2001/1/31

OHHO日記
チェッカーお試し掲示板(期間限定)
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2001年1月1日(月)
 (げげ。正月早々、日付も間違っていたにょろ。うーん、いい年になりそうだ。俊輔さん、幸先よいよい、僕には幸先悪い悪い。とほほ。で、この日記は12月31日(日)ではなく、1月1日(月)に書いたものでした)
 新年、あけましたねぇ。
 それにしても、昨夜の読売テレビ(日本テレビ系列)の『いけ年こい年』にはすっかり騙されてしまいました。
 MFTVの倉木麻衣さんの番組『Mai-K TV』を録画しようと、時計が大写しになっている読売テレビさんのその番組を見ていたのですが、21世紀の開始を1分間違っていたとは。おかげで、『Mai-K TV』の前に録画するつもりじゃなかったプロモージョンビデオの番組が入ってしまったにょろ。
 あーあ、今頃、あの番組の担当者はどえらく怒られているんだろうなぁ。
 でも、なんか、電波少年・雷波少年にふさわしいズッコケ方だったから、僕はなんか楽しかったけどなぁ。逆に、他の番組が遅れているよぉ〜と思ったもんな。

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 で、倉木さんの『Mai-K TV』は着物姿はなかったけど、「あけましておめでとうございます」の言葉の後に、バンザーイというように倉木さんが両手を上にあげるという暴挙で開始。
 もうメタメタ、倉木さんはいいスタッフの人たちに囲まれているということを再確認。まさかカメラを撮ってられる方が、巌さん(?でしたよね)とは思いもよりませんでした。巌さんといえば、倉木さんのCDジャケットのデザインとかを担当されている方でしたよね。うーん、なるほど、倉木さんがくつろぎながら放送しているわけがよくわかりました。
 でも、それでも、「事務所をかわれ〜」という人がいるからなぁ。いったいそういう人は、どこを見ているのだろう? それから、倉木さんの路線が『Reach 〜』で変更された、って書いている評論家さんや、評論家さんの受け売りの言葉を書いている評論家もどきさんも、ほんま、どこに目がついているのだろう? 倉木さんは今まで「路線変更」なんて1回もしていないと思う。全部の曲が全部バラバラやんか。だったら、1曲ごとに「路線変更」してるってわけ?
 「路線変更」なんて書く人は、その人が倉木さんを知った時に思ってたイメージと、その次に出た曲のイメージがちょっと違うから「路線変更」と思ってしまうんじゃないの?そんなもん、倉木さんの路線変更ではなく、自分の中の気持ちの路線変更でしょ。自分の気持ちを、さも一般的なことのように書かないと、評論家の人はお金がもらえないからねぇ。それにしても、そんな言葉をまに受ける人がいるのにも、あきれてしまうなぁ。

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 で、話は変わって。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』の話。
 RYUJIさんおおきにです。14027番の書き込みで「やはり、以後、敬語とタメ口は、この掲示板内におきまして、使わないことにいたします。」と書いていただき、ありがとうです。
 もし、その言葉がなければ、僕は「呼び捨てはみんなが使うBBSではふさわしくないからヒットカウンターでは禁止」と書くつもりでした(「敬語」はどっちでもいいですが、「呼び捨て」はちょっとなぁ、です)。
 『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページには、「普通の生活と一緒です。友達と話をする時、家族と話をする時、そんな時と一緒です。」という注意書きを残しているのですが、ほんと普通の生活と一緒と思っています。顔も見たことのない人に、呼び捨てで話すことはあまりないのでは、と思います。そして、呼び捨てで話せるような関係にまでなれば、すごくいいなぁ、とも思います。
 けど、『倉木麻衣さんへの掲示板』は、いろんな人に書いてもらいたいと思っています。最近倉木さんのファンになった人でも、倉木さんのことを何も知らない人でも、どんどん書き込んでもらいたいと思っています。で、そんな書き込んでくれた言葉を、どこでもいいから、倉木さんに読んでもらえたら嬉しいなぁ、という気持ちがいつもあります。
 でも、「呼び捨て」や「ため口」の書き込みがいっぱいになれば、そういう初めての人は書き込みにくくなるのでは、と思っています。実際、僕はチャットが苦手で、『倉木麻衣ヒットカウンター』に常設しないのは、そんなことも理由の一つだったりします。参加できない人は「あのチャットではどうも」という書き込みがいっぱいだと、寂しい気持ちになってしまうのですね(それは、何の話でもそうだけど、チャットの話は、本当にその場に一緒にいる人しかわからない話になってしまうんですよねぇ)。

 いつでも、誰でも、どこからでも参加できる『倉木麻衣さんへの掲示板』をこのまま続けていきたいので、RYUJIさん、14027番の書き込みはサンキュでした。
 それから、RYUJIさんだけではなく、ほたるさんも、麻衣姫=☆joN茶さんも、俊輔さんも、シナプスさんも、見て見ぬフリができたのに、心を鬼にして、いろいろやりとりしてくれておおきにです。朝起きて掲示板をみたら、正月から、なんか、すがすがしい気持ちになりました(麻衣姫=☆joN茶さんの一部の書き込みは、消してしまったけど、麻衣姫=☆joN茶さん、すみませんでした)。

 ちゅうことで。
 みなさん、あらためて、あけましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2001年1月2日(火)
 家に帰ってきて、テレビを見ると、大学ラグビーで慶応大が法政大に負けていた。
 あらららら。同志社大と決勝戦をすると思っていたので、ややや、と不安がよぎった。その不安は、まさか同志社大まで、というものだったのだが、さっきニュースを見ると、不安的中。同志社大は関東学院大に負けたようだ。あらららら。
 うーん、関西の希望の星だったので、すごく残念。
 でも、ということは、関東学院大って、ものすごく強かってんね。仕方ないか。

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 そうそう、昨日、『Mai-K TV』で、倉木麻衣さんがバンザーイというようなポーズをとったと書いたのだが、今、ビデオを見返すと間違った表現をしたことに気づいた。あれは、バンザーイではなく、ガッツポーズやってんね。正月から気合い一発、頑張るぞぉー、ってことやったんやね。

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 再放送のテレビドラマ『百年の物語』(毎日放送)を見る。
 ところどころだけしか見れなかったが、主演の松島奈々子さんはきれいやなぁと思った以上に、渡部篤郎さんはめちゃくちゃ演技がうまいねんなぁ、と再確認。どうして、あそこまで、別々の人格を演じることができるのだろう。あの人がストーカー役をしていた人とはこれっぽっちも思わずにドラマを見ていた。そういや、『ビューティフル・ライフ』では常盤貴子さんのお兄さん役もしていたのだった。そんなことも今、ようやく思い出したところ。うーん、気合い一発で、その役になりきっているのだろうか。

2001年1月3日(水)
 ん?

 なにか、不穏な動きが感じられる。
 どうやら、チェッカー隊員が集結しつつあるのではないか。
 うーん、まずい。
 しかし、そろそろ、漢字検定3級の腕前を見せてあげないといけないな。そろばんは4級で、習字は2段までいくも、最終的には6級で終わった実力を、21世紀にはどーんと、どーんと目にものみせてあげなくてはなるめえ。

 てことなのだが、今日、明日とお留守なのですね。
 で、明日帰ってきたら、あさってからは仕事。
 結局、この正月休みは、Macの本体のハードディスクを初期化するだけで終わってしまったにょろ。そんなにも、ハードディスクを痛めていたとは露ほども知らなかったにょろ。ノートンユーティリティーズというパソコンの修復ソフトが「解決できません」と出るくらいなのだから、相当なんだろう。「解決できません」と出ない時は、10時間かけても、途中でずっと止まっているものな。
 はぁー。ほんとに、ぼーにふった年末年始休暇だったにょろ。

2001年1月5日(金)
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 堀越 では、松嶋菜々子さんは?
 安斎 この方のお名前で言うと、会話のセンスが独特じゃありませんか?発想がどこかユニークで女性にも好かれるんじゃないですかね。
 なか 若手はどうですかね。例えば、倉木麻衣さんとか。
 安斎 この人もいい名前。シャイで人にとても気を使う。でも基本的に自分のペースで行動するから、子供の頃から他人に足を引っ張られたりしやすいんじゃないですかね。
 なか それ、当たってるかも。
 安斎 バッシングされやすい人には、心根がやさしくて運勢的に恵まれた人が多いんですよ。目立つから妬みを買いやすいんですね。でも、こういう人はちゃんと乗り切れますよ。
 なか 宇多田ヒカルさんは、やはり名前的にも最高なんですか?
 安斎 この人のお名前をみると、芯の強さが並大抵じゃない。それに、'01年また大きく飛躍しますよ。
 なか まだ飛躍するんですか?
 堀越 彼女の場合は、今後どういう方向に進んでいくのか、今のところまだ想像もつかないですよね。
 安斎 ありふれた物の考え方をする人じゃないですから。音楽活動をしながら弁護士になったり医者になったり、オールマイティーに活躍できる運の持ち主ですね。

 堀越幸子さん=フリーライター
 安斎勝洋さん=開運アドバイザー
 なかはら.ももたさん=漫画家
 (『anan』12月29日・1月5日No.1247号56〜57ページ、『恋愛運、仕事運、引き立て運、カムバック運… 芸能界・思いのままに「運を掴む女」VS「運を掴み損ねる女』より)
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 って、記事を、見せられた『anan』にたまたま載っていたので、引用しとくとして。
 それにしても、今年は物忘れが多い年になりそうだ。
 昨日は、健康保険証を母親に渡し忘れたり、立替のお金をもらうのを忘れたり、カレンダーをもらってくるのを忘れたり…。年の始めから、忘れっぱなしなのだ。
 まぁ、そんな中でも、近鉄宇治山田駅では、森首相に接近遭遇したし、去年、一昨年と同じように、伊勢神宮に初詣をすると、きまって首相とすれ違うのですね。それにしても、駅で「もりしゅしょー、まけるなー」と叫んでいた小学生のような子供たちはいったいなんなのだ。何に負けるなと言っていたのだろうか。

 そうそう、今年の初夢は、海の上にある西武百貨店の何階かに行くものだった。しかし、そこにいくには、公園にあるジャングルジムのような階段を上がっていかなければならない。その上、階段には手すりがなく、おっとっとっと、というぐらい冷や冷やしながら歩かなければならない。で、もうついた、と思った時には、百貨店のうえーの方まで来ていて、そこからまた下に降りなければならない、というもの。
 うー、今年もまた、手に汗握る一年になってしまうのか。

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 ある噂を聞いた。
 市がメインで行なう2001年のカウントダウンイベントに、その市出身の歌手を呼ぶことになった。しかし、その歌手は市の出演要請を断った。なぜ断ったのだろうか。
 その歌手は去年突然ブレイクした歌手だった。有名になったから、おごるようになってしまったのだろうか。
 理由は僕たちが想像しそうなそういうものではなかった。
 その歌手は、無名時代、その地元の市が行うイベントに出演した。雨が降ってきた。激しい雨になったのだろうか。しかし、その歌手にはそのイベントの最中、市からの傘の1本の差入れもなかったそうだ。
 無名の時には、傘1本も差し入れず、有名になれば、カウントダウンイベントのメインにきてくれと言う。
 その歌手は、雨のイベントがあった時からかどうかはわからないが、出身はその市ではなく、別の市と答えている。
 しかし、その歌手は、自分が学んだその市にある中学校の記念行事には、快く参加している。それも去年、有名になったあとに、講演会の舞台に立ち、自分の後輩たちとの質疑応答に答えていたという。

 無名か有名か、常連か一見か、そんなことには関係なく、いつも誰とでも同じように話ができる人になりたいなぁ。そのためには、自分の中にある「差別心」と闘わなくてはならないな。
 倉木麻衣さんは「切ない」と言い切ることで、「切ない」場所で完結してしまうのではなく、「切ない想いと」闘うことで、あさってにつなげた(『Love, Day After Tomorrow』より)。「切ない想いと 今 闘ってる」ということは、続きがあるってことじゃないの?
 すべての言葉は、止めようとしても続いてしまう。そのことを去年は痛いくらいに何回も学んだ。だったら、続きがある、ってことで話をする。いつ、あの時の言葉が、心に引っかかっていた言葉が、僕を変えてくれるかもしれない、もんね。
 だから、賛成、反対、なんでも聞いてやるぜ、って気持ちでずっとおるのですね。ですが、僕や、『OHHOホームページ』内のことについての要望は『OHHOの掲示板』にお願いできればなぁ、と思います。年末のメンテナンスが済んで、入りやすくなったみたいだしね。

2001年1月5日(金)-2
 今日は、会社への初出社の日でもあり、前の会社の社長の1周忌の日でもあった。
 仕事を終えて、前社長の奥さんの家に向かう。僕を入れて4人で。
 奥さんは、この前にお会いしたときより、非常に顔色がよくなっていた。聞いてみると、あれから、漢方薬を勧められて飲むようになったという。
 それまでは、何事もする気がなく、ちょっと動くと疲れて椅子に座っている毎日だった。しかし、その薬と、もう一つの薬を勧められ、飲み初めて2カ月くらい経ったある日。朝、布団から起きたときにすっきりしていたという。体が軽くなったという感じだろうか。
 今では、この年末年始に一人で東京まで行く体になったという。
 不思議なこともあるものだ。
 その薬は、ホタルを原料にしているという。もちろん、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれている「ほたる」さんが原料ではない。

 不思議なことは、私の母も不思議である。
 頭の脳にできていた腫瘍を取り除いて10数年。その後、脳だけではなく、体に変調をきたし、腰も折れ、足もつっているような状態。いつも「痛い痛い」と言っていた。
 しかし、ある旅行から帰ってくる時にオロナミンCを飲んだ。そのせいだかどうかはわからないが、再び両目の回りが大きく腫れた。久しぶりに入った脳外科の病院。その時の治療で、目の回りの腫れがひいたと同時に、腰や足の痛みも消えた。鍼や整体の病院に何回も通っても、一時的にしかひかなかった痛みが、今では嘘のようになくなっている。ほんま、人の体とはわからないものだ。

 人の体と同じように、人の気持ちも何が原因で変わっていくかわからない。単純にこれが原因、とは決められないことが多いのではないか。

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 今年の正月の新聞で、倉木さんは今年2枚のアルバムを出すことを目標の一つにあげているという。
 いいじゃないか。やろうじゃないか。
 2枚のアルバムを出すことを目標にして、頑張ろうじゃないの。

 「石の上にも3年」という言葉があることを、今日、読んだ本で思い出した。
 人気なんてものは、パッと生まれて、パッと消える。
 だけど、作ったCDは残る。心を込めたエネルギーに比例する形で、僕らの気持ちに残っていくと思う。
 2000年は断念した、1年に2枚のアルバムの発表。
 2001年、つきあってやろうじゃないの。
 今もまだ、次はどんな曲かとワクワクさせてくれる、そんな倉木さんで2001年を迎えさせてくれたもんね。

2001年1月6日(土)
 そういや、倉木麻衣さんに、久保田早紀さん(←漢字あっているだろうか?)の『異邦人』を歌ってほしい、ということを書いてくれていた人がいたよね、『倉木麻衣さんへの掲示板』で。

   ●

 最近思ってきているのは、今の倉木さんの状況は、山口百恵さんや松田聖子さんと同じ状況ではないか、ということ。
 というのは、人気がどうの、というのではない。
 歌手に対する曲の提供の仕方がよく似ていると思うのである。
 山口百恵さんは、阿木ようこさん(←う、完全に漢字を忘れた)と宇崎竜童さんに対して、歌手VS作詩・作曲家の闘いを、曲ごとにしていた。松田聖子さんの場合は、松本隆さんと多彩な作曲家陣との闘いである。歌手が勝つか、作詩・作曲家が勝つか。作詩・作曲家は「こんな曲が歌えるか」と剣を突きつければ、歌手である山口百恵さんや松田聖子さんは「こんな歌い方もできる」とその剣をはねのける。そのスリリングな闘いの結末を聴くのがいつも楽しみだった(山口百恵さんの『美・サイレント』を聴くのだ。松田聖子さんのアルバム『風立ちぬ』を聴くのだ)。その闘いの継続が、いつも次の曲を聴く前の日々をドキドキするものにしていた。
 今の倉木さんは、二人のあの頃に似ている。
 「こんな曲は歌えるか」と、倉木さんに闘いを挑みながら、作曲家の人は曲を作っているのではないか。大野愛果さんしかり、YOKOさんしかり。僕には、どの曲を聴いても、「あの曲に似ている」ということが浮かんでこない(僕がアホなだけかもしれない)。
 倉木さんの曲の中にも、それぞれの人に好きな曲や嫌いな曲はあるだろう。しかし、どの曲も、倉木さんは大野愛果さんやYOKOさんたちと闘いながら、磨き磨かれていっているのだろうな、と思うのである。

2001年1月6日(土)-2
 うげげ。
 『OHHOの掲示板』に入ることができない。
 ふー。やれやれ。
 メモ帳さんが書き込んでくれた時は、スッス入れたのに、ただの高校生さんが書き込んでくれた時は、全然つながらなかったよー。
 ど、どうなっているのかだろうか。

   ●

 英会話のアルクさんの新聞広告に藤原紀香さんのインタビューが載っていた。
 そこにちょっと英会話を攻略するヒントが載っていたので、その記事を少しだけ引用。

   ●

 〈日本語ならパッと覚えてパッと演じられる。でも、英語の芝居だと仕込み時間も5倍、6倍とかかる。訳して演じながら、自分なりに英語をマスターする方法を身につけた。
 「英語は使い慣れていないでしょ。だから、撮影の最初の頃は感情を入れてセリフを言ったつもりでも、ぜ〜んぜん棒読みでした。でもある時カメラの前で、まずはセリフを日本語に訳して言ってみて、その後で英語のセリフを言ってみたの。そうしたら、うまく感情を込めてセリフが言えることを発見したんです!」
 (中略)
 「私、毎日とにかく、怒涛のようにしゃべってしゃべってしゃべってもらったの(笑)。そうしたら、撮影の終わりごろ相手が何を言っているのか聞き取れるようになったし、生まれて初めて英語で夢を見たの。私が出演している字幕つきの映画を友達と見ながら英語で話している夢だったんだけど、あれは嬉しかったなぁ」〉

