OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年12月16日(火)
早く帰る。


 今日は早く帰る。

 午後9時。

 
10年ぶりに『俺たちの旅』だあー

   ●

 昨日と一昨日、日記はいつの間にか休んでました。

 

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2003年12月17日(水)
「俺たちの旅」。


 ふー。
 10年に1度の番組が終わった。

 『スペシャルドラマ・俺たちの旅「三十年目の運命―最愛の女の死に蘇る青春〜友情の海が誘う不思議な恋と親子愛」』

 新聞の番組欄を見ると、こんな長いタイトルだった。
 その隣の関西テレビさんでは、『北の国から』を再放送。
 今年は昔を振りかえる年なのかな。

   ●

 三十年目の『俺たちの旅』は、やはりしみじみ。
 最初は、画面の明るさと、とってつけたような話の始まり方に違和感があった。
 が、「オレはバカなことばっかりやってきたんだ」という(ような)カースケ(中村雅俊さん)が怒鳴り声にポロリ。
 いい番組を見てたんだなぁ。
 カースケ・グズ六・オメダは変わってなかった。
 そのことがとてもとても。

 (グズ六さんは、さらに「なにやってんだろう?」状態だったのが、グズ六さんらしかった。そのことを認めているノリコさん、いいなぁ。みなさん、長生きして是非とも40年目をしてくださーい)

   ●

 ぼくが最初に買ったレコードは、この番組の主題歌、中村雅俊さんが歌った『俺たちの旅』。
 DVDのBOX、この回も入れて再発売してくれへんかな。

   ●

 えーと、どこまで戻ればいいのかわからなくなってしまった。
 ので、まずは『チェッカーお試し掲示板』の彩の国、カヲルさん、どうもです(22186番)。
 え?何?何?どこを修正すればいいの?
 それと、ヒットカウンターの閉鎖は全く考えてませんです(22203番)。

 同じく、ボーンキングさん、どうもです(22211番)。
 『Just A Little Bit』、もう一度聴き返してみます。
 この歌は、タイトルが嬉しかったのと、「お、倉木さんは歌ったあと倒れるくらいに歌ってくれてる」と思ったことも嬉しかった曲です。

 同じく、ピエールさん、どうもです(22219番)。
 論点というか、あの心理の実験の解釈の仕方は同じだとぼくは思っています。
 「他の人がしてくれるだろう」という小さな気持ちが個人の行動を鈍らせてしまう、という意味で。
 でも、ぼくが言いたかったのはそこじゃなくて、紅白の後、ファンの応援の声が聞こえないように思えても、「倉木さん、気にしなくていいよ」ってことだったのですけど。
 うーん、うまく伝えられるように勉強します。

 同じく、うぃんさん、どうもです(22220番)。
 そんな時は静かに消すので、あげられませ〜ん。

 同じく、ひろしさん、どうもです(22265番)。
 毎日ウォーキングと週末のテニス〜。
 うう、会社の往復30分の徒歩だけじゃだめですか?

 同じく、ポン太さん、どうもです(22333番)。
 〈もしも、田熊さんが神様で、せっかく作った町の住民の大部分が
触れば噛みつく触らなくても噛みつく狂犬になってしまいました。
さて、硫黄の雨や洪水で町を滅亡させますか?させませんか?

とのことですが、ぼくが本当の神様なら、させません。というか、な〜んもしませ〜ん。
 でも、ぼくは神様ではないので、最初に「あれあれ?」と思った人が今も「あれあれ?」と思うことをしていたら、ちょっと考える時間を作ることができればと思います。その時間を作ったあとも、「あれあれ?」ということになったら、そこからは大きな時間に任せてしまいます。そのことで「あれあれ?」が拡大しても仕方がありません。でも、脳天気にも、大きな時間が解決できないことはないと思うのですよねぇ(うぃんさん、おおきにです。「脳天機」ではありません)。

 同じく、=~-ェ-~= さん、どうもです(22345番)。
 きちんと見させていただきました〜。プッシュ、おおきにです。

 同じく、タイキさん、どうもです(22347番)。
 ライブの開始時間が午後9時からだったら行けるかも〜。
 でも、そんな時間からのライブだと、倉木さんを応援してくれている子どもたちがいけない〜。
 ので、倉木さんにはそんなライブはしてほしくないなぁ〜。

 また戻って、彩の国、カヲルさん(22356番)。
 無事早く帰ってきました〜。
 『俺たちの旅』のファンサイトさんでは、30年目の番組に対して「よかった」「もう一つだった」などのいろんな意見がもう書き込まれていました。
 いろんな意見はあったけど、みんな、一緒の時間に見てたんだなぁと思うと、嬉しくなりました。

   ●

 この前の13日の深夜に放送された『Mai-K Baby I Like』を録音で聴く。

 なんか倉木さんの話し方がふっきれたような感じ。
 12月3日(だったかな?)のブリトニー・スピアーズさんのライブを東京に観に行ったからか、全体的に興奮口調。
 『ライク・イット・ミュージック』のコーナーはそのブリトニーさんのミニ特集。倉木さんの解説の仕方がいつもと違う。熱がこもってて、魂が入ってて。原稿を読んでる感じじゃなく、観てきた興奮そのままにしゃべっているという感じ。
 いいぞいいぞ。

 でも、それだけじゃなく、なんか迷っていたものがふっきれた雰囲気が感じられたのは気のせいかな?

 そうそう、そう言えば。
 倉木さんの曲ばかりをかけた週のあとは、倉木さんがメインの曲を1曲もかけなかったのですね。かかったのは、TAK MATSUMOTOさんがメインの『イミテイション・ゴールド』だけで。

 そうそう、その2。
 どうやら、倉木さんはどの部分が放送で使われているかわからないような感じだなぁ。
 先週、DVDの発売のことを言ってたのに、今週もベストCDの次にDVDのことを話していた。
 先週はDVDをクリスマスに発売と言ってたのに、今週は1月の発売と。

 う〜ん、そのへんのつなぎ方がうまくできればいいのだけれど。
 例えば、今週のDVDを紹介する時に「先週はクリスマスの発売と言いましたが、発売日が伸びて1月になりました」と一言入れてくれるだけで、毎週聴いている人の気持ちをぐっとひきつけることができると思う。

 あと、今週のラストはファーストアルバムから『Stepping ∞ Out』。
 その曲を紹介する時に、倉木さんは「懐かしい曲ですが」というような一言を入れてくれた。

 この一言のコメントが嬉しいのよねぇ。
 「そうか、倉木さんは『Stepping ∞ Out』のことを「懐かしい」と思っているのか」なんて思って、自分はどう思うのだろうという気持ちで曲を聴くことができるのよね。

 だから、来週からは、そんなちょっとしたコメントでいいので、曲を紹介する時にどの曲にもつけてくれたら嬉しいなぁ。

   ●

 ハッ。
 念のためと思って聴き返したらきっちり間違っていた。
 しかも、もうurakichiさんにも指摘されている。
 (はや〜)

 urakichiさん、おおきにです(22365番)。
 ブリトニー・スピアーズさんではなく、倉木さんがライブに行って、番組でミニ特集したのは、クリスティーナ・アギレラさんでした。
 1曲目にかかったのがアギレラさんの『リフレクション』(?)って曲だったのですね。
 (あれ?ぼくは、ブリトニーさんには「スピアーズさん」とは呼ばないで、アギレラさんには「クリスティーナさん」とは呼んでない。なんでだろ?)

 で、倉木さん。
 この曲から、DVDのタイトルを『マイ・リフレクション』とつけたの?
 

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2003年12月17日(水)-2
「Stay by my side」。


 今日は悲しい日だった。

 まさかこんな状態になるなんて。
 自分でも不思議だ。

 原因は、昨日観た30年目の『俺たちの旅』。
 放送前からあらすじを読んでいたから覚悟はできていたのだけれど、見終わった直後ではなく、次の日にくるなんて。

 「ヨーコさんが死んだ」

 そのことが今日会社に出社してから頭の中を離れない。
 誰かほんとに告別式をしてくれるなら、お線香の一つでもあげにいきたい気持ちだ。
 漫画の『あしたのジョー』でも、矢吹丈さんのライバルだった力石徹さんがなくなった時、実際にお葬式をあげたと聞く。
 その気持ちがよーくわかる。

   ●

 「ヨーコさんがなくなった」
 そのことは、テレビドラマの一人の人が。役の上でなくなっただけのこと。
 なのに、なんで、こんなに脱力してしまうの?

 それくらい、『俺たちの旅』は一緒だったんだな。
 テレビでは放送してなくても、この30年間、ずっとどこかに「いる」と、心の中で思っていたんだろうな。
 中村雅俊さんが演じたカースケじゃないけれど、いなくなってからわかったこと。

 でも、ほんと、テレビドラマの話なのに、ここまで思うなんて我ながら情けない。
 今でも思い出すと、やっぱり力が抜けてしまう。

 
「ヨーコさんがいないこの世界に、なにか意味があるのか」

 などということまで思ってしまう。

 う〜ん、病んでる。

 DVDをなんとか全巻手にいれて、ぼくが寝たきりになったら、1日中『俺たちの旅』を見続けよう。
 そして、棺桶に入る時には、そのDVDも一緒にいれてもらおう。
 でも、「金属のものはいれないでくださいね」なんて言われてしまうのか。
 う〜ん、困った。
 ぼくはどうすればいいのだろうか。

   ●

 本日、紅白に出場する歌手の人が歌う曲目が発表される。
 われらが代表・倉木麻衣さんは『Stay by my side』を歌うことに決定。

 「今年はカバーがいっぱい」というような話をNHKのプロデューサーの人がコメントされていた。

 
「カバー」は「カバー」でも、「セルフカバー」という言葉もあったのね

 と、やたらに感心。

   ●

 これで準備は整った(かな?)。

 あとはどこで歌うかとかがあるかもしれないけど、倉木さんが心を込めて歌ってくれればそれで十分。
 「Stay by my side」と、いつもそばに大切に持ってられるように、気持ちを注いで歌ってくれればそれで十分。

