OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年8月17日(日)
たっぷり夏休み。


 あつ〜。

 いつから休んでたのか忘れるくらい、今日まで日記をお休み。

   ●

 昨日の倉木麻衣さんのラジオ番組『Mai-K Baby I Like』。

 
はじけてるぅ〜

 えらく倉木さんが弾けてる。
 今までのラジオ放送に感じられた目に見えないバリア(遠慮)がなくなり、どんどん言葉が出てくる。

 ぶっつけ本番で録音するのではなく、事前に一度下読みするようになったのかな?
 ほんと、ぐんぐん言葉があふれてる。
 すごい変化。

 と言っても、パソコンの設定をし直していたら、深夜0時15分くらいになってしまったので、そのあとのことしかわからないのですが。ちょうど「ライク・イット・京都」のちょっと前あたりかな。
 「ご先祖を大切にしよう」とか「お墓参りしましたか?」とリスナーに向けて質問する時もノリノリ。ノリノリというか、「自然」。

 「ライク・イット・京都」で、各地の方言を話すところがあったが、「なすでなす」と少しボケをかましたあとに、「ちょっと『さむー』と思った人がいると思うんですけど」とポンとすぐに言った。

 関西弁の「ほかす」という意味がわからなかったとのこと(=「捨てる」の意味)。
 「私は関西の出身とは、また違う、東京の方なんですけども」の発言もあり。
 いやぁ〜、この回の放送はすごい。ターニング・ポイント、かな?
 大学のレポート作成・提出が終わり、時間と気持ちに余裕が出てきたのかな?

 「ちょっとここらで、リクエストが来てはります。(中略)倉木麻衣で『ハッピー・デイズ』。聴きよし

 と、「京都の言葉で、間違ってるかもしれないけど、言ってみたいと思います」と前置きをおいて言った。
 これは正解?
 「リクエストが来てはります」ではなく「リクエストもろてます」で、「聴きよし」ではなく、「聴いてみよし」という気が…?
 でも、敬語の「はる」がテーマだったから、「来てはります」となるかな?
 ぼくも京都人ではなく、4年間しか京都では過ごしてないからわからないなぁ。
 ほんとはどうだろ?

   ●

 「レット・イッツ・京都」で紹介していたところ。

 『拾得(じゅっとく)』さん
 
http://www.live-schedule.com/jittoku/

 京都のライブハウスさん。「ちょっとライブハウスで、ちょっと大人の雰囲気で」「私もこういうアコースティックなライブできたらなぁーと思っていますが」の倉木さん発言あり。わお。

 『京都弁』
 「○○しよし」→「○○すれば」、「○○はる」→「京都の敬語」とか。
 「関西なのに、自分の知らなかった言葉、教えてくださーい」とは倉木さんの弁。

   ●

 「ちょうど20回目ということで、まだまだ未熟な点などありますが、みなさんこれからも、『Mai-K Baby I Like』のラジオ番組の方よろしくお願いしまーす」
 「読書感想文、私も苦戦しました」
 「ここまで、わたし倉木麻衣がラジオ番組をしてきましたが、みなさんもし何かこう、感じたものとか、この番組を聴いていて、こういうところをもうちょっとこうしてほしいなどなどありましたら、是非リクエストお待ちしていますので、みなさんどしどし送ってきてくださーい」

 とのこと。
 他にも、ジャシカシンプソンさんを紹介している時に、「感謝する気持ちを大切にする」というようなところにも、倉木さんは共感していたのでした。

 『Mai-K Baby I Like』でこんなことしてほしーなー、ということは、外へ出て今までに紹介したお店訪問をしたり、コーナーを全部なくし1時間まるごとリスナーのみんなのメッセージを読みまくる、なんてことかなぁ。
 20回にしてようやく、自分で自分をしばっていた縄がとけたと思うので、あとはもっともっと自由にしていけば、聴いてるぼくらも楽しくなるのではないかと思いました。

 そうそう、京都近辺の人しか聴けない番組だけど、機会があれば「お出かけ『Mai-K Baby I Like』」として、他の地方で公開録音みたいなことができればいいのだけどなぁ。
  

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2003年8月18日(月)
男はブラウン。


 今日からまた仕事。

 なのにすっかり忘れてた。
 お盆休みを交替でとっているお得意様があることを。

 
どひゃー。

 休み期間中の仕事、まるごと溜まっとるがな

   ●

 休み中、最後の意地を見せてくれた電気ヒゲソリ機がうんともすんとも言わなくなった。

 で、近所の八千代ムセンさんで買ってきました憧れの「ブラウンシェーバー」。
 と言ってもかなり安めのものなんだけど、お店でさらにまけてくれて1万円を切った。

 今朝、休み中にほったらかしていたヒゲをジョリジョリ。
 なんとまあ。
 こんなにさっぱりなるなんて。
 やっぱ、深ぞりのブラウンさんだけあるなと感心したのでした。

   ●

 そうそう、八千代ムセンさんに行ったついでに、腕時計の電池を入れてもらう。
 交換代、800円くらい。

 気づけば、ここ1年くらい電池が切れたままだった。
 腕時計って、別になくても生活できるのね。
 相変わらず携帯電話は持っていないけど、ほんと携帯電話がなくてもほとんど生活に困らない。
 それもこれも、町のどこかに時計があって、町のどこかに公衆電話があるから。

