OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2004年3月1日(月)
ヒット!フォト!変更。


 ふへ〜、ふへ〜。
 Jさんが試してくださった、この前アップした掲示板『ヒット!フォト!』。
 予想していたとはいえ、DoCoMoからの画像の投稿ができないことがわかる(「DoCoMo」ですね、pixusさん(25529番))。
 だもんで、『チェッカーお試し掲示板』のさマギャンさんに教えていただいた掲示板をアップ(25540番)。
 今度はいけるかな?

 『ヒット!フォト!』(パソコン用)
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/i-photo2/imgboard.cgi

 『ヒット!フォト!』(携帯電話用)
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/i-photo2/im.cgi

 表示の仕方を少しいじったので、すぐつぶれてしまうかもしれないけど。

 ということで、前の掲示板はひとまず閉じてしまいました。
 Jさん、せっかく試していただいたのに、すみません。
 

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2004年3月3日(水)
メールは嫌い。


 原稿が同時に4つきたら、さばけない〜。

 どーなってるんだと思うほど、3月になった途端(今週頭から)、めっちゃくちゃ状態に突入。
 胸の真ん中の、涙がたまっているようなところが焼けるような感じ。
 でも、そのことを気にする間もなく、夜がくる。
 「朝一から始めよう」と昨夜思ってたことが、まだ手つかず。
 気持ち悪い。

 仕事の入稿の仕方が変わってきている。
 どう変わってきているかというと、添付ファイルとしてメールでやりとりする割合が急激に増えている。
 だから、メール受け取り担当役(に、いつの間にかなっている)ぼくは、そのたびごとにメールをダウンロードし、添付ファイルを解凍し、データを印刷できるように直して、プリントしなければならない。
 でも、そのデータが不完全な時は、もう一度送り直してもらう。
 そうなると、その作業は振り出しに戻る。
 メールを送るのは簡単だから、簡単に訂正データが送られてくる。
 印刷用として版下データにしたものを、もう一度一から組み直さないといけないことがしばした。
 今日はメールできたデータが一気に4件もきたので、頭がカッカしっぱなし。

   ●

 メールでやりとりすることで、データを受け取るために先方様まで足を運ぶ必要は少なくなった。
 が、一方で、社内での確認作業が増えている。

 ううむ、なんとかしないと。
 通常の版下作成作業が進まない。
 しかも、会社でのぼくの座席の位置は、実質上会社の「受付」になっている。
 訪問してくださる人は全員ぼくの姿を一番に見つけてしまうので、見つけられるたびに、立ち上がって、用件を取りつがなければならない。

 数年前までは、社内スピーカーがなかった。
 だから、ぼくがいる階へかかってくる電話はほとんどとらなければならなかった。
 そのことを考えれば、今の状態はかわいいものか?

 
かわいくない〜

 
そんなかわいさ、いら〜ん

 ほんと、なんとかしないと。
 けど、今ぼくがしている仕事を複数人に分けると、線引きをどこでするかが難しい。
 譲り合ったり、念のために同じことをしていて無駄が増えたり、グレーゾーンができるので、「事故」が起きそうな気がする。

 う〜ん、「メール店頭専属係」みたいな人をもう一人増やしてもらうことはできないか。
 と思うが、仕事がない時は、ほんとないものな。
 ぜいたく、ぜいたく。

 でも、なんとかしないとなぁ。
 なんとかしないとなぁ。

   ●

 昨日の日記やお休み。
 明日は『白い巨塔』の日。
 う〜ん。
 

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2004年3月4日(木)
「明日へ架ける橋」。


 倉木麻衣さんの新曲決定。
 タイトルは『明日へ架ける橋』だとか。

 『風のららら』に続いての日本語タイトル。
 この曲が発売されれば、倉木さん初の2曲続けての日本語タイトルでのリリースとなる。

 


 どう言ったらいいだろう。
 率直に言うか。
 言っていいか。
 言っちゃおうか。
 ずばり言おう。

 
このタイトル名を読んで、わくわくしなかった

 きつい言葉で言うが、「聴きたい」とは思わなかった。
 『風のららら』の時は、「どんな曲なのだろう?」と、勝手にメロディをつけて歌ったりしたというのに。

 ただ単にぼくに時間がないからか、と思ったが、ばたばたしている時は勢いがいいから、すっごく興奮するはず。
 なのに、この「ふ〜ん、そうなの」という感じは何?

 もしこの『明日へ架ける橋』がシングルとして発売されると、きっついやろなぁ。
 もう、びっくりするぐらいのいいメロディと歌詩がついてないと、この脱力感を拭うことはできなさそう。

 ま、タイトルだけだ

 と思いたいのだけど、ぼくの場合タイトルも歌の一部だもんなぁ。
 

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2004年3月6日(土)
三月四月。


 「僕らのやり方は間違っていたね」
 「うん、間違っていた」

 そう最後に笑いあえる人生にしたいものだ。

   ●

 FM802のヒロTさんの番組『モーニング・ジャム』の金曜日はソッフェさんがゲスト。
 木曜日は東京60WHATさんだったので、2日連続「いいなぁ〜」と思っている歌を歌ってくれている人たちがゲストだった。

 金曜日のゲストだったソッフェさんが今歌っているのは『春風』という曲。
 ヒロTさんは「もう『人生一度』という名曲を残した」と、この前の曲『人生一度』に対して最上級のほめ方をしていた。
 そして、今度の新曲『春風』もいいんだよなぁ。

 どんな感じでいいかというと、この三月や四月の風景をサラッと歌にしてるところがいい。
 天神橋筋を歩いている時、お好み屋さんの有線放送からこの曲が聞こえてきたら、ホロッときてしまう感じ。
 押しつけがましくなく、かといって遠すぎることもなく、ほのぼのソングとして、とてもいい。

 爆発的にブレイクするって感じは全然ない。
 だからランキング番組にも出てくることはないだろうとは思う。
 でも、FM802さんはランキングに入っている曲だけを流す放送局ではない。
 どうか今年の大阪は、FM802さんが流してくれる『春風』でぽかぽかの春がきますように。
 『SOFFet - WARNER MUSIC JAPAN』さん
 
http://wmg.jp/soffet/
 (あれ?このページ、マックじゃ見れない?)

