OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年9月16日(火)
緋色さんへ。


 『チェッカーお試し掲示板』の緋色さん、どうもです(18099番)。

 「花葬」という言葉は、ラルク・アン・シェルさんの歌のタイトルとして聞いたことがあります。ラルク・アン・シェルさんの歌をぼくは、花いっぱいで最期を見送るというイメージで聴いていました。
 緋色さんがガーネット・クロウさんの『巡り来る春に』を聴いた時に感じた「花葬」から「歌葬」へのつながり、そしてそれをつなぐものが『バラの花と共に天国への伝書鳩』というのは、全く思いもしませんでした。
 もう一度聴き返してみると、うーん、そうかぁ、と教えられました。

 ぼくは『巡り来る春に』を聴いて、「私の苦しみは君の邪魔で」というところに引っかかりました。
 「私の苦しみを一緒に悩んでくれたね」という倉木麻衣さんの『happy days』のような、他の誰かとの共感がある歌詩ではなく、「私の苦しみは君の邪魔で」と理解しあえない間柄を歌っていることに、何とも言えない気持ちになりました。
 でも、ぼくの感想はそこどまり。
 「またいつかわかりあえる時がくるさ」なんてのん気に思っていました。

 うーん、花葬かぁ。
 わかりあえる時なんてこないじゃん。

 ですね。

   ●

 緋色さんがそのことを教えてくださる前の9月7日(日)、ぼくは滋賀県に行きました。
 滋賀は、ぼくにとっては「一度は住みたい」場所だったりしますが、ミニコミ誌『OHHO』の元スタッフのご両親が住んでいる場所だったりします。

 もう10年以上前の話です。
 その元スタッフの人は、倉木麻衣さんと同じ大学に在学していました。
 在学当時、ぼくやイケヤンが作っている『OHHO』を東京で見つけてくれて、スタッフになってくれました。
 その人が入ってから、『OHHO』は今までとは変わりました。
 ドンドン、バシバシ、発行するようになったというか。
 ぼくやイケヤンはその人が好きで(スタッフになってくれた人はみんな好きだったのですが)、次はどんなことを提案してくれるのだろうと楽しみにしていました。
 そういえば、いろんな歌手の人にインタビューできるようにしてくれたなぁ。

 月日は経ち、その人は大学を卒業し、ぼくやいけやんも大学を卒業し、それぞれバラバラの就職先に勤めるようになりました。
 その人は最初、大阪の梅田で勤めていたのですが、転勤で東京に行きました。
 まだ歌手の岡田有希子さんが存命中のことだったと思います。
 その人は岡田さんのファンで、「テレビに出てるの、ビデオにとっていて」と、(たぶん)東京からの電話で頼まれました。
 でも、2本ほどとったそのビデオは渡せなくなりました。

 そのスタッフの人のお母さんから電話で連絡をいただきました。
 教えていただいた、京都の京都女子大学近くにあるお墓にお参りし、慣れないハンドルさばきで車を運転し、滋賀・坂本の近くにあるご両親の家に、イケヤンとともにうかがいました。

   ●

 「あれから何年だ」「確かこの駅を上に上がったところだったなぁ」と思いながら、滋賀のカフェ&レストランに向かいました。

 『巡り来る春に』は花葬かぁ。
 さびしーい。
 あ、そういえば、緋色さんの中では、倉木麻衣さんの『The ROSE 〜melody in the sky〜』は歌葬だったりするんですか。
 さびしーい。

 何がさびしいかって、返事がないのがさびしいですね。
 10年でも20年でも待っていればいつか返事があるかもしれないことと、待っていても返事がないことは全然違うもんなぁ。
 その上、『巡り来る春に』は、「私の苦しみは君の邪魔で」という思い出をかかえたままでいるなんて。なんともつらい話だと思いました。

 「何かを大切に想える気持ちが
  いつまでも続く様」

 そう思い続けることを、いろんな人は「供養」というのでしょうか。
 だとしたら、供養とは、旅立つ足音を残した人のためではなく、自分のためにするものなのでしょうね。

   ●

 ではでは、緋色さん、〈忘れ物が多いある詩人としてはいつかお返事できると思っています〉というお返事を、10年でも20年でも気長に待っていますね。
 でも緋色さん、くれぐれも、お返事をもったまま、どこかにいってしまわないでくださいね。

 (それにしても、何のお返事なのだろうなぁ?)
  

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2003年9月17日(水)
韓国で日本語歌詞解禁へ。


 韓国でようやく日本語歌詞のCDが公に発売されることになりそう。

 〈『CD、ゲームは1月解禁 日本大衆文化で韓国』

 【ソウル16日共同】韓国政府は16日、日本の大衆文化の第4次開放措置として、日本語の歌詞収録のコンパクトディスク(CD)や日本製のゲームソフト、年齢を18歳以上に制限した映画を来年1月から解禁すると発表した。
 テレビドラマや劇場用アニメーションなどについては家庭や関連業界に与える影響が大きいことを考慮、年内に開放範囲を検討し、一部は同時解禁することとした。
 これにより、放送やアニメの一部などを除き映画、音楽、ゲーム部門では全面開放されることになる。
 日本大衆文化の開放措置は、金大中前政権下の1998年から段階的に進められ、日本の歴史教科書問題で中断されていたが、盧武鉉大統領が6月に訪日した際、小泉純一郎首相との共同声明で開放拡大をうたっていた。(共同通信)

