2001/7/31

OHHO日記
チェッカーお試し掲示板(期間限定)
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2001年7月1日(日)
 100円ショップのダイソーへ行く。彫刻刀を買うためだ。

 学生の時に使っていた彫刻刀は実家にある。確か2セットあるはずだ。
 しかし、実家に行くには、車を運転しなければならない。運転するには、今の僕の頭はプールにつかっているような水浸し感覚状態になっている。風邪の最終段階の症状である。ここで無理に車を運転して事故を起こすより、100円ですめばそちらのほうがお得。
 しかし、僕が行ったダイソーには、彫刻刀は置いていなかった。あらららら。仕方がないので、芳香剤と精密ドライバーを買う。しかしほんま、こんな精密ドライバーが100円だなんて。世の中狂っているのではないか。と思うのであるが、ありがたいありがたい、である。今日の一番の事件はその時に起こった。

 と言っても、軽いよくある事件である。
 ダイソーさんのスピーカーから、倉木麻衣さんの『Reach for the sky』が流れてきたのである。
 『Reach for the sky』であるよ。今の時期に、『Reach for the sky』であるよ。
 僕は動けなくなってしまった。
 あまりにもいい、あまりにもいい曲ではないか。ああ。

 あと2日。あさってには、セカンドアルバム『Perfect Crime』が聴ける。たくさんの人がそのアルバムを聴く。そこには『Reach for the sky』も入っている。ああ。

 こんないい曲をずっと倉木さんは歌ってきたのだ。ということが、シングルはレンタルで済ませていた人たちにわかってもらえれば嬉しいな。

   ●

 結局、彫刻刀は、ホームセンターのオレンジタウンで買う。
 税別1780円。たかー。

 でも、これで『ヒットカウンターから花束を』用の短冊を丸く抜くのは楽になりそう。これはもう彫刻刀というより、「のみ」だな。いきなり僕は職人か。

   ●

 で、『チェッカーお試し掲示板』のはるみつさん。
 その通り、ビデオの箱には、ニキータのリメイク版と書いていたような。ということは、はるみつさん、その元を観たことあるの?

 それから、れのさん。
 そうそう、相対性理論でした。そのビデオを借りて観たことありました。が、途中で寝たので、内容がぁああああああー、飛んでしまっているのですよね。光も曲がるのか、ってのもありましたよね。

 てな感じで、♪ドキドキッの、7月に突入であります。

2001年7月2日(月)
 ついに明日、倉木麻衣さんのセカンドアルバムが発売になる(フライング発売日)。
 そこで、今晩に手に入れる人もいるかもしれないので、一つアンケートをアップ。

 『買った、聴いた、「Perfect Crime」』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai20

 これが20本目のアンケートやってんね。
 それと、『ヒットカウンターから花束を』のPDFファイルもアップロード。

 『OHHO・PDFファイル(無料ダウンロード) 』
 http://www.music.ne.jp/~ohho/formmail/mail02.html

 ヒットカウンターのいろんな掲示板に書き込んで下さったみなさん、どうもありがとうございます。1冊ずつお送りしたいのですが、このPDFファイルで許して下さい。こういう形で倉木さんたちに本にして気持ちを届けましたからね(と言っても、見てくれるかどうかは全く不明なのですが…)。
 それから、図書館を教えて下されば、そちらの図書館さんには無料で送ります。本の実物を図書館で見たい方は、田熊までメールを下さい。
 →田熊孝浩へメール
 (一部の本屋さんが取り扱ってくれるかどうかは全くわかりません。それよりも、ご依頼のあった図書館さんには確実に届けますので)

 ふー。とりあえず、これでセカンドアルバムのフライング発売日を迎える準備はすべて完了(かな?)。

   ●

 それにしても、風邪の終わりくらいってなんでこんなにでかい音の咳が出るのか。やかましくって仕方がない。それに勢いがついたときなんか、えずきそうになってしまう。
 ん?「えずく」とは「えづく」かな?
 と思って辞書を調べると載っていない。もしかして「えずく」って方言なの。意味は「吐くこと」なんだけど、辞書にのってないとは思わなかった。ああ、ふるさとよ、ふるさとよ。

2001年7月3日(火)
 本日、FM802さんに倉木さんコメント出演。
 見事な選曲。『Reach for the sky〜ゴミさんリミックス〜』『PERFECT CRIME』に『Stand Up』。すごい。1曲もアルバムに入っていて、今までかかっていない曲がない。ありがとー、ありがとー。CDを買って、初めての曲は初めて聴く、ということができそうです。ほんとありがとう、FM802さん、倉木さん。

   ●

 それにしても『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ると絶賛の嵐だ。もしかして、ファーストアルバム以上ではないか。

 よし。よしいこか。

 さあ、今からナンバへ行って、セカンドアルバムを買ってかえるぞ。
 CDウォークマンの電池も新品だ。充電もばっちり。
 いくぞ。帰るぞ。買うぞ。

 さぁ、そのついでに、オリコンデイリーの初登場1位にもなっちゃえ。

2001年7月4日(水)
 昨日は、フライング発売日。
 大阪・ナンバCITY南館2階の新星堂さんでピアノスコアと一緒に予約したものを購入。合わせて5000円を出して少しおつりがくる。そうか、合わせて5000円以内でおさえようとしたのかな。
 しかし、新星堂さんでは『ミュージックフリークマガジン』の今月発行号を見つけられず。南街店のディスクピアさんにも行くが、ここにもなし。各CDショップの閉店時間の午後9時まであと10分だったが、JR難波駅まで忍者のように移動。
 しかし、いつも確実に見つけられるサム・グッディさんまで置いていない。ああ、やはり今月の『ミュージックフリークマガジン』はアルバムのおまけとして渡されるのであるな、と勝手にこじつけて納得。また今度のぞいてみよう。

 で、JR難波駅のOCAT1階を出たところで、買ったばかりのアルバムの封を切る。シュルシュルシュルル。あ、包装紙には白文字の「テーマソングシール」が貼っていたのか。あやうくくちゃくちゃにしてしまうところであった。
 家からカバンに入れてきたCDウォークマンにセット。立ち上がり、リモコンのスイッチをオン。地下1階の鏡を前に、一生懸命ダンスの振り付けをする人たちに目をやった時、『PERFECT CRIME』が流れてきた。

 ちょうど、僕の家がある駅の改札を出たところで、『ザ・ローズ』がかかった。
 時計台の真上に丸い月が見えた。その下に寄り添い輝く星が一つ、斜め下にもう一つ。
 歩道橋に上がる手前で、セカンドアルバムが終わった。

 ワァーという歓声があがった。
 座っていた椅子から立ち上がった。
 拍手、拍手、拍手が沸き起こった。
 僕の心はいつも間にか、ある音楽会のコンサート会場に来ていた。

   ●

 やったね、倉木さん。おめでとう。
 パーフェクト・クライムはきっと成功だよ。

 でも、僕は後悔した。ファーストアルバムで後悔したことを、セカンドアルバムでも後悔した。僕はシングル曲を聴きすぎていた。シングル曲にはその時の思い出もくっついていた。このセカンドアルバムが、普通のトータルアルバムとして聴けるのは、きっと何年も経ってからだろう。

 セカンドアルバム『Perfect Crime』に欠点があるとしたら、そのことだろう。そして「切ない」という言葉を使ってしまったところだろうか。
 しかし、そんな欠点を補って余りある『PERFECT CRIME』と『カモンカモン』に『ザ・ローズ』…。
 ようやく「倉木麻衣」の凄さに気づく人が続出することだろう。しかし、この凄さは、まだ序の口でしかない。きっとそのことに、みんなはもっと後になって気づく。

 それにしても、『PERFECT CRIME』の歌詩。めちゃくちゃ上手くなった、というか、ついに意識的にツボをつかめるようになってきたね、倉木さん。
 見事だ。
 これからが楽しみだ。

2001年7月4日(水)-2
 倉木麻衣さん、おめでとう。

 オリコンデイリー、アルバム部門で『Perfect Crime』が初登場1位だよ。

 という結果を、僕は『倉木麻衣さんへの掲示板』のさすらいのマーケットギャンブラーさんの書き込みで知った(21837番)。
 とてもとても倉木さん、おめでとう。
 これは、倉木さんの『Perfect Crime』が評価された結果じゃない。このアルバムの成果じゃなくて、今までこつこつと丁寧にシングルを作ってきた結果だよ。いろんな罵詈雑言を聞きながらも、ここまで1年間、じっと我慢して、一つ一つ積み重ねてきた結果だよ。
 どんどんどーんと、大きく胸張っていいと思うよ。

 『Perfect Crime』をみんなが聴いたあとの結果は、これからずっと先に出る。サードアルバムまでレンタルで済ましておくことができるのかどうか。そこではっきりすると思う。

   ●

 それにしても、「やっぱり宇多田ヒカルに似てるなぁ(困)」と言う人に限って、人の話を全く聞いていないのだな。
 『買った、聴いた、「Perfect Crime」』のアンケートのトップに、

 〈申し訳ありません。
 今回のアンケートは『Perfect Crime』を自分で買って聴いた人だけお答え下さい。〉

とまで書き、なんでそんなアンケートにしたかの説明まで書いた。
 それなのに、「やっぱり宇多田ヒカルに似てるなぁ(困)」という人はこうコメントする。

 〈レコード店でかかってたのじっと聴いたら、What are you... の♪Can't you see ? なんて宇多田だけに歌わせときゃいいのに〉

 ???。アホちゃうか?
 アンケートの文字の入力はできるけど、文字を読むことはできないのだろうか。こらもう、話にならん。
 〈レコード店でかかってたのじっと聴いたら〉って、全然買って聴いてないじゃん。バカじゃないの。宇多田さんに似てるという人が、ここまでアホだとは思わなかった。わがまま勝手、人の話は全然聞かない。あきれる。
 じっと聴いても、流して聴いても、レコード店で聴くのと、CDを自腹を出して聴くのとでは、天と地との開きがあるのがわからんのか。「これまでお金がなかったから、シングルはレンタルで済ませた。けど、このアルバムは自分の小遣いをためて」という人の気持ちなんてちっともわからんのよね。よかったね金持ちで。よかったね、腐った評論家の2軍候補で。ほんと、あんたなら、もらったCDで平気で音楽評をひょいひょい書けるよ。
 そんなやつに、今まで倉木さんたちはバカにされてきたのか。あほらし。

 宇多田さんに似ているという人は、もっと日本語を勉強すること。そうすれば、きっと倉木さんの書く詩が理解できるようになるだろう。今まで違いがわからなかったのは、日本語が理解できなかったんだからね。ああ、こんな形ではっきりするとは。

   ●

 という救いようのない腹の立つことがあっても、倉木さん。
 僕は、昨日、家に帰ってから、『Perfect Crime』の歌詩カードをパラパラ見た。
 おー、倉木さんが持っているのは、花束なのかな。あれれ、最後にはテーブルの上におかれているぞ。ん?中の写真で映っているのはひまわりじゃないの?ジャケットに持っているのはガーベラのはず?ガーベラとひまわり?なぜだろう?
 とか、勝手に推理しながら、歌詩カードを眺めていた。
 そしたら、突然、収録曲の『The ROSE 〜melody in the sky〜』に[対訳]がついていることに気づいた。
 お、親切やん。
 英語がさっぱりな僕にはありがたいぞ、と思ったのもつかの間。僕はその対訳を読んで愕然とした。
 というのも、『Perfect Crime』の中のただの1曲であった『The ROSE 〜melody in the sky〜』が、あるものとつながってしまったのだ。それも苦しいくらいに。
 これはただ単に、今まで僕がずっと思っていたことに、僕が勝手に照らし合わせただけなんだろうけど。