   ●

 なんと、英語で話している夢を見るとは。
 しかし、そこまで行くには、藤原さんはめちゃめちゃ英語漬けの毎日を送ったからやね。「英語を覚えたい」と思っているだけなら、そんな夢を見ることはないもんな。
 「めちゃめちゃ英語漬けの毎日」をどういうふうな姿勢で迎えるか。英語で混乱する自分の頭を、楽しむことができるかどうか。
 それは英語に限らず、何のことにも当てはまりそうな気がする。

 有森裕子さんの「せっかく」の精神やね。
 「せっかく」英語を覚えるんだから、「せっかく」自分の悪いところを指摘してくれたんやから。
 ってね、ただの高校生さん。

2001年1月7日(日)
 今日は、きのう知った大ニュースを直に確認する。
 うーん、それにしても、21世紀早々にめちゃくちゃ嬉しいニュースであった。
 と言っても、芸能人の方の話ではなく、全くの僕のプライベートなことなのだが、よかたいよかたい。めでたいことは嬉しいのだ。

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 今日は雪がお昼に一時的に降って積もった。冬やねぇ。
 でも、雪が降ると寒さがゆるむ気がするのはなぜ?
 この前の4日あたりの方が寒かった。初出社の5日の方が確かに寒かったぞ。
 と言っても、今日は一日中家にいたので、寒さがわからないのではあるが。

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 きのう、パソコンの中古屋さんで、内蔵のハードディスクを買う。2GBで、4,000円ほど。
 しかし、つけかえようと思ったら、SCSIの取り付けるところの形が違うではないか。とほほ。そんなこともあるのか。あー、4,000円丸々損した。

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 中古屋さんといえば、中古本のBOOK OFFさんがすごいことを新聞広告で出していた。
 それは、本を売るときは、連絡をすれば、宅急便さんがきてくれて、そこで引き取ってくれた本代はあとで振り込んでくれるという。確か「宅本便」と銘打っていたと思うのだが、これは今までの全てのシステムを変えてしまう可能性があるのではないか。
 どういうことかというと、今まで、ゴミの日に出していた本やCDが全てゴミではなくなり、再生されるのである。宅本便として引き取りにきてくれれば、ゴミとして出す必要はなくなり、ちり紙交換に出すより多くのお金が戻ってくるのである。
 この宅本便、うまく機能してくれればいいのになぁ。

 で、そのBOOK OFFさんの宅本便とともに、これから21世紀の定番となりそうなのが、成人の日に真珠を贈るということ。
 今年はパールクィーン(?)に、芸能人の優香さんが選ばれたのだけど、これはうまい作戦だなと思った。
 2月14日のバレンタインデーには、チョコレートを贈るということが一般化したように、成人の日には真珠をプレゼントする、そんなことが当たり前になりそうな気がする。
 今まで、成人の日に、娘や息子に何をプレゼントするかを悩んでいた親たちにとっては、一つの目安になると思う。
 真珠組合さん、いいとこ突くなぁ、と思った。けど、読んだ新聞記事がうるおぼえなので、自信が持てないのだが、この習慣は平成9年くらいから広め始めたような感じだった。
 平成13年に僕が初めて知ったということを思うと、これからはいかに宣伝していくかが課題になるんだろうな。今年は20歳に優香さんがいたように、来年は誰かいい20歳の人を見つけないと。となると、倉木麻衣さんや宇多田ヒカルさんが20歳になる時、何だか真珠をプレゼントされそうやね。

2001年1月8日(月)
 よっしゃ、もうた。

 ただ今、午後11時10分。
 今日はもしかして、ちょっとの間、記憶に残る日ではないか。

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 それにしても、今日は、すごい日であった。
 午後7時から読売テレビさんで『名探偵コナン』が放送され、午後9時からは関西テレビさんで『HERO』(はぐ。JUNYAさん、おおきに。元スピードの『HIRO』さんではありません。どたっ。joN@タンパン刑事さん、おおきに。時間は「午後10時からではありませんでした)。どちらのエンディングテーマも、新しい曲だった。
 『名探偵コナン』は倉木麻衣さん、『HERO』は宇多田ヒカルさん(←ここも直しました。JUNYAさん、おおきに)。
 夢のような日だった。

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 倉木さん。
 僕はまさか、『Start in my life』で、未来は素晴らしいものとは限らない、と詩うとは思わなかった。
 今日のお昼は秘かに思っていたが、今は口に出して言おう。
 倉木さん、あなたはものすごい作詩家になれるかもしれない。
 僕らは、あなたがものすごい作詩家になれるように、力を合わせよう。力を合わせて、季節感のある書き込みをしていこう。

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 しかし、ものすごい贅沢な一日だった。

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 倉木さん、あなたが『Start in my life』に込めたメッセージ、少しだけど受け取りました。
 しかし、前回の『Secret of my heart』が、『名探偵コナン』さんのエンディングテーマではなく、全曲を通して聴いた時にものすごく宇宙が広がったように、今回もそんな予感がしています。

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 てなこって、よっしゃ、もうた。である。
 CDの売り上げ枚数ではなく、僕らの心にどれだけ届けることができるかどうか。その点で、もう満点に近い点数を出してもいいのではないか。と思った。

2001年1月9日(火)
 今日は『「OHHO日記」チェッカーお試し掲示板』に注意を書く。

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 話は変わって、倉木麻衣さんの『名探偵コナン』さんのエンディングテーマ曲『Start in my life』のこと。
 最近、倉木さんが「コーラスワーク」「コーラスワーク」とよく言っていることを思い出した。
 『Start in my life』の歌の途中で、メインで歌っている倉木さんの声がなくなるところがある。で、そこで静かに、波のように、かぶってくる倉木さんの歌声があるのよね。うーん、音符で説明すれば「ここ、ここ」と簡単に説明できるんだろうけど、僕は音符を読めないので、説明できないのだ。
 だけど、バックコーラスの倉木さんの歌声がかぶってくるところがあるのよ。
 でね。その声が、なんか、すごくきれいなんよ。「きれい」、その表現がぴったりだと思うほど、きれいな声なんよ。
 ほんと、これで、全曲通して聴くとどうなってしまうのだ、と思うほどきれいなのよね。前のコナンさんの主題歌の『Secret of my heart』が全曲を通すとドンデン返しがあっただけに、ほんと、どんな曲なんだろうと思う。うーん、期待してしまうぞ。

 しかし、今日のFM802でかかることを楽しみにしていたのだが、1回もかからなかった模様。ラジオでの解禁日はまだなのかな?
 ちなみに、今日、バンバン解禁されたのは、宇多田ヒカルさんの曲の方。これまたいい曲。
 なんだけど、「いい曲」と書くには奥歯にものがはさまってしまうのはなぜ?

 よく考えてみると、これは木村拓哉さんと常盤貴子さんが出ていたテレビドラマ『ビューティフル・ライフ』の主題歌に、ビーズさんの曲が決まったと聞いた時に似ている。
 ビーズさんの曲は、決してつまらない曲ではないのだが、「木村拓哉」さん「常盤貴子」さん、そして脚本家の「北川悦吏子」さんときて、主題歌がビーズさんとくれば、めちゃくちゃ泣ける曲ではないか、と思ってしまうのよね。想像が自分の頭より大きくなって、もう曲を聴く前から泣いてしまっているのよ。
 で、さあ、泣くぞ泣くぞ、と思ってテレビで流れているのを初めて聴いたとき、「?」マークが50個ほど出てきて、「あれあれおかしい。なぜか泣く曲ではないぞ。おかしいおかしい、おかしいぞ」ってなってしまったのですよね。その後、『ビューティフル・ライフ』の放送のたびに、この主題歌なんだから、と、曲で泣こうとするのだが、泣けなかったのよね。
 うーん、おかしな感覚だった。

 で、『ビューティフル・ライフ』さんの呪縛が解けた年末とかにFMでかかっているのを聴いてみると、「ええ曲やん」と思うのよ。なんか、宇多田ヒカルさんの『HERO』の曲もそんな感じがする。
 だから、ドラマがこれから二転三転していくうちに、じっくり曲がドラマにあってくるかもしれない。昨日の『HERO』で流れた時は、ちょっと肩すかしをくってしまった、という気がしたけど。

 うーん、でも、なんなんだろう?
 『Can You Keep A Secret?』というタイトルの言葉を連呼しているのが、途中で飽きてしまうからだろうか。そのへんは、倉木さんの『think about』(『Simply Wonderful』のC/W曲)とか、『What I feel』(『Reach for the sky』のC/W曲)と同じかなぁ、と思うが、うーん、それだけではないような。
 「木村拓哉」さん、「松たか子」さん、そして「関西テレビの月九」ということで、期待しすぎたからかもしれんなぁ。

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 mai-k2000さんが『OHHOの掲示板』でも書いてくれているが、本当に倉木さんの『Reach for the sky』はしぶとい。
 オリコンさんのデイリーで、17位(12月25日)→圏外(26日)→19位(27日)→(オリコンさんお休み)→20位(1月4日)→18位(5日)→19位(6日)→圏外(7日)→18位(8日)、とまぁ、今も20位以内にとどまっているのだ。
 さぁ、こいよこいよ。
 これから2位までもう一度駆け上がるのだ(ってそれは無理ってもんか)。

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 そうそう、『What I feel』のことで、少し。
 この曲って、テンポが歩く速度に近そうって思って、この曲をCDプレーヤーに入れて聴きながら歩いてみた。
 で、歩いてみると、思いのほか歩きにくいのよね。これはなんなんでしょ。立ちながら体を揺らすにはちょうどいいんだけど、歩くテンポにはあってない気がする。
 で、歩くテンポにちょうどいいのは、アルバム『delicious way』のタイトル曲『Delicious Way』。
 ちょっと聴いた感じでは、どちらも同じテンポのようにと思うのだが、歩いてみると全然違う。このちょっとした差が、聴く側にはどんな心理作用を働かせるのだろうか。あとの報告は、青の向こう側さんにお願いしようか。

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 『OHHO』の読者の人たちからも年賀状をいただいている。
 なのですが、みなさん、すみません。
 実は年賀状がまだ作成できていないのです。
 ですので、みなさん、ちょっとお待ち下さいね。メモ帳さんの分はしっかり届いていますよ。他のみなさんの分も届いていますが、もちっとお待ちを。

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 そろそろ、『ミュージックフリークマガジン』(←確認OK?)がCD店に並ぶ頃じゃないの?

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 学校はじまり、電車がぎゅうぎゅう。
 堪忍してくれ〜。
 もっと、学生諸君に、休みをあげてくれ〜。

2001年1月9日(火)-2
 これは、今のうちに書いておこう。
 倉木麻衣さんの詩は、韻を踏もうとしていないからいい。言葉遊びになっていないからいい。だから、倉木さんの詩は、倉木さんの体から風のように抜けだし、僕らの心に届く。
 韻を踏むってことを第一に考えて詩を作り始めると、その詩は、詩を作っている人の体の中だけでぐるぐる回る。外には出てこない。僕らは感じることができない。傍観者となってしか、詩を聴くことができない。

 で、「風」ってことで名言があったので、ここで、紹介。

 〈実は…節が6回目の妊娠をするんでが、同時に悪性の腫瘍も見つかってしまい、子供をとるか、節の命を取るかの決断を家族が強いられます。悩みに悩んだ挙句、家族は「両方が助かるという奇跡を信じよう」と決断するんですが、節は他界してしまい、変わりに女の子が産まれます。サブタイトルの“風になった―”というのは太陽は昼間にしか見ることができないし、月も夜しか見ることができない。けれど、風は昼でも夜でも存在するし、なおかつ肌で感じられる。というところから付けました。そう、“お母さんはあなたたちの側からいなくなっても、いつでも感じられるところにいる。いつでも家族を見守っているよ―”という意味が込められているんです。今回のお話は今まで節中心で成り立っていた金本家のお母さんからの卒業がテーマです〉(読売テレビ・2000年12月19日放送『平成夫婦茶碗・ドケチの花道「平成夫婦茶碗スペシャルお母さんは風になった…」』のプロデューサー・大平太さんの言葉より)。

 「風は昼でも夜でも存在するし、なおかつ肌で感じられる。」

 倉木さんの『Start in my life』の詩には、「桜色した風」という言葉が出てくるのですね、ね、麻衣姫=☆joN茶さん。

2001年1月10日(水)
 去年はひげで、今年は長髪。
 不精なだけで、正月をまたいでしまっただ。

 今日は大阪はえべっさん、という、商売繁盛の神様の日である。

 ♪しょーばーい、はんじょーで、ささもってこいっ!

 であるが、こんな早く帰れる時は、早く帰って寝るのだ。

2001年1月11日(木)
 『「OHHO日記」チェッカーお試し掲示板』の49番の書き込みのtwozuさん、まいどっす。

 うーん、「水に溶けたとか、空気になったとか。後は「水に溶けて回る」とかもいいね。」とは、全く想像もしてなかったことなので、わくわくしました。そうかぁ、風は水にも溶けるのかぁ、って、ほんと、感心しました。世界が広がりました、おおきにです。

   ●

 おお、今日のFM802さんのヒロトさんの番組は、松任谷由実さんの特集だ。
 『ノーサイド』かけてくれへんかな、『ノーサイド』。
 そうそう、『ノーサイド』は詩がすごいったらなんの。ラグビー場にいったことがあって、その上、何年間か同じ時を一緒に過ごしたことがあって、ということがないと作れない詩だなぁ、といつも感心してしまうのだ。あんなに空気をきちんと描いている詩はないのではないか。
 という詳しい話は、いつかまた時間のあるときに書こうっと。昼休みでは、まとまんない。

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 今日は天気がいい。夜は、会社のMac部隊の人たちの新年会。そして、その頃の空には満月。
 きのうの10日は満月やってんね。
 スカッとしたいい満月でした。

2001年1月11日(木)-2
 なんとスカパーさん、危険なことをしてるんやなぁ、と思う新聞記事あり。

 今日の『日本経済新聞』さんの記事だが(16面『新興3市場代表銘柄の実力《上》』)、そこには次のようなことが書いていた。

 〈東京・秋葉原の電気店街では、CS受信機の購入者に五千円ないし一万円を現金で還元する年末年始キャンぺーンが目を引く。新規加入者がCS放送を視聴するのに必要な初期費用は最も少ない電器店で加入料を含め一万円以下で済む。
 電器店がこれだけ安売りできるのはスカパーが受信機メーカーや販売店に多額の奨励金を出しているからだ。広告宣伝費などを合わせたスカパーの加入者獲得費用は今期、三百三十二億円の見込みで一人当たり三万円強に上る。〉

 ってことで、倉木さんのファンクラブさんの加入費用があれだけ安かったのも、スカパーさんの努力のおかげだったことがわかる。
 しかし、それだけスカパーさんが奨励金を出しても、元が取れるのは、僕たち加入者が月々約1,500円を約二年間視聴料を払ってからだという『Mei-K TV』を見るためだけに、MFTVに加入した僕なんかだと、月700円くらいしか払わないと思うので、困るのだろうなぁ。
 で、なんでスカパーさんがこんな無茶なことをしているかというと、〈CS放送が認知されるには「受信機の早期普及が最優先課題」(卯木肇社長)との判断に基づく経営戦略〉があるかららしい。

 〈昨年の十一月の(田熊注・加入者の)純増は二万七千件と低調だった。十二月は六万二千件増と持ち直したが、石橋国興常務は「十二月開始のBS(放送衛星)デジタル放送の影響で期待ほど伸びなかった」と話す。〉

 倉木さんの『Mei-K TV』開始の12月には、前月比、率で約230%、数で3万5,000件も増えているのに、〈期待ほど伸びなかった〉とは。
 スカパーさん、つらいのこころよ。

 〈「スカパーの強みは有料放送で培った課金・集金などの顧客管理ノウハウと約百社に上る番組制作会社との親密な関係」〉

とメリルリンチ証券のアナリスト・瓜生憲さんはおっしゃっているが、うーん、やっぱりつらい、と思うなぁ。

 ま、でも、スカパーさんがダメになったとしても、メディアは他にもごろごろあるから、僕には痛くもかゆくもなかったりする。けど、MFTVさんのような放送をさせてくれるメディアがあるかどうかはわからない。そこが、ちょっとだけ気にかかるところやなぁ。

2001年1月12日(金)
 朝、白い月を見たんだよ〜。
 というのは、近鉄電車で奈良から生駒トンネルを抜け大阪の町が見えた時、西の空に、月がまだいたのよ。
 「雲?」
と初めは思ったんだけど、あの丸さ、あの大きさ、とくればこれはお月さんですよね。
 うーん、久しぶりに見たのこころ。
 日本で何人の人があの月を見たのだろうか。

   ●

 宇多田ヒカルさんの『Can You Keep A Secret?』が何回もFM802さんでかかっている。
 そして、歌詩が徐々にわかってくるたびに、僕はめちゃくちゃリアルな歌やなぁ、と思って仕方がない。
 なんなんやろ、この詩は。
 宇多田さんが伝えようとしている情景とは全く違うことで、僕にとってはリアル、真に迫ってくるんだろうけど。うーん、リアルすぎる。

   ●

 明日は会社が休み。スキーにいきたいぞ〜。
 スキー板も持ってないし、スキーのウェアさえレンタルしないといけない身の上なれど、スキーの風が、この大阪にもきているのだ。ピリピリしている風が、オレの腰抜けスキー魂を誘惑するのだ。

   ●

 ×年末年始キャンパーン
 ○年末年始キャンペーン

 うぐぐ。
 へいさんに見つけられてたのか。もちろん、日経新聞さんの誤植ではござらぬ。

   ●

 倉木さんの新曲の放送解禁日が1月16日との情報あり。麻衣姫=☆joN茶さんも『倉木麻衣さんへの掲示板』で書いてくれている。
 1月16日が解禁日、ということをその通り実行されるのなら、14日(日)午後3時からの『Mai-K TV』第4回放送では流れないのかな?

   ●

 最近、倉木さんのアルバム『delicious way』をCD店で見かけないと思ったら、また売り上げが上がっていたとは。品切れになっててんね。
 どおりで、中古屋さんに出ている分も、店頭に並ぶたびなくなるわけか。

2001年1月13日(土)
 なんと、このOHHO日記のテキストだけを取り出していたら、2000年の6月と7月の分のHTMLファイルが壊れていることを発見。インターネットにアップロードしている分は、半分ぐらいの日記が飛んでいたのだ。およよ。
 ってことで、昔保存してあった分を再アップロード。いつの間に壊れたのだろう?

