2000/5/31

OHHO日記
インターネット編
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2000年5月2日(火)
 昨晩はめちゃくちゃな日だった。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』が、以前の『倉木麻衣さんのこの曲を聴いて下さい』の掲示板のようになってしまった。
 事の発端は、倉木さんと宇多田さんの比較のようなことから起こったと思う。この件については、みんないっぱい言いたいことがある。僕もいっぱい言いたいことがある。けど、決着というものは、時間が経たないとつかない気がする。
 で、冷静に話ができればいいのだが、やっぱり腹の立つことを書かれたら、ちゃぶ台もひっくり返したくなるのだ。

 で、昨日の午後8時30分くらいをもって、倉木さんと宇多田さんの比較についての書き込みを削除することにした。ちょっと僕も冷静に考えたかった。
 その後、削除してしまったのは、ほとんどが倉木さん、そして宇多田さんを守ろうとする、気持ちはわかる、わかる、という人たちのものだった。煽っていた人たちは、一斉に書き込みをやめた。しかし、もしかしたら、そこからまた火がつくかもしれないと思い、すべて削除してしまった。このことを、「泣いて馬謖をきる」というのだろうなぁ。ほんと、みなさん、ごめんなさい。僕は身を切るように痛かったけど、それ以上に、悲しい思いをさせてすみませんでした。
 そして、その僕の行動に、「(あと、掲示板参加者が急激に増えたためかもしれませんが、最近あなたの、書き込みに対する制限が多くなってきた気がして残念です。)」とメールをくれた人がいた。
 ああ、『倉木麻衣さんへの掲示板』を続けてきてよかったなぁ、としみじみ思った。そう言ってくれる人がいるなんて、僕はなんて幸せなんだ、と今朝、ほっこりとした。

 そうでした。最近制限を多くしてしまっていました。
 そして、返信のメールに書かなかったのですが、もしかしたら、僕は、どこかで、倉木さんにそのような状況は見せたくないと思っていたのかもしれません。どこかでびびっていたのかもしれません。
 でも、メールを下さった方、もうすぐ大丈夫です。思いっきり強引な戻し方でしたが、僕も一晩寝て、頭もすっきり、気分も新しくなりました。
 宇多田さんと倉木さんを比較する書き込みはこれからも後をたたないと思います。けど、冷静になってこたえていけば、そして、今回のことできっと、一番話をしたかった方に、何か伝わったのではないか、と思います。

 と、で、今回のことは、『倉木麻衣さんへの掲示板』が集中的に狙われていたんだ、ということが、その後わかりました。
 情報を下さった方、ありがとうございます。僕も確認しました。

 それにしても、ちょっとなぁ、です。真剣に話をしているのに、僕らの目に見えないところで、話をしていたとは、なんか、とても残念に思いました。
 で、僕はGIZAさんの関係者ではありませんよ。この『倉木麻衣ヒットカウンター』は一人でアップロードしているので(今のところ)、GIZAさんの関係者は一人もいないということになります。

 みんな頑張ってくれてありがとう。
 そして我慢してくれてありがとう。
 お尻をたたいてくれてありがとう。

 なんか、こういうことがあると、とても『倉木麻衣さんへの掲示板』が好きになる。不思議だ。
 それと併せて、新曲が発売になるたびにいつもこうなる。これも謎やなぁ。ほんと、誰が後ろで手を引いているのだろうか?

2000年5月11日(木)
 なんと、この前の日記が5月2日。10日もあいてしまった。
 なんたることか。これじゃ、日記ではなく、十日記である。まるで、十字の日記であるのか、それともプラスの日記であるのか。

 そんなことはさておき、この10日間、僕は『倉木麻衣さんへの掲示板』への書き込みばかり行っていたように思う。
 しかし、今日からは、みんなに任せたいと思う。

 というのも、初心に戻らなければ、と思った。
 僕の『倉木麻衣さんへの掲示板』に対する初心とは、僕は何の管理もしないということだ。それでやってきたではないか。
 道化師さんの書き込みを読んでそう思った。ほんと、僕は出すぎた。黙って見ておこうと思う。けど、黙っておけるか。

 何か自分で自分を試しているように思えるが、これはそうではなく、みんなを信じることができるかどうか、の問題だろう。
 僕が出て行かなくても、みんなが何とかしてくれる。
 でも、最近はそうではなかった。僕が出ていってしまっていた。それは、僕がみんなを信じていなかったからではないか。そんなことも、道化師さんとのやりとりで思った。そのへんを、道化師さんは、「差別意識」ということで指摘したのではないのだろうか。

 アキーさんや清美さんたちみんなが頑張ってくれている。特に、清美さんには名前を出して指名してしまったので、申し訳なかったかなぁ、と思っている(夜も、朝も、昼も気にかけさせてしまってごめん)。
 しかし、清美さんもそうだが、『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれている人たちとは、ほとんどの人とは面識がない。というか、面識は誰一人としてないだろう。僕の知り合いが書き込んだことは今までに一度もないのではないか(僕が知らないだけで、誰か書き込んでいるのかな?)。
 そして、掲示板に書き込んでくれている人たちとメールでやりとりしたという人も、まだ、50人にもいっていない。アキーさんとは、マイマイマイさんが帰ってきてくれた時からしばしばあるが、清美さんになると全くない。メールアドレスさえ知らない。それなのに、「後は任せましたよ」とは、よく考えると、僕もずうずうしいことを言っているなぁ、と思う。
 ま、いいか。