 それまで、なんとか、ぼくの方は「寝る前に腹筋20回」を続けよう(15回から増えた〜)。
 倉木さんだけに緊張させておくわけにはいかねぇ。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のピエールさん、どうもです(22373番)。
 あ、そうやそうや、その件がありました。
 〈ヒットトップにある11月発売予定の新曲についてのアンケートですがもう12月も終わろうとしているので修正お願いします(笑)
 とのこと。
 ですが、アンケートを作った当時は「11月発売予定」だったので、そこのところは変える予定はありません。
 そこを変えてしまうと、あのアンケートそのものが別物になってしまい、最初に答えた人たちがバカをみることになると思うので。
 だから、『「紅白」ではこの曲を歌ってぇ〜。』のアンケートも、『「紅白」ではこの曲に決まったよ〜』に変更する予定はありません。
 せっかくのご要望だったのですが、ピエールさん、お応えできずにすみません。

   ●

 あれ?
 昨日の夜中というか、未明というか、「バベルの塔」という書き込みがあったような気がしたのだけど…。

 とりあえず、誰にともなく返事。

 バベルの塔ができて、神様が噛まれようとも、何もしないかも。
 噛んでようやくわかることがあると、『風の谷のナウシカ』は教えてくれました。
 「おまえは本気で信じているのか。おい、こんなに噛んでもか」
なんて気持ちで噛んでいるのかもしれないし。
 でも、噛まれた傷が深くて助からない時もあるかも。
 ですが、その時はその時で仕方がないです。

   ●

 とは思いながらも、ワンちゃんのご飯の時間に、その光景を横で見ていたぼくは、ガブッと噛まれたのですね。
 「おまえ、オレのご飯とるんか!」
と思われたみたいで。
 それ以来、ご飯の時間は噛みつかれないように、扉をきちんとしめて別の部屋にいるようになりました。

 このような幼児体験が一度あると、ぼくの考え方は180度変わるかも、です。
 
 

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2003年12月19日(金)
ある人に送ったメール。


 最近、ある人に送ったメール。

「うーん、どこがいいんでしょうねぇ?
ぼくもはっきりとはわからないです。

でも、一つ思い浮かぶのは、
倉木さんはデビューしてから今までいろんなことがあったけど、
一度も「嫌い」とは「いや」とか言ったことはないような気がします。
どんなことでも受け入れようと。
受け入れられないことでも受け入れようとしていたような気が…。
歌なら「thankful」とか「always」に一番よく出ているかな?

ファンをやめてもらおうと彼にいろいろ逆効果かもしれません。

でも、○○さんが彼のことをずっと好きでいるなら、
きっと彼は○○さんの気持ちをわかってくれると思います。
時間はかかるかもしれないけど。」

   ●

 う、しもた。
 「ファンをやめてもらおうと彼にいろいろ逆効果かもしれません。」って、「ファンをやめてもらおうと彼にいろいろ
なことをしても逆効果かもしれません。」だよな。
 「
なことをしても」が抜けてるやん。

 今頃、なことを思っても遅いねんけど。

 でも、ほんと、「嫌い」とか「いや」という言葉は聞いたり読んだことがない気がするなぁ。
 「すねていたあの頃」というのは、『風のららら』の歌詩で聴いたことがあるけれど。
 そういえば、「どうせ」という言葉も聞いたことがないなぁ。

   ●

 ま、そのへんが、倉木さんの歌詩の中の弱点であって、倉木さんという人が持つイメージの強みかもしれない。

 これを人は、
「二律背反」というのだろうか。

 四文字熟語だ。

   ●

 それはそうと、「携帯電話」って四文字言葉は誰が考えたんだろ?
 とっても最近生まれた言葉だと思うのだけど、なぜカタカナ言葉にしなかったのだろう?

 「ハンディ・ホン」
 「ウォーク・テル」
 「エアー・ベル」…

 などなど、いろんな候補はあったと思うのだけど、なぜ「携帯電話」と日本語の4文字なのだろう?(商標の関係?)

 最近じゃ、日本語なのにカタカナ言葉にしたいマスコミさんが多いようで、「ケータイ」ってカタカナ単語になってる。

 でも、いったい誰が「携帯電話」と言い出したのか。
 知ってる人がいたら、おせーて。
 

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2003年12月20日(土)
強み。


 あ、また言葉が足らなかった。

 でも実は、強みは強みじゃなくなってもいいと思ってる。
 なぜかというと、その方が普通に話ができると思うから。
 「嫌い」とか「いや」とか、そんなことも言い合える友だちになれればよいな。
 それはきっと「倉木麻衣」さんの今まで培ってきたイメージを壊していくことになると思うのだけど。
 『Simply Wonderful』は、もしかしたら、倉木麻衣さんはファンに向けて歌いたい曲ではないかもしれないけど。

 そういうことが、そう思う時があってもよいと思うのだな。
 その方が、ナチュラルになれると思う。

   ●

 と、昨日の日記に追加しておこう。

   ●

 ABCテレビさんで放送している『街角の君達』(毎週金曜日、深夜0:19頃〜0:24頃)。

 頑張っている若者を応援しているミニ番組なんだけど、この番組のBGMって、ずっとGIZAさん担当なのかな?
 今日は途中から滴草由実さんの『眠れぬ少女』のPVになった。
 前は倉木さんの『kiss』の時もあったような気が…。

 こういうドキュメンタリー番組のBGMに使われるのは、結構いいな。
 

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2003年12月20日(土)-2
紅白は辞退すべき。


 最悪。
 ではないのか。

 今日の朝日新聞1面に、倉木麻衣さんの名前が載っている。

 〈倉木麻衣さん所属の会社
 2億円申告漏れ
 大阪国税局調査 数千万円追徴へ

   (『朝日新聞』2003年12月20日(土)13版1面より)

 いったいなんでこんなことになるのか。
 B'zさんのビーイングさんの時に指摘されていたことではなかったのか。
 関連会社さんの経費をギザさんが立て替えていた。
 全く同じではないの。
 しかも、新聞のトップ記事になって、読売新聞さんの記事にはギザさんのコメントが出ている。

 それなのに、ホームページでは一言の説明もない。
 ファンはおいてきぼり。
 「説明責任」なんてことは必要ではないが、対応が早かったギザさんだったから、裏切られたという気持ちもある。

 〈歌手の倉木麻衣さんや愛内里菜さんが所属する「ギザ」(大阪市西区)が大阪国税局の税務調査を受け、3年間で約2億円の申告漏れを指摘されていたことがわかった。関連会社への資金援助をめぐり不正な経理処理があったとされ、国税局は申告漏れの大半を所得隠しにあたると認定。追徴税額は重加算税などを含め、数千万円にのぼるとみられる。
 関係者によると、ギザは02年までの3年間に、関連会社が負担しなければならない経費を、ギザの経費として計上していた。国税局は「関連会社への資金援助にあたり、課税対象の寄付金になる」と判断。意図的な利益調整があったと認定して重加算税の対象にした。そのほか経理ミスなどもあり、所得隠しを含めた申告漏れ総額は約2億円にのぼるとみられる。
 民間信用調査会社によると、ギザは東京の大手音楽産業グループ「ビーイング」グループの企業。98年、関西などで活躍するミュージシャンのレコード制作を目的に設立された。00年には倉木麻衣さんのCDがヒットし、約100億円の売上高を計上した。

  (『朝日新聞』2003年12月20日(土)13版1面より)

 〈<申告漏れ>倉木麻衣のCD製作会社が2億円

 人気歌手、倉木麻衣さんのCDを製作する「ギザ」が大阪国税局の税務調査を受け、02年6月期までの3年間に、約2億円の申告漏れを指摘されていたことが19日分かった。国税局は約4500万円を追徴課税したという。同社はグループ内のプロモート会社にCDの宣伝を委託。売り上げの2%を支払い経費に計上していた。
(毎日新聞)[12月20日3時11分更新]〉
   (『毎日新聞』ヤフーニュースさんの記事より)

 〈CD制作の「ギザ」、1億9000万円申告漏れ

 倉木麻衣さん、小松未歩さんら人気アーティストを抱えるCD制作会社「ギザ」(大阪市西区)が大阪国税局の税務調査を受け、2002年6月期までの3年間に約1億9000万円の申告漏れを指摘され、重加算税を含め約5000万円を追徴課税(更正処分)されていたことが19日、わかった。

 関係者によると、同社は子会社に支出したプロモート料など約1億4000万円を経費として損金処理していたが、国税局は「この支出は損金処理できない寄付金に当たる」と認定、ほぼ全額を重加算税対象とした。他の名目で損金処理された残り約5000万円の一部についても、「交際費に該当し、損金とは認められない」と判断し、同様に重加算税対象とした模様だ。

 ギザの話「見解の相違はあったが、指摘に従った」
(読売新聞)[12月20日3時27分更新]〉
   (『読売新聞』ヤフーニュースさんの記事より)

 『毎日新聞』ヤフーニュースさんの記事
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031220-00002174-mai-soci

 『読売新聞』ヤフーニュースさんの記事
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031220-00000502-yom-soci

   ●

 ギザさんはこのことを「大阪国税局さんとの見解の相違」ということを貫き通していいと思う。
 正しいと思っていることは、どうか貫き通してほしいと思う。

 しかし、この話と紅白へこのまま出場するかどうかの話は別。

 倉木麻衣さんは、NHKさんの紅白歌合戦への出場は辞退してほしい

 紅白には、みんなの手本となる人たちが出場すべき。
 時間をかけて再び頑張っているということになれば話は別だと思うが、今回の話は、昨日の今日である。
 紅白を甘くみてはいけない。
 ギザさんの中では「見解の相違」という大阪国税局さんへの不満はあったとしても、紅白を汚してはいけない。
 と、紅白ファンでもあるぼくは思う

 NHKさんから指摘される前に、一刻も早く、ギザさんから「紅白辞退」を申し出てほしい。
 そしてそれがぼくらが大好きな「ギザブランド」「倉木麻衣ブランド」を守ることになる。
 辞退することが大阪国税局さん言う通りだったと思われるのは一瞬。
 ギザさんがここでひくことによって、NHKさんを含めみんなが冷静になってわかってくれるようになる。

 ギザさんと倉木さんは一蓮托生。
 ここでしがみついてはいけない。
 勝負するところはここではない。
 見誤ってはいけない。

 痛切にそう思う。

 倉木麻衣さんは紅白を辞退すべき。
 辞退直後はファンは悲しむかもしれないが、そうすることが、のちのちファンを守ることになる。誇らしい気持ちにさせることになる。

 ギザさん、どうか、ここで道を間違えないで。
 

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2003年12月20日(土)-3
「すみませんでした」。


 最近の話。

   ●

 「すみませんでした」と伝えたら、「次は頑張ってください」と言ってくれる人がいた。

 デカイ人だな、と思った。

 でも、あの時、ぼくがあの言葉を伝えなかったらどうだったろ。
 あの人はどう思っただろ?
 ぼくは全くタッチしていなかったこと。
 タッチするとややこしくなるから、全くノータッチにしていたこと。
 でも、あの人とのつながりができたのは、間にぼくがいたから。

 あのことは全くノータッチだから、何にもないふり?
 そうすることもできた。
 でも、そうしたら、どう思われただろう?