 ぼくの知らない人が作ってくれた道があるから、遠く三重県名張まで1時間くらいで帰れちゃうんだな。
 顔を見たことがない、声も聞いたことがない人たちに、感謝。
  

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2003年8月18日(月)-2
つらく、悲しい…。


 倉木さん。
 とてもつらく、悲しいことだけど、次の掲示板のゆずさんの書き込み(No.29900)を読んであげて。
 そして、そんなファンの人がいたことを心のどこかに憶えていてあげて。

 『21Mai.K掲示板』さん(勝手にリンクすみません)
 
http://www.kurakimai.org/main/com/21mk_bbs/bbs.cgi

 この日記からですが、ぼくらと同じ、倉木さんファンであるゆずさんの娘さんのご冥福をお祈りいたします。
  

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2003年8月20日(水)
ピアノ、リズム、すごい、たたく、たたく。


 昨日は用もなく、日記をお休み。

   ●

 今日はとうとう『アドバム通信・6』を近所に配布。
 持っていった数が250部くらいと少なかったので、ほんとの近所にしかまけず。
 それにしても、夏の日差し。
 家の前に出ている人には、「ミニコミ作ったんです。またよかったら見てください」と手渡ししていったが、ほとんどの人に「ご苦労さまです」と言っていただけた。

 
「ご苦労さまです」

 なんてありがたい言葉なんだ。
 こんな「ゴミ」と寸分違わないものを配っているというのに。

 喜びながら会社に帰ってくると、「どうしたん?」という皆の声。
 「背中を見てみ」と言われて鏡の前で振り返ると、着ていたオレンジ色のカッターシャツが、真っ赤になっているではないか。

 
どうすればこれだけの汗を流せるのだ

 近所の皆さんが「ご苦労さまです」とつい口にしてくれた理由がわかった。

   ●

 昨日、FM802の加藤美樹さんの番組ですごい曲を聴いた。
 その曲を演奏していた人たちは東京ワッツという。

 と、今ヤフーさんで検索をかけると出てこない。
 おかしいなぁと、「東京ワッツ」ではなく、「東京 ワッツ 立教大学 田辺マモル」で検索をかけてみた(FM802の加藤さんが紹介してくれた話で頭に残っていたのは、立教大学出身で、ピアノを弾いている人は田辺マモルさんのサポートをしていた、ということだった)。

 そうすると出た。

 『東京60WATTS』さん
 
http://tokyo60watts.com/

 何がどうすごいのかというと、東京60WATTSさんたちの曲を聴いた時のぼくの感覚が、倉木麻衣さんの『Love, Day After Tomorrow』を初めて聴いた時のようだった。
 バンプ・オブ・チキンさんの『天体観測』を聴いた時のようだった。
 森山直太朗さんの『さくら(独唱)』を聴いた時のようだった。

 
ガビーン

である。

 ピアノが荒れ狂っている。
 どれだけ鍵盤を叩けば気が済むのか。
 そんな指の圧力をかけると弦が切れるのではないか。

 そんなことを考えてしまうくらい、ピアノの音は激しく、忙しい。

 加藤美樹さんの言葉を借りれば、
「かっこいいー」

 ものすごいです。

 今のところ、ぼくは1回しか聴いていないのですが、来月FM802さんのヘビーローテーションなんかになると、毎日頭の中の鍵盤がズタズタになってしまいます。

 いろんな人にお薦めする前に、自分で買いたい。
 CDはどこで買えばいいのだろうか。

 (↑CDショップやがなぁ〜、と突っ込んで。でも、ミニアルバムのタイトルが『すべてのバカモノへ』なのね。CDショップで注文しにくいなぁ)

   ●

 GIZAさんの新人・滴草由実さんのデビュー曲。
 FM802さんのラジオCMでは、倉木さんの『Love, Day After Tomorrow』くらいの回数聴いた。
 しかし、各番組内で聴いたことは1回もない(『Love, Day After Tomorrow』の時は、ラジオCMの後に、「誰が歌っているのか」という問い合わせのリクエストがあり、番組がかわるたびに聴いていた日もあった)。

 いくら大阪のCD会社がプッシュしている歌手の人とは言え、FM802さんはそれだけでえこひいきする放送局ではないのだ。

 と、滴草さんのデビュー曲がかからないことで、またもやFM802さんのこだわりを感じたのでありました。
  

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2003年8月21日(木)
神島の花火。


 君の背中を押して、僕らは一歩下がった。
 花火騒動をおさめるために
 大人の前に君は立つ

  打ち上がったロケットは島の裏側まで届いたようだね

 君は老人になった時
 絵日記のノートを開いて
 この風景を描くかな

  その時 僕らの姿は描かれているかな

 10年前と 昔話と 人は笑う
 その時君は必死で頭を下げてくれたのに

   ●

 車で通り過ぎ 追い越して止まって
 急ぐスーツの君を助手席で送ったのは
 あの時の罪ほろぼし

  そんな時に限って 渋滞が僕らをかばう

 10年 20年と 僕らは
 あとどれくらい会うだろう
 数え切れない昔と
 数えられる未来と
 いつの時にも僕らは
 君が守ってくれたことをおぼえているだろう

  神島の花火
  君が見上げた花火
  僕らが打ち上げた花火
  

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2003年8月21日(木)-2
「If I Believe」論(2)。


 手書き文字。

 倉木麻衣さんの4thアルバム『If I Believe』に入っている歌詩カード(うぐ。うぃんさんにチェックされてしもた。「サードアルバム」ではありませんです。うぃんさん、おおきにです)。
 その中には、歌詩が手書き文字で書かれている曲がある。

