2001/4/30

OHHO日記
チェッカーお試し掲示板(期間限定)
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2001年4月1日(日)
 今日から4月。
 なんだなぁ。
 年度末が終わってよかった。
 そして今日から21世紀年度の始まり始まり。

 倉木さん、おめでとう。

2001年4月2日(月)
 さすが社会人。
 完璧に今日の『名探偵コナン』、観ることも録画することもできなかったぞー。

 しもた。
 8時台には家に帰ることできないとわかった段階で、タケちゃんに「ビデオを録画するために、早く仕事を終えて帰ってくれ」とお願いしたのに、その後につけた言葉が余計だった。「たぶんラストで倉木麻衣さんは出てくるだろうから、8時45分くらいからでええよ」。
 しもた。
 今、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ると、じょんさんが〈う〜ん、あの髪型は♪・・・^^;; 入学式とはまた違って、可愛かったですね〜♪〉と書いているではないか。しかもその書き込みの時間が、〈20:20〉。

 おーのぉー。

 やっぱ社会人はいろんな思いもよらない不幸に遭遇するのだ。
 年度末は終わっても、年度末に間に合わなくてもいい仕事は残っているのだ。ああ、なんでこんな日に。

   ●

 倉木さんの入学式の模様を昨日の午後5時半からの関西テレビのニュースなどで見る。

 あがってる。
 あがっているではないか。慣れない服を着て、慣れない靴を履いて、という気がしたが、どっから見ても、いつもの倉木さんだったよな。あんなとこで、記者さんから「おめでとうございます」と声をかけられても、僕ならば声をかけてくれた記者さんの方を見るだけで精一杯だっただろう。それなのに、倉木さんはうなずいてもいた。その上、微笑んでもいたではないか。
 これ以上に何をしろというのだ。記者会見好きの芸能人にでもなれというのか。誰かのお葬式があるたびに友達でもないのに列席し、テレビカメラを見つけて涙ぐめとでも言うのか。

 倉木さんの入学式のカメラ撮影の模様を見て、一つわかったことがある。
 僕は、倉木さんには、次もいい歌を歌ってほしいと望んでいるが、その次くらいに、義理や約束を大事にしてほしいと思っているようなのだ。
 入学式のカメラ撮影の際、倉木さんの声は聞けなかった。というかインタビューはなかった。その場面を、今日の『おはよう朝日』の芸能ニュースで見て、僕は「当たり前やろ」と思った。なぜ「当たり前やろ」と思ったのかを考えてみると、それは、僕が倉木さんたちに義理や約束を大切にしてほしいと思っているのが原因のようなのだ。

 「インタビューがなかった」→「当たり前やろ」になるには、直接いきなり思考が飛ぶわけではない。風が吹けば桶屋がもうかる式ではあるが説明する。

 インタビューがなかった。
    ↓
 なんで、そんなところでインタビューを受けなあかんの?
    ↓
 倉木さんはワイドショーに育てられたの?
    ↓
 そんなことはない。
    ↓
 ワイドショーは、倉木さんが有名になってから取り上げてるだけ。
    ↓
 だったら、倉木さんを有名にしたのはどこだ?
    ↓
 それはファンだろう。
    ↓
 いや、ファンが知る前はどこだったの?
    ↓
 テレビの歌番組でもない。歌番組はランキングに入ってからやもんな。
    ↓
 だったら、どこだ?
    ↓
 ラジオではないか。
    ↓
 ヘビーローテーション並にかけてくれてたもんな。
    ↓
 ラジオと言えば、この4月は関東の番組にいっぱい出演するぞ。
    ↓
 しかも出演する番組はすべて初出演だ。
    ↓
 関東の番組ではラジオ初インタビューになるのではないか。
    ↓
 ということは、入学式の時にインタビューを受ければどうなる。
    ↓
 ラジオ初出演の前に、全国のテレビでインタビューが放送されるぞ。
    ↓
 だったら、ラジオ初出演の意味ないじゃん。
    ↓
 入学式の時にインタビューがなかったのは当たり前。

となる。
 この僕の思考の中で、根底にある一番重要なことは、世話になったところには、きちんと義理を立てるということ。
 いろんなラジオ局が、倉木さんが全く無名だった時に、いっぱい曲を流してくれた。だから今の倉木さんがある。入学式に報道陣が殺到するまでになってしまった倉木さんがある。それを有名になったからと言って、ラジオでも声を聞かせていないところがいっぱいあるのに、なんでテレビカメラの前で声を聞かせないといけないのだ。話をしないといけないのだ。
 声を聞かせなかったことに対して「ケチ」とか言っている人がいるが、そういう人は、自分が育ててもらった人に対する感謝の気持ちがないのだろう。自分がよければ、ほいほいテレビに出て、育ててくれたラジオなんかホッポリ出しておけって考えの人なんだろう。ドアホとしか言うしかない。自分一人でここまで大きくなったのだろうから、これからもせいぜい一人で世界を動かしてくれ。電車にも乗るなよ。靴も履くなよ。服も着るなよ。トイレットペーパーも使うなよ。米もとぐなよ。

 僕が、爽健美茶ライブで憤ったのは、その一点に尽きる。
 「初ライブは、これまで応援してきた人たちの頭越しか」ってことだ。
 だから、どうにかファンクラブさんに巻き返してほしいと祈って、お願いをした。そして、ファンクラブさんは僕らの期待に、体を張って応えてくれた(ファンクラブさんの収支は、ビデオを無料で配るなどもするので、赤字になるんやろなぁ)。

 だから今回の入学式のインタビューなしは当然。倉木さんや、倉木さんの事務所、そして大学さんのやり方を全面的に支持する。
 ワイドショーに嫌われてもええやん。人気がなくなれば、どっちみち見向きもしてくれなくなるのだ。そんなところより、無私の気持ちで「この曲はいい曲だから」とプッシュしてくれたラジオ局のみなさんを大切にしてほしいと思う。古くてダサいかもしれないけど、倉木さんたちは、義理と約束をこれまで通り大切にしてほしいと思う。
 倉木さんの音楽を支えているサイバーサウンドのペリー ガイヤーさんたちが、だいぶ前に、倉木さんはもっと表に出た方が人気が出るというようなことを言っていたのに、そんな声にも逆らうような形で「学業優先」を守り、大きなテレビ出演をしていないこと。そんな約束をこれからもずっと大切にしてほしいと、心から思う。

   ●

 倉木さん、泣けるようなメールをある方からいただいた。
 そのメールとは、この前、僕が「ライブにはいかない」と、この日記に書いたことに対してのものだった。
 そのメールは次のような言葉で終わっていた。

 〈行きましょうよッ!当たったらですが。〉

 ありがたい、と思った。
 「ライブにはいかない」と書いたことで、〈行きましょうよッ!〉と言ってくれる人がいる。倉木さん、これも倉木さんが作ってくれたつながりなんですよ。

 ほんと、倉木さん、ライブは頑張ってよ。
 ファンクラブさんのライブの時は、今までずっと応援してくれた人たちのために。爽健美茶さんの時はこれから応援してくれる人たちのために。
 みんな応援してくれている人たちなんだからさ。

 せっかく〈行きましょうよッ!〉と誘っていただいた人には、申し訳なかったのですが、辞退させていただくメールを返信。僕が応募しないことで、ずっと応援してくれている人が一人行けるようになるかもしれないもんね。新しくファンになってくれる人が行ってくれるかもしれないもんね(僕が当たるとしたらの話だけどね)。

 けど、そんなことに対しても、罵倒の掲示板では、僕の個人情報が事務所さんに知られてるから〈最初から落とされるの わかってるからかな?〉と書かれてる(623番の通行人さん@無名タレントさん、どうもっす)。
 「?」マークがついているから、サービスで答えるけど、「ライブに行かない」ってことはどんなことだかわかるの? 個人情報が知られていて、例え落とされるのがわかっていたとしても、その前の段階で「ライブに行かない」ってことがどんなことだかわかるの?
 623番の通行人さん@無名タレントさん、あなたは応募しないでよ。
 あなたより、もっとライブを見たい、絶対見たいと、ずっと前から楽しみにしている人がいっぱいいるんだ。倉木さんがライブを開けるように、ずっと頑張っていた人たちがいっぱいいるんだ。倉木さんの事務所は、簡単にライブなんかしないと言われながらも、ずっと応援してた人たちがいるんだ。「通行人さん@無名タレント」って匿名で逃げるんじゃなく、ちゃんと固定ハンドルネームをつけて頑張っていた人たちがいるんだ。あなたのような「通行人さん@無名タレント」って匿名の人たちは、そんな人たちをよってたかってバカにし、コケにしてきたんだ。そんな誹謗・中傷をされても、ずっと倉木さんたちを信じて応援し続けた人たちがいるんだ。倉木さんが倉木さん自身の口で『Simply Wonderful』を歌ってくれた。「誰よりも信じて」と歌ってくれた倉木さんの言葉を、自分のものとして、ずっと信じていた人たちがいるんだ。
 623番の通行人さん@無名タレントさん、応募しないでよ。それが、アンチであるあなたの礼儀でしょ。
 あなたより、もっとライブに行きたい人たちはいっぱいいるんだ。「歌っている姿がどんなんかちょっと見たろ。当たったら儲けもの」って思っているのなら、応募するのは止めてくれ。絶対に行きたい、倉木さんのライブを絶対見たい、って人は、いっぱいいるんだ。

 僕が「ライブに行かない」と書き、いかないことを実行することで、ライブに本当に行きたい人が当選することを祈ります。そして、「どっちでもいいんやけど」という人が応募しないことを希望します。

2001年4月3日(火)
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれる人が増えている。
 「初めまして」の人も多くなってきた。日曜日まで返信をしないと流れていく人が多くなりそうな気がする。時間を見つけて返事しないとな。

 1日の訪問カウント数も、昨日は2200くらいになっている。いつもは1000前後なので、いったい何があったのか。
 そんなに入学式の映像がすごかったのかな。それとも、いろんな人が新年度で、パソコンの前に戻ってきてるのかな。

2001年4月4日(水)
 昨日はドイちんがマクドナルド。今日は僕がたこ焼き。
 僕の会社では、印刷部門の残業が毎日午後11時とか、深夜0時とかいう状態。4月になっても、印刷のサンちゃんはたいへん。疲れが顔というか体中に出ている。なんとかしてあげたいと思うのだが、僕がアシスタントをするとロクなことがない。逆に足を引っ張って、余計残業をさせてしまうもんな。
 たこ焼きだけで、ごめんよ、サンちゃん。

   ●

 「ソフトバンクV<http://sb-v.net>」さんにリンクされたみたい。

 トップページ>今日の新着>今日のキーワード>「倉木麻衣」(4月2日より)

とたどれば『倉木麻衣ヒットi』にいけるようになっているそうな。メールで「いいですよ」と返事をしたら、すぐに連絡を下さったので、興味のある方は、そちらから一回どうぞ。

   ●

 全国にある都道府県立図書館さんに送った『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』で初めて連絡あり。
 鹿児島県立図書館奄美分館さんからメールをいただき、無事届いたことを知る。
 ということで、鹿児島県立図書館奄美分館さんに行ける方、『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』を見かけたら、「よしよし」と声をかけてやって下さい。それから、誰に言うともなく「ヒットカウンター知っているんだけどなぁ」とつぶやいていただくと、「知ってる知ってる」とうなずいて下さる方がいらっしゃると思います。ので、本だけではなく、鹿児島県立図書館奄美分館さんにも、よろしく、です。
 それにしても、鹿児島県立図書館奄美分館さん、大阪から奄美まで、この2冊は海を渡って行ったのですね。よく考えるとすごいことですね。僕はまだ大阪にいるのに。そして、そのことについて、メールですぐにご連絡をいただけるとは。インターネットを知らなかった2年前には考えられなかったことです。

 倉木さーん、スキューバダイビングには、奄美はいかが?(と言っても、スキューバダイビングができるところがあるかどうかは知らないのですが)

   ●

 鹿児島県立図書館奄美分館さんには、クロネコヤマトさんのメール便が無事届いたようなのだけど、今日送った分は、クロネコヤマトさんの営業所でストップがかかってしまった。
 というのも、厚さが2センチ以上あるとのこと。これではメール便にはならないとのこと。厚さを計ってみると、4センチある。そらあかん。これまでメール便にしてくれてたのは、黙認してサービスで送ってくれていたのだろうなぁ。
 それにしても、メール便で送れないと痛い。1カ所200円台で送れたのにな。
 でも、1冊ずつ分けて送ると、これまた料金が倍になるだけで痛いのは変わらない。もう、郵便局さんの冊子郵便っていうので送るしかないか。郵便局さんに引き取りにきてもらうように連絡しないとな。引き取りにきてくれるかな。1カ所いくらで運んでもらえるのかな。

 あと残っている本は、今まで倉木さんが出演した(&する)ラジオ番組さん。そして、1点集中作戦で、京都と大阪の市町村の図書館さんにお送りしたいと思う。が、本が足らないのよね。京都は全部いけるかもしれないけど、大阪にこんなにたくさん図書館があるとは。京都は50ちょっとで、大阪は120くらいありそう。ああ、奈良にも送りたかったが、今回は無理か。
 これまで、去年の2月に『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれた人は、『倉木麻衣さんを守れるか』を初めから無料でプレゼントしていたのだが、連絡を下さる方がほとんど途切れたので、その方たちの分も図書館さんの方にまわさせていただくことにしよう。
 2月に『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれたみなさん、すみませんです。図書館で会いましょう。

   ●

 今日はいい天気だった。
 僕の団地の公園にある桜の横を通るとき、空を見上げた。空の色は真っ青。真っ青の空に、桜の白い花びらがからんだ。おっとカメラカメラと思ったが、僕は女子中高生でない。「写るんです」を持ち歩いていない。仕方ないので、♪心のシャッター、切った瞬間〜

 っていう歌、誰の歌でしたっけ?
 岡崎友紀さんの『ドゥー・ユー・リメンバー・ミー』ならわかるかもしれないのに、どうも思い出せない。
 それにしても、「キタキマユ」さんと「クラキマイ」さん。ラジオで「キタキマユ」さんの名前を聞くたび、「ありゃ?」と思ってしまうのだ。

   ●

 ほんと『Stand Up』がFM802さんでかかりまくっている。
 もう前作の『冷たい海』の倍はかかっているのではないか。
 春だから、この曲がかけやすいのかな。元気が出るもんね。
 「♪カモンッ」ってとこ、大好きなんよね。そこからサビに入っていくところが、グッとマイクを握る感じで、僕も力が入ってしまうのよね。

 でも、『Stand Up』のTVCMはつまらないなぁ。もったいない。
 爽健美茶さんがプロモーションビデオの分を、綺麗にしたような映像で流してくれているのだから、プロモーションビデオくらいにもっと古い感じに映像を悪くしてもいいのでは?
 そしてもっと言うと、爽健美茶さんが曲のCMを流してくれているのだから、同じところを流す必要はないとも思う。せっかく、プロモーションビデオでは、導入部分をラジオのダイヤルを合わせる場面があるのだから、そこを強調したCMにしてもいいのではないだろうか。
 例えば。

 誰かの手が出て、ラジオのダイヤルを合わせている(ここはプロモーションビデオと一緒)。だが、なかなか合わない。『Stand Up』の一部が聞こえたり、また音が小さくなったり。そんなことをしているうちに、ダイヤルが合う。聞こえたのは、最後の「♪Stand Up!」って声。そして倉木さんの最後の息を飲みこむ場面が映る。その後、カメラがブレながら、後ろにあるアメリカの国旗を映す。テロップが浮かぶ。「倉木麻衣『Stand Up』発売」。

 てなことで、「なんやなんや」「欲求不満や」「もっと『Stand Up』聴かせろ〜〜」ってことにならない?
 ならんか。
 でも、今流れているCMだと、中途半端な長さが流れているから、それだけで全てと思われそうな気がする。これはもったいない。なぜもったいないかというと、僕がインターネットで視聴した時に、あの一部だけを聴いて曲の全体像を想像した。そして「こら、あかん」と思った。その時と同じような感じに思えるからだ。あのCMの一部だけで判断される危険性が多々ある。それなら、いっそこの際、全てを隠した方がよいと思う。爽健美茶さんが、ライブバージョンのCMを流してくれているしね。

 それにしても、ああ、神様。僕にもっと素敵な思考回路をもっている頭脳を下さい。こんなCMしか浮かばないと、中華キャノンの股間ビームになっちゃうぞ(『ヒットカウンター同窓会』928番のメモ帳さんの書き込み参照)。

2001年4月6日(金)
 昨日は日記をお休み。
 というのも、会社に応接室を作るために、ロッカーや棚の移動、増し刷りのない版下の整理をみんなでバンバンやっていたのだ。
 印刷のサンちゃんたちは、深夜0時くらいまで印刷機を回してくれている。

   ●

 今日、その応接室を作るためにパーテーション(簡易壁)が入る。1日丸々くらいかかる作業かなと思っていたが、お昼前にはあらかたの作業を終わっていた。すごい。
 応接室として仕切られてみると、昨日想像していたイメージより部屋は少し小さい感じ。でも、昨日までここにあった荷物はいったいどこにいったのだろうというくらい、今まで考えられなかった空間がそこにできていた。
 あとは、カーペットや机と椅子やね。

 今月に入って、仕事はだいぶ落ち着く。
 空き時間には倉木さん本の発送の準備をさせてもらっている。

 しかし、それがめちゃくちゃ手間。まさかこんなに手間がかかるものだとは思わなかった。

 まず、「非売品」のシールを作る。裏がシール仕様になった紙(「タック紙」という)をカラープリンターでプリントするのだ。なぜそんなことをするかと言うと、シール屋さんに印刷を頼むと値段が高くなるからだ。プリントされた赤色のタック紙に、カッターで切れ目を入れる。
 次に、送り先の図書館さんの住所ラベルを作る。
 以上が準備段階なのだが、その前には、本を入れる封筒を印刷したり、本を包むためのエアーキャップを用意しておく。
 それから、本を1冊ずつ仕上げていく。
 梅宮アンナさんの本なんかになると、出来上がった本にはカバーもついて、帯もついて一冊の本として、印刷工場でベルトコンベアで流れてくる。しかし、僕の会社は少部数の印刷・製本をメインにしているため、ベルトコンベアはない。そして、印刷・製本代を安く上げるために、オッホが出版する本はいつも出来上がった段階では、カバーはカバー、本体は本体と分かれているのだ。しかもマットでコーティングされたカバーは真っ直ぐなまま。まずカバーを本体にくるめるように、両端を本体に合わせて折らなければならない。本屋さんでカバーをかけてくれるような感じに、右を折り、左を折り、本体をくるんでいく。
 その上、今回は「非売品」にしたものだから、そのシールを一冊ずつのカバーに貼らなければならない。定価が隠れるように非売品シールを貼るので、結構神経を使う。『倉木麻衣さんを守れるか』なんて、非売品シールを大きめのひし形にしたものだから、クマのイラストの片目が隠れるような隠れないような微妙なところに貼っていかなければならない。
 で、その作業が、1図書館につき、『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』の計2冊分ある。なおかつ、『倉木麻衣さんを守れるか』は「1〜500」冊までそれぞれ通し番号をつけたため、番号シールを一つ一つ貼っていかなければならない。同じページに「OHHOホームページOPEN」のハガキをはさみ込む。
 以上で、本の用意は終了。次に、封筒への封入の作業に移る。今まではガバッと封筒に突っ込むだけだったのだが、倉木さんに関する本からは、痛まないようにと、エアーキャップ(プチプチをつぶし始めると意地になるシロモノ)で包むようにしている。『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』をそれぞれ1冊ずつ手に取り、2冊を合わせて揃え、机に置いたエアーキャップで巻いていく。セロテープを5カ所にとめ、封筒への封入前の作業完了。
 その後封筒への封入作業へ。
 しかし、『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』を合わせると、本の背の厚さが4センチくらい。このサイズは、角形4号サイズの封筒にはピチピチ。封筒を傾けたり、膨らましたりしながら、奥にグイグイ突っ込む。きちんと奥に入ったら、開いている口に糊づけ。しかし、これがまた封筒がピチピチだから、すぐに手を離すと、封筒は力なくフワ〜と口が開いてくる。ちょっとの時間、手で押さえて糊がくっつくようにする。
 以上で封筒への封入作業完了。
 その後、準備段階の時につくったラベルシールを貼付。

 てなことを、1冊ずつしているのだが、1冊や5冊くらいまでなら何とか勢いでできるのだが、もう200〜300冊となるとくたくた。「200」「300」という数字が途方もない、天文学的な数字に思えてくる。以前、池ヤンの家でOHHOのスタッフ全員で『南野陽子は大丈夫か』のカバーかけ、発送作業を行った時も、汗だくになっていたことを思い出した。あの時は人数がいたけれど(おー。「あの時は人数がいたけれぼ」ではないよー。「けれぼ」とはいったい何なの。またまた来たのことよ、HNは勘弁してちょ(笑)さん、おおきにっす)、今は、一人なので、余計しんどいわけか。

