2000/7/30

OHHO日記
インターネット編
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2000年7月1日(土)
 とりあえず、『倉木麻衣さんへの掲示板』のCGIを最新パージョンに変更する。これで削除キーが使えるようになるのだしょ?

2000年7月2日(日)
 今日、「Hikaru+」さんからメールがきた。
 おかげで、森美保さんのトークショーには行けなくなってしまったけど、やっぱ、そのことをみんなに知ってもらわないとね。
 「Hikaru+」さん、ありがとう。でもトークショーに行けなかったこと、恨んでますよ(ウソウソ)。

 それにしても、「Hikaru+」さん、本当に、宇多田ヒカルさんはすごい人ですよね。自分がファンの人に誤解されたとしても、「Hikaru+」さん、あなたのことを大事に考えたのだから。ほんとすごい人です。だから、「Hikaru+」さん、あなたは、宇多田さんのファンを続けるべきです。続けることがきっと、黙認して下さった宇多田さんの気持ちに応えることになると思います。
 「Hikaru+」さん、メールのコメントを『倉木麻衣さんへの掲示板』に掲載することを申し出てくれて、ありがとうございました。
 そして、宇多田さんへ。
 宇多田ヒカルさん、どうもありがとうございました。そして、すみませんでした。あなたが日記でわかっていながら「別人」と指摘しなかったこと、本当に、でかい心を見ました。ありがとうございます。そして、いつもいつも、すみません。

 今回の件でもそうですが、前の『倉木麻衣さんのこの曲を聴いて下さい』の掲示板での時もそうですが、こういうことがあると、今までこの掲示板を読んだことのない人が一気に増える。そして話がメチャクチャ大きくなるような気がした。
 この『倉木麻衣ヒットカウンター』にある掲示板は、どこでも、「削除」をほとんどしない、ということで続けている(宮3の書き込みは、続けざまに削除してしまったのですが、ほんま、宮3さん、問題なのはそのほんのちょっとした地名だけなんです。その地名って、まだまだ知らない人が多いので、隠しておきたいのです。ごめんよー、宮3さん)。
 で、削除をほとんどしない、というのは、他人のハンドルネームを語る人についてもそうです。その内容に、倉木さんのプライベートなことに関しての具体的な名前や「死」という言葉がなければ、ほとんどのものを残しています。
 以前は徹底的に削除してました。確か「宇多田ヒカル」さんも削除した気がします。ですが、ある方から「そう削除をしても、またする人もいるかもしれないから、そこは削除しないで、辞めるように言う方がいい」という助言をいただきました。だから、その後は「倉木麻衣」さん名のものでも残していたりします。。
 あと、残している理由は、僕は「管理人」と思っていないということにもあると思います。「管理人」は書き込みを行っている人、一人一人だと思っています。
 これは「きれい事」を言っています。しかし、きれい事で、この半年続いている、ということをわかってもらえたらなぁ、と思います。
 いろんな人が、あの掲示板を嫌になって去って行かれました。悲しいな、とは思うのですが、僕はどこかにいつか戻ってきてくれるんじゃないかと思い、『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』という掲示板を作りました。『倉木麻衣さんへの掲示板』に帰ってこれなければ、たまに同窓会においでよ、と思っています。
 本当にこの『倉木麻衣ヒットカウンター』の中には、多くの人の心に傷をつける掲示板があると思っています。だけど、だからこそ、それを「ないこと」にして、または「隠して」、「友達」になることは不可能だという、僕の堅い信念があります。信念というより、僕はある一人の方に教えられたと言った方が正確だと思いますが。
 今回の件で、何人かの方と、インターネットの掲示板についての意見の違いがあることがわかりました。その違いを聞いて、『倉木麻衣さんへの掲示板』がもっといい、「日本一の」掲示板にならないかな、と思っています。みんな、一人一人が自立していて、で、違いのある人がいても、ちゃんと話が聞けて、たまには言い過ぎることがあっても、悪いと思ったら「ごめんなさい」が言えて、そして、その「ごめんなさい」をちゃんと受け入れることができる、そんな日本一の掲示板にならないかな、と思っています。
 その芽は見えてきています。
 宮3さんは僕が書き込みを削除にたいしてちゃんと「失望」と書いてくれているし、EAGULさんも「田熊さんとはちょっと考えが違う」というような内容の書き込みもしてくれているし。ほんと、どんどんいい掲示板になっていくような気がします。
 でも、わぁー、となった時に、みんなが「冷静モード」になれればもっといいのだけどなぁ。でも、腹が立ったらきつい言い方になっちゃうもんね。言い過ぎたと思ったら、その時に謝ればいいし、もし、言い過ぎるかも、と思ったら、深呼吸して書き込みをやめればいいし。うーん、ほんと、生きている掲示板だもんね。

 そうそう、そういえば、「削除しました」と書いている掲示板って、意外と少ないんじゃないかな、と最近思っています。僕が知っているサイトは2つ。しゅんさんのところと、ロボ丸さんのところくらいかな、と思う。倉木さんは、ファンクラブのメッセージで、そういうことをしてくれている人がいうことを書いてくれていたので、きっと倉木さんは、しゅんさんとこと、ロボ丸さんのところを見てくれているんだろうなぁ、と思いました。僕も見習わないとな。
 他のサイトはどうしているんだろう、黙って消しているのかなぁ。そのほうが、なんか平和な掲示板に見えるもんなぁ。

 ということで、ああ、今日は奈良周辺で過ごす一日となってしまった。大阪の八尾の実家にも帰れない。OHHOのバックナンバーを申し込まれている方、もう2カ月くらいになりますが、もうしばらく待って下さいね(と言っても、2カ月も。ほんと、すみません)。

2000年7月3日(月)
 今日は、花千代さんが『倉木麻衣さんへの掲示板』へ帰ってきてくれたいい日だった。
 そうだ、朝には、週刊宝石さんから、アンケートみたいなメールが届いていたのだ。返事をしなくちゃ。返事をこのまましないことも考えたのだが、やっぱ、過去ログはアップしてなくても返事はしなくちゃだわ。
 で、どのようなメールだったかと言うと、内容を全文コピーすると後で文句を言われるといやなので、かいつまんで書いておくと、「宇多田ヒカルのコピーと呼ばれることについての率直な意見がほしい」というもの。記事の参考にするとか。
 何か、ありゃりゃ。その話題は僕の中では何もないので、次のような返事にしようと思っている。

「週刊宝石様

 メールをありがとうございます。
 「率直な意見を」とのことですが、お伝えするような意見はありません、ということをお伝えします。ご協力できなくて申し訳ないです。

                         オッホ・田熊孝浩」

 全然、愛がないけど、しゃあないか。
 何かコメントすると、意味を変えて取り上げられるかもしれないもんね。
 でも、何か答えた方が、倉木さんのためになったのかな。でも、
 うーん。
 でも、僕の中には、宇多田さんと倉木さんと比べるような考えはもうないので、何か答えると嘘をつくことになるしな。
 まぁ、しゃあないか。

2000年7月4日(火)
 なんともう笑ってしまった。
 まだ心配だったので、寝る前にチェックと思って『倉木麻衣さんへの掲示板』をのぞくと、「田熊孝浩」さんがいてはるではないですか。
 ほんま。あわててしまって、文字色をいつもの茶色から青色に代えて送ってしまったではないですか(へいさん、この色なら見える?)
 で、今朝、他もチェックすると、僕の名前を使われた方が他の名前まで使われていたとは。

 で、ここで警告を発しておきます。

 862番の田熊孝浩さん、
 874番のPsychoshockさん、

同じIPアドレスですよ。
 で、その方、あなたはちょっと誤解されていると思います。
 何を誤解されているかというと、ハンドルネームが「倉木麻衣」さんや「宇多田ヒカル」さんが本人かどうか調べない、というその理由です。なぜ突き詰めて調べないかというと、それは、その人たちが掲示板への書き込みボタンを押しているところを僕は見ていないから、と何回も書きましたよね。って、ことは、99%別人とわかっていても、1%はわからない、ということです。もし、その1%が本人であったらどうなるでしょう。僕は「倉木麻衣」さんや「宇多田ヒカル」さんのプライベートな情報を、その書き込まれたIPアドレスを持っているサーバーの管理者の人に教えるということになってしまいます。
 倉木さんや宇多田さんのスタッフの人は信じることができますが、そんな赤の他人のサーバーの管理者さんに、「誰ですか」と問い合わせて、もしあっていたら、その人がどういう行動をとるか。誰かに教えるかもしれないし、そこから先どうなっていくかは責任が持てないですよね。
 ですが、862番・874番さん、あなたは、ちょっと地雷を踏んでしまったようですね。
 というのも、862番は100%、僕ではないからです。
 申し訳ないのですが、あなたからの今までの行いについての何らかのコメントがない場合は、あなたのIPアドレスをたどり、そのサーバーの方にしかるべき処置をとってもらいます。
 期限は今日1日(7月4日)です。
 明日から、僕はあなたを探す行動をとります。
 以上、よろしくお願いいたします。

 そして、この862番・874番さんにこの『OHHO日記』を見てもらうように今から『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込みます。

2000年7月4日(火)-2
 おっと、日付間違ってました。「田熊孝浩」さん「Psychoshock」さんのお名前を使われた方、「2000年7月4日(火)」の日記でした。よろしくお願いします。

 それからrekoさんへ。
 返事が掲示板でできなくなってしまってすみません。
 そうですねぇ、思いっきりひどいのは、即座になんとかしたいと思います。了解しました。
 あと、今回の、僕の名前を書かれた書き込みとかは残しているのですが、残している理由は、こういうことがあるってことをいろんな人に知ってほしいということと、書き込んだ人が気づいてほしいな、というのがあります。「削除」されて気づくのではなく、自分が書き込んだものを見て気づいてほしい。ほんま、めちゃめちゃ理想なのですが。
 そんな理想はいつもうまくいかず、ぐるぐる何回も同じところに帰ってきてしまうのですが、いつか、何とかなる、かなぁ。
 ということで、rekoさん。また、「これ言い忘れた」と思い出したら書きたいと思います。

 それにしても、この日記のところしか書けないというのは、不自由やなぁ。
 宇多田さんも、倉木さんも、他に書いてないとしたら、ほんと不自由な生活を送っているんやなぁ、と実感。ほんま、毎日実感の毎日です。
 せっかくインターネットで双方向の会話ができるようになっているのに、この不自由さ。絶対に、創作活動によくないのだ。「自分を管理しなくちゃいけない」というのはわかるが、だが。よーし、ハンドルネームを代えて、どっかへ書き込みにいくのだ。(倉木さんもそうしぃーや。雨の日が好きなんだから、「rainy day」なんて名前でね。おおー、でりしゃす。そんなうまくはいかないな。それにしても、窮屈だぞー。)
 

2000年7月4日(火)-3
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に強制介入します。
 本日、午後5時半をもって、『HEY!!HEY!!HEY!!』についての話題は『倉木麻衣ヒットカウンター』内では、当分禁止とします。もしその時間以降にその話題に触れて書き込まれた場合は、どんな倉木さんを応援する書き込みでも僕が見つけしだい削除します(その逆の内容でも同じくです)。今回の削除の際は、削除の番号も理由も書きません(追ってお知らせするかもしれませんが)。
 僕の考えとしては、宇多田ヒカルさんの日記、Hikaru+さんの僕へのメールで、『倉木麻衣さんへの掲示板』でのあの話題は終了していると考えています。みなさんのご協力をお願いします。
 もしどうしても言いたいことがあるならば、倉木さんの関係者や『HEY!!HEY!!HEY!!』さんの関係者の方まで直接にお願いします。

 以上の分を、掲示板に書き込みます。

 どうか倉木麻衣さんのファンの皆さん、この件には触れずに、倉木さんに力になるような書き込みをお願いします。いっぱいいっぱいお願いします。
 アキーさん、花千代さん、他、いっぱいいっぱいのみなさん、頼みます。お願いします。

2000年7月4日(火)-4
 午後5時半になりました。
 ただ今より、『HEY!!HEY!!HEY!!』の書き込みは削除します。
 また、『HEY!!HEY!!HEY!!』のことには触れていなくても、倉木麻衣さんに対してのよからぬことを書いていると、僕(田熊)が判断したものも削除したいと思います(削除の理由も今までのように書くことはしません)。
 今まで、すべての意見を残そうとしてきましたが、今回、その方針を続けると、調子に乗った人が、倉木麻衣さん、そして倉木麻衣さんに関係する人たちをおとしめる書き込みを続けるように思いました。ですので、そのような書き込みがあれば、僕の判断で削除します。また、そのような書き込みを見つけられた方は、僕にメールで連絡ください。できる限りのことはしたいと思います。
 今回のこの措置は、「当分」この掲示板が落ち着くまで続けたいと思います。せっかく花千代さんが帰ってきてくれたのですから、そのお祝いも兼ねて、思いっきり、倉木麻衣さん、そして倉木麻衣さんのファンの方よりの判断をしたいと思います。
 乱れる中から何かが生まれるという、僕の「理想」はひとまず横におきます。
 それから、僕は24時間この掲示板を見ることはできません(今も仕事中であったりします)。もしそのような書き込みを見られても、流しておいてください。僕が仕事の合間や、寝る前などにチェックし、必ず削除しますので。

 ということで、みなさん、ご協力、よろしくお願いいたします。
 今は、みんなで、倉木麻衣さんの力になる何かをしたいと思います。

 以上のことを今から掲示板に書き込みます。

2000年7月5日(水)
 わ、もう水曜や。

 朝から、何人かの書き込みを削除してしまいました。すみません。
 その中でraraさんの分も削除させていただいたのですが、raraさん。
 僕も、「何を今頃話をぶり返してんねん」と、話を聞いた時、思いました。
 で、運良く、昨日の帰りにその記事が載った新聞を買えたのですが、どうもぶり返したわけじゃないようです。というのも、記事の中で、

〈3日、倉木麻衣(17)の所属事務所が、浜田とフジテレビに「謝罪」を求める厳重抗議文を送っていたことが判明〉

とあるのです。「判明」ということは、僕が買ったのは大阪スポーツさんなのですが、大阪スポーツさんにわかったのが最近だったということではないですか? ですから、「ぶり返した」のは大阪スポーツさんで、倉木さんの所属事務所さんではないと思いますよ。
 で、この記事はいつもの『大阪スポーツ』さんらしくなく、ちゃんと聞くとこには聞いて、見るホームページは見ているようです。
 その中で、いつもだったら「所属事務所関係者の話」と「関係者の話」と直接所属事務所の話じゃないけどそれらしいのよ、とごまかすところを、この記事では珍しく(かな?)「所属事務所」とだけ出して、コメントを載せているのですね。
 その「所属事務所」さんのコメントはいろんな人に知ってもらった方がいいと思うので抜き出します。

 〈「浜田と浜田の発言を放送したフジテレビに対して同じ番組で謝罪をしてもらうように抗議文を送りました」

 「初めのうちはジョークで済まそうかと思ったんです。ところが、この浜ちゃんの発言以来、倉木が高校に行けないと悩んでいるんです」

 「そうなんですよ。まさか、倉木がそこまで追い詰められていたとはね。だから、浜ちゃんとフジに謝罪してもらいたい。それに同じ番組で“パクリ発言”を撤回してきちんと謝罪してもらいたいです」〉

 raraさん、読んでくれるかな。
 と、あと、そうそう。
 大阪スポーツさんのこの記事は、たぶん東京スポーツさんと一緒だと思うのですが、ガセネタかも、というのを黒の風鈴♪さんの掲示板で読みました。ですんで、はっきり「所属事務所」と書いていても、大阪スポーツさんが今までに行ってきた数々の誤報を考えると、本当に全くのガセネタ(倉木さんの話題を取り上げ、いろんなところへ宣伝してもらおうとした)って、こともあるかもしれません。
 ということも、raraさんにお伝えできればなぁ。ああ、掲示板にメールアドレスを書いてくれてないので連絡がつかない。そして、僕は『倉木麻衣さんへの掲示板』にはいきなり書き込めない。とほほ。削除だけでは、raraさんの中にもやもやがつもるだけだと思ったので、この話題は触れないとしたのですが、raraさんに返事しました。

 そうやなぁ、この「もやもや」が僕は嫌やってんな、と今気づきました。
 今までほとんどの書き込みを削除してなかったのは、この「もやもや」があるからやってんな。早いこと落ち着いて、今回のraraさんのような書き込みに対しても冷静なレスがつけれる雰囲気に早くなればいいのにな。