 今日一番うれしかったことは、てゆりさんが書き込んでくれていたことだ。
 ほんと、うれしかった。アキーさんではないが、「あっ、てゆりさんだ」と驚いて、よかったぁ、と思った。
 書き込んでおられる内容には納得がいかないところもあるけれど、書き込んでくれたことがうれしいじゃないですか。
 あー、なんか今日はいい日だったなぁ。とりあえず、てゆりさんに挨拶だけは、掲示板の方でしておこう。その書き込みをして、今日の書き込みは終わろうと思う。あとは、みんなに任せますのです。もちろん、てゆりさんにも任せますのです。

2000年5月11日(木)-2
 と、てゆりさんに挨拶の書き込みと思ったのだが、みんながみんなで動き出していた。
 うれしかったので、このままいって欲しいと思ったので、書き込まずに帰ります。

 みんな、腹が立ったらおこりや。悲しかったら、「悲しいこというな」といいや。そして、その後、きっと何かが動いていく。そう思っています。

 みなさん、そしたら、またあしたです。

2000年5月13日(土)
 昨日、3回目の「倉木麻衣」というハンドルネームの方からの書き込みがあった。僕が、倉木さんのプライベートなことに関する書き込みを削除(申し訳ない)をしている間のことだ。
 この人の書き込みは、前半は残したいな、でも後半に地名が出てくるからな、と思って悩んで、一度はレスをつけたんだけど、どうしようか、下を取った形でもう一度僕が書き込もうか、と思ったら「倉木麻衣」という名前が見えて、もう2人の人がレスをつけてて、という状態だった。
 で、前に書き込んでくれた「倉木麻衣」さんかどうか、ということをIPアドレスで確認し、その旨書き込みをした。
 今日になり、掲示板に昼前にいくと、「倉木麻衣」さんにレスがいっぱいついていたのですが、その「倉木麻衣」さんが本当の倉木麻衣さんかどうか、という書き込みもいっぱいあった。
 僕としては、1回目の時に、公式ホームページから問い合わせているので、その返事を待っている状態。だから、「倉木麻衣」さん本人かどうかは確認がとれていない、ということで行くしかない。
 それ以上に、例えばIPアドレスで僕自身が突き詰めていくというのは、それは、ハンドルネームの「倉木麻衣」と、僕らとの信頼関係が失われるのではないか、と思っている。それは、「倉木麻衣」さんだけではなく、他の書き込みをされている方だけにもそうだ。
 これは、「荒らしだ」と勝手に判断して、IPアドレスを調べ、どの機械が発信元かを調査するのは、僕のするべきことではない、と思っている。
 今までに、IPアドレスをとっている、そして警察に通報する、と言っているのは、万が一のことがあった時だ。万が一のことがあった時、そのIPアドレスの人が目当てではなく、何か手がかりをその人たちは知っていると思うから、警察に通報するのだ。

 今日、奈良の押熊から帰ってきて、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見たときは、なぜか悲しくなった。
 「倉木麻衣」というハンドルネームを使った人が、もし本人だったら、どうするのだろうか。そして、本人でなかったら、どうするのだろうか。本人か、本人でないかを調べたい人は、その名前で書き込んだ人の気持ちは、どう思っているのだろうか。

2000年5月13日(土)-2
 『倉木麻衣さんへの掲示板』を見る前に書いておこうと思う。
 3回の「倉木麻衣」さんが本人であるかどうかは、今のところわからない方がいい。もちろん、別人である場合はすぐに、別人であると訂正したい。しかし、もし、本人である場合、それを今明らかにする必要はない。
 もし明らかにすれば、マスコミは寄ってたかって、それをネタにするだろう。中にはいい話として伝えるかもしれないが、逆にねじ曲げて変なふうに書くところも出てくるだろう。そんなとき、今の段階で「本人」だとCD会社さんが認めてしまえば、引っ込みがつかなくなる。
 もし、本人であった場合、そんなねじ曲げた報道をされた場合、どうか、倉木さん周辺の人は、「あれは本人ではない」と言ってほしい。別人ということで通してほしい。
 そのためにも、今、はっきりと明らかにすべきではない。と僕は堅く思っている。だから、もうこれ以上、僕は何も調べるつもりはない。
 「きれいごと」と何回言われようが、僕はこれで通したいと思う。

2000年5月14日(日)
 おはようございます。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』を見る前に書いておこうと思う。

 「倉木麻衣」さん名の書き込みが本人かどうかの話題の前に、みんな真剣に心配していたのは、倉木さんのプライベートなことがあるものに取り上げられたことだ。
 その際いろんな書き込みが掲示板にあったが、一つ「?」なものがあった。
 それは、清美さんからの書き込みだった。
 その清美さんからの書き込みは確か、清美さん自身の今の学校生活についてかかれていた。そしてその中で、今自分が行っている学校はこのホームページにある、と書いていたのだ。
 僕は、何で自分の学校のホームページをあかすのか、危険だぞ、と思った。
 しかし、その書き込みを読んだ帰り道、僕は、グッときてしまった。もしかして、と思った。もしかして、清美さんは、倉木さんに対して、私も一緒に頑張るよ、と言いたかったのではないか。それを清美さんは、自分の学校という、プライベートなことを明らかにして、倉木さんに、あなた一人じゃないよ、と伝えたのではないか。
 これは、僕の思い込みで、清美さん自身もそこまでのことは考えていないかも知れない。けど、なんか、みんな、そんなところがある。『倉木麻衣さんへの掲示板』に書き込んでくれる人はみんなそうだ。それは、例え初めは「おちょくり」にきたとしても、次には正直に話してくれているように思う。

