2000/11/30

OHHO日記
インターネット編
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2000年11月1日(水)
 『倉木麻衣さんに関する会議室』の掲示板をアップロード。
 『踊る大捜査線』のオフィシャルホームページのことを書いてある本を今読んでいるのだが、そこで「会議室」って言葉が出てくるのよね。
 で、なんだろうと思っていたら「掲示板」のことだった。

 あー、その呼び方いいな。『倉木麻衣さんへの掲示板』の書き込みでも討論になることあるもんね、と思った。
 で、それと同時に、あの巨大掲示板のことを思い出した。結構、あの掲示板も会議というか討論にしようと思えばなるのではないか。「匿名」での書き込みをOKとしているため、無意味な大量のコピペがあったり、自作自演をしていたり、見えないおばけに怖がっていたりする。
 でも、よく考えてみると、親記事のタイトルがまとめて見れて、その親記事をクリックすると、そのレスが読める。また、そこまでいかなくても、親記事のまとまっているところを下にスクロールしていくと、いくつかの親記事にレスを書き込めるという仕組みは、よく考えた掲示板ではないか、という考えにたどりついた。ほんと、そういうことを考えると、あの巨大掲示板には嫌な面もあるが、いいところもあるのだなぁ。

 って、ことで、倉木麻衣さんに関してのことだけで、「会議」ができるように、『倉木麻衣さんに関する会議室』の掲示板をアップロードした。この掲示板は匿名とかはダメだけどね。
 で、討論をしたいとかあれば『倉木麻衣さんへの掲示板』ではなく、そっちに書き込みとか、あまりにも長くなりそうになったら、「あっちでしよう」と話をふってくれればと思います。

 ふー、おかげで、今日もなにもできない、『倉木麻衣さんへの掲示板』もろくに見れない一日だったぜ。また、会社に遅刻もしたぜ。あーあ。

 あ、今日から11月やってんや。

2000年11月2日(木)
 今日は無事会社にすべりこむ。
 タイムカードの時間を遅くしてくれたので、ま、余裕と言えば余裕の始業5分前出社。

 あー、それにしても、頭がパンパンだぁー。
 昨日あたりから、ホームページを仕事で作らないといけないことになったので、僕はパスワード制限のCGIとかをちょっとだけお手伝いしないとな、ということになっている。
 で、いろんなCGIのことが載っているページを見ているのだが、もうそれで、どんどん時間がなくなってくる。
 今、久しぶりに『倉木麻衣さんへの掲示板』を見たが、なんと久しぶりに黒の風鈴♪さん(←あー、なんと、敬称略して書いていたではないの、すみません、黒の風鈴♪さん)ではないの。で、なんと、僕の年齢を聞いている人もいるのではないの。
 で、80歳にはなってないと答えたが、あー、ほんと早いこと80歳になりたいわ。ほんで、それくらいの年齢になれば、好きなことを言ってても、「あの人はああやから」と認めてもらえると思うんよね。年の功を早いこと達成したいと思うのだ。そういえば、ずっと前、EAGLEさん(←あー、なんと、「EAGUL」さんと書いていたではないの。おっと、今、何かA.ジュンさんの声が聞こえたような。ん?気のせい気のせい。まだ誰も見てない見てない。誰も『OHHO掲示板』があることなんて知らない知らない。しー。しー)が90歳と言っていたなぁ。あと10年もかかってしまうのか。うほん、うほん。

 今朝、生まれて初めて、夢に倉木麻衣さんが登場した。
 で、どんな場面だったかというと、ある大学の中なんだよね。
 僕は何回か、クラブの打ち合わせて行っていた大学。そのクラブは校舎の地下あたりにあったのだけど、「春フェス」とかの取材をしたこともあったなぁ、っていうの昔の現実の話。
 で、夢の中では、その中のどっかで倉木さんとあって、なぜか、僕が質問しとるんだわな、これが。なんて質問をしてるかというと、「初めてレコーディングした曲は『Love, Day After Tomorrow』ではないと思うのですが?」って、なんか、現実味のあることを聞いておるんだわ。
 で、その倉木さんの答えは、曲名をはっきり言ってくれたんだけど、僕はすっかり忘れてしまい(夢の中で忘れたのよ)、「えっ?『あなたのキスを数えましょう』って、今言えへんかったか?あれは確か小柳ゆきさんの曲だったのでは。あー、聞き逃してしまったぞ。でも、『あなたのキスを数えましょう』くらいのゆっくりした感じの曲で、シングルにはなってなかった曲。そんな雰囲気やったな。そうや、『Baby Tonight〜You&Me〜』ちゃうか、きっとそうや。そうに違いない」と、僕は心の中で思っていたのでした。
 ふー、ほんまはどうやろ?

 ま、その前に、何聞いとんねん、やね。

 あー、それにしても、ぴったりのパスワード制限のCGIがない。全然関係のないものの方に目が行ってしまって、そっちの方を『倉木麻衣ヒットカウンター』につけようか、と思うのはあるんやけどなぁ。
 いきなり『倉木麻衣さんへの掲示板』には飛べないようにしようかなぁ。とも考えていたりして。

2000年11月3日(金)
 やれやれ、黒の風鈴♪さんとEAGLEさんにこの日記を見られるまえに直しとこ。
 (A.ジュンさん内緒よ)

2000年11月4日(土)
 休日はテレビドラマ『きらきらひかる』漬けなのである。

 昨夜、『きらきらひかる・3』をビデオで借りてきた。
 『きらきらひかる』のビデオは、今のところ、テレビで毎週放送されていた分が『1』〜『4』まであって、スペシャルが『2』と『3』があるみたい。
 毎週放送していた分とスペシャルの分が同じ番号になっていたりするが、パッケージをみれば、『1』〜『4』の分かスペシャルの分かがわかる。

 で、昨日借りてきたのは、スペシャルの分の『きらきらひかる・3』。最近、「新作ビデオ」ではなく、「1週間レンタル」になったばかりのようだ。

 で、この『きらきらひかる』というのは、お医者さんがメインのドラマ。お医者さんはお医者さんでも、死者を扱うお医者さんのドラマである。
 主演は、深津絵里さん。そして、鈴木京香さん、松雪泰子さん、小林聡美さん、柳葉敏郎さんたちが出ている。主題歌はミスターチルドレンの『西へ東へ』。

 毎週放送していた分から順に見ていったのだが、初めの方は、BGMの選曲とその挿入の仕方が気になって、ドラマに素直に感情移入ができなかった。
 けど、何回か続けてみていくうちに、こちらが慣れてしまったのか、それとも、BGMの挿入の仕方が熟練されていったのか、全くと言っていいほど、音楽のことが気にならなくなった。

 で、『きらきらひかる・3』。
 思わず泣いてしまったのこころ。
 なんかさ、いい人ばかり出てくるんよ。この『きらきらひかる・3』が一番、僕のハートにフィットしたのこころ。それにしても、深津絵里さんは、普通の人、どこか飛び抜けて特徴のある人ではないのに、きらきらひかっているのである。というか、回を重ねるほど、きらきらひかっていくのである。もう、『きらきらひかる・3』になると、ものすごく輝いている。ああ、すごい女優さんさんだ、と思った。

 で、続きは深津絵里さんつながりで、『彼女たちの時代』を借りようと思った。けど、僕がよくいくビデオ屋さんには、まだというか、置いてなかったので、『踊る大捜査線』にした。とうとう、本丸登場である。『踊る大捜査線』のホームページについて書いている本は、まだ読んでいる途中なので、もっとビデオは後にしたかったのだが、ま、いいか。

2000年11月4日(土)-2
 ホンダの『ストリーム』がいい。
 と言うのは、車の話。
 ほんま、めちゃいいなぁ。CMで出ている車の色も白色できれいやないの。ワゴンRくらいの「ほしい、ほしい」病になりつつある。

 のだが、昨日、あるところに行ったところ、ストリームは7人が乗れるのだが、多くても5人しか乗らないことを考えると、足元が狭く感じるとのこと。5人だけなら、トヨタのナディアの方が、シートもいいし、乗り心地もよかったという。
 うーん。せっかく気に入ったデザインの車が出てきたので、買い換えだと思っていたのだが、また1年くらい待たないといけない。
 うう。この前、車検で18万円も払ったところだった。ま、1年我慢しようか。と思って車検上がりの自分の車を見ると、傷だらけ。トヨタも、ホンダも、日産も、マツダも、もっと僕が気に入るような形の車を出してくれないのかな。なんで、あんなに丸っこいのだ。ステップワゴンあたりになると、値段が高すぎて買えないし、ワゴンRだと、高速の坂道で全然進まないし、もっと、シビックやカローラクラスで、角張った車を出してくれへんかなぁ。

 ま、それにしても、ストリームはいいなぁ。きれいだなぁ。

2000年11月5日(日)
 『踊る大捜査線』。
 ほんま、こんなによかったのか。
 また泣いちまったぜ。
 涙もろいのこころ。第3話目。室井さんの言葉で泣いちまった。
 あれほど嫌いだった柳葉敏郎さんも、ええなぁ、と思った。ああ、我ながら単純。

 今は、ようやくテレビ放送を収録した1巻を見終わったところなのだが、このビデオになった『踊る大捜査線』には、予告編まで収録されている。
 今までビデオで見たテレビドラマは、予告編は全部カットされていた。けど、ほんと、この『踊る大捜査線』はそれまで残している。こだわってるって感じがすごくする。
 そして、テレビドラマの『踊る大捜査線』と公式ホームページの『odoru.com』との関係。なんか、原典とホームページの理想の形がそこにある。

 〈「踊る」のサイトでちょっと不満だったのは、悪い部分をみんな隠してる、きれいなところばっかりを出すところです。
 ぼくは、「向こうが匿名ならこっちも匿名で」と、匿名で悪さをしたんですよ。わざと監督のことを悪く言ってみたり。で、削除されたりすると「なんで削除するんだ」と。あれ、ずっとやってたのが僕なんです。なんでもそうだけど、悪い部分がないのはよくないですよ。〉

 〈たしかに、オフィシャルに書き込むのはきれいなことだけでもいいのかもしれないけど、ぼくはもっと汚い、こっちがムカつくような書き込みがあってもいいと思っていたので。見たくなければ、こっちは見なければいいんですからね。〉