 で、この件についての『倉木麻衣さんへの掲示板』への書き込みは削除しますので、何かある方は、個人的に僕のところにメールでお願いします。
ohho.takuma@nifty.ne.jp

  ●

 “パクリ”と言えば、広い意味で言えば、僕の大阪スポーツさんの記事からの引用は“パクリ”になりますよね。で、アンチさんがいる掲示板に『倉木麻衣さんへの掲示板』の書き込みをコピーペーストして貼り込んでいるってもの“パクリ”ですよね。というより、それは、“パクリ”を越えて、著作権侵害ですよね。でも、僕がアンチさんの掲示板を見たのはもう1カ月くらい前の話だから、“パクリ”“パクリ”と言っている人たちが、そんな“パクリ”を越えた著作権侵害などと大それたことを今も続けているとは思えないですけど、どうなんでしょうねぇ。

  ●

 で、「862番の田熊孝浩さんと874番のPsychoshockさん」の名前を使って書き込まれた方へ。
 返事を僕は確認していないので、今日からあなたを探す行動に出ますね。あなたが契約しておられるサーバーさんがどのような措置をとられるのかはわかりませんが、もう一度、プロバイダー契約をされた時の条項を丁寧に読み返された方がよいと思います。また、僕やPsychoshockさんも、勝手に名前を使われたことで、名誉も毀損されていますので、もし、僕がプロバイダーさんをあたっている時にも何のご返事もいただけないときは、相応のことをしたいと思っています。
 もうきっちり、あなたが書き込まれたHTMLは保存してますからね。
 よろしくお願いします。

2000年7月5日(水)-2
 『日刊スポーツ』を買ってきた。
 26面に、浜田さんの発言に関する記事が載っているが、そこで次のような文があった。

〈抗議申し入れ書をこの日受け取ったフジテレビは「内容を検討してから対応を考えたい」。〉

 とのことだったので、抗議文を倉木さんが送ったのは事実のようやなぁ。
 でも、僕らの『倉木麻衣ヒットカウンター』では、その話題は終わっている。後は、倉木さんの事務所さんとフジテレビさんや浜田さんが話し合うこと。
 僕らにとって大切なのは、

〈このやり方に激怒したのが、倉木の所属事務所。「宇多田のパクリと番組の中で言われてしまったため、倉木がかなりショックを受けているんです。高校にも行けないと悩んでいるので、抗議することを決めました」。〉

ということ。倉木さんが悩んでいるのなら、僕らが明るくしてあげよう。僕らが先に悩んであげるのではなく、僕らが先に明るくなろう。
 明るくなるような話題で『倉木麻衣さんへの掲示板』をいっぱいにしてあげよう。倉木さんに、僕らがついているよ、ということを伝えてあげよう。
 それが、ファンの人のために歌ってくれている倉木さんへの応援になると思う。
 でも、それは、「もし、倉木さんが見ていてくれたら」の話だけど。
 倉木さん、見ていても、そして書き込みたいと思っても、もう「倉木麻衣」という名前で書き込んではダメですよ。僕が困ります。ですから、早く新しいハンドルネームを考えて、僕らと同じ立場で一緒になって話ができればと思っています。僕も「田熊孝浩」という名前では書けなくなってしまったけど、それは同じなんで、なんか別のハンドルネームをお願いします。(この前の倉木さんは本人だったかもしれないけど、「倉木麻衣」って書いたらあかんって言ってるのに、書いてくるのは、本人であっても、僕らの「友達」じゃないからね)。

 ということで、みんな、頑張ろうね。倉木さんが読んで明るくなるような話題で、『倉木麻衣さんへの掲示板』をいっぱいにしてあげよう。

2000年7月5日(水)-3
 今、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ると、匿名(希望)さんがこういうことを教えてくれていました(書き込みナンバー1191番)。

〈抗議文は事実ですが、ショックで学校に行けない
 というのは嘘のようです。今日アディング(所属事務所)
 に直接聞きました。〉。

 なんかホッとする書き込みでした。匿名(希望)さん、どうもありがとう。そして、いつもみんなに冷静に対処するように、と心のこもった書き込み、どうも、です。

 倉木さんが落ち着ける、ホッとできる掲示板にもっともっとなっていけばいいな。

2000年7月5日(水)-4
 うわー、なんだかすごい。
 すごいことになってますよ、倉木さん。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』が、みんな、みんなのおかげで、ものすごいことになってるよ。
 倉木さーん、見てあげてよ。

2000年7月5日(水)-5
 そうや、そうや、昨日の夜、おそろしいメールをもらった。
 何か『倉木麻衣さんへの掲示板』でうるさく僕につっかかってくる人がおるなぁ、と思ってたら、何と、ミニコミ誌『OHHO』のスタッフの人だった。おおー、でりしゃす。
 何か、くさいハンドルネームやな、あやしいな、とは思っていたのですが、名前をメールで教えてもらってやっと気づくとは。まだまだ僕も青いのだ。
 おお、「青」と言えば、「青の向こう側」さんだ。(青の向こう側さんは、ミニコミ誌『OHHO』のスタッフの人ではない、よね?)。でも、歩く時のスピードは一緒なのである。ね。

 でも、最近、僕のところにくるメールの数が急増している。
 これまで、1日多くて5通くらいだったのが、最近20通くらいになっているのではないか。前は多くて5通と言っても、そのうち3通は「ゆびとま」さんからの「同窓生が登録しました」通知だったのに、最近は、ほんと違っているのだ。
 もし、メールを下さったのに、返事がないぞ!と言う方は、申し訳ないのですが、もう一度僕に念押しメールを送ってくださいね。
 答えられることはお応えしますので。

 それにしても、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、「ここだったですね」というような書き込みがチラチラ見られるのですが、それは何が「ここ」なのだろうか。
 うーん、何かあの巨大掲示板と間違われているような気がせんでもないが。ま、いいかっ。
 (今日、1カ月ぶりくらいにいったら、「倉木麻衣」さんの掲示板がいっぱいあって、どこもあんまり見れなかっただ)

2000年7月6日(木)
 もうほんま、びびってしもたがな。
 って、『週刊宝石』さん。もう記事にしてるなんて。

 〈宇多田ヒカルVS.倉木麻衣!ファンのネット大バトル中継〉

って、新聞広告を見た時、腰を抜かしそうになった。ほんま「ネット大バトル中継」やもんな。くそっ、『倉木麻衣さんへの掲示板』から引用しやがったのか、と思いながら、通勤途中でキヨスクへ寄る。
 ちょうど品だしの時みたいで、「あの『週刊宝石』ほしいんですけど」と言ったら、その品だしをしている女の人は、「はいこれ」と差し出す手はなぜか濡れている。しかも、一番上においてあった本をひっつかむ。ヒモの跡が…、表紙の角が…。「ああ、おれは、なんて朝からブルーなんだ」と思った。
 ん?ブルー?
 ブルーと言えば、青の向こう側さんではないか。とまた関係ないことを思い出してしまった。

 で、あわてて駅のプラットホームで読むと(34〜35ページ)、いきなり「あるホームページの管理人」さんのコメントが。しかも「彼はクラマイこと倉木麻衣を応援するページを運営している」と書いているではないか。
 おー、みんなに誤解されてしまうぜ。

 誤解解消その1。
 『週刊宝石』さんから問い合わせのメールがあったというのは、この前、日記にも書いたとおり。で、他の倉木さんのファンページをしている方からもメールをいただいていたのですが、何やら『週刊宝石』さんはいろんな方にメールを送っておられたみたいです。
 僕が『週刊宝石』さんに返信をした内容は、「メールをありがとうございます。『率直な意見を』とのことですが、お伝えするような意見はありません、ということをお伝えします。ご協力できなくて申し訳ないです。」としか書いていないのですね。であるからして、この『週刊宝石』さんに載っているのは、どれも僕のコメントではありません。

 で、よく見ると、倉木さんの写真の横に載っているのは、あのサイトだったり、別の管理人の人が発言していたり。発言しないのはよかったのか、悪かったのか。この記事を見てまた考えてしまうなぁ。
 でも、僕の中ではもう終わっているからなぁ。

 と思ったら、朝の読売テレビでのルックルックではトップニュースみたい。
 どないなってんねんや。もうこの話はケリがついているのだ。宇多田さんの日記等で決着はついているのだ。マスコミの方って、他の記事の流用流用ばかりするのね。それって同じちゃうん?それとも倉木さんや宇多田さんに対するいじめ?

2000年7月6日(木)-2
 そうだそうだ。
 僕の会社の人が倉木麻衣さんのアルバムを買っていた!という話を書くのを忘れていた。
 実は3日くらい前、突然言われたのだ。
 「レンタルにしようかな、と思ってんけど、待ってられへんかったから」。
てね。
 なんともう、まさかまさかである。会社では最初の頃、今年の2月くらいに簡単な企画書を書き、「これからはインターネットなのである。小さな印刷屋が生き残る道は、インターネットをこう使うのである」と営業井戸端会議で言っていた。そこで資料として出したのが、『倉木麻衣ヒットカウンター』のカウント数。「ほら、こんなにすごい。1日100人もの人が…」と言っていた気がする。
 あれから、5カ月。まさか身内からアルバムを買う人が出るなんて。
 しかも、その人は瞳をランランと輝かせて「すっごくよかった」というではないか。グッディー、にょ(←使わせていただきました、花千代さん)。

 そうそう、花千代さん、この『倉木麻衣さんへの掲示板』には、もう何人もの「倉木麻衣」さんが来られているのですよ。他の掲示板で今も時々書かれる方もおられます(よね、「倉木麻衣」の名前を書かれている方)。で、詳しくは、花千代さん、過去ログを見て下さいね。

 も一つ、そうそう。『べたぼめデリデリ掲示板』ですが、みなさん、見てますよ。遅れましたが、1つの書き込みを削除させていただきました。削除してしまった方すみません。
 それから、風来坊さん(93番)へ。
 ん?なんで削除せなあかんの?ええやん、残しておいて。倉木さんが見たら、きっとわかってくれると思うよ。いろいろ気を遣ってくれたんだな、って。結果ばかり残すのじゃなくて、途中いろいろ間違っていることもある、そんなことも、僕は倉木さんに知ってもらった方がいいと思っています。でないと、何も言えなくなってしまうやん。誰も正解はわからない。けど、わかろうとしたい。そんな「わかろうとしたい」とか「わかってあげたい」とかいう気持ちがあれば、途中が間違っていてもいいと思ってます。だから、風来坊さん、93番の書き込みは残しておいてはいけませんか?

 うう、それにしても、この日記の牢屋に閉じこめられて早何日。たまに外へ出たくなるのだ。
 で、昨日もアキーさんとこへお邪魔したのだった。
 
  ●

 『週刊宝石』さんも倉木麻衣さんのことが好きそうだけど、『アサヒ芸能』さんはもっと好きなのね。
 今週号(7月13日号、定価300円)にもまたまた倉木さんのことを出しちゃって。
 内容は、『週刊宝石』さんと同じものだけど、

〈倉木麻衣といえば、“マイキー”の愛称で昨年12月にデビュー〉

って、「マイキー」って誰やねん、ってこともあるが(それを流行されるには無理があると思いますよ、『アサヒ芸能』さん)。
 で、その記事の中で、今回は「倉木さんの所属事務所の関係者」という表現じゃなく、「GIZAスタッフ」という表現で、倉木さんの関係者さんのコメントがあったので、“引用”します。
 でも、こういうコメントというのは、いくら(  )で注釈が入っていようとも、そのコメントをテープ起こしした人の判断が入ってしまうからね。『OHHO』でインタビューのテープ起こしをした時は、一字一句、ため息まで書き起こそうとしてたけど、そうするとやたらめったら読みにくくなる。だからある程度仕方がないと思うけど、こういう週刊誌や新聞の記事だとスペースが決まっているので、真ん中をバーンと飛ばしたり、全く違うことに結論だけ合わせていることもあるので、そのへんは差し引いて読まないとあとでえらい目に合うのだ。

 〈まずは、倉木のデビューのきっかけは、
「(所属事務所の)ビーイングの創始者である長門大幸氏を通じて、デモテープがスタッフに渡ったのがきっかけです。曲がヒットしていることについては、『いろいろな人に聞いてもらえてうれしい』と言ってます」(所属レコード会社・GIZAスタッフ〉

 〈「前の学校ではメンが割れてしまって、カメラマンや近所の人に追いかけ回されたり、大変なことになってしまった。芸能活動も禁止ということで、やむなく転校しました。今は大学受験に向けてテストや宿題など頑張ってます。学部はまだ迷っているようです。ボーイフレンド? 今のところいませんね。両親も業界とは関係ない普通の家庭です」(所属事務所)〉

 〈「ビーズを使ったアクセサリー作りやイラストが上手ですね。趣味は映画鑑賞で、ロビン・ウィリアムズのような温かみのある俳優が好きなようです」(GIZAスタッフ)〉

 〈そんな宇多田と比較されることに対しては、倉木はレコード会社を通じてこう語っている。
「(違いを)わかってくれる人はわかっているので、特に意識はしていません」〉

 〈ところが、そんな本人のポーカーフェイスとは反対に、前述の「HEY!−」を見た倉木の所属事務所社長は、タメ息まじりにこう語る。
「まあ、浜田さんはあれがウリなんで、責めるわけにはいかない。でも、収録番組なんですから、いくらでも編集できるはず。ほかのアーティストのときは、“ピー音”とか入れているのに…。他局を含めて、現状では倉木をテレビ出演させる予定はないと言ってるんですが、フジは何かカンにさわることがあったのかなあ。ああいうこと(倉木をパクリ扱いすること)で視聴率を取ろうとするのは、すごく寂しい気がしますね。こうなってしまった以上、もう『HEY!−』には出られなくなりましたよ」〉

 とのこと。100歩下がって読んだとしても、この倉木さんの所属事務所の社長さんは(誰だか知らないけど)、当然のことを言っているなぁ。この発言を逆立ちして解釈する人は、どんな理由だっていいんだろう。それは、全然宇多田ヒカルさんのファンじゃないのに、「パクリパクリ」という人と同じやね。ほんまに、宇多田さんがどう言っているのか知っているのだろうか。僕の方が宇多田さんのことをよく知っているような気がしないでもない、昨日今日。

 そうそう、今になっても、僕の2月くらいの日記をコピーペーストしてる人。
 全然わかってないようやねぇ。
 僕はずーと、あれから人間が入れ替わったわけではないのですよ。で、ずーと、そんなことはわかっていながら、倉木さんのファンなのですよ。コピーペーストするたびに、「で、それを書いた人は何しているの?どういう人なの?」とつっこまれたら、「『倉木麻衣ヒットカウンター』の人」って答えるの?「今も『倉木麻衣ヒットカウンター』をしている人」って。
 僕は倉木さんの関係者の人からお金ももらっていないし、会ったこともないし、何の関わりもございません。
 だいぶ前に、この『倉木麻衣ヒットカウンター』はGIZAさんの社員がやっているって話が出ていたことありますよね。この日記に「天六」って地名が出ている。天六は大阪だ。大阪と言えばGIZA!、ってな、あほな三段論法くずれを拝見させていただいてましたが、今でもそんなこと思っている人いませんよ、ね?
 なんで、僕が2月の日記というか、その前から、今のような状況に倉木さんは追い込まれるだろう、とわかっていながら、今もファンを続けているのかは、それは、倉木さんが素晴らしいからです。僕にとっては今まで1曲もカスの曲はない。
 アルバムしか聞いてない人はもったいない、と思う。マキシシングルのカップリング曲が全部、名曲揃いなんだから。
 そんな、2月のところだけコピーペーストするんじゃなくて、全部読んでよね。もっと初めからね。それでも僕はファンなんですよ。