2001年1月13日(土)-2
 非常に珍しいことだ。
 『名探偵コナン』さんに流れた倉木麻衣さんの『Start in my life』のビデオを、4回も見返している。うーん、この「もう1回聴きたい」と思ってしまう気持ちはなんなのだろうか。
 で、その曲のことを何日か前のこの日記に書いた。その中で倉木さんのコーラスがかぶってくるところがあると書いたのだが、そこのところはちょっと表現が間違っていた。コーラスがかぶる前に、倉木さんの歌はとぎれていないし、自然とコーラスがかぶってきていた。

 ♪それでも〜

 ってところなんだけど、そこの倉木さんの声を「きれい」と言ったんだけど、きれいだけじゃないようだ。きれいというよりも、「あたたかい」という表現がぴったりじゃないかと思いつつある。
 倉木さんの音楽を「癒し系」と2000年には呼ばれていたが、これからは「ぬくもり」ということもプラスされるのではないか。

 そうそう、2000年というと、年末。いつもの年なら「今年を振り返る」ってテレビ番組がいっぱいになるはずなのに、2000年の場合は「今年」ではなく「20世紀を振り返る」番組ばかりになってしまったのね。
 おかげで、倉木さんのアルバムがいろんな人に買われたということよりも、21世紀に持っていきたい曲を放送してる番組が多かったなぁ。なんか損した感じだね。
 そんなこともあってか、今年の春のセンバツ行進曲は、サザンオールスターズさんの『TSUNAMI』とビートルズ・メドレーに決まったという。うーん、ま、しゃあないか。また一つ、ワタクシは嘘をついちゃったな。

 年末、そういや、FM802さんでRAMJET PULLYさんのCDのCMが流れていた。GIZAさん所属のアーティストさんのCMがFM802さんで流れたのはよく考えると、倉木さんの『Love 〜』か『Stay 〜』以来じゃないの? 珍しいなぁ、と思ってしまった。

 しかし、どこから情報が出ているのか確認ができないのだが、倉木さんが今年の『24時間テレビ』の司会に決まったという話が、ある倉木さん関係のファンサイトの掲示板に書かれていたりする。ううーん。全く「?」である。なんで?どうして?そして、なぜ今頃? 全く理解できない噂だ。
 しかしこれからも、「今年、倉木さんはテレビに出る」ってことから、根も葉もないいろんな噂が、マスコミやインターネットにあふれてくるのだろう。マスコミが「出て欲しい」という気持ちから、決定もしていない段階から「出る」という情報を先行して流し、倉木さん側を追い込む場面が増えるのではないか。そのたびごとに、倉木さん側が「嘘をついた」と思わないように、僕らが一つ一つの情報をきちんとチェックしないとな。倉木さん側から決まったことは、時間がかかったとしても、いつでもきちんと話してくれるのだから、その話を待つだけの「ながーい目」を僕らが持たないとな。
 今年もまた、倉木さんに関してのマスコミ情報に要注意であるな。

2001年1月14日(日)
 今年も面白い漫才師さんが出てきている。
 と思ったのは、年末に毎日テレビさんが深夜に放送した漫才番組を見たからだ。
 で、昨日の読売テレビさんで放送した『アサパラ』という番組でも、その面白い漫才師さんが出てきたので、ようやくお名前がわかった。
 その漫才師さんの名前は『レギュラー』さん。顔のとぼけた表情からして、生まれつきの漫才師さんやなぁ、という感じ。二人のボケ方とツッコミ方もいいし、この人たちが新人か、と思ってしまうくらい息があっている。天性のものかと思うくらい、見ている人の気持ちを簡単につかんでしまう。
 いろんな漫才師さんがいるけれど、このレギュラーさんと他の人の違いというのはなんなんやろね。なんか、倉木さんと他の歌手さんの違いに通じるような気がする。他の人と同じように話したり歌ったりしているのだけど、見ていたり聴いていたりする僕らの感じ方が全然違う。最終的には「人柄」の差がからんでくるのだろうけど、その前に何が違うのか。どういうボディランゲージが違うから、伝わり方が違ってくるのだろうか。

   ●

 小林よしのりさん(うう、すみません。「小林やすのりさん」ではありません。れのさん、おおきに)の『ゴーマニズム宣言 差別論スペシャル』(幻冬舎文庫)を読み終わる。
 読むきっかけは、読売新聞大阪社会部「窓」さんの本に載っていたたくさんの読売新聞さんの読者の人たちの手紙だった。ほんと、世の中は差別だらけだ。
 どうすれば解決できるのだろう、というヒントがつかめるかな、と思ったのだけど、そのヒントはなかったような。でも、別のことで、僕が思いこんでいたことも、差別の一つだったのではないか、ということを知る。
 うーん。

   ●

 全然関係ない話だけど、旅行とかにいって、みやげ物屋さんにいっぱい売っていた「ペナント」ってものを最近見ないような気がするんだけど、なくなったのだろうか。二等辺三角形を横に寝かした形の布かフェルトでできたもの。あれって、絶滅したの?それともまだあるの? ま、それよりも、あのペナントっていったいなんなの?
 それと同じような疑問がもう一つ。
 温泉に入ると、なんてお猿さんまでが「ゴクラク、ゴクラク」というの?温泉は天国なのだろうか?
 うーん、世界にはまだまだ謎が多いにょろよ。

   ●

 もうすぐ、『Mai-K TV』の4回目にょろよ。

2001年1月14日(日)-2
 『冷たい海』、少し『Mai-K TV』でかかる。
 こら、すごいCDになっているようや。
 その上、まだ『thankful』が隠されているとは。
 どんなけ、「倉木麻衣」というグループがすごいのかがわかる、そんな2001年になる。誰もが脱帽する1年になる。これは予感ではなく。「倉木麻衣」という名前が入っていないCDが聴けなくなると、どんなにつまらない毎日になりそうか。そんなことがわかる、そんなことがわかる次のCDのようだ。
 倉木さん、そしてスタッフのみなさん、ほんまに僕らは、奇跡の時間を、今、過ごしているんですね。「おおきに」って言葉じゃたりない。

   ●

 で、『冷たい海』。
 「クール」って、倉木さんは紹介したけど、「洋楽」やな、と僕は思った。でも、プロモーションビデオが途切れたところから、曲調は「クール」ではなくなる。どうなくなるかというと、『Love, Day After Tomorrow』でみんなが立ち止まった、みんなの心にしみた倉木さんの高音が聴ける。ここではほんと、みんなが「うわー」って声を出してしまうのではないか。「これ!これ!」っていうのではないか。「おかーちゃん、これ聴いてー」と台所に走り出すのではないか。「やっぱり倉木さんをずっと応援しててよかったなぁ」と足元にまとわりつく猫に言うのではないか。朝、学校や会社にいくときに、玄関にいる小鳥やハムスターにむかって「今日も一日いい日になりそうやね」と思わず言ってしまうのではないか。足取りもスキップになってしまうのではないか。近所の知らないおじさんにも挨拶してしまうのではないか。乗るはずのバス停も通り過ごし、駈けていってしまうのではないか。うーん、まさか『Reach 〜』の次に、『Reach 〜』を越えるような喜びを味わえるなんて思ってもみなかったぜ。

 で、『Mai-K TV』ではいいところで、『スタート・イン・マイ・ライフ』の音楽にかわる。だけど、その変わり方が絶妙。この2曲が並んでいるかと思うだけでドキドキする。こんなにドキドキしているのは、ほんと『Love 〜』を買おうと決めて、『TSUTAYA』さんへ向かう時以来ではないか。そして、『Love 〜』を買って、たまらず次の日くらいに『Baby 〜』を探しにナンバへ行った時以来ではないか。しかも、『冷たい海』でプロモーションビデオの音楽が途切れたあたりから、倉木さんの詩は、もう僕には泣くしかない部分になるのだから、どうしたらいいのだろう。今からCD店に並んで待てというのか。仕事もなんもかもホッポリだして、1枚のCDを聴くだけのために生きる日々、そんな日々を2月7日まで送れというのか。ああ、どうしたらいいのだ。どうしたら。聴かない方がよかった。こんな曲を倉木さんたちは作らないでほしかった。と言ってしまうほどなのだ。うぐぐ。

 うーん、それほど興奮してしまう、倉木さんの次のCDである。
 大野愛果さんや、倉木麻衣さん、そしてスタッフの人たちは、みんな天才である。そこまで言うぞ。倉木麻衣さんの元にすべての名曲は集まる。そこまで言うぞ。

 それにしても、倉木さんたちにとっては、このCDも、今まで出してきたCDと同じ1枚なのであるね。ほんと、深い。ほんと、「すごい」のである。奇跡だと思う。
 神様、神様、こんな時間を、僕らに与えてくれてありがとう。

2001年1月14日(日)-3
 ふ。

 興奮したら、ずっと前に嘘をついていたことを一つ思い出した。
 太田朋さんのポストカードに「青と青でつながっている」ってものがある、ということを倉木さんに紹介したんだけど、ちょっと違ってたみたい。
 っていうか、その分もあるかもしれないけど、この前に見つけたのはこんなのだった。

 「おなじ 青が ひそんでいる。」

 倉木さんたちが作る歌に、僕らの心が共鳴するのは、きっとそういうことなんやろね。「おなじ青がひそんでいる」、だからなんやろね。
 『冷たい海』は次のフレーズで始まるね。

 ♪砂漠に咲く 蒼い月の花

 そして、太田朋さんのポストカードには、次の言葉の分もあるんだよ。

 「このトゲを ぬくのは いつも きみ」

 倉木さんの歌が、「17歳」のみんなに届くといいね。

2001年1月15日(月)
 奈良と大阪、めちゃめちゃさむ〜〜〜。
 冬やねぇ。うれしいねぇ。
 と、雪があまり降らない地方の僕は、こんなこと言ってしまってごめんなさい。
 寒くって、キーボードを打つ、小指の動きがにぶいぞー。
 でも、足元ほんわり。やっぱ、ズボン下ははくものだ。
 ありがたい、ありがたい。極楽、極楽。

2001年1月15日(月)-2
 はっ。

 気づけば、れのさんにまで。

 ×小林やすのりさん
 ○小林よしのりさん

 ああ、今日は『名探偵コナン』さんが見れないにょろ。ま、仕方がないにょろ。

2001年1月15日(月)-3
 『HERO』もいいが、『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ』(金曜夜10時〜、毎日テレビ)もすごい。
 野島伸司さんワールドに、第1回だけで巻き込まれてしまった。アバさんの『チキチータ』や『SOS』が入っているアルバムを買いそうだ。
 ほんま、最終回あたりになると、『HERO』と『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ』のどちらが、視聴率50%を越えるか、ということになっていそうな予感。窪塚洋介さんのへんなキャラクターに注目である。深田恭子さんも、意外と言っては失礼だけど、セリフに違和感がない。うーん、謎だらけで、面白いのだ。

 それにしても、アバさんの曲は、どの曲を聴いても、今も新しいと感じるなぁ。去年の年末には何回『ダンシング・クィーン』がかかったことか。どれも、「きれい」な音なんやね。なんでやろ?使っている楽器の音がきれいなん?それともメロディがきれいなん?ハーモニーがきれいなん?

2001年1月16日(火)
 倉木麻衣さんの『冷たい海』をFM802のヒロトさんの番組でしっかり聴く。
 実はその前に、ヒロT(ティー)さんの番組で聞いていたのだが、その曲のことより、「倉木さんがラジオのインタビューに答える」ってことで興奮してしまい、聞き逃してしまったのだ(2月5日(月)の午前6時からのヒロTさんの番組に倉木さんの声が流れるのである。しかし、仕事中には「田熊孝浩」名では書き込めなかったのだ)。
 で、ようやくお昼ご飯を食べながら聞けたのだが、うーん、ちと、売り上げ的にはつらいやろな、と思った。『NEVER 〜』を初めて聴いた時と同じ感じだ。
 先日のこの日記で『冷たい海』には『Love 〜』を感じるところがある、というようなことを書いたのだが、ちょうど、『Love 〜』で高音になるところが、『冷たい海』では何を言っているのか聞き取れない。めちゃくちゃきれいなメロディなのに、言葉が聞き取れないのは惜しいなぁ。
 だから、ピン!とこない人が結構多そうな気がする。

 てなこって、CDの売り上げを伸ばすには、両A面のもう一方、『Start 〜』の方に重心がかかると思うが、僕は『冷たい海』は好きやなぁ。なんかかっこいいやん。そして、当たり前のように終わるのではなく、また一ひねりがある。うまい!職人技だ!そう思いました。

 ふー、それにしても、FM802さんで倉木さんのラジオインタビューが聴けるとは。しかも、それがヒロTさんの番組が最初ってのが嬉しいなぁ。ヒロTさん、倉木さんに会ったら、いつものように「まいっ!ちゃん」と呼んでくれるのかな。そんなことを楽しみに待〜とおっと。
 そういや、ヒロTさんかカミサミコングさんの番組に出してもらえたらいいなぁ、と思っていたのだ。いやいや、ヒロトさんにも、生活臭い話で倉木さんにつっこんでほしいなぁ、ニシトアキコさんにも、カトウミキさんにも、ニイサトコさんにも、マーキーさんにも、アサイヒロアキさんにも、アユガイケンさんにも、他にもいっぱいいっぱいFM802さんの人たちには、倉木さんと会ってほしいなぁ、と思うのでした。

   ●

 それにしても、今朝寝ながら見た夢はなんだったのだろう。絞り出すように泣いてしまい、そのせいで起きてしまったのだが、内容を忘れてしまった。

2001年1月16日(火)-2
 うーん、試しているがうまくいかないことが一つ。そのため、今午後11時。まだ会社。

2001年1月17日(水)
 昨日は、FM802さんで、『冷たい海』を3回聴く。
 しかし、今日は1回と、『Reach 〜』が1回。『Reach 〜』はええ曲やなぁ〜、とまだ1日空いただけなのに、懐かしい気分だった。僕の気持ちってええかげんなもんやね。

 今日も昨日の続きで、いろいろするが、どうもだめ。
 うーん、もう一つ実は掲示板をアップしようとしているのだが、どうしてもテストの段階でいけないことが起こってしまう。問い合わせてみたが、どうかなぁ?

   ●

 ある新聞社さんから、お正月の新聞が届く。
 ありがとうございました、Kさん(と言っても、『倉木麻衣さんへの掲示板』によく書き込んでくれている「K」さんではないです)。

   ●

 『倉木麻衣さんへの掲示板』のナオチューさん、どうもです。
 それにしても、ここ何日かで、掲示板の書き込み状況が以前のような感じになってきた。書き込んだのに「消された」と思ってしまう人が出てくるのではないかというのが心配。
 書き込んで、もし自分の書き込みが見つからない時は、次のページに進んでいるかもしれないので、奥の方も見て下さいね。

 ナオチューさんは、今度はのりさんに「オナチュー」さんと間違われてしまった。秘かにククク笑いが出た。のりさん、ナオチューさん、すんません。
 そういや、ここ1、2カ月くらい、掲示板が平和である。親記事から全部を消したことも相当長いことないのではないか?
 これも、『会議室』の掲示板を作ったからだろうか。うーん、謎だ。でも、以前のような戦場のような状況を知らない人が結構いてると思うので、これまた「うーん」。
 そろそろ、トップページの注意書きを一つずつはずして行きたいと思っているのだが、4月からにした方がいいかな。

   ●

 あ、最近めっきりと、maikukkeyさんの掲示板をのぞいていなかったぞ。落ち着いて読んで書ける時にいーこおっと。

2001年1月18日(木)
 矢井田瞳さんの新曲。聴きほれてしまうくらい、伸びる声だ。
 と思ってたら、昨日のFM802さんで、矢井田さんが体調を崩して、ライブが延期になったという。みんな他の人に優しいから、自分の体はほっといて、無理しちゃうのだろうなぁ。

 そうそう、おとついの深夜に毎日テレビの『クァンガク』を見てびっくりした。
 僕がいつも朝通る商店街が映っているやないの。しかも、もんじゃ焼きのお店まで。なんとそのお店は、歌手のaikoさんがきたことのあるお店だったらしい。いかなくてはな。

   ●

 あー、トイレに行ってたから、『Start 〜』がほとんど聴けなかったよ〜。(チラッと聴きでは、結構よかったかも。というより、期待に応えてくれてる、という感じのよう?)