 「倉木麻衣」さん、あなたが言ってくれたように、僕もこの掲示板が1番好きです。たまにクタクタになったり、たまに両手を合わて「何事もないように」と祈ってページをクリックしている時があるけれど、僕もこの掲示板が好きです。
 例えば、オフィシャルホームページで同じことをしようとしても、それは無理だと思っています。オフィシャルホームページでは、ここまで、えーと、シルバーさんが言ってくれましたけど、「人間的な」掲示板にならないと思う。

 「倉木麻衣」さん、きっとあの掲示板は、いつか日本一の掲示板と呼ばれるようになると思うよ。それまで、まだまだいろいろあると思うけど、それを作ったのは、「倉木麻衣」さん、あなたです。
 しっかり、胸を張って書き込んで下さい。
 けど、「倉木麻衣」さん名を使うのは、あとあときっと不自由になってくると思うので、別のハンドルネームでお願いします。
 で、IPアドレスの件ですが、「確認して下さい」とは書かなくてもいいです。きっと僕らならわかります。見つけます。でも、見られてはいけない人には見つけられないでしょう。僕らだけのシークレットです。そして、今までのように正直に何でも話をしていきましょう。

 昨日の夜、寝る前に気づいたのですが、僕らはあなたを特別扱いしていたような気がします。確かに、あなたの歌は僕らに「一瞬の麻酔」をくれる、ほんとうに、聴いていると体がピリピリとしびれる時がある。
 けど、そんなあなたの歌を支えているのは、あなたの普通の生活だと思う。普通の生活をしていたらいろんな悩みが出る。それは毎日が違うことの連続だからかもしれません。そんな話を話し合って、あなたにも聞いてほしい『倉木麻衣さんへの掲示板』です。
 いつでも待っています。僕らの友達としての「倉木麻衣」さんへ。
 今度は、違う名前で会いましょう。

2000年5月14日(日)-2
 会社にきて、過去ログの整理をしていただ、全然進まず。5月1日分だけでこんなにあったのか、という状態。
 なので、まだ残っているかもしれないので、後日、アップすることにしよう。
 それにしても、1日200以上の書き込みがあるのではないか?
 ということは、書き込んでも、2日見なければ過去ログ行きになってしまうのか。でも、保存の件数をこれ以上あげると、一瞬で全て消えてしまうこともあるらしいからなぁ。困りました。

 『倉木麻衣さんのこの曲を聴いて下さい』の掲示板にニセの倉木麻衣さんとニセのピエロさんが出現。同一人物みたいなのですが、なんであなたはそういうことをするの?

2000年5月14日(日)-3
 なんか、ここ2、3日のことを思い返して、なんか悲しいな、と思っていた。会社から帰ってきて、ちょっと前、何で悲しいんやろ、というのがようやくわかった。
 これは、倉木さんがデビューして、有名になった時と似ているのではないか、と思った。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』は2月から続けてきたものだ。で、その時から書き込んでくれていた人が、最近は書き込んでくれなくなった。それはなぜだろうと思っていた。


 「倉木麻衣」さん名の書き込みがあった。しかし、その「倉木麻衣」さんは、僕にとっては、「初めまして」の一人であった。それは、一人、新しく書き込んでくれている人が増えただけだ。
 だけど、3回目になり、それが、本人と確認をとっているのかどうか、という人が出てきた。一体何なのだろう、と思いながら、返事を書いていた。
 そんな中、今まで、ゆっくりじっくり書き込んでくれていた人が書き込んでくれなくなった。僕らがしていたことは何だったのか。『倉木麻衣さんへの掲示板』とは何なのか、「倉木麻衣」さん名の書き込みに会えるだけの掲示板なのか。
 「倉木麻衣」さんが有名になって、それまで気にもしなかった人たちが、サインをもらいにくるようになった、そんなものなのかもしれない。そして、そのことで、それまで友達だった人がちょっと「倉木麻衣」さんと距離を置いているような感じだろうか。

 何か寂しい、何か悲しい。じんわりとほんとに、悲しくなってくる。

 僕は歌手の倉木麻衣さんより、書き込んでくれた「倉木麻衣」さんの方が大事だ。友達として大事だ。「悩みとか書き込んでいいですか?」というようなことを聞いている人に、何で、そこに、本人かどうかの確認がいるのか。「書き込んでいいですか?」と聞いてくれたら、「いいですよ」の返事しかないではないか。そんな時に歌手の倉木麻衣さんにかかる迷惑なんて、はっきり言って、どうでもいい。もし別人なら、あとで何とでもやり直しが聞くではないか。
 アキーさんが書いてくれたが、この『倉木麻衣さんへの掲示板』は誰も拒んでいない。それはイタズラをするためにきた人でも、それが他人のハンドルネームを使っていようとも、次にくる時に別のハンドルネームに変えてくれればOKだ。削除はするかもしれないが、次にくる時に入れなくするということはしない。「追放」なんて、なんでそんな言葉が出るのか。『倉木麻衣さんへの掲示板』は、誰でも受け入れる、ずっとそうしてきた。
 それが最近立て続けに、「書き込みを消された」とか、「差別意識」とか、何か、歌手になった倉木麻衣さんの気持ちがちょっとわかるようになってしまった。

 それにしても、悲しい。ほんと悲しい。

 今回のことで、書き込んでくれた「倉木麻衣」さんが、この『倉木麻衣さんへの掲示板』や『倉木麻衣ヒットカウンター』に迷惑がかかると思ったらいやだな、と思う。「そんなことはない」と言っても、実際、そんなことになってしまった。
 でも「倉木麻衣」さん。
 後は、じっくり見てもらうしかないと思います。
 今日、掲示板を見ると、みんな冷静になってきた。そして、徐々に普通に話ができる状態になってきた。
 しかし、あと一つ、「倉木麻衣」さんの書き込みがあるとか、「倉木麻衣」さんが見てくれているかも知れないという、過剰な、そしてどこか肩に力が入ったものが抜ければいいのにな、と思う。見られているから良い格好をする、というような気持ちがなくなればいいな、と思う。
 そうすれば、「倉木麻衣」さんが書き込む前からいた人たちが、戻ってきてくれるように思う。そして、より多くのアドバイスなり、相談なりできるようになると思う。
 そうやなぁ、あと気をつけないといけないのは、他の人が入ってきづらい雰囲気にならないようにしないということかな。これは過剰な仲間意識から生まれると思うので、気をつけないと。