 で、いいことを教えてあげましょうか。倉木さんは宇多田さんと同じく、ファンの人を大切に考えてくれる人なのですよ。これは信じているだけなんだけど(そう面と向かって言われたことないしね)、僕らは倉木さんと一緒に歩いているんです。時には散歩、時には走って、ね。
 で、『倉木麻衣さんへの掲示板』にあって、コピーペーストする掲示板にはないものがようやくわかったのね。それは、めちゃくちゃ構造的で、どうしようもないもの、その輪から逃げられないもの。で、それはどんなことで、どんなことが起こるかと言うのは、またの機会にしよっと。
 でも、ヒントだけ。
 例えば、「この掲示板っていいよね」と言った時のまわりの反応やね。どんな反応しか出てこないか、逆に「この掲示板は最悪やね」と言った時にどんな反応が出てくるか。そこには、「だからよくしよう」という思考が出てくるかどうか。他の人を認められるかどうか。孤立する掲示板と孤立しない掲示板、コミュニケーションがとれているように見えて、影で悪口を言われているかもしれない掲示板と、ここで悪口も言ってしまおうとする掲示板。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』は今から日本一の掲示板になろうとしているんだから、見てるだけじゃなく、参加しなよ。「初めまして」ってさ。みんな、大歓迎してくれるよ。

2000年7月6日(木)-3
 『倉木麻衣さんへの掲示板』に「悲しい出来事」を書き込みされたnanaさん、見てますか?(書き込みNo.1539)
 nanaさんのこの書き込みは、もしかしたらもう一度『倉木麻衣さんへの掲示板』を乱してしまうかもしれません。でも、ちょっとだけでも倉木さんに伝えたいよね。
 だから、今すぐには削除はしないことにします。でも、もし、また掲示板がぐちゃぐちゃになりそうとか、なってしまったら、匿名さんや、ももんが♂さんたちの言う通りなので、削除させていただきますね。そうなったらごめんね。
 でも、今はそのままにしておきます。
 nanaさん、nanaさんの気持ち、みんなに、そして倉木さんに届けばいいね。
 あと、そうそう、K(麻衣普及委員会麻衣様専属マッサージ係+B)さん、Kさんの書き込み、最近面白すぎ。思わず吹き出してしまいます。いつもありがと。

2000年7月7日(金)
 暇人でーす。

 そうそう、ハンバーガー1つさんへ。
 一つ朝にまた削除しました。理由は、この書き込みを残しておくと、ハンバーガー1つさんが誤解を受けるな、と思ったからです。ある人に対してのレスだったのですが、言葉を替えて言ってあげる方が伝わると思ったので、削除しました。あのままだと、レスされた人はハンバーガー1つさんの真意(たぶん、「もうちょっとそれを書かれた人のことも考えて」ということだったと思うのですが)が伝わる前に、腹立たしさしか残らないと思いました。
 それから『べたぼめデリデリ掲示板』の削除の件ですが、もうちょっと落ち着いてからなら残したのですが、今の時期に載せるのはまずいと判断しました。ですので、もうちょっと落ち着いてから、もう一度書き込んでいただければと思います。
 あと、一気に3人の方を削除しました(で「↑」の意味が全くわからなってしまった方もいるのですが)。理由は、同じ人がハンドルネームを変えて、他人のふりしてあおっているもののようだったからです。全く同じIPアドレスで4つの書き込みが並ぶということは、あんまり考えられないと思うので。一番上の親記事だけ残しました。

  ●

 それと、今朝の『おはよう朝日』(ABCテレビ)の芸能ニュースを見て思ったことがあります。
 芸能レポーターの井上公造さん(字あってるかなぁ?)がおっしゃていたのですが、今回の倉木さんの事務所さんが送った抗議文のことです。
 井上さんがおっしゃっていたことは、倉木さんや、倉木さんの事務所の人は、あの番組を見ていなかったとか。そして、なぜ知ったかというと、インターネットで騒ぎになっていることを知ったからだったと。
 ということは、もしかして、倉木さんが悩んでいるとか報じられたのは、学校のことではなく、僕らのインターネットでの騒ぎだったのではないか。
 で、事務所さんは何のコメントも出さず抗議もしなければ、「パクリ」を認めるということになって、僕らに迷惑がかかると思ってくれたのじゃないか。実際、「何も言ってないのは、フジテレビと組んだデキレース。写真が出てるのだから絶対そう」というような書き込みもあったしね。そのような書き込みに対して、いろんな人が頑張ってたやん。
 ちょっとこれは拡大解釈しすぎだろうけど。「インターネットでこのことを知った」というのは、この騒動の原因は、僕らに原因があるってことだろう。
 だから、抗議文を送ったことに対して、事務所さんに「そこまでしなくても」と抗議するのは、全くお門違いじゃないだろうか。僕らを守ろうとしてくれた、倉木さんや事務所の方に、逆につばをかけるものじゃないか。そんなことを思った。
 なぜ、そんなことを思ったかというと、倉木さんや倉木さんの事務所は、実は案外いい人、いい会社ではないか、ということをチラチラと聞くからだ。と言っても、ズバリと「いい人、いい会社」と誰かが言っているのを聞いたのではなく、こういう対応をされたとか、こう言っていたとか、2次的なものなんだけど。でも、どうしても小さい会社っていうか、人手不足っぽいことも伝わってくるので、たいへんやろなぁ、と思う。「ビーイングさん、ビーイングさん」ってよくいわれるけど、「GIZA」さんだもんね、CD会社さんは。
 で、そんな倉木さんや事務所を責める理由の一つに、最近また、昔の『週刊宝石』の記事が出されたりしてる。そうそう、僕のその記事のことを書いた日記がコピーペーストされているのもそうだろう。
 で、そのへんのことは、追って書きます。

 とりあえず、倉木さんと倉木さんの事務所は、インターネットの僕らを守ろうとしてくれたんじゃないか、と思った朝でした。
 ありがとう、倉木さん、事務所さん、です。
 解決方法はただ一つ。あの番組に出て、あの人に突っ込まれたときに、「えっ?バレました?」って答えることだったりして。

 あー、暇やなぁ、ほんま。

2000年7月7日(金)-2
 『週刊宝石』の話です。
 と言っても今発売されている分ではなく、2月24日号のことです。
 そこには、『激白ワイド ポストな女たちのすっぴん生活』ということで、1番目に『ポスト宇多田ヒカル』ということで、『天才シンガー 倉木麻衣(17歳) 歌の巧さは折り紙つき 学業優先の現役高校生』というタイトルで載っています(42〜43ページ)。
 で、ここの記事をいろんな人が、倉木さんの事務所の人は初めから「宇多田の新曲と間違われて買ってもらえればラッキー」と言っている、という根拠にしているのですが、その根拠って、今となれば、もうボロボロになっているのですね。
 僕が知っている理由は2つあって、1つは『倉木麻衣さんへの掲示板』にシルバーさんが、この記事は「ウソ」ということを書き込んでくれているということ。
 で、もう1つは、ちゃんとこの記事の中にあるのですね。
 それは、次のところ。

〈まず所属事務所に何度かかけあってみたが、直接取材は許されない。かわりに、倉木をよく知る事務所関係者が語ってくれた。〉

 ね。ちゃんと書いているでしょ。
 倉木さんの事務所の人じゃないのですよ。「事務所関係者」なんですよね。この関係者はどういう人が知りませんが、「関係者」という表現なら、僕も「関係者」になってしまうもんね。こうして倉木さんに関係するホームページを作っているんだから。だから、「スタッフ」と「関係者」は全然違うということをわかってないと、他の人に「ウソツキ」呼ばわりされてしまうよ。
 それから、もう1点ありました。
 それは、この記事全体の信憑性っていうことね。
 当時は、ほんと情報が少なかったから仕方なかったのかもしれないけど、今じゃ、倉木さんの『Diary』もあるしね。

〈音楽業界に入ったきっかけは、通っていたカラオケ教室のボイストレーナーが彼女の歌唱力に注目し、レコード会社に紹介したことだった。〉

 ね。
 倉木さんは紹介されたというより、自分の意志で紹介してもらってデモテープを作っていたんだもんね(倉木さんのオフィシャルホームページの『Diary』を参照)。

 まあ、それでもまだ信じれない人がいるなら、引用する時はちゃんと、「倉木をよく知る事務所関係者」さんの言葉を最後まで引用しないとね。

〈「もちろん、宇多田のことは念頭にありました。宇多田の新曲と間違われて買ってもらえればラッキーだとも思っていました。ただし、モノマネとは違う、ある種の戦術。売り出す際には我々は必ず『仮想敵』を作るんですが、それが今回は宇多田だった」〉

 ね。
 「ただし、モノマネとは違う、ある種の戦術」。ちゃんとここまで引用しないと。
 でも、根底から、この記事は疑わしいことが今となってははっきりしているので、この記事自体を持ち出すあなたはただの噂好き。いいねぇ、このこのー。
 昔のこの日記でウソ書いてて、ごめんよー。

  ●

 で、今日もまた写真週刊誌に載せられてる。
 ほんま、この写真週刊誌も倉木さんが好きやなぁ。なんか仕事じゃなく、好きだからいろんなこと知りたいのかなぁ、と思ってしまった。今度『某写真週刊誌で倉木さん関係の記事を書いている者』として、何か『倉木麻衣さんへの掲示板』に書いてほしいなぁ。で、その時は、ちょっと謝ってね。よろぴくぴく。

2000年7月7日(金)-3
 あー、なんか『倉木麻衣さんへの掲示板』が、今回の抗議文の件で「倉木さんの事務所が悪い」というような流れになってしまってるみたい。
 はぁー。

 なんだか悲しいなぁ。
 それはどんな悲しさかというと、倉木さんの事務所さんが抗議文を送った本当の理由がまだわかっていない、ということもある。
 でも、もう一つ。こんな例を出してしまうけど。
 生んでくれて、一緒にご飯を食べている家族を悪く言われているような感じ。それはいい親か、悪い親かはわからない。けど、自分の親のことを悪く言われるのはつらいなぁ、っていう感じ。
 「業界の裏側」って言葉は、一見「真実」のようだけど、それよりも大切なものがあると思う。
 倉木さんがここまで有名になってしまったから、ほとんどの人は有名になった時点から昔の方を振り返って話をする。けど、時間は逆には進めないと思う。
 有名になる前から、歌を歌いたいと倉木さんが思ってから、時間は積み重なって積み重なって今に至っている。僕らの見方と倉木さんの見方は全く違うものだと思う。
 だから、倉木さんの気持ちを考えてあげるのなら、今の時点から倉木さんを見るのじゃなく、ずっと前の時点、例えば、初めて自分のCDが店頭に並んでいるのを倉木さんが見た時点から、僕らは時間を重ねてみてあげないと、と思う。
 倉木さんがCDデビューをできた。それはなぜ?
 倉木さんと僕らが逢えた。それはなぜ?

 「ビーイング、ビーイング」っていろんな人がひどいことを言う。「あそこの会社はそうだから、倉木さんもそう」って。

 だけど、それって、全然、倉木さんの目から見てあげてない。
 例えば、ビーイングさんで有名なZARDさんなら、初めはテレビに出たことがあって、今はほとんど出ていない、ってことがある。でも、倉木さんは全く無名な時も、テレビに出たことはない。それはなぜ?

 倉木さんの事務所さんが、倉木さんのことをどれほど思ってくれているか。

 なんか、『倉木麻衣さんへの掲示板』が、ハンドルネーム「倉木麻衣」さんが書き込んできた時のような感じになりつつあるな、と思う。

 僕らは、どれだけ、わかっているの?

 どっかの「真相を書いている」らしい本から仕入れた知識。インターネットで見つけた知識。倉木さんを、そんないろんな知識の型に押し込めようとしている。そんな気がする。
 CD会社のGIZAさんの中でも、この人は誰担当、この人は誰担当、というのがあると思う。でも、ひっくるめて「ビーイング」さん。
 みんな、自分のことを当てはめてみたらどうだろう。「あの人は『倉木麻衣さんへの掲示板』に書いている人だから」とか言われたら腹が立たないのかな。『倉木麻衣さんへの掲示板』という型に当てはめられて、いろんなことを想像されたら、イライラしないのかな。

 倉木麻衣さんは、倉木麻衣さん。そして、事務所の倉木さんの担当の人は、倉木さんの担当の人。そんな一人一人のことを思えば、ひとくくりにしたような、「事務所批判」なんて出てこないと思うんだけどなぁ。

2000年7月8日(土)
 わぁー、なんか恥ずかしい。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』にこの日記のことが書かれているぅ。
 で、みなさん、どうもありがとうございます。
 だいぶ前に、このページは1日何人くらいの人が見てくれているんだろうとカウントをとってみたのですね。で、その時のカウントはだいたい「50」くらいだったのですね。だから、今日は、50カウントをして下さった何人かのお名前がわかって、なぜか、ホッとしました。
 「ホッした」って言うのは、ちゃんと、この日記も1つの意見というのをわかっていただきながら見ていて下さっている、ということがわかったからです。

 そうそう、最近また「管理人」と呼んでくれる人がいるみたいなのですが、僕は前に書きましたけど、「管理人」なんてちっとも思ってないですからねぇ。と言いながら、昨日は、鈴木あみさんに関する書き込みをたくさん削除してしまっていたりするのですが。
 ともかく、「管理人」という気持ちでいろんな人と接していないということでしょうか。
 僕は、ただ掲示板をホームページに立ちあげているだけで、管理するのは、やはり、一人一人の書き込みをさせる方、そして、見ておられる方自身だと思っています。時には暴走しても、一人一人が「よくしていこう」という気持ちがあったら、いつか元に戻るしね。というか、元に戻したいしね。ほんとみなさんにお任せしています。
 で、きのうある方からメールをいただきました。その方はある方たちと、この『倉木麻衣さんへの掲示板』から生まれた秘密結社の掲示板(『分科会』)を作られているとか。
 なんか、めちゃくちゃ嬉しいなぁ、と思っています。
 アキーさんの『With 倉木麻衣』さんのホームページもそうですが、『倉木麻衣さんへの掲示板』だけではわからない、いろんな書き込みをしてくださっている人の別の面がわかるページもあったりして、いろんな方面で、楽しくなってくるなぁ、と思っています。
 それから、その楽しくなってくるっていうのは、『分科会』さんは別ですが(なんせ、秘密結社さんですからねぇ)、どこのページも開かれているということが原因なんだろうなぁ。「あの人はダメ」とか「この人はイイ」とかしてないですもんね。なおかつ、アキーさんのところには『バカヤロー掲示板』(名前あっているかな?)とかあって、アキーさんが愚痴も聞いてくれるし。なんか、ほんと「来るもの拒まず」という姿勢が「倉木麻衣さん的」だなぁと思っています。
 そうか、倉木麻衣さんが行っている革命って言うのは、「来るもの拒まず思想」なのかな?