2001年1月18日(木)-2
 ん?
 『冷たい海』が最後近くまで、今日FM802さんで流れた。
 あの最後に流れた音色は…。

2001年1月19日(金)
 「太りました?」

 と言われてしまったやないの。
 そんな1週間ぐらい前に会った人からそう言われるといささかショックだ。体重は30キロ台をキープしていたというのに(小学生時代)、それを「太りました?」と言われるとは。
 何が原因かと考えてみた。1週間前と何が変わったかと。
 と、よく考えると、散髪をしたのだった。長髪はもうやめたのだ。うっとおしくなったのだ。それにしても、『Mai-K TV』の第4回の倉木さんの髪の毛は気になったのだ。「そこ、そこ、そこをもうちょっと目にかからないように」とずっと祈っていたのであるが、祈りもむなしく、そのままの髪型で「バイバーイ」をされてしまったのだ。

 さっき、トイレで自分の顔をチラリと見ると、もうほんま髪の毛を切ってからというもの、おぼっちゃまくんなのである。小林「よしのり」さんの漫画のことではないのであるがな。うーん、ちょっとに切りすぎたのか、切ったあとはいつもこうなのか、顔のホホからアゴにかけて、確かに肉がついているような。
 よーし、「太ったの?」って言った人がまたきたら、今度はもっともっと太って驚かしてやるのだ。

2001年1月19日(金)-2
 あすかさんが久しぶりに書き込んでくれているではないの。と思えば、万年青年さんも。という掲示板は『倉木麻衣さんに関する会議室』だったりするのですね。

   ●

 木村拓哉さんと松たか子さんが出ているテレビドラマ『HERO』の第2回は、あらら、という感じだった。1回目が良すぎたんやろな。なんかひねり方が1回目は3つあったのに、2回目は0.5こ、という感じだった。だから逆に、他の出演者さんたちのおちゃらけの部分が、「なんか邪魔やなぁ〜」と思ったのでした。
 で、今日は『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ』の日なのだ。

 土曜日にABCテレビで放送している『ここだけの話』が面白いって、昨日の読売新聞さんの『zipzap』に書いてたけど、ほんまかいな。

   ●

 「倉木麻衣という歌手がつまらなくなったら、
  それはファンが負けたということだろう。
  倉木麻衣という歌手が、他の歌手と決定的に違うところはそこ。」

 と日記には書いておこう。
 「最近つまらない」という言葉と一緒に、「こんな曲をつくってほしい」「こんな詩を書いてほしい」と具体的に言えるようになりたいな。「例えば僕だったらこう書く、どうか倉木さん、ここから盗んでくれ」とまで言えるように。
 そこへ向かうための、くさいくさい、でも、とても真剣で真面目なもの。「さむ〜」と言われても恥ずかしくないもの。そんなものを今一つ。『倉木麻衣さん、お誕生日おめでとう』の掲示板に近いもの。そんな気持ちであふれるもの。

2001年1月19日(金)-3
 ん?
 『倉木麻衣さんへの掲示板』での「倉木麻衣様したくちびる党」幹事長さんの書き込みにたくさんレスがついている。
 僕には、「迷える子羊達よ、しっかりしろよ。倉木さんに悪いところがあれば、ストレートに『ここが悪い!』と指摘しようぜ」と、「倉木麻衣様したくちびる党」幹事長さんは言ったように思えたのだけど、なんか話の筋が、「反対意見は書いてはいけない」と言っているようにとられているような気が…。「『独占』するぐらい頑張るぞ〜」と、「倉木麻衣様したくちびる党」幹事長さんは言っているように思うんやけどなぁ。

   ●

 それにしても、会社ではいっているNTTさんのフレッツ・アイ。ど、どーなんてるのや。
 今朝、工事をするとは連絡が事前にきていたけど、その工事で、こっちのソフトの設定をかえないといけないとは、どこにも書いてなかったぞ。ほんま、朝から全然つながらなかったので、昼すぎてから連絡したら、「『MP』のところを『MP以外』にしてください、とは。うーん、落ち着くまでには時間がかかるんやなぁ。

   ●

 今、インターネットで儲かっているのは、「インターネットは儲かる」と思っている人を相手に商売しているところだけのような気がしてきた。
 実際は、インターネットで買わなければならないものなんて全然なくて、ただ、今までの市場の何%かがスライドしているだけ。
 だから、「これやったら、インターネットがあってもなくても同じやん」とみんなが気づいたときに、このバブルは終わるんやろな。ほんま、この前のバブルと全く同じ。実態がないのに、先行投資で金を払って、あとでえらい目にあう。つけがこっちにまわってこなければいいけどな。

   ●

 しかし、ほんと、活気があるってのは、「動いている」ってことなんやね。どういうふうに動かすか。それは田村亮子さんもしている柔道にも似ている。びくともしない相手を倒すために、相手の重心を不安定にさせる。そのためにあの手この手を使う。
 だから、景気も「動かない」不景気になれば、あの手この手を使って、動かそうとするんやね。

   ●

 明日とあさっては、大学入試のセンター試験の日らしい。
 みんな頑張って。
 祈ってるよ。憶えてるよ。

2001年1月19日(金)-4
 ♪人生まだまだこれからさ〜

 今年の花*花さんは、ほっかほか亭のCMソングを歌っているバーゲンズさんなんやね。
 ウルフルズさんの『明日がある』といい、FM802さんでは、この2曲がよくかかっているのだ。
 もうすぐ、各新聞で「時任三郎さんのリゲインのCMの再来」というような取り上げ方をされるんやろな。

2001年1月20日(土)
 今年の同志社大学ラグビー部は、関西の希望の星やったんやな。
 今、毎日放送の『楕円球の神様「同志社ラグビー日本一挑戦・打倒関東の一年」』を見て思う。
 同志社大は、大学ラグビーの選手権大会で、準決勝で敗れる。準々決勝で、今まで勝てなかった明治大を下しながら、関東学院大に後半逆転されて敗戦。
 残念、ということもあるが、それだけ関東のチームは強いのだ、とわかる。僕の学校のラグビー部は、同志社大にはまだ勝ったことがないのではないか(?)。そんなことを思うと、関西で同志社大に焦点があたっていても、全国的に見ればしれた話なんだろう。
 しかし、そんなしれた話の中にも、一人一人の思いは変わらない。強いチーム、弱いチームにかかわりなく、確かにそこには、過ぎた日々の積み重ねがある。

 松任谷由実さんの『ノーサイド』である。
 この1曲を聴き返したいだけのために、アルバム『NO SIDE』を買ったことをここで大声で叫ぶ必要はない。
 歌手のアルバムを買うかどうか。
 それはそんな単純なきっかけもある。

 町を歩いていた時にかかっていた曲、牛丼屋さんでタマネギを食べようとした瞬間に流れ出した曲、CDを買う動機はいたるところに転がっている。
 しかし、僕の場合、誰かに「買ってくれ」と無理矢理頼まれて買ったCDは1枚もないのではないか。「買いたくないのだけれど」と思いながら買ったCDは、本当にゼロではないだろうか。しかし、「これはいいに違いない」と思って買ったら「あらら」だったCDは確かにある。
 松任谷さんのこのアルバム『NO SIDE』はどうだ。

 実は買って、自分の手元にあるということで安心してしまい、そう聴いていないのである。
 僕は池ヤンに勧められて、松任谷さんを聴いたのだが、『真珠のピアス』が入っているアルバム(『PEARL PIERCE』)は、カセットテープがフニャフニャになってしまうほど聴いていた。あのアルバムの中の、♪デイ〜ドリ〜ム ゴムホ〜スで〜、という曲を聴くと、「ああ、廊下でパンをもらったな。そのパンの入っていた袋を大事にとっていたな」と、学生時代の記憶が甦ってくる。まさに、記憶は不死鳥伝説。不死鳥伝説と言えば、美空ひばりさんである。
 そういえば、宇多田ヒカルさんのオフィシャルホームページのトップである。そこに今載っている宇多田さんの写真が、山口百恵さんの写真に似ている。ってことを、宇多田さんがオフィシャルホームページのメッセージで書いてくれるまで気づかなかった。そう言われてみれば、似ている写真があったわ。ほんま、人の記憶はあいまいである。
 と言うことは、記憶というのは、不死鳥伝説であり、あいまいであるということなのか。と言うことは、自分で思い出した時が不死鳥伝説であり、人の話で思い出したことはあいまいであるのだな。全く、記憶というのはええかげんな話である。

 で、松任谷さんのこのアルバムはどうだ。
 ってことで、1回聞き返しただけで、何かコメントをすると、それは職業評論家と一緒ではないか。
 職業評論家とファンとの違いは、ええかげんにその場限りのことを言うか、真剣に責任を持って言うか、という違いである。どっちの言葉の方が、僕の心をわしづかみにするかと言うと、言わなくてもファンの人たちの言葉である。
 しかし、世の中に出る言葉というのは、圧倒的に職業評論家の言葉ばかりなのである。そしてその言葉が、さも、一般人の正しいことのように、世に広まるのである。くそくらえである。
 あの『よい子の歌謡曲』さんたちがしようとしたことは何だったのか。発言の力を、ファンサイドに持ってこようとしたのではないか。職業評論家になり、生活の糧にしたいために、『よい子の歌謡曲』さんに参加していたのでないはずだ。いや、それとも初めから、職業評論家を生業とすることを目標にしていたのであるか。

 と関係ないことまで、アルバムではなく、『ノーサイド』という曲を聴いていると思ってしまうのである。
 と思っていたら、『ノーサイド』の次の曲は『DOWNTOWN BOY』ではないか。これは、カラオケで歌ってくれた時に、「ええ詩やないの。ストーリーがあるやないの」と2000年になって、十何年か前にこの曲を誉めていた池ヤンを見直したのであったりするのである。
 おお、『DOWNTOWN BOY』の次は『BLIZZARD』ではないか。原田知世さん、三上博史さんの『私をスキーに連れていって』(←ん?タイトル間違って書いているような気がする)で、雪山を下りる時に流れていた曲ではないか。スキーに行きたい。
 でも、スキーに行くことも、倉木麻衣さんのライブに行くことと同じように、「よし、今日一緒にいこ」と言っても、一緒に行ってくれる人はいないのですね。「もっと早いこと言って」と、逆に怒られてしまうのであるなぁ。
 おろろ、次は『一緒に暮らそう』って曲だったのか。

 あかん、あかん、アルバムを聴きながら日記を書いていたら、全曲の感想を書いてしまうことになる。これじゃまるで、『宇多田ヒカルさんを24時間聴きまくる』の再現ではないか。
 しかし、あの原稿はどこまで書いたのか。何時間くらい聴きまくったのであるか。ご飯を食べる時も、トイレに行く時もずっと聴いていたのであるが、睡眠学習をするように寝ながらも聴いて、次の日も聴いて、うーん、どこまで聴き続けたか忘れてしまった。

 そんなことはいい。松任谷さんの『ノーサイド』である。
 おっと次は『破れた恋の繕(なお)し方教えます』ではないの。こんな曲、初めて聴いたぞ。おお、「なおし方」の「なおす」を「繕し方」と書いている。「繕」って字は、「つくろう」の「つくろ」ではないのか。恋が服の生地のように破れた時、そんな時の「繕し方」なのか。言葉の魔術師やな、松任谷さんは。なぁ、池ヤン。
 ぬぬぬ、次は『午前4時の電話』ではないの。なんか、宇多田ヒカルさんの『オートマチック』や『アデクティッド・トュー・ユー』の場面に似ているのではないの?(宇多田さんの曲のつづりを間違わないために、カタカナで書いておくのだ)
 『午前4時の電話』の中に、〈あの日別れを決めたのもこんな蒼い朝〉という詩がある。「蒼い朝」である。松任谷さんも〈蒼〉って字を使っているのであるね。と、新しい掲示板を立ち上げ中の私は一人ニヤリとするのである。

 ほんま、あかん。聴きながら書いていると、ろくなことがない。話が全然進まない。
 おー。『SHANGRILAをめざせ』って曲もあったのか。あの2年くらい前によくFM802さんでかかっていた『シャングリラ』って曲(電気グルーヴさんでしたっけ?)と同じ「シャングリラ」なんですか?
 ってことは、「シャングリラ」って「伝説の国」のことだったの?「国」のこととは全く思わなかったので、ここでも新たな発見。松任谷さん、おおきに。でも、もう20年近くたってから気づくって、どいうこと?

 あら。最後は『〜ノーサイド・夏〜空耳のホイッスル』って曲なんですね。
 「空耳」って言葉、うまいこと見つけてくるなぁ。
 こっちのノーサイドは、現実の世界ではない感じなのですね。夢の話というか。今までのことが夢だったというか。平井堅さんの『楽園』のプロモーションビデオのストーリーのような、現在の「生活」を感じないというか。

 ふー、ようやく終わった。

 で、『ノーサイド』。
 松任谷さんの『ノーサイド』の話にようやく入っていくぞ。

   ●

 「ノーサイド」という言葉を、辞書の『広辞苑』第三版で引くと、

 〈ノー・サイド[no side]ラグビーで、試合終了のこと。〉

と書いている。
 試合場でサイドを違えて戦っていた敵同士が、試合終了のホイッスルが鳴ると、敵も味方もなくなる(サイドがなくなる)という意味だ、と確か中学の体育の時間に習ったような気がする。

 松任谷さんの『ノーサイド』は次のようなシーンから始まる。

 〈彼は目を閉じて 枯れた芝生の匂い 深く吸った
  長いリーグ戦 しめくくるキックは ゴールをそれた〉

 この詩を全編通して読んでも、タイトルになっている「ノーサイド」という言葉は一言も出てこない。しかも、その『ノーサイド』というタイトルの文字はカタカナ。アルバムのタイトルは『NO SIDE』。まるで、倉木さんのファーストアルバムのタイトルと収録曲のタイトルの、英字の大文字と小文字の関係に似ているではないか。
 で、話は戻って。

 「ノーサイド」という言葉のヒントは、

 〈長いリーグ戦 しめくくるキック〉

この言葉にある。
 大学の野球でもそうだが、東京六大学や、関西六大学、関西学生野球などの試合は、トーナメント戦ではなく、リーグ戦として行われている。リーグ戦とは総当たり戦のこと(ですよね?)。プロ野球と同じである。プロ野球は毎日のように試合があるが、大学のリーグ戦になると、1週間に1試合ずつくらいしかない(ように記憶しているが)。そして、リーグ戦で上位に入ったチームが、今度はトーナメント戦である全日本大学選手権に出場できる。

 僕がいた大学のラグビーチームは、ずっと長い間、2部リーグにいた。最近、と言っても10年ほど前、ようやく1部リーグに上がった(と思う)。しかし、その1部リーグで勝ち続けて優勝したという話は、今まで新聞で読んだことはない。
 だから、僕や、僕の大学のラグビーチームにとっては、『ノーサイド』の中の〈長いリーグ戦 しめくくるキック〉は、試合の最後の瞬間だけではなく、4年間のチームの最後の瞬間にもなる。

 〈長いリーグ戦 しめくくるキックは ゴールをそれた
    肩を落として 土をはらった
    ゆるやかな 冬の日の黄昏に
  彼はもう二度と かぐことのない風 深く吸った〉

 僕にはその情景が目の前に浮かぶ。
 どこの競技場かわからない。どこと試合をしていたかもわからない。けど、僕の中には、僕の中のグラウンドが映っている。

 〈何をゴールに決めて
  何を犠牲にしたの 誰も知らず
  歓声よりも長く
  興奮よりも速く 走ろうとしていた あなたを〉

 僕は体育会系の部員ではなかった。クラブは新聞社(「部」ではなく、「社」と呼んでたのよね)だったので、芝生の匂いを深く吸った経験はない。
 ただ、大学の野球部が、初めて関西六大学で優勝するかもしれないという試合を取材した経験はある。
 場所は、滋賀県の皇子山野球場(名前あってるかな?もう、うる憶えでしかない)。
 大学の野球、しかもそれが東京六大学なら話は別だろうが、関西六大学となると、観客は、数えるほどしかいない。
 僕の大学側の観客は、野球部の人たち、応援団の人たち、選手の家族の人たち、学校関係者、数えても100人いなかったのではないか。相手側は、優勝がかかっていないので、それよりもさらに少ない人数しかいない。
 高校野球でPL学園が出る試合などは5万人くらい集まるが、そんな話はどこの国のことか、と思うくらいである。
 しかし、そんな皇子山球場に僕らはいた。そして野球部の人たちはいた。
 試合に勝ち、優勝が決まった。高校野球の甲子園の優勝戦では見られない胴上げもあった。僕ら取材に来た新聞社のメンバー(3人ほど)は、金網越しにその胴上げの写真を取った。
 「号外を出そう」、そう言いながら大学に戻り、記事を書いた。『いざ神宮へ』、そんな大見出しをつけた手書きの新聞は、青焼きのコピー機で何百枚か印刷した。校舎の階段脇に置いていた新聞社のポストに手分けして配った。何日か後、学生課の事務の人がその新聞を持っているのを見た。

 そんな記憶が、ぐるぐるぐるぐる、『ノーサイド』を聴くと、僕の頭の中をまわる。

 〈何をゴールに決めて
  何を犠牲にしたの〉

 僕らは何をゴールに決めて4年間を過ごしたのか。
 先輩が3人しかいない。しかもそのうちの2人は1学年上の現役入学組。僕ら同期生はほとんどが浪人をしていたから、先輩も高校時代は同学年という気安さがあったのか。10人以上がいっぺんに入社した(新聞社やから、「入部」ではないんやろな)。
 けど、最後までクラブに残った僕の同期生は4人だけ。「主幹」「編集局長」「業務局長」「総務局長」と名前は偉そうだが、クラブにある4つの主な役職についていた4人だけが、最後まで在籍していたことになる。
 そんなことも今、振り返ればわかる。この4人も含めて同期入社組は、今も誰かの結婚式があると集まる。結婚していない人もまだ結構いるので、これからも、誰かが「結婚する」ということを理由に、集まることもあるだろう。

 ゴールはなんだったんだろう。僕は新聞社にどんなゴールを決めていたのだろう。
 4年間、ほとんどクラブのボックス(部室)で過ごした。3回生までに大学を卒業するための単位をほとんど取った。4回生の時はほとんど用もないのにボックスにいた。
 1回生の新入生歓迎コンパから、4回生の追い出しコンパまで。僕は何をゴールに決めていたのだろうか。
 卒業式が終わり、後輩から花束をもらい、歓送会が京都のホテルであったあと、何人かで飲みに行き、僕はゴールにたどりついたのだろうか。
 何かをゴールに決めていなかったから、僕はゴールにはたどりつけなかったんだろうか。

 〈同じゼッケン 誰かがつけて
  また次のシーズンを かけてゆく〉

 後輩につなげることだけが、新聞社をつぶさないことだけが、僕の目標だったのかもしれない。
 僕らが入社した時、学校から割り当てられていたクラブの予算は年間1万円。半年に1回、1万円の半分の5,000円をもらうために、社印を持って受け取りにいった。新聞を発行するには、1回あたり2〜3万円かかった。近くの喫茶店とかに広告出してもらうようにお願いした。30軒連続で断られた。文化祭で出店する模擬店が一番大きな収入源だった。1回生の時はお餅、2回生の時は焼きおにぎり。

 〈歓声よりも長く
  興奮よりも速く 走ろうとしていた あなたを
  少しでもわかりたいから〉

 僕は、新聞社に入っていたから、〈歓声〉も聞けたし、〈興奮〉も感じられたのかもしれない。
 廃止されていた女子寮、大学の前の道についてなかった信号、特急が止まらなかった駅、歩いて行くには遠かった完成前のグラウンド。僕は新聞社にいたから、いろんなものを知ることができた。活字にする予算がなかったから、印刷の文字はすべて手書き。「新聞」にはなりきれない、ミニコミみたいな新聞。そんな新聞の中で、僕はいろんなことを応援することがゴールだったのかもしれない。

