香港・マカオ・深せん・広州篇

3.マカオ夢見るカジノ

2000年10月11日、今日はマカオ観光がメインである。
昨夜ガイドから「大丈夫、思うけど奥さん分からナイヨ」と何だか訳の分らない事を言われた。
要は女房が中国人である為、香港ビザと別のマカオビザが必要らしい。
香港マカオとも中国に返還されて久しいが、実態は別々の経済特区となっていて中国人の行き来を阻んでいる。
「マァ私に任せなさい」と頼りなく胸を叩くガイドでありました。

マカオ行きの高速艇が出るターミナルまで市街のビル群を眺める。
上海の華やかではあるが独創的なデザイン故、ケバケバしさも併せ持つビル群に較べると、何処か洗練された新興発展都市ではない老舗の重厚感が香港には漂う。
現在は80階が最高層であるが、近々100階建ビル工事が始まるらしい。

ここで再度、おもむろにガイドが切り出す。マカオ賭博でスッテンテンにならない内、 お土産を買わせてしまおうと言う算段だろう。

「私、生活苦し〜いのデス。お願いしま〜ス。協力クダサ〜イ」・・・・・・・俺だって苦しいョ!

やおら、お茶やチョコレートを取り出し買わざること許すまじの気迫が篭る。
若いアンちゃん達は昨日に引き続いてで困惑顔。私達も聞こえない素振りをしていたが、何せ人数は4人しか居ないので逃れられない。
魚心あれば水心、これからのツアー離脱やマカオ入り時にトラブルの可能性を考慮して、チョコレート6箱1パック4千円也で仕方なく買った。・・・・・・・・・ガイドの盛んに安い安いと連呼する声が虚しく響く。
ターゲットは残りの二人に絞られ、断るのが下手な日本人を露呈して、チョコレートの他 お茶なども買わされていたようだ・・・・・・・・同情の極み。
これでお終いなら、まだ許せる範囲であったが、敵も然るもの更に追い討ちをかけるが如く、

「運転手さんも可哀想〜なんデス、助けてあげてクダサ〜イ」・・・・・・アホくさ

これも結局1000円で絵葉書を買わされてしまった。
恐るべし香港、生き馬の目を抜く香港で有った。

予想通り出国ターミナルで女房が引っ掛かった。さっきチョコレート買っといて良かったァ。
愛妻は可哀想にガイドと一緒に別室で事情聴取を受ける羽目に。
さして私も其れほどマカオ観光に執着していないので、女房が駄目なら私も行く気がない。
暫くして、漸く許可されホッとした顔で出て来た。ガイド嬢も得意満面の面目躍如である。
ここでも凸凹夫婦の弊害がでて疑われたらしい・・・・・・・・グヤジィ〜〜
日本人の配偶者である事の説明に一苦労した話を聞き、これからは婚姻証明書持参で旅行しなければと心新たにした。
マカオに着けば別のマカオ専門ガイドが案内するとの事で、親切ガイドともここでお別れ。

セント・ポール天主堂

マカオ市街の眺望

高速艇で海面を滑るように疾走1時間、マカオ到着。
出口には痩せて品のない初老のガイドが待ち受けていた。日本語は流暢である。
客がたった4人なので、アテが外れたように最初から投げ遣りな感じを受けた。
説明も早口に捲くし立て、慌しくセント・ポール天主堂跡見学。
写真で良く見たその侭の威容を誇り300年の歴史を感じさせる。その地下にある博物館には、昔幕府に追われた切支丹がマカオに辿りつき、その話を基に描かれた貴重な切支丹迫害図が展示されていた。ポルトガル人の想像した日本であるだけにチョット奇妙ではあった。
その他、巨大な渦巻き状線香が天井から沢山吊り下げられた寺、中国との国境関門などを見て廻る。


切支丹迫害図

これでも線香なのだ!

