2001/6/31

OHHO日記
チェッカーお試し掲示板(期間限定)
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2001年6月1日(金)
 『ヒットカウンターから花束を』、142ページまで校正する。
 うーん、内容が濃い。量が多い。

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 昨日会社帰りに、古本屋さんに寄った。
 外国の文庫本の棚の前にたどり着いた時、頭の上のスピーカーから倉木麻衣さんの『always』が流れてきた。
 幸せやな〜。

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 そうだ。すっかり忘れていた。
 こんなメールをいただいていたのだった。

 〈突然のメール失礼いたします。
 さて、小社セマーナでは「iモードしようよ!」(日本文芸社・5月30日発行)というムックを制作中です。そこで「iモードエンタメサイト1800」という特集を企画しており、御社のHP「倉木麻衣ヒットi」をぜひ紹介させていただければと思いメールいたしました。〉

のでした。
 おー、5月30日が過ぎているじゃないの。
 載っているのかな?でも、「1800」ってことは、また1行だけなんだろうな。セマーナさんには申し訳ないけど、見て確認するだけで、買わないでおこうかな。

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 ぜんぜんない、ぜーんぜんない。
 爽健美茶ライブの応募シールおくれと、誰も言ってくれない。
 ヒジョーーーに、サビシーッ(←財津一郎さん風に)。

2001年6月2日(土)
 昨夜はみんな仕事を早く終われたので、突然お好み焼き屋さんに突入。参加者5人。
 僕がマックの仕事をするまでにどんなことがあったのかを説明していた。がいいところで、トーチャンがやってきてウヤムヤに。
 誰か〜、オレの苦労話を聞いてくれ〜。

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 あらら、『チェッカーお試し掲示板』のHNは勘弁してちょ@元偉いチェッカーさん、おおきにっす(おっと、元情報屋さんではなかった。すみません、HNは勘弁してちょ@元偉いチェッカーさん、元情報屋さん)。
 あー、日記のところを探してもなかったのは、『always』の掲示板でやってしまってたからなのですね。「ひらすら」とは。はらほろ、ひれはれ。

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 ひたむき、ひたすら、バカ正直。
 不器用、愚直、どんくさい。
 その上、要領が悪くて、立ち振る舞いもうまくない。
 いつもアップアップで、めいっぱい。

 マイナスの意味で使われる言葉なんだけど、なんて素敵な誉め言葉なんだろうと、『always』の詩を聴くと気づかされる。

 倉木さーん、そんな素敵な気持ちが詰まった『always』。
 僕はこの曲を僕らのテーマソングにしたいくらいに思ってます。

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 ヒットカウンターで、あと2つの掲示板みたいなコーナーを作りたい。うまいことCGIで作りたいが、超初心者には難しすぎそう。

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 『ヒットカウンターから花束を』の校正は一通り終了。
 横文字からタテ文字に直しているため、書き込んでくれた人たちの顔文字がへんなふうになっている。うう、みなさん、ごめんよ〜。
 で、そんなところや、文字の回転のかけ忘れとかを直して一応完成。
 あとは、印刷代の見積を出してもらうことと、いけるかどうかの返事待ち。
 この『ヒットカウンターから花束を』のあと、すぐにもう一つ出したいものあり。こっちは『OHHO日記』の今年の1月〜5月分をまとめたもの。タイトルに歌手名をつけてなければ、こっちは全くOK?
 けど、念のため、校正が済んでから送って、見てもらうことにしようか。

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 さてさて、今日は、推理小説探しに、心斎橋の『ブックオフ』さんに寄ろおっと。

2001年6月3日(日)
 しっかし、大阪・心斎橋はものすごい人。

 昨日、推理小説の古本を買うために、地下鉄本町駅から心斎橋筋を南の方に歩いていった。
 そしたら、めちゃくちゃ大勢の人が歩いている。心斎橋駅にたどり着く前から、歩くのに不自由するくらい。
 いつからこの通りは、こんなに多くの人が行き交う通りになったの?
 長堀橋に東急ハンズができる前までは、ほとんど人が歩いていなかった。歩いていても、洋服を卸値で買える店を目当てにした、おっちゃんやおばちゃんだけだった。それなのに若い人がえらく多い。ど、どーなっているのだ。

 で、目当ての新古書店・ブックオフさんに行く。が、その前に、新刊書店・丸善さんに立ち寄る。
 おっと、もう『新しい歴史教科書』が売っているやないの(扶桑社発行・定価本体933円)。しかし、こんな発売になったばかりの時に買うと、まるでミーハーではないか。もしかしたらブックオフさんに売っているかもしれないぞ。ということで思いとどまり、2階へ。
 ヒットカウンターが載っているらしいiモード関係の本を探すが見つけられず。まだ発売されていないのかな?
 結局その店では、『やりなおしのホームページ』(明日香出版社発行・定価本体1500円)を買う。
 インターネットのブラウザーのインターネットエクスプローラーとネットスケープナビゲーター。その2つの見え方が全く違うので、簡単な直し方を知りたかったのだが、そのヒントが載っていそうだ。なおかつ全部カラーでわかりやすそう。カラーのページを入れるとお金がかかりすぎるので、出版社のオッホでは一生作れない本だなぁ。そういえば、『新しい歴史教科書』も全ページカラーだったような。

 そしてブックオフさんへ。
 相変わらず品揃えが抱負。
 本を売りに来た人を呼び出す店内放送が、頻繁に流れている。
 ブックオフさんで新古本を買いたい人がいる。その人たちに満足してもらうために、本の品揃えを充実させる。最近は、「新古書店・ブックオフ」の名前が広まったので、需要と供給の関係がうまくいっているのだろうな。
 それにしても、変わった古本屋さんである。
 「ただ今、ピストロスマップが入荷しました〜」とか店内放送をしている。古本屋さんなのに、何がお買得か、そしてそれをどう気づかせるか努力をしている。もうそろそろ、今週の売れ行きベストテンなどというものを発表し始めるのではないか。
 それにしても、これは出版社さんや著者さんにとっては脅威だろうな。CDも売っているから、歌手の人たちにとっても脅威か。
 レンタルの時のように、著作者に対して一定の印税みたいなものを支払う制度を作らないと、共倒れになっていくのではないか。
 今、100円で売っているものに著作権料を含めると、2割アップの120円くらいになっても、僕は文句ないなぁ。

 ブックオフさんの斜め前にあるダイソーさんでは、折りたたみの傘が100円で売っていた。その傘を作ったメーカーは何を考えているのだろう。その場限りでも現金が入ってくればいいのかな。それとも、本気で生産が継続できると思っているのだろうか。初めは100円で買う人が大量にいるかもしれないけど、嗜好品はある一定のところを越えると売れ行きが止まる。儲けを回収する段階で全く売れなくなると思う。傘の場合はそんなことないだろうけどね。
 だけど100円という金額。運送費や人件費はどれくらい入っているというのだろう。100円で売れたとしても、売れるたびに赤字が出るのではないか。それともただ単に、宣伝費や調査費の代わりに、という意味が含まれているのかな。
 この頃「100円はうーれしーなー、うれしーなー」と思う反面、松下電器の松下幸之助さんがしきりに言っていた「適正価格」のことを考えるようになってきた。やっぱ、商品は適正価格で売れるようにしないと、その価格には理由があるのよ、とみんなを説得しないと、続けることはむりじゃないのだろうか。

 ブックオフさんでは、『サム・ホーソーンの事件簿・1』(エドワード・D・ホックさん著・創元推理文庫・定価本体860円)を買う。ブックオフさん価格ではほぼ半額の450円。
 この文庫本なんかだと、元の「定価本体860円」が異様に高いように感じる。なんで、文庫本が「860円」もするんだ。一回ハードカバーで出版して、儲けたのではないか(文庫本への書き下ろしだったら意味は変わるだろうけど)。文庫本は小さいのだから、500円以内でないと納得がいかない。そんな偏見を僕はもっているので、ブックオフさんは単純にありがたい思ってしまう。
 「適正価格」と「半額」や「100円」。金額以外の要素もあるなぁ。

 で、ブックオフさんを出て、地下鉄心斎橋駅の上を通り、さらに南下。
 おっと、御堂筋の向こうはアメリカ村ではないか。倉木さんがこの前の『Mai-K TV』で訪れたタワーレコードさんもあるではないか。
 とは思ったのだが、御堂筋沿いの歩道を歩いている人を見るとゲゲゲである。その数の多さと、若さ、ファッションに圧倒される。急に疲れ出す。
 御堂筋でさえ、こんなにファッション雑誌から抜け出た人たちがいるのだから、アメリカ村で、さらに土曜日となるといったいどんな状況がそこに待っているのか。タワーレコード見学のためだけに、あの若者たちの渦に巻き込まれてはいけない。生気が吸い取られてしまうぞ。
 ということで、そのまま御堂筋を南下。
 よく考えると、土曜日なら、倉木麻衣さんがGIZAさんに来ているかもしれない。が、そんなところで偶然出会ってもでんでん嬉しくないのだ。でーんでん、なのだ。疲れ切った顔で出会っても、こっちがみっともなく、情けないだけなのだ。、

 ゆっくりゆっくり歩く若者たちにいらいらしながら、ようやく近鉄難波駅へ到着。
 が、せっかくここまできたのだからと、CDショップのディスクピア・南街店へ足を伸ばす。
 たしか倉木さんのアルバムの予約の受付をしているはずだ。cosmos7さんが「予約1番だった」というようなことを、ほんの2、3日前に『倉木麻衣さんへの掲示板』に書いていてくれていた。それを確認したい。
 倉木さんのアルバムの予約用紙は、店に入ってすぐ左奥にある新譜の予約コーナーにあった。
 倉木さんの爽健美茶の大きなポスターが正面の壁に貼ってある。その上、今までそこでは見たことがないテレビモニターも置かれていた。そのモニターからはなんと倉木さんのビデオが流れているではないか。
 おー、もうこんな宣伝をしてもらっているとは。
 で、予約カードの番号は、というと5番だった。cosmos7さんが見た後、もう4人が予約している。
 店の奥に進むと、GIZAさんのコーナーみたいなのができていた。長谷実果さん(←名前の漢字あってるかな?)のチラシもあり。そういや、この店で、長谷さんのイギリスのインディーズ盤を買ったのだ。あのCDに入っている曲はよかった。ほんとドキドキするほどよかった。あの曲、倉木さんにほしかったにょろよ、大野さん、とこの日記にも書いたっけ。
 と思いながらも、今回はなんのチラシももらわずに退店。
 あ、もろたもろた。忘れてた。
 倉木さんの爽健美茶のながーい応募用紙を2枚引き抜いてもらったのだった。その用紙は裏面は銀色で印刷されてて、そこには割と大きめの倉木さんの写真があった。その応募用紙、アルバムの予約カードの前の、テレビのモニターの上くらいにあったと思うが、なんでCDショップさんに爽健美茶の応募用紙があるの?

 で、ディスクピアさんを越えて、今度はもう1軒のブックオフさんへ。
 ナンバCITYのすぐ東にある店だ。
 ここも若者だらけ。でも雰囲気は御堂筋と全然違うのだな。
 しかし、目当ての本はなくすぐさま退店。

 高島屋さんの前を歩いている時に、電工掲示板を見る。
 「本日、歴史教科書の市販本が一部書店で販売された」の文字。
 いきなり、ミーハー化する。
 JR難波駅のOCATにある丸善さんで、『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』を購入。しかし、いったいこれだけまとめて買っていつ読むのだろう。倉木さんも、この前タワーレコードでCDをいっぱい買っていたみたいだけど、いつ聴くのだろうか。いや、いや、CDなら聴く時間は決まっているから、ちゃっちゃと聴けるかもしれぬな。しかし、本の場合、1冊45分では読めないもんなぁ。
 うぐぐ。ほんとミーハー化する消費者は何をしだすかわからない。後先のことなんか全く考えてないのだ。

 帰りの近鉄電車で、『新しい歴史教科書』を読みはじめる。CGIの本を読まなくていいのか、という悪魔の声は聞こえない。『新しい歴史教科書』を読みや、今しかないよー、という天使の声だけが聞こえる。

 面白い。というか、これ、どこが問題なの?って感じ。
 日本の歴史の時代区分をモノサシで表現したり、歴史はその時代時代で考え方が変わると書いてたり、普通の教科書やん。
 というか、僕が習った教科書より丁寧やぞ。ちらっと読んだ明治維新のところなんか、こっちの教科書の方が断然史実に忠実ではないの? どこが戦争万歳なんてこと書いてあるの?
 ほんま朝日新聞さんたちのキャンペーンが大嘘で、虚報に基づいた誹謗・中傷だらけであったことがはっきりわかるなぁ。まさか市販して、みんなの前で事実がさらされるとは思わなかったんやろな。
 朝日新聞さんのしていることって、ヒットカウンターを全然見たことがない人たちに向かって、「ヒットカウンターは恐ろしいところ」と他の掲示板で徹底的に書きまくった感じやってんな。新しい歴史教科書をつくる会さんたちのご苦労、お察しいたします。

 この『新しい歴史教科書』は市販して正解。他の教科書も、山川出版社さんだけでなく市販してほしいものだ(山川出版社さんの教科書は、梅田の旭屋書店さんのレジカウンターで売っているのをみたことがある。あ、僕が習った教科書や、と思ったのだが、「山川出版社」さんの名前は、僕の思い違いかもしれぬ)。
 この教科書で、歴史を勉強し直そうかという気になるなぁ。小林よしのりさんが「100万部狙います」と今出ている『SAPIO』で書いていたけど、この『新しい歴史教科書』、100万部どころじゃなく、200万部以上いくのではないか。ちょっとした小さな革命が起こりそうな予感。「教科書」って言葉、みんな好きだもんね。

 そうそう、そういえば、倉木さんのアンチよりの思考を持った人たちがしきりに言ってたあれはどうなったのだろう。
 「倉木さんのCDの発売前には必ず、写真週刊誌に倉木さんのことが載る。倉木さんの事務所と写真週刊誌はグルで、倉木さんはとても汚いことをしてる。」
 なんで今、あの話をいわないのさ。
 もうすぐ『always』が発売なのに、どこの写真週刊誌にも、倉木さんのネタは載ってなかったよ。発売の2週間目に必ず載る、とまで言ってた人もあったな。
 いったい全体、あれはなんだったの?
 FM802さん出演の際の報道写真のこともそう。
 倉木さんのことをおとしいれるために、悪いように悪いように解釈し、それを広めていたのは、いったい全体、どこの誰なのか。嘘を言っていたのは、どっちなんだ。妄想の上に、屁理屈を並べているのは、誰なのだ。え?まだ、妄想や屁理屈を言っているのが、倉木さんのファンの方だ、とでも言うのか。

 ええかげんにさらせ。

 簡単に悪い噂に騙されていたのは誰か、しっかり自己確認しろ。

   ●

 とちょっと前の状況を思い出すと、むかむかくる。ついつい感情が高ぶってしまう。でもよく考えると、まだ1年しか経ってないんやね。
 はー、最低最低。しょうもないことを思い出してしまった。

 しかし、僕や倉木さんのファンのみんなや、そして倉木さん自身は、誰に「殺す」とまで脅されていたのだろうか。

 とにかく、証拠は残している。今でも続けているやつがおるようだが、何かあったときは、その時のことをチラリと持ち出そう。
 それくらいの覚悟があって、倉木さんや僕らの誹謗・中傷・事実の曲解をしてるんやろうからな。
 匿名で逃げ続けることはできない。ってこと、まさか気づいてないとは。そんなアホやないやろうからなぁ…。

2001年6月3日(日)-2
 本日は、団地のなかよし活動の日。団地周辺の掃除である。

 が、今日がその日だとは知らなかった。この日記を書いているときに、突然「ピンポンパンポン〜、本日は…」という放送が入った。
 あわわわわー、とあわてて歯を磨き、寝間着を着替え、軍手をはめ、ほうきを持って外へ出る。
 もう、隣の人が自転車置場を掃いていた。
 「おはよーございまーす」と、参加していることをわかってもらう意味も込めて挨拶を一つ。
 今年も裏の誰もこないところをセッセコ、セッセコと、ほうきで掃き掃除をする。20、30分で「ご苦労さまでしたー」と言いにきてくれて、今年も無事終了。
 と思ったら、階段に集まっている奥さまたちに声をかけられる。
 なんか階段のところで声がするなぁー、と思ってたら、団地の自治会のことだった。

 僕の団地には自治会がある。だが、入っている人は、僕の家がある階段の方は、10軒中4軒。隣の階段は、今年は3軒しか入っていないという。
 「入っていても意味がない」「責任だけとらされる」の不満がずっとくすぶっていた。今日はそれが爆発し、「もうみんなで自治会をやめようと思ってます」という。
 僕も、入っていても何もなく、住まいに不都合があれば、管理事務所に言いにいくので、自治会には何の関わりもなかった。関わりがあることと言えば、2カ月に1回、自治会費を払うことくらいになっていた(おととしくらいまでは、年に1回のお祭りにお楽しみ券を買うことができたが…)。

 だから、あるようなないようなだったので、「やめよう」という提案には、「いいですよ」とすぐに答える。
 でもって、みんなで自治会の事務所がある会館へ言いにいく。

 よく考えると、もう10年近くなるのか。
 でもその間に自治会でなにかしたってことは特にないなぁ、って思ってしまう僕は、悪い非協力的な自治会員だったのだろうなぁ。
 でも、自治会ができた当初は明確な目標があったのだろうな。それが時間が経つごとに意味を失い、現在に至っているのだろうな。

 やっぱ、歴史は、現在のモノサシで、昔を判断してはいけないと思ったのでした。

2001年6月3日(日)-3
 今日は晴れ。
 晴れていたので、布団も干す。
 暗くなる前に、洗濯物と一緒に取り込むと、匂いがした。あの匂いって、太陽の匂いなのかな?