 この前の衆議院選の社○党の元党首・○井さんのように。
 自○党の元幹事長・○崎さんのように。
 時を戻れば、○印の○○社長さんのように。

 ぼくはあの人に会わす顔はないだろう(今もないけど。これからもないけど)。

   ●

 でも、「すみませんでした」という一言を伝えるかどうか、少し迷った。
 全くタッチしていないぼくがいきなり口をはさんでいいものだろうか?
 全体としてどういう対応をとるかまだ決まっていないのに、先走りすぎりことになるのじゃないか。
 ぼくが謝ってどうなる?
 どうにもならないのじゃないか?
 逆に余計に話がややこしくなるのじゃないか?…。

 今じゃ思い出せないほどのことを考えた。
 次から次に浮かんできた。
 謝るか、謝らないか。その違いはほんの1本の髪の毛のすきまくらい。
 ほんの一瞬目を閉じれば、謝らない方に傾くくらいのことだった。

   ●

 今、あの人がどう思っているのかはわからない。
 「次は頑張ってください」と言ってくれたけど、ほんとのところはどうなのか、それはわからない。
 けど、「迷惑かけた」「申し訳ない」、そんな気持ちがいっぱいになった。
 一瞬目をつぶっても、「ああ、悪いことをした」、そんなことで頭の中がいっぱいになった。

   ●

 相手の人がどう思うかなんかはわからない。
 謝ってすむものでもない。
 (ほんとに多大な迷惑をかけた。ここからも「すみませんでした」とお伝えします)

 でも、謝らなかったら…。
 今のぼくはもっと苦しんでた。
 ずっと、「あの時、謝ればよかったのに」と思ってた。
 今になってそういうことが、ゆっくりとわかってきているみたい。

   ●

 あの時、一瞬目を閉じて、そのまま目を開けなければ。
 ぼくはあの人が、「デカイ人だな」と思うこともなかったんだな。
 

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2003年12月21日(日)
次のプロモーション・ビデオの監督には須永秀明さんを希望。


 要はどれだけ、「迷惑かけた」「心配かけた」と相手のことを思いやれるかということ。
 それがぼくが今も持っている「ギザブランド」であり「倉木麻衣ブランド」。
 そこから倉木さんが歌う「歌の心」にまで続いていると思う。

 していることがチグハグな時もある。
 でも、少し考えると、それは相手のことを考えて、考え過ぎてくれてたってことに気づく(←ぼくの妄想)。
 ぼくは今までギザさんや倉木さんに裏切られたことはない(←ぼくの妄想)。

 今日の新聞の1面を飾った記事には、「なんでまたなの」とは思ったが、他の新聞の記事を読むと、1面の記事とは微妙に内容が変わってきている。

 〈CD会社が2億円申告漏れ 倉木麻衣さんらの作品制作

 倉木麻衣さんら人気アーティストのCD制作を手掛ける「ギザ」(大阪市)が大阪国税局の税務調査を受け、2002年6月期までの3年間に約2億円の申告漏れを指摘されていたことが20日、分かった。同国税局は重加算税を含め、約5000万円を追徴課税(更正処分)したとみられ、同社は全額納付した。
 関係者によると、ギザは子会社に支出したプロモート料など約1億5000万円を経費計上した。しかし国税局は、支出した金は子会社への寄付金に当たり、経費として計上できないと認定したとみられる。
 また別の費目で経費計上したものについても、交際費に当たると指摘し、重加算税の対象としたもようだ。
 ギザは1998年設立。倉木さんのほか、愛内里菜さんや小松未歩さんら人気アーティストのCDを制作している。
(共同通信)[12月20日10時35分更新]〉
   (『共同通信』ヤフーニュースより)

 〈倉木麻衣さん所属会社、2億円申告漏れ=所得隠しと判断−大阪国税局

 人気歌手、倉木麻衣さんや小松未歩さんらのCDを製作するレコード会社「ギザ」(大阪市)が大阪国税局の税務調査を受け、2002年6月期までの3年間で約2億円の申告漏れを指摘されていたことが20日、分かった。同国税局は重加算税を含め約5000万円を追徴課税(更正処分)した。同社はすでに納付に応じたもよう。
 関係者によると、同社はグループ子会社に支払った宣伝活動費を経費として計上。しかし、同国税局は「宣伝活動の対価としては認められず、子会社への寄付金になる」として、所得隠しがあったと判断した。このほかにも、経理ミスなどを指摘された。 
(時事通信)[12月20日12時2分更新]〉
   (『時事通信』ヤフーニュースより)

 『共同通信』ヤフーニュースさん
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031220-00000057-kyodo-ent

 『時事通信』ヤフーニュースさん
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031220-00000777-jij-soci

 これって、前のB'zさんの時と同じように、ギザさん自体は追徴課税されたけど、グループ子会社さんが払いすぎてた税金は戻ってくるってことじゃないの?

 例えば、ぼくが勤めている印刷会社が、ミニ出版社・オッホ(ぼくもかかわっている)に原稿作成の仕事を依頼。そしてその原稿ができたので、印刷会社は原稿代をオッホに支払った。
 でも、大阪国税庁さんは、このやりとりを〈寄付金〉として判断した。
 ってことじゃないのかな?(違うかな?規模が違うことは言うまでもない)

 それと、朝日新聞さんの記事では「追徴課税」だったのが、共同通信さんや時事通信さんの記事では「追徴課税
(更生処分)」に変わってる(もちろん「脱税」ではない。意味が全然違うやん)。
 「追徴課税(更生処分)」って、国税庁さんに不服を申し立てることができるのでしたっけ?

 今まで全然意識しなかったけど、「追徴課税(更生処分)」された企業って、大きなところだけで今年こんなにもあるのね。

 『●申告漏れ 一行メモ』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://www.wombat.zaq.ne.jp/ikedaminsho/sinnkokumore.htm

 今回のギザさんの記事。
 まず最初に朝日新聞さんが1面に載せた(しかもフライング気味に。ギザさんのコメントもなし)。
 そのことを知った他の新聞社さんが後を追って記事にした。
 そして取材すればするほど、1面にもってくるほどの記事ではないとわかった。
 扱いがどんどん小さくなっていった。
 そんな感じがする(←ぼくの妄想)。
 おかげで、記事を載せるきっかけをなくした(ような)新聞社さん、例えば、奈良に届いている産経新聞さんには、朝刊にも夕刊にも1行もこの記事は載っていない(インターネットの産経新聞さんでは記事になっていたが)。

 ギザさん、誰かに朝日新聞さんにチクられた?
 求人広告は朝日新聞さんから出しているのになぁ〜。

   ●

 でも、ぼくの中での大きな問題は、実際はどうだったかではない。
 問題は朝日新聞さんの1面の記事になったということ。

 その記事を見たNHKさんはどう思うのか。
 その記事を見た倉木さんのファンはどう思うのか。
 そしてそんなことを考えたぼくはどう思ったのか。

 「紅白を辞退すべき」。
 そのことをGIZAさんから言い出すべき。

 紅白出場の前に、朝日新聞さんの1面記事になったことで、NHKさんに迷惑をかけたと思うのなら。

 あとのことはNHKさんが判断すること。
 「いやいや倉木さんの音楽活動とは関係がない」と言うか、「こんなことをしてもらったら困る」と言うか。
 それはGIZAさんが先回りして判断することではない、のじゃないか。
 GIZAさんにまず最初に考えてほしいのは、紅白出場のパートナーだったNHKさんのこと。
 そのためには、一番大切なものを相手のNHKさんに預けること。
 それが一番じゃないか。
 今、GIZAさんとNHKさんの間で一番大切なものは、「紅白に出場すること」、じゃないか(?)。

 ほんとに信頼関係ができているかどうかは、そんなところでわかるのではないだろうか?

