2008年8月
日本でも学校は夏休みに入ったし、お舅さんたちを1回くらい旅行に連れて行くなら、早く予約を入れた方がいいと女房を促した。このまま漫然と時を過ごしていては、1ヵ月半くらいすぐに経ってしまう。
いつも旅行会社から送られてくる小冊子をパラパラとめくる。
選考基準は、お姑さんの大好きな温泉であること、それに出来れば新幹線に乗せてやりたいこと。
「これなんかど〜お、2泊3日3万円、海の幸山の幸、ズワイ蟹の食べ放題だぞ〜」
場所は昨日地震のあった三陸だが、地震なんてそうしょっちゅうあるもんじゃなし、地震の後じゃ却って客も少なくてサービスがいいってこともある。
女房に地震のことは言わなかった。言えばどうしようと迷うのは必至、説得するまで大変だからだ。
女房の了解を取り付けたので、早速、旅行社へ予約の電話を入れた。
オリンピックの開会式と込み合う土日を外した8月11、12日に、4人一緒の部屋だが運よく予約が取れた。
すぐにも教えてやりたい女房は小冊子を持って、お舅さんたちの希望と期待を煽りに行った。
野次馬の私も、いそいそとそれに続いた。
お舅さんたちは日の当たらぬ和室で、照明もエアコンも点けず、扇風機の生暖かい風に吹かれて、テレビを見ていた。
特にお舅さんはやることがない分、身を持て余している。
遠慮しないで照明、エアコンを点けなさいといっても、大丈夫、大丈夫というばかり。
上海では決して安いとはいえない電気代だから、電気の節約は習慣化していて、暗くても暑くてもそれに耐える習性が身についているようだ。
その代わり、窓という窓を全部開け放ち、少しでも風を入れようと努力している様子が垣間見えた。
その気持ちは十分理解できるが、悲しいかな、東京下町の軒と軒がくっ付いた状況では、風などそよとも入ってこないのをまだ分かっていない。
おふくろは亡くなる前、この部屋で1年中朝から寝るまで、照明とテレビを点けっ放しだったし、夏は冷房、冬は暖房を欠かさなかった。日本人と中国人では感覚がこうも違ってくるものなのか。
大層お舅さんたちは喜んでくれた。特にお姑さんは温泉と聞いて目を輝かせた。
これで今回再来日のメインイベントが出来た思いで、私もちょっぴり肩の荷が下りた気がした。
「「よう、お舅さんたちに小遣いやるから2万円くれよ」
お舅さんが部屋でぐだぐだしているのは、お金がないんじゃないかと思ったからだ。
自転車で走り回って喉が渇いたって、腹が減ったって、なんにしても先立つものは金だ。
「はい、これお小遣い、外へ出て喉が渇いたらジュースでも買ってください」
すかさず女房が通訳した。剥き出しのままだったが、1万円ずつ渡した。
相手が日本人なら小袋にでも入れないと失礼に当たるところだが、中国人はそんなこと気にしない。
小袋に入っていようと、剥き出しだろうとお金には変わりない。むしろ剥き出しの方が単刀直入、金額が分かって話が早いという利点もある。
お舅さんは「どうも、どうも」、お姑さんは「謝、謝」といって、ありがたく押し戴くように、それを受け取った。
女房からその後を聞くと、自転車で東京探訪に出掛ける時は、100円ショップへ寄って飲み物とパンを買って行くのだそうだ。
うん、これでよし!ちょっと侘しい気もするが、お舅さんたちには身の丈にあった自然の行動なのだろう。
我が家は東京でも有数の繁華街がすぐ近くにあるので、夕食は気を遣って天丼やステーキなど度々食べに行った。もっともどこも大衆的な店で、ご立派な構えの店には端から行きませんでしたけどね。
大衆店は、ご飯、味噌汁お代わり自由なんてところが結構ある。
見てると日本人ははしたないと思うのか、あまりお代わりする人がいないが、中国人は違う。大食漢のお舅さんなど、タダだと分かったらバンバンお代わりするので、こっちが赤面してしまった。