   ●

 『だから「倉木麻衣さんへの掲示板」には書き込まなくなった』のアンケートを作った。『ヒットカウンターから花束を』を一般の書店に並べてもらおうとした。どちらも、その動機は一つ。僕にはいつか連絡を取りたい人がいる。連絡をとってくれることを心待ちにしている人がいる。成功してても、失敗してても、その人は、僕らと同じように倉木さんの後を追った人だから。僕らと友達になった人だから。

 ファーストアルバムに入っていた『happy days』。
 僕は『The ROSE 〜melody in the sky〜』の対訳を読んで、『happy days』が思い浮かんだ。そして、『The ROSE 〜melody in the sky〜』を、倉木さんはなぜ全編英語詩にしたのか。僕の中にあった一つの謎が突然解けた。

 倉木さん、これは僕の全くの妄想ですが、『The ROSE 〜melody in the sky〜』は日本語詩ではだめだったんだね。英語詩でなければ、絶対にだめだった。英語で歌わなければ、効果はなかった。というか、英語で歌うことで、少しかもしれないけど、1%は生まれる可能性にかけた。そうじゃないですか?
 僕らが、アンケートを作り、本を作り、どんな形でもいいから、僕らの友達に気持ちを伝えたいように。

   ●

 『The ROSE 〜melody in the sky〜』よ、アメリカで流れろ。
 そして、届け。
 どうか、倉木さんが思いを伝えたい人に、この曲を届けてくれ。
 街のCDTVからでもいいから流れてくれ。
 きっと声でわかってくれる。
 歌っているのは倉木さんだって、その人はきっとわかってくれる。

   ●

 届けようとしたんだね。気持ちを届けようとしたのじゃないの?
 倉木さん。

 そんなことを思い出させてくれた『The ROSE 〜melody in the sky〜』です。僕には、倉木さんのボーカルの凄さを再確認しただけじゃなく、別のストーリーが生まれました。
 届けばいいね。届いてほしいね。届くよ、とまで言えるようになりたいね。届くよ、って言いたいね。

   ●

 空よー、どうかー、『The ROSE 〜melody in the sky〜』、このメロディーを、あの人の元にまで運んでおくれよー。

2001年7月4日(水)-3
 そうや、本日、『ヒットカウンターから花束を』を、地方・小出版流通センターさんに50冊を宅急便で発送。
 と言っても、注文があったわけではなく、「常備分」として。
 とりあえず、「地方・小出版流通センターさん扱いで」と言って話がわかる親切な本屋さんなら、どこからでも本を注文してもらえるようになった。
 いったい何年ぶりか。10年ぶり?

 うーん、それにしても、この本の申し込みのフォームメールを作ろうかどうしようか悩む。悩んでいるから作っていない。
 というのも、本屋さんの店頭では立ち読みをしてもらえればOK。立ち読みできない人には無料PDFファイルで見てもらえば、僕のパーフェクト・クライムは成功。なんだもんな。だったら、わざわざホームページにフォームメールを作る意味がないもんな。

2001年7月6日(金)
 くたぴれ。

 昨日いきなり、午後5時すぎから新しい仕事が入稿。それから大忙し。
 結果、マック部隊の4人が午後11時まで残ってもできず。ようやく今日のお昼に目途がつく。
 よって、昨日の日記はお休み。

   ●

 吉野屋さんの牛丼・並が280円になるという。
 嬉しい。が、僕は村上給食さんの弁当をとっているので、平日のお昼は会社の外へ食べにいかない。だから牛丼を食べられるのは休日だけで、あんまり食べる機会がない。そんな僕にとっては「400円でも別によかったのに」、であるが。
 吉野屋さんの牛丼は一番うまいと思う。誰かに「ねこまんまのよう」と言われたが、僕はそんな「ねこまんま」が大好きである。
 そのニュースを聞きながら、ほんとマクドナルドさんの「平日半額」はいろんなところに影響を与えているんだなと、また感心。日本人の昼食の習慣を変えてしまった。

   ●

 おとついの、大阪・天六のTSUTAYAさん。
 なんとマッチャンが帰る時間(午後6時過ぎ)に、倉木麻衣さんの『Perfect Crime』が店頭で発売していたそうな。
 ありがたい話だ。
 しかも、そこには5人くらいの人が並んでいたという。というか、マッチャンは行列を見て「なんで並んでるのかな?」と思ってのぞいたら、倉木さんの大きなポスターが見えたという。
 ありがたい、ありがたい。本当にありがたいことだと思う。

   ●

 『Perfect Crime』は、まだ歌詩カードを見ながら聴くところまでいっていない。その上、倉木さんが雑誌に書いていたセルフライナーノーツもほとんど読んでいない。
 だから詳しいところはわからないのだが、4曲目の『Brand New Day』は列車に乗ってどこかに行くお話じゃないの? そして、その列車に乗っていく人は、旅先で手紙を書くのじゃないの?

 う、うれしい。
 こういう詩が聴きたかった。

 旅先で手紙を書くのはよっぽどのこと。旅先まである人のことを覚えてるってのは、それはそれはすごいことだ。
 その上、手紙を書いている人は、手紙を送る人に「君にはわかってほしい」というメッセージを込める。なんか、見えない糸を見ているようだ。

 ありがとう、倉木さん。

 で、よくその曲を聴いていると、♪バレるかな〜、と歌ってるのじゃないの?
 「バレた〜」って誰かが掲示板に書いていて、くすっと笑ったことを、1年ぶりに思い出しました。

   ●

 それにしても、FM802さんは今、百花繚乱状態となっている。『always』がかかっているかと思えば、次の番組では『PERFECT CRIME』がかかり、その次の番組では『Stand Up』がかかっている。曲の一押しプロモーションなんて関係ない無茶苦茶さ。
 でも、こういう状況は、実は僕の夢だった。最新の曲がかかるだけではなく、昔の曲もかかる。そういう状況が倉木さんに訪れてくれれば。そうずっと願っていた。
 セカンドアルバム『Perfect Crime』の発売で、図らずもそうなった。
 ほんと夢だ。これは夢なんじゃないか。

   ●

 そんな中でも、アルバムのタイトル曲『PERFECT CRIME』が結構多くかかっている。このかかっている回数は、ファーストアルバムのタイトル曲『Delicious Way』の5倍以上ではないか。
 去年、タイトル曲『Delicious Way』を、僕は2回くらいしかFM802さんで聴いたことがない気がする。しかし、今回の『PERFECT CRIME』はもう10回以上聴いているのではないか。

 そういうことを考えると、今GIZAさんが流しているアルバムのTVCMの内容は、変更した方がよいのではないか。
 現在流れているTVCMは、中に入っている収録曲(シングル曲)が何曲か流れ、最後に『PERFECT CRIME』が流れるものになっている。
 しかし、ここまでFMラジオで『PERFECT CRIME』がかかっているのだから、全面に『PERFECT CRIME』をもってきてもいいのではないか。流すのは『PERFECT CRIME』1曲だけで、最後にこの曲が収録されているのはセカンドアルバム『Perfect Crime』である、とわかるようなものにしてもいいのではないか。強きに打って出てもよいのではないか。

 アルバム『Perfect Crime』は、このタイトル曲『PERFECT CRIME』1曲だけでも、買う気になる。というか、タイトル曲『PERFECT CRIME』はちょっと聴くだけでは我慢できない。つまんで聴かされると、1曲丸ごと聴きたくなる曲なのだ。
 言葉を替えれば、セカンドアルバムの「つかみ」は大成功、と言えるかもしれない。

 また、そういう打ち出し方をすればなおさらだが、このタイトル曲『PERFECT CRIME』はシングルカットをしないようにしてもらいたい。
 『PERFECT CRIME』だけでなく、『Brand New Day』や『Come on! Come on!』、『What are you waiting for』や『いつかは あの空に』、そして『The ROSE〜melody in the sky〜』までも、どの曲もこのアルバムからシングルカットしないでほしい。そうGIZAさんにお願いしたいと思う。

 僕としては、街のどこかでこれらの曲が流れて時、アルバム『Perfect Crime』全体を思い出したいと思う。

2001年7月7日(土)
 今日は晴れ。
 昨晩は大雨、という話を聞いていたと思ったのだが、小降りでおさまる。
 今日は本当にいい天気。

 『Perfect Crime』をCDラジカセで聴きながら、廃品回収に出す新聞紙をくくり、洗濯物を干す。順調順調。あさがおまで元気に咲いている。

   ●

 ロバート・A・ハインラインさんの『夏への扉』(ハヤカワ文庫)を読み終わる。
 もっと「夏」への話がメインかなと思っていたのだが、タイムマシンや1970年から見た未来の2000年がテーマだったみたい。
 僕はその前にSさんから教えていただいた『リプレイ』(ケン・グリムウッドさん著・新潮文庫)を読んでいたので、時間移動の話はその本とどこかで比べてしまった。もったいないことをした。まず『夏への扉』を読み、次に『リプレイ』を読むべきだった。
 SFなので、つっこめるところはいろいろあるのだけど、文章でつまるところはなく、すっと読めた本だった。

 『夏への扉』の後は、以前読みかけてやめていた『青い鳥』に移る。
 今は50ページを読み終えたところ。

 ここまで読んで思ったのは、『青い鳥』といい、『不思議の国のアリス』といい、『星の王子さま』といい、スタンダードになるものには共通しているものがあるようだ。
 それは、章ごとに舞台が移動する、ということだ。
 『青い鳥』(メーテルリンクさん著・新潮文庫)は、本を開けばすぐにわかるが、舞台劇の脚本のようになっている。「第一幕 第一場 木こりの小屋」とか、「第二幕 第二場 妖女の家」というように、文字どおり章ごとに舞台が変わる。
 『不思議の国のアリス』もそう。家政婦さんのような人に鍋やフライパンを投げつける台所の場面があったり、トランプの王女さまの行進のに出くわす場面があったり、よく眠るネズミが出てくるテーブルの場面があったりする。アリスが動くたびに、舞台が変わっていく。
 それは『星の王子さま』もそうだ。花を自分の星に残し、いろんな星を旅する王子さま。ずっと働き通しの人がいる星とか、のんだくれがしきっている星とか。王子さまが地球に降り立っても、降り立った場所でじっとしていることはなく、砂漠の上を歩いていく。王子さまとともに、舞台は移動する。
 しかもそのどれもが、本の中での主人公は一人(『青い鳥』はチルチルとミチルだから二人かもしれないが)。その主人公は舞台を移動しながら、いろんなものを見て、経験していく。そして今まで知らなかったことを知り、主人公は成長していく。

   ●

 倉木麻衣さんの『Perfect Crime』は、ストーリー性を大切にし、構成されたアルバムだという。
 だからどの曲も別々の場所(舞台)が描かれいて、飽きることがない。シングル曲の『Simply Wonderful』が収録されていないのも、『What are you waiting for』と設定がどこかで似通ったためにはずしたのではないか、と思えるほどだ。
 しかし、このアルバムがスタンダードなものになれるかというと、まだスタンダードにはなれないと思う。
 いつの時代のどんな人が聴いても受け入れられるアルバムであるとまでは言い切れず、このアルバムは「倉木麻衣」という人を知る人にとっての「名アルバム」にとどまっている。
 というのも、スタンダードになれないのは理由がある。
 それは、このアルバムには「うぬぼれ」がないからである。

 スタンダードになるものには必ず「うぬぼれ」がある。
 世界の善と悪の基準、何が正しくて何がいけないことなのか、それが明確に示されている。『青い鳥』しかり『不思議の国のアリス』しかり、『星の王子さま』しかり。主人公はいろんな舞台を移動していく。そしてそこには作者が考える正義の押しつけがある。「押しつけ」という言葉が言い過ぎなら、「主張」と言ってもいいだろう。「私はこれが正しいと思っている。その正しいことに向かって、主人公にいろいろな経験を積まさせる」、そんな感じである。