 『If I Believe』
 『SAME』
 『Just A Little Bit』

 この3曲が手書き文字となっている。
 歌詩を手書きにしたことについて、倉木さんは、FM802さんでこのように語っている。

 「そうですねぇー。だけど、よりなんかこう、思いが伝わればなっていう気持ち。うーん
   (2003年7月1日(火)FM802さんの「ロック・キッズ802」より)

 この言葉をラジオで聴いた時、「そうか。歌詩カードの文字が手書きになっているのか。言ってみれば、井上陽水さんの『氷の世界』のように全曲手書きにしているのかな?」
 そう思った。

   ●

 手書き文字と言えば、井上陽水さん名前をだしたが、ぼくの中に別のものも思い出す。
 それは、ぼくの中に大きな革命を起こしたミニコミ誌『よい子の歌謡曲』さんである。

   ●

 当時、と言えば20年ほど前、パソコンなんてものはぼくらの手の届くところにはなかった。
 まだワープロも全盛期を迎える手前で、ミニコミを作っている人にとっては、文字を活字にすることは夢だった。
 そんな中、ぼくとイケヤンは大阪・長堀橋の本町よりにあったプレイガイドジャーナル(ぶがじゃ)編集部で『よい子の歌謡曲』を探し出す。
 長堀橋の大きな交差点を渡り、心斎橋沿いにあったハンバーガーショップ(ロッテリアだったかな?マクドナルドだったかな?)で、『よい子の歌謡曲』を開いた。

 見た『よい子の歌謡曲』には、活字はなかった。
 すべての文字は手書きだった。

   ●

 手書きの文字でも全国に発売できる本が作れることを、ぼくとイケヤンは知る。
 そしてぼくらは、堂々と手書きでミニコミを作り始めた。
 それが『OHHO』である。

 でも、実際のところ、『よい子の歌謡曲』で「手書き文字で本が作れることがわかった」というよりも、パソコンやワープロを買うお金がない上に、印刷屋さんにタイプ入力してもらうという知恵が、ぼくらにはなかった(タイプ入力してもらえることを知っていてもお金がなかった)。
 だから、「手書きのミニコミ誌」しか作れなかったのだけど、ぼくらの背中を押して、勇気づけてくれていたのは、『よい子の歌謡曲』さんだった。

   ●

 号を重ね、『よい子の歌謡曲』は全ページタイプ打ちのミニコミ誌へとリニューアルする。
 その時はものすごい革命の風を感じた(風を感じたのは、ぼくとイケヤンだけだったのかもしれないけど)。

 「そうか、ミニコミでも活字にできるのだ」

 手書きでも全国配布のミニコミ誌が作れる、と思っていたのに、人間簡単に宗旨を変えることができるものだ。

 全面活字(タイブ文字)になった『よい子の歌謡曲』を見て、「これはいい」と思った。
 きれいになった、というよりも、「これで一人前の雑誌になった」と思った。

 人間、固定観念の呪縛はいつまでもつきまとうのである。

 『OHHO』もその後、活字化する。
 (『OHHO』の場合、タイプではなく、ワープロの書院。しかも、その書院でプリントしたものを、ぼくが今つとめている印刷屋で縮小コピーとらせてもらって、1ページごとに大きな台紙に貼ってレイアウトしていた)

 『OHHO』が活字化し、「読みやすくなった」という手紙をもらった気がする。
 けど、気がするだけであんまり思い出せない。
 それよりも強烈に思い出せる言葉がある。
 それは、『OHHO』のスタッフになってくれたミヤサンの言葉。

 
「活字になって、何回も読み返さなくなった」

   ●

 倉木さんのサードアルバム『If I Believe』の手書き文字を見て、このことを思い出した。

 倉木さんが言った言葉。

 「そうですねぇー。だけど、よりなんかこう、思いが伝わればなっていう気持ち。うーん

   ●

 倉木さんが伝えたかった思いとはなんだろう?

 もしかして、「何回も読んでほしい」という気持ち?

 『always』の歌詩も、『Reach for the sky』の歌詩も、『冷たい海』の歌詩も。
 あの頃、ぼくらは必死で読んでいた。
 なのに、倉木さんはこんなことをしていた。

 『This is your life』
 『Trying To Find My Way』

 マキシシングルCDの歌詩カードに歌詩を載せないという暴挙を行っていた。
 それでも、載っていない歌詩をぼくらは耳を立てて読んでいた。
 倉木さんの言葉はぼくらに確かに届いていた。

   ●

 何人の人が、その頃のことを思い出しただろう?

 歌詩を隠していた倉木さんが、手書き文字で歌詩を書かなければいけない心境にまで追い込まれていることを、どれくらいの人たちがわかっているのだろう。

   ●

 聞き飽きているはずのタイトル曲を、ぼくは未だに繰り返し読んでいる。

 『If I Believe』で書いた「大切なことが 後になってわかる」とは何?

 「失う前」って、今?
 

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2003年8月22日(金)
滴草由実さん、かかる。


 (空耳さん、おおきにです。「滴草由実」さんは「滴草由美」さんではありません。以前、以後同じ)

 暑い、暑い。
 なんでこんなに暑いんだろう。1週間前は、あれほど涼しい夏だったのに。

 と思いながら、club272さんのメールマガジンを読むと、関東から北の方は未だに全然暑くないとか。

 
ウソ〜ッ!

