OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年7月16日(水)
「If I Believe」感想。


 ようやく、オリコンウィークリーさんの結果が出た。
 倉木さん、スタッフのみなさん、おめでとうございます〜。

 ぼくは厄病神だということを再び確認させていただきました(とほほ)。

 ようし、言うぞー。

 
アルバム『If I Believe』はよかった

 この短期間でよくぞこんなアルバムを作れたものだ、と感心しました。
 ほんと、ものすごい集中力をスタッフのみなさんや倉木さんが発揮したことをしっかり確認。
 どこがいいかというと、『Tonight, I feel close to you』を聴いたあと、もう一回『If I Believe』からリピートしたくなるところ。
 ぼくにとっては何回でも聴きたくなるアルバムでした。

 『If I Believe』のあと、

 『Time after time 〜花舞う街で〜』
   ↓
 『風のららら』
   ↓
 『Kiss』

とシングルをつなげてくれたところも嬉しかった。
 その並べ方も、発売順ではなく、季節を優先してくれたようで、とても自然な流れで聴くことができました。

 Cybersoundさんはやっぱりいいなぁ。
 この感じで、いつか、「作詩:倉木麻衣さん 作曲:大野愛果さん 編曲:Cybersoundさん」だけで、全曲オリジナルのアルバムを作っていただきたいと、再び思いました。

 『SAME』は楽しい。
 ライブで「セム・セム・セム」「ラン・ラン・ラン」「ゴー・ゴー・ゴー」とファンのみんなが言っているところが浮かんでくる。おまけに「わっかるでっしょ」まで一緒にハモってしまうかもしれない。
 『Just A Little Bit』はかっこいい。
 「リトル」という単語が、こういう劇的な曲で使われると思いませんでした。驚きました。
 崩れ落ちそうになるくらい、倉木さんが感情たっぷりに歌ってくれているところもよかった。
 平安神宮の舞台の上で、カラダを前に倒してシャウトしている絵が浮かんできました。

 「洋楽」っぽいと倉木さんはコメントしていましたが、ぼくもFM802のDJ・浅井さんと同じような印象を受けました。
 「洋楽」のように繰り返しの部分が多くても、倉木さんの楽曲になると、その繰り返しの多さを感じないというか。
 メロディが繰り返されるところでも、聴いてるぼくらが飽きないくらい歌い方を変えたり、コーラスを入れたり、楽器の音の強弱をつけていたのではないですか。
 退屈を感じる間もなく、「次はどうくるのだろう?」とそんなことを一瞬一瞬の間に考えられて楽しめました。

 ぼくにとっては、とても満足な『If I Believe』でした。
 曲数の11曲も、ぼくにとってはベターではなく、ベスト。
 もう1曲少ない10曲がぼくにとっての「ナイス、アルバム収録曲数」だったりするので、11曲なら1曲多いくらい。A面5曲、B面5曲がレコード時代を経験している者の基本。彩の国、カヲルさんが『チェッカーお試し掲示板』で書いてくれていましたが(14767番)、〈A面B面+ボーナストラック〉という感じで聴けました。
 倉木さんのアルバムでは少ない曲数という話しもありますが、強引に話しをこじつければ、少ない11曲だったからこそ『Tonight, I feel close to you』を聴いたあとリピートしたくアルバムになっているのだと思います。
 レコードを買って聴いていた頃、最初から最後まで、1曲も飛ばさずに繰り返し聴いていたことを思い出させるアルバムです。

 ですが、1つ苦言を
 倉木さんは、「クールダウンした夏」をイメージさせるアルバムを目指したようですが、それって、最初の方だけじゃないですか。もっと全体がカフェで流れるようなアルバムになっていると思っていました。
 『SAME』→『Just A Little Bit』→『You are not the only one』ときて、最後に『Tonight, I feel close to you』を持ってくるなんて。
 熱くならせて、最後に泣かされて、逃げることができないアルバムでした。
 ああ、もう一度『If I Believe』から繰り返してしまいます。

 倉木さん、スタッフのみなさん、どうもありがとうございました。
 この夏、このアルバムで乗り切らせていただきます。

   ●

 以上、アルバムの感想でした。
 以下、山口百恵さんのカバー曲について、もう少し。

   ●

 それにしても、思い返すたびに、倉木麻衣さんが山口百恵さんの『イミテーション・ゴールド』を歌う企画は素晴らしいものに思えてくる。
 よくぞ、こんな企画を考えてくれました、ってほど、ドンピシャの企画ではないか。

 GIZAさんやビーイングさんのスタッフの人たちがアホなら、こんな発想は浮かばない。
 そして、松本孝弘さんやZARDさん、倉木さんたちが、「楽しんじゃえ」ってノリのいい人たちでないと、実現しない話だと思う。
 これもそれも、毎週開催されているパン工場でのライブがきっかけかな?