 〈荒らされたら荒らされたでいいんです。管理するのは大変だと思いますけど、「ダメになったらつぶせばいいや」という勢いで物事を作らないと、新しいものは生まれないです。この話をすると喧嘩になってしまうけれど。〉

 と、ここに引用したのは、『踊る大捜査線』の監督・本広克行さんの発言(『踊るインターネット』キネマ旬報社刊より)。
 こういう人が監督だったから、面白いドラマになって、ホームページも画期的なものになったのか、というのがわかる。

 倉木麻衣さんをとりまく現象も、この『踊る大捜査線』現象に似ているところがある。それは後々多くの人がわかってくることだろうけど。
 『踊る大捜査線』の公式ホームページ『odoru.com』が「本店」と呼ばれ、ファンサイトが「支店」や「所轄」と呼ばれている(『踊るインターネット』キネマ旬報社刊より)。そして、「本店」「支店」「所轄」は徐々に役割分担ができてくる。

 〈本店と所轄と分かれていて、書き込みやすくしてあったのは上手かったですよね。途中から、ぼくらは本店を見ずに、所轄ばっかり見てました。所轄の方が悪いことが書かれていたりして、おもしろいですよね。〉(本広監督の発言より)

 という感じでしょうか。
 で、『踊る大捜査線』に出演していた水野美紀さん(おー、「水野久美」さんじゃなかったよー。JUNYAさん、おおきにっ)役名・柏木雪乃さん)は次のようなことをインタビューで答えています。

 〈ファンレターって、基本的に一方通行、片道通行じゃないですか。ネットは、みんながわたしに対するメッセージを、わたしだけを対象にしないで書いている。「snow land」というところにたくさんの人がいて、その人たちとわたしに向けて書いていて、その中で誰かと誰かが個人的なやりとりをしていたりする。そういうところは、手紙とぜんぜん違います。
「目の前で、知らない人同士がわたしの話をしてる」という感じです。そういうシチュエーションって、「たまたま入ったお店で後ろの席の人がわたしの話をしている」というようなときしかないですよね。まず、めったにないことです。ファンの方としては恥ずかしいかもしれないですが、わたしにはとても新鮮でした。
 理想としては、オフィシャルでわたしのホームページを作って、わたしと直接やりとりする。「snow land」の方では、わたしに気を遣わないで会話をしていただく。そういう棲み分けができるといいですね。
「snow land」では自由にやっていただいて、わたしはときどき覗きに行く、というスタンスがいいです。〉(『踊るインターネット』キネマ旬報社刊より)

 ほんま、『踊るインターネット』という本はためになる。今まで僕がぼんやりと考えていたことが文になっている。なにか背中を押してもらっているようで、心強くなる。
 『倉木麻衣ヒットカウンター』が、倉木麻衣さんにとっての「所轄」として、このままうまく動いていけばいいなぁ。

2000年11月5日(日)-2
 ある掲示板に書き込んだ文章ですが、こっちの日記にも載せておきます。

 『なぜ「Reach for the sky」に震えてしまうのか。』

 ついに発売日が3日後に迫ってきました。
 本当に、これほど心待ちにしたCDがあったでしょうか。
 ありました。『delicious way』がありました。
 ま、そのことはおいといて。『Reach for the sky』です。

 『Reach for the sky』に僕がなぜここまで引かれてしまうのか。その理由の一つが、ある新聞広告でわかったので、ここに記しておきます。
 その新聞広告は天童新太さんの『あふれた愛』という書籍の広告でした。
 天童新太さんは『永遠の仔(えいえんのこ)』という小説を書かれた方で、僕はその本の下巻のあるところを読んで、声を上げて泣いてしまったという経験があります。僕は、結構簡単に騙されてしまうので、本を読んでいても易々と感激してジンときてしまう癖があります。ですが、声をあげて、しゃっくりが止まらなくなってしまったのは初めての経験でした。
 で、新聞広告の『あふれた愛』は、天童さんのその『永遠の仔』以来の作品集だといいます。

 僕はその『あふれた愛』の宣伝をしたいわけではありません。
 その新聞広告に載っていたコピー(宣伝文句)に、ビビビときてしまったのです。それはこんな言葉でした。

 「ふたりでいても、
  かなしい。

  ひとりでいても、
  いとしい。」

 僕はこのコピーの中の「ふたりでいても、かなしい。」という言葉にビッときました。

 あれは、10年以上前のことです。
 ある方から手紙(封書)をいただきました。その方の手紙の最後に次の言葉が書いてありました。

 「だって、ふたりでいても淋しいのは、普通じゃないでしょう。」

 「ふたりでいても淋しい」。
 これは僕に向けての言葉ではありません。普通の生活を望んでいたその人が、ある行動をとった時に、僕たちが投げかけた疑問に対しての一つの回答でした。僕はその言葉の持つ重さを、当時はぼんやりとしかわかりませんでした。
 しかしそれから10年以上経ち、いろいろな人と会い、いろいろな人の話を聞き、いろいろな人のその後の生き方を見て、「ふたりでいても淋しい」ということが、ほんとに近くにあることを知りました。それは、今も、僕の隣にもあります。

 「ふたりでいても淋しい」と「ふたりでいても、かなしい」。

 その言葉の持つ意味。

 倉木さんの詩には、「悲しい」とか「淋しい」という表現はあまり登場しません。「私は今、悲しいのよ」「いま淋しいのよ」という押しつけのような使い方は皆無といっていいのではないでしょうか。
 その点が、僕が倉木さんの詩に対して一番好感を持っているところだったりします(ここの線引きができる人とできない人で、一流の作詩家かそうでないかを見分けることができると思います)。

 で、3日後に発売になる『Reach for the sky』です。
 『Reach for the sky』には、「ふたりでいても淋しい」とか「ふたりでいても、かなしい」とかいう表現は出てきません。けど、次の表現が出てきます。

 「今すべて受けとめて」

 いろんなところで、何回も僕は言っていたりするのですが、この『Reach for the sky』のここの部分で、僕はもうだめになってしまいます。
 「今すべて受けとめて」
 この言葉の中には、まだ、「ふたりでいても淋しい」とか「ふたりでいても、かなしい」とかいう意味は含まれていないのかもしれません。倉木さんはそこまでの意味を含めて「今すべて受けとめて」と書いたのではないと思います。
 でも、歌は、「今」だけのものではなく、「未来」にも流れるものだと思います。

 「ふたりでいても淋しい」とか「ふたりでいても、かなしい」と思う日がきても、『Reach for the sky』があれば大丈夫なのではないだろうか。そんなことをふと思いました。
 『Reach for the sky』の詩の中で出逢う君。ずっと待っていた君に対して、「ふたりでいても淋しい」とか「ふたりでいても、かなしい」とか思うような時がくるかもしれません。
 でも、そんな時にも、『Reach for the sky』を思い出せば、きっと乗り越えられるのではないか。そして、そのような「さびしい」時や「かなしい」時がこないようにできるのではないか。そう思います。

 倉木さんは、『Reach for the sky』を季節を問わない詩にしたということを読みました(『J*GM 』2000年12月号)。
 これから寒い冬がきます。体が震えてしまうような寒い冬です。
 でも、『Reach for the sky』は、そんな冬にもぴったりあう曲だと思います。
 言葉を代えれば、今年一番の、とても心が温かくなるラブ・ソングだと思います。

 倉木さん、僕はそんなことまで思い出させてくれる『Reach for the sky』がとても大好きです。

2000年11月5日(日)-3
 倉木さん、あなたもしかして、金曜の夜から今日のお昼まで、ほんとにあの巨大掲示板に単身乗り込んだん?
 もし、ほんとだとしたら、真剣にすべて受けとめようとしているんやね。そう解釈する。
 でもさ、会話にならないし、99%というか100%近く信じてはもらえないだろう。その上、見返りは全くないだろう。それでも話をしにいこうとする。ほんま、あなたは変な人だ。でも、もし、本当だとしたら(というか、本当であってほしかったりするのだが)、倉木さん、あなたは僕らが見込んだだけの人だと思う。全身にあんなけ銃弾を受けまくって、それでも冷静で「はいはい」と言うことができる。やるなぁ。負けてられへんなぁ、と思いました。

 でもさ、そういうことをしている時間があれば、やっぱり、オフィシャルのDiaryを更新してあげるのが筋だと思うよ。
 そして、ファンの人が待っているところに書き込んで、一緒に話をしてあげるのが先だと思う。

 〈「褒められたら、その場からすぐに逃げなさい。あなたの成長をとめてしまうから」〉(『朝日新聞』10月16日(月)夕刊7面、進藤晶子さん『出あいの瞬間』より)

という言葉があるように、褒められないところの意見を聞くのはとてもいいことだと思う。だけど、その前に、ファンのみんなにしてあげることがあると思う。

2000年11月5日(日)-4
 ほんま、『踊る大捜査線』は面白い。
 なんでこんなにちょっとのスキもないのだ。
 計算しつくすにしても、ここまで計算しつくしているのは、すごい。

 そうそう、ちょっと前『七人の侍』を観た。
 この映画がなんで名作といわれるのかがわかった。

 それは、いつも走っているからではないか。
 村の東西南北、何かあると走っている。砦を築くために材木を運ぶとき、敵が馬に乗ってやってきたとき、雨の中の敵を追うとき。いつも登場している人物たちは走っている。しかも何で走るかというのが、たまたま走るのではなく、走る意味があることを途中で宣言していたりする。納得のいく走りなのである。
 走ることによって、日常とは少しずれた世界が展開される。だから見ていて飽きない。画面が走る人を追うように、見ているこちらも息をつけないのだ。
 ビデオを見ると、音が悪く、何を言っているのがわからないところがある。字幕スーパーを入れて欲しいくらいだ。だから、外国で評価されたのだろうか。

 で、韓国映画で大ヒットした『シュリ』も観た。
 これまた走っているのである。銃撃戦があるが、銃を持ちながら走っているのである。

 「走る」ということは「スピード」ということだろう。
 倉木麻衣さんがトップスピードでシングルを発売し続けている。
 これもまた、ここまでメジャーになった一つの原因であろう。
 しかし、それだけじゃないのよね。
 毎月CDを出している人は今までにいっぱいいた。今もいる。でも、誰もがメジャーになれたわけじゃない。

 〈「放送を見ていただいた方はおわかりでしょうけれど、タイトルバックと上がってきた詞の内容がぴったりだったんです。羽が大空に向かって飛んでいく様子は歌の内容そのもの。でも、彼女はタイトルバックを見てから作ったわけじゃない。うれしい偶然の一致なんです。彼女の感性を信じてよかったと思っています」〉