寿司だけはテイクアウトにした。前回、寿司店に連れて行ったら、職人が素手で握っているところを見て、お舅さんが大いに食欲をなくした経緯があったからだ。

天丼の大盛りだぁ・・・・ささ、タップリ日本食を味わってくださいな |

寿司食いねぇ・・・・中国の人だって?上海の生まれよ! |
夏も真っ盛りである、この時期には欠かせない盆踊りがあちこちで開催されるようになった。
盆踊りなら浴衣姿の人も多いし、日本情緒タップリの風情がある。それに大勢の人が輪になって踊る様子は、きっと中国人には興味があるだろうと思って、お舅さんお姑さんを誘った。
夜風に吹かれながらの盆踊り見物も、またいいものである。
私も何年振りだろう、もしかしたらこの前見たのは10年以上前かも知れない。
子供の頃は、3日間の開催日を毎日通ったもので、炭坑節や東京音頭は、ちゃんと踊れた記憶がある。
今みたいにゲームやパソコンがなく、娯楽の少ない時代だったから、色々な露店が出ているのも楽しみだった。
その頃の東京下町は、東京でありながらどことなく垢抜けない田舎臭さがあり、盆踊りは毎年恒例の大イベント。
周辺の若い娘なんか、こぞって粋な浴衣を着て踊りに来たものだった。
あれから数十年、下手すると半世紀、時の流れは人間の思考を物の見事に変貌させてしまった。
櫓の上で華麗に踊るのは、いずれもその昔は娘だった人ばかり。更に目を凝らして見ると、冥土の土産に踊っているようなお年寄りまでいるのには驚いた。
それでもお舅さんたちは大いに気に入ったようで、盛んに私にも踊って見せろと無理な注文をする。
日本人なら誰でも踊れると思っているらしいが、そりゃ大きな間違いというもの。簡単そうに踊っている人も、事前にかなりの練習をしてきているのだ。
櫓下の大きな輪で踊る人たちを、更に遠巻きにして眺めている沢山の人たち。勿論、その中に私らもいる訳だが、その人込みを縫うようにしてやって来る美女あり。
どこの美人かと思いきや、これが今をときめく総理大臣候補の小池百合子氏。キチッと浴衣を着こなした姿は、さすがは政界で美人との誉れ高い人だけあった。
目がバッチリと合ったのに、Tシャツに短パンの私は一声も掛けられず、思わず目を伏せてしまったのが残念。
こんな町会主催の盆踊りにも顔を出すマメさがなければ、昨今の議員先生はその座を守れないとしたら、まったく体が幾つあっても足らないだろう。いやいや、ご苦労さんな話である。

お達者クラブ主催の盆踊り?・・・・浴衣姿も遠目がいい |

いずれが菖蒲か杜若、それは昔の話・・・・今はどこを見ても姥桜 |
小1時間ほどして、もう帰ろうかと声を掛けたら、お舅さんたちは余程面白いとみえて、最後まで見て行くという。
「それじゃ私らは先に帰るから、終わったらどこにも寄らないで真っ直ぐ帰ってきなさい」
女房は小姑のように口煩く何遍も言っていた。お舅さんにはこのくらい言ってちょうどいい。
私らが家に戻って1時間半ほどして、お舅さんたちが帰ってきた。約束通り、どこにも寄らなかったようだ。
手には盆踊り用の手拭いが握られていた。私たちが帰ってから、お舅さんたちは盆踊りの輪の中に入って、見様見真似で踊ったんだそうである。
踊っている人に無料で手拭いを配っているのを見て、俺たちも貰おうと盆踊りの輪に入ったのか?
思い切って輪の中に飛び込んで踊っていたら、たまたまくれたのかは分からないが、どっちにしてもとても楽しかったようだった。
和気藹々と平穏な日々を送っていた或る日、例によって午後から出掛けた二人がいそいそと帰ってきた。
お舅さんの手には、家電量販店の大きな袋がぶら下がっている。
「ピエンイー、ピエンイー(安い)」と言いながら、早速、袋から箱を取り出し、得意顔になって開けて見せた。
DVDポータブルプレーヤーである。いきなり頭を金槌でガ〜ンと叩かれたような衝撃を受けた。
喉が渇いたらジュースでも買いなさいと善意で渡した小遣いで、こんなものを買ってきたのか!
