OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年9月1日(月)
引っかかった曲。


 昨日は車で奈良公園からぐるっと山の方の道を走っていたら、いつの間にか天理へ着き、いつの間にか、桜井へ着き、いつの間にか明日香村まで行ったのでした。
 おかげさまで日記はお休み。

   ●

 今日、FM802さんで、「あ、これは」と思った曲2曲あり。

 『IT'S ABOUT TIME』LILLIXさん
 あれ?「イッツ・アバウト・トーン」と聴こえた気がしたので、別の曲かもしれない。
 この曲は、「アブリル・ラヴィーンさんが4人で歌っているよう」とちょっと前のFM802さんで紹介された曲。さわやかな洋楽。

 『ビューティフル・デイズ』ゴータウンさん?
 この曲は、『ロック・キッズ802』でDJの西田新さんが紹介してくれる。
 邦楽。
 始まりが、「おやおや?サイバーサウンドさん?」というような『冷たい海』のような意外な音で始まる。歌謡曲にはありそでなさそなメロディ。

   ●

 あと、今日はFM802さんで、ミスター・チルドレンさんの曲が解禁されたみたい。
 でもそのミスター・チルドレンさんの曲は、当面発売される予定なし。来年発売になるだろうアルバムに収録されるかも、というくらいの曲。
 でも、今聴いてほしいということで、ラジオ局で放送してもらうためだけに解禁したという。

 曲の内容は、あまり詳しく歌詩が聞き取れていないが、「加害者」とか「被害者」とかいう単語が耳に残る。
 ひどい事件が相次ぐ中、来年のアルバム発売を待つのではなく、「今、必要な歌とはなにか」。そうミスター・チルドレンさんたちは考えたのだろうな。

 売るためのもの。
 最終的にはそうなのかもしれないけど、今日は9月になったばっかり。来年1月にアルバムが発売されたとしても、まだ4カ月もある。

 歌手の人は、なぜスタジオの中でマイクに向かうのか。
 「そろそろ新曲でも作ろっか」ではなく、「みんなでワイワイ楽しくやろうぜ」でもなく、「この曲を、今、この言葉を伝えたい」、そんな単純な、根本の、忘れていたものに触れたような気がした。

 曲のタイトルは覚えていないけれど、倉木麻衣さんにも、そんな気持ちを今まで通り持ち続けて歌ってほしいなと思った。
  

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2003年9月1日(月)-2
あらら、ほんとに夏風邪だった。


 あらら、ほんとに夏風邪だったとは。

 ということで、一つアンケートを追加(夏風邪は全く関係ないけど)。

 『2003年11月発売予定の新曲は「バラード」がいい?「UPテンポ」がいい?』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai77

 ぼくのジンクスとしては、夏風邪は長引く〜。
 風邪薬を飲むと、余計に長引く〜(というか薬の副作用が出る〜)。
 自分を信じて、卵酒で自己治癒力を高めてくださーい。

 お大事に。
  

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2003年9月3日(水)
夏なのにブルー。


 昨日は落ち込んでいたので、日記は休み。

 なんで落ち込んでいたかというと、会社のウィンドウズに外付けのフロッピー・ドライブを付けようとしたら、再起動しても立ち上がらなくなったのだ。

 
なんてこと

 そのパソコンは経理で使っている大事なもの。
 それまで経理で使っていたノートパソコンはちょうど修復中だったりする(ぼくが修復しているところ)。
 ということは、うぎゃー。

   ●

 その上、帰りの近鉄鶴橋駅では、ぼくと一緒に階段を下りていた男の人が急行に乗れて、ぼくは目の前で扉がしまった。

 昨日はとてもついてない一日であった。

   ●

 今日は朝から経理のパソコンの修復を試みる。
 が、セーフモードでは立ち上がるが、普通に立ちあげようとすると、エラーメッセージが出て固まる。
 しかし昨日電話をしていたパソコン関係の会社のIさんがヘルプに来てくれる。
 見てくれたところ、緊急の起動ディスクと上書きできるOSがあればたぶん立ち上がるだろうとのこと。明日かあさって、もう一度来てくれることになった。
 Iさん、感謝感謝です。