   (『共同通信』2003年9月16日12時37分ヤフーニュースへの更新分より)

 そういや、倉木麻衣さんの所属CD会社のGIZAさん関連の会社は台湾にはあったけど、韓国にはなかったよな。
 でも、韓国とはアニメをつくる時に共同で作ったり、『ロマンス』(でしたっけ?)というテレビドラマの主題歌に倉木さんの『Did 〜』(←絶対に打ち間違えるので省略)が決まったという話もあったし(結局主題歌にはならなかった)、いつでも飛び込んでいける態勢はとっているよな。
 そういや、サッカーのワールドカップでも、倉木さん歌ってたしなぁ。

 と思いながら、コンコンとインターネットで検索してみると、なんともう。

 
もう、あるやないの

 『Being Music Korea』さん
 
http://being.co.kr/

 「NEWS」の1つ目を見ると、倉木さんの『Time after time 〜花舞う街で〜』を紹介している。
 ということは、今年できたばっかり?
 GIZAさんというか、Beingさんはやること早いなぁ。

 と思ったら、なんとこのサイト、掲示板まであるやないの。
 倉木さんのところを見ると、もう554の書き込みがあるみたい。

 
おー、デリシャス・デリシャス・ウェイ♪

 『Kuraki Mai Fan board』さん
 
http://www.being.co.kr/artist/mai/mai_board.asp

 うおー、ハングル文字なので、
さっぱりわからーん

 今のところ、「B'z」さんと「Mai Kuraki」さんと「ZARD」さんのアーチストページがあるのね。
 あれ?
 B'zさんの掲示板は43番、ZARDさんは166番。

 ということは。

 
倉木さんの掲示板が一番盛り上がっているぞー

 けど、写真は去年の『Feel fine!』のタンバリン姿なのね。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のももこさん、こんばんは(18289番)。
 うーん、おじいさんがそんなことに。お悔やみ申し上げます。
 ももこさん、頑張って。
 というのは簡単なんだけど、そういう言葉じゃないなにか他に力になれる言葉があると思うんだけど。
 僕の場合、近所のおばさんたちは「何か困ったことあったら、いつでも言うて」と言ってくれて、そんな言葉が結構支えになったと思うので。

 「ももこさん、何か困ったことあったら、いつでも言うてね」
  

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2003年9月21日(日)
興奮せず。


 ふー。
 やっぱり史上最強の9月。
 まだまだ積み残しの仕事あり。その上、締切がドンドン前倒しされる仕事もあり。
 『SAME』のように、同じように走っても行っても、どんどん時間に追い越されてしまう。
 よって、今まで日記お休み。

   ●

 そんな中、南関東で地震発生。
 日は、八ケ岳南麓天文台長の串田嘉男さんが予測した〈今月16〜17日を中心とした前後2日の間〉よりも1日遅れ20日のお昼、マグネチュードもかなり低め。しかし震度は東京で4。
 予測よりかなり低めのマグネチュードだったことで、逆に地震のエネルギーはまだ残っているという噂がある。
 今、ABCテレビさんでは、その串田さんの地震予測を含めた『緊急サバイバル特番!徹底分析!もし東京を巨大地震が襲ったら…あなたは生き残れるか』を放送中。
 その番組を見て、串田さんが行っているFM電波を使った地震予測の方法をほんの少し理解。場所や日が特定できるのは、どこのFM電波に揺れがあるかで計測できるのね。
 もしほんとにこれから地震が起こるとしても、小さな地震が何回か起きて、被害なく地震のエネルギーがすべて消滅しますように。

   ●

 本日ブックオフさんで買った本。

 『路地裏の超繁盛店』
   土屋光正さん著、明日香出版社さん発行
 『こうしてボクらはオーナーになった』
   ライトニング編集部さん著、えい出版社さん発行
 『夏みかんの午後』
   永井宏さん著、サンライト・ラボさん発行

 『路地裏の超繁盛店』は著者が繁盛店を次々と作っている「パシオ系」の元祖・土屋光正さんだったこと。
 『こうしてボクらはオーナーになった』は中の写真が、うどん屋の内装の参考になるかも、と思ったこと。
 『夏みかんの午後』は星ヶ丘のソーイング・テーブル・カフェさんに行った時に買った永井さんの本だったこと。

 というそれぞれの理由で購入。

   ●

 今日は八尾の実家に行き、セコムの人から説明を聴く。
 「セコム」とは、プロ野球の長嶋茂雄さんが宣伝しているホームセキュリティの会社の「セコム」さん。
 今日来てくれた人は、道に迷い予定時間より遅れたが、とてもいい人。
 「セコムのシールだけくれへん」とよく頼まれるそう。
 今はそのシールに個別の番号が書かれているので「無理」と断っているそうな。でもオークションではそのシールだけ売られていたりするらしい。

 「シールを貼っている家でも、その家がほんとにセコムに入っているかどうか簡単にわかるんですよ」とも言う。
 それは、シールに加えて、オレンジ色の外灯が家についているかどうかがポイントだとか。
 家に侵入する不審者は「そこまで知っていると思いますね」。

