OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年11月1日(土)
もう5時か。


 誰もいない会社。
 でも、得意先から4本電話がかかり、来社してくださった人も4人。
 休日出勤とわかっているのは、自分の会社の人だけなんだな、とまた確認。

    ●

 そんな中、ヒットカウンターに掲示板を追加。

 というのも、以前にある方から、「書き込みが勝手に消される」という指摘を受けていた掲示板があった。
 そして、今日、別の方からいただいたメールに「書き込みの削除依頼」が書かれていたのだが、調べてみると、その書き込みが消されていた。

 
はて?なんで?

 ぼけたのか?
 と思ったが、ぼくが消したら「消した」と書くのに、その跡形もない。
 これはもしや?

 誰かに入られている?

 ということで、休日出勤の合間をぬって、新しいバージョンの掲示板をアップ。
 過去ログも引き継ごうと思ったのだけど、ログの形式が変わっていて、ぼくの力ではうまくいかなかった。
 ので、過去ログは以前の掲示板を丸ごと残すことに。

 『匿名・辛口(未確認情報含む)掲示板・過去ログ[010917-031101]』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/karakuti-031101/yybbs.cgi

 『匿名・辛口(未確認情報含む)掲示板』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/karakuti/yybbs.cgi

 左上のカウントは移せたのだけど、書き込みのカウントはどうしたらいいもんだか。
 また1からスタート。

 ま、いいか。

   ●

 それにしても、いったい誰だ。
 勝手に人の書き込みを消した人は。

 こうして勝手に書き込みを消すって犯罪になるのかな?
 「住居不法侵入」?

 な、罪名ではないわな。
  

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2003年11月1日(土)-2
GIZAさんをどんどん辞めていく。


 ちょっと考えにくいことだが、GIZAさんから内定をもらった人が次々と内定を辞退しているみたい。

 『ギザ掲示板 就職 BBS ML』さん
 
http://consul.nikki.ne.jp/bbs/200306111950497344/

 この掲示板を見ると、

 「8月16日19時1分 アースさん」
 「10月1日16時7分 天使の卵さん」
 「10月16日13時7分 サクラさん」

の3人が辞退している。
 それぞれの人の辞退理由はこういうもの。

 〈わけあって、2時間ほど一対一で個人面談したのですが、その時、欲しい人材としておっしゃっていたのが、まず「給料・福利厚生等待遇」は二の次三の次、「アーチスト」の行くところならどこまでもといった感じの人。
 これについては私も同感ですが、「アーチストは1回しか失敗できないけど君達は何度でも失敗できるだけマシ」「売れないアーチストはバイトやらなんやらで苦労してるのに君たち(社員)が高い給料貰うのはおかしい」という理由付けには正直ひきました。


 〈内定辞退しました。仕事の内容としては非常にやりがいを感じられたのですが、やはり給与など待遇面で私の考える限界を超えてしまいました。

 〈私も内定もらいました。が、正直労働条件(待遇面)に疑問を抱いており、他社に決めようと思っています。やはり、ギザのアーティストを愛してやまない方でなければ、やっていけないのでは?社員でボーナスなしは、私にとってはありえない条件です。

 どれもこれも、極端に言えば、
「仕事の割に給料安すぎ」ということだろう。

 やってられないよなー。
 そんなことじゃ。
 好きでもない仕事を続けるなんて、給料が安かったら、1カ月ももたない。

   ●

 という、ぼくの会社も給料は高くない。
 実際の話、日本の労働者全体と給料を比べれば、日経連平均よりどれだけ下回っていることか。労働組合が集まった連合平均よりもこれは下回っているぞ。

 でも、面接でそうしたキツイことを言っても入社してくれた人は頑張ってくれる。簡単なことではくじけない。ちょっとやそっとのことで、不平・不満を言わない。
 甘いことを言って「助けてくれ」と誘った人に限ってその後どうなったことか。

   ●

 面接を受け、内定をもらった人が次々と辞退していても、それはたいしたことではない。
 給料が安いと思うのなら、待遇が悪いと第一印象で感じたのなら、辞めてもらって結構。
 いやいや入社されて、途中で「期待していたのと違う」と辞められたら、どれだけ回りの人が迷惑するか。

 
入社前にはっきりしてもらってよかった

 とまで言ってしまおう。

 (だから、GIZAさんの内定を辞退されたアースさんや、天使の卵さん、サクラさんにとって、そしてGIZAさん自身にとっては、非常に良かったことだと思う)

   ●

 何の魅力もない、給料もそう高くないぼくの会社でさえ、「この人こそ」と思った人を採用していたのに、これまでどれだけ不平・不満を持たれて辞めていかれたか。

 勉強してもらうために、気をきかせて無理して空けた時間を返せ〜。

 自分で、自分の力で給料を上げようと思えない人は入社するな〜。

   ●

 そういうことを考えると、今残っている営業の二人、モーリーと、Tッチは、なかなかやるやん。
 給料が高くないのに、どんどん仕事を任されてる。
 でも不満を言うことなく、頑張ってる。
 えらいやん。

   ●

 ま、これまで、温室で育てるように、新入社員に何の仕事も任していないのに、突然「何で何もしないんだ」ときつく当たる企業体質が問題だったということはあると思う。
 その企業体質が変化してきたのかな?
 そうなら、いいんだけど。

 我慢に我慢を重ねて、でも耐えきれなくていつか爆発するのなら、ちょっとずつでも、「あーして」「こーして」と先に言う方がいい。

 いつも納期がない劇団さんには、
「もうー、いつもギリギリなんだからぁー」ときちんと言ってあげる方が、その劇団さんにとっても良いことと思うのだよなぁ。

 と昨日の出来事の愚痴でしめるのでした。

 いやなことは、態度に出すよ〜。
 だから、今度は頼むよ、世界○団さーん。
  

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2003年11月2日(日)
爆走ママチャリ80キロ。木津⇔嵐山完走。