 なんて乙女のような声を上げてしまいます。
 日本ってなんて面白い国なんでしょう。
 奈良や大阪の関西は、昼間に外へ出るだけで、クラクラするぐらい暑いのに。

   ●

 今日のFM802のヒロTさんの番組。
 9時台になってからだったと思うが、花火の歌がかかった(タイトルなどわからず)。
 「おー、花火の歌だ。初めて聴いたけど、神島の花火を思い出すなぁ」。
 そして次に、倖田來未さんのような曲がかかった。
 「う〜ん、花火の歌から一転して、ユーロミュージックになるのかな? それとも何かのゲームの主題歌になっているのかな?」
 そんなことを思いながら、「でも、こういう曲よりも、FM802さんだったら、山崎まさよしさんのような、地味だけど聴かせる曲がよく合うんだよなぁ」とも思っていた。

 
そしたらなんと

 曲が終わったら、ヒロさんは「しずくさゆみ」さんと紹介するではないか。
 曲を始める前にも紹介をしていたと思ったのだが、花火の歌で酔っていたぼくは、「どこかで評価されている歌手の人なんだな」ということしか頭に入ってこなかった。
 それが、まさか滴草由実さんだったなんて。
 ああ、うかつ。

 それにしても、滴草さんの曲がかかっている時に思ったことは、非常にヤバイ、マズイ。
 でも、はっきり言おう。

 「もうこの曲はFM802さんでかからないんだろうなぁ」

 う〜ん、非常にマズイ感想を持ってしまった。
 どしたらいいんでしょ?

   ●

 一つ思うのは、GIZAさんは、この曲をFM802さんでかけてもらう努力をするよりも、全国の他の放送局さんでヘビーローテーションしてもらう方針でいくほうがいいのだろうなぁ、ということ。
 ダブルさんや、ソウルヘッドさんくらい突き抜けていたらまた話は違ったのかもしれないけど、滴草さんの歌い方はなにかに縛られているというか、「おさまっている」「完成品」という感じがしてしまった。
 滴草由実さんは歌がうますぎるのかな?

 だから、この曲では、FM802のリスナーに受け入れてもらうのは、しんどいだろうなぁ。

   ●

 でも、倉木麻衣さんの『Love, Day After Tomorrow』とどこが違うのだろう?
 「ここ」
 ときちんと数学的に表せられれば、楽なのに。
 どこが違うのか、聴き込めば聴き込むほど、違いなんてわからなくなると思うんだけど。

 滴草さんは倉木さんと事務所も一緒みたいなので、ドカンといってほしいのになぁ。
  

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2003年8月22日(金)-2
南野陽子さん、再ブレイク?


 不思議なこともあるものだ。

 出版社のオッホが取引させていただいている書籍の卸屋さん「地方・小出版流通センター」さんから一昨日、昨日と2日続けて注文があった。

 一昨日は、『南野陽子は大丈夫か』1・2・3を各1冊の計3冊。
 昨日は、『南野陽子は大丈夫か』2を1冊。

 これは不思議である。
 何が不思議かと言って、注文が2日連続なんて、かつてないのである。
 続けて注文があったと言っても、今までで最短で、3カ月くらい間隔が開いているのである。
 それが、一昨日、昨日と2日連続。

 
どうなっているの?

である。

   ●

 調べてみた。
 そうしたら、南野さんのファンサイトさんで、『南野陽子は大丈夫か』の本のことが書き込まれていたのよね。それも、ちょっと気になる形で。
 その本の中にいくつか文を書いているぼくも、「ほんとにそんなこと書いたっけ?」というような感じだったりするんだけど。

 で、その掲示板さんをちょっと見ると、南野さんが化粧品のテレビCMに抜擢されたみたいなことが書いてある。
 時代は繰り返す。
 時代は、大きく盛り返す。

 たまたま今朝、そのCMを見たんだけど、こらええわ。
 南野さん、全然変わってない。輝いてる(by コーセー化粧品)。

 吐息で、ネット♪

   ●

 よって、結論。

 
南野陽子さんは、再ブレイクする

 断言。

 『南野陽子は大丈夫か』1・2・3を購入される方はお早めにね。

 (ただの宣伝日記でした。でも、(1)は汚れた本しかないので、本屋さんで頼まれても、「在庫はありません」と返事するしかないのでした。だから、お申し込みはメールでね)

   ●

 南野さんは倉木さんとは比べものにならないくらい、全マスコミから持ち上げられ、全マスコミからバッシングにあった。
 それでも、変わらなかった。コビなかった。
 ヘンな南野さんであった。

 そんな堅い意志を持った人って、いいんだよなぁ。
  

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2003年8月24日(日)
釜たけうどんさん、高校野球決勝戦、クラブ同窓会


 
はれぇええ〜

 疲れたぁ。
 昨日は暑い日差しの中、知らぬ間に歩き回ったみたいで、日記はお休み。

   ●

 昨日行ったところ。

 (1)釜たけうどんさん(←ついにぃ〜)
 (2)甲子園(←高校野球の決勝戦〜)
 (3)大学時代クラブの同窓会(←10年以上ぶりかぁ〜)

   ●

 お昼になる前に入ろうと、午前9時半に奈良の家を出る。
 ナンバ・高島屋さんの東側にあるMUJIさんに少し寄ったあと、釜たけうどんさんに着いたのは、午前10時45分くらい。
 「たしか釜たけさんは、午前11時から開店だったのでは?」
 と思いながらも、お店をのぞく。「やってます」というような墨文字で書かれた布がかかっている。
 お店の中はまだ誰もいない。
 いい時に来たみたい。喜んで店内に。

 きれいな店内。
 どこに座ろうかと、店の奥の方を見ると、厨房にたけちゃんさんらしき人。
 頭を軽く下げ一番手前の右側の席に着く。奥からたけちゃんさんがやって来てくれる。

