OHHO日記

1999/11/21〜2001/10/13レイアウト更新〜 田熊孝浩

ポン!歌謡曲の雑誌「OHHO」オッホ・ネット版日記 【リンク・フリー】

2002年11月1日(金)
「YES or NO」。


 次の倉木麻衣さんの新曲、『Make my day』ではなく、『YES or NO』にしてくれへんかなぁ。

 そしたら、『FAIRY TALE』の『key to my heart』を気に入ってくれた人のハートを、ガシッとつかめると思うのに。

   ●

 それにしても、『「FAIRY TALE」収録曲の人気動向調査』の『(3)「発売1カ月後の人気曲」』は、すごいことになっている。デッドヒートだ。

 1位 19票「不思議の国」
 1位 19票「key to my heart」
 3位 07票「fantasy」

 『「FAIRY TALE」収録曲・人気の動向(3)「発売1カ月後の人気曲」』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai45

 『不思議の国』と『key to my heart』。
 どっちも今までの倉木さんのシングル曲になかった色の曲。
 そんな曲が、じっくり聴いた後に支持されるようになるとは。

 それにしても、この1〜13までの並び方って、いったい何なの?

 シングル曲で上位に入っているものは1曲もないやん。全部9位以下やん。
 これって、GIZAさんのシングル曲を選んでいる人は、外しまくってきたってこと?
 その時々に発売するシングルにそれぞれの発売理由があるとは言え…。

 う〜む

   ●

 普通、アルバムの人気曲と言うと、最新シングル曲が上位にくるもの。
 ダントツでトップを飾るっていうものヨ。

 「アイドル」と「アーティスト」を見分ける簡単な方法は、シングルがよく売れるか、アルバムがよく売れるかの違い。
 井上陽水さんや吉田拓郎さんを支持した世代は、その違いがあることに胸を張っていた。

   ●

 それにしても、シングル曲を除くと、上位に来ているのは全部、大野愛果さんの曲。「オミゴト」。

 徳永暁人さんがこの途中経過を見ると、気を悪くするだろうなぁ。

   ●

 ここまで偏っているのは、ヒットカウンターを覗いてくれている人の趣味の偏り?
 それとも?

   ●

 今日もまだ、GIZAさんのサイトがつながらず。
 倉木さんの公式サイトも枠だけ出て、そこから先に進まない。

   ●

 昨夜、大阪・天六のTSUTAYAさんに再び寄る。

 そうすると、見本CDは6枚ほど立てかけてあった。
 発売日はもっとあったと思うが、このお店でも買えるようになっていた。よかった。
 他のお店では、まだ山ほど残っているところがあるんだからね。

 でも今度は、倉木さんのCDの隣りにあった矢井田瞳さんの見本CDが空になっていた。

 いったい全体、この天六のTSUTAYAさん。
 どういう仕入れ方をしているのだろうか?

   ●

 昨朝(10月31日)は、FM802さんのヒロTさんの番組で『不思議の国』がかかる。

 リクエストしてくれた人のメッセージが、「AM、PMの由来」についてのものだった。

 前日にヒロTさんが教えてくれたことを知り合いの人に自慢しようとした。
 「AM、PMってどういう由来があるか知ってる?」
 で、説明しようとすると、ヒロTさんが教えてくれたことをすっかり忘れている。
 仕方がないので、知り合いの人に言ったのは、

 「オレも知らんねん」

 そのずっこけぶりに、思わずぼくは吹き出してしまった。
 ヒロTさんはそこで、『Winter Bells』ぶりとも言える声で言ってくれた。

 「そんな○○さんからいただいたリクエストは、くらき、まいっ!ちゃんの『不思議の国』」

 やっぱ、ヒロTさんの「まいっ!ちゃん」は、日本一の呼び方だと私は思う(私の「日本一」はけっこう狭い)。

   ●

 今日(11月1日)で、ちょうどMっちが辞めた日から1週間が経つ。

 昼休みの村上給食さんのお弁当が1つに減ってから、1週間ということか。

 最後の日は「せつないなぁ〜」と言い合ったけど、Mっち、ガンバってるか?
 

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2002年11月1日(金)-2
「く〜まん」。


 あるホームページを教えてもらった。

 流行っているのかな?

 ぼくは育てていると、最後は「にゃ〜まん」になって「かるかん」をもらったのでした。

 『く〜まん』さん(勝手にリンクしてすみません)
 http://www.max.hi-ho.ne.jp/s0112/k-man/k-egg000.html

 (途中にあの「くま」が出てくるよ、と教えてもらったのだけど、「にゃ〜まん」になってしまうとは)

   ●

 GIZAさんや倉木さんの公式ホームページにつながる。
 昨日までつながらなかったのは、ぼくの家のパソコンがへんだったのだろうか?
 

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2002年11月2日(土)
「場所(プレイス)」。


 はうっ。

 もう全部言われてしまった。

 『チェッカーお試し掲示板』の緋色さん、どうもです(4690番)。

 〈 なるほど「場所(プレイス)」ですか。
ひと言で「場所」と言ってもいろいろな方向性がありそうですよね。
連想していくと広がっていくだろうし・・・
「閉ざされた場所」→「飛び出す」→「自由」
「振り返れない場所」→「哀しい過去」
「自分の家」→「戻れる場所」
「通学路」→「変わらぬ日常」
「見知らぬ場所」→「冒険」
「自分の居場所」→「愛する人達」とか(//▽//)・・・うん、面白いかも☆


 もー、全部言われてしまった。
 というより、ぼくが思ってもいなかったことまで教えていただいた。
 緋色さん、おおきにです〜。

   ●

 あと「場所(プレイス)」のことを言えば、その「場所」だけでなく、「場所」と「場所」をつなぐものは何かとか、「場所」から「場所」で移動する交通手段は何かとかも考えていけば面白いかな〜(移動手段は、電車?自転車?失恋?裏切り?卒業?それとも風?

 とか、いろいろ倉木麻衣さんたちに発想をしてもらったら、どんどんすごい発想が生まれてくると思うのですね。

   ●

 で、なんで「場所(プレイス)」と思ったのかというと、倉木さんはサードアルバム『FAIRY TALE』でおとぎ話をコンセプトにしました。
 でもコンセプトはそれだけではなく、もう一方、裏の方では「季節」も大きなテーマだったような気が…。

 冬→『Winter Bells』
 春→『Loving You…』
 夏→『Feel fine!』
 秋→『Like a star in the night』

 (あ、簡単に4つの季節が埋まってしまった)

 「季節」を取り上げたのだから、まだ具体的に取り上げたことのないテーマは「場所」ではないかと。
 それも、具体的な地名が浮かんでくる「場所」。
 具体的な地名は、今までの倉木さんの詩にはなかったような…。

   ●

 今日、ヤフーさんで「よい子の歌謡曲」さんと「梶本学」さんで検索をしていたら、松田聖子さんの作詩をされていた松本隆さんのホームページにたどり着きました(あーあ、なんかぼくが例に出すのはいつも松本隆さんばかりだなぁ。あ、この前は阿久悠さんもあったっけ?)。

 『風待茶房』さん(←松本隆さんのホームページ)
 http://www.kazemachi.com/

 そのホームページの中で、松本隆さんと松たか子さんの対談も掲載されていました。

 『カフェのお客さま 松たか子さん』
 http://www.kazemachi.com/cafe/008/index.html

 その対談の最後の方で、松さんは〈聖子さんの詞で言葉を覚えた。〉と話されています。
 引用させていただきます。

 〈 (前略)私は、松本さんの詞で覚えた言葉がいっぱいありますよ。
松本 「林檎」っていう字を覚えたとか(笑)。
 それが本当なんですよ。あとは「セイシェルの夕陽」とか、そういう地名も。そんな風に聖子さんの歌で知らない言葉が聞こえてくると、歌詞カードを見て、そうすると松本さんのお名前があって。知らない言葉からいろんなことを想像するという楽しみは、松本さんの詞で知ったような気がしますね。

 ここで松さんが例を出されたのは〈セイシェルの夕陽〉。
 こんな具体的な地名を、倉木さんが詩の中取り入れることができればどうだろう?
 今までの「観念系」「実録系」「想像系」の歌詩とは違った世界を、ぼくらは見ることができるのではないか。