 午前10時出発、午後7時帰宅。
 山田側駅のホームセンター・ベターライフさんで、自転車のサドルをふわふわ仕様に替えておいてよかった(一般用黒、税別980円なり)。

 京都木津から嵐山までママチャリで行ってきたよー
 帰ったら、お尻は水膨れだらけ〜。

 
もういかん、二度といかん

 遠すぎる。

 道は最後まで平坦なんだけど、木津川から淀川までは自転車道の標識も多いのだけど、嵐山八幡木津自転車道が桂川サイクリングロードになったあたりから、看板がほとんどない。
 二回ほど道を間違えて余分な時間がかかってしまった。

 街の景色も、川の景色も、山の紅葉も、そんなもん、見てる暇ない〜
 ただこぐだけ。前へ進むだけ。
 帰りには電灯をつけながらのじゃり道走行。

 
どんなに嵐山は遠いんじゃい

 でも、よく考えると、嵐山まで片道は40キロと少し。
 マラソンの高橋尚子さんなら、2時間とちょっとで走ってしまうのね。

 どんな足をしてるのだ。
 サイボーグなのか。

 あー、右ひざのお皿が笑ってるよ。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のポン太さんへ。
 嵐山、いまだに色づいておらず。
 初期目的の八幡のながれ橋は工事中とかで通行できずでした。

 『嵐山八幡木津自転車道』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://www.interq.or.jp/power/namazu/NewSite/NewFiles/
 namapota/n-kizugawa.html
  

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2003年11月3日(月)
「占いモンキー」。


 この前の土曜日の深夜に放送されたFM京都さんの『Mai-K Baby I Like』。
 『ライク・イット・ワーズ』は「占い」がテーマ。

 〈わたしね、占い信じますね。で、朝、毎朝星占いチェックしてます〉という倉木麻衣さんはさそり座らしいのだが、〈なんかさそり座ってついてないんですよねぇ。さそり座っていつもいいこと書いてないんだよなぁ〜〉とのこと。
 そこで、倉木さんは占いとして、「占いモンキー」を紹介してくれる。

 『占いモンキー』さん
 
http://uranai.uki2.ne.jp/pcu/

 倉木さんは、〈秩序派グレーモンキー〉だったとか。

 〈ちょっと寂しがり屋なモンキーですねぇ
 〈『誰からもかまってもらいたい』『いつも寂しがり屋』と書いてるんだけど、これ結構当たってるんですね

とか。
 ぼくも調べてみたが、「率直派イエローモンキー」と出る。
 「詳しい説明」をクリックすると。

 〈自分からでしゃばる事がない誠実で素直な人物です

 いいこと書いてあるやん。
 でも、

 〈決して派手なタイプではないが、常にスマートな自分でありたいと思うので

 う〜ん、それはない。
 常にスマートな自分でありたいと思っているなら、こんなお腹になってるわけない〜〜。

   ●

 あれ?
 でも、倉木さんの誕生日っていつでしたっけ?
 「1982年」じゃなかった?

 念のため「1982年10月28日 女」で占ってみると、「気分派ブルーモンキー」と出た。
 これはもしや。

 
倉木さーん、「198310月28日 女」で占っているよー

 倉木さんに新たな疑惑が急浮上。

 「倉木さんは年齢にサバを読んでいた。ほんとは今年が20歳の誕生日だった」

 または、

 「倉木さん若年性のボケが始まる」

 うーん、いずれにしても…。
 と思えば、この「1982年10月28日 女」で出てきた「気分派ブルーモンキー」さん。
 〈自由気ままな雲のような人〉という「詳しい説明」を読めばこんなことが書いてあった。

 〈愛敬のあるやんちゃなムードが可愛らしい女性です
 〈飲み込みが早いので長い話は聞くに耐えず、話は一応聞いているのですが、一を聞いたら勝手に十まで考えていたりします。

 もう〜、倉木さん。
 ただのオッチョコチョイさん、な・ん・だ・か・ら〜。
 

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2003年11月5日(水)
「俺たちの旅 運命」。


 がびーん。

 今ごろ気づいた。

 
『俺たちの旅』DVDが去年限定発売されてたー

 なんで、なんで誰も教えてくれないの?
 あれほど、「ぼくは『俺たちの旅』好きである」と、ことあるごとに心の中で言っているのに。
 なんで、神様は気づかせてくれなかったのだろう。

 今日、ヤフーニュースさんで知った。
 テレビドラマ『俺たちの旅』の30年目のスペシャル番組が企画されていることを。
 「してくれるだろう」というよりも、「してくれなくちゃ、いやん、いやん」とお正月に思っていた。
 ほんとにしてくれるんだ。
 なんだかんだあっても、
日本テレビさん、偉い!

 〈歌手で俳優の中村雅俊(52)主演で75〜76年に大ヒットした日テレ系青春ドラマ「俺たちの旅」の“30年後”を描いたスペシャル版「俺たちの旅 運命」(仮題、今冬放送)が制作されることが4日、分かった。カースケ(中村)、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)の3人組が、それぞれ50歳代になって登場する。

 『報知新聞』「「俺たちの旅」30年目の新作  日テレ今冬放送
 カースケ、オメダ、グズ六の50代描くスペシャル版」より
 
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/nov/o20031104_30.htm

 ううう。
 なみだ、なみだ、なみだ。

 あー、なのに、あー、なのに。

 
なんでもうDVDは売り切れなんだよー。

 確かに。
 確かに、ぼくはまだDVDプレーヤーを買っていない。
 悪かったと思う。
 DVDを買っても、そのDVDを見れないのは悪かったと思う。
 でも、そのDVDには、ロケ地マップもついているというじゃないか。
 カースケとオメダの対談も収録されているそうじゃないか。
 ああ、なんてこと。
 「『俺たちの旅』オタク」を名乗りたかったのに、それがぼくの人生の最終目標だったのに、なんたる不覚。

 『俺たちの旅』にファンサイトがあることも、そのヤフーニュースさんで知った。

 『俺たちの旅ファンサイト』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://village.infoweb.ne.jp/~fwkb5100/oretabi/

