2008年8月
しゃけ弁当の昼食が終わったら、少し昼寝でもして休むことにした。
お姑さんは座布団を枕に、早速、畳の上でゴロ寝を決め込んだが、お舅さんはジッとしていない。
布団を干さなければ気持ちが悪くて寝られないといって、2階のベランダの鉄製手摺を拭き、せっせと布団を2階まで運んで干していた。割と大雑把なようで、細かいところもある一面を見た。
午後3時を過ぎて、上海一族が打ち揃って自転車で大量買出しに行くことになった。
私はいつスーツケースの配達があるか分からないので、留守番役である。
今日はきっと、お舅さんたちが夢にまで見た刺身の大饗宴になることだろう。
我が家は平素午後6時には夕食をする習慣になっている。それは夏も冬も上海にいても変らない。
夏場の6時といえばまだ外は明るいが、そんなことはお構い無しだ。
お舅さんが早速1階の台所で腕を振るい、ジャージャーと何か炒めている音がしている。
 |
2階に向かって、女房の「ごはんだよ〜」と呼ぶ声がした。
テーブルにはお舅さんが作った野菜炒めと冬瓜スープ。
日本へ帰ってきて久し振りに食べる明太子やだし巻き卵が彩りよく並ぶ。
さて、メインの刺身はどこじゃいな・・・・・これかぁ?
「あんた〜、これ少なくないかぁ」
今日はマグロの刺身の大饗宴と思ったのに、これでは脇役である。一舟こっきりとは、また女房の奴、随分とケチったものだ。
私も節約派だが、女房のは時と場所を考えないのがスゴイ!
「まだ先は長いんだから、今日お腹一杯食べちゃったら楽しみがなくなるから、これでいいんだよ」
あんたはそれでいいかも知れないが、私が裏で指図したように思われて面子がない。
痩せても枯れても、マグロの1kgや2kgで傾くような屋台骨なんかしてないんだ!
マジで切れ掛かったが、初日から大きな声を出しては、お舅さんたちも大いに気まずいだろうと思い、グッと堪えたが、普通、10年振りに両親が来たとなれば、必要以上に背伸びしても見栄を張りたいんじゃないのか!
まったく、この人の考えることは、ようわからん!
刺身の絶対数が足らないから、私は1枚摘んだら後は遠慮した。
そんな調子だから、こっちが勧めなきゃ、お姑さんだって遠慮して決して手を出そうとしない。
まったくみんなして遠慮してどうする!やっぱり4人の食事に一舟じゃ少な過ぎたんだ。
お舅さんは小皿の醤油の色が変るほど、わさびを効かしやつで食べている。やや遠慮がない。
10年前もこうして食べたといっているが、いくらなんでもあれじゃ刺身の味がしないだろ。
「お舅さん、そんなにわさび付けて辛くないの?」
「うんにゃぁ、大丈夫、これはすごく強烈だからね、いっぱい付けて消毒してるんだよ」
わさびで消毒?そんな話は聞いたことがないな、きっとお舅さんの思い込みなんだろう。
生ものだから自衛策をとっているつもりかも知れないが、まさかねぇ、日本の刺身は上海のとは違うぜ。
食事が終われば、後片付けも洗い物も、お舅さんが全部やってくれるから、女房にとっては有難いことこの上ない。もっともお姑さんも上海と同じで、なにもやらない、やりたくないのは母娘二代の家事放棄。
さっきも甲斐甲斐しく調理するお舅さんの横で、ゴロ寝してテレビを見ていたっけ。
お舅さん一人だけ働かせているようで、悪い気がしないでもないが、やることがないと却って調子が悪くなるのだから、泳ぎ続けていないと死んでしまうマグロと同じ因果性なのかも知れない。
「お舅さん、私の病気はあれこれ気を揉むのがよくないんで、あまり気は遣えませんけど、お舅さんも気侭に自由にやってください」
「ハ〜イ、ハイ」・・・・・・・・ちょっと神妙な顔付きで返事をした。
お舅さんにすれば初日から自由に好きにしていいというお墨付きをもらったようなもので、明日からの毎日が途轍もなく楽しいものになりそうな気がしてきた。
こっちの方も前回の経験則から、何とか改めて欲しいことが一つあったが、本人を目の前にしては言い難いので、2階に上がってから女房に伝えた。
「あのさぁ、布団なんだけど、敷きっ放しでその上を歩かないで、ちゃんと押入れに入れて欲しいんだけど、お舅さんにそう言っといてよ」
子供の頃、弟たちと布団の上で遊んでいると、おふくろによく怒られた。
女優の吉行和子だったか吉村実子だったかは忘れたが、名脚本家の向田邦子の作品に出演した折、リハーサル中に何気なく布団の裾をちょっと踏んだことで、酷く叱られたそうだ。