 で、八尾の家を見積もってもらったところ、最初の工事費が8万円、5年契約の保証金が2万円、月々の基本料金が9500円。
 月々9500円で安心が手に入ればいいか、携帯電話を解約すればいいわけだしね。

 と思ったら、ぼくは、
携帯電話もってないやーん

   ●

 そうそう、ブックオフで、永井さんの本を見つける直前、♪ダダダダダダ、と倉木麻衣さんの『イミテイション・ゴールド』が流れる。
 こんなところで最初に聴くことになるとは。

 一聴しただけの感想。
 山口百恵さんの『イミテイション・ゴールド』をよく聴いていたぼくには物足りず。
 よく言われる「麻衣節」は聴こえず、倉木さんが山口さんに飲み込まれてしまったよう。
 もっと倉木さん特有のこぶしやタメを多用してもよかったのではないか。
 『イミテイション・ゴールド』のイメージを壊してしまうほどのパワーはなぜか感じられず。
 最期まで冷静に聴けてしまい、興奮することはなかった。

 どうして興奮しなかったのだろうか。

 その理由を考えてみると、倉木さんの歌の聴きどころとして、ぼくは歌詩に大きな比重を置いているのではないか。
 このフレーズの次にはどんなフレーズがくるのだろうか。
 聴きながら一瞬一瞬想像していくのだが、『イミテイション・ゴールド』の歌詩の展開は読めている。
 だから、『Make My Day』で感じた「あー、そういったらあかん、あかん」という感情さえわかなかった。
 のかもしれない。

 もう少し、倉木さんが『イミテイション・ゴールド』を歌い込めば、倉木さん特有のこぶしやタメが聴けたのだろうか?
 それとも、歌い込めば歌い込むほどに、倉木さんの歌い方は山口さんに近づいていきそうになったのだろうか?

 でも、松本孝弘さんが倉木さんに『イミテイション・ゴールド』を歌う機会を持たせてくれたことで、阿木燿子さんの歌詩から倉木さん自身に何か得ることがあればいいな。
 もし得ることがあれば、それはきっと次につながる。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のhashibaさん、どうもです(18330番)。
 韓国でのビーイングさんの関連会社設立のお話、そういえば、その当時知っていたような気が…。
 失礼いたしました。
 もの忘れが激しくなり、最近は話し言葉もドモリだしたので、今ではすっかり台湾での関連会社の設立しか頭に浮かんできませんでした。

   ●

 そうだ。
 会社のウィンドウズのパソコンが壊れた話の続きをしてなかった。
 ノートパソコンがつぶれ、そのパソコンを修復中に、銀行とつながっているもう1台のパソコンがつぶれた話のその後です。

 結局、ノートパソコンは再セットアップを試みるも、再セットアップの途中でエラーが出て、何もできない状態に。
 もう1台のパソコンは、BIOSでエラーを起こす場所を探すが、その探索が終わったあと、立ち上がるギリギリで落ちてしまう状態に。セーブモードで立ち上がるので、そこからOS・Win98の修復を行おうとするが、フロッピーディスクは読まないわ、CD-ROMも読まないわ。

 仕方がなので、まずノートパソコンのハードディスクは修復不能と判断し、交換できる中古ハードディスクを買ってきて入れ替える。中古ハードディスク代、7800円ほど。
 もう一つのパソコンも、廃棄処分待ちだった古いパソコン(IBMさんのアプティバ)のハードディスクと交換し復活。
 そのもう一つのパソコンに入っていた銀行や経理のデータは、入っていたハードディスクを取り出したあと、去年壊れたMacの外づけハードディスクと中身を交換し、外づけハードディスクとして復活。中身のデータは無傷。

 締めて、7800円で2台のパソコンが元以上に元気になったのでした。

 それにしても、NECさんのOSとパソコンの仕様、DOS/V機と互換性がなさ過ぎることを痛感。
 「この際、調子の悪かったフロッピーディスクも交換してしまえ」と思い、IBM機のフロッピーディスクと交換するが、ピンをつける段階でピンの形が微妙に違うことに気づく。

 
NECさん、1本ピンが足りな〜い

 「なんでさせないのだろう?」と思っていたが、そんなことが原因だったとは。
 OSのバージョンアップもそう。
 パソコンを買った人が、BIOSの変更をしないと起動しなくなるなんて、NECさん、そんな殺生な。

 ということで、ご指導ご鞭撻をいただいたみなみなさま、どうもありがとうございました。
 無事2台とも復活いたしました。

   ●

 さてと。
 ではそろそろ皮下脂肪を燃やそうか。

 でも、
プルーン7個も食べられへんよー
  

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2003年9月23日(火)
誕生日掲示板をアップ。


 まだまだ史上最強の9月は続いていた。
 ので、昨日も日記は休み。
 でも、ようやく一段落かな?

   ●

 久しぶりに掲示板をアップ。

 『倉木麻衣さん、21歳のお誕生日おめでとう!2003』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/wakuwaku3_pink2003/apeboard_plus.cgi

 で、久しぶりに、最初の2つの掲示板のリンクをヒットカウンターのトップに復活。

 『倉木麻衣さん、お誕生日おめでとう!』

 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/wakuwaku3_pink/apeboard_plus.cgi

 『倉木麻衣さん、卒業&入学おめでとう!』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/wakuwaku3_mizu/apeboard_plus.cgi

 この数年間で、ぼくらのメッセージはどうかわったのかな?
 と言っておきながら、ぼくは読み返さないかもしれないんだけれど、ここまでよく続いたもんだと感心感心。

 そういえば、倉木さんの沖縄でのシークレットライブはもうそろそろでしたっけ?