 (1)松本さんがプロデュースなので、いいものができあがりそう。
 (2)最近聴いたことがない曲なので、どんな曲になるのか楽しみ。

 特に(2)の考えを持つ人は、ぼくが想像する以上に多そう。
 強引に例えてみると、倉木さんのファン全員がこの企画が楽しみじゃなくても、日本列島の残り1億人以上は楽しみにしている。そんな感じ。
 そして、倉木さんの場合はオリジナル曲は山口百恵さん。

 
日本列島1億人以上の人が、本当に倉木さんの味方になってくれそうだ

 だから、倉木さんは恐れることなく、躊躇することなく、ドンと挑戦してほしいと思う。
 その時には、カバー曲を歌うことに戸惑うぼくやファンの人たちの気持ちを無視してでも。

 倉木さんに悪いイメージを持っている人がいるとしたら、この企画でそのイメージは吹っ飛ぶ。
 その結果、ぼくやファンの人たちが望む世界が見事に手に入ると思う。
 「例え涙が流れても、思わぬところに芽が出るよ」(←太田朋さんの言葉より)

 あとは、J-DISCさんかな。
 うまく宣伝活動をすれば、今まで倉木さんが発売したシングル盤よりも、多くの人が手にとってくれる。
 つまり、下世話な話しをすると、『Love, Day After Tomorrow』を超える売上枚数を記録できる。
 だから慎重に、うまく、強力に、宣伝・広報をいつにも増して念入りにしてほしいと思います。
 企画モノだと手を抜かず、しっかり告知をすれば、『おどるポンポコリン』のように、楽しく長い時間バケ続けてくれる企画になると思います。

 と、またぼくが言い過ぎるとロクなことがない。このへんでやめとこう。
 でも、ほんと、これはものすごい企画。
 GIZAさん、ビーイングさん、お見事
 すごい。

   ●

 
さあ、倉木さんを取り巻くすべての世界が変わるぞお

 そして、その変化の中でも、『Stay by my side』の気持ちを、倉木さんやスタッフのみなさんが今まで通り持ち続けてくれていれば、何の心配もない。
 『If I Believe』は「途中経過」のアルバムだったと、胸を張って言えるアルバムが、このあと生まれてくる。
 ぼくのその確信に間違いはあるまいまい(←自分の盛り上がっている気持ちをやわらげるためなので、お許しあれ)。

   ●

 あかん、しもた。また言い過ぎたかもしれん。

 神様、神様、ぼくの厄病神様。

 「あっち、いっといて」
 

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2003年7月17日(木)
気づかなかった。


 あらら。
 全く気づきませんでした。

 A1さんと空耳さーん。
 送り先おせ〜て〜。

   ●

 追加。
 アンケートをまた一つアップ。

 『山口百恵さんの「イミテイション・ゴールド」を歌うことについて。』
 
http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai75
 

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2003年7月19日(土)
山口百恵さん「いい日旅立ち」復活。


 昨日は仕事はあまりなかった。
 のだけど、別のことを始めるために、そっちのことで頭がいっぱい。
 日記はお休み。

   ●

 話は全く変わって。

   ●

 同じようなことは重なるもので。

 山口百恵さんの『いい日旅立ち』が、テレビCMソングとして復活するらしい。

 〈◇…山口百恵さんの「いい日旅立ち」が二十五年ぶりにJR西日本のイメージソングとして復活する。作詞作曲した谷村新司さんがリメーク、十月一日の新幹線ダイヤ改正に合わせ、首都圏などでテレビCMとして流される。
   (『産経新聞』2003年7月19日(土)朝刊14版29面『チャイム』より)

 山口さんのCDボックスが発売されるのをきっかけに、思い出した人が多かったのね。
 で、この記事はここで終わってたらただそれだけの記事。でも思い出しません?

 
「山口百恵」さんと「JR西日本」さん

 どっちも、倉木麻衣さんに関係してませんか?

   ●

 山口百恵さんとは『イミテイション・ゴールド』つながり(『イミテーション・ゴールド』ではなかったのですね)。
 そしてJR西日本さんとは、シーブリーズさんつながり。

 「シーブリーズさんつながり」と言ってもなんのこっちゃ?なのですが、

 「倉木さん → シーブリーズさん → JR西日本さん」

と直接つながるのではありません。間に1つ会社が入って、

 「倉木さん → シーブリーズさん → 
電通さん → JR西日本さん」

です。

 去年、シーブリーズさんのCMで倉木さんを担当し、テレビや『ミュージックフリークマガジン』さんでコメントを寄せてくださった方はお二人いました。
 そのお一人が電通の後藤徹さん。
 その後藤さんは以前、JRの京都に関するキャンペーンに関わっておられました。

 と思ってヤフーさんとかで探したのですが、もう載ってないのですね。あれれれれ。
 あれ?関わってなかったのかなぁ?
 これからとうとうと妄想を膨らませていこうと思っていたのに。