   ●

 そんな三月四月、ぼくのところにも別れ話が一つあった。
 あまりに唐突だったので、「アメリカで同時テロがあった時のような衝撃」と表現した人もいいた。
 そんな別れ。

 
今週で村上給食さんのお弁当が終わっちゃったよー

   ●

 村上給食さんとは、お昼のお弁当を毎日運んでくれているお弁当屋さんのこと。
 この数年、ぼくだけのために毎日1つずつ持ってきてくれていた。
 毎日1つでは申し訳ないと思っていたのだが、「おいしい、おいしい」といつも会社の同僚に見せびらかせていたら、ここ2カ月くらい前から、時々一人が取ってくれるようになった。たまには、もう一人もとってくれ、1日3個の日もできるようになった。
 今まで考えられなかった、対前年比300%。

 しかし、昨日突然、営業担当のような人が来た。
 村上給食さんの営業担当のような人が来たのは初めてだった。

 「いつもおいしいお弁当をありがとうございます」

 そう言いながら、「店頭係」のぼくは出ていくと、「すみませんが」という。

 「すみませんが、こちらの地区の配達がなくなることになりまして」

 「はぁ?」と、ぼくはあんまり意味がつかめない。

 「つきまして申し訳なのですが、配達は今日の分で最後ということで」

 「はぁ?」
 「どうも今までありがとうございました」
 「はぁ。いえいえこちらこそ、ありがとうございました」
 足早に、営業担当らしきその人は立ち去っていった。

 春風が吹くように、あまりにも突然の出来事だったので、きちんと理解整理できなかった。
 が、よく考えると、もう来週から村上給食さんのお弁当は食べられないということではないの。

 
えー、そんなー

 と思った時には時すでに遅し。
 実際ぼくも「ありがとうございました」とお礼を言っていたではないか。

   ●

 村上給食さんがぼくの会社にお弁当を届けてくれるようになったのは、近所の取引先の紙屋さんがきっかけ。
 それまで配達してくれていたお弁当よりも、その紙屋さんに届けてくれているお弁当の方が健康に気をつけてくれているのではないか、ということで紹介してくれたのだった。

 村上給食さんのお弁当は、本当においしいというか、バラエティに富んだおかずが並んでいた。
 ここまでぼくが健康に過ごせてこれたのも、3分の1は村上給食さんのおかげと言っても過言ではない(1日3食の1食分だもんね)。
 でも、もう終わっちゃうのね。その紙屋さんの分も終わっちゃうのね。

 そう思っていたのだが、「あそこは何にも言うてないで」という情報が入る。
 もう一度その情報を聞き返すと、紙屋さんは何も言われていないというのだ。

 
なな、なんと。

 ぼくが紙屋さんへの短縮ダイヤルを押したのは言うまでもない。
 しかしそこで待っていた証言は、現実を直視せよ、というものだった。

 (紙屋さんはなにも言われてない。来週もお弁当がくる)

 なんたること。
 いったい全体、どの地域の配達がなくなったというのか。
 たしか村上給食さんは「この天六近辺のコースが…」と言っていた気がするが、紙屋さんはぼくの会社の道路をはさんだ斜め向かいにある。
 あそこは天六のコースじゃない…。

   ●

 確かに、この2カ月、その日ごとに2個や3個と数がコロコロ変わっていた。
 申し訳ないと思っていたが、「1日何個か決めてもらえますか?」という話もなかった。
 きっちり数が確定するまで、そんな毎日でいいかとそのままにしていたぼくがバカだったのか。
 うーん、残念。

 10年あまり続いていた弁当生活よ、さようなら。

 か。
 まさか、ここにきて、生活が激変するような事態が起こるとは。
 おそるべし、2004年。

   ●

 もう言われてしまったのは仕方がない。
 きちんと受け止めよう。

 豚丼さん、こんにちは。
 豚一ラーメンさん、こんにちは。

 来週からこの日記は「お昼は天六・中崎うどん紀行」に変わるかも。

 

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2004年3月6日(土)-2
風邪?


 すっかり忘れていたが、倉木麻衣さんのDIARYが更新された(いつの話や〜)。

 それによると、倉木さんは〈ただ今風邪引き中〉だとか。
 う〜ん、ほんまかいな。
 FM京都さんの『Mai-k Baby I Like』の先週放送分を聴いたけど、風邪を引いている声には聞こえなかった。
 数カ月前は、「あれ?」という感じはあったのけれど、少なくともここ1カ月くらいは全く気づかなかった。

 風邪を引いているのに、ここまで隠し通せるとは。

 倉木さん、
役者やの〜

   ●

 と、思い起こせば、今日はその『Mai-k Baby I Like』の放送日だった。
 聞き逃さないようにしなければ。

 そういや、この前の木曜日。
 気づけば午後11時。

 
すっかり関西テレビさんの『白い巨塔』を見忘れてしまった〜

 あの法廷はどんな場面だったのだろうか。

 と、『白い巨塔』さんのホームページであらすじを読んでみると、そういうことだったのね。
 来週の予告も見たし、来週こそは絶対ビデオには録画してやるんだから。

   ●

 そうそう。
 先週の『Mai-k Baby I Like』では倉木さんのこんな発言あり。
 スポーツジムの出来事を話しているところです。

 〈あとはねぇ、やっぱり、ああいう器械が置いてあっても、使い方がわからないと、結構、あの恥ずかしいかななんて思うんだけど。あたしの場合、あとはウエイトマシーン、やったことあるんですけど、これがね、あの〜、足にこうー、なんていう? オモリみたいなの、乗せて、それをガーッとこう、ちょっと今手でこう、上に持ち上げているんですけど。なんかそういう感じでやっていくんですけど。逆に、頭の方を下にして、オモリをなんかよくわかんない格好でやってしまったんですね。でー、それを見ていて、そこのスタッフさんが「それは違う。それは逆ですよ」とか言われて、すごく恥ずかしかったんだけど。結構スポーツジムの器械ってー、やり方がわからないとー、恥ずかしいなぁーって思って。うん。すごいそういう経験をしました。

 あっちゃー。
 同じことやってるやん、と思いました。
 やり方がわからないと、変なことしちゃうんだよなぁ。
 ぼくはまだ数回しかスポーツジムというか、フィットネスクラブには行ったことがないのだけれど、いつもどうしたらいいかわからない。
 仕方がなので、わかるかもという器械に張りついて、異常に長い時間すわってしまう。
 たまりかねて、スタッフの人がいろいろ教えてくれるから、他の器械に移れて助かるのだけれど。
 やっぱり、知らないところに飛び込んでいくのは勇気がいるなぁ。
 

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2004年3月6日(土)-3
藍?紺?群青?


