OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2002年12月1日(日)
1/2の期待。


 先日発売になった『ジェイグルーヴマガジン』01月号を、奈良・近鉄西大寺駅前に新しくできたビルに入っている本屋さんで買う。
 税込580円。

   ●

 今号の『ジェイグルーヴマガジン』に載っている倉木さんのインタビュー記事はたった2ページ(文字のあるところだけなら)。
 本屋さんですぐに立ち読みできてしまう量なのだけど、このインタビュー記事の内容が濃い。後々、「倉木麻衣さん研究」をしたいと思っている人は、このインタビュー記事を落としてはいけないと思う。

 〈――ラジオの公開放送はいかがでした?
倉木:まさかあんなにいっぱい集まってくれるとは思っていなくて。その中でラジオ番組に出演するというのは、とても不思議な感じで、初めはすごく緊張して顔がこわばっていたんですけど、ガラス越しに見える来てくれた人達が合間合間で誕生日のメッセージを書いた紙を見せてくれたり、伝えてくれるメッセージで和やかな気持ちになれました。

   (『ジェイグルーヴマガジン』01月号48〜49ページより。以下同)

 〈アンコールでは、来てくれたみんなからのバースデーコールも聴こえてきて、あれは本当に感動しました。「ああ、20歳まで生きてて良かったな。歌っていて良かったな」って(笑)。

 こんな、ぼくらファンにとっては嬉しいことが書かれている。
 見てくれた、聴いてくれた。そのことに、こちらこそありがとうと言いたい気持ちがいっぱい。
 と言っても、ぼくは豊中ライブにはいかず、『倉木麻衣さんへの掲示板』で歌っただけなんだけどね。

   ●

 〈ただ、アルバムのリリースの時は、ラジオのプロモーションをやったので、デビュー以来久しぶりに店頭を見る機会があったんですよ。ポスターやCDをいっぱい並べてもらっていたんですが、あるお店でこっそり見ていたら、私のCDを手に取って見ていた男の子がいて。それで「あっ! 買うかな、買うかな」と思っていたら、1回置いて、試聴機で聴いて、並んでる奥の方からまた新しいのを取って買ってくれて(笑)。あれは、すごくうれしかったですね。

 なんか、デビュー曲が、初めてラジオから流れてきたのを聴いた時のような出来事があったんやね。

 〈――倉木さんはそういう時間の大切さや人生を楽しむための心の持ち方…人が大切だってことをわかっているけどなかなか考えられないことを、しっかりと考えていますよね。
倉木:たぶん私も毎日余裕がある生活をしていたら、なかなか考えられないと思うんです。


 忙しい時、頭をフル回転しなければいけない時、そんな時しか浮かばないことがあることに気づいているとは。

 そして、なによりもこのインタビュー記事でワクワクしたのは次のところだった。

 〈――そうしていろんな歌詞が出来上がっていくんだと思いますが、カップリング曲「I don't wanna lose you」は「Make my day」とは全く違う雰囲気の新鮮な歌詞になりましたね。
倉木:これは1日で出来ました。歌もリズムのテンポ感が心地良い感じだから、今までになくリラックスして気持ち良く歌えましたね。


 そうだ。
 ぼくは『Make my day』にカップリング曲があることをすっかり忘れていた。
 そのことをこのインタビュー記事は思い出させてくれた。
 しかし、それだけではない。
 この『Make my day』にカップリング曲についての話は続き、倉木さんのこんなことまで言ってしまう。

 〈これこそラブストーリーの映画的というか、短いシーンのすれ違いの中で起こる複雑な気持ちを表現していて、ここまで具体的なストーリーがある歌詞は珍しいなと。
倉木:この曲は…正直言って好きです(笑)。


 倉木さんはもらったそれぞれの曲に対して、いろんな思いを持っていると思う。

 もうすぐ発売される『Make my day』なら〈「Feel fine!」につながるような元気のいい曲です〉とか、別の曲なら初挑戦している曲とか。
 しかし、『Make my day』のカップリング曲には〈この曲は…正直言って好きです(笑)〉とまで答えた。

 もらった曲に対して〈好き〉と表現したことは過去に、YOKOさんの曲なんかに使われたことがあったような記憶があるのだけど(違うかな?)、ここまでズバリと〈好きです〉と言われたら、「聴かせて」と思うではないですか。

 次のシングル『Make my day』の「1/2」に大期待をして、12月3日に買わせていただきたいと思います。

   ●

 他にも、この『ジェイグルーヴマガジン』さんには大野愛果さんのインタビュー記事も載っている。

 倉木さんのことを話しているところも興味深かったが、ぼくは次のところに目が止まった。「あー、大野さんもそう思っていたのか」という感じ。

 〈そして極め付けは、「Secret Garden」。個人的に自分が作った中で、この曲がすごく好きなんですよ。どこがサビとかAメロBメロとかじゃなくて、楽しんで作れた曲だから、これをタイトル曲にしようと思って
   (『ジェイグルーヴマガジン』01月号74ページより)

 何回も書くが、『Secret Garden』はいい曲です(もちろん、ぼくの基準で、です)。

 この前、テレビでちょっとだけ流れたのを聴くと、長谷実果さんの曲よりおとなしめの編曲になっているようだった。
 大野さんの方も、しゃれてていい感じとは思ったのだが、長谷さんの方は、真夏に庭の空気の中に、雪の結晶が散らばっているようなキラキラ感があった。
 長谷さんの『Secret Garden』もいろんな人に聴いてもらいたいな。
 とは、思うのだけど、長谷さんは活動を停止してしまった。
 もうあのイギリスのインディーズ盤は手に入らないのかな?

   ●

 しかし、大野さんのアルバム『Secret Garden』。
 惜しい。というか残念なところが大きく一つある。

 それは、あの前近代的なジャケット。
 なんとかならなかったのかな、と思う。
 大野さんが映っている写真を囲んでいる飾り罫、あれはあまりにもあまりや、と思う。

 あのジャケットのデザインが、ディレクターのデローンさんの趣味なら、ぼくはデローンさんの趣味を疑う。

 それから、大野さんの姿をジャケットに載せる意味も今回は全くないと思う(ファーストアルバムでもう載せているので)。

 というか、逆に人物は何も映っていない方が、曲の神秘さが増す。
 インストルメンタル曲を集めた『イマージュ』みたいな感じにした方がいいのになぁ〜、と思っていますとさ。
 

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2002年12月2日(月)
いいこと3つと「よつばカフェ」。


 今日と明日は倉木麻衣さんの広島ライブの日。

 楽しいライブになってますよーに。

   ●

 今日は会社でいいことが3つもあった。

 一つは、Mッチの就職先が決まったという知らせがメールで入っていたこと。
 Mッチ、おめでと〜。

 二つ目は、コピーライトの師匠から、冊子が届いたこと。
 その冊子は以前「3000円」と言われていたが、今日はただで送ってくれた。
 でも表紙の裏を見ると、「800(万・兆)円」の文字が。
 ぼったくられるところだったよ〜
 それにしても、表紙になぜか顔写真を載せている。
 自らすすんで、なんてことをば。

 三つ目は、去年、ぼくの会社を退職したMム〜ラくんが遊びにきてくれたこと。
 えらく大きくなったなぁ。

   ●

 特に三つ目のMム〜ラくんの訪問は、ほんとに嬉しかった。
 ぼくの会社を辞めた人は、ほとんどが2度とこない。
 来ることがあっても、源泉徴収票を受け取りにくるくらい。

 けど、今日のMム〜ラくんは、挨拶にきたという。
 ぼくの会社を辞めた後、勤めた会社でしていた大阪での仕事が一段落ついたので、故郷の長崎に帰る前に挨拶にきてくれたということだった。
 在職中にある人に借りていた本を、「帰郷前に返そうと思って」とも言っていた。

 あいにく、Mム〜ラくんが本を借りた人は、Mム〜ラくんの数カ月後退職していた。
 ほんと、ぼくの会社は辞めていく人が多い会社なのだな、と改めて思ったが、Mム〜ラくん、サンキュでした。
 外出中だったから会えず、電話で話した社長も、会社へ帰ってきてから、この上なく喜んでいた。

 これで、社長の頭のパニックは少しましになるかな?

   ●

 昨日は、メイっこを連れて、奈良ほっこり旅。

 「くるみの木」さん(奈良市一条)→「よつばカフェ」さん(ならまち)→「サンマルク」さん(京都府木津町)というコースを移動したが、そのどれもがゆっくりできた。

 特に「よつばカフェ」さん。
 ぼくの中では、今年のさぬきうどんツアー並の衝撃があった。「革命的」と言っていいくらい。

 あんなカフェがあっていいものか

 GIZAさんには申し訳ないのだが、hills パン工場さんなんて目じゃないのである。
 hills パン工場が「カフェ」と言うのなら、よつばカフェさんは「おうちカフェ」なのである。

 どんなカフェかというと、写真入りで紹介しているページが二つだけあったので、そちらのページを紹介(勝手にリンクすみません)。
 まず一つ目はこちら。
 写真だけのページです。

 『ビバ!よつば!』さん
 http://www3.kcn.ne.jp/%7Emohnishi/between/
 info/yotsubacafe/yotsuba.html

 上から5つ目の写真を見ていただけました?
 写真の説明は、〈居間じゃありません。客席です。〉なのですよ。

 よつばカフェさんとは、どんなカフェかというと、ぼくの実家が改装も何もせずに今日からカフェを始めた感じなんです。

 えーと、ぼくの実家はどういうところかと言うと、今は隣に引っ越したのですが、その前に住んでいたところ(隣)の改装前は、材木置場。
 その材木置場の材木を取り出して、部屋を3つ作った家でした。

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 よつばカフェさんの入口っていうか、玄関というか、そこで靴を脱いだら、もうそこが店内。
 店内というか室内というか、そこに置いてるテーブルは、星一徹さんがホオリ上げてしまうちゃぶ台2つ。まわりの座布団は色とりどり。
 BGMというか、古いステレオから流れているのは、ハナレグミさんのアルバム(『家族の風景』が流れてきたのでわかった)。棚には、はっぴいえんどさんのCD。
 ちょっと奥まったスキ間には本棚があり、しりあがり寿さんのマンガを読んで、メイッこは喜んでいる。
 小さなカウンターも、手を下から入れてまわす水道もトイレについていました。

   ●

 なんかほんと、小学生の時の、近所の友だちの家にいる感じ。
 ごろんと寝転んでしまえるというか、隣のちゃぶ台を囲んでいる全く知らない人たちに話しかけてしまえるというか。

 肩ひじを張らないこんなカフェが増えてくれたらもっといいなと思うので、よつばカフェさんのことを詳しく書いてくれているもう一つのページも紹介。

 『カフェ奈良(1)』さん
 http://www.hi-ho.ne.jp/jan23/nara_1.htm

 今日会社で聞けば、「北極星」というオムライス屋さんもそんな感じらしい。

 一回行ってみたいな。

   ●

 あ、今、あるホームページで北極星さんの外観と店内を見たけど、全然違うなぁ。
 よつばカフェさんは掛け軸なんてかかってなくて、ほんと近所の友だちの家だもんな。

 「はちみつコーヒー」や「キャラメルコーヒー」もメニューにありました。

 そうそう、よつばカフェさんのキャッチコピーを紹介するのを忘れていました。

 「笑い声がこだまする…
  〜素人珈琲と雑貨〜 よつばカフェ」

 〈素人珈琲〉なんです。

 でも、事前によーく場所を確認しておかないと見つけることはできないかも。
 なんと言っても、ぼくらは「ならまち」にある別の喫茶店に行こうと思ってて、たまたま見つけただけだものなぁ。
 二度といけないかも。