 ふへ〜、まだ100冊以上残っているよ〜。

 やっぱ、大量消費大量生産でいけるなら、それが一番楽だな、とつくづく思うのだった。実際大量になると、1冊の単価がガクンと落ちるし、楽になるしいいことだらけ。だけど、大量にお金がいるのよね。うぐぐ。

   ●

 今日、コンビニのローソンさんで買った♪まろ〜の『まろ茶』には、『ミニライト 今だけプレゼント』がついていた。お茶戦争に勝ち残ろうと、コカ・コーラさん、全力を注いでいるって感じ。TVCMに出ているのは織田裕二さんだもんな。

2001年4月6日(金)-2
 そうや、忘れてた。

 昨日、島根県立図書館さんからハガキをいただく。
 無事『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』が着いたようです。島根のみなさん、音楽コーナーで見かけたらよろしくよろしくです。

 で、ずっと前に(おー。「ずっと間に」ではないよー。しなぷすさんおおきにっす)『OHHO』本誌を作っている時も思っていたのだが、献本をした後、鹿児島県立図書館奄美分館さんや島根県立図書館さんのように丁寧に返事をして下さるところがある。図書館さんって、結構多くの本が集まってくると思う。なのに、今回のようにいきなり「献本します」って強引に送りつけてるところにも、こうして返事をして下さるとは。頭が下がる。
 あー、僕は何人の人にメールの返事をしていないのだろう。

2001年4月7日(土)
 久しぶりにヤフーさんのトピックスにある『maikukkeyさんを巡る冒険』にリンクをつなぐのだ。
 前は、高校名が載っていたリンクが張ってあったので、リンクをはずしたのだが、もういいやんかさ。

 『maikukkeyさんを巡る冒険』
 http://messages1.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=
1835008&tid=a1xmaikukkeya45a4sa4rbdda4kka81a1y&sid=
1835008&mid=1&type=date&first=1


2001年4月7日(土)-2
 もう一つ掲示板を追加。勢いに任せて作る作る。チェックをほとんどしないしない。

 『Stand Up』をオリコン初登場1位にする
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/gentei/tnote.cgi?book=standup

 いけないなー。ただの高校生さんに、掲示板を整理すると言ったのに。おっと、そういや、へいさんのリングの提案、これまたほったらかしにしてる。うむむ。
 僕がそんな非情なことをやってるから、おーのー。

 久しぶりにチェッカー復活やないの。
 しなぷすさん、そして、またまた来たのことよ、HNは勘弁してちょ(笑)さん、おおきにです。昨日の日記直しておきました。

 ぶぐぐ。

2001年4月8日(日)
 昨日の夜は満月だった。
 とてもとても、夜桜がきれい。

 でも、「満月」と書くと、満月太郎さんのお名前を思い出してしまう私。

 今、僕の団地では花見の実況中継中。なんでや?なんで団地のスピーカーからカラオケが流れてくるのだ。春だねぇ、春だから許してしまうねぇ。
 僕が住む団地は、ほんとよくできた団地だ。築20年以上は経っているみたいなのだが、都市計画がうまくいった例ではないか。団地の一番端にある僕の家から駅まで、徒歩15分くらいの道のりは全部歩道である。車とすれ違うところがない。安全、安心。公園もいっぱいあって、お子さま達の天国なのだ。
 で、今日はおじいちゃん、おばあちゃん、おっちゃん、おばちゃんたちの天国。花見天国である。天国だらけなのである。幸せ幸せ。

 若葉の季節ですね。
 若葉が茂る季節ですね。ドー(←涙が流れる音)。
 若葉が茂って、スカパー見れないですね。画面が途中でモザイクにかわり、突然画面が真っ黒に変わるのですね。『Mai-K TV』がまともに見えないですね。僕にとっては冬の時代が始まるのですね。

   ●

 昨日、小林よしのりさんの『台湾論』を買う。
 これで、小林さんの漫画の分は全部読むことになる。
 それにしても何回も書くが、もうちょっと前に小林さんに興味を持っていたらと思う。これまでの小林さんを取り巻く状況、そのミニ版が、今まで倉木さんを取り巻く状況だったんだな。ほんと、わかるわかる、って感じ。そっくりではないか。

 『台湾論』を買い、昨日は『ミュージックフリークマガジン』も手に入れた。
 今回は表紙が倉木さんの『Stand Up』。中には思ってもいなかったことが書かれていた(これから見ようと思っている人は、ここから先を読むと、ドキドキ感が減るので注意)。
 何が思ってもいなかったことかというと、『Stand Up』について次のようなことが書いていたのだ。

 〈「最初は、ほとんど日本語だったんです。でも、実際歌ってみてそれも良かったんですけど、せっかく80年代のアメリカン・ロック・テイストの曲だから、もっとリズムやテンポ感とか“楽しさ”みたいなのを出した方がいいかなと思って、英語詞を増やしました。詞の内容に関しては、最初と変わらないんですけど」〉(『music freak magazine』2001年4月号3ページより)

 なんと。この『Stand Up』が〈最初は、ほとんど日本語〉だったとは。
 うわー、なんともう。嬉しい話ではないか。初めから、英語詞をからめることしか頭になかったのではなく、一度ほとんど日本語詞のものを作っていた。そして、それを歌ってみた。結果、それも良かった。
 でも、それ以上に〈リズムやテンポ感とか“楽しさ”みたいなのを出した方がいい〉という判断で今の形になっていたとは。

 見直した。
 いやいや、さらに感心した。
 確かに今、僕らがラジオで聴いている『Stand Up』は、リズムやテンポ感がよく、楽しい楽曲になっている。全編日本語詩推進委員会の委員である僕としては、『Stand Up』を初めて聴いた時、「うーん、英語が多い」と思った。しかし、何回か聴くたびに、英語の詩が僕にも理解できる範囲のものであることがわかってきた。そして聴いているうちに、自然と体が動くようになっていた。これは、日本語と英語のバランスがよく、日本語から英語、英語から日本語への切替がスムーズにいっているからだろう。〈ほとんど日本語詞〉から、英語詞を増やしたのは正解。しかもそのことで、きっちり〈80年代のアメリカン・ロック・テイスト〉を僕らは感じることができるようになっている。
 ね、しなぷすさん。

 でも、ライブでは、その〈ほとんど日本語詞〉の『Stand Up』も聴いてみたいなぁ。って、僕はライブにはいかなんだけど、「ほとんど日本語詞の『Stand Up』を倉木さんが歌ってくれたよ」って話を、いろんな人から聞いてみたいなぁ。

 あと、もう一点。『ミュージックフリークマガジン』を読んで謎が解けたことがある。それは『Stand Up』の2曲目の話。『Double Rainbow』のことである。

 〈「時間があったら南の島に行ってみたい、という話をレコーディングの合間にスタッフの方達と話していて、その時にスタッフから聞いて知りました」〉(『music freak magazine』2001年4月号3ページより)

 何の話かというと、Double Rainbowの話。〈ハワイにある“2重に架かった虹を見ると幸福が訪れる”といった言い伝え〉の話である。
 昨日、小林よしのりさんの『幸福論』を買った本屋さんで、『地球の歩き方』のハワイ編をちょっとだけ立ち読みした。しかし、Double Rainbowの言い伝えの話は見つけられなかった。倉木さんはどこでそんな話を仕入れたのか、それがずっとわからなかった。ボストンでレコーディングしていた時だろうか、それとも、アメリカへ飛ぶ飛行機の中での話か、はたまた意表をついて、倉木さんは杉山清貴さんのファンだったのだろうか、といろいろ思いを巡らせていた。それが〈スタッフから聞いて知りました〉だったとは。僕の中で勝手に膨らませた謎が解けました。『ミュージックフリークマガジン』さん、おおきにっす。
 スタッフさんから聞いたDouble Rainbowの話。『ミュージックフリークマガジン』さんには、どんな詩になっているのか、1行だけヒントが書いてあるがそのことはこの日記には書かないでおこう。

 『Stand Up』の発売日を楽しみに待ーとおっと。買うぞー。オリコン初登場1位にするぞー。

2001年4月8日(日)-2
 昨日もまた、図書館さんから届いたよのハガキがくる。

 三重県立図書館さんと大阪府立中央図書館さん。どうもご連絡ありがとうございます。ということで、お近くのみなさんよろしくです。この2つの図書館さんには『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』を置いていただいています。

 あー、それにしても、大阪と京都の市町村立図書館さんなどへの発送はまだできていない。まとめて全部送ろうと思っているのだが、エアーキャプがなくなってしまった。ふー。
 やっぱ、200や300ってのは多いなぁ。倉木さんの『冷たい海』がまだ、全国で3000枚以上売れているってのは、僕にしたら、どんなバケモンの数やねん、と思ってしまう。宇多田ヒカルさんのアルバムが1週間で300万枚ってのになると計算できん。宇多田さん、珍しくオフィシャルホームページのメッセージで鼻水たらして泣いているのだ。いろんなことがあった1年の一瞬だけすれ違ったけど、あんなことが宇多田さんの中では毎日あったんだろうなぁ。しんどかったやろな。

2001年4月9日(月)
 朝からビンゴ!だった。
 昨日、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、もえぎさんが教えてくれた電車に乗った。
 どんな電車かというと、電車の中の広告が全部爽健美茶さんのハッピーライブのもの。倉木さんの顔がズラーーーと並んでいるのだ。
 その電車は大阪のJR環状線。僕が乗ったのは内周りの電車だった。
 朝、通勤のために、JR鶴橋駅からJR天満駅まで乗ったのだけど、JR京橋駅に着いたのがだいたい午前8時40分くらい。明日も同じ時間にいけば乗れるのかな?
 で、その電車の広告は全部ハッピーライブなんだけど、乗り降りする扉のところには、『応募ハガキ』が立ててあった。扉の小さな広告の右横にちょっとした紙のポストのようなところがあり、そこに応募ハガキが入れてあるのだ。自由に何枚でも取れるのだが、僕はちょうど車内の真ん中に(どっひゃー。少女“A”・・・。さん、おおきにです。「社内の真ん中に」ではありません)立ってしまった。わざわざ取りに行く勇気はなく、降りるときも恨めしい流し目だけピピピと送った。僕の乗った扉のところにあった4カ所の応募ハガキのうち、1つは全部がなくなっていた。中吊り広告も僕の近くの分はなく、僕の乗った車両を見渡すと、中吊り広告は計4カ所くらい抜き取られたあとのようだった。倉木さん、人気あるやん。
 てなことで、朝から「ハッピー当たりました」でした。でも、ポスターのバックの色が黒いので、すっきりと「ハッピー」とは思えなかったのが、ちょっともったいない感じ。
 コカ・コーラさんやJR西日本さんに問い合わせれば、このポスター譲ってもらえそうな気がするなぁ。

2001年4月10日(火)
 昨夜は、倉木麻衣さんの関東方面でのラジオ出演第1弾の放送あり。
 ニッポン放送さんの『倉木麻衣のallnightnippon SUPER!』
 今までは関西方面でのラジオが主だったが、これでようやく関東の人にも倉木さんの声を聞いてもらえたことになる。特に昨日は全国にネットされていたので、いろんな地方の人に、実際の声を聞いてもらえたんだろうなぁ。そういや、「ラジオ出演の予定はないです」って話を、ある方が去年していたんだなぁ、と感慨深くなる。
 みんなに聞いてもらえて、倉木さん、よかったね。『倉木麻衣さんへの掲示板』でいろんな地方の人に突っ込んでもらえるようになって、よかったね。

   ●

 今日、ようやく、倉木さんが出演した(する)ラジオ番組さんや、東京方面の図書館さんに『倉木麻衣さんを守れるか』や『倉木さんに間に合うか』を発送。クロネコヤマトさんのメール便の規格サイズをオーバーし、返品されたものも再発送。
 あとは、大阪と京都の図書館さんへの発送を残すのみ。けど、これがまた予想もしなかった事態に。
 初めは、クロネコヤマトさんのメール便か郵便局さんの冊子小包で送ろうと思っていた。そのつもりで住所シールはすべて貼り終えていた。しかし、急きょ別の宅配会社さんの宅配便で送ることに変更。理由は、メール便並みに配送料を安くしてくれることになったからだが、これがまたたいへん。1通あたりの配送料は安くなったが、1通ずつに配達伝票を書かなければならない。封筒に貼った住所シールは全部パー。残り172図書館の住所をぜーんぶ手書きで書き起こさないといけない。
 ふー。
 人生いろいろあるものだ。

 で、昨日は次の図書館さんから届いたよハガキを送っていただきました。

 山形県立図書館さん
 東京都立多摩図書館さん
 徳島県立図書館さん
 愛媛県立図書館さん
 福岡県立図書館さん
 沖縄県立図書館八重山分館さん

です。お近くの方、もしこちらの図書館さんに寄られた時は、一度「音楽」の棚を見てやって下さいな。

   ●

 今朝、たぶん昨日と同じJR環状線に乗ったのだが、ハッピーはいただけなかった。
 JR環状線は、同じ時間に同じ車両が走っているわけではないのね。

 で、昨日ポスターはJRさんとかに言えばもらえるかも、と書いたのだが「そんなことはないよ」と、何人かの方にメールとかで教えてもらった。
 もらえない可能性高し、です。

 でも、なんで「もらえるかも」ということを書いたかというと、実は僕はもらったことがあったのよね。
 で、そこで何でもらったのかと思い出してみると、「『OHHO』で記事にしたいから」ときちんと理由を話して、もらっていたのであった。で、出来上がった『OHHO』を送ったりしていたのであった。
 あれは南野陽子さんがJR環状線を占領する、というような記事だったよな。10年以上前、JRシュプール号の広告が大阪環状線全駅に大々的に貼り出されることになった時があった。その広告のメインが南野さん。で、ちょうどその頃、『OHHO』では『南野陽子は大丈夫か』という特集をしていたので、そのことを記事にしたのだ(産経新聞さんとかでも、そのポスター作戦は記事になってたんよ。で、その新聞記事も『OHHO』に載せたいので、「いくら著作権料を払えばいいか」と産経新聞さんに聞いた。そしたら、あまり前例がないので、ということで、5,000円で手を打ってくれたのであった。南野さんのポスター作戦の詳しいことは、在庫をいっぱいかかえている『南野陽子は大丈夫か』を参照なのだ)。

 で、「もらえるかも」と書いたのでした。
 その時に駅員さんとかに聞いた話だが、駅にもよると思うが、駅に貼ってあるポスターは「譲ってほしい」と頼めば、配布期間が過ぎれば譲ってくれることもあるみたい。南野さんの時は、「予約済み」という付箋がついているポスターもあった。
 だから黙ってコソコソ盗むのなら、勇気を出して駅員さんに交渉してみるべし。ヒットカウンターに書き込んだことのある方なら、その勇気で絶対できるのだ。
 

2001年4月11日(水)
 ようやく、図書館さんへ送る荷造りが終了。
 あとは、宅配会社さんに明日引き取ってもらうだけとなった。
 それにしても、発送作業だけで何日かかったのだ。
 本屋さんに並べるだけなら、送るところは1カ所なので、あっと言う間に済むのだけれど、図書館さんともなると、1つずつ送れなければならない。
 それにしても、大阪と京都だけでこんなけもあるか、というほど図書館さんがある。僕の知っているところで、その中の3つ4つくらい。ほんまもったいない学生時代を送ったものだ。
 でも、場違いな図書館さんもあるんだろうなぁ。というか、『倉木麻衣さんを守れるか』と『倉木さんに間に合うか』を送っても、「児童図書館」さんなら困ってしまうかもしれないなぁ。
 ま、とりあえず、終了終了。
 いつか、どこに送ったか掲示しないとな。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』で、メモ帳さんが、〈「Stand Up」を1位に。僕は好きではないです。こういうやりかたには極端に嫌悪感を感じるので・・・。〉とのこと(215番の書き込みより)。
 OKOK、こう言うてくれる人がいないとね(リーベルさんたちもそうですよー)。了解了解っす。

 今回、あの『「Stand Up」をオリコン初登場1位にする』の掲示板を立ち上げたのは、今しかない、と思たんよね。この時期、この曲、このタイミング。こういうチャンスはもうないぞ、と、頭のどこかがピピピ、と。
 だから、オリコン初登場の結果が発表されるまでは、この場だけで、バシバシ煽りに煽りたいな。で、どうなるってこともなくて、結果は脱力感が残るだけかもしれないけど、ま、そんな時は「もうこんなことはやめておこう」と思うだろうし、うまくいったらいったで「もうしない」ってこともはっきりわかるだろうし。
 ってことで、あと1週間で、4月18日(水)。
 『Stand Up』発売日なのです。

 それから、219番のしなぷすさんへ。
 そうなのよね〜。
 で、最近は『田熊氏の屁理屈に反感を持った。』から『倉木麻衣さんに対して反感を持った。』にシフトしてしまったようで、せっかく全得票数の50%以上を『田熊氏の屁理屈に反感を持った。』で占めようと思っているのに、残念残念。

 で、その『だから『倉木麻衣さんへの掲示板』には書き込まなくなった』のアンケートに〈『掲示板の管理のされ方がきつい』〉として、〈田熊さん、日記や掲示板を見ただけでIP記録するのはやっぱやりすぎだよ。日記や書き込みがどこにコピーされようと、そんなんどうでもいいでしょう。〉と書き込みをされた方へ。
 日記や書き込みがコピーされてしまうのは、仕方がないと思ってます。というか、止めることは不可能に近い、と半分あきらめています(が、この『OHHO日記』は本も掲載しているので、本から無断転載してるとか、言おうと思えば言えるかも)。
 で、「見ただけでIP記録する」ってことは、僕はことあるごとに書いていますが、ご注意された方がいいと思います。僕は、「記録している」と言っていますが、ほとんどの他のホームページはそんな注意書きは一切なしで、記録しているところが結構あるようです。というより、おおもとのサーバーは記録しているみたいです。『倉木麻衣さんへの掲示板』が連続投稿でログが全部飛んだ時に、ニフティさんにログがどうなっているのか知りたい、と問い合わせたら「教えることはできない」というような返事がきました。
 だから、何か重大な問題が僕のホームページで起きた時は、僕が記録漏れしていても、ニフティさんが記録しているので、みなさん、覚悟をしていただくしかないです。
 でも、サーバーさんは、ログの記録量が膨大だから、ある一定の日数分しか残していないということも、どこかで聞いたことがあるような。
 どちらにしても、「匿名」だから何をしても許される、と思ってると、万が一の時に何が起きてもしらないよ、という意味で「記録している」と言っています。そう言っても、実際は僕の力だけでは何もできないので、「やりすぎ」とまで心配しなくてもいいと思います。

2001年4月12日(木)
 奇跡を体験している。

 というのも、この1カ月、遅刻をしていないのだ。
 日々5分前出社なのだ。時には30分前には会社に入っているのだ。
 えらい。ほんとにえらいと思う。
 朝は、パキッと目が覚めるのよね。
 不思議だ。こんなことは最近3、4年なかったことだ。
 3、4年なかったことと言えば、こんな長い間、花粉症にかかっているのも珍しいことだ。鼻水だらだら。自分で気づかないうちに、たらりと鼻水が床に落ちたこともある。その時、僕に原稿の指示をしようと思っていた人は、そっと横を向いた。優しさはそんなささいなところにあるのよね、倉木さん。
 でも、僕は「あー、鼻水たれてしもた」と大声を出した。その場で笑いが取れないと、自分が追い込まれてしまうような気がした。しかし、笑いはとれなかった。なぜなら、横を向いてくれた優しい人は、「鼻水がたれたところを見た」という記憶を消したかったからに違いない。
 うまくいかなかった恋愛は、記憶から消したい。いい思い出になっていないのなら、この世から捨て去りたい。そんな気分と同じだろうか。だから僕は、無駄な抵抗とはわかっていながらも、「鼻水、鼻水」と連呼した。事実なんだ、あの時、僕と君がいたのは事実なんだ。と、鼻水が落ちたことを確認しながら、ハナ紙を取り出した。
 そういや、ハナ紙とチリ紙って、どこに違いがあるのだろう。トイレットペーパーが一般に出回る前にトイレにあった便所紙は今も元気か。
 元気だ。
 確かに元気だ。なぜなら、僕の奈良の家では、トイレットペーパーを入れるところに、その便所紙がかかっているのである。そういや、まだ八尾の実家は、ぽっちょんトイレなのである。水洗トイレにはいつかなるのか。なったらなったで、道路工事費とか下水道を家まで引く経費が、何百万円もかかってしまうのだ。

 ふー。どうなっているのだ。話が違うところへいっているぞ。

 そうだ。花粉症のことである。
 今年の花粉症の原因は、最近の僕の生活習慣にあるのではないかと思った。今日は昼からいつも買うお茶やポカリスエットをやめて、缶コーヒーを買ってみた。UCCさんの『UCC ORIGINAL Milk&Coffee』である。ナインティナインさんたちがテレビで宣伝している缶コーヒーである。ナインティナインの岡村隆史さんは、倉木麻衣さんのファンなのだそうだ。一回でいいから『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んで、倉木さんにメッセージを送ってくれないかな。

 で、僕は、『UCC ORIGINAL Milk&Coffee』を飲んだのである。
 そしたらなんとまあ、鼻水が一気に引いていくではないか。いきなり鼻の中が太平洋の引き潮状態である。
 これは何が原因であるのか。
 たぶんたまたまだろう。しかし、「たまたまの法則」なる法則も、ある人が発見しているのだ。僕はその記事をどこかで見た。しかし、忘れた。どこで見たのか忘れた。その忘れたのもたまたまである。
 花粉症に缶コーヒー。これは、花粉症の原因といわれる、花粉をまくスギの木に、コーヒーの木(南方産のアカネ科の常緑小高木)が免疫となっているとは考えられないか。ハブにマングースと同じ関係である。スギにコーヒー。この二つの木同士に微妙な関係が成立しているのではないか。誰かこの因果関係を解明する研究をしてもらいたいものだ。
 だいたい研究というものはそういうものではないのか。
 「納豆が体にいい」という話も、きっかけは納豆好きな人が「納豆がよい」ということを子供に言うために、データを集めたのではないか(勝手な推測。僕の作り話です)。「タバコが体に悪い」ってことも、タバコ嫌いの人が一生懸命、ニコチンやタールの悪いところを宣伝しまくったからではないか(これまた僕の推測。ええかげんな話です)。
 そもそも、研究とかはそんなささいな個人の動機から始まっているのではないか。個人の興味をひかないものは、僕の記憶にも残らないのである。
 風雪や噂も同じであろう。
 「火のないところに煙は立たない」という文句がある。
 しかし、最近はこのコトワザは、許容範囲をワザと拡大解釈する人がたくさんいるようだ。
 倉木さんに対しての噂もそう。最終的には「火のないところに煙は立たない」ということを根拠にして言いたい放題。けど、そういう時の「火」とは、「人は誰でも『絶対』ということは100%ありえない」ってことだけだったりする。
 この前の、倉木さんが浜崎あゆみさんを中傷しているって話でもそうだ。
 「音楽関係者」という、誰でも作れる肩書きを持った人が、「倉木さんは浜崎さんとは違って○○をしているようだ」って。
 あのあのあの。
 もし、この音楽関係者さんの話が「中傷説」の元になっているのなら、僕はアゴをはずしてカックンカックンさせるしかない。この時の音楽関係者さんのコメントは、「音楽関係者である私なら、そういうことを考える。だから倉木さんもそう思うに違いない」と言っているにすぎない。それをわざわざ『芸能新聞』に取り上げるってこと自体、その『芸能新聞』を書いている人は、文章を読むことができない人である。というか、誰が言っているのか、主語をつかめない人なんだろう。または、ワザと事実を歪曲する人であろう。
 もっとも、こう僕が言っていても、元の『芸能新聞』なるものを見ていない。だから、一人でいきり立っているだけ。ああ、きっちり首根っこをつかんで言いたいなぁ。どこの『芸能新聞』さんに載っていたのだろう?

