2000/12/31

OHHO日記
チェッカーお試し掲示板(期間限定)
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2000年12月1日(金)
 どっかの掲示板を見ると、わけわからんことを書いている人がいる。
 例えば、倉木麻衣さんがスカパーの番組に出るってことで、それを見るためのチューナーを倉木さんのファンクラブさんが紹介してくれてたりする。別の話では、倉木さんのグッズが販売されるって話もある。で、そんな話を聞くと、すぐ勝ち誇ったかのように「事務所の金儲け」と言う。
 わけわからん。

 当たり前でしょ。
 そういうものを作るってことはお金がかかるんよ。
 金儲けというか、お金が絡むのは当たり前の話でしょ。

 そんなことは慈善事業でも何でもそう。あるところでお金のかからないことをしてても(収入がなくても)、それは別のところで誰かがお金を用立ててるからできるのよ。別のところで金儲けをして、そのお金をまわしているのよ。そんなこともわからん人がおるんやね。そういう人というのは、お金を印刷している造幣局さんが一番金持ち、って思っているようやね。

 でね。スカパーで有料放送に出演するとか、グッズを販売するとかを問題にしたいのなら、「強制的に買わせてる」って言ったらどうなの?
 でも、そんなことデマカセでしか、言えないでしょ。
 強制的なことなんて全然ないもんね。
 一回もそんなことしてないもんね。

 いろんなファンがいて、いろんな応援の仕方がある。
 そんな中で、倉木さんの事務所さんが、いろんなファンに対して選択肢を一つ一つ増やしてくれてるだけなのに、それが悪い意味をつけて、全部「金儲け」という言葉でひとくくりに表現する。
 「金儲け=いやしい」という意味で使っているのなら、それは倉木さんの事務所さんに向けてではなく、そういうグッズがほしいけど、どうしようもできないことにいらだっているアンタ達の心の方がいやしい、ってことでしょ。
 いらなかったら買わなければいい。
 見たくなければ見なければいい。
 それだけでしょ。
 それを、「事務所の金儲け」というのは、「自分の気持ちを自分でどうしようもできない。だからそんな宣伝しないで下さい」と言っているようなもの。自分の心がコントロールできなくて、自分への憤りを、倉木さんや倉木さんの事務所にぶつけている。それだけやね。
 強制的な販売をしてるわけやないねんから、「強制的な販売をしてるように思わせる書きこみ」をするってのは、歪んでいるとしか言いようがない。

 偏差値バンザイというような書き込みといい、今回の「金儲け」の話といい、わけわからん書き込みをよく見る。そうそう、昨日の「マスコミ情報を鵜呑みにしてる」という書き込みもあるな。

 これっていうのは、僕がわけわからんと思うのは、始まりがどういうもので、どういう経過を経て、今どうなっているのかを知らない人が書いているからなんやろか。時間を逆からしか見れないんやろか。最近は、ワザと書いているのではなく、本当に知らないのではないか、という気持ちになりつつある。
 でも、これが「世代交代」ということやねんやろな。今までのことを全く知らない人が大多数になって、時代がコロっと変わる。それで古い嫌な因習がなくなるということもあるけど、戦争賛成と言い出す人が出てくる可能性もある。

 こうして、歴史に学ぶことなく、時代はぐるぐる螺旋状に繰り返していくのかな。

2000年12月3日(日)
 結婚式はいいものだ。

 昨日はいとこの結婚式に出席。式が始まるまでは、親戚のこういうつながりはたいへんやなぁ、と思っていた。が、終わる頃には、親戚はええなぁ、結婚式はええなぁ、という気持ちになっていた。

 結婚式は不思議だ。いくら落ち着きすぎた結婚式でも、小さな部屋の披露宴でも、終わる頃には、よかったなぁ、という気持ちになる。
 これっていうのは、始まる前は、「結婚式」というものを一般的な言葉の「結婚式」と考えているからなんやろね。終わる頃には、その一般的な言葉の結婚式が、いとこの「結婚式」、一人一人の名前のある「結婚式」と変わっている。具体的な人の顔が見える「結婚式」になるからいいんやろなぁ、と思う。

 それは、歌の歌詩でも同じことやろな。
 「一般的」というと、「普遍的」っていう意味がちょっと入っていると思うけど、そういや、倉木さんの詩は「普遍的」という呼び方をしていたね。けど、その「普遍的」っていうのは、具体的な場所や地名が入ってないから「普遍的」なだけなんやね。僕らには、倉木さんの詩からは、なんか「具体的」な気持ちが見えてくるんよね。

 『Reach for the sky』。
 この詩の中で「アハハ」という表現は、椎名誠さんの「むはは」くらいにすごい表現だと思う。で、もう一つ押さえておかなければならないことがある。それは、この詩に出てくる登場人物のこと。

 この『Reach for the sky』で出てくる登場人物は二人。

 「頼りなく 揺れている自分」の「自分」と、
 「こんなにも 君を探していたよ」の「君」の二人。

 で、この「自分」と「君」。
 僕は『Reach for the sky』を聴いた時は、「自分」が「倉木麻衣」さん自身のことで、「君」はその倉木さんが見つけた「人」と思っていた。
 けど、よく見ると、そう読めるだけじゃないんよね。

 「自分」と「君」。そこには性別や人格はないんやね。

 だから、「自分」は「倉木麻衣」さん自身のことだけじゃなく、男の「僕」でもいい。そして、「君」は女の人のことでもいい。言ってしまえば、「君」は人ではなく、「自分の将来像」でもいいんじゃないの。そう思った。
 うーん、普遍的だ。

 でもね、そういう詩の場面や状況はいろいろな解釈ができるようにしているけれど、その中身は具体的というか、気持ちがイメージできるというか。
 「歩きだろう 手をつなぎ」
 「悲しみの昨日に さよならを」
 「陽のあたる丘で 軽く口笛を吹き」

 あかん、あかん、全部の歌詩を書いてしまうわ。

 なんしか、『Reach for the sky』は聴くたびに、違うイメージが浮かんでくる。僕の中では、倉木さんの歌詩の中では、最高峰に位置するような歌詩やねんなぁ。

   ●

 そうや、今日は『Mai-K TV』の放送日。午後3時から15分間やね。
 “テレビには出たくないな”というようなことを書いていたハンドルネーム「倉木麻衣」さん、おおきにね。
 テレビなんかに出る必要は全くないと、僕は今も思っているけど、倉木麻衣さんの決心に感謝です。応援してるよ。

2000年12月3日(日)-2
 もう一段階先の不景気がそこまできているように思う。
 今は、百貨店・そごうなどの大企業が倒産するってことで、職につけない人が大量に増えると言われている。けど、深刻さっていうのはどうなんだろ?なんか「退職金」が出るから、それでちょっと息継ぎできるという風潮があるように思える。
 けど、その先はどうなるのだろう。
 退職金を元手に、自分で事業を始めた人は、うまくいくのだろうか?

 もう一段階先の不景気ってのは、そこで起こると思う。自分で事業を始めて(へいさん、おおきに。「事業を初めて」ではありませんでぃ)失敗すれば、「退職金」が出てくることはない。
 ほんとに深刻な不景気騒動が、もうそこに待っているような気がして仕方がないんやなぁ。

 という、僕の会社も、去年、売り上げ減から解散になり、新会社になった。で、その時、新会社に移らずに、自分たちで会社を始めた人たちがいた。
 噂で聞くところによると、自分たちで会社を始めた人たちの中で、前の会社の退職金を注いだらしい人は、その会社をもう辞めているという。

 会社が解散になると聞いた時、「辞めるも地獄、残るも地獄」と思ったけど、ほんとそうかもしれないな。

2000年12月3日(日)-3
 そうそう、「ムカツク話」。これは一度書いておかなければならないと思っていた。というか絶対に書いておかなければ、腹の虫が出たままになってしまうのだ。

 それは、朝の出来事。
 僕は毎朝、JRの環状線に乗っているのだが、あれはどうにかならないか。
 「あれ」ってのは「あれ」である。駅に着くたびに、電車に乗っている位置を移動する人たちのことである。
 プッシュー、という音とともに電車が駅に着く。そして、扉が開く。その駅で降りる人が、ワシャワシャと電車から出ていく。そして、その駅で待っていた人が電車に乗り込む。
 そこまでいいんだ。
 でもその後、「あれ?このおっちゃん、隣のドアに確かに乗っていたぞ」っていう人がかけ込んでくるのよね。
 おー。なんてあなたは自分勝手なの。

 自分が乗り込んだ電車のドアの位置は、覚悟を持って最後まで動かないでほしい。そのドアの位置は、あなたにあげるから、どうかそこにずっといてほしいのである。
 たとえそこが、降りる駅の改札口に遠かろうが、別に死ぬわけじゃないじゃないか。いったい何秒の違いがあるのだ。落ち着け。どうか、落ち着いてくれ。ドアを一つ移動しただけで、いったいあなたにどんなメリットが転がり込んでくるのだ。
 どうか、「ほっ。今日のこの駅はこれだけの人が入ってくるだけなのね」と思っているところに、寝込みを襲うようなことは、ゆめゆめしてほしくないのである。
 この日記を読んでいる人で、電車が駅にとまるたびに、乗り込むドアを移動している人は反省してもらいたいものである。

   ●

 そうそう。電車といえば、あれはへんやね。
 ここでいう「あれ」とは、電車の窓から外を見ていて、「おっ。見えているこのビルの次は遊園地が見えるな」と思った途端、ブハーと対向の電車が来て、その遊園地が見えなくなる、ってこと。
 なんやろな、あのタイミングは。しっかり窓の外を見ようとした時に限って、対向車がくるのよね。
 あわわわわ、って、対向電車が通り過ぎる音とともに、その時は「なんて今日の僕はついていないのだ」という気になるのですね。

 ふー、やれやれ。
 毎日電車に乗っていると、たまにいろんな人もいるけれど、いろいろ僕の心の中で落ち込むこともあるものである。

2000年12月3日(日)-4
 会社に向かう朝、JR天満駅を降りて、会社へと歩いている時に出会う、頭の先の傘から、帽子、上着、ズボン、そして下の靴まで真っ赤の服を着ている人はいったい誰なのだろう?
 あやしすぎる。

2000年12月3日(日)-5
 『Mai-K TV』始まる。

 あー。
 やっぱもっと、絶対に出るな!と猛抗議をするべきやった。
 あー。もう一段階、倉木さんの人気があがってしまうぞ。

 うーん。明日からの生活も普通に過ごせるだろうか。
 神様、学校の前に誰も並びませんように。
 祈るしかない。ほんまに神様、お願いしますよ。

   ●

 ふうー。終わった。
 やっぱ、お金を払った人だけしか見れない番組でよかった。
 これがほんま普通の番組なら、明日からほんまに学校へ行かれへんかもしれへんな。学校の前にいったい何人が並ぶのだ、という感じになってしまうところだった。あぶな、あぶな。

 あー、それにしても、もう他の番組には、せめて学生生活が終わるまでは絶対出ない方がいいな。学校周辺の人や、同級生とかに迷惑をかけてしまうだろう。
 ほんま、お金を払った人しか見れない番組でよかったぁ。

2000年12月3日(日)-6
 どうも、サンキュ。

 また、古本屋さんで、読売新聞大阪本社「窓」さんの本を見つける。
 近鉄上本町駅前にあるハイハイタウン内の古本屋さんでだ。

 うーん、ついてる。探している人には見つかるもんなんやね。
 でも、それは「運がついている」というのだが、昨日のビールを飲んだあたりから、「うんが近い」のである。お腹、頑張ろうゼ。

 そうそう、今日の格言。
 「ねぇ はじめなきゃ 届かないよ」。

2000年12月3日(日)-7
 はう。
 また、俊輔さんとへいさんにつかまっていたのだ。

 ゴールポストも大きくしてくれ〜。事業も始まってくれ〜。

 とほほ。

2000年12月3日(日)-8
 それにしても、倉木さんの『Mai-K TV』を放送しているMFTV。
 『Mai-K TV』が放送してなかったら、入らなかったけれども、あれやね。『アメロク』も、しててんね。
 う、うれしい。
 テレビ大阪が入らなかったから、MFTVで見れるようになって得したぞ。アキーさん、UJさんもしっかり確認したにょろ。『HIP POP』に出てるUJさんと同じ人とわかり一安心。
 それにしても、『アメロク』見るために、CATVにしなくてよかったぁー。CATVというかケーブルテレビなら、月4000円以上するもんね。そうそう、倉木さんは、『Mai-K TV』の前には『CDTV』以外には、『アメロク』にもちらりと出てたらしいもんね。

 そうそう、MFTVは他にも、智子さんが出ている『ホームページ京都』も面白いやないの。
 知っている哲学の道とか出てくるので毎週見てしまうなぁ。
 なーんか、僕にとってはラッキーこいたチャンネルやったなぁ。

2000年12月3日(日)-9
 あ、そうや。肝心なことを書くのを忘れていた。
 『Mai-K TV』を見て得したいとか思って、スカパーに入るのやったらやめておいた方がいいやろな。チューナー代がかかるしね(それにしても、ファンクラブさんの分は、ほんまに安いと思う。ソニー製であの値段は、そらないよ〜、って感じだ)。
 『Mai-K TV』は、AMラジオでよくある有名人(歌手であったり、タレントであったり)がしていた30分や15分の番組という感じ。
 だから、倉木さんに興味のない人が見ても、うんともすんともなんも感動しないだろう。

 だから興味のない人は、スカパーのチューナーなんかわざわざ買う必要はない。誰が登録しているか、しっかりわかってしまうしね。
 倉木さんの今までの音楽の変遷がわかったからと言って、なんの人生の足しになるというのだ。そんなことには関係なく、日常は流れていくのである。

 と思うなぁ。
 っていうか、あと何年かしたら、ゆっくり落ち着いて見られるようになると思うから、それまで待っても、そう変わらないと思う。

 と、こう言えるのも、いつでも見ることができるようになっているから言えるんやろうけどね。僕は、次もその次も見るです。

 はあー。
 それにしても、最近、ファンのふりする書き込みがいろんなところで増えているようだ。いろんなところでさぁ。
 倉木さんに、そこまで嫉妬するってのは、倉木さんが自分と同じようにテレビで出ていないのに、人気があるのがうとましいのか、それとも自分はテレビに出たことがあるのに、人気があるってのがいやなのかどっちかやね。って、そりゃ全部やないか、とつっこんでつっこんで。
 そうそう、そろそろ浜崎あゆみさん本人に、こういう書き込みをされているんですけど、という問い合わせをしてみようかな。