日本女性は礼儀や躾として、そういうことはしないものだというのだ。
あなたが気無しにそういうことをすると、育ちの悪い女に見えてしまうと。
私も昔気質の人間だ、裾をちょっと踏むくらいは許せるとしても、ズカズカ踏ん付けて歩かれては、見過ごすことが出来ない。前回はまだ結婚して日も浅く、お舅さんたちともそれほど親しくなかったから遠慮したが、今回はキチッと言わせてもらう。
翌日は自分たちでさっさとお粥を作って食べると、待ちきれぬように東京散歩に行くという。
フェリーを下りて以来、強行軍の連続で疲れているだろうから、今日一日ゆっくり休んだらと言ったが、本人たちは行く気満々で自転車の調整なんかしている。
お姑さんは足が短いので普通の自転車では少々無理があった。
都合よく車高の低いのがあったので、それを引っ張り出した。マイレージの景品でもらった折り畳みの自転車だが、車輪が小さいので漕ぐ回数が2倍も掛かり、少々疲れるのが欠点でもある。
そんな理由から、私らはあまり乗らないまま仕舞い込んでしまったが、とうとう日の目を見る時が来た。
何かあった時のために、女房の携帯電話も持たせた。
お舅さんは10年前に来た時に散歩した道は、今でも覚えているから大丈夫だというが、その大丈夫が当てにならないから心配しているのだ。
「お舅さん、遠くまで行き過ぎて帰れなくなったら困るからね」
前回は歩きの一本槍だったから、しゃにむに歩いても高が知れていたが、今回は自転車という強い味方があるので、行動半径もかなり広がる懸念がある。
釘を刺しておかないと、糸の切れた凧のようにどこまでも走って行きそうな気配が溢れていた。
まっ、注意したからって、黙って従うお舅さんじゃないんですけどね。

自転車でいざ出陣!・・・・気をつけてね〜 |
案の定、目一杯走り込んで、夕方帰ってきた。
楽しかったんだろうが、相当お疲れの様子だ。
早稲田から新宿を回ったら、ちょうど“よさこい祭り”というのをやっていて、その様子を身振り手振り、擬音入りで一気に捲くし立てた。
言いたいことは、全部お舅さんが言ってしまうので、お姑さんは傍で大きく相槌を打つように頷いている。
「そりゃぁ、良かったですね」
初日にしては十分な成果だったようだ。
まぁ、シャワーでも浴びてさっぱりしてくださいな。
「今日はこれから何か作るのも大変だから、商店街の肉屋で揚げ立てとんかつでも買ってきたら?」
女房もそれにはすぐに同意した。
女房は買ってきて手を加えないでそのまま食べられるものなら、ほとんど反対はしない。
お舅さんも私もビールくらい飲めたら、湯上りにまず一杯ということになるのだが、二人とも下戸ときては後の楽しみは食事しかない。それにしてもお舅さんたち、お昼はどうしたんだろう。何か食べたのだろうか?
揚げ立てのとんかつはやはり旨かった!上海のせんべいみたいに薄い、ハムカツみたいなのとは訳が違う。
食いねぇ、食いねぇ千切りキャベツ、この細さ、女房が切ったんじゃこうは行かない。
中国みたいにおかずの種類はないけれど、日本の庶民家庭はどこもこんなもんだよ。
それにしても日本食を楽しみにやってきた義父母だが、あとは思い付くところ、すき焼き、カレーライス、天丼、ステーキ、寿司、くらいで日本食レパートリーも終わっちゃうな。どうすんだ、残りの1ヶ月以上は?
私がそこまで心配することはないか・・・・・・・・
その夜、結構大きな地震があった。
お舅さんはガバッと飛び起きて、外に出ようかどうか玄関先でオロオロしていた。
日本じゃこのくらいの奴はしょっちゅうあるから、私はベッドから起きもしなかったが、階下の物音が気になって女房が様子を見に行くと、慌てたお舅さんが何をそんなに落ち着いているんだと不思議な顔した。
お姑さんも心配そうに、リビングのドア越しにこちらを覗いている。
「もう収まったから大丈夫よ、でも今日のはちょっと大きかっね。私もビックリしたよ」
私らが日本に来る前に、東北地方でかなりの被害が出た地震があったことは知っていた。
翌朝のニュースを見たら、その余震とも思えるように震源地は同じ東北岩手だった。
中国じゃ四川の大地震があったばかり、上海での地震経験は殆どないお舅さんお姑さんは、こんなに揺れたのに大して驚かない日本は怖いところだと思ったに違いない。
| 2008年9月13日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
 |
|