 その音楽関係者さんのコメントを素直に読めば、音楽関係者さんの偏見と思い込み、それを「ようだ」の推測でごまかしているにすぎないものだった。
 ここで「ようだ」を使っているのも巧妙な手口だ。一瞬伝え聞いた話なのかと「伝聞」のように思うのだが、中身は全部「推量」。「ようだ」の意味に「伝聞」と「推量」の二つの使い方があれば、わざと「推量」を「伝聞」に間違えるような使い方をしているのである。
 「ようだ」がついた文章は、「問いつめられたって、責任は持ちませんよ。だって、ほんとのことは知らないんだもん」ってことを意味している。新聞に「ようだ」が書かれている時は、ほとんどがそうだ。実際、広告のコピーを書くときも、最後に確信が持てない時は「ようだ」の連発なのである(自分の経験ではそうだった)。

 「ようだ」は大阪スポーツさんの「!?」と同じ意味である。「嘘かもよ」というより、「こんなことで文句言われても、責任取らないよ」と逃げているのである。

 ん?
 また、花粉症から話がそれた。
 結局、『UCC ORIGINAL Milk&Coffee』は、今日の僕の花粉症症状に効果てき面だった。
 鼻水が一切消えてなくなった。ナインティナインの岡村さん、ありがとうです。

2001年4月12日(木)-2
 近頃不思議なことに、今まで倉木麻衣さんのことを普通に思っていた人が、「倉木さん、かわいいね」と僕に言ってくれたりする。
 また他には、会社の同僚からは、知らない間に『Stand Up』を家で口ずさんでいる人もいることも聞く。その人は倉木さんのファンでもなんでもないのに。

 一般大衆のど真ん中である僕が言わせてもらいましょう。

 倉木さんに対する、一般大衆の印象は、大学への入学式のテレビ映像、そして、『Stand Up』の曲調によって大きく変わった。倉木さんのことを好意的に見る人たちが激増している。嘘のような劇的な変化が起こっている。
 結果は、『Stand Up』ではっきりする。

 FMラジオでの『Stand Up』のかかり具合は、『Love, Day After Tomorrow』の時を超えているのではないか。この『OHHO日記』に『Love, Day After Tomorrow』が1日のうち何回かかったかをずっと書いていた頃がある。しかし、今はそんな必要はない。なぜなら、番組が変わるたびにかかっているからだ。番組数を数えれば、1日何回かかったかわかるような感じだ。
 FM局のスタッフの人は(僕はFM802さんしかわからないが)、好意的に『Stand Up』を流してくれている気がする。しかも、どの番組でも「4月18日発売」と言っていて、そこには「いつ発売なのか?」という問い合わせの多さとともに、FM802さんがバックアップするぞって気持ちも感じられる。

 「元気な倉木さん」、『Stand Up』はそんな曲だから応援しやすい。
 『「Stand Up」をオリコン初登場1位にする』なんてことは、『冷たい海』の時や『Reach for the sky』の時なんかにはとても口にすることはできなかった。それは、詩の内容に深刻なテーマが含まれていたからだ。応援すること自体がタブーだったのかもしれない。タブーとは言い過ぎならば、曲調と応援ということが♪背中〜合わ〜せ〜のブルー(二律背反)、だったのである(渡辺真知子さんの『ブルー』より)。
 『Stand Up』の中にも、深刻なテーマがある。一人悩んだ日もあった、と正直に倉木さんは吐露している。しかし、「Stand Up」。さあ、立ち上がろう、と言うである。

 倉木さんの詩は、何ごとにも前向きなところがいい、とよく言われる。泣いていても、次にいこう、次をよくしよう、という言葉が刷り込まれているということだ。
 しかし、最近ようやく気づいたのだが、倉木さんの詩で刷り込まれているのは、「前向きさ」だけではなかった。それは、「前向きさ」を生んだもの。それは辛い過去、嫌な思い出、できれば隠したい気持ち、泣き虫だった自分を知っている人たち、そんなすべての今の「前向きさ」を生んでくれたものに対して、感謝する気持ちが根底に隠されていたのだ。
 「ありがとう」の気持ちが、倉木さんの詩にはある。こうしてここまでこれたのは、みんなのおかげ、そんな「ありがとう」の気持ちが隠されている。それは、どんな辛い過去にも、どんな嫌な思い出にも、「ありがとう」と倉木さんは言っているということである。

 だから、『Stand Up』。
 だから余計に『Stand Up』が、僕にとっては泣き笑いの曲になっている。
 顔中涙を流しながら、両手を上げて踊っているという感じだろうか。

 ありがとう、倉木さん、である。

 『Stand Up』を発売すると決めてくれてありがとう。

   ●

 しかし、『Stand Up』が爆発的に売れたら、いったい全体どう説明するのだろうって人が少数だけど、まだいるようだ。
 ほんとに売れたら、「あれだけテレビCMで流れたらそら売れる」とでも言い出す気だろうか? そんな言い訳をする人ってのは、今の段階で「あんなテレビCMで売れるわけがない」っていう人だったりするんだよな。FM802さんのラジオインタビューの時の写真も、「報道写真は真実を語る」って言ってた人が、テレビで入学式の模様が放送された途端に「報道写真は真実を語らない」って言い出したもんな。
 この『OHHO日記』で「神風が吹いた。この写真のことをもっとみんなに広めてよ」って書いた意味が理解できなかったようなんよね。ほんまにいろんなところにリンクを張りまくって、「嘘をついているのは私です」ってことを自分から言ってくれたもんな。見事だった。なんであのような写真が生まれたのか、という僕の推測も書いたのに、やっぱ、この『OHHO日記』はほとんど読まれていないのよね。1日50人かぁ。

   ●

 で、『Stand Up』が売れなかったら、僕らはどう言うか。
 きちんと言えるもんね。

 「残念。次また頑張ろう」。

   ●

 今日は、ラジアンリミテッドに倉木さん出演。
 やまだひさしさんの番組。この番組が始まった頃は、僕はFM802さんではなく、FM大阪さんを聞いていたのだ。そんなことを思い出した。この番組の第一回の放送も聞いていたもんね。
 メジャーになったよなぁ。やまだひさしさんはうるさい人、ってイメージ、みんな知ってるもんね。

 それにしても、久しぶりだ。
 午後10時台に、FM大阪さんにダイアルを合わせるのだ。

2001年4月13日(金)
 昨夜のFM大阪で放送されたやまだひさしさんの『ラジアンリミテッド』で『Double Rainbow』が初めてかかる。
 『Double Rainbow』とは、倉木麻衣さんの『Stand Up』のカップリング曲だ。
 いきなりかかったので、「なんだこの曲は、おとなしい曲だな」と思っていた。だが、聞き返してみるとこれがすごい。
 (実はその前に、ある方から聴かせていただいていたのだが、ここではその話ははぶいて、『ラジアンリミテッド』で初めて聴いたようにして書くのだ。ある方さん、おおきにっす。でも「ある方」さんは、倉木さんと関係のある方ではないよ。と思う)。
 で、『Double Rainbow』である。
 これがすごいのである。ほんとすごい。
 しかし、倉木さんのオフィシャルホームページにこう書いてある。

 〈M-2収録の「Double Rainbow」は“2重に架かった虹を見ると幸福が訪れる”というハワイにある言い伝えをもとに 描かれたリリックを情景に、しっとりとしたサウンドトラックにのせてドラマチックに展開するラブソング。 〉
というのとは、ちょっと違う。この文章だけ読むと、「ドラマチックに展開」というところが印象に残ってしまい、僕はそこを楽しみにしていたのだ。
 だから、ラジオで聴いた時は、「なんだ、ドラマチックじゃないじゃん」って感じでがっくりきた。
 しかし、聞き返すと「ドラマチック」という思い込みが消えているからか、冷静に聴くことができた。
 ラブソングである。まるで、素敵な映画のラストシーンに流れてくるようなラブバラードである。
 例えていうなら、全米デビュー曲『Baby I Like』に収録されている『Did I Hear You Say That You're In Love』なのである。
 あえて声を大にして言おう。

 『Double Rainbow』は、日本が世界に誇れるラブバラードである。

 ということは、「珠玉のラブバラード」と書かれていた『thankful』はどんな曲なのだと思ってしまう。
 他にも、『Double Rainbow』については、どばっと頭の中にいろんなことが浮かんできた。それはまた今度書こう。
 まずは、『Stand Up』のCDはタイトル曲だけではなく、『Double Rainbow』もすごい曲だ、ということを伝えておこう。本当に、「ある方」が僕に教えて下さった通りの曲なのだ。

2001年4月13日(金)-2
 別冊OHHO6『倉木麻衣さんを守れるか』と別冊OHHO7『倉木さんに間に合うか』を献本させていただいた図書館さんのリストをアップロード。合計で300以上の図書館さんがあったのか。自分でもびっくり。そら発送に時間がかかるわけだ。

 『献本した図書館リスト
 http://homepage1.nifty.com/ohho/tosyokan/tosyokan.html

 細かい表なので、ブラウザーで見ると表が崩れていないか少し心配。おかしかったら、指摘してっちょ。

 で、一昨日は岐阜県図書館さん、そして昨日は東京都立中央図書館・日比谷図書館さん、滋賀県立図書館さんから届いたよハガキが返ってくる。みなさん、ほんとお手間取らせて申し訳ありません。

   ●

 それにしても、何回考えても『Double Rainbow』はいい。聴いている時だけじゃなくて、考えるだけで、体が震えてくる。
 倉木さんはここまで歌がうまかったのか、ということをつくづく認識させられる。
 お腹に力がこもっていない、声を出し惜しみしている、そんなことがもう二度と言えなくなりそうだ。
 抑揚のつけ方、感情の込め方。僕は『This is your life』(『Secret of my heart』のカップリング曲。アルバム『delicious way』には未収録)が狂気の沙汰ではないと思っていたが、それを更に凌ぐ歌唱をしている。すごい、すごすぎる。

 倉木さん。
 「頑張っている」ということは、いろんなところで読んだりして伝わってきてたけど、ここまで歌い方まで頑張ってたんだね。すごい、ほんとすごいです。

 そして『Double Rainbow』がさらにすごいところは、待望のラブソングだということ。誰かのことを想うラブバラードだと言うこと。
 僕はまだきっちりと詩を吟味していないが(英語が結構多いんだ。綺麗な音の流れをしている英語が多いんだ)、印象に残ったフレーズがある。
 それは「横顔」という言葉があったこと。

 キラリ☆

 僕はその「横顔」というフレーズを聴いて、思い出した詩がある。
 それは、『倉木麻衣さんと歩く蒼い詩人たちの会』のメモ帳さんの詩だ。
 今は過去ログになってしまっているので、掲示板の上にある「サーチ」というところで検索しないと出てこない。検索の仕方は、「サーチ」で「横顔」という言葉を調べるのだが、右のところは「過去ログ」に絞らないと出てこない。
 そうして、検索すると1つ出てくる詩がある。それがメモ帳さんの詩。『上』という詩だ。
 全部コピーさせていただこうと思ったのだが、やはり自分で調べて全体を読んでほしいので、ここには「横顔」という言葉が入っている行だけコピーさせていただく。

 〈君の横顔が見れなかったかもしれないから。〉

 うーん、深い。他の行が書いていないから、余計想像が膨らむ(すみません、メモ帳さん、勝手に引っ張ってきて)。

 で、メモ帳さんが描く「横顔」と倉木さんが描く「横顔」。
 どちらも同じ「横顔」なんだけど、どちらも「横顔」がメインになっている詩ではない。
 なぜ横顔なのか、なぜ横顔が出てくるのか。今はどこにいるのか。横顔を見ているのは誰なのか。なぜ横顔を見るのか。横顔を見るということはそこに誰かがいるのか。横顔を見る、それが印象に残る相手とは誰なのか。横顔を見ているということは、相手は前を向いているのか。何を見ているのか。景色をみているのか、心を見ているのか。それとも未来を、過去を見ているのか。
 「横顔」という言葉だけで、僕はどんどん、自分の心の奥深くに、自問自答しながら入っていくのである。
 こんなにも「横顔」という2文字に力があるとは思わなかった。それはまるで、今井美樹さんの『半袖』に匹敵するくらいの遠大な力を持っている。
 倉木さんがメモ帳さんの詩を参考にしてくれたとは、どうなんだろ?よくわからないが、僕の中ではメモ帳さんの詩と倉木さんの詩がシンクロナイズしている。ん?「シンクロナイズ」と書いたけど、どういう意味なんだ。

 シンクロナイズ〔synchronize〕(一)ほかのものに合わせて同時に起こ・る(す)こと。(二)〔映画で〕画面と音響とを一致させること。(三)〔写真で〕フラッシュの発光とシャッターの開く瞬間を一致させること。シンクロ。(『新明解国語辞典』第四版・三省堂刊より)

 なるほど。シンクロナイズしているのである。
 そう、メモ帳さんの詩と倉木さんの詩は、シンクロナイズしているのである。
 いや待てよ。シンクロナイズしているのではなく、ユニゾンしているのかもしれない。ん?「ユニゾン」ってどういう意味なのだ。

 オーノー。

 「ユニセフ」は載っていたけど、その次は「ユニット」に飛んでいるぞ。『新明解国語辞典』第四版さん、どうしたのだ。古すぎるのか。1989年11月11月第1刷発行。
 古い。確かに古い。だから載っていないのかもしれない。ま、いい。「ユニゾン」はあきらめて、「ユニット」にする。

 メモ帳さんの詩と倉木さんの詩はユニットしているのである。
 ん?なんかへん。

 ユニット〔unit=単位〕(一)単独使用も可能だが、幾つか組み合わせても使えるように作ってあること。(二)〔教育で〕単元。(『新明解国語辞典』第四版・三省堂刊より)

 オー。ユニットでもいいではないか。
 メモ帳さんの詩と倉木さんの詩は、単独使用も可能だが、一緒に組み合わせても使えるのだ。
 ああ、こうして日本語の単語を覚えていくのね。お陰で辞書は汚く汚くなっていく。

 (結論)
 メモ帳さんの詩と倉木さんの詩は、ユニットでシンクロナイズしているのである。

 我ながら見事な結論だ。自分の中でも独創、いや独走しているぞ。誰か止めてくれ。

   ●

 ふー。
 なんかメモ帳さんの詩を茶化してしまう流れになってしまった。
 いえいえメモ帳さん、そんなつもりはなかったんですよ。
 ほんとに。僕の心をとらえて離さなかったんですから。
 そうか、こういう見方もあったのだ、とすごく感心してたのですよ。
 僕の心の世界が広がったのですよ。
 信じてぇ〜、メモ帳さーん。

   ●

 とにかく、倉木麻衣さんの『Double Rainbow』はすごい。
 もし、隣りに泣いている彼女がいるのならこうしよう。
 もし悩んでいる彼がいるのならこうしよう。

 そっとカバンからウォークマンを出そう。
 そしてヘッドホンをかけてあげるのだ。
 流してみなよ、そこで『Double Rainbow』を。
 きっと、彼女や彼はこの歌を歌っている人が倉木さんだとは気づくまい。
 けどきっと、あなたの気持ちには気づいてくれるよ。
 一緒に、ってさ。

   ●

 ぶるぶる。

 ちょっとサブかったです。すんません。
 しかし、そんなクサイ言葉もどんどん溢れてくる『Double Rainbow』なのだ。『Stand Up』を目当てにマキシシングルを買ったのに、いつの間にか『Double Rainbow』が、CDプレーヤーのなかでエンドレスでかかっているという状況になる。そんな人が続出しそうだ。
 今回は両A面ではないのに、『Double Rainbow』がバンバンリクエストされそうな気がする。
 すごい、すごすぎる。
 でも、あまりドラマチックな曲ではないよ。
 でもいいのよ。ほんとにいいのよ。
 騙されたと思って、レンタルしてよ。絶対に買いたくなるから。

 ああ、どうしよう。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に今まで以上に女性の方の書き込みが増えそうだ。
 諸君、どうする。どうすればいいのだ。止められない。誰も、止められないのだ。
 『Stand Up』発売日以降の日本の状況を見たくなければ、お願いするしかない。倉木さんのCD会社のGIZAさんに、「発売しないで」とお願いするしかない。しかし、今では製造が終わっているだろうから、J-DICKさんの方だろうか。何にしても、『Stand Up』が発売されると、一変するぞ。日本人の意識は一変する。
 どうすればいいのだ。そんな日本になっていいのか。衝撃は『Love, Day After Tomorrow』だけで充分だったのではなかったのか。

 ああ、アルバム『delicious way』が聴きたくなるぞ。
 誰か、誰か、誰か『Double Rainbow』が発売されるのを止めてくれ〜。

   ●

 ふー。
 ここまで煽っても、まだ煽り足らないくらい『Double Rainbow』はいいです。
 倉木さん、ほんと、あんたはすごい。
 そら、誰も彼もが、作った曲をあなたに歌ってほしくなるはずやわ。
 僕が曲を作れたら、あなたに歌ってほしくなるくらいだ。

 どんなふうに歌ってくれるかな、と作曲家さんは倉木さんに曲を渡し、想像を越える回答を詩だけではなく、歌唱で返す。作曲家さんと倉木さんのバトルが、みんなの知らないところで繰り返されてるんやね。

 これはほんと、全盛期の山口百恵さんや松田聖子さんと同じである。歌手と作家の壮絶な火花が見えた。いつも見えていた。そんなことを僕は今、じん、じん感〜じ〜て〜る〜。
 すみません、これはWinkさんの曲でした。

 とにかくとにかく、今までは倉木さんの詩に焦点を当てていたが、再び歌唱に話題が集中する曲だと思う。

 『Double Rainbow』は素晴らしい。

2001年4月14日(土)
 宇多田ヒカルさんのアルバム『Distance』を買った。中古で。
 1枚2,280円(税別)。

 こういう現実をちゃんと見た方がいい。
 倉木麻衣さんのCDだけがまとめ買いされ、すぐに中古で発売されている、と未だにいろんなところで言っている人がいるみたいだが、ちゃんと現実を見た方がいい。倉木さんのCDだけがそんなことになっていると言うのなら、僕が今日買った宇多田さんの中古CDは何なのであるか。これは嘘か。これは幻か。おお、消える、消えていくぞ。ほんなアホな。
 しかも、それは宇多田さんだけではないぞ。宇多田さんのアルバムは2枚、浜崎あゆみさんは3枚、m-floさんのアルバムも先週3枚ほど出ていた。
 そういうルートはどの歌手でも存在しているのである。
 だから、「倉木さんのCDは…」と、倉木さんをおとしめたい人はこれからもいろんなところで言うだろう。が、そんな人には「知ってるよ」って鼻で笑ってあげよう。「特別に倉木さんだけに関心をもってくれてありがとう」ってね。「CDショップ調査、ご苦労さん」ってね。
 台湾で製造された宇多田さんの『Distance』も、発売直後に大阪の心斎橋筋にある書店・丸善さん(地下鉄本町駅に近い方)の前で売っていたのであるよ(こっちは2,600円くらいの値段が書かれていたような気がする)。

