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一時はどうなるかと思った。
手術は順調に終了。
最初は、午前9時半から始まり午後3時くらいに終わる予定。長引けば4時くらいになるかもということだった。
それが最短の2時に終了。
「終わりました。迎えるベッドを持っていきますね」と看護婦さんがちょうど2時に病室に入ってきてくれた。
それにしても、午前9時半から午後2時まで。
今回の手術の担当は主治医の先生が一人きり。
お医者さんの先生は、ほんとに気力と体力が必要だ。
手術が終わるまでにシーツを替え、ベッドはきれいに整えられている。
そのベッドのストッパーをはずし、手術室まで看護婦さんとともに運ぶ。
エレベーターは6階から3階の手術室へ。
しかし、なんのはずみか、3階へ下がるはずが、逆に11階へ上がってしまう。
それが前触れだったのだろうか。
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手術室へベッドを押し込み、ぼくは扉の外で待機。
まず出てきたのは、10年ほど前に手術を担当してくださった先生。
ぼくに負けないお腹になって、そのうえ茶髪になって。
どこの誰だか一瞬わからなかったが、先生はぼくのことに気づいてくれ、「(手術を担当された)○○先生、うまくしてくれはったよ」と声をかけてくれる。
ぼくは、いきなり話しかけられたものだから、何を言われたのかはっきりわからず、「はぁ〜?」と間の抜けた返事をしてしまう。
△△先生、二度も同じことを言ってもらってどうもすみませんでした。そして嬉しいお知らせを一番にありがとうございます。
その後、手術を終えた患者がベッドに乗って出てきた。
「大丈夫? よかったな。うまいこといったよ」
と声をかけるが、「胸が苦しい」という。
はて?
今回の手術は、脳みそまでは触らないが、頭蓋骨の代わりに入れていたチタンの人工の骨を取り出すというもの。
鼻の奥に詰められていたものを出してきれいに掃除し、皮膚に穴が開いていたところを縫うというものだった。
それなのに、頭ではなく「胸が苦しい」とは。
そういや。
今回の手術は先月にする予定が延びたものだった。
その理由は、心臓の不具合。
全身麻酔を安全に行うために、念のためにと心臓の血管の検査をしたところ、手術前日になって、一部極端に細くなっているところが見つかった。
まずはその細いところを「風船」で広げ、血液が順調に流れるようにするということで、新たな手術日が設定されたのだった。
「胸が苦しい」とは、その心臓のことか。
しかし、手術の後、向かった先は病室の6階ではなく1階。
頭のCTを撮り、レントゲン撮影をした。
まだそこでも、「しんどい、しんどい」と言っている。
6階の病室に帰っても、「胸が苦しい」「ここをさすって」と言い続けている。
おかしい。
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手術を終えた先生が病室にきてくれた。
「手術は考えていた中で一番切るところが少ないものになりました」
確かに、手術前に聞いていたのは、頭の皮膚が足りなくなったら、お腹の皮膚を持ってくるという話だった。
それが実際の手術ではそこまでする必要はなく、うまく頭の皮膚が伸び、開いていた穴もふさげたらしい。
しかし、患者はまだ「胸が苦しい」と言っている。
先生もその異変に気づき、「これはもしかして心筋梗塞を起こしているかもしれません」。
心電図をとる手配をすぐにしてくれる。その前に、指に洗濯ばさみみたいなものをつけ、血液の酸素量を調べてくれている様子。
「酸素が少なくなってます。先ほどはずした酸素吸入を再開しましょう」
数字を見ると、酸素は「88」パーセントくらいのところまで落ちていた。
心電図の機械を持った先生がきてくれ、急きょ検査を行う。
地震計のデータような用紙がつながって出てくる。
結構長い。
出てきたそのデータの用紙を持ち、「心臓のことに詳しい先生にすぐ見てもらいますから」と、手術をしてくれた先生が走るように病室を出ていく。
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結果、心電図は異常なし。
常時、心臓のレベルがわかるセンサーがナースステーションにつながっているかどうか、きちんと再確認してくれる。
一人の患者のために、何人もの先生や看護婦さんが一生懸命動いてくれている。
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いつも思うのだが、ここ20年ほどの間に、何人もの看護婦さんやお医者さんたちと同じ時間を過ごしてきたが、誰一人として、ぼやいている姿を見たことはない。
仕事に対する不満をいい、「今いそがしいのに」と文句をいい、患者にやつあたりする、そんな看護婦さんやお医者さんに、病院の現場で出会ったことは一度もない。
これってすごいことではないか。
ぼくなんて、すぐに顔に出す。
「もっと早いことデータを持ってきてもらわないと」と面と向かって嫌味を言ってしまう。