 「倉木麻衣」さんが、ハンドルネームを変えてくれたところから、それは始まるのかな? もし「確認して」と本当に書いてくれていても、確認した結果は内緒にしておいた方がいいんやろな。その方が、みんな友達になれるんやろな。そんな気がする。そうしようかな。

と言うようなことも掲示板に書き込んだ方がいいのだろうけど、今はそっとしておくために、この日記にだけかいておこう。
 というか、『倉木麻衣ヒットカウンター』はこのOHHO日記から生まれたのであった。忘れてた。

2000年5月15日(月)
 しかし、どうしたことか、『倉木麻衣さんへの掲示板』への書き込みの数が異常に増えている。
 今日、見ることができる書き込みの数を500まで増やしたが、それでも2日で消えていきそうな勢いである。どうしたものか、掲示板を分けたらいいのか。と言っても、そんな簡単にいくわけではなし。
 困った。
 でも、一番これから困りそうなのは、チャット化していくのが恐いな、と思う。そうなると新しい人が誰も入ってこれなくなる。
 だから、みんな一度書き込んだら、レスをつけてくれた人にすぐレスをつけ返すのではなく、ちょっと様子を見て、明日まだ気になっていたら書き込んでくれればいいなぁ、と思う。が、ついつい自分の書き込んだのはどうなっているかをすぐ知りたいし、実際、僕も返事をされていたら、さらに返事をしたくなって、してしまったものなぁ。
 困った。でも、これはちょっと危険な信号だと思うので気をつけないと。
 というか、「ここは倉木麻衣さんの「別人」の書き込みを平気で載せている掲示板」、と悪評が立てば、それで落ち着くかも。うん、そうなっても逆の意味で違う書き込みでいっぱいになってしまうかもしれない。
 困った。

 で、一昨日は泣いてしまった。
 あんなこみ上げてくる涙なんて、何十年ぶりか、というくらいだ。
 というのも、掲示板のことではなく、本を読んでいて泣いてしまった。
 その本の名前は『永遠の仔』である。
 今テレビで放映しているが、その放映開始前に買ったのに、まだ後編の真ん中過ぎを読んでいるのである。
 確かに分厚い本だ。でも、それまでは平気だったのである。
 が、後編の274ページくらいからヘンになってきて、325ページでは号泣だった。
 会社に出勤する前の奥さんにその顔を見られたくなくて、『永遠の仔』を顔にかぶって、コタツに入ったくらいだ。
 そして、コタツに入って隠れても、その読んだ文章を思い出してしまい、涙がこみ上げてこみ上げて仕方がなかった。

 ほんま、『永遠の仔』とは不思議な本だ。あれほど、それまで何ともなく、読むのもちょっとずつしか進まなかったのに、こんなにどばどば泣けてくるとは。
 うーん、倉木さんにも読んでほしいかどうかは、読み終わってから書くことにしよう。

2000年5月16日(火)
 僕は僕のできることをしよう。
 きのう僕の書き込みが増えてしまうから「呼ばないで」と言ったのだが、ここまで今日僕の書き込みを増やしたら、「あんた言ってることが違う」と、よっしさんに書き込んでもらえるかな?

 よっしさん、ここを読んでもらうことを期待して。
 よっしさん、あの掲示板では、誰も「追放」や「書き込み禁止」はしないのです。これは今までもそうで、これからもそうです。
 僕は待ってますよ。

 それにしても、僕も土曜日はくたくたになりました。ほんと、よっしさん、あなたはすごいと思います。
 だからってわけじゃないけど、待ってますよ。

 それから、今日は新曲を初めてきた。FM802でだ。
 ほんと英語ばっかりだった。爆発的に売れることはないと思うけど、ほんとちょっとした遊び心に、僕は喜んでしまった。
 全米デビュー曲を、みんなきくべし。そしたら、もっと楽しくなります。
 みかさん、みかさん、見てますか。
 もしかして、今度の新曲でも、倉木さんの英語はまだまだかもしれません。が、「きっと」「いつか」を僕は信じています。
 そして、あなたに認めてもらえる日がくることを信じています。
 僕は、これは全く倉木さん任せになってしまうのですが、倉木さんの力で、あなたがあの掲示板に戻ってきてくれることを信じています。

 と、信じていることばかりの日なのでした。

2000年5月16日(火)-2
 僕の会社に新入社員が入ってくることになり、今その人ともう一人の人と飲みに行っていました。
 会社に帰ってきて掲示板を見ました。
 なんか、泣けてきます。
 酒が入っているからか。アサヒのスーパードライはビールなのに効くなぁ、と感心してしまいます。
 みんな、ありがとう。よっしさん、ヴィレさん、待ってますよ。ヤナさんも、みかさんも、みんなみんな。

2000年5月17日(水)
 今日は朝からちょっといいことがあった。
 というのも、ある方からメールをいただいたからだ。
 ほんと、仕事を始める前に『永遠の仔』を読ませるようなことをしないでもらいたい(笑)。という「(笑)」と書かれていることが、こんなにも人を幸せにできるのか、という感じです。
 また、会いましょう。『倉木麻衣さんへの掲示板』で会いましょう。