 しかし、倉木麻衣さんの『Perfect Crime』は大局的なところから見て書かれた詩はないような気がする。主人公が丘に立つ、電車に乗る、ダンスを踊る…。舞台は確かに曲ごとに移動している。しかし、そこには主人公が見ることができる世界だけが広がっている。アルバムを通して終始一貫しているのは、そんな「知らないことは書かない」という姿勢である。倉木さんは見たこと、感じたこと、自分で納得したことだけを書いている。
 倉木さんの詩でよく批判されるのがその点だ。「詩に広がりがない」「詩に奥行きがない」。
 しかし、それは逆に言えばこういうことだろう。「倉木さんの詩に嘘はない」。

 倉木さんの『Perfect Crime』はまだスタンダードにはなれない分、「倉木麻衣」をちょっとでも知っている人にはダイレクトに伝わる。『Perfect Crime』で倉木さんが一番言いたかったことが「気持ちを伝えること」だとするなら、それは大成功していると言えるだろう。

 スタンダードなアルバムを作るには、うぬぼれがいる。そして、主人公がいろんな舞台を経験し、客観的に見ることができるようになるための年月がいる。
 『Perfect Crime』はそこへ向かう過程を見せてくれているアルバムである。その上、完成度が高い。
 何十年か経った時、その未来の子供たちは僕らにこう言うだろう。

 「おじさんやおばさんたちは、このアルバムをリアルに同時代に聴いていたんだね。うらやましいよ」

 それは、僕らがビートルズ世代の人たちをうらやましく思うのと同じように。

   ●

 本日、1年に1回会える七夕。
 『CDTV』に倉木さんがビデオコメント出演。
 リアルな、この大切な時間を今のうちに体験しておこう。

2001年7月9日(月)
 昨日は、おばあちゃんの七回忌のため、日記はお休み。
 しかし、おばあちゃんのところへ行くまでに、車の横のバンパーみたいなところがはがれ落ちた。
 どこで?
 と考えるよりも、滅茶苦茶みっともない。ボロは着てても心は錦であるが、ほんとボロい車になってしまった。
 車さん、今までよく頑張ってくれました。あともう少しの辛抱だからね。

 ということで、今年こそは車を買うぞ。でも、おばあちゃんとこの家族の間では、ストリームの評判があまりよくない。困った。

   ●

 今朝は、会社までのJRの定期券を買う。
 が、いつものように、JR天満駅の定期券売場に買いに入ろうと思ったのだが、入口のところにこんな表示あり。
 「継続の定期券をご購入の方は、自動販売機で」
 なんと、定期券まで自動販売機で買えるのである。
 喜んで指定された自動販売機の前に立つと意図も簡単に購入できた。
 今使っている定期券を最初にいれ、継続期間を選ぶと、後は勝手に値段が出てくるというもの。今まで手書きで住所とかを申し込み用紙に書いていたのが嘘のような楽さ。こうやってどんどんものごとは楽な方へ楽な方へ進んでいくのだな。

2001年7月9日(月)-2
 別冊OHHO8『ヒットカウンターから花束を』の書籍申し込みページをアップ。

 別冊OHHO8『ヒットカウンターから花束を』お申し込みのページ
 http://www.music.ne.jp/~ohho/formmail/order.html

 先に手を打っておく。これで、定価以上の金額でインターネットのオークションに出されることはないだろう。
 出版社オッホの書籍を取り次いでくれている地方・小出版流通センターさんの本屋さんも一緒に記載。地方・小出版流通センターさんが直接経営している書店「書肆アクセス」さんだ。そこでも出版社オッホの本は購入可能。
 なので、直接僕に連絡とってもらう方法と合わせて二つ並べる。書肆アクセスさんのリンクOKの許可もいただけたので、今日アップする。

   ●

 この前の土曜日深夜の毎日テレビ『CDTV』に倉木麻衣さん出演。約1年ぶり。
 BOSEさんも『倉木麻衣さんへの掲示板』で書いてくれていたが、倉木さんの元気がよくて一安心。よかったよかった。
 スタッフのみなさんの拍手もあり(パラパラな感じではなく、多くの人数の人たちが拍手をしていた気がする)、あー、みんなで作ったアルバムなんだ、とわかった。
 よかった、よかった。よかった、よかった。

 元気で何より、元気が一番。

   ●

 なのだが、僕は2週間ほど前から、へんな体になっていた。
 というのも、ある日気づけば、左足の小指周辺に小さな水泡ができていた。
 「あららら、初めての水虫か」と思ってそれ用の薬をつけたのだが、一向に効果なし。逆に別の場所に気泡が移っていく。あげくの果ては、手のひらにもポツポツができてきた。かゆいような痛いような、でも何ともないような。
 インターネットで調べると、夏に子どもがかかる病気で「手足口病」というのがあるそうな。なんかそんな感じかなと思っていたのだが、ようやく最近、気泡がところどころで破裂しだした。手のひらに出来ていた気泡にも、張りというか勢いがなくなってきた。どうやら、しわしわになって弱くなっていくようだ。
 しかし、これはいったい何の病気だったのだろう。
 特に体が疲れるわけでもない。
 でも、昨日おとついと、だるいくらいに昼寝をしたからだろうか。それから便通もすっかりよくなり、お腹も少しはゆるくなって(出ていることに変わりはないが)、気泡もいきなりしわしわになってきた。
 不思議だ。
 そういや、ノドが痛くなり、夏かぜになった時くらいからおかしくなったような気がする。そして、サントリーのお茶「しみじみ」を朝とお昼に飲むようになってから直ってきたような気もする。
 自分の体なのに、よくわからないことがあるものね。

2001年7月9日(月)-3
 倉木麻衣さんの『Perfect Crime』収録の『Brand New Day』はいい。

 倉木さんのセルフライナーノーツをいくつかの雑誌でちょっと読んだが、この曲は倉木さんの中でちょっとした革命が起きた曲みたいだ。
 というのも、最後で倉木さんはこんな歌い方をしている。

 ♪あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜
  (↑音符がわかればもっとわかるように説明できそうなのにな)

 この「♪あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜」と歌っているところは、普通なら何かの言葉を入れるところだ。
 しかし、倉木さんは言葉ではなく、そしてハミングでもあく、「♪あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜あ〜」と歌った。
 誰に遠慮をするのでもなく、ここはこう歌うのが一番気持ちがいい、そう言うかのように。
 もし、この曲の詩を、倉木さん以外の人が書いていたらどうだろう。
 絶対にこんなフレーズは出てこない。絶対にこんなニュアンスは出せない。
 倉木さんが、自分の曲の詩を自分で書く意味をしっかりとつかんだ。
 そういう意味で『Brand New Day』で革命が起こった。そしてこの曲で今まで開けることができなかった大きな重い扉を自分の力で押し開けた。
 この曲以降、倉木さんはもっと自由に、もっと高く飛べるようになる。
 そして、倉木さんが自分で自分の曲の詩を書く意味がまた一つ追加された。

 ほんと、この曲は『Brand New Day』なんだね、倉木さん。

2001年7月10日(火)
 例えば好きな人がいて。
 その人が野球部に入っていたりする。その人はとてもとても野球のことが好きで。
 そうすると、野球好きな人のことが好きな人はどう思うのだろう。
 先に野球をする君を見ていて、その人のことが好きになったのなら、野球も好きになるだろう。そして素直に「野球を頑張って」と言えるのかもしれない。
 だけど、野球を好きなことを後で知ったらどうだろう。
 二人で会う時間も野球の練習にとられる。なかなか会えない。そんな状態が続けば、好きな人が好きなもの、つまり野球に対して嫉妬するのではないか。
 でも、そんな野球に対して抱いてしまう感情も、好きな人が野球部を卒業する時にはなくなるのかな。ホッとするのかな。それとも逆に、その時に初めて野球を好きな君のことが好きになるのかな。

 ということを、今回のPL学園が夏と春の甲子園に出場できないことを知る前後から考えていた。
 もしPL学園で野球をしている人が好きならどう思うだろう。
 今まで野球に奪われていた時間が、自分のために使ってもらえるかもしれない。そこで少し喜びがわくかもしれない。でも、好きな人が悲しんでいることがわかる。すごくわかる。そうすると少しの喜びは飛んでしまうのだろうか。

 なんて人を好きになるのはつらいことなのか。
 好きな人が好きなこと。それも一緒に好きになれればいい。だけど、自分のことを一番好きになってほしいという気持ち。その気持ちは苦しい。一番好きな気持ちを、別のものに譲ってあげないといけなくなるから。

 素直に好きと言えない「好き」もあるのだな。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のさすらいのマーケットギャンブラーさーん(396番の書き込み)。
 昨日の産経新聞さんの夕刊見ました。
 けどどこにも〈ストレス社会に幸福を運ぶ作品〉らしき記事がなかったような気が…。大阪本社版とは違うのかな?それとも広告の読売テレビさんの『フレーフレー人生』のこと?

2001年7月10日(火)-2
 『ヒットカウンターから花束を』がブックマップ・コムさんの7月9日の新刊に取り上げられていた。
 知らなかった。地方・小出版流通センターさんつながりと思うが、ありがたい。ありがとうありがとう、地方小のOさん、書肆アクセスのHさん。
 ということで、積極的に宣伝。

 『ブックマップ・コム』さん
 http://www.book-map.com/

 このページの中の「地方出版社・小規模出版社の本 」→「本日の新刊」→「2001年07月09日」のところの2段目真ん中にあります。
 で、その表紙の画像をクリックすると、ISBNコードなどの詳細が出てきます。お、地方・小出版流通センターさんの川上さんのコメントが追加されるようになっている。ううう、困った。「もう何年も出ていない。気まぐれ出版社に注意」と書かれそうな気が…。でも、マックのインターネットエクスプローラー4.5Jでは、表紙の画像をクリックしても出てこなった。やっぱ、4.5Jはへんなブラウザーなのね。

2001年7月11日(水)
 倉木麻衣さんの『Perfect Crime』が、ついに悲願のオリコンウィークリー1位。やった、やっほ、おっほほほ。

 といういいこともあったが、それよりもっといいことが…。

 gx51_saiさん、Kei_000787さん、maik1028Bさん、おめでとうです。これまた、とうとう主役のお帰り。
 maik1028Bさんから連絡をいただいたのだけど、まだgx51_saiさんの書き込みがなかったので、僕が書き込むのはちょっとおあずけ。やっぱり、ここまで冒険の旅を続けてこれたのは、みなさんのおかげ。

 ということで、倉木さん、おめでとう。
 そして、maikkukkeyさん、お帰り。

 さあさあ、みんなで、新しい冒険の旅を始めましょ。

   ●

 そんなことがあった今日は、4年ぶりくらいに京都で打ち合わせ。
 小学生の学生参考書を作るためだったが、京都は暑いね。というか、先方さんに会うためにスーツの上着を着たためか、あちち、あちち。
 午後4時から5時半くらいまで打ち合わせ。
 で、そこから直接近鉄京都線に乗れば電車一本で僕の家にたどり着けるのだが、会社のみんなが心配でもう一度大阪へ帰る。うーん、サラリーマンの鏡だ。
 今は、会社にいるのだが、そんなところでメールを見ると、こんないい話が。

 さあさあ、みんなで、新しい冒険の旅を始めましょ。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のれのさん、まいどです。
 で、訪問カウントのことなんですが、去年のファーストアルバムの時は、1日5000カウントを超えた日もありました。だから、メモ帳さんが言われているように、セカンドアルバムが発売になったからだと思います。
 国家の陰謀があれば楽しいのになぁ。

2001年7月12日(木)
 あららら。
 『チェッカーお試し掲示板』にいろいろなご質問とご要望が。

 で、402番のももじろうさんへ。
 僕は、産経新聞さんの記事は、情けないとは思いませんでした。
 あそこまではっきりと、〈彼女が作曲をしないことが幸い、複数の作曲家の起用により単色に終わっていない〉と書いているマスメディアに掲載された音楽評を、僕は初めて読みました。
 アーティストは作詞・作曲、そして編曲まで自分でする人が偉いという風潮があるのを僕は感じます。そして、実際僕も、倉木さんが作曲をできれば、もっと自由に自分の音楽を表現できると思っています。
 しかしそれは、自分の凝り固まった貧困な知識で作られた屁理屈にすぎない。そういうことを産経新聞さんの音楽評は気づかせてくれました。
 もし自分だけの音楽を突き詰めていく人が偉いのならば、一人で楽器を作ることから始めなければなりません(もっと根源的なものがあるかもしれませんが)。
 だから、作詞ができるとか作曲ができるというのは小さなこと。それは手段の一つであって、もっと大事なことが他にある。
 僕は、産経新聞さんの最後の締めの言葉、〈ずっと分かりやすいという次第だ〉というよりも、〈彼女が作曲をしないことが幸い、複数の作曲家の起用により単色に終わっていない〉ということをよくぞ指摘してくれた、と新鮮に思いました。
 アンチさんのように、同じことや同じリンクを何回も何回もくどいくらいに書かれる書き込みは消しますが、〈情けないので紹介しない方がいい〉という感覚は僕にはありません。

 ももじろうさん、逆にお伺いしますが、何が情けないことなのですか?