 限定DVDを発売してくれたVAPさんには、全放送のあらすじと、最後に流れていた散文が記録されていた。

 『俺たちの旅 青春アンソロジーDVD-BOX I&II』さん
 
http://www.vap.co.jp/oretabi/

 第1話のあらすじ。

 〈カースケ(中村雅俊)とオメダ(田中健)は共に修学院大学のバスケットボール部。合宿所にいられなくなったカースケは、オメダ家に居候しようとするが、オメダは家出するところ。街をさまよう二人は、偶然カースケの故郷の先輩グズ六(津坂まさあき)と出会う。グズ六は会社の上司を殴り、失業中。しかたなく二人を部屋に泊めるグズ六だが、そこに恋人の紀子(上村香子)が訪れて…。

 そうだった、そうだった。
 今週の週末には、そのクズ六とノリコさんが、テレビ東京系の旅番組に揃って出ていたりする。みんな仲良し。
 津坂まさあきさんは今では「秋野大作」さんというお名前に改名されているが、もう白髪なんだぞ。
 でも、あの時のグズ六さんのままで、「いい人なんだなぁ〜」という雰囲気がそのまま。
 カースケやオメダを助けるためなら、英語教材の購入をキャンセルされても構わないという心意気が今でも残っている。

 『俺たちの旅』は理想。そして目標。

 名古屋章さんが今年亡くなられてしまったのがとても残念だけど、『俺たちの旅』は30年経っても、ぼくの心のナンバーワン。

   ●

 と、そんなことを書いていても、明日は1日、大阪・難波で過ごす。

 どうか、無事終わりますように。
 神様、頼みますよ。

 大阪・難波と言っても、GIZAさんや倉木麻衣さんには一切関係なし。
 会社も1日休む。会社のみなさん、迷惑かけてすみません。
 

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2003年11月7日(金)
ひとやま越える。


 一時はどうなるかと思った。

 手術は順調に終了。
 最初は、午前9時半から始まり午後3時くらいに終わる予定。長引けば4時くらいになるかもということだった。
 それが最短の2時に終了。
 「終わりました。迎えるベッドを持っていきますね」と看護婦さんがちょうど2時に病室に入ってきてくれた。

 それにしても、午前9時半から午後2時まで。
 今回の手術の担当は主治医の先生が一人きり。
 お医者さんの先生は、ほんとに気力と体力が必要だ。

 手術が終わるまでにシーツを替え、ベッドはきれいに整えられている。
 そのベッドのストッパーをはずし、手術室まで看護婦さんとともに運ぶ。
 エレベーターは6階から3階の手術室へ。
 しかし、なんのはずみか、3階へ下がるはずが、逆に11階へ上がってしまう。
 それが前触れだったのだろうか。

   ●

 手術室へベッドを押し込み、ぼくは扉の外で待機。
 まず出てきたのは、10年ほど前に手術を担当してくださった先生。
 ぼくに負けないお腹になって、そのうえ茶髪になって。
 どこの誰だか一瞬わからなかったが、先生はぼくのことに気づいてくれ、「(手術を担当された)○○先生、うまくしてくれはったよ」と声をかけてくれる。
 ぼくは、いきなり話しかけられたものだから、何を言われたのかはっきりわからず、「はぁ〜?」と間の抜けた返事をしてしまう。
 △△先生、二度も同じことを言ってもらってどうもすみませんでした。そして嬉しいお知らせを一番にありがとうございます。

 その後、手術を終えた患者がベッドに乗って出てきた。
 「大丈夫? よかったな。うまいこといったよ」
 と声をかけるが、「胸が苦しい」という。
 はて?
 今回の手術は、脳みそまでは触らないが、頭蓋骨の代わりに入れていたチタンの人工の骨を取り出すというもの。
 鼻の奥に詰められていたものを出してきれいに掃除し、皮膚に穴が開いていたところを縫うというものだった。
 それなのに、頭ではなく「胸が苦しい」とは。

 そういや。
 今回の手術は先月にする予定が延びたものだった。
 その理由は、心臓の不具合。
 全身麻酔を安全に行うために、念のためにと心臓の血管の検査をしたところ、手術前日になって、一部極端に細くなっているところが見つかった。
 まずはその細いところを「風船」で広げ、血液が順調に流れるようにするということで、新たな手術日が設定されたのだった。

 「胸が苦しい」とは、その心臓のことか。

 しかし、手術の後、向かった先は病室の6階ではなく1階。
 頭のCTを撮り、レントゲン撮影をした。
 まだそこでも、「しんどい、しんどい」と言っている。
 6階の病室に帰っても、「胸が苦しい」「ここをさすって」と言い続けている。
 おかしい。

   ●

 手術を終えた先生が病室にきてくれた。
 「手術は考えていた中で一番切るところが少ないものになりました」
 確かに、手術前に聞いていたのは、頭の皮膚が足りなくなったら、お腹の皮膚を持ってくるという話だった。
 それが実際の手術ではそこまでする必要はなく、うまく頭の皮膚が伸び、開いていた穴もふさげたらしい。
 しかし、患者はまだ「胸が苦しい」と言っている。

 先生もその異変に気づき、「これはもしかして心筋梗塞を起こしているかもしれません」。
 心電図をとる手配をすぐにしてくれる。その前に、指に洗濯ばさみみたいなものをつけ、血液の酸素量を調べてくれている様子。
 「酸素が少なくなってます。先ほどはずした酸素吸入を再開しましょう」
 数字を見ると、酸素は「88」パーセントくらいのところまで落ちていた。

 心電図の機械を持った先生がきてくれ、急きょ検査を行う。
 地震計のデータような用紙がつながって出てくる。
 結構長い。
 出てきたそのデータの用紙を持ち、「心臓のことに詳しい先生にすぐ見てもらいますから」と、手術をしてくれた先生が走るように病室を出ていく。