 などと偉そうに思ったのよねぇ〜。

   ●

 とりあえず12月21日を直前にして今思うことは、倉木麻衣さんの次のプロモーション・ビデオの監督は須永秀明さんにしてほしいということ(それまでの紅白の話と、全く違うけど)。

 須永さんって、セップさんにいたんやね(まずい〜。「須永さんって、前にGIZAさんの関連会社のゼップさんにいたんやね。」とは間違いでした。「セ」が「ゼ」に見えていたのでした)。
 ちょっと前、スカパーのThe MUSIC 272;さんを見て初めて知りました。

 『SEP, INC.』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://www.sep.co.jp/creative/creators/sunaga/
 

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2003年12月21日(日)-2
株式会社ギザ・代表取締役 海老原俊之さんのコメント。


 『チェッカーお試し掲示板』で伝書鳩さんに教えられて(22636番)、GIZAさんのホームページを見る(伝書鳩さん、どうもありがとうございます)。
 そこには、愛内里菜さんの写真と『FULL JUMP』の歌とともに、別ウィンドウが開き次のようなコメントが掲載されていた。

 〈株式会社ギザからのお知らせ

いつも弊社作品/所属アーティストを応援くださり、誠にありがとうございます。
新聞などで既に報じられておりますが、大阪国税局からの指摘による追徴課税等、修正申告に関するお知らせです。

弊社では既に本年5月29日、修正申告に応じ納税しておりますが、見解の相違とは言え、皆様方にご心配及びご迷惑をお掛け致しましたことをここに改めてお詫び申し上げる次第です。

また、今回の不手際に際しましては、弊社所属アーティスト及び所属事務所とは一切関係のないことを重ねてお知らせ致します。

これからも大阪・関西発の良質な音楽作りにこだわり、邁進する所存でございます。
今後とも弊社作品/所属アーティストへの変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。

               株式会社ギザ/代表取締役 海老原俊之

   (『GIZA studio official site』より)

 『GIZA studio official site』さん
 
http://giza.co.jp/index/info/index.html

 いま流行の「説明責任」なんてものは必要ないと言っていたが、この海老原さんのコメントを読んで心のモヤモヤがすっきりしてしまった(我ながら情けない)。
 すっきりしたのは、1面の記事として扱った朝日新聞さんには載っていなかったこと。

 〈既に本年5月29日、修正申告に応じ納税しております

 なんで、朝日新聞さんは、〈申告漏れを指摘されていたことがわかった〉(2003年12月20日(土)朝刊13版1面の記事より)とだけ書いて、きちんと追徴課税に応じているということは書かなかったのだろう。
 〈既に本年5月29日、修正申告に応じ納税しております〉ということなら、朝日新聞さんの方は事実隠蔽をしていることになるのではないだろうか。
 それとも朝日新聞さんは、当時者であるギザさんには何の取材もせずに記事を書かれたのだろうか?

 ということはさておき、株式会社ギザさんの海老原さんのこのコメントは嬉しかった。

 〈皆様方にご心配及びご迷惑をお掛け致しましたこと

 迷惑は全然かかっていないのだけど、心配の方はしました。そのことをどこかでわかってくださっていたようで嬉しかったです。

 こちらの方こそ、
海老原さんはじめ株式会社ギザの関係者のみなさま、そして倉木麻衣さん、ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした

 あとは、紅白出場が、のちのち「出てよかった」「歌ってよかった」と思えるものになるように期待しています。ぼくはぼくで今日もまた、お百度代わりの腹筋に励みたいと思います。

 深夜のGIZAさんのトップページの別ウィンドウの更新、お手数をおかけいたしました。
 ありがとうございました。

 (でも、あのトップページを開くと歌がいきなり流れるのはなんだかなぁ。いつもドキドキして、聴いてていい時でも、すぐに右下の「OFF」ボタンを押してしまうのよね)

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』でいろいろアドバイスをくださったみなさん、どうもありがとうございました。
 今日の未明、株式会社ギザの海老原さんがコメントを掲載してくださいました。
 今回の新聞記事の件で誰からどんなことを言われようとも、「ほら、あのギザさんの、海老原さんのコメント見た?」と言い返せるようになりました。
 『チェッカーお試し掲示板』のA1さんへの返事ですが、海老原さんがコメントを出してくださったことで、GIZAさんはぼくらファンを守ってくれたと思っています。
 ですので、この件に関して、ぼくがこれ以上言うことはないです。
 うっきょんさんのお言葉をお借りすれば、GIZAさんとNHKさんのコラボレーションが、どうか素敵なものになりますように。

   ●

 やっぱりぼくは、GIZAさんに裏切られたことは一度もないんだなぁ(←ぼくの思いこみ)。
 

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2003年12月22日(月)
ふ〜。アンケートを追加。


 ようやく、アンケートを追加。
 初のベストアルバム発売記念です。

 初のベストアルバム「Wish You The Best」発売記念
 『「Wish You The Best」を買って全曲通して聴いた感想は?』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai82
 (↑この分はまだ書き込めません)

 『「Love, Day After Tomorrow」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai83
 『「Stay by my side」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai84
 『「Secret of my heart」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai85
 『「NEVER GONNA GIVE YOU UP」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai86
 『「Delicious Way」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai87
 『「Simply Wonderful 〜Radio Edit〜」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai88
 『「Reach for the sky」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai89
 『「冷たい海」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai90
 『「Stand Up」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai91
 『「always」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai92
 『「Winter Bells」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai93
 『「Feel fine !」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai94
 『「Like a star in the night」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai95
 『「Time after time 〜花舞う街で〜」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai96
 『「風のららら」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai97
 『「Tonight, I feel close to you (with 孫 燕姿)」の思い出。』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai98

 『「Wish You The Best」の中で一番思い出深い曲は?』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai99

   ●

 ふ〜、しんどかったあ。

 ヒットカウンターのトップページやアンケートのページへのアンケート項目追加は後日にしよう。
 おやすみ〜。
 

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2003年12月22日(月)-2
「川、いつか海へ」。


 昨日は、午後8時からNHKさん。
 6日連続のドラマ『川、いつか海へ』を観る。

 『川、いつか海へ -6つの愛の物語-』さん
 
http://www.nhk.or.jp/river/

 倉本聰さん、野沢尚さん、三谷幸喜さんの3人の脚本家さんたちが、1つのガラスの浮き玉をめぐって、それぞれ2本ずつのドラマを綴るもの。

 先週、この番組のメイキング番組を観た。
 そこで、一番年長の倉本聰さんが他の二人にけんかを売っていた。
 「そんな企画じゃ降ろさせてもらう」。

 それと、最近FM802さんで流れているCM。
 中島ヒロトさんの番組『ハッピー・ファン・レディオ』でネスカフェさんのラジオCMが流れている。
 これがめちゃくちゃ面白い。
 登場人物は、俳優の唐沢寿明さんと脚本家の三谷幸喜さん。

 例えば今日のだと、人類最後の日がくるという設定。
 そこでその日には何をすればいいかということで話が進んでいく。
 三谷さんは、人類最後の日に何をするかノートに書きためていたという。そのノートをガサゴソ探し始める。
 唐沢さんは、探している三谷さんを見ながら、「やっぱり人類が生まれてきた時は裸だったんだから、最後も裸じゃないか」と提案。
 三谷さんはノートが見つからないものだから、あっさりと唐沢さんの提案を受け入れる。
 そしていきなり服を脱ぎ始める。
 「おいおい何をするんだ」と止める唐沢さん。
 しかし三谷さんの勢いに負けて一緒に脱いでしまう。
 そこで唐沢さんは「人類最後の日に、こんな行動をとっていいのか検証しよう」と言い、♪ダバダ〜、というあのネスカフェのCMソングが流れる。

 また昨日のだと、二人は会社を辞めたという設定。
 唐沢さんは会社にいる時に、三谷さんのお菓子をとっていたと懺悔。
 「どおりで、ぼくの食べ物が1.5倍のスピードでなくなっていたんだ」と納得する三谷さん。
 その後、二、三の問答があり、三谷さんが唐沢さんに「じゃ、思い出に何かとっていいよ」と提案。
 「そうだ、『くん』をとりましょうか」という話になる。
 つまり、今まで遠慮して呼び合っていた「唐沢くん」と「三谷くん」から「くん」をとるってこと。
 「三谷ぃ〜」
 「唐沢ぁ〜」
 「三谷ぃ〜」
 「なんか泣けてきました」
 「オレも」
 ♪ダバダ〜

   ●

 う〜ん、言葉でラジオドラマを表現するのは難しい。
 でも、その難しい話よりも、ぼくはNHKさんの『川、いつか海へ』の話をしていたのだった。

 で、なぜそのラジオCMの話を出したかっていうと、そんな三谷幸喜さんの脚本が気になっていたのよ、ってこと。

 昨日は、野沢尚さんの脚本で、ユースケ・サンタマリアさんと深津絵里が主役の話。
 最後のへん、深津絵里さんの顔のアップの場面。
 表情がきれいで、かわいくて、すごくて、「ものすごい女優さんなんだなぁ」と感心(=「ほれた」と言いかえてもいい)。

 そして今日は三谷幸喜さんが脚本をしたお話だとか。

 どうか、ビデオがうまくとれてますように。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のボーンキングさん、おおきにです(22676番)。
 やっぱり間違ってましたか。
 絶対どこかが抜けるだろうと思ってたら、ああ、なんてこと。
 さっそく直させていただきました。おおきにです。

 同じく、Kさん、おおきにです(22504番)。
 携帯電話は、自動車電話の流れをくんだものだったんですね。
 勉強になりました。おおきにです。

 同じく、うぃんさん、どうもです(22687番)。
 思い出深い曲のアンケートをベストアルバムの中だけじゃなくって、〈倉木さんの曲の中で〉とのことですが、それはしません。
 いや、します。
 倉木さんの新しい歌が二度と聴けなくなった時に、そのアンケートはしたいと思っています。
 だから、しません。いや、します。
 今、しますか? うぃんさん。
 

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2003年12月23日(火)
「ホームページ京都」さんから市長さん誕生!?