 で、話を強引に戻して。
 ぼくは何が言いたいかというと、前述の産経新聞さんの記事の最後にはこのようなことが書かれていたのです。

 〈◇…歌詞も変え、著明なアーティストに歌ってもらう。「親しんだ人には懐かしく、知らない若い世代には新鮮な曲に」とJR西日本は期待するが、衣替えする名曲の効果のほどは―。

 また、読売新聞さんにはこのような表現がありました。

 〈JR西日本は、新たに現在活躍中のアーティストにレコーディングしてもらう計画で、「当時を知る人には懐かしく、若い方には新鮮な曲に映るだろう」(垣内剛社長)と期待している。(読売新聞)[7月18日22時10分更新]
   (『ヤフーニュース』経済総合ニュース - 7月18日(金)22時10分
    『「いい日旅立ち」CM復活、JR西が観光キャンペーン』より)

 『ヤフーニュース』さん
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030718-00000412-yom-bus_all

 で、産経新聞さんが書くところの〈著明なアーティストに歌ってもらう〉と、読売新聞さんんの〈現在活躍中のアーティストにレコーディングしてもらう〉とはいったい?

   ●

 JR西日本さんの電車に乗ってもらうためと言えば、西日本がイメージできる人(西日本に関係の深い人)? それとも逆に、西日本以外の人で、その人が率先して西日本に行きたいと思えるようにする。

 とにかく。
 産経新聞さんの記事をもう一回読み返してみる。

 〈十月一日の新幹線ダイヤ改正に合わせ、首都圏などでテレビCMとして流される

 わちゃ〜。

 
このテレビCM、関西では見れないの?

 『JR西日本 DISCOVER WESTキャンペーンの実施』さん
 
http://www.westjr.co.jp/news/newslist/article/030718a.html

   ●

 おっと、しもた。
 もし妄想がドンピシャすれば、JR西日本さんとは、『名探偵コナン』さんのミステリーツアーつながり、ってこともあるのかな?
 

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2003年7月20日(日)
すごい映画を観た。


 すごい映画を観た(と言ってもビデオでですが)。

 
『es(エス)』

 ドイツ映画らしい。
 でも題材は、1971年にアメリカのスタンフォード大学で実際にあった心理実験。
 その実験の被験者を募集するところから、その実験が終了するところまでを時間を追って物語にしている。
 アメリカでは、この実験がまだ裁判中であるため、公開されていないらしい(とヤフーさんで検索したホームページで知る)。

 普通の人を、囚人役と看守役に分けただけの実験。
 そこで最初に決められたルールは5つ。
 たったそれだけのことを2週間続ければいいだけだった。

 この映画から教訓を得たというより、こういう映画があるのか、という驚き。
 感動というよりも、ただただ驚き。

 ドイツ映画だから、ヒトラーやナチスのことを心理学的に研究するため、というようなことも、あるホームページでは書いていた。
 が、ぼくとしては、「私は○○する人、あなたは○○する人」と型にはめるだけで、思考がおかしくなっていく過程を見た。
 それも自然に、普通に、誰も止められない形で。

 それは例えば、「倉木麻衣さんは歌う人、ぼくらは聴く人」、そう型にはめるだけで、その二つの間には大きな隔たりができてしまう。そういうことにも当てはめることができると思った。
 そう決めつけるだけで、その両者は、気持ちが通い合うことも、一緒に歩いていくこともできなくなるだろう。

 『es』で提示された「囚人役」と「看視役」、そして「5つのルール」は、愚かなルール。
 そして、それは、「実験」というおとぎ話の中でも、軌道を大きく外れ、取り返しのつかないものになる。
 そんな一例でもあるのだろうなぁ。

 『"es"[エス]_被験者求む。_』(映画のページ)
 
http://www.gaga.ne.jp/es/

 『The Stanford Prison Experiment』(実験の公式ページ・英語です)
 
http://www.prisonexp.org/

   ●

 『倉木麻衣さんへの掲示板』で、ある親記事とその返信記事をまとめて過去ログにする。
 「管理人」「管理人」と呼ばれるのはイヤなのであるが、あまりにも長すぎて、掲示板が開けなくなっちゃったのよね。

 ということで、こちらに移動しました(返信はできません)。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』
 『どう思いますか?少年事件!! 』投稿者:アキさん
 
http://homepage1.nifty.com/ohho/bbs-bk/60316.html
 
 

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2003年7月21日(月)
作詞家・もず唄平さんの場合。


 この前、産経新聞さんに、作詞家のもず唄平さんのインタビュー記事が載っていた。
 そこで、普通の作詞家さんはこんな仕事をしているのね、ということが書かれていたので、ちょっと紹介。

 〈
土屋 作詞家はレコード会社から注文を受けて書くわけですよね。
 
もず 九九%受注生産です。「こんどの五木ひろしの新曲は夫婦の情愛でいこうと思います」とかいうことでね。テーマが決まってるのが半分。「テーマを一緒に考えてくれ」いうのもあります。これが四割ぐらい。「詞のコンセプトも歌のプロモーション計画も全部まかせますわ」いうのも、非常に少ないけどないことはない。
 