 青色の表現は難しい。

 藍色と言ったらいいのか、紺色なのか、群青なのか、それとも紫の濃い色といったらいいのか。

 倉木麻衣さんのファンクラブ「Mai-K.net」さんから会員継続の封筒が届いく(結構前に)。
 その封筒に入っていたのは、『継続御確認用紙』と「★Mai-K.net」と書かれたバッチが一つ。
 そのバッチの色は今回は濃い青色なんですね。

 順調に来年2005年3月31日まで会員継続です。
 

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2004年3月6日(土)-4
「春風」。


 別の場面。
 思い出すのは、ぼくは今、君がしてほしかったことをできているだろうかということ。
 君に対してできなかったこと。
 それを君の後を継いだ人にできているだろうかということ。

   ●

 ようやく、ガーネット・クロウさんの『巡り来る春に』に対しての返事ができる。

 今まで、今はもういない人ではなく、その後を継いだ人に対する感情移入が大きくて、うまくまとまっていなかった。
 なんか、もやもやした感じ。
 言葉をかえれば、「まだ前の人を思っているなら、次の人に対しては失礼ではないか」という気持ち。
 そんな気持ちがぼくの中にあった。
 ぼくの立場は、その場面にはあまり登場していない「次の人」だった。

   ●

 それが一昨日、不意に、以前会社で一緒に仕事をしていた同僚のことを思い出した。

 その人のことを、別の同僚に話すと、今は連絡がとれないという。
 「なんか、今まで関わってきた人と距離をとりたいみたいですよ」とも言った。
 ぼくが一晩泊めてもらった天神橋筋八丁目のアパートから引っ越し、今はもう連絡がとれないという。

 その時、思った。

 「あの人にできなかったことがいっぱいあった」

と。
 ぼくが何もできていないばかりに、そのことを思い知らされたのは、いきなり「会社を○月で辞めます」と切り出された時だった。
 思い起こせば、前兆があった。
 一緒に食べていた弁当もやめたし、話す言葉も少なくなった。終業時間がくると、時間通りに早く帰るようになった。
 気づかなかった。
 というよりも、「自分でなんとかしてくれ」と思っていたのかもしれない。
 「自分でなんとかしなければいけない」と不遜なことを思っていたのかもしれない。
 でも、あの時、ぼくが動いていたら、何かが変わっていただろうな。

   ●

 今、ぼくは、あの人にできなかったことを、できているだろうか。
 あの人が味わってきたイヤな思いを、今も別の誰かにさせているのではないだろうか。
 そんなことをふと思った。

 ガーネット・クロウさんの「『巡り来る春に』への想い」に対する思いは、そんなことから思い出した。
 今いる人に対しては、失礼な言い方かもしれないけれど、今いないあの人がいたから、今いる人にできることもあるのだな。
 そんなことを思った。

 もうすぐ、また春が巡ってくるのだなぁ。
 

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2004年3月8日(月)
フシギ。


 うーん、不思議だ。
 なぜそういう書き込みをついついしてしまうのかわからないのだけれど、またあるところのIPアドレスの制限をしました。
 現在、2つしています。

 それにしても、どちらも同じハンドルネームが使われていたりする。
 どうしてだろう?
 制限をしたのは、そのお名前の人ではない。その人の書き込みは削除していない。
 なのに、他のお名前で「これはひどい」という書き込みが連続してある。
 こういうことは、初めてのことではないだろうか。

   ●

 今日から、村上給食さんなしの日がスタート。
 お昼はいきなりリッチに、イタリア料理の日替わりセットを注文。社長と一緒に、割り勘で各自780円なり。
 帰りにそのお店の前にある陶芸のお店に寄る(初めて)。
 その陶芸屋さんは、まだできて7カ月という。
 それまでは、近所で居酒屋さんを経営していたという。
 いろんな人生があるものだ。
 陶芸教室もされているそうけど、日曜はお休みで、午後1時〜6時までとか。

 
仕事中やん、いけへんやん

 ま、お昼の外食初日の感想。
 お昼に外で食べると、いろいろ知らないところに探検できて楽しいなぁ〜。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のポン太さん、どうもです(25658番)。
 うーん、つらい話です。
 ポン太さんと「見捨てられた彼女たち」さんのことは、同じだと思いました。
 ぼくは自分を、ポン太さんのこの書き込みの中の「上司」さんに当てはめて読みました。人気者だった「カワイイ女の子」さんや「先輩」さんの立場では、なぜか考えることができませんでした。

 そんな「上司」さんの立場で考えてしまうと、「見捨てられた彼女たち」さんにできなかったことを、今もいるポン太さんに何かしてあげようと、ぼくなら思います。
 ポン太さんと「見捨てられた彼女たち」さんの間に何か違いがあるのなら、それはどちらが早く去ったかどうかの違いかもしれません。

 誰かが去ったから気づいた。誰も去らなければ気づかなかった。

 このポン太さんのこのお話のことではありませんが、ぼくはいつもそこで後悔してばかりです。
 ぼくが知るようになった時には、いつも結論が出てしまっている。
 「去る」のもそう、「去らせる」のもそう。
 もうみんな決めちゃってる。
 そこで、「一緒にやっていきましょう。ぼくは○○さんと一緒に仕事がしたいんです」と言ってもダメ、「もう一度チャンスをあげてほしい」と頼んでも「もう遅い」。
 ずっとそんなことばかりでした。