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のロブさん、どうもです(18353番)。
 あー、ほんとだ。
 鬼束さんに決まったのでしたね。
 うーん、残念。
 でも、鬼束さんの歌がどうなっているかも少し気になるなぁ。

  

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2003年9月24日(水)
チケットがこない。


 
倉木麻衣さんのバースディライブ。
 ファンクラブのMai-K.netさんで専用予約申込みがあったのだけど、10月28日に申し込んだ人がかなり座席を取れなかったみたい。

 というぼくにも、座席はない。
 その上、振り替えの速達ハガキも来ていない。

 だって、ここに申込み用紙があるんだも〜ん

 てへ。

   ●

 しかし、10月28日だけしか申し込まなかった人って、バクチ打ちだと実はかなり尊敬の眼差しで見ていたりする。
 一発勝負にかけて、見事に散る。
 なんてロマンたっぷりな生き方なんだ。

 もしぼくが応募していたとしたら、絶対に第1希望と第2希望を両方書いていただろう。
 いや、言われてもいないのに、欄外に第3希望を書いていたかもしれぬ。
 そういえば、大学入学の時、どれほど保険をかけたことか。
 現役の時は計4学部。
 一浪の時には計10学部。
 そして現在も、「これだけ年末調整の控除を出されても困ります」と経理の人に言われるほど、生命保険にたっぷり入っているのだ。

 
わたしの人生すべて保険

 そんな人生を歩んでいるぼくから見れば、ほんとみなさん、強気で向こう見ずで素晴らしい。

   ●

 しかし、それもこれも「10月28日」という日が大きなキーポイントだったもんなぁ。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』でよねっち@Nov9'01から自称彼氏さんたちが追加公演の要望を提案していたりするけど、うーん、と思う(よねっちさん、まいどです)。
 追加公演っていうことは、10月28日ではなくなってしまうということ。
 10月28日でなくてよいと思うなら、「10月28日」1本だけで申し込んだりしないと思うもんなぁ(東京ライブの座席はまだ余裕があるみたいだし)。
 となると、他の日に追加公演を組んだとして、その公演に「10月28日」に並ぶ何か特別な意味つけができるのだろうか。
 となると、「10月28日」の追加公演にふさわしい日程は「10月28日」しかない。
 つまり1日2公演を倉木さんに強いるしかない。

   ●

 とも思ったりするのだけど、実際のところ、今回の「10月28日」は誕生日ライブという意味もあるけど、「今年最後かもしれないライブ」でもあったりするのよね。
 フェアリーテイルライブの最終日だった「千葉ライブ」。
 もしかしたら、そこで引退宣言や休業宣言が出るかも知れないと思われていたあの「千葉ライブ」は、最終日だったからこそ伝説になるほどのパワーが噴出した。
 そしてその再現が、「10月28日」のライブであるかもしれない。

 と、そらみんな思うわな。

 大阪のライブ日程はそのままで、東京のライブを後に持っていく方法もあったと思うのだけど(ラストは東京にする)、それじゃあかんかったもんなぁ。

 なぜなら、
倉木さんは一度も大阪で錦を飾れていないから。

 ファーストの爽健美茶さんのライブは意識を失ったままの緊張ライブだったし、セカンドライブの大阪城ホールは大学の試験日程とまともに重なり徹夜でのぞんだ。
 次のファンクラブイベントでは風邪を引いているわ、そのまた次のフェアリーテイルツアーの豊中ライブは誕生日ライブだったけど初日だったのでこれまた緊張のうちに終わってしまう。
 再び戻ってきたグランキューブ大阪でのフェアリーテールツアーでも、これまた万全の体調ではない。
 って、
大阪は鬼門なのか
 (以上のうち、いくつかぼくの妄想が入っております)。

 だからここはどうしても最後は大阪でなければならない。
 どうしても大阪で錦を飾らせたい。

 と、スケジュールを組んでいるスタッフの人が強く思い、興奮して机をひっくり返してもしかたあるまい(とは、念のため申しますが、大阪びいきのぼく妄想でありますからね)。

 そして、そんな気持ちがぎゅっと詰まった「10月28日」に、ファンのみんなが集中したのは、これまた、いたしかたないことではあるまいか。

   ●

 だから、「10月28日」に当選した人は、恥じることなく、引け目を感じることなく、堂々と倉木さんのライブに参加してほしいと思う。そして、目一杯念力の限り、応援してもらいたいと思う。
 当選できなかった人だけではなく、初めから申し込んでいない人にとっても、気合いが入っている「10月28日」ライブなんだから。

 そして、そのライブに倉木さんたちが最高潮のままのぞめるように、東京→東京→大阪のライブに参加する人は、久しぶりのライブで緊張するだろう倉木さんを、うまくほぐして数時間のうちにノリノリにさせてほしいと思うのである。
 ライブは今のところ4日しか用意されていない。
 1日1日が真剣勝負。1日1日に乗れなければ、「10月28日」は来ない。

 どうか、東京→東京→大阪とファンのみんなが力を合わせて、最後にドカーンと倉木さんやスタッフのみなさんをいかせてほしいと思う。

   ●

 それにしても、当選できなかった人がたくさんいるのを知って、「倉木さん、まだまだやるやん」と、正直思った。

 はー、それにしても。
 ほんま、応募せんでよかった。
 こんな考えで当選してしまったら、みなさんに合わせる顔がないとこやった。

  

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2003年9月27日(土)
クリオネくん。


 
昨日は北海道で大きな地震。「2003年十勝沖地震」と銘々されるほど大きく、マグネチュードは8にもなっていたとか。

 北海道のみなさん、ただの高校生さん、小樽オルゴール堂さん、大丈夫ですか?