 久しぶりに「ホームページ京都」さんのホームページを見る。

 「ホームページ京都」さんとは、半年以上前まで京都テレビさんやスカパーさんで放送していた番組のこと(インターネットのホームページだけのことではない)。
 放送終了からもう半年以上経つのに、その「ホームページ京都」さんのホームページは健在。
 「放送を再開してほしい」という人たちが、まだ掲示板へ書き込みをしていたりする。

 『H.P.K』さん
 
http://www.hp-kyoto.com/

 その掲示板を拝見すると、なな、なんと、少しびっくりする書き込みがあった。

 1221番の麻衣・里菜LOVE♪(from:京都)さんの書き込みに、あの八幡先生が大津市長選挙に出馬するという話が…(麻衣・里菜LOVE♪(from:京都)さん、おおきにです)。

 で、その「あの八幡先生」とはどの先生かというと、ホームページ京都さんの番組の司会進行役というか、番組のお目付役というか、京都のことをなんでもかんでも知ってて、いろいろ教えてくださっていた、あの「八幡和郎」先生のこと。
 あの八幡和郎先生が、大津市長選挙に出馬するという。

   ●

 八幡先生のホームページをのぞいてみた。
 そしたら、ほんとに出馬しはるみたい。
 しかも、前回の市長選にも出馬されてて、その時は惜しくも次点だったらしいではないか。

 う〜ん、八幡先生がそこまで偉い人だったとは。
 そんなこと知らないから、八幡先生が掲示板で出された問題に気軽に答えていたよ。

 『やわた48ドットコム』さん(八幡先生のホームページ)
 
http://www.yawata48.com/

 で、八幡先生のホームページの「What's New」のところに「京都学生祭典」という項目があった。もちろんそこもクリックしてみた。

 『「京都学生祭典」〜大成功のうちに終わりました。ご協力に感謝します』さん
 
http://www.yawata48.com/#gakusei

 そこを読んでいくと、おおっ、ということが。

 〈もともと学生が京都駅ビルで開いていた「京都学生フェスティバル」を発展させたものであり、そのさらなる発展が念願されていたものですが、KBSで私の企画で放送していた「ホームページ京都」を通じてのいろんな接触のなかで、昨年の秋、実現へ向けての知恵を出させていただく機会があり、その縁で「プロデユーサー」をつとめさせていただきました。
   (『やわた48ドットコム』八幡和郎さんの言葉より)

 なんと、あの『ホームページ京都』さんが縁で、八幡先生があの京都学生祭典と関わっていたとは。しかも「プロデューサー」だったのぉ。

 う〜ん、八幡先生はあなどれない。

   ●

 ということは、ぼくは単純に、倉木麻衣さんは京都の大学生だから平安神宮でライブをしたと思っていたのだけど、

 「京都学生フェスティバルさん」
   ↓
 「ホームページ京都さん」→
   ↓
 「八幡和郎さん」
   ↓
 「内藤智子さん」
   ↓
 「GIZAさん」
   ↓
 「倉木さん」
   ↓
 「第一回京都学生祭典に倉木さんが出演」

 という流れがあったの?

   ●

 もう一度、「ホームページ京都」さんのホームページに戻ってみる。

 そうすると、これまた、やややっ、ってことが。

 
八幡先生、奈良に来てるやないの

 『#82 「歴史街道・奈良・宇治・高台寺」』さん
 
http://www.hp-kyoto.com/tv/82/1.html

 ぼくが休日によく行く平城京跡に八幡先生に庭和田薫さん、そして内藤智子さんまで来ていたとは。

 
知らんかったあ〜

 と、い、う、こ、と、は。

 倉木さんの紅白出場は、金閣寺じゃなくって、宇治平等院鳳凰堂から?

 という何の脈絡もない話で今日の日記は終わるのであった。

 (なんの根拠もなし。ただ、ホームページ京都のお三人さんが奈良の平城京跡の次に訪れたのが、宇治の平等院だったというつながりでしかない。全くとんちんかんな妄想なので、ツッコミは無用。まあ、何にしても、倉木さんが京都の寺院関係で歌うという話が本当だとすると、かなり早い時間に登場することになるのかな? でないと、大晦日から元旦にかけて初詣参りする人とガッツンコしてしまうもんなぁ?)
 

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2003年12月24日(水)
「Winter Bells」かかった。


 わお。
 FM802の中島ヒロトさんの番組で、倉木麻衣さんの『Winter Bells』がかかった。
 今日はクリスマスの曲をいっぱいかけると言ってたけど、なんと12時台の1曲目にかけてくれたやないの。
 しかも、1月1日にベストアルバムが発売になることまで紹介してくれた。

 
ヒロトさん、ありがとー

 今日も幸せな1日になりそうです。

 (特定日にかけてもらえる曲があるといいね)

   ●

 あ、『チェッカーお試し掲示板』の衣も虫さん、今日誕生日だったけ?

 違っているかもしれないけど、「おめでとー」です。
 

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2003年12月24日(水)-2
土曜の夜に、弾ける倉木さん。


 この前の土曜日に放送されたFM京都さんの『Mai-K Baby I Like』。
 またもや生じゃなくて録音で聴く。

 今回はクリスマス直前ということもあってか、倉木さん、えらい弾けてる。
 例えば、「さて、もう12月20日ですよー。もうすぐあと4日、5日でクリスマス、クリスマス、クリスマス、ということなんですけども」と、「クリスマス」を3回連呼してみたり、「みなさん、クリスマスイブはいかがお過ごしですか?」とリスナーの人たちに問いかけてみたり。
 その直後の風邪(インフルエンザ)が流行するという話題では、
みんな、ワクチンうった?と、今まで「みなさん」と一歩引いていたのが、「みんな」と友だちに呼びかけるように言ってくれたり。

 
う〜ん、いい!

 先週もなかなかスムーズな話し方になったと思ったのだけど、今週はさらに親しげな話し方になっていた。
 いいことだなぁ〜。

   ●

 で、倉木さんのクリスマスイブの予定は、「今年は、きっと家でケーキを食べながら、クリスマスツリーを見ながら、えー、淋しく過ごしてるんじゃないかな〜と思うんですけど」ということでした。

 倉木さん、今年のクリスマスイブはどうでした?

 (あ、今日だ)

   ●

 あとは、マイケル・ジャクソンさんの特集もあり、そこでも「ダイダイダイダイダイ…大スターの」と、マイケルさんのことを紹介したのでありました。

 やっぱり、好きなこと、これまでに思い入れのあるものを紹介する時は、倉木さんの力の入り方が違う。
 あまり常日頃から思い入れのないものでも、そんなふうに強引に自分の守備範囲にもってこれればいいのだけど。そうすれば、話すことがもっと楽になるのだろうな。
 でも、それができれば、初めから苦労はしないのだろうけど。

   ●

 例えば、今まで倉木さんは一人で話しているというスタイルをとっているけど、初期の『Mai-K TV』のように、その場にいるディレクターさんに話しかけているという形をとってもいいのではないかと思う。

 「○○と思いません?」とディレクターさんに質問して、ディレクターさんから返事をもらう。その返事は放送されない。でも返事の分の間はあって、その返事を受けて倉木さんは「へ〜、そうなんだ」とか返す。
 そういうような話し方、放送の仕方でも、聴いているぼくらは違和感を持たない。
 逆に、ディレクターさんはこう返事をしたのじゃないか、と想像したりして、親近感がわくと思うのだけど。

 どうでしょうか?倉木さん。

   ●

 で、倉木さんがマイケルさんのことを話している時、とても楽しそうだったので、ついついリクエストしてしまいました。
 『Mai-K Baby I Like』さんでかけてもらうには、ちと懐かしい曲過ぎたかな?

 ♪エス・エイ、ディ・エー・アール、ディ・エイ・ワイ、ナイ〜

   ●

 そうそう。話かわって。

 FM802さん。
 午後4時からの『ロック・キッズ802』でも、『Winter Bells』をかけてくれたのでした。

 落合健太郎さんこと、
オチケンさん、どうもありがとー。 

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2003年12月25日(木)
クリスマスのラブレター。


 これはA1さんから教えてもらったラブレター。
 「60歳のラブレター」という企画で募集された「ラブレター」の一つ。
 原文のまま引用する。

 〈僕は妻と結婚する時小学校を二年間しか行っていないので字が書けないのをだまっていました.ある時妻の前で名前を書くこがありました.妻は僕の字を見ってビシクリしていました.優しい妻はだまっていました.それからは字を書く所は何時も妻と一緒に行きました.僕は今夜間中学校で勉強をしています二年生です卒業をしったら苦労をかけた妻にラブレターを書こうと思っています妻は読んでくれると思います。これからもずっと妻と一緒に長生をしたいです。
   (『朝日新聞』2003年12月24日(水)13版22面
    『昨日にさよなら・3 そして僕は 再び君に
     目標…辞書なしで手紙を書く事』より)

   ●

 この「ラブレター」は住友信託銀行さんが募集した『60歳のラブレター』で今年の春に金賞になったもの。
 A1さんは、その金賞になったものに、こんな「ラブレター」があったと教えてくれた。

 今日、その「ラブレター」のことが朝日新聞さんに載っていた。
 奈良版。
 その「ラブレター」を書いたのは奈良の人だった。
 その記事を引用する。

 〈「僕は妻と結婚する時小学校を二年間しか行っていないので字が書けないのをだまっていました」
 住友信託銀行が募集した「60歳のラブレター」で、奈良市東九条町の西畑保さん(67)が妻皎子(きょうこ)さん(67)にあてたはがきが今春、金賞に輝いた。保さんは辞書を引きながら、2日間かけて書き上げた。

   (『朝日新聞』同上、以下同じ)

 ぼくが数分でキーボードで打った文章。あの西畑さんが書かれた文章は2日間かけて書かれたものだった。

 〈和歌山県熊野川町。山奥の炭焼き小屋だった実家から小学校まで13キロ。暗い山道を3時間かけて通った。家は貧しく、米を買う金もなかった。
 戦時中の小学3年の時、こつこつとためていた小遣いのお金を学校でなくしたことがあった。しばらくしてお金は学校で見つかったが、「貧乏なくせに、そんなお金を持っているはずはない。うそつき」と、誰も自分のものだと信じてくれず、返してもらえなかった。その後、級友から無視された。もう学校に行きたくない。父の炭焼きを手伝うようになった。


 西畑さんがなぜ小学校に2年間しか行かなかったのか。
 きっかけはこういう出来事があったからなのか。

 〈35歳の時、同い年の皎子さんと見合い結婚をした。
 役所の書類を請求する時も、回覧板が回ってきた時もいつも皎子さんが名前を書かされる。皎子さんは不思議に思った。3年たって尋ねた。
 「名前を書いてみて」
 保さんは正座をして、懸命に書いた。あまりにも慣れない手つきに皎子さんは驚きつつ、ただ黙って見守った。字が書けないのを初めて知った。それからは付き添って、保さんの代わりに書いた。


 西畑さんの「ラブレター」に書かれていた一場面。
 奥さんの方から「名前を書いてみて」と言ったのか。
 そして、その字を見て笑うわけでもなく、軽蔑するわけでもなく、それからは西畑さんの代わりに奥さんは字を書いていたのか。