 でも、よつばカフェさんに行って言えることは、次の日は3ついいことがあることです。

 経験者がお薦めしました。
 

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2002年12月3日(火)
アンケートを追加。


 アンケートを一つ追加。

 『「Make my day」は…。』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai47
 

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2002年12月3日(火)-2
「Make my day」4位スタート。


 さっきのお昼休みに、倉木麻衣さんの『Make my day』を買ってくる。

 今回は予約棚に入ってあった。

 が、日本でも一、二ぐらい早い「今週のベスト10」(TSUTAYA天六店で発表)は、4位スタート。
 今までで一番低い順位。

 でも、まだ4位とか入れるんだもんなぁ。すごいよなぁ。

 CD盤のデザインと色合いがきれい。
 歌詩カードの文字に大小つけてるのは疑問。
 気持ちの大小と錯覚してしまうので、逆効果じゃないだろうか。

 だけど、それを補うくらい、CD盤のデザインの感じがいいので、嬉しいと思う。

 曲は帰りに聴くことにしよう。
 

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2002年12月3日(火)-3
「Make my day」はもう聴きたくないが。


 仕事待ち。
 タイムカードを押し、待ち時間にシングル『Make my day』を聴いている。

 『Make my day』は、どこに違和感を感じるかを確認するためにもう一度聞くと思うが、カップリングの『I don't wanna lose you』は何回でも聴きたくなりそう。

 始まった途端、「あれ?サイバーサウンドさんの編曲だったかな?」と思い、メロディが始まると、「あれ?メロディは大野愛果さんだっけ?」と思った。

 軽い洋楽。
 というか、これをフレンチポップスというのでしょうか?(注・何が「フレンチポップス」かわからないまま言っています)。

 心地よく、昔の今井美樹さんの曲を聴いている感じもした。
 先に歌詩を読んでいたのに、途中で背中がゾゾッとしてしまった。
 

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2002年12月3日(火)-4
「Make my day」をもう聴きたくない理由。


 『Make my day』に感じる違和感。

 細かいところは、これからいろいろ言葉にできるかもしれないけど、一番ぼくがもう聴きたくない理由は、倉木麻衣さんの歌詩である。

 倉木さん、この歌詩は無茶すぎる。

   ●

 今まで、倉木さんの歌詩に一本筋が通っていたのは、「勝ち負けには関係なく、自分の気持ちを大事にしよう」だったと思う。

 つらいことがあってもそれを見てみようと歌った『always』。
 暗闇でも歩いていこうと歌った『Love, Day After Tomorrow』。

 今までの倉木さんの歌詩には、その先に「夢」や「理想」があった。

 今回の『Make my day』。
 その先にあるものは何?

 その先にあるものは、

 ♪勝利の女神 微笑む日まで

 これは何?
 倉木さんは勝ちたかったの?
 勝ち負けの先にあるものを見ていたんじゃなかったの?

   ●

 この曲が『感動ファクトリー・すぽると!』さんのタイアップに決まったため、今までぼくらが大事にしてきたものを壊された。

 ぼくはそういう気がした。

 それが、ぼくにとっての「もう聴きたくない」理由だろう。

   ●

 他にもこの歌詩については、気になるところがある。

 まず最初のツカミ。
 最初に倉木さんはこう歌う。

 ♪海辺飛ばした Make my day

 でも、これって、歌詩を読まないと何のことかわかりにくい。
 「うみめ飲ました」と聴こえたので、「何?何?今、倉木さん何を飲んだの?」と思った(←嘘)。

 でも、ここで〈海辺飛ばした〉を最初に持ってくるより、3番目のサビにある

 ♪Oh! 君に会いたい Make my day

を持ってきた方が、うまくつかめたと思う。

 最初に〈君に会いたい〉と一番の気持ちを吐露することで、「何があったの?」と思わせる。
 そしてその後に

 「こんなすれ違いがあった」
   ↓
 「でも今も…」

とつなげていった方が、最後まで興味がつきない歌詩になったと思う。

   ●

 それから、この『Make my day』には、倉木さんの気持ちを表現しているところが何カ所かある。
 しかし、そのどれもが言葉を替えただけで、テーマは一緒だったりする。

 ♪強くいようよ 負けないでと 自分の心に言い聞かせた

 ♪強がってばかりでも本当は きっと一人きりではいられない

 ♪もっと素直な子が似合うのに なぜ私だけ 好きになったの

 この3つのフレーズのテーマは、すべて「私は強がり」である。

 しかし、こう同じことを3回も言われると、「そんなにぼくはこの歌詩を理解できないと思われているのか。ぼくはバカにされているのか」という気になってくる。

 同じテーマの繰り返しは、くどく思うし、「もう聞いた」と飽きてしまう。

   ●

 また、紋切り型のフレーズが、今までの倉木さんの歌詩には考えられないほど多いことにも、ぐったりくる。

 最初のフレーズの

 ♪海辺飛ばした

から始まり、

 ♪張り裂けそうなこのココロ
 ♪見えないゴールでも走り出そう
 ♪赤い夕やけを追いかけて
 ♪未来に行方 探しに行こう
 ♪銀河に二人の舟を浮かべて
 ♪光る星屑の海に向かって

そして、

 ♪勝利の女神 微笑む日まで

 倉木さん。
 これらの言葉は、あなたの言葉ではないよ。
 他の人でも言える言葉。
 もう何百人、何千人の人たちが今まで使いまくった上辺だけの言葉だよ。

 「そんな言葉は意地でも使わない」。
 そんな気概をぼくは倉木さんの歌詩に感じてた。
 語彙が少なくても、自分の気持ちを一番うまく表せる言葉を選んでいた。

 そう思っていたのは間違いだったのだろうか?

   ●

 『Make my day』の歌詩は、推敲する時間が全然なく、字数を合わせただけの歌詩になっている。

 ぼくにはそう聴こえる。

   ●

 『Make my day』という曲が今一ピンとこないのは、作曲の徳永暁人さんの責任になりつつある。
 けど、ぼくは違うと思う。

 「もう一度聴きたい」とぼくが思える曲にならなかったのは、倉木さん。
 倉木さんが書いた歌詩が一番の原因。

 そして、この歌詩でOKを出した「倉木麻衣製作チーム」全体の責任だと思う。

   ●

 確かに、英語を極力使わずに歌詩を構成している努力は感じる。

 けど、ここまで熟成されていない曲は「発売しない」という選択肢があった。

 ライブ映えする曲かもしれないけど、今までの「倉木麻衣製作チーム」なら、CDにはしなかったと思う。
 そのことが残念。

   ●

 今まで一つ一つ積み重ねた、ぼくの中にあった「倉木麻衣」ブランドのイメージ。

 勝手にぼくが持っていただけかもしれないけど、そのイメージが壊れてしまった。

 この脱力感はどうしたものか。
 『PERFECT CRIME』を思い返し、カケラを拾い集めてみることにします。
 

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2002年12月4日(水)
カップリング曲「I don't wanna lose you」はエンドレス。


 ガハハハハ。

 それにしても、あの『Make my day』を聴いた時のショックはなんだったのだろうか。

 というほどである。

   ●

 帰りのJR環状線、近鉄奈良線&京都線は、カップリング曲の『I don't wanna lose you』がエンドレスである。

 『I don't wanna lose you』はどえりゃ〜いい。

   ●

 この『I don't wanna lose you』を倉木麻衣さんが〈この曲は…正直言って好きです(笑)〉と言っているのなら、ぼくは「この曲は…正直言って大好きです(キッパリ)」と言ってしまいたい。いや、言わせていただきたい。いや、言わせておくれ、お願い、お願い。

   ●

 何がいいかって、倉木さんの歌詩がいい。
 なんでこうも1曲目と2曲目で違うのだろうと思うが、『Make my day』と天と地ほどの差がある。

 どこに差があるのだろうと考えてみるに、『Make my day』は結構長い時間(数カ月かな?)のことを歌っていると思うのだけれど、『I don't wanna lose you』は、ほんの数分のことを歌詩にしている。

 倉木さんの歌詩に系列があるとしたら、『Loving you…』系の歌詩。
 『Loving you…』も数分間のドラマだったが、その歌詩と同じように、それまでの時間も詰め込んでいると思えるから、グッと胸にくるのかもしれない。

   ●

 ♪ある日偶然に 見かけた君に

から始まり、

 ♪夢の中で

で終わるまでに合計25行。
 たった25行なのだけど、その中で、「ほぉー」と感心したところが2カ所も3カ所もあった。

   ●

 (その1)「ラッキー・ガール」の使い方

 この歌詩の中で、「ラッキー・ガール」という単語が2回使われている。
 しかし、この「ラッキー・ガール」。1回目と2回目の対象人物が違っている。
 この、わからないうちに「ラッキー・ガール」の対象人物を代えているところが見事。

 (その2)「I don't wanna lose you」の聴こえ方

 文字を読むと、「I don't wanna lose you」。
 だけど、倉木さんが歌っているのを聴くと、最後の「lose you」のところが「ルージュ(口紅)」と聴こえる。
 これはぼくの妄想だが、「あなたを失いたくない」と同時に、「私にルージュが似合えばよかったかもしれない」と言っているように思えてしまうのね。

 (その3)動いている

 この『I don't wanna lose you』は、自分の意気込みや自分の心の中の気持ちだけを歌っているわけではない。
 〈歩いてみたけれど〉や〈通り過ぎてみたけど〉という無理のない動きのある(=いきなり走り出さない)表現が入っている。
 それが歌の進行とともに、カメラが動いているように目に見えてくるんだなぁ。

 (その4)「落ち着かなきゃね」

 歌詩の最初の段落。
 その段落に〈隠せないものね〉という歌詩がある。
 ここのメロディを聴いていると、普通なら「隠せないけれど」と語呂を合わせてもしまいそうになる。
 しかし倉木さんは「けれど」を「ものね」とした。
 そのことによって、言葉が文語で収まるのではなく、動いて話している自分の言葉(口語)になり、親しみやすさが出ている。
 そのあとに〈落ち着かなきゃね〉という言葉が出てきて、より一層親近感を増している。

 と、今日だけで思ったところが4点もあった。

   ●

 歌詩だけではなく、編曲の徳永暁人さんの遊びもからめて聴くと、もっと楽しい。

   ●

 曲が始まる前に、ゴロゴロという音する。
 そして、パラパラパラという音が続く。
 ゴロゴロはちょっと遠い雷の音。パラパラパラは少し降り出した雨。

 ぼくにはそう聴こえたのだけど、その音は歌が始まると共に消えていく。

 しかし、最後の方にはまた別の音がかぶさってくる。

 今度はピヨピヨピヨというような音。あちこちから聴こえる。

 「あ、雨があがったんだ」

 そんな感じ。

   ●

 倉木さんが数分の出来事を歌詩にした。
 そのことを受けて、徳永さんは一つの解釈として、「突然降り出した雨、その雨がやむまでの出来事」と考え、そのような音を入れたのではないかと思った。

   ●

 とにかく、この『I don't wanna lose you』は面白い。
 聴き込めば、もっといろんなことが浮かんできそう。

 ただ、あと少し欲を言えば、こんな表現を歌詩に加えることはできなかっただろうか、ということはある。

 例えば、最後、〈夢の中で〉という終わり方はいいなと思う。
 だけど、まだ〈思い出の場所〉にいる時に、「私の背がもう少し高かったら、君にちょっとでも長く見てもらえたのに」とか、「早く気づいてもらえたのに」とかいう気持ちは入れられなかったかな?

 もう一つは、途中の〈涙で滲んだ景色〉のところ。
 はっきり〈〉と出すのではなく、徳永さんの編曲を聴いたあと、景色が滲んだことを「雨のしずくのせい」に代えることはできなかったかな?