土屋 発注するまでにはレコード会社の中で検討会議をやるわけでしょう。作詞は誰に頼むとか。
 
もず レコード会社とタレントが所属してる会社、つまりプロダクションがタレントの芸能活動が活性化し、しかも音源商品としても売れる歌にするには、どうしたらええんやろな、と考えるわけですわ。「今は家庭が大事やから不倫もんはあかんで」、「ほな夫婦愛でいこか」とか。そこで作家の選択に入りまんね。「長屋の夫婦の人情もんやったらもずにしよか」とかね。「情はいけるかもしれんが色恋はあかんで」と、私はいわれてる。最近はコンペも増えてきました。星野哲郎と船村徹、たかたかしと弦哲也というふうに作詞家と作曲家をセットにして五、六組に書かす。その中で出てきたものを、営業と宣伝を集めて担当ディレクターがプレゼンテーションしまんね。「この曲のテーマはこういう企図で作りました。私としてはこれがいいと思いますが、みなさんどう思われますか」なんていうて。そうして、いろんな意見が出て決まっていくわけですわ。
   (『産経新聞』2003年7月16日(水)夕刊4版2面『関西笑談』
    『「あかんたれの美学歌・3』作詞家 もず唄平さん 聞き手 土屋克巳記者
    『作詞は99%、受注生産 いろんな舞台裏が』より)

 たぶん、もずさんのような作詞家の人と、倉木麻衣さんのような作詞家の人とはその根本的なものが違うように思う。
 そして、その根本的な違いをわかっていないぼくらは、倉木さんにもずさんのような作詞方法を強要するのではないか。

 〈
土屋 発売されんかった作品はボツですか。
 
もず はい。アルバムを出す時には入ることもありますけどね。女性歌手用に「瀬戸内海をテーマにして書いてくれ」と注文受けたことありまんね。僕は足で書く作詞家ですから、瀬戸大橋が架かってる岡山県の下津井の港へ行った。ひなたぼっこをしてるお年寄りがいて、「おっちゃん漁師か」と声かけたら、「連絡船に乗ってたけど、仕事なくなった。海はまたいだらあかんなぁ」と、目の前の橋を見ながらいうたんです。「よし、これや」とね、「海は渡るもんでまたぐもんやない。船があってこそ海峡や。にべもない」いう詞を書いたんです。瀬戸内海ににべいう魚いますねん。それにひっかけたんですけどね。こりゃ、問題ですわ。総理大臣のおひざ元で、瀬戸大橋のプロジェクトに反対する歌ですからね。シングルリリースされませんでした。でも、発注した手前、アルバムには入れてくれました。
 
土屋 アルバムで話題になってシングルカットというのもあります。
 
もず それは市場で客が決めてくれたものです。歌づくりも商品開発ですから、いろんな人が議論して、「これは出せる(発売)」「これはあかんな」とか、会議の中で決まっていくんですけどね。十人のうち九人が賛成して出した歌が当たらんこともあります。「まあまあ、いいんじゃないの」と誰も反対せえへんかったいうのが一番あきませんわ。賛否両論あって七・三で反対の方が多くて、「私が責任持ちます」いうもんがおって出した歌が売れることが、結構ありますね。

 もずさんがおっしゃった〈賛否両論あって七・三で反対の方が多くて、「私が責任持ちます」いうもんがおって出した歌が売れることが、結構ありますね〉のところ。
 パッと浮かんだのが、サードアルバム『FAIRY TALE』に入っている『Loving you...』。
 入る予定じゃなかったのが、倉木さんの推薦で入ったような話をどこかで読んだような気が…。
 『key to my heart』のシングル化は、今でもぼくが「責任持ちます」って言えるほど自信がある。
 けど、自信があっても、結果シングル化した意味がないことになったとしても、取れる責任が具体的にない。だから、誰一人説得・納得させることができないのだなぁ。

   ●

 と、今日もまた、VHSビデオの開発物語『プロジェクトX 第2巻 窓際族が世界規格を作った〜VHS・執念の逆転劇〜』を観て、涙、涙しながら思う。
 VHS開発を推進した日本ビクターの高野さんは、開発に失敗し、事業部がリストラされた場合は、従業員全員に詫びる気持ちを込めた盆栽を渡そうと考えていたそうな。その数200以上。高野さんは、自宅で全員の分の盆栽を育てていた。
 今は、VHSの開発に成功。高野さん自身も数年前ガンでなくなっている。

 それでも、高野さんがあの時作っていた盆栽は、高野さんの奥さんによって接ぎ木され、今もまだ育てられているという。

 ああ、またもや、涙々のビデオであった。
 

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2003年7月22日(火)
浮田町デルタ地帯で自宅カレーのお店発見?