 「ごぶさたしてます」「あれから1年でお店を出されて、こんなに有名になられるなんて」

などと声をかける。
 注文したのは、最初にこれを押さえておかなければと決めていた「かまたま・大」。
 たけちゃんさんには、「うちのうどんは、冷たいうどんで食べてもらった方が…」と後で教えてもらう。
 お客さんはまだ他にはいない。「ちょっと中、見せてもらっていいですか?」と厨房をのぞかせてもらう。
 たけちゃんさんともう一人の方が厨房におられた。「こんにちは」と声をかける。
 そういえば、たけちゃんさんのホームページで書かれていたが、その人は、うどん店を出したい修行中の人のよう。お店を出してあまり月日が経っていないのに、もうたけちゃんさんを頼って修行される人がいるとは。これもたけちゃんさんの人柄だろうなぁ(わお。ピエール@大阪レオパレス(あと3日)さん、おおきにです。「終業」ではありません。あれ?もうお一人追ってプッシュしていただいた方がおられるような…)。

 「宮川先生がね、講習会で話をしてくれてるようで、講習を受けている人が食べに来てくれるんですよ」

 たけちゃんさんが話す「宮川先生」とは、ぼくらが神戸の朝日カルチャーセンターで讃岐うどんを教えていただいた宮川勝芳先生のこと。そういえば、ぼくも、講習後に宮川先生に教えていただいた、兵庫県猪名川にある「ふれあいうどん源流店」さんに食べに行ったことがあったっけ。

 「はい、これ」

と、厨房をのぞいているぼくに、たけちゃんさんがどんぶりを渡してくれる。
 見ると、すだちを乗せた冷たいうどん。

 「醤油はかけすぎないように、ちょっとだけかけてください」

 なんとまあ。
 誰もいない時にお店に入ってよかったぁ〜。

   ●

 その冷たいうどんといい、かまたまといい、麺がめちゃくちゃおいしかった。
 たけちゃんさんがホームページでよく書いていた「グミ系」のうどんなんやね。ものすごく納得。
 それはうどんではなく、透明の何か別な物を食べているみたい。

 その後、開店時間の午前11時くらいになると続々とお客さんが入ってくる。
 たけちゃんさんのお知り合いの方がいらっしゃったみたい。
 おいしく「ごちそうさま」をし、レジで精算をするが、またたけちゃんさんが寄って来てくれる。
 他にもたくさんのお客さんがいらっしゃったので、申し訳なくなる。
 去年たまたま3日間一緒に讃岐うどんを学んだだけ。この釜たけうどんさんの中では他のお客さんと同じ一人の客にすぎない。
 この特別扱いが、他のお客さんにしてみたら、感じのいいものではないだろうなぁ。

   ●

 釜たけうどんさんの後は、兵庫県の甲子園球場へ。

 そうだ。その前に、釜たけうどんさんから、阪神梅田駅まで歩いた。
 その歩いたことが余計だったのか、夏の高校野球決勝戦を見終わったあとは、もうへろへろ。

 「常総学園 対 東北」の試合は、好ゲーム。
 ライト側の外野席で試合を見たが、東北の投手・ダルビッシュさんはとても大きかった(身長190センチ以上とか)。
 阪神電車で帰る途中、尼崎モータープール前駅で、競艇を見終わったお客さんがドッと乗り込んでくる。
 甲子園駅から人がいっぱい乗っていたものだから、さらにギュウギュウに。
 競艇帰りのお客さんは、甲子園帰りのお客さんが乗っていることに気づき、「どっちが勝ったん?」とニワカ井戸端会議に。
 知らない人同士が語りあうなんて、こんなコミュニケーションの生まれ方もあるんだな。

   ●

 阪神梅田駅に戻って、阪神百貨店の下で、「キハチソフトクリーム」を食べる。
 「しょうがハチミツ」と名前のついたソフトクリームが微妙な味でとても美味。

 その後、ヘップナビオのさきっちょの下で、大学時代のクラブのメンバーと会い、同窓会。
 メンバーは、一番学年上がぼくで、ぼくの2年後輩が3人、3年後輩が1人、5年後輩が4人の合計9人。
 よく考えると、5年後輩とぼくはクラブでの実質的な関わりはゼロ。でもなぜか全員と毎年年賀状の交換をしている間柄だったりするのね。

 その5年後輩のメンバー何人かが、去年クラブのBOX(部室)を訪問したとのこと。
 内装は全くそのままで、ぼくらの年代が始めた「本音ノート」もあれから全部残っていたらしい。
 けど、一つ大きく違ったのは、テーブルの上にパソコンのMacが置いてあったこと。その画面には大学新聞のレイアウトがあったという。
 女子社員(クラブの部員のこと)が結構多くなっているらしく、ぼくらの時代の年間予算1万円からは比べものにならないくらい助成金をもらっているようなことも教えてもらった。

 ぼくが4年間過ごしたうちに、何度となく「大学の正式なクラブではなく、サークルに降格した方がいいのではないか」という話があったが、予算1万円でも続けていればなんとかなるものなんだな。

   ●

 土曜の夜の梅田・お初天神通りは人だらけ。
 二次会は居酒屋・和民さんに行きたかったが「予約でいっぱい」と断られる。
 代わりに入ったカラオケ屋さんで、歌も歌わずにしばし談笑。その後、「戦隊もの」などのアニメやキャラクター歌合戦へ突入。

 ぼくとしては、やっぱ、カラオケで歌うなら『時をかける少女』やね。
  

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2003年8月25日(月)
心が平和な日。


 「心が平和な日」はいつだろう?