   ●

 あと、407番のさすらいのマーケットギャンブラー@HNは新しいが実は古株(笑)さんの〈この際だから田熊さんも別のHNを使って別人に成り済ますのも良いのではないかと思います(笑)〉ということについて。
 なのですが、さすらいのマーケットギャンブラー@HNは新しいが実は古株(笑)さん(な、ながーい)、僕は、倉木さんや宇多田ヒカルさんたちが自分のお名前を使い、いろんな掲示板に直接書き込んでもらう世界が来て欲しいという夢と理想があります。いつかはそこへたどり着きたいと思っています。だから、僕が〈別のHN〉を使ってしまうと、「おいおい」と自分で突っ込むことになってしまいます。
 他の人に「田熊孝浩」という名前を使われた時は、別のハンドルネームを使ったことがあります。が、最近は僕の名前を使う人もいなくなったので、このままでいこうかな、と。
 あと、僕はこの日記でいいたいことや倉木さんたちに伝えたいことは書けます。でも、うずうずした時は今まで通り、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込みます。だから、♪だいじぉ〜ぶ〜、しんぱいいらないよ〜(『ブラン・ニュー・デイ』より)です。

2001年7月13日(金)
 ふひー。
 1週間も返信していなかったとは思わなかった。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』にいっぱい返信をしてしまう。
 みなさん、遅くなってごめんよ〜。

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 手にできていた気泡がおとついあたりから破裂してきて、今の手はばばちいったらありゃしない。まるで手のひらだけ日焼けしたみたいだ。これはヘビやセミと同じように脱皮しているのであろうか。
 僕はこの後、どんな形になっていくのだろうか。

2001年7月15日(日)
 昨日は出勤日。久しぶりにマックの前に座らずに、製本作業の手伝いをする。
 1冊300ページくらいのコピーを1冊ずつバインダーにはさんでいく作業だ。
 僕の会社ではそういう作業はたびたびあるわけではないので、専用の作業台はない。だから普通の事務机の上でするのだが、この机の高さが微妙。終わってみると、腰がレロっていた。
 僕は昨日初めてその作業に参加したのだが、これまで何回かしていた人たちはたいへんだったろうな。やっぱり自分の仕事をしているだけでは、他の人が苦労していることは全然わからないのだな。反省。

   ●

 昨日は散髪もする。
 いつものパパス&ママスさんで。カットと洗髪で2000円。滅茶苦茶安い。
 が、滅茶苦茶今回は手を抜かれた。
 「前髪長めで」と頼めば全く切らない。切った髪の毛のゴミが頭に残っているのはらいもしない。洗髪のあとにはタオルを貸してくれない。うーん、いきなりここまで質が落ちているとは。
 そら、2000円だ。安い。でも、2000円だからって、これまでと質を落とされると、もう行きたくなくなる。
 デフレデフレ、と世間では言っているが、それは「安かろう悪かろう」の時代に戻ることではない。同程度のサービスでは差がつかないから、値段を下げるのだ。
 でもデフレが進行すると、「安かろう悪かろう」が復活してくるのだろうな。そう昨日のパパス&ママスさんの散髪屋さんで感じた。
 「これだけのサービスにはこれだけの対価が必要」。そう正々堂々と打ち出し続けるところが、デフレの次に注目をあびるのだろうな。僕の心の中ではそうなりつつあるな。

   ●

 てことで、昨日は日記をお休みしました。

2001年7月15日(日)-2
 暑かった〜。

 奈良県立図書館へ行った。と思っていたが、カードを確認すると奈良市立中央図書館だった。訂正する。
 奈良市立中央図書館へ行った。
 ヘミングウェイさんの『ヘミングウェイ短編集(1)』を返却し、次の4冊を借りる。

 『誰がために鐘は鳴る・上』(ヘミングウェイさん著・新潮文庫)
 『誰がために鐘は鳴る・下』(ヘミングウェイさん著・新潮文庫)
 『新・匿名座談会』(本の雑誌編集部さん著・本の雑誌社)
 『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』(北尾トロさん著・風塵社)

 ヘミングウェイさんの本は『老人と海』を読んでから、あの乾いた文体が妙に気に入ってしまった。しかし、あの乾いた文体はヘミングウェイさんのものと思っていたが、どうも翻訳者の大久保康雄さんの文体ではないかという気がしてきている。
 どちらにしても、余分なものがなく、まるで洋画の字幕スーパーを読んでいるようだ。ここまで文章がダイエットできればいいな。
 と思う僕は、オッホが次に出版する予定の『OHHO日記・3』を校正したばかりだったりする。僕の日記には余分な文章が多すぎる。

 本の雑誌編集部さんの本は、中に出版社PR誌のことについて書いていたから借りた。ある方から「もっと積極的に本の販売をしたらいい」というメールをいただいた。その一言で、そろそろゆるゆるといくか、とその気になっている。そのためにどういうことをすればいいか。僕がやろうとしている以外で他にいい方法が学べそうな気がした。

 そして北尾トロさんの本は、タイトルそのままオンライン書店のことが知りたいと思った。中をパラパラ見た。日記で具体的に書いているようだった。総論はいらん、こういう日記のような各論が読みたい。そんな気分だ。
 今日のABCテレビさんの『サンデーモーニング』を見たが、野党さんはボロボロやね。言っていることはただ一つ。やりたいことは小泉さんと同じこと。でも自分たちが主役じゃないから批判する。それだけじゃないの。みんな小泉さんを支えるために、自民党に入党すればいいのに。それから自民党を二つに割ればいいのだ。
 と庶民である僕は簡単に言ってしまう。この番組を見た人は、誰もが自民党に投票するのではないか。小泉さんを支えるしか日本は変わらない、って見せつけられた気がした。社会民主党の土井さんも、保守党の扇さんに詭弁を言っていることをつかれていたものな。

 ふー、話が違うところへそれていってしまった。
 とにかく、4冊も借りてしまったので、小林よしのりさんの『ゴーマニズム宣言・10』は買わなかった。買っても読めない。『青い鳥』もつん読になりかけている。速読術の本をまず借りるべきだったかな。

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 『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさん、どうもです。
 了解しました。

 おっと、はるみつさん、どうもです。でも、僕がはまやんさんの書き込みを読んで思ったことが、はまやんさんの言いたかったこととは全く違うことかもしれません。だから別に…。

 あと、さすらいのマーケットギャンブラーさん。
 あの音楽評は大阪の産経新聞では昨日の朝刊に載りました。なんと今頃とは。
 やっぱ、大阪も、東京から見れば一地方都市なのですね。とぼとぼ。

2001年7月16日(月)
 やれやれ、昨日の日付を間違っていた。しめしめ誰も気づいていないようだ。よかったよかった。

 と思ってたら、情けをかけられていたとは。とほほー。

 武士じゃ、武士が『チェッカーお試し掲示板』にいる。
 かたじけない、さすらいのマーケットギャンブラー@元祖チェッカさん(414番)。

 と、あらら、はるみつさん(415番)。いえいえほんと、僕の読み方が正しいかどうかわかりません。
 ♪だーかーら、はまやんさーん、おせーて。

   ●

 そうそう、昨日は3連発でノックダウンしてしまったのだった。

 1発目は、オリコンウィークリーの雑誌。
 10年ぶりくらいに読者の投稿が載っているところを見る。「倉木さんのファンクラブ限定ライブに当選した」という手紙があり。おー、すごいやん、おめでとう、と心の中で言おうと思った。そしたら「親に言ったら反対されていけない。だからチケットを売ろうと思った」というようなことが書いてあるではないか。
 おいおい。行けないかもしれないなら、応募するなよ。そして行けなかったら売るのではなく、ファンクラブさんに「いけないから辞退する。他の誰かに譲って下さい」くらい頼めよ。どれだけの人が落選をしてがっくりしているか知っているのか。腹立つ。

 2発目は、某ゴシップ誌。
 「音楽」のところを見ると、大阪・池田小の犯人は倉木さんのファンだというデマが流れたと書いている。
 おいおい、それって僕のことではないか。「たくま」は「たくま」でも、僕は「田熊」だぞ。疲れる。

 3発目は、某所。
 また僕の名前が書かれている。
 おいおい、僕がいつそれに関係することを言ったのだ。どこでどう話を結びつけ僕の名前が出てくるのだ。いつでも直接抗議のメールは受け付けておるぞ。ふー、ため息。

 ほんま。また去年に逆戻りか。
 最近は平穏無事でいいなぁ、♪ららら〜らら〜、と『Stand Up』を歌っている気分なのに、落ち込む時はガクッと落ち込んでしまう。
 よし寝る。寝てやる。寝てすべてを忘れてやる。

   ●

 そうだ。
 昨日、奈良市立中央図書館に行った時のこと。
 図書館へは、近鉄奈良駅から猿沢池を通っていくのだが、猿沢池を越えたところで日陰になっている芝生がある。ふと見ると、そこに鹿さんが4、5匹休んでいる。
 ああ、こんなところまで鹿さんは降りてきているのかと思ったが、その鹿さんたち、角が長いのなんのって。ここがもしスペインならえらいことになっていたところだ。牛追い祭ではなく、鹿追い祭なんてあった日にゃ、たいへんなこったよ。
 でも、思い出すと、奈良の鹿の角切りって、こんなに長くなった角を切るんだ。角切りの会場でハッピを着た人たちは偉い人たちだと感心してしまった。鹿の角切りは、日本の闘牛士、グラデュエーターたちであるぞ。さぁ、チャーさん、歌っておくれ。♪バラを投げるなら〜、明日にしてくれ〜。

 それにしても鹿さん。
 そんな長い鋭い角で、ちっちゃいこを痛い痛いしないでね。

2001年7月17日(火)
 次の別冊OHHOがだいぶできあがる。
 あとは全体の校正を残すだけ。全部直し終わったら、念のため送っておこう。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のれのさん(417番)。
 僕は、鹿せんべいを食べたことないです。「ふ」のような乾いたへちまのような鮒のえさも食べたことはありません。ま、まさか、れのさん、食べてみたとか? ま、まさかねぇ。まさかなぁ。

 そういえば、さすらいのマーケットギャンブラー@武士で御座るさん(418番)。あ、武士だ。武士がきたぁ〜〜。
 堪忍してください、お代官さま。私は名もない庶民の身。鹿のふんも食べたことがございません。
 そういえば、奈良名物の食べ物って食べたことがあるかなぁ? 奈良漬けくらいかもしれない。「奈良漬け」、うーん、あったら残さず食べるけど、すすんで食べたいとは思わないのよね。
 そういえば、鹿の小さなぬいぐるみが、おみやげ物屋さんの軒先で汗をかいていました。