   ●

 で、もう一台修復中だったノートパソコンは修復をあきらめ、ただいま再セットアップ中。
 でも、またその途中止まってしまう。
 なんとかならんかウィンドウズ。ぼくの会社のマックはもう5年以上使っていると思うけど、1回も再セットアップなんてしたことないぞ。

 と思ったら、家のマックは何回も再セットアップしたな。

 ううむ。なんとかならんかヤモリとパソコン。

   ●

 本日もDIARY更新なのね。
 なんか9月で新学期が始まったみたいでいいね。

 この前の日記に書いたミスターチルドレンさんの曲のタイトルわかる。
 『タガタメ』とか。

 ヘミングウェイさんの『誰がために鐘は鳴る』の「たがため」やってんね(「だれがため」じゃなく、「たがため」って読んでよ〜)。

 『MR.CHILDREN_OFFICIAL_SITE_VERSION_1.0』さん
 
http://www.mrchildren.jp/
 (↑ここでこの歌ができた過程と歌詩が全部読めるかも)
  

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2003年9月4日(木)
探偵。


 会社に新しいウィンドウズが入る。
 このウィンドウズは前から入れようと言っていたものだが、2台とも動かなくなったので、急きょ一昨日インターネットで注文したもの。
 15インチの液晶モニターつき、送料・代引き手数料込みで9万4000円ほど。
 バカやすい。

 開けてセットアップすると、液晶モニターを支える幹のところが曲げられない。強引に曲げるとパキッと割れそう。
 メールで購入先に問い合わせる。
 と思ったらすぐに電話がかかってきて、「思いっきり曲げてください」とのこと。「もし割れた時は責任を持ちます」と名前を名乗って言ってくれる。
 この問い合わせは結構あるみたいで、「何人もの方から問い合わせをいただいているが、割れたという報告は来ていない」とも。

 じゃ、思いっきり折り曲げようと思ってパソコンのところにいくと、同僚が支えるところを分解してペンチを持って曲げようとしている。
 これならモニター本体は傷つかないか。
 遠慮なく曲げてみる。
 曲がるには曲がったけど、普通の人なら曲げずに「安かったから欠陥商品でも仕方ないか」と諦めてるだろうなぁ。

 で、ぼくの会社が買った新しいパソコンは、イーヤマさんのバソコン。
 この分です。

 『iiyama e-shop PC』さん
 
https://www.iiyama-sales.com/sales/
 usr_prd_cust.cgi?product_cd=00998357

 ウィンドウズXPのOSも組み込んであって、最初の登録を済ませれば、もうインターネットにつながった。
 こんなにパソコンは楽になったのね。

   ●

 倉木麻衣さんの新曲の噂が耐えない。

 今度はこういうタイトルらしい。

 〈no more secret

 ううむ。
 なんかにおう。本物くさい。

 (妄想理由その1)
 〈no more〉は、イラク戦争が始まった時にいろんな人が言ったメッセージ、「no more war」からヒントを得て、暗にそのメッセージを込めているような気がする。

 (妄想理由その2)
 この前の前の倉木さんのDIARYのこの一節。

 〈英語の単語で“Baby”というと〈赤ちゃん〉って意味もあるけど、この言葉、Mai.Kは単語の中で大好きな言葉でもあります。他に好きなのは、“Secret”や“Don't you know”とかひびきが良いから…。他にも沢山あるけれど、やっぱり一番は“L.O.V.E”!! かな(笑)。

 ここを読んだ時に、「ぬ?〈Secret〉?そんなに使ってっけ?」と引っかかった。
 なぜなら、〈Secret〉を出すなら、「heart」や「my」の方が「Baby」の次くらいに多いと思ったから。
 しかも、〈Secret〉のあとに、〈Don't you know〉って。

 
倉木さん、それ〈単語〉やないやん〜

 だから、〈Secret〉のあとに、とってつけた〈Don't you know〉は、倉木さんが「あなた、秘密を知ってるの?」と聞いてるように思った。

 つまり、倉木さんは、何かのヒントをこの前の前のDIARYに込めた。
 でも新曲のタイトルが発表されると、あのDIARYにタイトルのヒントが書かれていたことがわかってしまうので、ヒントとは思われなくするために、次のDIARYがいつになく早く2日後に更新された。