 と書きながら、今日は関東は台風。みなさん、大丈夫ですか?
 僕は、久しぶりに京都へ行って、プラッツ見学(プラッツさんとは、無印良品さんや、ソフマップさんが入っている、近鉄百貨店のこと)。
 電車でいくから、雨の日の散歩じゃないわな。

2000年7月9日(日)
 えーと、もしかしたら、倉木麻衣さんのオフィシャルホームページで、何らかの報告みたいなのがあるかもしれないけど、倉木さんの事務所さんが抗議文を送った件です。
 もう「和解」ってことがスポーツ新聞とかに載っているので、もういいかな、ということもあるし、倉木さんの事務所さんもこれ以上、この話題を引っ張りたくないってことで、ホームページではこの話題に触れないってこともあると思います。けど、何かモヤモヤしている人もいると思うので、僕が買った『大阪スポーツ』7月9日付の記事を引用しておきます。
 ちなみに、『大阪スポーツ』さんは、これまで数々の見事な誤報を繰り返している新聞さんなので、ある程度差し引いて読んでいただけたらと思います。
 1面のメインのところは、『巧妙演出証言浮上』ということで、今回の「和解」ということには全く関係ないので飛ばします。
 『番組での謝罪はナシ』のカコミ記事のところです。

 〈ダウンタウンの浜田雅功が、先月26日放送のフジテレビ『HEY!HEY!HEY!』で「倉木麻衣は宇多田ヒカルのパクリ」と発言。これに激怒した倉木側が浜田とフジテレビに謝罪を求める抗議文を送っていた“パクリ論争”は7日、「和解」したことが明らかになった。フジテレビ広報部は「倉木さんの方には、双方(フジと吉本興業)のおわびの気持ちをご理解していただいて解決しました」と一連の騒動に終止符が打たれたと話す。
 当初、今回の騒動の対応策として10日放送の『HEY!−』で、浜田が謝罪のコメントを出すか、テロップでおわびの一文を流すか「最後の詰めの段階の話し合いが行われていた」という。
 実際、この日の夕方ころまではフジテレビ広報部も「10日放送の中で何らかの謝罪をする」意向であることをはっきりと認めていた。
 ところが、7日夜になると急きょ、「和解」したことを発表。10日放送の中での謝罪も全く行われないことに決まったというから、まさに青天のへきれきといえよう。〉

 で、あと「あるテレビ関係者」の人が、なぜ「和解」に至ったかということを、あることないこと想像しながら語っていますが、そこはカット。僕らには関係ないし、ほんと、ええかげんなコメントやな、と思ったので。

 ということよりも、僕らにとっては、倉木さんの事務所さんは、ちゃんと名指しで「パクリ」と言われたことに対して、抗議してくれ、そして、その抗議が受け入れられた時点で、すべてを水に流してくれた、ということの方が重要。〈10日の放送の中での謝罪も全く行われない〉ということは、「水」に流したってことでしょ。
 これはほんと、何か、僕らの代わりに、というか僕らをバックアップする形で正式に抗議してくれた、って感じやなぁ。ほんとのところはどうかわからないけど、僕らのためじゃなくても、「もういいやん」と僕らが言っていることを聞いてくれた、っていうか。何か、一番いい形で終わったなぁ、と思いました。
 倉木さんの事務所さん、どうもありがとうです。ちゃんと抗議してくれて嬉しかったですよ。

 もう、このことは終わったのだし、もう倉木さんもこのことに触れることなく、『Diary』をゆるゆると再開してくれたらなぁ、と思います。
 倉木さん、別にこの話題に触れてもいいけど、「絶対、触れなければならない」ってことはないよ。それよりも、アルバムが出たんだし、その感想とかがきっとメールでいっぱい倉木さんのところへ行っていると思うので、その感想を読んだ感想とか聞かせてくれたらなぁ、と思います。

 それから、話題は変わって、倉木さんにいつかこんな詩を書いてほしいなぁ、と言うのが浮かんだので、書き留めておきます。

 というのは、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見ていると、倉木さんより年下の方の書き込みも結構あるように思いました。僕は、倉木さんより年上なので、今まで何とも思っていなかったのですが、そういう倉木さんより年下の方って、「麻衣ねえちゃん」という感じで倉木さんのことを見ているのですね。何か、尊敬するというか、目標にしているというか。そういう人たちに向けて、何かメッセージしてあげていただけないかな、と思います。その人たちに力になるような何か。倉木さんがまだ一生懸命歌をデモテープに取っていた頃に戻って。
 今までよく考えてみると、「デモテープに取っていた頃」の気持ちっていうのは、『Love, Day After Tomorrow』とかに現れていると思うんだけど、その本人の立場ではなく、今の倉木さんから、そういう人たちに向けてのメッセージ。あの時からたいへんなことがいっぱいいっぱいあるよ、って。でも、今でも倉木さん自身は「ポジティブ」に考えようとしているよ、っていう、そんなメッセージ。
 うう、言葉でうまく言えないや。

 ということで、『倉木さんはなぜ、絶対作詩を続ける必要があるのか』や『倉木さんがこれから迎える青の向こう側』という話は後日。

 そうや、ハンドルネームの「青の向こう側」さんへ。
 そうです。
 僕と「青の向こう側」さんは全く赤の他人さんですもんね。何回もお名前を出してすみません。それにしても、そのハンドルネームは素敵で、深くていいなぁ、と思っていますのですよ。ですから、また、出してしまうかもです。

 で、僕(田熊孝浩)は、他のページで書き込んでいません。僕らしき人がいますが、それは「違う人」ということで話を続けてもらった方がいいなぁ、と思います(けど、バレバレなんやけどね)。

 さぁ、今日は実家に帰ろう。帰れるかな。ああ、過去ログの整理またでけへんかもなぁ。

2000年7月9日(日)-2
 徐々に徐々に、『倉木麻衣さんへの掲示板』で削除する書き込みを少なくしている。
 というのも、いろんな人が冷静に対応してくれているように思えるからだ。
 今日のところは、倉木さんの本名を聞く書き込みを削除しただけ。『HEY!HEY!HEY!』さんについての書き込みも若干見られるが、その後のレスをしていただいている方が、冷静に書いてくれているので、そのままにしている。もし、またそこから乱れてくるようだと、考えないといけないけど。

 昨日は(だったけ?おとついかな?)、倉木麻衣さんと鈴木あみさんについて比較している書き込みを削除させていただいた。
 ちょうど、その時、僕はたまたま、何カ月かぶりにじっくりと巨大掲示板を見ていた。そしたら、ありゃ、その書き込みが指摘されてて、その上、リンクが張られているではないか。
 で、こりゃいかん、と急きょ削除した次第。ちょうど、その書き込みの親記事を書かれた方が最後にレスをつけていたので、全員の書き込みは見られたかな、ということも思った。が、それよりも、このまま置いておくと、今度は別のファンの方たちがこの掲示板に突然大量に入ってくるのではないか、と思った。そうなると、この前の再現になってしまうもんね。

 それにしても、気をつけないと、と思う。
 倉木さんの事務所が抗議したことが大きな記事になってしまったため、このあとすぐに、他の誰かといさかいが起きているように思われたら、倉木さんに迷惑をかけることになる。今回のことは、インターネットの出来事が大きなきっかけとなったため、特に僕らは注意しないといけない。
 そんなことを考えていると、今まで宇多田さんのファンと倉木さんとのファンとの間で、こういうことが何回もありながらも、宇多田ヒカルさんが日記で何も書き込まなかった理由がわかってきた。宇多田さんは、自分の日記が持つ影響力の大きさを知っているのだろう(たびたび、日記が新聞ネタにされていることも書かれているしね)。だから、そこで、倉木さんとのことを書くと、それだけで「事件」にされてしまう、と思っていたのではないか。だから、今までずっと黙っていてくれたのではないか。
 今回の騒動を知ったのは、あの宇多田さんの日記がきっかけになったという人も結構多いのかもしれない。『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込みをしていただいた人の中には、宇多田さんの日記を読んで、その該当ページを探していた、というような人もいらっしゃいましたし、それはマスコミの人たちも同じでしょう(?)。
 でも、宇多田さんは、そういうことをわかりながらも、そして、自分ではない人が『倉木麻衣さんへの掲示板』で書き込みをしているということをわかりながらも、日記に、あのようなことを書いてくれた。止めるには、もうこの手しかないと思われたのだろなぁ。なんか、また一つ、宇多田さんのすごさを知った気がする。

 けど、結果的には、その宇多田さんの日記では終わらず、『倉木麻衣さんへの掲示板』でもまだその話題が続く。僕が「強制介入する」と書き込んだのが7月4日。そこまであの話題は引きずられていた。ちょうど、倉木さんの事務所さんが抗議文を送った頃だと思う。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』では、そこで、ひとまず熱すぎる会話は終わったけれど、他の倉木さん関係のファンページでは、まだ続いていた。

 ほんとインターネットは気をつけないとな。
 僕もフジテレビさんの番組の掲示板に投稿したが、書き込んだ1回目はどんどん自分の言葉に興奮して、えげつないことを書いていたものな。で、落ち着いて読み返すと、こりゃ、自分で「なに脅し言葉を並べているねん」と思った。だから、一度リセットして、書き直した分を送った。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』で熱く書かれている方は、きっと、1回目の分を送られているのだろうなぁ。だったら、それを読む僕らは、「あ、今頃、この書き込みをした人は後悔しているのかもしれない」とちょっと立ち止まってから返信をした方がいいんだろうなぁ。
 でも、どうしても熱くなってしまうもんな。うーん、どうしよう。とりあえず、インターネットは気をつけないとな。

2000年7月10日(月)
 な、なにー!

 と言っても、ちょっと前から読んでいたけど、今から行って来ます。
 で、『倉木麻衣さんのこの曲を聴いて下さい』に書き込むのでありました。

2000年7月10日(月)-2
 今日の『倉木麻衣さんへの掲示板』のありんこさんの書き込み(2258番と2262番)には泣かされた。
 「今日出た原稿はこの分とこの分と」と、昼休み後の仕事の打ち合わせの最中、僕は鼻をすすりながら聞くしかなかった。
 ほんといい人やなぁ。

 〈「麻衣ちゃんね、今、大変なんだ。だから、こっち(シングル二枚のほうです)も買うの。麻衣ちゃんにがんばって欲しいからあたしもがんばろうって思ったから」などと言う。〉

なんて。
 家で読んでいたら号泣ものの話でした。
 ああ、倉木さんに読んでほしいな。そうか、メールで知らせればいいのか。今から送っておこう。

  ●

 アキーさんの『With倉木麻衣』のページへいき、『麻衣すと』を読む。
 ほんまいつも大爆笑してしまう。
 で、僕がやや気になる「琢磨」くんは、僕が見た時点では、走り去る後ろ姿しか見れなかった。それが僕にとっては運が良かったのか、どうか。

  ●

 おとつい、京都のプラッツに行った。
 中にCD店の新星堂さんが入っているのだが、そこにはなんと、というか、もちろん倉木さんのアルバムも大量に全面に置かれていた。しかし、そんなことは、もうやや慣れっこになりつつあるのだが(なんて幸せなことなのか、といつも思うが)、それよりも、そこにYOKO B. StoneさんのCDも並べて置かれていた。『Baby I Like』を作った人、というコメント付きで。
 おお、ついに倉木さんはルーツをたどられる人になったのか、と少し感動。
 また、その新星堂さんは、YOKO B. Stoneさんだけじゃなく、ココットさんの最新CD『Disco's baby』も置かれていた。また、新星堂さんの特製パンフらしきものも、倉木さんのアルバムを買えばもらえるみたいで、この新星堂さんは、京都のみなさん、要チェックなのだ。

 で、昨日は、『ミュージックフレークマガジン』探しを兼ねて、家の近所のCD店『MOVE』さんへ。
 『ミュージックフレークマガジン』はなかったが、そこにも、YOKO B. Stoneさんが倉木さんと一緒に置かれているではないか。はう、わんだふー。
 その上、店内にかかっている曲は、4D-JAMさんではないか。なんとなんと。
 うーん、みんなGIZAさんグループの人がいっぱいなのだ。いいなぁ、いいなぁ、と幸せな気分になった2日間でした。

 と、その幸せな2日間が終わって、今日はまた仕事。
 会社へはまた遅刻。
 とほほ。

2000年7月10日(月)-3
 あかんなぁ。ほんま、毎日どこかだだもれやなぁ。

 ×『ミュージックフレークマガジン』
          ↓
 ○『ミュージックフリークマガジン』

 フレークやったら、食べてしまうもんね。おおきに、メモ帳さん、nobさん。
 それにしても、さっき上げたとこやのに、めちゃ早。びっくりしました。

 で、今、消える直前の過去ログを整理していたのですが、これが全然進まない。というか、書き込みの数が多すぎる。1つのファイルで1Kを越えてしまうぞ。まずい。全然ニフティの空き容量が足らない。誰か、過去ログを置おけて、しかもお買い得なレンタルサーバーというか、無料スペースというか、知らないかなぁ。このままじゃ、上げても、1カ月分も入らないような。
 それにしても、その消された時からまだ10日くらいやのに、もう2000を越えている。ど、どうなっているのだ。
 消える前までは5カ月くらいかかって10000をようやく越えたのに、たった10日で2000とは。
 そうか。これは、アルバムが出たからやな。
 ということは、もう少しで落ち着くか。
 うーん、それにしても、過去ログ整理が進まん。みなさん、すんません。

2000年7月11日(火)
 『倉木麻衣さんへの掲示板』のBooさんの書き込みにレスをつけました。2427番の書き込みは僕です。

2000年7月11日(火)-2
 けさ思ったこと。
 最近の『倉木麻衣さんへの掲示板』なのですが、何か、ラジオのような気がしてきました。いろいろな人が話題を出して、それに答えて。だけど、顔は見えなくて。
 うーん、ほんまに『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれている人や見ていてくれる人たちで、ラジオ番組をもてば結構面白いのではないか、と思ってしまった。アキーさんの『With 倉木麻衣』さんもそんな感じだしね。
 あと、何だか男性が結構多いように思うので、女性の方が気軽に集まれるページもトップページからリンクできればいいなぁ、とふと昨日思いました。
 Kさん、Kさん、見てますか? Kさんのホームページ、楽しみにしていますよ。

2000年7月12日(水)
 そういえば、倉木麻衣さんの詩には「雨」もよく出てくるが、「手」の方がもっと出てくるのではないか。
 この「手」とはどういう意味を持っているのであろうか?

 と、深く突っ込んでいこうと思ったが、今日もまた写真週刊誌や女性誌に取り上げられている。
 なにがウソで何がホントか、僕が知っている限りのことでも言っておかないと、ものすごいデマになりそうやな。
 いっぱい部数の出ている写真週刊誌が、ここまでデマの寄せ集めで書いているとは誰も思わないだろうからなぁ。
 ということで、夜にでも時間を作ろう。

2000年7月12日(水)-2
 はー、とりあえず、過去ログがあげられない分の埋め合わせ的なページをアップしました。
 それだけで、今日はおしまいやなぁ。
 せっかく、写真週刊誌と女性誌を買ったというのに。
 それにしても、女性誌を買うのは力がいったものだ。というのも、前はめちゃくちゃびびってて、おまけに本屋のおばちゃんに、「ここは女の人が見るところ」って言われるし。
 でも、最近は資料集めなのよ、と「レシートか領収書下さい」ときちんと言えるようになったので、なんだかすんなり買える。「資料」って、会社の「資料」じゃないんやけどね。

 あー、倉木さんの「手」の話もできんかった。

 そうや、そうや。
 あの今日アップした(きのうちょっとした)ページは、今回は、いっぱいいっぱいちょっとしたことでも入れてしまった。次からは、もっと倉木さんに関することで、ある地域の人しか聞けなかったことだけにしよう。なんか、過去ログをアップする方が楽な気がしてきたのであった。

2000年7月13日(木)
 なおちゅ〜さんへ。
 たいへんにょろよー。
 と言っても、もうそれは昨日だけのことやもんね。あとは、ちょっとずつ上げていけばいいでしょ。というか、実は、どうにかしないとなぁ、と思ってて、そこでなおちゅ〜さんからの書き込みがあったので、背中を押された、という形になったのです。でも、昨日上げた分は何がなんだかわからないものだったので、今日はちょっと色をつけてみました。色が違っているの、わかる?