   ●

 Do As Infinityさんの『Week!』(「!」はついているのかな?)を初めて昨夜の『CDTV』(毎日テレビさん)で聴く。
 ええやないの。なんか聴いてて気持ちよくなる。弾んでくる。倉木麻衣さんの『Stand Up』みたいな感じやね。

2001年6月4日(月)
 おっと、『チェッカーお試し掲示板』の元情報屋さんに石野真子さんの歌手復帰の報を教えてもらう。
 ついについに。
 ヤフーさんのニュースに載っていた『スポーツニッポン』さんの記事によると…。

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2001年6月4日(月) 7時0分
『石野真子17年ぶり歌手復帰』(スポーツニッポン)

 70〜80年代にアイドルとして人気を誇った女優・石野真子(40)が、17年ぶりに歌手活動を再開することが3日、分かった。12日にニューシングル「KIRA KIRA∞」をリリースするもの。40歳の節目を飾る待望のカムバックで、今度は大人の歌声で往年のファンを喜ばせてくれそうだ。

 「狼なんか怖くない」「失恋記念日」などヒット曲を連発し、トップアイドルとして一世を風び。84年の「めぐり逢い」を最後に女優業に専念していた石野が、17年の充電を経て“大人の歌手”として活動を再開することになった。

 復帰の話が本格化したのは、40歳の大台を迎えた今年1月。往年のファンから「歌っている姿が見たい」という熱望の声が盛り上がるのと時を同じくして、所属事務所が新レーベル「カム・トゥルー・レコード」を立ち上げた。「最初は若い人が頑張っている今の時代に、気恥ずかしいという気持ちもあったのですが、周りの方が“それなら大人の雰囲気でやったらいいじゃない”と曲を書いてくれて。偶然が重なって、トントン拍子に話が進み」新レーベル第1弾を飾ることが決まった。

 復帰作となる「KIRA…」では、歌謡曲から一転、ボサノバ調に挑戦。一方で、歌詞の一部に過去のヒット曲を盛り込むなど“隠れ技”もあり「同じ青春を過ごした人に“これからもお互いキラキラ輝いていたいね”という意味を込めた曲で、違和感なく聴いてもらえると思う」と手応えもたっぷり。久々の歌声披露も「声質も前より太くなった感じ。レコーディングでは、いい声になったと言われ、すっかりその気になって…」と笑顔で振り返った。

 「あらためて歌が好きなんだなと認識しました。今度は40代ならではの気持ちをうまく歌詞に乗せて、等身大の歌を歌えれば」と初の作詞挑戦にも意欲を見せる石野。今後、アルバム発売も目指しており、熟年パワーの復活が目立つ音楽界への本格参戦を狙う。
[スポーツニッポン 6月 4日]
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 うーん。
 いつか小林麻美さんの『雨音はショパンの調べ』みたいに、いつか歌手活動を再開してくれると期待していた。
 が、このタ、タイトルは???

 『KIRA KIRA∞』

 むむむ。な、なんといったらいいのか。
 曲を聴いてみないとなんとも言えないが、それでも私は買わせていただきます。石野さんの「ボサノバ」を聴かせていただきます。
 が、このスポーツニッポンさん。もっとちゃんと取材をしてよね。
 石野さんは作詞をもう何曲もしてるよ。全部石野さんが作詞のアルバムも出しているよ。引退していた時も『私のしあわせ・パート2』も出していたよ。
 でも、そんなこと、誰も知らんねんやろな。
 ええねん、ええねん。最後まで残った3万人の石野さんファンでバックアップするのだ。
 し、しかし、「熟年パワー」って?
 スポーツニッポンさーん。たのんますよ。

   ●

 そんな石野さんの報道がされるなか、明日は、倉木麻衣さんの『always』のCDフライング発売日。
 しもた。まだ予約してなかった。
 今から、大阪・天六のTSUTAYAさんに行ってこよーっと。

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 異常なほど、『倉木麻衣さんへの掲示板』が静かだ。
 CD発売直前にこの静けさは何なのだ。

 「モノクロ」画像はカラーの色を隠すため?
 髪の毛とか、口紅とか?
 もしそうだったら、そんなことしなくてもいいと思うけどなぁ。
 でも、今ナイーブな時やから仕方がないかなぁ〜。

2001年6月4日(月)-2
 『だから『倉木麻衣さんへの掲示板』には書き込まなくなった』のアンケートに、〈ここのひとはだめです。 (202.219.56.198)...掲示板に書き込んでも、無視されるものは思いっきり無視されている。とくに、麻衣ちゃんへの掲示板なんか、普通の応援の文章には、まったく返信が無い。他のファンサイトのBBSはそんなことはない。〉の書き込みあり。

 もー、滅茶苦茶くやしかったので、返信をいっぱいしてしまった。奥のページに行ってしまった方、ごめんよ〜。

 このコメントを書いてくれた (202.219.56.198)さん。他のファンサイトさんのBBSと同じようにしたいのなら、何であなたは返信しないの? 何で黙って見ているの?
 みんな無視してるんじゃないんだよ。返信できるものは返信してる。けど気づいた時に奥のページに行っているものに返信してしまうと、最近書いた人の書き込みが奥に行ってしまう。そうなると申し訳ない。かと言ってその人たちをもう1回前の方にもってくるには、時間がない。でもできるだけのことはしよう。
 そんな感じで、みんながみんな他の人のことを考えて頑張ってくれてるんだ。
 自分が聴いたラジオ番組、見つけた新聞記事。ほんとなら、自分一人だけが聴いていればいいんだ。見ていればいいんだ。けど、みんな一生懸命文字起こしをしてくれてる。お金ももらえないのに、全くのボランティアで、聴けない人もいるだろう、見れない人もいるだろう、そう考えてみんな頑張ってくれている。
 そして、他のページで知ったこと。そんなことも、ほんとなら、自分のものだけにしておいたらいいんだ。けど、暇人さんなんかいろんな情報を集めて、質問をしてる人に答えてくれている。そんなことがいっぱい『倉木麻衣さんへの掲示板』にはあるのに、なんで「ここのひとはだめです。」なの? なんで、あなたはそんな「だめ」な掲示板を見にくるの?

 他のファンサイトさんにはそのファンサイトさん独自の色がある。それは全部バラバラ。倉木さんのプライベートなことは絶対禁止、オフォシャルで正しい情報だけを取り上げると頑張っているファンサイトさんもある。
 でも、いろんなファンサイトの特徴があるのに、この『倉木麻衣さんへの掲示板』を他と一緒にしようとするの? そして、「ここのひと」なんてくくり方をするの? だったらあなたはどこの人なの?
 インターネットの中に、「ここの人」「あそこの人」なんてものはない。
 みんな一人一人の思いをもって行動している。『倉木麻衣さんへの掲示板』なら、倉木さんに元気になってもらうように、倉木さんに不満に思ってることが伝わるように、みんな一人一人真剣な気持ちで書き込んでいる。
 それを、黙ってみていて「ここのひとはだめです。」なんてなんで簡単に言えるの?
 「普通の応援の文章には、まったく返信が無い」って、「普通の応援の文章に」返信をつけると、倉木さんへの応援の文章じゃなくなってしまうかもしれない。倉木さんへのメッセージなのに、自分が返信をするとヘンかもしれない。そんなことまでみんなが考えてるってことが、なんでわからないの?

 「返信」をすることで、常連が掲示板をしきってる、って言っていたのは誰なの? みんながみんなのことを考えて気をつかっている。あまり書きすぎると、初めての人が書きにくくなるかも。そんなことまで、みんなが気をつかってくれている、『倉木麻衣さんへの掲示板』はそんな掲示板なんだ。

 申し訳ないけど、 (202.219.56.198)さん、あなたの回答には無茶苦茶腹が立ちました。

2001年6月4日(月)-3
 今日のFM802さん、なんか、番組ごとに『always』をかけてくれていたような感じ。5回くらい聴いたのではないか。

 ありがとう、ありがとうございます、FM802さん。
 なんのお返しもできませんが、明日もまた聴かせていただきます。

 そうそう、6月15日(金)と22日(金)、ヒロTさんの番組、チェックですね(うう、午前6時からってのが、つ、つらずぎるぅ〜)。

2001年6月5日(火)
 『チェッカーお試し掲示板』ののぞみ号さん、どうもっす(347番)。
 えーと、倉木さんのポスターはGIZAGIZA.COMさんで販売してますよー。

 『GIZAGIZA.COM』さん
 http://www.gizagiza.com/

 〈■ 史上初の倉木麻衣ポスターセット!2,500円(税抜)
 未公開photoを思い切ってポスターにしてしまいました。GIZAGIZA.comだけでしか手に入らないレアものです。しかも3枚セットでうれしい価格に!これはもうGETするしかない!?〉

とのことです。もしそちらのページを見られてないなら、一度どうぞ、です。

 それから、元情報屋さん。『チェッカーお試し掲示板』の情報を、トップページとトピックスの方にも載せさせてもらいました。どこまで続くかわかりませんが、そんな感じで使わせて下さーい。

2001年6月5日(火)-2
 今日は『always』のフライング発売日。
 いつものように、会社の昼休みに大阪・天六のTSUTAYAさん(がるるー。「TSYTAYA」さんではないです。GAUDIさん、おおきにっす)で購入。

 それにしても、この『always』のジャケットからビニールカバーに貼ってある曲名シール、そしてCD盤と、どれをとっても感じがいい。好きだなぁ。
 歌詩カードも、初の横型(ですよね?)にしてて読みやすい。その上、タイトル文字に使っている濃い緑色を特色1色で印刷しているみたいなんだけど、その色がスミ1色では味わえない深みを出している。倉木さんの写真が右の方にある。じっと見ていると、CDからは音が流れていないのに、写真の倉木さんが歌詩カードの歌詩を歌ってくれるような錯覚に陥る。
 全体的に、白色が基調。落ち着いている。特にCD盤は、CDウォークマンを開けたままでじっと見ていたいくらい。
 この前の『Stand Up』はアメリカを強烈にイメージさせていたけど、今回の『always』は北欧なのかな?

 それにしても、このジャケットの教会のような洞窟のようなところはどこなのだろう? 倉木さんがノースリーブの服を着ているってことは、結構暖かいところなのかな? 壁が白いので、パッと浮かんだのは地中海にある街。だけど、えーと、どこだったかな。街の名前が思い出せない。あの、ほら、白い壁の建物がいっぱいあるところ。うーん、思い出せん。
 けど、倉木さんが、地中海に行ったという話は聞いたことがないしなぁ。
 関西近辺にこういうところがあるのだろうか? ジャケットの中にある写真の建物は、どう見ても関西近辺の建物ではないしなぁ。

 そういえば、この前奈良テレビさんで『HIP POP』を見た。
 キング・オパールさんと内藤智子(さとこ)さんが倉木さんの『always』のプロモーションビデオ撮影現場をリポートするというものだった(倉木さーん。オパールさんだけじゃなく、今度は、「サトコさーん」と名前を呼んであげてよ〜)。
 その撮影現場が「大阪某所の教会」だったのだけど、この場所もてんでわからない。
 たまにテレビのニュースを見ていて、映像だけで「これはあの辺かな」と思い当たることがあるのだけど、あの教会の場所はさっぱり想像できなかった。あんな雰囲気のある教会が大阪に残っているのだろうか?
 強いて地名を上げると、靫(うつぼ)公園近辺かな?? でも、なんでその辺の地名が浮かんだかというと、僕の全く知らないところだからってのが、全く当てにならないなぁ。

 ってことで、今回の『always』はCDの音を聴く前に、CDの周辺物で結構満足しているのでした。
 ほんと、倉木さんたちが関わる製作物の写真集第2弾を、GIZAさんが作る計画はないのかな?

   ●

 元情報屋さんが、『チェッカーお試し掲示板』でBS朝日さんの『K−WEST』の話を教えてくれている。
 その番組ではGIZAさんの方針とかが放送されたのですね。

 〈ギザヒルズと言われる本社ビルが出てきました、チーフエンジニアの赤井さんがコメント、ガンさんが特色をコメントギザはシンプルに楽曲重視で、コンセプトとしてテレビなどに出るタレント活動はしないそうです、売り上げからもっと派手にということも言われますがあくまでもミュージシャンであるということでPVもシンプルにかっこよく、がコンセプトだそうです(笑)。〉

 〈JGMの編集長山田さんのコメント、空き時間に協力して貰っている、あくまでも音楽制作がアーティストの皆さんのメインの活動で、合間にプロモーション活動を行っているとのことです。〉

 うーん、いいやん、いいやん。ほんといいやん。
 倉木さん、いい会社に入ったね。
 理想やなぁ。なんとかこのまま続いたらいいのにな。
 続けられるように、いい楽曲を作ってくれるように応援したいな。
 そして、バカにされようとも、今の方針を崩さずに、頑固に貫き通してほしいなぁ、と思った。

2001年6月6日(水)
 なんで、『always』の最後の部分が、繰り返しで終わっているのか気になっていた。
 倉木さんが今まで出した楽曲の中で、初めて「退屈やな〜」と感じた部分だったからだ。
 それが、昨日CDを買い、じっくり聴いてみるとふと気づいた。

 倉木さん、あの繰り返しの部分ってのは、ライブのことを考えてのことだったの?

 というのも、『always』は最後のところで、

 ♪always give my love
  always give my love to you

というフレーズが繰り返される。
 この繰り返しの部分っていうのは、別になくてもよさそうである。すぐに終わったって全然問題はない。しかし、倉木さんたちは残した。この決断は、今までの楽曲では考えられないことだった。
 では、なぜ残したのか。
 聴き続けていると、僕の頭の中で、倉木さんと一緒に歌っているイメージが浮かんできた。♪always give my love、always give my love to you〜。
 それはまるで、ライブ会場にいるかのように。
 繰り返し繰り返し。繰り返し繰り返し。
 そして、繰り返しの歌の合間には、倉木さんが「もう1かーい」とか、「まだまだー」とか言ってる(おー。「言っる」ではありません。GAUDIさん、おおきにっす。明日はCDショップへようこそ)姿も浮かんできた。

 ♪always give my love〜
  always give my love to you〜

 「右の方のひとたちー、もっともっとぉー」
 「次は左だよー、せーのっ」

 そんな声が、ライブ会場に倉木さんの声が響いていた。そして、僕らは大きな声で歌い返していた。

 ♪always give my love〜
  always give my love to you〜

 この感覚は、何回も何回も ♪always give my love、always give my love to you〜 と歌ってくれなければ浮ばなかったものだろう。
 「my love」の「my」。この「my」はいろんな意味にとれるんだなぁ。

 ♪always give my love〜
  always give my love to you〜

 ライブに参加する人は、ここだけしっかり覚えていくと、自分も参加できる楽しいライブになりそうだなぁ。

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 まぁしかし、ライブのことなんかどうでもいい、倉木さんのファンでもなんでもない人にとっては、そんなことは関係がない。ライブで、『Stand Up』以上に、『always』がみんなで歌えて、そのうえ盛り上がれる曲だってことがわかっても関係ないもんな。
 そのへんで、オリコンさんの順位とかは、『always』は『Stand Up』の勢いを借りて最初はダッシュをかけられると思うのだけど、次はちょっとしんどくなるかもしれないな。

   ●

 あと、『倉木麻衣さんへの掲示板』でシナプスさんが、『always』のことで、

〈この曲の英語詩のところ、田熊さんも書いていますが北欧風(特にABBAやエンヤのような雰囲気)な感じがしましたが今日ヘビロテしていたらゴスペルというか賛美歌に聞こえてきました。イメージとしては天使の麻衣さんが教会の祭壇の上で歌っている、と言う感じ・・・(PVと全然違うけど・・・)〉

と書いてくれている(20797番)。
 おー、ほんとほんと、言い得て妙やなぁ、と思いました。「ゴスペル」というか「賛美歌」。なんか、教会の鐘がなり、一瞬時間が止まったかのように感じますねぇ。

 それにしても、こんなにハイレベルな楽曲をいつも聴かせてもらえるなんて、倉木さんのファンになってよかったぁ〜、って昨日も今日も思ったのでした。

   ●

 おー、おー。『チェッカーお試し掲示板』のじょん@ゴーヤーマンさん、おひさっす。元気でしたか?
 ほんと、心配してましたよー。

2001年6月6日(水)-2
 また、パタッと更新ができなくなる。
 というか、更新する気が薄くなる時がくると思う。が、今は思いつく限りヒットカウンターを更新しようと思っている。
 気づいた時には、掲示板の書き込みにも返信しようと思っている。
 今、勢いをつけておけば、あとはその勢いで軽い力でも動くのじゃないか。そんなことを思っている(けど、ほんとは、そんなことをするとあかんのよね。例えば『倉木麻衣さんへの掲示板』なら、みんなから倉木麻衣さんへの掲示板と思っているのに、みんなと僕の掲示板になってしまうもんな。そうならないように、時期を見て、僕があまり出しゃばらないようにしないとな)。

 で、今はなんで頑張ろうと思っているのかというと、それはやっぱり、あの『だから「倉木麻衣さんへの掲示板」には書き込まなくなった』のアンケートのおかげだったりする。今回は珍しく怒りの感情を高いレベルで持ち続けている。

 しかし、この「怒りの感情」ってのは、情けないよな。
 「怒りの感情」ってことでいつも思い出すのは、ある年のプロ野球の日本シリーズのこと。
 応援していた近鉄バッファローズが3連勝し、あと1つ勝てば日本一という年があった。
 3連勝したあと、近鉄選手のヒーローインタビューがあった。そこで近鉄のある選手が対戦相手の巨人をバカにした発言をしてしまった。そしたら、それまでの3連勝が嘘のように、巨人が勝つわ勝つわ、そこから4連勝して逆転優勝してしまった。あらららら。
 最後の試合。なんとか流れを変えようと、投手交代の時、近鉄の投手であった吉井選手(今はアメリカの大リーガーになっている)は外野のブルペンから車に乗らずにマウンドまで走っていった。だけどそれでも、巨人の「目にもの見せたる!おぼえとれよ、ワレ!」という気持ちは変わらなかった。逆に、吉井選手は無理して走ったおかげで、疲れてしまっただけだった。

 そんなことをいつも思い出す。
 「怒りの感情」でも、バカにされて頑張るというのは、なんか情けない。頑張れるのなら、バカにされる前から頑張っとけよって感じがある。

 あーあ、情けない情けない。
 とワレながら思うが、そう思っている時だけでも、いろんなことをしておかないとな。でないと、いつパタッと何もしなくなるかもわからない。
 それにしても、最近女性週刊誌の見出しで見ただけだけど、歌手の徳永英明さんがかかっている「やる気がなくなる病気」は怖いな。明日、自分がなるかもしれないという恐怖がある。アルツハイマー症といい、今まで遠いところにあると思っていた病気が近くに感じられる。
 でも、そんな弱い気持ちを霊感商法や悪徳宗教は狙ってくるのだ。最近、集団で悪さをするって話が少なくなっているので要注意である。メル友殺人も身近な気がするが、今、僕らが気づかないところで、さりげなくえげつないことが行われているかもしれない。まだ新聞記事になっていないだけで。
 注意しないとな。

2001年6月7日(木)
 昨日は、『OHHOの掲示板』のれのさんに教えてもらったcoccoさんの深夜の路上ライブに感動。

   ●

 今日は、ある方から、お電話で連絡をいただく。
 どうもありがとうございます。
 教えていただいた気をつけなければいけない点に注意して、これから進めていきたいと思います。
 お忙しい中、お手数をおかけしすみませんでした。

 (といいながらも、次も予定していたりしてて、すみません)

