OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年10月1日(水)
「部屋とYシャツと私」。


 
あれ?

 と思った。
 FM802さんのヒロTさんの番組で、『部屋とYシャツと私』がかかった。
 「懐かしいなぁ」と思うと同時に、「あれ?この曲、FM802さんでかかっているぅ」と驚いた。

 案の定、曲が終わると、ヒロTさんは番組に「ユニットHi-HatsのヴォーカルSallyさん」がゲストで来ていることを紹介した。
 「ユニットHi-HatsのヴォーカルSallyさん」とは、平松愛理さんのこと。『部屋とYシャツと私』を歌っていた人。

 「ぼくはねぇ。1度もこの曲かけたことないねん」

 ヒロTさんは堂々と面と向かって言う。

 「嫌いやってんね、この曲。なんちゅうかな、セイジ的に。男が…、女が…、っていうの。FM802が開局した時と、Sallyさんがデビューした時とだいたい一緒やけど。今日こうして初めて会って…」

 そんなことを本人を目の前にして言うものだから、平松さんはこんなことまで自分で話してしまう。

 「『ほら見て、あの人ガンの人や』、そんなふうに言われる自分が嫌になった」

   ●

 ついつい今日(9月30日)のヒロTさんの『モーニング・ジャム』は聴き込んでしまった。
 ヒロTさんは、「次の展開をものすごく楽しみにしています」と平松さんに何度も言った。
 そして今日は、今までかけたことのなかった『部屋とYシャツと私』をかけた。
 ヒロTさんがどんな姿勢で音楽と向き合っているか。
 そんなことが少しわかった。

 少しわかったことで、ぼくの呪縛も平松さんみたいに少し解けた。

 「そうか、ヒロTさんの番組に『イミテイション・ゴールド』をリクエストする必要はないんや」

   ●

 ヒロTさんの番組では、B'zさんや倉木さんの曲はよくかけてくれる。
 だけど、TAK MATSUMOTOさんの『異邦人』や『イミテイション・ゴールド』はかけてくれたことがない(ぼくが聴いていないだけかもしれないけど)。

 それはその曲に何が込められているかが関係しているのではないだろうか。

 曲に込めたメッセージが稚拙で技巧がこらされていなくても、そこに何かの主張があれば、ヒロTさんはリクエストに応えてくれる(気がする)。

   ●

 で、なんで今日初めて『部屋とYシャツと私』をヒロTさんはかけてくれたのか。
 それは平松さん改め「Sallyさん」さんがゲストに来たからではなく、これからを応援する意味だったんだろうな。

 「あの頃のあなたがいて、これからのあなたがいるんやで」

 そして、

 「これからのあなたに期待してるんやで」

 そんなヒロTさんの声が『部屋とYシャツと私』がかかったことを思い出すたび聴こえてくる気がした。

 『PUMPKIN'S Web』さん
 
http://www.kabocha.co.jp/
 (DIARYの9月30日のところに今日の放送の写真とヒロTさんの日記があります)
  

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2003年10月1日(水)-2
ゴーイング・アンダー・グラウンドさんは
「21世紀の大江千里」さんだったのか。


 なんかいいな、と最近思っている曲。

 『トワイライト』GOING UNDER GROUNDさん
 『ええねん』ウルフルズさん

 ウルフルズさんの『ええねん』は昨日か今日解禁したばかりの曲。
 「このメロディの次はこんなメロディだったら盛り上がるのに」と考える暇もなく最初から最後まで盛り上がりっぱなし。
 Aメロの次はBメロでその次にサビがきて、なんて筋書きを無視して強引に盛り上げていくところがすごい。
 「ええねん」「ええねん」を繰り返すだけだけど、「○○だから、ええねん」と言える場面がここまでいっぱいあったんだ。
 全身前向きソング。

 GOING UNDER GROUND(ゴーイング・アンダー・グラウンド)さんの『トワイライト』はジンとくる。
 「えーと、えーと、いま頭の中に浮かんだあの風景はどこかで見た覚えがあるなぁ」
 そんな一瞬の出来事を歌詩にしている(と思いこんで聴いている)。
 そしてこの編曲がまたいい。
 メロディは一緒だと思うんだけど、編曲では場面ごとに違う音が出てくる。体がどこかへタイムスリップさせられる。
 ゴーイング・アンダー・グラウンドさんは、FM802のDJ・中島ヒロトさんとお友達のバンド。ボーカルの人のレギュラー番組が先週で終了したが、聴いていてホロッときたヒロトさんが勢い余って掲示板に書き込んだというエピソードもある。
 最近ようやく気づいたのだが、ゴーイング・アンダー・グラウンドさんはぼくの中では「21世紀の大江千里さん」だったりするんだろうな。
 キャンパスや下宿の「ホロ苦さ」をどこかで感じるんだなぁ。

   ●

 ザ・ゴスペラーズさんの新曲もFM802さんでかかり始めてる。
 で、その新曲のタイトル知ってます?
 そのタイトルはなんと、

 『新大阪』

 (なんで「新大阪」なんだぁ〜)

 この前の日本経済新聞さんに、タイトルに日本語を使う曲が増えているという記事が出ていたけど、『ええねん』と言い、この『新大阪』と言い、ミスター・チルドレンさんの『タガタメ』と言い、ほんと日本語タイトル曲が次から次へと出てきている。
 日本語タイトル曲ブームはまだ続くのか?

 (と、ひさ〜しぶりに、いけやんからメールをもらったので、歌謡曲ネタなのでありました)

   ●

 さてと。
 会社を早く終わったので、見舞いにいくか。
  

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2003年10月4日(土)
アインシュタインさんの言葉。


 〈人は、海のようなものである。あるときは穏やかで友好的。あるときはしけて、悪意に満ちている。ここで知っておかねければならないのは、人間もほとんどが水で構成されているということです。
   (『アインシュタイン150の言葉』
    ジュリー・メイヤー&ジョン・P・ホームズさんたち編
    デスカヴァーさん発行より)

   ●

 だいたい本を買うときは、思い立ったら吉日で買う。
 でも、中には、「買おうかな、やめようかな」と迷い、レジに持っていく途中で「やっぱりやめよう」という本もある。
 この引用した『アインシュタイン150の言葉』という本も迷った本の一つ。