 と、なおちゅ〜さんに返事をして、と、今日は、倉木さんのDiaryが更新された。
 でも、このメッセージっていうのは、ファンクラブのオフィシャルページと連動しているのでしょうか。というか、オフィシャルの方が「#1」→「#4」となっていたのは、「#2」「#3」はGIZAさんの分なのでしょうか。

 で、その倉木さんのDiaryを読むと、夏休みもレコーディングになりそうだとか。どうしたのだ。夏を楽しむために、今まで頑張ってきたのではないのか。「一緒に体を焦がしたい」夏はどこにいったのだ〜。倉木さん、とほほ、やね。
 と思ったが、それもこれも、僕らが次の曲を聴きたい、ということに応えようとしてくれているのだったら、申し訳ないな。
 レコーディングなんて、いつでもできるんだから、僕らのことはほっといて、友達とかと一緒の夏を送れたらいいのに。
 それにしても、夏、と言えば南の島である。
 僕は一番南のところには、台湾(!)にしかいったことがないのだが(あ、メキシコの方が南かな?だったら、メキシコになるか)、南の「島」には行ったことがない。でも、一度是非とも行ってみたい島がある。それは「プーケット島」ちゃんである。
 「プーケット島」。
 うーん、なんというか、人をおちょくった名前ではないか。「ケット」になぜが「プー」がついて、ひらがなで書くと、「ぷーけっと」なんよ。
 なんだか楽しそうではないか。ソネットのももくんもいそうではないか。ルイルイ♪ではないか。
 ああ、いいなぁ、楽しそうだなぁ、と、旅行会社の前に置いてあるパンフを見ながらいつも思っているのである。
 しかし、僕の会社は盆休みしかとれないしなぁ。盆休みは実家に帰らんといかんしなぁ。

 今日は会社の飲み会である。と言っても全員参加ではなく、マックを使って印刷物の原稿作っている4人だけで行くのである。
 と、いうことは、もう出なくてはいけないのよ。週刊誌の話や、倉木さんの「手」の話はまた後日なのだ。
 そうそう、トップページの言葉を変えたのだ。みんな気づくかなぁ。

 あ、それから、ありんこさんへ。
 ありんこさんへのメールが返信できずに戻ってきたのであった。また、別のメールアドレスを教えていただければ嬉しいです。よろしくお願いしますです。

2000年7月14日(金)
 こんばんは。
 えーと、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込みました。
 3025番と3027番の「田熊孝浩」がそうです。それ以外の「管理人」さんの名前を使っている方は、僕ではありません。

 と。
 一人一人が「管理人」という気持ちで書き込んでくれるのは嬉しいのだけど、☆管理人☆アリスリデル(残り9)さん、僕のメールアドレスを勝手に使わないで下さいね。と言っても、勝手じゃなく、事前に言っていただいてもダメですけどね。よろしくお願いしますよ。

 それにしても、なんなんだろう、という感じで、乱れてきたような気がするなぁ。ほんとどうしたのだろうか。

2000年7月15日(土)
 ふー。深呼吸を3時間くらいして。

 昨日は掲示板に書き込んでから、会社の人とお好み焼きを食べに行った。
 目指した1軒目は、なんと満員。値段が安いと評判のお店だから、席が1つしか空いてなかった。
 結局、近所にあるもう1軒で食べた。こちらは逆にお客さんは1人もいない。味はどうかと言うと、めちゃくちゃうまい。まるで、奈良の近鉄奈良駅の近くにある『おかる』さんに並ぶくらいデリシャスだった。
 でもお客さんがいないのは、ご主人が無口だからかなぁ。愛想のかけらもなかった。お好み焼きを注文すると、つっけんどんな応対をされたもんね。けど、壁にかかっている絵を見ると、そのご主人のイラスト(なんと切り絵)が飾ってあって、このお店のファンの人がプレゼントしたのかな、なんて思った。
 お好み焼き屋さんにも、いろんなお店があって、そのお店のうち、どれを選ぶかは、僕らの自由。今日はおいしいものが食べたいと思えば、つっけんどんなお店にも足を運ぶだろう。で、今日はお金がない時は、味がそこそこなら値段の安いお店に。けど、どちらも、本当にそのお店たちが、つっけんどんか、味がそこそこかはわからない。ずっと通わないとね。でもずっと通ってもほんとのところなんてわからない。つっけんどんなご主人が、「おっ、今日もきてくれたん」って言ってくれるかもわからないし、味がそこそこのお店でも、腕を磨いて絶品の味を出すお店になっているかもしれない。

 あー、何を書いているのかわからなくなってくるが、『倉木麻衣さんへの掲示板』を今日のお昼にようやくチラリと見ることができた。
 そしたら、まだ「パクリ」とか言う人がいるのよね。
 もう、ほんと、そういう人って言うのは、ここまでくると完璧に宇多田ヒカルさんのファンの人じゃないな。
 というのも、ここ2、3日で、流れが変わっているのを感じてきたからだ。もし宇多田ヒカルさんのファンの方が「パクリ」と言っているのなら、もう言わない方がいい。というか、もう言うな!である。僕も宇多田さんのファンなのですよ。宇多田さんのファンの方なら、宇多田さんが日記に書いたことをちゃんと読んであげなくては。「パクリ」と言えばいうほど、倉木さんが傷つくよりも、宇多田さんが傷ついているのを何で感じられないの?

 そうそう、たっぷり深呼吸をしたので、ここで申し訳ないのですが、『倉木麻衣さんへの掲示板』で書き込みをして下さったお願いさん(書き込み番号3174番)に返事をしておきます。

 お願いさんへ。
 申し訳ないのですが、『倉木麻衣さんへの掲示板』には過去ログがあります。今はまだ5月中旬くらいまでしかないのですが、そこまで、初めから順を追って読んでいただけませんか。それから、僕のここの『OHHO日記』も初めから順に。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』は、今日できたばかりではありません。いろんな人が傷つき、そしていろんな人に傷をつけながら続いている掲示板です。それは僕の中に掲示板に対する「夢」と「希望」があるからかもしれません。ですが、そんな中で、今書き込んでくれている人や、ずっと見てくれている人と、僕は「友達」になれたと思います(年齢の差はあるけれど。顔も見たことないけれど。あっ、1人は『OHHO』のスタッフの人だと最近わかったので、会って、話をして、飲んだ人はいるなぁ)。
 でも、つらいことがいっぱいあったからこそ、僕は、今書き込んでくれている人や、見守ってくれている人を信じることができます。これは、「ちょっと嫌な書き込みがあったら削除」ということを行っていたら生まれなかったものだと信じています。
 もし、お願いさんが、嫌な書き込みを消してくれる掲示板を、この『倉木麻衣さんの掲示板』に求められるのなら、それはあきらめてもらうしかありません。そして、嫌な書き込みを消すような、例えば、この前に、僕が「強制介入」という言葉を使ったような事態が続けば、僕は『倉木麻衣ヒットカウンター』を閉めるしかないでしょう。
 しかし、僕は、ほんと、今ではすっごく多くの人に支えられている、と思っています。それは、ハンドルネーム「倉木麻衣」さんが3回目に書いたことと同じように。(『倉木麻衣ヒットカウンター』を作った目的は、いろんな人がここを経由して、いろんな倉木さんのファンページに行ってもらうためだったのですけどね)。
 ですから、是非、過去ログと日記を読んでみて下さい。そして、僕らとあの人たち、そして今いる人(見てくれている人も含め)が「友達」になれたという事実を確認して下さい(2000年2月分だけでもいいかもしれませんが)。

  ●

 話は変わって、倉木麻衣さんへ。
 何度も書きますが、『倉木麻衣さんへの掲示板』へ書き込みたいと思われても、「倉木麻衣」というハンドルネームは絶対に使わないで下さい。必ず別の名前にして下さい。それは僕からもう一度お願いします。
 もし、「倉木麻衣」名で書き込みをどうしてもする場合は、オフィシャルページの『Diary』に、いつどこで書き込みをしたのかを、きちんと書いて下さい。そのようなことは100%近くないと思いますが、もしそんなことがあった場合、『倉木麻衣さんへの掲示板』でログが全て飛ぶということは覚悟をしておきます(きっと、みなさんも覚悟ができているでしょうからね。一度きれいに消されたもんなぁ)。

  ●

 で、なおちゅ〜さん、また、情報のところアップロードしておいたのこころ、です。

2000年7月16日(日)
 あー、見事に今月の『ミュージック・フリーク・マガジン』(←メモ帳さん、あってる?)を取り損ねたようだ。
 ファンクラブさんが次の会報を送ってくれる時に、そのダイジェスト版もいれてくれへんかなぁ、と叶わぬ夢を言っておきましょう。
 そうそう、その『ミュージック・フリーク・マガジン』の前の号に載っていた内容が、倉木麻衣さんのファースト・アルバムの『delicious way』に入っている。『−Recording Notes−』がそれだ。
 この『−Recording Notes−』の評判がいい。と言っても、僕の会社の人が一人言っていただけなのだが、「曲の解説が入っていたのも、よくわかってよかった」そうなのである。
 確かに、この『−Recording Notes−』で、倉木さんの曲は練りに練って作られているというのがよくわかる。けど、その「練りに練っている」ことを、「サービス精神」とか「大手」とか言う言葉でごまかそうとする人がいる。『週刊文春』の近田春夫さんである。

 近田さん、こんな日記まで読んでいないと思いますが、僕は覚えていますよ。倉木さんの曲のことを、以前『週刊文春』さんの『考えるヒット』で書かれた時に、原稿の内容の一部を、倉木さんが「帰国子女」だとして文章を書かれていたこと。また、そのコラムに載せた倉木さんのジャケット写真のキャプションに、ちゃんと「アメリカ育ちの17歳」と書いていたこと。そのことについての訂正やお詫びはされたんでしょうか。倉木さんは、きちんと、オフィシャルホームページで、外国で暮らしたことはないと書いていますよ。
 まぁ、これは近田さんの責任ではなく、いい加減な情報を近田さんに教えた『週刊文春』の編集部さんに責任はあると思います。『週刊文春』さんって、そんな雑誌なのでしょうか。ちっちゃな、例えばこれくらいの誤報は別に責任をとらなくていいのでしょうか。

 と嫌みを書いておきます。
 というのも、近田さん、「練りに練る」ことは「大手」もへったくれも関係ないでしょ。それは、本当に、その曲をどのように聴かせたいか、100歩譲って僕らへの「サービス精神」の現れかもしれません。しかし、「大手」の会社だからできる、というようなそんな発想、どこから出てくるのですか。そして、「GIZA」さんのどこが「大手」なのですか。ええかげんなことを書いてはいけないと思います。
 またこれも100歩譲って、「GIZA」さんが「大手」グループ系列だからとしても、だったら「大手」の会社は全部、こんなことをしてくれていますか。倉木さんのような曲作りをしてくれていますか。「大手」なんてことは全然関係ない。そのCDをどう聴かせたいか、どう聴いてほしいか、それを作っている人たちの気持ちだけが、こんな倉木さんの「サービス精神」を生んでいるんです。その気持ちを近田さんが持っていないからといって、それを「大手」のせいにするのは、めちゃくちゃな話だと思います。

 と、『週刊文春』さんと近田さんには腹が立つってことを書いておきます。前に送ったメールもどうなったのかわからないので、このことについては、もうメールを送らないことにして、この日記だけに書いておきます。

  ●


 そうそう、倉木さんのアルバムのことでした。『−Recording Notes−』、あれをCDにいれたことは、今まで倉木さんのことを知らない人にもすごくよかったと思います。次の倉木さんの曲を聴くときにも、いい方向にいくと思います。というか、「倉木麻衣ブランド」を確立させるためにとてもいいことだったと思います。その分、これからも、きちんと作っていかなければならないということになるのですが、そのことのために、いい曲を作るために、歌を、そしてCDを作っているのですからね。
 ほんと、『−Recording Notes−』を入れてくれたのは、よかったです。

  ●


 アキーさんの『With 倉木麻衣』さんの管理人室にも書いたのですが、会社の近所の『TSUTAYA』さんでも、『delicious way』は品切れになっていた。
 「ただいま品切れ中です。メーカーの生産が追いつかず入荷は未定。予約をして下さい」というようなPOPがおいてあった。あんなにいっぱい置いていたのに、全部なくなったのか、とちょっと感慨深くなった。
 で、今日は奈良の家の近所のCD店にいくと、こっちにはまだまだ置いてあった。れれれ。これは、どういうことだ。ということは…。
 GIZAさん、もうそろそろ作りすぎる、ということを考えながら、製造枚数の調整に入った方がいいのではないか、と思いました。あの大ヒットした出版物である黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』でさえ、爆発的に売れに売れたのに、その反面、返本もすごかったと聞きます。市場調査をきちんとして、期待や希望はひとまず横において、冷静にあとどれくらい製造した方がいいのかを、そろそろ真剣に考えた方がよいのでは?と思いましたが、もう考えている人はきちんといてると思うので、余計なこと言ってすみません。
 とりあえず、今、品切れのお店が結構あるので、今週の売上は落ちるだろうなぁと思います。売りたくても、売るものがないのですからね。オリコンの順位とかも、実際「売れない(=商品がない)」のだから、下がって当然でしょうね、と思いました。

2000年7月17日(月)
 昨日の日記の中で、僕が腹を立てていた記事は何かというのを書くのを忘れていました。というか、会社に本があったので、今書きます。

 『週刊文春』7月13日号(文藝春秋社発行、税込定価300円)
 近田春夫の考えるヒット173回
 「倉木麻衣の人気のワケは『法人的』サービスにあり」

です。
 で、よく読み返すと、僕の引用が間違っていたところがあったので、訂正しておきます。

 「サービス精神」
   ↓
 「サービス」

 その気持ちを近田さんが持っていないからといって
   ↓
 「見事な出来だけど、私にはスリルがないなァ、こういうのって」と近田さんが思っているからといって

 どうもすみませんでした(と言っても、誰かに指摘されたわけではないのですが)。

2000年7月18日(火)
 3519番に書き込みました。

 そして、書き込んだあと、ちょっと思ったので、ここで追加しておきます。たぶん、疑問さんはこの日記を見て書き込んでくれたと思いましたので(ですよね、疑問さん)。

 疑問さん、あの、ちょっと大きく勘違いしているように思います。
 僕は「芸能人」でもないし、「マスコミ」の人でもない。そして、このページでお金をもらってるわけでもありませんよね。
 で、そんな僕と「マスコミ」と一緒にするのは、なんなんだろうなぁ、と思います。
 こんな個人の日記でさえ、間違ったことは、間違いました、と書いているのに、『週刊文春』さんが間違いました、と書かない方がおかしいと思いませんか? 責任というのは、誰かがやめる、ってことじゃないですよ。間違ってたら、間違ってたと謝る、そのことです。
 で、『倉木麻衣さんへの掲示板』のことでは、今まで何人の人が謝ってくれたか? 一度過去ログを初めから読み直して下さい。
 でないと、あなたの書いたことは「中傷」になってしまいます。
 そして、だから次は疑問さん、あなたが、「誤報だらけ」と書いた根拠を示すか、責任を取る番だと思いますけど、どうでしょうか?

  ●

 話は変わりますが、この日記のページは、1日50人くらいしか見ていません。だから、今までIPアドレスは取らなかったのですが、今日か明日ぐらいから見に来てくれた人のIPアドレスを取ることにします。
 ということで、みなさん、よろしくお願いします。

2000年7月18日(火)-2
 そうそう、疑問さん、根拠がわかりましたら、『倉木麻衣さんへの掲示板』ではなく、『OHHO掲示板』に書き込んでもらえますか?
 「このサイト」と書かれているので、このサイト全般的なことだと思うので。URLは次の通りです。
http://www.hello.co.jp/php/bbshh.phtml?user=ohho

2000年7月18日(火)-3
  『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれた3524番と3525番のllllさんへ。
  llllさん、そんなことをしたらあかんよ。
 そんなことをしたら、まるで「疑問」さんがしているように思われてしまうよ。
 「疑問」さんはそんなことをするために、僕に疑問を投げかけてくれたわけじゃないと思います。
 llllさん、 「llllさんは疑問さんではない」と、疑問さんのためにも『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでもらった方がいいと思います。でないと、疑問さんは次に書き込めなくなってしまいますよ。

2000年7月18日(火)-4
  『倉木麻衣さんへの掲示板』の3534番・3537番のllllさんへ。
  llllさん、どうもありがとう。こちらこそすみません。
 「疑問」さんの書き込みは見ていなかったのですね。こちらこそ、疑ってごめんなさい。
 で、倉木さんがCMに起用されたというのは、僕はまだ知りません。が、大手の広告代理店さんが、倉木さんをCMに起用するために動き出している、という噂は聞いたことがあります。
 だから、実際のところはどうなのでしょう? また、わかったら、llllさんの方こそ、教えて下さいね。
 llllさん、それから、「もうこのようなことは絶対書きません」と書いていますが、それはいいですよ、書いて下さいよ。たまたまタイミングが「疑問」さんの書き込みのすぐ後だったから、僕はこの日記で、指摘してしまいました。ですので、倉木さんについての知らないこと、わからないことは、どんどん『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んで下さい。それが間違いでもいいです。もう「疑問」さんと「1111」さんは別人というのがみんなにもわかったしね。
 1111さん、次の書き込み待ってますね。

2000年7月18日(火)-5
 『倉木麻衣さんへの掲示板』へ書き込みました。
 3555番と3560番は僕です。

2000年7月18日(火)-6
 『倉木麻衣さんへの掲示板』へ書き込みました。3574番は僕です。
 『倉木麻衣ヒットカウンター』にも書き込みました。181番のレスは僕です。

 ふー。なんか忙しいなぁ。今日はどこからリンクされているのだろう?