   ●

 『ヒットカウンターから花束を』をそろそろ、印刷のレイアウト用紙に貼るために、原稿をプリントし直さないと。
 しかし、その前に部数が決まってない。200部にするか、300部にするか。
 そうや。しゃ、しゃちょ〜。
 み、見積りまだでしたよね〜。

   ●

 うっ。
 まだ一人も爽健美茶ライブの応募シールほしい、という人がいない。
 みんな集めているんだろうな。
 でも、余ってしまうのはもったいない。
 ので、もう集めているけどもっと応募したい、って人でもOKにしよう。

 「爽健美茶ライブの応募シールがあります。切手は貼っていませんが、応募ハガキに5枚1口ずつ貼っています。ほしい人は、田熊まで連絡下さい。先着順で、合計18口分をプレゼントします。もちろん無料。教えてくれた住所にお送りします。ほしい人は「シール希望」と書いて、こちらからメールを下さい→ 田熊孝浩へメール

   ●

 もしこれでも誰の応募もなかったら、僕が応募して当てて、それをプレゼントすることにしようかな。その方がいいかもしれない。が、それじゃ、16口もあるのに、1口しか当たらないことになってしまうもんな。

 と、まるで、確実に当たってしまうことを前提で、ずうずうしく話しておくのだ。

2001年6月8日(金)
 そうだ。

 中山美穂さんでもふられるのだ。

 と、日曜日の『ラブ・ストーリー』(毎日テレビ)を見て思った。
 でも、なんかよくわかる。加藤晴彦さんの気持ちがよくわかる。
 きれいな人とか、性格が良すぎる人は、なんか自分にはもったいないと思ってしまう。分不相応というか、身分をわきまえてないというか。いつも「これは夢だ、夢に違いない」と思うというか。
 だから、将来のことを考えてしまうと不安になってしまう。
 果たして、ここまま自分のことを好きでいてくれるだろうか。もっと自分が頑張らないと離れていってしまうのではないか。

 そんなことを考えてしまうと、どうしても、いくら相手が中山美穂さんでも、つき合いを続けることはできないのだろうな。いつかむくむくと不安が大きくなってきてしまう気がして。

    ●

 今日の読売新聞さんに名探偵コナンさんの主題歌について書いているところがあった。

 〈(前略)
 三十分ジャスト、『名探偵コナン』がスタート。オープニングテーマ曲のイントロには毎回、コナン役・高山みなみの独白が入る。実はこれ、今年四十二歳の“諏訪少年”(田熊注・読売テレビ『名探偵コナン』のチーフプロデューサー・諏訪道彦さんのこと)がかつて夢中になったアニメ「スーパージェッター」(六五年)の冒頭、「一千年の未来から 時の流れを超えてやって来た……」という名ナレーションをイメージしている。子供と共にテレビを見ている親の世代に懐かしさを感じさせる演出だ。このため約八か月おきに変わるテーマ曲選定の際、必ずナレーション用の十五秒のイントロを依頼している。
 エンディングテーマ曲の後、一転してほのぼのとしたエピローグになる回も多い。また締めくくりに次回のヒントと、登場人物同士の軽妙なやり取りが計十秒入る。ミステリーを題材に殺伐とした事件を取り上げる「名探偵コナン」には、お茶の間の世界に戻るための〈クールダウン〉の時間が必要なのだ。〉
(『読売新聞』2001年6月8日(金)朝刊13版33面 e-ライフTV新時代『読売TV月曜アニメ「犬夜叉」「コナン」の“仕掛け”チャンネルは変えさせません』より)

 うーん、なるほど。
 『名探偵コナン』さんのオープニング曲には、「必ずナレーション用の十五秒のイントロ」が入っているのですね。そしてエンディングテーマ曲の後には、「〈クールダウン〉」させるための時間をとっているとは。ちょっとしたことにも、しっかり意図するところがあるのですね。
 そんな条件をクリアした曲が、『名探偵コナン』のテーマソングになっているのだなぁ。

   ●

 『ラブ・ストーリー』のテーマソングは、スピッツさんの『遥か』。
 これまた、詩の中に「裏技」とかいう流行り言葉を使っているのに、そこで引っかかりすぎることなく、さりげなく聴くことができる。うまいなぁ。
 北川悦吏子さんの脚本もうまいけど、スピッツさんもうまい。

 あさっての日曜日は、サッカーの決勝戦もあるし、『ラブ・ストーリー』で香取慎吾さんと優香さんがどうなるのかも気になるし、忙しいなぁ。

 という今日は仕事で秘かに一人忙しかった日なのでした。

   ●

 そうだ。
 この前の『Mai-K TV』で、倉木麻衣さんが映画の『ペイフォワード』を観たいと言っていたことを、みゅ〜もじさんのメールマガジンで知る。
 びっくり、どっきり。
 ほんと、この映画は観たいなぁと、ロードショー前の新聞広告を見て言っていたのだ。でも、「ビデオにすぐなる」と言われて、結局映画館には観にいけなかったのだ。
 で、ロードショーになるとものすごい話題になると思っていたのに、そんなに盛り上がらなかったようだった。あれれれれ。どうだったのかな? 観た人はよかったのかな?
 新聞広告に書いていた映画のテーマは、ものすごくいいなぁ、と思ったのだけどなぁ。
 「まず隣の人に優しくしましょう。そしたら、みんなが仲よくなれるかもしれないから」、という思想がそこにあったような気がしたのだけどなぁ。

2001年6月9日(土)
 昨日の晩からずーと、である。

 「たくま」「たくま」「たくま」「たくま」…。

 いったいなんてことを。
 「死刑にしてほしい」んなら、自分でなんとかしろ。

   ●

 でも、そんなところでも、僕は僕で、自分の汚さを知る。
 「大阪の大阪教育大附属池田小学校で事件」と聞いていた時は、「そういや、『OHHO』は隣にある大阪教育大学の生協に置かせていただいていたな」「ここ10年以上全然うかがってない。今はもうそこに大学はないと聞くが、申し訳なかったな」とか、「あんな静かなところで何で?」とか、そんなことを思っていた。
 そして、「8人の子供が死亡」という情報が流れてきた時には、「許せん。犯人はどこの誰や。何の目的や」とか「今から行って殴ってやる」という正義の憤りでいっぱいになっていた。腹立たしいだけだった。
 しかしその犯人が「たくま容疑者」だと知ると、「名前の漢字はなに?」「親戚でありませんように」となってしまうとは。

 逃げよう逃げようという気持ちがある。関わりのないように、という、見て見ぬふりをする気持ちがすぐに出てくる。
 踏みとどまって、全部受けとめて、それでも的確な対応をできるようになるのはいつの日か。

 くっそー。情けないぞ。

2001年6月9日(土)-2
 推理小説の『サム・ホーソーンの事件簿1』(エドワード・D・ホックさん著・創元推理文庫)を読んでいる。
 182ページまで読んだ。今までに5つの事件を解決した(主人公のサム・ホーソーンさんが)。
 ここまで読んでわかったのは、僕は推理小説に謎解きだけを期待していないということだ。
 読む前は、僕の中の推理小説ブームの元が「謎解き」にあると思っていた。別に推理小説を読まなくても、詰め将棋の問題の本を読んでもいいと思っていたくらいだ。
 でも、どうも物足りない。サム・ホーソーンは見事に事件を解決してくれるのだが、僕の心は満たされない。「あー、犯人を間違った」とか「トリックが全くわからなかった」とか、そんなことが5つも連続で続いているからかもしれない。しかし、どうも僕には「完全犯罪」を論破されても、それだけでは満たされないものがあることがわかった。

 何が足りないのだろうか。
 僕は、「歴史」が足りないと思った。
 人の歴史、犯罪を起こすまでの動機、犯人のこれまでの生き方、思考、生い立ち…。そんなことがもっともっと欲しいと思った。ややこしいトリックの答えはこれですよ。そして動機はこんなこと。1つの話が30ページでは語り尽くせないのではないか、そんなことを思い始めている。

 で、その推理小説を読むのを中断し、昨日までは、『新しい歴史教科書』(扶桑社)を読んでいた(もう、パールやCGIの本を横に投げ出してしまっている。たはは)。
 この『新しい歴史教科書』、タイトル通りそのものズバリ歴史の本である。それも「日本」の歴史である。
 これが不思議なことに、僕が学生時代に読んだ歴史の教科書と違っていた。
 何が違っているかというと、主人公がちゃんといるのである。その主人公は「日本」ちゃんである(今、50ページあたりの大化の改新までしか読んでいないので「ちゃん」呼ばわりだ)。
 なぜ「日本」という国ができていたのか、どういう過程を経て「日本」の国が成立したのかが物語として書かれている。歴史はブツ切りになっているものではなく、続いている生き物だ、ということがよくわかる。
 なぜ、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討ち、大化の改新を行ったのかがきちんとわかる。動機がある、事件がある、そこから派生したものがある。そして、その事件がなければどうなっていたのかも、考えさせられる。
 『新しい歴史教科書』を、中学生だけに読ませてるのはもったいない。

   ●

 そんな中、今日、若草山にのぼる計画を断念し、奈良市立中央図書館に行く。
 目当ては、推理小説で、最後の部分が「せつない」感じがすると紹介されていた『老人たちの生活と推理』(コリン・ホルト・ソーヤーさん著・創元推理文庫)。
 あっという間に見つかる。よかった、1つの話だけで300ページ以上ある。これなら、人生の機微を感じることができるのではないか。
 と思いながら、他の本も物色。
 『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロスさん著・ちくま文庫)と『テレビ消灯時間』(ナンシー関さん著・文春文庫)も併せて借りる。
 『不思議の国のアリス』は、『リプレイ』や『星の王子さま』で知ったファンタジーの面白さが味わえるのではないかと思った。
 『テレビ消灯時間』は、ちょっと前の『ほんパラ!関口堂書店』(ABCテレビ・毎週土曜午後8時〜)で紹介していた、ナンシー関さんの本が面白いと思ったからだ。確かその本は、素人が直感で書いた絵を批評している本だった。その時初めて、ナンシー関さんの面白さが、ズンと僕の心に届いた。

   ●

 3冊も借りたので、さぁ、帰ろうと思った。だが、「おっ、『ラブ・ストーリー』の脚本家の北川悦吏子さんのコーナーではないか、とまたもや1冊手にしてしまう。
 『車イスとハイヒール』(北川悦吏子+すぎたちよこさん著・角川書店)。
 パラパラと中を見る。どうやらメールのやりとり風の話らしい。少し読む。おお、これは『ビューティフル・ライフ』の話ではないか。タイトルの「車イス」とはそのことだったのか。
 もっと読む。この本のメールのやりとりは本物。『ビューティフル・ライフ』ができる前のメールのやりとりであった。しかも、『ビューティフル・ライフ』の話の原型ではないか。
 北川悦吏子さんが、ある掲示板で知り合った車イスの女性とメールのやりとりをする。その第一回のメールのやりとりから載っている。
 有名な人が普通の人とメールのやりとりをする。しかも、初めは有名な名前ではなく、別のハンドルネームで話をしている。そこから、自分の本当の名前をあかし、職業を名乗り、なんのためにメールのやりとりをしたいかを話し…。
 一つ一つの言葉に気遣いがある。顔が見えないメールのやりとりだからこそ、謙虚にならなければ、そんな北川さんたちの心配りが随所に感じられる。知らない人と知らない人がつきあい始める時の最初がどうだったのか、そんなことも知ることができる。
 なんか、この本を一番最初に読みたいと思っている。

 さっそくその本に書いていた、ちょっといい言葉。

 〈(北川悦吏子さんのメール)私、「サイモンバーチ」というジョン・アービングの映画を見たんだけど、その映画で障害者の主人公の男の子が「神様にはプランがあるんだ!」と何度も言うのね。それは、自分の障害には意味がある。何かのためなんだ、って叫ぶんだけど、すぎたさんはどう思いますか?
私も、どんな一見、不幸なことにも、意味があるんだ、神様にはプランがある、と信じたい人なんだけど。
そうでもない、無残なことが世の中では起こっているけれどさ。〉
(『車イスとハイヒール』32ページより)

 昨日も、無残なことが起こった。
 神様のプランには酷なこともあると思った。

2001年6月10日(日)
 『倉木麻衣さんと歩く蒼い詩人たちの会』のharumitsuさんの詩を読む(387番)。
 harumitsuさんに奇跡が起こったことが書かれていると思った。
 なんか、倉木さんのファンになると、そんな奇跡が起こるのだなぁ、と再確認。
 harumitsuさん、「うん、うん」。
 僕は頭に、ある出来事が浮かびました。けど、話せるのはそこまでしかできなくて、あとは信じるしかできなくて。
 でも、「青と青がつながっている」ということはあるのだなぁ、と思えて。

 harumitsuさん。フリーメールでいいから、みんなメールアドレスを書けば、いろんな人に「ペイフォワード」の奇跡が起こってしまうのかもしれないですね。

 「みんな、ここは決して無駄じゃないよ。 」

 このharumitsuさんの一言が、『always』の最初の一言への返事に聞こえました。

 (と今日もまた全くの勘違いの妄想を日記に書いてしまうのだった)

2001年6月11日(月)
 倉木麻衣さんのセカンドアルバム『Perfect Crime』の曲目を見て思ったこと。
 (1)うほほーい。「空」関係の歌が4つもあるよー。
 (2)おや、『Simply 〜』が入ってないぞ。
 (3)あら、『YES or NO』もないのね。

というところ。

 (1)の「空」関係の歌は、

 03.Reach for the sky
 11.Reach for the sky GOMI REMIX(Radio Edit)
 12.いつかは あの空に
 13.The ROSE〜melody in the sky〜

の4つ。
 やっぱり、「空(sky)」というか、家や建物の中じゃなく、外に出て「空」が見えるような詩はとても気持ちがいい。ふわーと心が広がっていく気がする。ありがとね、倉木さん。
 貴重な日本語タイトルの『いつかは あの空に』って楽しみだなぁ。全編英語詩と言われる『The ROSE〜melody in the sky〜』もこれまた期待してしまうなぁ。
 で、(2)の『Simply 〜』は、確か事前に広まっていた情報では、「アルバム・エディット」が入るとかだった。(3)の『YES or NO』になるとまともにこのセカンドアルバムへの収録用だったのでは?なのである。
 とは思うがこれで何曲だろう。

 『Simply 〜』のアルバム・エディット
 『YES or NO』
 『thankful』
 『冷たい海』のHIYOCOさんリミックス

 完成間近か、完成している曲がもうこれだけあるのである。すぐにも次のマキシシングルできてしまいそうだ。
 うーん、倉木さんたち頑張っているなぁ。ほんとに、今年2枚アルバム出せるのではないか。
 ファーストアルバムとセカンドアルバムが夏に発売されるアルバムなんで、サードアルバムは冬に出してほしいなぁ。そこに倉木さんのクリスマスソングなんかがあれば、またまた「やったぞー」なのであるが。
 とセカンドアルバムが出る前から、僕の妄想は始まっているのであった。

   ●

 『だから倉木さんのCDを買わなくなった』のアンケートのいくつかに、「倉木さんはいいのだが、倉木さんの事務所がよくない」というような回答あり。

 うーん、どうなんでしょ?
 というより、僕は、倉木さんの事務所さんは全然悪いとは思わないなぁ。
 逆に、こんなにアーティスト思いの事務所はないのじゃないかと思う。今の事務所でなければ、「倉木麻衣」は生まれなかった。今、事務所を変わったとしても、倉木さんが「倉木麻衣」でい続けることは不可能だろう。
 ハイレベルな楽曲をいつも提供し続けている今の状況は奇跡である。というより、偶然が100も200も重なって「今」が成り立っていると、いつも感じる。
 もしも今の事務所がCDの売上(事務所全体の売上)最優先のところだったらどうだろうか。倉木さんが好きなように音楽活動することなんて絶対にできないのではないだろうか。
 「デビューから3曲目までの曲調を変えたから売上が落ちた」という情報があれば、その通りにするだろう。チャレンジや試行錯誤をせずに、『Love, Day After Tomorrow パート2』や『Stay by my side パート2』と、同じタイプの楽曲を提供し続けることだろう。倉木さんの新しい面を表に出させ、その部分と今までの部分を融合させた楽曲なんて生まれることはない。それは「デビューから3曲目までの曲調」とは違うからだ。「売れない」からだ。
 テレビに出ると宣伝になる。CDの宣伝をするために、テレビ出演を最優先させることだろう。そのためには、大学なんていく必要はない。毎日、テレビやラジオに出演し、雑誌取材に走りまわらせる。倉木さんの描く詩は、僕らと同一視線上にあるものから、業界内の話にシフトすることだろう。

 ♪私は忙しい でもあなたのためにわたしは歌うの〜

 僕らの生活感や価値観とは異なる詩が生み出されることだろう。お仕着せの歌を僕らは聴かされることになるだろう。

 果たしてそんな中で、倉木さんが10年後こうなりたいと思いながら、音楽活動を続けることができるのだろうか。
 それよりも、僕らはそんな歌を聴きたいと思うのだろうか。

 倉木さんは今の事務所に入らなければ、こんなに潤いのある毎日を僕に与えてくれることはできなかった。それは楽曲の作者でもそう。倉木さん−大野愛果さん−サイバーサウンドさんの組合せは、僕の中ではまだまだ最強レベルの黄金のラインナップなのだ。

 でも、僕とは違う考えをもったファンの人もいる。一人一人別々の考え方、感じ方を持っている。「今の事務所のやり方はまずい。勝ち続ける方法がある」と思っている人もいる。
 今まで倉木さんの事務所は、ながーい目で倉木さんを育ててくれているように思う。というより、僕の目にはそう映る。

 しかし、「今の事務所のやり方はまずい。勝ち続ける方法がある」と思う人がいるのなら、その夢を実現させる方法がある。一番手っ取り早い方法は、事務所に入社することである。入社して、倉木さんを担当すればよい。情熱があれば何だってできる。不可能なことなんてない。
 けど、入社試験の面接官はその情熱がどの程度のものかどうか簡単に見抜く。いつまで熱くいられるか。今の立場だから熱くなっているだけだと判断されれば、落とされるだろう。「だから倉木さんのCDを買わなくなった」である、「だから『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込まなくなった」である。たかが屁理屈を言う田熊がいるだけで書き込まなくなり、倉木さんのCDを買わなくなるのである。
 「仕事になれば情熱を持ち続けられる」なんてことは不可能。毎日毎日屁理屈を聞かされるのである。仕事だからこそ、嫌なことは毎日毎日繰り返し起こるのである。仕事は、見て見ぬことができる「趣味」ではないのだ。
 抗議の電話もくるだろう、文句のメールなんて山のようにたまるかもしれない。
 そんな中で、今も、倉木さんの事務所は倉木さんを守ろうと頑張ってくれている。倉木さんたちがいい楽曲を作ることに全力を注げるように、踏ん張ってくれている。