 そして歌詩に具体的な地名があれば、実際にその場所を訪れた時に別のイメージもつけ加えることができる。
 詩が歌の中だけで完結するのではなく、実生活の中に入り込むことができる。
 今まで以上に、倉木さんの詩の世界が大きく広がりを持つようになるのではないか。

 そんなふうに思いました。

   ●

 でも、具体的な地名を出すからと言って、倉木さんがその場所を訪れる必要はありません。
 松本隆さんと松たか子さんの対談からもう少し引用させていただきます。
 〈セイシェルの夕陽〉の話の続きです。

 〈松本 ちなみにそれは(筒美)京平さんがセイシェルから絵はがきをくれて。それを見てるうちに、「これだ!」と(笑)。
 あとで雑誌とか読んでるときに、「あ、ここがセイシェルなんだ」って知ったりすることって、本当に多いですよ。
松本 でも大瀧(詠一さん)と「カナリア諸島にて」を作ったあとで、カナリア諸島に行ったら、そこが川崎みたいな工場街で、泊まるところあたりは熱海みたいだしで、「ああ、オレは嘘を書いてしまった」って後悔したことがある(笑)。でも、別の島にちゃんとリゾート地があって、そうしたらちゃんと防波堤もあって、海に向いたテラスのある家もあるようなところだったんで、「ああよかった」って(笑)。

 松本隆さんはカナリア諸島へ行ったことがなかったのか。
 それであの『カナリア諸島にて』が書けたとは。
 想像力ってすごい。

 それにしても、松本さんが〈「ああ、オレは嘘を書いてしまった」〉と思われたことがあったなんて、この対談を読んで初めて知りました。
 後日談って面白いなぁ。

 後日談と言えば、もう一つ。
 今度は松本隆さんが詩を書かれていた松田聖子さんのことです。
 さらに、松本隆さんと松たか子さんの対談を引用します。

 〈 (笑)。「赤い靴のバレリーナ」って曲がありましたよね?
松本 うん。
 あれって歌詞カードの幅がすごく細いんですよ、歌詞の1行1行の長さがとても短い(笑)。どうでもいいことですけど、それをすごく覚えてて(笑)。
松本 覚えてないなあ。
 なぜかそんなことが印象に残ってて。すいません、ろくなこと言えなくて(笑)。
松本 いや、そんなに細かく歌詞カードを読んでもらえた光栄です。実は、聖子さんってめったに感想を言わない人なんだ。いつも詞を気に入っているのか気に入ってないのか、よくわからない。でも、「赤い靴のバレリーナ」のときだけ、「どうして私のことがこんなによくわかるんですか?」って言われたのを覚えている。
 あと、結局調べるまでには至らなかったですけど、「ディンギー」って何だろう? とか。
松本 それは聖子さんからも訊かれたんだけど、ヒットして1年くらい経ってから、「松本さん、そういえばディンギーって何ですか?」って(笑)。「え!? この人は知らないで歌ってたのか」ってびっくりした記憶がある。
 すいません、いまだに知らないままで(笑)。
松本 一人乗りの小さいヨットのことなんですよ。ウィンド・サーフィンのボードとヨットの中間くらいの。
 小さい頃、「風を切るディンギー」って言葉がわからなくて、「切る」っていうのがどうしても「木を伐採する」ほうの「切る」に思えてしまって(笑)。でも、「風を切るディンギーでさらって」だから、それじゃあさらえないしいなあって、ずーっと考えてました(笑)。
松本 帆で風を切る、だったんだけどね。
風待ウェイトレス でも一人乗りのヨットだったら、さらっても乗れませんよねえ?
 ホントだ(笑)。
松本 詞なんだから、そういう細かいことは言わなくていいんだよ(笑)。
(2002年晩夏)


 ま、ま、松田聖子さーん。

 しかし、ここを読んで、今新たに、松田聖子さんのすごさを思い知らされてしまった。

 あれからもう20年くらい経った今まで、「松田聖子さんは歌詩の単語の意味がわからなくて歌っているぞ」なんて指摘をした人を、ぼくは知らない。

 まんまとぼくらが楽しくだまされていたのか、それとも、松田聖子さんは単語の意味を具体的に知らないからこそ、深いイメージをぼくらに伝えることができたのか。

 松本隆さんはカナリア諸島に行ってないのに、『カナリア諸島にて』を書いた。

 松本さんがカナリア諸島を想像しながら詩を書く。
 ぼくらはCDで、松本さんが書いた『カナリア諸島にて』聴いて、カナリア諸島を想像する。

 そんな見えないところでの想像と想像がクロスしたりすると、その曲は幸せな曲になるのだろうなぁ。

   ●

 話はどんどんそれていきますが、『チェッカーお試し掲示板』のゆーさくさん、どうもです(4506番)

 〈蒸し返すようで気が引けるのですが、以前の日記で
「倉木さん(の言葉)はループしはじめているのでは」
と書かれていましたよね。

雑誌「CD HITS!」12月号はご覧になりましたでしょうか。
倉木さんのインタビューが載っているのですが、
以下少し引用させていただきます......

「言葉に関しては、やっぱり同じものを絶対、使ってしまうから……。
 でも、たとえ同じ言葉を書いたとしても、その意味や重さが違っているなら、
 そのまま歌詞として歌っていいと思うんです。」

ということだそうです。
倉木さんにとって「my heart」---自分の気持ち、は
常に表現の核としてあるんじゃないでしょうか。


 遅くなりましたが、ゆーさくさん、この記事、この記事。
 『CDでーた』さんとどっちを買おうか迷っていて、この部分が目にとまったから、ぼくも『CD HITS!』さんを買ってしまいました。

 で、ここを読んで思ったのは、「倉木さん、逃げてる」
 というか「言い訳してる」

 でした。
 で、この記事を読んだあと、サードアルバム『FAIRY TALE』を聴きました。
 今のところ歌詩カードはほとんど見ていなくて曲だけを聴いているのですが、同じ言葉を使っているとはっきりわかったのは、1カ所だけでした。

 その1カ所は、『key to my heart』の

 ♪交わす言葉 暗い道 照らす

と、『不思議の国』の

 ♪光る道をただ進めばいいから

だけ。
 「あ、どっちも、道が明るいんだ」と思ったこの1カ所だけでした。

 「夢」って単語を乱発しているんだろうなぁ、と思っていたのですが、そこではひっかかりませんでした。

 〈でも、たとえ同じ言葉を書いたとしても、その意味や重さが違っているなら、そのまま歌詞として歌っていいと思うんです。そういう意味でも、言葉って重要なんだなと、今回あらためて実感させられました
   (『CD HITS!』2002年12月号48ページより)

 と倉木さんが言ったこと。
 歌詩には同じ言葉を使っていても、その言葉に込めている感情を、倉木さんは歌う時に微妙に変えているから、ぼくは気づかなかったのかなぁ?

   ●

 でも、この同じ言葉を使うということは、ぼくにはやはり「逃げ」としか思えなかったりします。
 今はまだ、いろんな言葉の貯金が倉木さんにないから、同じ言葉の繰り返しになってしまっているんじゃないか、と。

 そういうぼくも、あんまり言葉をしらないから、これからいろいろ見たり聴いたりして、「こんなのもあるよ」とか「これはどう?」とかいう感じで、倉木さんがまだ使っていない言葉や表現を、倉木さんたちに伝えられたらなぁ、と思います。

   ●

 それにしても、この松本隆さんのホームページは面白い。

 はうあ

 松本隆さんと筒見京平さんや大瀧詠一さんとの対談もあるやん。

 うおー

 や、や、薬師丸ひろ子さんとの対談もあるぞ。
 最近、テレビCMでいきなり流れてきて腰を抜かしそうになったあの名作『Woman“Wの悲劇”より』の秘話もあるのではないか。

   ●

 それではしばし、松本隆さんのホームページへ行ってきま〜す。
 

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2002年11月2日(土)-2
戻ってきました。


 深い、ふか〜い。

 ってことで、松本隆さんのホームページを読んでて、ハッとした話を2つ引用。

   ●

 まず一つ目は、松本隆さんが薬師丸ひろ子さんに言った人生のアドバイス。

 〈松本 ぼくなんかとくに、歌謡曲の人たちの作詞を始めたときに世間に悪く言われたりしたし、自分でも今までやってたことと正反対のところに行ったような気もしていたんだけど、でも時間が経ってみると、ちゃんと理解者たちが周りにいてくれる。これもひとつひとつの積み重ねだったんだなあ、と思うからね。あとは「採点者を他人にしないこと」ということかな。必ず、自分の点は自分でつける。「今日の私は80点だったな」とかね。「他人が褒めてくれたからいいや」、「他人にけなされたからやめた」、ではなくね。