   ●

 結果、心電図は異常なし。
 常時、心臓のレベルがわかるセンサーがナースステーションにつながっているかどうか、きちんと再確認してくれる。

 一人の患者のために、何人もの先生や看護婦さんが一生懸命動いてくれている。

   ●

 いつも思うのだが、ここ20年ほどの間に、何人もの看護婦さんやお医者さんたちと同じ時間を過ごしてきたが、誰一人として、ぼやいている姿を見たことはない。
 仕事に対する不満をいい、「今いそがしいのに」と文句をいい、患者にやつあたりする、そんな看護婦さんやお医者さんに、病院の現場で出会ったことは一度もない。
 これってすごいことではないか。
 ぼくなんて、すぐに顔に出す。
 「もっと早いことデータを持ってきてもらわないと」と面と向かって嫌味を言ってしまう。
 それなのに、看護婦さんやお医者さんからはそんな言葉を言われたことは一度もない。
 人が足らない、忙しすぎる、何回も呼び出しベルを押す患者がいる…。
 いろいろ文句をいいたいことはあると思うのだけど、一度も、そんな不平不満の声を聞いたことはない。
 ほんと、看護婦さんやお医者さんは「天使」だと思う。
 (清涼飲料水「DAKARA」のCMに出ている白い銅像は、天使ではなく「小便小僧」とする)

   ●

 話がそれた。
 心電図を見ても何もなかったので、とりあえずそのまま様子を見ることになる。
 「胸が苦しい」と言っていた患者は、「湿布をもらってきて」と自分でなんとかしようとする。
 しかし、効き目なし。

 今回の手術は前述したが、局部麻酔ではなく、全身麻酔。
 全身麻酔をかけると、心臓などに負担がかかるらしく、事前に念入りな検査を行っていた。
 それなのに、患者いわく、「手術の途中で、麻酔が切れた」という。
 まだ口の中に管があり、顔にもいっぱい線が残っている状態で、目を開けたらしい。
 「そんな時に気がついたから、苦しいのかもしれない」ともいう。

   ●

 手術があることを知らせていた親戚の人たちが次々と駆けつけてくれる。
 「忙しいのに、ありがとう」と患者はいうが、次の瞬間には「苦しいわぁ、胸が苦しいわぁ、もう死んでしもた方がいいわ」という。
 駆けつけてくださった人たちはどう思ったことだろう。

 そして駆けつけてくれた人は続々と増えていく。
 2つしかない椅子はすぐにいっぱい。
 そんな時に、ぼくはどこにいたらいいのだろうと、いつも迷う。
 患者のそばにいればいいのか、それともその場所は駆けつけてくれた人にゆずり、ぼくは外に出ている方がいいのか。

   ●

 「気分悪い。吐くから」と患者。
 ゲボッ、ゲボッと吐き出したのは、血のタン。
 これが、胸を苦しくさせていたのか。
 1回目は少し、2回目は結構多めに吐き出し、「もう胸が苦しいのはなくなったわ」という。
 よかったよかった。

 「今日は泊まって」とその前に言っていたのに、今では「もう帰ってええで」とも。
 看護婦さんに「つきそいで泊まりたい」とお願いしたのだが(完全看護の病院なので、つきそいで泊まるには先生の許可がいるとのことで、その許可が下りるのを待っていた)、もう一度看護婦さんがいるナースステーションに行き、「だいぶよくなったみたいなので、先ほどお願いしたつきそいの件はなしということで」とお詫びにいく。

 それにしても、危機にあった時の対処の仕方は、どうしてこうも人によって違うのだろう。
 父親は、どんなに苦しい時でも、じっと我慢していたぞ。

 と思ったが、やっぱ違うな。
 危機にあった時は、父親でもいろいろわがままを言ってたわ。
 点滴とかいっぱいつけているのに急にベッドの上に立ち上がるものだから、手足をしばらないと行けない時があった。
 そんな時にはあの手この手を使って、徹夜でつきそっているぼくを説得しようとするのよね。
 しまいには、「お前は、寿司屋のスパイやろ」と、わけわからんこと言い出すし。

 どうしても耐えられない一線を越えれば、みんな甘えたになるのね。
 でも、その一線の基準が高いか低いか、それが人によってまちまちなんだなぁ。

   ●

 ということで、昨日は面会時間の終了とともに病院を出た。
 その頃には、「座ってもいい」「水を飲んでもいい」というところまで許可が出ていた。

 今日は会社に出社。
 みんなに心配をかけたお詫びと、仕事を助けてくれたお礼をいう。
 そして、昨日できなかった仕事と今日入ってきた仕事を早めに終え(会社のみなさん、ご協力ありがとうございます)、帰りにまた病室に寄る。

 そうすると、今日は昨日と違って、目というか、顔全体が大きく晴れ上がっていた。
 そういえば、前回も前々回の手術の時も、術後は必ず顔全体が晴れていた。

 「昨日はよう寝たわ。けど、朝起きたら、目が開けへんかってん」

 ほんとまるで、古代日本人が丹精込めて粘土で作った土偶のように目が腫れている。
 「今はもうマシやけど」というが、まだ目を開くのがたいへんそう。

 「でもよかったやん。昨日はどうなるか思ったわ」

 血袋を二つ、頭の包帯の中から出している患者に向かって言った。

   ●

 さてと。
 あともう一回手術か。
 今は頭蓋骨を外しているので、今度の手術はそこにはめこむセラミックス(瀬戸物)の骨ができてから。

 今のアンパンマン状態の顔を初めて見た人は、「どうしたん?」と思うかもしれないけど、まずは一回目の手術は無事成功。
 神様どうもありがとうございました。

 神様、もう一回の手術もよろしくね。
 

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2003年11月8日(土)
FP@Hiro-Tさんへ。


 『チェッカーお試し掲示板』のFP@Hiro-Tさーん。
 大丈夫ですか?

 いつも突っ走ってしまわれるからなぁ。
 心配なんで、あんまり無理しないでくださいよー。

   ●

 Red_Busさんはどうですか〜?
 お元気ですかー?
  