 そうそう、昨日は、劇を観に行ったのだった。
 会場は伊丹市にあるアイ・ホール。していた劇は、ランニングシアター・ダッシュさんの『FLAG』。
 もう、このランニングシアター・ダッシュさんの劇は、お気に入りなのである。どこがどうと言われると、熱いのである。「暑い」のは暑いけど、ここでは「熱い」のである。
 どんなに熱いかというと、舞台のセットがないのである。ずっと出演者は走っているのである。ほんとにランニングシアターなのである。
 僕は、印刷の仕事の関係でこの劇団さんを知ったのだが、一度近所の扇町ミュージアム・スクエアさん(?名前間違えてるかも?)でしていた時に観た『夏の魔球』という劇にしびれてしまったのだ。「しびれた」というか、感動してしまったのである。思わず泣きそうになったのである。でも泣かなかった。いや泣けなかった。なぜなら、隣に、会社の人がいたからである。
 昨日の『FLAG』(「フラッグ」と読みます)も会社の若い衆を1人、道連れにしたのである。
 その若い衆はミュージカル嫌いなのである。
 だが、見終わった後、「あれは文化祭の劇に毛の生えたどころじゃありませんよ」と言ってくれたのである。
 ほんと、うまい、きれい、すごい。
 今回の『FLAG』は、たたみかける泣かす場面はなかったのだが、それでも場面の切り替わり、間の取り方、汗のかき方、音楽の入れ方、小道具の使い方、全てにさすがダッシュさんだ、と感心したのである。
 で、よかったら、いろんな人に行ってほしいのだ。
 チケットは1枚3500円とちと高い。倉木麻衣さんのアルバムより高いが、この劇を観て、人生を変える人もいるかもしれない(劇団員になる人がいるかもしれない。それくらいガチッと心にくいつくのだ)。だから、人生を変えるには3500円という値段は安いのではないか。
 で、受付で「田熊を知ってますか?」と言ってくれれば、チケットが割引になる、ってなことはないので、絶対に「田熊」という名前は出さずに、粛々と当日券を買ってほしいのだ。2、3人は知り合いだったりするけれど、他の人は全然知らないのだ。
 で、昨日は、当日券はなくって、キャンセル待ちで入った僕らは、補助席に座ったのだった。
 劇団の詳しい内容は、ダッシュさんのホームページを見てほしいのだ。
 URLは次の通り。
 http://www.running-theatre-dash.com/
です。
 で、劇のしている場所等は、次の通り。

 場所:アイ・ホール(JR福知山線「伊丹駅」下車、改札を出て左すぐ)
 日時:7月19日(水)〜24日(月)
 料金:前売・当日共通・全席指定3500円
 問い合わせ先:ネビュラプロジェクト(TEL03-3366-5933)

です。事務所は最近東京になりました。

 とどめに、チラシに書いてあった、大塚雅史さんの劇とはほとんど関係ない文を書いておこう(大塚さん、昨日いきましたよ。だから転載許してね)。
 ではみなさん、よろしくです。

〈『正直言うと、僕は補欠選手だったんです。』

 高校時代、ラグビーをやっていました。
 恥ずかしながらベンチウォーマーが僕のポジションでした。
 試合中の仕事は、ベンチの横でのウォーミングアップ。
 チームメイトの激闘を横目に、
 ほぼ来ることのない時に向かってひたすら体を温め続けるのです。
 馴れってのは怖いもので、
 いつしかこの体が出場を命じられる瞬間を恐れていたんですね。
 誰かがケガをする度にビクつく体。
 身を傷つけることに臆病になっている。
 責任を背負うことに臆病になっている。
 自らの手で掴むべき栄光を、すっかり他人任せにしてしまっている。
 …こんなの戦士じゃない。
 時は遅し。そう気づいたのが、最後の試合。
 僕はゲームなんかそっちのけに、
 いつもの定位置で人知れず涙を流していました。
 あんなに悔しい思いは二度としたくない。
 自分を温めるだけの男には戻りたくない。誰かを熱くさせてやる。
 あの日から、僕の敗者復活戦は始まりました。
 負けた記憶は、決して消えない宝物。
 もう挫けませんからっ。〉

 そんな、熱い演劇です。

2000年7月19日(水)
 疑問さん、どうもありがとうございます。
 でも、お名前を途中から間違ってすみませんでした。
 その後書き込んでいただけるかどうかわかりませんが、『OHHO掲示板』に返事を下さったこと、感謝しています。どうもありがとうございます。

 それにしても、疑問さん、わけのわからない情報が多いですよね。
 なんか、最近はゴシップ系の週刊誌で出たネタがネットで違った形で取り上げられ、それがまた、それらの週刊誌に再度取り上げられる、という流れがあるように思いました。
 だから、ゴシップ系の週刊誌に取り上げられているのは、起こった出来事の時間が前後入れ替わっていたり、とおの昔に、ネットのオフィシャルページで公表されていることが、その噂の段階のネタをまだ引きずっていたり。
 で、それを読んだ人は、まだやってるのか、と思ってしまうのですよね。
 例えば、今回の「パクリ騒動」の件も、もうネットでは終わっているのに、週刊誌で新たに取り上げられる。そして、その週刊誌を見た人が倉木さんの事務所に腹を立てたり。もうとっくに終わってる話やっちゅうのに。
 だから、あっという間に、その話題はテレビのワイドショーから消えたりしましたが。

 で、その中でも、裏のことを書いている雑誌の『噂の真相』さんも、今出ている号を買って読んでみると、「あらら、もう、倉木さんのデビューのいきさつは、倉木さんがちゃんとオフィシャルホームページで書いてるのに、もっと、そっちの方が『噂の真相』だぞ」、という内容が載っていたり。
 噂っていうのはほんといいかげんやな、とつくづく思います。

 だから、疑問さん、ちょっとずつ、そんないいかげんな噂を消していきましょう。というか、消していってくれませんか。
 助太刀します。きっと、いろんな方が手伝ってくれると思います。メモ帳さんは、ここ2週間ぐらい無理かもしれませんが、他の方は、いつでも大丈夫だと思います。
 噂の情報を表に出して、そして、これはウソ、これは本当かも、ということを一緒にしていきましょうよ。
 疑問さん、よろしくお願いします。

 1111さんも手伝ってくださいね。

2000年7月19日(水)-2
 『倉木麻衣さんへの掲示板』の3675番のシナプスさんへ。
 シナプスさん、3651番のハンドルネーム「倉木麻衣」さんの書き込みは削除しません。
 3651番の「倉木麻衣」さんには申し訳ないのですが、倉木さんは、こんなことまでされて、おとしいれられているのだ、ということをみなさんにわかってもらうために、残しておきます。
 これは、次に現れる「倉木さんの友達」という人の書き込みに免疫をつけるためでもあります。
 もし、「倉木さんの友達」とか「倉木さんのこういう話を聞いた」という人から書き込みがあり、内容が悪口のようなものだったら、その話は作り話です。ハンドルネームに「倉木麻衣」という名前を使って、ここまでええかげんなことを書く人がいる。そして「友達」となれば、好き放題書けるのです。
 シナプスさん、僕はいろいろな「倉木さんの友達」という人の書き込みをいろんな掲示板で見ましたが、本当の友達で悪いことを書いていたのは、一人しかいません。しかし、その人がその後どういうふうに僕らと「友達」になっていったかは、過去ログを読んでいただいた方ならわかると思います。

 ということで、全くでたらめなことを書く「倉木さんの友達」がもうすぐ現れるとは思いますが、シナプスさん、流して流していきましょうか。

 それから、みなさんへ。
 BeingさんとGIZAさんはイコールではありません。系列であっても、別会社です。マスコミやデマを流したがる人の噂を信じてはいけませんよ。
 倉木さんのオフィシャルホームページにある「NEWS」のページはBeingさんが作っているものであって、GIZAさんが作っているものではありません。
 みなさん、ページの下の方をよく見て下さい。
 倉木さんの所属CD会社はGIZAさんです。ひとくくりに「Beingさん批判」をGIZAさんまで含めてしては中傷していることになります。
 でも実際にCDを販売してもらっているのは、Beingさん系列の別の会社になります。だからと言って、それでGIZAさんを批判するのは筋違いというものです。
 「販売会社」を変えてほしい、というのはそうかな一度考えてみよう、と思ったりしますが、「製作会社」を変えてほしい、という意見には、僕は反対です。
 けど、CDは販売されたから、僕らは倉木さんと会えた。ファーストアルバムが売れたことで、いろんな人に倉木さんの曲を聴いてもらえた。
 僕はそのことだけでも、GIZAさんや、Beingさんは、よくしてくれている、と思っています。コナンはあったけれども、本当にCDの力だけで(プロモーションビデオはCDの発売を知ってもらうために作られたものでしょ)、ここまで倉木さんの名前を多くの人に知ってもらえたのは、やっぱり、そういう人達の力があったからだと思います。「倉木麻衣」という人を支える多くの人の力があったからだと思います。
 インターネットの力なんて知れてます。
 いくら『倉木麻衣ヒットカウンター』にたくさんの人がきてくれていると言っても、それ以上にCDを買ってくれている人達が1週間に何万人といます。
 どうか、倉木さん、そして倉木さんを支えているスタッフのみなさん、応援している人は、支持している人は、見えないところにいっぱいいます。
 どうかどうか、そのことをいつも思い出していただけたらなぁ、と思います。
 そして、僕らは、僕らにできることをしたいと思います。

2000年7月19日(水)-3
 あ、そうや、今日はいろいろ『倉木麻衣さんへの掲示板』書き込みました。今の時間、午後110時40分までに書き込んだ「田熊孝浩」は僕です。

2000年7月20日(木)
 あ、ほんまや。訂正します。昨日の日記分です。

 × 午後110時40分
     ↓
 ○ 午後10時40分

 ほんと、なんて暇人なんだとまた再確認されていたのか。うーん、それにしても、英数字に弱すぎ。恥ずかし。
 いろんな掲示板で間違いを指摘されている田熊ですが、シナプスさん、あの書き込みは削除しません、と書いたのですが、あの後も上にあがってきてしまうのですね。うーん、なかなかうまくいきません。シナプスさんから「削除依頼」をいただいたのですが、先ほど『倉木麻衣さんへの掲示板』をのぞくと、エスペレさん(うっ、英字で書くと間違いそうなので、カタカナですみません、エスペレさん)からの削除依頼があり、メールでも何やらあるような予感が。
 ということで、シナプスさんにタンカを切った手前格好悪いのですが、削除することに方針を変えたいと思います(シナプスさん、ごめんよぉー)。
 この日記をアップロードしたあと、削除したいと思いますので、シナプスさん、ご了承のほど、よろしくお願いします。

  ●

 今日は、奈良の生駒にある近鉄百貨店・アントレいこまに付き合わされた。
 そしたら、その駐車場がサンダーバードの基地みたいで、こっちで入れた車が、帰りには向かい側から出てくるというものだった。
 駐車場の中はどうなっているのだ、それぞれの車の管理はどうなっているのだ、と感心したのであった。
 それにしても、とんかつの『いなば和幸』さんのヒレかつはうまいのである。チェーン店のとんかつ屋さんのなのだが、なんでこんなにお肉は柔らかいのだろうと幸せを感じてしまう。
 しかも、御飯とキャベツはおかわりし放題。
 定食で1,200円くらいはしてしまうが、とんかつ食べるなら『いなば和幸』さんでおごって下さい、宮谷さん。

  ●

 あー、だから、今日も何もできなかった。みなさん、すみません。
 で、僕が今思い出そうとしているのは、GIZAさんのことを詳しく書いていたページ。確か『倉木麻衣さんへの掲示板』で、前に誰かが紹介してくれたのですが(あー、お名前を忘れてしまった。パラリムさんだったかなぁ?)、そのページを見て、GIZAさん関係のオフィシャルページには、まるでビーイングさんが大阪に拠点を作るために作った会社と書かれているけど、前身は違うものだったということが書かれていたような。うー、どこだったけ?
 バラリムさんのページからもう一度調べ直そうか。

 今日は、誤字脱字、英字の間違いありませんように。

2000年7月20日(木)-2
 はぁー、やっと見つけた。
 なんや、KAZU2号さんのページからつながっていたんですね。
 ということで、倉木麻衣さんが所属しているGIZAさんのことを、GIZAさんができる前のことを含めて書いているページがあります。「GIZAさん=Beingさん」として今後批判をしようと思う方は、是非一度そちらを読んでみて下さい。
 そのページへの行き方は、

 『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページ
     ↓
 『倉木さんに関するホームページ』
     ↓
 『Invitation to GIZA studio』(今は名前が違うかも?)
 http://home3.highway.ne.jp/kazu25/sv/index.html
     ↓
 「SWEET-JAM SPACE」
     ↓
 ずっと下の方にある
 「Another Data」の「●About “GIZA studio”」

をクリックしていただいたところにあります。
 すごく詳しい。そして、GIZAさんの前身はああいう名前だったのか、と今更ながら再確認しました。大阪なんやなぁ。
 もちろんこのページというのは、倉木さんがデビューする前からあったページです。KAZU2号さんの掲示板で、「倉木麻衣」という名前を、初めてインターネットで見つけた、という僕の思い出のページです。
 それは、倉木さんのオフィシャルページができるずっと前のこと。

 でも、GIZAさんの批判をしている人ってのは、これぐらい知ってて当たり前やろうから(でないと、今までのは全部誹謗・中傷になるもんね。でも、倉木さんのことを思ってくれている人なら、「知らなかった」と正直にまた書き込んでくれるやろうからね)、とりあえず、倉木さんのCDで、GIZAさんのことを初めて知った人のために紹介します。是非一度読んでみて下さい。

2000年7月21日(金)
 『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』が異様なほど面白い。
 しかし、ほんまに、こんなに身近なところに面白いネタが転がっているのか。
 それにしても、明智光秀さんは、なんというパンツを履いていたのだ。
 そうそう、へいさん、OKですね。そーんなわけがあったとは。知っている人はいるものですねぇ。

 で、今日は、『倉木麻衣さんへの掲示板』の過去ログを教えてもらった無料のホームページに移動。前の分も残しているけど、ニフティの容量がいっぱいになってきたら削除するので、また、みなさん、トップページからリンクし直して下さい。
 と、言っても全然、新しいのが整理できない。また埋め合わせで、コメント集のところを少しだけアップしたのであった。

 そうそう、アキーさんとこに『BBS』ができたことを知る。『管理人室』もあって、『BBS』もあって、アキーさんもヌマヌマに浸かっていくなあ、と思う金曜日。

  ●

 Macintoshの新作を朝日新聞で見る。
 めちゃくちゃええやん。買いたい買いたい買いたい。
 けど、中古で買ったMacintoshが会社に2台、家に1台。買えない買えない買えない。

2000年7月21日(金)-2
 そうだ。
 悲しいことを思い出した。
 昨夜の出来事だ。
 そろそろ、おさかなさんのホームページがオープンしているころだ、と思って出かけてみると、「おー、やってるやってる『お魚クイズ』だ!」と夜中一人(お風呂に入っている人に隠れながら)興奮した。
 よしよし、まだ誰も合格してないのか、たわけ者めが、と『お魚クイズ』に挑戦したところ。ピンク、オレンジ、ピンク、オレンジ、オレンジ、オレンジ、…。
 とオレンジ連発状態になってしまった。
 終わってみると、なんと100点満点の40点。
 なんで、みんな、14問とか正解できるのか? エスペレさんなんてあと2問とか書いているし、徹夜で勉強していたのだろうか?
 よし、今日こそ僕が合格1番乗りになろう、と思って再び行ってみると、もう5人もの方が合格している。しかも、その合格者の人たちの名前が載っているページを見ると、勝ち誇ったコメントが続々と。くっそぉ。(でも、倉木麻衣ヒットカウンターでみかけるお名前は皆無だった。これ、どいうこと? うーん、こんなこと、倉木さんに報告できない)
 で、きのう書き込んだ掲示板を見ると、エスペレさんは慰めてくれてるし、へいさんは僕と同じ成績だと言ってくれるし、こんなに人間の温かみを感じた午後110時、いやいや、午後10時はなかったのである。

 うー、お魚辞典はどこに売っているのであるか。
 漢字をまず憶えなければいけないのか。
 そうだ、あの湯飲みはどこにいったのか。
 ん?ルビはどこだ。
 このさい時間はいくらかかってもいい。
 全問正解を狙うのだ。
 と興奮してしまう、おさかなさんのホームページは次のところです。
 http://www.uokoma.com/

 おさかなさん、宣伝しときましたよ。

2000年7月22日(土)
 今日はようやく、時間がとれたので、かねてからの懸案であった、『倉木麻衣さんへの掲示板』のドリームキャスト対策に乗り出した。
 「ドリームキャスト対策」と言っても、ドリームキャストから書き込めないようにする、とかじゃなく、ドリームキャストさんからでも、全ての文字が見えるようにしよう、というものだ。
 これは、へいさんからの指摘でわかったのだが、ドリームキャストからだと、文字色を指定していないと、文字は透明になってしまうらしい。
 今までそういうことを聞いたことがなかったので、掲示板のCGIの変更は、注意して、腰を入れてしないとな。そう思っていたら今になってしまった。
 で、『倉木麻衣さんへの掲示板』の配布元であるKENTさんのページで質問をしようと思った。
 確か質問のコーナーがあったはずだぞ、と調べると、あった、あった。
 何々、その前に注意書きがある。質問の前に、「過去ログ」とかを調べるべき、とのこと。それはそうだな、ということで、「ドリームキャスト」とか「見えない」とか打ち込んだのだが見つからず。今まで質問がなかったのかな、と思ったが、「ドリ」という字で検索したら、出てきた出てきた。

