2000/8/30

OHHO日記
インターネット編
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2000年8月1日(火)
 あー、なんかわからんが、めためた時間がなくなってきた。
 iモード用のページも作りたいのに、その前に頭がパンパンになってきている。どういうことだろうか。

 やりたいことが山ほどあるのに、もうなんたることや。

 そうそう、日曜日に『クイック・ジャパン』(だったっけ?)という雑誌を買った。確か太田出版さん発行の分だったと思う。
 で、なぜ買ったかと言うと、『ロッキン・オン』さんのことが載っていたから。
 『ロッキン・オン』(でいいのよね?)さんというのは、ミニコミから出発して商業誌にまでなった雑誌。そのミニコミの無名な時代から今にいたるまでのエピソードとかが載っていた。
 で、そこで初めて知ったのは、創刊号あたりはえらい借金を身内の人にしていたということ。『ロッキン・オン』さんでもそうだったのか、と思う反面、よくそこまでして続けたなぁ、という渋谷陽一さんの執念みたいなものを感じた。
 で、『OHHO』はというと、僕と池ヤンが有限会社オッホを作った時は、資本金30万円だった。でも、それだけでは、1号あたりの印刷代も払えない。会社にした時は、もう20号くらい出ていたと思うのだが、その時までに、僕は確か200万円くらい貯めていた。これくらいあれば何とかなるだろうと、3年。
 結局、国民年金は2年間の滞納、入っていた生命保険は全て解約とかしても、ぜーんぶお金がなくなったもんね。
 その3年間に月々収入は一人7万円ほど定期的にあった(ある会社の社内報みたいなのを作っていた)のだけど、その収入もすべてなくなったもんね。
 なんたるちあ。
 いくらミニコミで売れたとしても、ミニコミには「人件費」という感覚がない。利益というのは、売上の中から、鉛筆一本、毎月の電話代とかかかった経費を全部引いて、その上に人件費を引いて、あまったものが利益になる。
 本というのは、CDでもそうだと思うけど、ある一定の線を越えると、1冊あたりの単価がめちゃくちゃ安くなる(ように感じる)。でもミニコミの場合、1000冊ぐらい全部さばけてもいくらになるというのだ。
 1冊500円として、1000冊丸々売れて、50万円。でもかかる印刷代が50万円。どこに儲けがあるのじゃ。
 じゃ、1冊1000円で販売するとして、印刷代の50万円を引くと、50万円の儲け、になるかと言うと、そんなことはない。それだけ売れるとなると、本屋さんにおいてもらわないといけないから、7割くらいの収入でしかなくなる。で、20万円の儲け、になるかというとそうではない。宅急便代や、郵送代、封筒代、伝票代、電話代、等々引いていくと、ほとんど0円になる。となると、人件費なんてなんで出てくるのだ、って感じですねぇ。
 また、1冊1000円にすると、「高い」ってことになり、売れなくなるのですね、見事なほどに。ああ、石野真子さんの本は実際なくなったのは、200冊くらいではないか。
 うーん、そのへんを、有限会社オッホでは、いっぱい教えてもらった。完敗でした。
 が、最後は、マイナスの貯金が、プラスになりかけたのことがあった。これでいけるぞ、と思った時に、たまたま、今つとめている印刷屋さんに遊びにきて、バイトをするようになり、なし崩し的に就職することになる。
 で、就職して1年くらいたった頃、1冊分払ってない印刷代があることがわかり、肝心のアメリカへの旅行の直前に、結納金くらいの金額を返済にあてるということになってしまった。とほほ。なんだったのだ、あの会計帳がプラスに転じた一瞬は。

 で、大阪の八尾の実家には、未だに、『OHHO』並びに『別冊OHHO』の在庫の山だったりする。でも、なかなか帰る機会がなくて、この前に南野さんの本を申し込んでいただいた方には、発送に2カ月以上も待っていただくということもしてしまった。
 うーん、在庫を一掃したいわりに、していることがちぐはぐなので、なんとかせねば。

 それにしても『すきすき掲示板』の調子がおかしい。
 いきなりログが飛ぶかもしれないけれど、みなさん、今日までの分は保存しているからね。

2000年8月2日(水)
 日曜日に、大阪・上本町の近鉄百貨店に入っている旭屋書店で、『iモード事件』という本を見た。
 表紙が黄色の分。
 それを見てから、どうしてもどうしてもiモード用のページがほしくなり、ようやく作りました。
 『デリデリ掲示板』で不完全だった掲示板が今度は完全になりました(と思う)。
 でも、iモード用の掲示板は、100件しか書き込みは残らない上に、過去ログを作るのは手間なのでやめようと思っています。だから、うーん、どうなんだろう、ということがありますが、ま、いいか。
 でも、僕はiモードを持ってないからわからないのですよね。どうなのかってのが。
 だから、iモードでアクセスできた人はへんなところは指摘して下さい。
 あと、iモードの検索エンジンもあるみたいだけど、それまたわからないので、ぼちぼちとしましょうか(わかる人があれば、思いっきりお任せします)。

 ということで、内容のない日記が続くのであった。

 そういえば、倉木さんの日記も更新をしていないという話が、『倉木麻衣さんへの掲示板』に出ていましたね。

 倉木さーん。
 もし、アメリカに行っているのだったら、マイマイマイさんによろしくお伝えくださいね。

2000年8月3日(木)
 今日は、午前中に思いもよらない嬉しいメールをいただいた。
 えっ、という感じだったのですが、返信メールにも書かせていただきました通り、遠いところからですが、みなさんを応援していますよ。

 それから、宣伝をするのを忘れていました。
 僕の会社に関係する劇団さんのことです。
 その劇団さんは、世界一団さんといいます。
 今、扇町ミュージアムスクエアで、上演されています。

 「来る8月2日(水)より6日(日)まで、劇団☆世界一団は「世界一団の動物園」を、梅田・扇町ミュージアムスクエアにて公演開始いたします。」

とのこと。で、関係するホームページ等はこちらです。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~ichi-dan/ichidan/index1.html


 世界一団さんの劇は、おしゃれなのですね。というか発想がユニークというか。
 うーん、最近行けてないので、説明するのが難しいよー。
 ということで、ご近所の方は、よろしくお願いしますのです。

 それから、今日は『倉木麻衣ヒットカウンター』の『応援するお店』を『応援するホームページとお店』に変更した。
 みなさんに教えてあげたい倉木さん関係のページがあるのだけど、僕のメールボックスの中で止まったままのところがあるので、それぞれの人が自由に登録できるようにしました。
 で、僕が行ったところには、『倉木麻衣さんに関するホームページ』には、僕の一言感想つきで載せたいと思っています。
 最近、また倉木さん関係のホームページが増えてきているように思うけど、気のせいかな?

2000年8月4日(金)
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれた、あぼーんさんとあぼーんあぼーんさんへ。
 どうして、そこまで追い詰められているの?
 僕にはあなた(たち)が、なぜか「追い詰められている」と思ってしまいました。
 どうしたん?いったい何があったん?