 でもそんなことが続くと、気づきます。
 ぼくには人望がないのである、と。
 だから、結論を出す前に相談されない、と。
 「誰かが去ったから気づいた。誰も去らなければ気づかなかった」と言いましたが、実際はそうではありませんでした。
 本当は、ぼくは気づいているのに、何もしなかったんです。
 うすうすぼくは気づいていました。
 だからみんな、去っていくことになった。
 そう思いました。
 そのことをはっきり気づかせてくれたのは、前に制作にいたTケちゃんでした。

 誰かの味方が一人だけいてもダメ。
 全員を味方にしないと。
 会社全体を変えて、全員が味方にならないと、去る人はまた出てくるんじゃないか。
 今のところそう思っています。

 でも、そんなこと、簡単にできません。
 簡単に会社なんて変わりません。
 というより、会社を変えるより前に、自分を変えることが難しい。
 いつも、どこかに隠れる穴がないかと探している自分がいます。
 「もうちょっと黙っておこう」とか、「わかってくれるのではないか」とか。
 そう思う自分が、ひょこひょこ出てきます。

 そんなぼくから見れば、ポン太さんが在職中に、ポン太さんをかばおうとした「上司」さんは偉い人だなぁと思いました。
 ぼくなら、見て見ぬふりをし続けたかもしれないですから。

 と、何の結論もないシメですみませんが、再び思い出すことができました。
 ポン太さん、どうもありがとうです。

   ●

 昨日は、あるところで、「ナナイくん」に数十秒会ったので、日記はお休み。
 「ナナイくん」ってすっごくいい人でした。
 びっくりした、あんないい人だったなんて。

 (どんなことがあったかは、憶えていたら後日報告)
 

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2004年3月9日(火)
試験。


 本日、『倉木麻衣さんへの掲示板』であることを試しました。
 もう元に戻したつもりですが、「あらら」と思った人はどうもすみませんでした。
 4人の方が「あらら」と思ったことを教えていただいたおかげで、一つ勉強になりました。
 おおきにでした。

   ●

 アンケートを一つアップ。
 A1さん、おおきにです。

 『「明日へ架ける橋」はどんな橋?』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai106

   ●

 メールをもらっているのに、そのメールの返事を書く間がなくなってきている。
 あー、最近の人のしか返事できてない〜。
 ちょっと前にいただいている人、すみません〜。

 お一人の人には、せっかくメールをいただいたのに、逆に質問をいくつか返してしまった。
 返事をくれるかなぁ?
 

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2004年3月10日(水)
そんなイメージしか浮かばないのか。


 ほんま、情けない。

 昨日アップしたアンケート『
「明日へ架ける橋」はどんな橋?』を見た。
 アップしてから半日ほどたった途中経過。
 なんだこりゃ。
 ダントツのトップが〈ファンサイトの管理人さんから辛口発言をされて、かわいそうな橋。〉(31票)とは。

 あほなこと言うんやない。
 ぼくは、倉木さんのデビュー当時からずっと自分の思いのままに言うてる、ちゅうねん。
 今に始まったこっちゃない。

 〈管理人に発売前から非難されて売り上げが下がる橋〉という回答もある。
 その言い方を真似れば、『Stay by my side』をオリコン1位にしたのも、『delicious way』の売り上げを2000年の年間1位にしたのも、全部ぼくのせいになるぞ。

 都合のいいこと言うんやない。
 倉木麻衣さんの楽曲っていうのは、そんなものか。
 誰がけなそうと、誰が否定しようと、そんなのことには関係なく、自分が思ったら「いいものはいい」んと違うんか?

   ●

 ぼくの顔色うかがって、CDを買いにいく人がどこにいる?
 倉木さんのファンは、そんなに自主性がないんか。
 情けな。

   ●

 「明日へ架ける橋」というタイトルを聞いてがっかりした。
 そういう人がいる(ぼくもその一人)。
 それなのに、アンケートの回答に〈ファンサイトの管理人さんから辛口発言をされて、かわいそうな橋。〉と書いて何になる。
 「倉木さんの『明日へ架ける橋』の音をまず聞いて」という気持ちが全く入ってないやないか。

 『明日へ架ける橋』というタイトルがいいと思っているのなら。
 『明日へ架ける橋』というタイトルを聞いてがっくりきている人がいるとわかっているなら。
 これぐらいのこと書かれへんか。

 「倉木さん、『明日へ架ける橋』って、もしかして『冷たい海』に架かる橋?
  冷たい海を越えるために架ける橋のこと?」

   ●

 誰かが否定したとする。
 もし、その否定したことにうなずけないなら、その否定を上回るほどのことを返さんかい。
 否定を否定しているだけなら、倉木さんの楽曲への「肯定」はどこにあるの?
 それとも何か。
 ぼくの言っていることにうなずいているのか。
 でも、うなずきたくないから、ごまかしているのか。

   ●

 ぼくが否定的な意見を書いても、「そんなふうには思わない。私はこう思う」と自分の意見を書かんかい。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』や『チェッカーお試し掲示板』では、しっかり自分の意見を書いている人たちがいる。
 そういう意見があってこそ、否定した意見を越えていくことができるんやないの。

 否定していることを隠せ、消せ、追い出せ。
 そこから何が生まれてくる?
 「ポジティブ」というものはそこから生まれてくるとでもいうのか?