 いい夢みてね、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれているハンドルネーム「浜崎あゆみ」さん。

 そうや、今朝の夢にはなぜか宇多田ヒカルさんが出てきたぞ。
 いったい全体、オレの頭はどうなっているのだ。
 うーん、内容が全く思い出せない。起きた時に汗をかいてなかったので、無難な夢だったのだろうなぁ。

2000年12月4日(月)
 いらいらが溜まっていたので、堪忍袋の緒をちょっとだけ切ってしもた。

 麻衣ラブリ〜さんのせっかくの親記事を無茶苦茶にしてしまったかもしれない。すみません、麻衣ラブリ〜さん。

2000年12月5日(火)
 今朝、FM802のヒロTさんの番組を聴いていると、倉木麻衣さんの『Reach 〜』が毎週日曜にしている(だっけ?)『OSAKAN HOT 100』で7位までじわじわと上がってきているという。
 先週の土曜日のリクエストトップ5みたいな番組では、4位。2週連続の4位で、その前の週は1位だった。
 こういう動きをしている、というか、FM802さんで上位にきて長居をしているのは、『Love, Day After Tomorrow』以来ではないの?
 ちょっと、ちょっと面白くなってきたのじゃないの。

 で、久しぶりにこの日記でもオリコンさんのデイリーの順位も書いてみたりする。
 12月4日付で、13位。これは、11月30日15位→13位→11位→11位ときて、今は13位みたい。粘るやないの、粘るやないの。

 あー、そういえば、明日、明後日、明明後日は倉木さんの日本デビュー1周年じゃないの。言い忘れるとなんなんで、一足早く、「お、めーでとっ!」。
 明日や明後日には、またある事態が起こるみたいだけど、ここまでよく頑張ったよ、ほんとよー頑張ってきたと思うよ。

 シルバーさんも頑張っているし、『倉木麻衣さんへの掲示板』では、みんなも頑張っているみたいだし(のりさん、お帰り!)、今日は一日いい日でした。

 おっと、もう、午後11時だ。
 仕事のプリントアウトが出ればかーえろっと。
 (ドイチンや、タケチャン、お先に失礼なのです。あー、ほんま師走のように忙しくなってきた。また電話がかかってきた。御得意様も師走やねんな)

2000年12月6日(水)
 はうっ。
 疫病神みたいだ。オリコンのデイリー20位内に入っていなかっただ。どぉー(←泣いている絵文字)。

 ということで、何もせずに帰ろうっと。今日は30分近く遅刻をしてしまったしな。なんで起きられないのだろう。気づくと7時30分をまわっているもんな。自分を律する気持ちが足りないのだな。

 ということで、今日は『スポーツ報知』を購入。130円なり。

2000年12月7日(木)
 ドミノの流れが変わる音が聞こえるなぁ。はっきり聞こえてきたなぁ。

2000年12月8日(金)
 今日は倉木麻衣さんの日本デビュー1周年の記念日。
 おめーでとっ!倉木さん。

   ●

 どえらい間違いに気づく。
 松尾潔さーん、松尾さーん。
 松尾さんの『東京ロンリーウォーカー』(扶桑社発行・定価税込1200円)に倉木さんの名前が載っていることを、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書かせていただきました。
 ですが、どえらい間違いはそのことではなく、その本の100ページと126ページ。これ、これ、これはぁぁぁぁぁー。

 ここには「松尾の'98」と「松尾の'99」という、松尾さんの活動内容が書かれているのですが、その内容って、ひっくり返ってません? 98年の内容が99年にあり、99年の内容が98年にあるような…。

 僕の気のせいだったらいいのだが…(つづき、はない)。

   ●

 朝、めちゃくちゃ寒かった。出社時に、コートを着ている人が半数を超えたのではないか。昨日は「大雪」(おー、へいさん、おおきに。「大寒」じゃなかったよー。わお。読みは「だいせつ」じゃなく、「たいせつ」みたいだー)の日。

 僕の仕事場の椅子は、人の往来がある通路の位置にある。真左を見れば、階段の踊り場が見える。
 ま、階段の踊り場に行くには、扉を開けないといけないのだが、その扉がくせもの。気力がないのか、ずっとお腹がすいて力が入らないのか、勢いよく開くと戻ってこないのよね(スプリング?がおかしくなっているのか、閉まらないのだ)。
 だから、元気よく出ていったり、元気よく入ってきた人のあと、僕は一人静かに席をたち、扉を閉めにいくのである。
 僕が冬を感じるのは、その動作が増えたときなんだなぁ、と今日つくづく思った。

 しかし、それにしても、冬はいいなぁ。楽しいなぁ(寒いけど)。
 毎日雪の降っているところに住んでいる人(おお。「雪の降っているところに毎日住んでいる人」じゃ、ちょっと気持ちが通じないよぉー。へいさん、おおきに)には申し訳ないけど、僕は雪が大好きなのだ。はぁー、スキーに行きてぇ、雪山が呼んでる。ボーゲンもできない初心者だけど、スキーウェアさえもっていない全身レンタル派だけど、スキーはいいのだ。痛くないのだ。そう思うのだ。
 倉木さんは、スキューバーダイビングに挑戦したいと言っていることから勝手に判断して、夏が好きようやなぁと思う。でも、倉木さん、冬もいいよぉ。
 お、そうだ。
 冬の歌。フード付きのコートが似合うような歌が聴きたいなぁ。

2000年12月8日(金)-2
 今、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、哲さんにレスをつけた。
 ほんと、この1年「とてつもなく」長かったなぁ。
 寝ても醒めても、ここまで『倉木麻衣さんへの掲示板』を心配する毎日になるなんて思ってもしなかった1年前。
 これもそれも、『倉木麻衣さんへの掲示板』を作って1週間目に閉鎖しなかったからだろうなぁ、と私は振り返る。

 でも、見てるだけでまだ1回も書き込んでいない人ってたくさんいるんだろうなぁ。みんながみんな、気軽にいつでも書き込める掲示板にするにはどうすればいいのだろう。今までは、こんなふうなことが書き込めるようにしよう、あのことの話題はこっちで引き続き、というような感じでどんどん掲示板を増やしていった。けど、ただの高校生さんのそろそろ掲示板をまとめていった方が…というような提案もあるしなぁ。うーん(←ただいま腕組み中)。

2000年12月9日(土)
 『OHHOの掲示板』を見ると、ただの高校生さんが、今日のオリコンさんのデイリーでは倉木さんの『Reach 〜』が14位に戻ってきているという。そして、『倉木麻衣さんへの掲示板』ではcosmos7さんがFM802さんのチャートで4位に上がってきているということを書いてくれていた。
 暴言を吐かせていただきましょう。

 もし、倉木さんやスタッフの方からの新曲や新アルバムの情報がアナウンスされなければ、『Reach 〜』は2位まで上昇するだろう。ミーシャさんの『エブリシング』(カタカナでスペルチェッカーさんから逃げよう)を上回ることはできないが(『エブリシング』はもうサザンオールスターズさんの『ツナミ』化している)、その後ろ姿が見えるところまでいくのではないか。花*花さん(おっと、ま、これは軽いジャブとしておきましょう。「花花」さんから変えました。俊輔さん、おおきに)、hiroさん、ブリリアントグリーンさんと競り合うが、その3組が上につくとしても、5位内には入るだろう(「入っただろう」ではないよ。これからのことを言っているのよ)。
 『Reach 〜』という曲がどれだけ多くの人に支持される曲か、オリコンの順位でしか理解できない人は、その目でしっかりと確かめてみるといい。

 ってくらい、僕は、『Reach 〜』って曲に惚れこんでいる。20世紀に倉木麻衣さんが到達した最高峰の曲であろう。
 詩、曲、アレンジ、歌唱、どれをとっても最上級である。物足りないところを強いて上げるならば、プロモーションビデオで歌の盛り上がりの部分が今いち伝わりにくいところと、CMで流すところを間違ったかなというところだ。

 このことは、ある方からメールをいただいたことでもあるのだが、『Reach 〜』の中で最も気合いの入る場所、「♪どんな時も どんな時も ここにいて」のところの感情の込め方が、プロモーションビデオでは少ないように思う。「感情の込め方が少ない」というか、「寒かったんやろなぁ」っていうのをまず思ってしまう。倉木さんの気持ちが、どこか別のところに行っているように見えてしまうのだ。

 正面を見据えているプロモーションビデオで『Stay by my side』がある。倉木さんの映像集『FIRST CUT』にも入っているらしいが、そのプロモーションビデオを見ているとものすごい「必死さ」を感じる(でも、実は僕はまだ『FIRST CUT』は見てないにょろよ。テレビで流れていた時に見た感じを思い出しながら書くにょろ)。
 あの、まるで今にもこちらに手を伸ばしてきそうな、そして画面から出てきそうな、そんな「貞子」的気持ちの充実さが、あのプロモーションビデオにはあった。
 しかし、『Reach 〜』の場合は、「♪どんな時も どんな時も ここにいて」のあと、すぐ次のフレーズにいくイメージがある。さらっと流れている感じがする。気持ちを押し込めて押し込めて、「♪どんな時も どんな時も ここにいて」と爆発する印象がないのだ。CDの音の中では、見事に爆発しているのに、もったいないことだと思う。これは何が原因なのだろうか。先に書いた、撮影現場の「寒さ」が原因なのだろうか。
 それにしても、『Reach 〜』のプロモーションビデオ。ベンチに座っている時に、ナイキのフリースのジャケットを引っ張る場面が映っているほど、あの時は寒かってんやろなぁ。歌に感情込めるより前に、予想以上の寒さやってんやろなぁ。その後、風邪をひき、体調を崩したって話もあるもんなぁ。

 で、あと、CMのことなのだが、あの一番盛り上がる「♪どんな時も どんな時も ここにいて」の場面が流されている。
 しかし、CMではいきなりその場面が流れるので、見ているこっちとしては、「な、な、なんだぁ〜」って感じになる。曲を一通り聴いている人には、ここが一番盛り上がる場所なんだなと確認はできる。でも、それだけ。CMのたった15秒の中で一緒に歌っていた人は「続けて歌いたい」とか、「もっと聴きたい」という感情が涌いてこないのだ。だから、このCMを見て、「今すぐCD屋さんに買いに行かなければ」という気にならない。「今すぐCD屋さんに買いに行かなければ」という気にさせるには、「♪どんな時も どんな時も ここにいて」の場面を流すのではなく、その直前で止める方がよかっただろう。その直前で止めれば、CMを見てる人や、別のことをしながら聴いている人は、その後のフレーズ「♪どんな時も どんな時も ここにいて」は自分で勝手に歌ってしまうのである。そして、歌えなかった人は、「なんだったっけ?もっと聴きたーい」と思って、CD屋さんに走ってしまうのである。感情を盛り上げるのは、「ここが一番盛り上がる場面なのよ」とGIZAさんに言ってもらうのではなく、僕らで勝手に盛り上がらせてほしいのである。GIZAさん、余計なお世話なのである。という感じだ。
 『Reach 〜』のCMは、もっと遊びの部分、見る僕らに任せる部分がある方がよかったと思う。それは『Secret of my heart』のCMでは、一番盛り上がる「♪'Cause I love you」の部分を全面に出さなかった時と同じように。

 ま、そんなことを言っていても、『Reach 〜』はええなぁ〜。ほんまええ曲やと思います、倉木さん、GIZAさん(おっと、今入力ミスで「GOZA」さんと打ってしまった。「ござ」さんになってしまうところだった。あぶないあぶない)。

2000年12月11日(月)
 会社に来てからめちゃ忙しくなってしまった。
 始業10分前には入ったのだが、そこから、次から次に仕事がわいてくる。というか、持ち込まれてくる。しかもそのどれもが急ぎとくりゃあ、あーた。明日は遅刻ってわけですね。

   ●

 土曜日の帰りに、中古CD屋さんに行った。天神橋筋商店街のところにはなかったので、日本橋の『DISC J.J.』さんへ。
 この店は日本橋の松屋町筋沿いの西側にある(電器店街のあの通りは、「松屋町筋」でよかったっけ?)。結構大きくて、奥が深い。
 で、探したのは、『今日の倉木さんカレンダー』の12月8日分に書き込んだもの。倉木さんが『2000年のマイ・セレクト・アルバムTOP5』として選んだCD。
 でも、CD屋さんの棚のどこを見ていいかわからない。英語がわからないし、もちろん洋楽もチンプンカンプン。まして、音楽のジャンルが細かく分けられているので、在庫を検索できるパソコン1台入れてくれ〜、状態である。
 1時間余り探しまくって、「TOP5」のうちの(1)を手に入れる。
 (1)とは、Swing Out Sisterさんの『The Best of Swing Out Sister』。
 なんなんだ、この「Swing Out Sister」さんという名前は。略せば「SOS」か。『SOS』と言えば、おっと、ここから先は言えない。

 Swing Out Sisterさんってお名前を聞いたことないぞぉー、と思っていたのだが、持って歩いていたCDプレーヤーに入れて道ゝ聴いてみると、知ってるやないの。これって、よー、飛行機のCMソングになってたものやないの?日曜日に放送している『アタック25』に流れていたような曲やないの?と思った。
 うーん、倉木さんって、何かの主題歌やCMソングになっているようなベタな曲が好きなのか?(好感好感)

 と言っても、良く聴くと、凝ってるのよね。どこからこんなメロディが出てくるのだろう、と思う。1、2、3曲目ってええなぁ。

 って、なんで、このCDを聴きたくなったかと言うと、その『今日の倉木さんカレンダー』の12月8日分にも書いているが、倉木さんのコメントに引っかかってしまったのよね。そのコメントってのは、Swing Out Sisterさんの『Break Out』について書いてるところ。
 「21世紀に持って行きたい1枚(or1曲)とその理由」というアンケートに対して、倉木さんはこう書いているのよ。

 「Swing Out Sister『Break Out』。21世紀に向けてBreak Out!!」

 なぬ?
 「21世紀に向けてBreak Out!!」って、あーた、どいうこと?