 と、この日記を書きながら考えると、それはなんと言っても、

 
「この日記を書かない日」

に決まってるやん。

 「あ、ヤバイかも?」と思うことをたま〜〜〜に書いてしまう時があるけど、そんな時はとてもドキドキ。
 「これは、やばくないな」と思うことを書いた時も、意外な感じ方をされたりするので、これまたドキドキ。
 だから、この日記を書いてアップすること自体、ドキドキストレス。

 掲示板に書き込む時もそう。
 思いもよらぬ返事をされたらどうしよう。
 そう思うとドキドキ。
 何か言葉を発してしまうと、ドキドキを一緒に手に入れてしまう。

   ●

 倉木麻衣さんのDIARYが更新されなくなって幾月日。
 でも、ぼくは更新されないことで、ホッとしてたり。

 倉木さんが「ヤバイこと」でも「ヤバクないこと」でも、何かしら言葉を発してしまうと、ドキドキが倉木さんにもれなくついてくる。
 DIARYを更新しないことで、倉木さんが心の平和を手に入れているとしたら、いいんじゃないの?
 それがきっと倉木さんにとっての夏休み。

 ロングツアーが終わって、アルバムを出して、そのプロモーションもいっぱいして。

 でも、そんな後も、ラジオはしてるわ、レコーディングもしているわ、打合せもしているわ。
 この後には、シーブリーズさんの沖縄シークレットライブ旅行はあるわ、『イミテイション・ゴールド』はあるわ、平安神宮ライブはあるわ。

 倉木さんにとっては、とても「ロングバケイション」とは言えない今かもしれないけれど、心の平和を少しでも手に入れられるのなら、DIARYはどうぞゆっくり休んでください。

 そう伝えてあげたいと思うのだなぁ。
  

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2003年8月26日(火)
「アドバム通信・6」配布2日目。


 (う、またピエール@自宅 さんにチェックされてしまった。今日の日記のタイトル「アルバム通信・6」ではありません)

 先週の水曜日あたりに250部くらい配ったから今日が2日目。

 朝、奈良はひどいどしゃぶり。
 暑くて窓を開けていたから雨の音で飛び起きてしまう(でも、窓を閉めたため、また眠ってしまう)。

 でも、大阪につくと太陽の光が見えるくらいに回復。
 そのスキをつき、朝に前回の続きを配る。

 今日もまた、配る人配る人「ご苦労さま」と言われる。
 しかし、太陽の陽はほとんど差してないし、汗の色もほとんどわからない水色のシャツ。
 小太り汗かき症のぼくの姿に感心されているせいではなく、この近所の人たちは、気のいい人たちが多いんやね。

 お昼からも時間をあけ、さらに続きを配る。
 しかし、雨がパラパラ。
 仕方がないので、掲示板で少しやりとりをさせていただいていた雑貨店のクルールさんに挨拶にいく。

   ●

 実はこのクルールさん、先週配る前に一番先に訪問させていただいたお店だったりする。
 しかし運悪くその日は「定休日」。
 だから、今日行かないと。また明日は定休日になってしまう。

   ●

 クルールさんは、町家を使った雑貨とカフェのお店。
 外から見ているより中に入った方が広くて驚く。
 奥には小さな庭が見えるカフェ。
 カフェと言っても、「おうちカフェ」の雰囲気の小さな板間の部屋。
 店の雰囲気も置いている雑貨もどこか「昭和」を感じさせる。
 最近来られるようになったOLの方に、「普通の雑貨屋さんにはあまりない、珍しいものが置いている」と言われるそう。
 実際、「幼稚園カルタ」が置かれていてびっくり(知っている人はいるのだろうか?)。

 初めて訪れたのにいろいろお話をさせていただいた。
 最後には「何か一緒にできるといいですね」という話も出る。

 ほんと、ぼくらが何かお手伝いできることがあればいいのにな。

   ●

 クルールさんのお店を出てから雨が強めになる。

 『アドバム通信』は、左手で何部か持って、右手で1部ずつそれぞれのポストに入れていくのだけど、傘の間から入る雨が左手に持った『アドバム通信』を濡らしていく。
 どんどん『アドバム通信』がふにゃふにゃになっていくので、ぼくの会社の道をはさんだ歩道沿いにあるお店やマンションにだけ配って引き上げる。

   ●

 さてさて、今まで一日カウント「1」だったのがこれからどうなっていくかな。
 そういや、ヒットカウンターも初めは「1」だったもんなぁ。
  

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2003年8月27日(水)
ウィルスの嵐。


 ほっても、ほっても止まらない〜。

 ウィルスの嵐である。今朝メールボックスを開けてから、もう50通くらいウィルスつきのメールが届いている。いったいどうなってるのだろうか? いろんな人がいっせいにやられたのだろうか?