 〈娘の出生届を提出の時、いつも付き添う皎子さんはまだ入院中だった。保さんは右手に包帯を巻いて市役所に行った。「けがをしているから」と職員に代筆を頼んだ。
 就職先のすし店では、出前の電話が鳴るのが怖かった。メモが取れない。戸惑いつつ出た電話は、内容をすべて暗記した。
 「字さえ知っていれば」と何度となく思った。


 〈定年退職後の99年、市立春日中学校夜間学級が生徒を募集していることを知った。「入学手続きを済ませてきた」と告げた時、家族は驚いた。娘から「がんばって」と入学祝いを渡された。照れくさかったが、文房具を買うのにあてた。
 午後4時。授業が始まる1時間前には学校に着く。字を覚えられるので、新聞を読んだり、日記を書いたりするのが楽しくてしかたがない。歌詞が読めず行かなかったカラオケに、夜間学校の仲間と行くようになった。エレベーターの「開」と「閉」も分かるようになった。初めて年賀状も出した。


 〈冬休みに入る前の19日、担任の新林晃正教諭はクラス全員に「何を達成したら自信を持って卒業できるのか考えながら新年を迎えてください」と話した。4年生の保さんの目標は辞書を引かずに手紙を書けるようになること。卒業したら、今度は、便箋(びんせん)に、感謝の気持ちを込めて、妻に再びラブレターを書くつもりだ。
                    (山田優)


   ●

 ぼくはこの記事を読む1週間ほど前、ベルンハルト・シュリンクさんが書いた『朗読者』(新潮文庫)を読んでいた。
 その本は、声を出して本を読んであげる人が書いた本。タイトル通り、「朗読者」だった人が主人公として登場している本(と書くと身も蓋もないが、それ以上話すとこの本の筋がわかってしまうので、このへんでうやむやにする)。

 そしてこの朝日新聞さんの記事を読んで浮かんだこと。
 自分の父や母のこと。
 病院に行ったり、何か申請する時はいつも「書いて」と言われていたこと。
 「目が悪くなったから」とか「手が震えるから」といつも言ってたこと。

 朝日新聞の山田優さんが書いてくださった『そして僕は 再び君に』の記事。
 西畑さんが「60歳のラブレター」で金賞をとったハガキだけではなくこの記事も、ぼくにとっては、サンタさんがクリスマスに届けてくれた「ラブレター」のように思えた。

 『60歳のラブレター』さん(住友信託銀行さんのホームページ)
 
http://www.sumitomotrust.co.jp/BP/retail/love/index.html

 『asahi.com : MYTOWN : 奈良』さん(朝日新聞さんのホームページ)
 
http://mytown.asahi.com/nara/news01.asp?c=5&kiji=927

   ●

 A1さん、素敵な「ラブレター」を教えてくださり、ありがとうです。
 

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2003年12月25日(木)-2
独裁者。


 あたた。
 また間違ってました。
 『チェッカーお試し掲示板』のうぃんさん、おおきにです(22818番)。
 確かにその通り、

 ♪エス・エイ、ティ・ユゥ・アール、ディ・エイ・ワイ、ナイ〜

でした。
 訂正、どうもありがとうございます。

 それにしても、英数字はずっと前から苦手だったのだけど、英字をカタカナに置き換えたものでも間違ってしまうとは。
 我ながらあきれてしまいました。

 よし。
 もうこうなったら、ぼくがこの国の大統領になって、この国の国語を変えてしまうしかないですね。

 「法律その1 英数字は使用禁止とす」
 「法律その2 カタカナも使用禁止とす」

 そうすれば、ぼくはもう間違うことはありません。
 これからは、ひらがなか漢字で勝負です。
 でも、ひらがなや漢字でも間違うことがあるからなぁ。
 間違わないように、話せる単語を一つにしてしまいましょうか。

 今でも、猫ちゃんたちは、「ニャー、ニャー」で会話しているし、からすも「カー、カー」で話せているのですから。
 よし、そうしよう。

 でも、どんな言葉にしたらいいだろうか。
 これからの世界の規範となるような、そんな素敵な言葉を言語にしなければなりません。

 ラ ブ?
  &
 ピース?

 そうだ。それにしよう。
 ということで決めました。
 ぼくが大統領になったら、この単語だけを正式の言語にしたいと思います。

 
「愛」

 ひらがなで書けば、「あい」です。
 そう「あい」。

 ではみなさんで練習してみましょ。

 「あい」
 「あい」

 う〜ん、なんか、うなづきあっている風景が浮かんでくるじゃないですか。

 「あい?」
 「あいあい」

 なんとまあ、これでも意味が通じるのではありませんか。
 では、みなさん、ご一緒に。

 「あい」「あい」「あい」「あい」…

 来年もよろしく〜。

   ●

 って、年賀状誰か出してくれへんかなぁ。
 え?なんで年賀状かって?

 ♪あーい、あい
  あーい、あい
  おさ〜る〜さ〜んだよ〜

 来年の干支は「申(さる)」だよー。

 (う〜ん、頭に描いていたほど、今日の日記はうまいオチにできなかった)
 

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2003年12月25日(木)-3
あいあい。


 あいあい。
 (そうかそうか)

 あ〜いあいあい、あいあいあい、あいあいあい、あいあいあいあいあっいあい。
 (倉木さんは紅白の準備で忙しかったのか)

 あいあいあい、あい、あいあいあいあい、あいあいあいあい。
 (気がつけばもう一週間ないんやね)

 あいあい、あいあいあいあい、あいあいあいあい、あいあいあいあい。
 (これから冷えてきてたいへんやけど、頑張ってね)

 あいあい、あいあい、あいあいあいあーいあい、あいあいあいあいあいあい。
 (ぼくはぼくで奇跡のように腹筋が続いている)

 あいあい、あいあいあいあい、あいあい、あいあい、あい、あいあいあいあい。
 (どうかこのまま続けて12月31日になりますように)

   ●

 確かに、自分で何を言っているのかわからなくなってきますね、『チェッカーお試し掲示板』の九頭(くず)@斜陽地帯さん(22851番)。
 ご協力、ありがとうございました。

 倉木麻衣さんも、DIARYの更新、「ありがと〜う!」でした。

 メリークリスマス〜。

   ●

 年末と言えば、ジャスラック(JASRAC)さん。
 もう次の著作権料の更新の時期やねんね。
 去年は更新するのを忘れてて、2カ月分後払いになってしまった。
 おかげで、年間申し込みの割引が適用できなかった。
 今年は忘れずに期限までに納めさせてもらいます。
 その前に、申請用紙をプリンとして、ハンコを押して郵送しなくちゃ。

 あ、そうだ。
 Mai-K.netさんもそうだった。
 Mai-K.netさんの振り込み、インターネットでクレジットカードを使ってできれば便利なんだけどなぁ。

   ●

 お猿さんの惑星は、「あい」の惑星。
 

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2003年12月26日(金)
ベストアルバムは「ベスト」。


 ここまで感じのいい体裁になっているとは思わなかった。

 倉木麻衣さんのベストアルバム『Wish You The Best』が届いた(新星堂さんからクロネコヤマトさんの宅急便で)。
 オレンジ色のトートバック付き。

 ぼくが一番重点を置いてじっくりながめるCD盤のデザイン。
 シンプル。
 ベスト。
 こういうのをずっと待っていました。

 歌詞カードは「倉木麻衣」さんのこれまでの活動をまとめた解説つき。
 曲ごとのミニ解説もある。
 そしてフォトブックの最後には、これまで「倉木麻衣」「Mai-K」名義で作製されたCDや書籍が全部掲載されている。
 孫燕姿さんのCDや、パタパタ飛行船のサントラまで入っている。
 ここまで細かくきっちり押さえた資料が入っているなんて想像もしなかった。

 楽曲だけがベストアルバムではなく、このアルバム全体を含めてすべてが「ベスト」といえるのではないだろうか。

 
これで3000円?

 安すぎる。

 今まで発売されたCDを全部質にいれても、このアルバムは一家に一枚持っておくべきだと思う

   ●

 ちょっと見ただけでそこまで思わせられるなんて、ぼく自身、思いもしなかった。
 もう一枚買いたくなる人が続出してもおかしくない内容だと思いました。
 

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2003年12月29日(月)
鼻声?


 史上初めて、と言っていいであろう。

 
一生懸命、大掃除をした

 何年も開けたことがなかったダンボールから、たまっていた書類をバッサバサ黒いゴミ袋にほうりこんだ。
 慣れないことをしすぎた。来年はえらい嵐が起こりそうな予感。

 それが土曜日。
 昨日は奈良の家の大掃除で、今日は八尾の実家で正月用の食料購入。
 ゆえに、今日までの日記はお休みしました。

 でも、まだ車と自転車と風呂場が残っているのよねぇ。
 年賀状も書いてない。

   ●

 土曜日の夜に放送されたFM京都さんの『Mai-K Baby I Like』。
 またもや録音で聴く。

 元気がいいんやないの、倉木さん。
 でもちょっと鼻声?
 声にコクがありすぎるというか、声が鼻の中で反響しているというか。
 倉木さん、ちょっと鼻風邪、ひいてません?