   ●

 今日は『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページを微妙に変更。
 今まで「枠」がついていたのだが、その枠をすべてとった。
 枠があるとごちゃごちゃしているように思っていた。しかし、昨日、宇多田さんのオフィシャルページを見ていて、「あ、こういう方法で表の周りの枠をとっているのか」と気づいた。
 いまだに僕はHTMLの文法がほとんどわからないが、門前の小僧であるね。何回も見ていると、いつか気づくものだ。

   ●

 今日は、国立国会図書館さん、鹿児島県立図書館さん、兵庫県立図書館さん、そして、青森県立図書館さんから届いたよ通知をいただく。
 なかでも青森県立図書館さんは封書。切手代も80円のものが貼ってある。なおかつ中にはいっている紙には、お礼の言葉だけではなく、館長さんのハンコまで押して、3つ折りにまでされている。ここまで丁寧な「届いたよ連絡」をいただいたのは初めて。びっくり。なんかこういう丁寧なことをされると、それだけで、青森県立図書館さんは、きめ細かいところまで気配りができている図書館さんなんだろうなぁ、と思ってしまう。
 みなさん、ご連絡どうもありがとうございます。

   ●

 昨日は、倉木麻衣さんのカップリング曲『Double Rainbow』をあまりにも誉めすぎた。
 普通の曲、普通の曲。一般大衆である僕が聴くと、「大人の曲じゃん」って思うが、普通の曲だ。倉木麻衣さんに曲にしては普通の曲だ。当然の曲だ。

 と言って、何とか明日が発売日にならないかという自分の気持ちをごまかしておこう。

   ●

 若葉が繁り、完璧にスカパーが受信できないようになったようだ。
 これで、『Mai-K TV』さんとも冬までお別れね。
 倉木さん、頑張ってね。

 で、近くのレンタルビデオ屋さん『MOVE』に寄り、『海の上のピアニスト』を借りてくる。
 最近、ことあるごとに倉木さんがお薦めしている映画だ。
 何がいったい、この映画のどこにいったい、倉木さんは感じるものがあったのだろうか。125分。じっくり観るとするか。

2001年4月15日(日)
 関東のラジオ番組に倉木麻衣さんが出演したものが続々と放送されている。
 僕が運よく聞けた番組で、今、印象に残っていることを書いておこう。

 ・ゴスペラーズさんの『永遠に』が気に入っている。
 ・『Suand Up』のデモテープをもらった時は、初めイメージが違うなと思った。
 ・好きな人を俳優で例えると、ジャッキー・チェンさん。
 ・倉木さんの曲である『NEVER GONNA GIVE YOU UP』のことを話した時、曲名を「ネバゴナ」と略していた。
 ・新曲の話の時にも「買って下さい」とは言わなかった。
 ・倉木さんの部屋にはテレビがあり、真ん中にはソファーがある。
 ・しかし、曲の詩を書くときは机に向かい、「詩を書くぞ」と集中して書く。
 ・詩ができた時、気づくと朝になっていたこともある。その日はそのまま学校へ。
 ・カップリング曲の『Double Rainbow』のかかっている。

 そんなところか。
 それぞれ話の一部だけを僕の言葉で書いているので、聞いていない人が読むとえらい誤解をされるかもしれないな。しかし、いつか僕が思い出す時のために、記録しておくことにしよう。

   ●

 今朝というか、昨晩というか、毎日テレビさんの『CDTV』に愛内里菜さんがテレビ初登場。
 実際にはもうすでに『HIP POP』さんとかでライブ風景が結構映っていたりするのだが、全国版のメジャーな番組では初、ということか。
 愛内さんは一生懸命歌っているように見えた。
 その割に気迫のようなものが伝わってこなかった。これは、歌声がCDか、CDのような事前に収録されたものが流されていたからだろうか。僕にはあれが、あの場で歌われた歌声には聞こえなかった。

 倉木さんも、今後、テレビに出ることがあるだろう。
 そんな時には、ヘタでも、歌詩を間違えても、その場で歌っている声を聴かせてほしい。CDとイメージが違っても、テレビはテレビとして僕らは聴くことができる。テレビでの臨場感とその場の気迫は、CDで味わっているライブ感とはまた違うもの。僕らは、テレビでCDの音を聴きたいと思っているのではない。そのようなことを思っているのなら、テレビは見ないだろう。テレビでCDが聴けるとわかっていれば、CDは買わないだろう。
 僕らがテレビ出演に期待することがあるとするならば、テレビ出演ならではの臨場感とその場の気迫をどれほど感じられるかどうかであろう。
 失敗してもいいではないか。
 足して引いて、その結果、テレビ出演は成功か失敗かということを僕らは求めない。
 テレビに出て、その場の雰囲気を僕らがどれだけ感じることができるか、どれだけ僕らの心にリアルに響くか。そんなことを観たいと思う。

 だから、今回の愛内さんのテレビ出演はもったいなかった。
 プロモーションビデオを流しているのとあまりかわらなかったことが、実にもったいなかった。

2001年4月15日(日)-2
 映画『海の上のピアニスト』を観る。
 どうして、倉木麻衣さんはこの映画の話をよくするのだろう。

 悲しい話である。やり場のない気持ちがわいてくる。
 主人公のピアニストを倉木さんに当てはめて観ていくと、どうにもやりきれなくなってくる。

 以前、僕はある人に「頑張って。頑張って走っていってや。僕はいつも横についていくから。自転車でね」と言ったことがある。
 その時その人は「自転車でなんかついてこんといて。ついてきてくれるんやったら、一緒に走ってきてよ」と返された。
 僕は、その人の頑張り方が、尋常ではないスピードだろうと思ったので、僕は自転車に乗るしかついていけないと思ったのだが、「一緒に走ってきて」と言われればそうだ。ついていくには、一緒に走らなければ本当の苦しさなんてわからない。

 ピアニストはどう思っていたのだろう。
 日本の俳優の田口浩正さんのような、目の玉がチョロチョロ動く人の気持ちもわかる。その人が最後にピアニストにした行動も理解できる。
 でも僕は、そんな場面が目の前に訪れると、手を取りたいと思う。そして強引にピアニストの手を握り、引っ張っていきたいと思う。ピアニストの気持ちはわかる。けどピアニストの気持ちを無視しても、差し出していない手を握ってでも、一緒に船を降りたいと思う。そういうようなことができる人になりたいと思う。今はまだまだ、そんなことはできないかもしれないけれど、そういう行動ができる人になりたいと思う。

 強引に陸に降ろして、それからどうするか。
 そんなことはわからない。計画もない。都会にある無限の道も、どの道を行けばいいのかもわからないだろう。
 そんな時に判断に迷って格好悪いところも見せるだろう。強引に陸に降ろしたピアニストに愛想を尽かれるかもしれない。でも、それでも、陸に降ろしてあげたいなぁ。もうそれは自分のエゴだけなんだけど。生きていなくちゃ、それから先の話ができないと思うから。

 『海の上のピアニスト』を観て、倉木さんが倉木さん自身をピアニストに当てはめて観ていたのではないかと想像する。
 だったら、僕らは、陸の世界を見せてあげたいと思う。陸ではこんなことがあるんだよ。こんな嫌なことも、こんないいこともあるんだよ、と見せてあげたいと思う。陸は「無限」のように思っても、実は88コの鍵盤があるピアノと一緒なんだよ。そういうことを見せてあげたいと思う。
 そうすれば、ピアニストである倉木さんが、陸に降りようとタラップを降り始めた時、陸のビルディングを観ても「無限」を感じることはないだろう。「よし」という気持ち一つで、タラップを最後まで降りきれるような気がする。

 『倉木麻衣ヒットカウンター』というホームページを続けているのも、そういう気持ちがあるからなんだろうなぁ。
 どこかで、倉木さんが見ていてくれたら、きっと「陸」は怖いものではないと思うのではないか。いや、逆に怖いものだと思っているかもしれない。けど、「怖いもの」はこういう「怖いもの」だということだけでもわかってくれそうな気がする。それがなにか「陸」の手がかりになるかもしれない。そう思いながら続けているんだろうな。

 なんかこの後もいろいろ考えてしまう映画だな。

 実は、昨日見始めたのだけど、コタツで寝ころびながら観たものだから、途中で寝てしまった。あー、こんな退屈な映画を倉木さんは薦めてくれていたのかと思ったが、今日最後まで見終わると、全然退屈な映画ではなかった。
 僕はビビアン・リーさんが出ている『哀愁』って映画で好きで、「あー、これが洋画なんだなぁ。淡々と進むストーリーの中に、こんなにいっぱい気持ちをこもっているなんて」と思ったことがある。「いい映画だった」という印象がずっと残っている映画だ。そんな『哀愁』と映画の「色」が似ているとも思った。昨日は寝たけど、今日は最後まで観てしまったのも、そんな「色」にいつしか気づいたからだと思う。
 たいしたエピソードもない。歓声を上げる場面も多くない。ドキドキする場面もない。でも、考えさせられる。そんな映画だった。

2001年4月15日(日)-3(おっと、「3」だった。しなぷすさんおおきにっす)
 おーのー。

 愛内里菜さんのファンの方から、昨日の日記で僕が「『CDTV』の映像は口パクしているのではないか」と書いているのでは、ということでメールをいただいた。
 で、メールを返信したのだが、なぜかアドレス間違いみたいでメールが戻ってきた。申し訳ないのですが、愛内さんのファンの方、こちらの日記で送らせていただいたメールを掲載しておきます。
 Psychoshockさんも、『チェッカーお試し掲示板』(229番の書き込み)で同じような指摘をしていただいています。そのことについての返事も、僕が送ろうとしたメールの中に少しは入っているかもしれないので、Psychoshockさんも読んでいただければうれしいです。

--------------------
 ○○○○○さん、どうもです。
 初めまして。

>で、OHHOさんは何故口パクだと思ったのでしょうか?
>OHHOさんの言う気迫とはどう言ったものでそれは誰を基準にしたものなのでしょうか?

とのことですが、僕は誰かを基準にして愛内さんのテレビ出演を見て感想を書いたのではありません。

 「口パク」がどうかは僕には本当のところはわかりません。しかし、愛内さんの今回のテレビ出演の時の感情を込めた動きを見ていると、聴こえてくる歌の方が、そこまでの感情が入っていないような気がしました。これは『HIP POP』とかで愛内さんのライブを見た時に感じたものとは違いました。『HIP POP』ではもっと「乱暴」と言ってもいいような迫力があったように思います。
 それがなぜか『CDTV』ではきれいにまとまり過ぎているように感じました。もし、『CDTV』で流れた歌が、その場で歌われたものであるなら、愛内さんは歌がうますぎる、ということだと思います。そして、それは、愛内さんにはもったいないことだ、と僕は思います。

 「口パク」であったのかどうかはわかりませんが、歌番組で「口パク」で歌うことが悪いことだとは思いません。機材等の関係や、完全なものを聴いて欲しい、という意図があれば、「口パク」でもいいと思います。ただ、僕の場合は、愛内さんの『HIP POP』でのライブ映像を見ていたので、もったいないと思いました。
 愛内さんなら、もっともっと迫力のある、こちらに鬼気迫るものを感じさせる歌い方ができていたと思います。映像だけを見ると、鬼気迫るもの、気迫を感じます。しかし、歌だけを聴くとそこまで感じることができませんでした。

 だから僕はあのような感想を書きました。
 ということで、うまく伝えられたかどうかはわからないのですが、○○○○○さん、僕が思ったのは、このようなことでした。

   オッホ・田熊孝浩
--------------------

 ということです。
 ○○○○○さん、申し訳ないですが、もう一度メールアドレスを教えていただけませんか。

 で、あと一つ。
 Psychoshockさんの『チェッカーお試し掲示板』(同じく229番の書き込み)で、宇多田ヒカルさんの中古CDのことについて次のような指摘もいただいています。

>それから、宇多田ヒカルのアルバムを中古で買った、と強調されるのはちょっと嫌味に感じます。
>まるで「宇多田のアルバムなんて中古で十分」と仰っているようで。もちろん田熊さんがヒカル嬢を嫌っていないということは承知しているのですが。
>世間の誰もが倉木さんに対して誤った認識を持っているなら誤解を解くことも大事でしょうが、アンチの言いがかりなんて放っておけばいいと思うんですけど・・・

>倉木さんへの絶賛とあまりに対照的なので、ちょっと気になってしまいました。

とのこと。
 了解です、Psychoshockさん。
 どうしても、この日記を見ている人の中には、いいがかりをつけたいアンチさんたちも見てるなぁ、と思ってしまうんですよね。そして、そのアンチさんたちが流す情報に振り回されてしまう普通のファンの人の顔も想像できてしまったりします。そんな条件反射が、いつも僕の中にあります。
 だから、ピピピと「何か起きそうだな」と感じる時があって、そんな時は、先に手を打とうと思ったりします。
 この気持ちは穏やかになるまで、当分続くと思うので、申し訳なのですが、僕の中で「ピピピ」と思わなくなるまで、あきらめていただくほかないようです。

 で、一つ宇多田ヒカルさんのCDにつけ足して言うなら、宇多田さんのファーストアルバムの『First Love』は僕は2枚買ったのですよ、ということを書いておきましょう。で、1枚はある人にプレゼントしたのですが、「もう持っている」と言われてしまったのですね。
 うーん、売れているCDをあげるのは難しい。
 プレゼントする前に聞けばいいんだけど、聞いたらプレゼントとして驚かす意味がなくなってしまいます。
 この前、FM802さんで、DJのヒロトさんが結婚情報誌『ゼグシィ』さん提供のコーナーで、「女性に指輪を贈るときに、指のサイズを聞くのは難しい」とおっしゃっていました。それと同じようなことを感じます。指のサイズを聞くと、「あ、指輪をくれようとしているのだ」と思われてしまうので、指輪をもらってくれるだろう人の喜びが半減するというか、「指のサイズは?」と聞いた時に「そんなのいらん」と断られてしまうかもしれない。どっちにしても、事前に聞くのは、結構難しいなぁ、と思います。
 だから、事前に聞くことができずに、一発勝負に出ている人たちの気持ちをどうかわかってにょろよ。いつもあさっての方向を見ているにょろよ。て、時もあったねぇ、しなぷすさん。

 と話はそれましたが、Psychoshockさん、僕が改められるかどうかわからないのですが、了解いたしました。

   ●

 で、同じ、『チェッカーお試し掲示板』のしなぷすさん(228番)とメモ帳さん(230番)へ。
 スカパーのアンテナのことなんですが、そうデカイ木ではないのですが、アンテナがついているベランダのちょっと前に木があります。で、その木の幹はたいして太くはないのですが、葉が茂るところがちょうど衛星の角度になっているみたいです。だから風が吹いた時に、10分に1回くらい2、3秒画面がつく時があります。
 アンテナをつける段階で、「住所を聞いた時から、ここは無理と思ってたんです」と電気屋さんに言われていました。だから、ああ、その時がきたのかという、「まあ、しゃあない」という気持ちだったりします。
 でも、実は、自分ではあきらめていながらも、まだ何とかなるのでは、という気持ちもあったりするのですねぇ。あさましいですねぇ。
 で、今日は、今ベランダの右端についているアンテナを、左端に移動させてみようと試みました。しかし、アンテナをはずすためにネジをゆるめる段階で挫折。右端にアンテナを設置してくれた電気屋さんがあまりにもかたくネジをしめてくれてたもんで、ダイソーで100円で買ったペンチの方が曲がってしまったとさ。とほ。
 ですので、左端につければ、うまく見えるようになるかもわからないので、また週末にでも今度は丈夫なペンチを買って試してみます。

2001年4月16日(月)
 びっくりした。
 歌手の河島英五さんがなくなった。
 結構ショックかもしれない。
 20年近く前、大阪の厚生年金会館の南側の公園で、ギターを弾いて練習をしていた。
 僕は誰のコンサートを観るためにそこに行っていたのだろう。永井龍雲さんのだろうか。
 そんなことは忘れてしまっても、誰も観客のいない公園で、一人ブランコの周りにある柵に座りながら、河島さんが歌っていたような記憶がある(ブランコの柵じゃなかったかな。藤棚の前の切り株の形をしたセメントでできた椅子だったかな)。
 歌が終わると、遠くで見ていた僕らの何人かが拍手をした。
 照れながら、河島さんはおじきをしてくれた。

 何か、笑福亭鶴瓶さんが大泣きしてそうだなぁ。
 河島英五さん、鶴瓶さん、新野新さん、原田伸郎さん、角淳一さん、…。そんな人たちっていうのは、大阪に住んでいた僕にとっては、“SMAP”みたいなものだった。次何をしてくれるか、ずっとワクワクしていた。みんな仲がいいことに憧れてたなぁ。

2001年4月16日(月)-2
 今日も嬉しいメールをもらってニコニコ。
 河島英五さんには申し訳ないのですが、ニコニコ顔に変わってしまいました。

 倉木さんに負けないように頑張っている人ってのは、いいなぁ。力をもらえる。
 いつも僕らは応援してますからね。

   ●

 でも、一つショックなことは、さっき、ようやく『Stand Up』の予約をしてきたのだけど、大阪・天六にあるTSUTAYAさん(おーのー、「TYUTAYA」さんではないよ。メモ帳さん、おおきにっす)には、『Stand Up』の予約カードが置いてなかった。「注文になります」とのこと。
 うーん、もうそんな冷たい目で見られているのね。TSUTAYAさん(同じく「TYUTAYA」さんではありません。メモ帳さん、おおきにっす)、覚えてろよ。目にものみせてやるからね。

 明日はついに、『Stand Up』のフライング発売日です。
 お昼に買いにいくぞー。
 明日の夜は飲み会だぞー。
 いつ聴くんだぞー。
 CDの入ったカバンをこんどは落としたら、また罰金とられてしまうぞー。と思ったら、明日はレンタルCDじゃなかった。自分で買うんだった。安心安心。
 ってことで、NHK-FMさんの『ミュージックスクエア』を聴くのであった。

2001年4月18日(水)
 はぁー。
 焼き肉をたらふく食べてたら、昨日は日記を書けなかったずら。

 それにしても、昨日初めて行った焼き肉屋さんはうまかった。最近できたお店なのだが、肉の量は多いは、味はうまいは、言うことなし。その上、開店セールだったので、ビールは1杯100円。3人でお腹が動かなくなるくらい食べて8,000円。奥さん信じられます?
 場所を書いておこう。
 大阪・地下鉄天神橋筋六丁目駅の10番出口を上がると、CDショップのTSUTAYAさんがある。
 そうだ!メモ帳さんに指摘されていたのだった。
 おーのー。
 「TYUTAYA」さんではなかったよー。TSUTAYAさんだったよー(と、『OHHOの掲示板』のれのさんにもコソッと伝えておこう)。

 で、TSUTAYAさんは四つ角の角っこにあるのだが、そこを地下鉄の出口を上がったまま真っ直ぐ南に向かって歩く。横断歩道は渡らない。そうするとすぐ右に細い道がある。そこにはもう看板が立っていると思うが、右に曲がるとすぐそこが焼き肉屋さん。
 「佐賀牛 三味亭」。お店の名前はそんな感じだったような気がする。
 塩タンも、2人前で大皿にたんまりと出てくるのだ。ジュルジュル焼いて、レモンの汁をしぼった小皿にのせて、ハグハグ食べるのだ。
 あー、今度は誰か連れていってくれ〜。

 でも、よく考えると、昨日は待望のもんじゃ焼きを食べに行こうとしたのだ。で、お店の前までいったのだが、なんと定休日。誰だ、定休日は水曜とか木曜と言っていた人は。

 そういえば、この天神橋筋六丁目周辺には焼き肉屋さんが結構あったりする。近くには1,880円で食べ放題の店もある。
 だから、昨日のお店は味がよくて、量が多くて、安かったのかな?
 とにかくこのままの形で長く続いてくれることを祈る。

   ●

 「祈る」と言えば、祈っていたオリコンさんのデイリーの結果が出る。
 倉木麻衣さんの『Stand Up』も初登場する。
 結果は、「2位」。

 うー、惜しい。
 1位は嵐さんだった。残念、残念、残念だー。

 『「Stand Up」をオリコン初登場1位にする』の掲示板で目標としているのは、ウィークリーの方だが、昨日で1位を取れないと結構厳しい。
 僕はもう昨日CDを買ってしまったので、まだ買っていない人たちがあと6日以内に買ってもらうことを祈るしかない。
 今日はFM802さんが、発売日を知らせてくれるためか、はたまた偶然か、いくつかの番組でトップにかけてくれていた(のだよ、倉木さん)。そしてこの『ヒットカウンター』だけでなく、他の倉木さんのファンサイトでも「1位にしよう」と言ってくれている人たちがいる(のだよ、倉木さん)。
 あと6日。
 神様、お願い。