 同じように、〈途切れたメロディー〉のところも、なぜ〈途切れた〉のか、その理由があれば、もっと聴き込んでしまう歌詩になったのではないかな?

   ●

 とは言っても、そんなことはぼくの妄想が入っていなくても、ほんと『I don't wanna lose you』はいいです。

 この方向に進んでいってほしいと思う。

 のだけど、倉木さんの歌詩はメロディに影響されてしまうからなぁ。

 ぼくとしては、アルバムの中の全曲が『I don't wanna lose you』のようなメロディでもいいのだけれどなぁ。
 

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2002年12月6日(金)
乗り越した。途中下車した。道に迷った。


 昨日は会社の新入社員歓迎会のため、日記はお休み。

   ●

 で、昨日の新入社員歓迎会は、行ける人だけが参加する会だった。
 言い出しっぺはぼく。

 だったのだけど、「木曜日がいい」と決めたコオさんは家庭の事情で急きょ参加できそうにない状況になるし、前の日までには3人が「行けない」と言ってくるし、当日は2人の人が行けなくなってしまうし。
 たった10数人の会社なのに、半数以上が参加できなくなるとは想像もしてなかった。
 「行ける人だけ」と言っても、「新入社員と飲みにいきましょ」ってことなんだから、寂しいやないの。

 でも、フタを開けてみたら、コオさんは帰る時間のギリギリまで来てくれるし、「行けない」と言っていた人も参加してくれた。
 結局、のべ10人が参加。

 よかった、よかった。

   ●

 ぼくはというと、いつものように新入社員に説教をたれ、社長に向かっては文句をたれ…。

 ビールってこわい

 おかげで、帰りのJR環状線では、鶴橋駅で降りるところを立ち寝し、次の桃谷駅まで行ってしまう。
 「近鉄電車では絶対に寝過ごしてはならない。京都線の終電に乗るにはこの電車の次はないぞ」と気合いを込めていたら、2駅も手前の生駒駅で途中下車してしまう。

 仕方がないので、というか、京都線の電車がなくなったので、西大寺駅から歩いて帰る。
 が、何回か通ったことがある道なのに、途中の丘越えのところで、へんな道に入ってしまい、同じところを何回もぐるぐる歩くはめに。

 家に帰ったのは午前2時。

 やっぱ、人間、日頃の行いがよくないとね。

   ●

 今日は会社で昨日見れなかった新聞を読んだ。

 「ギャ」

と声を上げそうになった。
 なんと、『週刊文春』の広告欄に「石野真子」さんの文字があるではないか。

 あらららら。

 もっと違うタイトルで『週刊文春』さんには載ってほしかったなぁ。

 でも、どんな記事が出ようとも、心の中ではいつも応援してるんだかんね。

 今日帰り、買おーおっと。
 

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2002年12月7日(土)
「詞先」は珍しいことではない。


 昨日買おうと思っていた週刊誌はコンビニで立ち読み。結局買わず。

 いろいろ苦労しているんやね。

 野次馬気分半分で読んだのだが、最後には、「ああ、今も変わらないのだなぁ」という、嬉しい気分になった。

 それにしても、一人でどうして苦労を抱え込んでしまうのだろうなぁ。

   ●

 話は変わる。

 昨日まで産経新聞さんの朝刊で筒美京平さんのことが取り上げられていた(『仕事師列伝』平成編「ミスター歌謡曲 作曲家・筒美京平」より)。

 筒美京平さんと言えば、『魅せられて』『ブルー・ライト・ヨコハマ』『スニーカーぶる〜す』、そして『サザエさん』の作曲者である(って、えらい大ざっぱですみません)。

 で、その5回にわたって連載されていた記事を読んで思い出したのが、阿久悠さんのこと。
 阿久さんが筒美さんとタッグを何回も組んだことを思いだし(『日曜日はストレンジャー』もそうだった)、阿久さんのホームページを再び訪れた。

 そうしたら、その阿久さんのホームページに「詞先」のことが書いてあった(「詞先」とは、ある歌手の人がライブ会場で教えてくれたらしいのだが、「しせん」と読むらしい。楽曲を作るのに、最初に詞を作り、後からその詞に曲をつけていく方法のこと)。

 〈・詞先曲先
 最近よく受ける質問に、「歌は詞が先に出来るのですか? 曲が先に出来るのですか?というのがあります。一般の人からも訊かれます。一般の人がこういう質問をするということは、少なくとも、曲が先に出来ることもあり得ると、知っているということで、かつての常識からいうと、まず詞があって、それに曲をつけるのが普通でしたから、ちょっと考えされられます。

   (NHK 人間講座「歌謡曲って何だろう」
    「第十一回「曲先」だから青森まで行けた」より)

 そう。
 昔というか、「20年ほど前は、詞が先っていうのが普通だった」ということを思い出した。

 「詞先」が普通だった時に思っていたことは、「なんで曲先で楽曲を作らないのだろう? 詞先だから、最近はつまらないメロディばかりなんだ」ということだった。
 もっと曲重視の歌謡曲を作ってほしいと思っていたものだ。

 (あれから時間が経ち、曲先の楽曲が山ほど出るようになった。そうすると、万々歳のはずだったのが、逆に、詞が心に残らなくなった。オリコンさんの売上枚数はたくさんあるのに、思い出せない曲が多いのは、そんなところにも原因があるのかな?)

 阿久さんの話に戻す。

 阿久さんは、「詞先曲先」について、続いてこんなことを話されていた。

 〈・最初に言葉ありき、から
 前にも話しましたように、昭和四十年代、グループ・サウンズの嵐に、半ば便乗するようなかたちで作詞を始めましたから、いきなり曲先行を体験することになります。当初は、メロディーによって字数が限定されていることが、ひどく窮屈に思えたのですが、そのうち、限定された字数によって、思いがけない言葉が使えるということも感じ、曲先行に対するアレルギーはなくなりました。


 メロディの字数に限定されるってことは不自由としかぼくは思っていなかったのだが、「不自由」だからこそ生まれる感覚があったとは少し驚き。

 「字数制限」については、雑誌の『OHHO』は徹底的にアンチの立場だったもんなぁ。
 と言っても、その「字数制限」というのは、1ページに何行の文章が入るかってことなんだけど。
 本や雑誌というものは、まず原稿があって、そこからできるって思っていたので(今も思っているが)、最終的に何ページの本になるかいつもわからないのよね。
 別冊ではなく、本誌の『OHHO』は、一応、1冊400円で何ページということはあるのだけど、その中に入らなかったものは、『裏OHHO』というミニ冊子を作って、次号を予約してくれていた人にだけつけていたもんなぁ。
 お便りも、100%に近いくらいすべて載せていたもんなぁ。

 と、『OHHO』の話はおいといて、阿久さんの話の続きでした。
 詞が先が曲が先かの話です。

 〈自由な発想で詞を書くのも楽しいことですが、メロディーがきわ立って聴こえるような印象的な言葉を付けられたときの快感は、ちょっと比べるものがないほどだったのです。

 実際に楽曲を作っている人って、生みの苦しみがある反面、それ以上の快感ってあるんだなぁ。

 でも、ここで阿久さんがおっしゃった〈メロディーがきわ立って聴こえるような印象的な言葉を付けられたとき〉っていうのは、倉木麻衣さんの楽曲にはあんまりなかったりするのだなぁ。そこがもったいないと、時々思うことがあるのだなぁ。

 阿久さんは他にも、

 〈常識的な選択としては、演歌とかバラードの場合は詞を先に書き、ポップスとかロックの場合は曲を先に作るというやり方をしました。しかし、これも、途中でウラのウラをやったりして、より刺激的に仕事を進行させる方向を考えたりしました。

という楽曲製作の裏側を少し紹介してくれている。

 〈詞先行にしろ、曲先行にしろ、まあ、どちらが先であれ、私としては、言葉がみずみずしく、弾力を持ち、かつ、説得力を備えることが重要で、ともに面白いことだとしか云えません。

 ということが一番大切という話でした。

 あと一つ、阿久さんは具体的な例を出して、曲先行の成功例も紹介してくれてます。

 〈・二行で青森へ
「津軽海峡・冬景色」という作品があります。この詞を私は大いに自慢しているのです。ヒットしたとか、記憶に残せたということではありません。全く別の意味に於いてです。

上野発の夜行列車 おりた時から
青森駅は雪の中

 詞として書きますと、こういう形で二行になります。
 二行で約六百キロを移動させることが出来た、という自慢です。バカバカしいことのようですが、これは結構大切なことなのです。詞とはそういうものです。


   ●

 他に、コンピュータで作曲しているものに「歌心」を見つける大変さについても話されています。

 「詞先」を『FIARY TALE』で初めて試みた倉木麻衣製作グループさんたちの何か参考になれば。

 『あんでぱんだん』さん
 http://www.aqqq.co.jp/ningen/ningenkouza11.html

 筒美京平さんの「詞先」については、また後で書きます。
 

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2002年12月7日(土)-2
アルバム「FIARY TALE」は残念だった。


 倉木麻衣さんのサードアルバム『FIARY TALE』はぼくにとって残念なアルバムだった。

   ●

 というのも、「サンダル」という単語は入ってなかったし(サンダルウッドさんお元気ですか?)、それと、「自転車」という単語も入ってなかった。

 特に「自転車」なんか、アルバムの収録曲名を聞いた時、「アルバムのテーマがおとぎ話。『ファンタジー』って曲もある。『ファンタジー』と言えば、映画なら代表作はスピルバーグ監督の『ET』。「自転車」が空に飛ぶぞ」と興奮した。

 で、どんな感じで「自転車」を登場させるのだろうと、ぼくなりに考えてみた。

 『ET』をモチーフにしている曲があるのなら、子どもがあの自転車にまたがった瞬間の気持ちを詩にしているに違いない。
 しかし、まともに『ET』をダブらせるわけはない。
 倉木さんのことなら、「自転車」と恋愛をかけているに違いない。

 で、浮かんできたのが、こんな感じだったのだが…。

  どこに連れていってくれるの?その自転車で
  私ならいいよ ちょっとなら汚れても
  ちょっとなら ちょっとだけなら
  君につかまってあげてもいいよ

  あいかわらず好かれているね 雨に
  君といつもの日曜日
  今度は私が計画してあげる

   ●

 う〜ん、我ながらおとめチックな言葉の羅列だ。
 意味不明なところもあるぞ。

 その前に。
 自分で読み返して恥ずかしいぞ。気持ち悪いぞ。
 何が気持ち悪いって、こんなことを書いているのがぼく自身だということが気持ち悪いぞ。

   ●

 と、恥をしのんで、公表したが、ぼくはこんなおとめチックな言葉まで用意して、「さあこい、『FAIRY TALE』」と待っていたのだ。

 なのに、「自転車」はないわ、「サンダル」はないわ…。

 ほんと、『FAIRY TALE』は、ぼくにとっては「期待はずれ」のアルバムでした。

   ●

 (なんて言葉で締めると、誤解率100%だなぁ。念のため書いておきますが、『FAIRY TALE』はぼくの今年一番のお気に入りのアルバムですからね〜)

   ●

 こっそりアップ。

 『デビュー3周年、おめでとう』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai48
 

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2002年12月7日(土)-3
松本隆さん VS 筒美京平さん。