 気になったのだ。何が「Break Out!!」なのか?なぜ「21世紀に向けて」なのか?もう謎だらけ、意味不明。この1行は、僕を小松未歩さんの『謎』の主人公にさせてしまったのだ。

 かなんのだ。いや、コナンなのだ、倉木さんの次に聴くことができる曲は、『名探偵コナン』さんのエンディングテーマ曲みたいなのだ。jon☆bovi改め、麻衣姫☆jB さん、おおきになのだ。それにしても、前にもコナンさんのエンディングテーマ曲を歌ってたことを知らないアンチさんがいるのには、腰を抜かしてしまったにょろよ〜。ほんと世代交代してるねぇ〜。

 で、話はそれたが、これは解明せねば、コナンさんのように事実を明らかにせねば、ちょっと気持ちが悪い。なんだかもやもやする。そんな感じがしたのだ(と言っても、『名探偵コナン』を見たことが1回しかないってのは、問題だなぁ。もっと遅くに、深夜1時くらいから放送してくれへんかなぁ)。

 で、Swing Out Sisterさんの『Break Out』である。
 この『Break Out』を聴くと、すっきりしたのだ。歌詞カードを読むとまたさらにすっきりした。その上解説まで目を通してしまうと、なるほどなるほど、とすごく世界が開けてしまったのだ。

 ということで、本日終了。なぜすっきりしたのか、その理由は、また覚えていたら後日書ーこおっと。

 とにかく、20世紀はDelicious Way!! 21世紀に向けてBreak Out!!

(なのかな?)

2000年12月12日(火)
 はっ。

 びっくりしました、『倉木麻衣さんへの掲示板』のあじゅがさん(書き込みナンバー13335番)。
 まさか、昨日のあのきれいなお月様を見ている人が他にいるとは思いませんでした。
 だいたいいつも、僕は家に帰るのが夜の12時を回るのですが、昨日もいつもと同じ時間くらいに団地に入って、グランドを横切るあたりで空を見ると、まん丸のお月さんが浮かんでいました。しかもそのお月さん。見るとダイヤモンドのように輝いていて、自分で光を出しているように見えたではありませんか。
 この感動を誰かに伝えたい。いや伝えなければ、と思いました。走って家に帰ったまではいいのですが、家のMacの前に座ったところで思い出しました。家のMacは日曜日から再びノックダウン状態になっていたのですね。あうっ。

 で、仕方なく昨夜は何もせずに夕食(カレーうどんだった)を食べて、風呂にはいって、ぐっすりと寝て、朝起きるとすっかり夜の月のことなんかは忘れていたのでした。だから、あじゅがさんの書き込みを見て、はっ、としたのでした。
 そうそう、今朝、近鉄電車で奈良の生駒トンネルをくぐって、大阪の町を見下ろすと、これまたすごい風景でした。ずっと先に高い塔みたいなのが二本見えて、その先端はピカピカ光っているのですね。むむむ、と電車の中で身を乗り出して(もそう変わらないのですが)、あれはよく見ると、明石海峡大橋さんではないですか?まさかねぇ。ほんまかな?

   ●

 それはさておき。
 昨日の話の続きでもあるが、GIZAさんは、イギリスなのである。
 というか、これからちょっとの間は、GIZAさんはイギリスというか、北欧というか、そっち方面にシフトしているみたいなのだ。

 Mika Haseさんのイギリスデビューに始まり、小松未歩さんの1月31日発売のニューマキシシングル『Love gone』は、〈北欧ポップスの香りとノスタルジー漂うサウンド〉という(小松未歩さんのオフィシャルホームページの『NEWS』より)。そして倉木麻衣さんの『Reach for the sky』のプロモーションビデオの撮影場所は、セブンシスターズのイギリス。

 ね。どれもこれも、イギリスというか北欧へ目が行っているではないか。
 で、そこに輪をかけるように、「21世紀に向けてBreak Out!!」とビックリマークを2つつけてしまうほど、倉木さんがお気に入りのSwing Out Sisterさんも、イギリスらしいのよね。

 〈マンチェスターから登場したスウィング・アウト・シスター〉(Swing Out SisterさんのCD『The Best of Swing Out Sister』の中の歌詞カードに書いていた村岡裕司/YUJINさんのライナーノーツより)

 なるほどなるほどなのである。
 そして、あと一つ、maikukkeyさんが書いていた

 〈次はロンドンで仕入れたネタを使おうと思ってます。〉

ということ。
 うーん、ロンドン、イギリス、北欧やねぇ。
 そして、maikukkeyさんは続いてこんなことも書いていた。

 〈次はロンドンで仕入れたネタを使おうと思ってます。同じ先進国でも日本と時間の流れ方がまったくちがいますね。こちらに来ると日本はほんとうに蟻のような感じです。もう少しマイペースでやってもいいのになというのが帰ってきて思ったことです。〉

 ほんま日本はその通りや、と思ったのが、10月30日の出来事だったのよねん。
 「10月」と書いて「えらい前の話や」と思ってしまうのも、僕の思考が蟻のようだからだろうなぁ。

 てなことで。

 「21世紀の初っ端は、GIZAさんの北欧シフトに注目!!」(←ビックリマーク2つ)なのである。

2000年12月12日(火)-2
 名探偵コナンさんの映画『天国へのカウントダウン』のTVCMが始まっているらしい。「その映画で声優としてデビューか?」なんて話はないの?というようなメールをいただいていたりして。と、今日の日記に書いておこう。

 オリコンさんのデイリーで、倉木麻衣さんの『Reach 〜』(はう。JUNYA さん、おおきにです。『Riach 〜』ではないにょろ)は12月11日付で16位。圏外(7日)→14位(8日)→15位(9日)→17位(10日)→16位(11日)、となっている。
 ふふふ、である。

2000年12月13日(水)
 「私にとっての心の支えは、ファンの皆さんであり、歌うことです。」

 倉木麻衣さんは、今まで僕が知っている歌手の人と違うなぁ、とぼんやり思っていた。
 その一つのヒントが、この言葉やってんね。
 この言葉は、ずっと前に聴いてた言葉。「聴いている」と思っていたけど、僕は「聞いていた」だけやってんな。
 「心の支え」って。

 そう倉木さんに言われてたファンの僕らは、倉木さんにどんな言葉を返しているのだろうか?

2000年12月14日(木)
 「セピア色のまち」かな?

 本日、倉木麻衣さんのファンクラブサイトのメッセージ更新です。
 「セピア色のまち」とか「セピア色の景色」「セピア色の季節」「セピア色の街並」「セピア色の舗道」だと、イギリスのロンドンとかのことなのかな?

 うーん、わっかりま、せーん。

 倉木さん、メッセージ、更新してくれて、おおきにです。

2000年12月14日(木)-2
 わお。
 今、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ると、長壁(osakabe)さんが、FM802で倉木さんがジャネット・ジャクソンさんとの対談を放送するとのこと。友達から聞いた話で、確認したい、とのことだったが、今日は、倉木さんの曲が3回くらい流れていたのは聞いたけど、その時は、えらい離れたところで、文字の校正をしていたので、DJの人が何を話していたのか聞こえなかったにょろよ。とほ。
 でも、朝の番組では、ヒロTさんが、倉木さんの名前を出したあと、Swing Out Sisterさんの『Break Out』を流してくれたにょろよ。嬉しかったにょろ。リクエストしてくれた人に感謝。ヒロTさんに感謝の朝だったにょろよ。
 やっぱ、FM802さんはいいなぁ。いいな、いいな〜。
 そういや、去年の1月は毎週倉木さんのコーナーがあったもんな(1分くらいだったけど)。で、倉木さんがFM802さんにきた時(かな?)、倉木さんと会った女性のDJさんは、倉木さんのことを見て、「グラビアアイドルみたいな」と形容していたもんなぁ(あれは、ニシトアキコさんでしたっけ?誰だったけなぁ?)。

 てなことで、来年も楽しみ楽しみなのでありますね(最近は、見るたびに疲れていく(みんなが一度は立ち寄る)『We Love 〜』の掲示板の現状があったりするのだけれど)。

2000年12月14日(木)-3
 12日付20位→13日付19位(オリコンさん、デイリー順位)。

 『Reach 〜』落ちないねぇ。踏ん張るねぇ。

 それにしても、「アハハ」とは凄い表現だ。
 この言葉で引いてしまう人がいるみたいだけど、どこで引いてしまうのかわからない(あふん。「どこでが引いてしまうのかわからない」ではなかったにょろよ。俊輔さん、おおきにっちょ)。
 「アハハと」が「ハート」という言葉とかけている、というのは、みんなにわかる形で説明した、とってもちっぽけなこと。そんなことは、もっと前にみんなが気づいていなくちゃいけないことなのに、倉木さんが種明かしをしてくれたら、「引いてしまう」と言う。「引いてしまう」というのだったら、その前に、見抜いていたの?
 倉木さんはもっともっといろんなことを『Reach 〜』の詩に込めているのよ。

 「アハハ」って素敵な言葉。素敵な笑い方だと思う。
 心の中から、そういう笑い方ができれば、それはどれだけいいことだろう。
 倉木さんは、もっともっと深い意味を込めている。「アハハと」に「ハート」をかけている、と話したのは、これが答えではなく「一つのヒント」としてのことなのだ。もっと奥のことを、みんな見てよ、と言っているのだ(ろう)。
 (その上、「アハハ」という言葉をいれた曲で、これだけ多くの人の耳に届いた曲を僕は知らないのだなぁ。初めてのことをすると、内容のことを一つも考えないで、それだけで足を引っ張る人がいるものだなぁ)

2000年12月15日(金)
 明日は、友達の結婚式の2次会に出席。
 会うのはよく考えると、3年振り?くらいかな?

 それにしても、最近は結婚式づいていたけど、2次会から出席というのは、ほんまに久しぶりのこと。
 前に2次会から出席した時は、一緒に行った人(後輩)と、梅田の大中さんという雑貨屋さんでおもちゃをプレゼントとして贈ったもんな。今回はどうしょー。
 と、ずっと、悩んでいたのだが、もうこれしかあらしませんな。2000年に一番売れたCDをプレゼントすることにいたしましょう。そのCDに、明日集まるメンバーの思い出のCD、大瀧詠一さんの『ロングバケーション』を一緒に添えることにしようか。
 それにしても、2000年ももうすぐ終わりやねぇ。
 ビートルズさんのベスト盤のCDが発売になったり、ジョンレノンさんのミュージアムが出来たこの年に結婚するやて、明日結婚する人は狙ってたんちゃうか、と思ってしまうなぁ。

 ま、なんにしても、コングラッチュレイション、であります。おめでとっ!であります。

 そうそう、maikukkeyさんに関する掲示板に書き込んだ原稿をここに転載しておきましょ。クリスマスやしね。

   ●

『寒い夜なんで、クリスマスの話をば。』
投稿者: ohho_takuma 2000年12月13日 午後11時11分
メッセージ: 413 / 420

こんばんは、maikukkeyさん。
ほんと、maik1028Bさんもおっしゃったように、
夜空の星やお月さんがきれいに見える季節になってきました。
そして、もうすぐクリスマスですね。

で、今日は、クリスマスのことで、これまたぐっとくる話を読んだので紹介します。いつもと同じ読売新聞大阪本社「窓」さんの本からです。(『記者の窓から=3 そんなにかわいく笑わないで』角川文庫刊より)

  ●

 〈一家の大黒柱のご主人が病気やけがで倒れた時、家庭の中は暗く沈みがちです。そんななかで、ほかに頼る人もなく、つらい半年を過ごされた岡山市のNさんを支えたものは……。〉

という書き出しで始まる『偉いぞ 中学一年生』というタイトルがついたページです(168ページ)。
その本の続きを書きますね(続いて、Nさんから送られてきた手紙の内容になります)。

 〈《昨年十二月、主人が交通事故にあいました。大型トレーラーに自転車ごとはね飛ばされ、二十メートルひきずられて、頭蓋底骨折、脳挫傷、片足切断……。一か月以上も意識が戻らぬまま眠りつづけました。
 子どもたちは学校が終わってから二人で病院に来るのですが、下の子(小学四年)は「お父さんは僕が来るたびに寝ている。つまらないから早く帰ろう」と中学一年生の兄をせきたてるのです。家に帰って兄が何をつくって食べさせているのか、何を話して寝ているのか……病院に残された私は主人のそばで泣きました。
 でも、クリスマスイブの日、看護婦さんに主人をおまかせして家に帰ると、兄がクリスマスケーキのかわりと言って、ホットケーキを作り、ミカン、パセリ、リンゴをのせてロウソクを立ててくれたのです》

 (中略)

 《一か月後、ようやく主人の意識が回復、私も夜は家に帰れるようになりました。そんなある夜、下の子が「お父さんは毎日、寿司ばかり食べているのに、どうして僕たちは……」と言います。病院の主人には、できるだけの食事を与えていたのです。そうしたら兄が、「タクアンだって肉と思って食べてごらん。お父さんが一日も早く治る方がいいだろう」と弟を諭し、そのあとで私に「お母さん、気にしなくていいよ。でも一つだけお願い。中古でいいから、自転車を買ってほしいんだ。バスは毎日お金がいるし、自転車があれば、僕がお母さんのかわりに病院に行けるよ」と。主人の事故後、初めて見た兄の涙に、その夜は眠れませんでした》〉

たった一つの、小さな家庭の話だけど、偉いなぁ、中学一年生のお兄さんは偉いなぁ、と僕も思いました。でも、maikukkeyさん、偉いのは、中学一年生のお兄さんだけではないのですよ。
その後、Nさんの手紙は次のように続きます。

 〈《その主人も歩行訓練をつづけて、五月三十日、ようやく退院。いまは毎日、二人で通院しています。子どもたちは大喜びで、私の心の中も大きな嵐が通過したあとのようにさわやかです。お兄ちゃん、自転車はもう少し待ってね。お父さんが一人で通院できるようになったら、母さんが働いて必ず買ってあげるから……》〉

  ●

中学一年生のお兄ちゃんも偉いけど、そのお兄ちゃんに応えようとするお母さんも偉いなぁ、と思いました。

クリスマスって、豪華なケーキがなくっても、高価なプレゼントがなくっても、サンタさんが夜に来てくれなくても、maikukkeyさん、素敵なクリスマスを送ることはできるのですね。

  ●

 以上。
 クリスマスのことを、ファンクラブさんの『PARTY PARTY』(はうあ。JUNYAさんおおきにっす。「PRATY PARTY」ではありませんでした)で書いてくれた倉木麻衣さんへのお礼も兼ねて、ここに転載しときます。

2000年12月16日(土)
 はう!「結婚する」って友達の話が、昨日も舞い込んできた。
 まだここだけの話だから詳しく言えないが、めちゃくちゃ喜んでいるのよね。デレデレって感じで。
 そういう電話の声を聞いたのは初めてだったので、嬉しいような心配なような。
 ま、とりあえず、おめーでとっ!