 でも、よく考えると、すごいことだ。
 「2位」って、『Love, Day After Tomorrow』の最高位と同じだもんね。

 でも神様、お願い。ちょっとだけサービスしてぇ〜。

   ●

 あ、そうだ。

 れのさーん。
 僕の家には昨日倉木さんのファンクラブさんから何かが届いたようですよ〜(誰もいなかったので、日通運輸さんには2回きてもらったのに、受け取ることができませんでした)。

 それにしても、ドンピシャの日程で送ってくれるとは。
 届いて内容を確認したら、またファンクラブさんにメールしーとこっ。

   ●

 そうだ。すっかり忘れていた。
 今日は、毎日コミュニケーションズさん発行の総合情報誌『iモードファン』の発売日だった。
 ヒットカウンターのiモードの方の『倉木麻衣ヒットi』が載っているかもしれないのだった。帰りに本屋さんに寄ってからかーえろっと。

2001年4月18日(水)-2
 図書館さんから「届いたよ」ハガキがきている。
 貝塚市民図書館さん、県立長野図書館さん、西東京市中央図書館(田無市立中央図書館さん改め)さん、茨木市立庄栄図書館さん、東京都北区中央図書館さん、神奈川県立図書館さん、岩手県立図書館さん。
 みなさん、どうもありがとうございます。これからどうぞよろしくです。
 こちらの図書館さんのお近くにお住まいの方は、一度「音楽」の棚をのぞいてやって下さいね。

2001年4月19日(木)
 久しぶりに会社でコオさんと言い合う。というか一方的に僕がキレまくる。

 新聞とかで、17歳がよくキレるとか載っているが、もっと年取ったヤツラも同じ。なんでキレるのか、そこを考えないと、キレる理由は、年齢が「17歳」だから、それだけになってしまう。。
 僕の場合、何でキレるのかというと、勝手に相手に期待してしまうからだ。期待の割合が大きいほど、裏切られたとか、がっかりしたとか思ってしまう。
 でも、僕の場合、そういう経験が今までに数知れずある。ことあるごとにキレている。キレるというより、自分からキレようとしている感じが最近特に強くなってきている。
 「まだ期待できる」「まだ信じよう」と思い続けていると、取り返しのつかないことになる。ずっと前の僕はそうだったもんね。ずっと期待してて、念力を送ってて、でも通じないといきなりキレてしまう。それでいろんな人に迷惑をかけました。池ヤンもその被害者やってんやろな。

   ●

 小林よしのりさんの『ゴーマニズム宣言』の単行本を全部読んだ。
 世間の出来事は、上辺だけじゃなく、その出来事のきかっけとなっているのは何かをさらに考えるようになっている。
 例えば、話題の『新しい歴史教科書』のこと。
 中国から抗議があって、中国が言う通りにしよう、という人たちが日本にいるのはなぜか、ということも考えてみる。そうすると、核兵器を持っているのは、アメリカだけじゃないことに気づく。核兵器を持っている国は、アメリカだけではなく、中国も持っているのである。
 中国の言う通りに、教科書を自虐的にしようとする人や、台湾の李登輝さんにピザを発給させないようにしようとする人は、中国から核兵器を撃ち込まれないようにしようとしているのかな。戦争が起こらないように、なんとかご機嫌をとろうとしているのかな。
 でも、そんなことを考えていると、戦争というものは、自分は自分、自分の国は自分の国で治めるという、当たり前のことを越えたことが原因で起こってしまうのではないかと思った。自分の国の都合のいいように、他国の教科書を変更せよと干渉する。そんな他国への干渉が、次第に干渉された国には、恨みが積もることになる。そしていつかは日本という国がキレてしまうのではないか。
 中国にご機嫌をとり、謝罪して、戦争を避ける。それだけではだめなような気がする。ご機嫌をとる分、中国は納得するだろうけど、僕らの国の中には、不平や不満がたまる。適度に「それは内政干渉だ」と自分の主張をはっきり言い、国が僕らのやり場のない憤りを発散させていかないと、逆に、不平・不満尾エネルギーがたまるのではないか。そしてそれが、戦争への扉を一気に開いてしまうのではないか。そんな気がした。
 日本の外務大臣は、中国だけでなく、日本の中に不平・不満がたまっていることを感じているのかな。どうしようもなく、自分でコントロールが効かないくらいに、いつキレるかもしれないエネルギーがたまっていっていることに、気づいているのかな。

   ●

 『倉木麻衣さんへの掲示板』で、『ゲンダイ』さんが報道した、倉木さんの入学式についてのバッシング記事の話題がある。何回か下がっては、返信がつき、いつの間にか、上にあがってきているものだ。
 なんで今頃?という疑問からぐらすさんが推測していたように、僕もなんで今頃?と思う。そこから、僕にもゲンダイさんの思惑が感じられた。
 これは倉木さんをバッシングすることが目的の記事ではない。
 倉木さんをバッシングするのが目的ではなく、他に目的がある。入学式から何日も経ってから記事にしたということ。その事実だけでも、入学式のバッシングの記事ではないのだ。
 この記事は、ゲンダイさんが倉木さんへの今後の取材をしやすくするための記事なのである。

 なぜか。

 ゲンダイさんは倉木さんが大学に入ると、取材がしやすくなると思っていたのではないか。しかし、大学側のガードが堅くて思うようにならない。だったら、取材をしやすくさせるためにはどうすればいいか。
 それは、堅いガードをなくせばいい。ガードを緩めればいいのだ。
 そもそも、ガードが堅い出発点は何だ。その出発点であり象徴は入学式ではないか。取材に対してガードが堅いということを訴えるには、あの入学式を取り上げるのが一番早道だ。
 まずは、入学式のガードが堅いことを取り上げよう。それは「悪いことだ」と結論づけなくてはならない。根拠がいるぞ。証人がいる。入学式で困った人はだれだ。近所のおばさんか。入学生か。そうだ、親だ。入学生の親だ。確か入学生の親は、同伴者が一人しか入れないと言っていたぞ。両親2人が入学式に参列したい親がどこかにいるはずだ。いただろ、思い出せ。探せ、探せ。
 あー、入学式からどんどん日が経っていくぞ。このままじゃ、みんなに忘れられるぞ。もうオリエンテーションも始まっているじゃないか。見つかったか。ああ、今頃、入学式に不満を持っている人が見つかっても仕方ない。倉木さんと一緒に授業を受けている人たちの不満の声はないのか。出てこないのか。無理矢理にでも出せ。時間がないぞ。もう入学式からだいぶ日が経ったぞ。授業を一緒に受けている人たちの不満が出てこないなら、あきらめるか。仕方がない。入学式一本でいこう。とりあえず、目的は、大学側のガードを緩めることだ。そのためには、古い出来事だが、入学式のことを記事にしよう。これなら子供を持つ親の同情はかえるはずだ。ええい、入学式から1週間以上経っていても構うものか。まだ10日は経っていないではないか。取材へのガードも緩くなればいいのだ。倉木麻衣よ、待っていろよ。プライベートな写真をバンバン撮って、お前の素顔をさらしてやるぜ。うひひひひ。

 とゲンダイさんが笑ったかどうかはわからない。そして、こんなことを誰かがしゃべっていたわけはないだろう。これは全部、僕の屁理屈、推測、勝手な妄想。こんなことを『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込むと、いろんな人の迷惑になるから、この日記で書いておくのだ。
 けど、ゲンダイさんは、理由はどうであれ、大学生の保護者の立場に立ったのはいいが、ちょっと根本が歪んでしまったのよね。
 それは、自立していない大学生や、子供に甘い保護者を擁護してしまったってこと。

 僕は初め、ゲンダイさんが、倉木さんがガードされていることが悪い、だからバッシングしていると思った。けど、よく読むと、そのバッシングの根拠ってのが、

 〈同大学の入学式が行われた京都府立体育館には100人を超える報道陣が詰め掛けたが、まず驚いたのは新入生関係者の怒りの声。
 今年から、新入生1人につき1人の同伴者しか認められなくなったため、両親そろって子供の晴れ姿に立ち会うことができなくなってしまったからだ。 〉(『GENDAI NET』芸能情報2001年4月9日掲載「キャンパスに広がる倉木麻衣バッシングの嵐」より)

 あのあのあの、「子供の晴れ姿に立ち会うことができなくなってしまった」と、怒る親って。そんな親に肩を持つゲンダイって。

 ああ、情けない。
 僕や僕の同級生で、親が入学式についてきたヤツなんて一人もいなかったもんね。
 子供を甘やかす親。しかも、親についてきてと頼む大学生。倉木さんは入学式の時に大学側に守られているから「もう大人じゃないか。自立しろ」と怒られていると思ったのに、それを怒っていたのが、子供と一緒に入学式に出たいと言っている親だったとは。
 うーん、びっくり。

 そんなゲイダンさん。
 今日の記事には次のようなものが。

 〈新潟青陵大学教授の碓井真史氏(社会心理学)もこう指摘する。
「凶悪事件を起こす子供の父親にはパターンがあります。(1)仕事に没頭して子育ては母親任せ(2)子供に常に高いハードルを押し付けてプレッシャーをかけ続ける(3)子供が非行をしても“悪いのは社会や学校だ”と物分かりがよすぎる……など。いずれも若いころ学生運動にのめり込み、社会に出てからは“企業戦士”として競争にさらされてきた団塊の世代の父親が陥りやすいパターンと言えます」 〉(『GENDAI NET』話題の焦点2001年4月13日掲載より)

 なるほどなぁ。
 ゲンダイさんの主張は一貫しているなぁ。
 やっぱ、入学式は「母親任せ」にはしてはいけないのよね。でもこの入学式についている親は、「“悪いのは社会や学校だ”と物分かりがよすぎる」のでは?
 と思ったけど、さすが、ゲンダイさん。こんな親の不満は、「悪いのは社会や学校だ」とは言ってなくて、「悪いのは倉木麻衣だ」と言っているのよね。
 ごめんごめん、ゲンダイさん、やっぱ、あなたの主張は一貫しているワ。

 是非とも、これからもこの主張を続けてね。大学生は入学式に親を同行させるべきである、って。それからおまけに言うと、少年法で処罰する年齢は、大学入学できる年齢以上、20歳以上までに上げるべきである、と主張してもいいよ。大学生になっても、親の過保護が大事と主張している、誇り高きマスコミなんだからね。

 てなこって。

 倉木さんの大学さんは、今のガード体制を緩めてはいけない。緩めて事件が起きれば、例えば、誰かがケガでもすると、ゲンダイさんのバッシングだけではすまなくなるだろう。まして、ゲンダイさんの記者がその事件に巻き込まれたりすると、「なぜ、そんな緩い警備をしているのだ。倉木麻衣は芸能人である。特別に扱わないからこんな事件が起きるんだ」とバッシングし始めるのである。
 ゲンダイさんの詭弁に騙されてはいけない。
 ガードを緩めていい時はくる。誰もが、倉木さんはいつも学校にくる、とみんなに浸透した時に緩めればいいのだ。その時は、ゲンダイさんが倉木さんに興味がなくなっている時だろう。きっとその時はくるのだ。

2001年4月19日(木)-2
 久しぶりに会社でコオさんと言い合う。というか一方的に僕がキレまくる。

 新聞とかで、17歳がよくキレるとか載っているが、もっと年取ったヤツラも同じ。なんでキレるのか、そこを考えないと、キレる理由は、年齢が「17歳」だから、それだけになってしまう。。
 僕の場合、何でキレるのかというと、勝手に相手に期待してしまうからだ。期待の割合が大きいほど、裏切られたとか、がっかりしたとか思ってしまう。
 でも、僕の場合、そういう経験が今までに数知れずある。ことあるごとにキレている。キレるというより、自分からキレようとしている感じが最近特に強くなってきている。
 「まだ期待できる」「まだ信じよう」と思い続けていると、取り返しのつかないことになる。ずっと前の僕はそうだったもんね。ずっと期待してて、念力を送ってて、でも通じないといきなりキレてしまう。それでいろんな人に迷惑をかけました。池ヤンもその被害者やってんやろな。

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 小林よしのりさんの『ゴーマニズム宣言』の単行本を全部読んだ。
 世間の出来事は、上辺だけじゃなく、その出来事のきかっけとなっているのは何かをさらに考えるようになっている。
 例えば、話題の『新しい歴史教科書』のこと。
 中国から抗議があって、中国が言う通りにしよう、という人たちが日本にいるのはなぜか、ということも考えてみる。そうすると、核兵器を持っているのは、アメリカだけじゃないことに気づく。核兵器を持っている国は、アメリカだけではなく、中国も持っているのである。
 中国の言う通りに、教科書を自虐的にしようとする人や、台湾の李登輝さんにピザを発給させないようにしようとする人は、中国から核兵器を撃ち込まれないようにしようとしているのかな。戦争が起こらないように、なんとかご機嫌をとろうとしているのかな。
 でも、そんなことを考えていると、戦争というものは、自分は自分、自分の国は自分の国で治めるという、当たり前のことを越えたことが原因で起こってしまうのではないかと思った。自分の国の都合のいいように、他国の教科書を変更せよと干渉する。そんな他国への干渉が、次第に干渉された国には、恨みが積もることになる。そしていつかは日本という国がキレてしまうのではないか。
 中国にご機嫌をとり、謝罪して、戦争を避ける。それだけではだめなような気がする。ご機嫌をとる分、中国は納得するだろうけど、僕らの国の中には、不平や不満がたまる。適度に「それは内政干渉だ」と自分の主張をはっきり言い、国が僕らのやり場のない憤りを発散させていかないと、逆に、不平・不満尾エネルギーがたまるのではないか。そしてそれが、戦争への扉を一気に開いてしまうのではないか。そんな気がした。
 日本の外務大臣は、中国だけでなく、日本の中に不平・不満がたまっていることを感じているのかな。どうしようもなく、自分でコントロールが効かないくらいに、いつキレるかもしれないエネルギーがたまっていっていることに、気づいているのかな。

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 『倉木麻衣さんへの掲示板』で、『ゲンダイ』さんが報道した、倉木さんの入学式についてのバッシング記事の話題がある。何回か下がっては、返信がつき、いつの間にか、上にあがってきているものだ。
 なんで今頃?という疑問からぐらすさんが推測していたように、僕もなんで今頃?と思う。そこから、僕にもゲンダイさんの思惑が感じられた。
 これは倉木さんをバッシングすることが目的の記事ではない。
 倉木さんをバッシングするのが目的ではなく、他に目的がある。入学式から何日も経ってから記事にしたということ。その事実だけでも、入学式のバッシングの記事ではないのだ。
 この記事は、ゲンダイさんが倉木さんへの今後の取材をしやすくするための記事なのである。

 なぜか。

 ゲンダイさんは倉木さんが大学に入ると、取材がしやすくなると思っていたのではないか。しかし、大学側のガードが堅くて思うようにならない。だったら、取材をしやすくさせるためにはどうすればいいか。
 それは、堅いガードをなくせばいい。ガードを緩めればいいのだ。
 そもそも、ガードが堅い出発点は何だ。その出発点であり象徴は入学式ではないか。取材に対してガードが堅いということを訴えるには、あの入学式を取り上げるのが一番早道だ。
 まずは、入学式のガードが堅いことを取り上げよう。それは「悪いことだ」と結論づけなくてはならない。根拠がいるぞ。証人がいる。入学式で困った人はだれだ。近所のおばさんか。入学生か。そうだ、親だ。入学生の親だ。確か入学生の親は、同伴者が一人しか入れないと言っていたぞ。両親2人が入学式に参列したい親がどこかにいるはずだ。いただろ、思い出せ。探せ、探せ。
 あー、入学式からどんどん日が経っていくぞ。このままじゃ、みんなに忘れられるぞ。もうオリエンテーションも始まっているじゃないか。見つかったか。ああ、今頃、入学式に不満を持っている人が見つかっても仕方ない。倉木さんと一緒に授業を受けている人たちの不満の声はないのか。出てこないのか。無理矢理にでも出せ。時間がないぞ。もう入学式からだいぶ日が経ったぞ。授業を一緒に受けている人たちの不満が出てこないなら、あきらめるか。仕方がない。入学式一本でいこう。とりあえず、目的は、大学側のガードを緩めることだ。そのためには、古い出来事だが、入学式のことを記事にしよう。これなら子供を持つ親の同情はかえるはずだ。ええい、入学式から1週間以上経っていても構うものか。まだ10日は経っていないではないか。取材へのガードも緩くなればいいのだ。倉木麻衣よ、待っていろよ。プライベートな写真をバンバン撮って、お前の素顔をさらしてやるぜ。うひひひひ。

 とゲンダイさんが笑ったかどうかはわからない。そして、こんなことを誰かがしゃべっていたわけはないだろう。これは全部、僕の屁理屈、推測、勝手な妄想。こんなことを『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込むと、いろんな人の迷惑になるから、この日記で書いておくのだ。
 けど、ゲンダイさんは、理由はどうであれ、大学生の保護者の立場に立ったのはいいが、ちょっと根本が歪んでしまったのよね。
 それは、自立していない大学生や、子供に甘い保護者を擁護してしまったってこと。

 僕は初め、ゲンダイさんが、倉木さんがガードされていることが悪い、だからバッシングしていると思った。けど、よく読むと、そのバッシングの根拠ってのが、

 〈同大学の入学式が行われた京都府立体育館には100人を超える報道陣が詰め掛けたが、まず驚いたのは新入生関係者の怒りの声。
 今年から、新入生1人につき1人の同伴者しか認められなくなったため、両親そろって子供の晴れ姿に立ち会うことができなくなってしまったからだ。 〉(『GENDAI NET』芸能情報2001年4月9日掲載「キャンパスに広がる倉木麻衣バッシングの嵐」より)

 あのあのあの、「子供の晴れ姿に立ち会うことができなくなってしまった」と、怒る親って。そんな親に肩を持つゲンダイって。

 ああ、情けない。
 僕や僕の同級生で、親が入学式についてきたヤツなんて一人もいなかったもんね。
 子供を甘やかす親。しかも、親についてきてと頼む大学生。倉木さんは入学式の時に大学側に守られているから「もう大人じゃないか。自立しろ」と怒られていると思ったのに、それを怒っていたのが、子供と一緒に入学式に出たいと言っている親だったとは。
 うーん、びっくり。

 そんなゲイダンさん。
 今日の記事には次のようなものが。

 〈新潟青陵大学教授の碓井真史氏(社会心理学)もこう指摘する。
「凶悪事件を起こす子供の父親にはパターンがあります。(1)仕事に没頭して子育ては母親任せ(2)子供に常に高いハードルを押し付けてプレッシャーをかけ続ける(3)子供が非行をしても“悪いのは社会や学校だ”と物分かりがよすぎる……など。いずれも若いころ学生運動にのめり込み、社会に出てからは“企業戦士”として競争にさらされてきた団塊の世代の父親が陥りやすいパターンと言えます」 〉(『GENDAI NET』話題の焦点2001年4月13日掲載より)

 なるほどなぁ。
 ゲンダイさんの主張は一貫しているなぁ。
 やっぱ、入学式は「母親任せ」にはしてはいけないのよね。でもこの入学式についている親は、「“悪いのは社会や学校だ”と物分かりがよすぎる」のでは?
 と思ったけど、さすが、ゲンダイさん。こんな親の不満は、「悪いのは社会や学校だ」とは言ってなくて、「悪いのは倉木麻衣だ」と言っているのよね。
 ごめんごめん、ゲンダイさん、やっぱ、あなたの主張は一貫しているワ。

 是非とも、これからもこの主張を続けてね。大学生は入学式に親を同行させるべきである、って。それからおまけに言うと、少年法で処罰する年齢は、大学入学できる年齢以上、20歳以上までに上げるべきである、と主張してもいいよ。大学生になっても、親の過保護が大事と主張している、誇り高きマスコミなんだからね。

 てなこって。

 倉木さんの大学さんは、今のガード体制を緩めてはいけない。緩めて事件が起きれば、例えば、誰かがケガでもすると、ゲンダイさんのバッシングだけではすまなくなるだろう。まして、ゲンダイさんの記者がその事件に巻き込まれたりすると、「なぜ、そんな緩い警備をしているのだ。倉木麻衣は芸能人である。特別に扱わないからこんな事件が起きるんだ」とバッシングし始めるのである。
 ゲンダイさんの詭弁に騙されてはいけない。
 ガードを緩めていい時はくる。誰もが、倉木さんはいつも学校にくる、とみんなに浸透した時に緩めればいいのだ。その時は、ゲンダイさんが倉木さんに興味がなくなっている時だろう。きっとその時はくるのだ。

   ●

 それにしても、この一つの記事に対してもいろんな考え方があるなぁ。そんないろんな考え方を、みなさん、それぞれ正直に言ってくれるのはいいことだなぁ。

2001年4月20日(金)
 昨日、ケンちゃんが亡くなる。
 ケンちゃんとは、人ではなく、犬の名前だ。

 いいやつだった。
 そいつの親は男の人に懐かなかったと言われたのだが、僕には尻尾を振ってくれた。その子供のケンちゃんも、車で行くと、プルンプルンと尻尾を振り、犬小屋から出てきてくれた。
 会うたびに、家の裏の堤へ散歩に連れて行った。鎖を離し遠くまで走っていった時も、「ケンちゃん帰るで」と呼ぶとこっちへ走ってきてくれたもんな。いつかは、勢いよく僕の横を通り過ぎるので、どこへ行くと思ったら、僕の後ろに歩いていた散歩していた犬に飛びかかっていた。なんともう、小さい体に闘争本能いっぱいのやつだった。

 で、今日の夜、お通夜というか、最後のお別れに三重県の名張まで行った。
 ケンちゃんは、最近建て替えられた犬小屋が入っていたダンボールに納められていた。くるまれた毛布をめくり、顔を見ると、凛々しいいつもの顔だった。
 かっこいいやっちゃ。
 こんな顔をして亡くなりたいものだ。

 それにしても、僕の好きな人はいつも遠くへ行ってしまう。どしてなの?