 〈「倉木さんのスタッフの方からも、“気になったところは全部言ってください。そうじゃないと最終的にいいものは生まれないと思います。お互いが目指す一番いいものを作りましょう。妥協はやめましょう”―そんなことをおっしゃっていただき、そして彼女も仲間として私たちが話す“こんな内容のドラマなんです”“こういう環境で撮影しています”という雑談を、真剣なまなざしで聞いてくださったんです」〉

 とは、朝の連続ドラマ『オードリー』主題歌に関してのNHK大阪のチーフプロデューサー・内藤愼介さんのお話(『JUNON』2000年12月号より)

 いいものを作ろうとする意識。それが持続しているから、ここまでメジャーになったのではないか。
 間を開けずに、ハイレベルな意識状態でレコーディングを続けているから、これまでの奇跡のような作品群が生まれてきた。これが、走らずゆっくりしていれば、普通の作品になっていたのではないか。
 日々の仕事でも、集中力が切れれば、残業するのはあほらしくなる。けど、仕事に没頭していれば、残業してるという意識はなくなる。すぐに夜の11時になる。そんなことと同じだろう。
 倉木さんの体を気遣い、ゆっくり作っていけばいい、という優しい言葉を言ってあげるのは必要なことだと思う。
 しかし、その時には、駄作を生み出しても構わない、という覚悟を持って言ってあげる必要があるのではないか。駄作を生み出すのなら、何十年待っても構わないというような覚悟が必要ではないか。

 今まで、倉木麻衣さんグループが生み出した作品群は、まだ一握りという気がしている。前にも書いたかもしれないが、『Reach for the sky』もその中の一つだ。山ほどあるカードの中から、今度はこれでどう?次はこっちをやめて、このカードでいこうか。などという余裕がまだ感じられる。
 1曲ごとに「いい曲だ」と言ってみたり、「ちょっと今回の曲は」と言ってみたり。
 ほんま、倉木さんグループにはいろいろ楽しくおちょくられているなぁ、って気がしている。
 ほんと、嬉しいことよのぉ。

2000年11月6日(月)
 ああ、なんと時間がもう午後11時だ。

 ファンクラブさんの期間限定BBSにならって、『半日だけのチャット』のページをアップロード。
 ま、誰も使うことがないだろうけど、せっかくの新曲発売だしね。

 あと、カウンターを何個かの掲示板につける。
 今までよく考えると、掲示板のカウントは全然入っていなかったんだってことが今になってわかる。ま、ええか。

 あー、明日はようやく『Reach 〜』のフライング発売日。くへー。まだ予約してないぞ。あかんあかん。もうぶっつけ本番で買うとするか。DVDプレーヤーをもってないのに、DVDを買うってのも、なんだか情けないが、ま、いいか。

2000年11月7日(火)
 マキシシングルとDVDを買ってきた。
 今、会社のMACのG4でDVDを再生。
 ちらっとしか見る時間がなかったが、『Stay by my side』の映像を観て、感無量になった。
 ああ、なんて、あの頃は、倉木さんに出逢えてよかった、と素直に思えていたのだろう。

2000年11月7日(火)-2
 なんと、この日記を書いていたら、Macがかたくなってしまったやないの。
 それもこれも、「田熊孝浩」さん。『倉木麻衣さんへの掲示板』で「田熊孝浩」の名前を使い、『会議室』の方では「ナオチュー」さんの名前を語る。わかってますからね。
 ほんま、10月の時といい、あなた、しつこいです。「田熊孝浩」「田熊孝浩」って、あなたのことをこれから「田熊孝浩マニア」と呼ばせてもらいますよ。
 って、ことで、削除しましたからね。
 もう、ほんま、削除するたびに、『倉木麻衣さんへの掲示板』に入れなくなる人がある瞬間に出てしまうのですね。すみません、みなさん。入れない時は、僕がこちょこちょ何かをしている時ですので。

 なんか、やっぱり、新曲発売となると、多くの人が訪れてくれるようになるんだなぁ、とまた感心。
 ちょっとスクランブル態勢やね。

 あー、それにしても、『Reach 〜』にょろよ。
 帰りがけに聴こうと、カバンをふくらませてCDウォークマンを持ってきたのに、お昼にCDをセットしてからずっと回っていたみたいにょろよ。
 なんて、なんて、なんてCDウォークマンにょろ。電池が切れてしまうにょろぉ〜〜。

2000年11月7日(火)-3
 そうそう、昨日になるけど、倉木さんのTV出演、しかもレギュラー番組をもつことが正式発表。
 放送するテレビ番組はスカパーに入ってないと見れないところ。おー、もう、もろにスカパーに入ってMFTVの契約を増やそうというのが見え見えですねぇ。
 ああ、12月までに入らないといけないようになっちゃいました。

 でも、僕としては一番いい形でのテレビ出演となったなぁ、という感じ。
 テレビ出演というのは、今まで『倉木麻衣さんへの掲示板』とかを見ていると、倉木さんの生の動いている姿を見ることができると言っている人が多い。
 確かに、今まで倉木さんをPV以外で見ることができなかったので、それはそれで納得いくものがある。
 けど、何か視点が欠けているなぁ、と思っていた。そのことがようやくわかった。
 それは、「テレビに出る」っていうことの意味だ。

 例えば、僕がテレビに出るとする。
 するとどうなるか。となり近所、親戚各所から電話がかかるだろう。
 そして、それが不特定多数の多くの人が見ている番組となると、町で出会う人々全員が声をかけてくるかもしれない。
 けど、それって、普通の生活?って気がする。
 テレビに出ることによって、普通の生活がなくなっちゃうんじゃないの?って思う。

 倉木さんの場合、今までにPVとかでテレビには「出ている」。けど、アンチの人たちがよく言うのは、「素顔を見せろ」ってこと。
 けど、その素顔を見せたらどうなるか。
 ただでさえ、今年の4月、インターネットで情報が流れ、校門でいろんな人たちが待ち伏せしていたという噂があるのに、テレビに出ると、その比じゃなくなるだろう。
 そして、「テレビに出る」ってことは、僕らなんかは「プライバシー(←maik-2000さん、おおきに。確かに、「プライベシー」になってました)が侵害されて当然」という意識がどっかにある。「プライバシーを守って」と言っても、「何、テレビで顔を見せているのに、がたがた言ってんだ」って感じだ。

 きっと、倉木さんがテレビに出ていくと、「テレビで素顔を見せろ」って言ってた人たちは「テレビに出て、何がプライバシーが大事だ」と言うのではないか。
 今、倉木さんの事務所は、いろんな人に叩かれようと、倉木さんが全く無名だった頃から一貫した姿勢を貫いている。それは「学業を優先する」という名の下に、一般のテレビや雑誌などの取材に応じないということだ。
 1社にOKを出せばどういうことになるか。普通の学生が送る生活とは程遠いものになるのではないか。
 ただでさえ、KBS京都に5分ぐらい出たくらいで「くまさん、出てたやろ」と、僕でさえ恥ずかしいことを言われてしまうのである。

 ま、そんな中で、一部の人しか見れないスカパーでのレギュラー初登場は、「素顔を見せろ」と言っていた人にも納得してもらえるし、テレビに出るなと言っていた僕にも譲れるところがある。

 そうそう、ちょっと話はずれるが、テレビやラジオに出るとか曲がかかるってことは、「宣伝をするためだ」って視点がないアンチの人たちをよくみかける。どんなことでも名前を出すだけで、それが宣伝になる。そして、「テレビ」や「ラジオ」に出るってことは、お金をかけずに、逆にお金をもらえて宣伝できるってことなんよね。
 テレビでCMを流してもらう、そのことだけで宣伝費がかかる。テレビに出る、そのことだけでお金が入る。
 でも、アンチの人はよくテレビに出ろ出ろという。それは「儲けろ儲けろ」と言っていることと同じだと気づいているのだろうか。
 でも、逆に言えば、テレビに出るってことは、主導権がテレビ局に移るってこと。CMを流す時の主導権はCMを流しているこっちの方にある。
 純粋に、音楽だけで生計を立てていこうとするなら、主導権は、こっちになければならない。GIZAさんは、それを実践している会社ではないかと思う。音楽だけで、自立しようという志を貫いているように思えて仕方がないのである。

 ま、それにしても、MFTVは契約しなくちゃな。
 日曜日に申し込んでも12月からの放送には間に合うのかな?

2000年11月8日(水)
 ふー、またまたこの日記に間違いあり。
 『OHHO掲示板』では???さんに怒られてしまっただ。
 反省。

 それから、昨日の日記は何が言いたかったのかわからなかったというメールもいただく。気持ちの空回り。これまた、反省。

 さて、今日は、『新曲発売記念・半日チャット』の日。
 チャットって、ログって残らないものなのね?
 CGIの初期設定は30くらいしか残らないように設定してあった。ので、そのままにしたので、どうなるのかな?(初期設定では40秒ごとに、新しい書き込みが入っている画面に自動的に替えてくれるみたいです)

 ま、あと、部屋の数を4個から6個に増やしました。多すぎるくらいやね。。
 でも、使わせていただくチャットのCGIはKENTさんのものなのだけど、まだベータ版だとか。うーん、『倉木麻衣さんへの掲示板』も初めはずっと、確かベータ版だったよねぇ。で、削除キーがうまく効かないということがあったことを思い出しました。
 だから、うまくいかなかったり、途中でログが全部飛んでしまうこともあるかも。ま、そうなってしまったらそうなったで、すぐには直せないので、みなさん、あきらめて下さい。

 で、チャットなんですが、ちょっとだけ説明をしておきます。
 まず部屋に入る時に、「お名前」と「メールアドレス」を書くところがあります。けど、「メールアドレス」は書かなくても部屋に入ることができます(でも、部屋に入るっての、なんか照れて恥ずかしいですよねぇ。あっ、部屋に入らなくても、他の掲示板のように見るだけでもいけるのだろうか?)。
 で、文章を入れて、「お名前」の横ぐらいにある送信ボタンのようなものを押せば、書き込むことになります。
 で、書き込んだら、「○○さん、まいど」というような表示が出ますが、それは僕がいつも見ていて、書き込んでいるわけではありません。自動で「まいど」と「さよなら」(退室するとき)というような言葉が出てきますが、気にしなくてOKです。
 で、部屋を6つ用意しています。が、そのどこの部屋にもいくことができます。部屋を選んで「移動」のボタンを押せば、フレームの下の画面が替わり、次の部屋に入れるみたいです。
 で、今、どの部屋にいるかは、右の方に部屋の名前が書いてあるので、そこで見分けるみたいです。

