2008年8月
足の1本や2本折れていたって、身が詰まっていて美味しければ、私らだって文句は言わない。
早速、その日の夕食でそれを確かめた。
うん!これは上々、旨い!あの親父の言った通り、味で勝負は嘘ではなかった。
お舅さんたちは小さい上海蟹とあまりに勝手が違うので、どうして食べたらいいか手をこまねいている。
固い殻を歯で噛み砕いたり、片穴からチュッチュと吸ったりしているが、出てきやしないって、上海蟹と違うんだからさ。見かねて代用ではあるが洗った鋏を貸してやった。
「これで縦にジョキジョキ切れば、そっくり身が取れますよ」
ホゥ〜、これは調子がいいと、一気にタラバ蟹を食べるペースが速まった。
大皿に2杯あった蟹足の山が、見る見る間に殻の山に変り、一同大満足の完食となった。
お舅さんはすでに明日からの魚料理に思いを馳せていた。
それにしても、あの魚の頭だけの方は、どうするつもりなんだろう?
私は遠慮するからいいとしても、途中でお手上げになって捨てるようなことになったら、折角、買ってきたのに勿体無いしな〜。

こういう風に作れりゃ、私だって食べる気にはなるが・・・・ |

丸ごと一匹イナダをどう料理する?・・・・うちの包丁は切れないぞ! |
すぐ下の実弟が、もう2度も食材を差し入れてくれている。野菜から卵、刺身に肉とバラエティに富んでいる。
米など重いのに10kgも持ってきてくれた。
言っちゃぁ悪いが、一人暮らしの弟は、その長き時の経過ゆえ、今まで多少偏屈なところがあった。
この世で信じられるのはお金しかないと、身を粉にして働き、稼ぎはなるべく貯金して、倹しく暮らしていた。
そんなタイプの人間が、何かに目覚めたが如く、急に変ったことをし出すと、こっちは面食らってしまう。
差し入れは私らにとってこの上なく有難いが、なんの風の吹き回しなのか、恐る恐る本人に聞いてみた。
「いやぁ、静ちゃんにはおふくろの時に随分世話になったから、お父さんお母さんに、そのお返しのつもりでさ」
静ちゃんとは女房の日本通称名で、亡くなったおふくろが名付け親である。
女房がおふくろと一緒に暮らしたのは3年ちょっと。病気に臥せってからだって、それほど大したことはやっていない。それなのに恩義に感じてくれていて、たまたまやって来た女房の親に今度は礼を尽くす。
忘れ去られた日本人の良さが、まさにここにありという感じである。
兄貴として誇りに思うと同時に泣けてきそうだ。弟を見習って、私も細かいことに腹を立てるのは止めよう。
国は違ったって人間の感情はそう変らないもの、恩義や礼節を尽くせば、話せなくても心は通じる。
まてよ、そうとばかりな言えないか?・・・・・・・お舅さんは親戚の葬儀なんかは、見栄を張って1000元とか持って行くけど、俺のおふくろの時は確かお悔やみの言葉だけで、香典はくれなかったよな〜?
女房の母方の祖母が亡くなった時だって、私らは東京にいても香典として100ドル送ったのに・・・・・
いえ、いえ、別に香典が欲しい訳じゃないんですけどね。
上海一族は口では私を身内とか何とか言っていても、結局は遠い親戚にも及ばない婿の哀れさなのか。
上海の魚料理といえば、大概、煮魚である。
最近はデパートのスーパーなどで、鯖や秋刀魚の焼き物を売っているが、これは日本人用であるから高い。
餐庁で魚料理を頼めば、今でも煮魚がメインで、フライに近い料理もあることはあるが旨くない。
魚自体は川魚が殆どなので、淡白な身であるから料理次第ではどんな味にもなるが、私は大抵は黒酢を使っているので苦手としている。
さて、お舅さんの頭の中には、すでに料理の仕上がり予想図が描かれているのだろうか?
今日はまず先に、魚の頭をやっつけるつもりのようだ。
調味料が上海と全然違うので、少し勝手が違うが、何てったって勘が頼りなんだから、どんなものが出来るか分からない。出来てからのお楽しみ、仕上げを御覧じろってところか。
ガスコンロに鍋を置き、醤油をドボドボ、これで煮たらいくら何でもしょっぱいと気が付いたか、水を計りもせずにドボドボ。これだけじゃまだ何か足らないと頭をひねり、中国煮物に近づけるよう酢をドボッ。
それに砂糖少々、魚の臭みを取るのに生姜、生姜と探したが、最初からないものはない。仕方なく間に合わせで、チューブに入った練り生姜をタップリ入れた。
コトコト煮込むこと1時間、骨まで柔らかくして食らうつもりのようだ。
「さぁ、ご飯にしよう」
テーブルの真ん中にメインの兜料理の大皿が置かれた。
ありゃりゃ!我が目を疑った、魚の頭はどこ行ったんじゃい。
原形を留めず、身はバラバラに解れて、その中に目玉が見え隠れしている。骨だけが鋭く牙を剥いたように、天を睨んでいた。
まぁまぁ、こんなもんでしょう、勘が頼りじゃね。
「これじゃぁ、ゴミみたいね」
女房がポツリと呟いた。私はテーブルに一線を引くように日本エリアを作り、漬物やポテトサラダ、明太子などで、そそくさと済ませた。
これを作った本人は、さすがに不味いとは言えない。
結構、いい出来だと自画自賛して旨そうに食べていたが、お姑さんが手を出さないのを見ても、不味いのは一目瞭然だった。
魚の頭は2つ使ったから、もう一つ残っているそうだ。
よもや同じ轍は踏まないと思うが、お舅さんのことだ、五十歩百歩、汚名挽回の料理は恐らく無理だろう。
次回イナダの丸ごと一匹料理に挑戦の時は、私専用のおかずを何品か揃えてもらおうとひそかに思った。
連チャンで食えない魚料理は勘弁してと思っていたら、女房も懲りたのか今日は自らが腕を揮い、数少ないレパートリーの中から豚肉の生姜焼きを作ってくれるという話にホッとした。
それに私の好きな豆腐とほうれん草の味噌汁が加わる。このところ味のない中華スープを飲まされていたから、これも有難い。この組み合わせなら、私はもう他には何も要らないくらいだ。
お舅さんたちも舌鼓を打っている。生姜焼きも味噌汁も気に入ったようだ。
これなら上海でも作れるから、女房に教えてもらって帰ったらいい。
日本の米も粘りがあって、上海とは比べようもないほど美味しい。私はご飯を頬張りながら、気軽く聞いた。
「お舅さん、あのでかいイナダはいつやるの?」
「そうだな〜、新鮮なうちに明日作ろうかな」
ガ〜ン!いきなり箸が止まった。頬張ったご飯が喉に詰まりそうで、思わず咳き込んでしまった。
明日はどこかへ避難しようか、それとも一人外食と決め込むか。
いやいや、毒を食らわば皿までも!どんな料理を作るのか、最初から最後まで見届けなければHPは書けぬ。

