OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2003年3月16日(日)
「らぬき言葉」でレッツら・ゴーなのら(「Natural」への返事・2)。


 ようやく。
 ようやく、借りることができた。

 『K-PAX 光の旅人』
 『活きる』

 どちらも映画のビデオです。

 うう、今日もまた時間がなくなりそう。見れるかな?

   ●

 さてさて。

 この「見れるかな?」は「らぬき言葉」になるのでしょうか。
 なるのでしょうね。
 きっとなるのだろうな。
 「見られるかな?」が正しいような気がする。

 「日本語はいかにあるべきか」という論争の中にぼくが飛び込んでいけば、すぐに「あなたの話している言葉自体が間違い」と指摘され、おずおずと退散しなければならないだろう。

 それはぼくだけではなく、『Natural』の詩を書いた倉木麻衣さんにも言えることではないか。

 といきなり、倉木さんのことに話をふるのである。

   ●

 3月の新曲『Time after time 〜花舞う街で〜』のカップリング曲『Natural』。
 「大事に頂戴しました」とか「大切に持っておきます」という返事しかぼくにはでてこないこの曲に「らぬき言葉」らしきものが大量に出てくる。
 特にここは強烈。
 それは2番のここである。

 ♪かけがえのない存在でいれるようにと〜

 わお。

 しかも倉木さんは思いっきり力をこめて、「♪いれるようにと〜」と歌っている。

 あのあの。
 ちょっとちょっと。
 倉木さん倉木さん。

 同じ言葉を二つ繰り返してしまうのである。

 あのあの、ちょっとちょっと、倉木さん倉木さん、ここは「いれるようにと」ではなく、「いれるようにと」ではないの?

 と思っていた。
 「♪いれるようにと〜」と歌われてると、何か違和感があり、どうもしっくりこなかった。
 それなのに倉木さんは、思いっきり力をこめて歌っている。
 ここさえ伝わればいいというくらい「自信満々」に歌っているのだ。

   ●

 倉木さんは『ジェイグルーヴマガジン』2003年4月号のインタビューで次のようなことを話している。
 『Natural』とは関係ない、A面の『Time after time 〜花舞う街で〜』についてのところ。
 その曲の歌詩に出てくる単語について山田純子さんが質問した。

 〈――その工夫の1つが、“花御堂”や“薄氷冴返る”などの言葉?
倉木:それは季語辞典で調べていったんですけど、“花御堂”とか“薄氷冴返る”って普段は使わないし、知ってても耳にしなかったりしますよね。私も実際知らないものがあったし、でも、そういう季語ってそれだけで日本的だなって気がして、だからこそ使ってみたいと思ったんです。“薄氷冴返る”って、冬が終わる直前の水面に薄い氷が張っている時期のことで、すごく寒いんだけど春がもうすぐやってくるっていう時期をさす言葉で、それを気持ちに例えてみることも出来ると思ったし、歌詞で使う言葉も今回は少し意識して変えてみました。
   (『ジェイグルーヴマガジン』2003年04月号53ページより)

 なるほど。
 倉木さんは『Time after time 〜花舞う街で〜』の歌詩を書くにあたって、〈季語辞典〉を調べていたのか。
 うーん、類語辞典で語彙を増やすかと思っていたら、季語辞典ときた。
 倉木さん、おぬし、やるな。

 (この引用した以外でも、この号にはいろいろ知らないことが書かれていて、『ジェイグルーヴマガジン』さん、やりやがったなと好感を持ったのでした)

   ●

 そう倉木さんや『ジェイグルーヴマガジン』さんに感心していたら、ハタと気づいた。

 あれ?もしかして?

   ●

 『Natural』の「らぬき言葉」、

 ♪かけがえのない存在でいれるようにと〜

のところ。

 ぼくはここは「いれるように」ではなく、「いれるように」の方が正しいと思った。
 「かけがえのない存在」という言葉が前についているなら、「あるように」でもいいのではないかとも思った。
 「ある」ではなく、「いる」の方が倉木さんの意志が強く出るからやっぱり「いられる」の方がいいかな。
 とも、ひとり試行錯誤した。

 そんなことを思いながらも、これはきっと字数の関係で「いられる」ではなく「いれる」と「ら」を飛ばしたのだと判断した。
 そうだ、そうに違いない。
 「いられる」だと1文字が多いではないか。

 と思い、

 ♪かけがえのない存在でいられるようにと〜

 と音痴な声で歌ってみた。
 ありゃりゃ、ありゃりゃ。
 これがなんなく歌えてしまう。

   ●

 もう一度、歌を聴き返してみた。
 もう一度、歌詩を読み返してみた。

 「かけがえのない存在でいれるようにと」の直前にはこんな文章が置かれていた。

   ●

 ♪誰もが指さしてる あの子は誰なの?と
  それでも戻るわけにはいかない
  Ah「私はここに」いるの!!

   ●

 「かけがえのない存在でいれるようにと」のところは、「いれる」でなければならない。
 「いられる」でも「ある」でも別人になってしまう。

 「私はここに」とエクルクラメーションマークを2つ並べて主張した倉木さん。その倉木さん自身の存在証明。

 倉木さんは「いれるように」という普段使っている言葉を、わざとここに残したのではないか。

   ●

 『Natural』の最初にはこんな言葉がある。

 ♪Ah「イイ子でいよう」なんて
  やっぱり私は私でしかいられない

 そして最後には、こんな言葉が残されている。

 ♪すべてが崩れ落ちるその時 過去の自分を
  抱きしめて「サヨナラを言う」

 『Netural』の中でカギカッコ(「 」)でくくられた言葉は3カ所。

 「イイ子でいよう
 「私はここに
 「サヨナラを言う

 「イイ子でいよう」と思っていた倉木さん。
 しかし、「私はここにいるの!!」とまでは強く主張せずに、「私はここに」とだけ主張する倉木さん。
 そして最後に「サヨナラ」と言うのではなく、「サヨナラを言う」という行為自体を、〈すべてが崩れ落ちるその時〉の最終目標にする倉木さん。

 順番に並べてみる。
 そしてこれが世に言う時間系列に並べられているものだとしたら…。

 「かけがえのない存在でいれるように」というのは、倉木さんの

 過去(「イイ子でいよう」)
  ↓
 現在(「私はここに」)
  ↓
 未来(「サヨナラを言う」)

の中の、「現在」の目標ではないか。

 (過去の目標は〈イイ子〉でいることだった)

   ●

 ということで、そんなことを想像してしまったので、またそこから『Natural』への愛着が倍増している。
 誰が何とけなそうと、『Natural』は大切な曲なのだ、という思想は微動だにしないのである。

 以上、

 ♪Don't you know

 とさりげなく、2回も「知ってくれないの?」と問いかけてくる『Natural』への2度目の返事でした。
  

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2003年3月16日(日)-2
阿久悠さんの言葉。


 産経新聞さんの朝刊に作詞家・作家である阿久悠さんのインタビュー記事が載った。
 強烈な言葉がたくさん語られていた。

 作詩をするにあたって、何か参考になれば。

   ●

 〈「仕事師? そうねえ。四十八歳までは、どんないいものでも、売れなければしようがない、というのがどこかにあった。それは、自分に対する緊張感の持たせ方ともいえるかな」
   (『産経新聞』2003年3月11日(火)朝刊14版14面
    仕事師列伝・平成編
    『言葉で時代を彩る・1』作詞家・作家 阿久悠より)

 〈「売れなかった中にもスゴイものがあるかもしれない、という機能が存在しないと、文化は痩(や)せていく。歌が売れる、売れないに関しては、スゴイ詞でも、ヤボな曲や下手な歌唱がついたら、まず売れない。スゴイ曲や魅力のあるメロディーに普通の歌唱なら、へたな詞がついても売れる。最終的に記憶に残るかどうかは別ですけれどね」