 と、もう一つ。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』が、@niftyの音楽サイト「MuDex/MUSIC WEB」さんの中にある「BBS COLLECTION」さんにリンクされることになりそうです。そのページは、「元気に盛り上がっているBBS(掲示板)を紹介」するところだそうです。
 「承りました」のメールを返信したので、またみなさん、よろしかったらそちらのページに伺ってみて下さい。
 URLはこちらです。
http://www.nifty.ne.jp/mudex/

 で、この@niftyさんもそうだが、この前の雑誌の『マックファンインターネット』のちょっと記事といい、なぜか、この時期に『倉木麻衣ヒットカウンター』が取り上げられるようになってきている。
 これも、倉木さんが一般の人にも名前が知られるようになったためだろうか。『Love, Day After Tomorrow』がオリコンさんで100万枚を突破して、もう何カ月にもなるのに、何か時間差攻撃という感じだ。

 そうそう、これは書こうかどうか迷ったのだが、知らないよりは知っておく方がいいと思うので記録しておく。
 倉木さんが『週刊宝島』に取り上げられている。タイトルは次の通りだ。

〈「Love, Day After Tomorrow」130万枚!!
 謎の天才美少女歌手「倉木麻衣」大追跡!!〉

 何か、「大追跡」という言葉が気になりすぎるか、お願いしますよ。宝島社さん。このOHHOのページは、あなたのハローさんのフリーページから生まれたのですからね。頼みますよ、という感じだ。
 しかし、それにしても、なんで「天才」とわかるのだ。生まれた時から知っていたのか、それとも歌を聴いて下さり感じるところがあったのだろうか。
 ほめていても、けなしていてもいいが、お願いだから、歌が歌えなくなるような状況を作らないでいただきたいな、と思う。
 今日、帰りに見にいこう。

 それにしても、1日1回、倉木さんの周りではいろんなことがある。

 うーん。で、ハンドルネームが「倉木麻衣」さんは元気なのだろうか? あの3回目のあと、掲示板でいろいろな状況になってしまったので、心配している。大丈夫?

 それと、「関係者」さんという方が掲示板に書き込みをされている。しかし、誰もあのハンドルネームが「倉木麻衣」さんのことを聞かない。
 いい掲示板になっていくなぁ、と思っている。
 関係者さん、こんなところから何ですが、僕らは、関係者さんたちの方針を支持します。
 倉木さんのプライベートなことをしっかり守り、いろいろな外圧にも負けずに、最初の方針を変えないで続けていらっしゃること、本当に感謝しています。
 いろいろ、系列会社さんのことと一緒にされて、いろいろ腹の立つことも多いと思いますが、僕らは大きな声を出していませんが、関係者さんたちは関係者さんたちと、倉木さんは倉木さんと、一人の人として見ています。
 ですから、これからも負けないで、続けていってほしいと思います。
 僕だけでは何の力にもなれないですが、『倉木麻衣さんへの掲示板』には、書き込んでくれている人も、そして見守ってくれている人も、みんな、関係者さんたちの味方です。
 そして、僕たちをずっと味方でいられるように、これからも素敵な音楽を僕らに届けて下さい。

2000年5月19日(金)
 こそっと、一つ掲示板を『倉木麻衣ヒットカウンター』内にアップする。
 と、思って今見たら、もうバレていた。は、早い。

 それにしても、ほんと書き込みの量がすごいなぁ。そんで書き込みを読むと、今は中間テストの真っ最中なのね。

 で、そんな中、また倉木さんのプライベートな写真が、ある雑誌に載る。

 うーん。
 けど、今日の雑誌の記事は全く愛がない。一回読めば最後の言葉がとってつけているのがわかる。まだ、1週間前の雑誌の方が、文章を書いている人は「倉木麻衣」という人を知っており、気にしているような書き方だった。
 今日のは、後で取材させてもらおうという意図が読めた。最後に、心配しているのよ、と出しておけばいいでしょ、というものだった。

 いくら腹を立てても、あとは、僕らが穏やかに対処するしかないのがくやしい。けど、それが今の倉木さんにとっての僕らがとれる最善の方法だと思う。

 それにしても、テレビに出ないのは、「伏せて好奇心を煽っている」と考える人は、何で物事を逆から見るのだろうと思う。時間には順序があるのだ。学校や友達、家族を大事にしたい、そう思うと、テレビに出ない方がいい。けど、CDをみんなに知ってもらうには、チラシをまくか、CDのサンプル盤を作るか、プロモーションビデオを作るしかない。で、そのプロモーションビデオを見たら、その作り方がどうのこうの、テレビでの露出がどうのこうの、とくる。
 けど、それは、プロモーションビデオを知ったから言えること。もし、それがなかったら、文句を言う人は「倉木麻衣」さんに出会うことはなかった。
 そして、倉木さんのことを「ビーイング」「ビーイング」とうるさく言う人がいる。そういう人は「ビーイング」さんのホームページを見たことがあるのだろうか。
 倉木さんは「GIZA」さんである。「GIZA」さんは「ビーイング」さんのグループの一つかもしれないが、「GIZA」さんと「ビーイング」さんは別会社である。その上、「ビーイング」さんのホームページのトップページの中で、「GIZA」さんはどこに置かれているか考えたことがあるのだろうか。「GIZA」さんは一番下の右端、ちょっとずれたところにあるのだ。
 そんなことも知らないで「ビーイング」さん「ビーイング」さんと、うるさいっちゅうねん。
 これは前にも書いたが、OHHOが地方小出版流通センターさんを通して、全国に本を配布してもらっているからといって、OHHO=地方小出版流通センターさんではない、ということと同じである。