 『倉木麻衣さんへの掲示板』はみんなの掲示板なので、僕の掲示板でその理由をお話いただければと思います。僕の掲示板のURLはこちらです。
 http://www.hello.co.jp/php/bbshh.phtml?user=ohho
 もし、この日記を見てられたら、そこで待ってますからね。

2000年8月5日(土)
 あらら。
 ほんとに倉木さん、外国に行ってたのですね。

 と、倉木さんが行かれた場所は、僕の貴重な2つの海外旅行で行った1つのところでした。
 ほんと、あそこは空がきれいだったです。というか、行ったのは6月だったのに、めちゃくちゃ暑かった。というか、日差しが肌に食い込んでくるという感じだった。と言っても、もう7年くらい前になるから、ほとんど記憶に残ってないにょろよ。
 日差しは暑くて痛くても、「きて♪きて♪きて♪」のところの海の水は、触って見ると冷たく、「寒流」?の関係だか、何だか聞いたような。
 ほんとに、海岸沿いの道を、ウォークマンしながら、ローラースケートしてるんですよねぇ。

 てなことは、さておいて。
 昨日は、おさかなさんのお魚クイズに合格してよかったですたい。たいを漢字で書くと「鯛」になります。って、パソコンなら一発変換なのに。
 ま、とりあえず、汚い手を使っても合格は合格として、ただの高校生さんには、胸を張っておこう(へいさんには、同じところから出発したはずなのに。これからは「師匠」と呼ばせていただくことにしよう)。

 うーん、それにしても、今日は、Mai-Kさんのコメントが3つも読めてびっくり。というか、コメントができるようになってよかった。
 その3つのコメントを読んで思ったのは、倉木さんは、どんどんいろんな掲示板に書き込みするべきじゃないか、ということ。ほんとはいけないのかもしれないけど、それは、今は書き込むことがほとんどないので「いけない」のではないか、と思った。
 どこかで、「倉木さんはいろんな掲示板に書き込んでくれる人だ」ということが知れわたれば、みんな冷静に対処できるのではないか。逆にそうなれば、「本人」か「別人」かで話が混雑することもなくなるのではないか。
 で、「倉木」さんの名を語って書き込む人がいたら、その時にはオフィシャルのページで具体的に、どこどこで書いたのは私ではない、とすればいいのではないか。

 というのも、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、名前を勝手に使われた僕は、もうバンバン『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでしまっているのである。やっぱ、ここだけじゃ窮屈だし、みんながみんな、ここを読んでくれているわけではないもんね。1日50人だもんねぇ。『倉木麻衣さんへの掲示板』で僕も言いたいことがあれば、やっぱり、そこで書く方がいいのじゃないか、と思いました。
 うーん、でも、倉木さんがいろんな掲示板に書き込むというのは、無理な話かな。
 とりあえず、ハンドルネームは一つ決まってるようで、安心しました。

 そうそう、ここ1週間、『iモード事件』(松永真理さん著・角川書店発行・税別1300円)って本を探していた。
 この前、上本町の旭屋書店さんで見つけた本だ。
 だけど、上本町の旭屋書店さんに行くには、会社を出る時間が遅くていつも閉店後。だから近所の本屋さんや、遅くまで開いている本屋さんで探してみるけど、売っていない。4軒目でようやく1冊だけ見つけたけれど、これはなんでなんだろ。新刊だと思うのに。
 今、さわりの50ページくらいのところを読んでいるが、ほんと、わくわくする。
 実は、松永さんがドコモに来る前に勤めておられた会社に、僕はアルバイトとして1年ちょっといたことがある。求人広告を作っていたのだが、オッホを有限会社にする直前のことだ。
 僕は、その会社で、文章を書くこととデザインをすることを勉強したかった。でも、結果的にそのことよりも、別のことを教えてもらった気がする。
 一番の大きなことは、環境が人を変える、ということと、1年ですることを3カ月でしてしまう、ということかな。
 僕は、その会社に入る前、毎日毎日愚痴ばかり言っていた。でも、そこに入った途端、ぴたっと言わなくなった。労働時間は倍ぐらいに増えたのに、愚痴が消えたのはなぜだったのか。それは、倉木さんがGIZAさんで、レコーディングとかで、宿題をする時間がなくなるくらい忙しくても、楽しそうにしていられるのと似ている気がする。
 時間のスピードも、ほんと早かった。3カ月で120%の成長をして、1年で倍にしてしまう。それは売上もそうだけど、人を育てるってことでも同じだったような気がする。何も知らない人に、仕事を任す。平気で任す。けど、仕事を任された人は、何とかその仕事をこなそうとする。そして、知らず知らずのうちにできるようになっている。
 そんな社内の雰囲気がわかるからか(ほんと、クラブのような会社だった)、楽しくわくわくしながら読んでいる。
 今、ちょうど、ドコモさんの雰囲気が、前の会社とは全く違うということがはっきりしたところ。その雰囲気を変えていこうとする場面である。松永さんはどういうことをしたのか、そして、ドコモの人はどう変わっていったのか、何で変わっていったのか、そんなことが知ることができればいいな、と思う。

2000年8月5日(土)-2
 ありんこさんの「うさぎのまいたん」の言葉に応えて、トップページのカウンターを密かに変更。

2000年8月6日(日)
 ついに買ってしまった。
 APSさんが『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』で紹介してくれたものだ。
 SONYのヘッドホン。
 APSさんが教えてくれた業務用は、やはりお値段が結構しそう(1万5,000円くらい)と書いてくれていたので、ランクをグッとおとして、ニノミヤ価格で4,680円のMDR-CD480になった。
 家に持って帰って、耳につけてみると、右の方からしか音が出ない。しかも、カスカスの音。
 おいおいおい、もう、不良品か、ついてねぇぜ。
 と思ったら、ヘッドホンに差し込む線が半分までしか入っていなかった。やれやれ。

 『iモード事件』を読み進む。
 そういや、この本、今朝の朝日新聞の朝刊に載っているではないか(2面下の角川書店の広告)。やっぱ、最新刊だったんだ。
 で、読み進んでいる時に、あれっこれ、というところが出てきたので引用する。
 それは、「iモード」という名前が決まる前に、どんな名前にするか考えているところに出てくる。著者の松永真理さんたちがアメリカ・ニューヨークの「インターネットワールド」の会場にいる時のことだ。

〈 コンピュータ関係のカンファレンスとしてはラスベガスの「コムデックス」(コンピュータ見本市)が有名だ。しかし、インターネットが爆発的に普及した現在では、IBMといったハード系の企業もこちらに大きな重点を置き始めていた。この会場でもフロア中の天井という天井から、「e-business」と書かれたIBMのボスターがぶらさがっており、ロゴの入ったブルーのパッケージを持った人がありこちで目についた。
 (中略)
「e-business」
 会場を歩き回っていた私は、そのロゴに引かれた。
 IBMというこれまで大文字のロゴのイメージの企業が、小文字のロゴを使うところに興味をそそられた。ハードといった器械が大文字なら、ソフトといった情報は小文字か。
 今回のサービスは(田熊注。「iモード」のこと)は、小文字がいいな。そのとき私のなかに、こんな考えが芽生えた。〉(『iモード事件』119ページ参照)

 なんか、倉木麻衣さんのアルバム『delicious way』がなぜ小文字のタイトルなのか。その謎を解くヒントになるかも。

 で、この本には、他にも『倉木麻衣ヒットカウンター』に参考になることが出ている。そこも引用する。「ブレスト」という言葉が出てくるところだ。

〈 新しい雑誌を創刊するときに、必ず私(田熊注・松永真理さんのこと)がやることがあった。これから作るものは、どんな人を対象に、どんな場面で使ってもらいたいかを明確にしていくのだ。
 (中略)そのために最初に私がやる方法がブレーン・ストーミング(ブレスト)だ。
 (中略)
「ブレストって何ですか」
 ドコモの若手にとっては、初めての経験だ。
「ブレーン、つまり脳をストーミング、掻きまわすことで、新しいアイデアを出していくのよ。どんな携帯電話がほしいか、そのイメージをはっきりと掴むために、あるテーマに沿って思いつくことをどんどん話してもらうの。その話のなかからイメージというか絵が見えてくるんだけど、それを言葉に集約できれば大成功ね。誰にでもわかる言葉になって出てくると、これから先、CMを作る場合など説明しやすいでしょ」
「へぇ……」
 わかったのか、わからないのか、若手は怪訝な表情をしている。
「このときのルールはひとつ。否定的なことは一切言わないこと。そんなことをいってもどこからそんな情報を得るんだとか、技術的には無理だとか、そういうネガティブな言葉はいっさい使わない。これが今回のルール。とにかく自由に話してもらっているうちに、イメージが出てくればよし、というところね」〉(『iモード事件』79ページ参照)