 と、以上、チャットの超初心者、というか、全く経験したことのない私の説明ですので、かなりいいかげんなことを書いています。みなさん、惑わされずに、うつむかずに前を向いてまっすぐに歩いて下さい。

 ちょっとだけ早いけど、この日記をアップロードしたら、そろそろチャットに入れるようにしておきます。
 ではでは、みなさん、どうぞよろしくちょんまげ。

2000年11月9日(木)
 あらら。
 チャットが午前3時でおかしくなっていたとは。
 うーん、残念。
 午後11時くらいに一回おかしくなり、僕やマイコーさんたちが放り出されてしまったんだけど、その後、家に帰ってつないでみると、みんながいてた。
 で、「落ちてない?」と聞くと、すぐに「落ちてないよ」という返事をいただけたあたり、さすがリアルなチャットやなぁ、と思いました。

 しかしほんとにチャット初体験だったので、めちゃくちゃ戸惑った。
 うまくつながるかな、と午後9時前に入ると、もうシナプスさんがいたので、びっくり。
 で、ちょこちょこと話している間にアキーさんがきて、こんばんは〜さんがきて、改めなおちゅ〜さんの顔文字攻撃にA.ジュンさんと僕はもろにあい、ということをしていたと思う(う、あまりのドキドキ感にはっきり思い出せない)。
 その後、マイコーさんたちがきてくれて、オルゴールの話になり、ってところで、午後11時前くらいに、いきなりリロードした画面(下のフレーム)が見えなくなってしまった。
 あらら、ということで、同窓会と会議室に書き込んで、家に帰っるといつの間にか、チャットは復活していたのね。
 うーん、なんで復活したのだろう?なぞだ。何時くらいからつながったのだろうか。

 ま、とりあえず、半日限定のチャットにご参加して下さったみなさん、そして、チャットの調子がよくなかったために、参加できなかったみなさん、すみませんでした。そしてどうもありがとうです。
 また、するかどうかはわかりませんが、みなさん、おおきにでした。

 それにしても、チャットというのは難しいなぁ。
 書き込むタイミングががっちんこしてしまうのだ。
 で、新しく入ってきた人に挨拶しているうちに何だか時が流れていくのよね。慣れてきたら、その頃合がうまくとれるのだろうか。1回だけじゃわからないことがいっぱいありそうやなぁ。

2000年11月10日(金)
 あー、午後8時から仕事が入ったにょろよ。

 それにしても、緊張も何もしていないのに、口から心臓が出てきそうになった。今日は何回もなる。いったいどういうこと?お昼に食べた松茸風ご飯がよくなかったのか。いやいや、そんなはずはない。昨日は、初の、うな丼弁当だったのだ。うまかったのだ。会社でとっているお弁当屋さんのお弁当は、おいしいのだ。いつも全部残さず食べるのだ。一緒に食べている人たちにけげんな顔をされてしまうが、おいしいのだ。おいしいのに、残してはもったいないのだ。

 ああ、それにしても、『Reach 〜』はよい。
 良すぎる。
 『Love, Day After Tomorrow』を聴きたい気持ちが消えるほど、よい。聴けば聴くほどよい。深く深くはいってくる。
 それにしても、オリコンさんのデイリーで2位とか3位とか。
 すごくなったもんだ。「ベストテンについに突入!」ってことで、『Love 〜』の時、興奮したものなぁ。
 それを考えると、ほんと、今、夢の中にいるんだなぁ。

 で、『Reach 〜』の始まり方が、まさにそんな感じ。
 チャンチャンと始まって、もう一回、チャンチャンと鳴る。でも2回目のチャンチャンの繰り返しのところの音はちょっとずれている。パラパラパラって感じ。うーん、音楽や音符のことがわからないので、うまく言えないけど、同じ音を2回繰り返しているように思えて、実は違う。これは、FMラジオで聴いているだけではわからなかったこと。テレビの主題歌で流れている分も違うもんなぁ。
 でも、そのずれているところが、とても心地よい。なんか本当に、しばられていた五線紙の音符たちが、五つの線から離れて、それぞれ一つずつ丘の方へ向かって飛び始めているように聴こえてくる。
 あ、今からいくの?という感じで、後をついていきたくなる。

 それから、途中に『Simply 〜』で聴けたギター(あ、なんのギターでしたっけ?プロモーションビデオの後ろでニコニコしながら弾いているおじさんが弾いていた楽器。スパニッシュギターでしたっけ?)、で、そのギターの音が聴こえてくる。
 やっぱり、CDは買って聴くもんやね。こんなこと、何枚もCDをもらって、「CD評」を書いている「評論家」には聴こえないもんなぁ。
 ほんま、『Reach 〜』は聴くたびに世界が広がっていくのだ。

 しっかし、まだ、心臓が飛び出してきそうになる。ほんとに、心臓が飛び出したら、一人ホラーだなぁ。

2000年11月10日(金)-2
 あ、そうそう、『Reach 〜』でもう一つ。
 繰り返しをする「リーチ・フォー・ザ・ゴールデン・リング リーチ・フォー・ザ・スカイ」のところ。
 『J*GM』で、倉木さんは、そこの説明をしてくれている。
 なるほどなるほど、と思ってそこを読んだ。で、『Reach 〜』のアナログ盤の申し込みをしないとな、とファンクラブさんの封筒を見た。
 そしたら、なんと、そこに「ゴールデン・リング」があるのではないの。

 ファンクラブさんの封筒のデザインって、蛍光灯というか、あかりの温かさをイメージしてると思ってたけど、よく見ると、ゴールデン・リング、やってんねぇ〜。

 「りーち、ふぉー、ざ、ごー、でん、りんぐぅ〜」

2000年11月13日(月)
 はぁー。
 いろんな掲示板に書き込むだけで一日が終わる日々。
 昨日も、おとついもこの日記を書けなかったぞい。

 それにしても、昨日は悲しい日だった。
 3畳の部屋には、ころんと丸っこいアンテナが転がっている。チューナーだってあるのだ。
 なのに、なのに、何でアンテナの感度が「000」なの?
 やっぱり工事はしてもらわないといけないの?
 でも、もしかして、まさか、いやいやそんな。
 この南西にある建物は何?
 まさか、いやいや、そんなそんな。
 南に見えるこの大きな木は何?
 まさかなぁ。衛星だろ、衛星。まさかなぁ。

 来週、根性を決めて工事にきてもらおうか。

2000年11月15日(水)
 今まで全く0%だったけど、なんかNHKの紅白歌合戦さんに倉木麻衣さんが出るのではないか、という気がしてきた。
 そう僕が思うようになった情報は2つあるのだが、そのどちらも遠ーい、遠い、紅白さんとは全く関係ないところの話なので、うーん、どうなんだろう?
 出る必要は全然ないと僕は思うのだが、出たなら出たで、それはそれでいいじゃないねぇ。それは、きっと倉木さんが納得してのことだろうしね。
 でも、NHKさんの紅白さんは、事前に「出る」という情報が出ると、それだけでメンバーをはずすしなぁ。まぁ、そんなけ、NHKさんと信頼関係を築ける人しか出ることができない、ってことだと思うが、うーん、60%ぐらいの確率で「出るかも」と思うようになってしまっただ。

2000年11月19日(日)
 おっと、木・金・土曜日と3日間も日記が書けなかったぜ。
 というか、書けなくてよかったぜ、という感じ。
 僕がここでへんなことを書いてしまうと、またヤイノヤイノと言われて、プレゼント大作戦に影響するかもしれなかったもんね。
 締切も過ぎたので、日記も再開(←「再会」と間違っていたにょろよ。おおきに、俊輔さん、へいさん)なのさ。

 で、で、本日、わたくしの生活が変わりました。くく。くくく。

 ありがとうありがとう、八千代ムセンさん。ありがとうありがとう、工事のお兄さん。
 ということで、無事、まぁーるいアンテナが、わたくしのベランダにパカッと花を咲かせたのですね。うーん、ブラボー。待っちょったよ。

 でもほんまにあれやね。工事はしてもらうもんやね。だいたい1時間半くらいで1万円と消費税かかったけど、わたくしの力では、絶対に映すことはできなかっただろう、ということがわかった。
 まず第一に、アンテナの向きが僕の向けていたのと全然違うものだった。「南南西」って、そんな向きやったの。
 第二に、スカパー(←「スカバー」と間違っていたにょろ。おおきにただの高校生さん。以下同)のカードをチューナーに差す必要があった。そんなものがいるんやね。
 第三に、ネジの締め方をしっかりせなあかんかった。1階なんで、子供たちにいたずらされるとアンテナの向きが変わってしまうもんな。

 はぁー、頼んでよかったぁ、と心底思いました。
 おかげで、今はスカパー生活に突入。
 それにしてもなんやね。今、僕の家の「南南西」の方向にデカイ木があるから、葉が生い茂ってくると、見られなくなるかもしれないとのこと。ああ、春までの命か。
 ま、それでも、スカパーって、チャンネルありすぎ。
 申し込むのはMFTVだけの予定なんで、2週間の無料試聴期間にいっぱい見ておくのだ。

 矢井田瞳さん、毎日放送の『情熱大陸』に登場。
 それを見ながら思ったのは、さぁ、いよいよやね、っていうこと。ヤイコさんもそうやけど、MFTVもいよいよ、Mai-K.TVもいよいよである。
 もう収録が済んでいるのかどうだか知らないけど、頑張ってよね、倉木さん。
 あなたは僕らの仲間の代表なんだからね。トップバッターとして、頑張ってちょーよ。応援してるよ。