 GIZAさんは、GIZAさんの方針でずっと倉木さんを育ててくれている。
 それは、この僕が知って感じた何カ月間は一貫している。そしてそれは間違っていない。また、GIZAさんは、もっと遠くを見ている気がする。まだ、倉木麻衣さんは、そしてGIZA studioさんは始まったばかりなのである。
 

2000年5月20日(土)
 昨日は会社のお別れ会兼歓迎会だったので、あわてて日記を書いた。
 で、今初めて読み返すと意味の通じないところだらけだった。やっぱ、推敲をしないといけないな。自分で何を書いているのか意味がつかめないというのは重症だ。

 おっ、久しぶりに『Stay by my side』がかかる。FM802で。
 僕らと倉木麻衣さんが出会ってからできた曲だな。感慨深く、じーん、となる。

 「倉木麻衣」さんがまた現れる。前とは違う人だったので、削除しようかな、と思ったのだが、僕は今、『倉木麻衣さんへの掲示板』を作った時の状態に戻そうとしている。つまり、全部の書き込みを削除しない、ということ。
 だから、残して、あとはみんなにいろいろ考えてもらおうと思った。
 昨日発売になった雑誌のこともそう。
 全部残して、隠さずに残して、そしてそこから生まれてくるものに期待したいと思う。
 

2000年5月21日(日)
 今日は会社に行って、『倉木麻衣さんへの掲示板』の過去ログを整理しようと思ったのだが、朝の団地の「ふれあい活動」(団地の周りを自治会に入っている人が掃除する)で早起きをしたものだから、寝てしまった。
 仕方がないので、近所の『MOVE』に行き、新曲の『NEVER GONNA GIVE YOU UP』を予約する。
 が、よくその予約カードの発売日の日付は、「6/28」とあった。
 れれ?
 それはアルバムではないの?と思ったが、その日を店員さんが書くということは、結構アルバムの発売日が知られているってことではないか。ということは、他にも予約をしている人がいるってことではないか。
 と思うとにやけてきて、そのまま指摘せずに帰ってきた。

 『パチパチ』という音楽雑誌を立ち読みする。ソニーさん系の雑誌だったと思う。
 そこにも、倉木さんが取り上げられるようになったのは、何かすごいな、やったぞ、と思った。おめでとう、倉木さん。
 で、そこで、一つ知らなかったのは、アルバムをリリースすることが夢だったってこと。「夢」とは聞いたことなかった気がする。
 けど、「今世紀中に出したい」とラジオで倉木さんが言っていた「アルバムのリリース」。夢が叶って、よかったね。

 さぁ、今度は「倉木麻衣」さんが、どんなハンドルネームできてくれるか。かたずを呑んで見ている。けど、そのハンドルネーム探しで、僕だったら、1年くらいかかって、見つけたその時には、そのハンドルネームが気に入らなくなって、結局書き込まないな、と思ってしまう。

 はぁー、それにしても、1回目、2回目、3回目の、ここはこうで、ここはこうで、と、いろんな説明ができて、そこには一つも矛盾がない、ということも言えるのだけど、最後の1点、IPアドレスを突き止めていくことができない。それは、僕らと「倉木麻衣」さんの、今まで培ってきた信頼関係を壊すことになると思うからだ。僕らは、1回目、2回目、3回目を読んでわかっている。
 ほんと、「倉木麻衣」さんは、僕らのページができた最初から見ていてくれた、貴重な人なんだな、と感じている。見ていてくれた、というか、ずっと見続けてくれているんだろな、と思う。そんな意味をいっぱい込めて、「ありがとう」です。

 倉木麻衣さん、ほんと、僕は、あなたが「世界」を変えていくと思っている。それは音楽だけの「世界」じゃなくて、なんか、もっと広い深いものを変えていくのだろう、と感じている。

 それと最近時々思うのは、倉木麻衣さんは『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップランナーなんだろうな、ということ。そしてそのトップランナーの倉木さんを追って、マイマイマイさんや、シルバーさんや、他のみんなが一生懸命頑張っているんだろうなって。「癒される」というよりも、倉木さんが頑張っているだから、僕らも頑張らないと、というような、何か、仲間意識のようなものがある。僕も頑張らないとな。
 けど、倉木さん、いろんなところで、自分のことが書かれていると、見たいけど、見ると肩の力が落ちてしまうことがあるよね。ほんま、そんなことを、裏の方の掲示板を知って実感した。ふー、ほんま。まさか、僕のことをあれこれ言われているとは思わなかった。この日記のページを見ている人が、あの掲示板に書き込むんだ、と思って、それも、なんかがっくりした。

 だから、『倉木麻衣さんへの掲示板』は、幸せな気分になれる掲示板にしたいな、いつもいつも。倉木さん、今はナオチューさんという人が頑張ってくれてるよ。レスのついてない人にはちゃんとレスをつけてくれてたりして、さ。
 ほんと、倉木さん、あなたは、人に恵まれているな、と思った日曜日でした。
 今日は、結構大きな地震があったけど、晴れの日でした。
 

2000年5月22日(月)
 うーん。また『倉木麻衣さんへの掲示板』がたいへんなことになっているなぁ。
 けど、「ドラえもん」の話を出してくれてありがとう。みんな、ありがとうです。
 今回は削除も禁止もせずに、みんなに任せるね。
 掲示板の停止や廃止はしないからね。
 時間がかかるかもしれないけど、ゆっくりと戻していこう。
 T,Kさんも、ファンの力こっちにも貸して!さんも(うっ、名前間違ったかもしれん)、みんなありがとうです。