 うーん、ブレストか。
 もしかしたら、『倉木麻衣さんへの掲示板』の一部には、その一面があるのかもしれない。
 否定的な言葉がなくなったと思ったら、また出てきているけど、それよりも、全国(たまに世界)の人が、「倉木麻衣」さんということをテーマにして、ブレストをしている雰囲気がある。
 いろんな人の書き込みを見ることによって、「そういう考えもあるのか」とか「それよりも、こっちの方がいいかも」とか、僕の中でもどんどん新しいことが浮かんでくる。そして、その結果が、トップページの項目になっている。
 初めはほんと、4つくらいの項目しかなかった。『OHHO日記』さえ、リンクしていなかった。
 花千代さんとか、開始当時を知っている人ならわかると思うけど、今は右と左に分かれているトップページは、初めタテ一列だったもんね。それがどんどん増えていったのは、『倉木麻衣さんへの掲示板』や僕へのメールで、僕の脳が掻きまわされた結果だろう。
 『倉木麻衣ヒットカウンター』を作った時から考えていることは、何度も書いているけど、ここを倉木麻衣さんの終着点にしないでほしいということ。ここが他につながるものになってほしい、そういつも思っている。
 それは、他のホームページに行ってもいいし、それぞれの人がそれぞれの生活の中に、何かをプラスしてくれるのでもいい。
 倉木麻衣さんが歌ってくれる歌が、『倉木麻衣ヒットカウンター』だけに留まってしまうのは、もったいない。
 うーん、もっといい言葉がないかな。きっと伝わりにくいことを書いている気がするなぁ。
 だから、例えば、アキーさんのホームページの『麻衣すと』なんかはめちゃくちゃ嬉しかったりする(僕は「琢磨」じゃないけどね)。

 それにしても、まだ、僕が巨大掲示板さんに書き込んだことはない、ということが信じてもらえてないみたいで、とほほです。うーん、それにしても、「OHHO」の名前を使って書いている人は誰なのだろう。全くわからない。おかげで、何回かメールをいただいている方からも、「あれ、田熊さんですか? 内容が田熊さんっぽかったから」ということを言われてしまったではないですか。
 もう、ほんと、もう一度書いておきます。
 僕は巨大掲示板さんに一回も書き込んだことはないです。書き込んだことは、巨大掲示板さんのどのカテゴリーにもありません。こう書いていても、信じてもらえないなら、僕は、その信じてもらえない人を信じることはやめようと思います。当分さようなら、ということです。だから、本日をもって、当分見ることもやめようと思います。
 でも「当分」だからね。でも、書き込むことは今後もないからね。
 それとちょっと、お伝えしておきます。
 IPアドレスは、『倉木麻衣さんへの掲示板』でもとっているけど、巨大掲示板さんでも、とっているのよ。それがいろんな人には見えないようにしているだけで。
 それは、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見た人のIPアドレスを僕は見ることができるけど、もっと元のニフティさん(ohhoのページをおいているところ)にアクセスした人は、ニフティさんには全部わかっているのよ、ってことです。警察とかが見る必要が出た時は、全部わかってしまうのですね。いつどこからアクセスしたかってのは。
 そんなものは、どこでも一緒。それから、書き込んだ人のIPアドレスがわかるのは、今じゃほとんど、どこの掲示板でも見ることができるのよ。掲示板の上の「管理人」の欄はそのためにあるのよ。
 それから、掲示板の上の「使い方」っていうところを読まずに、あぼーんあぼーんさんは「言論弾圧」と『倉木麻衣さんへの掲示板』の批判を書いていていたみたいだけど、どこの掲示板でも、書き込みについての削除はしていますよ。批判がない掲示板は全部「削除」をしていると思います。そして、そういうふうに「削除」する掲示板だとわかって、そんな書き込みがなくなっていくのだと思います。
 けど、なぜ『倉木麻衣さんへの掲示板』でほとんどそういう「削除」をしないかというと、「削除」をすることによって、失うものがあるからです。
 その「削除」をほとんどしないということに対して、逆にそれを悪用する書き込みがあった場合は、今まで通り、僕やいろんな人の判断で「削除」することは続けていきたいと思います。それが「言論弾圧」ととられるなら、それでもいいです。
 『倉木麻衣ヒットカウンター』は公共のページではない。個人のページです。
 そのへんを100%勘違いしている人がいる。個人のページだから、方針はころころ変わっていく。そして、その変わった方針を説明する「義務」はありませんのですよえね。

 ということで、ここのところも、きっと誰かがコピーペーストしてしまうのですよねぇ。
 うーん、何とかならんかなぁ。いいソフトを買えばコピーペーストできなくできるのかなぁ。


2000年8月7日(月)
 疑問に思っていることがある。
 というか、なんでやったんやろ、というちょっとした感じなんだけど。

 まず、一つは、倉木麻衣さんに関係する書籍が3冊、ファーストアルバムの発売に併せて発行されたけれど、そのうちの1冊にピアノスコアー集がありますよね。

 『オフィシャルピアノ&ヴォーカルスコア
  倉木麻衣 delicious way』
 (ジェイロックマガジン社発行、1,800円+税)(←ぬおっ!また、数字を間違えていた。1,200円ではなく、1,800円でした。くっそお、また、ただの高校生さんに指摘されてしまった。ここはこっそり誰にも気づかれないように黙っておくのだ)。

 これっていうのは、なぜ「ピアノ」だったのだろう、ということだ。
 別にギターでもよかったのではないか。ギターではなくて、バンドでもよかったのではないか。
 と、チラリと思った。
 で、この本というのは、倉木さんのマキシシングルには入っていない歌詩が初めて掲載された本でもあるのだけれど、それは別に、ギターやバンドスコアでも載せることは可能だっただろう。
 ここからは全く僕の飛躍した推測だけど、この本って、倉木さん。
 倉木さんが、自分で自分の曲をピアノで練習するにはピアノスコアがあれば便利だと思った、とか、ファンの人の誰かが、「ピアノで弾いてみたい」と言ったのがきっかけだったりするのかな?

 うーん、真偽のほどは全くわかりませんけど、18ページのイラストでは、ピアノの椅子には倉木さんが座っているのですね。他の誰かがピアノを弾いていて、倉木さんがそのピアノの横に立って歌っているっていうイラストじゃないもんね。
 と、いうことは。
 これまた飛躍しますが、コンサートでは、自分でピアノに座って歌う場面があるってことなのでしょうか?

 と、そんなことを思いながら、なぜ今、この本を手にしているかというと、この本のインタビューのところを読み返したかったからだ。
 確かこの本には、「倉木さんは作詩を続けなければならない」と僕が思った理由が書いていたはずだ、ということを、ふと思い返したのだ。
 で、載っているインタビューを読み返すと、僕の思っていた文章はなかった。
 僕が確か読んだはずだと思った文章はこんなものだった。

 「倉木さんは自分の詩を、メロディに溶け込ませるために、レコーディングで歌っている時に書き換えることがある」

 うーん、この本じゃなかったのかなぁ?僕の妄想かなぁ?

 ま、そんなことから、倉木さんは絶対に作詩を続けなければならない、他の人の作った歌詩ばかりを歌うようになると、魅力が半減する。そう、僕は思いこんでいた(というか、今も思いこんでいる)。
 倉木さんは自分で作った詩を歌うことによって、臨機応変に歌詩を変えていくことができる。今は、自分でほとんどの曲の作詩にからんでいるので、誰に遠慮することもなく、自在に歌詩を操れるようになっていると思う。他の人が書いてくれた歌詩だと、どうしても、その詩を書いた人の気持ちを先に考えてしまって、ここを変えてはいけないかな、とか思ってしまうもんね。そうすると、メロディに合わせるためには、歌い方を変えていかなくてはならなくなる。歌詩の単語を変えれば済むことを、「歌詩の単語を変える」という一つの手段を捨ててしまうために、ちょっとだけ不自由になってしまう気がする。
 倉木さんの歌は、何か、ギリギリのところで成立しているように思う。

 〈とにかく1つ1つの曲を大切に歌っていこうっていうのは素直に思いましたね。やっぱり何回も歌ってるとフレッシュ感がなくなって…技術で歌っていこうっていうふうになっちゃうから、とにかく1つ1つの歌を素直に自分なりに大切にして歌っていこうというのは思いました。〉(13ページ参照)