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2003年11月8日(土)-2
最近、嬉しかった言葉。


 最近、聴いて嬉しかった言葉。
 倉木麻衣さんの言葉から二つ。

 一つは、先月の『ジェイグルーヴマガジン』さん11月号に載っていたもの。
 抜き出すと…。

 〈<音楽編>
4. あなたにとって名曲とは?
いつか名曲を生みだしたい!!(笑)

   (『ジェイグルーヴマガジン』11月号103ページ
    『MAIエッセイ028』より)

 〈(笑)〉をつけたのは愛嬌やね。
 ぼくは倉木さんに名曲はいっぱいあると思っている。
 だけど、それを今でも〈いつか名曲を生みだしたい!!(笑)〉と答える向上心。
 そこに倉木さんの心意気が見えたようで嬉しかった。

   ●

 もう一つは、この前のMai-K.netさんでの誕生日期間限定BBSでの書き込み。

 〈そして皆さんといつまでも心繋がっていられます様に…L.O.V.E
   (『Mai-K.net BBS --Limited Version 2003--』3回目の書き込みより)

 〈…L.O.V.E〉は「こそばいぞー」という感じだったのだけど、その前の言葉、〈そして皆さんといつまでも心繋がっていられます様に〉。
 ということは…。

 
今は「心繋がっている」ってことやん

 と思って嬉しかったのでした。

   ●

 4枚目のアルバムタイトルは『If I Believe』。

 「『I Believe』というより少し柔らかい感じを出すために前に『If』をつけた」というようなことをABCラジオさんの番組で言ってたと思うのだけど(違うかな?)、そういうことも確かに考えたと思う。
 だけど、最初から『If I Believe』だったのじゃないか、と最近思ってきている。

 
「もし私が信じれば、あなたはどうしますか?」

 「If I Believe」だったら、「あなたはどうするの?」、そう聞かれている感じ。

 だから、誕生日期間限定BBSの、3回目のあの言葉が心に止まった。
 そしてその前にある言葉は、「あなたはどうするの?」を越えて、口べたな人がはっきり言ったのではないかと思った。

   ●

 〈21の誕生日を迎えました!
 皆さん!今日で私Mai.Kは21の誕生日を迎えました((#^.^#)と同時にライブで本当 に沢山のファンの皆さんと同じ空間で同じ時間を過ごす事が出来て史上最高に幸せで す。口下手な私だけど皆さんに私からの熱い想い、そして感謝の気持ちが届けられる 様に歌いたいと思います!(^^ゞ 本当にここまでMai.Kを温かく支えて応援してくれ てありがとう!
これからの21になったMai.Kは更に自分にしか出来ないMaiメッセージをマイペースで 皆さんに届けていきたいと思います(^O^)/何があっても温かく見守っていてください ね!
そして皆さんといつまでも心繋がっていられます様に…L.O.V.E

Mai.K(^-^)/~~

   (『Mai-K.net BBS --Limited Version 2003--』3回目の書き込みより)

   ●

 ♪どんな時もどんな時もここにいて

 と『Reach for the sky』で倉木さんが歌ってくれてから3年。
 どんな時もどんな時も、ファンのみんなはここにいたやん。

 だから、倉木さん。

 〈何があっても温かく見守って〉いることなんて、たやすい御用でい。
  

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2003年11月8日(土)-3
DVDアンケートを追加。


 アンケートを追加。

 『「クリスマスDVD」の次はこんなDVDを作って。』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai79

 それにしても、今年のクリスマス・イブに、倉木麻衣さんたちからプレゼントが届くなんて思いませんでした。
 びっくりしたな、も〜。

 ほんと、DVDプレーヤーの購入を真剣に考えなければ。
 (『俺たちの旅』のDVDセットも「2」の方を新品でまだ販売しているところを発見。みなさん、ご協力ありがとうございますです)
 

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2003年11月10日(月)
ホロリときた朝日新聞さんの記事。


 昨日は衆議院選挙の日。
 奈良では知事選の日でもあった。

 運よく昨日も団地の集会所へ行けたので、初投票から今まで、選挙への投票は皆勤中。

 初めて投票した頃は嬉しかったなぁ。
 嬉しすぎて、投票場に置いてあった「第○回○○院選挙」という文字だけが書かれた小さな薄い紙を何枚ももらったりしたものだ。
 しかしいつの頃か、ぼくはそういう紙をもらってきても整理をしないことに気づき、それからはその用紙を探さなくなった。
 あの裏がすけるくらい薄くて、色が選挙のたびに替わる用紙は、今も置いてあるのかな?

   ●

 ちょっと前の朝日新聞さんにホロリとさせられる記事があった。
 と言っても、その記事は、大阪本社版の夕刊に載っただけかもしれない。
 今、インターネットで調べてみると、11月7日という日付でその記事が載っていた。
 ということは、全国の夕刊に載っていたのかな?

 で、その記事の見出しは、

 〈被告の手握り、裁判官「がんばりや」 パン万引きの母に

というもの。
 もうこの見出しから、あかん、あかん。
 ハンカチはどこ? でしょ?

 〈 生活苦からパンなどを万引きしたとして、窃盗の罪に問われた大阪府内の女性被告(47)に対し、大阪地裁は懲役1年執行猶予5年(保護観察付き)の判決を言い渡した。杉田宗久裁判官は言い渡し後に被告が退廷するとき、一段高い裁判官席から身を乗り出し、被告の手を握って「もうやったらあかんで。がんばりや」と声をかけた。
 ま、言ってしまえば、「人情判決記事」なんだけど、ぐっときちゃたのよ。