 『カフェのお客さま 薬師丸ひろ子さん』
 http://www.kazemachi.com/cafe/006/index.html

 〈必ず、自分の点は自分でつける〉。

 これができていれば、間違えずに「光る道」を進んでいくことができるんだろうなぁ。

   ●

 もう一つは、大瀧詠一さんが語る歌唱力について。

 〈大瀧 で、松本の詞っていうのはまばゆいわけだ。それを歌うっていうのは、どこが光ってるかどこが光ってないか、白黒映画の陰影の見せ方みたいなものに気配りしなきゃダメなんだよ。それは水面がきらきら光ってるようなものだから。乱数で光る。だから必ずこの1行は光ってる、とかいうものじゃないんだ。それを表現できる歌手は世の中にそうはいないね。だから、おれはのんべんだらりとした詞がくると歌いづらいんだ。大きく太くくくった詞は張り合いがない。でも松本の場合は1小節の中に白と黒の光がぱらぱらぱらって光るんだ。ここは明るい、ここは暗いって。そして、そういうふうに丹念に歌わないと詞が生きないんだ。生きないというか、さらなる魅力を増さないというか。自慢じゃないけど、おれは最初っからそれがわかってたんだ。
松本 最初って?
大瀧 「十二月の雨の日」から。おれは前々から自分のことをヴォーカリストとして歌がうまいと思ってたんだ。だから、松本の詞を歌うようになって−−この話もカットだよ(笑)−−「はいからはくち」にしても「十二月の雨の日」にしても、一度全部ローマ字にしたんだ。音(おん)で分解する必要があったから。そのローマ字の母音と子音を見ながら、どこを光らせてどこを暗くしてってやって、歌うときは全部当然忘れるんだけど、完全な没我状態になれる前までリフレインするんだ。並大抵のことじゃないよ。
松本 母音を明るくしてとか?
大瀧 母音を明るくして子音を暗くするのはあたりまえなんだけど、たまにひっくり返したりね。子音も強くするのと引っ込めるのと考えて。だから松本・大瀧作品で大瀧が歌ったものは絶対に飽きない。それはなぜかというと、キラキラ光る部分が毎回違うように、乱数になるように仕掛けてあるから。他の人が歌ってもああはならない。
松本 歌唱力だ。
大瀧 それも「誰かに比べて」の歌唱力じゃないよ。自分の、歌唱力、という意味だよ。

 『カフェのお客さま 大瀧詠一さん』
 http://www.kazemachi.com/cafe/004/index.html

 そうか、そうだったのか。

 〈だから松本・大瀧作品で大瀧が歌ったものは絶対に飽きない。それはなぜかというと、キラキラ光る部分が毎回違うように、乱数になるように仕掛けてあるから。他の人が歌ってもああはならない。

と大瀧さんが話していること。

 大瀧さんの歌も飽きないが、倉木さんの歌にも飽きない歌があったりする。

 なぜ飽きないかを考えてて、「無心」や「一生懸命さ」が倉木さんの歌には込められているから、とその理由を考えていた。
 けど、この大瀧さんの〈キラキラ光る部分が毎回違うように、乱数になるように仕掛けてある〉という表現にびっくり。

 ダイアモンドがキラキラ輝くのは、光の角度で輝く向きが変わる「ダイアモンドカット」がなされているからだということに、初めて気づかされたのでした。

 〈乱数〉かぁ。

 言い得て妙の、いい表現だなぁ。
 

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2002年11月2日(土)-3
豊臣秀吉さん。


 今日は、ブックオフさんで3冊の本を買う。

 『社長が送り続けた社員への手紙』渡邉美樹さん著(中経出版)
 『台湾紀行』司馬遼太郎さん著(朝日文庫)
 『“つかみ”の大研究』近藤勝重さん著(新潮OH!文庫)

 その中でも『社長が送り続けた社員への手紙』は、こんな文章があったので、買ってしまった。

 〈講談師の話だから本当か嘘かは知らないが、面白い話を聞いた。豊臣秀吉が幼い頃の話である。
 重い大八車を引いていた時、目の前に急な坂道があらわれた。秀吉は、これは一人では無理だと考え、誰かに助けを求めようとしたが、誰も「忙しい」と言い、相手にしてくれない。秀吉は、世の中は冷たいものだなと考えた。「よし、それなら自分一人で」と、一人で坂道を上ろうとした。
 ところが、小さい秀吉が力いっぱい引いても、大八車は動かない。何回も何回も挑戦しているうちに、まわりに人が集まってきた。「おい、坊主、頑張ってるな。よし、俺も押してやろう」と、助けてくれる人があらわれて、大八車は坂の上まで上った。
 秀吉はその時、「人に頼めば、人は振り向いてくれず、自分が頑張れば、自分でなんとかしようと思えば、人は助けてくれる。世の中とはこういうものだな」と気づいたという。

   (渡邉美樹さん著『社長が送り続けた社員への手紙』81ページより)

 倉木麻衣さんは、ここで書かれている「頑張っている豊臣秀吉」さんなのだろう。
 このことに倉木さん自身気づいているかどうかはわからないが、倉木さん自身が頑張らず、他の人の力だけに頼ろうとすると、終わっていくのだろうな。

 坂道で重い大八車を引っ張っている倉木さん。
 大八車を引っ張りあげたいのなら、みんなで後ろから押してあげよう。
 でも、引っ張るのに疲れたら、ゆっくり休むといいやん。

   ●

 それにしても、Tシャツへのサイン、焦ってるだろうなぁ。
 ライブツアーも始まったからなぁ。

 200枚くらい年賀状に「お元気ですか?」と一言ずつ書くだけでもくたくたになる。
 なのに、かさばるTシャル。その上、数も200枚どころじゃあるまい。

 でも、「あれはスタッフが書いている」なんてことを言う人がいる。

 最近、一番辛くなるのは、そういう書き込みを読んだ時だな。

   ●

 で、hashibaさん、あの豊臣秀吉さんの講談師さんの話は本当の話なのですか?
 

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2002年11月3日(日)
大八車。


 『チェッカーお試し掲示板』のhashibaさん、どうもです(4753番)。

 な〜るほど。
 「大八車」って江戸時代に考案されたものだったのですか。
 となると、豊臣秀吉さんがいたその前の時代となると…、なのですね。
 どうもありがとうございました。
 寓話だけ教訓にしたいと思います。

   ●

 昨日ようやく「HOTROD本(『HOTROD BEACH PARTY Book Edition 2002』)」を読む。

 「本に写真はいらない文章だけでいい」と思いこんでいるので、ぼくとしては、前の「初ライブ本(『Innocent Live』)」の方がドキドキする。

 「HOTROD本」は写真集で、「初ライブ本」はドキュメンタリーという感じかな。

 ライブに出演した人たちのいろんな葛藤やエピソードが、リハーサル開始前の出演決定時からあったと思うのだけど、その部分がほとんど載っていない。
 がっくり。
 最後に出演された方々のコメントが載っているが、それだけでは物足りなかった。
 このメンバーの中からこれから大きくなる人が出るかもしれないのに、その最初の第一歩を全くフォローしきれていないのは、もったいない気がしました。

 でも、そんな「HOTROD本」の中で、異常に面白い記述があったので、少し紹介。

 それは言うまでもなく、倉木麻衣さんのところなのだけど、これがまた爆笑させていただきました。以下、引用。

 〈一番印象に残っているハプニングは…
(中略)
第一位!! MC連発ミス(笑)。「それでは一緒に盛り上がっていき、いき、いきましょうー!!」とかね…リミックス風になってたり(笑)。

   (『HOTROD BEACH PARTY Book Edition 2002』85ページより)

 ここで一笑い。
 つっかえたことを〈リミックス風〉と表現したことに、「おぬしヤルな」と感心。
 しかーし、その後に二段構えで笑いが用意されているとは、思いもしなかった。

 〈あと、淡路で一番最後に「今日来てくれた人々」って言ってしまったんですよ……この“人々”って言葉、後悔しています。「皆さん」って言えばいいのに、なんか演説みたいですよね。あ〜〜、後悔。(後略)〉

   ●

 ぼくは淡路夢舞台の会場に行っていないからわからないのですが、倉木さんはそう言ったのでしょうか?