 なんてことを、ヤイコさんを見ながら思っていたのでした。
 ほんといよいよやね。

2000年11月20日(月)
 なんなんだ、こりゃ。
 スキップで家に帰ってきたら、松浪さんがコップの水をぶちまけていたのである。
 あらららら。

 がっくりやけど、これでエネルギーがたまる。ホントに大きく動いていくのではないか、という気がする。
 それにしても、小泉さんは、株を上げたやろうなぁ。自分の持論を押し殺したもんな。
 司馬遼太郎さんの『竜馬がいく』(←「ゆく」だったかな?)を読んで、坂本龍馬はかっこええなぁ、というのは思わなかった。それよりも、明治維新っていうのは、こんなにも、いろんな人の血の犠牲を経て成立したものだったのか、ということを知って驚いた。何人が死んだのだろう。どれだけ、後へ戻ったのだろう。しかし、人が死ぬ度に、後へ戻る度にエネルギーがたまっていった。最終目標のためには、自分を押し殺し通す大久保利通という人も生んだ。
 司馬さんによると、明治維新が成ったときには、小者の人物しか生き残っていなかったという。伊藤博文さんは、僕なんか、お札になるぐらいものすごい人だと思っていたのだが、その人でさえ、小者だったという。だったら、伊藤博文さん以上の人が全員生き残っていたら、と思うのだが、そんなことはありえないんやろね。

 そうそう、インターネットというものを知って、初めに思い出したのが、これまた司馬遼太郎さんの『花神』という小説だった。
 その主人公は大村益次郎(←う、名前の漢字を忘れた)というか、その名を名乗る前の村田蔵六さんだ。
 明治維新が終わったあと、「もう一度西の方で乱が起きる」(だっけ?)と言い、西郷隆盛さんを巻き込んだ西南戦争の勃発を見抜いていた人だ。
 この人は世に出る前、確か今の岡山あたりの山奥に住んでいたと思う(うーん、全部うろ覚えで(「うる覚え」と今までうろ覚えていました。たはっ。知らなかったよ〜。おおきに、A.ジュンさん)書いているので、間違いが多々あるような気がする)。で、当時、日本は「日本」という一つの国ではなく、藩(今で言う県みたいなもの)が一つ一つの国の形をとっていた。
 藩にはそれぞれの文化があり、偉人がいた。今の日本のように、東京がメインではなかった。自分が勉強したいものがあれば、東京にいけばすべて揃うわけではなく、それぞれの藩まで行って、修得しなければならなかった。車もなかったから、みんな歩いていく。地域的に不便というのはなかった。不便と言えば、すべての藩が不便だったのだ。だから、村田蔵六さんに会うためには、岡山まで歩いていかなければならなかった。岡山には岡山の文化があった。その文化はその文化として、他の国(藩)でも認められていたのである(と書いているが、岡山かどうかは嘘をついているかもしれん)。

 インターネットには、当時の「藩」のイメージがある。東京に集中していない。知りたいことがあれば、それぞれの「藩」に出向いていかなかればならない。そこには、地理的な不便というものは全くない。このパソコンと電話線が、すべての地域を平等なものにしている。

 しかし、地域的に平等になったとはいえ、物を買うとか、何か注文をする、とかいうことになると、やはりそこには、地域というものが現れてくる。運送代がかかるというのがそうですね。インターネットが広がれば広がるほど、インターネットで商売するのが簡単になる、ということが言われている。しかし、インターネットが普及して一番儲かるのは、インターネットでものを売ることではない。インターネットで売れたものを運ぶことである。つまり、宅配が今以上に儲かるのであろう。
 IT株を買っている間があれば、運送屋さんの株を買う方がよっぽどリスクが少ないと思うのだが、どうなんでしょ?

 ん?
 で、何の話をしてたのだっけ?

2000年11月21日(火)
 FM802さん、ありがとう。ヒロTさん、ありがとう。
 今日は朝会社に来た途端、『Reach 〜』(←はぐっ。『Eeach 〜』ではありません。A.ジュンさん、おおきに)が流れ出したのでした。
 昨日は、JR環状線が止まったおかげで、またまた遅刻をしてしまったけど、今日はいい日になりそうだ。

 ありゃ。
 また、昨日の曜日を間違っていたぜ。

2000年11月21日(火)-2
 倉木麻衣さんと、倉木さんのスタッフの人たちは、いったいファンの言葉の何を信じろと、僕らは言っているのだろう。
 『Secret 〜』(←誰やぁ。「Seacrt」と書いていたのは。はい、僕です。おおきにただの高校生さん)に『Reach 〜』。発売予定外の曲を出せ出せと言ってたのは、僕らファンなのに、今じゃ「出しすぎ」と言う。
 「テレビに出ろ出ろ」と言っていて、『Mai-K.TV』に出るようになったら、そんなスカパーに出てどうすると言う。
 そんなファンの言葉のいったい何を信じればいいのか。宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』と一緒ではないか。注文に一生懸命応え続けていって、結局最後に、「今日のディナーは、注文に応え続けてくれた、倉木さん、あなた自身なんだよ」とオチをつけるつもりなのだろうか。

 「全てのファンの言葉を無視して、倉木さんは突き進んでほしい」。そう思う場面が多くなった。

 ファンの人が、時間を逆から見れば、すべて間違う。

 倉木さん、そしてスタッフのみなさん。
 ここは、一つ、ファンの言葉はすべて聞かず、そして、インターネットの掲示板は見ず、この日記も読まず、自分たちが今一番いいと思うことをして下さい。ファンに媚びる必要なんて一つもない。ファンと心中する必要なんてこれっぽっちもない。
 なぜなら、僕らと出会う間に、「倉木麻衣」というブランドはできていたからです。僕らがいたから、倉木さんがデビューできたわけではありません。倉木さんを見つけた、倉木さんが見つけられた、その時のことを信じて、突き進んで下さい。『Love, Day After Tomorrow』が発売になる前から、これは多くの人に受け入れられる、そう確信していた気持ちに戻って、どうか僕らを無視して下さい。それが倉木さんたちが僕らにできる、一番の思いやりだと思います。

2000年11月21日(火)-3
 今回の自民党の加藤紘一さんが演じた劇は、『寺田屋事件』に見えなくはない。
 寺田屋事件とは、1862年4月3日、京都・伏見の寺田屋で起こった事件。挙兵討幕をしようとする薩摩藩の武士を、同じ薩摩藩の武士が引き留めにいき、斬り合いとなったものだ。この事件に参加した人の中には、大山巌さん、西郷従道さん、篠原国幹さんなどの明治時代に元勲となった人たちがいる(なんて、知ったふうなことを書いているけど、いろんなホームページで調べた受け売りのことにょろ。初めは『池田屋騒動』と間違っていたにょろ。池田屋さんは、新撰組さんにょろよ)。

 1862年と言えば、もう今から数えて140年ほど前にことになるが、明治維新が成立した1967年から数えても、5年も前の話になる。5年の間に、引き留めに入った人も一緒になって、薩摩藩は徳川幕府を倒すことになるにょろね。

 だから、昨日ですべてが終わりじゃないんだろうなぁ。
 自分は何もでけへんのに、「あかんなぁ」とか「がっくり」とか思ったが、今度の選挙では見ておれよ、という気分に多くの人がなったなんだろうなぁ。外へ出てもだめ、中にいてもだめ、どっちもだめだということがわかったことはタメになったにょろよ。マグマのエネルギーはたまるにょろよ。

2000年11月21日(火)-4
 はうあ。
 寺田屋がどうのこうのと言っている場合じゃない。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』で、倉木 悠さんにまで、見つけられてしまったにょろよ。おまけに、へい@かなチェッカーさんには新たな課題が。

 うぐぐぐぐ。

2000年11月21日(火)-5
 リンクのお願いがきていたのに、返事をしようしようと思っているうちに、閉鎖することになってしまったところがあります。まっいさん作成の『倉木麻衣私設ファンサイト Stay by mai site』さんです。

 今、伺ってみると、年末とかが予想以上に忙しくなるので、閉鎖するとのこと。うーん、返事が遅くなっていてすみません、まっいさん。
 でも、まだ、掲示板がいきていたので、リンクさせて下さいね。
 ということで、まっいさんのホームページのURLはこちらです。
 http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Piano/9286/

 うーん。それにしても、なんか申し訳ない気分でいっぱいだ。

2000年11月21日(火)-6
 ふー。何個今日は書くのだ。
 ま、たまにはいいのだ。

 で、「ヒカル」さーん。
 もう、あんたも好きねぇ。
 「倉木麻衣」さんといい、「ヒカル」さんといい、あんなところでのびのびしているのが、くやしいねぇ。
 しかし、ほんと、あんたら、変わってるわ。自由でいいよ、自由で。
 これからの日本は、あんたらに任したよっ♪
 って気になります。

 って、もしかしたら、本物の「ヒカル」さんと「倉木麻衣」さんへ。

2000年11月22日(水)
 明日は休みだわーい、わーい。
 これで遅刻しないですむぞぉ〜。

 と言っても、今月の後半は、五分の星が続いている。(チ)ありと(チ)なしの日がタイムカードの紙の上で、交互にあるもんな。たはっ。何とか勝ち越しにもっていかないと。
 でも、明日は水入りで助かった、いやいや、勢いをそがれた、としておこう。

 後藤田さんの本がなかなかブックオフで見つけられないので、今はまた読売新聞大阪社会部さんの本を読んでいる。タイトルは『ある中学生の死』(角川文庫刊)。一度新聞に載った記事を何日か、または何年か経った後にもう一度調べ直した記録である。
 新聞記事になったノンフィクションだけあって、小説みたいにうまくいかない。事の真相をいろいろ追っていくのだが、最後はうやむやになる。タイトルになっている『ある中学生の死』の項も、再取材をしていくうちに、今までみんなが隠して黙っていたことが明らかになっていく。しかし、最後は空白の時間が出る。やっぱ、真相を突き止めるのは難しいものだと思う。後は、あなたがどう思ったか、どう次につなげるかしかないみたい。

 で、その本を読んでいてフト思ったのが、最近の「17歳」の犯罪のこと。
 犯罪があるたびに、その親御さんのことが取り上げられる。ある時は、子供には干渉しなかったとか、ある時は厳しく育てていたとか。ほんま、その時々によって、子供をいろいろな方法で育てていたのだなぁ、と思う。そして、その育て方自体に問題があるようなことを、マスコミはよく書き立てる。
 でも、問題はそこにあるのだろうか。親の育て方に問題があるのだろうか。言葉を代えれば、育て方を変えると犯罪は起こらなかったのだろうか。例えば、育て方を変えれば犯罪が起こらないとする。では、育て方を変えるということは、可能なことだったのか。

 この本を読んでいて思ったのは、そこのところ。
 子供が、親の育て方の違いで罪を犯す。ではなぜ、親はそんな育て方をしたのだろうか。親のそのまた親に、ある育て方で育てられたからじゃないのか。

 子供の親が、そのまた親、つまり子供から見れば、おじいちゃんやおばあちゃんに厳しく育てられたとする。親は、自分がされたつらい目にあわせたくないから、子供には何でも与え自由に育てる。そしてそんな子供が罪を犯す。もしそんな因果関係があるとすると、責任は、子供や親にもあるのと同様に、おじいちゃん、おばあちゃんにもあるのじゃないか。

 なんか、そんなことを自民党の政変未遂劇があったので、特に感じた。
 訳知り顔で、未来の日本のためと、いろいろ動き回るおじいちゃん、おばあちゃん議員さんたち。何日も徹夜でいろいろ大変なのかもしれないけど、今の日本を作ったのは、あなたたちじゃないの。あなたたちが育てた子供たちが、今のこの日本にしたのじゃないの。「17歳」の人たちの犯罪に、あなたたちは無罪なの?