 もし倉木さんの事務所に文句があり、しかし入社できない事情があるのなら、僕らにできることな何なのか。
 「他の人がしてくれる」「事務所が何とかしてくれる」。
 そんな言い訳は聞き飽きた。

   ●

 僕は、スタンダードになる日本一のラブ・バラードを、これから倉木さんたちに作ってほしいと思う。歌ってほしいと思う。そしてCDにして、僕らに届けてほしいと思う。
 そのために、力になると思うことは、気づくたびに伝えていきたいと思う。倉木麻衣さんへ。そして倉木麻衣さんの事務所の人たちに。

2001年6月11日(月)-2
 「たくま、たくま」「弟?」「漢字が違ってほっとした」

 って今日は会社でいじめにあったよ〜。

 それにしても、なんで精神に障害があるかもしれない人なのに、どんどん実名を出して報道をするんだ? そのへんの理由をきちんと書いていたのは、僕が知っている範囲では毎日新聞さんしかなかったのだが、他の新聞社でも出しているの?
 少年だったら、どんなひどいことをしても、名前を出さない。逆に写真を出した出版社はたたきまくっている。今回のことである出版社から版権を引き上げる作家はいるのだろうか。あの人はどう思っているのだろう。

 てなことも考えてしまう。なんなんだ、マスコミの基準って。
 今回のことでもそうだが、僕としては、少年でも今回の「たくま」さんでも犯人の名前は出すべきだと思う。逆に、被害に遭われた方の名前は隠すべきではないか。被害者の名前を出すだけだして、何の補償もマスコミがしないのなら、匿名で記事を書くべきではないか。名前が出るだけで、どれだけのいやがらせがあるか。事件に同情してくれる人ばかりではないのだ。事件後の補償のやり方で、見ず知らずの人が被害者の関係者に抗議してくることもあるのではないか。

 昔はこんな事件はなかった、と昨日テレビである弁護士さんが言っていた。
 ほんとうに昔は起こっていなかったのか。
 昔はなかったと言い切れるのなら、何が昔と今は変わったのだ。変わったのは、加害者を守る法律の解釈ではないのか。人権擁護派と呼ばれる弁護士さんたちが一生懸命、人を殺した人たちを守ってきたのではないか。「自分は何しても大丈夫」と「たくま」さんは事件直前に友人に語っていたそうではないか(『毎日新聞』2001年6月10日(日)朝刊14版1面より)。
 え。なんなんだ。
 いったい子供たち8人を殺したのは誰なのか。「たくま」さん一人の犯罪なのか。
 そして、子供たちを殺しても、罪に問えない制度を作ったのは誰なのか。目の前で友達が刺されたのを見た子供たちに、「実は犯人はいなかったのだよ」とでも説明するのか。

 それこそほんま完全犯罪じゃないか。

 小泉さんが当たり前のことを提案しているのに、何でその入口で反対するのだ民主党の鳩山さん。

 てな感じだなぁ。

 「たくま」「たくま」って名前が連呼されるのは仕方がない。
 と思うが、何の関係もない「たくま」ちゃんが、「たくまはあくま」なんて言葉でいじめられそうだ。そう思うと、これまた、「たくままもる」はなんてことをしたのだ。
 悪いことをした人には、その回りの人にも迷惑をかける。そのことがもう一度いろんな人にわかれば、次の犯罪は防げるのではないか。「村八分」って言葉は否定的な意味にばかり解釈されるみたいだけど、悪いことをすれば、村八分にあう。お前だけの責任ではすまない。みんな見えない糸でつながっているのだ。いろんな人には歴史という見えない糸があるのだ。
 そんなことにみんな気づけばいいのにな。

 でも、ほんま、病院とか銀行とかで、「ただいまお待ちのたくまさん」って放送が入るたびに、僕の家族は肩身の狭い思いをするのだ。しかもなおかつ大阪。
 くっそー。「たくままもる」、お前のせいだぞ。
 ちゃんと罪を認めて、謝れ。そして、きちんと刑に服せ。

2001年6月11日(月)-3
 本を買えずに図書館が悲鳴をあげているそうである。

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本買えず図書館が悲鳴
サービス向上で打開を
(『日本経済新聞』2001年6月10日(日)朝刊14版23面『活字の海で』文化部 兼吉毅さんより)

 目当ての新刊の値段が高いので買わずに図書館で借りようとしたが、見つからない。だれかが借りているのかと思い、数日後に訪ねたがやはりない。本は元々なかった――。
 図書館をよく利用する人が、たびたびこんな経験をする日がすぐそこに来ている。図書館が本を買う予算が減り続けているからだ。
 「予想以上に深刻な数字だ」「必要な本が買えなくなる」。六月一日、東京都内の図書館職員ら有志が開いた集会で出席者からため息が漏れた。(中略)
 「五千円以上の本は複数の図書館で共同購入してきたが、二千円以上に基準を下げてしのいでいる」
 「スポーツ雑誌の購読を打ち切り、空いた書棚は出版社が無料配布するPR誌で埋めることにした」
 「団地への出張サービスをやめざるを得ない」
 (中略)
 日本図書館協会の調べでは、二〇〇〇年度の全国の図書館数は約二千六百館と九〇年度に比べ約七百館増えた。図書館を持つ市町村がやっと全体の五割を超えたのも昨年だ。しかし資料費は九九年度をピークに減少に転じている。一館当たりの資料費となると九三年度から減る一方だ。
 この影響をまともに受けそうなのが専門書の出版社だ。不況や学生の活字離れで専門書が売れない中、「初版三千部のうち千部を購入してもらうこともあった」(みすず書房)という図書館は大切な顧客だった。
 (後略)
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 なんともう、図書館さんの資料費は減っているのですね。
 でもそれよりも、みすず書房さんの〈「初版三千部のうち千部を購入してもらうこともあった」〉とのコメントにびっくり。なんとそんな大名商売をしていたのか。そら売れなくなってもしゃあないわ。てな感じだ。評判を生んで図書館に買ってもらうのではなく、何でもかんでも、専門書なら確実な数が図書館でさばけていたのか。なんか官僚の天下りみたい。『OHHO』は全部、図書館さんには無料でプレゼントしているのだぞー。図書館さんに商売してどうするぅー(と、言える時には言っておこう。買ってくれる図書館さんが現れた時は、「天下りをして何が悪い」と開き直るのだ)。

 で、最近きた図書館さんからの「倉木さん本が届いたよ」ハガキを次の図書館さんからいただきました。

 福島県立図書館さん、山梨県立図書館さん、大分県立図書館さん。

 みなさん、おハガキどうもありがとうございます。
 ということで、前記の図書館さんに『倉木さんに間に合うか』は確実に置いていただいているのでした。

   ●

 同じく『日本経済新聞』さんには次の記事もあり。

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 会社に「さん」を付ける人
(『日本経済新聞』2001年6月9日(土)朝刊『NIKKEIプラス1』16s面『オトナの心得』編集委員 足立則夫さんより)

 「S商事さん」「M電気さん」。企業から派遣された日本人留学生が名前を呼ばずに、会社に「さん」を付けて呼び合う。「ヴェニスの商人の資本論」など独自の経済論で知られる東京大学経済学部教授・岩井克人さんは、米国留学中、そんな場面に出くわすたびに不思議に思った。
 「本人でなく会社の名前にさんを付けることで、人間がもろにぶつかりあうのを避ける。会社人間の知恵だったのだろうか」
 彼は「ヒト、モノ、法人」と題するエッセーで、会社つまり法人を、米国はモノ化し、日本はヒト化する、と指摘。「日本では、会社がイエ制度と結びつき、○○家を存続させることが至上命令だった。だから、会社を○○さんと呼ぶようになった」と話す。
 財閥解体後も、会社同士が株を持ち合って、イエ的な結びつきを強めた。会社に「さん」を付ける慣習は、社内の会議でも「総務部さん、経理課さん」、地域の会合でも「東町さん、二丁目さん」へとすそ野を広げる。
 (後略)
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 なるほどなぁ。僕の何でもかんでも「さん」づけは、イエ制度から残る習慣だったのだ。

 と納得するところだったが、そうじゃないわな。
 法人でもCDのタイトルでも、どんなものにもそれに関わった人たちがいる。法人名を呼び捨てにすると、その中にいる人たちも呼び捨てにするような感じで、申し訳ないのよね。
 でも、この記事を書いた足立さんは、(後略)の部分にこんなことを書いている。

 〈会社をモノとして扱い、買収するのが常識化している米国流がグローバルスタンダードになっている。だから、というわけではないが、ヒトでもない「会社や部署、町」などに、軒並み「さん」を乱発するのを耳にすると、卑屈な響きを感じることがある。再検討が必要な習慣だ。〉

 なんと〈卑屈な響き〉とは。
 〈卑屈な響き〉と感じてもらって結構毛だらけ。
 読みにくくなるところは直そうと思うが、なんで〈卑屈な響き〉がするから再検討する必要があるのだ。なぁ、足立則夫さんのいる日本経済新聞よ。

 「日本経済新聞よ」ってところを読んだら、日本経済新聞さんに関わっている人はいい気はしないと思うんだけどなぁ。
 〈卑屈な響き〉よりもっと大事なことがある。なんで、「法人」って単語には「人」がついているのだ。
 そんな目に見えないつながりを軽視する人が、日本経済新聞さんにいることを、こんなところで発見するのであった。

2001年6月12日(火)
 『チェッカーお試し掲示板』のしなぷすさん、どうもっす(362番)。
 ほんまに、「地球上には同じ時間に同じことを3人考えている」ということを実感いたしました。こちらこそダブリで失礼しましたー。
 でも、ほんと、セカンドアルバムには、「空(sky)」が多いですねぇ〜。
 そういえば、ヒットカウンターができたばかりの時に、「ブラウザーでの表示がへんな縦書きになっている」と指摘して下さった方が何人かいらっしゃっいました。そのお一人にハンドルネーム「sky」さんという方もいらっしゃったということまで思い出しました。

 skyさーん。お元気でしょうか?

 それから、同じくはるみつさんへ(363番)。
 うーん、どうなんでしょう。
 難しいというか。僕らの力では「そういうものは必要がない」と無言のテレパシーでわかってもらうしかないような気がします。
 僕らの中であふれ出る憤りをぶつければ、倉木さんは自分のこととして、間接的にでも受けとめてしまうと思うので(僕らの言葉をいつも受けとめてくれているのと同じように)。
 これからも倉木さんのご家族のことに関しての書き込みやコメントは、今まで通りの方法で対応したいと思います。
 倉木さんが受けとめてくれて、「次はもっとよくしよう」と頑張れることならいいのに。
 ですよね、はるみつさん。

2001年6月12日(火)-2
 『車イスとハイヒール』(北川悦吏子+すぎたちよこさん著・角川書店)をどんどん読み進む。

 メールのやりとりなので、辞書を引くこともなく読むことができる。
 が、中に書いてあることで、いろいろ「そうなのか」とか感心させられる。こんなメールのやり取りができる二人の関係はいいなぁ、とうらやましくなる。

 うらやましくなったところではないが、ちょっと気にかかったところがあったので、少し引用。

 〈ビューティフルライフの公式サイトっていうの? TBSのホームページに行ったら、アクセスが何十万件を越したとかで、一位になってて、(TBSのホームページの中で)、そいで、いろんな人の書き込み見てたら、みんな褒めてくれて、うれしいんだけど、10個に1個くらいの割合で、否定的なものもあっとて(もっと少ないかな)、それでも、ちゃんと参って、ああやって、知らない人たちにいろいろ言われるところに、行くのは、ちょっとやめようと思った。
耐久力がなく。
みなん、やさしい人ばかりではないし。〉
(158ページの「Eriko Kitagawa」さん2000年1月21日のメールより。文字の間違いのようなところは原文のまま)

 と、テレビドラマ『ビューティフルライフ』の脚本家である北川さんが書いている。
 けど2000年の2月6日には次のようなメールが…。

 〈P.S.「ビューティフライフ」の公式ホームページでは、よくわかってくれている、という車イス使用者の投稿も多く、私はホッとしています。〉
(192ページの「Eriko Kitagawa」さん2000年2月6日のメールより)

 ホームページの書き込みを見に行くのは「ちょっとやめようと思った」のに、その後、「車イス使用者の投稿も多く」と今もホームページの書き込みを見てくれているようなことが記述あり。
 ここを読んで、あー、気をつけないとな、とまた思った。
 どこで誰がどんなふうに見ているかもしれない。この日記も見てほしい人が見てくれているかもしれない。
 そんなことをちょっと頭のすみに入れながら書いていかないとな。

   ●

 で、この本の中で、ちょっと詩になっている部分があったので、そこも2行だけ引用。

 〈今日は、静岡は雪が降っています。
  青空なのに、どこから雪がくるんだろー。〉
(197ページの「Chiyoko」さん2000年2月16日のメールより)。

 今年のクリスマスソングの何かの参考になれば。

2001年6月13日(水)
 今日は、小樽オルゴール堂の堀さんの書き込みを久しぶりにみたり、FM802さんで久しぶりに倉木麻衣さんの『NEVER GONNA GIVE YOU UP』がかかったり、おしさしぶ〜り〜ね、の日なのであった。

 今朝、あっという間に『車イスとハイヒール』を読み終わる。
 やっぱ、ドキュメントな話は面白い。といったらひんしゅくもんだが、最後は奇跡的なハッピーエンド。こんなメールのやりとりが本に残せるのだなぁー。
 でも、なんかたいへんそう。
 そんなたいへんなそうなことも、ちゃんと「あなたはいい人だけど、そこが息が詰まる」というようなことも話していたりする。そのへんがこの本を読んでいる時にドキドキさせたところかな。
 それにしても、北川悦吏子さんがそんなことになっているとは知らなかった。そして取材力ってのはどういうものかを教えられた。読んで正解だった。
 続いて『不思議の国のアリス』に突入。
 あれ?これって、手塚治虫さんのメルモちゃんの原型なの?

    ●

 明日は、会社の同じ部署の人たちとの飲み会。
 その前に、今日は、いろんなところからもらっているビールが余っているからと、会社の中でいきなり飲み会。
 う、社長には内緒だ。今のうちに飲んでしまわないと。

 ふへー。
 アサヒのスーパードライ350mlで、とってもいい気分。
 おー、その上、『always』がFM802さんからかかってきた。さいこーだー。

 でも、この『always』。僕は聴くたびに胸が痛む。響くというより、痛んでしまう。
 なんか間違っているんじゃないか。引きずってしまっているんじゃないか、という気になる。

 ♪苦しい時こそ 願いが叶う

 なんで、倉木さんが自分のためにそこまでいい聞かせなければならないのか。
 ユートピアというものはあるのか。この先の峠を越えれば見えてくるのか。

 まだまだ見えてこないぞー。

 なんてことを、大学の打ち上げコンパの時は朝まで話してたもんだ。って、全部僕が一方的に話していたような気がするなぁ。紙とボールペンを居酒屋さんのテーブルの上に出して、その時までわかってきた人生の理論を繰り広げていた。あれはなんだったのだろう。でも、なんでみんなあんな話を朝までつきあってくれたのだろう。

 ふー、酔っ払った、酔っ払った。

 『Love, Day After Tomorrow』までかかってきたぞー。
 倉木さーん、ここまでよく頑張ってきたねー。

 て、ほんと、僕の体はなんて安上がりなんだ。

2001年6月15日(金)
 おっと、昨日は、湯どうふ飲み会。参加者5人。で日記はお休み。
 よく考えると、おとついはあれから、まっちゃんがたこ焼きを買ってきれくてて、とーちゃん、社長も交えての小さな飲み会になってしまったのだった。で、結局帰ったのが終電。なんてこった。

   ●

 今日は、倉木さんのニュースが飛び込んでくる。
 昨日大学内で取材を受けたという。
 そのことについて『倉木麻衣さんへの掲示板』でピンキーさんが書き込んでくれていた。その返信を掲示板に書き込んだけど、ここにも残しておこう。

   ●

 21117番のピンキーさん、どうもです。

 長くなりそうなので、返信するのではなく、別にここに書き込みます。

 僕はピンキーさんと違って、〈彼女の私生活で宣伝か〉とは、全く思いませんでした。
 もし、ピンキーさんのおっしゃる通り「宣伝」なら、なぜ、『always』やセカンドアルバム『Perfect Crime』の発売直前にしなかったのでしょうか? CDの売上をアップさせるためなら、オリコンの初登場の結果が出た後ではなく、前にすると普通は考えますよ。『always』に間に合わなかったのなら、『Perfect Crime』の発売日直前になぜしなかったのですか?
 それよりも、昨日、倉木さんの大学がこの会見を段取りしてくれなかったら(会見を開いたのは倉木さんの事務所ではないみたいですよ)、今頃、倉木さんはどんなニュースでぐちゃぐちゃにされていたことか。
 ピンキーさん、〈また、ですか・・・〉と言い、最後には、〈でも、こういう意見を言う人がもっと多くてもいいように思います。〉とまでおっしゃられるのがなぜなのか、僕には理解できません。
 倉木さんが今再び、どんな状況に追い込まれつつあるのか。そのことをわかっているのに、どうして強引に、「ワイドショーに出すぎ」とこじつけるのですか? ワイドショーに出る必要はないのに、会見を開かないといけないように、取材攻勢をかけているのは誰なのですか?