  ●

 『倉木麻衣さんに関する会議室』のいくつかの書き込みを読んでいて、ハタとまた気づいた。
 それは、アンチさんと呼ばれる人の書き込み。
 なんでこんなにも僕の心を説得してくれないんだろう、と常々思っていたのだけど、その理由がぼんやりとわかってきた。

 それは、嫌いなら聴かなきゃいいじゃん。ってこともある。
 それも思ったけど、それとはまた別のことで思ったこと。それは、アンチさんの書き込みのほとんどのものが、ある「タイプ」に当てはめて語っているのよね。
 「ビーイングだから」しかり、「パクリだから」もしかり、「写真週刊誌との関係」もしかり。
 ぜーんぶ、自分が昔にどこかで聞きかじった言葉を鵜呑みにして書いているのよね。型(タイプ)に当てはめられないものも、強引にこじつけようとするから、無茶苦茶なのね。
 それは、「あなたは日本人だから○○」と決めつけているのと同じこと。
 自分が日本人だからと言っても、「日本人だから○○」ってことはないでしょ。
 自分がまずあって、その集合体が日本人、っていう視点が全くない。そらズレてるわな。

 ってことから、『倉木麻衣さんに関する会議室』で書き込んでくれている人に向けてのメッセージも含め、続ける。
 だいたい「ビーイング」って言葉を出していること自体、「は?何それ?」である(ここは和泉さんにも伝わりますように)。
 ビーイングってことから、倉木さんを語り出すから、矛盾が出てくる。
 倉木さんは、最初テレビに出てました?そして、チラッ見せてから、飢餓感を誘うように隠しました?
 「ビーイング戦略」「ビーイング商法」と今ではやかましく言われるけど、それもここまで名前が知られたから言われていること。初めは音楽誌にさえ新譜情報さえ載らず、一切無視されていた。今で言えば、ガーネット・クロウさんと同じ。自前のCMで宣伝しているだけで、それがたまたま有名になったら、「実態を隠すことで宣伝している」と地球が逆立ちしているようなことを言う。あほか、っちゅうねん(ここは和泉さんに向けてじゃないよ。和泉さんは「実態を隠すことで宣伝している」なんて言ってないもんね)。
 それから、『CDTV』や、『Mai-K TV』に出るようになる前に、どれだけ多くのファンが「出てくれ出てくれ」ってお願いしたか。「テレビに出ないといっていたのに、テレビに出ている」って、一見正論のように見えて、そこに至る過程をまったく無視してる。それを「誹謗・中傷」や「名誉毀損」ってことになるのを気づかないんかなぁ(ここも和泉さんには関係ありません)。
 写真週刊誌のこともそう(ここは、ozuさんに届きますように)。
 最近、倉木さんのスタッフの人が映しているような写真を毎週のように載せていた写真週刊誌。あの写真週刊誌が倉木さんのことを初めて載せた時、「事務所さんが怒っている」という話が『倉木麻衣さんへの掲示板』にも書かれていましたよね。で、そこに載った写真と同じものが他誌にも載ってましたよね。ちゅうことは、誰かがあの写真を売り込んだのでは?(こっから思いっきり推測を書きます)。で、その後、あの写真週刊誌が倉木さんのことを取り上げる時って、同じ時期に他誌に、倉木さんの暴露写真が載ってるんよね。その暴露写真を買い取るか、「こんな写真が売り込まれているんですけどねぇ」と事務所さんに一声かけて、別の写真を事務所からちょうだいするか、それはもう、その写真週刊誌のセンスの問題。
 で、倉木さんの記事で遅れをとってた(倉木さんがここまで有名になることを予想できずノーチェックだった)写真週刊誌は、売り込まれた暴露写真を我先にと買い取る。一方、前回のやりとりで事務所さんとリレーションのとれている写真週刊誌は、独自の写真を事務所さんから「暴露写真と差し替えますから」と譲り受ける。それは事務所さんがどうのこうのという問題ではなく、写真週刊誌さんの戦略の問題。
 ある写真週刊誌だけチェックしてると、まるで、事務所さんから売り込んでいるように思えるかもしれんけど、もっとまわりをじっくりと見回すべし。事務所さんが仕方なく写真を提供しているのが見えてこない方がおかしいと思う。

 うーん、それにしても、書き込んでくれる人の世代交代が激しいので、何回も同じことを僕は言っているような気がするなぁ。今まで書き込んでくれた人はtrampさんがおっしゃっていたように、見ていてくれてると思うんだけど。

 ほんま、嫌いなら聴かなきゃいい。その言葉につきる話なんやけどね。

2000年12月16日(土)-2
 今日の結婚式の二次会は、誇らしい二次会だった。
 結婚式の披露宴が1時間ほど遅れたので、二次会自体の時間は少なかったけれど、何だか、僕の友達の新郎を見ていて、誇らしい気持ちになった。
 なぜ誇らしい気持ちになったかというと、70人も参加していたからだ(めちゃ人の多い二次会だった)。

 僕らと一緒に過ごした学生生活。その後、こんなにも多くの人にお祝いされる人になっていたのか、そういう感じ。二次会を酔っぱらいながらも最後には仕切っていた新郎の背中を見ながら思った。
 全然変わってないやん。

 僕は、今日の二次会の主役である新郎のタニグチ、や、今日テーブルを囲んだタカダ、タケウチ、イケヤン、そして、今日会えなかったナミ、タカツキ、アオキ、アカマツ、タニグチさん、…(うーん、名前を書き出すと、100人くらいになってしまう)、と一緒に過ごした日々が一番好きだ。その時のエピソードを書くだけで、10冊くらいの本になってしまいそうなくらい、いっぱいの思い出が詰まっている。しかも、その時の話題を2000年になった今、みんなに持ち出しても、一緒に笑うことができる。ほんま、いい学生生活を送れたと思う。
 倉木さんは、その学生生活が来年の4月から始まる。僕が経験した、一番楽しい学生生活が、倉木さんにはこれからやってくる。
 ほんと、倉木さん、お楽しみはこれからだよ。

   ●

 で、今日初めて知ったのだが、このOHHOのホームページができたとき、タカダがメールを送ってくれていたらしい。
 「ほんま、くまさん、オレのことそう思っててんなとわかったわ」と、僕がメールの返事を出さなかったことに文句を言っていた。
 おー。
 でも、僕のところにはメールが届いてないにょろよ、タカダさま。
 メールフォームから送られたタカダくんのメールは、かあさん、どこへ行ったのでしょう?

   ●

 『OHHOの掲示板』で、俊輔さんが、「倉木さんの魅力はどこ?」という質問をくれている。
 で、今、この日記を書く前に、またハタと気づいたのだが、倉木さんの魅力は、手書きの年賀状と同じではないかと思った。
 手書きの年賀状と、パソコンでプリンとした年賀状。
 どっちの方がもらって嬉しいかというと、僕は、手書きの年賀状をもらう方が嬉しい。

 でも、作る方としては、パソコンで年賀状を作りたいのよね。手を抜くってんじゃなくって、パソコンで年賀状をつくるのも、結構時間がかかるんよね。せっかくパソコンとプリンターを買ったしね。
 って、作る方は思うのよね。
 作る立場に立つか、もらう立場に立つか。
 そして、作る時はどちらの方法をとるか。
 倉木さんの出すCDというか、CDに録音された歌は、「手書きの年賀状」ではないかと思う。
 フォントのようなきちんとした文字は書けていない。ゆらゆらゆがんでいて、たどたどしい文字かもしれない。けど、手書きの年賀状は、手書きってことだけで、最後まで読んでしまう。

 倉木さんの歌が、アンチさんを含む多くのファンの人の耳に留まるのはなぜか。なぜここまでいろんな人の関心を引いてしまうのか。
 その理由は、みんなの心に何かしら届いてしまっているからだと思う。「頼りない」とか「へたれ」とか「ボイストレーニングしていない」とかいろいろ言われるけど、それらの言葉はすべて聴いているから言えること。聞き流せる歌ならば、そんな感想は出てこない。
 倉木さんの歌は、何かしら、僕らの心に引っかかる。

 俊輔さん、倉木さんの魅力の一つは、手書きの年賀状を受け取る立場で、倉木さんを含む「倉木麻衣」グループの人たちが、CDを作っているからではないかと思います。

2000年12月18日(月)
 昨日はたいへんだったにょろよ。
 そのたいへんな間に、『倉木麻衣さんへの掲示板』がまたたいへんになっていたような。
 寿司さん、おおきにっす。そして他の方も、いつもすみませんねぇ。

 で、昨日何があったかというと、おっと、もう昼休みが終わる。
 では、また後日。

 そうそう、エシルトさん、また書き込んでくれることを待ってるからね。
 引退届けは、上司には提出せずに、僕のスーツの内ポケットにしまっておきます(うひゃー、また内ポケットが膨らんでしまった。電卓は抜いておこうかな)。

2000年12月18日(月)-2
 倉木麻衣さんの新曲は2月、っていうことが昨日の『Mai-K TV』で倉木さんの口から語られた。
 で、その「2月」ってことで、ヤフーさんの掲示板とかを見ると、ガタガタ書いている人がおる。
 あほか、っちゅうねん。
 『Reach 〜』が出る前は、「早く出しすぎ」とか言ってて、3カ月という、よくある年4枚発売のローテーションにしたらしたで、「2月じゃなく、1月の方がよかった」という。ほんま、あほちゃうか。何をおどおどしてんねん。
 出したい時に出せばええやん。それも、早く出しすぎって言うてたんが、3カ月のローテーションで出してくれたんやから、感謝してもええくらいや。せやのに、やれ「誰と発売日が同じ」とか「また言われる」とか、何をびくびくしてんねん。倉木さんは倉木さんやろ。他の人のことなんて関係ないやろ。

 ほんま、あほちゃうか、ということが今になっても多すぎる。
 ビーイングさんとマスコミさんの関係もそう。ほんま、アンチさんの言っていることが正しいと思いこんでいる人が多すぎる。
 「ビーイングさん=GIZAさん」ではない、ということはもう腐るほどいろんな人が言っている。せやのに、まだ、「ビーイングさんはある写真週刊誌さんとつるんでる」と思いこんでいる人がおる。
 あんたらなぁ、売れてからの倉木さんしか知らんアンチさんの話を鵜呑みにしたらあかんでぇ。後々、バカにされるでぇ。
 倉木さんの名前が、写真週刊誌さんの新聞広告の見出しとして取り上げられたのは、今年の5月になってからやねんで。「ビーイングさんとある写真週刊誌さんがつるんでる」って言うんなら、何で、名前を思いっきりに広めたかったデビュー時や、セカンドシングル発売時、サードマキシシングル発売時に、何で取り上げさせへんかってんな。答えてみいや。
 答えられへんやろが。

 倉木さんの事務所さんと、ある写真週刊誌さんは、全く別もの、独立してるものなんや。ほんまそんなことくらいわからんで、どうする。

 と、腹の立つことだらけである。
 というか、倉木さんが全く無名だった時があることを知らない人が多くなったもんだ。
 『倉木麻衣ヒットカウンター』はその当時からあるから(オフィシャルページがヤフーさんに登録される前からある)、どういういきさつで、倉木さんがここまできたのかだいたいわかる。
 「全米デビュー」ってことも、ひょんないきさつから全米デビューできたことが、GIZAさんは嬉しくって嬉しくって、「全米デビュー」って、デカデカとした文字をつけてテレビCMを流していたのも憶えている(でも、それはあまりにも下品で、『Love, Day After Tomorrow』の曲のイメージに違い過ぎることに気づいたのか、すぐにおとなし目のバージョンの方だけになってしまったのだ。『Love, Day After Tomorrow』のTVCMは最初2パターンあったよね。けど、そんなCMを流してても、一度オリコンさんでは、売上が落ち、順位が下がるんよね。当時、GIZAさんの中では、小松未歩さんしかベストテンに入った歌手がいなかったので、「ああ、倉木さんもここまでか」「よくベスト20まで入ったもんだ」「頑張った」というような書き込みが、僕の知っている掲示板では語られていたのだ)。
 で、ほんと、倉木さんを知る方法は、GIZAさん自らが告知するTVCMとラジオCMしかなかった。音楽誌にさえ無視され続けたことは、この前に書いた。でも、1誌だけ、デビュー時の倉木さんのことを取り上げてくれた雑誌があった。
 それは『REMIX』(←綴りあってるかなぁ?)さんという雑誌で、たぶんほとんどの人は知らないと思う。本屋さんでは『ロッキンオン』さんや『トーキンロック』さんや『ミュージックマガジン』さんが平積みで置かれていたら、その壁の棚に2〜3冊入っているような雑誌だ(『REMIX』さん、すみません。あのその、そんなつもりではないのですよ。僕も買っていたのですよ。と弁解しておきます)。
 で、その『REMIX』さんに取り上げられた、というか、雑誌に載ったことがGIZAさんは嬉しくって、その記事を倉木さんのオフィシャルホームページにも載せていたことがあった。
 もちろん、「GIZAさんは嬉しくって」というのは、僕がそのページを見た時の感想。何で、そんな記事を載せるのだろう、載せるのだったら、『OHHO』のオフィシャルページ(この『OHHO日記』とかね)で、倉木さんのことを取り上げていることを載せればいいのに、と思ったくらいなんやね。それくらい、『REMIX』さんに取り上げられることは影響力がないと思った。でも、GIZAさん、とても嬉しそうやってんな。どうや、マスコミにも紹介された、って感じで。
 ビーイングさんとマスコミさん、ではなく、「GIZAさんとマスコミさんがつるんでいる」って言うんやったら、あの頃はいったいなんやったの?