   ●

 そこで、紅白歌合戦について、倉木さんが番組内で初めてコメント。

 「いや、今年はー、ちょっと、わたし自分自身びっくりしてるんですけども、なんと、マイケー、紅白、歌合戦に、出演、することに、なっています。これはね初のテレビ出演なので、そうだなー、あたしらく、らしく、一生懸命、みなさんに歌いたいと思いますので、是非是非みなさん、聴いていてくださーい。頑張りたいと思います

 とのこと。
 「もちろん」とお返事させていただきましょ。
 ぼくは今まで紅白歌合戦を見なかった年はありません(たぶん)、ということもお伝えいたしましょー。
 その直後に、倉木さんがリクエストされた曲としてかけたのは『key to my heart』。
 みんなで一緒に紅白への旅に出発しましょう。

 「出場」じゃなく「出演」っていう言い方は、なんかいいなと思いました。

   ●

 「ライク・イット・ワーズ」のお題は「来年の抱負」。
 「今年を振り返って」の話とミックスして話す。

 「2003年はライブの年だったので、ここ1年間自分をー、『倉木麻衣』として、こう見つめ直す期間でもあったかなって。振り返って思うんですけど。うん。でー、ちょうど1年間ずっとやってきて、ほんとにファンの人に、応援してくれてるみなさんに支えられていることをもうほんとに改めて実感することができ。でー、自分なりに、よい楽曲ともそうだけども、こう新しい『倉木麻衣』というのを、どう表現していこうかなーとかいろいろ、考えて、いる、1年でもありました
   (FM京都『Mai-K Baby I Like』
    2003年12月27日(土)深夜0時〜1時放送より。以下同)

 「でー、そうだなー、あとは。やっぱり、あとはま、学校生活、うん。大学はあと来年1年間なので。そう順調にいったら、そういう、修了する予定なんですけども、無事卒業ーできるかなーとちょっと思いますが。大学の方も来年は、あのちゃんと。そうですね。今の音楽活動と両立させて、来年も頑張りたいなと思います。はい

 「でー、そう。あとはやっぱり。ま、なんかこう急いで、1年間、走馬燈のように、突っ走ってきたですけども、ちょっとここでブレイクして、あのー、自分を見つめ直して、こう、ライブを通して感じたことなんだけども、あのー、地方に、いろいろなところに行って、いろいろな場所に触れてみると、なんかそれだけでこう、自分ていうものが客観的に見えたりとか、あとはいろんな刺激を受けたりとか、できると思うんで。あのー、また、そういう自然の中に身をおいて、自分らしいものを出していけたらなあーて来年は思います。その中で『あれもやりたい、これもやりたい』たくさんあるんだけど、急がず、マイペースで、こう自分らしい歌っていうのを、もっともっと出せたらなぁっていう、そういうのを来年の抱負にしようかなっと思いますが。はい

 「あと、ラジオ番組の方、『マイケー・ベイビー・アイ・ライク』。4月から、スタートして、約8カ月間、この『マイケー・ベイビー・アイ・ライク』の方、お話等していったんですけども。なんか8カ月間、こうラジオを通して、みなさんとこうお話、メール等でこうお話をしたりコミュニケーションをとっているのかなって思うんですけども、みなさんも今年1年いろいろあったと思うんですけども。えー、倉木麻衣、来年も頑張りたいと思いますので、みなさんどうぞ、どうぞよろしくお願いしまーす

   ●

 じっくり言葉を選んで、考えながら話してくれたコメントでした。
 どの抱負も「なるほど、なるほど」とうなずいてしまったのだけど、中でも「よっしゃ」と思ったのは、来年の倉木さんの音楽活動のこと。

 〈急がず、マイペースで、こう自分らしい歌っていうのを、もっともっと出せたらなぁ

というのは、まさにその通り、ぼくも期待したいことだった。
 〈走馬燈〉のように突っ走りながら楽曲を製作するのは、今年(というか去年も)経験できたと思う。
 来年は、じっくりと時間をかけ、練りに練った楽曲を聴かせてほしいと思う(じっくり練った末に、新曲が1曲も聴けなくても構いません)。

 そこで次に聴きたい楽曲は、今までいくつか書いてきたけど、今日一つ浮かんだのは「沈黙の美」が感じられるもの。

 今日、大阪や八尾に往復する車の中で倉木さんのベストアルバム『Wish You The Best』を聴いた。
 その中の曲を聴くうちに思ったのが、口にはまだ出していない言葉を綴った歌詩を、ぼくは好きだ、ということ。
 一番わかりやすいのは『Secret of my heart』かもしれない。
 けど、他の曲でも心の中の気持ちを歌っている曲を「いいなぁ」と思っている自分がいた(逆に言うと、はっきりと「走り出そう」と自信を持って言っている歌詩(例えば『Make my day』など)には一歩引いてしまうのかもしれない)。

 自分が心に思っていることを歌にしてくれる。
 口には出せない言葉を、はっきりとはわからなかった気持ちを歌詩にしてくれる。

 ぼくは、倉木さんにそういう歌を歌ってほしいと思っているようだ。
 でも、そういう歌を歌ってもらうためには、倉木さんにじっくりと考える時間をとってもらわなければならない。

 波立っている自分の心を落ち着かせ、風がどこから吹いているのか、その風は何なのかを考える時間が必要。
 突っ走っている時にそういうことを歌詩にしようとすると、「心が波立っている」ことはわかっても、その原因は何かまで思い浮かばない。
 その波を起こしている原因は何か。もしその原因が風なら、その風はなぜ起こっているのか。そしてその風はどこから吹いているのか。
 そこまで掘り下げてほしいと思う。

 だから、〈急がず、マイペースで、こう自分らしい歌っていうのを、もっともっと出せたらなぁ〉という来年の抱負に大賛成。

 そしてもう少しつけたせば。

 倉木さん。
 あなたの歌には、雄弁の力よりも「沈黙の美」があります。
 「羞恥心」「思いやり」「気ィつかい」「恥」「自分の弱さ」…。
 それらのことが「沈黙」を作ってしまうのだろうけど、その「沈黙」からなんとか抜け出そうとする。葛藤している。まだ闘っている途中。

 そういう歌を聴ければ嬉しいと思う。
 安易に「未来は明るい」というのではなく、今も自分の心と闘っている人たちに「一緒だよ」と思ってもらえるような。
 そんな歌詩を聴きたいと思います。

 (「未来は明るい」と言われると、「ワタシはもうアナタとはチガウノヨ」と言われたような気分になるのよね。「お先に失礼。ワタシは明るい方に行ったから」と思えるのかな?)

 来年はその歌詩の中で、日本語の割合を多く、という希望はありません。
 日本語で言うのが難しければ、英語でもOK。
 ただ、今までも思っているのですが、韻を踏ませるためとかゴロ合わせのためだけに日本語をつかってほしくないなぁ、とは思っています。

   ●

 「本日紹介するのは、ブリッ、ブリッ、ブリットニー・スピア〜ズ

 と、『ライク・イット・ミュージック』での特集はブリトニー・スピアーズさん。
 ああ、あと2週早くブリトニーさんを取り上げてくれていたら。
 ぼくはクリスティーナ・アギレラさんと間違えることがなかったのに〜。

 ちなみに、「ブリッ、ブリッ、ブリットニー・スピア〜ズ」とブリを3回続けた倉木さんは、自分の言い方がおかしくて、少し笑ったことは言うまでもない。

 あ、そうだ。
 この前の前の放送で、マイケル・ジャクソンさんの特集の時。
 ある曲のスパニッシュバージョンがかかったのだけど、その歌の歌詞に「ミ・コラソン」という言葉があったような気がしたのだけど、気のせい?

   ●

 倉木さんの鼻声が、鼻風邪だけで終わるのではなく、「最高にコクのある歌声」に昇華できますように。

 もう12月31日か。

 「早いよな〜
 

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2003年12月30日(火)
懺悔話。


 『チェッカーお試し掲示板』の衣も虫ちゃんさん、どうもです(23242番)。
 ありゃりゃ?
 ぼくの書き方が悪かったのでしょうか?
 衣も虫ちゃんさん。
 倉木さんが〈急がず、マイペースで、こう自分らしい歌っていうのを、もっともっと出せたらなぁ〉と言っているのは、来年の抱負のことですよ。すぐ後に〈っていう、そういうのを来年の抱負にしようかなっと思いますが。はい〉と言ってますやん。
 それと、今年の活動のことは〈1年間、走馬燈のように、突っ走ってきたですけども〉と言っています。

 なのに、衣も虫ちゃんさんは〈今年の活動、とてもマイペースでじっくりととは言えない〉って。あまりにも人の話を聞かなすぎではないですか?
 倉木さん、そんなこと全然言ってないです。
 少し休んでいる(=ブレイクしている)今の状況のことを、〈ちょっとここでブレイクして、あのー、自分を見つめ直して〉とまで言っているのに。

 ここまで衣も虫ちゃんさんに話が伝わっていないのは、倉木さんの言い方が悪いのではなく(ぼくの書き方がおかしいのかもしれませんが)、衣も虫ちゃんさん自身の思いこみが強すぎて、倉木さんの言うことを頭からバカにしすぎだと思いましたが、いかがでしょうか?
 衣も虫ちゃんさんは、初めから倉木さんの話を聞く気がないというか。

 衣も虫ちゃんさん、もう一度お伝えします。
 倉木さんが〈急がず、マイペースで、こう自分らしい歌っていうのを、もっともっと出せたらなぁ〉と言っているのは、来年の抱負です。
 その抱負に対して、「マイペースじゃだめ、もっと突っ走れ」と衣も虫ちゃんさんが言うのなら話はわかるのですが。

 だから、そんなふうに話をねじ曲げて聞いてしまう衣も虫ちゃんさんから、〈頼むから口だけは止めてくれよなm(_ _)m〉と言われても、ぼくなら「何のこと言ってるんの?」と腹立たしいだけで、「なんで衣も虫ちゃんさんの話を聞かないといけないの?」とまで思うのでした。

   ●

 衣も虫ちゃんさんにあまりにも話が伝わっていないようなので、その放送の1回前の倉木さんの話もつけ足しておきます。
 年末を迎えて、「倉木さん自身の今年の懺悔話はないですか?」というリスナーの人からの質問に、倉木さんが答えたものです。

 〈そうだなぁー、今年はねえ。たくさんありますよー、懺悔は。うーん(←田熊注・「たくさんありますよー」のところは大きな声になっている)。だけど、来年それを挽回していきたいなと思います。そう、いろいろね、ライブのこととかもそうだし、うーん私生活のこともそうだし。そう、これはね、ちょっと来年にとって、たくさんお話しをしていこうかなと思います。『挽回したよー』とかって、うん、話せたらいいなと思いますが

 とのことです。

 今年がバッチリだったなんて、倉木さんは一つも言っていませんので。
 

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2003年12月30日(火)-2
明日用にアンケートを一つ用意。