 だから、次も同じように歌うことを心掛けたとしても、そして、倉木さんは同じように歌えたとしても、倉木さん自身は楽しくないのだろう。
 倉木さんが楽しく、納得する形で歌っている。倉木さんが「フレッシュ感」と表現した、その微妙なところが、僕らの心を動かしてしまう、一つの理由なのかもしれない。

 あ、あとそれと、007さんがいつも書いていることだけど。
 倉木さーん。
 僕らの心に届けるには、やっぱり、日本語の歌詩だと思います。
 新曲は、日本語がいっぱいの曲が聴きたいよぉー。

 それにしても、倉木さん、ストックしている曲がいっぱいありそうやねぇ。これは、「これも歌ってほしい、こんな曲ではどうだろう」と、倉木さんのことを思っている人がいっぱいいるからではないか、と思うのですが、いかがでしょうか。

2000年8月7日(月)-2
 あわわわ。
 昨日の日記で、ちょっと間違った書き方をしてしまってたので、訂正しておきます。

〈もう、ほんと、もう一度書いておきます。
 僕は巨大掲示板さんに一回も書き込んだことはないです。書き込んだことは、巨大掲示板さんのどのカテゴリーにもありません。こう書いていても、信じてもらえないなら、僕は、その信じてもらえない人を信じることはやめようと思います。当分さようなら、ということです。だから、本日をもって、当分見ることもやめようと思います。〉
    ↓
〈もう、ほんと、もう一度、巨大掲示板に書き込んでいる人へ向けて、書いておきます。
 僕は巨大掲示板さんに一回も書き込んだことはないです。書き込んだことは、巨大掲示板さんのどのカテゴリーにもありません。こう書いていても、信じてもらえないなら、「僕が書き込んだことがある」と巨大掲示板の一部のスレッドでしつこく書き続けている人を、僕は信じることはやめようと思います。当分さようなら、ということです。だから、本日をもって、当分見ることもやめようと思います。
 だから、僕が書き込んでいるかのように思ってしまった人には、あれは僕ではありませんので、ということをもう一度連絡しておきますね。
 紛らわしい書き方をしてしまってすみませんでした。〉

 ということで、気を遣わせてしまって、すみませんでした。

2000年8月7日(月)-3
 へ?
 値段?なんの値段?
 ひゅーひゅーひゅーひゅー、と口笛を吹いて、ただの高校生さんには応えておくのであった。

 (まいどおおきに)

2000年8月7日(月)-4
 ふー。
 ようやく、別冊OHHO6の本文のレイアウトが出来上がる。
 印刷の台紙に貼ってもらうために、面付けをしてくれる人にドサッと全部のページを渡した。本文のページ数、180ページ。予定の倍になってしもたがな。
 あとは、表紙と表紙カバーのレイアウトをするのみ。カバーの方は、出力センターさんで、フィルム出力をして、カラーの印刷をしてくれるところに渡さないとな。印刷ができたら、コーティングもしてもらわないとな。
 予定の3月はとおの昔に越えてしまったけど、9月1日までに何とかなるだろうか。
 部数は500部。『倉木麻衣さんへの掲示板』の2月分に書き込んでくれた人たちには、全員にプレゼントするとして、その人たちには送り先を聞かないといけない。となると、その人たちの住所を教えてもらうための、メールフォームのCGIを設置せんとあかんのか。
 とー。

 まだまだ先が長いなぁ。

2000年8月8日(火)
 最近、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、突然、切れたような口調での書き込みが増えている。きょうも、じゅごんさんの分を削除してしまった(じゅごんさんすみません)。
 で、夜も、ゆきさんの書き込みが「あ、まずい」と削除しようと思ったら、消えていた。れれれ。
 なんと、その前に、ゆきさん自らが削除されたのだ。
 なんか、すごい、と思った。嬉しかった。
 ゆきさんは、自分が書いたのを削除するだけじゃなく、「スミマセンでした!」と謝ってくれていた。
 うーん、嬉しい。ゆきさんのが親記事だったら、また話が別かもしれないけど、こういうふうに言い過ぎていたとわかったら、素直に謝ってくれるのは、ほんといいなぁ。
 なんか、今回のゆきさんの行為が、「オアシス計画」(←アキーさん曰く)のきっかけになったらいいのにな。

 で、今日は、別冊OHHOのあらましの紹介ページを作成。
 それにしても、2月だけで、それだけの人が書き込んでくれていたのか、というのに、びっくり。
 ようやく、一歩、進みましたよ。Sさん。

2000年8月9日(水)
 まだ『倉木麻衣さんへの掲示板』がおかしい。なんなんやろ。どこかからリンクを貼られているのだろうか?

 別冊OHHO6のの表紙カバーがだいたい出来上がる。今日一日寝かせて、明日もOKなら、フィルムに出そう。
 本文の用紙も入ってくる。二山くらいの量だ。うーん、全部なくなるのだろうか。残ったら、どこに置いておこうかな。

 ふー、それにしても、おとついあたりから、背中がへん。別冊OHHO6の発行にメドがついたからか。

 『iモード事件』を読み終わる。
 実際にある話だったのに、きちんと一つの物語になっていた。
 その本を読んで、今のiモードが1,000万台を越えた、というニュースを聞くと、ほんま、わからないものだ、と思う。売り出してそうそう、ドモコもシャアが減った時、責任は「iモードの失敗」にされていたのに。
 iモードがここまでブレイクしたのは、なぜだろう。
 僕は持っていないのでよくわからないが、1カ月300円+パケット通信代という料金設定安さ(一見安く思う)と、ページがHTMLで書けるようにした(HTMLは標準ではなかったことを初めて知った)ことにあるのではないだろうか。
 それも、決断するときには、それらと同じくらい納得する別の意見があったことを知る。しかし、その意見より、今の方法を選ぶ感覚が、松永真理さん初め、iモードを開発した人たちのすごいところなのだろう。それは、ほんと紙一重。でもその紙一重は、後々ものすごい差になる。その典型的な見本だろう。
 倉木麻衣さんの詩もそうだろう。
 ほんと、紙一重。でも、すごくギリギリのところで、可能性があることがわかる。これってのは、今は気づかないことかもしれない。けど、何年か経ったあと、この紙一重の大きさに気づく人がいっぱいでると思う。僕らは、そんな紙一重の詩を書く、倉木さんと同時代を歩いていける。結構幸せなことだと思う。
 ああ、早いこと、『倉木さんの「手」』の原稿をまとめないとね。

2000年8月11日(金)
 わお。お盆も会社へ出てこないといけなくなっちまったぜ。

 それはそうと、sendmailを使える無料のホームページって、なかなかない。
 1つようやく見つけたけど、申し込みが変になってしまって、うまくいったのかどうか。
 誰か、他にそんなページ知りませんか?
 うーん、それができないと、本の注文ページが作れない。注文受付は、お盆休み明けからやなぁ。
 ということで、問い合わせをいただいた方、まだ申し込みは行っていませんよ。それから、まだ300冊以上は余る予定ですので、余裕余裕なのです。(僕の会社関係で何冊か確保しないといけなくなったので、ちょうど、残り300冊くらいかな?)