 そんな時のことを知らん、アンチさんがどこで聞きかじったのか知らんが、ないことばかり書いている。あの、『罵倒』って名前がつく掲示板もそうやけど、あの中にどれだけの真実があるのか。ほんま過去ログを指して「過去ログには、倉木さんの友達の書き込みとかあるで」って言ってる人の気が知れない(まさか、それを本当の友だちが書き込んでいたと思っている人って、いるわけないよねぇ。まさかねぇ。恥ずかし)。あの掲示板は、全てがデマ情報で盛り上がる掲示板なのに、そこに本当のことがあると思っている人って、ほんとお人よしやね。誰が商事会社の偉いさんやねん。僕のどこがGIZAさんの社員やねん。そんなことをいまだにグダグダ言うてる掲示板やねんで、あっこは。誰もかれも匿名やから気軽に書き込める。そして嘘八百の話題で気軽に盛り上がれる、そんな掲示板なんや。誰に気兼ねすることなく書き込める。そでも、逆に言うと、誰も責任を取らない掲示板なんよね。そして、まともに話をする人がいると、バカにされる。デマを流しまくる人たちと話をあわそうと、女の子でもえげつない言葉で書き込まないと仲間に入れてもらえない(『罵倒』以外の掲示板は、みんな助け合ってていいなぁ、というところがいっぱいあるみたい)。
 でも、あの掲示板も最近はIPアドレスを取るようになってきているみたい。入り口にある『おやくそく』ってところにも、きちんと、

〈もし、プライバシーが公開されてしまった場合は、ぜひ最寄の警察にも相談してください。警察、裁判所から要請があれば、捜査協力してそのような書き込みをした人をつれてってもらってます。警察か裁判所以外の問い合わせでは一切動きませんので、警察に行くことをお勧めします。〉

って、書いてあるもんね。
 で、申し訳ないけど、『倉木麻衣さんへの掲示板』は、見るだけでIPアドレスを記録するようにしている。そのことは、もう誰もが知っていると思う。どこを経由してこの掲示板に入ってきたか、ということも、もちろん記録している。
 今まで『罵倒』さんから飛んできて、いろいろ『倉木麻衣さんへの掲示板』に悪さをしてくれた人、そして、今、僕の住所を知りたいと嗅ぎ回っている人、そして、「OHHO」ではなく「田熊」という僕の本名を書いた人、僕になりきって書き込んだ人、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいから、覚悟しておいてね。まさかそういう人全てに対して、警察さんが動いてくれるわけじゃないと思うけど、どこで、どう間違って僕が連絡してしまうかもしれないからね。今まで、「住所教えろ」とか「殺す」って、僕たち(『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれている人たち)のことを書いた人、今から謝っておきます。ごめんね。

 と、以前にも腐るほど書いたことを、そろそろ忘れてる頃かもしれないので、今一度書いておきます。

   ●

 で、昨日は何がたいへんだったかって、また家のMacがおかしくなったにょろよ。起動するのに15分くらいかかるようになってたから、朝に『倉木麻衣さんへの掲示板』にちょっとだけ書き込んで、システムを再インストールし直して、そしたら、エラー頻発。もう15分でも立ち上がらなくなったにょろよ。今度は起動するのに1時間くらきかかるにょろよ。
 あー、こりゃだめだ、と起動するのを待っている間に、ごろんとコタツに体をすっぽり入れたのよ。寝っころがりながら、『Mai-k TV』を待っていたのよ。
 そして、「今日はmai-k2000さんとは違って、僕は生の時間帯で見れる」と含み笑いをして、手にビデオのリモコンをしっかり握ったのよ。
 そしたら、どうよ。
 いったい、どいうこと?
 放送開始3分前から記憶がなくなり、気づいた時には、放送が終わる1分前だったのよ。

 にょ〜〜〜〜(花千代さん、お元気ですか?)。

 私は日頃の行いを反省した。コタツで横になりながらテレビを見てはいけなかったのだ。ああー、取り戻したい、空白の14分間。
 「2月に発売になります」

 何が、何が、何で、どうして、何がやのーん、倉木さーん。
 と、一人奈良でコタツに入りながら叫んでいた人を、奥さん知りませんか?

 でも、ま、夜に再放送するわ、と思ってたら、ちょうどその時間帯にNHKの特集を録画するとかで、ビデオ経由でしかスカパーを見ることができない田熊家は、最初の5〜7分くらいを再び見ることができなかったにょろよ。
 ぐすん。

 てなことで、家のMacが直ったのは、午前4時。チラリと『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ると、あらら状態だったのだが、僕がしゃしゃり出るとさらによくなくなる、と、今までの経験を思い返し、そっと寝床に就いたのであった。
 そして、きっちり、会社には遅刻したのであった。

 さぁってっと。今週もやるかぁ〜〜。

2000年12月19日(火)
 鉄は熱いうちに打て。
 「マイペースで活動を」なんてことを言うのは、もっと先でいい。
 急激に伸びるときは、人生が70年くらいだとすると一瞬でしかない。
 ここぞ、と思った時に、思いっきり突っ走って、次のステージに上がらないといけない。でないと、二度と上がることはできない。「マイペースで上がればいいや」と思っていると、今の何倍も力がいる。結局は「マイペース」と思っていた以上の力がいる。
 倉木麻衣さんにとっての、「熱い時」や「ここぞって時」は、1999年から今年。そして、今はまだ「熱い時」の中にいる。
 今のうちにどんどんスピードを上げて、いろんなものを吸収しとかないと、厚みは出てこない。
 今、倉木さんに「マイペースで活動すべし」ということをすすめることは間違っていると思う。もし、マイペースな活動状態に入ると、もう倉木さんは伸びないだろう。

2000年12月19日(火)-2
 『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』が異様なほど、愉快におかしくなっているのだった。

2000年12月19日(火)-3
 アキーさんの『With 倉木麻衣』さんから、ワンコさんのホームページへ行った。行った。行った。行ったのだが、掲示板に入るところをクリックすると、トーンと、インターネットエクスプローラーが落ちてしまう。3回クリックしたけど、全部落ちてしまっただよ。
 どうして行けないのだろう。そういや、前にもこういうことは別のページであったような。
 何がいけないのだろう。もしかして、へいさんが遭遇している閲覧禁止のあやしいことが書いてあるからだろうな(んなわきゃない?)。

 やっぱ、僕が使っているMacのインターネットエクスプローラー4.5が、へんなんだろうなぁ。

2000年12月20日(水)
 昨夜(?)の朝日放送の『ニュースステーション』にシンガー・平井堅さんが出たらしい。
 キャスターの渡辺真理さんと、平井堅さんの思い出の地をまわっていたらしいが、見たかったにょろ。
 会社で、『OHHO日記』を書いている間があれば、早く家に帰るにょろ。
 テレビ、しかも、ニュース番組に出るのはすごい影響力があるにょろよね。

   ●

 第二回の『Mai-K TV』を月曜の夜の再放送で観る。
 いろんな人がいろんなファンサイトで、「倉木さんはよく笑っていた」と書いていたが、ほんと、最初から最後まで笑っていた。

 「今回は台本なしです」。
 届いたメールをチェックしている倉木さんに、スタッフの人がぼそっと声をかける場面から始まる。そんなことを言われた時、心なしか、倉木さん、というか、僕は顔がひきつった気がした。
 でも、CMが終わって出てきた倉木さんはニコニコしていた。
 で、画面には、こちらを向いた倉木さんの姿と、倉木さんと向かい合って座っている女の人二人が映っている。女の人二人は背中が見えているだけなのだけど、それはなんと、ディレクターの西室さん(左側)とカメラマンの森さん(右側)だったのだ(テロップが入ってわかった)。

 なーんや。
 である。
 倉木さんが最初から最後までニコニコしていたのは、強力なサポートをしてくれるお二人さんがいたからなのですね。

 よく、「倉木さんは事務所さんに使い捨てされる」と言う人がいるけれど、だったら、何で倉木さんは、GIZAさんの西室さんたちに向かって、ニコニコ(というより、心の底から笑っている)しているのでしょう?

   ●

 『Mai-K TV』の最後には、倉木さんが「新曲が2月に出ます」と言ってから、「楽しみにして下さい」(かな?)と言うようなところで、ひょこっと右手を猫のように上げるのだけれど、それがまた、「西室さん、こんなふうに、手を出して紹介しちゃったりして」と倉木さんが言っているようで、何だか微笑ましい。

 そうそう、「猫」と言えば、最近、昼休みの弁当を食べている時に話題になったのだった。
 家のふすまを開ける猫。腰をいれて開ける猫。ドアノブがついている扉まで飛びついて開けてしまう猫。そして、鎖につながれて行儀良く散歩している猫など(ほんまに見たのだ)、いろんな猫がいるなぁ、と話し合っていたのだ。

 で、話は戻って、『Mai-K TV』の1回目と2回目、全然違ったなぁ。

 それにしても、倉木さんを取り巻くスタッフの人は、慣習に縛られないというか、「これより、こっちの方がいい」と思ったら、スパッと変えるのよね。
 『Mai-K TV』は倉木さんが「パーソナリティ」役になる、って方針だったみたいだけど、そっち(1回目)より、2回目の方がいいわな。堅苦しく「パーソナリティ」するよりも、今回のように、ビートルズさんのビデオを観ながら、普通に感想を述べていく、そんな気軽な感じでいいと思う。高尚なことを言わなくても、そっちの方が、観ている方としては肩がこらない(心配しなくていい)し、「ん?倉木さんがそう言っているのだから、ちょっと聴いてみるべ」ってことになると思う。そして、知らず知らずのうちに、みんなの世界が広がっていけばいいなぁ。

 で、今回のファンの人たちからのメールなどに対して、思いついたことを言っていくのもいい感じだった(でも、まだ、テレビカメラに話そうとするのは、そんなことしなくてもいいのでは、と思ったけど)。

 何か、これから『Mai-K TV』さんが倉木さんの拠点になって、そこからいろいろ派生していくような予感がする。来年の4月くらいからは、30分番組になりそうやなぁ(してね、MFTVさん)。
 回数を重ねれば重ねるほど、好きなように、思ったことを話せるようになりそう。今は15分という短い時間だけど、ほんと、『テレビカメラ』というものに対しての、ちょっとしたいいトレーニングになってると思う。
 初めは何で「15分」なんだろうと思ってたんだけど、そうやってんね。
 倉木さんの事務所さんが、倉木さんを長い目で育てていこうっていう姿勢の現れやってんね。2週間に1回の15分番組。ちょっと長い間隔をとって練習をして、最終的には、1週間に1回の30分番組に育てていく。そんな感じがするなぁ。
 ゆっくりゆっくり長く長く。

 倉木さんに興味のない人や、罵倒したい人には全く持って中身の薄い番組かもしれないけど、どういうふうに倉木さんがこれから変わっていくかを見るには、うってつけの番組だと思う(他の音楽知識も増えるなぁ。そうそう、ジャクソン5さん、毎日FM802さんでかかっててんね。フォルダー5さんが歌っている歌の元歌やってんね)。
 1回しか出ないぶっつけ本番のテレビ番組で慣れていくのではなく、定期的に「続いていく」って方法で変化していくっていうのもええやんね。フィードバックや反省ができて、それを次に活かすことができるもんね。
 なんか、『Mai-K TV』さんは、倉木さんのCDを聴くのと同じような感覚があるように思ってきたなぁ。

   ●

 そうそう、ダブルさんの『エンジェル』って曲、いいね。

2000年12月20日(水)-2
 倉木さんの新曲のタイトルが発表される。

 『thankful/Start in my life』

で、両A面らしい。
 『thankful』ってのは、ラブ・バラードで、『Start in my life』は“卒業”をテーマにしているという。

 「thankful」って、倉木さん。
 それは僕らが言うセリフだよ。

 gx51_saiさん、信じていると、いいことあるね。

2000年12月20日(水)-3
 あーあ、もうほんまに、『倉木麻衣さんへの会議室』のozuさーん(と言っても、この日記は見てないのだろうなぁ)。
 へいさんがもう言ってくれているけど、いつか、全部すっきりわかる時が、ozuさんにもくると思います。ダダダー、って、今までのすべてのことが、雪崩のようにひっくり返っていくと思います。
 それがわかるまでには、100年も200年もかかってしまうかもしれないけど。

 こんなにファンの声を聞いてくれる歌手の人は、僕は今までに見たことも聞いたこともありません。それは、倉木さんの力だけではなく、事務所さんや、倉木さんを取り巻く人たちの力があってこそ。
 こんなにファンの人たちとコミュニケーションをとって活動をしてくれる歌手・倉木麻衣さんは珍しい人です。
 直接のコミュニケーションはとれていないかもしれないけど、会って直に話をするってことだけが、コミュニケーションを取る方法ではないですもんね。
 こんなくっきりとわかるってのは珍しいと思うのだけど、わからない人たちがいること自体、不思議やなぁ、と僕は思うのだなぁ。ねぇ、へいさん。

2000年12月21日(木)
 『OHHOの掲示板』を見ると、あらあら久しぶりのメモ帳さん、と思ってたら、『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』で何かあったようなことが書かれていた。「チャット」?
 と思ってみると、つわものどもが夢の跡。
 だったにょろね。
 あらあら、みなさん、朝早くまで。
 その上、「田熊孝弘」さんや「田熊孝浩」さんまでいるやないの。う、メールアドレスまで書かれちゃってるなぁ。
 まぁ、それにしても、そう大して僕に実害がないみたいので、ここで訂正しておくだけにしましょ。
 今朝の『同窓会』に書き込まれた「田熊孝弘」さんや「田熊孝浩」さんは、僕ではありませんので(昨日は1時すぎに寝たにょろよ。でも、「田熊孝弘」さんや「田熊孝浩」さん、それはしてはいけないことなので、今後ご注意を。でないと、名誉毀損で手間のかかることをしちゃうにょろ)。

 それからそうそう、チャット状態になると、ほんと、ログが飛んでしまったり、前の書き込みのレスを探そうとする人が困ってしまうので、みなさん、書き込みは、落ち着いて穏やかにして下さいね。

 で、チャットを『倉木麻衣ヒットカウンター』内に作る予定はありません。
 また気が向けば、期間限定でするかもしれないけど、常時チャットルームを設置する予定はないのですね。ごめんなすって、ですんまそんです(でも、今度期間限定でする時は、お試し版ではいけないですね。誰も入れなくなってしまいますもんね)。

2000年12月21日(木)-2
 根底にあるのは、差別意識なんだな。
 「お前は○○出身だから、きっと××だ」。

 倉木さんバッシングの根底にあるのは、そんな差別意識だ。
 「個」とか「それぞれ」として見ようとしない。「このグループだから××」「同類」、そんな根底にある差別意識、固定観念からすべての話が出てきているということが、だんだん見えてきた。
 見ていないのはどっちだろう。
 いや、どっちも見ているのだろうなぁ。
 『倉木麻衣さんに関する掲示板』の401 番の書き込みをしてくれたリーベル・リングヴォルドさん。おおまかに見ているんだろうけど、リーベル・リングヴォルドさんは、「個」として見ていない。でしょ?