   ●

 と言って、今日は月に一度の制作飲み会。
 いってきまーす。

2001年7月18日(水)
 完全な二日酔い。
 これを人は「パーフェクト・クラクラ」、とは言わない。
 とにかくクラクラ。よく会社へこれたものだ。

   ●

 そんな本日、ビッグニュースが相次ぐ。

 倉木さんの爽健美茶ライブへの応募が682万通もあったという。くらくら。
 一体全体どうなっている。100万通もいかないのではと思っていたのだが、恐ろしい当選確率になってしまった。どうか、神様、本当に倉木さんに会いたい人だけに当たりますように。金儲けしたいヤツには当たりませんように。
 また、そのことが載ったスポーツ新聞では、秋からテレビ出演の話もあるという。
 うーん。
 まだ決まったわけではないので、焦らない焦らない。ゆっくりとGIZAさんやファンクラブさんの発表を待つことにしよう。今まで何回も大マスコミさんで数々のデマが流されてきたからね。ねぇ、ゲンダイさん、週刊文春さん。
 その上、その記事には、冬休みか来年の春休みにライブの予定ありとも。
 うーん、これも正式な発表を待つことにしよう。でも、僕としては無理をしなくてもいいな、と思う。すぐに会えなくても、いつか会えればいい。ファンの人たちは、ながーい目で見ているので、倉木さん、焦らない焦らない。

   ●

 と思ったら、今度は僕の方に急ぎの仕事が入ってくる。
 今日はもっといっぱい書くことがあるのに。

 そうだ。
 倉木さーん、Diaryの更新、おおきにです。
 この手書きのDiaryは結構いいかも。
 ホームページの文字よりも、手書きの文字は気持ちまで伝えることができるね。人物ではない風景のイラスト(ヤシの木や海)もなんかいい。手書きの文字とあいまって、夏の南国の空気がこっちまで流れてきたよ。

 ってことで、今日はさらばじゃ。
 お昼過ぎから体調も元に戻ったし、もうちょっと頑張ろう。

2001年7月19日(木)
 今日は元気でいい子。

   ●

 昨晩入ってきた急ぎの仕事も午前中に片がつく。
 と思ったら、午後2時からてんてこまい。
 訂正が返ってきたのだ。その上、その訂正が済んだデータを受け取りに製版屋さんまで来てしまった。あらあら、オロオロ。どころではない。
 気はあせるが、プリントが出ない。データが重すぎる。チェックができない。ひぇ〜。
 結局2時間待ってもらって午後4時に出稿。ふへぇ〜。

   ●

 それからは落ち着いて、次の本『OHHO日記・3』のゲラを2部発送。
 チェックよろしくお願いします。

 それに合わせて『裏・別冊OHHO通信・1』なる小冊子を製作。チラシとして各書店さんに配ってもらうものだ。A5判で8ページ。内容は『OHHO日記・3』に載せる原稿をそのまま載せたもの。ペラ両面のチラシではすぐにごみ箱行きみたいなので、形を変えてみた。これも「どうしたら心が伝えられるか」の一試行やね。
 で、2つに折って、中に3〜6ページをはさんで冊子にしてもらったのだけど、見ようと思うとズルッと中の3〜6ページが落ちてしまう。これじゃ読んでもらえない。
 ってことで、ただいま中綴じにするために、背中にホッチキス中。う〜ん、700部もあるぞ。
 そんな中、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ると、またニセ「倉木麻衣」さんがきていた。
 もう、ほんまに。僕は忙しいっちゅうねん。お前は暇かもしれんけど、僕は忙しいのだ。
 と、ぼやきながら、聞きあきた書き込みや倉木さんには全くない書き込みを消す。
 それにしても、どっかで書かれたものをコピーして書き込むってのは、暇というより、寂しいんやろな。なんかかわいそうにも思う。
 暇やったら仕事やろか? 給料は払えんけどね。

2001年7月20日(金)(み、見たな。さすらいのマーケットギャンブラー@今日は出勤武士さん。あ、今日は出勤なのですね。ご苦労さまでござる)
 もう、ほんま。
 朝からこちょこちょするな、っちゅうねん。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に倉木さんとは全く関係ない書き込みをどっかからコピーした人、消しましたからね。

   ●

 それにしても、目が痛い。
 この前に買ったメガネが合っていないようだ。左眼がおとついあたりは朝、目やにだらけで充血しまくった。昨日は前につけていたメガネにつけかえた。
 今日、会社は休みなので、新しいメガネを買ったお店に電話してみる。
 「調子が悪いのですが…」
 メガネは買ってからもう3週間くらい経っている。レンズを替えてもらうとなると、新しく買わないといけないな。
 お店の人からは「もう一回、調べてみますので」との返事。何も持たずにお店にいけばいいという。
 お店は、奈良ファミリー3階にあるメガネの愛眼さん。
 行くと、この前の店員さんがすぐに出てきてくれた。
 「メガネの度は前回の時にチェックしたと思ったのですが、もう一度調べますね」。と、具合の悪いメガネをもって奥の方へ。
 「レンズの調整は検査通りになっていますね。もう一度、目の検査をさせていただいていいですか?」
 ということで、もう一度この前にした検査をすることに。
 調べ直してみても結果は全く同じ。新しいメガネの方がよく見える。
 乱視の角度を微妙に替えてもらって、「これが前までの分。そしてこれが新しい分」と試してもらう。そこでも確かに新しい分の方がピントが合っている。
 「新しい方が目にはピントがあって楽なはずなんですが。前の分と新しい分の中間の角度にしておきますか」
 ということで、その中間の角度の仮のメガネをかけてしばらく様子を見ることに。その時間、2〜3分。そうすると、やはり目の中に何か引きつりを感じる。この感じは、新しいメガネをかけた感じと同じだ。
 ということで、前までの古い分の角度にしてもらうことに。ピントが少しあっていなくても仕方がない。ああ、レンズ交換となってしまった。この前のレンズは確か2万ちょっとの定価を割り引いてくれて1万円くらいだった。片目だけってことでレンズは売ってないだろうから、今回も1万円は飛んだな。
 「レンズを直しますので30分ほどお待ち下さい」とのことで、奈良ファミリーの5階くらいにある本屋さんをブラブラする。そこで、『non・no』さんと『junon』さんの倉木麻衣さんの記事を発見。さっそく購入。今まであまり知らない内容は『倉木麻衣さんへの掲示板』でみんなに知らせることにしよう。
 と30分経過。
 メガネの愛眼さんに再び行ってみると、店員さんは待っていた。
 乱視の角度を戻してもらったメガネをつけてもらう。おー、よく見える。気のせいかもしれないけど、今までよりも部屋の奥まですっきり見えるような気がした。
 さて、お金を払わないと、と思うと、なんとサービスで交換してくれるとのこと。無料だったのだ。無理して、目が充血するメガネをかけ続けなくてよかった。
 で、あとメガネを長い間かけているとずれてくるのが気になっていたので、「もう少しずれるのを抑えてほしい」とお願いする。それも、「ちょっとお待ちくださいね」という感じですぐに直してくれる。ありがたいことだ。

 なんか今まで悩んでいたのが嘘のよう。もうちょっと我慢すれば目が慣れてくる、もうちょっとだけ頑張ってみようと思い続けていた。そんな日々よ、さようなら。ほんと、愛眼さんに電話してよかった。

 それにしてもこれは何なのであろう。
 検査では確かに、新しいメガネの方がはっきり見えていた。だから目にも楽なはずだ。しかし、実際かけてみると全く逆。これは一体…。

 目は右眼と左眼で相関関係があるのかもしれない。
 今回の件では、左眼が乱視の角度を変えることによって、ピントがはっきりする。それは左眼にとってはとてもよいこと。しかし、それは左眼単独だけでよいことと言えるだけで、右眼と一緒に見るときの左眼にとっては悪いことだったのかもしれない。あなたがいて僕がいる、という関係だろうか。
 左眼がよくなることによって、今までメインであったはずの右眼を追い越してしまう。そして右眼と左眼のバランスに微妙に変わる。僕の目の場合、メインが右眼から左眼にかわってしまうくらいだったのかもしれない。そして今までメインで舞台にあがったことのない左眼はくたくたになっていたのかもしれない。いつかは舞台度胸がつき慣れるのかもしれない。けど、逆に身分不相応と思い悩み舞台が嫌いになったかもしれない。

 前のレンズと同じものになったけど、それから気分はすっきり。「前と同じ姿で帰ってきてくれたんだな」と今頃、右眼も喜んでいるのかもしれない。

 人間の体って不思議だなぁ。というか、最近の僕自身の体は面白い。手の皮も気泡のおかげでボロボロだし。牛どんの吉野屋さんの店員さんにおつりをもらう時、なんか申し訳ない気分になってしまった。それにしても不思議だなぁ。

2001年7月22日(日)
 昨日は団地の夏祭りのため、日記はお休み。

 というよりも、昨日はショックなことがあった。
 倉木麻衣さんのファンサイト「BABY I LIKE」さんが突然閉鎖したのだ。
 閉鎖の理由は「荒らしさん」とのこと。
 なんてこと。そんなことになっていたとは。
 あまりにも残念だったので、モルルさんにメールを送り、掲示板を急きょ立ち上げる。

 『ファンサイト「BABY I LIKE」さんにエールを』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai21

 で、今そのアンケートを見ると、閉鎖は撤回して「休止」にしてくれたとのこと。
 僕は「よかった」と思った。が、これはもしかしたら当事者ではないから言えるのかもしれない。また同じことを繰り返されるかもしれない。そのことを考えると、僕はモルルさんに「復活して」ということだけを押しつけたのではないか。「休止」にしてくれたらしてくれたで、そんな勝手なことも思ってしまう。
 一番いいのは、「荒らしさん」が荒らしさんの表現をやめればいいこと。
 そうするために何をするか。「荒らしさん」と対峙するか、それともすべてを受けとめるか。
 「荒らしさん」も「アンチさん」もすべて倉木さんのファンにするという無謀な夢と理想を持っているので、僕の選ぶ道は今のところ一つしかない。
 でも、その選択が正しいかどうか。夢と理想が実現するかどうか。全くわからない。
 このゲームのプログラムを組んだ人がいたら、エンディングはどうなっているのか、先に教えてほしいときがあるな。

   ●

 Red_Busさんが『倉木麻衣さんへの掲示板』で教えてくれているが、倉木さんの『Perfect Crime』がオリコン・デイリーで3位に浮上したという(22446番の書き込み)。

 ふふふ。

 というよりも、僕は秘かにもう2回くらい1位に返り咲くと思っている。それも真剣に。
 それだけのアルバムだと思う。
 アンチさんには決して見ることができないが、このアルバムには独創がいっぱい詰まっている。レンタルで済ますことのできるアルバムではない。
 もし批判する評論家がいれば、そいつはもらったCDを1回聴いただけで作文を書いているのであろう。そいつは、同じアルバムを何回も何回も繰り返し聴いた経験のないヤツだ。そんなヤツの作文はドブに捨てればいい。
 自分の金で、自分の小遣いでCDを買い、何回も何回も聴いた人が書いた文章だけが読む価値がある。耳を傾ける価値がある。僕らがCDを買うのは、自分がそのCDを1回だけ聴きたいからではない。何回も何回も聴く価値があるかどうかが知りたいのである。
 何回も何回も聴く価値があるかどうか。その質問に答えられるのは、何回も何回も繰り返しCDを聴いた人だけである。そのCDを買ってよかったかどうかを答えられるのは、そのCDを買った人だけである。

 腐った評論家の作文は無視すればよい。そいつらの作文に価値はない。

 倉木さん、惑わされることはない。
 何回も何回も、あなたの『Perfect Crime』を買って聴いた人のほとんどは『Perfect Crime』を支持している。
 あなたの志向は間違っていない。大丈夫。とてもいいアルバムだよ。毎日聴いているのに、明日も全曲聴きたくなるような、そんなアルバムに僕らは聴こえるよ。
 ありがとう、倉木さん。