 〈「マスコミがしつこいから」みたいな言い方をする方もいるでしょうが、いくらしつこくたってはねつけて欲しいです。〉とのことですが、既に多くのマスコミが、許可なく倉木さんの大学に潜入できたという記事を書いています(1つや2つではありません)。倉木さんが高校にいる時には考えられなかったことです。
 今日のニュース報道により、マスコミが大学に偽って潜入することがなくなるかもしれない。同じ大学に通う人が被っているマスコミ被害がなくなるかもしれない。そんな効果があるかもしれないのに、それでも取材をさせずに〈はねつけて欲しい〉とは、僕は思いません。

 それから、〈田熊さんはアンチが「倉木麻衣は新曲を出すたびにワイドショーに出てる」と言ってるのに腹を立てておいででしたが、結局そのアンチの意見を裏付けるような報道ですよね。〉とのことですが、これは僕のどの文章を読まれておっしゃっているのでしょうか?
 僕はいつも腹を立てています。しかし、この部分は、ピンキーさんに誤解があるのではないかと思います。
 倉木さんの写真週刊誌ネタで、僕がある方に煽られて腹を立てて返事をしていた時があります。その時、僕を煽っていた方は、倉木さんのCD発売日の前に必ずある写真週刊誌が倉木さんのことを取り上げる。そして、それは倉木さんの事務所さんが宣伝してもらうために、写真週刊誌とグルになって行っている、というものでした。
 しかし、ピンキーさん、『always』の発売前に、あの写真週刊誌さんは倉木さんのことを取り上げてましたか? 事務所さんがCDが売れるように、わざとネタを流して宣伝してもらってましたか? 僕を煽っていた方や、アンチさんが言っていたのは「発売前」ですよ。「発売後」ではありません。
 今日のニュースを、〈「倉木麻衣は新曲を出すたびにワイドショーに出てる」〉という〈アンチの意見を裏付けるような報道〉と言い出すと、どんな時期でもこじつけることができますよ。いつでも、CD発売の前か後なのですから。

 それから、昨日のような会見をせずに、〈だったら歌番組に出演すれば、こんなワイドショーよりもよっぽど効果があるように思うし、ワイドショーや週刊誌でしか彼女の生の(?)声や考えを知ることができないと言うのはちょっと異常じゃないでしょうか。〉とのこと。
 これはピンキーさんが、昨日の会見はCDを売るためのものではないと、ご自分で認めているように僕には聞こえました。CDを売るための宣伝会見だったら、異常かもしれませんが、そうでなければ、異常でもなんでもないと思います。

 それに、ピンキーさん、〈歌番組に出演〉って軽く言いますが、歌番組はいくつあると考えておられますか? 1つの歌番組に出るだけでは済まないことは、今春のラジオ出演ではっきりしたのではないですか。全ラジオ局に公平に出演するために、倉木さんは一体いくつの番組に出演したのでしょうか。
 それから、倉木さんはちゃんと自分の生の声や考えをテレビで披露していますよ。特定の地域の人しか見れない番組ではなく、見ようと思えば日本全国どこでも見ることができる、衛星放送のスカパーで自分の番組(『Mai-K TV』)に出てくれているではないですか(僕の家では夏は見えないのですが)。それとも、地方では映らないところもある、東京の番組にだけ出ろ、とでもおっしゃるのでしょうか? 関西だけのラジオ番組に出演したとき、「何で関西だけ」と苦情が出たことを忘れたのですか。そして、夏のライブも、「テレビに出るなら、まずライブをして」と言った人たちがいたってことも、忘れないでほしいと思います。

 また、〈田熊さんは問題だとお思いになりませんか。家族の問題を削除してらっしゃいますが、こういう報道についてはいいんでしょうか。これだって、彼女の私生活には違いないんですから。〉とのことですが、ピンキーさん、話をごっちゃにしていませんか。僕は、倉木さんのプライベートな話は削除、なんてことを書いたことはありませんよ。
 「家族の問題」と「彼女の私生活」とは別です。倉木さんの「私生活」のことなら、倉木さんが何とかしようと思えば、何とかできるかもしれません。例えば、もっと腹筋を、もっと恋を、もっといろんな経験を、と注文をしても、あとは倉木さんの意志でどうにでもできます。しかし、ご家族のことを僕らが指摘しても、倉木さんはどうすればいいのでしょうか。何かができるのでしょうか。

 今日のニュースは、倉木さんの大学が最善の方法をとってくれた、と僕は感心しました。
 僕はピンキーさんのように〈私はものすごくがっかりです。〉とは全く思わずに、倉木さんは、いい大学に、そしていい同級生に迎えてもらったなぁ、と思いました。

 ありがとう、大学さん、同級生のみなさま、です。

 ピンキーさん。以上がピンキーさんの書き込みを拝見し、僕が思ったことです。

   ●

 ということでした。
 ほんと、倉木さんの大学さん、感謝です。

 でもなんで、いつもこうして「負」の方に考えてしまう人が出てくるのだろう。ピンキーさん、僕はめちゃくちゃ不思議です。

 疑うことは、自分が疑われること。目の前にいる人は、自分の鏡である。

 とたまに思う。
 僕が緊張していたら、相手も緊張する。僕が小さな声で話せば、相手の声も小さくなる。そんな「鏡」だと思う。だから、トイレに行きたい時は、勇気を出して自分から「ハイ、先生」と言う。そう自分から言い出すことで、そのクラス全員の心が緩やかになる。そしてみんな打ち解けて話しやすくなる。かもしれないもんなぁ。
 でも、トイレに行きたいから「ハイ先生」と言い出すと、ある人はバカにするのだなぁ。

 そうか。

 人からバカにされたくないから、他人を疑ってかかるのか。
 でも、自分をかばうために、人を傷つける思い違いをするのって、なんかへん。やっぱりへんだと思う。
 思い違いをするのなら、気持ちのいいように解釈できればいいなぁ。というか、普通に解釈すると、今の僕の解釈になると思うのだけど、なんで何人かの人は仕事のように、へんなふうにへんなふうに解釈するのだろう。

 今のところ、インターネットは過渡期だから、少数の人の意見を多数のように思わせることができる。
 けど、それはいかさまだ、とみんな気づいていくのだろうな。ホームページのバナー広告やカウント数には意味がない、と気づくのと同時にみんなわかるのだろうなぁ。

 と言った今日、OHHOのホームページは70万カウントを超える。でも、今のところ『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれている人は3万件(今カウントしているのは、1万件で一度ログが飛んだあとのカウントになっている)。
 掲示板には訪問カウントの3%くらいの書き込みがあるという話をずっと前にどこかで読んだ。3万/70万って、だいたい4%くらい。
 これは多いのか少ないのか。
 そんなことはどうでもいいか。

 それよりも、倉木さんが、あの掲示板を見てくれて、何かの力にしてくれたら嬉しいなぁ。

2001年6月16日(土)
 ふへ。
 今日は仕事で出社。いつもの土曜出勤。

 それにしても、掲示板に書き込むって勇気がいる。そんなことを昨日書き込んであとまた思う。神経すり減る。みんなそんな感じなんだろな。

 そろそろ倉木麻衣さんの『Perfect Crime』を予約しなくちゃ。
 うーん、今回はどこで予約するか迷う。
 一番予約したいのは、京都のプラッツというビルに入っている新星堂さん。
 去年のファーストアルバムが発売された後、その店に寄った時に「あー、ここで予約しとけばよかった。もう1枚買いたいなぁー」と思ったからだ。倉木さんの隣にはココットさん、そしてYOKOさんのCDもきちんと並べてくれてたのね。
 でも、そこまで当日買いにいけるわけはなく。
 難波にするか、梅田にするか。それとも奈良にするか、いつもの天六にするか。たった1枚の予約でここまで悩むのだ。

   ●

 倉木さんがいっぱい雑誌に出るのをまとめてトピックスにアップ。
 それにしても、cosmos7さんとか某レコード店員さん、 暇人さんはなんでそんなに詳しいのだ。不思議不思議。でも助かる助かる。
 みなさん、ありがとうございます。

2001年6月16日(土)-2
 今日、『ヒットカウンターから花束を』の印刷部数を決定。『倉木さんに間に合うか』と同じ300部に。
 200部の方が安上がりとか、余ったら余ったで図書館さんがあるとかで、1週間くらい悩んでしまった。その間、全く印刷がストップ。
 結果、余ったら余ったで図書館さんがあるさ。

 で、ようやく表紙カバーをフィルム出力してもらうために、出力センターさんにマックデータを取りに来てもらう。けど、なぜかMOがマウントしないと電話あり。
 う、こんなこと初めてだ。縁起が悪い。『Perfect Crime』はファーストアルバムを超えるかもしれない、と一人秘かに思っているのに、ちぇっ。
 ああ、違う違う、縁起が悪いのは『ヒットカウンターから花束を』だった。
 むむむ、それまた問題だ。

 だけど、本気で、『Perfect Crime』はファーストアルバムを超えるだろう、と思っているんだけどなぁ。
 レンタルで済ませるか、CDをいさぎよく買うか、君はどっちだ。
 って質問をすれば、今までマキシシングルではレンタルだった人たちは、今までアルバムを買うためにレンタル派に変わった思う。ので、この『Perfect Crime』は、マキシシングルを買ってなかった人まで大挙してCDショップは大わらわになると思っているのである。7月3日のフライング発売日は憶えてろよ、ってなことになると思うのだけどなぁ。
 ま、その僕の予感がはずれてたらしゃあない。また一から、日本一のラブ・バラードを倉木さんに歌ってもらえるように頑張ろうではないか。おー。
 て、カイカイカイ。なんでこんな3階にまで蚊が飛んでくるのだ。
 あー、どこで、『Perfect Crime』予約しよ。

2001年6月17日(日)
 『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロルさん著・柳瀬尚紀さん訳・ちくま文庫)を読み終わる。
 読んでいる時にところどころでニヤニヤ笑いが出てきた。これはいろんな動物が人間のようにしゃべっていたからかな。
 『不思議の国のアリス』はこういう本なんだ、ということがわかった。感動はなかったが、表紙カバーに書かれていた「『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』は、古典学者リデルの娘アリス(Alice)を喜ばせるために書いたものである」ということがわかってよかった。
 多くの人に向けてのものではなく、特定個人に向けた書かれたものでも、スタンダードなものになる。というか、特定の個人に向けて書かれたものだからこそ、誰の心にも届くのだろう。

 それにしても、『不思議の国のアリス』とは絶妙なタイトルである。
 この前、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、万年青年さんやBOSEさんたちが(←あー、お名前間違っているかもしれません、すみません)、倉木さんが好きな映画『海の上のピアニスト』は元の英語のタイトルと日本語のタイトルは違うと教えてくれた。日本語のタイトルが、『海の上のピアニスト』だったから、日本人の目にとまるのかもしれない。

 そういえば、倉木さんの楽曲のタイトルは、99%英語である。それらのタイトルを日本語にすればどうなるのであろうか。
 そんなことを考えながら、奈良・押熊にあるブックオフさんからの帰り道考えていた。
 例えば、僕の大好きな『Reach for the sky』ならどんな日本語タイトルになるだろう。
 「天までとどけ〜」というような意味だということを、どこかで聞いたことがあるような気がする(誰が言っていたのかな、倉木さんが『Mai-K TV』で言っていたのかな?)。
 しかし、タイトルが『天までとどけ』だとNHKさんの朝の連続ドラマや、毎日テレビさんの『渡る世間は鬼ばかり』の後番組のようだ。あらら、『Reach for the sky』は朝の連続ドラマ『オードリー』の主題歌だった。
 その上、「sky」から「天」を発想するのも、直線的でなんか味気ない。もっと詩の中からとれないか。
 と思って一つ浮かんだのはこれ。
 『あの丘の上で』。
 あちゃちゃ、これまた戦後直後の『青い山脈』みたいだな、と思いながら、この話はここまで。『Love, Day After Tomorrow』なら、みんななんとつけるのかな?

 だから、今度のアルバムにある日本語でつけられたタイトルの曲は楽しみだ。どんないきさつでその日本語のタイトルが出てきたのか。日本語のタイトルをつける前に、英語でつけたタイトルがあったのか。なんかそんなことも考えてしまうなぁ。

   ●

 ブックオフさんではヘミングウェイさんの『老人と海』と、メーテルリンクさんの『青い鳥』を買う。どちらも100円。
 おー、どちらもオーソドックスでスタンダードな本であるではないか。
 というのも、実はわざとである。最近は「スタンダード」に目覚めているのである。
 というのもというのも、「スタンダード」になるものには何が入っているのか、そして「スタンダード」になるには必要かを知りたいからである。

 日本一のラブ・バラードのスタンダード曲を作る。これからファンと一緒に作り出す。
 さてさて、そのための情報をあらゆる方向から集めていこうか。

   ●

 今日は『倉木麻衣さんへの掲示板』とUSAさんとお話ししたのでした。

2001年6月18日(月)
 『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさん、お久しぶりです。
 で、「質問です」とのことなので、その返事です。

>倉木さんとファンが一緒に、どういう形で日本一の
>ラブ・バラードを作り出すのでしょうか?

 については、どんな曲がいいのかを考える掲示板を専用でもう一つ作ろうと思っています。で、それを倉木さんたちが偶然見てくれた時に参考にしていただければいいな、と。『倉木麻衣さんへの掲示板』とすることは同じなのですが、テーマを「日本一のラブ・バラードを作る」に一つに絞りたいなと思っています。

>倉木さんはそれを望んでいるのでしょうか?

 どうでしょう?それは全くわかりません。僕が勝手に一人で言い出しているだけです。

>それと日本一のラブ・バラードにこだわる理由は?

 倉木さんなら歌えると思うから。というより、僕は、そんなスタンダードになるような日本一のラブ・バラードを倉木さんたちに作ってほしいと望んでいるから。そして、「倉木さん、君ならできる」と思っているから。

 ということです。
 誰かに頼まれたわけでも、こういう方針でいくと誰かから漏れ聞いたからでもありません。僕が、ライブが実現すれば、次の目標はこれだ、と単純に思っただけです。根拠も何もありません。

   ●

 昨日は、金魚の水槽掃除をする。
 きれいになったからか、2匹の金魚はスーイスイと泳いでいる。バチャンバチャンと水面に飛び上がることもなくなった。よっぽど汚かったのかな。
 水槽も掃除したが、布団も干す。ふんわかふわふわ、ふんわかふわふわ。ひらがなの気持ちのようにあったかいな。

   ●

 今日は『倉木麻衣さんへの掲示板』にピンキーさんが返信をつけてくれる。
 嬉しい。
 思ったことはどんなことでもこれからも書いてもらえたらいいのにな。

   ●

 おおー、『チェッカーお試し掲示板』のアシュトンさん、こちらこそ、突然書き込んですみませんでした。これからよろしくお願いしますね。
 で、同じくメモ帳さん、しゅーぴ、しゅーぴ、しゅぴっぴ(←全く意味はありません)。
 それから、元情報屋さん、なんとオリコンデイリーで、16日付4位まで復活したのですか。もしかしたら、発売になったことを知らない人が結構いたのかな?
 と思ったら、17日付は6位だった。ふえーん。

2001年6月18日(月)-2
 『物語を売れ。』(ロルフ・イェンセンさん著・TBSブリアタニカ発行)という本があるらしい。
 日本経済新聞さんの2001年6月17日(日)朝刊の書評欄に載っていたものだ。その本ではなく、日本経済新聞さんの書評で書かれていたことにちょっと興味をひかれた。

 〈これからの消費者は〈安いから〉〈高性能だから〉物を買うのではありません。商品の語る〈ストーリー〉を買うのです――〉
 (『日本経済新聞』2001年6月17日(日)朝刊より)

 なるほどなるほど。だから最近の新製品はことごとくつまらないのか。って感じである。
 安いから買うのなら、みんな100円ショップで買えばいい。最近特に思う。なんで金づちが100円で売っているのだ、なんでラジオが100円なのだ。
 でも、100円では作れないものがあるはず。逆に100円では買いたくないものがあるはずだ。
 それが、ブランドであったりするのだろう。そしてそのブランドには「物語」がついているから、相当高価でも買ってしまうのだろう。
 しかし、その「物語」とは何なのか。どうしたら作ることができるのか。

 〈本書は「ストーリー=物語」を商品に盛り込むマーケティング手法を提案する。とはいえ、それだけでは日本のマーケティング関係者は斬新さを感じまい。テーマ設定の手法はバブル期以降しばしば試みられ、厳しい言い方をすれば、累々たる屍(しかばね)を積み上げて来た。端的な例が全国に建造されたテーマパークで、それぞれに「物語」を設定し、テーマに沿ったアトラクションを用意した。しかし、消費者は物珍しさで最初こそ訪れたが、リピーターになることはなかった。〉

 ほんといいところを突いている。
 いろんな「物語」をつけたテーマパークが建てられた。そして、いろんなお店が作られた。奈良テレビさんで放送している『愛の貧乏大作戦』でも、いろんな「物語」をつけ、潰れかけのお店を建て直した、ように見えた。しかしそれは「建て直したように見えた」だけだった。それが、半年後に行われる抜き打ち調査でわかる。立て直したお店は、新装開店当初は多くのお客さんがくる。しかし、しだいに元の黙阿弥になっていくお店がある。繁盛し続けるお店と、もう一度つぶれかけるお店。その違いはなんなのか。どこに違いがあるのか。

 〈そして「冒険」「一体感」「思いやり」「私は誰=アイデンィティー」「癒し」「信念」というキーワードで、あるべき「物語」市場の方向性を分類し、そこに会社共同体の崩壊、「家族」、「部族」的共同体への回帰という社会変化の位相を重ねて論じる姿勢がある。長く人々を捉(とら)え、新鮮な感動を与え続ける優れた「物語」が、ここまで多角的に考え、時間と手間を掛けて練り上げなければ生まれないことは少なくとも事実だろう。〉

 筆者が、あるべき「物語」市場の方向性を分類したのは、次のキーワードである。

 「冒険」
 「一体感」
 「思いやり」
 「私は誰=アイデンィティー」
 「癒し」
 「信念」

 この6つのキーワードである。それが「物語」を生む鍵とであるとすると…。

 倉木麻衣さんなら「物語」を生み出すことができる。

 そう、ビビッときた。
 しかし、「冒険」「一体感」「思いやり」「私は誰=アイデンィティー」「癒し」「信念」のキーワードがすべて満たされていたとしても、「物語」は生まれない。〈時間と手間を掛けて練り上げなければ〉という条件がつく。

 倉木さんは、デビューしてまだ1年半。CDの枚数は多く出ていたとしても、「物語」が生み出されていくのはこれからかもしれない。
 しかし、後々「物語」として語られる倉木さんの歴史の中には、この1年半の時間も含まれている。そして今、僕らファンは倉木さんの「物語」の一部にあり、倉木さんの「物語」と共に歩いていると言えるのではないか。

   ●

 ふひー。
 なんて、大袈裟なことを考えてみる、梅雨の中休みなのであった。

 ええ、天気やねぇ。
 でも、サラリーマンは長袖のカッターシャツを着て、その上にスーツを羽織る。学生の頃、「よー、あんなけ着込んで歩けるわ。暑ないんか」と思っていた。そんな姿に今、自分がなっている。

 暑い。確かに暑い。めちゃくちゃ汗も出る。
 でも最近は何も感じなくなりつつある。これも憧れの80歳に一つ近づいた証拠である。

 あ、そうだ。
 僕の年齢が47、8歳で、京阪沿線か阪急沿線に住んでいると巨大掲示板に書かれているぞ、と女性の名前の方からメールをいただいた。
 ほんま、あの巨大掲示板の書き込みを信じている人がまだいるのか、と思った。あの掲示板は「解釈」を楽しむところなのだ。デマをどれだけうまくつじつま合わせができるか。デマとデマをどう料理するか、そこが醍醐味である。
 しかし、たまに、「過去ログを見ろ」って書き込みがあるので、ぶっとんでしまう。あのあのあの。そんなの証拠にも何にもならないよー。過去ログ見たって責任の持って行き場のない「名無し」さんが書き込んでいるだけだよー。
 あーあ、全くもって、あの掲示板のカキコ職人さんの勝ちである。まんまとだまされとる。
 なんて単純。人を上辺だけ騙すって簡単にできるみたい。