 会社のパソコンのメインはMacでよかったとつくづく思う。
 削除すればいいだけだもん。
 でも、今回の添付ファイルをつけてくるウィルスは、その添付ファイルが1つ100Kくらいあるので、気づいた時にすぐ捨てないと、普通のメールがメールボックスの容量オーバーで流されてしまうかもしれない。やっぱり、やっかいなウィルスだなぁ。

   ●

 ウィルスには感染していないメールでも提案いただいたアンケートと、一つ掲示板をアップ。

 
『「バースデイ・ライブ」ではこの曲を歌って。』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai76

 『 「2003・Birthday Live」激励、お誘い、レポート&感想専用掲示板』
 
http://ohho.pro.tok2.com/cgi-bin/c-board/c-board.cgi?cmd=;id=live5

 Mai-K.netさんでは「スペシャルライブ」と書いていたけど(英語で)、それだけだと味気ないので「バースデイ・ライブ」とした。ま、いいか。

 どうか参加したい人が一人でも多く参加できるライブになりますよーに。
 ワタクシは、今回も『倉木麻衣さんへの掲示板』で合唱隊をさせていただく所存であります。
 参加されるみなさーん、倉木さんたちと一緒に、楽しいライブを作ってくださーい。

   ●

 それにしてもこのライブで不思議なことがある。
 それは、最初に発表してくれたMai-K.netさんには、

 〈★8月下旬Mai-K.netより優先予約受付用紙を発送する予定です。
★9月3日(水)になってもお手元に受付用紙が届かない場合は、至急Mai-K.netまでご連絡下さい。


と書いてあるんだけど、倉木さんのGIZAさん公式ホームページには、チケット販売についての記述が全くない。
 これって、もしかして、実質的には

 
「ファンクラブさんの有料イベント」

ではないの?

 去年のMai-K.netさんのイベントはすべて無料。
 でも、次回からは無料じゃなくなるかもしれないというお知らせがあった。
 今回、Mai-K.netさんで優先予約を受け付ける。
 で、その優先予約で残った席が、一般販売される。
 その一般販売される席数がまだわからないから、チケット販売方法(チケットぴあさん等)がGIZAさんの公式ホームページに書かれていない。

 などとまた妄想してみる。
 もしそうなら、Mai-K.netさん、並びにGIZAさんはなんという粋なはからいをしてくれるのか。
 もしほんとにそうなら、転売目的だけでチケットを予約する業者さんが入り込む余地はすごく少なくなるではないか。
 ファンクラブに入っていない人にとっては非常に過酷な話かもしれないけど、もしぼくの妄想が本当のことなら、今考えられる一番いいチケットの配布方法だと思う。

 けど、ホントのことはわからないからなぁ。
 でも、これだけは言えるわな。

 Mai-K.netさん、GIZAさん、倉木さん、そしてスタッフの皆さま。
 東京で1回ではなく2回、大阪でも1回ではなく2回、それも他に何かを買うことなしに参加できるライブを企画していただき、ありがとうございました。
 平日、祝日、土日などという曜日は全く関係ないです。
 希望していたライブを企画していただき、本当にありがとうございました。
 みなさんのお気持ち、しっかり受け取りました。

   ●

 『アドバム通信・6』合計1000部、配り終わる。
 でも、1000部では「イースト中崎」地区を全部カバーできず。印刷に300部増刷を頼む。
 こういう時、自分の会社が印刷屋だと便利だ(でも印刷屋じゃないと、そんなものを作らないし、配らない)。

 今日は主に「天五中崎通商店街」のお店を端から端まで、手渡しできるところは手渡していった。
 小さい商店街と思っていたのだが、これがなかなか長い。
 1店終わって次は通りの反対側のお店、そしてまた通りの反対側のお店。
 道をあっちこっちいくものだから、途中で目が回る、自転車にもひかれそうになる。
 商店街にチラシなどを配る時は何かうまい方法があるのかな?
 天五中崎通商店街の人は、「何これ?」と一回一回説明を求められた。
 「イースト中崎」と言っても、通りによっていろいろ特徴があるのだなぁ(でも、断られたところは1軒もなし。これ結構すごいんちゃうの? ま、無料やしね)。

 で、余分に刷ってちょっと残していた『アドバム通信・6』を、Mai-K.netさんにも送る。

 倉木さん、Mai-K.netのスタッフのみなさん、ゴミをまた一つ、すみません(←高倉健さん風に)
  

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2003年8月29日(金)
ごみ屋のお兄さん。


 昨日は、パン工場ライブに、倉木麻衣さんが「スペシャルゲスト」として舞台に立つ。
 ぼくはと言うと、夕方入ってきたちょっとややこしい仕事の整理を終えたのが午後10時。

 「イースト中崎」に関するホームページは、ついに大台を超え、1日12カウントに。
 想像もしなかった人の書き込みあり。
 落ち着いて考えて、続きの返事をしないと。

   ●

 久しぶりにじんとくる新聞記事を読む。
 毎日新聞さんの7月30日付に一度載っていたらしいのだが、その時は目に止まらず。反響があり、追跡記事が載った8月28日付に知る。

 〈男のコラム『おれたちヒーロー』

 おれ、ごみ屋のお兄さん。家々からはき出されるごみを集めて回るのがおれの仕事。収集し終わっても、次の日には街角に新たなごみがあふれ、また集めて回る。単調なエンドレス(終わりのない)ゲームを演じる。
 梅雨の時期は、雨と蒸し暑さでかっぱを着たらサウナスーツ状態。真夏になれば生ごみが腐敗し、臭いごみの汁をかぶることもしばしば。熱中症で倒れそうになったことも何度かあるし、竹ぐしやガラスの破片などでのけがなど日常茶飯事だ。
 それにも負けずに仕事をしているおれたちに露骨にイヤな顔をしたり、避けて通ったりする人がいる。「誰が出したごみやねん!」と、言葉にはしないが、心の中では……。「仕事、辞めてやる」と何度思ったことか。
 でも、辞めずに続けているのは心強い「味方」がいるからだ。幼稚園や保育園の前で、園児たちが鈴なりになり、ごみがパッカー車にのみ込まれていくのをじっと見ている。終わって次の現場に行くとき、園児たちが大声で「バイバイ」と手を振ってくれる。おれたちが「にわかヒーロー」になる瞬間だ。
 そんな彼らが大好きだし、励まされる。それから…、ひそかに照れてるんや。また行くから、楽しみに待っててや!