 〈「だから、売れても十万枚までは、作曲家の力か、歌手がかわいかったのかと思う。二十万枚を超えて初めて『ほれ見ろ、オレの力だ』とニッコリ」

 〈「昔の本を読んでも、歌謡曲についての評判はあっても評論はなかった。ところが『ざんげ―』(田熊注・阿久さんが作詞した『ざんげの値打ちもない』のこと)で、文芸時評のような書かれ方をした。このとき、それを期待する人は、純粋詩や小説を書いていたに違いない、評論させる作品を書けばいいんだと気づき、本気で作詞をやろうと思った」

   ●

 読売テレビ系のオーディション番組『スター誕生』に関して。

 〈「若さが必要ではなく、どんな歌を与えても、可能性が感じられることが大切だった。二十歳を過ぎるとその人の個性にあった歌は作れても、それは新しいスター作りではなかった。スタ誕はダメだけど、『全日本歌謡選手権』に挑戦しなよとひそかにアドバイスした歌手が当初は何人もいましたよ」
   (『産経新聞』2003年3月12日(水)朝刊13版18面
    仕事師列伝・平成編
    『言葉で時代を彩る・2』作詞家・作家 阿久悠より)

 ピンクレディーさんに関して。

 〈「三分間のアニメーション。でも彼女たち、そんなに期待されていたわけではなかった。『ペッパー警部』と『乾杯お嬢さん』がAB面を争った。『乾杯―』を押す人が多かったけど、僕は、『ペッパー警部はA面になれば画期的、B面ならばゲテもの。それをわかってほしい』と主張した。売れたら、反対していたことは誰も言わなくなったよ。スタ誕をやってなければ、アイドルの詞は書いてなかったな。冗談で『言葉の質が違うから仕方ないけど、キレイな歌手からの注文がこないね』と笑っていたくらいだから」

 昭和49年から次々にヒット曲を生み、昭和53年にはレコード大賞候補曲10曲のうち、5曲がノミネートされる。

 〈「僕の歌が事件であり続けた時代ですね。歌は世の中で培養されて乱反射して広がっていった。でも、スタ誕では、歌う子供たちの背を二十センチ高く見せたけど、マリリン・モンローにはさせられなかった」

 松田聖子さんがスタ誕を経由しないで、スウーッと売り出された。

 〈「中森明菜までは、本人はどう思っているか知らないけれど、スタ誕を通過しなければというのがどこかにあった。スタ誕は、チャンスを日常化し、サクセスの可能性を信じさせ、反面サクセスを軽視させた」〉。

   ●

 〈「また、日本の流行歌の詞は一人称の韻文で『好きだ』とか『悲しい』と語るものが多かった。僕のは、『好きだと言っている人がいます』と、第三者の話を第三者に聞かせる散文」
   (『産経新聞』2003年3月14日(金)朝刊14版12面
    仕事師列伝・平成編
    『言葉で時代を彩る・3』作詞家・作家 阿久悠より)

 〈「六本木で使われている言葉を書き写しても作品ではない。使っている人や、使われている時代を描いて作品になる」

 〈「僕の作品に言葉があるとうぬぼれているわけではない。言葉が必要だとアピールしているヤツがいるということぐらいはしておかなくてはと思った。平易な言葉で詞を書くけど、油断したしゃべりの日常語とは明らかに違う。作品には緊迫感が漂うもの。日常の友達とのおしゃべりが、そのまま作品になっていくのは、どこか悲劇的だと憂えたんですね」

 どきっ。
 さっき書いた日記が怒られたー。

 (みたいな感じ)

   ●

 倉木麻衣さんは、阿久悠さんや松本隆さん、松任谷由実さんになることができる種を持っている。

 しかし、歌手になるという一番大きな夢が叶ってしまった。

 ♪いつか夢が叶う〜

と、『Love, Day After Tomorrow』で最初に言った言葉が現実のものになっている。

 それを越える夢を見つけられれば、もう一ステージ上に上がれると思うのだけど、2年や3年で見つかるほど、新しい夢はそんな簡単なものではないとも思う。
 想像の中で書いたり、言葉のループが起こるのは仕方がない。
 しかし、語彙力を増やすために「季語」を調べたり、今まで自分にないものにトライする姿勢は「よし」である(その姿勢マネさせて〜)。

 GIZAさんは、そんな試行錯誤している倉木さんと「心中」する決心を、いつの頃からかしてしまった。
 時間がかかるのは仕方がない。

 FM京都さんでのラジオレギュラーの決定も、「まず大学の地元のことをよく知ろう」という親心のように思えてならない。
 ただ勉強するために京都に行くのではなく、地元の人、生活している人たちの機微を吸収してもらう。そんな意図があるように思う。
 これがもし全国を対象にした番組ならば、大きすぎて地域を対象にした話題は出せなくなるだろう。そんな話題が出たとしても、全国のバランスを取らなければならいないので、深く掘り下げることはできない。
 かといって、東京や大阪では生活ではなくなってしまうような気がする。生活ではなく、「仕事の場」になってしまうというか。

 今、倉木さんが貯金しなければならないのは、実際に日常生活を送っている人の普通の感覚。
 その貯金がたまり、倉木さんが自分の内からの言葉として表現できれば、もう一ステージ上がることができる。

   ●

 4月に予定されている新曲の『KISS』。
 一つ倉木さんの歌詩で気がかりなのは、「KISSをしても、それでも不安」という感情まで表現されているかどうか。

 「夏の素肌にKISS」

 そんな感じのキャッチコピーをシーブリーズさんは予定しているのかなと思うのだが(どうなんでしょ?)、そんなCMのキャッチコピーを越え、YOKOさんの曲に負けない強いフレーズが残されているかどうか。

 倉木さんが残している言葉、

 〈今年の夏はCool&SEXYにいきたいな!!
   (『Mai-K.net』「Mai-K Message #55」より)

 「Cool」は「C」だけが大文字で、「SEXY」は全部が大文字。

 うーん、何か深い意味があるようで、何もないようで。
 どいう意味なの?倉木さん。

   ●

 最近テレビで聴いて、「そういやこういう歌詩は最近聴いたことがないな」と思った曲。

 松任谷由実さん『守ってあげたい』。

 倉木さん。
 「誰かのために、何かをしたい」という歌詩は書けませんか?

   ●

 でも、もし倉木さんに恋人ができれば、「誰かのために、何かをしても逆効果」という場面が…。

 そうなると、五里霧中状態の歌詩が生まれ、簡単にもう一ステージ上に上がれる。

 倉木さん。
 早いこと、恋人、作っちゃえ。
  

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2003年3月16日(日)-3
FM802さん、ヤッホー。


 あれは、徹夜明けの日だった。

 午前5時12分、JR天満駅を(たぶん)始発の電車に乗り、奈良まで帰った。
 途中爆睡。近鉄奈良線西大寺駅で乗り越しそうになる。
 家で下着とスーツを着替え、もう一度会社へ。

 眠い眠い。
 そう書いた日記をアップ。

 午前9時前、いつものようにFM802さんからヒロTさんの声が聴こえている。

 「ヒロTさんは元気だなぁ〜。でもぼくは眠い〜」

 あくびをしながら聴いていると、ヒロTさんが印刷の校正の話を始めた。
 「校正がたいへんなんやなぁ」。
 そんなことを、いつもの関西弁で話している。

 「ああ、こうしてわかってくれてる人もいるんだ。印刷屋がたいへんなだけじゃなく、印刷を頼む人もたいへんなんだ」

   ●

 ラジオで知っていることを話してもらうと嬉しい。
 ついつい仕事はそっちのけで聴いてしまう。
 もちろんその話が終われば、「よし、仕事をするぞ」と気合いが入る。
 ラジオは仕事のところどころで休ませてくれたり、アクセルを入れさせてくれたりする。

   ●

 そしたら嬉しいことは続くもので、久しぶりにヒロTさんは、倉木麻衣さんの『Time after time 〜花舞う街で〜』をかけてくれる。
 その前か後に、「まい」さんというリスナーさんの名前を読んでいた。
 その時、これまた久しぶりに「まいっちゃん!」という呼び方もしてくれた。

 「なんて今日はいい日なんだろう」

 そして最後にはヒロTさん、「今日はさぬきうどんを食べに、香川県までドライブに行く」というではないか。

 「オーノー。今日はほんとスペシャルデーだ。頑張らないとな」

 そう思ったこの前の金曜日なのでした。

   ●

 さてさて、ヒロTさん、うまく目指すさぬきうどん屋さんには着けたのかな?