 でも、そんなことをしていたら「物語」は生まれないのよね。というか、「嘘の物語」は生まれるとは思う。が、時間と手間を掛けてまで、一生懸命作りたい「物語」には、僕の場合ならないのだな。

2001年6月19日(火)
 どうも、『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさん。
 ももじろうさんが背中を押してくれた形で、もう一つ掲示板をアップ。

 『倉木さんに日本一のラブ・バラードを』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/love/cbbs.cgi

 「ラブ・バラード」に関する話を書きやすくするために、背景をいつもの横縞から変更。倉木麻衣さんが感情を込めやすいように、歌う時はレコーディングスタジオの照明を落とす、というエピソードからの引用です。
 で、この背景の素材は、Webデザイン素材-anywayさんのもの。

 『Webデザイン素材-anyway』さん
 http://anyway.plaza.gaiax.com/index.html

 きれいな背景とかがいっぱいありました。

 で、『倉木さんに日本一のラブ・バラードを』の掲示板、ももじろうさんが書いてくれているように、〈倉木さんが最高のラブ・バラードを作って歌ってくれるといいですね〉と本当に思う。
 そのために、僕らはどんな曲を最高のラブ・バラードと思っているのか、どんな言葉が入っている詩がいいのか。前奏はどれくらいの長さがいいのか、メインの楽器は何がいいのか、などをいろいろ徹底研究して、倉木さんたちがいつでも参考にしてもらえるようにしたいと思う。
 初めは『[徹底研究]倉木さんに日本一のラブ・バラードを』というタイトルにしようと思っていた。タイトルに「徹底研究」という言葉を入れようと思っていたのだが、そんなことを書かなくても、徹底研究したいものだ。これは、ラブ・バラードにも言えることで、「ラブ」って言葉や「バラード」って言葉がなくても「ラブ・バラードなんだ」ってわかる曲が、やっぱり最高のラブ・バラードだと思う。

   ●

 中山美穂さんが出ている『ラブストーリー』は、この前の回で、いよいよドラマのヤマに突入したところで終わった。
 中山さんが、豊川悦司さんに電話でとうとう伝えたのである。
 「私、先生が好きになったみたい」。
 でも、そこから脚本家の北川悦吏子さんがめちゃくちゃすごい。それは、「好きになったみたい」と中山さんに言わすだけではなく、そこでもう一言セリフをつけ足したのである。そのつけ足したセリフとは…。

 「どうすればいい?」

である。
 「好きになったみたい」と言っておきながら、「どうすればいい?」と相手に尋ねる。その後の自分の行動を思い切って任せてしまうのだ。
 うまいではないか。すごいではないか。
 この「どうすればいい?」というセリフには、ラブストーリーは一人じゃできないんだよ、という意味が込められている(と思う)。「好きになったみたい」と伝えるだけなら片想い、両想いになるためには、相手の気持ちが必要。「どうすればいい?」という言葉には、豊川さんのお返しの言葉が必要。そんなことをさりげなく、そして「切ない」という言葉を使わずに、思いっきりテレビを見ている人を切なくさせてしまった。すごい。ほんと北川悦吏子さんはすごい。

 だが、この『ラブストーリー』の始まる前の番組宣伝のCMを作っている人はトホホである。
 なぜなら、中山さんはその番組宣伝をするCMで、「これから『ラブスト』始まるよ〜」というような言葉を言っているのである。
 おいおいおいおい、自分で「ラブスト」って縮めていってどないすんねん、である。友達同士でタイトルを縮めて話をするのは、テレビを見ている人たちの仕事。その仕事を押しつけないでほしいと思う。押しつけられるから、「さぁ始まるぞ」という気持ちがなえてしまう。

 でも、これは微妙な話だ。
 番組宣伝の中山さんのセリフを作った人は、僕らが押しつけられてると感じているとは思っていないだろう。そんなこと露ほども想像もできないのじゃないか。だって、中山さんが言っている「ラブスト」って4文字だけで、押しつけを僕は感じてしまうのだから。
 でも、一般大衆の人の感覚なら、言葉を縮める時になぜ縮めるのかというのが直感的にわかる。「親しみ」「気安さ」「僕らのもの」、そんな感覚がこめられているから、名前を縮めるのだ。愛称で呼ぶのだ。
 ただ呼びやすいから名前を縮めるのではない。テレビ業界とかにどっぷり使っている人には、「呼びやすい」しかわからない。「親しみ」の気持ちを込めているなんて気づかない。

 どうか、倉木さんたちは、そんなことにも今までどおりずっと気づいててほしいと思う。
 そして、いつでも思い出してプラスにしてもらえるように、そんなことを思い出せる掲示板に、『倉木さんに日本一のラブ・バラードを』の掲示板が育っていったら嬉しいな。

2001年6月20日(水)
 昨日は、書籍のISBNコードを管理している流通コードセンターさんに郵便振替で10500円を振り込む。書籍についているバーコード(書籍JANコード)を登録するためだ。これで出版社・オッホは、3年間バーコードの管理をしてもらえることになった。
 そして、地方・小出版流通センターさんにも、ずっと支払いが滞っていたチラシ配布代等の3112円を振り込む。

 ふー。これでやっと出版社・オッホの胸のつかえがとれた。よかったよかった。

   ●

 と思っていたら、今日いきなり、『ヒットカウンターから花束を』の表紙カバーのヌキ刷りが上がってくる。
 ええやないの。
 というか、上がってきて「あちゃー」と思わなかった。この「あちゃー」と思わず、「ええやないの」と思う感覚は久しぶり。別冊OHHOの『南野陽子は大丈夫か』以来ではないか。「あちゃー」と思ったら、いつもコケてたもんな。とりあえず第一関門突破。

 だが、世の中そんなにうまくいかない。
 『ヒットカウンターから花束を』の本文の印刷も昨日すべて上げてくれいた。のだが…。うーん…。ちと薄い。
 というか、印刷機にかけるために刷版を作る時に、ちょっと露光が甘かったようだ。全体的に、明朝体の小さな文字(本文全部)の横棒が飛んでしまっている。あらららら。字が読めないところがあるぞ。これがもし、社外の人の印刷物なら即刷り直しだ。
 しかし、この印刷物は違うのよねー。社内も社内、チョー社内の僕の印刷物だった。印刷の見積価格も原価をどばーと切ってもらっている。この上に刷り直しとなると、紙代はもろに会社負担で丸損となる。しかも、刷り直しをしてもらっている時に急ぎの印刷物が入っても、大事なお得意様の印刷ができなくなってしまう。しゃあないか。
 「増し刷りした時にはきちんといこう」と言い合うが、誰も増し刷りなんてないと知ってる。出版社オッホが作る本で、増し刷りをした書籍はたったの1回。しかし、適正な印刷部数を刷っているのではなく、どれも大量に残っているから増し刷りができないのである。倉庫を誰か無料で貸してくで〜。『ヒットカウンターから花束を』、やっぱり200部にするべきであった。

 ということで、そのまま製本にGO。文字のかすれたところは、無料PDFを作るからそっちの方できちんと見てもらうことにしよう。気持ちを伝えることが第一。字が汚いからと言って、ワープロで打った手紙をもらうより、手書きで「ごめんね」と書いてる方がずしんとくるのだ。メールで打っても、♪返事はこないね〜、なのだ。

   ●

 ボロボロ、週刊誌が取り上げ始めている。
 心配し、同情のポーズをとっているマスコミの名前は覚えておくよ。そして覚えていろよ。

2001年6月20日(水)-2
 そうや。
 肝心なことを書くのを忘れていた。

 倉木麻衣さんの『Perfect Crime』の予約、無事完了。

 と書くけど、予約をしたのは、先週の土曜日だった。
 こんなに予約を早くしたのは初めて。僕の中では、ファーストアルバム以上の期待感があるな(『Perfect Crime』を買って聴くことによって、『Reach for the sky』が、20世紀の最後に人類が到達した最高級の楽曲だったってことがわかるに違いない。プロモーションビデオや、TVCM、そして『オードリー』などのイメージを取り除き、楽曲だけを純粋に聴くと、「こんなにも素晴らしい楽曲を倉木さんは20世紀中に産み出していたのか」とびっくり仰天することだろう)。

 で、予約をしたのは、cosmos7さんの『倉木麻衣さんへの掲示板』レポートに載せられて、大阪・ナンバCITY南館2階にある新星堂さん。リザーブチケットに、200円の金券、そして倉木さんのファックスインタビューが載っている冊子までついている。そして予約した帰りにポスターを見たら、CDは特製のバッグに入れて渡してくれるという。いったいいくつの特典がついているのだ。
 僕はバッグやリザーブチケット、200円の金券などの特典はいらない(ほしい人にあげるぞ)。でも、ファックスインタビューが載っている冊子は見てみたいと思ったのだ。どういう気持ちで倉木さんたちが『Perfect Crime』を作ったのか、その一部でも読むことができるのではないか。そんなことを小冊子に期待している。

 と思ったが、実は初め、梅田のGAREにある新星堂さんに行ったのよね。そこの方が会社から近いからそこで予約しようと思って。
 でも、そのお店は予約でプッシュしているのは、他の歌手のようだった。壁面には、ずらーと、『always』やGIZAさん所属のアーチストさんのCDが並んでいたのだけど。
 だから、「ほんとにここで予約していいのか、1枚しか買わないCDを犬死にさせることになってしまってもいいのか」と真剣に考えて込んでしまった。
 結局、予約用紙だけもらって、ナンバCITYさんの方に行ったのだが、行ったお店はプッシュプッシュ。
 その新星堂難波店の入口を入った正面の柱には、どーんと倉木さんの『always』が置かれている。同じコーナーには『Stand Up』のアナログ盤も1300円という値札シールをつけて2枚も置かれている。ポスターやチラシもあっちこっちに貼ったり置いたりしてくれているし、なんか全面的に、「うちは倉木さんをプッシュしてしまっせ」状態なのである。その心意気やよし、である。「よっしゃ、ここに命預けたる」である。
 で、カウンターに、「ハイ、リザーブチケット」。予約番号は、ゲゲ、もう38番ではないか。ということは38人もの人が、7月3日か4日に新星堂さんの特製バッグを持ってナンバの街をうろうろするのか。うーん、嬉しいような、滑稽なような。
 で、予約した後、南街シネマの近くにあるディスク・ピア南街店に寄った。そしたら、こちらもお店も大々的に倉木さんをプッシュプッシュ。ミュージックフリークマガジンなんか山ほどあったのだ。ああ、こっちのお店で予約してもよかったな。でも冊子がないか。ま、いいか。

 でも、何にしても、大阪のミナミは燃えているのである。倉木さんの『Perfect Crime』で燃えているのである。
 とわかった土曜日の夕暮れであった。

2001年6月21日(木)
 めずらしく僕が落ち込んでいる。

 というのも、『ヒットカウンターから花束を』をもう一度見たからだ。
 昨日から製本作業にかかり始めた『ヒットカウンターから花束を』は、今、すべてのページが丁合が済んだ。
 「丁合」といってもなんのこっちゃであるが、昨日見た大きな紙に何ページも一緒に印刷されている形ではなく、ページ順にきちんと並んだ形になった。あとは、背中にノリをつけ、表紙を巻いていく作業を残すのみだ。

 全ページがきちんとページ順に並んでいるかを確認。ページはきちんと並んでいた。OK。
 だが、だが。
 こうして全ページを通してみると、やはり気になる。文字のかすれが気になる。というか、何回も増し刷りされた文庫本の活版印刷みたいになっている。うぐぐぐぐ。でも、仕方がない、仕方がない。とは思いながらも、つらいなぁー、つらいのよ。
 前向きにいこぉー、と思っても、意識は底に戻ってしまう時ってあるな。倉木さんは、どうして抜け出しているんだろ。それとも抜け出せないで今もいるのか。

 そんな時、FM802さんからシカゴさんの『素直になれなくて』が流れる。DJのヒロトさんが英語の原題も教えてくれた(が、瞬間に忘れてしまった)。その原題から「素直になれなくて」を邦題にしたのは、すごいと思った(が、原題の日本語訳も忘れてしまったので、ここに書けない)。
 我ながら瞬間的に忘れてしまうことは情けないことだ。
 でもそんな感じで、落ち込んだ気持ちを忘れ、瞬間に復活できればいいのにな。

   ●

 と思ってたら、しっかり復活してしまった。

 製本をしてくれているタケシタさんが、背中にノリがつけられ、表紙でくるまれた『ヒットカウンターから花束を』を持ってきてくれた。そしたら不覚にも、「いいやん。なかなか、いいやん」と思ってしまった。
 字がかすれている分、今までの『OHHO』になかった格式高さ、高貴さが出ている。「ヒットカウンターにも歴史あり」って感じだ。瓢箪から駒、製本のタケシタさんに感謝。である。
 ほんまタケシタさんの製本は、少部数の製本では日本全国でもトップクラスではないかと思う。プリンターから出てきていた原稿がこんな本に、と、まるで魔法をかけてくれているようだ。
 と、製本代をまけてくれると言ってくれたので、ここでよいしょしておくのだ。
 (ウソピー。よいしょじゃないよ、タケシタさん)。

   ●

 らんらんらーん、らんらんらーん。

 なんて早い復活。朝のあの落ち込みはなんだったのか。
 倉木さんとは別のことだが、オレも一緒に泣くぞ、と思っていたのに、簡単に立ち直ってしまった。
 すまねぇ。
 我ながら楽天すぎてあきれてしまった。

   ●

 ヘミングウェイさんの『老人と海』を読み終わる。映画を見ているような小説だった。
 このスタンダードと呼ばれる小説を読んで気づいたこと。

 (1)スタンダードになるものには「歴史」がある。

 この『老人と海』では、老人の歴史、今まで生きてきた人生の並木道がところどころに垣間みれる。

 (2)スタンダードになるものには「目に見えない糸」がある。

 この小説の主人公は老人かもしれないが、準主役として孫が出てくる。一人で海へ漁に出る老人。昔は孫と一緒に出ていたが、今では孫は別の船に乗り、老人は一人で海に漕ぎ出す。
 しかし、老人は一人で大きな魚と闘っている時に思い出す。
 「ここにあいつがいてくれたなら」。
 そんな見えないつながりがところどころに現れる。
 今は一緒ではない、何か正当な理由で離されている二人。しかし、離れていても、心のどこかで繋がっている二人。

 あ、しもた。
 なんかここの日記を書いていたら、余計にこの『老人と海』に感動してきた。なんでだろ。今、最後に孫が言った言葉を引用しようと思ったのだけど、なんかこみ上げてきそうになった。こんなこと初めてだ。
 僕が引用しようと思った、最後の方で孫が言ったのは次の言葉。

 〈「また二人で一緒に行こうよ」
 「だめだ、おれには運がついていない。運に見はなされちゃったのさ」
 「運なんてなんだい」と少年は答えた、「運はぼくが持っていくよ」
 「家のものがなんていうか?」
 「かまうもんか。ぼく、きのう二匹とったよ。でも、これからは二人一緒に行こうね。ぼく、いろんなこと教わりたいんだもの」〉

 他の者から毛嫌いされる年齢になった老人。「おれには運がついていない」とあきらめる老人。しかし、「運なんてなんだい」と言う孫。「運命」さえも跳ね返そうとする孫。孫が「運なんてなんだい」というのはなぜなのか。そこまで言わすのは何があったからなのか。

 この小説には書かれていない、そんな昔の出来事まで想像させてしまうところが、この小説をスタンダードなものにしている(のかな)。

 昔の出来事を想像させるためには、想像する人々の中に、何らかの共通の心象風景がないといけない。それは、夏目漱石さんの『こころ』でテーマにした「良心の呵責」の「良心」みたいなものなのかな。
 だったら、その「良心」ってのはどこで生まれるのだろう。
 「三つ子の魂百まで」というが、最初の記憶ってのは、どこまでいっても甦ってくるものだろう。そして「三つ子の魂」の時に「良心」を教えられていれば、感じてさえいれば、きっといつでも「良心」は甦ってくるのだろう。

 だから、僕は今のうちに、僕らの言葉をいっぱい倉木さんたちに伝えたいのだよな。いつでも、倉木さんたちが「ここ」に帰ってこれるように。僕らの真剣な言葉が「三つ子の魂」となるように。
 さてさて、後は表紙カバーか。

 と話が全然別のところにいってしまった。
 ん?何の話をしていたんだったっけ。

    ●

 そうだ。FM802のヒロTさんには感謝の気持ちを表現しておかないと。
 特別な二週間のキーワードに「ポン」と使っていただきありがとうございます。そして、「ラブバラード」をいっぱいかけて下さって、ありがとうございます。

 とたまたまのことにも、つながりを感じた時には書いておくのだ。
 インターネットにアップロードしているけど、どうぜ、これは個人の妄想日記なのだ。

2001年6月21日(木)-2
 『倉木麻衣さんへの掲示板』でakiraさんが、ファンクラブ限定ライブの当選ハガキが届いたことを教えてくれた。
 素直に嬉しい。「おめでとう」とほんと心から思う。
 実現したんだ、という感じで、僕の中には嬉しさだけがある。
 そして、かりょうびんがさんが、限定ライブには、ライブ以外にも何かお楽しみなことがあるとも教えてくれている。
 いいな、いいな。と思えるくらい嬉しい。ほんと嬉しい。

 ファンクラブのスタッフのみなさん、本当にありがとうございます。そして、倉木さんも、倉木さんのスタッフのみなさんも、本当にありがとうございます。

 はぁー、よかったなぁ。よかったなぁ。
 送らなかった応募ハガキは、僕の自慢になるな。
 ちゃんと倉木さんのファンクラブさんは、倉木さんたちは、僕らファンとの約束を実現してくれたんだ、って。

 あー、なんか、こころがほこほこして、ホッペタがニコニコしてしまう日だ。

 akiraさん初め当選されたみなさま。
 遠慮することなく、参加できなかった僕らの分まで、倉木さんやスタッフの人たちと一緒に、思いっきり楽しんできてください。

 あー、それにしても、よかった。ほんとここまでこぎ着けてよかったなぁ。
 でも、実現させるためには、あとは、倉木さんの体調やな。
 無理せんと、でも体力をつけて、その日に備えてほしいなと思う。
 頑張ってよね、倉木さん。
 頑張りすぎて筋肉モリモリになっても、それはそれで倉木さんと僕らファンの勲章だ。誰も文句なんて言いやしないさ。
 でも、頑張りすぎて、体調不十分とかにならないで気をつけてね。

2001年6月22日(金)
 今日は東京方面の人に、倉木麻衣さんのファンクラブ限定ライブの当選ハガキが届いているようだ。
 「届いている」「届いた」とかいう言葉があると嬉しい。「嬉しい」という言葉を何乗もできる言葉があればそんな言葉を使いたいくらい。

 こうして素直に喜んでられるのも、僕は落選、というか、応募ハガキを送ってないからだな。当選ハガキがくることは100%ない。これこそほんまのパーフェクト・クライムか。
 でも、期待しててこなかった人はつらいだろうな。
 ヤフーさんのオークションに入場できるチケットを売りに出している人がいるという話もある。しかし?
 会場に入場する時は、本人と証明するものが必要という話がある。チケットを高額な金額で手に入れても、どうやって入場するのだろう。本人の証明書まで偽造するのだろうか。そんなアホな。それよりも、ライブの記念チケットとして売り出しているのかな?