 今日の日記は、別のところに書いたものをそのまま流用。

   ●

 いきなりとんでもない情報が入ってきました。

 というのも、イースト中崎の中にある「浮田町デルタ地帯」(以後、「デルタ浮田」と銘々す)で、「おうちカレー屋さん」ができているそうです。
 目撃者&密告者にもう少し話を詳しく聞くと、そのカレー屋さんは、普通の家の玄関にテーブルを出し、カレーを販売しているといいます。
 しかもそのカレー屋さんは、テイクアウトのお持ち帰り専門。

 
あ・や・し・い

 村上給食さんが毎日運んでくれる弁当をきれいに食べたぼくは(村上給食さん、いつもおいしいお弁当をありがとうございます)、ヤもタテもいられず、会社のお昼休みに現場へ急行しました。

 そこはぼくの会社から都島大通りを南西に2、30歩歩き、西斜めに入っている道を50〜100メートルほど歩いたところにありました。

 それはまさに、「おうちカレー」。

 きれいな2階建て(だったと思う)の普通の家。
 その玄関の前の小さなスペースに小さなテーブルを出し、そこに炊飯器と、カレーが入っているらしき鍋が置かれていました。

 
ややや、まさか、これは

 
いやいや、こんなところで、ほんまにほんま?

 驚きすぎたぼくは、前を通り過ぎてしまいました。
 (だって、おばさんがこっちを見てるんだもん)

 でも、そんなことでは「イースト中崎情報局」を名乗る資格はない、逃げてどうする、もう現場を発見したではないか、…。
 頭の中で、一度に20人も30人もの「ぼく」が口々にしゃべり出しました(映画のマトリックスかぁ〜。と言っても、ぼくはマトリックスを見たことがありません)。

 「たしかに。ここで負けては、『イースト中崎情報局』の名がすたる」

 結局、そこに話は集約されたため、一度お店の前を通り過ぎたぼくは(あれは「お店」というのだろうか?)、体ごと急反転し、顔中に汗を浮かべているおばさんに突進したのでありました。

   ●

 おばさんに最初に聞くことは決まっています。

 
「ここでカレー、売ってはるんですか?」

 なんて素朴。なんてストレート。
 我ながらホレボレする質問です。

 おばさんは「ハイ」と気持ちよく返事をしてくれました(やはり、噂は真実)。
 しかし、その直後、「どうしてここを知ったん?」と聞いてきます。
 ぼくは「目撃者&密告者」の具体的氏名と全体像を説明しようとしたのですが、そんな説明をしたとしても、おばさんに同意していただけるわけがありません。
 逆に「あー、あの人ね」なんて言われると、ぼくはうなずいていいのもかどうか。
 だから、ただ、

 「いやいや、いつもこの前を通っている人が、カレー屋さんができていると教えてくれたもんで」

と、エヘラ、エヘラ、笑いながら答えました。
 しかし、おばさんの追及の手は厳しく、

 「いやあ、その人に会いたいわ。今度是非連れてきてよ」

と言われてしまいました。
 その話を「目撃者&密告者」に話したところ、「そのカレー屋さんの向こうにあるフクヤベーカリーさん(パン屋さん)にパンを買いに行けなくなるやん」と具体的な話を説明され、拒絶されてしまいました(おばさん、すみません)。

   ●

 で、おばさんに少しお話をうかがったところ、そこで売られているカレーは、おばさんの後ろにある玄関を入った家の中で作られたものではない、とのこと。
 おばさんの家は、ちょっと行ったところにある豊崎1丁目か2丁目(忘れてしまいました)で喫茶店をしていて(「喫茶店」だったかなぁ?)、そこで作っているカレーをここで売っているということでした。

 「いつからですか?」というぼくの質問には「1カ月くらい前から」だそう。
 きっかけは、近所の人に、「ここで何か売ったらいいのに」と言われたことらしいです。

 「お客さん、来ますか?」というぼくの不躾な質問にもおばさんは気持ち良く答えていただきました。

 「近所の人たちが来てくれるんよ」

 「近所の人や、お年寄りの人とか、いつも自分で作っている料理に飽きた時とかに、買っていってくれる」とのこと。
 うーん、思わぬところに需要はあるものです。

   ●

 ぼくは村上給食さんのお弁当を食べたばかりだったのですが、せっかくなので、1つカレーライスを頼みました(カレーライスしかないのですが)。

 
「量はちょっとでいいですから」

と、自ら申請したぼくは、やはり自分の体は自分で守ることを実践している、えらいえらい、とほめてやりたくなりました。
 しかし、おばさんは、ドバドバご飯をついでくれ、「これでいい?」と聞いてくれます。
 「いやいや、もう少し減らして」といったのですが、まんまんちゃんにお供えするご飯くらいしか減らしてくれません。
 その量を見て、(食べられる)と即座に判断したぼくはキチンとうなずいてしまい、自分の中途半端な意志をほめなくてよかったと思いました。

 「大人のカレー味やからね」

と、発泡スチロールの入れ物にライスをカレーを入れたあと、プラスチックの透明のフタをしながら、おばさんは言いました。
 確かに、テーブルの真ん中には、カレーライスを入れる発泡スチロールの容器などがあり、そこには、「カレーの辛さは(1)(2)(3)で選べます」というようなことが書かれていました。
 そして、その紙の上には、韓国のハングル文字で「辛」と書かれたような調味料らしき真っ赤な袋が置かれていました。