 と、偉そうなことを書いていても、僕も同じ穴のムジナちゃんなのよねぇ〜。な〜んにもしてないし、コタツに入れば、すぐに寝てしまうし。

 ここ大阪も、寒くなってきましたね。
 でも、紅葉は全然してなくて、ちぢれた葉っぱが国道に転がっているのですね。
 今日の日記は、漢字の方、大丈夫だろうか。そのことの方が心配だぁ〜。

2000年11月23日(木)
 これから、大きな問題になっていくことに、松たか子さんの『優しい風』の盗作疑惑があるようだ。
 で、実際、僕はほんとのところはどこがどうなってて、どうのこうので、というのはわからないけど、この情報を知ったのは、あの掲示板だったりするのね。
 うーん、なんだかなぁ、という感じだけど、あの掲示板は、いろんな情報がいろんなところから集まる掲示板なんだな。日本全国の人の掲示板という感じになっているのかな。

 まぁ、そんなこととは関係なく、僕のしたいことが一つ生まれつつある。
 それは、倉木麻衣さんなどの有名な人が、いろんな掲示板に気軽に書き込めるようにしたいということ。でも、これは『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでね、ということじゃないのよ。もっといろんな掲示板に書き込んでも、「なりきり」(おー、APSさん、「ないきり」じゃなかったよー。おおきにっ。おっと、訂正した元がまた間違っていたよおー。へいさん、おおきにっ)と言われて追い出されないようにしたい、ということなんですね。
 そのためには、別人の「なりきり」さんが出てきてもダメだし、本人が書き込むことがない、と僕を含めいろんな人が思いこんでいる風潮もどうにかしないといけないと思う。
 もし、そういうような今までの状況が変わり、環境が整えば、いろんな人が気軽に倉木麻衣さんたちと話ができるようになると思う。そうなれば、今より一歩踏み込んだ世界が広がっていくと思う。みんなで作る双方向の楽曲が生まれてくるのではないか、と思う(今も相当あると思うんやけど)。
 ま、それがいいとか悪いとかいう話はある。そして、本人が書き込むべきではないと考えている人も多い(『倉木麻衣さんに関する会議室』でもね)。
 けど、そういう倉木さんみたいになった有名な人も僕らと同じだと思うのですね。褒められていたら「ありがとう」という、間違いが広がりそうだったら「それはそうじゃない」という。そんなことができる環境になればいいな、と思う。

   ●

 そうそう、最近倉木さんのシングルの売り上げが今一つ、ということも話題に上っている。
 けど、そういう時って、いつもシングルの話ばっかりなのよね。『Secret 〜』までの状況と今は決定的に違っている、ということがボロッと抜けてるんよね。
 それはどんなことかというと、シングルの曲はアルバムに入るということ。

 『Secret 〜』までは、いつ倉木さんのアルバムが出るのか、そんな気持ちでみんながじっと待っていた。で、アルバム『デリシャス ウェイ』の発売決定。その後、『Never 〜』が発売されて、という時間の流れがあったよね。

 その上、今は、倉木さんが確かラジオで(だっけ?)、「今年中に、もう1枚アルバムを出せるように頑張りたい」と言ったということもある。
 アルバム『デリシャス・ウェイ』(おー、『デリシャル・ウェイ』じゃなかったよー。俊輔さん、おおきにっ)には、GIZAさんが発売した全シングルのA面の曲が収められた。となると、次のアルバムにも同じようにシングルになった曲は全部収められる、と思うのは自然なことだろう。
 実際、『倉木麻衣さんへの掲示板』にも、シングルは買わずにアルバムを待つ、という人もいらっしゃったもんね(うーん、誰だっけ?)。
 普通考えるのはそうなんちゃうん?
 アルバムに入ってたら、シングルは買わなくてええやん。だから、誰のアーチストでも、ベスト盤は、よー売れるんとちゃうん。

 なんか、『Reach 〜』の勢いが今一つ、と言われても、それがどうしたとしか思わないのよね。よー、ここまで、スタートダッシュしているなぁと、反対に感心してしまう。『Simply 〜』が発売されてそうたっていないのに、ここまで飛び出すか、という感じだ。
 でもね、『Reach 〜』はいいのよ。ほんといい曲なのよね。だから、息の長い曲になると思うんよ。
 その息の長い曲でなくなることがあるとすると、GIZAさんが次の新曲をアナウンスするか、アルバムの発表をしてしまうことなんよね。だから、そういうことがなければ、『Reach 〜』は結構長生き、というか、ちょうど、クリスマスのプレゼントするにはピッタリの曲なんで、まだまだ土俵際で踏ん張ると思うのですね(でも、もう『冷たい海』というタイトルが出てしまってるんよね。だから、そのタイトルが出た時、おいおい、と思ったのでした。あの時、『OHHO掲示板』で僕に注意をした人は、そんなことを思ってなかったんやろか?)。

   ●

 テレビに出ないと人気がなくなるぞ、だから出ろ出ろ、と言ってくれるアンチさんが何人かいる。だけど、テレビに出なくて人気がなくなるのだったら、それでええやん。それだけの歌手やってんから。別に人気がなくなってもええやん。
 でも、倉木さんの場合、顔はジャケットでしか知らん、動いているプロモーションビデオも見たことがない、という頃にファンになった人がいっぱいいる。そんな時から、この『倉木麻衣ヒットカウンター』は続いているんよ。

   ●

 日本の時間の流れ方は、「ほんとうに蟻のような」と表現した人がいました。ほんと、ロンドンのように、みんなも一緒にマイペースに見てあげられるようになったいいのに、と思うでな。

   ●

 hitomiさんの『キミにKISS』とhiroさんの『Treasure』(←う、つづりあってるかな?)はいいなぁ。僕としては、Misiaさんの『Everything』より盛り上がるなぁ。
 Misiaさんの『Everything』はうまいなぁ、ほんま、これからクリスマスになると、もっとグングンくるぞ、と思うけど、どっちの方が僕の心をグラグラさせるかというと、『キミにKISS』(おー、へいさん。『キミニKISS』じゃなかったよー。おおきにっ)と『Treasure』の方だったりするなぁ。『キミにKISS』はなんか、倉木さんの『Reach 〜』のGOMIさんのリミックスのように、盛り上がるところがてんこ盛りだ。

2000年11月23日(木)-2
 そうそう、ブリリアントグリーンさんたちの天使が出てくる歌もいいな。その曲ちょーだい、という思うくらいにいい。「天使」「翼」「空を見上げた」、うーん、心に残る言葉のオンバレードだ。
 RIZEさんのCMになっている曲も勢いあるなぁ。

 てなことを、スカパー無料2週間のうちに、いろんな音楽のプロモーションビデオを流している番組を見てると思ってくる。
 でも、スカパーを見る前は、そういう番組を見なくても普通に生活できたもんね。そういう人が大多数。そこを間違うとえらい目にあうんやろな。

 そうそう、倉木麻衣さんが出る番組はスカパーのMFTVで放送する。
 で、MFTVは「有料」ということだったので、値段はどれくらいかと見ると、300円なのね。松永真理さんがiモードを始める時に、「iモードの基本料は絶対300円」と粘った金額と同じだ。
 て、何がいいたいかというと、誰でも入れる気軽な値段だということ。
 その上、実は、このMFTVというのはスクランブル放送というものもしているらしい。そのスクランブル放送というのは、無料で見られる時間帯があるということみたいなのね。
 MFTVは毎日新番組を放送しているわけではないので、実際はそのスクランブル放送を見るだけでも、全部の番組を無料で見れてしまうような気がする。
 というと、300円は何で、ということなんだけど、それは、有料だけの時間帯は、何回も再放送をする分の1回目を放送するのよね。
 あと、300円を取って有料にするというのは、これからの番組製作や、CD製作の時に参考にするためなんやろね。だいたいどれくらいの有料視聴者がいるか、そんなことを調べるためのものなんやろね。
 300円を払うことで、視聴者と番組製作者の間に緊張感がちょっとでも生まれる。それが次につながれば、300円は安いなぁ、と思う。タバコを1箱やめればいいや(って、僕はタバコを吸ってなかったんだった。そうか、缶ビールを一缶やめればいいか。しまった。缶ビールは、親戚にもらったのが余っていたのだった。うーん、どうしたらいいのだ、300円。結構高いぞ)。

2000年11月24日(金)
 今日はもう、くたくた。
 まさか、夜にmaikukkeyさんの掲示板に書き込んだあと、ああなっているとは予想もつかなかった。
 うぐぐ。これもそれも、僕があの話をふったからなんやなぁ。
 もういけるかな、と思ったのが失敗のもと。
 やっぱ、まだ、「本人が本人として書き込む」というのは、無理なんやなぁ。
 真剣に思っている人同士が、争いあってしまうもんな。

 ということで、いきなり『OHHOの掲示板』にわけのわからない書き込みをしてしまった。あの隠れ家の掲示板は、時々そういうことに使ってしまうので、みなさん、すみません。busumuyouさん、僕が話をふらなければ言わなかったことまで言わせてしまって、すみませんでした。

   ●

 もしかしたら、明日のスカパー・MFTVの『松尾潔的音楽生活』(午後4時〜4時半)に倉木さんがゲストで出るかも。
 明日じゃなく来週の分かもしれないけど、ビデオうまくとれるかなぁ。
 今日は遅刻をせずに、始業時間30分前に無事出社。明日は土曜日。いつにもまして、気を抜いてしまうもんなぁ。気をつけねば。