   ●

 そんな次の日の今日は奈良は快晴。
 涼しい、気持ちいい。
 これを秋晴れというのだろうか。

 で、今日から倉木麻衣さんは沖縄でのトークライブ(らしい)。
 今日から月曜までの2泊3日(らしい)。
 どうか飛行機は何事もなく沖縄へ降り立ち、ライブやイベントを順調に終え、無事帰ってこれますように。

   ●

 と言いながら、参加していないぼくは、このトークライブで倉木さんに期待することはあったりする。

 それはせっかくの
2泊3日の旅行

 このトークライブ旅行ツアーの間に新しい友達ができ、この2泊3日が終わってからも連絡を取り合えるような人たちと巡り会えればいいなぁ〜ということ。
 シーブリーズさんで当選した人たちと倉木さんが会う場面がライブ会場だけでなく、どこかへ一緒に行くとか、バスの中で話ができるとか、そんなイベントがいっぱい用意されていたらいいのになぁと思う。
 最後には別れを惜しみ、メールアドレスの交換なんかできれるまでになればいいのにな。

   ●

 話変わって、この前のFM京都さんの『Mai-K Baby I Like』。

 というか、いつのも『Mai-K Baby I Like』に思っていること。
 それは、番組の前半は、倉木さんは自分のことを「マイケー」と呼んでいるんだけど、後半になると普通に「わたし」や「自分」と言う呼び方になってる。
 前半の「マイケー」と呼んでいる場面では、なんとか番組タイトルに合わせて頑張っているなぁと思うのだけど、後半は地の倉木さんが出てくるのですね。

   ●

 で、この前の番組の中の「ライク・イット・京都」。
 そこで京都のおみやげ物の話が出る。
 倉木さんはおみやげ物の中の、各地のキティーちゃんグッズについてコメントした。

 〈あとは、あたしが見た中でキティーグッズで、北海道に行くと、クリオネくんという、北海道のあの、オホーツクにいる、ちょっとちっちゃな妖精って言われている、海の、魚みたいなのがいるんですけれども、魚かな?うーん、怒られちゃうけど。そんなこと言ったら。うーん。

 この〈怒られちゃうけど〉とは、誰に怒られるのだろうか?
 クリオネくん?

   ●

 お久しぶりで。

 
クリオネさーん、お元気ですか?

   ●

 それから、「京つけもの」の話ではこんなコメントあり。

 〈わたし結構つけものとか大好きなんですよね。で、試食コーナーとかいって、「ちょっと食べてみていいですか」って言って、おばさんに聞いて。あの食べたりしてる時期がありました。

 〈あの、わたしは結構、地方、ライブ等まわっていくと、必ず、あのーおみやげ屋さんにいると思いますので、もし、会った方、いらっしゃったら、あたしを見かけた方がいたら、声をかけて、「麻衣ちゃんまたおみやげ買ってるの?」とかって言ってくださーい。

 ではでは。
 沖縄のみなさーん。

 遠慮なく、
「またおみやげ買ってるの?」と声をかけちゃいましょー。

   ●

 「ライク・イット・ミュージック」ではこんな発言もあり。
 今回紹介してくれたのはダイアナ・キングさん。

 〈で、やっぱりなんか海外のアーティストさんの言葉とかみていると、やっぱり詩もそうだし、アルバムとかもそうなんだけど、メッセージがすごく強くて、こう自分なりの、自分のメッセージ、として出ているのがすごく多くて。やっぱり自分をしっかりもっているなあっていうのが。そういうふうに感じて。わたしも、あ、そういう、芯のあるアーティストを目指して頑張っていきたいなっていうふうに思っています(←少し強めに)。

 いきなり〈芯のあるアーティスト〉は無理かもしれないけど、倉木さん、お互いちょっとずつ頑張っていきまっしょい。

   ●

 そして、この回は最後に『always』がかかる。
 久しぶり。

 しみじみ、いい曲だなぁ、と思ったのでした。

 倉木さんのファンの人は「デビュー三部作」を持ち上げすぎだ。
 と気づかせてくれる『always』だった。

 (あ、そういや日記、24日から休んでいたのでした)

  

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2003年9月27日(土)-2
衝撃の告白。


 
今月発売の『ジェイグルーヴマガジン』11月号さん。
 倉木麻衣さんの公式ホームページさんにこんなコピーが掲載された。

 〈そして好評連載中の『Maiエッセイ』はテーマ別による“1問1答”。彼女の意外な一面が覗けますので、是非チェックして下さいね!!