 なんか一つ、「HOTRODライブ DVD」を買って見るときの楽しみが一つ増えました(まだDVDプレーヤーを買えてないのだけど)。

 それにしても、いったい全体どこから「人々」って言葉が浮かんでくるのだろう?
 不意をついて出たその言葉に笑い、そしてそう言ったことを後悔していることに、これまたニンマリと笑ってしまいました。

   ●

 11月6日(水)の奈良ライブでも、是非とも「今日来てくれた人々〜」ってお声をかけていただきたいと思いました。
 

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2002年11月4日(月)
オリコンデイリー1位復帰。


 めちゃくちゃ寒かった。
 テレビニュースによると、12月のクリスマスくらいの気温だったとか。

 空の雲も、川のような帯状。へんな形の雲だった。

   ●

 そんな日に三重県の名張に行く。

 名張に行くといつも寄るのが桔梗ケ丘にあるスーパー「アピタ」さん。
 1階のおいしいパン屋さんで「ミルクパン」らしきパンを買い(カマンベールパンだったかもしれないが)、同じ階にあるCDショップさんにも寄る。

 あれ?
 倉木さんのサードアルバム『FIARY TALE』のポスターが貼ってないぞ。

 ということで、お店の周りをぐるっと回るが、どこにもポスターが貼っていない。

 あ、あったあった、と思ったのは、1枚のチラシ大くらいのポスターだけ。

 ありゃりゃ、このお店はプッシュしてくれてないんだ。
 やっぱ、三重県だもんな、GIZAさんの地元の大阪じゃないもんな。

 そう思いながらお店に入ると、すぐ右手に大きなポスターが貼ってあった。

 あったやん。

 そこが『FAIRY TALE』のコーナーだったようだ。

 しかし

 しかし、ですよ。
 そのコーナーには、『デリシャス・ウェイ』や『パーフェクト・クライム』が置いてある。

 ん?

 と思っていたら、それらのCDの前に1枚の紙が。

 「『FAIRY TALE』は品切れにつき…」

 わお
 こんな三重の名張でも。

   ●

 大阪の天六でも、この三重の名張でも、どこもかしこも、なんで品切れになってるの。
 ちゃんと最初に発注しといてよ。CDの卸し屋さんが売れ行きを読み間違ってしまうやん。

 その前に発売されたシングル『Like a star in the night』があんまり売れてないから、甘くみてたのかなぁ?

   ●

 それにしても、『FAIRY TALE』は不思議なことに、発売からだいぶ経ってからも、ラジオで特集が組まれている。
 今週の金曜日には、FM802さんの久保田コージさんの番組でも特集してくれるそうだ(久保田さん、ありがとうございます)。

 いつもだったら、発売直前とか直後に集中的に特集が組まれるのに、『FAIRY TALE』はほんと不思議。

   ●

 と思いながら、三重の名張から帰って、ライコスさんが発表したオリコンさんのデイリーランキングを見た。
 『FAIRY TALE』が1位に返り咲いている(11月3日付)。

 『ライコス ランキング オリコン調べ』さん
 http://news.lycos.co.jp/ranking/cd_album_daily.html

 CDショップさんで品切れになっているお店を2軒も見たのは初めてだった。
 だから、「さもありなん」と思ったが、品切れのお店があると売れないのじゃないの? この1位もすぐに下がっちゃうのね。
 うまいこといかんなぁ。

   ●

 それにしても、『FAIRY TALE』は繰り返して聴きたい曲が多いアルバムだなぁ。
 

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2002年11月5日(火)
明日は奈良ライブ。


 明日は倉木麻衣さんは奈良。
 ぼくは大阪。

 ま、そんな時もあるわなぁ。
 (くぅ〜)

   ●

 「『なら100年会館』の中って、どんなのだろう?」と思っていたのだけど、そこの舞台に倉木さんが立ってくれる。
 この上なく、光栄であります。
 この心眼で、しっかりと見させていただきます。

   ●

 『「FAIRY TALE TOUR」友の会』にも書き込んだけど、なら100年会館の近くには、メチャクチャおいしいコロッケ屋さんがあります。
 「岡西精肉店」さんです。
 もう〜、中の具のお肉の味がしっかり残っているのよ。
 冷めてもおいしいのよ。
 お腹がすいたら、倉木さん、並びにスタッフのみなさん、是非(といっても夜まではしてないと思うけど)。

   ●

 『FAIRY TALE』も運よく1位に返り咲いたことだし、明日はいい気持ちで迎えられそう。

 奈良は寒い寒いという話をよく聞くけれど、そんなことはございません。
 奈良が寒ければ、大阪も寒い。
 逆に、朝、大阪に着いて、JR環状線の天満駅に降りた時が一番寒いのではないでしょうか?

   ●

 倉木さん。
 明日は、奈良の大仏さんと、「せんべいくれくれ」とおじぎをする鹿さんたちによろしく〜。

 (バンビはいるかなぁ〜?)
 

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2002年11月6日(水)
今日は奈良ライブ。


 今日(11/6)は奈良ライブの日です(なら100年会館さんで)。

 今日の奈良は晴れてます。
 昨日みたいな寒さもなく、穏やかな気候となっています。
 (でもライブは夜なので、あったかめの服装できた方がいいかも)

 今日のライブに参加されるみなさーん、倉木さんやスタッフのみなさんと楽しんできてね〜。)

 と、『倉木麻衣さんへの掲示板』にも書いたことと同じことを書いておこう。
 『友の会』が開かないのよね〜。

   ●

 そんな日に、こんな記事があることを教えてもらう。

 〈ウンチ入りの封筒に駅員も“フン概”

 銀行の封筒に札束に似せた形の「うんち」を入れて放置するといういたずらが、大阪市営地下鉄谷町線中崎町駅構内で相次いでいることが30日、分かった。
 同市交通局によると、最初の被害があったのは9月20日ごろ。駅構内の女子トイレで封筒を拾った女性が駅長室に届け、職員立ち会いのもと開封してみると、中から1万円札100枚分ほどの大きさに膨らんだ新聞紙の包みが現れた。職員が包みを広げてみると、なんと中身は札束ではなく、札束に見えるように形を整えた「うんち」だった。新聞紙には消臭剤が吹き付けてあり、開封しないとにおいはしなかったという。女性はショックを受け、無言で立ち去ったという。
 同25日にも、駅の階段から同様の封筒が見つかり、開封した途端においが充満したため、駅員も“フン慨”した様子。
 交通局は「トイレに間に合わなかった人のものや、いたずらで置かれた動物の『うんち』がホームに落ちていたことはたまにあるが、こういう手口は初めて」と苦笑い。駅構内にポスターを張り、「運」のない拾得客がこれ以上出ないよう、注意を呼びかけている。

   (『日刊スポーツ』2002年10月31日より)

 『日刊スポーツ』さん
  http://www.nikkansports.com/news/society/
  p-so-tp0-021031-03.html

 これはぼくがつついて、ニオったうんちではないか。

 うーむ(今日はついてる)。
 

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2002年11月6日(水)-2
ふー。


 ふー。

 (ため息)

 ふー。

 (ため息)

 ふー。

 今日の奈良ライブは当日券が出たそうだ(Shige!さん、おおきに)。

 しかも、開場が遅れているという。

 ふー。

 (ため息)

 もうアンコールにも間に合わない午後7時40分。

 ここ大阪・天六から奈良の会場までは実質1時間半かかる。

 ふー。

 (ため息)

 けど、いきます。

 倉木さんが来てくれた「なら100年会館」さんへ。
 今日はどんな遅くなっても行かせていただきます(明日になってるかもしれないけど)。

 それにしても、遅刻しすぎ。

 ♪きっと君はこない〜

 の「君」は、その時あせっていたのだろうか?