 カレーライスの料金は、500円。税込です。
 「量を減らして」と頼んだけれど、500円をしっかり受け取って下さったので、「量を大目にして」と頼んでも、500円かもしれません。

   ●

 会社に、そのテイクアウトのカレーを持って帰ると、容器からカレーがこぼれていました。
 そのお店で買えたことが嬉しくて、容器が入っていた白透明の手提げ袋を振り回し過ぎたのかもしれません。

 カレーは、焦げ焦げ茶色。
 ビーフの肉もとろけた感じで入っています(具は目立った形のものはなく、全体がよく煮込まれている、という感じでしょうか)。

 で、一口食べてみると、
ハヒ〜〜〜

 さすがに大人の辛口カレーでした。

   ●

 結局、そのお店のお名前を聞くのを忘れたのですが(屋号はあるのでしょうか?)、もし興味があるかたは、だいたいこちらの場所ですので、一度ご来店ください(「来店」と言えるのだろうか?)。

 
周辺地図

 そのお店の目印は、玄関のヨコにからまった形でなびいている「カレーライス」ののぼり。
 ただ、もう一度書きますが、そののぼりは、サオにからまっていますので、「カ」の字はかすかに読めても、「レ」や「ライス」の文字になると判別不可能かもしれません。
 とにかく、赤いのぼりを探し、「カ」の字を読んでください。
 そして、冬のマラソン大会のゴール地点にあるような、ぜんざいテーブルを見つけられたら、そこがテイクアウト・カレー屋さんです。
 「なんでこんなところにテーブルと炊飯器が?」という疑問を持たれたら、あなたはもう、カレーライスをテイクアウトしたくなる〜。

 「目撃者&密告者」談では、おばさんは麦わら帽をかぶっているという情報もありました(ぼくが行った時は、麦わら帽はかぶられていませんでした)。
 ですので、麦わら帽をかぶって、汗を流しているおばさんを見つけたら、あなたはもう、カレーライスを食べたくなる〜(てちょっとくどい?)。

 以上、イースト中崎探訪記、第1回の巻でした。

 (ゲップ)。
 

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2003年7月23日(水)
インターネットは世界へ向かわない。地域へ向かう。


 佐々淳行さんの『目黒警察署物語 −佐々警部補パトロール日記』を読み、引き続き『香港領事動乱日誌』を読む。
 そこで知った「テト攻勢」という言葉にひっかかり、「はて?ベトナム戦争は何をきっかけにして始まったのか?」の疑問が生じ、メル・ギブ ソンさん主演の『ワンス・アンド・フォーエバー』を見る。
 しかし、その映画では謎は解けず、今は一橋文哉さんの『闇に消えた怪人 −グリコ・森永事件の真相−』を読んでいる。

 まさに、乱読。

 一貫性があるようで、
まったくない

 (その間に、ビデオで『ザ・ワン』や『イナフ』も見ていて、これまたポリシーがない)

   ●

 倉木麻衣さんのファンの人は山口百恵さんの『イミテイション・ゴールド』を知っているかどうか疑問に思っていたが、想像した通り、というか何というか、やっぱり知らないのね。
 あはん。

 ということは。

 もしかして、
グリコ・森永事件も知らないんじゃないの?

 まさかねぇ。そんなバカなこと、ないよね?
 でないと、犯罪の基準が、全く変わってきちゃうじゃないの。
 いやいや、まさか。
 もしかして、マスコミを駆使して日本中を巻き込んだ事件っていうのは、「オウム真理教」事件が基準になってるの?
 「グリ森事件」て何?って感じなのでしょうか。

   ●

 そんなデカイ話は追いといて、最近思うのは、インターネットを使ってこれから伸びていく分野のこと。
 それは世界を結びつけるようなことではなくて、逆に小さい小さい自分の周りの地域の情報をどこまで深く掘り下げられるか、そのへんのところをピンポイントで突っ込んだ企業が伸びていくのではないか、と夢想していたりする。
 例えれば、新聞に挟み込まれていたりする「ぱど」さんのインターネット版だったりするんだけど(単純すぎるか)。

 そのへんをうまく全国規模で一斉にわしづかみにしちゃおうなんて、もうヤフーさんなんかは考えて実行してるんだろうなぁ。

   ●

 で、小さな小さな地域の情報を一つ。

 大阪・天六のTSUTAYAさんのCDアルバムウィークリーランキング。

 1週目 1位
 2週目 2位
 3週目 3位

と、倉木さんの『If I Believe』は動いている模様。
 このアルバムは珍しく、1週目、2週目とオリコンさんと同時進行してるのだけど、そんなふうに来週のオリコンさんはなるのかな?