 筒美京平さんの「詞先」の話。

   ●

 でも、その前に、このことについても書いておかねば。
 筒美さんについての「噂」である。

 というのも、今でこそ筒美京平さんは実在の人物としてほとんどの人が知っている。でも、ちょっと前までは、というか、今でもこんなふうに思いこんでいる人がいたりする。

 〈メディアに一切登場しないうえ、一人の人間がこなしているとは信じ難い仕事量と楽曲の質の高さから、「実は筒美京平というのは架空の人物で、複数の作曲家が共同で使っているペンネームでは」「実際に曲に書いているのは井上陽水や荒井(松任谷)由実らに違いない」といった奇異なうわさまで飛び出すほどだった。
   (『産経新聞』2002年12月5日(木)朝刊13版18面
    「仕事師列伝平成編104
    「ミスター歌謡曲・4 作曲家・筒美京平より)

 そういや、大野愛果さんも実在しないと言われてた。
 倉木麻衣さんも歌っているのは、ちわきまゆみさんだと思いこんでいた(これはぼく一人の思いこみだった)。

 で、なぜそんな噂が出たかというと、

 〈筒美は公の場にはほとんど顔を出さず、取材も一切受けなかった。身内だけの打ち上げにすら出席しなかったという話もある。もともとシャイな性格に加え、「裏方は表舞台に出るべきではない」という信念と、仕事に専念するためだった。

 そして、筒美さんのこんな性格も噂を広める元になったようだ。

 〈筒美は「どうしたら次々、ヒットが生まれるのですか」と聞かれるといつもこう答えた。「酒井さんや村上さんに、こういう風に作れといわれたので、そうしたんです」。関係者は「自己顕示欲の権化のような人が多いこの業界で、彼の謙虚さは極めて珍しかった」と声をそろえる。

   ●

 倉木さんは今、いろんなところで、「テレビに出ろ出ろ」と言われている。いや、「出ろ出ろ」ではなく、ファンの人から「出て出て」という感じだろうか。
 でも、何回も書くが、テレビに出る必要は全くない。
 倉木さんはもうワールドカップサッカーの時にテレビに出た。そこで歌った。
 それで十分。

 そして、この筒美さんの記事を読んでわかったことがある。
 それは、ぼくがテレビに出なくていいと思う理由の中には、「倉木さんは裏方」と思っているふしがあるようだ。

 ぼくが好きなのは、倉木麻衣さんを歌手として起用している「倉木麻衣制作グループ」が作る楽曲。1つの楽曲の中に倉木さんの歌が溶け込んでいるものだったりする。
 「グルーヴ感」という単語は、「倉木麻衣制作グループ」が作った『NEVER GONNA GIVE YOU UP』で知った。

   ●

 去年の夏の初ライブを意識してから、「倉木麻衣制作グループ」はライブ用の楽曲をCDで発売する傾向にあるように思う。
 が、ぼくとしては、CDでは、CDでしか表現できない楽曲を聴きたい。
 『Stand Up』はライブ用の曲であっても、そのCDで聴く楽曲には、遊び心が満載だった。
 ラジオでも放送できない、「あれ?へんだぞ。機械の調子がおかしいぞ」(←田熊・強引に意訳)というDJの人の声が入っていたりした。

   ●

 ライブ用の楽曲をシングルのA面で出す必要は全くない。
 ぼくはライブに参加するためにCDを買っているのではない。
 CDを聴くために、CDを買っているのである。

 そして、倉木さん個人の曲を聴くためにCDを買っているのでもない。
 倉木さんを含む「倉木麻衣制作グループ」が作る楽曲を楽しみにしているのである。

   ●

 去年の初ライブ後、倉木麻衣さん個人への注目が集まった。
 それからというもの、「倉木麻衣制作グループ」の中で、「歌手・倉木麻衣」さんが占める割合が突出していっているように思う。
 なぜ突出させないといけなくなったかという理由はいろいろあると思う。

 「声が小さい」
 「腹に力が入っていない」
 「力強さが感じられない」…。

 それらの批判に答えた曲が、最近発売された『Make my day』だったのかもしれない。

 しかし、そんなことよりも、「歌手・倉木麻衣」さんの割合を増やした大きな理由は他にあるのではないか。
 ぼくは思う。

 それは、「歌手・倉木麻衣」さん自身のモチベーションを下げないためだったのではないだろうか。

   ●

 真面目に一生懸命仕事をする「歌手・倉木麻衣」さん。
 周りのスタッフの人たちは、なんとかその行為に応えてあげようと、夢や希望を叶えてあげようとする。
 そして、その「歌手・倉木麻衣」さんの夢や希望というのは、ちょっとした休憩時間に話したことではないだろうか。

 「いつか南の島にいきたいなぁ〜」
 「今度のライブはみんなが住む街にいければなぁ〜」
 「サインはプリントじゃなくて、自分でしてあげたいなぁ〜」

 倉木さんの夢や希望は全て叶っているのではないかと思えるくらい。
 そしてその夢や希望を叶えるために、「歌手・倉木麻衣」さんの時間は「そのことは横において」とされているかもしれない。

 「歌手・倉木麻衣」さんは、スタッフの人たちが夢や希望を叶えてくれるから、頑張ろうと思う。思うだけじゃなく、頑張ってしまう。
 ぼくらファンのためばかりではなく、スタッフのみなさんのためにもと頑張ってしまう。

   ●

 しかし、これからの課題であり、現在かかえる問題の本質はここにあるのではないだろうか。

 「歌手・倉木麻衣」さんの意見や意志を重視するあまり、「歌手・倉木麻衣」さんの割合が突出。
 そのために、「倉木麻衣制作チーム」のバランスが崩れているのではないか。


 ぼくはその崩れ具合を、『Feel fine!』や『FAIRY TALE』のCD盤のデザインに感じる(逆に『Make my day』のCD盤には、「倉木麻衣制作チーム」全体のチーム力の復活を感じる)。

   ●

 で、何が言いたいのかというと、GIZAさんは、どうかぼくの会社のようにはならないでいただきたい、ということだったりする。

 「個人の意志を重視」

 それはいいことだと思う。
 けど、個人の意志を重視するあまり、何も教えなくなる。
 叱らなくなる。
 個人の力量を信じすぎるようになる。

 そして、「個人の意志を重視」するあまり、最後にはどういうことが待っているか。
 こうだ。

 「お前を信じていたのに、なんだお前は」

   ●

 もし、倉木麻衣さんが「テレビに出て、多くのファンの人に伝えたい」と生意気なことを言い出したら、スタッフの人は言ってあげて欲しい。

 「10年早い」

   ●

 いい曲を作るために、けんかをする、議論をする、妥協をしない。

 もし、「歌手・倉木麻衣」さんの時間を作るために、議論もせず、けんかもしない方向に行っているのなら、お金を出してCDを買っているぼくは残念に思う。

 真面目で一生懸命な倉木麻衣さんを心底叱る人、心を鬼にして叱る人が今、一番必要ではないかと思う。

   ●

 確かに叱られたら、「歌手・倉木麻衣」さんのモチベーションは下がるかもしれない。
 やる気もなくすだろう。

 けどやる気をなくしたままになってしまうなら、「倉木麻衣」という人はそれだけの人だったのだろう。
 ぼくらが買いかぶりすぎた、とあきらめることにする。

   ●

 と長々と書いてきて、ようやく筒美京平さんの「詞先」の話である。

 この場合の「詞先」の詞を書いたのは松本隆さん。
 後で曲をつけたのは、もちろん筒美京平さん。
 その曲のタイトルは『木綿のハンカチーフ』だった。

 〈昭和四十九年ごろからは、井上陽水や吉田拓郎らに代表されるニューミュージック系のサウンドが新たなブームを作り始めていた。
 筒美は、これからのヒット曲には、こうした新しい要素が不可欠と考えた。そこで新たなパートナー(作詞家)に、ニューミュージック系の松本隆を選んだ。
 松本は四十五年にデビューした四人組のロックバンド、はっぴいえんどのドラム奏者兼作詞担当だった。バンドは、ロックのサウンドと、松本が書く「ですます調」の歌詞をうまく融合させ、初の“日本語ロック”を作り出した革新的な存在だったが、四十八年に解散。松本は作詞家となっていた。
 筒美と松本のコンビはアルフィーやオフコースへの楽曲提供を経て、五十年十二月、画期的な名曲を生み出した。太田裕美の『木綿のハンカチーフ』だった。


 ここまでは、またもや前置きだった。
 ようやく、ここから「詞先」の話である。
 『木綿のハンカチーフ』とは、♪恋人よ〜、ぼくは旅立つ〜、のあの歌である。

 〈実は、松本が書いた歌詞を見た筒美は頭を抱えた。恋人同士が延々と会話を続ける長い物語を読まされているようで、サビのリフレインもなかった。松本が「この歌詞にまともな曲など乗せられまい」と自信たっぷりだったという話もある。
 ところが、筒美は徹夜でこの前代未聞の難物を名曲に仕立て上げ、翌日、ニコニコしながら「いいのができたよ」と関係者の前に姿をみせたという。
 筒美は「いい勉強になりました。新しいタイブの起承転結のある詞に慣れることができました」と振り返る。


 ここを読んだとき、「あー、『不思議の国』もこんな感じだったのかな」と思った。
 松本隆さんと筒美京平さんの目に見えないバトル。
 それは、倉木麻衣さんと大野愛果さんのバトルに置き換えることができるな、と。

   ●

 実はそのことを言いたいためにここまで続けた日記だったりする。

 かなり寄り道をしたが、ま、いっか。

 

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2002年12月8日(日)
4thアルバムはこんな形で作ってほしい。


 異様に早起きしたので、こんな静かな時に書いておこう。

 なんと言っても、今午前4時5分。
 どんだけ早く寝たら、こんなに早く起きれるのか我ながら不思議。

   ●

 倉木麻衣さんの次のアルバムをどんな形で作ってほしいか。
 今、浮かんでいること。

 (その1)
 まず最初にしてほしいのは、今。
 今の時点で「4thアルバムの製作に入りました」と宣言する。

 今の段階からスタートしないと、1年や2年ではできないような気がするのがその理由。

 (その2)
 作家陣は全曲「作詩・倉木麻衣さん、作曲・大野愛果さん、編曲・サイバーサウンドさん」で固定する。

 1枚のアルバムを1つのコンセプトで突き詰める。
 そのためには、いろんな人が作った曲を並べるのではなく、この3組と心中するつもりで臨む。

 (その3)
 サードアルバム同様、テーマを1つに統一する。

 サードアルバム『FAIRY TALE』は、テーマを「おとぎ話」1つに絞ったことに好感を持った。
 しかし、『FAIRY TALE』でできた形は、「おとぎ話」を核として、そこから放射線状にそれぞれの曲がバラバラにつながっているものだった。
 こんな感じだろうか(うまく見えるかな?)