 ええかげんにせえ。
 「自分」と言うものがないんか。
 ぼく一人の意見に振り回されて楽しいか。

 情けな。
 あー、情けな。

   ●

 アンケートで「ファンサイトの管理人さんから辛口発言をされて、かわいそうな橋。」と答えた人はもっと勉強せなあかん。
 そして、自分というものをもっと持たなあかん。
 そしたら、誰にどんなことを言われても、ビクともせえへんようになる。
 いつでも胸を張って、「倉木さんのファンです」と言えるようになる。

   ●

 自分に嘘ついてどないすんねん。

 好きでもないことを「好き」。
 気にいっていないものでも「いいね」。

 そんなことを言って、倉木さんをだましたいんか。

 「好き」とか「いいね」と言われたら、倉木さんはそこへ向かって頑張ってくれるかもしれない。
 でも、倉木さんが頑張ったあと、やっぱり「好き」でも「いいね」とも思えなかったらどうするんや。
 「実は『好き』とも『いい』とも思わなかった」と、後で告白する気か。

 本当に好きなら「好き」と言ったらいいやん。
 でも、好きでもないのに、「好き」といったら反則。

 倉木さんに頑張ってもらうためにつく嘘はいくら優しい言葉でも、別の言葉で言えば、「倉木さんをだましてる」ということ。

   ●

 『明日へ架ける橋』のタイトルがいいと思ったのなら、ほめろ。
 どこがいいかのか、ぼくに教えてくれ。

 回答の中に「歩道橋」というのがあった。
 これなんか、すごいイメージやん。
 『明日へ架ける橋』は一見遠くにありそう。
 でも、ホントはそんな遠くにあるんじゃなくって、すぐ近くにある。
 例えば、いつも通っている「あの歩道橋がそうなんだよ」。
 そう言われた気がした。
 最初に「歩道橋」と回答した人はすごいと思う。

   ●

 一方で、〈ファンサイトの管理人さんから辛口発言をされて、かわいそうな橋。〉というイメージしか浮かばない人がいる。
 自分の考えなしに、「それにもう1票」。

 そのやり方は、倉木さんの『明日へ架ける橋』から、全く何のイメージも浮かばなかったと言っているのと同じじゃないか。

 最初にタイトルを読んでがっかりしたと言っているぼくと、どこが違うと言うのだ。
 しっかりしろ。
 それでいいのか。
 

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2004年3月10日(水)-2
再び。


 昨日と同じことを繰り返されているようなので、『倉木麻衣さんへの掲示板』に制限をかけました。
 昨日とは少し変えていますが、書き込みのできない人が出ると思います。
 書き込みできなかった人申し訳ないです。
 しばらくできないかもしれません。

   ●

 それにしても、メールでおっしゃったことは何だったのか。

 あなたは平気で嘘をつく人だったんですか?
 

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2004年3月11日(木)
たぶん3月6日のラジオは史上最高の番組であったろう私論。


 非常に残念に思う。
 いや、「惜しい」と言おうか。
 待て待て、「もったいない」とでも言えるのではないか。
 ここではっきり言ってやる。

 
「3月6日の番組は史上最高の内容ではなかったか」

 私論。

   ●

 FM京都さんで3月6日土曜日の深夜0時〜1時まで放送された『Mai-K Baby I Like』は史上最高の内容だったと、ぼくは語るだろう。
 倉木麻衣さんにとっては、もう二度と思い返したくないものだったかもしれない。しかし、ぼくが今まで2週に1回くらいの割合で聴いている中では、出色の出来だった。
 すごかった。
 かなりすごかった。
 なんと言っても、倉木さんは暴走した。
 いや爆走かもしれない。
 いやいや、それだけではない。
 倉木さんは、線路のレールをはずれて暴走(または爆走)しながらも、しっかりと自分のことを見ていた。
 その史上最高の内容の一部をここに記録す。

   ●

 あの日の番組は、なんと言おうか。

 
生だった

 とでも言おうか。
 いや実際のところは「生放送」ではなかったかもしれない。
 しかし、内容はまさに「ラ・イ・ブ」(ハート)。
 もし録音での放送だったとしても、それは後戻りのできない、一発どりでとられたような内容だった。
 よくぞ、あの内容のまま放送できたものだ。(もとい)、してくれたものだ。
 FM京都さんの英断、そしてその番組の放送を容認した倉木さんたちの勇気に、感謝の飴あられ、である。

 始まりはいつも通りだった。

 「…… …… …… 」

   ●

 
なんじゃこりゃー

 臨場感を出そうと、番組の文字起こしをしようと思ったのに、MDの表示が「LOW BATT」と出た。
 その上、「ピー」というかわいらしい音まで流れてきたではないか。

 
バッテリーが切れた〜

   ●

 ゆえに、この続きは後日(憶えていたら)。
 今日のダイヤル、じゃなくって、チャンネルは関西テレビさんでどうぞ。

 今日は『白い巨塔』の日だよ〜。
 

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2004年3月12日(金)
春風流れる。


 まだMDウォークマンの充電器の充電ができていないので、昨日あったことを書いておこう。

   ●

 朝、気持ちだけ早く会社につく。
 始業前に少し余裕が持てたのは久しぶり。
 もしかしたら、今週初めてかもしれないというリクエストを、FM802のヒロTさんの番組宛にメールする。

 今まで、『Natural』や『This is your life』などをリクエストしていたのだが、はっきり言って、1回もかけてもらったことがない(そらそうか)。
 昨日は、久しぶりにリクエスト曲をかえた。
 『明日へ架ける橋』。
 やはりぼくは1番にヒロTさんの番組で聴きたい。

 であるが、その曲はかからず。
 まだ曲が届いていないのだろうなと思っていたら、ソッフェさんの『春風』が流れてきた。
 「あ、『春風』や、『春風』や」と一人じっくり聴いていたら、じんわり泣けそうになってきた。
 やばいやばいと思っていたら、今度はなんとヒロTさん、デベチヨさん(←という名前に聞こえた)の曲をかけた。
 そのタイトル。

 なんと、泣かせてくれるぜ
『なみだ橋』だった。

 なんだかよくわからないけれど、ヒロTさんにすっかり見透かされているような選曲だった。

   ●

 ようやく、お昼のお弁当屋さんが決まる。
 その名は、「万福」さん。
 その前に、NTTのタウンページで1軒見つけてかけたのだが、ぼくの会社の前の道はルートに入ってなくて、断られた。
 そんな折り、近所の病院にお弁当屋さんがきていることを同僚が発見。
 車に書いている会社名と電話番号を控え、教えてくれる。

 電話で連絡をとってみると、すごくあったかい応対をされる。
 「詳しいことは営業から連絡させますから」とのこと。
 その日のお昼休みが終わるころ、営業の方が来てくださり、明日から2個とることに決まる。
 万福さんのお弁当は1個400円。1種類だけのお弁当屋さんとのこと。