 なんちゃって。

   ●

 ま、何にしても、新曲の発表がないってことはワクワクする。
 いろんなことが想像できる。
 あまりに早く発表されると、発売日前にテンションが落ちてしまうのよね。
 だから、できるだけこの状態を引っ張ってほしいと思う。

 噂が噂を呼んでしまうような、そんな新曲になっているような感じで、この感じなんかいいやん、ね。

 (でも、あのDAIRYで、新曲どっちにしようか悩んでいる、ということを書いたあたり、倉木さんはコミュニケーションをとるのがすごくうまくなったなぁ、と思ったのでした。そう書かれたら、アンケート、アップしてしまうもんなぁ)

   ●

 今日は珍しくFM802さんの『プライム・ヒッツ802』で倉木さんの曲がかかる。

 『Stand Up』

 やっぱり『Stand Up』と『Love, Day After Tomorrow』は、FMラジオのスタンダードナンバーになったんだと感慨にひたる。
 と思ってたら、DJの人の声が山添まりさんではなく、浅井博章さんではないの。

 浅井さん、10月27日、28日のライブの紹介までしていただいて、かたじけないです。
  

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2003年9月5日(金)
だらだらと。


 今日はなぜかだらだらと途切れなく仕事が入ってきて、なぜか一番最後まで会社に残る。
 気づけば午後9時30分。
 インターネットラジオ、終わってるやん。
 奈良にあるラーメン屋の梅蔵食堂さんも帰ったらしまってるやん。

 よって今日の日記はお休み。

 イースト中崎にまた新しいお店ができそう、という情報が入る。
 たった1年でまちはえらく変わるものなんだな。
  

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2003年9月6日(土)
リアン・ライムスさん。


 先週の倉木麻衣さんのラジオ番組『Mai-K Baby I LIke』でこんな発言あり。

 〈やっぱりリーアン・ライムスはすごい迫力があるし、声にパンチもあったりして。で、ま、自分自身の場合、ま、自分で分析するのちょっと、おかしい、か、な、あ、と思うんですけども。あの、ま自分結構声帯的に細い、声帯だったりして、あのー、声の質とかもそうなんだけど、結構、なんだろ。ささやき系な感じが自分でもするなあなんて思っていたり、するんですけども。あの、それに対して、こういう、歌唱力がすごい、パンチのある歌声を聴くと、私もこういう歌ってみたいってなるので。あのー、帰りに、学校の帰りに大きな声で歌ってました。

 おー、倉木さんが自分の歌声のことを自分で分析した話を初めて聴きました。
 〈ささやき系〉かぁ。なるほどなぁ。
 それにしても、声帯が細いと思っていても、感動したらパンチのある歌にもトライしようとするのね。
 デビュー前から挑戦者だったんだ。
 だから、次々といろんな曲調に挑んでいるんだなぁ。

 で、倉木さんは、リアン・ライムスさんの『ハウ・ドゥ・アイ・リヴ』をデビューする前に聴いて感動していたそうです。今でも聴き返すと、その頃の感動を思い出すそうな。

 『リアン・ライムス』さん
 
http://columbia.jp/~leann/
  

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2003年9月13日(土)
予測。


 うがが。
 史上最強の9月だ。
 日記を書くことができなくなるなんて先週ぼくは予想できたでしょうか。

 ミニコンポを買い、洗濯機も買い、生活が大幅に変更になる中、いったい今週はなんなんだ。
 昨日は一息つけると思っていたら、一昨日の夜、毎月定期的に原稿を作ってくれている制作の人(外注さん)が緊急入院。その直前には同僚の親類にご不幸ごと。
 いったい全体なんなんだよー。

 今から会社を出て、原稿を渡しにいかなくては。

   ●

 そんな中、こんな予測を発表した人がいた。

 『<地震予知>16日前後に南関東で発生? 研究者が討論会』
 
http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/200309/13/
 20030913k0000m040108002c.html