 それにしても、2ちゃんねるさんは、パート4にまでなってるのね。
 とりあえず、IPアドレスを控えているので、もう前に書いたけど、その時はどうぞよろしくです。
 

2000年5月23日(火)
 よく見ると『☆★倉木麻衣罵倒専用スレッド・パート4☆★』さんで、僕の名前が結構取り上げられているではないの。
 で、ここを読んでおられると思われるいずみさんに、ここからで失礼ですが、お返事をします。

 いずみさん、あなたの「OHHO確信犯説」は間違いです。そして、334さんが正解です。それは後々わかってくると思いますが、いずみさんがあなたのその説を繰り返していると、後で、何だかあなたが困るような気がします。
 というのも、あなたがいいかげんな情報を流す人、として、『☆★倉木麻衣罵倒専用スレッド・パート4☆★』で信用をされないようになると思うのです。まぁ、それだけではなく、雑誌等からの原稿依頼もなくなるかもしれません。
 僕は今までお金をもらって原稿を書いた経験はないと思うのですが(歌謡曲ミニコミ誌『OHHO』として、何件かミニコミ誌の取材などを受けたことがありますが、お金をもらう原稿は書いたことないような気がするなぁ。忘れてたら、池ヤンごめん)、そんな原稿もこなくなるんじゃないかな、と思ったりしています。
 まぁ、それはどっちでもいいですが、それもこれも別冊OHHO『倉木麻衣を守れるか(仮題)』が出ればわかることでしょう。
 と言っても、全然進まない、う、みなさんすみません。この調子じゃ、会社を1カ月くらい休まないとできない感じになってきた。

 で、いずみさんは知っておられるとは思いますが、「ポン!歌謡曲の雑誌『OHHO』」のページの中にある『倉木麻衣ヒットカウンター』は、倉木さんのことをほとんど知らない時に作ったのですね。だから、プロモがどうの、プライベートの写真がどうの、と言われてもビクともしないのですね(英語がどうの、と言われても、逆に「どこかおかしいのか教えて」となり、それを倉木さんに見てもらえるようにすることで、次の倉木さんにつながるから、僕の心に動揺はないのですね)。
 なんで、そこまで僕の心が揺れないかというと、倉木さんは、『Love, Day After Tomorrow』以来、ずっと僕らをひきつける曲を出してくれているからです。
 また、今度、アルバムが出るのとあわせて、ジャケット写真を撮ってくれている人の写真集も発売されると聞きます。なんか、そういう才能のある人(カメラマンさん)を世に出してくれる姿勢をとり続けるGIZAさんも、それまで全然気にしていなかったのに、好きになってきましたね。
 ほんと、時間が経つにつれて、倉木さんは人に恵まれているというか、いいCD会社に入ったな、と思うばかりなのですね。

 ということは、いずみさんにも同感していただけるとは思いますが、とりあえず、あなたの「OHHO確信犯説」は間違いだということをお伝えしておきます。
 そのヒントは、僕は、10年前とほとんど変わっていないこと、と、ミニコミ誌『OHHO』を印刷していただいていた会社に、今、勤めているということでしょうか。
   ●
 話は変わって、『倉木麻衣さんへの掲示板』のみなさんへ。
 ほんと、みなさんのおかげで、元に戻りつつあります。ありがとう。ドラえもんさんも、ありがとう。
 ということで、これからはもっと元に戻しましょ。
 僕らの話題でいっぱいになるのじゃなくて、倉木さんの話題でいっぱいになる『倉木麻衣さんへの掲示板』に。倉木さんの力になる掲示板に。
 みなさん、頑張っていきましょう。

2000年5月24日(水)
 えーと、昨日の日記の中で、リンクを張っていなかったので、リンク先を書いておきます。
 僕が昨日お名前を出したいずみさんのページです。
 http://www.izumichan.com/
 いずみさん、リンクを張っていなくて申し訳ありませんでした。

 それからあと一点。
 誤解されるような書き方になってしまい、いずみさんには申し訳なかったのですが、いずみさんは、『☆★倉木麻衣罵倒専用スレッド・パート4☆★』さんの中で、倉木さんを罵倒する書き込みはされていません。いずみさんは冷静に書き込まれている方です。

2000年5月26日(金)
 昨日は、会社のある人のお別れ会だった。
 で、食べ放題の焼き肉屋にいったのだが、今週入ってきたばかりの新人にやられてしまった。ビールで生の中ジョッキ2杯分という大差をつけられてしまった。
 なんちゅうこっちゃ。しかも軽々と2杯も差をつけられてしまうとは。
 くやしい。初めて招いた時は、その新人は、そんなに飲んでいなかったのに。
 そうそう、その新人を初めて招いた時の居酒屋さんでは、僕らが食べて飲んでいる間に、2回も倉木麻衣さんの『Secret of my heart』がかかった。1時間ちょっとしかいなかったと思うのだが、その間に2回もかかるとは。結構なご時世ではございませんか。

 そうそう、「オッホ」というハンドルネームの方とチャットで話した、という方からメールをいただいた。しかし、僕は今まで掲示板には書き込んだことがあるのだが、チャットは1回もしたことがなかったので、ダブってしまったんだろうなぁと思った。名前、変えないとあかんのかなぁ、とちょっとだけHN「倉木麻衣」さんの気分になった。
 なんか、どうしていいかわからなくなってしまうんやね、そんな時は。
 また、『倉木麻衣ヒットカウンター』ではないページで僕の名前を見たときは、あれあれ、と思う反面、めちゃくちゃ落ち込むことに気づいた。
 同時に、こりゃ、倉木さん、すごいわ、と思った。
 自分のいないところで、勝手に話をされているんだもんね。
 まぁ、僕も勝手にいろんな人の話を書いてしまっているんだけど、それも同じことだもんね(気をつけないとな)。
 でも、そんな中でも倉木さんが前向きに進んでいるのは、いったいどんな精神力をもっている人なのだろうか。どこで息抜きしているのか。逃げ道はあるのだろうか。それが『倉木麻衣さんへの掲示板』なのだろうか。ぐるぐるぐるぐる、頭の中をいろんな考えが巡るのである。