 当選できなかった人たちが、入場できるチケットと思って、だまされて買わないように、ファンクラブさんがホームページのどこかにでも、「入場には本人を証明するものが必要。他の人に譲ってもらっても入場できない」ということを早めにはっきりと出した方がいいかもしれない。

 倉木さんのファンクラブさーん。お願いしますね。

 あ、ほんまや、今、ヤフーさんのオークションをちょっとだけ調べただけで2件もあるぞ。
 要注意だ。

 『ヤフーさんのオークション』
 http://search.auctions.yahoo.co.jp/search?sb=desc&desc=
 %C1%D2%CC%DA%CB%E3%B0%E1%A1%A1%C5%F6%C1%AA&
 alocale=0jp&acc=jp


 みんな、だまされることがなければいいな。

 それから当選できなかった人がここを読んでくれていることを期待して。

 「僕も落選してるからね。一緒一緒。みんなで、倉木さんたちを応援するように、いける人たちを一緒に応援していこうよ」

2001年6月22日(金)-2
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に「初めまして」の人多し。
 しかし、時間がない。
 返信できる人にはしたが、もう終電だ。
 あとは、みなさんにお願い。

2001年6月24日(日)
 昨日は日記をお休み。

   ●

 メガネを買った。昨日のことだ。
 奈良・西大寺にある奈良ファミリーのメガネ屋さん。気に入ったメガネを持ち「これ欲しいのですが」と店員さんに言った。「今かけられているメガネはいつ替えました?」と聞かれる。「確か3年、いや4年くらい前と思います」と答えた。
 しかし、顧客リストをプリントアウトしてもらうと、前のメガネを買ったのは1994年とのこと。どこが3、4年前か。7年も前ではないか。
 「もう少し定期的に目の検査だけでもしてもらった方がいいですね」。
 しかられてしもうた。

 新しいメガネに合うレンズを作ってもらうために軽く検診。右眼は変わらず、左は乱視の角度が変わっているという。

 おっと、ここで「右眼」と書いて、次は「左」と書いていた。
 これは、倉木麻衣さんの『happy days』と同じではないの。

 ♪右手に君の手を、左に見えない明日を〜

 「みぎて」ときたら次は「ひだりて」なんだけど、語呂では「ひだり」と3文字にした方が合う。実際、前に「右手」で「手」が出ていれば、後は「左」と書いても「左手」のことだということはわかる。

 おっと、話しがそれた。「手」の話ではなかった、「メガネ」の話だった。

 今回は、乱視の角度を変えた分でレンズを作ってもらうことに。
 この日記を書きながら今、掛けているのだが、ちょっと違和感あり。店でレンズをはめた仮のメガネをしばらく掛けていたのだが(そんな10分くらいの時間があった)、その時は何ともなかった。しかし今はふわふわする。技術の進歩で7年前より、レンズが薄くなり、周辺の凹凸がなくなったためだろうか。船に乗っている感じがする。1日中掛けていたら慣れてくるのかな。お願い、慣れてくれよ。

 しかし、メガネを買うときの検査方法も変わったものだ。
 今回の検診では、黒い大きなしゃもじを持つことは一度もなかった。
 しゃもじに代わり、小さな覗き穴の中に描かれた草原の上に立つ家の絵を見たり(目の焦点がどこで合っているか調べていたみたい)、左右に赤と緑に分かれたパネルを見て乱視の角度を調べたり。
 メガネ業界の技術の進歩を実感した。

   ●

 『倉木麻衣さんへの掲示板』でいろんな人が、ファンクラブさんのサイトで『PERFECT CRIME』を試聴できることを教えてくれる。
 ちょっと聴いてみる。
 いいやないの。『Stand Up』を試聴した時の「あらら」感は全くなし。「やった、勝ったぜ」と軽くガッツポーズ。

 しかし1回聴いただけで繰り返し聴くのはやめておこう。後はCDを買ってからのお楽しみ。
 そういや、この曲が主題歌になるドラマのTVCMを見たのは今までに1回。セカンドアルバムのTVCMは未だに見ていない。『CD HITS!』の曲ごとのライナーノーツも我慢して『always』のところしか読んでいない。何の先入観もなしにセカンドアルバム発売日に突入できるか。

 と思ったら、『ジェイグルーヴマガジン』は買って読んでしまうな。アルバムの話を聴かずにCDのたどり着くのは不可能か。

    ●

 昨日は初めて奈良・学園前にある奈良市立西部図書館に行く。
 猿沢池の近くにある奈良市立中央図書館に比べて小さい。小さい上に人が多い。本の在庫も少ないように感じる。
 しかし、中央図書館で探したけど見つからなかった本があった。2冊借りる。

 『夏への扉』(ロバート・A・ハインラインさん著・早川文庫)
 『宝島』(スティーヴンスンさん著・中公文庫)

 この前、何かいい推理小説はないかと探している時に、いろんな人のお気に入り小説のことが載っている本があった。本の雑誌社さんの文庫本だったと思うが、そこでSFではこの『夏への扉』を推薦している人がいた。内容を調べてみると、タイムマシンや猫が出てくるらしい。『夏への扉』は、確か山下達郎さんの歌にも同じタイトルの曲があったような気が…。タイムマシンと猫と山下達郎さんの歌、この三つの条件が重なったから借りることにした。
 パラパラパラと適当なページを読んでみる。文章の歯切れがよい。スパッ、スパッと短く切れている。真似したい。
 ということで、実は今日の日記から短い文章で真似をしているのである。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』でしなぷすさんが『素直になれなくて』(歌・シカゴさん)の原題を教えてくれた(383番のかきこみ)。

 『Hard To Say I'm Sorry』

という。
 直訳すると「ごめんなさいと言うことは難しい」(なのかな?)。
 しかしそれが日本語タイトルでは「素直になれなくて」にするとは。
 芸術的な意訳だ、とまた感心。

   ●

 倉木麻衣さんのライブのチケットをオークションに出す人がいる。宇多田ヒカルさんが新曲をある人に捧げたことを「売名行為」と言う人いる。いやな人たちはいるものだ。
 何で素直になれないのだろう。
 ライブに行く気がないのなら応募ハガキなんか送らずに辞退しろ。「売名行為」と言うのなら、殺された人たちのご家族の力になることをしろ。
 オークションに出す前に、「売名行為」と言う前に、個人でできることがある。それもせずにええかげんなことばかり。
 このやり方というのは、CDを買わずに1回聴いただけでCD評を書く、腐った評論家たちと同じではないか。「腐った評論家のお前らが、評価の高い売れる曲を作れ」である。
 もし、宇多田さんが今回、何のコメントもしなければ、どんな非難の声を浴びせようとしていたのか。捧げようと決めてから曲の構想を練り始めた方が、それこそ「売名行為」ではないのか。そんな宇多田さんを非難する落とし穴をいくつも用意しやがって。
 そんなことよりも、宇多田さんは、自分にできることは何かと考えた。「この曲を捧げたい」って思った。そしてそれを伝えようとした。その気持ちが嬉しいじゃないの。
 自分にできることは何か。それは宇多田さんを批判したり疑うことではない。池田小学校の子供たちに何ができるかを考えることである。
 宇多田さんを批判する人たちは、物事の本質をそらそうとしている。向かっているベクトルの方向が違っているぞ。

2001年6月25日(月)
 日が経つにつれて、倉木麻衣さんのファンクラブさん限定ライブに当選した、落選したがはっきりしてきて、つらくなってきている。
 初めは、「当選しました〜」ってことを聞くと素直に喜んでいた。しかし、その時の喜びは、まだ他の人もハガキが来ていないだけかも、という気持ちもあったようだ。
 なのに、巨大掲示板では、この時期のライブ当選通知はアルバムの宣伝のため、と書いている人がいる。当選する人より、落選する人の方が多いのに、どうして宣伝になるのだろう? 落選したらがっくりくる。そんな気持ちになる人が多いことを忘れて、何でもかんでも「宣伝」に結びつけてしまうのは、あまりにも単純すぎる。

   ●

 この前の土曜日に奈良ファミリーのジャスコに行った。
 食品のコーナーを歩いていて気づいたのは、カルビーさんポテトチップスが売っていなかったことだ。そこの棚だけがなぜかカラッポだった。
 どうして? もしかして僕が知らないだけで、「今、カルビーのポテチが秘かにブームなのか?」と思った。しかし、どうやらそうではないみたい。
 日曜日の新聞に次のような広告が載っていた。

 〈九州・本州産の新じゃが不作による
   カルビーポテトチップスの品切れに
    関するお詫びを申し上げます。〉

 ってことで、カルビーさんのポテトチップスの原料である、じゃがいもが不作らしいのだ。
 このカルビーさんのお詫び広告によると、カルビーさんのポテトチップスは、〈全国五千戸の契約農家から供給される国内産のじゃがいもだけでつくっています〉という。だから、そのじゃがいもが〈九州地方の天候不順に続き、関東の一部地区もじゃがいもの生育が悪く、必要なだけのポテトチップス用じゃがいもを収穫することができて〉いないため、ポテトチップスの生産できないという。
 他の地方のじゃがいもを使うことは簡単なことだと思う。外国のじゃがいもを緊急輸入することもできたと思う。しかし、バカ正直に、今までのじゃがいもにこだわり、生産ができなくなってお詫び広告を出すはめになっている。そら、スーパーの棚がカラになっているわけだ。
 しかし、この広告を見て、僕は、カルビーさん正直やな、と思った。そしてポテトチップスが食べられない不満より、カルビーさんは原料管理をきっちりしている会社だ、カルビーさんのポテトチップスは安全だ、と思った。
 今、ポテトチップスがスーパーの棚に並べられなくて、売上は落ち込んでも、将来にプラスになる選択だったと思った。僕の中でカルビーさんの株は上がった。
 また、この選択がプラスになるのは、消費者である僕らだけではない。カルビーさんと契約しているじゃがいもを生産している人たちにも励みにもなるのではないか。カルビーさんはわしらを待ってくれている、信じてくれている。きっと先々、例えカルビーさんに危機が訪れることがあっても、生産者の人たちは苦労の時は一緒に我慢して耐えてくれると思う。
 今回のカルビーさんの選択は、そんな自分の皮を切って(売上を減らして)骨を断つ(信頼を得る)見事なものだったと思う。

 このことは同じように、倉木麻衣さんたちにも言えるだろう。
 今後、もしいい曲ができなければ、曲を発売しなくてもいい。その方が、消費者である僕らのためになる。そして、まわりまわって製作をする人たちの製作意欲につながる。
 いま稼がなくてどうする、という意見もあるだろう。しかし、そんな言葉に揺れないでほしい。自分たちの気に入ったものを、納得したものを、今まで通りにこれからも、僕らに提供し続けてほしいな、と、カルビーさんの新聞広告を見て思った。

2001年6月26日(火)
 今回は、朝日新聞さんの勝ちで、産経新聞さんの負けだな。

 昨日の夕刊で倉木麻衣さんの所属事務所さんの関連企業である「ビーユーエム」さんの記事が載っていた。東京国税局さんに指摘を受け、追徴課税を取られたというものだ。
 産経新聞さんの記事は次のようなものである。

 〈B'zの事務所が8億円の申告漏れ
 東京国税局 4億円追徴課税

 人気ロックグループ「B'z(ビーズ)」の個人事務所「ビーユーエム」(東京都港区)が東京国税局の強制調査(査察)を受け、約八億二千万円の申告漏れを指摘されたことが二十五日、分かった。大半が悪質な所得隠しと認定され、国税局では重加算税を含め約四億円を追徴課税する一方、脱税の犯意の認定が難しいとして告発は見送った。
 関係者の話によると、ビ社は関連会社に対する架空の外注費を計上するなどの手口で所得を圧縮。平成十一年九月期までの二年間に計約八億二千万円の申告漏れを指摘され、修正申告した。
 B'zはシングルCDの週間売り上げで二十七作連続初登場第一位の国内記録を更新中であるなど、CDセールスで数多くの記録をもつ。
 法人登記簿によると、ビ社は二年十一月設立で資本金一千万円。ギターの松本孝弘さん(四〇)らが代表取締役を務める。〉
(『産経新聞』2001年6月25日(月)夕刊4版12面より)

 この記事だけ読むと、あー、B'zさんの事務所が何か悪いことをしたのだな、と思ってしまう。
 しかし、ちょっと立ち止まって読むと、〈悪質な所得隠し〉をしているのに〈脱税〉にはなっていないことに気づく。そして、この記事では、東京国税局さんが査察に入っているのに、告発を見送った理由が今一つかめない。
 僕の家は朝日新聞さんも取っているので、そちらを読むと産経新聞さんでボンヤリしていたものが、はっきりする。

 〈B'z所属の音楽プロダクション
 8億円申告漏れ
 東京国税局 追徴課税

 人気ロックデュオ「B'z」(ビーズ)が所属する音楽プロダクション「ビー・ユー・エム」(東京都港区)が東京国税局の税務調査を受け、99年9月期までの2年間に約8億4000万円の申告漏れを指摘されていたことが25日、東京・麻布税務署の公示や同社の説明で分かった。同社は修正申告に応じ法人税を納め、最終的な追徴税額は重加算税を含めて4億円を超えているとみられる。
 国税当局は昨年10月に同社やB'zのメンバーの自宅などを強制調査(査察)したが、関連会社が肩代わりする形で納税していたことが分かった。グループ全体では脱税は認められないと判断し、刑事告発は見送った。〉
(『朝日新聞』2001年6月25日(月)夕刊3版12面より)

 ここまでは、産経新聞さんに書いていたこととほとんど同じ。しかしその中にも〈国税当局〉は〈グループ全体では脱税は認められないと判断〉しているという。
 続きはどうか。そこを読むと今回の記事の全体像が見えてくる。

 〈関係者によると、98年と99年に開催したB'zのコンサートツアーの収益の計上に関し、同社はコンサートの運営やプロモーションを関連会社4社に発注したとし、その分を経費として収益から差し引いて申告した。
 4社はこれを受ける形で売り上げに計上し、法人税を納めた。
 しかし、発注を裏付ける契約が存在しないなどの不備があったことなどから、国税当局は、発注は架空で同社から関連会社に対して流れた資金は「貸付金」に該当し、経費としては扱えないと認定した模様だ。
 同社が修正申告に応じたことにより、関連会社が納めた法人税は、納める必要がないとして国から返還されるとみられる。
 (後略)〉
(『朝日新聞』同より)

 ということは、どういうことか。
 税金を納める会社が別ですよ、ってことだけではないか。関連会社から納めるのか、仕事の発注元のビー・ユー・エムさんから納めるのかの違いだけではないか。〈発注を裏付ける契約が存在しないなどの不備があった〉ということは、「いつもの段取りで」という口約束ではなく、契約書さえあれば何の問題にもならなかったということになるのではないか。「ビー・ユー・エム」さんは〈所得隠し〉と判断されたが、その〈所得隠し〉分は、関連会社が申告し、税金を納めているのである。だから、〈国税当局〉は〈グループ全体では脱税は認められないと判断〉し、朝日新聞さんによると〈関連会社が納めた法人税は、納める必要がないとして国から返還されるとみられる〉とまで書いているのだろう。
 〈脱税の犯意の認定が難しい〉(産経新聞さん)と、税務署で公示された言葉そのままのような専門用語で書くと、ひどく悪い印象がある。しかし普通の言葉に直すと〈脱税は認められない〉(朝日新聞さん)になる。いつもは朝日新聞さんを出し抜く形で、深く掘り下げて取材している記事が多いのに、今回の産経新聞さんの取材は浅い。なぜ、〈脱税の犯意の認定が難しい〉と東京国税局が判断したのか、そして、関連会社が以前に納めている税金の行方はどうなっているのか。そこまで調べなかったのは手抜きか、記事を書いた人の頭が回らなかったか、取材するまでの時間がなかったのだろうな。

 朝日新聞さんの記事の最後には、ビー・ユー・エムさんのコメントが載っているので、それも引用しておこう。

 〈同社は「コンサートの運営や音響設備などの実務は関連会社が担当し、法人税も納めており、脱税の事実はない。しかし契約の不備や経理の不手際もあり、指摘には従った」としている。〉
(『朝日新聞』同より)

 B'zさんの事務所は〈脱税〉をしていたわけではない。ビー・ユー・エムさんの単体の企業としては〈所得隠し〉のような契約の不備はあったが、国税局の査察がグループ全体に入ったあとでも〈脱税が認められない〉のである。
 有限会社だった頃のオッホに、もし査察が入っていたら、どれだけの書類の不備が指摘されるか。納税協会の人に1日指導に来てもらっただけでも、「この帳簿の書き方ではだめ」「ちゃんと領収書やレシートはノートにでも貼って」と指導を受けていたのである。
 国税局の査察が入っても、〈脱税〉として告発されなかったことに対しては、B'zさんたちの事務所は逆に胸を張ってもいいくらいではないか。関連会社で納めていた税金は返ってくるようだしね。差し引きゼロか、逆に戻ってくる方が多かったりして。

 それよりも、この記事を報道しているマスコミさんのいくつかにも査察が入っていると、どこかの記事で読んだような気が…。そっちの方がズバリ〈脱税〉と告発されたら、それはそれでいい読み物だなぁ〜。

2001年6月27日(水)
 クーラーにやられた。扁桃腺が腫れている。くたくた。

 と昨日のお昼から何かおかしいと思っていたが、どうやら風邪をひいたようだ。
 で、昨日は会社を早い時間に退社し、深夜0時過ぎには床についたが、暑すぎて何回も目を覚ましてしまう。仕方がないので、午前6時くらいに起きて出社。ただいま午前7時45分。
 なんといつもの1時間以上前の出勤だ。やればできる。でも、こんな疲れている時にしなくてもいいのに、と自分でも思う。

2001年6月28日(木)
 ノドがいてー。
 と、朝5時過ぎに起きてしまう。
 ノドのあたりの扁桃腺が膨らみすぎて、息ができないくらいに感じる(少し大袈裟)。
 仕方がないので、今日は、朝7時10分くらいに会社に着く。
 昨日も思ったが、なんでこんな体調の時には早く出社できるのだろう。

   ●

 昨日は、扁桃腺が更に腫れないようにスーツの上着を着て仕事をする。
 しかし、それが逆効果か。
 ウィンドウズNTのパソコンで一太郎が立ち上がらないのを直していたら、ついにNTのシステムがインストールできない状態に陥る。「セキュリティサブシステムが初期化できません」って画面が最後のあたりで出てきて、そこで止まってしまう。
 パソコンを扱っている人に救援頼むのFAXを送ったが、今日はつながるのか?