 それにしても、『If I Believe』の店頭在庫。
 減ったと思ったら増えていて、そんな状況がずっと続いている。

 ありがたいこっちゃ。
 

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2003年7月24日(木)
またひとり退社。


 明日、またひとり退社する。

 と言っても、今度はお子さまが生まれるための寿退社だったりする。

 
おめでとー、○ポコさん

 でも、今になっても、結婚してからの名前で呼ぶには、一度頭の中で「なんて名前だったけな?」と思い出していた。
 たびたび以前の名前の「○ポコさん」と呼んでしまって失礼しました(と言いながら、また同じ名前で呼んでいるのですが)。

   ●

 で、○ポコさんがやめたあとも、会社では人員補充はなし。
 そらそうだわな。
 もっともっとみんな危機感を持つ必要あり。
 勤務時間を過ごしているだけで、何もしないでも給料がもらえる。
 そんな雰囲気の会社になりませんよーに。
 

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2003年7月26日(土)
さて来週は。


 昨日は、みんなで○ポコさんに花束とスヌーピーの香取線香をプレゼントし見送ったあと、社長とぼくを含めて4人は居酒屋さんへ(のため、日記は休み)。
 その4人というのは、今の新会社になる前の会社から一緒に仕事をしていた4人。
 ということは「古株集会」だぁ〜(←うう、言いたくない)。

 で、その4人で何をしていたかというと、会社はこれからどういう方針でいこうかとか、今までの問題点は何かを話し合った。
 その中で一番ブーたれたのは、ぼくだったのだけど、今回「4人で集まりましょ」と言い出したのはぼくだったので、仕方がないわね。他の3人には我慢してもらいました(のかな?)。

 でも、ほんと、これからどうしていこうという話になると、ほとんどネタがない。
 で、今までの問題点は何かというと、これまたあんまり出てこない。

 と思っていたら、ちょっとした電話の応対やファックスの受け取りとかの話で、ぼくの会社はダダモレ状態だったことがわかる。
 売上を伸ばす、利益を確保することを考えるよりも前に、お得意様からの連絡がきちんと担当者に伝わっていないことがたびたび。その現状を知り、4人とも黙り込む。

 簡単で単純なことの失礼、その積み重ねが、味方になってくれていたお得意様を遠ざけてしまったのだろうなぁ。

 新規のお得意様を探すよりも前に、今までのお得様に失礼がないようにしないと。

   ●

 と4人で会議をした後の今日は、その場でもちらっと話した「身近な」ホームページを作る。
 今のところ、訪問カウントは「1」(←ぼくだけ)。

 さてさて、うまくいくかどうか。
 うまくいって、ぼくの会社が、ではなくて、「身近な」会社やお店に何か幸運が訪れてくれたら嬉しいのだけれど。

   ●

 チェッカーお試し掲示板の さんどうもです(15193番)。

 〈日記で、寿退社でおめでとうなんてしていたら、Mai-Kも寿引退してしまうでしょう。
ちゃんと、退社してしまわなくても育児休暇や新婚休暇が取れるようにするか、復帰出来るように考えてあげなさいな。


 とのことですが、別に倉木麻衣さんが寿引退されてもいいのではないですか?
 突然いますぐされても、ぼくにとっては、倉木さんは今まで十分期待に応えてくれているので、ぼくは素直に「おめでとう」と送り出してあげることができます。

 で、ぼくが勤めている会社は、従業員10数名の小会社です。
 育児休暇や新婚休暇とかいう制度がなくても、「出産後、また働かせてください」という覇気があれば、「よっしゃ」というような社長だったりします。
 実際、○ポコさんは、在職中に結婚されていますが、結婚前と変わらずに一緒に働いていました。
 また別の人が3〜4カ月の入院をされた時も、残るメンバーがカバーし、復職を果たされたこともあります。
 求人広告を出していないのに「働かせてください」と飛び込んできた人が、今も一緒に働いていたりします。

 小さな会社は、制度があるから働き続けられるとか、制度がないからもう働けないとかいうことではないと思います。
 もっと単純なこと。
 本人にとっては、引き続き働きたい会社かどうか、まわりに人にとっては引き続き一緒に働きたいかどうか。

 「続けて働きたいんです」とか「絶対戻ってきてね」という言葉が誰に対しても言える会社にしたいなぁと思ってもう4年。

 いったい何人やめるんだぁー。
 やめるんだったら、やとうなー。

 とは、昨日の居酒屋さんでぼくが一人カッカきてぼやいていたことです。
 期待してるんだったら、最後まで期待してよ。みんなで信じて鍛えてあげてよ、です。

 でも、昨日は、○ポコさんが花束贈られてみんなで見送れたのでよかった、でした。

 だから、 さん。
 育児休暇や新婚休暇の制度がなくても、ぼくの会社では、そのへんのことは心配ご無用だと思います。

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 同じく、urakichiさん(15179番)と、ももこさん(15204番)、どうもです。
 よかったー、urakichiさんはグリ森事件を知ってられて。
 ももこさんはその年が生まれた年だったとは。