 1年ほど前、大阪梅田の旭屋書店さんの1階で見かけた。
 「あ、ドキッとくるフレーズがある」と本を開いた途端思ったのだが、本体1200円という定価を見てひいた。
 「買うのはほんとに読みたいと思った時にしよう。その時ここに来ればいいから」
 そういう別れ方をした。
 それがいけなかった。
 「やっぱりあの本気になる」と思って、数カ月経ったあと同じ旭屋書店で探したのだが、置いていた場所では見つけられず。
 しかし、もう一度じっくり見てから買おうと思ったので、店員さんにはたずねられず。
 その上、本のタイトルを覚えていなくて、「アインシュタインさんの言葉が書いている本。ちょっと薄目」という記憶しかなかった。

 それから1年以上、うどん屋さんの独立開業に関する本はないものかと、大阪難波の旭屋書店に寄った。
 そしたらなんとまあ、そこにあるではないの。
 しかもそこでは、女優の小雪さんの紹介文のPOPがついていたりして、ワゴン売りされていた。
 「ここで逃すと、もう会えないかもしれない」
 そんな思いも込めて買った。

   ●

 ほんと薄い本。
 これなら、歌を歌う人にも忙しい中1時間ほど時間をとってもらえれば読めてしまいそう。

 〈蝶はもぐらではない。でも、そのことを残念がる蝶はいないだろう。

 〈常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

 〈わたしは、先のことなど考えたことがありません。
  すぐに来てしまうのですから。


 そんな言葉が1ページに1つずつ書かれている。

   ●

 今の自分が嫌いだと、大声でみんなに言うのではなく、小声で自分に言い聞かせている人がいる。
 そういう人に向けての言葉も載っていた。

 〈どうして、自分を責めるんですか?
  他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、
  いいじゃないですか。


 ちょこっと、勇気と力をくれる本です。

 『Amazon.co.jp: 本: アインシュタイン150の言葉』さん
 
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/
 4924751588/249-8350966-1206737
  

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2003年10月4日(土)-2
幻想的な曲。


 倉木麻衣さんは新曲をレコーディング中と、沖縄トークライブで言っていたらしい。
 ファンクラブ「Mai-K.net」さんの会報『You&Mai VOL.13』にも、

 〈*7月○日
 前回のデモテープを聞いて選んだ中から次のシングル候補数曲のデモ作りを開始。

   (『You&Mai VOL.13』RECORDING日記、15ページより)

とも書かれている。
 〈*7月○日〉と言えば、今日が10月4日だから、もう2カ月以上前。

 ええやないの、ええやないの。

 そうやってじっくり時間をかけて作ってくれるのは、「いっぱい出して」という希望とともに、もう一つの強い希望でもあったので、よかたいよかたい(なんか希望は両極端であるのよね)。

 それにしても、同じ『You&Mai VOL.13』に書かれていたことだが、

 〈*7月○日
 ロング・ツアー&アルバムレコーディングを終えて、新たな気分で新曲のデモを聞く。
 30曲以上ある倉木用のデモのストックの中から、1曲ずつデモテープを聞いていくのだが、「その曲は○○な感じに仕上がりそう!」とか「こういう曲をアルバムに入れたいな」など、楽しそうに常時コメントをしながら聞いている。


 って。

 わお。

 倉木さんのデモ用のストック曲って、〈30曲以上〉あるんかい。

 どおりで、出す曲出す曲が、今まで聴いたことのない曲ばかりなわけだ。

   ●

 で、そこで希望。

 倉木さんを含む「倉木麻衣制作チーム」のみなさま。
 今度の新曲は、思いっきり幻想的な曲でいってもらえませんか。

 というのも、ここ最近は倉木さんのリアルさを追求しているためか、輪郭がくっきりしている楽曲が続いている気がします。

 であるので、そろそろこのへんで、輪郭のぼやけた、とらえどころのない、雰囲気先行の曲が聴いてみたいなぁ、なんて。
 歌詩のメッセージはくっきりしてても、曲はぼんやりしている。

 「なんだこれ?ジャンル分けできない曲だなぁ」

と思うような。
 異国情緒たっぷりといいますか。
 でも、そんな異国を探しても、どこにもないと言いますか。

 今までにある「日本の歌謡曲」を感じさせないような曲が聴ければいいなぁ。
 そしてそういう曲を歌えるのは、ぼくにとっては、現在倉木さんしかいないので、どうかチェレンジしてほしいなぁ。

 と提案させてくださーい。
  

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2003年10月5日(日)
高橋美枝さん。


 あとにも先にこの人一人。

   ●

 「確か八尾の実家の机の上にあったはず」
 と思っていたのだけど、いつの間にか目印となる机がほられていた。
 だからどこに行ったのかずっとわからなかった。
 昨日実家に帰り、窓を開け、扉という扉を開け、風を入れた。そして車を洗ったあと、納屋をごそごそ探し、ようやくビニールひもでくくられているのを発見。

 探しましたよ、『よい子の歌謡曲』13号さん。

   ●

 ここには何が載っているかはさておいて。
 この『よい子の歌謡曲』13号は、表紙に「1983 JUNE NO.13」と書いてあるから、だいたい1983年6月発行(実際はプラスマイナス2カ月くらいあるかもしれないけど)。
 今からもう20年も前になるのか。
 なんなんだこの年月の経ちようは。
 待てよ。
 今から20年前って、まだ倉木麻衣さんが1歳になってない頃ではないか。
 なんなんだこの年月の経ちようは。

   ●

 まず、「あとにも先にもこの人一人」という話。

 高橋美枝さん。
 元歌手である。

 その人のインタビュー記事がこの『よい子の歌謡曲』13号に載っている。

 〈「'70年代の歌謡曲が『花の33年生まれ』主導型であったとするならば、'80年代は『花の43年生まれ』主導型になるのではあるまいか。」と上木憲文氏は言った(あいどる倶楽部第7号)岩井小百合、武田久美子の登場はその徴候だ。'70年代安保はおろか、万博も知らない世代。ピンク・レディーで感性を磨いた世代。高橋美枝はその決定版だろう。宝島'82年6月号で、中森明菜を'80年代アイドルの主流と予言したが、彼女は単なる過渡現象でしかなかったのである、と後に言われるであろう、とまた予言する。
   (『よい子の歌謡曲』「13号高橋美枝インタビュー」14ページより)

 という言葉でこの高橋美枝さんインタビューは始まる。
 
インタビュアーは、ご存知、渡辺秀一さん(と、梶本学さんも)。

 なに?
 知らん?

 あほか。
 あの「渡辺秀一さん」を知らないというのか。
 あの「渡辺秀一さん」ですよ。
 ぼくが初めて東京に行ったとき、「東京のうどんはこんなにダシが黒いのか。その上味が濃そうなのに、なんの味もしない」と、渋谷でそんなうどんをご馳走になった渡辺秀一さんですよ(「東京のうどんはどんなのか食べたい」というぼくの希望を聞いていただき、渡辺さんありがとうございました。ごちそうさまでした)。
 ほらほら『OHHO』にも巻末に連載を書いていてくださっていた「渡辺秀一さん」ですよ。

 なに?
 思い出せない?