 『:::Mai Kuraki:::』さん
 
http://mai-kuraki.com/index/main/news/nmain.html#jgm

 〈彼女の意外な一面が覗けます〉の言葉につられて、近くの文教堂書店さんで買ってくる。
 で、その〈『Maiエッセイ』〉なるものを最初に拝読。

 倉木さんの公式ホームページさーん。
 この〈“1問1答”〉のどこが〈意外な一面〉なのですか。
 ぼくにとっては
「衝撃の告白」ではありませんか。

 〈〈食べ物編〉
1.ゆで卵、半熟と固ゆでとどっちが好き?
半熟派!! 固ゆでも良いけど、うどん・そば類と半熟はとてもマッチするから(ハート)


 ここまではよい。
 あのラーメン好きな倉木さんが、なんと半熟卵は〈うどん・そば類と半熟はとてもマッチするから〉と答え、しかも〈(ハート)〉マークまでつけてくれているのだ。
 たしかにうまい。
 半熟卵の天ぷらは、めんむすさんやはなまるうどんさんでは必ずトッピングするのである。

 そう、うち震えた。
 ぼくは、この倉木さんの〈1答〉に体が震えたのである。
 そのありがたさに、「ラーメンさんよ、ごめんなさい」と謝りながら、倉木さんに感謝した。
 しかし、衝撃の告白はその直後にあった。
 この半熟卵の話は、ただの前ふりだったのか。

 〈3.ソバ派?うどん派?
ソバ派です。よく“とろろそば”を食べています(ハート)


 うぐ。

 倉木さん、“ソバ派”だったのかよー

   ●

 甘かった。
 半熟卵のところで、〈うどん・そば類〉と、うどんを先に持ってきてくれていたものだから、つい安心していた。
 あー、倉木さんはソバ派だったなんて。

   ●

 負けた。
 完全に負けた。
 しかも〈“とろろそば”〉に負けた。とろろに負けた。
 ト○○(←お好きな言葉を入れてください)。

 京都のそば屋の「かね井」さん。
 あなたに倉木さんはお任せしました。
 日本一うまい、石挽きのざるそばを、倉木さんに食べさせてあげてください。

 『「近頃の町家で…」-かね井-』さん
 l
http://www.m21.or.jp/fame/old/backissue/0007bi/07_02.html
 (前にもこの日記に紹介しましたが、かね井さんはぼくのお友達のお店だったりします。かねいちゃーん、今年も年賀状の印刷があるのなら、早めにしてね〜)

 あー、それにしても、倉木さんがソバ派だったとは。
 くっそー。
 倉木さんがそんな考えなら、ぼくはたけちゃんさんに並ぶようなうどんを作ってやる。

 そして、
倉木さんにうどんのすごさを思い知らせてあげるん・だ・か・ら〜
  

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2003年9月27日(土)-3
老子。


 全く知らなかったのだが、この前の日記で書いた「上善如水(じょうぜんみずのごとし)」って中国の思想家・老子さんの言葉だったのね。

 ということを、実は笹川良一さんのことを調べていてわかった。
 なぜ日本のドンだった日本船舶振興会の「世界は一家、人類は皆兄弟」の笹川さんを調べていたかというと、ちょっと前にいった、伊賀焼祭りの場所が関係する。

 伊賀焼祭りがあった場所は、滋賀の信楽焼の近く。
 もしかしたら三重県かもしれないけど、その会場近くに日本船舶振興会のプールがあり、建物があった。
 その建物の前に大きな看板が掲げられ、「水」とはどういうものか、を10カ条ほど書かれていた。
 その言葉をチラチラと読んだぼくは、誰が書いたのかを見て、「家に帰って笹川良一さんのことを調べればまた読めるか」と思った。
 だから、笹川さんのことを調べていた。

   ●

 しかし、そこで出てきたのは笹川さんではなかった。
 笹川さんではなく、笹川さんは老子さんの言葉を引用していたのね、である。
 その老子さんの言葉とは次のようなもの。

 〈■水は,丸い器に入れると丸くなる.
 四角い器に入れると四角くなる.
 水は,万物に恩恵を与えておきながら,
 低い所,低い所へと流れる.
 それでいて,急流ともなれば岩石をも打ち砕き,
 一滴の雫で岩をも通す.
 上善、水の如し.(老子)


 『上善如水』さん
 
http://www.oak.dti.ne.jp/~hirokei/hirokei/hirokei.htm
 (勝手にリンクすみません)

   ●

 と書いたあと、さらにこの老子さんの言葉の元を調べていくと、笹川さんの書かれていた言葉全部ではないのよね。

 うーん、困った。
 言いたいことが全部言えない。
 もう一度伊賀焼祭りに行って、笹川さんの言葉を書き取ってこれたら、続きはその時に書くことにしよう。
 

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2003年9月29日(月)
セコムさんが来た日。


 
一つ掲示板をアップ。

 「2003・平安神宮ライブ」激励、お誘い、レポート&感想専用掲示板
 
http://ohho.pro.tok2.com/cgi-bin/c-board/c-board.cgi?cmd=;id=heian

   ●

 昨日は八尾に帰り、朝9時から午後3時過ぎまでセコムさんの工事に付き合う。
 よって、日記は休み。

   ●

 それにしても、セコムさんの工事。
 これが長かったのか短かったのか。
 いつ「どこにこのセンサーをつけましょうか?」と聞かれるかわからないので、ずっとテレビを見ながら待機。
 テレビを見てくつろいでいたらいいんだけど、周りの窓や扉で作業をしてくれているものだから、ゴロゴロするわけにもいかず、中途半端な姿勢と緊張状態で半日を過ごす。
 そして、そのあまりに自分の中途半端な姿勢に、工事が終わったあといきなり咳が止まらなくなる。奈良に帰った途端、グロッキー状態になる。午後9時に就寝する。
 おかげで今日はすっかり健康。

