたことを強調していたので、まぁ、同調はしときましたけどね。
お舅さんは果物をもらったことを「謝、謝」といったが、相変わらず日本で世話になったお礼の挨拶はなかった。
別に言ってもらったからって、どうということはないのだが、肩透かしを食らったようでケジメがつかない。
まぁ、これが中国流であるなら、もう一生言わんでいい、損をするのはお舅さんたちなのだから。
そう思っては見たものの、中々憎めないところがあるお舅さん。
我々が戻ってきて1ヶ月が過ぎ、上海も10月に入って本格的な秋を感じる涼しさに変った頃。
お舅さんが私のうつ病見舞いに、ひょっこり来てくれた。病気見舞いの手土産はなしだ。
私も歳なのだろうか、最近、情に脆くなってしまっている。
つい心にもないことが、ポロッと口を突いて出てしまった。
「寒くならないうちに、また旅行でも行きましょうか?」
パッと目の色が変ったお舅さん。しまった〜、なんとアホなんだ俺は!
という訳で、日本の休日は終わりですが、10月中旬に恒例の家族旅行に行って来ます。
次回、倹約旅行記で、またお会いいたしましょう!
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