   ●

 あーあ、アンコールの時間には会場の外にいるから、そこまで聴こえるように歌って、と書こうと思っていたのに、なんてこった。
 

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2002年11月6日(水)-3
さあ行こう。


 結局、待ってた仕事は、今日は段取りがつかないことになった。

 「それならそうと」という感じだけど、ま、そんな時もあるわな。

 さあ行こう。

 ただ今、午後8時15分。

 「なら100年会館」さんに行ってきま〜す。
 

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2002年11月6日(水)-4
奈良ライブ、サイコー。


 行ってきた〜。

 奈良ライブ、サイコー。

   ●

 午後8時40分すぎ。
 運よく奈良行きの快速急行が来る。
 近鉄鶴橋駅。
 あとは、生駒、学園前、西大寺の駅を越えるのみ。

   ●

 奈良駅で降りるか、新大宮駅で降りるか、迷った。

 「なら100年会館」に行く道は、ぼくは奈良駅からしか知らない。
 しかし、奈良駅だと、「なら100年会館」の場所を通り過ぎ、戻る感じになる。
 時間が惜しい。
 新大宮駅で降りた。
 乗り越し料金150円。

 向いのホームを見る。
 ポスターやパンフレットらしきものを持っている人はいない。
 これは!

 もしかして、もしかするのではないか。
 午後9時15分。

 そうなると走らねばならない。
 しかし、やみくもに走っては行きすぎて奈良駅に着いてしまう。
 そんなことになったら人様はどういうか。

 「元の木阿弥」

   ●

 すり足で駆けながら、まず南下。
 そして大きな道を奈良駅方面(東)へ。
 そしてまた南下。
 そしてまた東へ。

 これを人様はなんというか。

 「ジグザグ歩行」

   ●

 そんなことを言いながらも、ぼくの耳には『FAIRY TALE』が流れているのである。

 スーツであるよ。
 スーツ姿でありながら、上着のポケットにCDウォークマンをこじいれている。そして、『FAIRY TALE』を聴いているのであるよ。

 (ちょっとスーツのポケットがふっくら)

   ●

 道の両側には街灯がなくなり、前には信号の明かりだけ。
 と思ったら、浮かび立つ、魚のような建物が見えた。

 わー、なら100年会館だ

   ●

 その建物は暗かった。
 ああ、終わっている。
 ライブは終わっている。

 しかしよく見た。

「これ裏側ちゃうん?」

 そう、ぼくは裏側の新大宮駅側から走ってきたのだ。忘れてた。

 少し東側へ移動。

 あ、スタッフの人らしき人影が見えた。
 腕章をつけている。
 きっとスタッフの人だ。
 その数、約1名。
 いや、きちんと1名。
 確かに1名。

 あれ?
 前の大阪城ホールの時は大量のスタッフの人たちが外にいたはずなのだが?

   ●

 明かりが見えた。
 会館の明かりがついていた。
 しかもコウコウとついている。
 「ごっつい建物やなぁ」。

 なら100年会館の玄関は、高い天井まで吹き抜けていた、全面ガラス張りだった。
 そのガラスの向こうには、明るい電気がコウコウとついていた。

 あっ、スタッフの人たちだ。
 黒いTシャツかトレーナーらしきものを着た人たちが4人、5人、6人ほど、玄関の中のホールみたいなところにいる。

 間に合った。
 ぼくは、奈良ライブに間にあったんだ。

   ●

 奈良ライブはサイコーでした。
 会場の周りにはゴミが一つもありませんでした。
 サイコー、奈良ライブに参加した人々、サイコー。

   ●

 明かりがついた玄関の前に行った。

 「自動ドアからどうぞ」

 ガラスにそんなステッカーが貼ってあった。
 「自動ドア」と書かれている扉の前に立った。

 ん?

 右側にあるもう一つの自動ドアの前に立った。

 ん?

 決定的瞬間だった。

 ライブは終わっている。

   ●

 コウコウと明かりがついた玄関の内側では、黒い上着を着たスタッフの人たちが忙しく動いていた。
 ポスターを吊っていたらしき金属棒を下げている人。
 段ボールのところへ何かを運んでいる人。
 玄関から見えないところから来て、またそちらの方に戻っていく人。
 ぼくは玄関の外から確認させていただいた。

 倉木さん。
 倉木さんの知らないところで、いろんな人が倉木さんを支えてくれてるね。

   ●

 ぼくは、そこでやっと気がついた。

 倉木さんたちは奈良に来てくれたんだ

   ●

 開かない自動ドアを背にした。
 会場の外にいた1人のスタッフらしき人がいた。
 誘導用に使ったであろう鉄のポール(というのかな?)を一カ所にまとめていた。

 ぼくは聞いた。

 「もう倉木麻衣さんのライブは終わったのですか?」

 「ライブ」と言うか、「コンサート」と言うか、少し迷った。

 「ええ、もう終わりました」

 「そうですか。終わりましたか」

 そうだ。ぼくはこのことを伝えるためにここまで来たのだ。

 「奈良にきてくださって、ありがとうございます」

   ●

 は?

 という顔をされた。
 「すいません」と謝ってもくださった。
 でも、ぼくとしては、もうライブが終わったと言ってもらったから、倉木さんたちが奈良に来てくれたことを確認できた。
 それがとても、とても嬉しかった。

   ●

 なら100年会館の玄関の前には、大きな階段があった。
 もうその時間はほとんど電気がついていない(午後9時半くらい)。
 階段の両側に足元を照らす小さな明かりがあるだけ。

 その階段をのぼり、手すりに持たれながら、なら100年会館を見た。
 「でかい」。

 そんな中で倉木さんたちがライブをしてくれたんだと、喜びながら、『Ride on time』をCDウォークマンで聴いた。

   ●

 そうそう。
 なら100年会館の玄関に向かう時に、外国人らしき人とその付き添いらしき女性の人とすれ違った。
 あ、ジェフリーさん?と思ったが、すれ違いざまに確認すると、全然違う人だった。
 でも、なんかミュージシャンらしき人だったなぁ。

   ●

 階段の上で『Ride on time』を聴き終わり、次の『key to my heart』が流れ始めた。
 「冒険をしよう」そう思った。
 階段を降り、なら100年会館を一周する旅に出た。

 グルッと回ると、裏口に来た。
 まだ大きなトラックが2、3台止まっていた。
 出口のあたりには、イヤホンをつけたスーツ姿の人など、2、3人の人が立っていた。
 しかし周りにはファンの人らしき人は一人もいなかった。

 裏口をまっすぐ通りすぎ、新大宮駅へ向かった。
 裏口をちょっと行ったところにセブンイレブンがあった。
 そこにはライブに参加したような人たちが週刊誌を読んでいた。
 セブンイレブンから出てきて自転車を押し始めた女のコ二人組がいた。
 その二人の自転車の前カゴには、大きなポスターを丸めたようなものが入っていた。

   ●

 映画『卒業』のようにはうまくいかない。
 やっぱ、間に合わない時は間に合わないものだなぁ。

 新大宮駅でそれらしき人がいなかったのは、とっくの昔にライブが終わっていたからだったのか。

 そうか、そうか、と思いながら、新大宮駅から3駅目にある、ぼくの最寄りの駅に降り立った。

   ●

 奈良ライブに参加されたみなさーん。
 今日のライブはどうだったのぉ〜?
 

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2002年11月7日(木)
悲しいことが多いねぇ。


 倉木麻衣さんのライブでは、数曲、スクリーンに歌詩が映る。

 なぜライブ会場のスクリーンに、わざわざ歌詩を載せているのか。

 スクリーンに映った歌詩と歌っている歌詩が違うという指摘がある。いろんなところである。

 「歌詩を間違った、間違っていない」。
 そのことを話す前に、なぜ歌詩をスクリーンに映しているのか?
 そのきっかけになった「気持ち」はなんだったのか?