 そうそう、新聞の記事とか見てたら、ヤマトの本を送る料金って、300円以上かかるんですね。
 それから、村上龍さんのWebで販売したものは、1冊3,000円くらいしていたとか。うーん、完全に値段設定を間違ったようやな。ま、記念として許してもらお。それにしても、実際いくらかかるか計算してもらうのが怖いなぁ。本の厚さがわからないので、カバーはまだフィルムに出していないけど、カバーの印刷代が一番かかるもんな(僕の印刷会社で印刷できない大きさになるので)。
 もー、目をつぶろ(とここで、エスペレさんなら、顔文字を使うのだろうけど、「目をつぶる」って顔文字わからないので、このままにするのであった)。

2000年8月12日(土)
 どうも、うまくいかない。
 果たして、別冊OHHO6の注文ページは、僕に作れるのだろうか。

 倉木さんの名前が載っている本を3冊買う。
 けど、どれも、抜けている。というか、間違った聞きかじりの情報で書かれているような感じ。
 ほんと、倉木さんのオフィシャルページのDiaryさんの方が、どれだけ「真相」になっているか、また確認させられた感じだ。
 それにしても、雑誌社さんの記事を書く人って、全然ホームページを見ていないのではないか、と思った。情報が古いし、順序がまちまちだし。
 ずっと、こんなことで騙され続けてきたのか。
 うーん、記事を書く人よりも、僕らの方がよく知っている、というのは、どいうこと? 3冊分金返せ、である。

 で、その中の1冊に宝泉薫さんの記事もあり。
 宝泉さん、そんなところに書いてたらあかんと思いますよ。っていうか、このネタをまず導入部分に持ってきて、というのが、ふー、というため息がでるくらい痛くわかりました。お金をもらって、いろんな人に読んでもらう記事を書くとなると、書きたいことだけを書けなくなるのかな。別の週刊誌へのコメントでもお名前を拝見したりするのですが、それも、宝泉さんの話の中の、一部しか取り上げられてないようでした。なんかもったいない気がしました。
 まだ、『よい子の歌謡曲』さんがあれば、憂さは晴れるのでしょうか。
 とりあえず、宝島社さんの『音楽誌が書かないJポップ批評8』を買わせていただきました(定価800円+税)。
 最後の方に書いてある「“作られたアイドル”の倉木」という表現は、時間が経てば、それは間違いだということがわかると思います。
 そういう古い言葉で言いあらわされる人ではありません。
 僕はこういう歌手の人がいることを初めて知りました。
 倉木さんには、意思があります。しかも、すごいことに、その意思は、「まずは全てを受け入れよう」ということから出発しています。でも、それだけなら、他の人にもいるかもしれません。
 倉木さんが、も一つすごいのは、なぜか、僕らが納得するための曲を歌っているということなんです。不思議なことに、自分のためではなく、僕らのために、って感じでしょうか。

 だから、僕らはもっと、倉木さんを大きくするために、僕らが世界中のことを知らなければならないと思っています。
 いろんなことを知って、それを倉木さんに教えてあげて。
 僕らが「次の曲も聴きたい、その次の曲も」となるためには、僕らが率先して、何かをしなくちゃならないと思っています。そして、僕らが引っ張っていけば、それに応えてくれる人(歌手)ではないか、そんなことまで思っています。

 宝泉さん。
 僕は、そういう歌手の人がいることを初めて知ったのです。
 宝泉さんの見方では、たぶん、そこまで見れない(書かせてくれない)かもしれませんが。

2000年8月15日(火)
 寿司さん、OKですよ。
 僕はほめられると図に乗るので、ほめてほしくないのです。それと、『倉木麻衣さんへの掲示板』は、僕とみんなの掲示板ではないですからね。みんなの掲示板ですから。だから、みなさんがいろいろ好き勝手に使っていただいて構いません。でも、限度を超えていると思ったら、急に「削除」ボタンをクリックしてしまいますので、それまではOKですよ。

 それと倉木さんへ。
 僕はまだ、オフィシャルページを見ていないのですが、新曲が決まったと『倉木麻衣さんへの掲示板』の宮3さんの書き込みで知りました。
 おめでとうです。
 そして、胸一杯、ありがとうです。

2000年8月15日(火)-2
 今、倉木麻衣さんのオフィシャルホームページの『News of the week』を読んだ。(「New Maxi Single『Simply Wonderful』 9月27日リリース決定!!! 」のところ。)

 赤字で書かれている歌詩を読んだ。深く読んだ。
 僕が『倉木麻衣ヒットカウンター』の『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ていた中で、一番つらい時期のこととダブらせてしまった。一つ前に書いた「そして、胸一杯、ありがとうです。」という気持ちはどこかへいってしまった。
 申し訳なかった。ごめんなさい。そういう気持ちで、胸が一杯になっている。守ることなんてできないんだ、とあの時にわかった。それは、みんなが倉木さんのことを大切に思っている、から。誰が正解というのは、わからない。けど、みんながみんな、倉木さんのことを大切に思う。守ろうとする。けど、それが逆に、倉木さんをしばり、「名も無い日」を今も続かせているのではないか。そう思った。

 今までにみんなが経験した「他のインターネット掲示板での常識」が100個あるとする。
 倉木さんが、その100個で納まらない、101個目の行動をしたとしても、僕らは今までに出会った100個の中の経験のどれに近いかで判断しようとする。倉木さんは、倉木さんで、一人の人、他の誰でもない人なのに、僕らは、今までに知っている形の中に当てはめ、決めつけようとする。そして、安心しようとする。それは言葉を代えれば、誰かのマネをしていろ、ということだったのかもしれない。

 僕らはまだまだ知らないことがある。100個しか知らなかったら200個、200個を知ったら1000個。僕らは知らないことを、もっと知ろうとしなくてはいけない。そしたら、倉木さんの本当の気持ちに見つけられるのかもしれない。

 倉木さんは、そんな間違っていた僕らにさえ、「間違っている」というようなことを言おうとはしない。それは、みんながどういう気持ちだったかを、わかってくれているかのようだ。そして、倉木さんは、それとなく、僕らに気持ちを伝えてようとしてくれているようだ。

 「OHHO死ね」と100回書かれても、「つらい」という感情は涌かなかった。けど、今度の『Simply Wonderful』は、聴くのがとてもつらい曲になりそうだ。

 「誰よりも信じて 信じていなくちゃ 奇蹟はこない」

と、倉木さんは書く。
 「誰よりも信じて」って、ほんと、難しい行為。ありきたりの言葉かも知れないけど、僕には、その中にたくさんの意味が見えてしまって、ぐっと動けなくなる。
 倉木さんとみんなが『倉木麻衣さんへの掲示板』でいろんな話ができればいいな。
 そう強く思っていた時のことを、もう一度思い出している。

2000年8月16日(水)
 ふー。
 ようやく、メールフォームのページができた。
 エラーに次ぐエラー。何回かテストしたが、果たしてうまくいくだろうか。もしうまくいかなかったら、みなさん、連絡下さいね。

 で、別冊OHHO6の申し込み受け付けは明日の17日(木)の夜からにしようか。

 それにしても、昨日の日記で書いた倉木麻衣さんの新曲のことだけど、オフィシャルホームページで、事前に歌詩を載せるのは初めてのことではないか。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』で、Psychoshockさんも書いていたけど、うーん、先に歌詩がわかるのは、罪なことよのー(Psychoshockさん、お元気ですか。ハンドルネームを一緒の時に使われた件は、動きがありましたら連絡しますね)。

 それにしても、それにしても、ようやく、宇多田ヒカルさんの『For You/タイム・リミット』を手に入れた。
 このCDもそうだけど、FMラジオで聴いていた時とイメージが全く違う。やっぱ、CDは買わないといけないのかな。

 うーん、この宇多田さんのシングルは、哲学なのか、なんと表現すればいいのだ。
 すごい。
 今の17歳がうらやましいぞ。
 宇多田さん、こんなにもパワーを使ってしまって。死んでしまってはだめだよ、宇多田さん。

2000年8月17日(木)
 今日もまた『倉木麻衣さんへの掲示板』で考えさせられた。
 和泉 翔さんとWR19LSさんがいつでも書き込んでもらえるように、続けないとな。

 と言っている間に、別冊OHHO6ができてしまった。と言っても、カバーはまだで、全部はできていないのだが、先に3冊ほど製本屋さんが作ってくれた。
 このことでもいろいろ思うところがある。が、もし次、OHHOで本が作ることができたら、その時に活かすことにしよう。

 ということで、『お申し込みページ』をそろそろアップロード、というか、リンクしている『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページをアップしよおっと。
 プレゼントで送らせていただく方も、送り先をそこで教えて下さいね。

2000年8月19日(土)
 なんだか、ばたばたと毎日が過ぎる。

 『倉木麻衣ヒットカウンター』には、あと一つ、OHHO連絡と投稿用の掲示板をおこうと思っている。
 けど、それが、なかなかうまくいかない。
 あっちの無料スペースならうまくいって、こっちならダメ、っていうのは、ど、いうこと?