2001年7月23日(月)
 『チェッカーお試し掲示板』のぐらすさん、どうもです。
 よかったよかった、初めてPDFファイルについて言ってくれる人がいた。
 今までに合計900くらいダウンロードしてもらっているのに、ぐらすさんの質問が初めてです、とはびっくりしてしまいます。
 と言っても、答えを言えるわけではないので、やっぱ、そのへんが質問できない理由なんでしょうね。
 で、僕も表示がされない時があります。僕のパソコンはマックなのですが、他のソフトがいっぱい開いている時は見えなくなっているような気が…。パソコンを再起動して、一番初めにPDFファイルを立ち上げると見える時があります。
 でもそれがウィンドウズで有効かどうか。うーん、その他のことになるとさっぱりわかりません。

 誰か〜、ぐらすさんに教えて〜。

   ●

 で、話は変わって。

 今日は劇的な出会いがあった。
 「劇的」というより「運命の」と言ったらいいだろうか。

 僕はこの『OHHOのホームページ』を作る前は、会社で個人社内報みたいなものを作っていた。
 名前は『アドバム通信』。1000〜3000部くらい作って、近所の家や会社のポストにみんなで配っていた。印刷の仕事をもらうための広報誌だと意気込んでいたのだが、製作していたのは僕一人だった。
 そこには、この『OHHO日記』のような『アドバム(田)日記』と、ミニ特集みたいなものがあった。僕が勝手に原稿を書いて適当にレイアウトしていた。
 で、その『アドバム通信』。創刊号や2号を作って配布したら、FAXをくれた人がいた。「シャッターを開けると床にありました」という書き出しで始まったような内容だったと思う。
 この社内報で仕事をくれる会社が出てきてほしいとは思っていたが、読者になってくれる人がいるとは思わなかった。
 だからそのFAXを見た僕は狂喜乱舞。倉木さんがCDを出して、その曲がラジオで流れているのを初めて聴いた時の感覚に近いだろうか。僕は会社にいる人全員に、そのFAXをコピーして見せまくったのは言うまでもない(倉木さんは、「聴いて聴いて」とは言わなかっただろうけど)。
 で、嬉しくて、次にできた号は、その人の会社のシャッターにも潜り込ませたけど、郵送でも送った。その次の号も送った。
 その間に、一度僕の会社に訪ねれくれたことがあったらしい。僕はその人からのFAXでそのことを知った。しかしその日はあいにく僕の会社が土曜日で休日だったためお会いすることができなかった。
 それから、僕の会社は解散し、新会社に移行する。新会社になり、人が少なくなったので、僕は『アドバム通信』を作る時間はなくなっていく。そして次第に、僕は『アドバム通信』を作ることさえ忘れるようになっていた。

 そんな今日。
 なんとなんと、そのFAXの人が訪ねてきてくれたのだ。

 「○○社のものなんですけど、ハガキの印刷を頼みたいのですが…」という言葉とともにその人は僕の会社に入ってきた。
 「先週に電話をしていた者です…」
 僕はその時、「あれ?○○社さんと言えば、通りの向こうにある会社ですよね」と答えた。僕はその時点で、名前は聞いたことがある、場所も知っている、けどなんで知っているのかな、という感じだった。
 営業の担当者を呼び、持ってこられた官製の暑中見舞いハガキを受け取った。しかし、印刷するための原稿がコピーしたものだった。「元の原稿をいただければ…」ということでもう一度取ってきてもらうことになった。
 「○○社さん、○○社さん、…」
 僕はその人が取りに帰っている間に、『アドバム通信』を送っていた人の名簿をひっくり返した。「○○社さん、○○社さん、…」「あった!○○社さん。あの人は、○○社さんの△△さんだ!」
 そのことがわかってから、どれだけドキドキしたことか。
 あの『アドバム通信』を読んでくれていた人がここに来てくれる。もう一度会いに来てくれる。そう思うと、口から心臓が飛び出しそうだった。
 そんなものなのかな。知らないときは、平気で暑中見舞いハガキを受け取っていたのに、知ってしまうとどんどん緊張してくる。人間とはゲンキンなものだ。

 で、その人にもう一度会い、「あの○○社さんの△△さんですね」と挨拶をし、「前にも来たんですよ」という会話などをした。その人は実はこの前に一度僕と会っていた、とか。
 というか、その時は大きな印刷物の依頼だったので、「それなら少し遠いけど、あそこの印刷屋さんでしてくれると思います」と僕は答えた。そういえばそんな問答をした人がいた。しかし、その人は素性を明かしてくれなかったから僕はその人が誰だかわからなかった。
 その人と、今度はほんとに会えるとは。お互いが誰かとわかって会えるとは。
 そんな感じだ。

 もしかして、僕が違う会社に行っていれば。その人が今日暑中ハガキを持って来てくれなかったら。そして、今日のハガキの原稿がコピーでなければ。僕らはお互いを知ることはなかったんだな。

 なんて思えば、詩やなぁ、小説やなぁ、運命やなぁと思った。
 こんな出会い方もあるのだ。ほんとこんな出会い方もあるんだなぁ。

 ってことで、実はその人がもう一度来るまでに、僕は『ヒットカウンターから花束を』を用意した。『裏・別冊OHHO通信』も用意した。もちろん名刺も袋に入れた。プレゼント用だ。僕はあれからこんなことをしてますよ。
 だからもしかしたら、今日ここを見てくれているかもしれない。
 ってことで。

 「○○さん。本日はまいどありでした。印刷の納期は間に合うように手配しますので」

 と業務連絡をしておこう(どうもありがとうございます。本当に)。

 それにしてもこんな出会い方もあるのだな。
 けど、こんな出会い方は緊張するな。もしこれが、ヒットカウンターに来てくれている人に会うとなると、何人の人と会うことになるのか。これじゃ、口から何個心臓が飛び出してくるのかわからない。

 だから、誰にも会わないでおーこおっと。

 よく考えると、倉木さんの今度のライブ。倉木さんにとっては今まで顔を見たことがないファンの人たちと顔を合わせるんやね。
 緊張するやろなぁ。
 いやいや、逆にファンの人が緊張するのかな。
 どっちも緊張したらぎこちないライブになってしまうな。
 そんな時には、少々ハメをハズしてくれる人がいたらいいのにな。
 ってことで、みなさん、よろしくお願いいたします。

2001年7月24日(火)
 夏休みになったせいだろうか。
 電車がスキスキ。
 ♪ららら〜らら〜、である。
 いつもこれくらいの混みようならいいのにな。
 でも、相変わらず近鉄西大寺駅から座れることはないんだけど。

   ●

 夏休みになったせいだろうか。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に「初めまして」と言ってくれる人が増えている。
 うーれしーな、うれしーな。である。

 「初めまして」と切り出すのは結構勇気がいる。
 どんな反応をされるかわからないのものね。だから気づいた時は返事をしようとしている。
 が、れのさんや「さマギャン」さんたちが壊れながら返事をしてくれている。うーれしーな、うれしーな。
 それにしても、シナプスさん改めシナプーさんが命名した「さマギャン」さん。あまりにも収まりがいいお名前になったので、「さマギャン」さんと聞いて、元のお名前を想像できる人はいないのだろうなぁ。
 Yu!さんやA1さん、そしてれのさんもこれ以上短縮するのは無理だからそのままかな。

 で、ぐらすさーん。
 PDFファイル見えるようになりました?
 拡大縮小ツールで大きく拡大しても見えないですか?

   ●

 ああ、また今月も月末がやってきた。
 うぐぐ。
 なんとか乗り切るのだ。
 今月はなぜか幸先はいいぞ。全然図書館さんに『ヒットカウンターから花束を』を献本できていないのだけれど。

 そうそう、昨日、地方・小出版流通センターさんに『裏・別冊OHHO通信・1』を発送。
 Oさん、よろしくお願いしますね。

   ●

 で、倉木麻衣さんの事務所は、アディングさんになるのだろうか? それともループさんになるのだろうか? うーん、わからん。「ループ」さんって初めて聞いたような感じだものな。attun2さんなら、知っているのかな?

2001年7月25日(水)
 あかん。
 昨日、今日は大阪は天神祭やった。
 ポンポン、花火の音が鳴っている。

 それにしても、明石の花火大会の将棋倒し事故。詳細がわかってくるたびにやりきれなくなってくる。どうして今年はこうも子供たちが犠牲になるのか。
 明石と言えば、阪神大震災の時、危機管理をどうするかいろいろ考えたと思うのに…。
 時間が経てば、どんなつらかったことでも忘れていくの?
 それは、「もう電話をかけてこないで」と言われたことも忘れさせてくれるけど、忘れてはいけない、忘れたくないことも忘れていくの?
 時間はいつも僕の味方だと思っていたが、敵になる時もあるのだな。

 今日はダイエットに励むために、いろいろ考えながら電車に乗ることにしよう(とちょっとSTAYさんのサイトの情報を頂戴しておいて)。

 さあ、今日は会社をちょっと早く出よう。

2001年7月26日(木)
 JR天満駅前のコンチキチンの音。
 桜宮駅に着く直前に見えた船渡御。
 昨夜は会社帰りに、ちょっとだけ天神祭の雰囲気を味わう。
 いつもは店頭に店を出していないお好み屋さんも1つ300円でやきそばを売っていた。マクドナルドの店頭でもコーラを売る声。
 夏やね〜、祭やね〜。
 でも、ほんとつらい話や、なんでやねんという話が目につくこの頃。

   ●

 そんな中、昨日の産経新聞さんの朝刊にちょっといい話が載っていたので、ここに残しておこう。

 〈大阪の読者・山本利枝さんから「ちょっと前のことですが…」といって手紙を頂戴した。〉

 と書いているのは、産経新聞さんの1面に載っている『産経抄』というコラム。そこに載っていた話です。

 〈友人が自宅そばの空き地でアジサイを丹精こめて育てていた。ところがいま咲こうとしていたつぼみが、何者かによって無残になぎ倒された〉

 ややや。いったいどうしたことだ。誰が花のつぼみをなぎ倒したのだ。なんて非情なやつなんだ。ここから話は始まります。
 ではそのお話、ちょっと切りのいいところまで一気に引用します。

 〈▼驚きと悲しみの末、ふと思いついてだれかわからぬ犯人に手紙を書き、その場につるした。「あなたの行為はちゃんと見られています。これから咲こうとしている花のバチが当たりますよ」。すると二、三日たって小学生らしい字で返事がつるされていた ▼「花を切ったりしてすみませんでした。花がざっ草と思ったのです。もう花を切ったりすることは一生しませんのでゆるして下さい」。そしてもうひとりの子供らしい筆跡で「いまからさこうとしている花にかわいそうなことをしました。ほんとうにすみませんでした」 ▼その横に母親らしい人の字で「子供たちにもよく言いきかせましたが、大切にされていたお花にあやまりたいと思います…」。その手紙は雨にぬれないようにビニールで覆われ、ひもでつるされてあった。そこで友人は「あやまりのおてがみをくれてありがとう」と返事を書いた ▼「花が切られたときは泣いていましたが、今日はきみたちのゴメンナサイのおてがみでうれしくてまた泣きました。きみたちはもうだれからもしかられません。きみたちのお父さんお母さんはいい人たちですね」。それに対し母親の字で「子供たちときれいな花を楽しみにしています」と (後略)〉
 (『産経新聞』2001年7月25日(水)朝刊14版1面『産経抄』より)

 なんかね。
 なんかね、倉木さん。
 いろんなことが毎日ある『倉木麻衣さんへの掲示板』みたいだね。そして、僕らと倉木さんとの関係みたいだね。と思いました。
 顔が見えなくても、言葉だけでこれだけも心を伝えることができるんだね。

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 『裏・別冊OHHO通信・2』を昨日唐突に作り、印刷してもらうように今日フジイさんに渡す。
 本気だ。本気で広めようとしている。
 というか、やっぱりそれ相応のことをしないといけないと思った。今まで『OHHO』は甘えすぎていた。自分では気づかなかったが、チラシをまけばそれで終わりと考えていたようだ。
 でも、チラシはまくだけでは信用を得られない。
 まくチラシの内容を吟味すること。
 それを出すタイミングを考えること。
 そして何回も続けて出すこと。
 そこでようやく、『OHHO』とは何かということがわかってもらえる。
 ブランクは10年もある。