 あー、休日ならなあ。
 天気もよかったし、一緒にいきたかったなぁ〜。
  

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2003年3月16日(日)-4
青い空、青い海、青い鳥。


 ビデオ『K-PAX 光の旅人』を見終わる。

 文庫本で読んだ『リプレイ』の一場面を見るような、不思議な話だった。
 この映画に惹かれるとは。

 あなたは光の旅人ですか?
 それとも、光の旅人を待っている人ですか?

   ●

 途中、「青い鳥」が出てきた。
 本のタイトルではなく、ビデオでは「青カケス」と言う実物の青い鳥。

 青カケスって、別名「ブルージョイ」というらしいのですね。

 『庭の常連さん〜ブルージェイ』さん(勝手にリンクすみません)
 http://home.attbi.com/~hummingbird728/m/niwa_bjay.htm

 カナダのトロントには、大リーグの「ブルージェイズ」というチームもあるそうな。

 『トロント』さん(勝手にリンクすみません)
 http://neko89.site.ne.jp/ctytor.htm

 また別のホームページでは、青カケスは「人によく慣れ、いたずら好きの鳥で す。青カケスは、親しみやすいキャラクター」らしい。

 思わぬことから、勉強させていただきました。
  

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2003年3月17日(月)
びっくり。


 なんとびっくり。

 倉木麻衣さんの次の新曲『KISS』。
 HMVさんのレビューで満点の「10」点がついている。

 〈HMV レコメンド HMV レビュー 10
2003年夏の始まりを告げるニューシングルは昨年の夏を爽やかに飾った『Feel Fine』に続くSea BreezeのCMソング。ビジュアルともども、彼女のクリア・ヴォイスが夏の熱さを爽やかにクール・ダウンさせてくれる。今作は、Yoko.Black Stoneによる作曲。忘れてはならないUSデビューシングル『Baby I Like』以来の久しぶりのコラボレート。さらにこちらもデビュー当時の倉木麻衣の楽曲を語る上でかかせないボストンCybersoundの強力チーム!!アダルトなR&Bを楽しんでください!


 『HMV.co.jp - 倉木麻衣 / Kiss』
 http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=182676

 HMVさんのレビューの採点を調べてみたら、『Stay by my side』から『Time after time 〜花舞う街で〜』まで14曲の最高は、「9」点だった。

 『KISS』とはいったいどういう曲なんだ

 〈アダルトなR&B〉なのね。

 (『Natural』を越えるのか。と、わたしは問いたい)

 (「YOKOさんの曲だから」と、聴く前からケナしてる人はどういう意図があるのか。とも、わたしは問いたい)

 (が、黙る)

   ●

 あわてないあわてない。

 ふー。

 (やれやれ。夜中にひとりで勝手に興奮しちゃうぜ)
  

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2003年3月18日(火)
ジャケットを変える。倉木さんを消す。


 間に合うかどうかわからないのだけど、GIZAさんにお願いしたいことがあります。

 それは倉木麻衣さんの次の新曲のジャケットのこと。

 どうか、GIZAさん、『KISS』のジャケットから倉木さんの顔写真を避けてください。

 今がチャンス。変更するには、『Time after time 〜花舞う街で〜』の今が絶好のチャンスです。

   ●

 多少のブーイングは起こるのでしょうが、そこで文句を言う人たちは、発売週に買ってくれる人たち。
 「倉木さんのCDなら」と自信を持って買ってくれる人たちだと思います。

 「倉木麻衣」という名前ではなく、「いい曲なら買う」という人たちは、CDショップで一歩引いてしまいます。
 「オレはいい曲のCDを買うのだ」と思っていたのが、手にとったCDが倉木さんの顔写真入りであれば、「オレは倉木さんのCDを買うのか?」となります。

 「アイドルか、アーチストか」などという堂々巡りの会話がいまだに絶えません。
 『KISS』がチャンスです。
 ここで一気に、倉木さんは顔ではなく、曲で勝負しているのだ、ということをガツンとわからせてほしい。
 ジャケットでバシッと決めていただきたい。
 倉木さんには申し訳ないのですが、ジャケットから倉木さんの顔をはずしていただきたいと思います。

 もし、その方針転換により、今いるファンが減ったとしたら、それはそれで仕方がありません。
 「倉木さんに恋人ができた」という報道が流れれば、遅かれ早かれ、そういう人たちは去っていきます(と決めつけてしまおう)。
 それよりも。
 それ以上に、この方針転換は、離れているサイレントカスタマーさんたちの耳を、倉木さんの楽曲に向かわせることができます。

 どうか倉木さんの楽曲を、倉木さんの顔写真がなくても勝負できる環境を作っていただきたいと思います。
 あの『Baby I Like』や『Love, Day After Tomorrow』の頃のように。
 ジャケット写真が倉木さんの顔だった買うのではなく、ジャケットなんてどうでもよかった頃のように。
 誰もがプロモーションビデオを見ていなかった頃のように。

   ●

 なぜなら。

 (と、ここからはこじつけです)

 今の、オリコンチャートのランキングの上位を見てください。

 1位『世界に一つだけの花(シングル・ヴァージョン)』SMAPさん
 2位『明日への扉』I WiSHさん
 3位『Time after time 〜花舞う街で〜』倉木麻衣さん
 4位『月のしずく』RUIさん
 5位『Always』光永亮太さん

 見事に、倉木さん以外では、光永亮太さんしか顔写真を出していません。
 しかも、光永さんは顔があまり知られていないにも関わらず、「顔」を全面に出しながらも、白黒写真で肖像画のような仕様にしています。

 また、10年ほど前にはヒットすることなんて考えられなかったイージーリスニングの『image』やコンピレーションアルバムの『Kiss』『Woman』、いずれも「いい曲が詰まっている」というCDには顔写真は使われていません。

 GIZAさん。
 『Time after time 〜花舞う街で〜』で倉木さんの楽曲に注目が集まりつつある今、今が絶好のチャンスです。

   ●

 どんなジャケットがいいのか。
 ない頭を働かせて考えました。

 「KISS」から発想するのは、「口づけ」「接吻」。
 そこから「くちびる」をイメージしたものを持ってくるのはあまりにも芸がない。
 「KISS」が似合うものは何か。
 「KISS」してもらって一番嬉しいものは何か。
 「KISS」をすることで幸運に結びつくものは…。

 「天使」をイメージした翼。
 そして温かみをもたすために、手書きのイラスト。
 それも、一筆書きで書いたようなイラスト。
 周りには飾りをつけない。
 誰もがイメージをふくらませやすいように基調は「白」。

 

(単純。ほんと能がない。しかもどこかで見たような)


 なんかラム・ジェット・プーリーさんの『ディスティニー』みたいだけれど、イラストの色をぼくは「エンジ」などの赤っぽい色にしたいけれど、シーブリーズさんだから、「青」の方がいいかな?