 ハッ。

 僕は、ハッ、としてしまった。なんとそこには、同じ質問内容があるではないか。しかも、その質問をした人は「管理人ではないのですが」と断って書き込んでいる。もしや。

 Tnekさん、どうもお手数をおかけしました。

 というわけで、今日から、元の文字の色を「黒」に戻しました。今日から、文字色を指定しない人には「文字色が指定されていません」とのエラーメッセージが出ていると思います。
 Tnekさん、どうもありがとうございました。そして、僕の代わりに聞いて下さりありがとうございます。そして、僕の代わりに聞いたいただいたために、ご迷惑までおかけしてしまい申し訳ありませんでした。Tnekさんに謝らせてしまうようなことをしてしまい、すみませんでした。そして、僕の見えないところで、『倉木麻衣さんへの掲示板』を助けて下さって、どうもありがとうございました。

 へいさん、どうですか?
 と言っても、まだまだわからないとは思いますが、とりあえず、お魚クイズはお互い頑張りましょう。

 そして、もう一度、Tnekさんへ。
 本当にどうもありがとうございました。

2000年7月22日(土)-2
 そうだ、そうだ。
 もう夏休みやってんね。
 なんだか『倉木麻衣さんへの掲示板』がだいぶ落ち着いてきましたね。
 きっとそのせいやね。
 なーんや、という感じやね。
 ほんま、だんだん謎が解けてくるなぁ。

 学校にネットにつなぎ放題のパソコンを導入するって考えもんやね。
 もう見れないと思うけど、ハンドルネーム「浜崎あゆみ」さんも、そうですね。

 さてと、次に気をつけるのは、新曲の発売日ではなく、夏休み明けですね。
 みなさん、ゆっくりしましょうか。

 だいぶ全体像が見えてきたなぁ。

 そうそう、また、ヤフーさんの倉木さん関係のページが登録されています。
 TATSUさん、パラリムさん、おめでとうです。

2000年7月22日(土)-3
 ほんとほんと。
 倉木麻衣さんも、おさかなさんのホームページに行って、生のお魚が食べられるようになるといいのにね。というか、「苦手」じゃなくなるといいのにな。

2000年7月23日(日)
 昨日、「学校にネットにつなぎ放題のパソコンを導入するって考えもんやね。」と書いたが、ほんと、そのことは難しいな、と思った。
 思い返してみると、最近は『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれなくなった清美さんも、確か学校で授業の合間とかに書き込んでくれていた。
 そうそう。これは、いつか書かなくてはと思っていたことがある。
 1回目のハンドルネーム「倉木麻衣」さんが書き込んでくれたときのこと。その直前の状況。
 過去ログを読み返していないので、印象的なことしか書けないけど、確かあの時は、「初めまして」の人が何人か書き込んでくれていた頃だ。けど、なぜかレスがつかなくて、奥へ奥へと流れていく感じだった。
 僕はそれまであまり掲示板には参加しないようにと思っていたのだが、何だか申し訳ないと思い、仕事の昼休み中に、追いつける範囲の人に返事をした。けど、時間がなくなり、最後にこんなような書き込みをした。
 「初めましての人が増えています。あとは、清美さん、頼みましたよ」。

 清美さんは、そんな書き込みを見てくれたのかどうか、それはわからない。けど、その後、多くの初めましての人の書き込みに対して、返事をつけてくれていった。今では、多くの人が気をつけてくれていて、賛成でも反対でも「こんにちは」だけでも返事をしてくれている状況とは考えられないことなんだけど。
 そうそう、なんで、「清美さんがその書き込みを見てくれたのかどうか、それはわからない」のかというと、僕は書き込んでいくらか経ったあと、「あ、清美さん一人の人の名前を出してお願いしてしまった。負担になるのじゃないか」と思い直し、僕のその書き込みを削除したからだ。
 で、そのちょっとした後に「倉木麻衣」さんの初めての書き込みがあったような気がする。
 3回書き込んでくれた「倉木麻衣」さんが何回目かの書き込みで、「初めての書き込みの人にこの掲示板では返事をしている」というような話が出てくる。僕はそこのところを読んで、この「倉木麻衣」さんは、きっと清美さんのことを見ていて書いてくれたんだろうなぁ、とその時思っていた。

 そうそう、夏休み。
 清美さんは、春休みの直前、「休みが明けたら、またきます」というような書き込みを残してくれた。そして、休みが明けて、元気に戻ってきてくれた。
 あーあ、でも、もう夏休みが始まってしもたがな。

 『倉木麻衣ヒットカウンター同窓会』はいつでも誰でもが、ふらっと寄って、ちょっと書ける場にしたくて、「同窓会」とつけた。

 週末のほたるさんを初め、チョロさん、ヤナさん、他いっぱいの人、みんな、元気なのかな。

2000年7月23日(日)-2
 gizaさんのオフィシャルページがへん、というのを、『●●●●掲示板』で●●●さん(←特に名を秘す。7月24日午後11時)の書き込みで知った。
 で、行ってみると、別のウィンドウが開いて『What's new』(←僕のつづり、あってんのかな?)の文字が。
 おー。
 で、そのことを『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込もうと思ったら、もう宮3さんが、「倉木さんのグッズがファンクラブさんのページで買える」ってことで、書き込んでくれていた。うーん、さすが早い。
 そのグッズのページにはまだ行ってないので(パスワード忘れてしまった。会社にいかないと入れない。とほほ)、はっきり言えないが、そういうグッズをファンクラブさんのページで販売するというのはいいことだと思う。
 僕は全く買う気がないのだが、そういうことを待っていた人が結構いると思うので、よかったと思う。
 値段は結構高いらしい。
 「高い」っていうのは、ほんと、限定生産だからだろう。それは、僕の会社の印刷物でもそうで、カラーの印刷物なら、10枚刷るのも1000枚刷るのも同じ値段だったりする。だから、1つ当たりの単価が高かったりするのだろう。
 でも、今回ので計画通りの数が出れば、そのグッズを作った業者さんに、「前はこんなけ出たのだから」ということを値下げを言えるようになるだろう。ファンクラブさんは強気に価格交渉ができるようになると思う。僕は買う気がないので、申し訳ないのだが、そこそこの数が出れば、次の価格は下げることができるように思う。
 それと、もう1点、ファンクラブさんとGIZAさんへ。
 そのグッズの件も、えらい、と思ったけど、その前に、『What's new』のウィンドウを作ったのも、えらい!と思いました。それも、ファンクラブさんのページに入る前にわかるようにしてくれたのは、すごく嬉しい。きっと、アンケートでいろんな人が要望してくれたんだろうなぁ。
 ファンクラブさん、GIZAさん、ありがとう。でも、倉木さんの『Diary』の日付が前に戻っているのが、うーん、なんか親しみが持てていいなぁ、と思いました。たはっ。

  ●

 今日は、家で過去ログの整理ができるようにしようと、MacintoshのLC630のシステムを変更していた。
 機能拡張のATMを切ったり、デスクトップにあるファイルをデスクトップからなくしたり、ということをしていたら、だいぶ早くなった。ような気がする。
 しかし、その整理だけで、時間が。ああ。

  ●

 『倉木麻衣さんへの掲示板』のマルさんへ。
 僕も全然、マルさんのことは「荒らし」だなんて思っていませんよ。
 でも、「奇麗事」もそうですが、逆の「汚い事」でも、正直に書きたいですよね。自分の気持ちに正直に。
 で、『倉木麻衣さんへの掲示板』なのですが、今までいろんなことがあって、いろんな人の心に傷が残っています。これは「奇麗事」ではなく、いろんな人の心には、グサッと刺さっているものがあります。でも、それでも、いろんな人が続けて書いてくれているのは、やっぱり自分に正直でいたいからだと思います。
 適当なところで相槌を打つのだったら、黙っているという人がほとんどだと思います。でも、適当なところで相槌を打っているような人がいると思われるのだったら、それは、その人が精一杯、この掲示板を明るい方へ、元気の出る方へ持っていってくれているのだと思ってもらえたらなぁ、と思います。
 だから、マルさんはマルさんらしく、書き込んでくれたらいいなぁ、と思っています。

 それから、ブルーベリージャムさんへ。
 たぶん、初めてのブルーベリージャムさんは、この日記があることもわからないと思うのですが、とりあえず。
 「なんや、その話題は終わっているのに」と、ブルーベリージャムさんの書き込みを初め見たときに思いました。内容にも、事実とは違うのではないか、というところもありましたし。
 でも、その後、もう1回書いていただいたので、ホッとしています。
 で、ですが、ブルーベリージャムさん、この『倉木麻衣さんへの掲示板』のことを知ってもらうためには、やはり、過去ログをアップしているところまで読んでもらう方がいいと思います。この掲示板のみんなが「批判」「誹謗」「中傷」「荒らし」というものに対してどう対応してきたか。きっとブルーベリージャムさんにはわかっていただけると思います。そして、逆に、ブルーベリージャムさんには、そこまでする必要はないと叱られそうですが。
 ですので、最後のところの「ほんの一部であるが、ここの掲示板を見ていて、ファンであるが故に行きすぎている部分もあると私は感じた。再度自らの発言をよく思い返していただきたい。」というところには、僕は、そうでしょうか?と疑問を投げかけておきます。

  ●

 それにしても、奈良では自分の子供にいらない薬を飲ませようとするお母さんがいる。うーん、なんだかなぁ。

2000年7月24日(月)
 あたた。
 また連続書き込みされてた。
 先週の土曜日に知った掲示板をテストなしに入れ替え。今のところうまく行っているのかな?

 でも、連続書き込みをされた「あぽーん」さんって、あの「あぽーん」さんですか?
 『倉木麻衣さんへの掲示板』の2月8日分の27番に書き込まれてる「あぽーん」さんなの?
 「麻衣さんと宇多田さんを比べることじたい間違ってる!まねなんかしてないと思うよ。だってぜんぜん似てないし。宇多田さんは天才なんだから宇多田さんのほうが歌うまいに決まってんじゃん!麻衣さんは麻衣さんで良いと思うよ!。」って、書き込んでくれてた。
 もし、同じ「あぽーん」さんなら、悲しいよー。

  ●

 黒男(くろ おとこ)さんの「さいならっきょ」書き込みあり。
 うーん、悲しいけど、黒男さん、その前から「これなくなる」という書き込みしてたもんね。
 だから、ばしばしこれるようになったら、今度は執事や弟じゃなく、本人がきて下さいよ。僕の方こそ、黒男さんのこと、生涯、と言うと大げさになるけど、憶えているからね。でも、忘れてたら、「あの、その、あの時の」と教えて下さい(って、忘れてるってことかいな)。
 うんうん、待ってる。
 もし、いっぱいいっぱい消されまくって廃墟となってても、残しておくことにします。から、連続投稿さんの合間に、書き込んでやって下さいな。
 黒男さん、幸運を祈ります。

 で、黒男さんもそうですが、受験生の人って、多いのですね。
 ほんと、こんなに多いのか、というか、目に付くだけなのかな?

 みなさん、頑張っておくれよね。
 倉木さんに一番喜んでもらえるのは、「合格した」とか「就職できた」って報告だと思います。
 僕は、そういう報告が、もうたぶんできない、というか、漢字検定2級に合格すればできるのかな? けど、何か、それで人生の進路が変わるわけでもないような気がする。
 ので。そうような、倉木さんを喜ばせることができる人は、喜んでもらえることをしなくっちゃだわ。
 それは、ほんと、目の前にチャンスが転がっているってことだもんね。『NEVER GONNA GIVE YOU UP』のC/W曲(英字なので、ここは「C/W」としてお茶を濁す)の場面に今、みんなはいるんだもんね。ということは、そこで背中を押してくれているのは、倉木さんになるのかな?

 まぁ、とにかく、黒男さんを初めみなさんに、大江千里さんのCD『オリンピック』に入っている『エールをおくろう』(←うっ、漢字とひらがなの加減を忘れてしまった)って曲を送ります。

 フレーフレー、なのです。

  ●

 それにしても、落ち着いた、と思ったら、それも半日で終わってしまうのはなぜ?

2000年7月25日(火)
 昨日、全受験生の諸君に訴える、という堂々たる日記を書いたためか、今日は過去ログの整理をしなくちゃしなくちゃ、と思いながら、『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページに、カウンターを取り付けていた。
 うーん、そんなこといつでもできる。なんで、今日しなければいけないのだ。と思いながらも、いつの間にか、CDプレイヤーの前で歌詞カードを見ているKさんのようだった。あはっ。

 まだ『倉木麻衣さんへの掲示板』の調子が夜になると悪い。重くなる。
 これはやっぱり、見ている人のログを取り始めたからだろうなぁ。一人見るごとに、その人のログあんどIDを振るということをしてるんだもんな。仕方ないか。うーん、それにしても、僕が見れない、入れないって、どういうこと?って感じだが。

 で、そうそう、トップページに付けたカウンターのこと。
 これは、ニフティでつけている上のカウンターと集計方法が違います。ので、数字が逆転したり、逆に差が開いていったりするのでしょうね。いったいどっちに転ぶのでしょう。だいたい今日の夜8時半ぐらいからのスタートになったと思います。

 あー、そして、今日も一日が終わる。
 007さんのもう一つの分の書き込みはどこにいったのだろう。そして二重投稿が増えているのは、これまたなんで?
 といろいろあるCGIの変更直後なのであった。みなさん、ごめんよー。

2000年7月26日(水)
 英数字は、あかんなぁ。日付もぼろぼろ。時間だけじゃなく、「日」の単位もあかんなぁ。次は年単位でやるぜやるぜやるぜ。

 で、今日、またバナー広告を貼って、というメールがきた。
 これで2件目だけど、そんなので、儲かるのかな?
 でも、『倉木麻衣ヒットカウンター』はこれ以上重くしたくないので、今回も返事をせずに、そのままおいておくことにしよう。ただでさえ、昨日もカウンターつけてしまったしな。
 そうそう、依頼のあったバナー広告主は、「在宅教材」を扱っている会社だとか。さすが、メールをいただいた広告代理店さんはお目が高い。やはり、全受験生に訴える、という日記は書き続けないといけないね。

 しかし、シナプスさんに指摘されたのは、何回目だろう。次はウォーリーのようにいろんなところに仕掛けておこうか(と言っても、全部ウォーリーだもんな)。とほー。

2000年7月26日(水)-2
 わー、ボンボン花火が上がる音が。
 大阪は天神祭。FM802さんもその中継。
 で、僕は会社で全然はかどらない仕事。

 その合間に、『倉木麻衣さんへの掲示板』で同じ書き込みをされていた分を削除しました。konumarさん、緋色さん、makotoさんの分だったと思います。ここからですが、すみません。
 それから、ちょっと前、あぽーんさんとキャットキラーさんの書き込みも大量に削除しました。遅くなりましたが、ここに書いておきます。

 そうでした。今日はある方からいいお話をうかがいました。
 世界中のいろんなことをまず知って、というか、いろんなことを知りたい、そんな好奇心がきっといい方へいい方へいくのでしょうね。
 今が最終段階じゃない、っていうような、いつでも吸収しようという前向きさ、きっとすごい人になっていくんやろうなぁ。

 で、これは大それた話ですが、あと10年くらい『倉木麻衣ヒットカウンター』が続いたら、したいことがあります。
 できるかなぁ、ってことだけど、もうその頃には倉木さんも落ち着いているやろうから、できるかな?
 というのも、その時に、倉木さんにプライベートなコンサートというか、ライブを開いてほしいな、と思ってたりします。
 で、舞台に上がってほしい人は、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでいる音楽関係にたずさわっていそうな人たち。
 もちろん倉木さんには出てもらうとして、シルバーさん、一般東京都民さん、そしてマイマイマイさん。裏の方では、APSさんがミキサー(っていうの?)の前にいたりすれば、楽しいやろな、と思う。
 それまでには、会場を確保するために、お金をためとかないとね。
 ああ、その前には、この仕事、なんとかせんと。
 それにしては、今日は、なぜか、がっくりと疲れてしまった。007さんの「疲れた」という書き込みを読んだからか(な、わけないな)、いろんなホームページを見すぎたからか。
 今日は、仕事はそこそこにして、家に帰って早めに寝て、明日朝、早く起きて会社に来ようか。
 というようなことを、遅刻常習者の私が言ってどうすんねん。