 この毎日新聞さんの記事によると、今月16日、17日あたりに南関東で大きな地震があるという。

 〈今回の予測は「今月16〜17日を中心とした前後2日の間に、南関東圏でM7・2前後の地震が起きる可能性がある」というもの。可能性が高い順に(1)この本震の後、10月31日の前後3日にM6・5前後の余震が起きる(2)9月には起きず、10月末以降にM7・2前後以上の地震が起きる(3)有感地震としては観測されない「ゆっくり地震」などが起きる――とした。

 この地震の予測を発表したのは、私設で天文台を開設した八ケ岳南麓天文台長の串田嘉男さん。

 〈串田台長は「今回は新たなパターンの変動のため、発生しない可能性もあるが、もしもの場合に備えてもらえればと思い公表を決断した」と説明する。

 ということです。
 地震が起きなければ、この串田さんは「嘘つき」よばわりされ、信用をなくすかもしれない。そして、地震が起きなければそれでみんなは助かる。
 でも、地震が起こった時はどうなるか。

 予測したことを発表してくれたことで心の準備ができる。
 でもどうか何も起こりませんように。そして何か起こったとしても、何もなかったかのように、多くの人の日常が続きますように。

 『八ヶ岳南麓天文台 地震前兆電離層観測研究センター』さん
 
http://www.yatsugatake-eorc.org/
 (ここが串田さんの天文台のホームページみたい。望遠鏡がものすごい本格的で、これだけの施設を私設で作れるなんて)

 『EPIO応援班』さん
 
http://epio.jpinfo.ne.jp/
 (串田さんの観測を全国で手伝っている人のホームページみたいです)

   ●

 あー、もう行かなくては。
 『チェッカーお試し掲示板』の空耳さーん(17922番)。
 その新曲の噂です〜。
  

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2003年9月14日(日)
上善如水。


 「上善如水」と書いて「じょうぜんみずのごとし」と読む。
 お酒の話。

 ぼくは日々の晩酌などはしない上に、飲み会があった時にも「とりあえずビール」派だったりするが、酒類の中では日本酒が一番いいのではないかと思いこんでいたりする。

 というのも、大学に入って1年目。クラブに入って第1回目の合同コンパの時のこと。
 先輩が用意してくれた某京都女子大学さんとの合同コンパの席上でコークハイなるものを頂いた(「コークハイ」とはウイスキーでコーラで薄めたもの)。あれは1年先輩のイズタニさんが「これやったら飲めるんちゃう?」と教えてくれたものだった。

 それがまあ、うまいのなんのって。
 お酒とはこんなにおいしいものなのか、と感動すら覚えた。
 その後ぼくはコークハイを注文できるお店では、ことごとくそれを頼んでいたのではないか。

 しかしある時、コークハイは「子どもの飲み物ではないのか」という意識が芽生えた。
 ウイスキーはいいとして、コーラは小学生でも飲んでいるぞ。
 ぼくはその日を境にコークハイを注文しなくなった(その日って、そんなに厳密ではないけれど)。
 飲み会の2次会で注文するものはコークハイではなく、水割りとなった(「水割り」とはウイスキーをコーラではなく水で薄めたもの)。

 それからというもの、どういうことだろう。
 吐くわ、吐くわ。
 ウイスキーのあの匂いをかいだだけで人工的に作られたものを感じ、胃の中に入った段階で「異物が入ってきたぞ。押し出せ押し出せ」と体は熱く活性化するわ。
 ウイスキーは「もうダメダメ」体質になってしまった。

   ●

 ぼくの父親は大の日本酒好きであった。
 どれくらい日本酒好きであったかというと、肝硬変になり肝臓ガンで亡くなってしまうほどの日本酒好きであった。
 酒を飲み出すと、グチグチと怒り出すので大嫌いだった。

 だから、というわけではないが、大学に入ってから最初にコークハイに目覚めたぼくは、日本酒のことなど眼中になかった。
 しかし、コークハイは子どもの飲みもので「ハイ、落ちた」、水割りは吐いてしまうので「これもまた落ちた」。
 たどりつく先は、売り出し中のチューハイと日本酒ということになった。

   ●

 チューハイは、「とりあえずビール」が「とりあえずチューハイのレモン」となるほどのマイブームとなった。
 宝酒造さんがチューハイを大々的に売り出しし始めた頃だ(最近、第二次ブームのようですが)。