 『ノーサイド』に出てくる主人公の人は幸せやなぁ、と思う。

 〈人々がみんな立ち去っても私 ここにいるわ〉
 〈人々がみんなあなたを忘れても ここにいるわ〉

 そう言ってくれる人は、

 〈同じゼッケン 誰かがつけて
  また次のシーズンを かけてゆく〉

とも言っている。
 主人公がこれまで誰かがつけていたゼッケンを背負い、〈歓声よりも長く 興奮よりも速く 走ろうと〉していた。そのことを思い出している。しかしなお、同じゼッケンをつけていても、主人公の人は誰か、その見分けがつく、それくらいずっと見ていた、と言っているようだ。

   ●

 卒業して何日か経って、クラブのボックスに寄った。
 社会人になる日が近づいていた。
 嘘をつき通せなかった僕は、『本音ノート』という、みんなの愚痴を書くクラブの日記帳に、学生時代最後の書き込みをした。
 駅に戻り、電車に乗り込み、僕が4年間過ごした大学の校舎が視界の横に流れていった時、僕は初めて泣いた。
 ゴールは、きっとどこかにあったんやろな。形には表せない、言葉では書くことができない、そんなゴールが。

 あれからもう何年経つのだ。あれからもう何十年経つのだ。
 それでも思い出させてくれる。

 倉木さん。
 僕は、こんな松任谷さんの『ノーサイド』のような詩を、これからの4年間で君に書いてほしい。そして、君なら、絶対に書くことができると思うんだ。

 センター試験が始まっている。
 倉木さんを応援している受験生のみなさんへ。

 今日と明日は、みなさんが倉木さんを応援するのではなく、倉木さんを含めた僕らがみなさんを応援する日だ。
 みんな、応援してるよ。

2001年1月21日(日)
 倉木麻衣さんの『冷たい海』のプロモーションビデオを全編近く見る。
 スカパーの『M.M.M./』という番組で。

 『冷たい海』、いつもながらいい。誰とも比べることができないくらいいい。
 大阪の、あの汚いと言われる海が、こんな映画のワンシーンのような風景になるとは思わなかった。自動車メーカー・ミツオカさんの車のようなタクシーに乗り、この海に来たのはなぜ? ヘリコプターに乗り、この街を見おろしたのはなぜ?
 体全体に、しびれが切れたようなピリピリとしたものが駆けめぐる。
 オルゴールの音が、何年か経ったあと、この曲の季節と空気を思い出させてくれるようだ。

 「倉木麻衣」という歌手について不幸なことがあるとするならば、その実際の年齢と容姿であろう。
 「倉木麻衣」という歌手の実際の年齢が、本当は30歳以上であり、容姿が今以上に一切わからなければ、もっと正当に評価されているのではないか。
 いかに、今「倉木麻衣」が生み出す楽曲が素晴らしいものかということが、正当に評価されているのではないか。
 みんなは、「倉木麻衣」という歌手がいなくなってから、そのことに気づくのだろう。「倉木麻衣」という歌手は、本当に素晴らしい歌手だったということを。
 それが、一番の倉木さんの不幸である。

 今、気づいている僕らだけでも、正当に評価してあげたいと思う。

2001年1月21日(日)-2
 2月になってから立ち上げようと思っていた掲示板の用意ができたので、今日トップページからリンクをつなぐ。
 『倉木麻衣さん、お誕生日おめでとう!』の掲示板のようになればいいなぁ。
 詩は、散歩しながら考えていたもんね、倉木さん。
 でも、今はできないんやろなぁ。
 だから、気持ちだけでも、一緒にみんなと歩こよ。

2001年1月22日(月)
 朝早く起きるといいことがあるもんだ。
 朝の通勤電車。近鉄生駒駅で扉があくと、「ちょっとすみません。席を譲って下さる方いませんか」の声。
 僕のところからは見えないところでの声だったので、何のことだろうと思っていた。
 そして、近鉄鶴橋駅に着き、僕が電車を降りようと出口に向かいかけると、扉の外に駅員さんが待っていた。その駅員さんは、僕のだいぶ前に扉から外へ出ようとした白い杖をついた人に声をかけ、手を差し出した。
 うーん、近鉄さん、なかなかやるやん。
 その駅員さんは、JR鶴橋駅の改札も越え、白い杖の人と一緒にJRの電車に向かっていった。
 そういうところで、駅員さんって、連携プレーをしているんやね。
 なんか三文得したような、気持ちのいい場面を拝見させていただきました。

 「手を差し出す」って、なんかいいね。
 でも、なかなか、自分ではできないんだよなぁ。何とか率先してなれるようになれればいいのだけれど、いつも見て見ぬふりをしているもんな。「逆に迷惑になるんじゃ」とか自分にいいわけをして。
 うーん。

2001年1月22日(月)-2
 倉木さんのライブが決まった。『倉木麻衣さんへの掲示板』のりゅうさんの書き込みで知る(はうあ。りゅうさんすみません。「りょう」さんと書いてました。一時休養@麻衣姫=☆joNy茶さん、おおきに。おや?「joNy茶」と「y」が増えている気が…)。
 と言っても、爽健美茶さんがからんだライブらしい。
 ファンの人なら飲んで応募するだろうけど、うーん、なんだかなぁ、というのが初めに思ったこと。
 有料にすると、ダフ屋さんがいっぱいになるだろうと思うが、「スポンサーつき」ってこと自体が嫌いだからなぁ。僕の心のどこかに、スポンサーがつくと「自由にできない」という固定観念があるからやなぁ。
 お茶なら、毎日、実は買って飲んでたりするので、僕にとっては無理して応募のためにだけ買う必要はないのだが、うーん。とにかく、スポンサーつきは残念。しかし、無料はいいことだと思う。
 うーん、それにしても、スポンサーつきは残念。
 と同じ言葉を何回も書いてしまう。

 ファンクラブさん、(1)の企画を是非実現させてほしいなぁ。爽健美茶さんのライブより、(1)を先に実現してくれることを希望します。少人数でも、ほんとにファンの人だけが集まるライブで、倉木さんのライブはスタートさせてあげたい。そして、「ライブは楽しい」という気持ちを、倉木さんにもってもらいたい。多くの人の手にビデオがいきわたるより、少人数でもファンの人たちだけの中でのライブがいいなぁ。

 と思うが、それにしても、スポンサーつきは残念。とにかく残念。
 (爽健美茶さん、すみません)

2001年1月22日(月)-3
 倉木さん。
 『倉木麻衣さんと歩く蒼い詩人たちの会』の掲示板は、びっくりするほど、泣けてくる掲示板になりそうです。
 →http://hpcgi1.nifty.com/ohho/sizin/cbbs.cgi

 氷色さんに感謝やね。おおきに、氷色さん。

 そうそう、倉木さん。
 もちろん、倉木さんがまだ歌にしていない詩を書いていただくのはOKですよ。ですが、「倉木麻衣」名では書き込まないで下さいね。別に素敵なペンネームを考えていただいたなら、遠慮なく、ご自由に書いてやって下さいな。

2001年1月23日(火)
 そらバッシングになるわな。
 と思う。
 なんか、「爽健美茶」さんを飲むかどうか、買うかどうかで、踏み絵をさせられてるようで、これが胸くそ悪い原因になっている。なんで今まで、協力関係の『名探偵コナン』さんや『MFTV』さんをのぞいて、タイアップということをしなかったのかが、わからなくなる。今まで頑張ってきたのは、なんだったのか。
 で、これもそれも、倉木さんのファンクラブさんのせい、と思ったりしそうだけど、どうもひっかかっることがあるんよね。

 一晩寝た。会社にまた遅れた。たはは。

 で、一晩寝ると、僕の場合、いろんなことを忘れてしまうことが多いので、冷静になることができた。そしたら、ひっかかっていることはなんだったのか見えてきた。

 昨日、『倉木麻衣さんへの掲示板』でりゅうさんの書き込みを見て、ファンクラブさんのサイトにいった。けれど、ライブのことがどこに書いてあるのか、初めは見つけられなかった。30分ぐらい、あっちへいき、更新をし、といろいろした。で、ようやく見つけた「LIVE」の文字。
 「なんや、こんなところにあったのか」とクリックすると、どうも様子がへん。「ライブ決定!ぱふぱふっ」って感じじゃないのよね。
 その「LIVE」の画面のトップにきていたのは、「下記のお知らせとは別に」という言葉だった。
 他にも『会員のみなさまへ』とか『Mai.k netスタッフより』というページが用意されていた。
 具体的に、ここにその文のコピーをするといけないけれど、一部を要約すると、ファンクラブ会員チケット優先予約がないことは「『爽健美茶ナチュラルブリーズ 2001 happy live』コンサート実行委員会」より伺っているということ。“ココロの幸せ(happy)”をお届けできるアーティストとして倉木さんが選ばれたことを「とても嬉しく」思っているということ。そして、ライブ・ツアー成功を「ファン クラブとしても暖かく見守って応援していきましょう!!」ということ。
 もう、ファンクラブさんの力ではどうしようもないことだった、ということが痛いほどわかる。
 だからこそ、今、ファンクラブさんは、「下記のお知らせとは別に」3つの企画をたて、どれか一つでも実現させようと動いてくれているのだと思う。

 それにしても、コカ・コーラ社さん、もうほんま、これがあんたらの手やってんね、って感じですわ。
 一般に売り出すとチケットがどれだけの高値がついて売買されることになるかわからない。店頭で売るとか、電話で予約とかすると、学校や会社を休む人が出るかもしれない。そんなことがあるといけないから、どんな人にも公平にきてもらえるように抽選という形にしたらどうですか。無料でご招待という形にすれば、みなさん、喜びますよ。私たちもお手伝いしますしね。
 そんな言葉とともに、「倉木さんを、私たちは“ココロの幸せ(happy)”をお届けできるアーティストだと思うのですよ」と言われれば誰が断れるのでしょう。
 いやいや、そんなことはできません、まずファンの人だけに、なんて言えば、「高いお金を出してきてもらうことになってもいいのですか」とか「私たちが、あなたを認めているのに、私たちを無視するのですか」とか「あとはどうなってもしりませんよ」とかとかとか。
 なんか、そんないやらしい匂いがプンプンだ。
 コカ・コーラ社さん、『Mai-K TV』にスポンサーになってくださったのは、ライブ・ツアーまで見越してのことでしたのねんのねん。

 といつもの僕のくせで、妄想から浮かんだ話を書きましたが、「いやいやそんな気はありません」とコカ・コーラ社さんが言って下さるのなら、「シール5点分を集めて、ご応募」なんてせこいことはやめて、「趣旨に賛同して下さる方は、ハガキだけでご応募」とされたらどうでしょうか。「シール」は余計なこと。

 と、ご提案申し上げたいのですが、後の祭りやな。
 僕にできることは、したいと思う。

 倉木さんのファンクラブさん、頑張れ!

2001年1月23日(火)-2
 思い続けると会えるもんなんやなぁ。

 っていうのは、読売新聞大阪本社社会部さんの本。これで何冊、中古本屋さんで見つけたことか。

 今、読んでいるのは『ドキュメント新聞記者』(読売新聞大阪本社社会部著、角川文庫刊)。サブタイトルは『三菱銀行事件の42時間』。
 去年の年末、20世紀の出来事を振り返る番組がテレビでさんざん放送されたが、その中に「日本の100大事件」というコーナーがあると必ずと行っていいほど登場していた、あの三菱銀行事件のことである。
 「三菱銀行事件」とは、その本の表紙に書いている言葉を引用すると次のようなものである。

 〈昭和54年1月26日、白昼に、だれでもが日常出入りする銀行で、大事件が発生した。
 「ソドムの市って映画を知っとるか」――犯人梅川昭美のこの言葉に象徴される、犯罪史上、稀にみる惨劇は、日本中の人々の耳目を集めただけでなく、新聞記者一人一人に、報道とは、記者の仕事とは一体何なのか、を深く問いかけるものであった。〉

 大阪の三菱銀行北畠支店で起こった、銀行強盗失敗→警官・銀行員射殺→30人以上の人質をとり立てこもり、そして、警察の犯人射殺で終わったあの事件である。連合赤軍の浅間山荘事件のように、事件解決までの42時間、ずっとテレビで放送されていた。
 僕のいる関西では、グリコ・森永事件や、神戸の酒鬼薔薇事件など、人々の関心を引いた事件はいろいろ起こっている。しかし、この三菱銀行事件も、「三菱銀行」と言えば、「北畠支店」とすぐ支店名が出てくるほど、僕の記憶に残っている。犯人が射たれ担架で運ばれる時に、後ろで担架をかついでいた人がつまづいた、ということまで憶えている。
 その犯人の名前はUさんという人だった。

   ●

 今日は、会社の健康保険証が切り替わるため、保険証を会社に持っていく日だった。
 僕の保険証は2つある。厳密には僕と母親の分なのだが、僕と母の住んでいるところが違うため、僕の扶養家族である母は、遠隔地用の保険証を持っているのだ。
 だから、その保険証をこの前の日曜に母のところまでとりに行こうと思っていた。しかし、とりに行く前に電話をいれると、22日の月曜日(きのう)に使うという。仕方なしに、「ほんなら、月曜の夜にもらいにいくわ」と約束をした。
 その後、今度は母から電話があり、「月曜に病院へ行った帰りに、持っていったるわ」とのこと。「家の前のポストに入れといたらええんやろ」。

 (『倉木麻衣さんへの掲示板』のYu!さん、どうもです。
 そうです、その通り、僕は今、奈良に住んでいるのですね。で、母の住む実家は大阪なのですね)

 と、母は言ってくれたのだが、僕の母は、おととしくらいまで、家の近くにあるお墓にも歩いていけない状態だった。それが「持っていったるわ」とは。
 よぉ、ここまでよくなったもんや。ほんま、奇跡のような話はあるもんや、と感心しながら母の言葉を聞いた。

   ●

 三菱銀行事件の犯人はUさんという。
 銀行内では、僕らの想像を絶する悲惨なことをしていたのだが、そのUさんにも父や母がいた。

 〈「大阪で起きている三菱銀行の犯人の母親が香川県の大川郡引田町に住んでいるらしい。すぐ確認してくれ」「大阪府警からヘリコプターが飛んで、母親を大阪に連れていくという情報がある。調べて、乗り込むところの写真を撮ってくれ」〉

 この本『ドキュメント新聞記者』の中にもそのような記述がある。
 三菱銀行で立てこもるUさん。その母親に説得してもらおうと、警察は母親の住む町にヘリコプターを飛ばす。そして、母親が乗り込む写真を撮るために、新聞記者は走る。

 〈(新聞記者たちは)支局を出て約四十分後の午前九時五十分。引田町の十キロ手前の津田町で、二人はヘリの爆音を聞いた。だがその爆音はだんだん遠のいていくではないか。〉

 結局、新聞記者は母親がヘリコプターに乗り込む写真は撮れず。しかし、母親が住んでいる周辺の聞き込みを始め、犯人のUさん像をさぐろうとする。
 Uさんは、この事件を起こす前に、少年時代に殺人事件を起こしている。引田町に住む前は、大竹市に住んでいた…。

 〈同じ時刻、瀬戸(記者)は県警幹部から、くやしい思いで梅川の経歴を聞き、メモしていた。
 「梅川は、父親が退職したあと、三十三年六月に大竹市から両親とともに、父親の出身地である引田町に引きあげ、小学校五年で町内の引田小に転校。その後、両親が離婚したため同年十二月に、静子さんに引き取られて、再び大竹市へ帰った。岐阜県多治見署で逮捕された鍋島は、引田町での同級生。父親は町内で易者をしていたが、梅川が大竹市で殺人を起こしたため、立ち直らせようと復縁、母親の静子さんは引田町にもどったが、梅川は大竹市に残った。静子さんは夫と一緒に夫の弟の恒一さん方に身を寄せていたが、四十二年四月、夫が死亡後、現住所であるチクワ製造業、銭谷三郎さん(六一〉方で間借り住まいしている。静子さんは、手袋工場で働き、その月給四、五万円と夫の厚生年金四、五万円で暮らしている。梅川は毎年、正月と盆ぐらいに引田町に帰ってきている――」〉

 そんな母親の元に、警察がくる。事件を起こしている息子への説得依頼。息子を立ち直らせようと父親と復縁した引田町へ、警察が訪れることになる。
 警察からの連絡は、夫の弟の恒一さんにくる。そして、その恒一さんから話を聞いた、現住所に住む銭谷さんが語る。

 〈「朝の六時ごろに恒一さんが、みえてのう。それで『実はのう、この事件の犯人が、しいちゃんの息子やいうて、大阪の警察から連絡があったんや』と、新聞を見せるんよ。〉

 銭谷さんは、Uさんの母親の血圧が高いことを考え、交通事故にあったことにして、連れていこうとする。
 しかし、警察の人がきて、本当の話を告げないといけないことになる。

 〈『あのな、おばさん。息子さんが大阪で強盗やっとんだ。それで、たてこもっとんや。おばさんが、説得してくれんか』と刑事さんは話したんやが、何人も殺してるいうことは、よう言わなんだ。おばさんは、大阪では金がいるやろう、とタンスの引き出しから郵便貯金の通帳を取り出そうとしとったんよ。ピンとこんかったみたいやった。刑事さんは、もう一回、『母親として言葉をかけたってくれまい。そうしたら、息子さんも罪を重ねんと思うんやがのう』と言ったんよ。すると、おばさん…」〉

 話しているのは銭谷さんの妻のタカエさん(五八)である。

 〈タカエさんの言葉は途切れた。
 「おばさん、だんだん事の重大さがわかってきたんじゃろう。通帳を捜そうとするんやが、引き出しをあけては閉め、別の引き出しを開けたり、部屋の中をあっちこっち歩いて……。見てられんかった。しばらくたって、おばさんは、こう言ったんよ。『私は学もないし、年寄りやけん、十分なことは言えんかもわからんがな』とのう。私、『気をつけて行って』としかよう言わなんだ」
 タカエさんは泣いた。涙もろい若林(記者)は、聞きながらポロポロ涙を流した。〉

 〈それでも、二階に案内してもらい、静子さんの部屋をカメラに収めた。部屋は六畳と八畳。奥の間にはポータブルのカラーテレビが置いてある。タンスが一本あるが、使い古したものだ。水屋はない。代わりにミカン箱ようの箱に紙をはって食器類が入れてある。家具はそれだけだった。〉

   ●

 倉木さんの両A面の新曲、その一曲に『冷たい海』がある。
 そのプロモーションビデオには、大阪の海が映る。
 「皆が思っているほど汚くないですよ。」とozuさんは、大阪の海のことを『「OHHO日記」お試しチェッカー掲示板』で教えてくれた。
 夜景もきれいな大阪の海、そして町。
 『冷たい海』のプロモーションビデオは、ヘリコプターが空に浮かぶ場面から始まる。

   ●

 倉木麻衣という人はどこへ行こうとしているのか。
 誰を説得しに行こうとしているのか。

 変わってしまったみんなの心に、倉木さんの歌は届くのだろうか。

2001年1月23日(火)-3
 僕は『冷たい海』が好きやなぁ。
 比べてしまうと、『Start 〜』より、いいなぁ。
 『Start 〜』は『名探偵コナン』さんのバージョンの、

 ♪それでも〜〜

ってコーラスが入っている方がいいなぁ。

 で、『Start 〜』って、今FMで流れてるのって、倉木さん、ちょっと笑いながら歌ってません? 今までで初の、笑い声が聞こえてくるような歌い方では?
 でも、温かさはそんな笑い声が聞こえてくる『Start 〜』より、ちょっと湿った『名探偵コナン』さんバージョンの方に感じるのはなぜ。
 温かいということを感じるのは、冷たい空気の中の方が強く感じるから?
 色でも、カラーだとわかるのは、隣にモノクロがあるから区別がつくのと同じこと?