 そらそうだ。
 だって、『OHHO』のバックナンバー、全然減らないんだもん♪

   ●

 話がそれた。
 今日は渡辺秀一さんの話ではなかった。
 高橋美枝さんである。

 そう、高橋美枝さん。
 もうデビュー前と直後はもうめちゃくちゃ期待されていたの。
 渡辺さんがおっしゃるように、歌謡界の最終兵器、ってくらいの評判だったのです。
 ですが、どうでしょう。
 今、何人の人が「高橋美枝さん」と聞いて、ピンとくるでしょうか。
 イケヤンがたまたまこの日記を読んでいたらピンときてくれると思うのですが、世界広しと言えども、今ピンとくる人は10人もいないに違いない。

 だったらどうでしょう。
 歌手の高橋美枝さんではなく、
風堂美起さんだったらどうですか?

 (ううむ。これでもあかんか)

   ●

 「風堂美起さん」と言えば、作詩家さん。
 歌手の高橋美枝さんが作詩家さんになり、「風堂美起さん」となりました。

 このへんのことをぼくは実は全然知らなかったりしました。
 でもひょんなことから知ったのですね。
 というのも、(ここから本題)、

 
本人から電話で教えてもらったのです

 (そんなこともあるのね)

   ●

 これが「あとにも先にもこの人一人」ということ。
 あとにも先にも、有名人から自宅に電話をもらったのは、この高橋美枝さんただ一人。

   ●

 なぜ、高橋さんからぼくの家に電話があったかというと、『OHHO』つながり。
 『OHHO』本誌の中で、高橋さんのことを誰かが書いてくれて、そのことを知った高橋さんが、OHHO編集部宛で電話をくれたってわけです(だからぼく宛じゃないのよね。がっくり)。

 高橋さんはその電話で、今は歌手をやめて、作詩をしているということ。
 そして、楠瀬誠一郎さんの作詩をしているということ。
 もうすぐ出る楠瀬さんのアルバムにも書いているということ。

 いっぱいいっぱい話してくださいました。
 その楠瀬さんのアルバムというのが、『いつも逢えるわけじゃないから…』。

 『いつも逢えるわけじゃないから』さん
 
http://club.pep.ne.jp/~t.furu/music/kusunose/itsumo.htm
 (勝手にリンクすみません)

 あ、発売日を見ると、1990年。
 ということは、この『よい子の歌謡曲』の発売から7年の年月が経っているってことか。

   ●

 高橋美枝さんというか、風堂美起さんの詩は、タイトルがすごくいい。

 『いつも逢えるわけじゃないから』というアルバムタイトルもいいけど、中に入っている『もうひとりぼっちはたくさんだよ』とか『君のせいじゃないさ』なんかは、歌のタイトルというよりも、日常のセリフの一場面をタイトルにしていて、すごく親近感がある。思わずどんな曲だろうと聴きたくなってしまう。

 そんなタイトルに関することも電話でぼくの方からたずねた、かなぁ〜?
 1時間2時間話していたのだけど、何の話をしていたのだろう。
 覚えているのは、電話を2度くらいいただいたことと、「どうして高橋さんはこうしていっぱい話をしてくれるのだろうか?」という疑問を持ちながら話をしていたことくらい。

 でも、ほんとどうして電話をくださったのだろう?
 そのことがずっとひっかかっていて、どこか不安で。

   ●

 と、高橋さんの話は以上。
 (高橋美枝さんファンの方には申し訳ない。って、誰かファンだって言ってよ〜)

 で、ようやく探していたものの話である。

 『よい子の歌謡曲』13号。
 この中には探していた記事が載っているのである。
 そのページを見る前に、高橋さんのインタビュー記事があり、先に高橋さんのことを書いたのだった。

 さて、その探していた記事とは…。

   ●

 (CMです)

 『よい子の歌謡曲』さん、ひどいひどい〜。
 ホームページできてるんならできてるって、会社名じゃなく、どーんと
『よい子の歌謡曲』ってタイトルでホームページを作ってよ〜。

   ●

 ようやく見つけました、『よい子の歌謡曲』さんを発行していた会社のホームページ。

 『FASCINATION comes around...』さん
 
http://www.fascination.co.jp/

 その中の『よい子の歌謡曲』さんのページはこちら。

 『よい子の歌謡曲』さん
 
http://www.fascination.co.jp/yoiko/

 おー、バックナンバーのストックがあるじゃないの。
 おー、13号も1冊あるよ。

 〈通信販売は準備中〉と書いているけど、手に入れたい人は、通信販売を待つのではなく、問い合わせのメールアドレスがあるので、そっちから先に連絡して予約しておいた方がいいかも。
 出版社のオッホなら、先に連絡してくれた人に送っちゃいますので(送るのは10年後になるかもしれないけど)。

 でも、どうだろ?
 『よい子の歌謡曲』さんの最後あたりは、へんに都会都会してて、気取ってて、ぼくはほとんど読まない上に、買わない状態になったくらいだったから、その影を引きずっているのなら、「通信販売の受付を開始してからもう一度申し込んでください」なんて言われるかもしれない(テルヤスさんが通販部門にかんでいてくれていたら、話は別かもしれないけど)。

 ほんと、そもそも、なんで会社名が「株式会社よい子の歌謡曲」じゃなくて、「株式会社ファッシネイション」に決まったんだろ?
 そのあたりから、『よい子の歌謡曲』と『OHHO』は全く別の道にいっちゃったんだよなぁ。
 一時は3号連続で表紙の登場人物が一緒って時もあって、「なんで一緒なの」って質問の手紙を書いたこともあったのに(返事ももらって、結局たまたま一緒という話だった)。

 『よい子の歌謡曲』さんはぼくやイケヤンの憧れの雑誌だったから、終わりの方は「あ〜あ、あ〜あ」の連続で残念だった。
 何が残念だったかって、「歌謡曲なんかどうだっていい。歌っている人なんかどうだったいい。かっこいいこと書いて、ライターとして食べていければいいのよ」って姿勢を、最後の方は強烈に感じてしまったことが、とにかく残念だった。

 ふー。

   ●

 思い入れのあるものに対しては、きつく当たってしまうのは仕方のないことなのかな・

   ●

 さてと。
 なんで、『よい子の歌謡曲』さんの13号なのかは、13号の表紙(松田聖子さん)をクリックするとわかっちゃいます。

 では、続きは、後日。
  

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2003年10月5日(日)-2
アメちゃん。


 その昔、倉木麻衣さんが関西の人が話す言葉で印象に残っている言葉をあげていたことがあった。
 どのラジオ番組か忘れてしまったけど、その中の一つに、お菓子の「飴」のことを、「アメちゃん」と「ちゃん」づけすることを取り上げていた。