   ●

 どういう日程でセコムさんの工事があったかを書いておこう。

 先々週あたりに、「警備会社にお願いしよう」という話が突然出る。
 で、インターネットでセコムさんを探し、そこから問い合わせ、連絡をもらう日をメールする。
 連絡をもらう日と時間を指定し、連絡先もメールで書いていたが、その指定通り、東京の本社から連絡をもらい、その後、担当となる支店の方からすぐに連絡をいただく。

 なぜセコムさんであって、東洋警備保障さんではなかったのかというと、セコムさんのシールの方が見慣れていたから。
 その「見慣れている」ということは、泥棒さんも一緒ではないかと思った。
 セコムさんのテレビCMをしているプロ野球の長嶋茂雄さんのところにも泥棒が入ったことがあった。そして、ぼくの会社の社長のかまっさんにも「他の会社とアイミツとったん?」と聞かれた。
 しかし、「やっぱりあの『SECOM』の赤いシールは目立つよなぁ」が理由だった。
 住宅地を通り過ぎるだけのぼくでも、あのシールが貼ってある家の前を通るとちょっとしたことで音がなるのではないか、と思ってしまうもんね。

 で、担当の支店の方に、セコムしていただく家の間取りを見ていただくため、一度八尾の家に来てもらうことにする。
 その日はこの前の前の日曜の9月21日。
 そこで、システムの詳しい説明を受ける。

 セコムさんの料金はいくつセンサーをつけたかではなく、いくつの部屋を守るかで計算するという。
 八尾の家は、運よく部屋の周りに廊下があった。廊下は部屋ではないということらしい。
 部屋で計算した時は1カ月の料金は1万円を少し越えていたのだが、部屋の周りにあるのは廊下としてくれたため、9500円となる。
 工事費もその料金に連動し、8万円だったのが、7万円に(セコムさんの機械は買い取りではなく、レンタルにした場合)。
 あと、最初に保障費として2万円が必要(5年契約が満了したら返ってくるらしい)。

 でも、その日は話を聞いただけ。
 申し込みはせずに、申し込んでから何日で工事をしてもらえるかをたずねる。
 機械は取り寄せる必要があるので、中4日ほど余裕を持ってほしいとのこと。
 できれば次の日曜に工事をしてほしかったので、話を聞いた次の日の月曜日(22日)に連絡。申し込みをしたいということと、工事は次の日曜でお願いしたいとお願いする。

 申し込みは祝日(火曜日)明けの水曜日(24日)に会社に来てもらう。お昼休みに入った午後12時から。
 東大阪店の方が担当だったのだが、大阪市内まで来てくれる。
 そこで契約書にサインをし、日曜に工事に来てもらうことに。

 で、昨日の日曜が工事の日になったのでした。

   ●

 はー、それにしても、警備会社に頼むという話が出てから、2週間くらいで八尾の家はセコムさんのシール入りになったのね。
 バタバタやったけど、そんな勢いがないと、セコムさんにはお世話にならへんかったやろなぁ。

  

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2003年9月30日(火)
お返事お返事ぃ。


 返事がいつものように遅くなりましたが、『チェッカーお試し掲示板』のポン太さん、どうもです(18279番)。
 まいど、かたじけないです。
 ぼくもポン太さんが好きなので、是非、嵐山から木津まで自転車で完走した感想を聞かせてください(身体が大丈夫になられたら)。
 ぼくはこのお腹が邪魔をしたからか、木津から赤い山城大橋のところまで1時間ちょっと走っただけで完全グロッキーでした。
 ト○○。

 同じく、うっきょんさん、どうもです(18350番)。
 そんな翻訳サイトがあるのですね。
 インフォシークさんの翻訳のところしか知りませんでした。
 お気に入りに入れておきます。
 うっきょんさん、おおきにです〜。

 同じく、Jさん、どうもです(18682番)。
 何も言いたいことはございません〜。
 うどんでもそばでもうまけりゃいい〜(うまくなくてもいいけど)。
 でも、そばは値段が高くて量が少ないのよねぇ。
 そのへん、おいしくいただいたあと、あっという間にお腹がしゃべりだすので困る時があります。

 同じく、緋色さん、どうもです(18397番)。
 飛行機は大丈夫でしたか?(まだこれからでしょうか?)
 最近はあちこちで地震があるので、今は一番飛行機が安全かもしれないですねぇ。
 で、詩人の会、のぞかせていただきました。
 (と、ここから返事がなが〜い)

 うーん、深い。
 でも、ぼくには誰かの思いを引き継いでいくところがあまりピンとこなかったりしました。
 ガーネット・クロウさんの『巡り来る春に』は、日々の日常に流され、この悲しみが消えていくかもしれないことの無念さを歌っている(かもしれない)ということを、この前の緋色さんの書き込みでイメージさせていただきました。ですが、緋色さんはそこから第2章の話までイメージしていたんですね。うーん、なかなか。