 辛い日々が続くだろうが、倉木さん。
 これはあなたたちが決断したことに対する一つの結果。しっかり受けとめてほしいと思います。
 けど、時間はそこで終わりじゃない。続いていく。

   ●

 さてさて、今日は吉野屋さんの牛丼でも食べて帰るか。
 やっぱ、大盛りやね。もっと太ってみかえさんとね。

2001年1月24日(水)
 ボロは着てても、心は錦。
 まだできることがあった。
 お昼に『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込むことにしよう。

2001年1月24日(水)-2
 で、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込む完全版は次の分です。

   ●

倉木さんのファーストライブについて。
『まだできることはある』

 「開催地が全国都市、日程も夏休み、そして会場も一体感が一番感じられる小さなライブ会場…。1つの大きな会場で1回で済ますではなく、倉木さん自身が全国に足を運んでくれる。しかも、チケット代は無料」ってことなら、誰が喜ばないのでしょう。
 と思うのは当たり前のことだと思う。
 ライブを見たい人に全員見てもらうことは不可能。そのこともわかってる。解決策は、みんなが平等に参加できるハガキでの応募、抽選にする。それも納得がいく。
 でもね、そこでなんで、「お茶についているシール5点が必要」ってことが出てくるの?と思う。
 『爽健美茶』さんは『Mei-K TV』さんのスポンサーになっている。今後、「視聴者のみなさん全員に世界一周旅行プレゼント。提供は日本コカ・コーラ社さん」なんてことがあるかもしれない。
 けどね。
 僕らはスポンサーさんがついてくれたことで、倉木さんが登場する場面が減ったと思ってる。「世界一周旅行なんていらないから、あと30秒倉木さんを出して」と思っている。15秒や30秒の広告にスポンサーさんがお金を払ってくれるのと同じように、いや、それ以上に、15秒や30秒、倉木さんが登場してくれることに、僕らは大きな価値を見出している。
 ファンとはそういうものだと思いますよ、倉木さん。
 「無料」だからって、そのことが一番喜ぶことではありません。「世界一周旅行」なんていらない。

 「お茶のシール5点で応募ができる」ってことが納得いかない。
 倉木麻衣という女の子は、景品についてくるジャンパーではない。
 まだ時間はあると思う。ノーサイドの笛が鳴ったわけではないと思う。僕らにできることはまだあると思う。

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(1)日本コカ・コーラ社さんに「シール5点で応募」の条件をなくしてもらう。
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 そもそもこれが僕のカンに触っている。
 スポニチアネックスさんのホームページの記事によると、

 〈ビッグネームの初ライブを、商品の販売促進に結びつけるコカ・コーラの戦略。大手代理店関係者は「資金力のあるコカ・コーラならではの、巨額投資の販売戦略。公演製作費、出演関係者のギャラ、リハーサル費などを含め、2億円程度の冠料を出すのではないか」とみている。〉

 とのこと。
 2億円と言えば、単純計算で、1,200円のマキシシングル約17万枚分。
 『爽健美茶』さんの1缶120円にすると、その10倍の約170万本分。100万通の応募があれば、500万本みんなが買うことになる(6億円の売上)。
 今回の企画で誰が一番得をするのか。2億円払って、誰にそれ以上のお金が返ってくるのか。
 日本コカ・コーラ社さんは、倉木さんを「爽健美茶」を売るために景品扱いにしている、と思われても仕方がない。コカ・コーラと言えば爽やかなイメージだったのに、「シール5点」という条件をつけ、若者にせこい商売をしているというダーティーなイメージを固定観念化されても仕方がない。
 と、脅迫めいたことを書きますが、日本コカ・コーラ社さん、よく考えて下さい。
 もし、今回発表した「シール5点で応募」の条件について、実際に募集する前に、「あの条件はなくします。ハガキで応募してくれたすべての方から抽選させていただきます」と発表してみなさい。どれだけの宣伝効果があるか。「爽健美茶」どころではなく、日本コカ・コーラ社さん全体の株があがります。2億円でおつりがくるぐらいの宣伝効果があるのではないですか。趣旨に賛同してくれる人なら誰でも応募できるってことにすると、プラス効果はあっても、マイナス効果はないのでは?

 と言って、日本コカ・コーラ社さんにメールなどで訴えてみる。
 もし、「シール5点で応募」の条件がなくなれば、誰もが応募できることになる。僕らがのぞんでいたライブに近づくのではないか。しかも無料である。
 日本コカ・コーラ社さーん。
 ライブ会場前に「自然を大切に」の募金箱を置いていただいてもかまいません。その箱にシール5点分の600円を入れることくらいなんてこっちゃない。そのかわり、自然に役立つ使い方をして下さいね。

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(2)ファンクラブさんのイベントを早期に実現させる。
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 これは、倉木さんのファンクラブに入っている人だけのことになりますが、何としても、ここはファンクラブさんに踏ん張ってもらいたい。
 ファーストライブはやはり、ファンの人だけで倉木さんを迎えてあげたい(ファンクラブに入っている人だけがファンではないので、倉木さんのCDのアンケートを返送している人に限ってもよい)。
 今、ファンクラブさんは、3つの企画を進行中。その中にある、ファンの目の前でライブをするということを、何とか早期に実現させていただきたいと思います。
 そのために会場探しがネックになっているのなら、ファンの誰かがデカいカラオケ屋さんを探してくればいい。バックで演奏してくれるミュージシャンたちの都合がつかないなら、インストルメンタルが入っている倉木さんのCDをみんなが持ち寄ればいい。スピーカーなどの機材が問題なら、みんながラジカセを持ち寄ればいい。
 今、倉木さんに一番大切なのは、日本コカ・コーラ社さん主催のライブツアーより先に、ファンだけのライブをすること。
 1分でも1秒でもいいから、日本コカ・コーラ社さんなどのスポンサーさんにかかわりのない、倉木さん側主体のライブをすることである。

 ファンクラブさんに頑張ってもらうために、励ましのメールを送りたい。
--------------------------------------------------

 というようなことしか思いついていませんが、まだ、勝負はついたわけではないと思います。
 倉木さんたちは、もう日本コカ・コーラ社さんと契約を交わしていると思うので、要望は一切言えない状態にあると思います。契約を破ってまで口出しすると、もっとひどいバッシングが待っているでしょう。
 でもね。
 僕らファンと、日本コカ・コーラ社さんとは契約を結んでいません。倉木さんたちが言えないことも、僕らなら言うことができます。『爽健美茶』さんを買うのは僕らなんです。僕ら消費者なんです。
 では、まず僕から始めたいと思います。

日本コカ・コーラ社さん
 ホームページ http://www.cocacola.co.jp/
 (結構楽しいホームページです)
 ですが、メールアドレスを見つけられなかったので、次のところにハガキを送ろうと思います。
 〒100-8695 東京中央郵便局 私書箱2006号
 「爽健美茶ナチュラル ブリーズ2001happy
         liveペアチケットプレゼント」係

Mai-K.NETさん
 メールアドレス info@mai-k.net
 Mai-K.NETさんには、この文をメールで送ります。

  ●

 長くなったので、書いた分の後半だけ『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込みます。

2001年1月24日(水)-3
 倉木麻衣さんのテレビ番組『Mai-K TV』のスポンサーさんは今、2社ある。
 LOTTEさんと日本コカ・コーラ社さん。
 どっちが先にスポンサーさんになってくれたかというと、LOTTEさん。
 なぜそう僕が思うかというと、『MFTV』さんのオフィシャルホームページにある『Mai-K TV』さんのページ。そこについているスポンサーさんのバナー広告は、初めLOTTEさんの分しかなかったんよね。
 今じゃ、LOTTEさんと日本コカ・コーラ社さんの2社ついている。けど、そのバナー広告が画面に表示される前の文字を見たら、今でも確認できる。
 どちらのバナー広告も「LOTTE」の文字がまず出てくるんよね。
 だから、僕は初め、『爽健美茶』さんはLOTTEさんの商品だと思っていたのでした。

   ●

 倉木さんの歌で、「もうあきらめた」とかいう詩を僕は聴いたことがない気がする。僕だけの空耳か。

2001年1月24日(水)-4
 一つ、アンケートをアップ。
 『「初ライブツアー決定」が素直に喜べないのは?』

2001年1月25日(木)
 いくつかの倉木麻衣さんのファンサイトの掲示板を見る。
 「麻衣ちゃん、ライブ決定おめでとう!」の言葉とともに、「爽健美茶、飲みまくるぞ!」「僕はケースごと買う!」「コカ・コーラの製品だったらなんでもいいの?」という言葉がある。そういう言葉があふれている。

 「麻衣ちゃんのライブいつあるの?」「麻衣ちゃんのライブ決まったら絶対いく!」と、『倉木麻衣さんへの掲示板』や『倉木麻衣さんのこの曲を聴いて下さい』の掲示板に書き込んでくれてたみんな、ごめんね。

   ●

 僕の会社の隣にあるサントリーさんの自動販売機が故障になった。2週間くらい前のこと。その時から『しみじみ』を『なごみ笹緑茶』に代えている。だから毎日シールは最低1枚ずつ増えていくことになりそう。
 だもんで、タイムリミットになり、キャンペーンが始まってしまったら、僕が集めたシールは全部、みなさんにプレゼントします。
 ある程度まとまったら、この日記なりで連絡するので、先着順でそのシールを送らせていただきます。応募して当ててね。
 こんなことしかできないけど、とりあえず、僕ができることはしていこうと思います。

   ●

 コカ・コーラさんって、いろんな会社があるんやね。
 スポーツ新聞には、「日本コカ・コーラ社さんが主催」ってことが書いていたのだけど、近畿コカ・コーラボトリングさんのホームページには、メールを送るページがあったので、そこにまず問い合わせてみる。
 そうすると、「その全ての権利を「日本コカ・コーラ株式会社」が有しているため、私どもでは判断することができません。」の返事をいただく。
 よかったぁ。「どちらに意見や要望を伝えればいいですか」とだけ書いておいて。
 ほんま全く筋違いの文句を書いてしまうところだった。あぶないあぶない(←ひやひやの顔文字があるつもり)。

 コカ・コーラさんやから、ということで一緒くたにしてたら、それは「倉木麻衣さんはビーイング」って言ってる人と同じやもんね。

   ●

 昨日、倉木さんのファンクラブさんと、gizaさんのwebmasterさんに、昨日の日記に書いたメールを送る。

2001年1月25日(木)-2
 それにしても、トヨタさんが昨日発表した『カローラ ランクス』って車はいいのじゃないの。初めてトヨタさんの車でいいんじゃないの、と思った。
 なんと言っても横顔がいい。
 赤いファミリアや、初代のシビックみたいやないの。角角しているのじゃないの。いいんじゃないの。
 うーん、ホンダさんの『ストリーム』にしようか迷ってしまう。
 しかし、新車に買い替えるとなると、年末近くにした車検代がもったいない。と思いそうになるが、その車検をせずに新車を買っていたら、めちゃくちゃくやしかったやろな。『ストリーム』も『カローラ ランクス』もあの時はなかったもんな。あの時の「何も買わない」という決断に感謝感謝。

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 倉木さん、初ライブを全国ツアーにしてくれてありがとう。
 そして会場をライブ会場にしてくれてありがとう。
 みんなによろしく、ってお願いできそうな身近さが感じれて、それがなんだか嬉しいな。

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 毎日書いていこか。

 「頑張って。倉木さんのファンクラブのスタッフのみなさん。
  応援していますよ」

2001年1月25日(木)-3
 今日は、今日のためだけじゃなく〜。
 あさってのためのものでもある〜。

   ●

 あれは、確か大学3年の春休み。大学4年になる前のことだったと思う。
 池ヤンに電話をし、もう一人の友達に電話をしようかどうしようか迷った。
 春休みには、クラブの春合宿が予定されていたので(あと1週間ぐらいだった)、その打合せでもしようか、と思った。
 いや、ちょっと違うな。ちょっと心配だった。
 電話をかけようかどうしようか迷った相手は、何日か前に「寝られない」ってい電話をくれていたのだ。なんかおかしなことを言うな、とは思っていたのだが、ま、春合宿もあるし、そこでパァーとやったらいいわ、と思った。
 だから、一度あげた受話器をおいた。

 次の日、後輩から電話がかかってきた。
 「電車にひかれたんやって」

 僕が電話をしようかどうしようか迷った相手が、次の日、駅のホームから、レールの上に落ちたらしい。運悪くその時電車が通り、今、救急治療室にいるという。

   ●

 僕はそのことがあってから、考えが少し変わった。
 何か言わないと、と思った時には、少しでもそう思った時には言おう。そんなことを思った。
 僕のその友達は今では元気になり、この前の友達の結婚式にもきていた(らしい。電車の時間の都合で僕が参加した2次会には出られず、十何年かぶりに僕と会うことはなかったのだが)。

 あの時、もし「元気にしてる?」とか「明日ボックス(部室)にいくんか?」と電話で聞いていたら、僕らの未来はかわっていたと思う。あいつも痛い目にあわずにすんだんじゃないか、と思う。僕も、こんな考えになることもなかったと思う。

 結局、その友達の事故があり、僕らの最後の合宿、石川県金沢市への春合宿は中止になった。
 そういや、「行くべきや」「いややめるべき」ということを、部室の中で話し合ったなぁ。
 結局、今となっては、行っても行かなくてもどっちでもよかったんだろうと思うけど、僕らには、「行くか」「行かないか」はとても大事なことだった。こんなでかい日本の中の、ほんの小さな部室の中での話しあいだったけど、僕らは真剣に話し会って、真剣に行かないことを決めた。

 まぁ、笑い話として、一人別行動で、実家の長野から金沢へ直行していた者には連絡がとれなかったことも書いておこう。「行かない」と決めたのが、ほんとに合宿の前日近かった。あの当時は携帯電話なんてなかったから、その人には連絡がとれなかったのだ。
 後で聞いたところによると、全員が泊まるはずだった旅館につき、「中止になったみたいですよ」と旅館の人に聞いたそうだ。「でも、まぁ、せっかくきはってんから」と、僕らが泊まるはずだった大広間に案内してもらったという。一人で豪勢な料理を食べ、一人で大広間に寝る。布団はどの位置にひいたのかな。

 倉木さん、大学っていうのは、そんな出来事もあるところなんだよ。

2001年1月25日(木)-4
 今、新しく作ったアンケートの『「初ライブツアー決定」が素直に喜べないのは?』を見る。
 そしたら、「ここに書いている自分自身」の項目あり。
 ウハハ、と笑ってしまった。
 う、すまねぇ、すまねぇ。
 「初ライブツアー決定」が素直に喜べないのは「ここに書いている自分自身」って、もっともだぁー、と思ったのでした。なるほどなるほど。そういう解釈もあるなぁ。

 これは立ちあげた時から秘かに思っていたことなのだが、『倉木麻衣さんへの掲示板』とか『倉木麻衣ヒットカウンター』にあるいろんな掲示板への書き込みは、時に「うまい!」って思うがある。みんなを笑わせようとしてくれたり、次につなげてくれてたり。なんか不思議なものを感じる。
 今回のYu!さんの書き込みもそう。「もうたくさん・・・」と言ってくれたり、その書き込みに対して、「ここでは終了」と書いてくれるメモ帳さんがいたり。
 不思議な感じで、みんながみんなのことを考えているのだなぁ、と感じる。初めは「きたよー」「ようこそ」ってことから始まるけど、それだけでとどまらずに、そこから話を転がしていく何かがあるんやね。だから、いろんなところに目をつけられてしまっているのかなぁ。
 これもそれも、倉木さん、あなたのせいですよ。

 倉木さん。この掲示板も含めて、倉木さんのファンサイトにあるいろんな倉木さんに関する掲示板は日本一やねぇ、って誰かに言ってもらえたら、みんなで乾杯しよね。倉木さんの誕生日の時のように、さ。

2001年1月26日(金)
 「頑張ってチケット当てるぞー」とか「お茶は苦手だけど、麻衣ちゃんのライブのため」とか、そういう書き込みが、今日もまた、倉木さんのファンサイトの掲示板に相次いでいる。
 「倉木麻衣」という歌手とは全く関係ないお茶のために、ファンのみんなは真剣になっている。
 でも、チケットにはずれれば何も残らないんだ。お茶を飲んだ、いっぱい買った、そういう記憶しか残らないんだ。
 それでも平気なの?
 黙っていてもいいの?
 僕らも黙っていていいの?
 ニコニコ笑っていていいの?
 頑張って当ててね、そんなふうに応援していいの?