 「アメちゃん」

 せんべいのことは「せんべいちゃん」とは言わないのに、なぜ飴のことだけ「アメちゃん」なんだ?
 という、それは倉木さんが発した関西人への痛烈な問いかけでもあった(痛烈でもないか)。

 そこで、昨日、「飴ちゃん」や「ほかす(=捨てる)」に近いもので、こんな言葉もあることに気づいた。
 それは、形のこと。
 「■」(=四角)や「▲」(=三角。またはGIZAさん)、いろいろあるが、「●」の形はなんと言うか。

 「丸い」

 その通り。
 しかし、ぼくはこう言ってしまう。

 
「まるこい」

   ●

 「あの犬、まるこいなぁ」
 (=あの犬、まるまると太っているなぁ)

 「ボールペンのペン先って、まるこいなぁ」
 (=ボールペンのペン先って、丸い金属がついていますね)

 ふー、やれやれ。

 それにしても、なんなんだ。
 この「丸い」の中にはいっている「こ」って?
  

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2003年10月5日(日)-3
『よい子の歌謡曲』13号。


 〈
 亜蘭さんのファーストとセカンドを聴き比べると、セカンドのほうがもっとロックぽいというか、ポップっぽくなってますよね。
 あの、僕は何でもそうなんですが、最初は徹底してやったほうが、専門誌は載りがいいんです。最初やってかないと、最後まで載んない。ユーミンは「アドリブ」をやらなかったばかりに、いまだに「アドリブ」には載らない。達郎は「アドリブ」載るんです。吉田美奈子は載るけど、ユーミンは載らないってのがありますから。そういう意味でマライアもそうです。最初はグシャグシャにしようと。だから、売ることは考えないで、専門誌に評価されたかったというのは事実ですね。ただ、いままでスピニッヂ・パワーもそうだったし、WHYもそうだったんですが、何かレコード会社の主導権の中で、売れるように売れるようにやらされていくことに対する反発という意識が僕にはあったんで、マライア以降は絶対にレコード会社サイドに媚びないでレコードつくっていこうという姿勢なんです。そうしないと、やっぱりいいもん出来ないと思って。
   (『よい子の歌謡曲』13号 1993年6月発行 48ページより)

 なるほどなぁ。
 〈絶対にレコード会社サイドに媚びないでレコードつくっていこうという姿勢〉を貫きたかったから、レコードを作るところから、宣伝するメディアを作り、最終の販売するところまで自分の会社でしようとしたのだな。
 なんでそこまでしたかったかというと、〈やっぱりいいもん出来ないと思って〉とのこと。
 自分のしたいことは全部自分でするのが一番いい、そんな理想に胸に抱いていた感じだ。
 本の文章を書くところから、印刷、製本、そして販売まで。
 形だけなら、出版社のオッホと同じなんだけどなぁ。
 でも、
規模が違いすぎるぅ〜

   ●

 〈
 たしかに、売り方も最初から娯楽ですよみたいな売り方してますね。
 それから、ジャズのほうがロックより難解で、ロックはフォークより難解、フォークは歌謡曲より難解で、歌謡曲はなんか一番才能のない人間がやって、才能ある人間がジャズをやるという、そういう段階論が嫌いなんです。ジャンルが違うだけなら、ジャズにアイドルがいたっておかしくないし、歌謡曲に本物がいてもおかしくないわけです。もう一つ、そうゆう論理になるということはどうゆうことかというと、これだけメディアが発達してて、何をやってもみんなやっちゃってるみたいな状況の中で、それこそそういう突拍子もないアイデアで考えない限り勝てないというのが、雑誌であれ何であれ、あると思うんです。隙間産業ってやつ。
   (『よい子の歌謡曲』13号 1993年6月発行 49ページより)

 〈歌謡曲はなんか一番才能のない人間がやって、才能ある人間がジャズをやるという、そういう段階論が嫌いなんです〉とか、その前に引用した〈売れるように売れるようにやらされていくことに対する反発〉とか、〈嫌い〉や〈反発〉がずっと力の支えになり、バネになってきたのだろうなぁ。
 でも、そんな力の源があったとしても、才能を見抜く目がなければ、ここまで大きくならなかったのではないだろうか。

 〈
 この頃はキング関係が多くて、あとキャニオンがちょっと。
 キングばっかしですね。だからキングに大分貢献したと思うんです。舘ひろしといい、スピニッヂ・パワーといい、三原順子、倉田まり子。だから、キングにおいてはここ数年の間で一番ヒット出した作家だと思うんですけどね、売れないキングの時代に。
 いよいよ、三原順子で。やはり、その実績を買われて、三原順子のとき大幸さんてなったんですか。
 いや、違います。今から五年位前、僕の友達のカメラマンかなんかのパーティに出たときに居た女の子が、当時13歳位の三原順子。
 あぁ!
 18ぐらいだと思ったんだけど、話聞くと中学二年生だと。凄いなぁと思って。その娘を二年位レッスンしたの。元ウェストロードにいて、今アレンジャーの中島正雄と二人で。
 アッ!
 皆からロリコンと言われて。
 ハァーッ。
 それで、彼女を持って、フォノグラムとか何社か行って、5社ぐらい回ったんですよ。蹴られたんです。レコード会社の人が僕に言ったの、「君ね、アイドルはもうだめよ。百恵も引退したし、キャンディーズもピンク・レディーも解散したし。もう、アイドルはないよ。」「ハッーッ!?だから、やりましょうよ、アイドルを。」って言ったんだけど、けんもほろろみたいに蹴られて、それでしょうがないから自分のテリトリーのキングでやったの。
   (『よい子の歌謡曲』13号 1993年6月発行 48ページより)

 ほんと、見る目がある人と、見る目がない人の差はここ。
 見る目がない人は、おおまかな枠組みで判断して、その人個人(=ここでは三原順子さんのこと)を見ないのよね。

 あれ?
 ここで登場している〈中島正雄〉さんって、この前に日本コロンビアの社長になった人?