 でも、今までぼくは、第1章(=『巡り来る春に』)から第2章への「夢の引き継ぎ」を経験したことはないみたいです。
 「あれはあれ」「第1章は第1章」「第2章は第2章」、そう単純に割り切ってしまう癖があるからでしょうか。
 時間が経ち振り返ってみればつながっていた、ということは結構あったりします。でも、その境目の時は、つながりが見えていないというか、わざとつなげないように見るというか。

 あー、ちょっと、ぼくの中の妄想で書いているので、何を言っているのかわからないと思います。すみませぬ。

 でも、緋色さんが書いた夢の中でしか逢えなくなった「大切な人」を、強引に「人」ではなく「夢」自身に置き換えると、逆にその「夢」から「ある人」が想像できたりします。
 それはどういう想像かというと、

 「そういや、あの人はデビューする前は何か夢があったんだろうな」
 「でも、その夢がデビューすることで叶ってしまうと、その夢はどうなったのだろう?」
 「もしその時に、ぼくらファンが応援していることに気づいたら、どうしたのかな?」
 「夢は叶って消えてしまったけれど、『夢』とは別の、現実のファンに向けて、今は歌ってくれてるのかな?」

 なんてことです。
 そういえば、緋色さん、倉木さんは「夢」をどうしたのでしょうねぇ。

 なくしてしまったのでしょうか。
 どこかのビンに封じ込めたのでしょうか。
 それとも砂に埋めたのでしょうか。
 ただ単に置き忘れているだけなのでしょうか。

 いろいろ想像してしまいます。

 で、そこから強引に話を続けると、形のないもの(=夢)や心でしか見えないものはいいなぁと思います。
 だから、このまま逢わなくてもいいな、とぼくは思ったりするんですよね。
 逢えばそこで、夢というか、希望を抱いたイメージは、しゅる、るるると消えてしまうでしょ?

 と、長くなりましたが、緋色さん。
 以上、詩人の会の(597番)(598番)への返事でした。
 いろいろ想像をさせていただき、なかなか楽しいのではありませんか。
 ではではまた、忘れた頃に〜。

 あ、DRIVEさんも(18739番)。
 そうそう、思い出せば、「上善如水」って意外と置いているお店多そうですよね。
 でも、それまで読み方が全くわからなかったので、1回も注文したことがありませんでした〜。
  

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2003年9月30日(火)-2
ざ、残念。


 『倉木麻衣さんへの掲示板』などを見ると、倉木麻衣さんが来年4月からライブツアーをするらしい。
 なにやら、倉木さん自身が沖縄のトークライブで話したという。

 
うーん、残念

 来年は考えてみると、倉木さんは大学で最終学年を迎える。
 1年残って、再来年5年目を経験するのもなかなかオツなものだとは思うが、もし来年1年で大学生活を終えようとするのなら、来年4月からのライブツアー開催は、残念で仕方がない。

 ここは一つ、丸々1年、大学生活を送ってほしかった。
 そして、京都の街をブイブイいわせてほしかった。
 そうすることが、この先の10年、20年の倉木さんの生活の支えになると思っていた。

 できるなら、そのライブツアーは、飛び飛びの緩やかなものであってくれないかな。
 普通に近い大学生活を送り、恋をし、悩みを友達に相談し、「もう今年で会えなくなるね」と言い合って1年を過ごす。
 わざと思い出を作るために旅行にもいったりして。
 そんな生活を送ってほしかったなぁ(ってまだ決まってないと思うけど)。

   ●

 でも、なんでそんな生活を送ってほしいかというと、これがもう自分勝手な理由。
 「これからの倉木さんの音楽に幅が出るから」だったりする。

 なんてこった。
 「倉木さんの生活の支えになる」と言っておきながら、こうなんだもんなぁ。

   ●

 これからどれくらい倉木さんは歌を歌い続けてくれる、または、続けていけるかわからないけれど、もし歌を歌う生活じゃなくなった時にも、来年1年を一緒に過ごした友達は、ずっと一緒にいてくれると思うのよね。

 全然会っていないけど、今でもぼくの一番の親友はイケヤンだと言えるのは、きっと最後の学生生活の1年間を一緒に過ごしたからだと思うのよ。
 そして今でも結婚式で集まれば、あの頃の続きで話ができるのは、やっぱり最後を飾ってくれた、TカダやTグチやTウチやTツキや…、って全部「T」やん。

 というのも、大学の最初のオリエンテーリングで一緒に部屋に泊まったヤツらが、一緒のクラブに入って、そこから一緒に4年間過ごしたってこと。
 だから、五十音の学籍番号順に「T」が名字の人が集まってるのよね。

 ということで、ここはどうか「友達」であるファンのことは横に置いといて、来年1年は倉木さんの現実の隣りにいる同級生と1年を過ごしてもらいたいと強く思う。

 ほんと、
強く思う

   ●

 そして、その音楽活動を休んでいる来年1年で、音楽生活に戻りたくなくなったら、それはその時のこと。
 別の新しい生活が待っているんだから、それはそれでいいやん。

 人気がなくなっても、それはその時のこと。
 きっと、倉木さんの友達が、それからの生活を今以上に楽しくしてくれるよ。
  

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