 何日寝ても、そこのところだけはいつも思い出してしまう。

   ●

 しかも、同じことを何回も何回もしていたなんて。僕はさわやかなイメージの企業が、そんなことをしていたなんて知らなかった。もう、これを最後にしないと、最後にさせないと、来年、再来年、同じことをされる歌手が出てくる。同じ思いをする人たちが出てくる。
 倉木さんが犠牲になっても、仕方がない。

 ごめんよ、倉木さん。

2001年1月26日(金)-2
 閉鎖された奈良そごうの近くにある焼き肉屋さんに行った。食べ放題で1,000円台とはこりゃ安い。とバクバク食べた帰り、カラオケ屋さんに寄った。阪奈道路の学園前インターチェンジ(っていうのかな?)の近くにある『マンハッタン』っていうお店だ。

 入口がちょっとしたトンネルになっているそのお店で、3時間、いろいろ歌わせてもらった。
 しかし、何を歌っても、僕はあきれるほど歌がへただ。
 そういや、中学の時、歌の試験があった。
 先生は「音階は高め?低め?」と聞いてくれたので、「声変わりのすんでいる男なら低め」という偏見がその頃はあった僕は、「では低めで」と丁寧にお願いした。
 しかし、その低めってのが歌いにくい。音程がわからない僕にとっては、高めも低めもないのだが、僕はどちらかというと、高めの声だとその時イヤイヤしたいくらいわかった。
 いやいや違う、高い声というとかっこいいのだが、声がすぐに裏返ってしまうのだ。オクターブの違いなんて、僕の声には関係ない。バイオリズムのグラフの端と端をいきなりワープできる声なのだ。その場面だけ聞くと、もしかしたら倉木麻衣さん以上かもしれない。しかし、そのワープは、誰にも僕にも止められないのだ。

 そのマンハッタンで、大滝詠一さんの曲を歌ってみた。
 あらあら、これが不思議なことに、そんな僕にも歌い易い。『君は天然色』や『雨のウエンズディ』なんか、ちょろいものなのである(←タイトル名、間違っているかもしれぬ)。
 それにしても、レコードで『ロング・バケイション』や『イーチ・タイム』を聴いていた時は、こんなゴージャスな音楽が日本にもあるのかと感心していたのだが、ゴージャスな上に、僕でも歌えるメロディだったとは。今の今まで気づかなかった。

   ●

 ポルノグラフィティさんの『サウダージ』がこの冬になってもロングセールスを続けている。バックのアレンジが、僕らがついつい聴いてしまう冬の色だからなのかな。小泉今日子さんの『木枯らしに抱かれて』も同じようなイメージだもんね。
 で、大滝詠一さんにもそんな冬のイメージの曲がある。
 タイトルからしてもうモロ冬なのだが、『さらばシベリア鉄道』って曲だ。
 「シベリア鉄道」ってことだけでも、雪が降っている景色が浮かんでくる。汽車が白色しか見えない雪原を、一生懸命走っている様子も、このマブタに浮かんでくる。
 で、その『さらばシベリア鉄道』。これがまたまた歌い易い。
 シュッシュポッポと、汽車が走っているような曲のアレンジに乗って、勢い良く、そして僕には気持ちよく歌えたのですね。

 そんな『さらばシベリア鉄道』、僕はこの曲の2番を歌うところでたまらない気持ちになったのである。
 こんな詩になっているとは、カラオケで画面に詩が出るまで知らなかったのだ。

   ●

 僕は他の人に思い違いをしていたりすることがある。その端的な例は、毎日放送のラジオ番組『ヤングタウン』。その番組の中で放送していたコーナー『通学沿線気になるあのコ』である。妄想癖のある僕は、どきどきしながらそのコーナーを聞いていたのである。
 実際、「そんなあほなことあるかいな」と思いながらも、今日はラジオ局から電話がかかってくるのではないか、と思ってたもんね。
 「うぬぼれ」ってやつですね。

 で、そんなことを思っていた僕に、この『さらばシベリア鉄道』はアッパーカットをくらわせてくれる。
 あのコは僕のこと見てくれているのではないか、とか、「好きだ」とは言わなくてもわかてくれているのではないか、とか、そんな妄想にとりつかれた僕をノックダウンしたのですね。
 『さらばシベリア鉄道』の2番には、こんなフレーズがあるのです。

 「僕は照れて 愛という言葉が言えず」

 うーん、なるほど。
 そらそうだ。
 女の子を前にすると、照れてしまうのですね。「ずうずうしいヤツ」と、全く知らない初対面の女の人に、最近(と言っても2、3年前)1回だけ思われてたことがあったりするのですが、やはり、女の子の前になると照れてしまうのですね。
 だから、「照れて 愛という言葉が言えず」というフレーズは、よくよくわかるのです。照れて愛の言葉が言えないから、テレパシーをピピピと送ろうとするのですね。目に力をいっぱい入れて、「愛」「愛」「愛」って(としていたこともあったなぁと、今じゃ過去形で思い出すのが情けないでごじゃる)。
 で、思いっきり力を込めた僕の瞳を『さらばシベリア鉄道』に登場する女の子は受けとめてくれたのか。そのへんが大きな問題なのですね。
 僕が一生懸命、力を入れて、込めに込めまくった念力が届いたのかどうか。そのへんが重要な問題なのですね。
 「僕は照れて 愛という言葉が言えず」。その後はこんな衝撃的な詩が続きます。

 「君は近視 眼差しを読みとれない」

 うぐ。
 テンカウントが鳴る。

 この詩を書いたのは、松田聖子さんとタッグを組んでいた松本隆さん。
 人と人のすれ違い、人生の曲がり角、運命のいたずらをここまで的確に表現したフレーズがあっただろうか。と、僕はただただ感心するばかりでした。
 歌いながら、「君は近視」やんけ。その上、近視だから「眼差しを読みとれない」なんてぇー。
 僕のマイクを握る手が堅く堅くなったのを、次の曲を選んでいる人に見られなくてよかったぁ。

 うーん、それにしても、見事。見事すぎる。

 しかし、このフレーズの見事なことはさらに奥があることなのですね。
 僕は「照れて」君は「近視」だった。だからすれ違いが生まれた。
 そのことだけを言っているのじゃないのですね。
 この詩のここのフレーズは、男の人が言っています。つまり、男の人の言葉、男の人の言い訳になっている気がするのですね。
 自分の気持ちが彼女に通じなかった、そのことを思い出したくない。だから、「君は近視だったね。だからわかってくれなかったんだね」と自分を納得させているように思えるんですね。テレパシーや念力は物理的に見るものではなく、感じるものだもんね。

   ●

 さてさて、できるところまでやろうやろう。
 倉木さんのファンクラブさん、頑張って下さいよ。応援してますよ。

 でも、もし僕らの気持ちが通じない結果になったとしても安心して下さい。
 ファンクラブさんも倉木さんも「近視だったんだ」ということで、僕は納得しますから。

2001年1月26日(金)-3
 それにしても、『チェッカーお試し掲示板』は便利だ。助かる〜。

 で、その掲示板の馬バカさん。僕は小林よしのりさんの本は『差別論』しか読んでないのですね。また、ブックオフさんで見つけたら注意しておきますね。
 それにしても、後藤田政晴さんの本はなかなか見つからないなぁ。

2001年1月27日(土)
 倉木麻衣さんのファンクラブさん、どうもありがとうございます。
 あともう少し、踏ん張って頑張って、何とか実現させて下さい。
 僕としては、(1)が実現すれば、何も言うことはないです。
 でも、思いのほか(2)も実現した場合は、(3)も一緒にお願いしたいと思います。
 mai-k2000さんが『OHHOの掲示板』でオークションに出回ることを危惧されていますが、インターネットを見ることができない人もたくさんいると思うので。オークションに出された時は出された時で、しゃあないこっちゃ、とあきらめまひょ。
 でも、(3)じゃなくても、会報で詳細を報告する形でもいいですね。何を倉木さんが話したのかとか、終わった後の、ファンの人たちの感想も載っていたりすると、インターネットを見れない人にも伝わりますもんね。テレビがなくても、新聞があれば十分。
 ってことを『ドキュメント新聞記者』を読んでいてつくづく思います。一番大事なのは、伝えようとする気持ち。ただ映像を流してりゃいいってもんじゃない。『ドキュメント新聞記者』を読んで、どんだけ、あの事件について知らないことがあったのか、と今思います。
 ちょうど「犯人射殺!」って場面を読んでいるせいかもしれないけれど。三菱銀行北畠支店の中で、そして外で、あんなにいろいろなことが起こっていたなんて知らなかった。

 それにしても、インターネットでライブ中継ができるっていうのは、すごい世の中になったもんだ。日本全国にテレビ局があるってことやもんね。
 携帯電話といい、ハンディービデオカメラといい、インターネットといい、こういう形で、中央に集中する必要がなくなる世の中ができてくるとは、予想もしなかった。道路を作り、新幹線を通すことだけが、一極集中をなくす方法だと思ってた。あとは、早いこと、光ファイバーが各家庭までつながることやね。そしたら、今ある問題のほとんどは解消されるもんね。
 大学4年の卒論で日本電信電話公社のINS構想を調べていたときは、まだまだ先の夢の話やったけど、ほんますごいこっちゃ。

2001年1月27日(土)-2
 な、なるほど。
 ファンクラブさんの(2)の企画は、個人の家庭のインターネットではないですね。mai-k2000さん、おおきにっす。ほんま「ライブイベント」って書いてあるがな。「同時中継」とまで書いてあるがな。僕は、歌がへたなだけじゃなくて、目も節穴でした。ああ、しもた。その間違ったまま、ファンクラブさんにメールを出してしもたがな。ファンクラブのスタッフの人が僕のメールを読むと、「この人、何言っているの?バカちゃう」と言っているのである。れれれ、なのである。
 しかし、時は流れ、日は沈む。
 「石の上にも三年」なのだ。
 しかし、ほんま、うまいこということわざだ。
 3年っていうのは、何もなくて3年ではなく、いろいろある3年なのですね。
 3年辛抱すれば、その後はへっちゃらってことなんやろね。
 だから、学校は6・3・3制なの?
 流行は30年で一区切り、30年で繰り返すと言われるけど、まさにその「3」という数字は長嶋茂雄さんなのでありますね。
 ワンちゃん、たのんだぞ。

 と何を書いているのかわからなくなってきたが、僕は今『チェッカーお試し掲示板』のmai-k2000さんに返事を書いているのでした。それにしても『チェッカーお試し掲示板』は便利だ。う、うれしい。
 しかし、mai-k2000さん、もしかしてあなたは再び24時間インターネットづけ生活を再開されたのでしょうか。
 うーん、『ヒットi-BBS』といい、神出鬼没なのでありますね。
 後藤田政晴さんの本探しに、今からいくのだ。大阪・難波へいくのだ。

2001年1月28日(日)
 今、『CDTV』(毎日テレビ)で倉木麻衣さんの『冷たい海』のCMが流れる。
 いいぞいいぞ。
 まさか、あの後、大展開があるとは誰も気づくまい。
 あのCMを見て、「ん?これが倉木麻衣さんの新曲?」、そう思わせるだけでいい。
 その後、全曲を通して聴いたらどんなけ効果があるか。どれだけみんなが驚くか。
 ラジオ出演やテレビ出演を控えて、一緒に乗り込んでいく曲が『冷たい海』だったのは、ついてる。『Start 〜』ではなく、『冷たい海』というところが、2001年もいかしてもらいまっせ、倉木さんはまだまだ先をいかせてもらいまっせ、ということが多くの人にわかる。
 ドキドキするぜ。
 ラブサイケデリコさん、待ってろよ。
 って感じでドキドキする。

 静かなCMに仕上げた分、GIZAさんはめちゃくちゃ勇気がいっただろう。しかし、このCMは2年先、3年先にボディブローとして効いてくる。心配は無用である。
 GIZAさんが、『Love 〜』の後、『This is your life』ではなく、『Stay 〜』を持ってきたような自信と決断を取り戻しつつある。そういう気がするのが、嬉しい。
 GIZAさん、ドンと胸を張って、僕らファンに媚びることなく、GIZAさんたちが好きな曲を作り続けて下さい。その結果は、シングルの売り上げではなく、アルバムの売り上げで出る。この不景気、その上、人々がインターネットや携帯電話に去年よりもお金をかけるようになった今年にきっちり出てくると思います。シングルの売り上げが落ちていることで、おろおろしなくても大丈夫。瞬間の爆発力はないかもしれないけど、GIZAさんたちが僕らに媚びることなく、きちんと好きな音楽を作っていれば、長く、例えば井上陽水さんの『氷の世界』のように長く売れ続けるアルバムになると思う。

2001年1月28日(日)-2
 おーのー。
 またやってしまっていたのね。
 『「OHHO日記」チェッカーお試し掲示板 』のかんすけさん、おおきに。「後藤田正晴」さんでしょう。すみません、後藤田さん。そしてもう一度ありがとう、かんすけさん。

 それにしても、ありがたいことだ。
 「勘違いだったらごめんなさい・・・。」と謙遜してかんすけさんは書いてくれているけど、こうして教えてくれるって嬉しいこと。自分の言いたいことを言ってくれる、怒ってくれる人がいるっていうのは嬉しいことやなぁ、と思う。
 つい先日、社会問題化した成人式のこともそうやね。高知県の橋本知事が、あそこで怒らなかったら、いやいや、怒るだけじゃなく、新聞がみんなに伝えてくれなかったら、事を起こした人たちは謝りにこなかったもんね。「大きな問題になっているから」って言いながら謝りにきたもんね。
 まず怒る。そして怒ったことをその場だけのことにせず、その場にいなかった人にまで聞こえるようにする。伝えるためには、そういうことをする必要があるのではないか。

   ●

 さわやかイメージの清涼飲料水の会社が、21世紀にもなって、歌手を人質に取るような商売を続けている。このことも、問題は同じではないか。みんな前の時に怒らず、隠してしまったからではないか。
 「そういう場を作ってくれたのだから感謝しなきゃ」とか「歌手の人も納得しているから、悪くいうことはその歌手の人を悪く言うことになる」なんてことで、黙ってしまったからではないか。
 歌手のファンサイトでも、そういう書き込みは消していたのではないか。
 なんかそんなふうに思ってきている。
 メールで歌手サイドには抗議をする。そのことで歌手サイドには伝わっても、掲示板とかで公になることがなかったから、図に乗っているのではないか。抗議があっても少数、その数に対して、100万人もの人が喜んでくれているやないの、そんなふうに、清涼飲料水の会社は思っているのではないか。こういう喜ぶことをしているのに、なにを文句を言うのかと、おごっているのではないか。

   ●

 話は変わるが、『OHHOの掲示板』で、D-VHS氏さんが気になることを書いてくれている。

 〈『釣った魚には餌はやらない』
 倉木麻衣さんの事務所は、新しいファンを増やすことばかり考えていて、既にファンになっている人たちを軽視しているような気がします。
 今回のライブ方式は、新規のファンを増やす(話題作り)には都合がいいですからね。〉

 この言葉も伝えられるものなら伝えたい。
 こういう解釈が今までのファンの人たちの中からも出てきているということ。そして、それは、これから新しくファンになる人も、同じように感じる日が来るということ。新しいファンの人はいつまで経っても「新しいファン」ではなく「古いファン」になるということ。ねずみ講が夢見たような、無限に新しいファンを作り続けていくことは不可能だということ。

 雪だるまを作ろうよ、倉木さん。
 まずは木の葉の上にのった雪を手でつかもう。そして硬く硬く野球のボールのように両手で芯を作ろう。地面に積もった雪の上に、その白いボールを置いてみよ。そしてそこからだよ、転がしていくのは。時々へんな形になってしまうかもしれないけど、あっちへ転がし、こっちへ転がししてみよう。転がし続けた雪道を振り返ると、一本の筋ができている。そして目の前には、ほらほら、大きな大きな雪だるまができている。

 大きな雪だるまができるまでは、一生懸命、手で両手で、体全体で、大きな白いかたまりを押しているだけ。それが大きな雪だるまになるなんて、横で見ている人にはわかっても、押している人にはわかんないさ。

 と、『倉木麻衣さんと歩く蒼い詩人たちの会』に書き込んでくれている人たちに敬意を表して。

 倉木さんの歌手生活は、ほんとにこれからが『Start in my life』だと思う。

   ●

 そして次のことも、トップページだけじゃなく、ここにも書いておこう。
 1月25日、アキーさんのホームページ『WEB PARK』さんが閉鎖された。前の名前は『With 倉木麻衣』さん。
 倉木さん、どうかこの日を忘れないで。

2001年1月28日(日)-3
 『「OHHO日記」チェッカーお試し掲示板 』のmai-k2000@元SEさん、どうもどうも。
 えーと、あのアンケートは、IPアドレスで同じ人かどうか判断しているようです。で、mai-k2000@元SEさんのプロバイダーさん側がいろんなIPアドレスを持っているところだと、つなぐたびにIPアドレスは変わってしまうみたいです。ですので、1回書いて、すぐ書こうとすると書けないのですが、一度通信を切り、もう一度インターネットに入り直すとIPアドレスが変わる時があるので、何回でも書くことができるみたいです。うーん、最終的には個人個人の良心の問題になるのかなぁ。
 ですが、〈ただ同じようなアドレスが出たとき判別しないで残り権利数:1 票になっていることも〉あるとのことですので、アップロードをした自分のCGIを見直してから、問い合わせてみることにします。
 mai-k2000@元SEさん、おおきにっす。

2001年1月28日(日)-4
 倉木麻衣さん、どうも。
 倉木さんのファンクラブ『Mai-K.NET』さんの『PARTY PARTY』で、次の新曲『冷たい海』の曲順を説明してくれてありがとう。
 でも、その説明のお礼に、「倉木さんはついている」と思うことが一つ。
 それは、『冷たい海』を日本語のタイトルにしたこと。『君との時間』(アルバム『デリシャス・ウェイ』収録)以来、2曲目ですが、これは大正解だと思う。
 たまたま日本語になったんだろうけど、去年倉木さんのファンサイトさんで報告されていた『冷たい海 〜frozen sea〜』(←「フローズン」って、こんで綴りがあっているのだろうか?)という副題の『〜frozen sea〜』をカットしたのも、偉いと思う。『冷たい海』、これだけの題なら、英語が苦手な僕でも安心だ。CD屋さんで「倉木さんの新曲、えーと『冷たい…』なんやったかな」と言って買うことができる。「『シンプリー・シークレット・オブ・ザ・スカイ』を下さい」なんてややこしい話をしなくてすみます。
 このことは、普段CDを買わないお父さんやお母さんでも同じ。受験勉強で忙しい息子や娘のために、「『冷たい…』を下さい」と恥ずかしくなく買うことができると思う。