鱗を取って下準備・・・・まかせてちょうだい!このくらいは常識だ! |

ここまで出来るかお舅さん・・・・出刃包丁は探してもないぜ! |
お舅さんはイナダを前にして考えあぐねた。三枚に下ろすのも切り身も知らない。
第一、上海のスーパーでも自由市場でも、こんな大きな魚なんか見たことがないので持て余した。
まずやらなきゃならないことは分かっている。鱗を取り、内臓を掻き出すまでは、小さいのも大きいのも一緒だろう。そのくらいは上海の魚市場で、しょっちゅう見ているから知っている。問題はその先だ。
お舅さんはB型人間、考えてもしょうがないことはいつまでも考えない。思い切りの良さがモチーフである。
でかいイナダを目見当で4等分にぶつ切りにしてしまった。
ガキッと骨に当たっても、無理が通れば道理が引っ込むとばかり、力まかせにぶった切った。
洋包丁の刃が欠けるなんてことは露ほども考えない、鬼神のような所業である。
やめてよねぇ、その包丁で、ぶった切っているイナダが何匹買えると思ってんだ!
4等分にしたら、確かに一匹のままよりは扱い易くなった。
さて、どうするかと見ていたら、また醤油ドボドボが始まった。そういうのを日本では“馬鹿の一つ覚え”って言うんだ。だが、さすがはお舅さん、前回の失敗でしっかり学習をしていた。
今度は砂糖を多めに味見OK、煮る時間を短くして、最後に片栗粉でとろみを付けた。
ホホ〜ゥ、見た目は完璧な煮魚になった。今度はそれほど煮崩れもしていない。案外やるじゃん!
「さぁ、ご飯にしよう」
今日は一際声が大きい。出来栄えに自信を漲らせているのが、手に取るように分かった。
さあ、一昨日の悪夢が甦るのか、判定の時がやって来た。
「あんた、先食べてみな、俺は元々煮魚好きじゃないし、後でちょっと食べればいいんだからさ」
「今日のは大丈夫よ、お父さんだってそれなりに研究したんだから」
女房がぶつ切りにしたイナダの皮をちょっとめくり、醤油色のタレの中、鮮やかに浮かんだ白い肉を摘んで口に入れた。羨ましいくらいに信じきった親子の固い絆を、改めて感じさせる一瞬だった。
と思ったら、女房が小首を傾げた。そ〜ら、来たぞ、来たぞ、やっぱり下駄を履くまで分からない!
「これ、まだ煮えてないよ、半分ナマだよ!」
ぶつ切りじゃ、身が厚すぎて中まで火が通ってなかったようだ。前回みたいに煮崩れを警戒したお舅さんは、大分早めに火を止めてしまったのだ。
煮えてないのだから、煮崩れなんかする訳はない。見た目が完璧だっただけに、あと一歩のところが惜しまれた。
イナダ第2弾は、お舅さんもさすがに煮物は懲りて、後日焼き物に挑戦した。
用心して、これも私は食べませんでしたけどね。
| 2008年9月24日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
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