車中シケタ客を前に浮かぬ顔をしていたガイドが、物は試しと又もやお土産を引っ張り出すが、 さすが人の良いアンちゃんも香港で搾り取られたアトでは鼻血も出ない。
私達も眠ったフリをしていたが、こういう時人数の少ないのは誠に困る。
貴金属の免税店にも連れて行かれたが、一同グルッと一回りするだけで買う気なし。
余りしつこく迫られた愛妻はダメ元で値切りに掛かった。
18Kのペンダント付ネックレス18000円を10000円にせよと値切りの嵐。
負けてない店側も、客より多い店員の数に物を言わせてハモるように大合唱。

「すでに安くしているからダメだ」と防戦・・・・・・・妻はどうしても欲しい訳じゃないから強気だ。

結局バナナの叩き売りの如く段々引き下げられ、根負けした店側が折れた。
傍で見ていた若いアンちゃん達も、値切りの真髄を目の当りに見せられ感心シキリ。
さて、これからが大変だ。愛妻は買う気が無かったからお金は殆ど胴巻きの中に納めてある。
中年の年季の入ったオバサンなら、その場で出しても絵になるが、色気の残る妻としては躊躇する所である。 急ぎトイレを借りて取り出して来て、今まさに払おうとした瞬間、もう一度品物を手にシゲシゲと見直した。

・・・・・・・・・「やっぱり要らないワ」??!猛烈な売り子のブーイング。
妻も早口で猛反撃・・・・・・・・・・・上海人妻を甘く見るとコワイぞ!

「アナタ18Kと言ったじゃないの、何処に書いてあるのヨ!ここの14Kってナニヨ!」

返す刀で猛然と捲くし立てたのである。よく見付けたものでペンダント裏の14Kを発見した。
おまけに鎖の方も何処を見ても18Kなど見当たらず無印。
あぶない、アブナイ、危ういところで又縁日に売っているような粗悪品を掴まされる所だった。

ランチを終えてから、待望のカジノに連れて行くとガイドが言う。
ちょっと時間が早かったせいか、広いレストラン内に客は私達4人だけであった。
うん、ポルトガル料理も中々イケルぞ!レッキとしたフルコース並でワイン付だ。
スパイスの効いたマッシュポテトスープ、カリー味の南欧風料理に美味美味の連発。

満腹の腹を揺すり、カジノにいざ出陣と相成りし候。
レストランから歩いて大きなホテルの中にあるカジノに入る。思ったよりチェックが厳しい。
バッグを広げ、写真撮影禁止の為カメラに禁止のステッカーまで貼られた。
恐る恐るカジノに足を踏み入れると、そこはまるでハスラーの世界だった。
紫煙が立ち込め、ちょっと暗めの照明、蠢く魑魅魍魎でまさに賭博場と言う名が相応しい。
9月に行ったラスベガスのカジノとは好対照のマカオカジノであった。
私と妻は血液型もA型であるし、堅実を旨とすべしの性格でであるから、本来賭け事には興味が薄い。第一バカラもブラックジャックもルーレットのやり方も知らない。
マァ折角来たのだからと、二人共スロットマシンでお茶を濁していたら愛妻に当たりが出た。
小当たりではあるが喜色満面破顔一笑、私といえばカスリもしない。
掏られっぱなしの立ち通し、疲れたので坐ろうにもイスも休憩所も無い。
仕方ないのでいい歳をしてウ○コ坐りをした途端、サッと警備員が飛んで来て怖い目で睨み付け「立て!」と警棒で指示された。・・・・・・・・・俺は客だゾ!
結局は4人組全員討ち死にの結果をもって時間切れ、PM3:00御帰還となりました。

香港最後の夜の晩餐は北京料理、北京ダック付きである。
正直私は北京ダックを食する のは2回目だ。中華パーティで知らずに食べた事はあるかも知れないが、ハッキリ認識して食べる2回ともが香港である。・・・・・・・・自慢にならないか?
削いだダックの皮を薄皮で巻いて食べると、甘酸っぱい香りで喜びが口一杯に広がった。

食後、さり気なくガイドに「私達は明日、此のまま深センに行きます」と宣言した。
以外にアッサリ「その方がイイョ、折角来ただかラ」と最後まで怪しい日本語でOKしてくれた。
バッグから離脱証明書なる用紙を取り出し、署名してくれと言う。
要はサインしたら後は何があっても知らないゾの承諾書である。
ハハ〜ン、こんな用紙があると言う事は特例じゃないんだなと安心した。

何でも安い女人街

メイン通りの巨大看板

女人街散策。小さな露天商が所狭しと軒を連ね衣料や小物を売っている。
活気と雑多なエネルギーが渦巻く、こういう場所が私は居心地が良い。
香港名物の各々道路に突き出した巨大ネオン看板など、記念撮影して名残を惜しむ。

4.カモネギ香港さようならへ続く・・・・・

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