 飲み会の最初にチューハイやビールを頼むと、それは「とりあえず」だった。
 次に頼むものは同じものでは味気ない。そんな暗黙のルールがその頃あった。
 であるけれど、チューハイのあとにビールを頼むのは時間が逆戻りするみたいだし、かといってビールのあとチューハイにいくのは、何かガツンと酔えるものが足りないような気がした。
 そこで登場したのが日本酒だった。

   ●

 長い前ふりだったが、ようやく上善如水のこと。
 上善如水のことは最近知った。
 テレビでナインティ・ナインさんのトーク番組に井川遥さんが出ていた。
 そこで井川さんが「最近、日本酒が飲めるようになった」とか「最近はまっているお酒がある」とかいうような話をされた。
 ナインティ・ナインの岡村隆史さんが「そのお酒の名前を当ててみましょうか」と言い、ズバリ当てた銘柄がこの上善如水だった(お酒の飲めない岡村さんもこのお酒は飲めるとか)。

   ●

 『上善如水』さん
 
http://www.jozen.co.jp/top/syohin/sina/kuwa.asp?id=1

 上善如水は、フルーティーなお酒だった。
 これは日本酒とは呼べないような。

 〈「上善は水の如し」とは、2000年以上前の中国の思想家、老子の理念です。
 老子は、「もっとも理想的な生き方(上善)は、水のようである」という思想を説いています。
 その老子の思想に重ね合わせるように、「最良のお酒は限りなく水に近づく」と水にこだわり続け、上善如水は生まれました。


 とは、上善如水がビンが入っていた紙の箱に書かれたいた言葉。

 〈最良のお酒は限りなく水に近づく

   ●

 そうそう、だから、大学時代の2次会では後半は日本酒になったのだが、ぼくは上善如水を知らなかった。
 上善如水は知らなかったけれど、日本酒はウイスキーみたいに胃に入っただけで体中を猛烈に活性化させることはなかった。

 その後「とりあえずビール」派になるぼくは(チューハイのブームは知らぬ間に去っていた)、ビールの次は引き続きビールで勝負を挑むか、日本酒になだれ込むかが定番になった。

 もしあの頃、上善如水を知っていたら、日本酒はトックリじゃなくワイングラスで飲んでいただろう。
 「その後どう?アハン」なんてキザなセリフも言える人間になっていたかもしれない。
 出会うのが遅すぎた。

   ●

 でもねぇ、この上善如水さん。
 飲む前にかぐ香りと、一口目に口の中に広がる感覚は誠にフルーティーなのだが、続けて飲んでいくと、いつもの日本酒の香りが出てくる気がするのよね。
 そのへんがあと一歩、という感じが残ってしまう。

 やっぱ、赤玉ポートワインの甘口ワインがぼくにはあっているのか。
 でも、甲府の居酒屋さんでたまたま飲んだ日本酒の「十四代」がめちゃめちゃおいしかったものなぁ。
 そういえば、いつかの親睦会で紹介してもらった、岸和田のフルーティーなお酒(ビンの色が黒くて、中に光が入らないようにしていたお酒)もおいしかったしなぁ。

 と、倉木さん以外の話題で接点がないという方に向けて、お酒の話をふってみました。
  

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2003年9月14日(日)-2
sewing table cafe in 星ヶ丘。


 つい最近のことだろうか。
 カフェがマイブーム。

 先週、国道24号線を北上し、京都の大久保から宇治を通り、天ケ瀬ダムをぐるりと回って滋賀に入った。
 そこから琵琶湖の西側をさらに北上。
 観音寺を通り、びわ湖大橋から伸びている道で左折。
 比叡山大霊園の横の道を上がったところにある「ブルーベリーフィールド 紀伊國屋」さんに行った。
 まだ先週が、史上最強の9月になると思わなかった頃。

   ●

 まわりは何もない。
 田舎。
 というより、山の中。
 でも車がいっぱい。
 そこにはレストランとカフェがあった。

 『ブルーベリーフィールド 紀伊國屋』さん
 
http://www.bbfkinokuniya.com/
 (勝手にリンクすみません)