 お弁当業界にも組合があって、現在契約があるところには「はい明日から」というわけにはいかないという話もうかがう。
 しかし、ぼくの会社はお弁当屋さんに断られた方で、しかももうあれから1週間くらい過ぎているから、いつからでもOKということだった。

 万福さんの材料は、お弁当工場の前にある市場から仕入れているそうだ。
 今までのお得意様には町工場が多かったとか。でも最近はそういうところが少なくなっていき、厳しい状況になっているとか。
 「1個でも2個でも構いませんので」とのありがたい言葉もちょうだいする。

 さて今日から。
 どんなお弁当なんだろうなぁ。

 (まあ、どんなお弁当でも、ぼくは全部残さず食べてしまうけれど)

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』の枝葉末節さん、どうもです(25649番)。
 えーと、そのホームページの「青系統・青紫系統」のところでは、「189紅掛花色」かもしれません。その色をもっともっと濃くした感じ。でも、「187紺桔梗」まではいってないような。
 こうして青系統の色をずらっと並べて見比べると、この倉木さんのファンクラブのバッチは、濃い紫色だという感じがしてきました。
 青色と言っても、いろいろな青色があるもんですね。
 勉強になりました。
 枝葉末節さん、おおきにです。
 
 

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2004年3月13日(土)
たぶん3月6日のラジオは史上最高の番組であったろう私論・2。


 非常に残念に思う。
 いや、「惜しい」と言おうか。
 待て待て、「もったいない」とでも言えるのではないか。
 ここではっきり言ってやる。

 
「3月6日の番組は史上最高の内容ではなかったか」

 私論・2。

   ●

 FM京都さんで3月6日土曜日の深夜0時〜1時まで放送された『Mai-K Baby I Like』の始まりはいつも通りだった。

 「アルファーステーションをお聴きのみなさーんこんばんはー。クラキマイです、今週も始まりました『マイケー・ベイビーアイライク』、えーこの番組はわたしクラキマイのお気に入りのアーティスト…

 倉木さんが話している言葉はいつも通りだった。
 しかし、少し違った。
 何が違ったかというと、話しているスピードが違った。

 
速い

 いつもなら、もっとゆっくりと、「アルファーステーションを聴きのみなさーん、こんばんはー。クラキマイです」と一言一言話している。それが今週は、やけに早口。何か急いでいるようだ。
 それともう一つ違ったのは、声。

 
少し高い?

 かすれているとでもいうのか、ヘリウムガスを吸ったあとのような声で話している。

   ●

 倉木さんは、いつものように1曲目に洋楽をかける。
 しかし、その曲を最後まで放送するのではなく、途中でフェードアウトさせたような形でCMに入る。

 CMのあとすぐに2曲目をかける。洋楽・ブリトニー・スピアーズさんの曲。

 「…はい、ということで、そー、4月からなんとえーライブツアーが始まるんですけども、なんとねライブツアーに関してのたくさんメールをちょっといただいています。ちょこっとだけご紹介したいと思います

 と、お二人の方のメールを読む。1通目のメールは「4月からのツアー楽しみにしています」という、ほんとにちょこっとだけの内容だったりした。

 「…そうですねぇー、こう4月から全国ツアースタートして、あの、そう体調だけはね一番気をつけたいなと思ってるんですけども。えマイケーもちょっと声が今かすれぎみなんですが。ちょっとノドにきてしまいましたねー今年の風邪はちょっと長引いてし、しまいましたが、はい

 と、風邪を引いていることを初めて話す。
 この前、インターネットの公式ファンクラブサイトにある「DIARY」で書いていたことを、自分の声でみんなに伝えたことになる。
 最初、ヘリウムガスを吸った時のような声と思ったが、その原因はノドにきた風邪にせいだった。
 先週までの放送では、ここまでのノドの調子がおかしくなっていることに全く気づかなかった。
 が、今週のこの話している言葉を聴くと、これではレコーディングはたいへんだろうな、全く進んでいないかも、ということを想像してしまう。

 今まで倉木さんの体調に関しては、「あの時、風邪を引いていた」とか「あの頃は調子が悪かった」という言葉しか見たことがないような気がする。それも、倉木さん本人がいうのではなく、インタビューの途中で質問を受けたために隠すことができないために答えていたり、スタッフさんが語る裏話として読んだことがあっただけ。

 
倉木さんの口から現在進行形で風邪であるということを、今まで一度も言ったことはなかったのではないか

 まずそこのところで、「ややや、今週の番組は少し違う」と思った。
 しかし、いつもと違うところは、その直後に待っていた。

 「…え、ではーここで、今日も一生懸命、みなさんと楽しいトークを

 この直後である。

 「えー、わたしは一人で話しているんですけどもぉ、リスナーのみなさん、聞いていててくださっているので、えー楽しいトークをしていきたいなと思いまーす

 
どうだー

 この爆発さかげん。
 「みなさんと楽しいトークを」と言ったあと、はたと倉木さんは気づく。

 (「トーク」って、誰かとしゃべるってことじゃないの?)

 つまり、ラジオで一人しゃべっている倉木さんは「トーク」をしているとは言えない。
 しかもまして、「楽しいトーク」なんてことになると、ラジオで一人しゃべっている倉木さんが「トーク」をするだけでもヘンなのに、「楽しいトーク」をするなんてことはますますヘンだ。

 と、倉木さんは一瞬にして自分で思ったに違いない。
 いつもなら、そんなことは思っていても、そのまま進行する。

 「みなさんと楽しいトークをしていきたいなと思います」

 それだけで流していただろう。
 なぜならば、そのままで流しても、実は別にヘンではないからだ。
 ほとんどの人は、「トーク」なんて単語にこだわらない。

 しかし、今週の倉木さんはこだわった。
 一方通行の「おしゃべり」ではなく、双方向の「トーク」というものにこだわった。

 自分の言った言葉、「みなさんと楽しいトーク」という言葉を瞬時に振り返り、(ちょっと待てよ、何かおかしい)と判断し、間髪入れず「えー、わたしは一人で話しているんですけどもぉ」と切り返した。
 しかも、一人でしゃべっているだけではないことを説明するために、次の言葉をつけ足した。