 そうだ。信用を得ることは難しい。そのことで一つ。
 ある人にメールを送った。
 珍しく僕から。しかし、そのある人からは返事がこない。
 メールの内容は、「それなら僕がもってるかもしれないので、譲れるかも」というもの。「だからどこへ送ったらいいか教えてほしい」と書いた。
 でもその返事はない。
 というのは、やっぱり僕に信用がないからだろう。
 送り先をどこにするか教えていい人かどうか。その段階で「教えてはいけない人」と僕は判断されているのだろう。
 信用を得るためにはまだまだ時間をかけなければいけない。それから、余計なおせっかいはしばらくやめておくことにしよう。

 信用の度合いというのは、放物線に似ているのではないか、と思うときがある。
 信用を得るために、時間をかけ緩く長い登り坂の線を描く。そんな線を描ければ、信用がなくなるときは、緩く長い下り坂になる。いつでも信用を取り戻すことができるようになる。
 逆に、速く急に信用を得た時はどうなるだろう。あっという間に信用はなくなるのではないか。
 この放物線の理論は、僕の頭の中でいろんなものに応用させているみたい。バイオリズムのグラフに見とれたことがあるからかな。

   ●

 だから、倉木さんたちには、緩く長く僕らの信用を得ていってほしいと思う。そして僕らも、時間をかけて倉木さんたちに信じてもらえるようなことをしていかないとな。
 目先だけの、小手先だけのことでつじつまを合わせるのではなく、ゆっくりとどっしりと。

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 先週か先々週、FM802のヒロTさん番組でチェン・ミンさんのインタビューがあった。
 僕はそこで初めてチェン・ミンさんのことを知った。流れた曲は何曲かあり、ライブで演奏してくれた曲もあった。
 『燕になりたい』って曲、すごく気持ちが落ち着いた。あんなにすとんと心が落ち着いたのは、FM802さんを聞き出して初めてだったような気がする。
 チェン・ミンさんとは二胡という楽器を奏でる人。弦楽器になるのかな。とてもきれいな、中国大陸ぅ〜〜〜〜〜、っていう音が鳴る。
 今度CD探してみようかな。

 チェン・ミンさんのことが載っているホームページ
 http://www.toshiba-emi.co.jp/domestic/artists/
 chenmin/index_j.htm

 『Chen Min Official Web Site』(試聴できるみたいです)
 http://www.chenmin.net/

2001年7月27日(金)
 「聞いてみ」と言われて、朝、昨日の留守電を聞く。
 そしたらびっくり。オペレーターのお姉さんの声のあと、小泉首相の声が聞こえていた。
 なんともう選挙運動の一つで、自民党は小泉さんの声を流しているみたいなのだ。
 「改革を成功させるために、自民党に一票を…」
 なんて小泉さんに電話で言われた日にゃ、僕の母なんか一発で投票所にいってしまうぞ。
 でも、なんか小泉さんの声は太く、疲れているように感じた。そんなところも、味方になってしまう人を増やすのだろうな。
 しかし、ほんと小泉さんは頑固だ。僕の頑固さなんか「へ」にしか思えないほど。

 さて、明後日は参院選。
 今回も投票にはいくぞ。

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 あらら。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』がチャット状態になっている。
 連続投稿の制限があっただろうに、どうやって投稿されていたのだろう?
 ライブの前後にはチャットを期間限定でアップしようと思っているので、それまで待ってほしいなぁ、と。

 そうそう、さマギャンさん。
 一つは、ニフティさんを使おうと思っているのですが、予備としてもう一つ用意しておこうと思っていたりして。前回の時に、途中で終わっちゃいましたもんね。

2001年7月28日(土)
 今日は休日。

 先週に借りてきたビデオを見ようとした。
 しかし探せど探せど見つからない。
 ビデオばかりではなく、レンタル用の青い袋まで見当たらない。いったい全体どこへ?
 と、どこにやったのか尋ねてみると「昨日返した」とのこと。ふへー、まだ途中までしか見てなかったのに。

 と思うが、僕が今日休みだということを伝えていなかったのがいけない。今日が返却日だったので、僕が返しにいけないと思い、気を利かせてくれたのだ。悪い悪い、ありがたいありがたい。と思うが、見たかったのに見たかったのに、の気持ちが入り混じり複雑。

 しかし今回のこのビデオちょっとした騒動の場合、僕は初めに「ないない」と思い、次に返却したと聴いて「見たかったのに見たかったのに」と思った。しかしその後で、わざわざ気を利かせてくれたのだと思い直し、「悪い悪い」「ありがたいありがたい」と思った。だから今は、「見たかったのに」という気持ちの上に「悪い」「ありがたい」という気持ちが上書きされている。複雑な気持ちの中にも「ありがたい」気持ちが勝っている。

 この微妙な気持ちの変化はいろんな場合に当てはまりそう。
 同じ曲を聴いていても、「いい曲に違いない」と思って聴いた時と、何も思わずに聴いた時の印象が違うのも同じだろう。「いい、いい」と過剰に宣伝されたものを実際に聴いてみると、ガクッとくることが何回かあった。

 多くの人を相手にする場合には、宣伝の量は多ければ多いほどいい。
 しかし、その内容を過剰に表現しすぎると、実際に商品を手にした時に反動がある。
 おごらず、騒がず、さりげなく。
 そんな一人一人の耳に話し掛けるような、口コミのような宣伝ができればいいな。

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 というようなことを考えながら、『OHHO・PDFファイル & 書籍お申し込み』のページに本の写真を載せる。ちょっとはわかりやすくなったかな?

 『OHHO・PDFファイル & 書籍お申し込み』
 http://www.music.ne.jp/~ohho/formmail/order.html

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 山崎製パンさんの『十勝バターリング(ハーフ)』(税別150円)がおいしい。
 ほのかなバターの甘さがいい。味がついているのかついていないのかわからない、そんな微妙な味にひかれる。「くどくない」というのかな。

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 倉木麻衣さんのセカンドアルバム『Perfect Crime』に入っている『Brand New Day』。
 何回も何回もこの曲について書いてしまうが、この曲が10年か20年経つとどうなるだろうと考えた。
 というのも、今の倉木さんはこの曲を、カラフルないろんな色のボールがポンポン跳ねるように歌っている。甘い声から始まり、最後には甘い声だけではなく、力強い声も入り交じる。歌詩に書かれた一人旅に出た人が、甘い気持ちで出発したが、途中では心細くなる。しかし最後にはいろんな気持ちが混じりながらも、しっかり「自分」というものを持ち乗り切って行く。そんな心の変化がうまく表現されている。現在進行形の倉木さんがまるでそこにいるようだ。そういう意味で、この『Brand New Day』は、今歌うことに意味があるのだろう。

 では、10年か20年経つとこの曲が歌えなくなるかというと、そうではない。
 今『Brand New Day』を歌うときに込めていた気持ち、その気持ちがその後どうなったのか。10年か20年経てば、「今」を振り返ってみることができるようになるだろう。
 『Brand New Day』のテンポを落として聴いてみる。
 頭の中で、ゆっくりとしたリズムで流れる『Brand New Day』を聴いてみる。
 そこにはジャズのような、ボサノバのような、そんなたおやかなメロディが流れている。
 10年後、20年後、倉木さんが爽やかに、そして穏やかに『Brand New Day』を歌うことができるかどうか。
 それは、「にじんだインク」の手紙をもらった僕らが、これから10年か20年をどう過ごしていくかにかかっているのだろう。

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 さぁ、初ライブの8月が、そこに迫ってきた。

2001年7月28日(土)-2
 おっと、今、今日奈良ファミリーの本屋さんで買ってきた『J*GM』2001年9月号を読んだ。

 倉木麻衣さんのライブに、コーラスとして4D-JAMのふるかわ(ハート)魔法さんが入ったということにまずびっくり。「やったぁー」という感じで嬉しいびっくりだ。テレビ番組『ホームページ京都』さん(結構面白い番組。GIZAさんのアーチストさんはこんなに面白い人が揃っているのかと思える。今日の深夜に京都テレビで放送するよ)なんかで拝見していると、ボンボン本音を言ってくれる人みたい。力強い助っ人で嬉しいな。
 ふるかわ(ハート)魔法さーん、どうぞよろしくお願いします。

 で、33ページで倉木さんはこういうことを言っている。

 〈(前略)今度は私が、歌詞に込めた思いを1曲1曲説明していこうと思う。歌のフレーズのニュアンスや、ここはこんな気持ちなんだとか。そしたらストレートにみんなに伝わるし、わかりやすいと思う。〉
(『J*GM』2001年9月号33ページより)

 この言葉は、バンドのJeffreyさんがコーラスの部分で、〈歌詞に込めた気持ちをみんなが理解して歌わないと伝わらないよ〉と言ってくれたことに始まる。その言葉を聞いた倉木さんが、〈今度は私が〉と言っているのである。

 倉木さーん。
 一つ一つ、ほんと一つ一つ、吸収していってる気がします。
 で、〈歌詞に込めた思い〉のことなのですが、もう倉木さんのことだから心配はいらないと思うのですが、おせっかいにも一言突っ込ませて下さい。
 〈歌詞に込めた思い〉は、それだけを伝えようとしてもうまく伝わりません。初めにニュアンスの話をしてもストレートに伝えることは難しいです。それよりも、倉木さんがなぜその歌詞を書こうと思ったのか。どういう背景があったのか。何がきっかけになったのか。そんな一見歌詞には直接関係ないことを話したようがいいように思います。
 それは、例えば、「お風呂場で、外で鳴いている犬の声を聞いて」でもいいし、「その時は京都にきたばかりで。雨がよく振っていて」でもいい。そんな感じで倉木さんがその歌詞を書いた時の状況まで伝えることができれば。それと合わせて、その時の倉木さんの心の状態を話すことができれば、きっと倉木さんの歌詞は倉木さんだけのものじゃなくなる。コーラスの人、そしてバンドの人みんなのものになると思います。
 それは例えば、『happy days』のレコーディングの時、西室さんやスタッフの人も一緒に泣いてくれたように。
 歌詞を書いた時を一緒に共有しているところまで話ができれば、きっとみんなに歌詞の意味は理解できると思う。そして、そこまでいけば、自然とニュアンスは伝わっていくと思います。
 本音でみんな話ができるかどうか。それは、倉木さんが本音で話をするかどうかにかかっています。どうか頑張って。

   ●

 もう倉木さんは十分わかっていると思うけど、なんか僕からも背中を押してあげたくなるような話が『J*GM』さんに載っていたのでした。

2001年7月29日(日)
 今、参議院選挙の投票に行って来た。
 午後6時15分。
 午後6時のニュースでは、この時間までに投票率は前回を2ポイントくらい下回っているという。
 今、毎日テレビで筑紫哲也さんがその投票率の低さについて、「小泉人気が…」という理由をあげたが、それは大きな間違いではないか。この時間に、「投票率が低い」ということで論じてはいけない。なぜなら、投票率はこの時間からグングン上がり、前回を10ポイントくらい上回りそうに思うからだ。
 というのも、僕が投票所に行った時、2階にある投票所へ入るために、1階の階段のところで行列ができそうになっていたのである。こんなことは初めてだ。
 筑紫さんは今年の夏は猛暑であることを忘れている。有権者は日が沈んでから投票所に向かい始めているのである。しかも、先ほどのニュースで投票率が低いということを知った人たちは、「私がいかなければ」という気持ちに拍車をかけている。自民党ボロ勝ちである。
 出口調査を午後6時くらいに打ち切ったテレビ局は、選挙速報で大きな誤りを犯すであろう。そして気候のこともわからないボンクラTVコメンテーターが泣きを見るであろう。

