|
この前の土曜日に放送されたFM京都さんの『Mai-K Baby I
Like』で印象に残ったところが2つあった。
まず一つ目は、「ライク・イッツ・ワーズ」のコーナーで紹介していた俳優のジョニー・ディップさんのこと。
倉木麻衣さんはこういうふうに紹介していた。
〈最近観た映画の中で『パイレーツ・オブ・カリビアン』に出てくる、ジョニー・ディップ、とか、結構好きですね。あのー、ジョニー・ディップはね、あのー、そう。『シザー・ハンズ』とかあと『スリーピー・フォロー』とかね、あと『ラスベガスをやっつけろ』って出てるんですけど、あのーすごく個性派の俳優さんなんですけど。あのー、役ごとにね、いろんな表情が見えてきて。今回は、『パイレーツ・オブ・カリビアン』は、ちょっとユーモラスな役をこなしてるんですけど。あのー、この人の、ジョニー・ディップしか持っていない、個性的な役が、すごく光っていて面白かったですよ。〉
(FM京都『Mai-K Baby I Like』
2004年1月24日(土)24時〜25時放送分より)
まあ、ここまではいつものような感じ。
印象に残ったのは次からのところ。
〈でー、あのー、彼自身、あのー、奥さんと子どもがいるんですけども、あのー、すごく家庭的で、家庭を大事にして、しかも俳優業もちゃんとこなして、いるんですけど。まずねこう、向こうのハリウッドスターで、すごくこびてなくて、自然体でこう魅力的、だなーって感じますね。でー、もちろんこのジョニー・ディップの若い昔の頃は、いろんな、噂とか、あとは、批判とか非難とかいろいろされていたと思うんですけど。いろんな評判が立ってたけど、でも、今ジョニー・ディップ確か40、40歳かな、40歳だと思うんですけども、年を重ねるごとにこう人間的に厚みが出ていて、今までの噂話とか批判されたこととか、そういうものが、薄らいでいて、あのー薄らいでいるほどの魅力が、出せている、っていうところがねぇ。わたしの好きな俳優の中の一人ですね。〉
〈若い昔の頃は、いろんな、噂とか、あとは、批判とか非難とかいろいろされていたと思うんですけど〉というところと、〈年を重ねるごとにこう人間的に厚みが出ていて、今までの噂話とか批判されたこととか、そういうものが、薄らいでいて、あのー薄らいでいるほどの魅力が、出せている〉というところ。
なにか、今までの倉木さんと、これから年を重ねたあとの理想の倉木さん像がそこにあるような気がしました。
●
あともう一つ印象に残ったのはここ。
「ライク・イット・ミュージック」のコーナー。
アリシア・キーズさんのアルバム『ダイヤリー・オブ・アリシア・キーズ』を紹介したところで出てきた話。
『ダイヤリー・オブ・アリシア・キーズ』とは、アリシア・キーズさんの日記を元に歌にしたものが入っているという話のところで出てきました。
〈マイケーもね、あのー、一時期日記を書いていたことがあって、でーその日の出来事を、何でもいいからとにかく毎日、夜寝る前にいろいろ書いたり。あとー、ま、毎日書こうって思って、書いて、た時があったんですけど。結構ねえ、書くということって、ひとつの自分を表現する方法ですよね。でー、そんな、ひとつの表現する方法を歌にしてしまったという。うーん、これはすごいなって思って、いろいろ聴いてみたんですけど。〉
「今も、公式ホームページでDIARY書いてるやん」という話しは横において。「ということは、今は書いてないのぉ〜」という話しも横において。
う〜ん、突っ込みどころ満載だ。
で、ぼくが印象に残ったのは次のところ。
〈でー、あの、そう。ちょっと話は戻るんですけども、日記ね、あの書いていて、でー、やっぱり、その日に、ある、一番思っていることを、寝る前に、ひとつ、思い浮かべて書くっていうのは、なかなか難しいんですよね。書けそうで書けないことが多かったりするんですけど。うん。でも、日記を書くことによって、あのー、その時感じたこととか、思ったことから、あとでね、その日記を読み返してみたりすると、自分を改めて知ることができたり、思い出になったりと、思い出になったりする、と思うんですけど。あのー、でも、日記をね、誰かに見られたりとかねー、すごく恥ずかしいなぁーと思うんだけど。それをあのー、逆に歌にしてしまうこともあるんだなぁー、って初めて、知って、でー、自分も、初めて、歌詩を、書いた時、そして人に見せた時に、恥ずかしかったですね、そういう記憶があります。そうー、なんかこうー自分の詩を書くと、こころん中をのぞかれてるというか、裸になった感じがするんですけど、今はもう恥ずかしさも、というよりは逆に歌で伝えられる楽しさの方が大きいんですけど。あのー、やっぱなんか、自分の中の、ものを吐き出して、書くっていうのはねぇ、それを見られるっていうのは結構勇気がいったりしますよねぇ。〉
そうそう。
日記を見られるのは恥ずかしい。
確かに勇気がいる。
だからぼくはいつも眠りながら書いている。
シラフでなんか書けない。
ま、第一、「日記」と名前をつけているが、「日記」ではない。
ある時は「週記」、ある時は「月記」(←意味が違う)。
というより、「見られてる」と思うと恥ずかしい。
というより、「恥ずかしい」と思うのがここのキーポイントではないかと思った。
倉木さん曰く、〈今はもう恥ずかしさも、というよりは逆に歌で伝えられる楽しさの方が大きいんですけど〉。
たぶんここが、倉木さんのデビューの頃の歌詩と最近の歌詩の違いではないかと思う。
そして、その違いを微妙に感じる人が、「デビュー三部作の方がよかった」と今も言い続けているのかもしれない。
〈自分の詩を書くと、こころん中をのぞかれてるというか、裸になった感じがするんですけど〉
ここのところ。
そうか。
ぼくはそういう歌詩をのぞんでいるのかな?
倉木さんが人に見せた時に恥ずかしいと思ってしまうくらいの歌詩。
心の中を正直に吐き出している歌詩。
ファンのみんなの前では歌えないような、そんな恥ずかしい歌詩(←意味間違えられそうだ)の曲を。
録音したCDでしか聴けない曲を。
そんな曲を、聴きたいな。
●
と思うのだが、そんな曲を聴きたいのなら、ぼくの方も恥ずかしくなるような、ほんとの気持ちを伝えないとな。
嘘や、飾った言葉でごまかすことなしに。
▼前の日記へ ▲次の日記へ ▲トップヘ
|