 あかん。朝の30分ではここまでしか書けん。推敲もせずにアップだ。

 あっ。
 この翼。
 コカ・コーラさんか何かのキャンペーンロゴ、そのままだぁ。

  

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2003年3月19日(水)
2日連続。


 嬉しいことに、2日連続、FM802さんで1日2回倉木麻衣さんの『Time after time 〜花舞う街で〜』が流れている。

 月曜日は、ヒロTさんと西田新さん。
 火曜日は、中島ヒロトさんと浅井博章さん。

 FM802さんのスタッフのみなさん、DJのみなさん、そしてリクエストしてくださったみなさん、どうもありがとうございます。
 今週はとても幸せ。

   ●

 なのに、昨日は午後8時くらいになって、会社内でいきなりパーティーが始まる(FM802さんとは全く関係ない話)。
 主役は誰だが早く忘れたいのだが、「余計なお世話を」どうもありがとうです。

   ●

 昨日、次のジャケットはこう作って、というのを書いた。

 最後にコカ・コーラさんと書いたけど、もしかしたらキリンビールさんのキャンペーンロゴだったかもしれぬ。

 そうそう。
 ジャケット。
 どんなジャケットが希望なのか、自分でもう少し的確に言葉にできるようになってきた。

 それは、「プレゼントにできるジャケット」みたい。

 CDショップさんで包装紙で包んでもらわなくても、プラスチックケースに入っているCDをそのまま渡せるジャケット。
 「なんだろ? ありがとう」と言ってもらえるジャケット。
 思い出すと、B'zさんのクリスマスの時に発売されたバラード集みたいな形を、ぼくは望んでいるのかもしれない。

 ジャケットを見てすぐに「倉木さんのCDだ」とバレてしまうのではなく、「なになに?」と思ってもらえて、家に帰ってから聴いてもらえて。そして、次の日に感想を言ってもらえるような。

  

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2003年3月19日(水)-2
「KISS」の研究・その1。


 「KISS」の研究。

 〈キス
首はどちらに傾けますか
万国共通「右」が多い
独の研究者が英科学誌に発表

 国と年齢を問わずキスをするカップルは、多くの場合、首を右に曲げているという人間行動学の研究がまとまり、十三日発行の英科学誌「ネイチャー」で発表される。同誌編集部では「バレンタインデーに運良く誰かとキスすることになったなら、自分が頭を左右のどちらに曲げているか気をつけてみよう」と、この研究を紹介している。
 ドイツのボッフム・ルール大学の研究者が、自国と米国、トルコの国際空港、主要鉄道駅、公園、海岸でキスをしている百二十四組のカップル(年齢は十三−七十歳)で首の曲げ方を観察したところ八十組が右曲げで、四十四組が左曲げだった。比率は約二対一で、統計学的にも明らかな差があった。
 この論文によると、出産前の胎児や生後半年までの乳児には、首を右に曲げる傾向が見られ、キスしているカップルもその名残を引き継いでいるのだそうだ。
 利き手の場合は極端な差があるが、人間は足や目、耳でも二対一の割合で右の方を左より多く使う傾向があり、私たちがキスで首を右に曲げるのもそうした偏りの一例であるという。
 また、孵化(ふか)する前の鳥のヒナも卵の中で首を右に曲げていることから、動物の体の左右の機能差に共通する現象が、このユニークなキスの研究により再確認されたと述べている。

   (『産経新聞』2003年2月13日(木)朝刊15版29面より)

 この研究結果にも感心。
 けど、この研究が、研究者たちの「のぞき見」によってなされたものであるということにも、これまた感心。

  

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2003年3月23日(日)
結婚しました。


 木曜日は、金曜が祝日のためバタバタ。
 金曜日は、結婚式のためバタバタ。
 土曜日は、結婚式の余波と会社への「ちょっとだけ休日出勤」のため時間がとれず。

 ということで、3日間この日記の更新できず。

   ●

 金曜日の結婚式は大阪・京橋駅の近くにある太閤園で。
 天気もよく、太閤園内の庭もきれいきれい。

 ぼくは事前にカメラ撮影担当の役割を仰せつかっていた。
 親族として出席の上、スピーチ・歌などを披露することはなく、カメラだけ担当だった。

   ●

 修理後初めて使う一眼レフカメラと、最近活躍気味のデジタルカメラを持って会場へ。

 一眼レフカメラは電池をつければオート仕様にできるもの。
 会場の近くにディスカウントストアのジャパンさんがあったので、そこで電池とフィルムを購入。
 しかし電池を入れてもオートになったランプがつかず。
 仕方がないので、カメラ屋さんを探してJR京橋駅まで。
 駅の近くにプリント屋さんが2軒とカメラの機械を売っているお店が1軒。
 もちろんカメラの機械を売っているお店へ。

 「あのー、このカメラ、オートにならないんですけど…」

 「あ、ほんとやね。ランプつけへんね」という言葉に、一安心。
 ここで「オートになってるよ」などと言われたら、JR京橋駅まで歩いたぼくの行動はなんだったのだ、となるところだった。

 「電池は新しいの?」と聞いてくるカメラ屋さん。
 「ええ、まあ」とあいまいに返事をするぼく。ほんとは「さっきジャパンさんで買ったところ」と訴えたかったのだが、なぜかジャパンさんの名誉を守る心理が働き、あいまいな返事に。
 トントントン。
 カメラ屋さんが電池を取り出し、もう一度電池を入れ直す。

 「はい、オートになりました」

 れれれ?

 「電池逆さまに入れてたみたいやね」

   ●

 結婚式にはハプニングがつきものである。
 例えば、親族がタクシーで会場に着いたあと、そのタクシーに着物を全部忘れたことや、着物の帯は元から忘れていたことなどは、親族として決して口外してはならないのである。
 「恥」である。
 「恥」がすべての行動を決定づける大きな要素だからである。

   ●

 その後、ビデオカメラ担当もすることになる。
 ほんとは新婦の妹の彼氏が担当だったのだが、彼はギターで歌を披露するため、閑職のぼくがビデオカメラも兼務することとなったのだ。

   ●

 園内の教会での結婚式から、最後の花束贈呈の直前までビデオカメラを回し続ける。

 なぜ「花束贈呈の直前まで」かというと、そこでバッテリーが上がってしまったのだ。

 最高の場面は、あなたの心の中に

 と納得してもらうしかない。
 披露宴の撮影よりも、「ビデオレター」なるものを勝手に企画し、そこでバッテリーを使いまくったことも口外してはいけない。

   ●

 [ビデオカメラ担当を経験してわかったこと]
 それは背筋がピンと伸びるということ。

 ビデオカメラを構えてみると、簡単に映像は映るのよね。
 でも、簡単に映るのはよかったのだけど、それはビデオカメラの機械の問題。
 それよりも、ビデオカメラをまわす人にとっては、ビデオカメラは連続した時間を映しているものだったのだ。

 もう、ブレるブレる

 ビデオカメラを写真のカメラと同じと考えたぼくが甘かった。

 ビデオカメラを回し始めると、右手だけでは支えられない。
 微妙にブルブル震えるのだ。
 仕方がないので、左手を添える。
 しかしそれでも止まらない。
 微妙なブルブルを止めるために、呼吸を止める。
 しかしまだ、止まらない。
 仕方がないので、血管の血の流れを止めるように、しっかり背筋を伸ばす。
 背筋がビデオカメラの三脚の代わりやね。

 その姿勢で2時間ちょっと。
 くた〜。
 よほど日ごろの姿勢が悪いのだな。

   ●

 昨日と今日は、仙台ライブなんやね。
 参加されるみなさん(倉木さんやスタッフの人たちも含む)にとって、楽しいライブになりますよーに。

 そういえば、斉田才さんや小島巌さんたちがライブ周辺風景をビデオカメラに収めていたことを思い出した(テレビや、大阪のFCイベントで)。
 今までは「あの撮影は、いい記録になるなぁ」と思っていただけなんだけど、これからは「撮影中ずっと息を止めながら撮影しているのだなぁ」と考えられるようになりました。

 ビデオカメラ撮影のスタッフみなさん。
 いつもたいへんな仕事をありがとうです。

  

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2003年3月23日(日)-2
写真集?