2000年11月25日(土)
 ある人にメールの返事を書いていたら、ハタと気づいた。

 昨日の話である。
 掲示板とかに「本人が本人として書き込む」ってことを、したいのならどんどんすべきと僕が考えているのは、それはあれやね。例えていうなら、小渕首相のことだったのかもしれん。
 今の森さんが就任する前に、総理大臣だった小渕さん。今は亡くなってしまったけど、僕は小渕さんの「ブッチホン」が好きだったんだ、ということを思い出した。
 そういや、今までそういう総理大臣って見たことなかったもんな。自分でどんどん電話をかける。僕が見ていた朝日放送の『サンデープロジェクト』でも、田原総一朗さんが「小渕さん、今テレビで見てたら電話を下さい」と突然頼んだら、すぐに電話がかかってきたもんね。
 で、小渕さんはそういうことを喜んでしていた。それが自分にできること、仕事だというように。そんなこと別にしなくてもいいのにね。
 会ったこともない人にいきなり電話をかける。いきなりテレビにも電話をする。そんな時には台本はない。でも、小渕さんは自分で話してた。僕が見てた『サンデープロジェクト』では、こうして景気をよくしたいから、国民のみなさんわかって、という感じだった。建て前とかじゃなく、景気をよくするためにはこうしなくちゃいけない、そういうことを自分の言葉で話していた。自分の気持ちとして、一生懸命伝えようとしていた。

 小渕さんには、去年と今年、お正月に伊勢神宮で会った。といっても、初詣のお伊勢参りの時にたまたま出くわしただけなんだけど。
 ほんは小渕さんは愛想がよかった。ピストルで撃たれたら、すぐにやられてしまう。でも、そんなことは一つも気にしていない感じで、車からグッと身を乗り出すように、手を振っていた。
 「オブチ、がんばれ〜」
というおっちゃんの声に、「おう」という声と右手をあげていた。
 ほんま、ええおじいちゃんやってんな、と思う。

 倉木麻衣さんをしばりたくないと思う。
 したいことはどんどんさせてあげたいと思う。
 ファンの人の「掲示板に書き込みをしてはいけない」という言葉は、僕の中では、事務所の人の声と同じように聞こえる。ファンの人が倉木さんに足かせをはめようとしているように聞こえる。

 結局、小渕さんは、みんなにわかってもらおう、わかってもらおう、の人生やったんかな。自由党の小沢さん、本当に悲しがってたなぁ。
 「小渕さんがいたら、こんなことにならなかった」と青木さんが、加藤さんが起こした騒動の最初の方で言っていた。
 これって、ただ小渕さんは根回しがうまいから、ってことじゃないと思うんよね。「人柄の小渕」、そう小渕さんは呼ばれてたもんね。根回しとか駆け引きとかじゃなく、小渕さんは、人柄で全部を包み込んでたんやないかと思う。

 倉木さんがそんなふうに、どこへ出ても、僕らが自慢できる倉木さんになってほしい、と思う。
 「次はどんな曲に挑戦してもらおうか」と、スタッフの人たちをいつもやる気にさせてしまう、今までの倉木さんのまま、大きくなってほしい、と思う。

 倉木さん。倉木さんの曲は方向が決まっていないのじゃなくって、まだまだ底なし沼のように、ストックが一杯あるのですね。自分の色を決める必要はまだないと僕は思います。次はどんな曲がくるか、そしてそれが僕らの心にどれくらい届くか、いろいろ試して下さいな。
 そして、あなたがあなたの声で、あなたが考えていることを自由に話ができる日が、そんな日がいつかやってくればいいなぁ、と思います。

2000年11月26日(日)
 はぁー、なんてこった。
 OS9を入れていたMacが立ち上がらなくなってしまった。
 電源を入れても、ハードディスクはカリカリと動いているのに、画面がニコチャンMacのままなのだ。だから、カーソルは出てこないし、再起動するにも、強引にしなければならないことになってしまった。
 はうっ。

 昨晩に『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込めたのは、今使っている前のMac、LC630に戻したからなんだけど、もうMacの動きが遅いったらありゃしない。その上、電池もなくなっているみたいで、再起動するたびに初期画面に戻るし。あたたた。

   ●

 で、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んだのは、Mika Haseさんの話。ほんまに、販売されているんよね。
 で、聴いてみた感じは、曲は北欧風。大野愛果さん、なんでその曲を倉木さんにくれへんかってん、というもの。爽やかでええなぁ。
 倉木さんがまだ手をつけていない曲調に、こういう北欧風があったのだな、と気づかせてくれる。
 でも、Mika Haseさんの声は幼いんだよなぁ。聴いているこっちが照れてしまう。倉木さんの声を初めて聴いた時、、僕はちわきまゆみさんと間違ってしまったことがある。年季の入っている人の声のように思ったのよね。歌っている人は、28歳くらいではないか、今までどこに隠れていたのか、と真剣に考えていた数日間があったもんな。「17歳」と初めて聞いたとき、「ん?27歳ね」と勝手に思いこんだくらいやからなぁ。

 だから、Mika Haseさんの歌を聴くと、こんなにも倉木さんは特徴があったのかというのが、つくづくわかる。ほんま、オリジナリティ満たんの声をしているんやな。下手なボイストレーナーについて、今の雰囲気が壊れてしまうようなことがないようにしてほしいわ。

   ●

 そうそう、僕が大阪・難波のディスクピア南街店さんに行ったのは、Mika Haseさんより、ガーネット・クロウさんを探しに行ったのだった。
 ガーネット・クロウさんの『ファーストカレイドスコープ』。このミニアルバムがずっとほしかったんよね。
 でも、いろんな奈良のCD屋さんを見てもおいてないので、インターネットのgizagiza.comさんで買おうかと思ったくらい。送料がCDの定価と同じでも構わないかと思ったもんね。
 で、だめもとで、難波のディスクピア南街店さんに行ったら、運良く1枚あったのですね。う、うれし。

 それにしても、ガーネット・クロウさん。まだ全国的に脚光が当たってないのね。不思議やな。歌い方にくせがありすぎるからかな。でも、あのラブ・サイケデリコさんや、矢井田瞳さんもぐんぐんきている世の中だ。こいよ、こいよぉ。待ってるよぉ。

2000年11月26日(日)-2
 今日はスペシャル・デイだ。
 あー、こんなにもこの日記に誤字があったなんて。人の揚げ足をとっている場合じゃなかった。くっそぉ、僕の方がまだいいぞ、と誤字のライバルに勝ち誇るつもりだったのに。JUNYAさんにまで「スペルチェッカ−」(おー。「スペルチェッカk−」じゃなかったよー。俊輔さんおおきに)の求職票がいっていたとは。くっそぉ。こうなったら、やけだ。誤字・脱字を芸術の域まで高めてやるのだ。

 逆ギレの日々。

 ガーネット・クロウさん、早くアルバム出してくれへんかなぁ(と話題を変える)。
 『君の家に着くまでずっと走ってゆく』っていう曲。いいなぁ。

 そうそう。maikukkeyさんの掲示板に書いたけど、『リーチ 〜』(←念のためカタカナにしておこう)のことで気づいたことがあったので、ここにも転載しておこっと(おっと、「maikukkeyさん」のところは、「倉木さん」に直しておかないとね。attun2さん、おおきにです)。

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 それにしても、倉木さん、『Reach for the sky』のCD盤の絵はいいですね。
 ほんま、あまり使いたくない言葉ですが、素直に「かわいい」と思いました。CD盤の絵は、小さなレコード盤になってるんやね。なんか中にチョコレートが入っているみたいで、見るたびに、「食べれるんちゃう?」と思ってしまいます。

 で、話は変わって。ちょっと前に、倉木さんは、好きな言葉は「レット・イット・ビー」ということを言ってましたよね(うーん、どこで言ってたか忘れてしまった)。
 それを知った時、なるほどなるほど、と単純に思ってたのですが、もしかして、その「レット・イット・ビー」というのは、僕らへ向けての次に出る曲の暗号だったの?と思いました。

 というのは、『Reach for the sky』。
 この曲を聴いていると、倉木さんのオフィシャルページにも書いてあるように、ビートルズさんたちが使っていたレスリーというエフェクトを使っていますもんね。『レット・イット・ビー』って、ビートルズさんたちの曲にもあるもんね。

 でも、それだけじゃありません。
 もう一つは、『Reach for the sky』の6曲目に入っているインストルメンタルです。
 1曲目の『Reach for the sky』を聴いただけじゃわからなかったのですが、6曲目のインストルメンタルを聴けば、こりゃまた不思議。
 『Reach for the sky』と思っていた曲が、『レット・イット・ビー』になるではないですか。

 レルピー、レルピー、レルピー、レルゥピィー…

 そうやって、『レット・イット・ビー』が歌えてしまうのですね。
 うーん、深い。やられた。

 『Reach for the sky』って、倉木さんたちが考えた『レット・イット・ビーをさがせ』だったんですね。

2000年11月27日(月)
 今日、俊輔さん、へいさんに教えていただいた格言。

 「恥の上塗り」。

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 めちゃめちゃ、忙しなってしもた。
 この土・日・月にメールをいただいている方、返事は月あけになるかもしれぬ。許してたもれ。

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 倉木さんが事務所さんの操り人形かどうか、自分の意志が何も反映されないレコーディングを行っているかどうか。今日発売になった『ジェイグルーヴマガジン』1月号を読めばよくわかる。

 倉木さん。
 倉木さんの事務所さんについて悪く書かれていたら、それは倉木さん自身が悪く言われてることなんやね。そう思って、そこからやっていかんとしゃあないね。こんなに、倉木さんのことを思いながら、CDを作ってくれる会社って、他にはない。そう思うわ。
 この先、倉木さんがどうしたらいいかわからない時がきても、きっと西室さんなら、こっちこっち、って言ってくれそうやね。
 安心安心。
 ほんと、いいインタビュー記事でした。