 京都市 匿名希望 27 公務員

   (『毎日新聞』2003年8月28日(木)朝刊20面
    『「男のコラム」の「おれ、ごみ屋のお兄さん」へ
     かっこいい 恋をした 大きな反響
     「縁の下の力持ちでありたい」』より

   ●

 この『男のコラム』が再掲載された追跡記事には、こんなことも書いていた。

 〈当初、反響への感想を実名で求めたが、断られた。数日後、「顔の無い仕事をしているのではない」という大黒康史所長の助言もあり、取材を受けるとの連絡が届いた。
 匿名を希望したのは「ヒーローは僕一人でないから」と、はにかみながら答えた。


 でも、最後の方にはこんな現実も書いている。

 〈最近は女性職員も収集に出るが、気付いている市民はまだ少ないという。
 鼻をつまむ子供と出会うこともある。


   ●

 ぼくは小学校の時、バキュームカーを使って働いている人に憧れていた。
 バキュームカーとは、ヤフーさんで調べると、三省堂さんの『カタカナ語辞典』には〈吸い上げ式の汚水処理車〉と書いているけど、ようは水洗式にはなっていないトイレの糞尿を集める仕事。
 ぼくも「バイバイ」と手を振る人だった。

   ●

 今、ここでこの日記を書いているのは誰なのか。
 まだ気持ちは残っているのか。

 じんときたあと、そんなことを考えさせられた記事だった。
  

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2003年8月30日(土)
直筆の手書き? 残暑見舞いカード到着。


 まだ蝉がないている。
 8月中に、Mai-K.netさんからスペシャル・ライブの申し込み書と平安神宮ライブの入場引換券申し込み案内、そして倉木麻衣さんから「残暑お見舞い申し上げます」カードが届く。

   ●

 倉木さんの「残暑お見舞い申し上げます」カードは少し変わっている。
 用紙はたぶん片面クロームカラー(かな?)。片面がツルツルピカピカしていて、もう片面はザラザラ。
 この紙はよくミニ雑誌の表紙に使われたりするのだけど、普通はツルツルピカピカの方を表面にする。
 倉木さんのこのカードは2つ折り。
 普通だったら、表面がツルツルで、中面を開ければザラザラになる。
 けど、この倉木さんのカードは逆で、表面がザラザラで中面がツルツルとして使われている。

   ●

 今回、このカードの中面をツルツルにしたのは写真が中面にあるからかもしれない。
 けど、中面をツルツルにしたいから、表面が仕方なくザラザラにしたわけではないのよね。
 なぜならば、この紙は「片面クロームカラー」だけれども、「両面クロームカラー」という紙もあるから。
 つまり、中面がツルツルにしたいということがあっても、表面もツルツルにすることができたってこと。

 それを、Mai-K.netさんと倉木さんたちは、
わざと、表面をザラザラにしている。

 (以下、妄想)

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 表面をザラザラにしたことで、「残暑お見舞申し上げます」とマジックで書かれた文字が直接書かれたよう。
 今、「直接書かれたよう」と書いたが、じっくり何回も見返しているのだが、ううむ。
 まさかと思うけど、

 
これ、倉木さん。

 
もしかして1通1通手書きしました?

 「直接書かれたよう」ではなく、「直接書いた」ような、マジックの筋やインクのタマリが見えるような気がするのよね。
 どこで見えるかというと、「残暑お見舞申し上げます」の「残」の字の最後のトメのところとか、線と線が重なっているところとか。
 印刷技術がいくら進んでいるとはいえ、ここまでリアルに表現できるのだろうか?
 会社にいけばルーペ(虫眼鏡)があるので、文字に網点が見えれば印刷しているかどうかがわかるのだけど、このメガネではいくら目を近づけても、網点かどうか判断できない。
 それか、他のカードと比べて、文字の形が違っていれば、それでも確認できるのだけど。

   ●

 ま、手書きしているかどうかは横に置いといても、このカードは凝っている。
 トムソンで円形に抜いていたり、表面の表紙の方は2色だったり。
 1枚1枚手作りという感じがすごくする。

 倉木さん、Mai-K.netさん、どうもありがとうございました。
 こちらこそ、残暑お見舞い申し上げます。

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 それにしても、同封されていたスペシャルライブの申し込み書に書かれていたこの言葉。

 〈9月上旬より、ローソンにて独占先行販売が開始されますが、Mai-K.netではお申し込み下さった会員の皆様全てに購入頂ける枚数をご用意してます。

 うーむ、『Kiss』の歌みたいに、魅惑的だ。

 うーむ、なんちゅうことをMai-K.netさんや倉木さんやGIZAさんは企画するのだ。

 これじゃ、ファンクラブ会員で参加したい人は全員参加できる、本当に2003年のファンクラブイベントではないか。

 うーむ、困った。

 うーむ、この残暑見舞い付きMai-K.netさんの封筒1通で、心揺れてます。

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 そんな倉木さんは夏風邪をひいているのではないか、という噂がある。ほんとかな?
 今日は、『Mai-K Baby I Like』。
 先週は見事に雑音でほとーんど聴き取れなかったけど、今日は聴けるかな?
  

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2003年8月30日(土)-2
あらら、一緒だった。


 それにしても見事な印刷技術。
 参りました。

 (妄想、とあるところで、確かに妄想を確認いたしました、だよね?)
  

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