 『ZAKZAK』さんの2003年1月28日付にこんな記事が載った。

 〈『倉木麻衣、“毛の商人”と意外な関係?
ニセモノをプロデュースしたこともあったが…

(写真=倉木麻衣)

 夕刊フジ新連載「モッツ高須 今週のまぐわい交遊」が好調の写真集プロデューサー、高須基仁さん。彼があの平成の歌姫と「関係」があったとは…。

 「2月13、14日に東京・武道館で倉木麻衣のコンサートがあるから聴きにきませんか?」と彼女の所属プロ社長からお誘いがありました。
 一昨年、彼女が立命館大に入学し、活動の拠点を京都に変えたせいなのか、妙に物静かな雰囲気が漂い、浜崎あゆみや宇多田ヒカルの派手さにくらべると、少しだけですが「寂しいなぁー」って常々思っていたんです。
 デビュー以来、実父が出てきていろいろかきまわし、ニセモノのAV女優、倉本麻衣が登場するなどいろいろあったことも事実。しかし、彼女は馬耳東風。泰然自若を貫き通しているのは肝が据わっているなあ、と思っているんです。
 チャラチャラとしたバラエティー番組に出演することもなく、ひたすらに平成の歌姫の道を歩んでいる!!
 実は2年前、私はニセモノの倉本麻衣の雑誌グラビア写真をプロデュースしたけれど、今はどこを探しても見当たらず、実質的な行方不明…。やっぱり、本物ってニセモノには絶対勝つ。
 本物の倉木麻衣の所属プロのM社長は、「高須さん、武道館でしっかり本物を見てください」とチケット数10枚を私に手渡しながら、強いまなざしを向けるんです。
 古く京都で紫式部が源氏物語を書いた時代、「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思へば」と一刻の我が世を謳歌(おうか)した権力者もいたけれど、現在の倉木麻衣は虚心坦懐(たんかい)大人の存在、まさしく大器晩成で息の長い歌手を目指しているのです。

   (『ZAKZAK』2003年1月28日より)

 『ZAKZAK』さん
 http://www.zakzak.co.jp/geino/n-2003_01/g2003012805.html

 そして今日、近所の文教堂書店さんに行き、『サイゾー』という雑誌をパラパラと見ていたらこんな記事が目に止まった。
 ううむ、である。

 〈(前略)
 俺はもうすぐ倉木麻衣としゃぶしゃぶを喰うことになるかもしれない。俺が手がける彼女のファースト写真集の打ち合わせを兼ねてだ。女を脱がしてナンボの俺だが、倉木はさすがに脱がない。今回はアイドル然とした写真集になる予定だ。
 「悪役出版プロデューサーが、ウソだろ?」と誰もが信じないことだろう。たしかに、現時点でこの話はどう転ぶかわからない。でも、倉木の所属事務所から打診があったのは事実だ。
 ご存じかもしれないが、倉木と俺には、ちょっとした因縁がある。2年前、倉木パパこと山前五十洋氏とともにAV女優「倉本麻衣」をデビューさせて、一騒動起こしたのが俺だ。あの一連のドタバタが、当時は宇多田ヒカルと併走するほどの人気だった倉木にミソをつけ、今日の人気低迷の一因になったことは間違いない。
 あの騒動には、こんな顛末があった。俺はAVに続き、倉本のヘアヌード写真集を出版しようと撮影も済ませていたが、倉木サイドから出版中止を求める裏取引があった。倉木サイドと俺の間に立ったある人間から、「撮影にかかった実費分のン百万円を支払うから、出版をやめてくれ」と手打ちを懇願されたのだ。俺はしぶしぶ受けた。倉木サイドとの関係は、それっきりだった。では、いわば“敵”である俺に、なぜ今回の写真集の話がきたのか。
 ひとつは、俺の知人のカメラマンが最近、倉木絡みの仕事でトラブルを起こしたことが発端だった。そのトラブルを処理すべく、俺がカメラマンと倉木サイドとの仲介役で、倉木の事務所社長に面会した。そのときに、どうも気に入ってもらえたらしい。
 だが、それ以上に大きいのが、裏社会の“ある人たち”の力だ。倉木サイドにも影響力をもつ“ある人たち”が、どうも倉木の事務所に「高須を使ってやれ」と働きかけたらしい。俺は、あちらの人たちに好かれやすく、表に担ぎ出される傾向にあるんだな。まぁ、もし俺が本当に倉木の写真集をプロデュースすることになったら、その裏に“きな臭いもの”を感じてくれて結構だ。
 (後略)

   (『サイゾー』2003年4月号119ページ
    『高須基仁の女衒流プロデュース講座
     こんな女としゃぶしゃぶ喰いたい!
     第十二夜「倉木麻衣、小関忠男」の巻』より)

 むむむ。

   ●

 この記事と前のZAKZAKさんの記事を照らし合わせて読んで思ったのは、「倉木さんの事務所は、いろいろおどされているのだなぁ」ということ。
 その中で、なんとか倉木さんを守ろうと、いろいろ動いてくれているのだなぁ、ということ。
 それにしても、あの一連の騒動はこの文を書いている高須さんが起こしていたものだったとは。

 もし本当に写真集が発行されるとなると、後々この記事が引用されることだろう。
 倉木さんをおとしめたい人たちの書き込みによって、「ほら見ろ。倉木さんはこんなに“きな臭い”」と言われるのが目に見えている。
 だったら。

 ということで、先手必勝作戦である。
 ここでさっそく引用してしまうのである。
 〈裏社会〉の出来事を、事前に表に出してしまうのである。

 高須さんはこの記事でこう書いている。

 〈現時点でこの話はどう転ぶかわからない。

 ぼくらファンが「あとの祭り」になる前に、すべてが終わったあとに「騙された」と思ってしまう前に、ここに引用しておきます。

 高須さん、サイゾーさん、勝手にすみません。

 『「サイゾー」2003年4月号内容』さん
 http://www.ultracyzo.com/cyzo/contents/0304/index.html

 倉木さんの事務所さーん。
 高須さんが絡むと裏の話は裏の話にならないことを頭に入れて、そして高須さんを味方につけながら、うまくやってくださーい。

   ●

 ぼくとしては、写真集はいいものができれば、誰にプロデュースしてもらってもいいです(高須さんなら、いいものができ、なおかつ宣伝がうまいとは思います)。
 が、今年と来年は写真集などの話題はなしで、歌一本でいってほしいと思います。

 という、ぼく自身の意見も書いておくことにしよう。
 写真集自体、今年来年に限らず、永遠に「必要ない」のは言うまでもないのですが。

  

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2003年3月24日(月)
写真集?(のつづき)


 昨日の日記の焼き直しを今のうちに書いておこう。

 もしぼくの勘が当たるとしたら、倉木さんが昨年の年末のパーソナルブックに続き、写真集を出版した場合、歌で評価されるのは10年遅れるだろう。
 歌での今以上の売上を、ここ10年間、期待するのは無理になるだろう。
 10年間、歌を応援しても結果に結びつかず、応援のしがいがないかもしれない。