 とりあえず、明日はFM802で倉木さんのコメントが流れます。FM大阪さんじゃないので、注意してくださいな。

2000年7月27日(木)
 倉木さんの「スペシャルメッセージ」がFM802で流れる。
 ほんと、不思議な人やな。ここまで、デビューの時からずっと、ファンの人と同じ速さで歩いている歌手の人を、ほんと僕は初めて見ています。
 うーん、不思議だ。それにしても、倉木さん、そんなあなたを、僕らは誇りに思ってる、ってことはちょっとだけでも知っておいて下さいね。

 で、今週は月末なので、めちゃくちゃな週である。
 今日は遅刻もせずにこれた。しかし、あと気が重い仕事がひとつ残っている。今からしなければ。

 そうそう、その前に一つ書いておかないと。
 今週は大きなニュースがあった。
 コンコルドが墜落したということがあったらしいが、そのことは新聞でしか知らないのでなんとも言えないのだが、黒田清さんがなくなったということもあった。
 黒田清さんという人は、大阪の読売新聞の元編集長だった人だ(社会部だったけ?)。
 僕の家は読売新聞を購読していなかったので、黒田さんが編集長だった時のことを知らない。僕が知ったのは、確か、大阪の八尾市立図書館で、たまたま黒田さん(たち)が書いている本を借りたことに始まる。
 当時、僕はミニコミの『OHHO』も作っていたが、大学でも編集をしたいと思ったので、そのようなクラブに入っていた。
 そのクラブでまず教えていただいたのは、本多勝一さんという人のことだった。今、『週刊金曜日』という週刊誌に執筆されている人である。
 「本多勝一さんの『日本語の作文技術』を読みなさい」、そう教えられた。「なんなんだ、この水も漏らさぬ理論は」と僕は、新聞記者としてのあるべき姿はタタミかける正論である、と感心した。
 僕はそこから入ったから、「新聞記者=本多勝一さん」というイメージができていた。しかし、編集のことをもっと知りたかったので、借りた黒田さんの本は違った。
 情があるのである。「情がある」というより、タタミかける理論より前に、「人情」から出発しているのである。
 今でも図書館におかれていると思うが、黒田さんが編集長時代の「読者の声」を集めた本がある。僕は確かその本を借りたと思う。

 「大きい車どいてちょうだい」

だったかな。そんなタイトルがついていた。
 内容はある一つの交通事故に関する読者の人の投稿から、当時の「交通戦争」という社会状況を取り上げていたものだったと思う(だいぶ前のことなので忘れてしまったけど)。
 僕はそこで、こういう見方もあるのか、と思った。
 みんなが納得する理論を作っていくことも必要だけど(新聞の社説みたいに)、実際にあった出来事から世界を見ていく(新聞の3面記事みたいに)、そんなことも新聞記者さんの仕事なのだと思った。
 黒田さんは、「黒田軍団」と呼ばれた読売新聞を結局やめることになるのだが、その後も、なくなるほんのちょっと前まで、その視点は変わらなかったように思う。
 黒田さんは、何回、阪神大震災の地に足を運んだことだろう。
 今生活している人、今起こっていること、今近くにあるもの、その中から、大切なことは何かを浮かび上がらせる仕事を、ずっとしてられたのだと思う。
 僕は一回も会ったこともなく、テレビで見たり、本を読んだりでしか知らなかったけれど、黒田さんがなくなって、「また一人、大好きなおじいちゃんがなくなったな」と思った。
 ほんと、好きな人はどんどんなくなっていく。もっと教えてほしい、そう思う人に限って。今週はバタバタしてる中に、寂しい週でもあるのだな。

2000年7月27日(木)-2
 わお、なんじゃ?
 せっかく、黒の風鈴さんに返信したのに、気がつけば削除されているではないか(黒の風鈴さん、今、音符マークの出せないパソコンから書いてます。お名前をはしょったようになってて、すみません)。
 あー、これは、親記事を書いていた黒の風鈴さんの仕業ですね。黒の風鈴さん、僕の時間を返しておくれよ。なんかへんなふうに僕が同情されそうでいやです。

 それにしても、話は変わって、通行者さん、マイマイマイさんが前に書き込んでくれたマイマイマイさんがどうかというのは、僕はわかるのですよ。
 それから、これはしっかり確認はしていませんが、マイマイマイさんは、マイマイマイさんと倉木さんがいつ同じところにいたのかは、書いていなかったと思いますよ。「中学」ってのは、黒の風鈴さんが推測して書いたことです。ちゃんと黒の風鈴さんは断定をせず、前置きをつけて書き込んでいましたよ。
 それから、通行者さんがこれからも、倉木さんがいじめっ子だということや、この掲示板が簡単に削除する掲示板だと言うことをネタにするのでしたら、ちゃんと過去ログを今アップしているところまででいいですから、一度読んでから書き込んで下さい。推測で話を進めると、最初の一つがひっくり返ると、全部「ウソ」と見てしまいます。もったいないと思います。通行者さんは、せっかく自分の意見を書いてくれているのですから。
 通行者さん、次からはよろしくお願いしますね。

2000年7月28日(金)
 なんたるちあ。
 1カ月で1番バタバタする今日に限って、掲示板はおかしくなるわ、いっぱいレスのつく書き込みはあるわ、どどどーなってるんだ。

 そうそう、昨日の黒の風鈴♪にあと一つ言い忘れていたことが。
 宇多田ヒカルさんのことですが、僕はもう本にする前に、僕の会社の宣伝ミニコミ紙『アドバム通信』というところに、『宇多田ヒカルを24時間聴きまくる』というのを、ちょっとだけ載せています。
 それはもう去年の今頃でしょうか。
 実は僕の今いる会社は、去年の10月に社名と組織が変わったのですが、その前に、そうならないように、会社の売上をあげようとしていた時期があります。売上アップ作戦の一つが「地域に密着しよう」ということで、近所の家に『アドバム通信』ってミニコミを配ってました。今のところ4号くらい出したのかな?
 で、結局、売上は劇的に回復せず、経営者交替、会社は新会社へ、ということになり、そっから何もできずに『アドバム通信』も発行できずに、今に至ります。
 で、その間のいきさつを書けばどーと話は長くなるのですが、経営者を交替してくれた前の社長さんは、新会社になるのを見届けてくれたあと、今年の1月になくなり、『アドバム通信』で僕のいる印刷会社を知ってくれた人が最近になっておつきあいさせていただくようになったりしているのですが。

 良く考えると、この『OHHO日記』はサブの日記だったのでした。ほんとは、印刷会社の仕事を増やしたいから、『アドバム日記』をメインにして書いていたりしました。もう今じゃ閉鎖してしまったのですが。

 だから、この『OHHOホームページ』を作ったきっかけは、バックナンバーをさばく、ということもありましたが、それよりも、今いる印刷会社の売上をなんとかしたい、というのがありました。
 だから、この日記の上を見ていただいたらわかるのですが、『倉木麻衣ヒットカウンター』より『天六ネット放送局』ってありますよね。リンクしてないので、グレイの色になっているのですが、僕はそっちをして、この大阪の天六にある印刷屋さんをいろんな人に知ってほしかった。それがいつの間にか、こうなってしまっているって感じでしょうか。
 で、僕の会社のホームページもあるのですが、そっちから、このページもリンクしてて、「『アドバム通信』を作っている人はこういうこともしているのか」とわかってもらおうとしてました。
 そうやな、よう考えると、今じゃ全く逆になってる。どどどーなってるんや、という感じです。

 それから、『倉木麻衣さんへの掲示板』に僕の前のことを知っている人が、感慨深く書き込んでくれています。
 う、あなた誰?とは思うのですが、「3●歳」と書いたら結構若く思われてしまうかもしれませんが、僕はもっともっともっと上の年齢でございます。というか、早く50歳や60歳になりたい。そしたら、もっともっと好きなことができるようになりそうな気が、するなぁ。

 そうそう、今度は疑問さんへ。
 うーん、僕とは考え方が違うかもしれませんね。
 僕はどんなことでも隠しきることはできないと思っています。けど、隠しきれなくて表に出てきたことでも、それが本当のことだったかどうかはわからない。それは一人一人が考えることだと思います。
 それよりも、僕は、例えば書き込みが削除された立場になると、余計に何かが積もり積もっていくと思います。
 表に出していただいて、そこから考えていく。で、もし、そんなことが表に出たからって、ファンが離れていくのなら仕方がない。
 でも、重要なのは、寿司さんも書かれているように、これからのことだと思います。めちゃくちゃいい人でも、これからいい人じゃなくなれば、どうしようもない。って、全く、寿司さんと同じことを書いているような気がするなぁ。
 僕には僕の『倉木麻衣さんへの掲示板』には夢や理想があるので、今は、それに向かいます。ということを疑問さんに、ここで申し訳ないのですが返事をしておきます。
 意見は違いましたけど、もう一度書き込んでいただき、疑問さん、嬉しかったですよ。

2000年7月29日(土)
 『倉木麻衣さんへの掲示板』を見て。
 WR19LSさんとespererさん、なんと深夜というか早朝に。
 うーん、お二人の会話、ほんといつも楽しいなぁと思っています。それにしても、WR19LSさんは何回インドへいかれるのだろう?

 さて、今日は久しぶりに過去ログ整理をします。
 でも、夜は僕の団地で夏祭り。ちゃんとおでん、やきそば、うどん、焼き鳥、かき氷、フランクフルト、イカ焼きは食べないとね。
 それまで、いけるとこまでアップするつもりです。
 とりあえず、時間が変になってしまうけど、倉木さんのアルバムが出たあたりから現在をまず攻めたいなと思っています。

2000年7月30日(日)
 久しぶり、と言って、何日かぶりに、黒の風鈴♪さんの書き込みあり。
 そうそう『倉木麻衣さんへの掲示板』には書きませんでしたが、黒の風鈴♪さん、巨大掲示板の分、見てきましたよ。
 なんだか。
 うーん、その話題というは、前に同じ掲示板の「罵倒」と言う名前のつくところで、いずみさんがしていた話とよく似ているのではないか、と思いました。
 で、そのいずみさんと僕はどういうことになったのかは、いずみさんがいきさつをまとめてくれていますので、もし見ていられないのなら、そちらの方を参考にして下さい。
 URLは、http://www.izumichan.com/index.cgi?f=map で、右下の『いずみvsOHHO田熊氏(00/05/28)』のところにあります。(
 ありゃりゃ、いずみさん、いつの間にかホームページを大改造してはったのですね。知りませんでした。

 ということで、以上、黒の風鈴♪さんへの僕からの返事の一つになればと思います。

 それから、併せて、「罵倒」さんの分と「ウォッチスレッド」さんの分も見ましたが、なんやなんやなんや、という感じですね。
 もう前にも書きましたが、僕は1回も巨大掲示板さんには書き込んだことはないのですよ。それは、全部のデーターのIPアドレスを調べてもらっても結構です。もし「田熊」「OHHO」「オッホ」などの書き込みがあっても、それは、僕ではありません。
 巨大掲示板ではなく、別のページのチャットで、「僕としゃべったことがある」というメールをいただいたこともあるのですが、僕はチャットにも参加したことはありません。
 それから、他にも、というか、100パーセントというか、99パーセント、僕についての情報は間違っているなぁ、と思いました。うーん、むちゃくちゃな推測。ま、それだけで、ほんとエンターテイメントやね。
 いずみさんが書いてられる時は、まだ、ちゃんと、「(ミニコミは)発行者の労力をゼロとして計算して、なんとかトントンが普通なのよ。」とわかってるいずみさんがいたのに、今は、そういうことを教える人がいなくなってるんですね。ほんと、ものすごい推測の数々。インターネットって、というか、ミニコミって、そんなに儲かるって思われてるんかな。
 それにしても、「28」まで行っているとは。僕が知っているのは1〜6くらいまでだけど、ほんともう「伝説」やね。ご苦労さまです。
 で、ちょっと2、3だけ指摘しておきます。

 ちゃんとこの日記のところでも、「(バナー広告の依頼はあった話についてのところで)でも、『倉木麻衣ヒットカウンター』はこれ以上重くしたくないので、今回も返事をせずに、そのままおいておくことにしよう。」(7月26日(水)より)と書いているのに、そこを読んでいながら「儲けるつもりでは?」と書いているとは。ちなみに、『倉木麻衣ヒットカウンター』には今まで2回バナー広告の依頼がありました。でも、どちらも返事を返していません。トップページに広告載ってないでしょ。
 ほんま、儲けるのなら、『OHHO』のバックナンバーをさばいて儲けます。
 と言っても、半年以上ホームページに載せていても、たった3冊くらいしかさばけてないとは。とほほ。

 それから、その巨大掲示板に書き込んでいるみなさん。ちゃんと「OHHO死ね!」という書き込みは、保存しましたからね。とりあえず、証拠として残させていただきます。
 また、「OHHO」というのは、ミニコミの名前なので別に使ってもらっていいのですが、「田熊」は本名です。この名前は、ある掲示板で1回書き込んでしまったことはあるのですが、僕が作っているホームページ以外では使ったことがありません。「田熊」という名前を巨大掲示板で使ってられる方、その点も注意して下さい。

 それにしても、山ほど、倉木さんに関するホームページがあるのに、『倉木麻衣さんへの掲示板』しかリンクしていないって、なんか、ほんと、好きなんだなぁ、と思いました。ラブリー、ルイルイ♪
 それにしても、なぜ「OHHO」が「芸能有名人」のところに入っているのだろう。理解不能だ。「DTP・印刷」ってとこに入っていれば、「小さな印刷会社」の一従業員だからわかるんだけど。その点からして、大きな勘違いをしているなぁ。ほんま、いつから「OHHO」はそんなに偉くなったのだ。偉くなっても、バックナンバーは売れないのよね。インターネットマジックっていうやつやね。

 そうそう、名無しさん@1周年。さん、次はハンドルネームを変えて書き込んで下さいね。あなたには、IPアドレスの制限はかけていませんからね。

 そうや、大きな事を忘れていた。昨日、『倉木麻衣さんへの掲示板』で、今まで絶対にしないと言っていたIPアドレスの制限をかけた人がいます。
 また時期を見てはずしますが、すぐ後に同じ事をされると、つかれるので、当分制限をかけておきます。

 さてと、昨日の続きの過去ログの整理をするか。

2000年7月30日(日)-2
 あ、そうや、忘れてた。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』で僕を誉めている書き込みがあります。嬉しいことなのですが、その言葉は、全部みなさんにお返ししたい言葉です。
 みなさんの書き込みやメール、そして倉木さんの歌やメッセージでそれとなく教えてもらったこと、その何分の1をできればいいなぁ、と思っているだけです。
 でも、もしこれ以上レスが続くようだと、僕としては非常にいやなので、いきなり削除するかもしれません。ご了承下さい。

2000年7月30日(日)-3
 あかん、メールの返事や、ここの日記を書いていたら、過去ログを整理する時間がなくなってしまった。
 う、今日も夏祭りだ。
 でも、昨日はラストの10分しか参加できなかったので、やきそば(250円)とビール、そしてイカの姿焼きしか食べられなかったのだ。
 きょうこそは、うどんを食べないと。おでんもいくぞ。たこ焼きも、そうや、たこせんの看板もあった。それは絶対にチェックしないとな。
 今日会社にくる時、昨日の夏祭りの屋台(と言っても自治会さんがしている長机と折りたたみ椅子)がそのまま残っている公園を見た。
 いつもは提灯の明かりの中で見ていたのだが、お昼に見るのもいいもんだ。
 屋台の横の方には、近くの中学校の美術部が作ったムーミンとドラえもん(ドラエもん?)の子供みこしがあったりして。そのみこしに太陽の光があたっていたりして。ああ、今日の3時のおやつの時間くらいに、子供たちが、この2台の小さなみこしを綱で引っ張って、団地中を練り歩くのだな。
 今日の夜の部もいい祭りでありますように。ドンドン。

 あと、今日の心残りは、おさかなさんのこと。
 ルート5さんがおさかなさんのホームページを見つけてくれて、連絡をしてくれへんかなぁ。