それなのに、看護婦さんやお医者さんからはそんな言葉を言われたことは一度もない。
人が足らない、忙しすぎる、何回も呼び出しベルを押す患者がいる…。
いろいろ文句をいいたいことはあると思うのだけど、一度も、そんな不平不満の声を聞いたことはない。
ほんと、看護婦さんやお医者さんは「天使」だと思う。
(清涼飲料水「DAKARA」のCMに出ている白い銅像は、天使ではなく「小便小僧」とする)
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話がそれた。
心電図を見ても何もなかったので、とりあえずそのまま様子を見ることになる。
「胸が苦しい」と言っていた患者は、「湿布をもらってきて」と自分でなんとかしようとする。
しかし、効き目なし。
今回の手術は前述したが、局部麻酔ではなく、全身麻酔。
全身麻酔をかけると、心臓などに負担がかかるらしく、事前に念入りな検査を行っていた。
それなのに、患者いわく、「手術の途中で、麻酔が切れた」という。
まだ口の中に管があり、顔にもいっぱい線が残っている状態で、目を開けたらしい。
「そんな時に気がついたから、苦しいのかもしれない」ともいう。
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手術があることを知らせていた親戚の人たちが次々と駆けつけてくれる。
「忙しいのに、ありがとう」と患者はいうが、次の瞬間には「苦しいわぁ、胸が苦しいわぁ、もう死んでしもた方がいいわ」という。
駆けつけてくださった人たちはどう思ったことだろう。
そして駆けつけてくれた人は続々と増えていく。
2つしかない椅子はすぐにいっぱい。
そんな時に、ぼくはどこにいたらいいのだろうと、いつも迷う。
患者のそばにいればいいのか、それともその場所は駆けつけてくれた人にゆずり、ぼくは外に出ている方がいいのか。
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「気分悪い。吐くから」と患者。
ゲボッ、ゲボッと吐き出したのは、血のタン。
これが、胸を苦しくさせていたのか。
1回目は少し、2回目は結構多めに吐き出し、「もう胸が苦しいのはなくなったわ」という。
よかったよかった。
「今日は泊まって」とその前に言っていたのに、今では「もう帰ってええで」とも。
看護婦さんに「つきそいで泊まりたい」とお願いしたのだが(完全看護の病院なので、つきそいで泊まるには先生の許可がいるとのことで、その許可が下りるのを待っていた)、もう一度看護婦さんがいるナースステーションに行き、「だいぶよくなったみたいなので、先ほどお願いしたつきそいの件はなしということで」とお詫びにいく。
それにしても、危機にあった時の対処の仕方は、どうしてこうも人によって違うのだろう。
父親は、どんなに苦しい時でも、じっと我慢していたぞ。
と思ったが、やっぱ違うな。
危機にあった時は、父親でもいろいろわがままを言ってたわ。
点滴とかいっぱいつけているのに急にベッドの上に立ち上がるものだから、手足をしばらないと行けない時があった。
そんな時にはあの手この手を使って、徹夜でつきそっているぼくを説得しようとするのよね。
しまいには、「お前は、寿司屋のスパイやろ」と、わけわからんこと言い出すし。
どうしても耐えられない一線を越えれば、みんな甘えたになるのね。
でも、その一線の基準が高いか低いか、それが人によってまちまちなんだなぁ。
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ということで、昨日は面会時間の終了とともに病院を出た。
その頃には、「座ってもいい」「水を飲んでもいい」というところまで許可が出ていた。
今日は会社に出社。
みんなに心配をかけたお詫びと、仕事を助けてくれたお礼をいう。
そして、昨日できなかった仕事と今日入ってきた仕事を早めに終え(会社のみなさん、ご協力ありがとうございます)、帰りにまた病室に寄る。
そうすると、今日は昨日と違って、目というか、顔全体が大きく晴れ上がっていた。
そういえば、前回も前々回の手術の時も、術後は必ず顔全体が晴れていた。
「昨日はよう寝たわ。けど、朝起きたら、目が開けへんかってん」
ほんとまるで、古代日本人が丹精込めて粘土で作った土偶のように目が腫れている。
「今はもうマシやけど」というが、まだ目を開くのがたいへんそう。
「でもよかったやん。昨日はどうなるか思ったわ」
血袋を二つ、頭の包帯の中から出している患者に向かって言った。
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さてと。
あともう一回手術か。
今は頭蓋骨を外しているので、今度の手術はそこにはめこむセラミックス(瀬戸物)の骨ができてから。
今のアンパンマン状態の顔を初めて見た人は、「どうしたん?」と思うかもしれないけど、まずは一回目の手術は無事成功。
神様どうもありがとうございました。
神様、もう一回の手術もよろしくね。
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