 〈 判決などによると、被告は今夏、府内のスーパーで、パンや清涼飲料水など食料品(約3000円相当)を万引きした。被告は生活保護を受け、別の店で働きながら10代の2人の子供と一緒に暮らしていた。しかし、数年前に家出した夫の借金の返済に追われ、生活は困窮していた。
 被告は00年にも同様の盗みの罪で有罪判決を受けており、犯行時は執行猶予期間中で、再犯で再び執行猶予となるのは異例だ。10月29日の判決公判で、杉田裁判官は「本来は実刑もやむを得ない」と指摘。そのうえで、子供にひもじい思いをさせたくないと考えて犯行に及んだ▽実刑になれば、学校に通う2人の子供の生活が行き詰まってしまう――ことなどを考慮し、被告にもう一度社会での更生の機会を与えた。
 杉田裁判官に励まされた被告はその場で泣き崩れ、「ありがとうございます」と答えた。その後、被告は帰りを待つ2人の子供のもとに戻った。


 『asahi.com : 社会』さん
 
http://www.asahi.com/national/update/1107/023.html

   ●

 うすうす、というか、感じていたことは感じていたというか、そういや、というか、ぼくの家は金持ちではなかった。
 靴下も穴が開いたら、繕ってもらって履いていたし、でも当時はそれが普通の出来事だったので、自分の家が金持ちか金持ちでないかなんて考えたことはなかった。
 いや、金持ちではないな、ということははっきりわかっていたっけ。

 で、あれは幼稚園に入るちょっと前のことだったと思う。
 ぼくはアイスクリームがほしかった。
 でも、こづかいなるものをまだあんまりもらっていない。
 だから、母親のサイフからお金を盗んで近所のナンデモ屋さんに買いに行った。
 パートから帰ってきた母は、なぜかぼくがサイフの中のお金を盗んだことを知っていた。
 そらそうだ。
 目の前で家にはないはずのアイスクリームを食べていたのだから。
 思いっきりどつかれた。

 今ならもっとうまくごまかせたと思う。
 アイスクリーム代として、サイフから盗んだのは50円。
 そんな金額、黙っていたらわかりゃしない。さっさとアイスクリームを食べ、ビニール袋をどこかにほかしておけばいい。
 でも、どつかれて吹っ飛んでいたぼくにはそんなことはわからない。「全部見られている」と思った。

   ●

 最近その母から聞いたことだが、あの頃は本当に貧乏だったらしい。
 毎日どうやって食べていこうかと考えるくらいだったとか。
 父親が会社を変わったことは記憶にあるが、その原因はその会社が倒産したからと今まで思っていたのだが、倒産ではなく給料の遅配やきちんと支払われないことだったらしい。
 だから、ぼくがサイフからお金を拝借したことをほっておけば、あとあと日々の生活費がなくなると思ったのかもしれないな。

   ●

 話かわって。

 もう11月。
 会社ではそろそろ年末調整の時期だ。
 ぼくは個人の事業主ではないので(有限会社オッホの時はそうだったけど)、年度末に確定申告をするのではなく、年末調整で会社の経理を担当してくださっているIさんが全部ややこしい計算をしてくれる。ぼくが手配しないといけないのは、控除を受けるための生命保険などの証明書を集めること。

 今では、幼稚園児の頃の貧乏ではなく、保険金貧乏になるくらい保険金を払えるようになった。
 どれくらい支払っているかというと、その金額が多いのではなく、給料に占める保険金の割合が多いのだ。
 「保険金エンゲル係数」なる指標があるとすると、ぼくは相当上位に食い込めるのではないかというくらい、食費を削っても生命保険を払っている。
 それもこれも、会社にくる生命保険の外交員さんが変わるたびに入ってしまったからだ。
 ああ、なんてこと。

 そんな生命保険の中で、あれれ?という控除証明のハガキがあった。
 ぼくが掛け始めたものではない保険会社のものだ。
 ぼくは今まで一円も払っていないので、誰が払っているのだろうと見てみると、誰も払っていない。

 
あれれ?

 引き出しの奥にぎゅうぎゅうに詰めてある生命保険証から、その保険証を探し出した。
 掛けてくれていたのはぼくの母だった。
 その生命保険証をよく読むと、もう保険金は全額支払ずみになっている。
 なんてこった。
 あの貧乏な時期に、ぼくの保険金を全部払いこんでくれていたのか。

   ●

 と、この話、一見我ながら泣ける話であるなぁと思ったのだが、チト待てよ。
 保険金って、ぼくの身に何かあった時に役に立つのじゃなかったっけ?

 
自分の身を守っておったのかぁ〜。

   ●

 ま、そんなことがあったとしても、えらいなと思う。
 今ではその生命保険証は、ぼくの好きなように使わせてくれている。
 ぼくの知らないところで、目に見えないところで、いろいろ我慢していたのだな。

   ●

 そんな「おかあ」の脳の手術後の経過は良好。
 ご心配をおかけいたしました。
 今では、点滴と血袋を持って、一人でトイレにも行けるようになりました。
 今日から食事も普通食になるという話です。

 最近の病院のリハビリシステムは、時間をかけずに、すばやく社会復帰させる方針になっているんですね。

 それにしても、先週の木曜日に頭蓋骨を開けたばかりなのに、昨日なんか見舞いに行ったら、病室のベッドに座ってテレビを見ながらお見舞いに来てくれた人と談笑していたもんな。

 あの手術直後の「死んだほうがましや〜」って、
なんやったんや〜

   ●

 なんにしても、ありがたい話やと思う。

 朝日新聞さんの記事に載っていた子供たちも、いつかあの記事を目にできればいいな。
 そしたら、今回の裁判官さんの判断が間違いだったという結果になったとしても、その裁判官さんは信じてくれたってことが、いつかその時にわかるだろうからなぁ。
 

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2003年11月12日(水)
北風ぴゅーぴゅー。


 わわわ、真夜中にチェッカーさんたちがいっぱい。
 ふへ〜。
 それも、話していて時間が過ぎてるのじゃなくて、いきなり午前3時に、4時に5時。
 いったいみなさん、どんな生活を送っているのだ〜。
 (いきなり目覚めるのかな?)