 どうしてそういうことは忘れられてしまうのだろう。

   ●

 倉木さんが歌詩を間違えるということに関しては、もう一つ書く。
 「初ライブ本」を探して確認してから、もう一つ書く。
 

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2002年11月8日(金)
ぼくはそれを支持しない。ぼくはそれを支持する。


 仕事がもう年末モードに入ったみたい。

 というのも、サーバーのデータがすべてオジャンのせいだから、自業自得というもの、なんだぁ。

   ●

 昨日の日記に書いた、あと一つを書こう。

   ●

 ぼくは倉木麻衣さんの初ライブ本(『Innocent Live』ジェイロックマガジン社さん発行)を読んで「あかん、あかん」と思ったところがあった。

 「そう考えては倉木さんだめだ。ファンのぼくらが、何もできない方向に進んでしまうぞ」

 そんな危機感を持って「あかん」と思った。

   ●

 倉木さんのライブで、倉木さん自身が歌詩を忘れることが続いている(みたい)。

 そのことを知って、「よかった、よかった」と思った。
 「あかん、あかん」と思った道には進まなかったように思えて、「よかった」と思った。

   ●

 ズバッと言う。
 197ページである。

   ●

 ライブとはどういうものか。
 その日、その場所に行かなければ体験できないもの、とも定義できるのではないか。

 そして、「その日」は「その日」でも、「その時間」に行かないと、もう終わっちゃっている(ライブグッズは買えると思ったのになぁ〜)。

 だから、ぼくはライブが嫌いだ。
 なんで、ライブに参加できた人だけが優遇されるのか、である。
 そんな遠いところまで行けない、である。

 だからぼくは、倉木さんたちが地方会場でのライブの開催を決定してくれたことを嬉しく思った。
 ここなら行ける。奈良なら行ける(はずだった)。

   ●

 結果的にぼくは奈良ライブに参加できなかった。
 けれど、遅れて会場に着いただけで、ライブに参加したような気になっている。
 奈良まで倉木さんたちが足を運んでくれた。
 そのことを、心の底から喜んでいる。

 「倉木さんたちは奈良にきてくれたんだぞ」

と、誰かれなしに言い触らして歩きたいくらい。

 でも、奈良にくるのはあの水曜日が最後だったかもしれぬ。
 しかし、「また、奈良にきて」とは思わない。

 「奈良にくる時間があったら、和歌山や三重、沖縄など、まだ予定もされていない地方に行ってあげて」

 そう思う。

   ●

 話がどんどんそれていく。
 それだけ、倉木さんが奈良にきてくれたことが嬉しかったってことだ。
 ライブの会場に入れたかどうか。それは、ライブ会場に入れなかったぼくには関係がない。

   ●

 セカンドライブの時、ぼくは運よく2回も大阪城ホールのライブに参加できた。

 1日目は当日券で立ち見席。
 2日目は、運よく、どこからともなく天使が現れて、当日券で10数列目の席をとってもらえた(キャンセルが出たとか。最後までぼくの右隣から端までの席には誰も座らなかった)。

 ライブが始まる前、前後左右の人に「最初から立ってしまうかもしれませんが許してください」と合掌しながらお願いした。
 ライブが始まり、倉木さんは何度となく、ぼくの目の前にある舞台のところまでやってきた。

 「ここ。ここ。こっち向いて〜」

 声には出さなかったが、そういう意味を込めていたのだろうか。
 手を振り、スーツの上着を揺らした。
 しかし、一度たりとも、倉木さんと目が合うことはなかった。

   ●

 そういえば、そうだ。
 ファンクラブさんのイベントもそうだった。

 握手会。
 あの時もそうだった。

 ジェフリーさんに「いつも〜、ありがとう〜」攻撃をされたばかりに、倉木さんと握手したのかどうかさえ、はっきり思い出せない。
 急きょプレゼントに変身した鍋つかみを渡した時も、我を忘れて「しょ、しょーむない、もんですけどぉ〜」と声をうわずらせながら言った。

 あの時もそうだ。
 倉木さんとは目を合わせていない。
 いや、目があったかもしれない。

 しかし、「しょ、しょーむない、もんですけどぉ〜」と言った時は、目はあらぬところを向いていた。

 「倉木さんの目を見て話しをせよ」と課題は、ぼくにとっては非常に難しい行動だ。

 目を見るなら目を見る、話しをするなら話しをする。

 そのどちらか一つに絞ってもらいたいと思う。
 目を見てしまうと、その目が何を言っているか考えてしまう。
 言葉を代えれば、目を見るということは、その人の話を聞くということである。

 ぼくは人の話を聞きながら、自分の話ができない。
 いや、できる時もある。
 人の話にかぶせて、自分の話を機関銃のようにする時がある。

 しかしそんな時は、人の話を聞いていない。
 自分が言いたいこと、浮かんだことを一方的にしゃべっているだけだ。
 そこにはコミュニケーションはない。

   ●

 長い前ふりだ。
 そろそろ「初ライブ本」のことを書こう。
 でも、短い。その箇所は短すぎるので前ふりが長くなってしまった。

   ●

 「初ライブ本」の197ページとは、倉木さんのインタビューが載っているところだ。
 2001年の初ライブ(爽健美茶さんのライブ)が終わり、あのライブで得たこと、始めた味わったことを倉木さんが話しているページである。

 そこで倉木さんはこう言っている。

 〈自分でここまで出来るっていうのが初めはわからなかったし、歌うこととMCのことで精一杯っていうのが正直あった。

 〈リハーサルに比べると、メンバーとかコーラスの人達も全然違ってきて、「本番になってみないとわからない」っていうのは当たってるなと思ったし。MCも考えていたことが本番ではうまく言えなくて、そのかわりに口からポッと思ったことが出てきたり…。
   (いずれも『Innocent Live』196ページより)

 倉木さんは、初ライブの時も今年のHOTRODライブの時もなんも変わっていない人々であることよ。

   ●

 いやいや、ここじゃなかった。
 ぼくが「あかん、あかん」と思ったのは、197ページだった。
 196ページの次の197ページ。

 〈――この1stツアーで一番印象的だったのは何ですか。
倉木:一番印象的なのは……そうだなぁ、オープニングの出だしかな(笑)。ジェフリーさんが「Mai-K〜〜!!!」って呼んだ瞬間に飛び出すと、お客さんがブワァーッていて目の前に飛び込んでくるっていう。あの瞬間が一番印象的だったなぁ。

   (『Innocent Live』197ページより)

 そうか、ライブが始まるあの瞬間が印象的だったのか。

 って、ぼくは一番印象的な場面が何だったのかを書きたかったのではない。
 ぼくが一番「あかん」と思ったのはその続きのところだ。

 〈――ステージですべてを受け止める瞬間ですね(笑)。
倉木:すごく近いんですよ。会場によってほんとに顔がそのまま見える状態で。目なんか合った日には頭の中真っ白みたいな(笑)。で、1回だけお客さんと目が合って、すっごいうれしかったんだけど、それで歌詞が飛んじゃったから「これはマズいな」と思って。でも目線は合ってないんだけれども、向こうから伝わるものがあるっていうか、そういうこともすごいわかった。

   (『Innocent Live』197ページより)

   ●

 ここを読んで、ぼくは「あかん、あかん」と思った。
 なぜ「あかん」と思ったのかというと、

 「ぼくらファンは倉木さんと目が合いたいんだよ」

であった。

   ●

 今回の『FAIRY TALE TOUR』。
 倉木さんは歌っている時に、歌詩が飛ぶことがあるという。

 ぼくはその話をいろんなところで読んで、「歌詩をスクリーンに出しているのはなぜか。もう忘れてしまったのかな」と悲しくなった(昨日の日記に書いたこと)。
 大阪城ホールの1日目と2日目。
 その1日の間でも、1日目には歌詩がなかった曲が、2日目にはスクリーンに映っていた。
 そんなことをみんな忘れてしまったのかな、と思った。

 そして、もう一つは、「あ、一人幸運な人が出たんだ」と思った。
 みんなにうらやましがられるくらいの幸運な人。

 「あ、倉木さんと目が合った人がいたんだ」

 そう思った。

   ●

 でも、その目が合った人は、音なんか聴こえないんだろう。
 ぼくなら、「あ、あ、目が合ってる。今、合ってる」って舞い上がってしまう。
 そして冷静になれば、倉木さんの目が何を言っているのか、一生懸命、読もうとするのだろうなぁ。

   ●

 ライブで歌詩を飛ばさない方法の一つは、倉木さんが初ライブの時に感じた危険を避けることだ。

 つまり、お客さんとは目を合わさないこと

 ぼくはその方向に進むのではないかと思った。

 倉木さんは歌を歌う人。
 ぼくらは歌を聴く人。

 そういう境界線ができてしまうのではないかと思った。

 〈目なんか合った日には頭の中真っ白みたいな(笑)。で、1回だけお客さんと目が合って、すっごいうれしかったんだけど、それで歌詞が飛んじゃったから「これはマズいな」と思って。