2001年4月21日(土)
 猛烈な肩こり。

 『OHHO日記スペシャル-1 昔の『Baby I Like』疑惑について』というのを、奈良県警拷問課さんあてに書いていたら、猛烈に肩がこってきた。これって何? 2年に1回くらいしか肩こりってならないのだが、う、腕が上がらん。誰かもんでくれ〜。

 ってことで、未だに倉木さんの「全米デビュー」についていろんな尾ヒレのついた情報を信じている人がいるみたいなので、僕の知っていることをまとめてみた。それにしても、「デマ」を流すのは簡単で、「デマ」を否定するのはこれほど難しいとは。最後はやっぱり、一人一人の心が勝負になってくるな。信じれるか、信じれないか。そこだけになる。自分の心に疑いでいっぱいにしても、疲れるだけ。というか、それで世界が変わっていくのだろうかといつも思う。BOSEさんが『倉木麻衣さんへの掲示板』で書いてくれていたけれど、人に何かを伝えたい時は、信じていなくちゃ、伝えられない。「お前のことは信じてないけど」なんて心が丸見えだったら、なんで、そんなことを言うヤツのために、一生懸命しなければならんの?と思うわな。そういう人間関係の機微がわからない、心がお子ちゃまの人がいるんだもんな。というか、実際、小・中学生の人だったりするので、一つ一つ伝えていくしかないかなぁ。それにしても、道が遠すぎるし、長すぎるなぁ。疲れてくるなぁ。

 これは言っておこう。
 倉木麻衣さんのことを信じれない人は、無理にファンになっていらん。さっさとファンをやめなさい。ほとんどの信じれなくなった人たちは、じっと黙ってくれているぞ。裏切られた嫉妬に任せて、わざわざ足を引っ張る卑怯なことなんてしていない。もっと大人になれ!

 とりあえず、「全米デビュー」に対する疑問への僕の回答は次のページにあります。

 『OHHO日記スペシャル-1 昔の「Baby I Like」疑惑について』
 http://homepage1.nifty.com/ohho/nikki-sp/ohsp0001.html

2001年4月22日(日)
 倉木麻衣さんの『Stand Up』がオリコンさんのデイリーチャートで待望の1位。
 はぁー、ついに、ついに、ついに。
 とっても嬉しい。1位になったことを教えてくれた人おおきにっす。

 倉木さん、おめでとう!
 そして、応援しているファンのみなさん、おめでとう!

 一人一人の1枚1枚が重なって、1位になれたってこと、ほんと嬉しい。順位がすべてじゃないけど、こういう形になって出ると、素直に嬉しい。

 787Bさんが『倉木麻衣さんへの掲示板』で教えてくれたけど、倉木さんの詩のテーマが「信じる」から「素直」になってきているような気がする。今回の『Stand Up』のマキシシングルに入っている3曲は、まさにそうだもんね(歌詩の中にも「素直」という単語もあるしね)。
 倉木さんの曲をもっといろんな人に聴いてほしいと願って、聴いてくれたらきっと「いいね」と思ってもらえると信じて、オリコンのデイリー1位という結果になったら、素直に嬉しい。あー、流れがあるなぁ。いいなぁ。
 それもこれも、素直に喜べる、素直に楽しめる『Stand Up』を倉木さんが歌ってくれたからだろうなぁ。
 倉木さん、おおきにっす。

 この際、『Stand Up』を素直に楽しめない人はおいていくのだ。だけど、素直に楽しめるようになったら、素直に一緒に楽しむのだ。いつか気づいてくれる。それを信じているのだ。

2001年4月22日(日)-2
 2ch情報さん、どうもっす。
 あー、『倉木麻衣さんへの掲示板』の方は、やっぱり消されたのですね。
 しもた、もう返信してしまいました。

 で、つけたしです。
 アンチの人が嫌い、というより、アンチさんの言っていることと、言う時の偉そうなものの言い方が嫌いです。それで何が変わるのか、ただ足を引っ張っているだけじゃないか、と思えるからです。実際に足を引っ張りたいだけなんでしょうけどね。でも、そんなことを書き込んでいる時間があれば、もっと自分の伸ばしたいところを伸ばした方が、逆によっぽど、倉木さんたちを見返すことになると思うのになぁ、という感じです。
 で、ヲタって言う人は嫌いじゃないです。蔑称として「ヲタ」という呼び方をされてるのに、頑張っているのなぁ、と思います。その根底に、倉木さんが頑張ってくれれば、自分も頑張れる、っていう気持ちが見えるからかもしれません。だから応援するのだ、って感じでしょうか。僕は頑張る人も、応援する人も好きみたいです。そんな人たちを、僕は応援したいなぁ、と思っています。
 その逆に、倉木さんが頑張らなければ、自分は頑張れる、って人がアンチさんだと思うのですが、それはどうしても、僕にはネジれた考え方に思えて仕方ありません。ゆがんでいるというか、醜いというか。

 ということで、2ch情報さん、いいですか?
 お名前かえられた時は、教えて下さいね。

   ●

 またまた来たのことよ、HNは勘弁してちょ(笑)さん、どうもです。
 はう。そんなことを書いていたとは。ななな、情けない。
 ATOKぅ〜、しっかりしてくれよ〜。

 ということで、ご指摘おおきにっす。

   ●

 『OHHO・ダウンロード回数』のところで、『倉木さんに間に合うか』前半の方が100を越えてたみたい。
 今日現在、前半113、後半38。
 これはどうなのでしょ。早いのか、遅いのか。多いのか、少ないのか。
 とりあえず、インターネットでの出版は無料PDFではこんな感じということだけはわかる。今後のために、記録しておこう。

2001年4月22日(日)-3
 それにしても、何回聴いても、『Stand Up』『Double Rainbow』『YES or NO Continental Remix-(Radio Edit)』の3曲はいい。聴き返したくなる。
 あまりにも、「いい、いい」と僕らが言うものだから、レンタルで聴いた人が、ある人に歌い方がそっくりと言っているようだ。
 ふん。かまうものか。
 耳の形が僕らとは違うのだ。
 この3曲はいい。
 もしよくないところがあるとしたら、それは点数で言うと、100点満点で、100.1点とか、100.5点とか、そういうレベルの差でよくないのだ。
 倉木さんや、倉木さんのスタッフのみなさんは、惑わされることなく、このまま自分たちが気に入った歌、「いいね」と思った歌を作っていってほしいと思う。そして、その歌をCDという形にして、僕らに届けてほしいと思うのだ。今までのように、今までのやり方で。

 断固、倉木さんたちの今までの歌の作り方を、僕は支持する。

   ●

 といっても、やっぱ、スカパー見れないにょろ。
 ネジを回すモンキレンチを、押熊にあるオレンジタウンさんで買ってきたがダメだった。ああ、税別980円。ベランダの端から端までパラボラアンテナを持って移動しても、テレビの画面は静かに受信感度「000」のまま。
 でも、やーめた、と元の位置に戻し、ベランダの扉を閉めると、「ガガガー」って音が2、3秒聞こえたりするのよね。ちょっとの間の風のいたずら。ユサユサと若葉が揺れて、たまたま電波が届くだけなのだ。

 てことで、倉木さーん、さよほなら。

   ●

 『Double Rainbow』の「Rainbow」て、雨の「rain」が入った単語なんだね。

   ●

 『Stand Up』は突然終わる。プロモーションビデオも息を継ぐようなところで終わる。
 『Double Rainbow』の最後の息継ぎの音は、この2曲はつながりのある曲であると言っているようだ。
 この2曲のつながりは、まさにライブ感覚。2曲を続けて聞くと、ライブで2曲通して歌っくれた時のような錯覚におちいる。最後に息継ぎの音が入っていることによって、ライブ感覚の後味が残る作り方になっている。

   ●

 図書館さんから届いたよハガキが着ている。
 東京の立川市中央図書館さん、世田谷区中央図書館さん、町田市立図書館さん、岡山県総合文化センターさん。みなさん、連絡ありがとうございます。
 あ、3つの図書館さんは、東京なのですね。東京のみなさん、よろしくです。そして、岡山のみなさんもよろしくです。

   ●

 自民党の総裁選、地方の予備選で小泉純一郎さんが圧勝。
 しかし、こうなるとは。

 という「こうなるとは」というのは、予備選で圧勝しても、本選(というのかな?)では、橋本龍太郎さんが逆転すると思っていた。しかしここまで圧勝の勢いを見せつけられると、最終的に橋本さんが勝つ計算でも、物事は最終的なところまで進んでいかないのだな、と思った。無駄な勝負でも闘ってみるものだ。無理だと言われていることでもやってみるものだ。そこからこういうふうに道が開けてくることもあるのだな。加藤紘一さんの時も途中で止めずに進んでいったら、道が開けたかもな。いやいや、あそこで止めてしまったから、ここまで小泉さんに期待が集まったんだろうな。
 ま、何にしても、無理・無駄と、机の上であきらめている場合じゃないのだ。
 無理・無駄と思っていた倉木さんの『Stand Up』をオリコンさんで1位にするっていうのも、4月20日付のデイリーで1位になったしね(初登場じゃなかったけど)。

 それにしても、倉木さんのことを「落ち目落ち目」と煽りまくっていた人たちは、どう言い訳するんやろ。「TVCMをあんなけバンバン流したら、そら売れる」とでも言い出すんやろか。発売前に「あんなCMで売れない」「情けない」とさんざんコケにしていたのに、「あんなけ流したら売れる」と言い出すのだろうか。そんなことを言い出す人がいたら、僕は笑いすぎてアゴをはずしてしまうぞ。いや、薄ら寒くて風邪をひいてしまうかもしれへん。もうほんま、頭の中が分裂しているとしか言えへんもんな。
 やっぱ、そういう人ってのは、誰かに雇われているか、誰かに洗脳されて、倉木さんたちの足を引っ張りたい人なんやろね。こら、ファンでもないし、アンチでもない。自分の言っていることが支離滅裂でも、突っ走るんやからね。
 僕の日記は「屁理屈、屁理屈」とよく言われるが、その「屁理屈」にさえなくて「支離滅裂」だもんね。
 とほほ。同情するわ。

   ●

 それにしても、掲示板の書き込みを消していないのに、「消された」という人がまだいるのだなぁ。

 奈良県警拷問課さーん。奈良県警拷問課さんの分は、消してないですよ。
 と『会議室』の方の話題に触れておいて。

 それにしても、「消された」いう人は、「消された」と書く前に「消しましたか?」となぜ聞かないのだろう。「消された」と書かれた後に、「奥のページにある」と返事をしても、今までに「見つけました。疑ってすみません」と謝ってもらったことはない。一度もないのじゃないか。
 これって、体裁のいい、嫌がらせ?

 だから、申し訳ないけど、今のところ僕は、奈良県警拷問課さんの言い分は話半分で読んでいる。「消された」とだけ書いて、書き逃げするかどうか、申し訳ないけど、僕はあなたを次の書き込みを見ています。

 ということです、奈良県警拷問課さん。どうもです。

   ●

 ダイエーのリストラの話がNHKで特集されている。
 NHKスペシャル『ダイエー瀬戸際の改革』。

 絶対に辞めてはいけない。リストラで中高年の退職の募集があっても、絶対に応じてはいけない。

 僕の父は勤めた会社が二度倒産している。
 一度目は小さな町工場。個人経営みたいな工場だった。倒産したら経営再建することもなく、工場を閉めたと思う。僕は小さな頃だったので、あまり憶えていないが、今ではその場所は民家になっているようだ。
 二度目は前よりは大きな会社。従業員は100人くらいはいたのではないか。
 でも、不況で経営に息詰まり倒産。退職するか、給料が下がっても残るかの判断に父は迫られたようだ。父は結局、その会社に残る道を選んだ。
 給料も下がっただろう。生活も苦しくなっただろう。だけど、僕を大学まで行かせてくれ、その上、自宅でミニコミを作ることまで黙認してくれた。
 定年になる前に、父は糖尿病と肝硬変を患い、入院生活に入る。しかし、会社は再建されていたので、治療費の補助や、厚生年金の手続など、生活の面倒をきちっとみてくれた。同僚の方は、何回も病院に見舞いにきてくれていた。
 果たして、倒産した際、会社に残らずに、退職し別の会社に移っていたら、こんないい、入院しても生活に困ることがない状況になっていたかどうか。

 ダイエーを始め、マイカル、マツダと大量のリストラ社員を募集している。1日も経たない内に、定員がいっぱいになっるようだ。
 しかし今、退職に同意した人たちは、どういう現状になっているか。
 少し多くの退職金をもらえるということだけで退職に同意した人は、次にする仕事が決まっていない。もう退職の日までは有給休暇に入っているはずなのに、会社に出勤。家にいると「暇で暇で」と言いながら、仕事を手伝っているという。
 「このまま会社に残っても、最終的に退職金がもらえるかどうかわからない。今のうちなら、多くの退職金がもらえる」、そんな考えだけで退職に同意する人は、なんのためにリストラ社員を募集するのかに気づかない。リストラ社員を募集するのは、会社を再建するためだ。生き残るためなのだ。そこのところがわかっていない。というか、もう考えられないんだろうな。

 父だけじゃなく、僕の会社も2年ほど前に解散し、今は新会社になっている。
 解散する時、新会社にいこうと引き留めたけど、辞めた人はその後どうなったのか。
 価値観の違いがあるけど、僕は今の会社で続けたいな。残ってよかったな。ボーナスも出るようだしね。
 でも、実を言うと、僕には「給料をもらう」という感覚がない。欠如している。というのも、自分で会社を作っていた時は、3年間無給だったからだろうな。
 今、保険をいっぱいかけていても、家賃を払っていても、ちゃんとご飯を食べていける。そのことだけでもありがたい。けど、そんなだから、図書館へ献本するために発送料を10万円以上使っても、あんまり心底たいへんだと思いってないんだろうな。なんとかなる、と思ってられるんだろうな。迷惑をかけてるんだけどなぁ。
 でも、そういえば、無給の時ってのは、電車賃を節約するために、よく駅を2、3コ歩いたな。ほしい腕時計があって、その値段が1万円ちょっとして。でも買えなくて。何回、同じスーパーの時計売場の前を通ったか。そんなこともあったけな。

 てなこって、辞めてはいけないのだ。リストラ募集に手をあげてはいけないのだ。出るも地獄、残るも地獄。何かしたいことがあるってことなら話は別だが、何もしたいことがないなら、目先の多くの退職金を選んではいけない。残って地獄を見た方がいいと思う。もう一度1から始めるのと、土台があるのとでは大きく違う。1から始めると、今味わう苦労を、もう一度味わうことになるのだ。

 よく考えると、この考え方って、TVドラマ『俺たちの旅』のグズ六さんから教えてもらったことだったんだな。グズ六さん、バカだから、英語教材の訪問販売の会社に倒産するまで残ってたもんな。でも、残ってたから、みんなグズ六さんが好きだったんだな。

2001年4月23日(月)
 わー、嬉しい。
 奈良県警拷問課さん、ありがとうございます。そしてすみませんでした。僕はあなたを疑いました。もう二度と書き込んでくれない方じゃないかと、話半分で読んでました。お詫びします。ごめんなさい。

 で、『チェッカーお試し掲示板』に書いてくださっていたことです。

 〈えっと、Mai-Kを捜せ!って言う企画で
 何人か見つけることが出来たらしいということについてですが、
 何人の人がそれを調べたかにもよると思います。何人が調べたんですか?〉
などのことですが、これは僕にはわかりません。というか、すべてのことは、本当はわからなかったりします。
 FM大阪さんがおっしゃったこと、そしてアメリカで『Baby I Like』を売っているところを確認した人たち、…。全部本当かと言われれば、僕には確認できません。日本で売っていたのをもっていて、アメリカ風の建物のところで写真を撮ったかもしれません。それから、FM大阪さんがでっちあげた話かもしれません。
 また、実際僕がアメリカに行って売っているところを確認したとしても、その店がどういう店なのか、日本で売っているのを逆輸入しているのか、日本からきた誰かがたまたま持ち込んだものか。そんなことも確認できません。その上、僕が「確認した」と言っても、本当かどうか、信じてもらえるかどうか、それもまたわかりません。

 ほんと、「アメリカで売っていた?」ということだけでも、疑い出せばキリがなくなります。本当にキリがなくなります。
 で、結局、何を信じればいいかというと、信じられることなんて何もありません。信じただけ、嘘だった時に裏切られた気分になります。だから余計に信じなくなります。そうやってぐるぐると僕はメビウスの輪の中に入っていきます。

 奈良県警拷問課さん、僕は時々不思議に思います。
 倉木麻衣さんは、どうして『Simply Wonderful』を歌えたのだろうと。

 ♪疑えば疑うほど深みにはまっていく

と言っていた人が、最後には

 ♪誰よりも信じて 信じていなくちゃ

と言えるようになります。
 僕はそんな倉木さんがうらやましい。そんな倉木さんに追いつきたいです。年齢の関係から言うと、余裕で追い越していなくちゃいけないのですけどね。
 疑う気持ちを、信じる気持ちに変えていけたらいいなぁと思います。疑っていても「信じよう」という、愚直でバカな倉木さんの気持ちに近づけたらいいなと思います(倉木さん、どうもすみません)。『Simply Wonderful』を聴いた時からずっと、時々こんなことを思い出します。
 だから、ももじろうさんが、『納得できないなぁ・・・』と書かれるのも理解できます。というか、しようと思います。ももじろうさんが、ももじろうさんの考えで書いてくださっているのだから、と思います。僕の屁理屈とはまた別の屁理屈でも、ももじろうさんは正直に書いてくれていると信じます。

 しかし、信じられないことが多いです。ほんと多いです。未だに『倉木麻衣さんへの掲示板』に、いろんな人を困らせようという書き込みがあります。だいぶ前までは、「ごめんなさい」と率直に謝ってくれた人がいたのに、今では、ほんと書き逃げをする人が多くなっていると思います。そして、僕は信じられなくなり、奈良県警拷問課さんを疑ったりします。
 今回、奈良県警拷問課さんを疑ったことで、僕は「ああ、まだまだだ」とまた反省しました。これでは、『Simply Wonderful』の境地には到達できません。

 奈良県警拷問課さん、『Baby I Like』のことで、僕が知っていることは、あれがすべてです。奈良県警拷問課さんが、僕の知っていることで知らないことがあるのではないかと思い、おせっかいにも書いたのがあの日記です。
 ですので、もうあれ以上、僕にはお答えできることは何もありません。

 ですが、あと一点。

 〈けれど、一応少ない数でも買ってくれたアメリカの方は
 次のリリースを心待ちにしていると思うのですが、
 未だに次のシングルを発売しないのはどうなのでしょうか。〉

とのことですが、これは準備をしているみたいです。
 理由は、この前に届いたファンクラブさんの会報に「US盤のリリース」というようなことが書かれていたこととが一つあります。それからもう一つは、これまた倉木さんのあるファンサイトさんの書き込みからですが、去年、アルバム『delicious way』の発売のことがアナウンスされるずっと前に、ファーストアルバムは全編英語だ、ということが噂されていました。このもう一つのことは、本当かどうかは僕には全く裏付けはできないんですけど。

 あと、話は変わりますが、だいぶ前に、『倉木麻衣さんへの掲示板』に出た話で、『Love, Day After Tomorrow』の中国語版の製作が進んでいるとかいうこともありました。これは、雑誌の『CD Hits』さんか『CDデータ』さんに書かれていたことですが、この話はその雑誌に数行載っただけで、他のマスコミさんでは取り上げていないと思います。本当のところはどうなのかはわかりません。

 ということで、全然答えになってませんが、僕の答えられることは、この程度、ということで、ご了承いただければ幸いです。
 奈良県警拷問課さん、役には立ちませんが、これからもよろしくお願いします。

2001年4月23日(月)-2
 『チェッカーお試し掲示板』のしなぷすさんへ(252番)。

 「あんなけ流したら売れる」というのは、その通りです。「あんだけ」なんです。けど、「あんなけ」。これって、もしかして大阪弁?というか河内弁?

 ♪やんけ、やんけ、やんけ、やんけ、せやんけ、ワレ
  ワレ、ワレ、ワレ、ワレ、せやんけ

とミス花子さんが『河内のオッサンの唄』(書き方あってるかな?)で歌っていましたが、この「やんけ」の「け」が「あれだけ」の「け」とミックスされて、「あんなけ」に変化を遂げているのかも?(そらないか?)