 あーあ。
 コンコンキツネさんは、気合いで乗り切って、今ごろは悠々自適の生活を(やっと)送られているのだろうなぁと思っていたのになぁ。
 それにしても、そんな時間に書き込みされるのって、明日試験なのにいきなり部屋の掃除を始めてしまうのと同じなのかな?
 横から見てれば、寝ればいいと思うのだけど。
 ま、体は倒れそうでも、体の中にある伝えたかった気持ちをちょっとでも外に出せて、気持ちだけでも楽になればいいでしょか?

 なにはともあれ、『チェッカーお試し掲示板』の緋色さん(20198番)、お大事に〜。

 倉木さんのバースデイ・ライブは、会場内で参加していないぼくにも、よかったのだなぁと思いました。
 参加された人のいろいろな書き込みを読ませていただくと、珍しく(失礼)「行ってよかった」という話しか見ないので。
 いつになってもいいので、最初から最後までDVDにしてほしいなぁ〜。
 と、GIZAさんにはお伝えしたいな(あの伝説にしたい千葉ファイナルもね)。
 

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2003年11月12日(水)-2
「好き」という瞬間がとても好き。


 三島由紀夫さんの本を読もうと、以前目につけていたブックオフさんに行くと、全部なくなっていた。
 同じことを考えている人が、同じ地区にいるとは。
 やはり目についた時に買うべきだったか。

 仕方がないので、ずっと前に買った永井宏さんの『夏みかんの午後』を読んでいる。
 この本の著者である永井さんは、大阪・星ヶ丘にある「ソーイング・テーブル・カフェ」さんに行った時知った人。湘南にある葉山というところに住み、そこを舞台にしている本らしい。

 まだその本は読んでいる途中なのだが、その途中で気づいたことがある。
 それは、ぼくは誰かが「好き」と言う瞬間がとても好きなんだな、ということ。
 「好き」と言うか言わないか、その場面を書いているところに、とてものめり込んでしまうことに気づいた。

   ●

 それは『夏みかんの午後』では、60ページに出てくる。

 〈と、エリは山本さんのどこか新しいことを期待をしているかのような笑い顔を避けるようにして言った。それに、離婚のことについてどう意見を言ったらいいのかエリの頭の中には浮かばなかった。エリはまだ殺虫剤の時間がだいぶ残っているなと思いながら、山本さんに家に帰ることを告げ、送るという言葉を聞いていなかったかのようにそそくさとマンションのエレベーターに乗った。海辺の道をぶらぶらと散歩するように歩きだすと、山本さんが後ろから追いかけてきて、エリの横に並び、はっきりとした声で、「志田さん、あなたのことが好きなんです」
 と、いきなり言った。

   (『夏みかんの午後』永井宏さん著、60ページより)

   ●

 この文章の前の部分を引用してないから何のことだかわからないと思う。
 けど、何のことだかわからないのは、読んでいるぼくも同じだったりする。
 それは唐突な出来事で、だから「なんで?どうして?何があったの?」と電車の中で眠りかけていたのに、目が覚めた。
 著者の永井さんは、そんなぼくを見ているかのように、次のように文章を続ける。

 〈エリはその言葉にびっくりして立ち止まり、どうしちゃったんだろうこの人と思いながらも、頭の中がだんだん真っ白になっていくのがわかった。

 ここの
どうしちゃったんだろうこの人という表現がやけにリアル。
 でも、それはぼくがその瞬間にエリさんの立場に立ったからで、〈「志田さん、あなたのことが好きなんです」〉と言った山本さんにとっては、唐突なことでもなんでもないことなんだろう。

 いやあ、それにしてもこういう瞬間ってたまらなくいい。
 第三者として、ドラマを読んでいるからだろうけど。
 言った山本さんのバンジージャンプで飛び込むような勢い、そしてそれを受け止めてしまったエリさんのチョチョマイ。
 ここまで別々の道を歩いてきた人が、この瞬間一気に一つの地点に立つ。
 グイと時間を引き寄せる感覚がたまらないのかな?

   ●

 漫画のあだち充さんの作品に『陽当たり良好』というのがある。

 ある時期、ぼくはあだち充さんの作品を全巻集めてしまうのではないかと思うくらい、熱中して読んでいたことがある。
 その中でも印象に残っているのが『陽当たり良好』という本(当時いちばんいいな、と思ったのは『みゆき』だったりする。そういや、『陽当たり良好』も『みゆき』もテレビドラマになったっけ。もちろん『タッチ』もね。でも、ぼくは「たっくん」と呼ばれたことはあっても「タッチ」と呼ばれたことは一度ない。スポーツマンでなくて悪かったな)。

 で、その『陽当たり良好』。
 具体的な内容は忘れたのだが、最後にこんな場面が出てきたと思う(間違えているかもしれん)。

 あることで真剣に喧嘩をする二人。
 それを見ていた主人公の高杉勇作さんは、一生懸命になっている方を応援したいという。
 もう一人の主人公の岸本かすみさんが隣りにいる。
 そして高杉さんは、これからは「高杉勇作を応援する」という。
 岸本さんは聞く。

 「なんに一生懸命なのよ? 高杉勇作は?」

 「岸本かすみ」

   ●

 
く〜、たまらんねー、この瞬間

 (でも、本を読んで確認すると、この場面は間違っているかもしれん。そんな時はすんません)

   ●

 と、『陽当たり良好』を思い出して、再び思う。

 もしかして、ぼくは、〈「志田さん、あなたのことが好きなんです」〉と言った山本さんを応援したいと思ったのではないだろうか。
 一瞬、エリさんの立場になったが、次の瞬間には山本さんを応援する気持ちになったのかもしれない。
 だから、たまらない気持ちになった?
 それは、一生懸命になっている人を応援したいと言った『陽当たり良好』の高杉勇作さんのように。
 一生懸命さがこっちに伝わってくると、応援したくなるのかな?