 「これはマズいな」と思った倉木さんが、今も歌詩を飛ばしてくれている。
 そして、歌詩間違いが誰の目にもわかるスクリーンへの歌詩掲示も、いろんなことを言われながらも、今も続けてくれている。

   ●

 倉木さんが理想とするライブは、「私、歌う人。あなた聴く人」のライブではないのだろう。
 もし、「私、歌う人。あなた聴く人」のライブを理想とするならば、マイクをぼくらに向けて、「みんな一緒に〜」なんて言い続けるだろうか。

 きっかけがあれば、倉木さんは客席に降りてきて、ぼくらと同じ方向を向いて歌い出すのではないか。

 そうな気がして、仕方がない。

   ●

 だから、ライブでの歌詩飛ばし、歌詩間違い、歌詩忘れはOK。
 というより…。

   ●

 倉木さんは今日のFM802さんに出演した。
 久保田コージさんの『フライデー・コズミックコースター』。

 その番組の最後で倉木さんはこう言った。

 「ライブに遊びに来て下さい」

   ●

 遊びに行くのに、どうして堅苦しい気持ちでいかなければならないのだろうか。
 
 気軽に行って、ガハハと笑う。

 でも、まだ相手の気持ちがほぐれていなかったら、どうするか?
 相手の気持ちに影響されて、自分の気持ちもかたくなってしまったら、そのかたさを取るために何をするだろうか?
 相手のかしこまった気持ちをほぐし、気楽にさせるために何をするだろうか?

 ぼくなら最初に、階段のところでつまずく。
 大阪・堀江にあるカフェのウエイトレスさんなら、もっていたおぼんを飛ばすことだろう。

 そして、相手に笑ってもらう。

 笑ってもらえれば、そこからもっと楽しい「遊び」が始まる。

   ●

 セカンドライブで、倉木さんは最初に登場した時、大きな声でこう言っていた。

 「こんにちは〜」

   ●

 「おいおい、倉木さん、今は夜だからコンバンハ〜だよ」

 誰にもそう突っ込んでもらえなくて、残念だったね。

   ●

 さてさて、今後の『FAIRY TALE TOUR』はどうなって行くか。

 次は京都ライブ。
 倉木さんが最初に登場する時に、「奈良からきました〜」って、鹿の角をつけて登場したら…。

 バカ受けだろうなぁ〜。
 

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2002年11月10日(日)
天川村行きました。流れ星見ました。


 昨日はぐっすりコタツで寝てたので、日記は休み。

   ●

 今日は奈良県の南にある天川村に行く。

 天川村と行ってすぐに浮かぶのは、歌手の長渕剛さんが結婚式を挙げたのは天河神社さんらしいということ。
 ミーハー。

 今ちょっとだけヤフーさんで調べてみると、天河神社さんは芸能の神様だとか。
 知らんかった。

 そんな日の朝刊に「石野真子」さんの文字と「裸身」という文字が『週刊ポスト』さんの新聞広告になっていた。
 とほほ。

 なんで?
 今ごろ?

 記事も確認してない今、思う。

 そんな二つの文字が並ぶ広告なんて見たくなかった。

   ●

 話を元に。

 天川村にはその天河神社さんもあるのだが、今日は洞川(どろかわ)温泉郷に行く。

 なぜ洞川温泉郷だったのか。
 それはたまたま。
 大きな無料駐車場らしきところがあったので、そこで車を止めると洞川温泉だった、だけのことだったりする。
 行き当たりばったり。

   ●

 びっくりしたことに、天川村には雪が積もっていた。
 今冬で初めての雪。
 道の真ん中は溶けていたが、端の方は靴で踏むとサクサク音が鳴った。

   ●

 洞川温泉郷には、お寺があった。
 「竜泉寺」さんと行った。

 その竜泉寺に入ると、浅い池があった。
 よーくその池の中を見ると、藻がいっぱいあった。
 あれを「藻」と言っていいものかわからない。
 宮崎駿監督の『もののけ姫』のタタラ神のような、『ムーミン』のニョロニョロのような。
 思い出すだけで、さむーい形をしていた。

 「つり橋」の看板を見つけた。
 その方向を見ると、つり橋の影らしきものが見えた。
 ワシャワシャと細い山道を登った。

 そのつり橋の名前は…。

 忘れてしまった。
 観光地図らしきものがあったので、そこに書いていると思ったのに、書いてないんだもんなぁ。

 しかし、そのつり橋までの道のり。
 雪〜。
 すべる〜。

 おっちら、おっちら登り、つり橋に着いた(その直前の三叉路で、左は「鍾乳洞」と書いている文字に惹かれたことも書いておこう。今度いこ)。

   ●

 つり橋。
 よく考えると、初めてであった。
 ただの橋だろうと思っていたのだが、揺れる揺れる。
 足元だけでなく、心も揺れるので、両手はつり橋の両側にあるネットをしっかり握る。

 「ふー。そういや、鳴門大橋でうず潮が見えるところも怖かったのだ」

と気づいた時にはもう遅い。

 上下に揺れる。
 左右に振れる。

 これがまた、自分が歩くことによって揺れるからどうしようもない。
 仕方がないので、両手を広げ、体を「大」の字にさせたまま、つり橋を渡った。もちろん、後ろの人はぼくを追い越せない。

 やれやれ。

 そう思ったのもつかの間、その先はまた坂道が続いているようだった。
 雪が積もっている。
 とっさの判断はこんな時に試される。

 撤退

 ぼくは今きたばかりの道を、またもや「大」の字になって帰っていった。

   ●

 竜泉寺の中には滝があった。

 ♪かしこみ〜、かしこみ〜

のありがたい紙がその周りに立てられていた。
 注意書きを見ると、そこは修行者さん用の滝のようだった。
 修行者さん用の滝も初めて見た。
 今日は初めてづくしだ。

 その竜泉寺さん。
 本堂らしきところには、両側に鬼がいた。
 左の鬼さんは背中に箱を背負っていて、右の鬼さんはオノを持っていた。
 へんな鬼さんが守っているお寺だ。

 と思っていたら、そのお寺は大峯山の修行の大本山で、その鬼さんは、お寺を開いた役行者(えんのぎょうじゃ)さんを守っているお弟子さんだったらしい。
 無知とは怖ろしい。
 神聖な場所を土足でぼくは踏んでいたようだ。
 申し訳ありません。

   ●

 そんな修行のお寺にたまたま行けたのだが、時間の関係で天川弁財天さんには結局寄れず。
 ああ、芸能の神様だったのになぁ。

 『天河神社』さん
 http://www.tenkawa-jinja.or.jp/

   ●

 洞川温泉さんから帰り、灯油がないことに気づく。
 灯油入れを取りに家に戻り、近所のガソリンスタンドさんへ。
 その帰り、流れ星を見る。

 というか、あれは流れ星だったのだろうか?

 午後8時頃、西の空で「電線が光った」と思った。
 よく見ると、そこには電線がなかった。

 う〜ん、流れ星だったのかなぁ?

 それとも人工衛星の航跡(?)だったのだろうか?
 オレンジに光ったと思ったら、エメラルドっぽいというか、緑色に変わったように思ったのだけど…。

   ●

 流れ星って、ほんと一瞬やねぇ。
 あの間に3回の願い事は言える人はいるのだろうか?