 ということで、しなぷすさん、たぶん「あんなけ」というのは、僕が住んでいたところの方言だと思います。ですので、今回は、そのままにしーとこっと。ですが、意味は「あんだけ」ですので、みなさん、お間違いなく。
 しなぷすさん、おおきにっす。
 At-じょんさん、renoさん、岡山弁ではどういうの?

 おっと、権のすけさん、お久しぶりではないですか?
 またまた来たのことよ、HNは勘弁してちょ(笑)さんも、メモ帳さんも、ももじろうさんも、どもどもです。

 あー、それにしても、いろんな人に囲まれて幸せ、というか、お気に入りに入れた掲示板を開くのが、こんなに怖い毎日はないぞー。

2001年4月25日(水)
 昨日は日記をおやすみだい。
 ただ単に、書く時間がなかっただけなのだ。
 だけど、アキーさんのところがえらく完成していたので、びっくり(したのは今日だけど)。

 今日は『Stand Up』がオリコンさんのデイリーで10位。
 本日発売のCDさんが上位8つを独占している。よく踏みとどまっているなぁ、と思いました。
 明日、オリコンさんの公式ページでウィークリーの初登場の順位がわかるのですね。そしてその後『「Stand Up」をオリコン初登場1位にする』の掲示板は閉鎖しよおっと。おっと、水曜に更新されると思ってたら、明日の木曜だったのよね。あたふた、あたふた。ま、いいかっ。でも、こんなことから、デマが広まっていくんだろうなぁ。

2001年4月25日(水)-2
 アンケートを2本追加。

 『倉木さん、この曲を聴いてよ』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai15
 『初ライブ、1曲目はこの曲で』
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/tvote.cgi?event=ankmai16

 むむむ。昔のアンケートがどんどんたまっていくが、当分放置しときます。

2001年4月26日(木)
 久しぶりに大阪・梅田へ行く。

 といっても、仕事用に大学受験の参考書を買うために本屋さんへ行くだけなのであるが、旭屋書店に行くまでの道は、ほんと繁華街だなと感じる。
 JR天満駅にむかうまでの天神橋筋商店街とは全く違う。そもそも歩いている人の若さ・服装が違う。しかし、それよりも呼び込みの人の数が違う。信号待ちで横断歩道に立ち止まって周りを見渡すだけで、5、6人はいるのではないか。カラオケ屋さんや居酒屋さんなど。これが活気というものなんだろうな。そして、そういう人の声が大きくなり、人が多くなっていくと景気がよくなっていく兆しを感じることができるのだろう。

   ●

 小泉内閣誕生。
 マスコミの方々は、どこまで持つか、という見方だけなのかな?
 小泉さんが頑張れば、僕ら国民みんなが、負けてられるか、と景気まで押し上げてしまうかもしれないことまで、まだ考えられないのだろうな。

   ●

 倉木麻衣さんの『Stand Up』の初登場の売上順位が、正式にオリコンさんのホームページに載る。
 20万枚を少し越える枚数で2位。
 「『Stand Up』をオリコン初登場1位にする」という夢は、見事に叶わなかった。負けだ。
 応援したい人が、素直に応援できる環境を作りたいと思っていたが、うーん、ほんとどうだったのだろうか。うまく行ったのだろうか? 応援したい人がストレートに応援できる、そして、掲示板に書き込みたい人が誰でも書き込める、倉木麻衣さんでも、宇多田ヒカルさんでも誰でも書き込める、インターネット環境を作れたらいいなと思う。

 しかし、それにしても20万枚とはすごい。ヒットカウンターの1日のカウントがここ数日1400近く。
 倉木さん、インターネットでさんざん悪口をかかれても気にすることはないよ。倉木さんを支えている人たちは、掲示板の文字では見えない、インターネットもしない人たちがほとんどなんだ。

 「『Stand Up』をオリコン初登場1位にする」の掲示板は、明日朝閉じることにしよう。

   ●

 それにしても、昨日の朝日新聞の夕刊には少しびっくり。
 1面の『窓 論説委員室から』(『不思議なこと』〈児〉さんの記事)というところである。
 僕は最近、小林よしのりさんの本を大量に読んだため、「従軍慰安婦」とか「台湾」「歴史教科書」という言葉には敏感なのである。
 で、『窓 論説委員室から』。いつもは全く読まない欄なのであるが、「産経新聞」と「教科書検定」という言葉が目のはしにひっかかった。読んでみると腰を抜かしそうになった。そこにはこんなことが書いていたのだ。

 〈(前略)
 検定を受ける段階の教科書を「白表紙本」という。これは公開しないのがルールとされるが、実際には「つくる会」教科書の白表紙本ないし、そこコピーが学校関係者などに出回っていた。
 どこから出たのか。盗み出した者でもいれば別だが、出版元の扶桑社が、何かの目的で、自ら外部に出したと考えるのがふつうだろう。
 現に世間に出回っている。その内容に問題がある。それで記事にする。それを見て関係国が関心をもつ。報道のごく当たり前の姿ではないか。それとも産経や読売はふだん、公式発表の前には何も書かない新聞なのか。
 (後略)〉

 最後の〈それとも産経や読売はふだん、公式発表の前には何も書かない新聞なのか〉は滅茶苦茶勇ましい。かっこいいとも少しは思う。しかし、そのかっこいい言葉を投げかけている根拠が無茶苦茶なのである。我をなくし、新聞の使命を全く忘れているというほかない。というより、こういう論説委員を論説委員室に入れている朝日新聞は、自分で自分の首を絞めるであろうとまで思ってしまう。

 よく読んで欲しい。

 〈(白表紙本が)どこから出たのか。盗み出した者でもいれば別だが、出版元の扶桑社が、何かの目的で、自ら外部に出したと考えるのがふつうだろう。〉

 いったい、朝日新聞のこの『窓』を書いた〈児〉という人は、オウムが起こした松本サリン事件での報道を忘れたのだろうか。
 〈盗み出した者でもいれば別だが〉と、〈考えるのがふつう〉。この二つの言葉は、白表紙本がどこから出されてたものなのか、それも調べずに、つまり記事の裏付けもなしに、断定した記事を書いているという証言ではないか。
 そしてこのことは、松本サリン事件で、一民間人を堂々と犯人扱いした思想、裏付けを取らずに情況証拠だけでえん罪報道を生んだマスコミの体質そのものを表しているものである。そして、報道のためには、えん罪を生んでもかまわない、ということを堂々と朝日新聞の論説委員室の〈児〉さんは宣言したのである。
 朝日新聞さんは、サンゴを自ら傷つけて、でっち上げ記事を作っていたことをすっかり忘れたのだなぁ。

 それにしても、ほんまここだけ読むと、朝日新聞って〈考えるのがふつう〉という思いこみで記事を書く新聞だったんだなぁ、と思ってしまう。というより、それ以外にどう解釈できるのだろうか。
 このことは、この記事では産経さんや読売さんがターゲットにされているが、事が違えば、僕などの一般人に対しても同じ方法で記事をねつ造するということを意味しているのである。
 気をつけないとな。

 というより、なんでここまで朝日新聞さんは追い込まれているの?もっと自分たちのしていることに自信を持ったらいいのに。小林よしのりさんたちに痛いところをつかれ通しで、それに無理矢理反論するためにどんどん自ら墓穴をほっているように思えて仕方がない。僕が大学のクラブで一番初めにならったのは、「目標にすべき理想の新聞は朝日新聞さん」だったのだが、もう違うんかな?
 クラブに入った当初、一生懸命、本多勝一さんの本を読んでいたが、いつの間にか、本多さんでは世界は変えられないと思った。そして、読売新聞の黒田清さんの本をさがすようになったのだが、その直感は当たっていたのかな?

 何にしても、宇多田ヒカルさんのアルバムの新聞広告は、読売新聞さんと朝日新聞さんだけでしか僕は見ていない。なので、是非とも朝日さんには、もうちょっと慎重な記事を書いてほしいなぁ、と思うのである。

 しかし、ほんま、素人の僕にでもわかるような「ねつ造」を肯定するような記事を書いたらあかんと思うなぁ。

 〈情報の時代である。中国、韓国ばかりではない。日本のすみからすみまでが、世界中から見られている。〉

 と書いているのはまさに〈児〉さんなのである。ああ、笑いでごまかすしかないなぁ。

2001年4月27日(金)
 ふー、今月の月末が終わったぁ〜。
 一安心。
 明日から、ゴールデンウィークだよ〜。

 ということで、いきおいにまかせて、一つまたページを追加。

 『「StandUp」をオリコン初登場1位にする・過去ログ』
 http://homepage1.nifty.com/ohho/gentei/standup.html

 最近、全く『倉木麻衣さんへの掲示板』の過去ログの整理をしていないので、手短にできるものだけでもしていこう。

 で、『Stand Up』はオリコンさんのデイリーで、10位→9位→7位、と再び上昇に転じている。
 大阪・天六のTSUTAYAさんでも、いつの間にか、前面の一番いいところに置かれていたみたい。みたいというのは、『Stand Up』のパネルがあるのだけど、そこには1枚しか残っていなかったのだ。そして、今週「3位」の棚も別にあるのだが、そこに残っているのも1枚だけ。
 いろんな人がリクエストとかでまいた種が、大きく芽を出しつつあるのではないか。昨日行った、梅田のTSUTAYAさんでは、まだ1位の棚に入っていたし、大阪での『Stand Up』を取り巻く状況は全国とは違うのかな。
 FM802さんのヒロTさんのリクエストトップ5でも、今週まだ4位で踏ん張っている。ここまで長くトップ5入りしていたのは、初めてではないか。
 なんか、僕が知っている状況だけで考えると、オリコンウィークリー1位ってのは、初登場ではなく、これから狙えるのではないかと思ってしまう。

 と言いながらも、ゴスペラーズさんの『ひとり』もすごい曲だしなぁ。あの曲って、楽器なしで歌っている、全編アカペラの曲なの?(「アカペラ」っていうのかな?)

 そうだ。
 すっかり忘れていたのだが、ヒットカウンターのカウントが今までの1000くらいから1200〜400に増えているってのも、これって、倉木さんの人気が上がっているってことかな?

   ●

 そろそろ『OHHOの掲示板』の引っ越しの用意をしないといけない。OHHOのホームページの生みの親だったhelloさんが一端停止して、新しいサービスに移行するためだ。だから、helloさんで初めて立ち上げたトップページも、掲示板も全部引き上げないと。
 掲示板は今までの感じで、じみ〜な感じにしたいな。

   ●

 倉木さんの大学生活の写真が写っている雑誌を2誌見る。
 そして、『ジェイグルーブマガジン』も本日購入。

 『Double Rainbow』に入れたジンクスって?「虹」?「手」?

 そうだ、そうだ、この前、ファンクラブさんのページからメールを送ったのだけど、そこに余計な一言を付け加えてしまった。それは、「Diary」の更新をそろそろしてあげて、というもの。
 でも、よく考えると、今は書けないなぁ、というか、書いたらあかんのではないか、と思った。
 というのも、今、倉木さんの中での話題は、新しい大学生活になるだろう。けど、そのことについて、あれこれちょっとでも書いてしまうと、なんかこれからの大学生活に不自由になりそう。大学生活のことは、もうちょっと倉木さんが友だちとの信頼関係ができてからの方がいいかもしれないな。
 てことで、倉木さん、Diaryの更新は、僕の場合はいつでもよいです。今はまだ、『Stand Up』で満腹満腹です。

2001年4月28日(土)
 がくぅーーーー。
 見事にゴールデンウィーク・スタートダッシュいきいき計画に失敗。
 『OHHOの掲示板』を作って、午後3時くらいにだいたい完成。「さぁ、今からビデオでも借りに行くか」と思ったのだが、ちょっとその前にゴロリ。もう僕はこの世で活動している人ではなくなった。
 寝て寝て寝てしまったにょろよーーー。

 ふー。ためいき。

 『OHHOの掲示板』ザ・新しいバージョン・パソコン版
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/ohhobbs/light.cgi
 『OHHOの掲示板』ザ・新しいバージョン・iモード版
 http://hpcgi1.nifty.com/ohho/ohhobbs/i_light.cgi

とアップロード。
 『倉木麻衣ヒットi』からのリンクも、デリデリ掲示板からこちらのほうに変更(デリデリの方は、メッセージを書き込むところが大きすぎるという話があったものね)。
 今回は、KENTさんの『Light Board』という掲示板のCGIを使用させていただく。表示画面をいろいろといじくったがうまくいくかどうか。『OHHOの掲示板』には「返信」機能もいらないので、CGIのプログラムから削ってしまったけど、不具合はないかな?「投稿者」「投稿日」という文字もはずした。よく考えるといらんもんな。
 で、表示画面は、ある「魔の掲示板」がかっこいいなぁと思っていたので、近づけよう近づけようとしたが、あとどこをどうすればいいのか、わからなかったにょろ。

 で、helloさんの『OHHOの掲示板』がもうすぐ閉鎖になると思うので、こっちに引っ越すのである。

   ●

 『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさんどうもっす(260番の書き込み)。

 〈>何にしても、宇多田ヒカルさんのアルバムの新聞
  >広告は、読売新聞さんと朝日新聞さんだけでしか
  >僕は見ていない。なので、是非とも朝日さんには
  >もうちょっと慎重な記事を書いてほしいなぁ、と
  >思うのである。

  で、何が言いたいの?(笑)〉

とのこと。
 僕があの日記を書いたのは、新聞は正しいことを書いているとか、正しいことを多くの人にきっちり伝えているという幻想が、今もあるのではないかと思ったことがきっかけです(僕の中にも幻想というか、期待があります)。
 宇多田さんがCDを買ってくれた人に対して、お礼の新聞広告を掲載したのも、そういう理由があったからではないかと勝手に思いました。数多くの人に正しいものを伝える方法の一つとして、新聞広告を選んだのではないか、と。
 その中でも、数ある新聞の中で、読売新聞さんと朝日新聞さんを選んだ。これは、部数が日本で1、2位くらい多く出ている(CDを買ってくれた多くの人に伝わる)だけでなく、メッセージを伝える道具として、多くの人が信用してくれるメディアだったから、ということがあったのではないかと思いました。
 「新聞というメディアは信用がある」ということも期待して、宇多田さんたちは新聞広告を出したとしたら(これは僕の屁理屈というか、強引な推測です)、その信用を元から崩してしまうような、今回の朝日新聞さんの『論説委員室から』の記事は、「もうちょっと慎重な記事を書いてほしいなぁ、と思うのである」でした。

 これで「何が言いたいの?(笑)」の疑問は解けました?ももじろうさん。

   ●

 八王子市中央図書館さん、京都市中央図書館さん、八尾市立八尾図書館さん、泉佐野市立中央図書館さん、長崎県立長崎図書館さん、佐賀県立図書館さんから「届いたよ」のハガキ並びに封書(京都市中央図書館さんです)をいただきました。みなさん、ご連絡ありがとうございます。

   ●

 わっちゃー。
 忘れとった。
 『メッチャE!』を見るの忘れてた。
 ああ、倉木麻衣さんのディレクター・西室さんのインタビューの3回目を見逃したよ〜。

 忘れてた。2回目の分を文字おこししないとな。

   ●

 ようやく、宇多田ヒカルさんのアルバムを聴き始めてる。
 いいなぁ、いいなぁ。『ドラマ』と『蹴っ飛ばせ!』と『Parody』をリピートリピート。特に『Parody』は、聴くたびに体がピクピク動いてしまうのはなぜ?
 シングルになっている曲は、もうちょっと時間が経ってから聴くと、もっといいんやろな。「シングルA面曲だ」という僕の中の気持ちがなくなった時、自然にアルバムの中の1曲として聴くことができるんだろうな。

   ●

 『星の王子さま』も続きを読み始めている。年をとった人用の話なの?という感じだ。いろんなものを例えているんだなぁ、と思いながら読んでいる。宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』みたいな感じかな?
 でもまだ、「1行おきに『好きだよ』と、青いペンで書いてた」という、秋元康さんのような気持ちは涌いてこないなぁ。

   ●

 『ジェイグルーヴマガジン』2001年6月号に倉木麻衣さんのインタビューあり。
 ぶっちゃけたような話をしているなぁ。
 うーん、どうやろ。
 幻想を持って読むとがっくりくるかもしれん。

 今日は久しぶりに『CDTV』(毎日テレビ、深夜0時55分〜)を見ないとね。

2001年4月29日(日)
 無理だと思っていた。無理というより、不可能だと思っていた。

 ハードルが高すぎたからである。
 第一に、小室哲哉さん、モーニング娘。さん、ジャニーズさん、浜崎あゆみさんの曲がかからない放送局である。
 まずその関門をくぐらなければならない。
 その上、初のラジオインタビューを放送したにもかかわらず、『冷たい海』はベスト10に数週しかランクインしなかった。

 『Stand Up』の発売。
 僕は、オリコンで初登場で1位になるよりも、この放送局のランキングでベスト10に入ることの方が難しいのではないかとまで思っていたのである。

 たまたまだった。
 たまたま、大阪・八尾の実家へ行った。
 朝に母から電話があり、台所に敷くカーペットを買いについて行ってほしいという。読売テレビさんの『週刊えみぃSHOW』と『雷波少年』と『電波少年』を見てから行こうと思い、「2時に奈良を出るから」と返事をする。
 奈良から八尾まで車の中では、CDウォークマンで、宇多田ヒカルさんの『Distance』を聴く。
 『ドラマ』はやっぱ、熱くなる。『DISTANCE』の最後に入っているホルン(?)みたいな音は心地良い(アルバムのタイトルは小文字も混じる『Distance』。中には行っている『DISTANCE』は全部大文字なんだな)。

 八尾についたのは、3時をとおに回っていた。
 家に入り、躾のできていない「チビ太」という犬に襲いかかられ、襲い返し、コーヒーを飲み、「さぁ、いこう」と車に戻った時だ。
 パチッ。
 ラジオをつけた。母がカーペットを買うために助手席に乗る。そのために、CDウォークマンではなく、FMラジオをつけることにした。
 八尾である。八尾は大阪にある。大阪にいて、僕がラジオをつける時は、決まっている。
 ダイヤルはもちろんFM802さんである。
 ヒロTさんのいつもの声が聴こえてきた。
 「あと残すは、トップワン。これまでの10位から2位までを振り返ってみましょう」。
 そういうことをちょうど話されたところだった。
 確か、cosmos7さんは、先週のランキングでは『Stand Up』は2位だと教えてくれたいたな。
 聞き耳を立てた。
 「第10位○○、第9位○○、…、第2位○○」。
 あれ、ないぞ。まさか。そんなことはない。いや待てよ。落ち着け。11位ってこともある。先週の「2位」は奇跡だった。だから、まさか。いや待て。落ちつけ。
 僕は息を飲んだ。

 こんな偶然もあるのだ。たまたま大阪の八尾に行き、たまたま車に乗り込み、たまたまFM802さんにダイヤルをあわせた。

 無理だと思っていたこと。不可能だと思っていたこと。奇跡ってのは、起こるんだね、倉木さん。

 ヒロTさんの口から出てきたのは、「第1位『Stand Up』」という声だった。
 まさかまさかまさか。
 僕は、最初のDJの声がないバージョンの『Stand Up』を聴いた。『FM802 OSAKAN HOT 100』のトップ1に、倉木麻衣さんの曲が初めてなった。
 『Love, Day After Tomorrow』でも、『Secret of my heart』でもできなかったトップ1に、僕らファンと倉木さんが出会ってから作られた『Stand Up』が輝いた。ほんと輝いた。

 トップ1になったことに対して、倉木さんがコメントを寄せていた。
 録音していない上に、カーペットを売っているホームセンター・コーナンさんの駐車場に入る直前だったので、詳しくは思い出せない。が、憶えている範囲で、残しておくことにする(憶え間違っているところもある)。

 「ヒロTさん、みなさん、どうもありがとうございます」「こういう結果になったのは、みなさんがいろんな人に曲を伝えてくれたおかげです」「これからもいい曲作るように頑張っていきたい」「またヒロTさんとお話ができる機会があればいいな〜(ハートマークの上に3本の線)」「倉木さんのサインと、倉木さん自身の似顔絵」…。

 あー、僕はなんて記憶力がないのだろう。
 とにかく、1位を取れたのは、自分たちの実力のおかげだとは全く感じられないコメントだった。これを人は「真摯な姿勢」というのだろう。まさに、真摯な倉木さんのコメントだった。

 とにかく、とにかく、無理だ、不可能だと断定していた『FM802 OSAKAN HOT 100』のトップ1に、倉木麻衣さんの『Stand Up』が輝きました。

 ヒロTさんによると、2位とは僅差だったとか。エアープレイ回数(FM802さんで放送される回数)が多かったとか。
 これもそれも、みんなのリクエストと、FM802さんが、そんなリクエストに応えてくれたおかげだと思う。ほんと、みんな、おめでとう! cosmos7さん、おめでとう!