 でも、それでも、倉木さんの事務所さんが写真集の出版を決定するのなら、よっぽどの事情があるのだろう。

 文章や歌の入っていない写真集は買わないので、売上には貢献できないけれど、いい楽曲を出し続けてくれる限り、10年間の不遇は共に過ごしたいと思います。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のシルバーラインさん、どうもです(8159番)。

 〈まず、なぜ『ZAKZAK』の話を持ち出すのか、意味が分かりません。所属プロ社長のつながりだけで、倉木さんの事務所がどうのこうのって話ではあんまりないですし、二つの話を照らし合わせてみると矛盾ばかりじゃないですか。「本物はニセモノに絶対勝つ」とか言っておきながら、たった二ヶ月で「今日の人気低迷の一因になったことは間違いない。」だというんですよ。絶対勝つんじゃなかったのか、これじゃ相打ちだぞ、おい!「彼女は馬耳東風。泰然自若」とよく言えたもんだな。事務所はウン百万払ってるのにか?「倉木サイドとそれっきり」だと?これもよくそんな事言えるな。「倉木麻衣の所属プロのM社長」は一体どこへお行きになったのかな?
僕は高須とかいう人のいうことを信用できません。
田熊さんはなぜ全くこの記事を信用するのか、できればお聞きしたいのですが。


 ZAKZAKさんの新聞記事を出したのは、その記事を信じているからではありません。
 高須さんの話を出せば、誰かが出してきます。
 日記にも書きましたが、先手必勝作戦の一つで出したまでです。
 記事を信じる信じないは関係ありません。

 それよりも『サイゾー』さんの記事がもう全国に流れている以上、倉木さんが高須さんプロデュースで写真集を出版すればどうなるでしょうか?
 高須さんがおっしゃった

 〈まぁ、もし俺が本当に倉木の写真集をプロデュースすることになったら、その裏に“きな臭いもの”を感じてくれて結構だ。

ということを証明することになってしまいます。
 そうなったら、もう遅い。
 倉木さんは単なる「シンガー」ではなくなり、「きな臭いものを感じるシンガー」となってしまいます。

 3回ほど、この高須さんの記事を読み返してみました。
 そうすると、何かヘンなものを感じました。
 「高須さんって、ほんと悪役?」という感じと言うのでしょうか。
 どうヘンかというと、高須さんがこう言っているように思えてきたのです。

 「まだこの企画は決まってないよ。問い合わせがあっただけだよ。俺に頼むのなら覚悟しなよ

と。

 普通、仕事を引き受けるのなら、〈その裏に“きな臭いもの”を感じてくれて結構だ〉とは言いません。
 それも誰もが見られる全国誌に書いたりしません。
 これは高須さんが、わざわざこう言ってくれているのではないでしょうか。

 「倉木さん、あんたの会社はこの話を進めるとマイナスになるよ」

   ●

 最初の文章の

 〈俺はもうすぐ倉木麻衣としゃぶしゃぶを喰うことになるかもしれない。

から始まって、最後の

 〈まぁ、もし俺が本当に倉木の写真集をプロデュースすることになったら、その裏に“きな臭いもの”を感じてくれて結構だ。

まで、倉木さんの写真集の話は〈かもしれない〉や〈もし〉という「仮定」の話で書かれています。

 また、他の文章ではその高須さん、〈倉木にミソをつけ、今日の人気低迷の一因になったことは間違いない〉と遠回しに反省していたりします。
 読み返すたびに、「高須さんって、ええおっちゃん、ちゃうかな?」と思ってしまいます。
 そのへんが〈悪役出版プロデューサー〉ぶっているけど、人の好いところなのかなぁ?と。

 ただ、ぼくの妄想ですが、倉木さんの事務所さんは、いいカメラマンさんを探しているのかな?という気がしました。
 今までのように、「かわいさ」や「キュートさ」を表現してくれる人ではなく、「倉木麻衣」という一人の人間の内面まで表に出してくれるような、そんなカメラマンさんを探しているのかな?という気がします。
 例えていえば、山口百恵さんを映し続けた篠山紀信さんのような。
 そんな人を高須さんに紹介してほしいのかな?かな?かな?

 ということで、話がかなりそれましたが、シルバーラインさん、ZAKZAKさんの記事を持ち出したのは、「その記事を信用しているから」が理由ではありません。

 ちなみに、シルバーラインさん、倉木さんの事務所さんが、本を出版することを差し止めたのは、高須さんの分だけではありません。
 この『OHHO日記』をまとめた『倉木さんに間に合うか』なんかもそうです。

 そのへんのいきさつは残していますので、ご参考になればどうぞ。

 『OHHO日記 2001年3月1日(木)〜3月31日(土)』
 http://pro.tok2.com/~ohho/nikki/oh0103.html
 (「2001年3月30日(金)-2」のところです)

 倉木さんの事務所さんは、「倉木麻衣」というブランドを守るために、いろいろと頑張ってくれています。
 それは、ファンであっても容赦はなかったです。

 それにしても、あの話はもう2年も前のことなのですね。
 あれも、〈裏取引〉と言えば、〈裏取引〉だったんだなぁ(〈裏取引〉って簡単なものなのね)。

 ただ高須さんと正反対なのは、出来上がっていた本の印刷代や全国への図書館さんへの発送代の〈ン百万円〉は、ぼくが出したということ。
 そのへんが、仕事と趣味の違いなのね。

 ということで、またもや話がそれてしまいました。
 シルバーラインさんすみませんです。

   ●

 あらら、気づけばヒットカウンターが300万カウントとな。

 ヒットカウンターをのぞいて下さったみなさーん、おめでとうございます〜

  

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2003年3月25日(火)
「ボイスメール」。


 今日のFM802さんでの「夕方メール」はボイスメールでの出演。

 久しぶりに聞いた話し声だったせいか、少し声が高いような気がした。ぼくのラジオのせいかな?

 それはさておき。
 ほんと久しぶりに聞いた倉木さんのラジオでのコメントだったのだけど、話し声にすごく感情をこめられるようになったなぁ、と感心。
 「あー、今回も原稿を棒読みかぁ」と思いながらも、ハラハラドキドキさせられていたことが嘘のよう。

 4月5日から始まるラジオのレギュラー番組もバッチリやね。

 うぎゃー

 今、思い出したっ。
 「4月5日」って、旅行入れてしまったんちゃうん?
 長野だ、長野だ、長野県だよー。

 あー、聴けない、聴けない、聴けないよー。

   ●

 あ、今日は郡山ライブだった。

 う、もう終わってしまったのね。
 すぱいさん、すぱい2号さん始め、今日のライブに参加されてみなさん、「おつかれぐったり」でした(あれ?「おつかれどっきり」だったけ?)。

  

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2003年3月26日(水)
「Mai-K Message #56」。


 『チェッカーお試し掲示板』のfROm-Hellさんに誘われて(8357番。fROm-Hellさん、おおきに〜)、朝からMai-K.netさんのDIARYをチェック。

 『KISS』が完成したそうで、倉木さん、おめでとうございます。
 これからそのCDをぼくらのところに届けるために、CDをプレスしてくれる人や、配送の人たちが頑張ってくれるのですね。
 みなさん、いつもありがとうございます。

 倉木さんは、最後の「Mai-K」名のすぐ上に、そっとこんな文字を置いたのですね。

 「Love & Peace」

  

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2003年3月26日(水)-2
わわ、ヒロTさんまで。


 今朝のFM802のヒロTさんの番組(『モーニング・ジャム』のこと。倉木さんの本に登場していたラジオ番組)で、ヒロTさんもこんな言葉で番組を締めくくったのですね。

 「よい一日を。ピース」

  

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2003年3月27日(木)
「テレビCMを流さない」という暴挙。