   ●

 と、たらたらと引用してきたけど、その引用した記事はすべて、『よい子の歌謡曲』さんの13号のもの。昨日の日記で書いていたミニコミ誌のもの。

 この引用記事のタイトルはこうなっている。

 〈インタビュー 長戸大幸 DAIKO NAGATO
  ◎長戸大幸だ、ビーイングだと言っても、まだ知らない人が多いかもしれません。でも、出来たら飛ばさないで読んで下さい。僕がオモテの大滝詠一、ウラの長戸大幸と思ってる人です。
  ☆83年3月26日
  ☆ビーイング・オフィス
  ★インタビュアー 大川俊昭


 ということなので、この引用した記事で話している〈
〉は〈大川俊昭〉さん、〈〉は〈長戸大幸〉さんのことです。

 なんで今ごろ引用を、ということですが、それは、ようやくこの『よい子の歌謡曲』さんを見つけて喜んだことが一つ。
 そして、大川さんが〈出来たら飛ばさないで読んで下さい〉と書かれているにも関わらず、当時ぼくはその文章の記憶がなくて、飛ばして読んでいたかもしれないという反省が一つ。
 そして、倉木麻衣さんにデビュー当時の気持ちと照らし合わせてもらおうと思ったことが一つ。
 そんなことがきっかけ。

 だから、ぼくが引用したかったのは、ほんとは次のところ。
 それは、このインタビュー記事の始まりの部分。

 倉木さーん。
 長戸さんのデビューはこんな感じだったんだってぇ〜。

 〈
 大幸さん自身の音楽歴ですが、デビューはフォーライフなんですか。(サンプル盤の「軽い気持で」を見せる。)
 これは、結局デビューはしてないんです。
 これは、見本盤で、出てないんですか。
 出てない。
 そのへんの経緯は、
 あの、東京に6年半位前に出て来たんです。それで、音楽業界に勤める気は無かったんだけど、ひょんなことから音楽やることになって、それで、どうせ音楽やるんなら、目一杯トップと目一杯最下層と知り合おうという考えがあった。それで、歌謡曲なら阿久悠さんと知り合おう。フォークだったら、フォーライフがいいんじゃないか。ロックだったら、矢沢とかキャロルとかクールスみたいのとやりたい。ブルースだったら、関西のウェストロードとかいいんじゃないか。て、全部そうゆう線を引いたの。そうしたら、フォーライフに新人オーディションというのがあったので、テープを出したわけ。そしたら、何と第一回オーディションの10人位に残っちゃった。それで呼ばれて行ったら、そこに原田真二と川村ゆう子と小林倫博と僕と4人ぐらい残って、それでレコード出したんですね、フォーライフは。阿久悠さんのほうは、それはそれで知り合って、阿久さんの事務所で作曲活動することになったのね。クールスのほうは、解散して舘ひろしがソロでやるというので、その作曲を僕が半分やることになったんです。それから、ブルースのほうは、ウィーピング・ハープ妹尾のマネージャーやってたんです。
 それは同時に?
 作家としては阿久悠さんのほうにいて、マネージャーとして自分で小さな事務所を創って。
 それは何歳ぐらいのときですか。
 29くらいです。28かな。
 それで、「軽い気持で」が出なかったというのは。
 レコードを発売する一カ月位前に新人のツアーがあったんです。
 ありましたね。
 一回だけ出て、いやになって止めたんです。で、舘ひろしと一緒にアメリカに、ナッシュビルにレコーディングに行っちゃって。僕もフォーライフを外から見る分には良かったんだけど、まぁ中入ってあんまりあれだったんで、それにもう一つは、原盤が当時ユイと泉谷のところと折半になっちゃったりして、帰って来たら、泉谷がGOROで脱退宣言をして、トラブルの真っ只中だったんですよ。それで、僕もあまりやる気なくなっちゃったし、フォーライフにしてもあまりやる気なくなったみたいだったので。
 話が るんですが、プロになる前の音楽活動みたいなのはどうだったんですか。(田熊注・「話が」と「る」の間に1マス空きあり。印刷する前の校正で訂正し忘れかな?)
 あの、三つぐらいから17ぐらいまでバイオリンをやってたんです。で、僕、滋賀県なんだけど、大津に大津管弦楽団というのがありまして、そこにいたりとか、中学からジャズ喫茶に通い始めて、ジャズに凝ってて、高一くらいから、当時のエレキ・ブームで、エレキ・ギターやってた。高二のときに、京都の「月世界」というお店に出たんですけどね。高校行きながら。そのとき、一緒にタイバンというか、交替で出るバンドのほうが後のタイガース。
 ファニーズ
 ジュリーがまだいないファニーズ。(田熊注・後略)〉
   (『よい子の歌謡曲』13号 1993年6月発行 44〜45ページより)

 なんともう、原田真二さんがオーディションから出てきたなんて、今初めて知りました(やっぱり読んでなかったのかもしれなーい。大川さん、すみませーん)。
 で、しかもそこに長戸さんがいたとは。
 原田真二さん、世良公則&ツイストさん、チャーさんの3組は当時、ニューミュージック御三家と呼ばれていたのだけど、原田さんはどこから出てきたのか知らなかったのよね。
 そんなオーディション受けて、だからフォーライフさんだったのか。

 フォーライフさんと言えば、『OHHO』にはアーチスト写真の提供とかを気軽にしていただいていた会社だった。大阪ではポニー・キャニオンさんの部屋に間借りしていた感じだった。
 でも、『OHHO』のある号を境に…(あとは、イケヤンにまーかそっと)。

   ●

 そうそう、今週、倉木さんが歌を担当している『イミテイション・ゴールド』が発売になる。
 そのカップリング曲って、カルメン・マキさんの曲じゃなかったでしたっけ?

 ということで、カルメン・マキさんの名前も出てきていたので、そこも少し紹介。

 〈
 (田熊注・前略)ヘヴィ・メタルがあんなにあるのに、日本じゃ火が付かない。ということで、ヘヴィ・メタル・バンドつくりたくて、ラウドネスをつくったんです。これがまあまあ売れて来た。ところが、8割位男のファンなんです。男のファンがあんなにいるのにかかわらず、ヘヴィ・メタル・クイーンがいない。いるとしたら、カルメン・マキしかいない。カルメン・マキは30過ぎでしょ。まるで、ジャズと同じ状況だった。(田熊注・後略)〉
   (『よい子の歌謡曲』13号 1993年6月発行 49ページより)

 カルメン・マキさんって、長戸さんの中では、強引に結びつければ〈ヘヴィ・メタル〉だったのか。
 ガーネット・クロウの中村由利さんの歌はどうなっているのかな?
  

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2003年10月7日(火)
『イミテイション・ゴールド』初登場1位。


 わお。
 わお。

 倉木麻衣さんが歌った『イミテイション・ゴールド』が初登場1位だったよー。

 ということを大阪・天六のTSUTAYAさんで買った帰り、ランキングの棚を見て知る。

 今回は全く期待していなかったのに、平常心だったのに、この喜びようはなに?
 うーん、なんだかとてもうれしい。
 なんなんでしょ。

 あ。
 かわってるジャケット。2枚あるの?