 「リスナーのみなさん、聞いていててくださっているので

 だから、

 「えー楽しいトークをしていきたいなと思いまーす

 と言ったのである。

 すごい。
 この番組は、倉木さん一人の番組ではなく、聴いている人たちとの「トーク」なんだよ、ということを自分の口で説明したのである。
 倉木さんは、冷静に自分が言っていることを聞けている。
 そして、そこには意味があるんだよ、ということを言った。

 風邪の熱がそうさせたのか、倉木さんは今までとは違うラジオを進行していた。
 自分で、自分の番組を進めた。
 倉木さんが、かけた次の曲は『SAME』だった。

   ●

 次は「ライク・イッツ・ワーズ」のコーナー。
 今回のテーマは「きつかったけど、やっててよかったなぁー」がテーマ。

 「ちょっと初ですね。こんな、とても長いテーマの

 と、まずコメント。

 「ま、きつかった? きつかった? きつかったけれどやっててよかったなぁーっていうテーマ。そうですねぇ。これはねえ、よくわかりますね。マラソン大会。そー。ガッコでマラソン大会ありましたよわたしも。でー。何週間も前からずっと走らされて、走らされてくるんですよねー。でー。そ、これってずーと走っていくうちにだんだんその、慣れてきて自分のペースとかつかんでいって、最後、本当の本番では、ちゃんと走りきることができたりとかね、自分の実力が出たりとか、できたりとかすると思うんだけどもー

 「これはねえやっぱり、そうやってよかったなぁーっていうのはー。こう誰にでもね、例えば、いろんなことが、こー全て。やらなくちゃいけないことが重なってしまった時に、ものすごくこう、たいへんでつらい時もあるけども、なんか、なんかそういうプレッシャーを受けると、とりあえず『どうにかしよー』ってこう考えて、まず手をつけると思うんですよね。でーなんかその手をつけて、その、その時点で、あ、次の日に例えば、レポートとか宿題とかあったとしたら、今日やっとけば明日ちゃんと発表できるし、とかそういう、次の日は安心する、んだと思うんだけど。何でもそうだと思うんだけど、必ずこう自分にやった分だけ、後になって返ってくるっていう、そういう感じがするんだけども。なんかその中で、こー、やらなくちゃいけないことがたくさんあって、で、そのプレッシャーをこうポジティブに行動して、やろうという思う気持ちを持つことと、あと、そのことにこうぶつかって乗り越えていくと、次にそのつらさが来た時には、もう当然、一度乗り越えられている自分がいるから必ず、頑張れるはずだし。また、こうなんだろ、乗り越えると、乗り越えるてその分だけ、次にすすむことができて、よかったなー、やっててよかったなー、という気持ちが生まれるんじゃないかなー、なんてちょっと語ってますが。はい

 「で、わたしの場合は、やっぱり、そうだなー。こう例えばこー、やっぱりわたしの場合は詩を書いたりとか、撮影とか、あとライブ、大学のレポートとかいろいろあると思うんだけども。例えばそれがいっぺんにやらなくてはいけない、重なってしまった時に、あの、そこで、こう、パニックに陥ってしまう時もありますが。でも一つ一つ解決していって自分なりに。うん。それはなんか一つ一つ、次に乗り越えていくと、なんか、次にこういう、いっぱい重なっちゃった時でも、『あ、この前、乗り越えられたからまた乗り越えられるよねー』なんていう、そういう気持ちが生まれて、やっててよかったなーなんて、乗り越えてよかったなーなんて思いますけどー

 「そう、そういうなんか、きつかったけどやっててよかったなーっていうことは、なんか普段でもちょっとしたことでもそうなんだけど。あのー。やっぱり。何でもポジティブに、前に進んで、トライしていく気持ち、を持つだけで、いいかなーなんて思います。みなさん、一緒に、マイケーと一緒に、ポジティブにいろんなことにチャレンジしていきましょー

 倉木さん、語る語る。
 熱く熱く語る。

   ●

 この週の番組が今までで史上最高だったと思う理由は、これらの「熱く語る倉木」さんが存分に発揮されたこともあった。
 が、メインは、番組の最後の最後でとどめを刺される出来事があったからだ。
 その出来事が起きるまでには、まだ30分ほどある。
 しかし、その伏線は、倉木さんが熱く語ったこの直後にもあった。

 「…そう。あのねえ。3つのテーマでね、いつも一つ選んでお話をしていくだんけども。たくさんね、いろいろいただいてて、あのー、いっぱい話したいなぁと思うんですが…

 と、倉木さんは「ライク・イット・ワーズ」のあり方に疑問を投げかけるような一言を言う。「いろいろいただいてて、あのー、いっぱい話したいなぁと思うんですが」と。
 このあと、いっぱい話すために、「来週は1時間丸ごと『ライク・イッツ・ワーズ』特集の番組にする」とお知らせするのかなと身構えるが、倉木さんから出てきた言葉はこういうものだった。

 「…え。いろいろ話していきたいですが

 
なんじゃーそりゃー

 その前の言葉が何のネタふりにもなってない。
 そのまま繰り返しただけやーん。

   ●

 私がそこで、ヒザかっくん状態でこけたのは言うまでもない。
 しかし、そこでこけたのはぼくだけではなかった。
 倉木さん自身もこけていたのである(たぶん)。
 倉木さんは続けてこう言った。

 「えー、ここでー、一曲、曲を聴いていただきたいんです

 うーん、このニュアンスわかってくれるかなぁ。
 ラジオを聴いていない人に、この「間」をわかってくれという方が無理だと思うのだけど。
 「ライク・イッツ・ワーズ」の改善策を出そうとして出せなかった倉木さん。
 一見すると、続けてリクエスト曲に移っただけのような話なのだが、この、「えー、ここでー、一曲、曲を聴いていただきたいんです」という言葉は、すごく強い口調で言っているのよね。
 それも、「曲を聴いてください」ではなく、「曲を聴いていただきたいんです」と思いっきり丁寧語で強く言っている。
 まるで、(今は名案が浮かばなかったけれど、また考えておくから)という気持ちが反映されているような感じ。
 そして、(わたしの話す言葉と同じく、かける曲もわたし自身の言葉だよ)、なんかそう言っているような力強さがあった。