 だとしたら。

   ●

 歌の作詩をする倉木麻衣さんへ。

 一生懸命になっている人が出てくる「ラブソング」は描けませんか?
 倉木さんは今までに、もう何度も描いてくれているとは思うのですが。
 でも、今までとは違う、これまでの時間を積み重ねた倉木さんなら、もっと素敵なラブソングが描けると思うのです。
 ぼくらが応援してくなるような、そんな素敵なラブソングが。

 (歌う時、冷静になっちゃうと照れてしまうかもしれないけどね)
  

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2003年11月13日(木)
一緒に歩いた記録。


 
よー、わからん

 なにがよーわからんかというと、クリスマス・イブに発売される倉木麻衣さんのDVDのこと。
 そのDVDのディスク2の中に、「ライブを丸ごと入れて」という意見をあちこちで読む。
 けど、なんでそんなことせなあかんの?
 ディスク1はファースト・カットの続き。
 そしてディスク2は、倉木さんの20歳の記録やんか。
 それも、倉木さんが支えにしているファンの人たちと一緒に過ごした日々の記録やないの。
 そんな大切な記録やのに、どっかのライブを1本に絞るなんてことでけへんやん。
 そんなんやったら、クリスマス・イブに発売する意味ないやん。

 そう強く妄想す。

   ●

 あらら、今度はよねっち♪さん(『チェッカーお試し掲示板』20249番)に説教されちゃってる人がいるよ〜。

 で、「好き」の話の続き。

 〈「嫌い」って気持ちを数えるよりも「好き」って気持ちを数える方が幸せになるんだって!!

 ってことですけど、それって、なんか『思考は現実化する』(ナポレオン・ヒルさん著)って話にもつながりそうですね。
 「嫌い」と考えていくとどんどん「嫌い」なことばかり浮かんできて、逆に「好き」なことを思っているとどんどん「好き」になっていくというか。
 そんなことを思いました。
 「好き」をいっぱい持ってる人になれればいいなぁ。

 と、よねっち♪さんの忠告は横において、緋色さん(『チェッカーお試し掲示板』20225番)に返事をするのでした。

 あ、しもた。
 また、緋色さんからポン太さん宛の返事に、横から割り込んでしもた。
 どうもすみばせぬ。
 埋め合わせするために、ポン太さんへパス。

 ポン太さーん(『チェッカーお試し掲示板』20108番)。
 ぼくはいつも息抜きっぱなしですよ〜。
 

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2003年11月14日(金)
占い話の続き。


 この前の「モンキー占い」の続き、ではないんだけど、北海道警さんがこんな調査をしたという。

 〈北海道内交通死亡事故ワースト1 「うお座」の方はご注意
   (『産経新聞』2003年11月12日(木)朝刊14版29面より)

 内容は、昨年までの3年間に北海道で起こった1433件の交通死亡事故を、北海道警さんが事故を起こしたドライバーの星座別にまとめたものだとか。
 だから、「あたるも八卦あたらぬも八卦」とはちょっと違う星座の話。

 その記事によると、死亡事故がもっとも多いのは「うお座」(149件)とか。
 以下、やぎ座(138件)、かに座(131件)が続き、一番少なかったのが、なんとさそり座(99件)。
 へぇ〜、免許とれるやん。

 星座ごとの特徴も、北海道警さんは調べてくれていて、それをドバーと見てみると…。

 [おひつじ座]
  
スピードを抑えて安全運転を心掛けているが、30代の人は要注意
 [おうし座]
  
単独事故多し。同乗者との会話に気を取られると危険
 [ふたご座]
  
高速走行での事故が多い。若い人は特に、雪解け時期のスピードの出し過ぎに注意
 [かに座]
  
対向車線へのはみ出しに注意。特に30〜50代の人は安全運転を
 [しし座]
  
交差点では特に安全運転に徹し、出合い頭の事故に注意
 [おとめ座]
  
直線ではわき見や居眠り運転の危険。特に40歳未満の人は余裕を持った運転を
 [てんびん座]
  
市街地の交差点では、歩行者や自転車に注意。土曜日やレジャー中の事故に用心を
 [さそり座]
  
12星座で事故は最少だが、飲酒運転の割合が高め。冬のスリップ事故には注意
 [いて座]
  
スピードの出し過ぎ、飲酒運転などが気になる。歩行者にも思いやりのある運転を
 [やぎ座]
  
校外のカーブでの単身事故に注意。わき見やぼんやり運転の事故は12星座で最多
 [みずがめ座]
  
スピードの出し過ぎによる単独事故に注意。30代は事故が多い
 [うお座]
  
事故件数が12星座で最多。居眠りやわき見運転に十分な注意を

とのこと。
 う〜ん、しばし腕組み。

 それにしても、この調査、よく考えているな。
 大きく全員に向かって「飲酒運転に注意」と言われても、他人事として聞き流してしまう。だけど、星座別に書かれていると「そうか注意しよ」と思うもんね。そして、結局どの星座も、何かに注意するように書いてるもんね。
 うまいところついてるわ、北海道警さん。

 ということは。

 この考えを応用して、星座別に編集したDVDを発売したら、確実にみんながそれぞれのDVDを見てくれる?

 とも、思うのだけど、そんなあこぎなことはしてほしくないなぁ。
 「この月にはこんなことがありました」と、時間順に並んだダイジェストだと嬉しいと思うのだけれど。
 

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2003年11月15日(土)
わお、深夜組の復活だぁ。


 寝る前にチェックして、朝会社で始業前に見てみると、

 
3ページも戻らないといけなかったよー

 『チェッカーお試し掲示板』の深夜組の活動はおそるべし。
 深夜組というよりも、未明組? あ、「星組」なんやね。

   ●

 で、その『チェッカーお試し掲示板』で、タイキさんから次の書き込み(20272番)があり、それを見た瞬間に忘れていたことをここに記す。

 〈『こう考えたらどうでしょ?』
今回のメインは1枚目のPV集で、2枚目は今年の活動のダイジェスト版ってことで、またFTツアーのDVDは後で出るってことで〜。


 タイキさん、どうもです〜。

   ●

 さてと。
 明日は私用で、朝早く出発しなくちゃいけない。
 もう寝るか。

 (って、まだ午後4時前。しかも会社だった)
 

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