 阪神・淡路大震災の時。
 背中に米などの食料をかつぎ、手押しのカートにはビールを乗せ、会社の取引先の人が心配で、応援にいった。電車が阪神青木駅まで通った頃のことだ。
 行ったのは3人。カマヤンと当時の社長の息子さん、そして僕の3人。阪神梅田駅から乗った電車の中、屋根に張られた青いビニールシートが増えるたびに、話しをする人が少なくなっていく。青木駅の改札を出たところから、焼けたような建物がある。みんな歩いている人はリュックをかついで、中には軍手をしている人もいる。
 もの珍しい僕らは、恥ずかしながら、観光気分で写真を撮っていた。今日参加できない人に後日見せるため、という言い訳を心の中でしながら。
 格子模様の壁がずり落ちてた造り酒屋の大きな建物、止まったままの六甲ケーブルのレール、僕の背の高さより下のある黒い瓦で覆われた屋根、道をあけるためにどけられたワラ土の壁。
 僕らの訪ねた人の家は、2階の窓が、1階の玄関の位置にあった(後で聞くと、その窓から外へ出たという。2階にはもちろん靴箱がなかったため、タオルを足に巻いて出たという)。
 しかし、その僕らが探していた人はその家にはおらず、近くの西郷小学校に向かう。何人もの人が並んでいた。自衛隊の装甲車が何台もあった。透明のビニールで覆われたテントが校門の近くにある。そこは何かの演習場ではなかった。小学校の普通のグラウンドだった。

 その小学校で聞くと、目当ての人は、別の避難所にいるのではないかとのこと。たぶん、銭湯のところではないか、と。
 倒れかけた家で狭くなった道を歩き、僕たち3人は銭湯へ。避難所となっている脱衣所、奥の湯船のところも部屋になっていた。しかし、そこにもおらず、銭湯の前にあった看板を見て、もう一つの避難所へ。
 その避難所は小さな公園の中に作られていた。「○○町会」と書かれたテントがある。よく運動会の本部席で使われているようなテント。
 出入口にするために破ったような金網を越えると、僕たちが探していた人がそのテントから出てきた。

 「よお」。

 まるで何ごともなかったかのようにいつもの挨拶を交わし、運んできた食料品一式を差し出す。
 「ああ、そんなことええのに」と、指さしたところには、どこから調達したのか、ビールや弁当の山が。
 「ここの避難所は、食料とかの配給はうまくいっとるんやけどな」と、ドラム缶にマキをくべながら言っていた。
 弁当を食べた後、案内されたのは、その人が震災後生活の拠点にしているガレージ。
 倉庫か何かに使われているそのガレージは、天井が高かった。
 電気ストーブが、地面のセメントの上におかれ、そのストーブを囲んだ長イスや丸イスに腰掛け、このへんの震災はどのような感じだったのかという話を聞く。

 「地震が起きた時は、お祭りのみこしに乗っているような感じやった」
 「窓から外へ出たら、足をガラスで切ってなぁ。足にタオルを巻いて近所を回ったわ」
 「最近は見学にくる人が増えてなぁ。人の家やのに、勝手に写真を撮っていっこる」

 観光気分があった僕の胸に突き刺さる言葉ばかりだった。映画『踊る大捜査線』の青島刑事が言っていたが、事件は会議室で起こっているのではない「現場」で起こっていたのだ。
 バタバタバタバタ。
 僕たちが会話をするたびに、ガレージの屋根の上をヘリコプターが行き交った。
 バタバタバタバタ。
 これじゃ、話もできやしない。

 「でも、最近は少なくなってんよ」

 その人の奥さんが言った。
 
 行きは国道43号線沿いを歩いたが、返りは2号線沿いを通って帰る。
 しかし、もう余っている写真のフィルムを使うことはなく、僕らは黙って駅まで歩いた。

 あの阪神・淡路大震災で、僕は知った。
 あの時の首相は村山さん。
 神戸にも視察に来ていた。車で移動せずに、ヘリコプターで震災のもっとも被害が大きかったところなんかを見てまわっていた。

 ヘリコプターでまわっても、歩いてまわっても、それはどちらも同じ阪神・淡路大震災を見ていることに変わりはない。ヘリコプターの方が、実際に最も被害がひどいと言われたところもいけたかもしれない。実際テレビに映し出されたのは、燃えていた長田地区などだ。
 けど、ヘリコプターなら、瓦の屋根は見えても、その瓦屋根の1階がなくなっていることはわからない。
 車で移動しないと、家が倒れ、通行止めばかりで、車が動かないことがわからない。
 車で移動したとしても、道を一本奥に入らないと、木造でできた家がことごとく崩れていることがわからない。
 同じものを見ていても、同じものを見ていないことがある。

 今の倉木麻衣さんがおかれている状況が、この阪神・淡路大震災と同じように思えて仕方がない。
 アンチの人たちや、リーベル・リングヴォルドさんは、倉木さんをヘリコプターから見ていると思えて仕方がない。
 倉木さんを見ているのには、変わりはない。そして、町が燃えている景色も、映画のワンシーンのように感動的に見えているのかもしれない。それが、村山首相が見た風景のように、「正論」かもしれない。

 けど、僕にとっては、そんな「正論」はいらない。
 なぜなら、ヘリコプターは、崩れた家に閉じ込められていた人たちが出していた声を、助けを求めていた声をかき消した。「誰かいるか」と問いかける声も、「大丈夫か」という声も聞こえなくした。

 リーベル・リングヴォルドさん。
 僕は、リーベル・リングヴォルドさんや、「アンチさんの中にも聞くべき意見がある」と言う人たちの考えには全く賛成できない。

 神戸の町は奇跡的に、こんな短期間で、今の状態にまで立ち上がってきた。
 けど、それは、ヘリコプターで空から眺めていた人たちの力じゃない。
 ヘリコプターに乗った人たちは、「ガレキをどこに捨てるか」ということを話し合った。けど、「ガレキ」と呼んだものは「ガレキ」じゃない。「家」なんだ。家具なんだよ、車なんだよ。一人一人が家を直し、道を直し、車を新しく手に入れた。
 時間がただ流れたから、ここまで立ち直ってきたわけじゃない。

 じっと、耳をすまして、じっくり倉木さんたちが伝えようとしている言葉を聴いた方がいいと思う。
 ずっと、倉木さんたちは変わってないよ。
 『Love, Day After Tomorrow』の頃からずっと。
 曲が「好きか嫌いか」ということを、「いいか悪いか」という言葉にすり替えている人たちがいっぱいいる。
 倉木さんたちは、ずっと高レベルの楽曲を僕たちに聴かせてくれてるよ。それこそ、ほんま奇跡のように。
 倉木さんたちが偶然出会って、こだわった音楽を作り出してくれて。その音楽を僕たちが今聴いているってことは、本当に奇跡だったんだってことが、何もかもが終わったあとにわかると思う。

 リーベル・リングヴォルドさん、その奇跡が現在進行形で感じることができるか、できないかの違いだと思います。僕やへいさんたちと、リーベル・リングヴォルドさんの違いは。

2000年12月21日(木)-3
 『倉木麻衣さんに関する会議室』のozuさん、ども。
 ozuさんと、僕では、倉木さんを見ている視点が違うと思います。
 それは、今日の「-2」の日記でリーベル・リングヴォルドさんに向けて書いたものと同じように、同じ倉木さんたちを見ていても、視点が違うから全く違う話になってしまうと思います。
 で、僕がその『会議室』に書き込まないのは、僕が言いたいことを他の誰かが書いてくれているからです。
 僕はたぶんへいさんと同じ考えだと思います(と勝手に名前を出してへいさん、すみません)。
 倉木さんの虚像というは、きっとアンチさんやマスコミさんに作られたものだと思います。そういう虚像なしに、じっとゆっくり倉木さんたちの活動を見ていれば、そこには一貫した姿勢が貫かれていることに気づくと思います。

 それから、ozuさーん、あと一点。
 もし、倉木さんたちにこれからもいい曲を書いてほしいのなら、これまでの倉木さんの詩が今いち、とか、大野愛果さんがどうの、とか評論家さんの言うようなことを言っていても始まらないと思います。
 「こんな曲を聴いてよ、倉木さん」とか、「こんなイメージで作って」とか、具体的に伝えないといけないのでは、と思います。
 それか、倉木さんたちと一緒に走ってあげることがいいのではないかと思います。
 例えば、『会議室』で報告してくれた春日恭介さんや、『倉木麻衣さんへの掲示板』で報告してくれたナオさんのように、「合格したよ」って言葉を倉木さんに伝えてあげる方が、どんなに詩を書くときに参考になるか。倉木さんがそういう知らせを聞いてどう思ったか、そしてそう思うのはなぜ思ったのか。知らせを聞く前はどう思っていたのか。その時はどういう場面で聞いたのか。これからどうなってほしいと思っているのか。自分はそう伝えてくれた人に何ができるのか。
 「合格したよ」という一言で、どんどん倉木さんの世界が広がっていくと思います。
 会議室の上の注意事項にも書いていますが、〈「今はどうか」の分析だけではなく、「次はこうしてほしい」と提案するための会議室です。〉。いろいろありますが、これからそういう方向へ進んでいけばいいな、と思います。

2000年12月21日(木)-4
 あらら、リーベル・リングヴォルドさん、さっそく『倉木麻衣さんに関する会議室』への書き込みどうもです(413番の書き込みのところです)。
 僕は、リーベル・リングヴォルドさんをアンチさんとも、そうでないとも思っていませんよ。リーベル・リングヴォルドさんはリーベル・リングヴォルドさん、そして、へいさんはへいさん。
 違うところもあって、同じところもある。それはそれぞれ人が違うのだから、ひとくくりにして読んでいませんよ。

 で、「臭い物にはふたをしろ」的考えはないですよ。それは5月までしかまだ整理していない『倉木麻衣さんへの掲示板』の過去ログを見ていただいてもわかると思いますし、そして、リーベル・リングヴォルドさんの書き込みを消していないことでも、思い出していただけると思います。今、『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページに書いている注意事項も、なんらかのいきさつがあったからくっつけているだけで、臭い物にふたをしたいから書いているわけではない、ということはわかっていただけると思います。
 「臭い物にはふたをしろ」的考えがあるならば、何で『倉木麻衣ヒットカウンター』は、他のファンサイトとかで非難されるのですか?「ファンサイトなら、臭い物にはふたをしろ」と、『倉木麻衣ヒットカウンター』はいつも言われているんです。

 で、リーベル・リングヴォルドさんは、リーベル・リングヴォルドさん自身気づいておられますが、ひとこと多い時がありますよね。そこがいいところでもあったり、時にカチンとくるところでもあったりするのですが。
 ですが、そこで、僕やへいさんが、「出ていけ」とか書いたことがありますか? 一度もないと思います。リーベル・リングヴォルドさんの書き込みを読んでカチンときたら、「カチンときた」と書く。そしてその「カチンときた」という書き込みをみて、リーベル・リングヴォルドさんが「カチンときた」ときたら、「こっちこそカチンときた」と書く。そういうふうにして、コミュニケーションがとれていくのだと思います。お互いがお互いをわかっていくのだと思います。合うところや、違うところ、それが、そんな話しの中からわかってくるのだと思います。
 それを可能にするのは、「臭い物にはふたをしろ」的考えではありません。続けていくことだと思います。次も書くことができるようにすることだと思います。
 たまに、リーベル・リングヴォルドさんはご自分の考えを述べているだけなのに、全部を否定していると解釈される時がありますよね。なんか損してるなぁ、と思ったりするのと、実はリーベル・リングヴォルドさんは全部を否定したいのだけど、どっかで折り合いをつけないといけない、と思ってしんどいんやろなぁ、と思って読ませていただいています。

 と、リーベル・リングヴォルドさんの書き込みに対しての印象と、僕(たぶんへいさんも)は、「臭い物にはふたをしろ」的考えはない、ということを伝えさせていただきます。
 どもどもでした、リーベル・リングヴォルドさん。

2000年12月21日(木)-5
 そうだ、忘れてた。
 春日恭介さーん、ナオさーん、そしてメールをくれた○○さーん。

 「合格おめーでとっ!」。

2000年12月22日(金)
 奥さん、知ってはりました?

 次の倉木麻衣さんの新曲は『thankful』と『Start in my life』というタイトルらしいんですよ。
 でね、今、倉木さんのオフィシャルホームページの『News of the week』を見ると、その記述がない前の分に戻っててもう見ることができなくなっているんだけど(ちょっと前まで『倉木麻衣/ delicious way』のところが文字バケを起こしていたので、今メンテナンス中なんだろうなぁ。ただ今午後9時です)、両A面らしいです。

 で、奥さん。気づいてはりました?
 『thankful』って、始まりが小文字なのですよ。えらいこってすよ、奥さん。
 小文字で始まっている曲っていうのは、倉木さんの場合、今までに『happy days』と『think about』しかないのですよ(あと、アルバム名で『delicious way』があるだけ。ですよね?)。
 と、ということは非常に珍しい曲、何か意図するところがある曲という気がしてくるのですね。
 で、『thankful』って、気づいてました?
 初めての単語1語だけのタイトルなんですよ。
 今まで、最低2単語はついていたのに、1単語にしているってあたり、何か凝縮されたものがあると思いません?
 また、オフィシャルホームページに載っていたこの曲の形容詞は「珠玉のラブ・バラード」。「珠玉」でっせ、「珠玉」。「しゅぎょく」って読んで下さいよ、奥さん。
 「珠玉」っていったら、奥さん、ちょっと待ってくださいよ。今、辞書を見ますからね。
 ありました、ありました。
 三省堂さんから出ている『新明解国語辞典 第四版』によると、

 〈【珠玉】〔海産の真珠と山でとれる宝石の意〕美しいたま。〔粒は小さくとも尊ぶべき価値の有る文学作品などの意にも用いられる。〕〉

 とのこと。
 うーん、何だかわかったような、わからないような感じですが、真珠や宝石なんかを意味しているのですね。そして「尊ぶべき価値」のあるものなのですね。なるほど。
 で、珠玉ってことはそのへんでおいとくとして、「『thankful』ってなんじゃい」ってことなのですが、これは研究社さん発行の『ユニオン英和辞典 初版』さんで調べてみると、こう書いていました。

 〈thank.ful[形]感謝の、感謝の気持ちでいっぱいの;ありがたく思う,非常にうれしい《→GRATEFUL》:with a thankful heart 感謝の気持ちで(略)([名]thank;←→thankless)〉

 とのこと。
 「thankful」って、名詞ではなく、形容詞なのですね(ね、attun2さん)。
 で、形容詞ってことは、〈物事の性質・状態を表わす言葉〉(『新明解国語辞典 第四版』より)なのですね。
 「thank」や「thankfulness」なら「感謝」や「謝意」「お礼」という意味で、その言葉自体が主役になってしまうけど、形容詞の「thankful」なら、別の何かがメインにあるのですね。
 「感謝の」「感謝の気持ちでいっぱいの」、それは何かがあって、そのことに対してのこと。

 倉木さんが歌ってくれる『thankful』は何のことに感謝しているのかな。

 てなことを考えてたら、奥さん、こりゃ、2月7日。うーん、長い先の話しだぁ、って思ってきました。
 ああ、『Reach 〜』は今日もかかってくれたのに、なんかうしろめたい気がするのは、奥さん、なんなのでしょうねぇ。