 こんな宣伝の方法もあるのかと感心した記事を一つ。

 フジサンケイグループさんの広告大賞で特別部門賞をとったキリンビールさんの発泡酒「極生」さんの方法です。

 〈「極生」の最大の特徴は、何といっても三五〇ミリリットル缶で「135円」という価格(現在は130円に値下げ)。当時の相場より10円安いこの値段を実現するため、開発チームは商品のあり方から広告、販売まですべてを見直した。ぎりぎりのコストダウンを重ねてきた発泡酒の、さらに何を削ればいいか―。
   (『産経新聞』2003年3月22日(土)朝刊近畿B版21面
    「第32回フジサンケイブループ広告大賞から・7」より)

 キリンビールさんが開発した新商品・発泡酒「極生」。
 その値段を下げるために、キリンビールさんはいろいろ考えたみたいです。
 で、その中で、開発責任者さんが上司の人から言われたのはこんなことでした。

 〈開発責任者の江部るみ子さんは「最初に上司から『テレビCMをやめよう』と言われたときは、『そんなぁ』という感じでした」と笑顔で振り返る。「でも、従来のやり方では135円は無理。思い切ったことをしないと」

 〈『テレビCMをやめよう』〉。
 それが「極生」の値段を下げる方法だったらしいです。
 しかし、今までテレビCMを流してビールや発泡酒を売っていたのに、宣伝もせずに売れるのでしょうか?

 〈広告費の半分以上を占めるテレビCMをやめれば確かにコストダウンは可能。だが、「極生」の主戦場となるコンビニの客は、CMに敏感な層が中心だ。営業担当から不安の声が上がった。
 それでも安さは最大の武器。店頭の値段表示が強力な広告となり、テレビCMがないことをカバーできるかもしれない。「もちろん不安はありましたが、やってみる価値はあると思いました」と江部さん。
 広告は新聞・雑誌と駅のポスターで展開し、情報は「135円」だけに絞り込んだ。一方でウェブサイトでは商品情報を過剰なほど提供した。


 「極生」さんのホームページはつぎのところ。

 『極生』さん
 http://www.kirin.co.jp/brands/GOKUNAMA/
 (わお。極生さんの缶の刷り色1色だ。←こんなところでもコストダウン)

 記事を続けます。

 〈価格のインパクトは予想以上に大きく、発表後にライバル社がすぐさま既存製品の値下げで対抗したのをはじめ、マスコミの取材が殺到。CMを打たなくても、テレビが向こうからやってきた。「安さという『極生』のニュース性が時代に合っていたのでしょう」と江部さんは言う。
 「極生」は年内五百五十万ケースの出荷予想が、七百九十万ケースのヒットに。テレビCMを打たないというアイデアはまさにコロンブスの卵だった。


 とのこと。
 「テレビCMをがないとヒットしない」という常識は崩れました。

   ●

 でも、この「極生」さんの成功例を真似て、テレビCMを削っただけではヒットしないのやろなぁ。

 「極生」さんのポスターはスーパーにいけばいやでも目についたし、新聞広告は今でも思い出せるくらいインパクトがあった。

 それもこれも「テレビCMをやめよう」と決めたことで、営業や宣伝を担当する人の気が引き締まったことが一番大きかったかもしれない。
 値段の安さ、それを打ち出すために、ポスターには「極生」と「135円!」という大きな文字にし、そのポスターをバンバン小売店さんの店頭に貼ってもらった。
 危機感を持って、真剣に販促活動に取り組んだから、予想より多い出荷数になったのだろうな。

 もう一度書くけど、「極生」さんのセールスポイントはたった一つ。

 「値段が安い」

 そこに絞りこんだ。
 他に、「味がさらによくなった」とか「キリンビールの新商品」とか、いろいろ打ち出し方があったけれど、「値段」に力を集中させた。
 だからスタートダッシュに成功したのだろうな。

   ●

 さてさて、話変わって、倉木麻衣さんの新曲『KISS』。

 あれもこれもじゃなくて、「これ!」って一言で表せる曲になっていれば、ぼくらもおすすめしやすいな。

 「倉木さんの新曲」というありきたりなセールス文句じゃなく、誰にでもわかり、「買わないと損する」と思えるキャッチコピーがあれば、スタートダッシュができると思うのだけどなぁ。

 もちろん、楽曲が「いいなぁ〜」と思える曲でないと、おすすめはできないのだけど。
 

  

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2003年3月28日(金)
大阪梅田・ヨドバシカメラさんは地下1階。


 今晩は、久しぶりに梅田に寄る。
 目当ては『J*GM』の新しい号と、ウィンドウズの無料CD。

 まずは閉店時間が早い(午後9時)のヨドバシカメラ梅田店さんへ。

   ●

 狙いはウィンドウズのXPの『限定オリジナルブックレット』。
 マイクロソフトさんが『デジタル・エブリデイ 体感フェア』というものを、大阪なら「ヨドバシカメラ マルチメディア梅田店」さんで実施していて、そこで無料で配られているらしい。
 会社の仕事の手伝いを終えて、午後8時45分くらいにヨドバシカメラさんに行く。

 ヨドバシカメラさんの閉店時間は午後9時。
 『デジタル・エブリデイ 体感フェア』をしているところを一気に見つけないと時間オーバーになってしまう。
 狙いをパソコン売場に定めて(当たり前だ〜)、まず1階へ。
 しかし…。

 ない。

 ない。

 ない。

 どこにもなーい

   ●

 どういうこっちゃねん。
 である。
 パソコン売場になんでマイクロソフトさんのコーナーがないのであるか。
 ADSLや、ヤフーBBさんのコーナーはデカデカとあるのに、なんでマイクロソフトさんのコーナーがないのであるか。
 である。
 1階がないとなるとどこだ?2階か?
 そうだ。
 確か、ウィンドウズのメディアプレーヤー9がらみの話だったぞ。

 ということを思いだし、パソコンソフトが売っている地下1階に降りる。
 あった!
 マイクロソフトさんのコーナーだ。

 西側のエスカレーターで地下1階に降り、パソコンソフトのところに入ると、すぐ右手に「MAICROSOFT」の大きな文字が目に入った。
 やった。間にあった。
 どれどれどこにCDはあるの?

 と探すが、そこには紙のパンフレットしかない。
 しかも、「メディアプレーヤー」の文字もない。

 あれ?どういうことだ。ここじゃないのか?

 あきらめきれず、パソコンソフトのコーナーを一周する(書籍のところも見てみる)。
 しかし、どこにも「ウィンドウズ・メディア・プレイヤー」らしき雰囲気はない。
 ウィンドウズXP用の書籍はあるのだが、CDらしきものは見当たらない。

 仕方がないので、そのコーナーを出て、地下1階にもあるパソコン機器のコーナーを回ることに。

 西から東へ足早に見て回るが、見当たらない。
 どういうことだ?
 閉店時間のカラータイマーが点滅を始めるぞ。

 もう破れかぶれだ。
 店員さんに聞こう(初めからそうせえよ)。

 で、右手のレジの近くの店員さんに聞こうと寄っていったら、別方向の左の方から声をかけられた。

 「XPはお持ちですか?」

   ●

 こんな出会いもあるのだ。
 人はこういう出会いを何回も経験しているらしい。
 昔からこういうことわざで呼んでいるではないか。

 「飛んで火にいる夏の虫」

 ぼくはしっかり「夏の虫」をつかまえた。
 そして言った。

 「ええ、まあ、XP持ってますけどぉ」

 努めて冷静に。冷静に。

   ●

 「(販促担当のお兄さんが『限定オリジナルブックレット』らしきものを差し出しながら)これ、XPで見ることができるものなんですけど…」

 「はぁ?なんですかこれ?(「なんですかこれ」だって)」

 「いろんなソフトが入っていて、このCDで見てもらえるんですよ」

 (あ、倉木さんの『Time after time 〜花舞う街で〜』のジャケット写真が見える。あ、お兄さん、そこの上に指を置いたら見えへんやないの)