 
オーノー
 

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2003年7月29日(火)
保育園の門を閉める。


 (おっと、この日は火曜日でした。(o ̄∇ ̄)o@元祖チェッカーさん、おおきにです)

 ふー、ようやく。

 先週は、『チェッカーお試し掲示板』でhashibaさんに紹介された大阪の陶器市にいけなかったので、日曜日は、三重県の名張に行ったこともあり、伊賀焼の陶器市に行く。
 想像していた規模より大きく、そして陶器を買っている人も多かった。
 「器」というと、「信楽焼」とか「有田焼」とかの名前しか浮かばなかったけど、いろんなところに名産の焼き物があるのね。

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 日曜日は他にも、上野市にある「わかや」というお店でお豆腐の田楽を腹一杯食べたり、「
私の部屋」という雑貨屋さんを教えてもらったり、リサイクルショップで買った椅子を運んだり、保育園の鍵を閉めるのを手伝ったりと、スケジュールがギュッと詰まった1日だった。
 ので、日記はお休み。

 「保育園の鍵を閉める」というのは、その日が閉める当番とのこと。
 ということで、いろんなところを回ったあと、最後の仕事として、みんなでついて行く。保育園に入るなんて初めてだ(ぼくは保育園にはいかずに、幼稚園だけだったもんね。今じゃその幼稚園は廃園になったと伝え聞く)。

 でも。
 あれ?
 誰もいないはずの保育園の中から声がする。

 キャハハハー。

 って子供の声?

 なんだなんだ?と思いながら、みんなで大きな門を押し開けて中に入ると、閉じられた門の中に子供が二人とお母さんらしき人が一人。
 どうやら、いつもその保育園に通っている人みたいなのだが、夕食までの時間を園内で遊んで過ごしていたみたい。

 (あ、見つかってしまった)というように、その子供たちのお母さんは「どうもすみませんでした」と謝りながら門の外へ。
 でも、子供たちは何のことがわからない。
 でも、お母さんに「さあ、さあ」とせかされる。
 「ほらほら。どうもすみませんでした。ほらほら、みなさんに『バイバイ』って」
 そう言われた子供たちは、大きな声でこう言った。

 
「バイバーイ」

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 園内にある花壇に水をやり、自動車に掛けてあったシートがズレていたのでそれを直し、置いて合った園児用の小さなスクーターをちょっとだけ乗り回す(つぶれなくてよかった)。
 用事が済んだぼくたちは、門を閉め、自動車で帰路についた。
 途中、あの親子が見えた。
 車の速度を落とし、ゆっくりと横を通り過ぎる。
 細い道。まわりは緑のじゅうたんが敷き詰められているようなたんぼ。

 ぼくらはどちらからともなく、手を振り合った。

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 今、思い出せば、あれは『fantasy』の風景だったんだな。

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 昨日は、ひっきりなしに仕事が入ってきたので、2日連続で日記はお休み。

 さてと、あと2日、月末をなんとか乗りきろう。

 
オー

 レポートを仕上げるために、徹夜して、午後3時くらいに字が読めなくなっている人もいるんだもんね。

 みなさん、おつかれさま〜。
 

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2003年7月31日(木)
月末最終日。


 ふー、7月が終わる。

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 『チェッカーお試し掲示板』の稜三さん、初めまして(15612番)。

 〈しょうもない自己満日記なんか書いてる暇があったら
メイン掲示板の管理をちゃんとやれよ。サボってんじゃないよ。
今どれだけ荒れ放題なのかわからないのか?
あれでは辛口掲示板と大差ないじゃん。


とのことですが、今の『倉木麻衣さんへの掲示板』をぼくは〈荒れ放題〉とは思っていません。
 ですが、この日記は〈自己満日記〉と思っております。
 それから、『倉木麻衣さんへの掲示板』も『匿名・辛口掲示板』も「生き物じゃないか」と思う時があります。
 書き込んでくれる人が多い時もあれば、みなさんが見守ってくれている時もあり、「初めまして」の人がいっぱい書いてくれる時もあれば、質問がいっぱいの時もある。
 そんなヒットカウンターをのぞいたり、書き込んだりしてくれる人は、すべて倉木さんのことに興味をもっている人たち(=ファン)だと思っています。

 稜三さんには申し訳ないのですが、ぼくはそんな人たちを信じています。
 いつの日にか、「倉木さん、いいね」とみなさんに言ってもらえる日がくるとも思っています。「あの頃は、ああ言ってたけど」と。

 もし、そういうことができなければ、倉木さんのファンになり、倉木さんのファンの人たち(稜三さんももちろん入ります)を見込んだぼくを笑ってやってください。ぼくの見る目がなかったということなので。

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 今日は焼き肉の会。
 のはずが、社長からの賞与手渡し、全員個人面談になってしまったので、まだ会社にいて順番待ち。

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 今日は、パン工場ライブのシークレット・ゲストさんのチケット発売日。
 いったい誰がゲストさんなのであろうか?
 

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