2000年11月28日(火)
 ふー。

 昨日いろいろ仕事をしておいた上に、今日は新しい仕事が入ってこなかったので、月末なのに落ち着いたにょろよ。
 よかったよかった。
 けど、明日全部、校正に出している原稿が返ってきて、印刷にまわしたり、データの引き取りの準備をしたりせんとあかん。なんで、こんなに月末の仕事が増えているのだ。ほんま、世間は不景気らしいが、僕の会社のMac・DTPの仕事は増えてきているぞ。カラーのプリンターを入れたせいか、いきなりデザインをする仕事がどんどん増えている(ような気がする)。
 うーん、嬉しいのだが、なんでこんなに準備ができていない時にいっぱいくるのだ。という感じなのだが、波があるからなぁ。ないときゃ、ないもんね。年賀状の印刷も減ってるし。と言っても、他で年賀状の印刷をするところが減っているからか、僕の会社に新規で年賀状の印刷を持ってこられる同業者さんが増えているような気がする。毎日毎日、いっぱい封筒に入れて、引き取りの準備をしているもんなぁ。年賀状かぁ。もうあと、1カ月で、20世紀も終わりやなぁ。

 そうそう、何で僕が「恥の上塗り」をしてしまうのか、チラッと気がついた。それは、プリントアウトして校正をしてないからちゃうか。
 仕事では絶対に、一度プリントアウトしてMacで作った版下の校正をするが、こうやって、この日記を書いている時は、画面を目で追う校正をしているだけやもんな。
 まぁ、これも、時間が経てばなんとかなる。のかなぁ。逆に注意力散漫になって、どんどん「恥の上塗り」から「恥の厚塗り」に進化していくのか。

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 昨日、家にノートン・ユーティリティーを持って帰って(ぐへー。へいさん、サンキュです。「持って返って」ではありません。恥の厚塗りへの第一歩、ここに記す)、立ち上がらなくなっていたMacをスキャンしてみた。
 そしたら出てくる出てくる「重大なエラー」が。
 特にひどかったのが、「ログイン」というファイルが破損していたことだ。だから、全然立ち上がらなかったのよね。
 で、今は、新しくシステムをインストールして、そっちから立ち上がるところまでいった。でもそこまでいくのに、朝の3時までかかってしまったので、今日は遅刻をしないかと、少しハラハラしたのだったのだ。
 ま、でも、無事、朝は起きることができた。でも、そういや、最近やたらと小学生時代の夢を見る。これはなんでだべ?死期が近いのか。登場する人物はみんな小学生の頃の友達で、僕の家も、今の奈良ではなく、大阪の八尾だもんな。どうなってるんだ。
 そういや、八尾といえば、河内の本場なんよね。ガラが日本一悪い、という評判も勝新太郎さんの『悪名』という映画でついているみたい。
 もう亡くなっているが、僕のおとうはそんな感じだったよな。おとう(父親)の友達同士の会話って言うのは、ほんとケンカしているようだった。笑っているのに、今にもなぐりあいのケンカが始まりそうなんやね。「君」っていう言葉からして、「ワレ」って言うもんね。「君」が「ワレ」なら、「我」は誰だれやねんて。でも、方言って今考えるとええわなぁ。何かその人の人柄がでるようで、いいなぁ、と思う。

 ではでは、今日は早く帰って、Macの修理の続きでもしーよおっと。

2000年11月29日(水)
 まさか、こんなことではっきりするとは思わなかった。
 昨日のお昼まで、GIZAさんのホームページは突如、不通になっていた。
 そして今日、『倉木麻衣さんへの掲示板』にある倉木さんのファンサイトの掲示板に「Mai.K」さん名の書き込みがある、と書かれていた(ああ、その掲示板の方にご迷惑がかからなければいいが)。
 そのことを調べていたら…。

 まさか、まさか、まさか。

 全く別のことがはっきりしてしまったよ〜。ああ、顔を覆って泣くしかない。

 と思わせぶりな態度で仕事に戻るのであった。

 この話の続きはありません。

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 あー、昨日までのこの日記の日付が間違っていたにょろよ〜。

2000年11月29日(水)-2
 NHKさんの紅白の出場者さん、決まったようだ。
 なんと、そのことをひろさんが出しておられるEDENさんのメールマガジンで最初に知る(ひろさん、お元気ですかあ〜?)。
 で、倉木さんは出場しないみたい。

 「出る可能性もあるかも」とこの日記で書いたけど、嘘書きました。すみません。

 でも、よかったぁ。
 ほんと、よかったぁ、と思ったのでした。

 そうや、まだDVDの『ファーストカット』を見れてないのよね。でも全然平気なのはなぜ?

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 面白い夢を見る日が続いている。
 今朝見たのは、手錠をかけられている夢。罪状は不倫罪。「不倫罪」って、あーた、どういうこと?
 「あれ?そんな法律、日本にあったけ?」と思ったり、手錠をスルリと外したり、なんか冷静な夢だった。
 で、僕の不倫の相手の顔を見たような気がしたが、全然思い出せん。一度も会ったことがない人だったと思うが、誰だったんだろう?

 手錠をかけられていたのは、昨日の会社帰りに、死刑囚さんからの手紙を読んでいたからかなぁ。

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 そやそや、『ジェイグルーヴマガジン』1月号の西室さんのインタビュー記事を読んで、昨日、ハタと気づいたことがまた一つ。
 今まで倉木さんは英語が得意、と僕は思ったことはなかったんよね(英語がわからない僕は、『倉木麻衣さんへの掲示板』でみかさんに発音のことを指摘されるまで、うまいんちゃうの?と思ってた。おお、あの時の、みかさん、ヤナさん、お元気ですか?)。で、得意というより、どちらかというと、英語がめちゃくちゃ好きやねんなぁ、と思っていた。
 でも、なんでやろ?なんで好きなんかな?ボストンでレコーディングしたからかなぁ?その前から?と漠然と思っていたのだけど、それもあるけど、今みたいに好きになったのは理由があってんね。
 倉木さん、「おねえちゃん」が英語が好きやからやねんね。
 そうかぁ。西室さんがいたからやってんね。

 と、すっきりしたのでした。

 ああ、またいい加減な当てずっぽうでした。
 責任は全く持たずに、さあ、会社から帰ろ、帰ろ。

2000年11月30日(木)
 立ちくらみがする。腹が減りすぎているのである。
 ううー。昨日、これくらいの時間(午後8時くらい)に、マクドナルドの平日半額のフィレオフィッシュを食べたのがいけなかった。いつも、そんな時間に間食をせず、晩御飯は夜の12時か1時に食べてるもんな。きのうフィレオフィッシュを食べたことで、今日はこの時間にエサをもらえると思って、おなかが口をあけているのだろうなぁ。
 つ、つらい。

 それにしても、今日は千載一遇のチャンスを逃した。
 何たること。そこにゴールポストが大きく見えていたのに、蹴り損なったかのようだ。俊輔さん、今度は逃がすまじ。

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 そうそう、いろんな倉木さんのファンサイトさんや、ヤフーさんの掲示板を見ていて思ったことがある。
 なんで、「マスコミで報道されたこと=事務所さんのコメント」と考える人がいるのだろう?
 めちゃくちゃ不思議だ。あの朝日新聞さんや読売新聞さんでさえ、誤字誤植だけでなく、確認をとらないまま記事を書いていることが多々あるのに、スポーツ紙に載っていたことが、即「事務所さんが以前言っていた」と思われている。
 あー、ほんま、マスコミって怖いなぁ、とまた思う。活字になったり、テレビで言ってたりしたら、それが即「事実」や「真実」と思ってしまうんやね。というか、思わせてしまうんやね(近頃まともに、独自で調べて、的確にスクープしたってのは、毎日新聞さんの石器の記事くらいしか思い浮かばないもんなぁ)。
 でも、「マスコミ=真実」って思っている人っていうのは、まだあんまり、マスコミ報道の罪を知らない人たちやねんやろなぁ。間違いの報道をされたことで、自殺に追い込まれた人、今も被害に遭っている人、そんな人たちがいっぱいいることを知れへんのやろなぁ。
 それから、新聞の読者の人が書いていると思われている投書欄、あれでも、いろいろ校正されているのを知らない人がいるんやろなぁ。編集者さんの都合で文章がつけ足されたり、削られたりしているっていうことがあるのを知れへんのやろなぁ。

 いくら倉木さんの事務所さんがコメントを出したとしても、マスコミというフィルターを通るとストレートには伝わらない。だから、倉木さんたちは、めちゃくちゃいっぱいの誤解を受けているように思う。
 で、誤解を受けている時の対応の仕方は二つ。一つは、誤解を解こうとすること、もう一つは、無視すること。で、誤解を解こうとすると、メビウスの輪の中に入ってしまう可能性が高いのよね。マスコミさんは次から次へ誤解を作っていくからさ。

 てなことを思う。

 この前、朝日放送の『ニュースステーション』さんで、10年くらい前の事件を振り返る放送をしていた。女子高生(でしたっけ?)がコンクリート詰めにされた事件だ(本当に、見ている僕の胸が苦しくなる事件だったんだと、あの放送を見て、初めて知った)。
 その放送の最後で、『ニュースステーション』の久米さんは、被害者の女子高生のお父さん(でしたっけ?)が「事件のことは取り上げないでほしい」と言っていることを伝えていた。けど、そのことを久米さんが言う前に、画面では、お父さんのコメントをテロップで流しているのよね。だから、錯覚してしまう。「取り上げないでほしい」と言っていたけど、今は了承しているのか、って。でも、久米さんの話はそうじゃなかったように思う。「取り上げないようにと言われたけど、私たち(ニュースステーション)は、放送すべきと判断した。お父さんやご家族の方も、ご理解いただきたい」、そう久米さんは言っていたように思う。

 そうそう、マスコミさんが作る錯覚や誤解。それを改めるには、無視することで、「時間」を味方につける方法もある。「時間」がいつか、ほんとのことを語ってくれる。そういう方法も確かにある。
 あの、原田知世さん主演の映画『時をかける少女』もそうやもんね。
 最後の場面で、原田さんが今までの記憶を消されることになる。誰と会い、誰が好きだったかという記憶も。でも原田さんは、言うのよね。「私はわかるワ」って。記憶が消されても、今度生まれ変わった私は、今、目の前にいるあなたを見つけられるって。
 「わかる」かどうかなんてわからない。見つけられるかどうかなんてわからない。マスコミさんが作る錯覚や誤解を改められるかどうかなんてわからない。
 けどさ、いつかわかると思うんよ。見つけられると思うんよ。改められると思うんよ。

 なんか、禅問答みたいだけど。

 『時をかける少女』は見終わったあと、いいなぁ、と思う映画です。