 そのお店のオーナーさんはダンナさんを亡くされた時、ブルーベリーの木が1本あったそうな。
 その木を大切に育て、今ではお店の周りはブルーベリー畑。
 低いブルーベリーの木々が、そのお店を守っているよう。
 カフェのベランダからは、琵琶湖が見えた。

   ●

 今週、行ったのは、「sewing table」さんというカフェ。
 「sewing table」という名前の通り、洋裁学校の敷地内にある。
 場所は大阪。枚方の星ヶ丘。

 車で目指したぼくは、一度通り過ぎた。
 それほど、そのカフェはありきたりな新興住宅地にあった。
 細い急な坂道を車がひっきりなしに通る。
 ぼくはその1台の車として、お約束のように通り過ぎた。

 もう一度京都から来た国道307号線に戻り、左折して1号線に入り、さらに左折して168号線。そして京阪星ヶ丘駅の南の端にある道に出て、細い道を東へ上がった。
 なぜもう一度戻ってさがそうとしたのか。
 それはインターネットのホームページでこういうページを見ていたからだ。

 『SEWING TABLE CAFE』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://www.geocities.co.jp/Foodpia/3594/cafe/sewing/sewing.html

 感じいいでしょ。

 〈さて、ここからはいつものようにいろいろ書きません。このカフェに関してはあたしの感じた事を書くよりも、皆さんに写真を見て頂いていろいろ想像して頂けたらと思うので。未熟なカメラマンの写真ではありますが、ここの気持ちよさは、多分、伝わると思いますので。

 という紹介文にもひかれた。
 だからどうしても見つけたかった。
 地図では近くらしき小さなスーパーの駐車場に車を止め、歩いた。

   ●

 ぼくはやはりもう一度通り過ぎていた。
 目印となる「星ヶ丘洋裁学校」の看板は、坂道をのぼりきったところの電信柱の上に掲げられていた。
 その看板は車からでは見えない。
 木々にさえぎられているし、その上、その看板は太陽の光で輝いている。


 看板に沿って歩いた。
 「星ヶ丘洋裁学校」の校門らしきものが正面にあった。
 しかし、あるのは校門とその右奥に駐車場の看板。左側には洋裁学校の教室らしき建物。
 教室らしき建物の前に、「sewing table」の白い文字が木の板に書かれていた。
 矢印は教室の奥の方を向いている。


   ●

 左にある教室をぐるりと回る。
 教室の続きにある「トイレ」の文字。
 まだここではなさそう。
 もう少し奥まで歩いた。
 左側に、白い不思議なテントがたくさん建てられている。
 一瞬、「ここはパナウェーブ研究所が関係しているのか」という不安が頭をよぎる。
 もう少し奥へ歩いた。
 右側に納屋があった。


   ●

 まさかと思ったが、その納屋が「sewing table」さんだった。
 4人の人がその納屋の中にいた。
 困ったことに、ぼくは誰がお店の人かわからない。
 奥にバンダナを頭に巻いて立っている女の人がいた。
 「あの人かもしれない」
 納屋の前で立ち止まっていたぼくは、その人に近寄ると、左の奥にあるテーブルに案内された。

   ●

 テーブルは、ぼくが小学校の時に使っていたような木の勉強机。そして椅子。二人掛け。
 明かりは、自然な太陽の光。反射させるのは納屋の白い土壁。
 空調は、自然の風。小さな野原を越えて吹いてくる。
 そしてその風は、白いのれんを揺らし、時々、吊り下げてある木管を鳴らす。

 スピーカーを探した。
 上の方から、緩やかな沖縄音楽のような音が流れていた。
 「BOSE」のスピーカーだろうか。何度も上を見た。
 上には、白熱電球。その上には、白い土壁で支えられた天井。それしかなかった。

 ぼくはグリーンティーを頼んだ。
 少し甘め。手作り風のカップ。
 ぼくが飲んでいる前には、近所のおばあさんの写真の写真。
 その写真は、何枚も展覧会のように額に入れられている。

 京都の直指庵(じきしあん)にある「想い出草」のようなノートが置かれていた。
 「一度通り過ぎました」と書いた。
 忘れずに、「展覧会」の主人公のおばあさんにあて、「お元気で」とオッホの名前を添えて書いた。