   ○
   │
 ○―●―○
   │
   ○

 (○=それぞれの作品、●=テーマ「おとぎ話」)

 次のアルバムではそこにプラス、それぞれの曲同士のつながりを持たせてほしい。

 ┌―○―┐
 │ │ │
 ○―●―○
 │ │ │
 └―○―┘

 どういうことかというと、『FAIRY TALE』はいろんな人が書いた作品を「おとぎ話」をテーマにして書かれた短編小説を集めた編集物。
 次のアルバムに求めたいのは、1人が書く1冊の長編小説

 (その4)
 まずシングルの楽曲ありきではなく、「小説」の筋書きを作ってほしい。

 大野愛果さんは、大野さん自身のセカンドアルバムをサウンドトラックアルバムのようにしたかったらしい。
 その時、「やられた」と思った。

 倉木さんの次のアルバムに求めたいものも、そういうサウンドトラックアルバムと同じ形になるのかもしれない。
 しかし、それは曲の内容や並べる順番だけではなく、楽曲の内容、歌詩カードからCD盤のデザインまで、1つの「小説」に沿った形で製作してほしい。

 (その5)
 アルバムは発売されたシングルとは全く別進行で製作してほしい。

 どういうことかを具体的に言うと、CDケースに付いている帯には「ヒット曲『○○○』を収録」なんてキャッチコピーをつけない。

 4thアルバムは発売されたシングルとは関係なく製作する。
 だから、たとえシングルとして発売された曲が収録されたとしても、その曲が入っていることをセールスポイントにしない。
 1冊の「小説」は、全体で一つのもの。
 その導入部になる帯は、本の帯と同じ。
 内容がわかるようなわからないような、かと言って中の音楽を聴かないと気が済まなくなるような。そんなすばぬけたキャッチコピーが書けるコピーライターさんに製作をお願いしてほしい。

 (その6)
 とことんコンセプトを突き詰めてほしい。

 『FAIRY TALE』で言えば、帯の部分を草の形に切ってしまうようなこだわりを見せてほしい。

 帯の部分で心をつかみ、歌詩カードで「どんなのだろう?」と思わせ、最終的にはCDの音を最後まで通して聴いて、全ての疑問が解けるような形にしてほしい。

 具体的な例を出すと、山本文緒さんの小説『眠れるラプンツェル』(幻冬舎文庫)のようなもの。
 
 と思って、『眠れるラプンツェル』を探したのだが、見つけられなかった。

 具体的な文章は、その本を読んでいただくしかないのだが、本を開いた冒頭には数行の文章が載っている。そこにはグリム童話の話が書かれていた。

 そこを読んだ時、「なんのこっちゃ?」と思うのだが、その小説を最後まで読むと疑問が解ける。そして急に世界が開ける。
 最初の疑問がずっと頭の隅に残っていたから、最後まで一気に読めた。そして、読み終わって、最初の疑問が解消する。次はその疑問の答えが最初からわかった状態で読むとどう思うだろうと、二度読みたいと思ってしまう。
 『眠れるラプンツェル』はぼくにとってはすごい小説だった。

 グリム童話の『ラプンツェル』のあらすじを書いているホームページがあったので紹介(勝手にリンクすみません)。

 『ラプンツェル』さん
 http://www.asahi-net.or.jp/~QI3M-OONK/tosyokan/
 fantasy/w-rapunzel.htm

 このラプンツェルというタイトルで、cocooさんはアルバムを作っているので、この小説を元にアルバムを作ってはダメダメ。

 倉木麻衣制作グループにしてほしいのは、『ラプンツェル』のような小説のあらすじを、まず組み立てること。
 そのあらすじを元に、場面ごとに楽曲をつくること。
 そして、それらの楽曲をあらすじ順に並べ、1枚のアルバムに作り上げること。
 第1章(1曲目)から最終章(最終曲)まで読み終わった後、「あー、いい小説だった」と思えるようなアルバムにしてほしい。

 (その7)
 とにかく時間をかけて作ってほしい。

 「とにかく時間をかけて」というよりも、ここまで書いてきた方法でアルバムを製作すると、時間がかかってしまうと思う。
 もし、来年4thアルバムを発売する計画があるのなら、今すぐ取りかからないとできるわけがない。いや、今すぐ取りかかってもできないと思う。

 じっくり時間をかけて、練りに練ったアルバムにしてほしいと思う。

 『FAIRY TALE』でステージが一段階上がったとぼくは思う。
 その上がったステージから降りることなく、「シングルがたまったから、そろそろアルバムでも作りまひょか」となることなく、こだわりを持ち続けたまま、1枚のアルバムを完成させてほしいと思う。

   ●

 ここまで書いてきたが、うーん、なんかまだうまく説明できないものがいっぱいある気がする。

 あと一つ、いま浮かんだのは宣伝方法かな。

 4thアルバムの宣伝というか告知は、村上春樹さんの小説『海辺のカフカ』の宣伝方法を参考にしてほしいと思う。

 ぼくは『日本経済新聞』さんの記事でその宣伝方法を知った。
 『ストーリー明かさず宣伝』と書かれた記事はこんな内容だった。

   ●

 〈村上春樹の七年ぶりの書き下ろし長編小説『海辺のカフカ』が売れている。九月に発売され、現在までに発行部数は上下巻合計で五十九万部(上巻三十一万五千部、下巻二十七万五千部)に達し、なお売れ続けている。
   (『日本経済新聞』2002年11月23日(土)朝刊別冊s3面
    『ヒットに技あり』「海辺のカフカ」長編小説(新潮社)
    「ストーリー明かさず宣伝 十代の心をつかむ」より)

 という出だしから始まり、こう続いていく。

 〈村上春樹といえば、デビュー当時から読み続けている三十―四十歳代の固定ファンだけで十五万部は見込める人気作家。発売元の新潮社では久しぶりの長編とあって、この読者層をいかに広げるかを狙った。
 村上氏からは「今回は著者インタビューは受けない」「ストーリーは発売前に公開しない」との申し入れがあった。これは宣伝に協力しないという意味ではなく、作品のテーマを考えての判断だったという。


 その作品のテーマとは、

 〈ストーリーの基本は十五歳の少年の成長物語。そこにギリシャ悲劇『オイディプス王』に通じる父殺し、近親相姦のテーマが絡み、その解釈をめぐってマスコミでも話題となっている。

 というもの。
 〈「今回は著者インタビューは受けない」「ストーリーは発売前に公開しない」〉と申し入れた村上さんは逆に提案をする。
 それはどんな提案だったのか。

 〈逆に村上氏から提案があったのが本の発売に先立って、プルーフと呼ばれる仮とじ本を作ることだった。プルーフは通常は、書評を書いてもらうために評論家やマスコミに配られるもの。
 しかし今回はこのプルーフを全国の主要書店に送った。事前に書店員に読んでもらうことで、積極的に店頭展開してもらい、“書店発ヒット”を狙ったのだ。
 さらに七、八月に発売された新潮社の単行本や文庫には、五種類の小さなチラシを計二百万枚はさみこんだ。「村上春樹最新長編九月刊行」と書いてある他には、それぞれ「十五歳の話らしい」「四国の話らしい」と内容を暗示するキーワードが記してあるだけ。ストーリーを明かせないことを逆手にとった宣伝だ。この宣伝手法は新聞広告にも使われ、日替わりでキーワードをかえることで注目を集めた。
〉。

 ここまではもう倉木麻衣制作グループのみなさんはされていることかもしれない。
 ここから先が参考になるかもしれないので、一気に記事の最後まで引用する。

 〈もう一点、注目すべきは『海辺のカフカ』の専用公式ホームページを設けたこと。作家の公式ページは少なくないが、作品専用のページというのは珍しい。ここでは発売情報のほか、唯一の著者インタビューも掲載した。さらに発売後は読者からの質問・感想メールに対する村上氏の返事も載せている。
 様々な話題の盛り上げや書店プロモーションなどが相乗効果を生み、『海辺のカフカ』は発売直後から爆発的に売れ、ベストセラーとなった。そしてこれまで村上作品をあまり読んでいなかった十代にまで読者層は広がり、一九八〇年代後半の『ノルウェイの森』に続く、第二次村上ブームを作り出したのだ。
(「日経エンタテインメント!」編集部)


 あらら。
 「日経エンタテインメント!」編集部さんが書かれた記事だったのですね。

   ●

 『海辺のカフカ』さんのホームページは本の公式ページなのに、全然堅苦しくない。
 安西水丸さんのイラストもある。
 今年いっぱいの期間限定サイト。
 もう一度見ーとこっと。

 『海辺のカフカ』さん
 http://www.kafkaontheshore.com/

   ●

 この期間限定サイトに集まった投稿を元にして本を作る予定もあるとか。

 それにしても、このサイトを作っているのは誰々と、最初に名前を出しているのはすごい。
 名前を出した以上、サイト継続中はどんないやなことがあっても、会社をやめるわけにはいかない。
 名前を出すことで、「ずっと続けていく。オレたちはこの本に力を入れているんだ」という気持ちが伝わってくる。

 どれだけ、その作品に気持ちを込めているか。
 それがその最初の1ページから読みとれる。

 「だったら、どんな作品か、読んでやろうじゃないか」と思ってしまうなぁ。

   ●

 音楽業界では、CDがコピーされることで全体の売り上げが落ちているという。
 それは出版業界でも同じ。
 図書館に売れる本が大量に購入され、新古書店さんの出店ペースの勢いは止まらない。
 新刊本が書店で売れなくなってきているのは、音楽CDと同じではないの?

   ●

 唐突に「来月、4thアルバムが発売されます」ではなく、「ただ今ここまで進行中です」と事前に教えてくれた方が、興味が持続する。

 発売前から、みんなをアルバムに参加させてしまう。
 そんな形で4thアルバムは作れないかな、とも思う。

 そして発売日、また読売新聞さんに全面広告を打つ予定があるのなら、どうかぼくらも参加させてほしいと思う。

 「1行2000円」とお金をとっていいから、「私たちがこのアルバムを推薦します」というコーナーを作ってほしい。
 そこにファンクラブさんで募集した「発売日に買う」と言った人の名前(ハンドルネーム・ペンネーム可)を載せてほしい。

   ●

 そんなことができれば、ほんとに次の4thアルバムは、ぼくらファンにとっても「自分のアルバム」になると思うのだけどなぁ。

 でも、そこまで企画するには事前に入念な打ち合わせが必要。
 時間がかかる。
 そして時間をかけたためにアルバムの発売日が延びたとしても、文句を言わない寛容さがぼくらファンには必要。

 いろいろ「必要」だらけだけど、どうか4thアルバムがいいアルバムになりますよーに。
 

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2002年12月9日(月)
「名探偵コナン」の主題歌についての希望。


 倉木麻衣さんが、来年の映画『名探偵コナン』さんの主題歌担当に決まったみたい。

 〈★最新劇場版コナンの主題歌を倉木さんが担当決定!!
 2003年4月ゴールデンウィーク公開の名探偵コナン劇場シリーズ第7作目「名探偵コナン 迷宮の十字路(クロスロード)」の主題歌を担当することが決定しました!! この新作の舞台は、彼女自身大学生活を送る京都ということもあり、シナリオを頂いた時から、じっくりと制作に取り組んでいるそうです。
*主題歌楽曲のタイトル/発売等は未定です。


 ああ、勝手にコピーして、Mai-K.netさん、すみません。

 そこで倉木麻衣さんにしてほしいことがあるので、ちょこっとだけ。

   ●

 とにかく歌詩です。
 歌詩に希望があります。

 それは何かというと、実際に倉木さんが京都の街を歩いてから書いてほしいということ。

 本で読んだり、人に聞いたり、想像で書いた歌詩は、『Feel fine!』なんかでぼくらは聴いています。
 だから、京都が舞台になる映画の主題歌は、どうか倉木さんが実際に街を歩いた後に書いてほしいと思います。

   ●

 京都が舞台の歌だからと言って、名所を散りばめる必要はありません。
 名所の名前を出したり、それを『Stand Up』の英単語のように随所に散りばめると、焦点がぼやけます。

 それよりも、ぼくが今、倉木さんに「京都の街を歩いた後に書いてほしい」と言った時、どんなことを思いましたか?
 その時に思ったことの方が大切。

 「どうしよう?」と思った?
 「誰と行こう?」と思った?
 「時間はいつ?」と思った?

 そんな普通の考えから出発すると、きっと倉木さんらしい、心のこもった歌詩が書けると思います。

   ●

 たまには、「今日はお腹が痛い」と嘘をついて、GIZAさんの仕事を休み、友だちと京都駅の大階段なんかで待ち合わせてください(もうしてるかもしれないけど)。

 その時に「やっとこういうことができた」と思うか、「ああ、GIZAさんに悪いことをした」と思うか、「友だちに迷惑をかけてないかな?」と思うか、そんなことを思うことが大切。そして、その時に何も思わなくても、何も思わないことが大切。何も思わなかったことを知ることが大切だと思います。

 倉木さんの最近の歌詩には、「どんなことがあっても、最後は前向きにしよう」という筋書きがあるように思います。

 『happy days』は、どうでしたか?