 てなことを思いながらも、投票所ではみんな、比例代表候補の投票の時にちょちょまっていた。
 誰もが投票用紙に向かうことなしに、候補者名が書かれたボードを仰ぎ見て立ち止まっている。こんな光景も初めて見た。
 いい制度が悪い制度か。なんだかややこしすぎる。候補者名と政党名と二つ書く人が大量にでそうだな。

2001年7月29日(日)-2
 不思議な電話がかかってきた。
 「おたく、演歌ジャーナルの出版社さんですか?」。

 ややややや。
 まさかの、初めての質問だったのでうろたえてしまった。
 「え?えんかジャーナルですか? うーん、ここは出版社と言えば出版社かもしれないんですが…。えんかジャーナルはちょっと…」。
 少し話を聞くと、千葉県にあるスーパー・ジャスコで演歌ジャーナルのことを聞くと、僕の家の電話番号を教えられたという。
 確かに、出版社オッホは、「ポン!歌謡曲の雑誌」と肩書きをつけている。しかし、それがなぜ『演歌ジャーナル』に結びつくのであろうか。
 「いやいやそれは、演歌ジャーナルさんはうちでは扱ってないですね。え?演歌ジャーナルのあるところを教えてくれと。うーん、出版社はいっぱいありますからね。ちょっとこちらではわからないですね。どうもすみません」。
 あーあ、結局僕が謝るはめになってしまった。
 千葉のジャスコさーん。もうちょっとちゃんと調べて出版社を教えてあげてくださいよー。せっかくお電話をくださったおじさんは、路頭に迷ってしまうではないですか。

 うーん、それにしても不思議。
 『演歌ジャーナル』と聞いて、オッホの連絡先を教えて下さるのは困ってしまうのだが、これはよく考えると出版社オッホの知名度が上がっていること?な、わけないな。ただ面倒くさくて、「演歌」=「歌謡曲」と発想されて、出版社名簿なんかでここを紹介したのだろうな。
 おじさん、演歌ジャーナルの出版社さん、見つけられたかな?

   ●

 そうだ忘れていた。
 この前の木曜日に『ヒットカウンターから花束を』を25冊発送。倉木さんのインタビューを初めて放送してくれたFMラジオ局さんや、関西にある新聞社の社会部さんへお礼の意味を込めて献本する。
 倉木さんのファンは本当にいるのよ、みんな応援しているのよ、ということが伝わるといいな。

2001年7月30日(月)
 まるで嵐が丘だ。
 まるで風と共に去りぬだ。

 と言っても、僕はまだ読んだことも、ビデオを見たこともないのだが、さマギャン@情報屋さんが『倉木麻衣さんへの掲示板』(22803番)で教えてくれた倉木麻衣さんの新曲のジャケット写真は見事。
 『Can't forget your love/PERFECT CRIME-Single Edit-』。
 まるで壮大な映画を見るようなジャケット写真だ。
 緑色の空をバックに、黄金の髪の毛が輝き、倉木さんは横顔。このために髪の毛を金色に染めたのではないかと思われるくらいぴったりあっている。
 緑色の空と金色の髪の倉木さんの横顔のアップは一見無謀な色の取り合わせのように感じる。しかし、緑色の空に流れる雲をバックに、その雲を見上げる横顔があると、強い風に吹かれながらも微動だにしない心が見えてくる。強く堅い意志を感じさせる。
 見事。本当に見事だ。感動的でありさえする。何回見ても、体にしびれが走る。
 すごいぞ、今度のジャケット写真は。

 緑色の空に、金色の髪。
 ちょっと違うが『風の谷のナウシカ』の最後の場面。金色の野に立つナウシカのイメージが浮かび上がってきた。

   ●

 と感動しながら、『チェッカーお試し掲示板』の仮Pu>∞使いさん(447番)。
 OK、OK。何の問題もないですよ。
 トーテムさんも前に知っている人に名前を使われたことがあったし、他の方でも何回かあったりします。
 仮Pu>∞使いさんのパソコンを使って書き込みをした人は、きっと仮Pu>∞使いさんのことが気になっていたんだと思いますよ。だからちょっといたずらをしたくなったんじゃないでしょうか。
 だから、仮Pu>∞使いさん、〈では、消えます。もう二度と現れません。m(_ _)m〉なんて言わずに、いつでも現れて下さいよ。
 それから、僕はいつもIPアドレスのチェックをしているわけではありません。だから、仮Pu>∞使いさんが誰かなどということも調べていません。
 他のみなさんが書いてくれていますが、いつものお名前でまた書きこんでくださいよ。待ってますよ。

   ●

 同じ掲示板のれの@血管切れそうさん(444番)。
 と言っても、もう行ってしまわれたのかもしれませんが、僕の仕事場の近所の本屋さんにも、『J*GM』は1冊くらいしか入荷しません。
 この前その1冊を買ったのですが、裏表紙にヒモをくくったあとがくっきりとついていました。2冊入ってりゃなぁ、と泣いた泣いた。

   ●

 同じく、彩の国、カヲルさん(446番)。
 あ、バレてしもた。
 実は、ヒットカウンターのトップページは直したのですが、他のページのリンクはそのままだったりします。
 またいつかまとめて変更しないと。JUNYAさんに調べてもらった、倉木さんに関するホームページのリンクも変更しないと。
 といいながら、彩の国、カヲルさんに教えて下さったところだけでも直してお茶を濁すのであった。

   ●

 同じく、さマギャンさん(445番)。
 おっと、みんな実は気にかけていたのですね。
 それと、話は変わりますが、これは全国ニュースにはなってないと思うのですが、この前の金、土、日曜くらい、京都の宇治地方は断水状態でした。
 僕の知り合いがそのへんで働いているのですが、断水の時は、自衛隊さんの給水車が走り回っていたとか。また、水の出る近所の銭湯には長い行列ができ、スーパーには水の入った酒樽が並べられ、バケツリレーも行われていたといいます。
 日本全国で考えるととても小さな地域のことなんだけど、その地域の人にはとてもたいへんなこと。そんなことはいろんなところで起こっているのだ、と再び思いました。
 それにしても高校野球、地方大会の決勝まで行くとはすごい。僕の高校は最高ベスト8にも入ったことがないのじゃないかなぁ。

2001年7月30日(月)-2
 今朝のFM802のヒロTさんの番組で。
 なんとなんとこの前、チェン・ミンさんがゲスト出演してくれた時に生で弾いてくれた曲をもう一度流してくれた。
 うーれしーな、うれしーな。
 朝から心穏やかになり、二胡という楽器は素敵な音色だなぁ、と再度確認。
 ヒロTさんにリクエストしてくれたみなさん、ありがとう。チェン・ミンさんにメールで放送の許可をとって下さったヒロTさん、ありがとうございます。またいつかかけて下さいね。

   ●

 倉木麻衣さんが『倉木麻衣さんへの掲示板』のMy★まいさんの書き込みを読んでくれますように。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』My★まいさんの書き込み
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/honey.cgi?mode=res&no=22788

2001年7月30日(月)-3
 ちょっとこの日記を読んでられる方に試してもらえませんか?
 というのも、倉木さんの初ライブの前後にリンクをつなごうと思っているチャットを作りました。
 2種類あります。
 書き込まれてどちらの方が使いやすいか、そしてiモードでは使えるかなどを教えていただければと思います。
 今日から1日前後でストップさせると思いますが、よろしくお願いします。
 感想は『チェッカーお試し掲示板』にお願いします。

 『チャット1』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/chat1/chat.cgi
 『チャット2(よび)』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/chat/miuchat.cgi

 本番は、『チャット1』を使い、何かあった時には『チャット2(よび)』を用意しておいて、と思っています。

2001年7月31日(火)
 ボーナスと、今月分の給料が支給される。
 ボーナスの支給は結構遅い部類の会社になるのかな?
 ま、何にしても入ってきたボーナスはすべて別冊OHHOの印刷代に消えていく。よく考えると、今月分の給料もだな。どひゃひゃー。

   ●

 チャットをお試しして下さったみなさん、ありがとうございました。
 iモードで書き込むと、思わぬ表示が出ているような…。そこのところ直せたら本番までに直したいと思います(が、このままかも)。
 iモードから見えて書き込めるとわかっただけでも大きく助かりました。
 本番の日に、待ち合わせの場所がわからなくなったら、これで見つけてもらえるかなぁ?

   ●

 ややや。
 昨日の新聞の夕刊を読むと、参院選の投票率伸びてないやないの。
 なんだったんだ、うちの団地の投票所は。午後6時すぎから、ウジャウジャみんな投票所に集まってきてたのに、あれは幻だったのか。それともその時だけだったのか。
 でも、あんな投票率で、よくもまあ自民党さんが勝てたものだ。何かが地下の方で大きく変わっているのだな。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』の仮Pu>∞使いさん、どうもです。
 ありゃりゃ、ふとした弾みでわかってしまいました。
 が、いつものお名前でも、仮Pu>∞使いさんでも、どちらでもいいのではないですか。その時の気分やその時のなりゆきで。気楽に気楽に〜。

   ●

 朝からとんでもなく忙しくなってしまった。
 うぐ、『裏・別冊OHHO通信・2』の製本ができあがっている。
 製本と言っても封筒に入るように4つ折りまでしてもらうだけ。前回は手作業で超特急でして4時間くらいかかったのに、機械折りだと15分ほどで仕上がっていた。
 でも、その発送の準備もまったくできない。
 うーん、今日の仕事が明日に持ち越しになってしまった。まずい。

   ●

 今はヘミングウェイさんの『誰がために鐘がなる・上』(新潮文庫)を読んでいる。
 そんな中で20数年来の疑問が解決。

 ♪鼻が邪魔だと〜 誰かがいってたわ〜
  古い映画の〜 セリフだったかしら〜

 という文章の入っている僕にとって運命的な楽曲がある。20数年前の曲だ。
 その「古い映画」は何だったのか。当時どこかで聞いたと思ったのだが、ある時に思い出そうとして思い出せなくなった。それが、20数年経って、ようやくわかった。このセリフは、『誰がために鐘がなる・上』のものだった。

 〈「それでもあんたは、あたしを愛することができるの?」――ふたたび、せつなげに彼に身をすりよせてきて、彼女は言った。
「前よりも、もっときみを愛することができる」
「あたし、なんとかして、とても上手(じょうず)に接吻してあげられるようにするわね」
「ちょっと接吻してごらん」
「どうするのか知らないのよ」
「ただ接吻すればいいんだ」
 彼女は彼の頬(ほお)に接吻した。
「それじゃだめだ」
「あたしたちの鼻は、どういうぐあいになるのかしら? あたしは、いつも不思議に思っていたのよ。接吻するとき鼻がどういうぐあいに向きあうのかしらって」〉
(『誰がために鐘がなる・上』ヘミングウェイさん著・新潮文庫133〜134ページより)

 うーん、なるほど。ここだったのか、って感じだ。
 「♪鼻が邪魔だと〜」というセリフではないけど、ここだろうな。

 てことで、倉木さーん。
 こんなふうに、何かの本や映画からセリフを引用してる詩はできないですか?

 と思ったが、よく考えると『PERFECT CRIME』はそういう詩だった。ある映画から連想してできた詩だったね。

 でもほんと、歌は時代を超えるね。20年かかって謎が解ける曲もあるのだな。ほんとこんなこともあるのだな。

 それにしても、『誰がために鐘がなる・上』の女の人の発想、〈あたしたちの鼻は、どういうぐあいになるのかしら? あたしは、いつも不思議に思っていたのよ。接吻するとき鼻がどういうぐあいに向きあうのかしらって〉というのは、当たり前だけど、当たり前すぎて気づかないことだ。頭の中でちょっとかすめるだけで、文字や言葉にしないことの一つだと思う。
 文学って、そんな目に見えないことを言葉にする作業でもあるのだろうな。
 そしてみんなの共通の疑似体験となっていくのだろうな。