2001年6月28日(木)-2
 面白いなぁ。
 久しぶりに『だから「倉木麻衣さんへの掲示板」には書き込まなくなった』のアンケートを見る。そうすると、こんな回答があった。

 〈『田熊氏の屁理屈に反感を持った。』 ちゃんを応援しよう、ファンとして感想、印象を積極的に伝えていこうという建設的で、音楽的に視野の広がるような話題に全くといっていい反応せず、それ以外の淡白な書き込み、荒らし、訳の分からん記事にばっかレスしてる。 私はaiko、ゴスペラのサイトにもいるけど、こんなファンもどきっぽい、掴めない、盛り上がらない、変な子供みたいな管理人は見たことない。 〉

とのこと。
 あはは。
 いったい誰なん、〈ちゃんを応援しよう、ファンとして感想、印象を積極的に伝えていこうという建設的で、音楽的に視野の広がるような話題〉にはみんなレスをしてて、〈それ以外の淡白な書き込み、荒らし、訳の分からん記事〉にはレスしてないって言ってたのは。その上、「ここの人は冷たい」とまで言ってたのは、誰なんよ。
 「ああいや、こういう」の典型そのもの。
 申し訳ないが、僕は今のままいけるところまでいきます。あの掲示板は、僕とみんなの掲示板ではないのだよ。「管理人」と呼んでほしい人はいない掲示板なのよ。

 それから、もう一つ上には、〈田熊氏は倉木をわざわざ中傷させるようなコーナーを作って楽しんでるように見えるんですが。悲しいです、そんなコーナー作るなんて。 〉のコメントあり。
 どこをどう読めば、作って楽しんでるように見えるの?
 もしあのアンケートがなければ、どれだけ『倉木麻衣さんへの掲示板』がたいへんなものになっていたか。そして、どれだけ倉木さんたちに対するデマが裏の世界で大手を振っていたか。
 思っていることを隠したり、陰でこそこそ悪口を言っているよりずっといい。そして「悪口を言うから」という理由だけで仲間はずれにしている状態よりもずっといいと思う。
 なぜ悪口を言うのか、その理由を僕は知りたい。そして知ることができれば、悪口を言っていた人を素直に応援できる人に変えられるかもしれない。
 しかしその理由を知るためには、悪口を言ってもらわないと始まらない。心の中に思っていることを、洗いざらいしゃべってもらわないと始まらない。
 つらい書き込みがあるけど、つらい気持ちで読んでいるのは、僕も一緒。でも、そこから始めるしかないこともあると思う。

2001年6月29日(金)
 寂しい時に、人が海に向かうのは、そこに波があるからか。
 今日の僕は、風邪の波。
 寄せては返す体のだるさで、朝は「休みゃあよかった」と思ったほど。

 しかし、よく考えると、病気で会社を休んだことはない。
 お得意様の飲み会でベロンベロンに酔っ払い、意識とカバンをなくした時もそうだった。駅に向かうタクシーの中で「お客さん、駅より病院にいった方がいいですよ」と言われた時もそうだった。僕はいつも会社に来ていたのだ。
 遅刻はする。確かにする。常習犯だ。しかし、今週は頑張った。今日も朝8時半に出社。我ながら、今週の離れ業をほめてあげよう。明日は泥になって寝よう。

 と思う元気が、サントリーのお茶缶「しみじみ」を2本飲んで出てきた。どうやら、僕はコカ・コーラさんの「まろ茶」より、「しみじみ」の方が体に合うようだ。
 そうだ。爽健美茶ライブの締め切りだ。「シールくれ」メールを誰もくれなかった。寂しい。海に行こう。
 いやいや、海に行っていてはいけない。せっかくのシールが応募できないではないか。
 ということで、みんなが協力してくれたシールを、みんなに分配した。

 会社の社長の息子さん2人に3口ずつ。
 タケちゃんに3口。
 ミムーラくんに3口。

 と会社の人に12口を分け、残りの、3口をある人に、9口をある人に勝手にプレゼント。結果は当たってから(わかるのかな?)。当たらなかったら仕方がない。僕にもツキがなかったということだろう。
 いま気づいたが、合計21口も集まっていたのか。本数にすると105本。1本120円と考えて、金額にすると合計12600円。高いコンサートチケット代になってしまった。と思ったが、それもこれも当選すれば、の話。12600円があわとなるか。

   ●

 昨日はFM802さんの『ロック・キッズ802』さんで『カモン、カモン』が確実にかかる最終日だった。
 しかし、ちょうどその6時くらいに僕は製本の断裁機の前にいた。見事に聞き逃してしまった。せっかくカセットテープを用意していたのに。あー、好きな曲だったのにな。アナログ盤に収録されている曲なので、もう聴けないのか。残念。残念だ。
 僕がなぜそんな時間に断裁機の前にいたのか。
 それは、表紙カバーの断裁を確認していたのだ。表紙カバーとは、『ヒットカウンターから花束を』の表紙カバーである。

 わお、『ヒットカウンターから花束を』ができちゃったよー。

 だから、『カモン、カモン』は聴けなかったけど、ショックは半減で済んだ。悲しい出来事があった時は、自分のことのように、そして自分より先に泣いてくれる人がいるから、少し落ち込んでいる気持ちは楽になるのである(by『happy days』の経験則より)。

 わーい、わーい、でーきた、できた。ほんまに増刷を重ねに重ねた新潮文庫の印刷のようになっている。味わい深い。しかしもう二度とこの味は出せないだろう。印刷の技術は日々進歩する。

 ということで、本日、倉木さんのファンクラブさんに12冊発送。倉木さんに渡してほしい分も含めて送る。
 それと、この本用に原稿を送ってくれた5人の人にも発送。献本・プレゼント用。みなさん、どうもありがとうございます。無料で受け取ってやってくださいな。
 この本には、ヒットカウンター内の掲示板の書き込みも予定通り収録。みなさん、どうもありがとうございます。無料で見ていただけるPDFファイルを今回も作ります。どんな本なのかは、そちらを確認して下さい。みなさんの真剣な言葉と気持ちは、今日、倉木さんのファンクラブさん宛にお送りした宅急便に、「花束」のタイトルと一緒に乗せました。

 本日発送分はあと、この本を全国の書店さんまで届けてくださる本の取次さんと、イケヤン宛ての2冊。ヤマトさんのメール便で送ったので、届くのは来週か。7月4日に間に合うといいな。

 体はへろへろでも第一次発送作業は無事終了。
 あとは書店さんに置いてもらう用の短冊(本にはさみこんである、しおりみたいな注文カード)の穴を彫刻刀であけていこう。今回もまた、オッホ独自の花丸模様の短冊にする。
 でも、「置いてやろう」という書店があるのだろうか? 1軒もない気がとてもするので、図書館さんに送るための住所シールはプリント済み。
 ボチボチいこか。

2001年6月30日(土)
 FM京都さんで倉木麻衣さんのセカンドアルバム特集がある前に、ビデオを見る。
 映画のタイトルは『アサシン』。

 〈音楽以外でいま興味のあることは? ときくと、彼女は迷わず映画を挙げた。もっぱら、借りてきたビデオを部屋で鑑賞するのだという。
「最近では『アサシン』っていう作品がすごく良かったです。それから、『海の上のピアニスト』と『ビューティフルライフ』。これはすごく感動しました。あ、アクションものも好きなんですよ。ジャッキー・チェンとか好きです。観てて単純にカッコイイなぁーと思う。映画鑑賞のほかに、趣味で香水を集めたりもしています。それから、イラストを描いたり、音楽聴いたり、ホイットニー・ヒューストンとか、マライア・キャリーとか、最近ではクリスティーナ・アギレラをよく聴いてます」〉
(『sabra(サブラ)』013、2001年7月12日発行号15ページより)

 『アサシン』という映画を観ようと思ったのは、この倉木さんのインタビュー記事を読んだのがきっかけ。
 『アサシン』ってどっかで聞いたことあるな。けど倉木さんが「最近では」って言っているので、レンタルビデオ屋さんの「NEW」の棚から探していった。しかし全然ない。まだビデオになっていない、とんでもない最新作なのかなとも思うが、ずっと前に聞いたことがあるような気がして全部の棚を探しにかかる。そしたら、最後の旧作ばかりが1、2本ずつしか入っていない棚で見つけた。
 『アサシン』ってビデオのラベルには『アサシン 暗・殺・者』って書いている分やってんね。

 観てみる。
 サスペンスタッチやないの。
 お、主人公の人が黒髪から金髪のカツラをつけたらグッときれいになった。
 女の人って一つの映画の中だけでもこんなに顔が変わるの?
 「ほしいものは音楽。ニーナシモンの曲」
 組織の指令に失敗は許されない。指令を完璧に遂行しようとする主人公。しかし完璧にはできない。なぜ完璧にはできないのか。それには理由がある。

 そんなことを思いながら観終わった。
 気づいたことは、セカンドアルバムのタイトル曲『パーフェクト・クライム』は、この映画のイメージだったのではないか、ということ。曲のデモテープを聴き、詩をイメージする時に倉木さんの頭の中に浮かんだのはこの映画だったのではないか。

 〈(前略)例えば、タイトル曲にもなっている「PERFECT CRIME」は、サスペンスものの映画とかを最近よく観ていて、「“完全犯罪”ってないな。やっぱり完璧にこなしてる人っていうのはいないんだな」と。「自分では完璧になったって思うんだけど、どこか完璧じゃない部分っていうのは絶対あるな」と思っていたところに、こういう曲を聴いて、そのストーリーで書いてみようかなと思って。〉
(『月刊ジャイグルーヴマガジン』2001年8月号22ページより)

 僕は、映画を観ているといつも途中で寝てしまうのだが、風邪をひいて頭くらくらになりながらも、最後まで眠くならなかった。映画のテンポがよかったからだろうか。

 倉木さん。
 最後に上司(というのかな?)の男の人がとった行動が嬉しいね。もう自分も会えなくなってしまうのに、その気持ちを超えて、もう一つ大きな気持ちで女の人を見てあげる。あの気持ちはいいね。
 パーフェクト・クライムはない。同じように、永遠の時もない。けど、だからこそ、その時その時が大事。その時を大事にするから、「その時」が「永遠」のものになってほしいと思う。
 そんな思いを、ちょっとだけだけど、また感じさせてくれました。
 あの映画のあと、あの男の人と女の人はどこかですれ違うのでしょうか。
 もしすれ違ったとしても、二人は知らないふりをし続けるのでしょうか。

 なんてね。

   ●

 さてさて、倉木さんに教えてもらったビデオを観たので、次は会社の人に教えてもらったビデオを観ることにしよう。

 今、FM京都さんでセカンドアルバムの特集が始まった。
 うお、『ザ・ローズ』がかかってきた。あかん。聴いたらあかん。音を消そう。お、音を上げると最後の曲として『カモンカモン』をかけてくれるみたいだ。あかんあかん。音を消そう。
 あー、今回の特集。曲は聴きたくないので、レポートできない。
 CDが発売になってから文字起こしをすることにしよう。
 やっぱ最初は、セカンドアルバムに入っている曲は、入っている曲順に最初から最後まで通して聴きたい。倉木さんたちがどこへドライブに連れていってくれるのか、その道順も楽しみたいと思う。

 あ、忘れてた。
 次に観るビデオは『グラディエーター』です。

   ●

 今日の産経新聞さんに泣かされ、考えさせられた記事あり。

 〈児童殺傷
 死 覚悟していた女児
 「心配かけては…」家族気遣い話さず 捜査員に語る

 児童殺傷事件で重傷を負った大阪教育大付属池田小二年の女児(八つ)が二十九日、授業再開に向けた準備期間「フリースペース」に初めて参加した。同日の宅間守容疑者(三七)の再逮捕容疑には女児への殺人未遂も含まれている。
 母親と一緒に出席した女児は、約百八十人の児童と大阪府池田市の体育館で約二時間、お絵かきなどを楽しんだ。退院後はけがをした旧友と自宅で遊んでいたが、授業がなく生活が不規則になりがちで、両親は地元小への体験入学を勧めたが、女児は「やっぱり同じ学校の友達と一緒がいい」とこだわったという。
 二十七日、捜査本部の刑事が事件の状況を尋ねるため自宅を訪れた。女児は、両親の立ち会いを拒み、捜査員二人だけに話した。
 死ぬのを覚悟していたこと。運ばれた病院で医師に「このまま死ぬのかな」と話し掛けたこと。自分よりひどく刺されていた友達がいたこと。死んだ人もいるかもと最初から思っていたこと。家族が心配するので今までだれにも話していなかったこと―。
 父親に女児の話を伝えながら捜査員は泣いた。「小さな子なのに気遣って」。父親も涙が止まらなかったという。〉
(『産経新聞』2001年6月30日(土)朝刊14版30面より)

 子供たちのことを気遣い、娘や息子の友達に亡くなった人がいることを話せない親がいると、ちょっと前に新聞記事で読んでいた。しかし、子供たちは、そんなこともわかっていた。気を遣っている親のために、自分から話しをせず、逆に親を気遣っていたなんて。
 本当のことを話す方がいいのか、黙れるところまで黙っていればいいのか。正解はどちらなのだろう。

 〈お互いを探り合っているような、ライブのためのリハーサルというより、まずはメンバーと本人とのリハーサルというような色も濃かった4月。しかし、ちょうど1カ月を過ぎ、ようやくコミュニケーションも少しずつ取れてきて、一通りそれまでやってきた楽曲も固まってきたよう。そんなとき、リハーサル途中にメンバーから声がかかった。
 「麻衣ちゃんが引っ張っていったらいいよ。フェイクしたいところはしたら、みんなが合わせるから」
 その直後の楽曲では、気持ち良さそうな彼女の歌声が、歌詞カードにはない言葉を次々と響かせ、メンバーもそんな彼女に反応し、大喜び。その光景はとても印象的だったし、このリハーサルが1つ大きく前進した瞬間だったと思う。〉
(『月刊ジャイグルーヴマガジン』2001年8月号31ページ、倉木麻衣さんのライブ『Serial Report #002』より)

 「麻衣ちゃんが引っ張っていったらいいよ」という言葉は、今から考えればちょっとした簡単な言葉。でも、それまでのリハーサル中には誰もが思っていたけど、みんながみんなのことを気遣って言葉にしなかった言葉。
 もし、「麻衣ちゃんが引っ張っていったらいいよ」と言って、倉木さんが「え、私そんなこと…」と言ったらどうしよう、あとあと重荷になったらどうしよう。そんないろんなことを考えて言い出せない時があったと思う。
 でも、「麻衣ちゃんが引っ張っていったらいいよ」と言えたのは、言った人に今言わなきゃ、っていう使命感があったからだろう。何かに背中を押されたというか。
 そして、その言葉に続いて〈その直後の楽曲では、気持ち良さそうな彼女の歌声が、歌詞カードにはない言葉を次々と響かせ、メンバーもそんな彼女に反応し、大喜び〉となったのは、ほんとスレスレのこと。たまたまの偶然のこと。逆にそうならずに、「麻衣ちゃんが引っ張っていったらいいよ」という言葉をムダにする結末も考えられた。二つに一つ。どちらになるかは、神様しかわからなかったこと。
 しかし〈メンバーもそんな彼女に反応し、大喜び〉となったのは、みんなの心の中に、「まとまらないとうまくいかない。ライブが成功しない」という気持ちがあったからだろう。〈お互いを探り合っているような、ライブのためのリハーサルというより、まずはメンバーと本人とのリハーサルというような色も濃かった4月〉、その4月の1カ月間は、みんなの気持ちを一つにするための最初の準備期間だったのだろう。

 池田小の女の子が捜査員に語ったことで、そこから何か動き出すといいな。お互いが気を遣いすぎて疲れてしまうのではなく、女の子の言葉を大人たちがしっかり受けとめてあげられたらいいな。
 女の子の信用を大人が得られるか得られないか、その道は二つに一つ。でも、わかりたい、わかってほしい、そしてこれからよくしていこう、という気持ちがあればなんとかなる。最初はうまくいかずに、ぎこちない笑顔しか出てこなくても、最後はいい方向に向かっていく。

 いつも、そう信じていたいなぁ。

2001年6月30日(土)-2
 毎日テレビ(TBSテレビ系)『CDTV』
 テレビ大阪(テレビ東京系)『アメロク』
 NHK『オードリー』
 スカイパーフェクTV(CS放送)『Mai-K TV』
 読売テレビ(日本テレビ系)『名探偵コナン』
 ABCテレビ(テレビ朝日系)『生きるための情熱としての殺人』

ときて、次は関西テレビ(フジテレビ系)かなと勝手に想像していたら…。

 関西テレビ(フジテレビ系)『感動ファクトリー すぽると!』

のイメージソングに『Come on!Come on!』(アルバム『Perfect Crime』収録)が決まったという。
 それにしても見事なGIZAさんのバランス感覚。この番組で倉木さんのコメントが流れたら、ほんと全部のテレビ局をわけへだてなく出演したことになるのではないか。
 すごい。

 また、もう一つすごいのは、倉木さんは『生きるための情熱としての殺人』の主題歌だけではなく、挿入歌も担当するらしい。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』のバケバケ幽霊さんの書き込みによると(21553番)、タイトルは『Can't forget your love』とのこと。

 倉木さんには、どれほどのストックしている曲があるのか。今年2枚のアルバムはUS盤ではなく、オリジナルの日本盤として発売されてしまうのではないか。

 早い。めちゃくちゃ早い。
 が、問題はその楽曲の中身。
 作家の椎名誠さんなんかも1日どれだけ書いているのか、というほどの量を書いていた時がある。しかしそのどれもが面白かった。
 今のところ、僕をうならせてくれる楽曲が続いている。信じることができないくらい。「倉木麻衣」という存在が、まさかここまでのシンガーであり、ここまでの音楽集団だとは思わなかった。これは奇跡だ。

 倉木さんたちが走っているのなら、僕らも走ろうではないか。
 2つのスピードがあえば、走っていることなんてどうでもよくなる。そのスピードは関係なくなる。物理学者のアインシュタインさんも言っているではないか。

 2つのスピードが同じなら、物体は止まっているように見える。

 (て、アインシュタインさんは言ってなかったっけ?)