 で、別冊OHHO6のお申し込みをたくさんいただいています。みなさん、ありがとうございます。
 で、進行状況なのですが、もう製本は上がってしまってたりするのですね。
 きのうの時点で500冊が仕上がっているという状態。
 予定では来週いっぱいかかると思って、カバーの製作をおこなっていたのですが、カバーはようやく、昨日バタバタと決め、別の印刷屋さんにお願いしたところ。
 うーん、どうすりゃいいのだ、この500冊。台車1台の上にゆらゆら揺れているのだ。

 と、忘れていたことが一つ。郵便振替の用紙を注文するのをすっかり忘れていました。もう間に合わないような気が。
 もし、本の間に挟んでなければ、申し訳ないのですが、郵便局さんでもらっていただけませんか。

 ということで、あちゃー。まだ仕事が残ってる。
 何だか、お盆休み明けは、まだ頭の中が夢のぬるめのお風呂につかっているようなのでした。

2000年8月19日(土)-2
 めちゃくちゃ困ったことが起こった。
 結構、まずくて、まずくて、まずくてやばい。

 ダメになったMOを復旧させるところって誰か知らないかなぁ?

 とりあえず、気晴らしで、お遊びでうちわのパンダさんをアップロード。
 続いて、別冊OHHO6ができそうなので、その連絡掲示板みたいなのをあげておこっと。

 それにしても困った。当分、過去ログの整理ができない。もしかしたら、一部はダメかもしれない。

2000年8月20日(日)
 英数字、弱いのこころ。

 ま、とりあえず、ただの高校生さんに気づかれなくてよかった。早く流れろ、早く流れろ。

 で、OHHOのトップページにあったものを、『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップにも登場させました。
 とりあえず、伏線です。
 ロボ丸さんのとこみたいにしたかったのだけど、僕の力では、あそこが精一杯。で、あの分は、スクリプトを配布して下さっているページのものです。
 どこか知りたい方は、HTMLのソースを見てね。

2000年8月21日(月)
 ただの高校生さん、こんばんは。
 いえいえですよ。ただの高校生さんを悪役にしようとなんて思ってませんのです。
 というよりも、前に『倉木麻衣さんへの掲示板』で、エスペレさんが、ありんこさんのことを影からじっとのぞいている時に、絶妙のタイミングで、そのことを伝えたのが記憶に残っていたのですね(あれって、ただの高校生さんでしたでしょ?)。
 あのタイミングっていうのは、以前、あいうえおさんが、あいうえお改め仮面ライダー2号さんになって帰ってきた時くらいのおかしさがありました。(あと、ハンドルネーム倉木麻衣さんの「(バレタ〜!!)」ってのにも笑いましたけど)。
 うーん、ほんと、絶妙の間のとりかたでした。『倉木麻衣さんへの掲示板の歴史』というコーナーができれば、そこにしっかり刻みたいと思うのです。

 で、ここ何日かで、『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページを変えています。GIFアニメーションを何点か、初めてプラスした。
 なぜそういうことをしたかというと、かわいくしたかったから、ではなくて、実は「NEW」の字のフリーの素材を探していたのですね。
 で、その「NEW」を、「お申し込みページ」の横につけようといろんなページを探していたら、『OHHOお知らせ&投稿掲示板』の掲示板を見つけるわ、うちわのパンダさんを見つけるわ、扇風機のくまさんを見つけるわ、だったのです。
 で、それらを載せたらどうなるのだろうと、どんどこつけていったら、今の形になってしまったというわけです。結局「NEW」の字はまだ見つからず、『OHHOお知らせ&投稿掲示板』で使わせていただいている分を載せさせていただいているのですが。
 みなさんに気に入っていただいてて、ほっとしています。が、逆に重くなったとか、開けない、とかいう方がいてるのじゃないかと、そのことが少し心配だったりします。で、もしそういう人がいれば、どんどん言っていただきたいなと。

 で、もしこれでいけるのならば、制服を替えたら校内暴力がなくなった、という学校のようになればいいのにな。

 それにしても、まずは、A.ジュンさんに見ていただいて一安心です。

 ああ、それにしても、何だか時間がない。マウントしないMOのデータを取り出してくれるところも探さなきゃな。

2000年8月22日(火)
 なんと、倉木さんが今度のNHKの朝ドラの主題歌アーチストになるとは。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』のnobさんの書き込みを読んでびっくりしたのだ。
 びっくりしたついでに、トップページにもそのことを載せて、っと。そう思ってたら、今度はmomoさんの書き込みで、もう倉木さんのビデオのコメントが流れたという。ウヒョーである。

 それにしても、倉木さんや、スタッフの方はたいへんやったやろうなぁ。
 ファンの人には伝えたいけど、一番に伝えなければならないのはNHKさんだから、じっと誰にも言わないようにしないといけない。ほんと我慢したんやろなぁ、と思う。
 僕は、タイアップってのはとてもとても嫌いなのだけど、『名探偵コナン』さんによって、倉木さんのことを知った人もいっぱいいたし、おさかなさんの友達の子供たちも大合唱できるようになったし、タイアップもいいのかな、と思ってきてた。でも、どこかの商品を売るために、倉木さんの曲を流すっていうのは、それは違うんではないの、という気がまだしている。でも、今回のNHKさん。これはいいのではないの。
 ほんと、全国に流れるってのがいい。頑張れば、みなさん聴けるしね。
 どこかの地域の人だけじゃない、ってのも、なんか好感をもってしまった。
 うーん、またもや、倉木さんと倉木さんのスタッフの方の判断を、お見事、と思ったのでした。

 で、今日は、別冊OHHO6のカバーがあがる。といっても、ここから、カバーにはインクがこすれてとれないようにするために、コートをかけないといけない。
 今までのオッホが出した本の中で、南野さん本の1は、コートをかけていなかったため、返本のあった本のカバーはレロレロになっていたのだ。
 ま、倉木さん本は本屋さんにはおかないのだけど、ま、せっかくのプレゼントだし、ぜいたくもいいかな、ってところで。

 『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』を見ると、みなさんの誕生日月で、いっぱいレスがついている。
 実はあと一つ、掲示板というか、あるものをあげたいと思っていた(たまたま見つけた)ので、ちょうどいいかな。

 それにしても、ありんこさんとこで、ちょろっと書いたことは、また明日にしよう。ありんこさん、ごめんなさいです。

 なんか、今日からただの高校生さんの2学期が始まったことをお祝いするかのように、今日はいっぱい元気の出る書き込みが『倉木麻衣さんへの掲示板』にあったのだ。おお、わすれてた。
 ナオチューさん、ごめんよ〜。

2000年8月23日(水)
 読売・朝日・毎日・産経・日経・日刊工業・日本工業新聞の僕が見た中で、初めて倉木さん単独でカコミ記事で取り上げられました(たぶん)。
 その新聞名は『産経新聞』。えらい!産経さん!

 で、産経さんには内緒で、その内容をここに残しておきましょう(産経さん、ごめんよー)。

 〈『産経新聞』8月23日(水)15版[社会]26面より

 NHK朝ドラ主題歌
 倉木麻衣さんに決定

 NHK大阪放送局は22日、今秋スタートする朝の連続テレビ小説「オードリー」の主題歌に女性シンガーの倉木麻衣さん(17)=写真=を起用すると発表した。
 倉木さんは昨年デビューしたいま最も注目されているアーティスト。主題歌のタイトルなどは未定だが、作詞は倉木さんが担当する。「主演の岡本綾さんとは同じ年で、主題歌と一緒に番組が盛り上がっていけたらと思っています」と話した。〉

 とのことでした。

 うーん、しかし、感慨深い日だ。
 こういう「歌」のことで、カコミ記事になるなんて。
 まだ1年も経ってないけど、歌手を続けてきて、倉木さん、よかったね。

2000年8月24日(木)
 朝、「倉木さんが宇多田さんと握手」のROXYさんの書き込みを読んで、嬉しくなった。本当かどうか、スポーツ新聞の記事については疑い深くなってしまうのでなんなのだが、いい話だなぁ、と思った。