 カランカラン。
 木管がどこから聴こえているのかわからない沖縄音楽に合わせて鳴った。

 「お勘定を」

 ぼくは、納屋の入口で庭を耕かしているお店の女性にそう言った。
 そしてようやく見つけた。
 沖縄音楽は、ぼくのテーブルのすぐ左。
 机と思っていた大きな古いスピーカーから流れていたものだった。

   ●

 帰りにぐるりと回った教室で展覧会が開かれていた。
 靴を脱いで上がった。
 「関係ないぼくが入っていいのかな」
 そう思ったが、教室に入って、すぐ右のテーブルで受付をしているらしき人に、会釈をしてごまかした。

   ●

 〈柔らかい気持ちで柔らかくわかって欲しい事柄

楽しむことのできる風景を思い出すことができますか
気がついた風景の中にいったい何を見ようとしたのか考えたことがありますか
いつも、いつまでも、しかし、それでも
探っていくとうきうきするような音楽に出会うということはありますか
歌っている相手の顔がスピーカーの中で恥ずかしそうに笑っているのがわかりますか
そわそわ、もっとも、目がときどきしばしば
書いている文字の形に疑問をもったことがありますか
気持のこっちにもあっちにも伝わらないと感じたことはないですか
じっと、いつまでも、しかし、それでも
柔らかい気持で柔らかくわかって欲しい事柄

   (『A HUNDRED POEMS』永井宏さん著・ウインドチャイム・ブックス発行)

 そんな詩と、その詩と共にカラーの絵が描かれていた額がたくさん掲げられていた。
 たまたま入った展覧会だったのに、そんな詩たちが目に入ったものだから、永井宏さんが書かれた『A HUNDRED POEMS』を1200円(税込)出して買った。
 受付の人に、「これで許してね」という気持ちもあったかな。

   ●

 〈探っていくとうきうきするような音楽に出会うということはありますか
 あります。すごい音楽に出会っています。

 〈歌っている相手の顔がスピーカーの中で恥ずかしそうに笑っているのがわかりますか
 あります。すごくわかる時があります。

 〈書いている文字の形に疑問をもったことがありますか
 あります。すごく疑問を持った時があります。

 〈気持のこっちにもあっちにも伝わらないと感じたことはないですか
 すぐには伝わらないと思うことはあります。でも、伝わっていると感じることの方がその何倍もあります。今もすごく伝わっていると感じています。

   ●

 きっといつまでも心に残るカフェだと思います。
 そして、時間が経てば、跡形もなく消えてしまうお店かもしれません。
 もしこのカフェがずっと残るとしたら、それは村上春樹さんの小説の中かもしれません。

   ●

 倉木麻衣さんと、そして倉木さん以外の話題で接点がないという方、そして、大阪・堀江にあるhills パン工場のCDを聴いてカフェに目覚めてしまった人にお薦めいたします。
 でも店内では静かに時間が流れているので、もし行かれるのであれば、あまりおしゃべり好きではない友達と一緒か、または一人で訪問してほしいと、ぼくが頼んでしまうカフェでした。

 (永井宏さんに関する展覧会は、あ、14日まで。月曜休館だったので、今日が最後でした)
   ●

 『永井宏 - windchime letters』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://members.jcom.home.ne.jp/windchime/

 あ、星ヶ丘のことが書かれている。
 あ、今日、もう少しいてたら、永井さんに会うことができたんだ。

 『SEWING TABLE』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://village.infoweb.ne.jp/~ibox/ochaya.htm

 このホームページのところにある「
backnumber」をクリックするとこんな文章が書かれていました。

 〈sewing tableをやりはじめてから強く心に感じたことは言葉だけじゃなく、伝えたいと思う心さえあれば、心でつたわるんだなと言う事を実感しました。

 そんな文章を書かれた人が、この「sewing table」さんの店長さんのようです。
  

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2003年9月15日(月)
京都八幡木津自転車道。


 9月13日(土)付の『NIKKEI プラス1』(『日本経済新聞』についている小新聞のこと)。
 1面「何でもランキング」の特集は「お薦めのサイクリングコース」だった。

 「奈良にあるサイクリングコースの法隆寺までの道は載っているかな?」と思って見てみると、10位までのランキングには載っていなかった(アハ)。
 関西で載っていたのは、次の二つ。

 6位「びわ湖よし笛ロード」
 10位「一般府道京都八幡木津自転車道線」

 琵琶湖の周りを自動車で走るだけで、その景色のよさに「住みたい」と思ってしまうぼくは、6位の「びわ湖よし笛ロード」は場所も知らないのにうなずいてしまう。
 しかし、10位の「一般府道京都八幡木津自転車道線」。これって何?