 あ。
 歌詞カードの歌詞が…。
 初めてやね、こんな感じ。

 ほんとTAK MATSUMOTOさんに参加させてもらってよかったなぁ。
  

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2003年10月8日(水)
『イミテイション・ゴールド』が初登場1位になったとすると…。


 もしも、もしも。
 倉木麻衣さんが歌った『イミテイション・ゴールド』がオリコンさんのウィークリーランキングで1位になったりすると…。

 (1)オリコンさんの「最遅記録」になる?

 山口百恵さんの『イミテイション・ゴールド』はオリコンさんで最高位2位。
 ということは、山口さんの曲が発売された1977年7月1日から、えーと、何年だ。

 なんと、
26年!

 「山口百恵さんから倉木さんへバトンをつなぎ、26年かかって初の1位に」という記事が、来週のスポーツ紙に溢れることになる?
 前にもこの日記に書いたかもしれないけど、ほんと山口さんって「1等賞」ってほとーんどとってないのよね(でも、みんな憶えている)。

 (2)ジャケットは倉木さんの顔写真がなくてもOK

 今回の企画はメインがTAK MATSUMOTOさん。
 だからか、CDのジャケットはイラストのギターとイラストの倉木さん。
 倉木さんの顔写真があってもなくても、その曲がオリコンさんで上位にくるかどうかは全く関係ない。そのことをはっきりと証明する。
 恐れることなく、今度は倉木さん自身のシングルやアルバムのジャケットで、倉木さんの写真を全面的にはずしたものを作成していただきたいと思う。
 再度、熱烈希望。

 (3)ファンの不評は気にせずに。

 発売前にこれほどダメダメと書かれた曲は、倉木さんが関わった曲の中ではトップ3に入るくらい。
 インターネットの掲示板や日記に文句を書くファンだけが(ぼくを含む)、倉木さんの歌を応援しているわけではない。そのことも証明されたことになる。
 文句や不満を言うファンは捨てても、倉木さんはどんどん挑戦してください。
 きっとそこから新しい道が開ける。

   ●

 それにしても、『イミテイション・ゴールド』のカップリング曲『私は風』を歌っている中村由利さんは絶叫してるやないの。
 カルメン・マキさんの原曲を知らないから、中村さんの歌い方がぼくの基準になった。
 『イミテイション・ゴールド』も、山口さんの歌を知らない人は、倉木さんの歌が基準になるんだろうな。
 どこかいらだちを持った山口さんの『イミテイション・ゴールド』ではなく、相手を包み込もうとする倉木さんの『イミテイション・ゴールド』が基準に。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』の「 」さん、どうもです(18891番)。
 質問される時は、次から必ずお名前を書いてくださいね。
 でないと、返事がしずらいので。
 で、〈もちろんかいましたよね?〉とのことですが、昨日の日記に書いてませんか。

 〈ということを大阪・天六のTSUTAYAさんで買った帰り、ランキングの棚を見て知る。

 これは『イミテイション・ゴールド』を〈買った帰り〉にランキングの棚を見た、ということだったのですが、ややこしい書き方でしたか?
 それとも、他に「 」さんが何か意図するものがあるのでしょうか?

   ●

 同じく、ポン太さん、どうもです(18889番)。
 サイクリング、急ぎます。急ぎたいです。
 と思っていたのですが、平日、休日とも会社の仕事とは別のことで、あんまり動けない状態になってしまったので、来春のわらび取りの頃になるかもです。
 それにしても、ポン太さん。
 〈朝4時に目覚ましかけて〉って、どこまでいくの〜?

   ●

 同じく、緋色さん、どうもです(18876番)。
 わちゃ〜。
 緋色さんが理解できていないのではなく、ぼくが間違っていました〜。
 だから難しいのではなく、そして深いのでもありません。
 鴨川の水に流して流して〜。

 そうそう、『イミテイション・ゴールド』は1回もかけないFM802さんですが、京都学生祭典さんのCMはオムロンさんの提供で流してくれています(倉木さんが話している分ではないです)。
 そのCMを聴いていると、「わお。京都の学生は頑張っているんだ」という気になります。
 「雨天決行」らしいので、どうかその日、晴れますように。
 ぼくのとおーい後輩たちも協力しているので、成功してほしいなぁ(ぼくが今クラブにいたら、取材を申し込んでただろうなぁ)。
 でも、第1回だから、当日は想像もしていなかったいろんなハプニングが起こるんだろうなぁ。
 そんな時に、スタッフの人もスタッフじゃない人も、みんながお祭りを創っているんだって気持ちで対処できればいいですね。

   ●

 昨日も、そして今日も。
 先週から数えると、もう5回も大阪・港町リバープレイスを見ている。
 その前には高速道路があって、その後ろには大塚家具の大きなビルがあって。でも堀江までは見えない。

 よかったのか悪かったのか。
 いやよかったんだろうな。
 明日会社を休むという予定が、急きょ取りやめ。
 かわりに今日はバタバタして、昨日に引き続き午後6時退社。
  

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2003年10月9日(木)
「イミテイション・ゴールド」が呼び込んだ昭和。


 倉木麻衣さんが『イミテイション・ゴールド』を歌ったものだから、ぼくは先週から「昭和」漬け。

 沢田研二さんのベストアルバムに、久保田早紀さんのベストアルバムをレンタル。
 久保田さんの『異邦人』は1曲目にあったのだが、一番聴きたかった沢田研二さんの『TOKIO』は入ってなかった。

 
どーいうことだー

 なんで、アルバムのサブタイトルが『電撃のジュリーベストヒッツ』なんだよぉ。
 『ロイヤル・ストレート・フラッシュ』ってアルバム名は聞いたことがあったので、安心したワタシがバカだった。
 『TOKIO』が入っているのは、『ロイヤル・ストレート・フラッシュ2』だったのね。
 仕方がないか。
 『勝手にしやがれ』でも聴いておこう。

   ●

 それにしても、沢田さんのこの頃の曲はどの曲もかっこいい。
 しかも、全部の曲がヒットさせることを目的に作られて、その意図通りヒットさせてしまった。しかも曲はどの曲もかっこいい。
 ものすごいと思う。

 最近は、曲をヒットさせることよりも、どちらかというと歌っている人の個性を大切した曲を発売しているように思う。
 「自分たちが面白いと思って作った曲を発売し、それがヒットすればラッキー」。
 そんな感じ。

 でも、そこには、「あなたを驚かすために作っているの」というサービス精神が足りないと感じる時がある。
 でも、この沢田さんの歌だと、「どう?どう?この曲、びっくりしたでしょ」「次はどう?どう?ボギーが主役の歌やで」「どう?どう?今度は壁際で寝返り打ってるんやで」の連続である。
 サービス精神てんこもり。
 「過剰」といえるほど、接待してくれる。

   ●

 でも、ぼくらは、そんな過剰なサービスをする歌に飽きたんだな。
 毎年繰り広げられるレコード大賞レースの裏舞台を見せられて、「なんだデキレースか」とシラケたんだな。
 だから、だんだんと、歌っている人とナリが感じられる歌に傾いていった。

 (というよりも、作っている人たちが、飽きたのかな?)