 アンケートを一つ用意。

 『ついに2003年「NHK紅白歌合戦」に出演。どうでした?』
 
http://pro.tok2.com/~ohho/cgi-bin/ank2/tvote.cgi?event=ankmai100

 まだどこで歌うかなどはっきりしてないけど、用意しておきましょ。

 どうか倉木さんが心置きなく『Stay by my side』を歌えますように。
 倉木さん。奈良の自宅のテレビの前からしっかりと応援させていただきますよー。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』の衣も虫ちゃんさん、どうもです(23262番)。
 でも、ぼくの方こそ「はぁ〜?」です。
 倉木さんは今年全体を振り返って、〈突っ走ってきた〉という感想をもったわけでしょ? だから来年の抱負の〈急がず〉という言葉が出てきました。
 雑誌のインタビューなどのその場その場で「マイペースで頑張りたい」というようなことを言っていても、振り返ってみれば、「マイペースじゃなく、少し無理して急いでいたかも?」と思うことはよくあることです。

 衣も虫ちゃんさんは倉木さんに対して、〈その場しのぎのコメントしかできないことを直す〉とおっしゃいますが、その場その場にあった発言をしていくのは当たり前のことだと思います。
 インタビューなら、質問をする人がどこまで自分のことを知ってくれているのか、その前の話題はなんだったのかなどを考えて、その場にあった答えを返していくのは当然です。
 その時の話を持ち出してきて、今年全体を振り返っている話と一緒にされても「はぁ〜?」と思います。

 衣も虫ちゃんさんは、そこまでのことを含まれて言われているのかどうかわかりませんが、今回のことでは、倉木さんは全く反省する必要はないと思います。
 逆に、衣も虫ちゃんさんの〈すでに僕の頭の中では今年の倉木麻衣=マイペースですよ〉という思いこみと、今回のラジオのことを結びつけること自体、無理がありすぎる話だと思いました。

   ●

 同じく、A1 さん、どうもです(23261番)。

 〈>葛藤している。まだ闘っている途中。
こういう気持ちって、それを経験している最中にはなかなか言葉にできないと思うんですよね。
そういうのを乗り越えられた時に初めて、その時の自分の気持ちを打ち明けられるようになるなるんじゃないかなぁって。


 A1 さん、ここは申し訳ないのですが、全くうなずけませんでした。
 葛藤している時に言う言葉と、その葛藤を乗り越えたあとに言う言葉では、リアルさが全然違います。
 例えば、倉木さんの『Stay by my side』。
 もしあの歌詩が、倉木さんが葛藤して乗り越えたあとに書かれたものであったなら、「頑張ってみるから」なんて表現は出てこなかったのではないでしょうか?
 でも、100歩ゆずって、あの歌詩が何かを乗り越えたあとに書かれたものであるとぼくに思わせていたら、逆に「何を『頑張ってみるから』と白々しいことを言っているんだ」と反感を持って聴いたと思います。

 倉木さんはまだ「自分らしさ」を模索中だと、ぼくは思います。
 だからまだ、『Reach for the sky』はぼくの胸にリアルに響きます。
 『Simply Wonderful』も、まるで今年の状況を歌っているようにも聴こえてきます。
 倉木さんは、だからこそ、今書ける歌詩があると思います。

 でも、A1 さんの話していることが、普段の生活のことならわかります。
 普段の生活なら、何かを乗り越えた時に、他の人に話せるようになるということは納得がいきます。

 ですが、ぼくが話しているのは、ぼくはどういう歌詩を聴きたいかということです。
 もう全てが終わったあと、乗り越えたあとに作られた歌詩を聴きたいのではなく、その途中の心象風景を歌詩にしてほしいとぼくは思います。
 ぼくはそういう歌詩が聴きたいです。

 (言い換えれば、「葛藤していることを隠さんといて。ちゃんと言うてや」ということかもしれませんが)

 いつか倉木さんは「自分らしさ」をつかんでいくことと思います。
 そして、その時には、今応援しているファンの人とは違う人たちが、しっかりと倉木さんを支えてくれていることと思います。

 でもそれまでは、A1 さん。
 〈僕は彼女の詩ならどんな詩もいいなぁって思えちゃいますけどね〜(苦笑)〉と言わずに、「自分が思っている『倉木さんらしさ』とはこうだ」ということを倉木さんに伝えてあげる方がいいのではないでしょうか?
 それが、倉木さんの「友達」として「仲間」としてできることじゃないですか?
 そしてそれが倉木さんの暗い道を照らすことになるかもしれません。
 暗い道を照らしてあげて、その道を進むかどうかは倉木さん自身が決めていく。
 そういう考えでいいのではないでしょうか?

 いろんな道があることを知っているのに教えてあげずに、「君はどの道を選んでもいいよ」と言うのは、なんだか不親切なような気がします。

 ということで、A1 さん。
 A1 さんのおっしゃっていることに納得がいかなかったので、返事を書かせていただきました。
 A1 さん、申し訳ないです。
 

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2003年12月30日(火)-3
「ザ・ベストテン2003」。


 ドキッ。

 『ザ・ベストテン2003』に石野真子さん出演。
 1980年『春ラ!ラ!ラ!』5879ポイント
 
(1980年2月7日放送)

 記憶をたどって言わせてもらおう。

 石野さんが『ザ・ベストテン』の10位内にランキング入りしたのはただ一度。
 この1980年の『春ラ!ラ!ラ!』で登場した1回だけしかベストテンに入ったことはない(と思う。ん?二度だったかな?)。
 まあいい。
 それでもぼくらは嬉しかった。
 ベスト10に入ったことは、ぼくらファンの誇りだった。

 どうだ。
 20年以上経っても、『ザ・ベストテン2003』に出演。
 どうだ、どうだ、どうだ。
 今の方がきれいじゃないか。

   ●

 「すべてを感謝にかえて」

 その言葉を言ったあと、石野さんは『ザ・ベストテン2003』で『春ラ!ラ!ラ!』を歌った。

 このことは、残しておこう。
 「隣の人から優しくしましょう。そうすれば、みんなと仲良くなれるかもしれないから」
 デビュー直後にそういうようなことを書いていた気持ちは、20年以上経っても、全く変わっていなかった。

 サイン帳に、サインを小さく書いたりしてたっけ。
 ビデオなんてまだ家になかったから、繰り返して見た記憶がないもんな。

 「変わったね」と言う方が石野さんは嬉しいのかもしれないけど、「変わってないなぁ」という感想しかない。
 そして、変わってなくて、「嬉しいなぁ」という感想しかない。

   ●

 明日はどんなことがあろうとも、どんなことがなかろうとも、20年以上経っても思い出す人たちがいっぱい出る日になるんだろうな。

 ファイト、倉木さん。
 今日はゆっくり眠れますよーに。
 

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2003年12月31日(水)
紅白出演の日の奈良はさむ〜。


 とうとう12月31日になりました。

 奈良での正月用の食料を補給しに、近所の生協へ行ったけど、
さむ〜

 今年一番の冷え込みじゃないの?
 その上、雨もポツポツ振ってる。

 NHK紅白歌合戦に出演する倉木麻衣さんが外での中継なら、吐く息の白さで顔は映らないのではないだろうか。
 そう思うぐらい、奈良の外は冷え込んでいる。

 出演時間はだいだい午後11時ごろらしいから、今よりもっと冷え込んでいるのだろうな。

 神様、どうかこの寒さに負けないあったかいファンの気持ちを、倉木さんや現場にいるスタッフのみなさんに運んでください。
 と、今年最後のお願いをしておこう。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のA1さん、どうもです(23370〜23375番)。
 了解しました。
 というよりも、了解してますよ〜。
 でも、A1さんは「何やっとるんじゃ〜!!」とは怒鳴りつけないと思いますよ。
 その時々で状況が違うので、また別の場面で弱い倉木さんがのぞいた時も、待ってあげるような気がしました〜。

   ●

 同じく、自称音楽家さん、どうもです(23243番)。
 今日は、倉木さんの鼻声パワーを炸裂させてほしいですね〜。
 鼻声っぽいと、ぼくは「コクがあるなぁ〜」と思ってしまうので、いい方にいい方に転んでいけばいいな〜と思います。

   ●

 同じく、匿名でいい?さん、どうもです(23286番)。
 『ザ・ベストテン2003』見てましたよ〜。
 教えていただき、おおきにです。
 でも、おかげで、節約芸能人の番組を見逃してしまいました〜。

   ●

 同じく、はっぴ〜daysさん、どうもです(23288番)。
 アンケートが喜びのニコちゃんマークで溢れるといいですねぇ。
 お勧めの曲のアンケートは、う〜ん、ベストアルバムのアンケートを作ったばっかりなので、作る予定はありませーん。
 はっぴ〜daysさん、申し訳ないです。

   ●

 同じく、ポン太さん、どうもです(23324番)。
 あらら、またもや病院の方へいかれたとか。
 無理しないでくださいよ〜。
 こよりにつけた火をブンブン振り回すって、うーん、どこかで聞いたことがあるような、でもすっかり忘れてしまったような。
 どこかの神社の風習でしたっけ?
 あれ?神戸の中華街でした?
 あそこは爆竹で祝うのでしたっけ?

   ●

 同じく、Jさん、どうもです(23026番)。
 『倉木麻衣さんを守れるか』のJさんの番号は202番でしたか。
 というより、Jさんに送っていたの、すっかり忘れていました〜。
 来年もうどん情報、よろぴく〜。

   ●

 あと、ピエールさん、VANILLAさん、衣も虫ちゃんさん、うぃんさん、九頭(くず)@斜陽地帯さんはじめみなさん、どうもです(掲示板の「ワード検索」で「田熊」でヒットした人だけのお名前だけですみませぬ)。

   ●

 それでは、みなさん、よいお年を〜。

   ●

 そろそろ紅白をビデオで録画する準備に入らないと。
 でも、もう飲み初めてしまうけれど、肝心なところではしっかり起きてますよーに。
 

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2003年12月31日(水)-2
き、き、


 
緊張した〜

 
おかげで何も思い出せない〜

 気づけば北島三郎さんが歌っているよ。
 いつの間に、いつの間に終わったの?
 そういいたいくらい。

 なにはともあれ、倉木さん、スタッフのみなさん、お疲れさまでした〜。
 ありがとーう!
 

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