2000年12月23日(土)
 まいど、294番さん。
 見てるけど、書き込んだことはないよ。
 過去ログは読んでないよ。というより、「ここを見ろ」という感じで『倉木麻衣さんへの掲示板』にリンクを張られたのが最初の「1」ができた頃のこと。『倉木麻衣さんへの掲示板』への書き込みを消していないのに「消した消した」と書かれてたなぁ。ほんま、あの頃から、全くのデマを流してたよねぇ。ですので、過去ログではなく、「1」から同時進行で見てました。
 その後、僕が書き込んでいるってデマ話があって、「ないない」とこの日記に書いているのに、しつこく「あるある」と書かれたから、腹が立って、途中は全く見てなかったのよね。でも、いつのころか、『倉木麻衣さんへの掲示板』に「OHHO死ね」と書いてきたので、そのへんあたりからは証拠を集めるためにだいたいチェックしてます。
 ということで、294番さん、見てる先輩として、一言お伝えいたします。でも、書き込んでいるのは、あなたが先輩ですね。先輩の294番さん、お間違えのないように。

2000年12月23日(土)-2
 なんともう。朝、ラジオで、『Reach 〜』が流れているなぁ、と思ったら、ピンポーン、となった。
 おー、朝一でペリカン便さんが届けてくれたにょろよ。
 オルゴール、にょろよ。
 小樽オルゴール堂の堀さん、おおきにです。

 さっそく、段ボールをあけ、中もあけ、クリスマス前に聴いてしまった。
 そしたらさぁ、オルゴールの音が鳴り終わるとき、何だかさびしい、という気持ちになってしまったよー。うーん、やはり、本物のオルゴールだから、ゆっくりゆっくり音が静かになってきて、カタッと止まるのよね。うーん、クリスマスだね〜。そんな季節だね〜。
 倉木さんにも無事届いているといいなぁ。

 ってことで、それとは別に、『maikukkeyさんを巡る冒険』 に書き込もうと思ったのだけど、なぜかつながらないので、先にこっちの方に載せてしまうのだ。maikukkeyさんは「倉木麻衣」さんではないです、とその前置きだけをしておいて、と。

   ●

『21世紀に向けてブレイクアウト』

 こんにちは、maikukkeyさん。

 でもダメですよ。
 他の人の名前を出すのは、その人たちにどこかで迷惑がかかってしまうかもしれないので、気をつけてくださいね。

  ●

 で、話は変わって。

 で、もう20世紀が終わり、21世紀へのカウントダウンを始めてもいい年末となってきましたね。
 maikukkeyさんが、『21世紀へ持って行きたい1枚(or1曲)とその理由』(『ミュージックフリークマガジン 12月号』より)で選んでくれた曲の話です。
 そこで、maikukkeyさんは、Swing Out Sisterさんの『Break Out』を選んでくれたのですが、その曲を選んだ理由として書いてくれたのはこんな言葉でしたね。

 「21世紀に向けてBreak Out!!」

 なんと、ビックリマークを2つもつけて、「21世紀に向けてBreak Out!!」と書いてくれたのですから、21世紀へ向けての話を、また本からの引用ですが、紹介しておきます。
 いつもと同じ読売新聞大阪本社「窓」さんが書かれた『記者の窓から=3 そんなにかわいく笑わないで』(角川文庫刊)からです。ではいきますね。

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 〈「二十一世紀への旅立ち」と、便せんにそっと添え書きされたおたよりが、広島県三次(みよし)市、森川幸郎さんから届きました。
 《私の妻は窓のファンです。食卓では小学五年生と一年の娘に「世の中には辛い思いをしながら一生懸命生きている人がいっぱいいるのよ」と話していました。でもそんな楽しい日々はつづきませんでした。先日の窓に十二歳で子どもを亡くされたかたが「宇宙経由天国行きの切符がほしい」と書いておられましたが、私の妻もどれほどこの切符をほしがっていることか》
 ――……。
 《申し遅れましたが、その小学五年の娘久美子が亡くなったのです。家の中で一番元気で、親思い、妹思いのかわいい子でした。運動会も間近という時、足首に痛みがはしり、単なる筋肉痛だと、外科で湿布をしてもらったのです。それが急に食欲もなくなり、検査の結果、何十万人に一人という神経を冒される難病とわかったのです。なぜなんだ、どうしてこの子が……。呆然(ぼうぜん)とする私たちにやさしい目で微笑(ほほえ)んでいた娘の顔を忘れることができません。》〉

 こんな手紙の内容なのですね。
 maikukkeyさん、何だか悲しくなる話ですみません。
 でも、続きがありますので、もう少し続けますね。

 〈《手に握ったお守りで体をさすりながら、「お父さん、もうすぐ運動会ね、今度『二十一世紀音頭』踊るんよ、練習しておかなくては」とベッドの上で曲を口ずさんでいました。それがいつしか病に疲れたのか「お父さん、久美子もうがんばれないよ、お家に帰りたいなあ」と言い出し、ついに帰らぬ人となったのです。入院してわずか五日、あまりに短い、短い日数でした》
  ――……。
 《葬儀の日は折しも楽しみにしていた運動会の日でした。プログラムを変更して来て下さった先生やお友達、みんなが折ってくれた千羽鶴を持って旅立って行きました。きっといまごろ天国でほかの子どもたちと運動会をしていることでしょう。私たちも宇宙経由天国行きの切符があれば、弁当を持って、彼女が踊る「二十一世紀音頭」を見に行きたい……。あれから四十五日、時々「命なんかいらないよ」と言う若者の言葉を聞きます。「そんなにいらない命なら、我が子にくれ」と思うのは私たちの勝手でしょうか。どうか若い人たち、生きることを大切にして下さい。二十一世紀に活躍しなければならない尊い命なのです》〉

  ●

 この手紙が大阪の読売新聞さんに載ったのが、昭和57年11月24日。昭和57年は西暦でいうと1982年。もう今から18年も前のことなのですね。
 今では、大阪の読売新聞さんには、この手紙を載せた「窓」というコーナーはなく、担当だった「窓」さんの黒田清さんも亡くなっています。
 けど、ほんと、久美子さんがなくなってから、18年が経っているのに、何が変わったのでしょう。久美子さんのお父さんが「そんなにいらない命なら、我が子にくれ」と言ってから、何が変わったのでしょうか。

 でもさ、maikukkeyさん。

 「21世紀に向けてBreak Out!!」

ですよね。
 Swing Out Sisterさんの『Break Out』はこう歌ってくれてますもんね。

 ♪頼ろうとして 立ち止まっちゃ、駄目よ
  やっとカラを破るチャンスを見つけたんだから。
  自分の道を見つけなくちゃ
  言いたいことを言うのよ
  さぁ、飛び出して、ブレイクアウト

 maikukkeyさん、僕らもブレイクアウトしなくちゃね。
 18年経って、初めて僕らに届いた、久美子ちゃんのお父さんの言葉のためにも。
 そして、『二十一世紀音頭』を踊りたかった久美子ちゃんのためにも、ね。
 21世紀に向かうことができる僕らが、いろんな夢を叶えないとね。

2000年12月23日(土)-3
 なんか、今、不思議な気持ちを味わっている。
 こんな気持ちになるとは思わなかったんだけど、さっきから、ぐるぐるとネジを回して、小樽オルゴール堂さんから送られてきたオルゴールをかけている。
 僕らの分はストッパーがついていないから、ネジを回したら回した分だけ音が流れてくれる。音が流れている間、そして、その音が静かに終わってからも、じーんと、なんか不思議に気持ちが、ざわざわざわざわ言っている。
 これはなんなんだろ?
 よく1年『倉木麻衣ヒットカウンター』がもったということだろうか。同じオルゴールの音を、みんなが聴いていると思うからだろうか。

 デラックスなのを倉木さんに1つだけプレゼントするのじゃなく、こうして、一人一人のところにも、オルゴールを届くことにしたのはよかったなぁ、と思う。

 たまたまだけど、ほんと、小樽オルゴール堂さんに会えてよかったなぁ(実際に会ったことはないけど)、堀さんや、みなさんに会えてよかったなぁ、と思う。
 不思議やなぁ。オルゴールの音。なんなんやろね。
 今、家の中に一人でいるので、何回も何回もネジを回してしまう。
 はぁー、なんなんやろねぇ。

 それにしても、何にしても、僕にはいい記念になりました。ありがとう堀さん、みなさん。そして、倉木麻衣さん。

 ちょっと、早いけど、みなさん、メリークリスマスです。

2000年12月24日(日)
 タニグチの結婚式にイケヤンと会い、イケヤンに会う前に、中古本屋さんの『ブックオフ』で、『前略 小沢健二様』(太田出版刊)を買った。となると今年のクリスマスは、フリッパーズ・ギターさんのCD『カメラ・トーク』なのである。
 ほんま、ええなぁ。今でもワクワクする。
 イケヤンが教えてくれたフリッパーズ・ギターさん。
 2000年でもええやん。
 詩に全く意味がないように思えるけど、何か意味があるのでは、と考えてしまう。バラバラの言葉を、メロディーに当てはめただけだろうけど、何を言っているのかわかろうとする。そんなふうに考えさせてくれるところも、ええなぁ、と思う。クイズとか、クロスワードパズルを解いている感覚と同じなのだろうか。

2000年12月24日(日)-2
 『ライ麦畑と「Reach for the sky」』

 えーと、maikukkeyさんの掲示板に書き込む前に、まずこっちへ載せておこう。だから、ここでは、倉木麻衣さんあてなのだ。

   ●

 〈「僕はまた『つかまえて』だと思っていた」と僕は言った。〉

 というフレーズがあるのは、J・D・サリンジャーさんの『ライ麦畑でつかまえて』(白水Uブックス刊、269ページ)。10年以上前に、小泉今日子さんたちが取り上げていた本だったりする。
 話の内容は、実はもうほとんど忘れてしまった。ヘッセさんの『車輪の下』とごっちゃになってたりする。だから、これ以上深くは突っ込めない。

 で、なぜ、この『ライ麦畑でつかまえて』を出してきたかというと、倉木麻衣さんの以前のインタビューの記事でこんなやりとりがあったからだ。

 〈――この曲でサビを飾るのが、タイトルにもなっている“Reach for the sky”なのですが、歌詞にも使われているこの言葉はどんなイメージなんですか。
 倉木:「Reach for the sky」の直訳は“天まで届け”で、天にある自分の夢や目標に届きたい、自分の夢を取りにいきたい、まさにそういうイメージ。その夢や目標を“golden ring”(あちゃちゃ、倉木さんすみません。「gorden」って書いてました。僕の誤字です。って、A.ジュンさん、おおきに)って言ってるんです。空って、ringが太陽だとすると、雲とかに隠されちゃうときもある。その隠される雲が嫌なことだとして、どっちみちそこを通らないと太陽は見えないから、その雲を通り抜けてでも太陽へ進んでいこうっていう。
――深いですね(笑)。すべてさっきの話とつながってくる。次にヴォーカルなのですが、今回はミディアムテンポの曲をかなり高めのキーでゆったりと歌っていてこれも新鮮ですね。
 倉木:前作とは雰囲気を変えつつ、違う感じで。この曲のヴォーカルでは、そんなに考えたことはないんですけど、やっぱり曲や詞から、自然にそういう雰囲気になってしまう。こういうタイプの曲は結構好きなんです。前作のようなアップテンポも好きなんだけど、こういうのはこういうので好き(笑)。Dメロとかが自分的には好きなんですけど。
――ちょっと変わりますよね。
 倉木:うん、曲調がちょっと変わる。この曲は季節を問わないように歌詞を書いて、途中で“丘”が出てくるんですけど、丘って高くて、崖があって、上に空が見えたりするから、そこを飛んでいくようなイメージを歌でも出したかったんです。〉(『月刊ジェイグルーヴマガジン 12月号』72〜73ページより)

 このインタビュー記事は、3ページにわたっているので、ここに取り上げたのはごく一部。だから、ちょっと意味が伝わらなかったりするけど、僕がいいたいのは、最後のところ。

 「丘って高くて、崖があって、上に空が見えたりするから」

 ここのところなのですね。
 なぬ?丘は高いのはわかるが、なぜ「崖」があるの?と思った。
 僕の中では、「丘」→「崖」という考えは全くなかったのよね。
 だから、これはいったいどういう考えを、倉木さんはしたのだろうと考えた。
 その答えの一つは、『Reach 〜』のプロモーションビデオ。
 イギリスのセブンシスターズというドーバー海峡が見えるところで撮られたようで、確かに、その「丘」には、「崖」があるのよね。ものすごい「崖」が。
 でもね。
 それは、曲ができたあとに、ビデオを撮影をしたわけだから、関係ないわな。曲を作る前に、「イギリスとは、こういうところ。セブンシスターズってところもあるんだよ。次の新曲のプロモはそこで撮影しようか」なんて話があったかもしれないし、撮影の際に、たまたまセブンシスターズが出てきただけかもしれない。

 と、考えて、でもなぜ「丘」→「崖」という思考が出てきたのだろう、ということが理解できなかった。

 で、実はその理由は未だにわからない。
 けど、僕はひとつ思い出したのよね。「崖」の話を。
 『「崖」と言えば○○』という話です。
 それが、『ライ麦畑でつかまえて』なんですね。

 〈「僕はまた『つかまえて』だと思っていた」と僕は言った。〉

と冒頭に書いた、『ライ麦畑 〜』の一節。そのあと、『ライ麦畑 〜』では次のような文章が続きます。

 〈「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さい子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人(おとな)はだよ――僕のほかにはね。〉

 ふー。まだ「崖」って言葉が出てこない。けど、もうちょっと待ってね。すぐ出てくるからね。

 〈で、僕はあぶない崖(がけ)のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっからか、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」〉

 僕は、この『ライ麦畑 〜』の中で、この一節が妙に印象に残っている。
 主人公が話していることはたわいのない夢。でも、なんか、倉木さんが「崖」という言葉を言って、この一節を思い出した。

 崖から転がり落ちそうな子供を「さっととび出して行って、その子をつかまえ」る。
 僕は、その映像が頭の中に残っていただけなんだけど、これって、あれじゃない?
 「さっととび出していって」というのは、なぜ、主人公は「さっと」とび出していけるの?
 それは、主人公が、一度経験しているからじゃないの?と思った。
 どこで子供が転がり落ちそうになるのか、どういう時に転がり落ちそうになるのか。それは、自分が経験しなければわからないことだと思った。自分が転がり落ちそうになってなければ、いや、転がり落ちてなければ、「さっと」とび出すことなんてできないと思った。