 倉木さんが握手をしたのか。
 うーん、と「倉木さんが握手」ってことで、一つ思い出したことがあった。
 それは、2曲目の『Stay 〜』(←ここで止めておこう)のプロモーションビデオのメイキング版のことだ。
 『Stay 〜』のプロモは何パターンかあるのだが、倉木さんのアップがずっと映っている分ではない方に、バックコーラスの人が映っているものがある。
 メイキングビデオには、そのバックコーラスの人が出てくるところがあった。
 場面は、収録が全部終わった後の教会の中。カメラは引き気味。
 左側には倉木さんの後ろ姿が映っていて、右の方にはバックコーラスの3人の人がいる。「おつかれさまでした」という感じで、倉木さんは3人に握手をしにいくのですよね。「無事終わってよかった、よかった」って感じで。
 ちょっとしたことだけど、その場面を思い出した。

 で、その3人と握手したあと、メイキングビデオの画面は続いていた。
 倉木さんは、3人と握手したあと、握手した手が、その3人さんに向けての拍手に変わるのですね。「どうもありがとう」って感じで。パチパチパチパチ…。
 ありがとうありがとうって。そんな音を立てようとするみたいに。
 そのしぐさが、誰に強制されたわけでもなく、また教えられたからでもなく、いつもしているかのように、本当に自然な感じだったんですね。

 そんなことも思い出した、今日はいい日でした。
 しかし、仕事で、今日はくたくたくま。
 別冊OHHO6の表紙のカバーができたというのに、喜べないくらいに、くたくたになってしまっているだ。
 うーん、月末はいつもこうなのよね。
 なんとか、仕事を分散できないものか。

 そうそう、カバーは上がってきたのですが、郵便振替さんの用紙の印刷と、番号シールの作成をまだ残しているので、発送は、来週の月曜日かなぁ。うーん、ドラクエの方が先になっちまっただ。

2000年8月25日(金)
 なんか、神様はちゃんと見ててくれてるってことやね。

 って言っても、今日、初めてリクエストした曲がかかり、名前を呼ばれるという快挙を行ったことではない。
 あの模様はしっかりと、車で外出中の同じ会社の人に聞かれてしまっていたのだ。「もしかして、リクエストしませんでした?」ってな。
 ばばば、ばれてーら。

 まぁ、しかし、そういうもんもあるもんだね。おかげさんで、倉木さんの新曲『Simply Wonderful』は、そんなリクエストの思い出もくっついた曲になってしまったのだ。
 それにしても、インターネットでリクエストして、「さぁ、弁当を食べよう」と、魚のフライを口にした。そしたら、FM802のDJのコージさんが「倉木麻衣さんの新曲」って言うから、どれどれ、とラジオの方に歩いていったら、「オッホさん」ってな。もう、魚のフライを口から落としそうになったのだった。

 それにしても、新曲。なんといったらよいのか。
 もう一回しっかり聴いてみないと何とも言えない。というか、名前を呼ばれたことと、新曲が流れていることの両方でまともに聴けなかったのだ。
 ただ、リズムがアップテンポで、英語が結構多い、というこの2点はつかめた。
 うーん、よし、何とかしたるという気になった、ということもここに書いておこう。僕が伝えられることは、全部伝えておこうと思った。

 で、神様が見ててくれたってことは、そのことじゃない。
 この前の日記に、MacのMOメディアがマウントしない、ってことを書いた。
 で、そのMOってのが、『倉木麻衣ヒットカウンター』関係のホームページや、別冊OHHO6のデータが全部入っているものだった。過去ログも全部そこに入っていたのだ。
 それが、Macにマウントしないって、どいうこと?である。過去ログはおじゃんってことである。とうか、もう何もかも計画中のことが、おじゃんということである。
 けどね、あきらめないっていうことはいいことやね。
 ヤフーさんの検索エンジンで、「MO修復」のキーワードで探すと、1件直してくれる人がいた。おっ、その人に頼もう、と思うと、その人のページの注意書きで、「Macは不可」って書いてあるじゃん。

 とほー。

 で、仕方ないから、Macのシステムに詳しい人をいっぱい知っている人に「どこかにMOを読めるようにしてくれる人がおれへん?」と聞いてみると、昨日電話がかかってきた。「いろいろあたってみましたが、誰もいませんでした」。

 とー。

 いったい全体、このMOはどうなるのだ。もうダメなのか。
 と腹をくくったところで、思い出したのが、このMOに入っている内容。絶対これは、このMOに入っているものを使うしかできない、ってことがあることを思い出したのだ。
 うーん、僕はあきらめかけていた。そう、「そういっても、退路はたたれているぜ、だんな」と、僕の中の誰かがささやいた。
 お前誰や。僕は振り返った。
 バシバシッ。ドンドン。ズバズバッ。

 ふー、僕は小説をよう書かんのだった。
 うーん、ありんこさんやlainさんたちがうらやましー。

 と、話はそこで終わらずに続く。

 僕はMOをみて、一つ思い出した。これはまだ試していなかった。確かに試していなかった。
 マウントされるソフトのビーズを使って、ドライブ更新はしていたけれど、「ドライブ設定」のソフトは使っていなかったのじゃないか。
 で、MacのOSが入っているCDを取り出し、ドライブ設定をすることに。
 そしたらなんと、そのドライブ設定、ドライブ(MO)を初期化するためのものではないか。おー。私は、天をあおいだ。空は遠かった。飛べない鳥じゃ、空は遠いんだ。
 などを思い出しながら、ドライブ設定の横にある、ファーストエイドのアイコンを見た。ま、いいか、ってことで、そのアイコンをダブルクリックして、Macの大元のハードでもきれいにするか、って画面を見ると、MOが見えているではないか。ファーストエイドの中では、MOの姿があるではないか。うぉーーーーーーー。

 それからあとの僕のとった行動は言うまでもない。ファーストエイドで、MOを検証する。そしたら「このドライブは修復する必要がある」のありがたい文字が。「修復」クリック! じゃじゃーん。
 元気よく、MOくんが現れてくれたやないですか。あんがとMac、あんがとOSの入っているCD-ROMさん。

 教訓。
 やっぱ、悩んだ時は、我を忘れて、あきらめて、そしてもいっかい初心に戻れ。

ですなぁ。ひょろろー、ひょろろー。

 もう、おさかなさんクイズに合格した時以来の感動を味わいました。
 おおきにおおきに。

 ということで、倉木さんへ一言。
 人は進みたい方向へ進んでいく。だから、成りたいもの、好きなもの、良いもの、そんなものばっかりを見続ける方がよい。あえて成りたくないもの、嫌いなもの、悪いものを見続ける必要はないのである。たまに見ることは、いろんなことを知る意味で必要だろうけど、目標があるなら、成りたいものがあるなら、そちらのものをしっかりと見続けるのである。

 で、僕は、こう倉木さんになってほしい、こんな詩を書いてほしいということがあるので、どんどんそれを書いていこうと思うのだった。

 うーん、倉木さんの「空」が出てくる詩がいっぱいで嬉しかったりするのだ。

 はぁー、それにしても、まったく支離滅裂な日記である。

2000年8月26日(土)
 ふー、ようやく終わった。
 別冊OHHO6の発送が終わりました。みなさん、あとしばらく待ってくださいね。発送はクロネコヤマトのメール便というものでお送りしました。

 で、その発送の最中、「発送・予約状況」の表の間違いを発見。
 メモ帳さん、すみません。208番の分、申し訳ないのですが、別の方にされていただきました。メモ帳さんの分は、9番の分でお送りしましたので、それで許してちょんまげ。

 倉木さんとマイマイマイさんの分は、GIZA studioさんに一緒に送らせていただきました。で、GIZAさんに送った分の中にマイマイマイさんの分をいれたのは、もしかしたら、倉木さんから送ってもらえるかなぁ、というのを期待してだったりします。
 けど、倉木さんがわからなかったら、ちょっと預かっておいて下さいね。マイマイマイさんから連絡があった時に、その分はなんとかしたいと思います。