 〈10位「一般府道京都八幡木津自転車道線」
 (京都市−京都府木津町、45.0キロ)
 京都・嵐山からのコース。沿道に神社、仏閣など名所旧跡が多数、歴史探訪に最適

   (『NIKKEI プラス1』2003年9月13日(土)1面より)

 京都にある自転車道だから〈歴史探訪に最適〉はわかる。
 だけど、この自転車道の〈京都市−京都府木津町〉というコース紹介と、〈京都・嵐山からのコース〉という文章を合わせて考えると、もしかしてぼくの家の近所の木津から(と言ってもチトあるが)、あの嵐山まで自転車道を通っていけるってこと?

 
マジィーッ
 (↑コギャルのように言ってください)

 
ほんまかいな
 (↑できるビジネスマンのように言ってください)

 疑問を持ったぼくは、『Mai-K Baby I Like』で倉木麻衣さんがするように「リサーチ」してみた。

 そしたらなんとまあ、あるやないの。
 実際そこを自転車で走破した人の体験記も載っているやないの。
 (以下、みなさん、勝手にリンクしてすみません)

 『流れ橋〜嵐山 自転車専用道ガイド』さん
 
http://www.geocities.co.jp/Athlete/4577/

 『京都八幡木津自転車道を走る』さん
 
http://www1.kcn.ne.jp/~saga-j/turedure15.html

 『嵐山八幡木津自転車専用道』さん
 
http://www.interq.or.jp/power/namazu/NewSite/NewFiles/
 namapota/n-kizugawa.html

 『京都八幡木津自転車道』さん
 
http://homepage2.nifty.com/potterist/maps/kizu/
 
 特に、『流れ橋〜嵐山 自転車専用道ガイド』さんのホームページは、京都・八幡市のながれ橋から嵐山までいく方法を写真を交えて紹介してくれている。危険な場所はここ、道を間違いやすい場所はここ、と親切にわかりやすく説明してくれている。

 あー、でも残念。
 ぼくはまだこの道を走ったことがない。
 というこは、倉木さんの『Mai-K Baby I Like』に投稿することができない。
 うう、せっかく『Mai-K Baby I Like』の「ライク・イット・京都」で読んでもらえそうな話だったのに、残念だぁ〜。

 あれ?
 そういえば。

 ずっと前、京都を自転車でかなり長い距離を走ったって、『チェッカーお試し掲示板』でポン太さん、書いてませんでしたっけ?
 それって、この道のこと?
  

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2003年9月15日(月)-2
夢は何年経てば叶うのか。


 夢は何年経てば叶うのか。
 単純計算なら6年。

 昨日のよう。
 あの時から今日まで1日しか経っていないよう。

 でもその夢は、夢が叶うまで、今年は黙っていよう。
  

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2003年9月15日(月)-3
阪神、優勝。


 やった。やったー。

 ばんざーい。ばんざーい。

 待っててよかった。
 信じててよかった。

 阪神優勝、ばんざーい。

 おめでとー。

 関西テレビは緊急特番だー。
  

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2003年9月15日(月)-4
田淵選手、阪神で初優勝おめでとー。


 田淵〜、田淵選手〜(と呼び捨てですみません)。

 阪神での初優勝、おめでとー。

 18年前ではなく、江夏がいて、田淵がいて、その頃の阪神。
 星野投手が優勝させようと投げたゆるい球を打てず、最終戦で優勝を逃してから、何年なんだ。
 夢は、何年経っても、いつか叶うものなんだな。

 背番号22番、田淵選手〜。
 阪神での優勝をずっとぼくらに夢見させてくれた田淵選手。
 おめでとー。
  

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