 倉木さんの『Reach 〜』。

 〈ringが太陽だとすると、雲とかに隠されちゃうときもある。その隠される雲が嫌なことだとして、どっちみちそこを通らないと太陽は見えないから、その雲を通りに抜けてでも太陽へ進んでいこうっていう。〉

 「深いですね」とインタビュアーの山田純子さんは「(笑)」マークをつけたけど、本当に深い話だったんだね、倉木さん。

 『Reach 〜』は、『Simply Wonderful』の後にできた詩だということが、いまさらながらにわかりました。

2000年12月25日(月)
 なぜ歌を歌うのか。

「歌うと自分が気持ちいい。
 そんな気持ちよさそうに歌っている自分を見てほしい」

 倉木さんはそういうことを言う歌手ではないようだ、ということにこの1年の間に気がついた。
 「なぜ、歌うのか」と倉木さんに問いかければ、倉木さんはこう答えるのではないか。

 「伝えたいことがあるから」

 倉木さんの歌になぜ、僕の心がひっかかってしまうのか。
 どうやらそのへんに理由があるようだ。

 「伝えたいことがある」
 「伝えたいことを歌にしている」

 だから、僕らの心にひっかかる。
 倉木さんの歌は、いつも誰かに語りかけている。語りかけているのは、顔の見えない「一般大衆」ではない。顔の見える誰かに向けてのメッセージがある。顔の見える誰かに向けて、歌を歌っている。
 倉木さんの歌に、リアルさを感じるのは、こういうことが原因ではないか。
 ということで、倉木さーん。
 倉木さん、メッセージがなければ、歌わなくていいよ。
 けど、メッセージがあれば、誰かに伝えたいことがあれば、倉木さん、歌ってよ。
 倉木さんが歌ってくれたら、僕らは連携プレーで伝えてあげるよ。街にいっぱい倉木さんの歌をあふれさせて、倉木さんが伝えたい人に、倉木さんの歌を運んであげるよ。

 ってことを、倉木さん、僕からの2000年のクリスマスメッセージとして贈ります。いろんなことがあるけれど、みんなで乗り切っていこうぜい。

  ●

 ということを書いた今日。
 倉木さんの次の新曲が、『thankful』が『冷たい海』へと変わったことを知る。
 なんか楽しいなぁ。
 もっと落ち着いてね、と僕らに言われているようで。
 そうやねぇ。曲目が変わったからと言って、地球がひっくり返るわけじゃなしね。ぼちぼちいこか。

2000年12月27日(水)
 twozuさん、まいど。
 作ったよ。探してね。

2000年12月28日(木)
 そろそろ「月」のことを書いた歌を、と思ってたら、『冷たい海』というのは、月の下で考えた詩やってんね。
 僕はてっきり、アメリカのカリフォルニアの海のことを歌っていると思っていたにょろよ。
 それにしても、『冷たい海』にしても、『thankful』にしても、詩の一部を読んだだけだけど、こんなに体が細かく震えるのはなぜ?『冷たい海』と書いているのに、心が温かくなるのはなぜ?

 どっちを先に発売するか、そら迷うわな。
 その上、今年中にもう一枚アルバムを出すことを目標に頑張ってたんやから、他にも曲がストックされてるんやね。
 ほんますごいと思うわ。

2000年12月28日(木)-2
 くそぉ〜〜。
 今年もあと今日をいれて4日となったのに、きのうあたりから、風邪を召してしまいましたのこころ。
 なんだか頑張る気持ちがわいてこないにょろ。
 でも、最後まで忙しいにょろ。

   ●

 そういや、この『OHHOのホームページ』のグランドオープンは2001年1月1日だったのだ。
 でも、なだれを打って、このまま1月1日を迎えるのだ。

   ●

 『倉木麻衣さんに関する会議室』でEGLさんが面白い提案をしてくれている。そのタイトルは『作詞はフィクションでも構わない?』。
 倉木さんの詩は誰かに向けてのメッセージが入っているのだぁ〜、この日記に最近書いた気がするけど、その詩の内容はフィクションでもええなぁ。誰かに伝える、という視点さえあれば、何の実感もわかない詩にはならないだろうしね。
 でも、フィクションを散りばめていくには、努力が必要やなあ。世界のいろんなことを知らないといけない気がするし。取材力も必要になってくるやろな。
 『倉木麻衣さんに関する会議室』で、他にどんな意見があがってくるのかな?楽しみにしているのであった。

2000年12月30日(土)
 昨日は会社の仕事納めの日。別名、大掃除の日である。
 毎年、大掃除の日というと、僕は、自分の回りだけを掃除するだけで精一杯。日頃の整理整頓が正しくないものだから、自分の身の回りだけで手一杯になってしまうのですね。

 が、今年はちと違う。実は、前日の28日に身の回りの整理をだいたい終え、大掃除の日を身なり正しく待っていたのであります。
 余裕をもって、前日の夜は、ドイチン、サンちゃんの彼女拝見会と忘年会を兼ねた焼き肉食べ放題の会に遅れながらも参加。
 初対面になるドイチンとサンちゃんの彼女と挨拶をかわし、緊張しながらビールを飲む。
 が、いくらお金を払ったのか、その時間は何時くらいだったのかがわからない姿となって、その店を出る。今日は家に帰れないと電話をかけ、その店の近所に住むタケちゃんの下宿に宿泊。
 寝ていると、上からでかい荷物が落ちてくる。邪魔や、とはねとばすと、それはベットから転がり落ちてきたタケちゃんだった。
 というような細かいエピソードを折り込みながら、待望の大掃除へ。
 自分の机を拭き、窓ガラスを拭きなどしている間に、何回かトイレにかけ込む。熱帯地方のスコールよりあざやかな嘔吐を一回ばかり。掃除機をかけている間には、目がくるくる回りだし、ついにダウン。
 なんのことはない、1年で最大の課題であった大掃除大作戦は、今年もまた僕はほとんど参加せず、机に突っ伏したまま終わってしまったのである。ほろろーん。

 情けないこった、ほんま。
 その上、お昼にマッちゃん、タケちゃんに作ってもらったラーメンをすべて食べ終わると、すっかり体調回復。夕方の打ち上げ会には、再びアサヒのスーパードライを飲んでいる状態で、わざと大掃除に参加しなかったのではないか、と思われても仕方ない20世紀最後の仕事納めになったのだった。
   ●

 ああ、それにしても、今年はいろいろあったにょろ。
 といっても、僕の場合はほとんどが倉木麻衣さん一色で終わってしまった感じだ。
 この日記も、初めは会社のことをメインに書いていた『アドバム日記』と同時進行で書いていたのだが、今ではこの『OHHO日記』しか書いてないもんね。
 そしてよく考えると、今じゃすっかり『OHHO日記』は倉木さんの名前しか出てきてない状態になっている。ど、どいうこと?
 この『OHHOのホームページ』というのは、もともとメインは、僕の仕事、印刷屋さの仕事を増やそうという意図で始めたものだった。だから、この日記の上にもあるが、『倉木麻衣ヒットカウンター』より前に『天六ネット放送局』というものがあったりする。
 『天六ネット放送局』というのは、僕の印刷会社の地域の情報を載せたホームページ。毎日1枚デジタルカメラで天六交差点の風景を撮り、『今日の天六交差点』というページで紹介する。
 そのページからは、アドバム通信(会社で作っていたミニコミ紙)に広告を載せてくれているお店の紹介や、お手紙を下さっている人たちのコメント、それから、天六美容室マップなどを載せようと思っていたのだ。
 しかし、しかしだ君。
 いまだに『天六ネット放送局』のところはグレイの文字のままではないか。
 今まで1ページも作ることなく、グレイのまま。
 イエイエイ、イエイエイ♪

 それもこれも、『倉木麻衣ヒットカウンター』がこんなに毎日注意しなければいけないものになると思わなかったからだ。ま、それもこれも『倉木麻衣さんへの掲示板』を閉鎖せずに続けよう、と開始1週間目に思ってしまったことが原因かな。だったら、林檎さんのおかげやね、とも思えるなぁ(林檎さん、お元気ですか?)。
 でも、なんでこれだけ毎日注意しないといけなかったのかが、年末になってようやくわかった。
 倉木さんのアルバム『デリシャス・ウェイ』って、今年日本一売れたCDやってんね。オリコンさんの年間結果を見ると、サザンオールスターズさんの『TSUNAMI』よりも枚数が上になっているとは。ほんま、びびりました。そら忙しくなるわな(元BBJさん、なるべく、タイトル名には「さん」付けをなくしていきますね)。

 ほんま、今年はたいへんやった。でも、もっともっといろんなことを知らんといけんなぁ、と思う年末の12月30日であった。

2000年12月31日(日)
 はー。ようやくというか12月31日。20世紀最後の日だ。

 昨夜は久しぶりに毎日放送で『ザ・ベストテン』を見た。
 あの番組は、音楽番組ではなく、報道番組だったんだ、ということを再度認識。出演しない歌手には「すみません」と久米宏さんが視聴者の人たちに謝り、その理由を言う。嘘はつかないでおこう、そういう方針で続いていた番組だったんだな。けど、それは余りにもしんどいことなので、復活の要望はあっても、特番を作ってお茶を濁すことしかできないのだろうなぁ。
 ちょうど、『ザ・ベストテン』が放送されていた頃というのは、読売新聞大阪本社で黒田清さんたちが「窓」をやっていた時期とダブルのではないのだろうか。
 後々でいいから、あの頃の「正直さ」というか「嘘はつかないでおこう」ということが正当に見直される時がくればいいなぁ。「正直さ」を笑うのではなく、ね。

 そういや、その頃いろいろ言われていた言葉で、「公害」という単語がある。今では死語になっているのではないかと勘違いするほど、耳にすることがなくなった。「環境破壊」という言葉に置き換えられたからだろうか?

 「公害」と言えば、思い出すことがある。小学生の時に描いたポスターである。
 確か「公害」や「緑化週間」をテーマにして、各自が水彩絵の具でポスターを描いた。夏休みの宿題だったのかな?描いた季節は忘れてしまったが、僕はその時に悩んだ。
 「公害」というテーマ。それをテーマにして何を描けばいいのか。
 「公害」という言葉から、僕はすぐに煙突から出ている煙を思い出した。灰色の煙、灰色の町、マスクをつけている人々。
 僕は、そういうグレイなイメージを描いた(♪あいたいから〜)。
 ゴホゴホとマスクをしている人が「公害反対」と言っている絵だ。

 そのテーマで描かれたみんなのポスターが壁に貼られた。
 僕のポスターはひときわ目立っていた。
 というのも、グレイの色で覆われたポスターは、僕のを含めて2、3枚しかなかったからだ。壁の色は緑色の絵の具で覆われていた。

 「ああ、僕は何てテーマずれしたポスターを描いてしまったんだろう」と後悔した。なんで、緑化週間なのに、緑色を一つもいれなかったんだろうと。
 けど、心のどこかには、「あれでいい。現実を見なくてはいけない」と思う気持ちもあった。

 あれから何年も経ち、今思い返してみる。
 そしてようやくわかってきたことは、僕のポスターは現実を見ているかもしれないが、それだけではいけない、ということだった。
 みんながどうすればいいのか、どこへいけばいいのか、そんなことが僕のポスターでは描かれていないことを知った。
 今をけなし、今を批判し、今に不満を言う。
 そういう絵を100枚描いたとしても、すっきりすることは全然なくて、何か心にいやな気持ちが残るのはなぜだろう。それは先の話がないからではないか。心が満たされないのは、進むべき道が示されていないからではないか、と思った。

 あいも変わらず、ヤフーさんの『We Love 〜』の掲示板では、まるで倉木麻衣さんを誉めることが悪いことのような書き込みが続いている。誉める人をつぶし続ける書き込みのオンパレードだ。
 今のここが嫌い、こんな汚いことをしていた親会社なんだ…。
 『We Love 〜』という名前がついているのに、そのタイトル名が読めないのだろうか、と見るたびに思う。
 倉木さんが自分の口で『Simply Wonderful』を歌っているのに、疑うことを続けている人たちがいる。

 倉木さん、そういう人たちに対しては、今、何を言っても、何をしても無駄だと思う。倉木さんが、自分から信じることから始めよう、とある程度時間が経ってからわかったように、ある程度、時間が経たないと聞く耳は持ってくれないのではないだろうか。

 ほんま、腹が立って仕方がないが、いろんな人が「ここは『We Love 〜』の掲示板なのに」と書いているのに、重箱の隅をつつき、あら探しの掲示板に戻そうとする人たちがいる。『We Love 〜』の掲示板にはしたくない人たちが牛耳っている、と思われても仕方のない状況が続いているなぁ。

 って、ことで、緑化週間のポスターの話に戻すが、僕はわかったのだ。
 「人は思っている方向に進んでいく」という言葉があるではないですか。
 『成功哲学』の著者であるナポレオン・ヒルさんも「思考は現実化する」といっているではないですか。
 ビートルズさんたちも、レット・イット・ビーといい、倉木さんもその言葉に刺激されて、「成せばなる!」と言っているではないですか。
 自動車の初めての路上教習でも、近くの電柱を見ていたら、だんだんその電柱に吸い寄せられていってしまう。だから、遠くのセンターラインを見ろ、と言われたではないですか。それは試験でも一緒。僕は自動車免許を取るための最終検定で、遠くのゴール地点を見ていた。しかし、すぐ後ろからきている車に気づかず、助手席に座っていた教官にあわてて急ブレーキをかけられしまうのである。とほほ。あまりにも先を見ていると再教習・再検定を受けて、お金も余分でかかってしまうこともあるが、それはそれでいいのだ。人生、いろんなことを経験する方がいいのだ。最終的にはゴール地点を見ていたから、こうしてここに、今では運転免許証があるのだ。

 「公害」のことがテーマだと言って、「公害」のことをぐちゃぐちゃとポスターにしてても、しょうがないのである。
 次はこうしたい、次はこうしよう、ということがないといけないのである。
 次に目指すところを示して、教室の壁がすべて緑色になるようにして、ようやくみんなが、緑の町にしようと思うのである。向かっていけるのである。

 『Start in my life』。
 今はセピア色の教室。そういう教室にありがとう。一緒に過ごした日々、一緒に過ごしてくれた人々にありがとう。
 でも、そこから、次にスタートしようよ。

 そんな気持ちが倉木さんの詩にはある。
 だから、次も聴きたいなぁ、と思ってしまうのですね。