2000年8月26日(土)-2
 今日も1回新曲がFM802で聴けた。
 昨日よりは落ち着いてきけたが、ほんとテンポが早い。

 で、テンポが早いってことで思い出したのが、松田聖子さんの『夏の扉』。
 あの松田聖子さんの『夏の扉』が流れ出した時も、こりゃめちゃくちゃ早いと思った。
 のだが、3カ月くらいたった時は、そのテンポでぴったりとなっているのよね。そのテンポじゃなきゃだめだ、ってくらいに僕たちの体は慣れていた。
 そのへんの体の変化のことを、『よい子の歌謡曲』で梶本学さんが書いてくれていたように思う。それは、『夏の扉』のスピードは、時代の先取りをしていたのだ、って。うー、でも、その本が手元にないので、梶本さんが厳密にはどんな表現で言っていたのかわからないずら。

 で、倉木さんの新曲もそんな感じがありそうだ。『夏の扉』もそうだけど、確か、ビートルズのデビュー曲(だったっけ?)もわざとテンポを速めたということを聞いたことがある。曲ができた当初はテンポが遅かったのを、レコーディングをしている間にわざと速くしたかのようだ。
 うーん。それにしても、英語のところが多いなぁ。なかなか伝わりにくいような気がする。今度一度、根性を据えて、全編日本語の詩ってのは、無理なのかなぁ?
 というか、そういう詩が歌える環境に、僕らがしていかないとな。

 まずは、日本語の文章の常識をひっくり返すような話を、最近読んだことから始めようか。

2000年8月27日(日)
 ほんまや、昨日の日記が25日になっていた。メールを下さった方、『倉木麻衣さんへの掲示板』で教えてくれた宮3さん、おおきにです。
 が、本日ちょっとメールができなくなりました。
 明日、返信しますので、昨日と今日にメールをいただいている方、ちょっと待っててくださいね。

 ふー、暑すぎ。親戚のおじさんの33回忌にいって、なぜかバテバテ。何か栄養が足らない気がする。それとも、ただの夏バテなのかな。

 おー、今年の夏は1回も体を焦がさなかったぜ。ステイ・バ・マイ・サイー。
 デリシャスウェイの曲順の意味を考える夏。

2000年8月28日(月)
 別冊OHHO6『倉木麻衣さんを守れるか』が無事届き始めているようで、よかったですたい。
 あと、それと一緒に入れようとしたのですが、できなかった『倉木麻衣ヒットカウンター』20世紀最後の計画『バースディ作戦2000』(仮)はどうしようか、と思ってたりするのですね。
 で、その『バースディ作戦2000』(仮)ってどんなものかというと、別冊OHHO6の続きになるかもしれないのですが、倉木さんに誕生日プレゼントをしようというもの。それも、何か物を送るのじゃなくって、僕にできることは、やっぱり印刷屋さんなので、文集をおくろう、というものだったりする。
 倉木さんの誕生日に一言って、ことで、いろんな人のメッセージを載せた文集を作ったらどうかなぁ、と、うすらうすら思っている。
 けど、どうかなぁ、どうして作っていくかなぁ、ってことが具体的ではないので、うやむやにしている。
 で、プレゼントなので、その分はやっぱり割り勘にしないと、とか、いろいろ考えていくと、複雑なことになっていく。
 もしまだまだ、具体的じゃないこの案にのってもいいかも、という人がいたら、メールででも連絡いただければ嬉しいです。

 で、なんでそんなことを思ったかというと、別冊OHHO6に載せさせていただいた原稿を書く用の掲示板への書き込みが少なかったことがある。
 うーん、何かもっといろんな人の言葉があった方が、倉木さんは喜んでくれたのじゃないか、と思っていたりする。届いているかなぁ?

 で、アキーさんに2冊行っているのは、原稿と書き込みの分で2冊になっていたりするのですね。それは、マイマイマイさんも同じで、もしかしたら、他の人でハンドルネームを変えている人は3冊になる人もいるかもしれない。ま、いいか。まだまだ余ってるしね。

   ●

 今日、先週の新聞をどばっと読んでいたら、大江千里さんの言葉が目にとまった。
 大江千里さんと言えば、神戸から出てきたシンガーソングライターの人だ。
 もう、この人の書く詩がとても好きで好きで、という時期があったよなぁ、と懐かしくその記事を読んだ。と、その記事の中で、これ、もしかしたら、倉木さんにも当てはまるかもしれない、ということがあったので、ここに引用しておこう。倉木さんに「一緒、一緒」と言ってもらいましょうか。

 〈(前略)
 藤原 音楽を通して伝えたいことって。
 大江 僕が聞いてほしいのと違うところで、反応のあることが多い。一人ひとり、つくりが違うように、響く部分も微妙に違うんですね。CDを聴いてくれてる人の数だけ、曲が成長していくんでね。でも、コンサートの時、ぐっと似た周波数で、バチッとつながり合う瞬間がある。似た価値観を持った人が世の中にはいて、電波を飛ばせるどっかで必ず、答えが見つかるはずみたいな感覚は、デビューから17年たっても変わらない。
 (中略)
 藤原 これからの夢は。
 大江 自分が一番楽しいと思うことを大事にしたい。音楽で生きているわけですけれども、趣味みたいな部分で引っ張っているところがある。別のところでちょっと稼いで、ここではぜいたくして、みたいな発想があって、好きなことを近くに置いて、大事に守っていける状況っていうのをつくっていける自分であり続けたい。
 (後略)〉
    (『読売新聞』2000年8月27日(日)朝刊26面
     「読者の夢インタビュー・私小説の色彩 等身大の歌」より)

 コンサートの時に、「バチッ」とつながり合う瞬間があるのですね。
 コンサートと言えば、倉木さんが宇多田さんのコンサートに行っていた、という話が先週にあったけど、今日、倉木さんに関するホームページの『21Mai.K-倉木麻衣's WebSite』さんの掲示板を見ていたら、倉木さんは、B'zさんのコンサートにも行っていたという情報あり。
 もし、ほんとだったら、倉木さん、今年の夏休みは、いろんなことを吸収する夏休みにしたのですね。うんうん、いつか、自分のコンサートに活かせればいいね。

2000年8月29日(火)
 はぁー、月末。
 ほんと、月末はたまらんなぁ。

 と思いながらも、へいさんたちが、倉木さんの曲がかかる番組を『倉木麻衣さんへの掲示板』とかで教えてくれている。
 そういうのをすぐに見れて残しておけるページを作りたい。
 といろいろ、探したのだが、やっぱ、ずっと前にみた、ひろさんが作っていたエデンさんで使われていたものが、一番いいのではないか、とひろさんのページへお邪魔する。
 そしたら、すっごい掲示板の量になっていたのに、びっくり。
 うーん、ほんと、ひろさんはいつもすごいのだ。

 で、そのカレンダーというか、スケジュール用掲示板を設置しようとしているが、時間がない。
 また、明日である。
 と、思ったら、明日はますます月末。ひぇ〜。

 いろんな人のところへ、別冊OHHO6が届いているようで、一安心なのであった。
 そうそう、あの本は誰でも申し込んでいただけるので、みなさん、お気軽にね。で、「これはしょうむな」と思われたかたには、突如として、プレゼント本に変身させていただいてOKなのであります。

   ●

 昨日から読みかけている本。
 『十五少年漂流記』。
 椎名誠さんが、いろんなところで推薦してはる本である。
 たまたまブックオフさんの100円コーナーで見つけてしまった。さてさて内容は…。
 よく考えると、倉木さんとかも、見えない未来に冒険をしているようなものなんだなぁ。輝かしい未来は約束されてないもんな。自分でそこへ行けるかどうか、だもんな。

2000年8月30日(水)
 へいさんが、結構『倉木麻衣さんへの掲示板』に情報を書き込んでくれている。その情報がすぐに後ろにいってしまうのがもったいないので、『今日の倉木さん』という掲示板を設置。
 ふー。iモードからも見れるみたいだけど、ほとんどテストせずに、今回もアップしてしまった。
 使いながら、いろんな不具合を直していきたいと思う。
 へいさん、いつもありがとね。そうそう、情報通の宮3さんも、倉木さん関係のリンクがわかった時は、そこにも書き込んでおいていただけたら、助かるなぁ、っと、ここから伝えておくとこにしようっと。
 宮3さんも、よろしくお願いします。