 「けんかもよくしてたよね」と言いながらも、最後は「いいの?」と不安な気持ちをもったままで終わる。

 それでいいんじゃないの?

 と思います。

   ●

 それからもう一つ、倉木さんの最近の歌詩は、時間に関して2通りの使い方をしているように思っています。

 一つは、歌詩の中で季節を越えるくらいの時間経過があるものと、もう一つは、数分や一場面のことだけを歌ったもの。

 『Winter Bells』や『Like a star in the night』は季節が変わるほどの時間が入っているもの。
 『Loving You…』や『I don't wanna lose you』は数分の場面を詩にしたものになっていると思います。

 しかし、季節を越える歌詩は、ぼくにとってはわかりづらかったりします。
 そこが逆に考えさせられて面白かったりするのだけど、今度の主題歌は、数分の場面を歌詩にしてほしいと思います。

 なぜなら。
 数分の場面を描くと、倉木さんは非常にうまいから

 というのもあるのですが、京都をテーマにすると、それだけでもう「歴史」があるからです。
 京都をテーマにした段階で、「歴史=長い時間」は京都にくっついている。
 歌詩の前提になっている「長い時間」をわざわざもう一度歌詩に出す必要はありません。

 と、言って、どんな場面を演出すればいいかは、倉木さんにお任せするしかないのですが、ぼくだったらどうするかなぁ。

 やっぱり、最後の場面かなぁ。

   ●

 クラブの追い出しコンパも、卒業式も平気だった。
 なにが平気って、悲しくなることはなかった。
 で、社会人になる前、クラブの部室に寄った(あ、前にも日記に書いたことかも)。

 部室には誰もいず、最後だからって、お別れの言葉を「本音ノート」(部室にあるみんなのノート)に書いた。
 「実はぼくは…」なんて暴露ネタを書いた。
 部室を出て、いつもの生協の前を通り、駅への階段を上った。

 「あいかわらず、歩幅と合わない階段やな」

と思った。
 けど、それでもなんとも思わなかった。

 駅のホームに入り、来た緑色の電車に乗り、空いてる席に座った。
 西の方を見た。
 ビルの間に校舎が見えた。

 「あ、こんなところから見えるんだ」

と思ったら、ボロボロきた。
 電車は動き出して。
 なんでこんな時に、いつものように電車は動くんだ、なんて思ったなぁ。

   ●

 そんな話を書くかなぁ。

 で、この話は京都の話だったりします。

 どこにも京都って書いてないけど、「緑色の電車」とか、「歩幅と合わない階段」とか、「西の方に見える校舎」とか、そんな感じで、倉木さんには京都を感じさせる歌詩を書いてほしいと思うのだなぁ。

   ●

 期待してるよ、倉木さん。

 3年間頑張ってくれたお礼に、プレッシャーかけるよ〜。

   ●

 話は変わって。

 『チェッカーお試し掲示板』のうりいたさん、どうもです(5234番)。
 ちゃんと日記を読んでくださいよ〜。

 ぼくは次のアルバムにも期待しています。
 2〜3カ月では作れない、もしかしたら1年や2年かかっても作れない作り方を提案しているのに、どこをどう読んだら「即席ラーメン」になるの?

 そうそう、「即席ラーメン」に例えるなら、「即席ラーメン」を最初に作った人たちのようなことをしてほしいと言っているのですよ。
 ぼくらは3分で食べられる「即席ラーメン」。
 でも、その「即席ラーメン」を作り出すためには、どれだけの力と時間とひらめきが必要だったか。

 音楽CDでも同じ。
 1枚50分くらいで聴き終わってしまう音楽CD。
 その50分のために、じっくり練りに練ってよと言ってるのに、どこをどう読んだら、うりいたさん、そうなるの?

 それから、掲示板が荒れているとは、ぼくは思いません。
 みんな真剣に考えてくれていることを、「荒れている」と思っていませんか?

 そうそう、よねっち♪さーん(5214番)。
 ぼくは「荒らしさん」とは思っていません。

 ぼくにとっての「荒らしさん」とは、2年以上前に、掲示板のログを飛ばしてくれた人のことかなぁ。
 

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2002年12月10日(火)
天使が降りてきて、なぜここへきたのか教えてくれた。


 この前、久しぶりに『泣ける2ちゃんねる』さんを見た。

 ふむふむ、じんじん、といつもの半泣き状態で読んでいたのだが、くぅーと胸をつかまれる書き込みがあった。

 (『泣ける2ちゃんねる』さん、勝手に紹介・リンクしてすみません)。

   ●

 〈874 名前:8年前の話 投稿日:02/09/20 12:13 ID:fX5BqEG/

高校の時はクラスにも馴染めず、親とも仲が悪くて、
そんな奴だから友達もいなかったし、家にも帰りたくなくて
いつも帰り道の公園で星が出るまでベンチに座ってタバコ吸ったり
野良猫と遊んだり、とにかく寂しい奴だった。

そんな状態が1年くらい続いた高2の秋の帰り道、いつものように
公園のベンチに座って夕日を見てたら、同じベンチに女の子が
座ってきた。違う学校の制服で、俺と同じ年くらい。もちろん顔は知らない。
動揺したけど知らんぷりして無視した。その子も無言で、その日はそれだけ。

次の日の帰り道、俺はいつものように公園のベンチ。
そしたら昨日の子がやってきて、また隣に座ってきた。
なんなんだよとか思って、気まずくて、無視してた。
10分くらい経ったころ、女の子が突然「寒くないですか?」って
聞いてきた。ビックリした、けど「寒くねーよ」って即答してた。

「半年くらい前、学校帰りにこのベンチに座ってるのを見て、
なんとなく気になって、いつも1人で座ってるからどうしたんだろうって
思って。それで、わたしも座ってみました(笑)」

それが彼女との出会い。ほんとの話。


 『泣ける2ちゃんねる』Pick Up 2002.12.03さん
 http://hiroshu29.tripod.co.jp/pic_021203.html#4

   ●

 こんな風景を詩にされたらたまったものじゃない。
 歌なんかいらないと思う。

 でもこんな風景を歌にされたら、ぼくは大事に聴くんだろうなぁ。

   ●

 映画だったら、「そして二人は出会った」で終わるのかもしれない。

 〈それで、わたしも座ってみました(笑)

なんてセリフ、実際に体験した人にしか聴こえてこないと思いました。
 

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2002年12月11日(水)
ようやく言った。


 ようやく言ってくれた。

 その前に。

   ●

 この前、更新してくれた倉木麻衣さんのDIARY。
 その『I don't wanna lose you』(『Make my day』カップリング曲)のことが書いてあるところを読んで。

 〈偶然その日は、レコーディングスタッフ全員女性だったので、スタジオっていうよりは、みんなで世間話をしてるっていう雰囲気で、とてもリラックスして歌いました(笑)

 そうか、女性だけだとリラックスできるのか。

 『女性だけの倉木麻衣さんとの掲示板』を作ってよかった、と思った。
 提案してくれた人に感謝。

   ●

 同じく、Mai-K.net(倉木さんの公式ファンクラブ)さんの『NEWS』のところを読んで。

 〈この新作の舞台は、彼女自身大学生活を送る京都ということもあり、シナリオを頂いた時から、じっくりと制作に取り組んでいるそうです。

 そうか、じっくりと制作に取り組んでいるのか。

 アルバムの話じゃないけど、よかった。

   ●

 そして「やっと言ってくれた」という話。

 一昨日あたりから予感はあったのだが、昨日からぼくは身動きがとれないくらいバタバタ状態。
 ということは、今月は10日近辺にCDショップに行けなくなったってこと。

 仕方がない。
 「ミュージックフリークマガジンさん、頼みますよ」と祈りながら、ミュージックフリークマガジンさんのホームページを見る。

 感謝、観劇、飴、ミュージックフリークマガジンさん

 倉木さんのインタビューを掲載してくれているではないの。
 その上、倉木さんと大野愛果さんの対談まで。

 うう。

 ぼくはこの時ほど、ミュージックフリークマガジンさんの優しさを感じたことは…、感じたことは………、感じたことはぁ〜〜〜、他にもいっぱいあった。

 (いつもミュージックフリークマガジンさん、ありがとうございます)

 で、その倉木さんのインタビューの中で、とうとう倉木さんが言ってくれたのね。
 それも倉木さん自身の言葉として。

 ま、インタビュー記事というものは、インタビューされている人が何を言っても、それが活字になるかどうかはわからない。記事が活字になるかどうかは、テープを起こす人にかかっていたりする。
 ヒットカウンターでみなさんが書いてくれるラジオコメントや、OHHOのインタビューのように1字1句文字にするなんてことはあり得ないもんね。

 だから、ここで初めて倉木さんが言ったわけではないかもしれないけれど、ようやく活字になったということで、ぼくは今回の偉業は誉めたたえたいと思うのである。

   ●

 いつものように前ふりが長い。
 こんな時は、中身はたった1行だったりする。

 そのとおーり。

 ぼくが「ついに言ってくれた」と、こぶしを握り締めたのはこの言葉だった。

 〈●1日24時間じゃ足りないですか?
倉木:寝るのがもったいないんだけど、寝なきゃ充電できないし。今日という日が一番大切で若いっていうか、何て言うか……「今を生きよう」って感じなんです。毎日その日を悔いのないように過ごしていけたらって思っていて、そのためには時間がもっとあればなって。そうすればもっといい作品が考えられるし、もっともっと色んな事が吸収できるって。誰もが時間が欲しいって思っているかもしれないけど、サンタさんに頼むなら私は時間を下さいって言いますね。

   (『music freak magazine』vol.97/12月号
    倉木麻衣 interview〜ニュー・シングル「Make my way」 より)

 ついに倉木さんは、〈そのためには時間がもっとあればなって。そうすればもっといい作品が考えられるし〉と言ってくれた。

   ●

 20歳になったんだなぁ。

 今までは「時間がほしい」と言っているのは聞いたことがあるけど、その理由については印象なかったもんなぁ。

 時間があれば何でもできるわけではないけど、時間があれば〈もっといい作品が考えられる〉と言えるようになったのはすごいこと。
 そして、その言葉を記事にしたミュージックフリークマガジンさんもやってくれるやん。

 時間がない昨日今日に作った「いい作品」より、〈もっといい作品〉を考えたいと思っている倉木さん。

 いいぞ。

 でも今は、倉木さんは自分で時間を作る努力をしているだけじゃないかな、という気がする。
 どうかこの発言がきっかけとなって、倉木さんがまわりの人たちを巻き込んで、自分の時間を作っていけますよーに。

   ●

 と言っても、それがなかなかできんのよね。
 自分だけ休んでいるように思えて、罪悪感が出てくるのだなぁ。

 そしてサービス残業はどんどん増えていくぅ〜。

 『:: Music Freak Magazine ::』さん
 http://www.mfmagazine.com/top_page/other_contents/
 backnumber/previous_year/2002/02_12/
 0212_tokushu2.html
 

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2002年12月14日(土)
「I don't wanna lose you」はへん。


 昨日とおとついは、スーパー・マイケー、いやいや、スーパー・バタバタしたので、日記はお休み。

   ●

 5年前、えらくバタバタした時期があった。徹夜も何回かした。

 その頃ぼくは、マックの使い方に慣れてなかった。そして、パソコン自体のスピードも遅かった。だから時間がかかっていたわりに、クタクタにはなってなかった気がする。
 でも、昨日とおとついは、最短距離で仕事をさばいているつもりなのに、結局来週に積み残すものが出た。
 その上、出来上がった原稿を3階から2階へ走って降ろし、また走って3階へ上がっていた。これで体がやせてくれなきゃ「いやん」状態である。

 もっと、同僚への仕事の割り振りがうまくできればなぁ。
 でも、みんなずっと仕事を持っていたものなぁ。

 なんとかうまく仕事をまわす方法はないものか。

   ●

 倉木麻衣さんの『Make my day』を聴くと、マイケル・ジャクソンさんの『スリラー』が浮かんでくる。ぼくの気のせいか?