 そういや、流れ星を見たのも今日が初めてだった。
 去年くらいにあった(一昨年かな?)獅子座流星群は寝てしまったので見逃したものなぁ。

 今日は本当に初めてづくしの一日だったのでした。
 

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2002年11月11日(月)
明日は京都ライブ。


 明日は確か、倉木麻衣さんの京都ライブの日。

 気楽に楽しんでいきまっしょい〜。

 奈良に続いて、みんなが待ってるよ〜

 でも、京都なので、逆に親しすぎて、去年の東京ライブのようにあがってしまうかもしれないなぁ〜。

   ●

 サードアルバム『FAIRY TALE』のレンタル開始日の11月9日(土)から今日で3日。
 オリコンさんのデイリーチャートを先週の月曜日から見ると、

 11月4日(月)付 1位
 11月5日(火)付 3位
 11月6日(水)付 6位
 11月7日(木)付 4位
 11月8日(金)付 3位
 11月9日(土)付 3位
 11月10日(日)付 3位

 順位が下がらず、逆に上がってきている。

 めでたい。

 レンタルでちょっと聴いた人が気に入ってくれて、「買う」ところまでいってくれたらいいのにな。

   ●

 「次のアルバムはこうしてほしい」という案が浮かんだのだけど、それはまたいつか書くことにしよう(「次」となるとハードルが高いと思うのだけど)。
 

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2002年11月12日(火)
「楽しい」が一番。


 ライブは、誰かが「楽しい」と言ってくれてたら、それが一番。

 今日の倉木麻衣さんの京都ライブは、終了後一番にShige!さんが〈終わったよ〜〉というコメントとともに、

ぼくの中では一番のライブでした(^_^)v
 楽しかった〜


と書いてくれてました。

 よ、倉木さん。

 『倉木麻衣ヒットカウンター関西本部』さん
 http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=maimyclub&P=0
 (その中の「BBS」さんより)

 Shige!さん初め、京都ライブに参加された人たち、そしてスタッフのみなさん、倉木さん、どうもありがとー。

   ●

 今日は奈良にも増して、全く行けない状態だったので、大阪の会社でお留守番でした。
 

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2002年11月13日(水)
「びわ湖」も終了。


 倉木麻衣さんの滋賀ライブも無事終了したようです。

 今日は、Mizyさんが一番に〈個人的には、これまでで一番よかったかも…〉と教えてくださいました。
 Mizyさん、どうもありがとうございます〜。

 それにしても、倉木さん、役者やの〜。

 『倉木麻衣ヒットカウンター関西本部』さん
 http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=maimyclub&P=0
 (の中の「BBS」と「ネタバレOK掲示板」より)

 Mizyさん初め、滋賀ライブに参加された人たち、そしてスタッフのみなさん、倉木さん、どうもありがとー。

   ●

 で、今日は一つ掲示板を追加。

 う〜ん、掲示板だらけだけど、実はもう一つ作りたいのがあったりするんだなぁ。

 『女性だけの倉木麻衣さんとの掲示板』
 http://ohho.hotspace.jp/cgi-bin/lady/mtbbs.cgi

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のま〜いさん、どうもです(4818番)。

 〈11月に年賀状も発売したので忙しいのでしょうね。
田熊さんの会社は市の発注する印刷に入札などしているのですか?


とのことですが、ぼくの会社では年賀状の印刷は劇的に減っています。
 1000以上ご注文をいただいた時もあったのに、去年は200くらいになっていたような感じです。
 あと、市の発注する印刷への入札は全くしてないと思います〜。

 同じく、ももじろうさん、おひさ〜です(4930番)。

 〈複数のHNで、別人を装い書き込みする人を
どう思われますか?


とのことですが、以前は倉木さんの悪口を続けざまに複数のお名前で書き込まれたことがありましたね。「どうだ、こんなにいろんな人が倉木さんを嫌っているぞ」って感じで。でも、確認したら同じなんだもんなぁ〜。
 でも今は、悪口も良口(?)もそんなことはないので、こんな時代も巡ってくるのだなぁ〜、としみじみと思っています。
 

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2002年11月14日(木)
中島美嘉さんって。


 歌手の中島美嘉さんって、ソニーミュージックさんの所属だったとは。

 ついさっきまで知らなかったよ〜。

 う〜ん、ソニーの人だったとは。

 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。
 ソニーの人だったとは。

 う〜ん。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさん、またどうも(4940番)。

 〈複数のHNを使って、別人を装っての書き込みは
 当然、注意されるんですね?
 (以前、名指しで注意されていたので)


 はい。
 その時は名指しで注意させていただきます。
 で、今『倉木麻衣さんへの掲示板』をのぞいたのですが、みんな違うのですよね〜。「あ、同じ」と思ったら、同じハンドルネールの人だし。

 それはそうと、ももじろうさん、この質問しつこすぎませんか?
 なぜこの質問をしたのか、理由を教えてください。

   ●

 地味だったので、『女性だけの倉木麻衣さんとの掲示板』をトップページの上にあげました。
 砂倉しずくさん、ありがと〜。

   ●

 倉木麻衣さんのサードアルバム収録曲『不思議の国』のことを『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでから早何日。
 あれからパタッとFM802さんでかからなくなっちゃった。

 ああ、ぼくは疫病神だよ〜。

 ぐすん。
 

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2002年11月15日(金)
「不可思議的國度」。


 『ホームページ京都』さんの掲示板。
 そこの斉田才さんの書き込みで思い出した。

 台湾での倉木さんCD会社は「新光美音」さんやったんやね。

 『新光美音』さん
 http://www.shinkong-being.com.tw/

 で、そのホームページを見てみると、トップページは上原あずみさんの写真。
 上原あずみさんと言えば、倉木さんと同じ事務所の「LOOP」さんなのね。

 で、「LOOP」さんを見てみると、滴草由実さんも同じ事務所になっててんね。

 『LOOP』さん
 http://www.loop-music.com/

 もう一度、新光美音さんのホームページに戻ると、『不思議の国』は『不可思議的國度』というタイトルになっていた。

 『不可思議的國度』かぁ。
 (とあまり感慨深くもなく思う)

 あれ?

 「他の日本語タイトルの曲名は?」と思って調べてみると、

 『君との時間』→『君との時間』
 『いつかは あの空に』→『いつかは あの空に』
 『冷たい海』→『冷たい海』

となっていた。
 全然変わってないやん

   ●

 ま、それだけ、台湾さんは『不思議の国』?
 (ベタおち、オヤジギャクですまぬ)
 

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2002年11月15日(金)-2
ももじろうさんへ。


 『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさん、どうもです(4961番)。

 〈>この質問しつこすぎませんか?
この質問(名指しで注意)は1回しかしていませんよ。

同じ人に感じる書き込みがあったので質問させて
いただきました。
〉。

とのことですが、ではうかがいます。
 ぼくが昨日の日記で、

〈で、今『倉木麻衣さんへの掲示板』をのぞいたのですが、みんな違うのですよね〜。「あ、同じ」と思ったら、同じハンドルネールの人だし。〉

と、ももじろうさんの質問にないことを書かなかったら、ももじろうさんの質問は終わりましたか?

 ぼくは終わらないと思いました。
 続けて少し論点をずらせた質問を重ねられるだろうと思いました。

 ももじろうさん。
 ももじろうさんの今回の質問は最初の1回で済むと思いますよ。
 例えばこうです。

 「複数のHNを使って書き込みをしている人がいる。アンチ的な書き込みだと注意をするのに、そうじゃないとなぜ何もしなんだ! ファン的な書き込みだと許すのか!」

   ●

 ももじろうさん。
 以前にも、ももじろうさんが質問に質問を重ねられて、思ってもみない方向に話しが進んでいったことが何回もあったと、ぼくは記憶しています。

 今回のももじろうさんのご質問も、以前と同じような方向に行くと感じました。

 ももじろうさんは今回も一番言いたいことを隠している。
 そう思いました。

 ももじろうさんの一番言いたいことに、ぼくの意見を近づけるために、最初に
複数のHNで、別人を装い書き込みする人を
どう思われますか?
〉(4930番)

と質問された。その質問にぼくが答えると再び質問を重ねられた。

お答ありがとうございます。
複数のHNを使って、別人を装っての書き込みは
当然、注意されるんですね?
(以前、名指しで注意されていたので)
〉(4940番)

 (以前、名指しで注意されていたので)とご存知のももじろうさんが、なぜ同じ内容に関する質問を重ねられるのか?
 ぼくは想像しました。

 ももじろうさんの質問の根本にあるのは、「別人を装って書き込んでいる人がいるぞ」ということだったのではないですか?
 そして、そんな書き込みを見逃している「田熊が許せない」ということだったのではないでしょうか?

 ももじろうさん。
 ぼくが2回目の返事で

〈はい。
 その時は名指しで注意させていただきます。〉

としか書かなかったら、ももじろうさんはもう質問をされませんでしたか?

   ●

 ももじろうさん、このぼくの質問への返事はいりません。
 もしぼくがここで書いた想像が間違っていたら、「また田熊の屁理屈が始まった」と、いつものように笑っていただければ幸いです。
 

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