 忘れてた。
 倉木麻衣さん、おめでとう! そしてありがとう、倉木さん。今まで頑張ってくれて、ありがとう。やめたい時もなめないで続けてくれてありがとう。FM802さん、ありがとう、ヒロTさん、ありがとう!

   ●

 はぁー、夢を見ているのかな。いや、夢でラジオを聴いたのかな、という感じだ。
 ほんと、FM802さんの『FM802 OSAKAN HOT 100』のトップ1になることは、僕にとっては、絶対無理な、可能性は0%のことだった。
 ああ、神様。神様ありがとう。

   ●

 で、興奮したまま、『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさんへ(262番の書き込み)。

 〈でもさぁ・・・OHHOさん、アンチ倉木に
 推測で物を書くなって言ってなかったっけ?〉

とのこと。
 ももじろうさん、言ってましたよ。というか今も言ってます。
 で、僕が〈強引な推測〉と書いているのは、僕の謙虚な姿勢を示しています。僕が自分で日記のことを〈屁理屈〉と書いているのも同じ。自分では、〈強引な推測〉とも〈屁理屈〉とも心底は思っていません。僕の中では一本の筋と、根拠があるからです。しかし、突き詰めていけば、どこまで行っても、強引な推測になる。今回の場合は、僕は宇多田ヒカルさんの新聞広告を出した担当者ではないから、それについてあれこれ想像するのは、どこまでいっても〈強引な推測〉になるだろう、ということです。
 しかし、アンチさんの場合は、それすらわかってない。自分が〈屁理屈〉を言っているのもわかっていない。そして、卑怯なことをしているのもわかっていない。だったら、僕が自分の文章で、100歩譲って〈屁理屈〉と認めているのだから、アンチさんたちも自分たちのしていることを認めろ、という意味をこめています。わざと当てつけで〈強引な推測〉と書いています。僕は話をしようとしていますが、アンチさん、あなたはどうですか?という感じです。
 ですが、相変わらず、言ったら言いぱなし。今頃になって、ゲンダイさんの記事を出してくる人もいる。アンチさんの中には、もう話ができる人はいないという感じでしょうか。頭が硬すぎる。
 ということです、ももじろうさん。

   ●

 で、ももじろうさんの話とかぶるところがあるかもしれませんが、ちょっと、〈推測〉の話について続けます。

 最近思っているのは、アンチさんで社会人はいないのではないか、ということです。いても、教師の人とか、普通の民間の企業に勤めている人は皆無ではないかと思っています。
 というのも、新聞広告に関していえば、新聞広告を読む立場はわかるけれども、新聞広告を出す立場はわかっていないのではないでしょうか。

 僕は以前、求人広告を作っていましたが、求人広告を読む立場で見ていた求人広告と、求人広告を作る立場で見る求人広告は全く違いました。またもう一歩踏み込んで、求人広告を出す企業の立場では、これまた全く違うということを知りました。アンチさんの投稿を読むと、そんなことを最近感じます。あまりにもおこちゃまの、求人広告を読む立場だけで書かれている、直線的な発想が多すぎる。
 新聞や雑誌で求人広告を見る立場で「求人広告」を語るのも、それはそれで面白いとは思います。しかし、アンチさんの場合は、もろにその段階でとどまっているため視野が狭すぎます。それはどのアンチさんの中にも「世界に『歌手』という職業があれば、それは倉木麻衣さんだけ」という視野の狭さを感じます。求人広告を読む立場以外に、求人広告を作る立場や出す立場があるということを知っているフリをしながら、全く知らないということが丸見えになっています。

 確かに、アンチさんではなく、ファンの人の中にも、「世界に『歌手』という職業があれば、それは倉木麻衣さんだけ」という考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ファンの人はそれだけでは留まっていない。そこで満足していない。他の立場もあるのではないか、他の見方もあるのではないか、と探し求めます。それは、もっと倉木さんのことを知りたいということが動機としてあるかもしれません。ですが、アンチさんのように、視野が狭いことでOKとする人は皆無と言えるでしょう。
 倉木さんのことがもっと知りたいから、雑誌を買い、倉木さんが紹介してくれたCDを聴く。結果的には、倉木さんを批判することだけで暇をつぶしている人より、視野が広くなっていきます。
 昔のアンチの人はそんな感じでした。どんどん視野を広くしていく気概があった。しかし、今のアンチの人は文句を言うだけ。それも、ずっと昔に語り尽くされたことをもう一度ぶり返すしかない。ほんと、目を覆いたくなる現状です。

 アンチの人たちの〈推測〉と、僕らファンの〈推測〉と、同じ漢字の〈推測〉という言葉を使っていますが、中身は全く違うということを、アンチの人たちは理解した方がいいでしょう。もう僕らはアンチの人たちが言うような〈推測〉の域に留まっていない。僕らファンは、倉木さんと一緒に歩もう、というところまで走っている。そのことに心底気づいた方がいい。アンチさんたちの攻撃は、もうすべて無駄な攻撃に終わっている。そのことにまだ気づかないのですか?って感じです。

 もっと話をそらしましょう。
 宇多田ヒカルさんや、浜崎あゆみさんがすごいのは、その楽曲がすごいだけでなく、新聞広告を出す立場だけではなく、新聞広告を見る立場までわかっているってことだと思います。だから、浜崎さゆみさんのプロモーションビデオの映像は、過激なまでに力がこもっています。口先だけで歌っていては、聴く人たちの心には届かない、ということを知っているからでしょうか?
 倉木さんのスタッフの人たちは、新聞広告を見る立場をわかっているというよりも、新聞広告を見る立場の人が、新聞広告を作っているという気がしています。だから、新聞広告を見るだけの人にも伝わってくる。
 しかし、倉木さん本人はどうなのでしょうか。ね、倉木さん。
 倉木さんは、作る立場なんだけど、見る立場があまりわかっていない。というか、見る人がどう思うかまでまだ考えが整理されていないと気がします(じゃないですか?倉木さん)。
 だから逆に、僕らはどう思ったのかを伝えてあげないと、と思います。「この曲ではこう思った」とか、「この歌い方が好き」とか、「この歌い方よりこの方がいいのでは?」とか。そんな一つ一つのことを地道にメールや書き込みで伝えることが、これからの倉木さんの力になると思います。その積み重ねが、倉木さんの意識しないうちに、血となり肉となっていく気がします。それは、日々ライブのために腹筋を鍛え続けるように、すぐには現れないけど、ボディーブローのようにじっくり効果があらわれてくることだと思います。

 で、ヒットカウンターでは、伝えることも必要、そしてそこでもまだ留まりたくないということも思っています。だから
 その一つは、提案があれば、『詩人』の掲示板は作るわ、『この曲聴いて』のアンケートを取るわ、ということです。倉木さんが僕らに影響を与えてくれる分、僕らからも発信して、一緒に大きくなろうよ、って感じです。文句を言うことは誰だってできます。おこちゃまにでもできるでしょう。しかし、文句を言うだけではなく、「僕はこう考える。だったら倉木さんはどう?」なんて言い合える関係になれればいいと思います。そして、その倉木さんの回答がCDという形になって現れてくれれば、僕はものすごく嬉しいです。

 ですが、実際のところ、僕らの力は弱い。というより、才能が倉木さんほどはないかもしれない。しかし、僕らがどう思ったのかは、倉木さんには思い浮かばないことでしょう。
 今、僕らに倉木さんに与えることができる才能がないならば、「僕らはこんなことを思っている」、そのことだけでも、倉木さんに伝えたいなぁ、と思います。それも、正確に間違いのないように、堅い頭ではなく、柔らかい頭で発想で伝いたいなぁ、と思います。

 って、思うのは、「次もいい曲作ってよ」ってことからなんですけどね。

 って、オレは誰に話しているのだ。
 ま、いいか。

 倉木さん、僕はそんなことを思いながら、いろいろありますがヒットカウンターのホームページを続けています。

 とにかく、『FM802 OSAKAN HOT 100』のトップ1、おめでとう。
 これは倉木さんだけじゃなく、僕の、そして僕たちの勲章になります。頑張ってくれてありがとう。『Stand Up』を、みんなに聴かせてくれてありがとう。

2001年4月30日(月)
 『チェッカーお試し掲示板』のももじろうさんへ(264番の書き込み)。

 〈(こういうアンチならいいんですね?>OHHOさん)〉

とのこと。
 ですが、ももじろうさん、これはいわずもがな、のことじゃないですか。
 僕はアンチさんの書き込みだろうからという理由だけで、書き込みを削除したことがありますか? 非常事態の時は、「こういう書き込みは削除する」と事前にトップページや掲示板の中に予告していたと思います。その予告のせいで削除された書き込みは、アンチの人よりもファンの人の書き込みの方が多くなっています。
 倉木麻衣さんのすごいところは、そんなホームページを持ってしまったことだと思います。なおかつ、♪見つめてみよう、たとえそれがつらくても〜(でしたっけ?)と『always』で歌ってしまうことだと思います。ほんま、倉木さんは、すごいです。

 ということです、ももじろうさん。アンチさんってそういうものでしょう?そういう人だったのではないですか? 掲示板をからかうためだけに書き込みをする人は「アンチ」ではなく「アラシ」では? ですが、アンチさんもアラシさんも、「倉木麻衣さんにどこか興味のある人たちだ」ということで認める。書き込みは基本的に残す。そして、そういうことを、ずーと、続けています。もし疑問がまだおありでしたら、『倉木麻衣さんへの掲示板』の過去ログを最初からアップしているところまで全部読んでいただくことをおすすめします。

 僕の返事は「いいですよ」ということです、ももじろうさん。

   ●

 で、話がちょっとそれます。
 ヒットカウンターは、アンチさんの書き込みを残すから、僕はファンの人たちにいろいろ抗議をうけ、嫌われています。けど、アンチさんは、その核心を知りながらわざとズラせて、「OHHOはアンチの人を排除するくらい熱狂的なファンだから、ファンの人たちに嫌われている」と書く。出来事を歪曲することがうまいなぁ、といつも、アンチさんの巨大掲示板の書き込みを見て思っています。

2001年4月30日(月)-2
 〈28日付夕刊「5・1メーデー 昔語り?」の記事で、「夏の参院選で、兵庫選挙区で、兵庫選挙区から立候補を予定している辻泰弘氏(民主)はこの日、会場に姿を見せたが、あいさつする場面はなかった。『求心力が落ちた組合に頼っていては、当選はおぼつかない。連休明けからは、無党派層への訴えかけを強めたい』と話す」の部分を、次のように訂正し、おわびします。
 「夏の参院選で、兵庫選挙区から立候補を予定している辻泰弘氏(民主)はこの日、会場に姿を見せ、あいさつをした。会場入りの前、辻氏は『連合が最大の支援団体であり、働く立場の方々の幅広い支援を求めていきたい。無党派層への働きかけも大切だ』と語った」。記事中にある見出し「政治『影』薄く」についても「参院選」の色も」に改めます。〉

 という記事は、今日の朝日新聞朝刊に載った『おわび』である(2001年4月30日付、13版34面より)。
 よく読むと、〈あいさつする場面はなかった〉が〈あいさつをした〉に訂正をしている。これっていったいなんなのか。
 〈あいさつする場面はなかった〉と書き、そして〈『求心力が落ちた組合に頼っていては、当選はおぼつかない。連休明けからは、無党派層への訴えかけを強めたい』と話す〉と、その理由まで書いている。しかし『おわび』では〈あいさつをした〉に180度変更。その上、見出しも変えてしまうという荒技。完全に、元の記事は事実を歪曲するねつ造記事だったと認めているのである。
 しかし、不思議なのは、コメントをとるくらいきちんとメーデーの取材をしているのに、〈あいさつする場面はなかった〉と全く逆のことを書いていることである。
 ちょっと前にこの日記で、朝日新聞さんは事実をもとに書かない、根拠もなしにいいかげんな記事を書く、そのことを論説委員自らが認めている、と書いた。今回の『おわび』記事はまさにその証拠である。しかし、ここまで事実と180度違うことは珍しいのではないか。少し変だ。
 もしかすると、朝日新聞さんの中では、現場で取材をする記者と、記事をまとめる整理部(にあたるのかな?)の記者の間のコミュニケーションがとれていないのではないか。現場で取材をした記者が記事をまとめるが、その記事をチェックするデスクの人が、記事を都合よく書き変えたのではないか。予定している見出しにあわせるために。
 というより、人手が足らないため、記事を活字にするまでに見出しを含め全面訂正することができず、さりとて記事をボツにすることもできなかった結果が、この『おわび』記事に現れているのではないか。
 それとも、全部の記事が手書き原稿から電子化されているため、チェック体制が甘くなり、見逃してしまっているのか。実際、手書きの原稿を活字にした時は、文字の間違いが見つけやすい。しかし、パソコンの画面を見ながらチェックをやすやすとできるのは、日本にパソコン経験者が多いと言えども、『チェッカーお試し掲示板』に書き込んでくれている「チェッカー」たちがナンバー1ではないか、と思うしなぁ。朝日新聞社の人は、チェッカーたちの足元にも及んでいないだろうことよ。

 と書いたが、実は僕の場合、朝日新聞さんの内情はどうでもいいのである。
 それよりも今回のおわび対象は国会議員だったから、180度訂正の『おわび』記事を出しただろうということである。この記事の対象が、僕やこの日記を読んでいる普通の人ならどうだったろう? 抗議しても押しが効かない場合、『おわび』記事も載らずに、そのまま流されてしまうのじゃないか。
 しかし、「朝日新聞さんは嘘を書くわけがない」という考え方を持つ人は、間違いを「本当」と思ってしまうのよね。。

 とりあえず、民主党の辻泰弘さんは、今日の朝日新聞を読んでいない人には、メーデーには行ったが、偉そうなことを言って、あいさつもしなかったと思われているのである。お気の毒としか言いようがない。

 そんなお気の毒な人を今後生まない方法はたった一つしかない。朝日新聞さんが、事実を歪曲したねつ造記事を書かないことである。『おわび』記事をきちんと出すことではない。

2001年4月30日(月)-3(おっと、「3」だった。メモ帳さん、おおきにっす。おっとまずい。HNは勘弁してちょ@朝日新聞よりエライチェッカー(笑)さん、まずはおおきにっす。)
 「山口百恵は菩薩である」と平岡正明さんは名言を吐いた。
 その名言をタイトルにしている『山口百恵は菩薩である』という本を僕は買って読んだが、意味のわからないことばかりで困ったにょろよ。その上、本文につかっている紙の色がおどろおどろしくて、これが音楽評論というものか、僕には真似ができないとつくづく思ったものだ。意味の通じない文章は、日記で僕は書くことができるが、論理的な難しい文章は書くことができないのだ。
 しかし、ここで言わせてもらおう。
 平岡正明さんが山口百恵さんのことを「菩薩である」と表現したのならば、僕もこのさい、言っちゃいましょう。

   ●

 倉木麻衣さんは星の王子さまである。

   ●

 どこが?って。
 たのんまっせ。
 そんなこと、きかんといておくれよ。
 説明でけへんのよね。
 たまたま、昨日『星の王子さま』を読み終わったところなのよね。で、勢いに任せて言いたかっただけなのよ。
 でも、あえていうなら、次のようなところだろうか。

   ●

 〈「さよなら」と、キツネがいいました。「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」〉(『星の王子さま』サン=ジュペリさん著、内藤濯さん訳、岩波少年文庫、115ページより)

 〈「星があんなに美しいのも、目に見えない花が一つあるからなんだよ…」〉(同、124ページより)

 〈「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ…」と、王子さまがいいました。〉(同、125ページより)

 おっと、全部同じことを言っているではないか。
 目に見えないもの、きっと、僕は倉木さんがそういうものを歌っていると思っているんだろうな。だから、倉木麻衣さんは星の王子である、と思ったのであろうな。

   ●

 〈王子さまは、もう一度バラの花を見にいきました。そして、こういいました。
 「あんたたち、ぼくのバラの花とは、まるっきりちがうよ。それじゃ、ただ咲いてるだけじゃないか。だぁれも、あんたたちとは仲よくしなかったし、あんたたちのほうでも、だれとも仲よくしなかったんだからね。ぼくがはじめて出くわした時分のキツネとおんなじさ。あのキツネは、はじめ、十万ものキツネとおんなじだった。だけど、いまじゃ、もう、ぼくの友だちになってるんだから、この世に一ぴきしかいないキツネなんだよ」〉(同、114ページより)
 王子さまはこの言葉のあと、自分の星にいる花のことについてちょっと説明をする。ほんとちょっとした言葉なんだけど、とても力強くて、いろいろ見たあとに考えて出た言葉みたいで、ちょっとだけ、ほんの少しだけだけどホロッとする。
 しかし、そこの文は引用はせずに、別のところを。
 きっと倉木さんの歌に、僕らが感じる気持ちってのは、こういうことなんじゃないか。

 〈「夜になったら、星をながめておくれよ。ぼくんちは、とてもちっぽけだから、どこにぼくの星があるのか、きみに見せるわけにはいかないんだ。だけど、そのほうがいいよ。きみは、ぼくの星を、星のうちの、どれか一つだと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星も、ながめるのがすきになるよ。星がみんな、きみの友だちになるわけさ。それから、ぼく、きみにおくりものを一つあげる…」
 王子さまは、また笑いました。
 「ぼっちゃん、ぼっちゃん、ぼく、その笑い声をきくのがすきだ」
 「これが、ぼくの、いまいったおくりものさ。ぼくたちが水をのんだときと、おなじだろう」
 「それ、どういうこと?」〉(同、143ページより)

 全然、意味がわかりませーん。と思って続きを読み進むとその解答が。

 〈「ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ。だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑っているように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ」〉(同、144ページより)

   ●

 サン=テグジュペリさんの『星の王子さま』は、いろんな人が今でも「いい、いい」というほど、感動的な本だとは僕には思えなかった。涙が流れることもなかった。文章も、僕くらいにへんな日本語を使っているような気がしたもんね。

 だけど、一つ思い出させてもらったことがある。
 それは、いろんな出来事はそれぞれの人の感じ方一つだということ。目に見えないことを、いいように解釈するのも、悪いように解釈するのも、人それぞれということ。
 そして、そんな目に見えないものを見る方法はあるってことも教えてもらった。
 それは、王子さまが、初めは「十万ものキツネ」と同じだと思っていたキツネさんを、今では「この世に一ぴきしかいないキツネなんだよ」と思えるようになったところで教えられた。
 そこまで王子さまが思えるようになったのは、キツネさんのことを知ろうとしたからなんだね。
 〈飼い慣らす〉ってなんのこと?って、王子さまはキツネさんに繰り返し繰り返し聞いてたもんね。
 キツネさんも、途中で「もうあとは自分で考えろ」とほっぽりださなかったもんね。
 だから、王子さまは「この世に一ぴきしかいないキツネなんだよ」と思えるようになったんだろうなぁ。

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 倉木麻衣さんが歌う歌が星ならば、僕らはそこに「星の王子さま」が住む星を見るだろう。
 で、その「星の王子さま」が住む星とはなんなのか?

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 星の王子さまは何のために、自分の星に帰ったのか。
 僕はここでようやく、秋元康さんがこの本を題材に、菊池桃子さんの『卒業』を書いたのかがわかった。
 はぁー、20年後に謎が解けるとは。
 秋元康さん(あれ?秋本さんでしたっけ?)が書いた「サン=テグジュペリ」という人名で、僕は間違って『人間の土地』を読んでしまったのだ(もしかしたら、『夜間飛行』かもしれんが)。
 その本の内容は、飛行機が砂漠に墜落して、そこから脱出する冒険の話だった。そして、『卒業』に出てくる登場人物は、なんでそんな本の行間に「好きだ好きだ」と書いて、菊池桃子さんに贈ったのだろうと、ずっと思っていたのだ。
 そうやったんよね。サン=テグジュペリさんは、『星の王子さま』を書いた人だったんよね。
 あははの、にょろ。

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 ということで、おさかなさんが無事帰還してくれたお祝いに、王子さまの出てくる『星の王子さま』のお話でした。
 でも、おさかなさんの家の「王子さま」が星に帰ったら、その星はどうなってしまうのだろうか。
 僕は、夜空の星を見るたびに、大丈夫だろうか、と不安でいっぱいになってしまいそうだなぁ。

 なんてね。おさかなさん、お久しぶりでした。これからもよろしくお願いしますね。

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 「ジ」なん?『チェッカーお試し掲示板』のへいさんへ。

2001年4月30日(月)-4(ということで、ずれて「4」です)
 あらら、いつのまに。
 あの、僕が大嫌いだった巨大掲示板さんが面白くなっている。
 勇者カモン!さんと2ch情報さん、そしてマジファンさん、応援しているよ〜。
 他のみんなもハンドルネームを固定して話をしたら、もっと面白くなると思うけど、無理かなぁ。
 匿名で書けるってことが一番のネックで、逆にいいところだから、難しいかもしれないなぁ。
 ってことで、勇者カモン!さんと2ch情報さん、そしてマジファンさんの迷惑になると悪いので、もう一度書いておきますが、僕はあの掲示板に書き込んだことはありません。
 ということで、こんな時代がくるなんて1年前は考えられなかったなぁ。ねぇ、2ch情報さん。この日記からですが、エールを送っておきます。