   ●

 今、沢田さんの歌を聴くと、迫力を感じる。
 「1等賞」「1等賞」と、『ザ・ベストテン』で毎週のように言っていた沢田さんのまっすぐなサービス精神を思い出す。

 こういう昭和の曲を今も聴けるって、ありがたいなぁ。

   ●

 ということを、ヤフーさんで次の記事を見つけて思いました。

 〈『フジドラマで「勝手にしやがれ」歌うのはやっぱり彼』

 7日放送されたフジテレビ系新ドラマ「あなたの隣に誰かいる」(火曜後9・0)の中で、挿入歌として流れた「勝手にしやがれ」(歌手・沢田研二)を聴いた視聴者から「誰が歌っているの?」という問い合わせが同局に殺到した。正解はB’zの稲葉浩志(38)。相棒の松本孝弘(42)がプロデュースする昭和の名曲カバーアルバムの収録曲。同じ所属事務所のアーティストらに歌わせ11月26日に発売される。〔写真:沢田研二の「勝手にしやがれ」をカバーして歌った稲葉浩志=左=と同曲をプロデュースした松本孝弘〕
   ◇
 「壁ぎわに寝返りうって 背中で聞いている…」
 ドラマの終了間近、主演の夏川結衣(35)扮する主婦が、死んだはずの元彼(北村一輝)と再会する衝撃的な場面で、突然激しいピアノのイントロが鳴り響いた。それに続いた歌声は、シャウトするたびにファルセット(裏声)が効き、誰もが1度は耳にしたことのある唱法だ。が、ドラマのエンドロールには挿入歌「勝手にしやがれ」としか記載されておらず、歌手名はない。
 ただ、主題歌がB’zの「アラクレ」だったことで「稲葉さんが歌っているのでは?」という問い合わせ電話が、放送終了直後から同局に殺到、電話は翌8日になっても続き、インターネットでも問い合わせメールが200件を超えた。
(後略)〉

 『SANSPO.COM』さん
 
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200310/gt2003100901.html

 アルバムやっぱり出るんやね。
 う〜ん、倉木さんの『イミテイション・ゴールド』のシングルを買ったから微妙やなぁ。
  

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2003年10月10日(金)
明日は「第1回京都学生祭典」。


 あー、間に合わない。

 京都学生祭典さん用の写真日記の掲示板をアップしようと思ってたのだけど、時間がなくなってしまった。

 とにもかくにも。

 
明日が晴れて、第1回京都学生祭典が成功しますよーに

 そして、いつの日か「京都の4大祭の一つ」と呼ばれるようになりますよーに。

   ●

 うう。
 会社の新人が明日、京都に行くという。
 「学生祭典」があることを教えたが、「京阪三条駅からも歩いていける」と説明したけど、「平安神宮ってどこ?」「岡崎公園ってなに?」という返事。
 そういや、奈良駅からコスモスで有名な般若寺まで歩くという暴挙を犯したことがあるだけに、大丈夫だろうか?

 おーい、Tっち、なんとかたどり着いてよ〜。

   ●

 で、ぼくの明日の予定は、GIZAさんが空っぽになっている大阪・難波近辺なのかなぁ。
  

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2003年10月11日(土)
掲示板をアップ。


 もう始まっちゃってると思うけど、掲示板を1つアップ。

 『写真で残したい。倉木さんも参加した「京都学生祭典」』
 
http://ohho.pro.tok2.com/cgi-bin/gakusai/joyful.cgi

 あーあ、もう遅いか。
  

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2003年10月13日(月)
「猟奇的な彼女」。


 10月11日(土)、無事、第1回京都学生祭典さんが終了。
 京都学生祭典さんの掲示板を見ると、事故はなく無事終了したとのこと。
 よかったよかった。

 『京都学生祭典』さん
 
http://www.consortium.or.jp/~festa/

 新聞では、産経新聞で昨日の朝刊の1面に写真付き(倉木麻衣さんではなく、バトントワラー?の人の写真)で載っていたけど、朝日新聞さんには1行の記事もなし。
 事前に広告が載っていた読売新聞さんではどうだったのかな?

 ライブのチケットの配布方法やスタッフの方の不慣れさに不満を感じた人の書き込みもあるみたい。
 だけど、それにしても、10万人くらいの人を集めて事故がなかったっていうのは、スタッフの人や祭典に参加した人たちみなさんが偉かったんだろうな。
 「第1回」は「第2回」につなげるためのものでもあると思うので、どうか来年、再来年と続けてほしいなぁ(と、とおーい後輩をほめてくれている書き込みもあったので、嬉しくなったのでした)。

 でも、「倉木麻衣さん=有名人」ととらえられていて、「倉木麻衣さん=京都の大学に通う実行委員の一人」と思われていないことについては残念だなぁ。
 ファンクラブさんの枠があったことに対しても、「数ある配布方法の一つ」というとらえ方をされていないということにも、うーん。

 でも、みなさま、お疲れさまでした。
 『チェッカーお試し掲示板』のよねっちさんも、ライブまでの実況報告、おおきにでした〜。

   ●

 そんな中、昨日は私的な用事の第1弾が無事終了。
 1カ月後、またふりだしからスタートだけど、無事帰ってこれてよかったよかった。

   ●

 同じ日の昨日、ビデオを2本見る。

 『猟奇的な彼女』
 『ジョンQ』

   ●

 『猟奇的な彼女』は韓国映画。
 以前見た、『イルマーレ』で主演されていた女優・チョン・ジヒョンさんが再び主演。
 ロードショー中にFM802さんで中島ヒロトさんがすごくほめていたので、ずっと見たかった。
 この前の金曜日にようやくレンタルショップで「7泊8日」OKとなっているのを知ったので、借りてくる。