 作曲の徳永暁人さんが、倉木さんのマイケル・ジャクソンさん好きのことを小耳に挟み、この曲を作った気もするなぁ。
 で、出来上がってきた倉木さんの歌詩を読んで、「こうきたか」と徳永さんは思ったような気もするのだけど、気のせいかなぁ?

   ●

 一方、カップリング曲の『I don't wanna lose you』。

 この前の日記で、前奏で雨の音が聞こえて、最後に鳥の声が聴こえて、雨が上がったように思える、ということを書いた。

 でも、なんかおかしいんだよなぁ。

 何がおかしいって、最後に聴こえる鳥の声がおかしい。
 どうおかしいかって、あの鳥というか、動物というか、虫というか、あまりにも騒々しすぎるような気がする。
 鳴き声の数が多すぎるのだ。

 あれじゃ、どう考えたって街の中で雨がやんだという感じではない。
 どちらかというと、田舎、それも人の気配をほとんど感じさせないところ。
 例えばそれは、たんぼに囲まれた中。

 もし、日本に限らなければ、ジャングルかもしれない。
 そして日本という国や、地球上にある国に限らなければ…。

   ●

 この前の日記で紹介した『ミュージックフリークマガジン』さんのホームページでその謎が解けた。
 倉木さんは『I don't wanna lose you』について、こう言っていた。

 〈●カップリングの「I don't wanna lose you」は、倉木さんに本当にこんな体験があったのかなって思わせるほど、リアルなシチュエーションが描かれていますね。
倉木:これはアルバムに入れようと思って作っていたものを、ちょっと寝かしてたんです。

   (『music freak magazine』vol.97/12月号より)

 なるほど。

   ●

 ぼくの想像通りなら、この『I don't wanna lose you』は、『FAIRY TALE』の12曲目に入る予定だったのではないだろうか。

 「12曲目」と言っても、『fantasy 』の代わりの12曲目ではない。『fantasy 』と、『不思議の国』の間の12曲目。
 つまり、

 『不思議の国』
   ↓
 『I don't wanna lose you』
   ↓
 『fantasy 』

 この流れ。

   ●

 『不思議の国』では、前奏の前に、街のざわめきの音が入っている。
 誰かが立ち話している声や、クラクションの鳴る音、何かモノを売っている呼び声、そんな感じの街のざわめきが少し入っている。
 そしてその音のあと、CDを聴いているぼくらは、ぽーんと不思議の国に引き込まれる。
 それは、街がポカポカと暖かく、ほどよい気候。その中で、ついうたた寝をしてしまい、夢を見ているように。

 そして、ぼくらはふと目が覚める。
 ぼんやりしているので、それは目が覚めたとははっきり言えない。
 目が覚めたと思ったのは、雨の音が聞こえたから。
 『I don't wanna lose you』が始まる。

 現実に戻される話。
 「あのコがいなかれば」と後悔してしまう話。
 リアルな場面が展開される。

 しかし、あれは現実だったのだろうか。
 ゆっくり彼の前を歩いたのは本当だったのだろうか。
 忘れたい無意識に包まれたせいか、もう一度、眠りに入ってしまう。

 鳥の声、虫の声が聞こえてきた。
 たんぼ、稲穂が揺れている。
 幼い頃の自分がそこに立っている。

 『fantasy 』が静かに流れてきた。

   ●

 全く関係ない話。

 GIZAさーん。
 さきほど、music 272の『MAGA HITS REQUEST』さんで、菅崎茜さんの『君の声 呼ぶだけで』のプロモーションビデオを見ました。

 もしかして、倉木さんが最近「R&B」っぽい曲を歌っていないのは、菅崎さんとダブるから?

 ダブってしまうと、菅崎さんの芽をつぶすことになるかもしれないと思って、わざと倉木さんの曲は「R&B」っぽいものを避けているの?

 (↑かなり深い妄想の世界に入っています)

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』の伝書鳩さん、どうもです(5285番)。

 〈正直に言ってしまいますが、ちょっと面白くなさそうな作業ですよね?(苦笑)
まるで完成したらどんな絵になるのか、すでに分かっているパズルをするみたいで。
彼らはアルバムを制作するために音楽やってるわけじゃないと思いますし
GIZAも趣味で音楽やってるようなものなので楽しくなくちゃ意味がないわけで。
(こういう事を断言していいのかどうか分かりませんが<笑)
自分も最初にコンセプトを決めることは大切だとは思いますが
(決まってなければアルバムの制作には入れないので)
それで彼女から生まれてくる言葉が縛られてしまうのであれば
当初のコンセプトは無視してしまっても構わないと思っています。


 とのこと。

 なるほど。
 そういうふうにパズルの当てはめのように思ってしまうと、作るのは楽しくないと思います。

 では、次のことをつけ足したいと思います。

   ●

 ぼくとしては、次のアルバムを1つの小説、1つの映画と思って作ってほしいと思っています。
 1曲の中でも1つの小説、1つの映画にすることはできると思いますが、もっと長時間ぼくらを楽しませてほしい。そう思っています。

 これまでの倉木さんの3枚のアルバムは、そのどれもが、出来上がった曲を並べたものでした。
 収録曲の1曲1曲はそれぞれ1話完結で「完成」したものになっていました(そういうアルバムはダメと言っているわけではないですよ)。

 でも、アルバムは長時間収録できるのだから、もっといろんなことができるのでは?とぼくは思っています。

 どういうことかというと、アルバムの収録曲、1曲1曲は「完成」していなくていいということです。アルバムの曲はそれぞれ「未完成」でいい。
 「未完成」な曲が集まって、それぞれの曲が手を取り合っていたり、反発しあっていたり、1曲前の曲があるから次の曲は黙ってしまったり。
 でも、それぞれにはどこかにつながりがあって、全体として1つのアルバムになっていればそれでいいと思います。

 例えば、今までのアルバムの形態だと、倉木さんの歌が入っていない曲は収録できない雰囲気があるように思います。
 1曲1曲がシングルで出せるくらいの力がなければならない、そんな無言の圧力があるというか。
 でもそんなふうにして力を込めて作ってくれたアルバムは、今までに3枚も出してくれています。

   ●

 せっかく長時間の収録が可能なアルバムなんだから、「ここは倉木さんの歌はなしにして、インストルメンタルにしてみようか」とか、「誰かからの問いかけをしたいので、次の曲は大野愛果さんに歌ってもらおうか」とか、そんないろんな冒険ができると思います。
 1曲の最初から最後まで、後悔に打ちひしがれていてもいいし、脳天気に喜んでいてもいい。浮かれて、ハミングだけで終わってしまう曲があってもいい。
 それで、全曲を通して聴いてみて、「ああ、1つの小説を読んだみたい」と思えるような、そんなアルバムを作ってほしいと思います。

 でも、その製作過程で「パズル」のはめ込み作業をしているように感じる人が出てくるかもしれません。
 そんな時は、現場監督であり脚本家の倉木さんが説明すればいいことだと思います。
 「そこのパートは、全体ではこの部分に当たります。確かに時間としては数秒です。でもそのパートがないとこのアルバムは完成しません。とても重要なところなんです」、と。

 最終の形が見えていて、途中の作業が退屈なものになるとしたら、それはその元のあらすじが退屈なものだからだと思います。

 映画でも「脚本が気に入ったので、この役を引き受けました」という役者さんがいるように、「このアルバムのあらすじが気に入ったので、スタジオに来た」というミュージシャンの方がいてもいいと思います。

 製作過程で、けんかして、ぶつかって、その先に納得しあえるものがあって。
 最終的にできあがったものが、最初のあらすじとは違っていても、それはそれで構いません。
 でも、「こういうアルバムを作りたい」と心底思っている人が1人いないと、出来上がったアルバムは誰も納得していない妥協だけのアルバムになってしまいます。だから最初にあらすじを作ってほしいと思います。

 製作過程であらすじが変わればその度に仕切り直しをしなければなりません。1からやり直すこともあるだろうし、そんなことをしていたら、来年に次のアルバムは作れません。時間的に無理だろうなぁとも思います。

 ですが、ただ一つ、何度でも言いたいのは、1つの映画を見るよりも、1つの小説を読むよりも、ぼくらは高いお金を払って1枚のアルバムを買っていること。
 そのことを、倉木さんやGIZAさんには今まで通り忘れないでいてほしいと思います。
 

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2002年12月14日(土)-2
デュエット? デュエット!


 倉木麻衣さんと台湾を中心に活躍する人気シンガーの燕姿(イェンツィー)さんのコラボレートが決定したという。

 〈★アジアの女性トップシンガー・孫燕姿(Sun Yan Zi)とコラボレートが決定!!!
 台湾を中心に活躍する人気シンガーの燕姿(イェンツィー)さんとのコラボレ−トが決定し、燕姿さんサイドからと倉木さんサイドから各1曲づつ楽曲を持ち寄り、それをデュエット形式で歌うレコーディングが行われました。燕姿さんサイドの楽曲「My Story, Your Song」は、来年1月に台湾、中国、香港、シンガポール、マレーシアで同時発売されるニューアルバムにボーナストラックとして収録される事が決まっていますが、日本でのリリースの予定は今のところありません。また、倉木さんサイドの楽曲(「タイトル未定」)のリリース等もまだ決まっていませんので、決定次第お知らせいたします。
 燕姿さん自身もシンガポール国立大学卒業までに学業を重視する音楽活動を行ってきた事もあり、同じ学業と音楽を両立する2人は意気投合し、アジアの中での文化交流の一貫として、今回のコラボレーションが実現しました。

   (『Mai-K.net』さんのNEWSより。Mai-K.netさん勝手にすみません。わお、「Mei-K.net」さんになっていました。Mai-K.netさん、すみません。DRIVEさん、おおきにです。で、Mai-K.netさん、〈各1曲づつ〉ではなく、〈各1曲〉だと思っていることは黙っておきますぅ〜)

 で、そのニュースがMai-K.netさん(倉木さんの公式ファンクラブ)に載った次の日にマスコミさんでも発表(『倉木麻衣さんへの掲示板』で麻衣中毒さんが教えてくれました。麻衣中毒さん、いつもおおきにです〜)。

 〈(前略)
 ラブコールはイェンツィーからだった。倉木の最新アルバム「FAIRY TALE」が台湾チャート1位に輝き、その歌声に惚れ込んだイェンツィーが「日本のNO・1歌姫とデュエットしたい」と今夏、倉木サイドにオファー。倉木も文化交流で活動の幅を広げたいと快諾し、11月末に大阪市内のスタジオでレコーディングが行われた。

 (中略)

 イェンツィーが作詞した「My story your song」はアップテンポのロック調で、来年1月に台湾、香港、中国、シンガポール、マレーシアで発売される彼女のニューアルバムに収録される。一方、倉木が作詞した楽曲(タイトル未定)はミディアムテンポのバラードで、次の倉木のニューアルバムに収録予定だ。