 それから、これは前に書いたけど、『冷たい海』のリミックスがHIYOKOさんの分はできあがっているのに、このCDにいれるのではなく、次以降にしてくれておおきにです。じっくりと、「『冷たい海』はこの曲」って、聴くことができます。そして、次以降のCDに入れてくれたときは、「あー、あの『冷たい海』がこうなるのか」って楽しく聴くことができます。

   ●

 それにしても、有名人はたいへんやねぇ、倉木さん。
 ファンクラブさんを優先してないってことで、『Mai-K.NET』さんの『PARTY PARTY』だけを更新してくれてたら、GIZAさんの公式ページの方の『Diary』も更新してあげて、と言うもんね。しまいには、マスコミさんには「ケチ」とまで書かれてしまって。
 ほんと僕らファンは勝手なもんです。
 ごめんよ。

   ●

 てなことで、もうすく『Mai-K TV』の第5回。
 なんか、この2週間は仕事は楽だったのに、時間はものすごく経つのが速かったな。
 ではでは、スカパーさんの『MFTV』タイムに突入します。

   ●

 あ、そうそう、あと一つ。
 ラジオ出演を関西のラジオ番組からにしてくれてありがとう。
 このことで「他でも声を聴かせて」って声があります。
 でも、「他でも声を聴かせて」って声を勘違いしないで下さいね。「他でも声を聴かせて」っていうのは、まず関西が最初、という前提があるのです。いきなり、他の地域からなら、なんでそこからって話になると思います(例外の地域は他にも、例えば北海道さんもあると思いますが)。
 このことは、倉木さんの『PARTY PARTY』と『Diary』の関係と同じです。みんなはどっちが先かということはわかりながら、「次のお願い」をしています。
 そこまで詳しく声には出していないけど、そんな声になってない声も、感じてあげてっちょ。

 だから、関西に住む僕らは、他の聞けない地域の人のためにも、文字にして教えてあげなくちゃ、と思います。
 けど、ああ、休日にいる奈良の僕の自宅は、ほとんどFMが入らない時があるにょろ。生駒山や隣にある保存地区や天気の雲の関係とかで全く入らない日がある。なんとか細々とでも入ったら、『倉木麻衣さんへの掲示板』にでも報告したいと思うが、しっかり聴くことができた人はよろしくにょろ。

2001年1月28日(日)-5
 『Mai-K TV』第5回を拝見。
 今回は京都のどこかの講堂(みたいなところ)からの中継(『Start 〜』のプロモーションビデオ用?卒業式会場?)。
 いつものスタジオから出てくれたのが、とても嬉しい。外は雪が降って、屋根や道に積もっている映像もチラリと映る。

 初ライブ決定。
 その話も出る。素直に喜ばないとね。
 100ある言葉を、今は全部飲み込んで。

 「初ライブ決定。倉木さん、おめでと!」

   ●

 スゥイング・アウト・シスターズさんの『ブレイク・アウト』もかかる。
 ほんま、「やるぞー」って気になる曲やなぁ。

   ●

 歌っている時で楽しい時、という話も出たのだが、そこで少し「鼻歌」ということも出た。
 そのことを聴いて、この前から日記に書こう書こうと思っていたことを思い出した。
 それは、もしかしたら、倉木さんならできるかもしれない、って曲の企画。
 それはどんなことかというと、1曲を全部鼻歌で歌ってしまうという曲だ。鼻歌って言葉のイメージが悪いのなら、「ハミング」って言葉に言い換えてもいい。
 つまり、メロディを口ずさむだけで、歌詩をはっきり歌わない曲を作るということ。で、それだけなら、インストルメンタルとあまりかわらないんだけど、ここで違うのは、CDの歌詩カードには歌詩がきちんと載っている、っていうもの。
 以前、倉木さんは、2回ほど、わざとマキシシングルの歌詩カードに歌詩を載せないということをした。言ってしまえば、その逆の感じになるかもしれない。
 歌を聴いただけなら、歌詩は聴いた人が自分で想像しなくてはならない。で、倉木さんがハミングで伝えたかったことを、僕らはイメージする。その後、歌詩カードを見て、倉木さんが伝えたかったメッセージを知る。そこで、自分と倉木さんの考えが比較する。比較できたことで、その曲はそこから、また違う輝きが出てくるのではないの、と思う。ま、そううまいこといかないと思うけど。
 で、何でこういうことを言いたかったかというと、『冷たい海』を聴いたからなのね。
 『冷たい海』の前奏と間奏に倉木さんの「ヤイヤイヤーイ」とか「アイアイアー」とかいう声が静かに入っている。そこってなかなかいいやん。なんかそこだけ繰り返したい気になるやん。
 だったら、そこだけの曲があってもいいやん、と思ったのでした。
 山口百恵さんが『美・サイレント』って曲で、

 ♪あなたの〜〜 ○○○がほしいのです
  あなたの〜〜 ○○○がみたいから〜

と歌った。
 そして、聴いた僕らは山口さんの口パクから、「この「○○○」はなんなのだー」と楽しく想像を膨らませて聴いていた(山口さんは、確か「こころ」とか「真心」なんてことをイメージして歌っていると言っていたと思う)。
 倉木さんにも、『NEVER 〜』で入れた「♪ベイビ〜 アイライク〜」みたいな遊びが、これからの曲にあってもよかですたい、と思ったのでした。
 歌詩をきちんと間違わずに歌うことだけが「歌」じゃないしね。

 それにしても、『Mai-K TV』の15分ってあっという間だなぁ。収録にはどれくらいの時間がかかってるんだろ?
 いつかゲストに誰かを呼んでほしいな。今日思ったのは、TVCMの曲名のナレーションをしてくれてる松山三四郎さんや、アサイヒロアキさん(は違ったっけ?)。「あのCMの時はどうで…」なんて話があっても面白いかなと思ったのでした。ま、宇多田ヒカルさんが日本にいるときにご招待する、っていうのもなんかいいな。「スペシャルな15分間」みたいな感じで面白そうやね。倉木さん、その時は、パーソナリティとして、思いっきり宇多田さんにつっこまれて下さい。

2001年1月28日(日)-6
 本屋で。
 文庫本が置いている平台の前に立ち、白い表紙に小さな赤い字でタイトルが書かれた本を取り上げる。
 パラパラパラ。
 ん?これやったらすぐに読めるんじゃないか。
 と、最初のページから読み始める。
 5分後。
 まさか、最後の10ページくらいを、泣いたらあかん、泣いたらあかん、と思いながら読むようになるとは思わなかった。

 その本の題名は『結婚。』ナガオカケンメイさん著(新潮OH!文庫、税別562円)。
 一筆書きのようなイラストと、数行の文章。見開き2ページの中に、イラストと文章が載っているのは右ページしかない。左ページは白紙。
 パラパラパラ、とその音の通り、パラパラ漫画のように読める。

 なんと言ったらいいのか。
 倉木麻衣さんのファンの人と、倉木さん、そして僕に贈りたい本です。
 最近本屋さんに並んだばかりみたいだから、あと1週間くらいは売れなくても、本屋さんにあると思います(でも売れなかったらすぐ返本されそうだ)。
 立ち読みでいいです。5分で1冊読めます。

 倉木さんのファンのみなさんには、倉木さんは「花を買ってきて。」という言葉の代わりに、これからの歌で僕らに伝えてくれると思います。
 そして、僕らは「花を買ってきて。」という言葉の代わりにどんな言葉を倉木さんに贈りましょうか。
 と僕に言わせてしまう本です。『倉木麻衣さんへの掲示板』をいつも見てくれているシナプスさんなら、ダダモレで泣いてくれるのじゃないかと思います。

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 で、その本は奈良の押熊(おしくま)のブックバーンというところで買ったのですが、その前に寄ったCD屋さんでは中古CDを買った。
 ラブ サイケデリコさんの『THE GREATEST HITS』。
 もう中古CDに出ているのである。1枚だけではないよ、5枚くらいだよ。
 倉木さんのファーストアルバムが出たときに、さんざん「中古CDに大量に出ている」と、ある掲示板に書かれたのだけど、そういう人たちはちゃんとこういう事実を知るといいわな。
 新CDと中古CDをどちらも販売しているお店は、こういうことをするのよ。自分のお店の中で、新CDを買い取って、中古CDで売り出すのよ。
 詳しいことは知らないけど、買い取って値段を落として中古CDとして販売する。それでも売れれば利益が出るシステムになってるんやろなぁ。
 ラブ サイケデリコさんの値段は、税別2,280円であった。

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 それにしても、何度も書きますが、『結婚。』という本はいい本です。
 コンビニで売っている花を見たら、オレ泣くかもな、という本です。

2001年1月28日(日)-7
 買ってきた『結婚。』を読み返してみた。
 初めからもう一度読み返してみた。
 ボロボロほんとに涙を流してしまった。シナプスさんより、先にダダモレに泣いてしもうた。

 うーん、よく考えるとタイトルがタイトルやね。
 でも、この本の宣伝文句を読めばタイトルに特別な意味はなく、「大切なもの」の象徴なんやな、とわかる。

 〈2年目の結婚記念日に贈られた夫から妻へのメッセージ。水をあげないと愛だって枯れてしまう……大人のファンタジーがないとお嘆きのあなたへの1冊です。〉

 ほんと「大人のファンタジー」やなぁ。ボロボロボロボロ。

2001年1月29日(月)
 「椎名林檎さん、妊娠5カ月」って、FM802さんのニュース。
 直前にEDENさんのメールマガジンを読んでて、あらあら、と椎名さんのホームページを見ていたところだった。
 そしたら、椎名さんの曲(『本能』)をすぐかけるあたり、FM802さんはフットワークがいいなぁ。

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 『OHHOの掲示板』で、Psychoshockさんからご質問あり。その内容をここにこっそり転載。

 〈『ラジオ出演』
 ラジオ出演に関して、田熊さんの日記の「関西からにしてくれてありがとう」というのがよくわかりません。
 まず関西の番組に出演し、それから全国に出演、というのならわかるのですが、関西の番組にしか出演の予定はないですよね?
 自分としては「何をしゃべったか」も大事だけどそれ以上に「生の声が聴ける」ことが重要なんですけどね。
 そもそも、倉木麻衣さんって地域密着型のアーティストなんですか?そのあたり、方針みたいなのがあるんでしょうか。
 なんかファンクラブ向けのイベントが実現するとしても「グランカフェで数百人を招待して行う」とかになりそうで怖いんですけど。(^^;;〉

 ということで、もし、倉木さんや倉木さんのスタッフの方がこの日記を見ることがあれば、どうぞよろしくお願いしますです。全国に倉木さんを待っている人がいっぱいいます。遠くのFM局にいけない時は、前のように、テープででもいいです。あ、電話ででもいいのではないですか。
 ん?「電話インタビュー」って、なんか書きながらドキドキした。僕の中にどんなトラウマがあるのだろう。

 で、EAGLEさんの『私はのー天気(笑)???』のご質問については、スポンサーさんと一緒に犠牲になった時に、「そういうことだったのです」と連絡したいと思います。
 で、ここでは、「EAGLEさんは、のー天気ではないと思いますよ〜」とだけお返事させていただきます。

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 うーん、上場していないのか。株は買えないのかな。

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 今日からボチボチ始める。
 が、その途中にまた『OHHO日記』の前の分、2000年3月とか5月の分のデータが壊れていて、真ん中が飛んでいることを知る。
 うーん、思いっきり小さい文字にしたけど、これだけで、200ページを越える。どうするべー。

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 FM802でカマサミ・コングさんが『冷たい海』をかけてくれる。
 わー、「カマサミ・コング」さんだったのだ。いつもいつも、「カミサミ・コング」さんと書いていたぞ。すみません、カマサミ・コングさん。

 あ、そういや、何日か前の日記に「HIYOKO」さんて書いた記憶が。これまた「HIYOCO」さんの間違いでした(昨日の『HIP POP』で気づく。そうそう、次週の『HIP POP』さんは、『冷たい海』のプロモーションビデオのフルクリップを流してくれるそうである。奈良テレビや京都テレビなんかが見れる人は要チェックなのだ)。

 あ、よく考えると、今週もまた『HERO』を見逃した。

2001年1月30日(火)
 もし、今回の倉木麻衣さんのライブ・ツアーが「チャリティーではない」と誰かに責められたら言ってやれ。
 チャリティーとお茶を買うことは関係ない。
 チャリティーなら、募金箱をライブ会場に置けばいい。ライブ会場に入れない人にも募金してもらえるように、外にもおいたらいい。全国各地にある自動販売機の隣にも置いたらいい。それだけのこと。
 チャリティーと、お茶のシールを集めることは全く別もの。
 「チャリティーするにも金がかかる」なんてことを言う人がいたら、「そんなチャリティーやめちまえ」と言ってやれ。
 「お茶で集金するな」と言ってやれ。

 ってことを誰かに言ってもらうために、attun2さんは『倉木麻衣さんに関する会議室』に書いてくれたのかな。ねぇ、attun2さん。ほんま、attun2さんは、全部お見通しで、あおるのが好きやからなぁ。ついついその気になってしまうにょろよ。

2001年1月30日(火)-2
 よしっ!

 1、2、3……10、11、…、1…5、……、1…9、2…0っ。

 やっぱ、日頃していないと、腹筋20回と背筋20回で、即、夢の中へだ。
 2時間マイクを持つには、腕立て伏せも必要やな。
 では、今日から腕立て伏せも始めるとすっか。

2001年1月30日(火)-3
 ん?『倉木麻衣さんへの掲示板』で、のりさんの質問が回答されないまま、後ろのページに行ってしまってるような。
 ってことで、僕が知っていることだけ、ここで返事しときますね。

 15313番の書き込みの〈みんなのメッセージってなんですか?〉ってのは、たぶん、「ファンクラブさんのライブを爽健美茶さんのライブより先にして」というメッセージだと思います。
 あと、15373番の書き込みの〈まだときどき見てるのかなって、かつては見ていたのですか?麻衣さんの書き込みがあったんですか?〉ってのは、これは何ともわかりません。GIZAさんに問い合わせて、その後返事をいただいていないので、倉木さんの書き込みがあったのかどうかはわかりません。
 ただ、最初に「倉木麻衣」さん名で書き込んでくれた方は、3回同じIPアドレスで書き込んでくれました。『倉木麻衣さんへの掲示板 過去ログ』の4月27日、5月6日、5月12日のところです。しかし、その3回目の書き込みのあといろいろあり、「倉木麻衣」さん名の書き込みはやめてほしいということになりました。その後も、「倉木麻衣」さん名の書き込みは別のIPアドレスからあるのですが、今では、「倉木麻衣」さん名の書き込みは「倉木麻衣さんではない」と僕は思っています。
 で、のりさん、あの3回の書き込みが「倉木麻衣」さん本人かどうかの話で、僕はあの時くたくたになってしまいました。その後も、その話が出るたびに、くたくたになってしまうので、「本人かどうかはわかりません」ってことで、了承していただければ助かります。

 って、ことで、のりさんいいですか?
 
 今、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見たら、馬バカさんの替え歌に笑ってしまった。うーん、伝わる伝わる、届く届く。
 楽しませてくれて、馬バカさん、おおきに。

 あ、それから、『OHHO日記』チェッカーお試し掲示板のmai-k2000@元SEさんへ。
 FM神戸さんのホームページは変わってなかったので、トップページの2月11日に倉木さんが出演するラジオ番組のタイトル(と時間も)は、今のところそのままにしておきます。
 連絡おおきにです。
 それにしても、その腰を痛めない腹筋の器具とかって。うーん、『HERO』の木村拓哉さんの寝転がって腰ふりふりしてた器具を思い出したのでした。

2001年1月31日(水)
 昨日は、腹筋20回+2回、背筋20回、腕立て伏せ12回+5回。

 なんなんだ、この体力のなさは。腹筋の最後は、お腹が機械のようにぷるぷるしていたぞ。
 うーん、こんなこっちゃ、大回転できぬぞ。

 そうそう、大回転と言えば、読売テレビさんの『電波少年』である。今、「鉄棒少女」は逆上がりができたところまで放送がすんだのだが、そういや僕の小学生時代、逆上がりのテストがあったなぁ。
 先生がくるまでは何回かできるのだけど、きた途端にできなくなる。お尻が重すぎるのか、結局試験は不合格のままだったのではないか。
 そういや、そういう時ってのは、逆上がりを初めて教えてくれる授業を休んでいたのではないか、と自分を納得させていた気がする。九九の時もそう、筆算の時もそう、分数の時もそう、縦笛の時もそう。なんか自分は肝心の一回目の授業を休んでいたから憶えられないんだ、と思いこんでいる時期があった。あれは本当はどうだったのだろう。休んでいたのだろうか。今じゃ、遅刻をしながらも、親戚のご不幸事があった時以外は、会社を休んだことがないというのに、小学校の時は病弱だったのだろうか。うーん、思い出せない。

 それにしても、『冷たい海』は、ほんと誇りたくなる曲だ。どうだ、これが倉木さんだよ、ってみんなに自慢したくなる曲やなぁ。あと、1週間やね。

2001年1月31日(水)-2
 ん?
 毎日拝見させていただいていた倉木さんの本格的なファンサイト『21Mai.K-倉木麻衣's WebSite』さんにいけない。「近日リニューアルオープン」と昨日まで表示されていたから、今ちょうどアップロードしているところなのかな。今いこうとすると「Forbidden」と出るけど、これはどういう意味?
 好きなページなので、パンパン(←柏手を打つ音)、このまま閉じてしまいませんように。
 そうそう、アキーさんのホームページは、実は実は…。

 あ、そうやそうや、メモ帳さん。『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれてた木村元紀さんのIPアドレスは、申し訳ないのですが、お教えすることはできないのです。
 この『倉木麻衣ヒットカウンター』全体が、マイクロソフトさんのようにいろんなことをされてしまったら、連絡することも考えたいと思いますが、そんな時はけえへんでしょうねぇ。何のメリットもないですもんね。このホームページがなくなっても、誰も痛くもかゆくもないですもんね。