 「前半戦」「後半戦」と、野球のように時間を追って、描かれている。
 不覚にも「前半戦」や「後半戦」の途中で寝てしまう。
 「あかん、あかん」と巻き戻して最後まで見るが、これがまたあーた。

 
ボロッと泣いてしもたのよ

 最後まで見終わったら、途中で寝ていたにもかかわらず、「もう1回見たい」となり、昨日再び見直した。
 そうすると、1回目ではわからなかった話が次々つながった。
 よくできた映画だった。

 最後にスタッフ名とかが映るエンドロールで、主題歌が流れる。
 そしたらその字幕の最初に、「♪アイ・ビリーブ…」と書いてあるのよね。

 そこで、妄想好きなぼくは、「アイ・ビリーブ」→「イフ・アイ・ビリーブ」ときて、いつの間にか、『チェッカーお試し掲示板』で緋色さんが紹介してくれたガーネット・クロウさんの『巡り来る春に』→『The ROSE』までつながってしまう(我ながらものすごい連想ゲームだ)。

 忘れるためには何年もかかって、でもその時には「喜んでくれる」とまで思えるようになる。
 「時間」って、不思議やなぁ。

 『猟奇的な彼女』のストーリーは何かに似ているという話もあるけど、ぼくにとっては、うるるん共和国。

   ●

 『ジョンQ』はアメリカの映画だなぁ、と思いました。

   ●

 『GO!GO!麻衣ちゃんねる』さんの『未確認情報BBS』さんで知ったけど(80番、グリーンジョーカーさんの書き込みより。グリーンジョーカーさん、おおきにです)、『If I Believe』の収録曲として書かれてあった(今は変更されている)、『Window』『約束』『tugumi』『How?』って曲名はなんだろう?
 そこには、『Mi Corazon』も『Same』も『Just A Little Bit』も『Tonight, I Feel Close To You』もある。けど、シングル曲としては、『Make My Day』しかない。

 
01『Mi Corazon』
 
02『 I Don't Wanna Lose You』
 
03『Make My Day』
 
04『Same』
 
05『Just A Little Bit』
 
06『You Are Not The Only One』
 
07『Tonight, I Feel Close To You』
 
08『Window』
 
09『約束』
 10『Tugumi』
 11『How?』

 うーん、これはいったい?
 誰か他の人の曲名がまじったのだろうか?

 それにしても、『If I Believe』に未収録の4つの曲名とも、どれも
「聴かせて〜」ってタイトルだ。

 『GO!GO!麻衣ちゃんねる』さん(華宮慶太さん、こんにちは〜)
 
http://www.artistfan.jp/mai-k/

 あ、よくみると、この11曲の中にタイトル曲の『If I Believe』が入ってないや。
  

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2003年10月14日(火)
びっくりしたな、も〜。


 びっくりしたな、も〜。

 とは、昨日の日記の返事のあいさつを見てしまったので。
 ということで、こんどはきちんと、「こんばんは〜」。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のSAKURAさん、どうもです(19045番)。

 〈やっぱりアジアの方はアジア映画のほうが合うんですねぇ。。。
 猟奇的未見なのでなんとも言えませんがJohn Qのコメント一行(T.T)さみしいっ


とのことですが、ちょっと違うかも。
 たまたま今はぼくの中で韓国や中国の映画がブームになっていますが、そのブームはあっという間に変わったりするので、次はハリウッド映画になるかも。

 で、『ジョンQ』さんは、うーーーーーむむむむーーーうぅぅぅぅ。
 あー、やっぱり言葉が出てきませんでした(すみません)。

 で、『ザ・ワン』さんは、うーーーーーむむむむーーーうぅぅぅぅ。
 あー、これも出てこない〜。

 韓国や中国の映画のブームが去るまで、SAKURAさん、今しばらくお待ち下さい。

   ●

 同じく、彩の国、カヲルさん、どうもです(19039番)。
 写真のアップおおきにです。
 京都学生祭典さんの感じがつかめました。
 でも、あと2枚の写真を添付する時にエラーがでるのはなぜだかわからない〜。
 CGIを理解するまで、彩の国、カヲルさん、今しばらくお待ち下さい。

   ●

 同じく、ポン太さん、どうもです(18994番)。
 え? 貴船〜。

   ●

 同じく、Jさん、どうもです(18989番)。
 Jさんも、写真おおきにです〜。
 写真を見せていただけると、ほんと京都学生祭典の雰囲気が伝わってきますねぇ。

 写真をアップできる掲示板、残しておこうかなぁ。

   ●

 話かわって。

 今日、倉木麻衣さんが歌った『イミテイション・ゴールド』がオリコンさんのウィークリーで初登場1位になったことを知る。

 倉木さん、スタッフのみなさん、おめでとうございます。
 そして倉木さんに声をかけてくださった松本孝弘さん、どうもありがとうございました。

 京都学生祭典さんへの出演は、倉木さんが京都の大学に通っていたから。
 『イミテイション・ゴールド』への参加は、倉木さんがビーイングさん関係のCD会社さんに所属していたから。
 そうそう経験できないことが、そんなつながりで経験できた。

 倉木さん。大学に入学して、GIZAさんに入って、そして続けてきて、よかったね。

   ●

 それにしても、『ミュージック・フリーク・マガジン』さんの記事によると、このカバーアルバムのプロジェクトは1年以上前から進行していたとのこと。

 〈“古きを知りて新しきを知る”ではないが、この「イミテイション・ゴールド」は現代にこそ最も新しい衝撃を与えるサウンドだ。だからこそ、このサウンドに触れたスタッフ一同が松本の試みに即座に賛同したのは言うまでもない。そうして実際、そのプロジェクトが進行し始めたのは既に1年以上も前の事。ここに来て、ますますその全貌が明らかになって来た。
   (『music freak magazine』2003年10月号3ページ 斉田才さんの文章より)

 しかも、その最初に録音したのが、倉木さんの『イミテイション・ゴールド』だったという。

 〈●なるほど、山口百恵さんの曲もそういう理由ですか?
松本:これは今回一発目に録ったんだけど、まず山口百恵さんは倉木さんでやってみたいなというのがあったんですよね。それで「イミテイション・ゴールド」を一曲目に録ったんですよ。それで周りも“松本がどういう事を言ってるのかな”という事が分かって貰えたというのもあったと思うんだよね。

   (『music freak magazine』2003年10月号3ページ 斉田才さんの文章より
    「アンダウン」Vol.67より一部抜粋記事より)

 ということは、『イミテイション・ゴールド』の歌声は、『Feel fine!』を録音した時くらいに録ったもの?

 2003年・奇跡の歌唱と(ぼくがひとりで)言っている『Kiss』より前に録音されたものなのかな?
  

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