 倉木は「彼女の音楽に対する姿勢に共感したし、異文化のバックグランドを持つ2人が1つの曲を作る事は、私にとっても刺激になりました」と話し、「最終的にどんなサウンドに仕上がっているのか楽しみ」と発売を心待ちにしている。

 倉木はアジアツアーも視野に入れており、実現した際には、イェンツィーの友情出演もありそうだ。
   (『SANSPO.COM』さんの
    「倉木麻衣が台湾の歌姫と合体…初デュエット曲を発売」より)

 『SANSPO.COM』さん
 http://www.sanspo.com/geino/top/gt200212/
 gt2002121302.html

 それにしてもこの記事、紛らわしい記事だなぁ。
 これじゃ、倉木さんの『FAIRY TALE』が台湾では今年の夏に発売になっていたように思えてしまう。

 〈「FAIRY TALE」が台湾チャート1位に輝き〉のあとに、〈その歌声に惚れ込んだイェンツィーが「日本のNO・1歌姫とデュエットしたい」と今夏、倉木サイドにオファー。〉と書いたら、そら誰でも台湾では先に発売していたって思ってしまうやん。

 『FAIRY TALE』は、台湾でも同日発売やったと思う。
 でも、その前にイェンツィーさんから連絡があって、その上で『FAIRY TALE』は台湾でも1位になったと正直に書いたら、時間経過は正しいけど、記事にインパクトがなくなってしまうもんなぁ。サンケイスポーツさんの記者さんも、仕方がなかってんやろな。

 ま、そんなことはさておき、とうとう倉木さんが他の歌手の人とデュエットしたってことはホントみたい。

 倉木さん、おめでと〜。
 「デュエット」したかったもんね。

 ぼくとしては、今回のイェンツィーさんとのデュエットが、次のデュエットにつながるものとワクワクしています。

 次のデュエットとは、もちろん宇多田ヒカルさんとのデュエット。

 『maikukkeyさんを巡る冒険』の掲示板は、今もgx51_saiさんやmaik1028Bさんの力で続いているからね。

 『maikukkeyさんを巡る冒険』
 http://messages1.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=
 1835008&tid=a1xmaikukkeya45a4sa4rbdda4kka81a1y&sid=
 1835008&mid=1&type=date&first=1

   ●

 今日買ったCD。

 『DEEP REVER』宇多田ヒカルさん

 『Deep River』『プレイ・ボール』『嘘みたいなI Love YYou』、いいなぁ〜。
 FM802さんでほとんど聴いたから知っている曲が多かったけど、それにしてもうまい。
 なんでこんな言葉が出てくるんだ、と感心しっぱなしです。

   ●

 昨日借りたビデオ。

 『變瞼(へんめん) この櫂(かい)に手をそえて』
 『人生は弦の琴の弦のように』

 どちらもアジアの映画らしい。
 『變瞼(へんめん) この櫂(かい)に手をそえて』とは中国で曲芸するおじいさんと子どもの話みたい。
 『人生は弦の琴の弦のように』は、1000回弦を切れば、目が見えるようになるという話みたい。

 これから見るとするか。

   ●

 これまた麻衣中毒さんが『倉木麻衣さんへの掲示板』で教えてくれたことだけど、倉木さんはスキーにトライしたみたい(わお、麻衣中毒さん、すみません。敬称抜けていました。DRIVEさん、ishiさん、おおきにです)。

 ええこっちゃ。

 はっきり言わせてもらおう。

 ぼくがスキーを初めてした日。
 民宿へスキー板をはいたまま帰ってきた。
 そしたら、民宿の前で微妙な坂があった。
 スキー初日のぼくは、自然にまかせた。
 微妙なその坂に乗ってしまったのだ。
 民宿の玄関が左3メートル先に見えていた。
 しかし、ぼくのスキー板は民宿の角、軒先の溝にささったまま。
 30分ほどにっちもさっちも動けなくなっていたことは、倉木さんにだけ吐露しておこう。

 倉木さん、スキー、リベンジして、あんまりうまくならないでね。
 

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2002年12月15日(日)
「台湾紀行」。


 倉木麻衣さんとデュエットしてくれた燕姿(イェンツィー)さん関係で少し。

 そういえば、『チェッカーお試し掲示板』の預言者(ニコッ)・mai=~-ェ-~=k2000@やっぱり我は預言者なりさん、どうもです(5281番)。
 もしかして、「中国の山口百恵さんのような」と教えてくれた人がイェンツィーさん?(うる覚えですみません)。
 もしそうだったら、ま・さ・に・預言者降臨。

 ハハーァー。

   ●

 この前読んだ司馬遼太郎さんの『台湾紀行』(朝日文庫さん)で印象に残っているところ。
 イェンツィーさんが活躍されている台湾のことを書かれた本です。

 〈「日本人は、寒い朝でも水で顔を洗う」
 と若いころの蒋介石が感心したというはなしを、中学校のころきいたことがある。

   (312ページより)

 〈「日本人は、その後、しっかりやっているか」
 といったぐあいに、なたで薪を割るような物言いで言う。
 「はい、日本はお国に戦争で敗(ま)けたあと、はじめは虚脱状態だったのですが、その後……」
 と、Aさんがいうと、老人は、さえぎった。
「お国とはどこの国のことだ」
「あなたの中華民国のことです」
「いっておくが、日本は中華民国に敗けたんじゃない」
「敗けたんです」
 変な話になった。
 この老人も、日本が連合国に降伏したということは、知っているはずである。その連合国のなかに、中華民国が入っていた。
「いや、敗けとりゃせん」
 と老人がいうのは、区々たる史実よりも、スピリットのことをいっているらしい。

   (277〜278ページ)

 〈「日本人にはもう大和魂(やまとだましい)はなさそうですな」
   (279ページ)

 〈「夫は日本人そのままの人で、まがったことが大きらいなんです。正しいことだけを通しきります」
   (347ページ)

 〈ところが、もう一度、昭昭さんは、
「日本はなぜ台湾をお捨てになったのですか」
 と、大きな瞳を据えていわれた。

   (349ページ)

   ●

 ぼくが印象に残ったのは、台湾の人が日本をどう見ているかということ。
 この本を読んで、こういうふうに日本のことを気にかけてくれている人がいることを知った。

 でも、そのきっかけは、日本という国が台湾を植民地にしていたから。

 台湾の中に日本語をうまく使える人がいるのは、「 吟日(ハーリー)族」(日本を好きな若者)がいるからだけではない。強制的に母国語を日本語にされていたせいでもある。

 もし倉木さんが、イェンツィーさんの「日本語がうまい」と思う時があれば、少し思い浮かべてほしいことだったりする。

 そして、ぼくはこの『台湾紀行』を読んでから、朝の洗顔の時、水が冷たくなくなりました。
 

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2002年12月15日(日)-2
そしてAくんがやってきた。


 この日記を2日休む前の晩のこと。

   ●

 人が倒れていた。

 会社帰りだったので、深夜0時すぎ。
 周りには誰もいない。
 ぼくの団地の中の小さな人工川にはさまれた道での出来事。

 倒れていた人は何かうめいているようだ。
 酔っ払って倒れている感じ。

 「見て見ぬふりをしよう」

 深夜遅く、寒かったので足早に歩いていた。
 その速度のまま、倒れている人の横を通りすぎようと思った。

 さあ、ダッシュ。

 と思った瞬間、前からこちらに来る人の影。

 アタタ。

 ここでダッシュして通り過ぎると、「あの人は、倒れている人を無視して行った」と思われてしまう。
 仕方がないので、ダッシュする方向を倒れている人の方向に向けた。

 「おじさん、大丈夫ですか?」

 声をかけた。
 ほぼ同時に、前から来た人も「大丈夫ですか?」と声をかけていた。

 倒れていた人は、頭から血を流していた。
 その倒れ方は前のめり。坂本龍馬さんのよう。
 倒れた時に頭をぶつけたようだった。
 かなり酔っていた。

 「わしは、そこの○○二丁目の○○ですねん。
  今日は大阪で会合があって、ちょっと飲み過ぎたみたいや」

 意識はしっかりしていた。
 それにしても、「○○二丁目」って。
 おじさん、それは線路の向こう側の町…。

 「救急車呼びましょか?」

 ぼくとともに様子を見に来てくれた人が言った。

 「あ、お願いします」

 こんな時に携帯電話が役に立つ。
 携帯電話を持っていないぼくは、初めてその必要な場面に遭遇した。
 走って家から電話をかけても5分とはかからないだろうけど、もしぼく一人だったら、倒れている人は不安になるだろうなぁ。

 救急車は5分ほどでやってきてくれた。

 「おじさん、一人で倒れたん?」

 3人きてくれた救急隊員のうち1人の人が聞いた。

 「ああ、酔ってまして転びましてん」

 よかった。
 そこでおじさんが、「この人たちに転ばされて」なんて言われた時には、ぼくらはお縄になるところだった。

 救急隊員の人たちが持ってきてくれた折り畳み式の担架におじさんがすわり込み、無事救出完了。
 おじさんはしきりにぼくらの名前を聞きたがった。
 でも、こんなところで名前なんか言ったら、心が痛む。
 救急隊員の人に「ご苦労様でした」とお礼を言われ、ぼくらは解散。

 と、思うと、ぼくの前から歩いて来た人は、ぼくと同じ方向へ帰るではないか。

 「家、こちらですか?」

 「ええ。実は…」

と教えてくれたのだが、その人は一度倒れていたおじさんの横を通りすぎたという。でも、気になってもう一度戻ってきたという。
 みんな同じやね。

 「いやいや、来てくれて助かりました。実はぼくも…」

 (見て見ぬふりをしよう)と思ったなんてことは飲み込んで。

 ぼくと同じ方向に帰った人は、Aくんという。
 年齢も教えてくれたのだが、「20歳」とのこと。

 「こんな遅い時間にどうして?」

と聞くと、「飲食店に勤めています。いつもこんな時間なんです」とのことだった。
 来ている服も、スーツ姿。
 20歳で深夜まで働いている人は、誰かさんだけじゃないんやね。

   ●

 ああ、それにしても。

 日本人全体はどうだか知らないが、ぼくには「大和魂」はないと気づいた夜だった。
 

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2002年12月15日(日)-3
アンケートを追加。


 一つアンケートを追加。

 『「key to my heart」のシングルカットを提案する』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai49

   ●

 さっき、映画『名探偵コナン』さんの2003年の主題歌をThe music 272さんで聞く。

 と言っても、メロディというか音だけ。
 読売テレビの諏訪プロデューサーの話している声にかぶさって流れただけなので、ほとんど聞き取れなかった。

 しかし、そのほんの少し聞き取れた音を聞いただけでも、今までにない音が聞こえた。
 雅(みやび)というか。日本古来の音楽というか。
 京都の時代祭や祇園祭の山鉾巡行のBGMにぴったり、というか。
 最近のJ-POPというか、日本の歌謡曲では聴いたことがない音がしていた。

 沖縄音楽というか、民族音楽の京都版というか。
 こういう曲をシングルで発売すれば、日本の音楽の軸がずれそうな気がする。
 それくらい、最近の歌では聴いたことがない音がしていた。

   ●

 とは、ちょっと誉めすぎだとは思うが、「全体像はどうなっているのだ」と思った。
 久しぶりに出来上がりが楽しみな音だった。

 後は歌詩。
 あの曲を生かすも殺すも、倉木さんの歌詩にかかっている。

 頼むよ、倉木さん。

   ●

 本日、午後7時58分からの読売テレビさん『特命リサーチ200X・2』は要チェック。

 『「間違ってる・あなたの会話方法…男と女がスレ違う本当の原因」
  恋に仕事に効果絶大▽呪いを解明』

 歌詩の参考になるかも、です。
 

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