 そこで倉木さんは何の曲をかけたのか。

 「これはですね、リクエスト、たくさんしてくれました…

 倉木さんは、なんと『Reach for the sky』をかけたのだった。

   ●

 はうー。
 もう時間がない。
 この週の番組の一番すごかったところは、これからだというのに。
 続きはまた後日に持ち越しだ〜(憶えていたら)。

 と思えば、今日もまた放送なのね。
 神様、どうか忘れませんように。
 

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2004年3月14日(日)
彼女がいる。


 〈長男と少女は小学校からの幼なじみ。一緒に勉強したり、遊ぶことが多かった長男は少女に心を許し、将来の夢を打ち明けたりもした。しかし、家庭の話題になると、口数が減ったという。
   (『産経新聞』2004年3月12日(金)夕刊4版15面
    『「監禁から助けたい」』より)

 そういう文章で本文が始まるのは、産経新聞3月12日の夕刊の記事。
 『監禁から助けたい』と題された記事の本文。
 数日前の、神戸連続殺傷事件の少年の父親さんの手記と言い、このところ新聞に載っている記事で続けざまに泣かされる。

   ●

 この『監禁から助けたい』の記事の「監禁」とは、ついこの間、マスコミで大きく取り上げられていた虐待事件の「監禁」のこと。中学3年生の長男を親が監禁し、衰弱死寸前まで追い込んだ事件のことだ。
 3月12日の産経新聞の記事は、その監禁から助けたいと行動した女性のことを取り上げていた。
 その女性とは、虐待されていた中学生の同級生だった女の子のこと。
 小学生時代を衰弱死寸前まで追い込まれた男の子と一緒に過ごし、いろんなことを話していた友だちのこと。

 〈中2の夏休み明け、長男は極端にやせて、つらそうな顔をしていた。
 「どうしたん、何かあったら教えて」
 「やせただけや」
 長男はそれ以上、答えるのを嫌がり、数日後、学校に来なくなった。
 少女はうすうす、虐待されている可能性に気付いていた。長男が、学校に再び顔を見せるよう何度も手紙を書いた。
 《今、授業は教科書のここのページまで来ているよ。早く元気な姿を見せて。待ってるで》
 手紙は担任教師に託して返事を待った。


 彼女は、学校に来なくなった友だちに向けて手紙を何度も書いたという。
 そして、それを担任の先生に託し返事を待っていたという。
 しかし何も変化がない。友だちの男の子が学校にやってくる気配はない。
 彼女は待っていることができず、行動を起こす。

 〈虐待が始まった7カ月後の昨年1月、いてもたってもいられなくなり、自宅マンションを訪れた。
 応対した内妻の川口奈津代被告(三八)はうそをつき、少女にすごんだ。
 「だれに向かって口をきいてるのや。私は代わりに留守番している者で、家族はだれもいないと言ってるやろ」


 彼女は脅しを受ける。
 学校の先生も、児童相談所の人も、大人はみんな、そこで引き下がった脅し。
 しかし、彼女は引き下がらなかった。

 〈それでも少女はあきらめず、泣きながら面会を頼み、インターホン越しに長男と話をすることができた。しかし、弱々しい声で「病気やねん。本当にしんどいねん」としか答えなかった。
 少女は、その日の日記にこう書き記した。
 《納得できないけど、声を聞いて安心した。ほんまに虐待じゃありませんように。なんとか、救ってあげることはできへんかな》


 友だちの男の子はその10カ月後、意識不明の重体になる。
 同時に、親が虐待していたことが明るみになる。

 〈「今にしてみればあの時は、そばに(川口被告が)いて怖くて本当のことを言えなかったのだと思う。ドアの向こうで苦しんでいたのを、もう少しで救うことができたのに…」
 最近になって、少女は同級生たちと一緒に、自分たちの声を録音したテープを病院で治療を受ける長男に届けた。長男は依然、寝たきりのままだが、そのテープを聞くと何かを言いたそうに声をあげたという。


   ●

 彼女は病院で入院している友だちの男の子に向けて手紙を書いた。
 大阪の女の子やなぁという、大阪弁混じりの手紙の全文はこういうものだった。

 〈元気ですか? 病状は良くなってる?
 もう長い間、会ってないから、私の名前も顔も声も忘れてしまったかもなあ。
 でも最後に会いに行って声を聞けたあの時は私の名前、ちゃんと覚えててくれたでな?
 あの時ほんまにうれしかったんやで!! やっぱ6年間の友情は私の中でもほんまに固いもんやったから…。会ってしゃべりたかったねん。
 でも何も出来へんでごめん。
 きっと“世の中ってこんなもんなんや”って思ったと思う。
 でも今は違う!! あなたを守ろうとしてる人が数え切られへん位おって、その人らはみんないい人らばっかりやよ!!
 目を覚まして、元気になったら、同窓会の続きをしよう? めっちゃ懐かしい小学校の頃の話とかしたいな!!
 いつもあなたは笑ってたでな!! ほんま明るかった!! でも悔しい思いをしたときはすぐ気持ちを表に出してて…。自分に偽りない生き方やった。
 でも、たまに、辛いことを背負おうとするところもあったよな…。
 もっと信用し合える友達になってあげたかった。
 そんなことも含めて、いっぱい伝えたいことがあるねん!!
 あなたはほんまに強い人やから、絶対“今”を乗り越えられるよ!!
 一緒に応援するから!!
 早く良くなりますよーに。


   ●

 彼女がいるから、どうか頑張ってほしい。
 元気な姿になって、その姿を見せてあげてほしいな。
 そう思った。
 あまりにも単純すぎる発想だけど。

   ●

 できなかったことを振り返り、彼女はたった一人で世界を変えようとしているのだろうな。
 

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