 「ああ、このCDでねぇ」

 「よかったら、これを見ていただけませんか?」

 と1枚渡された。
 お兄さんの左手には5、6枚あったので、「もう1枚」と言おうと思った。
 しかし、いかんせん作戦を間違った。
 ぼくはただの通りすがりの客だったのである。
 シブシブCDを受け取った人だったのだ。

 そんなシブシブな人がいきなり「じゃ、もう1枚」などと言えるわけがない(うっ。根性なしっ)。

 だもんで、遠回しに、そのコーナーが何をしているコーナーなのか確認しながら一周した。
 お兄さんがそのコーナーを離れるスキを探るためだったのだが、もう閉店時間ギリギリ。ほとんどお客さんはそのコーナーに寄ってこない。
 『限定オリジナルブックレット』は、紙のパンフレットと同じように無造作に何十枚も置かれていた。
 しかし、お兄さんの目は、そのコーナーを1周するぼくを見ていた。
 人はこんな時、どういうのであろうか。
 この言葉しかない。

 負けた

   ●

 大阪梅田にあるヨドバシカメラさんで、『限定オリジナルブックレット』を手に入れるなら、地下1階に降りてください。
 地下1階のノートパソコンのコーナーの一番東側のところに、ウィンドウズXPのコーナーが設けられています。
 そのコーナーにはデモンストレーションをするためのパソコンの機械が置かれているみたいなのですが、そのテーブルの下の棚には紙のパンフレットと並んで『限定オリジナルブックレット』がわんさか詰め込まれています。
 大きさはA4版くらいで、厚さが1センチくらい、紙の箱の中にCDが入っています。
 たぶん、取り放題

 で、中のCDはまだ見ていないのですが、とりあえず、明日ヨドバシカメラさんに行く人のご参考になれば。
 マイクロソフトさんの『デジタル・エブリデイ 体感フェア』の開催期間は、3月28日(金)〜4月6日(日)までです(大阪梅田店の場合)。

 (自分のいくじなさを体感フェアでありました)
 

  

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2003年3月29日(土)
発売日と同日にレンタル解禁を続ける理由はこれだった!?


 (昨日の日記の続き)

 ウィンドウズXPの『限定オリジナルブックレット』を「夏の虫」さんから運よく手渡された後、向かった先はお初天神の近くにある旭屋書店さん。
 このお店は閉店時間が延び、午後10時まで開いている。まだ間に合う。

 目当ては『J*GM』。
 が、その前に、3階くらいにある独立開業コーナーに寄る。
 何気なく棚を見ていたら、「やってよかったさぬきうどん店」というようなタイトルの本を発見。
 今その本は手元にないので、正式なタイトルは忘れてしまったのだけど、さぬきの本場にある「本家山田家」さん(だったけな?)の店主さんが書かれた本だった。
 『J*GM』しか予定してなかったのに、ついフラフラと買ってしまう。

 次は目当ての『J*GM』へ。
 と音楽コーナーがある6階くらいにエスカレーターで上がる。
 エスカレーターを降り、右に折れ、エスカレーターの降りたところとは反対方向にある音楽雑誌コーナーへ向かう。
 と思えば、その前に音楽書籍のコーナーがあった。
 『myself music』はあるかな?とちょっと探してみるが、ちょっと探しただけだったので見つからず(前はあったのにな。1階のタレント本コーナーには1冊ありました)。
 柱の左側も音楽書籍のコーナーで著作権に関する本が並んでいる。
 と。

 そこで、キラッと光る緑色の背表紙の本が見えた。

 「…作る売る…」

 これはもしかして。
 と棚から抜き出して見るとやっぱりそうだった。
 明石昌夫さん著の『音楽を作る売るという仕事』(リットーミュージック発行、税別1400円)だった。

   ●

 明石さんとは、ビーイングさん関係のお仕事をされている人だと思った。
 表紙裏の経歴には「アレンジャー/プロデューサー」と書かれている。

 あらら?
 ビーイングさん関係の仕事をしている人だと思ったのだけど、そこにはぼくが知っているビーイングさん関係の歌手の人のお名前がないような気がする。
 ぼくの気のせいだったのかな?

 で、その明石さんの本を知ったのは、明石さんのホームページに「本が出ます」と書かれているのを見ていたからだった。

   ●

 と思ったら、もう仕事の時間になった。
 続きはまた後で。
 

  

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2003年3月29日(土)-2
発売日と同日にレンタル解禁を続ける理由はこれだった!?・2


 (朝の日記の続き)

 で、明石昌夫さんの『音楽を作る売るという仕事』という本を手にしたぼくは、パラパラと中をのぞいてみた。

 そこには本のサブタイトルとして「そこが知りたかった! ギョーカイの掟(オキテ)」と書かれているように、知りたい話が見出しとして並んでいた。
 特に目についたのが、これ。

 「Q21 中古レコードやレンタルCDの印税って、あるんですか?」

 なぜこの見出しに目が止まったかというと、次の倉木麻衣さんの新曲『KISS』は初のレンタル禁止期間が設定されている、という話を聞いたからだ。
 実際、TSUTAYAさんでは、発売日の4月30日ではなく、その2週間くらい後からレンタル開始となっていた(今は、発売日と同日レンタル開始となっているみたい。なんだったんだろ?)

 そういえば、倉木さんのCDはいつもレンタル開始日がCDの発売日と同じで、それが原因で販売されるCDの売上が奮わないのではないかという説がある。
 「レンタル開始日を遅らせるべし」という意見は、ぼくの中にもあった。

 しかし、『Make my day』からその伝説は崩れたのよね。
 それまでは、販売CDの売上の順位が下がってきても、レンタルCDはトップを独走だったのが、『Make my day』からは、レンタルCDにも粘りがなくなった。
 「ここで、レンタル開始日を遅らせても、どうということはないのだろうなぁ」と思っていた矢先、『KISS』が一瞬レンタル開始日が遅れるという話があったので、「レンタル」という言葉に敏感に反応したというわけだった。

   ●

 その見出しがある49ページを開けてみた。
 そしたらそこにはこんなことが書かれていた。
 明石さんの回答である。

 〈○Q21 中古レコードやレンタルCDの印税って、あるんですか?

 中古レコードに関しては印税は一切ありません。前述のように、印税は出荷数で計算されるからです。
 貸しレコード(レンタルCD)に関しては、レンタルCDショップに関してだけの特殊な使用料金システムがあります。この使用料は、レンタルCDショップの規模によって月額いくら、と徴収額が決まっています。お店の規模は、1カ月にのべ何枚のCDを貸し出すかでランク分けされています。
 レンタルCDショップから徴収した使用料を曲ごとに分配するわけですが、全国のレンタルCDショップで、どのCDが何回借りられたかの正確なデータをとるのは大変ですよね。そこで、サンプリングといって、何軒かのレンタルCDショップを、ある一定期間に限ってデータを詳しく取って、それをもとに比例分配します。ずいぶん乱暴な話ですが、実際そうなっています。


 ということだった。
 つまり、レンタルCDの場合、何回貸し出されたかではなく、乱暴に言えば、順位が上位にきていれば、それだけで入ってくる使用料は多くなるというもの(ちょっと乱暴すぎるかな?)。

 でも、実はこのことは、ずっと前にインターネットで調べた時に読んだことだった。
 そこには、ある一定のランクに入っていないと、使用料はゼロになるということも書かれていた(と思う)。

   ●

 ああ、お昼の仕事が始まった。
 続きはまた後で。
 

  

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