人の善意を踏みにじるのも大概にせい、いくら特価だったとはいえ、衝動買いも甚だしい。
女房だって欲しいと言っていながら、よくよく考えて結局はあまり使うことがないと判断して断念した品物だ。
全部丸抱えで無理やり招待させられて、その上なんで俺がそんなものまで買ってやらなきゃいけないんだ!
第一、年中動き回っていて腰の落ち着かないお舅さんが、DVDの映画なんていつ見るんだ。
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その場ではグッと堪えて何も言わなかったが、2階に上がって女房と大喧嘩である。
「あんなもの買ってきて、帰るまで日があるのに、どういうつもりなんだよ」
「自分達もお土産買うつもりで、円に換えて少し持って来たから大丈夫よ」
それを聞いて更にカチンときた。
端から円を持ってきているんだったら、小遣い渡す時に何故そう言わないんだ!いかにも有難く押し戴いといて、それはないだろ。
たとえ社交辞令的にでも、「何から何まで世話になっているのに、そこまでされては申し訳ない」とかなんとか言いようがあったんじゃないか?
そう言われれば、こっちだって「まぁまぁ、それはそれ、これはこれ、邪魔になるもんじゃないから」と、一度出したものを引っ込めるほど野暮じゃないのに、俺は中国人のそういう狡っ辛いところが嫌いなんだ!
言葉は大事だ、心で思っていても口に出さなければ相手に伝わらない。
私の子供の頃は、人から物を貰ったら「ありがとう」と言いなさいとか、悪かったら素直に謝りなさいとかは基本的な躾として親から教わった。
そういう言葉のやり取りは、いわば人間のコミュニケーションの潤滑油みたいなもの、なくなればギクシャクする。
私は単細胞だから余計に面白くないし、時には激高してしまう。
中国人にはこれがないから、出すもの出さずに何を大きな顔しているんだと、思わぬ誤解を招いてしまうのだ。
「じゃ、お土産も買っちゃいけないって言うの」
「ああ、全部世話になっていながら、自前とはいえ、あんなものを買ったら反感買うだけだよ」
「優雅にそんなもん買えるんなら、交通費ぐらい出せって言いたくなるぜ」
10年前の初来日の時は、私らは東京にいて受け入れるだけだった。
到着した日にお舅さんは、飛行機代が2人で4000元も掛かったと盛んに言っていた。
当時からすればお舅さんたちのとっての4000元は大金で、2ヶ月が暮らせる金額。だが円換算なら、円高の影響もあって4万円ちょっとだった。
私はその4000元も含めて、全部面倒を見てもらいたかったお舅さんの気持ちに思い至らず、「ああ、それは安かったですね」と言ってしまった。
今回は一緒に帰ってきたから、船賃も何も全部出してもらうのが当たり前と、礼の一言さえいわず、大きな顔で日本へやって来たのだ。
ふと、黒澤明の不朽の傑作「七人の侍」のワンシーンを思い出した。
三船敏郎演ずる菊千代が、「百姓はな、何にもないなんて言ったって、あっちこっちにうまく隠しているんだ、探せば出てくる出てくる何だってあるんだ!」
落ち武者狩りをして取ってきた槍や鎧、刀の類を見て、他の侍が「もう百姓を助けるのが嫌になった」とポツリ。
同じように無い無いという素振りをしながら、しっかり家電をお土産に買って帰るお金を持って来ている上海一族に、私もお人好しを発揮して面倒見るのが馬鹿馬鹿しくなった。
相手がそう出てくるなら、こっちも対応の仕方を変えざるを得ない。
やられたらやり返す、私は昔から執念深い男なのだ。
この時は本当に腹が立ったが、しばらくしてみると何であんなに怒ったのか思い出せなかった。
細かいことがすごく気になる、うつ病のせいにはしたくないのだが・・・・・・・・・
| 2008年9月17日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
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