 ああ、また写真週刊誌に載せられてしまった。
 2週続けて、である。というか、今回のことを載せる条件で、1回目を許したのではないか、と思った。
 でも、それは、「許すようにもっていかれた」のであって、倉木さんの周辺の人が喜んで許したのではないと思う。
 今日発売の2週目の分では、堂々と「彼女が道行く人に気づかれることはほとんどない」と書いているが、こんなプライベートな写真を出しておいて、お前よく言うな、である。
 あほか。こんな写真を出したら「道行く人に気づかれ」てしまうだろう。
 倉木さんは、今まで気づかれずに普通の生活を送れる環境にあったから、これまでの歌が、詩ができていたと思っている。どうしてくれるねん、である。
 倉木さんの詩の内容が、いろんな人に追われるようになって怖い、というものになったらどうするねん、である。
 それでも、それを乗り越えていけ、と言うのか。それでもあなたは言うのか。よーし、いいじゃないか。やってやろうじゃないか。倉木さんが今まで通り前向きに考えられる歌を作れるように、やってやろうじゃないか。

 って、どうするのか、わからないのですが、とりあえず、僕は僕の普通の生活をして、普通の話をしていけたらなぁ、と思います。
 倉木さんがいい曲を歌ってくれている間だけでも、何らかの形で力になれたらなぁ、と思います。
 まぁ、そんなことを思っていても、「会いたい」とかは全然思わない。不思議やなぁと思う。でもなぜかわからないのですが、どこかで会うような気がして、ずっと前からしてて、仕方がないのですね。でも、もし『倉木麻衣ヒットカウンター』関係で会うことになるとなると、僕は行かずに、他の人にお願いしようと考えていたりするのですね。そのお願いしようと思っている人のお名前は何人かいるのですが、その時が万が一、というか、億が一がくればお願いしますので、よろしくです。
 そうそう、ミニコミ誌の『OHHO』として、取材するとかは全く考えていませんので、ここに宣言しておきましょう。そんなことをすると、好きなことが言えなくなりますからね。

 そうそう、この前初めて、バナー広告のお願いメールをいただいた。
 けど、『倉木麻衣ヒットカウンター』では、ページを開くのが遅くなるといやなので、「いいですよ」という返信はせずに、そのままにしている。
 その前に、家のマックのLC630でホームページを見るという環境を何とかしないとな。モデムを56000にしても、LC630の表示は遅すぎるのだ。今じゃ、LC630は中古屋さんで、3,000円くらいで売っているもんな。とほほ。

2000年5月27日(土)
 5月23日(火)のこの日記でお名前を出したいずみさんと僕のその後のやりとりを、いずみさんがまとめてくれています。僕はまだ見ていないのですが、いずみさんからリンク先を教えていただきましたので、ご紹介しておきます。

 http://www.izumichan.com/misc/being/ohho.html

です。

2000年5月27日(土)-2
 今、いずみさんがまとめてくれたページを見てきました。
 それにしてもすごい量、とびっくり。こんなけのものを、想像すると1日くらいでいずみさんは作られたのではないか、と思うとすごい集中力、とこれまたびっくりしてしまいます。
 で、僕としては、そこに載っていたメール等も送っていますし、日記もそのままなので、何ら「ちょっと、ちょっと」と思うところはありませんでした。
 でも、1点だけあるとすれば、僕はまだ「竹内美保」という人が思い出せないのですね。「竹内美保がTPDのちょーちん記事を書いてた」っていう「TPD」というのは、「東京パフォーマンスドール」さんのことなんでしょうか?もし違ってたら、めちゃくちゃ恥ずかしいのかもしれませんが、うーわからない。
 『OHHO』が出せなくなってから、というか、出せなくなったのは会社に勤めるようになったからなのですが、その会社に勤めだしてから、初めは営業担当で車に乗っていました。その時は、結構FMラジオを聴けたのですが、制作担当に替わってからは、去年の10月に会社でラジオが流れるようになるまで、全くと言っていいほど、歌を聴いていなかったのですね。ほんと、タワーレコードさんの「ノーミュージック、ノーライフ」(でしたっけ?)の宣伝は嘘やと思ってました。音楽がなくても生活はできました。
 だから、竹内美保さんのお名前をもしかしたら『よい子の歌謡曲』さんで見てたのかもしれないし、どこで見てたのか、全然思い出せないのですね。
 うーん、ほんと、申し訳ないな、と思います。
 僕が気づいて、れれ?と思ったのは、その点だけだと思います。
 以上が、いずみさんのページを読んだ感想です。

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 で、話は代わって、倉木さんの売り出し方についての疑問は、もうこの日記の昔の分に書いているので、その通りだと思っています。今でもそれは、そうだろう、と思っていますが、今では、その売り出し方がなかったら、僕らは倉木さんと出会うことはなかったと思います。
 倉木さんは性格がいいのか悪いのか、それはおつきあいしていないので、わからない。でも、それはおついあいしてもわからないことかもしれません。かわいいかどうか、それも写真週刊誌さんではわからない。でも、そんなことはどうだっていいんですよね。
 それよりも、歌や詩が気になるのですね。今、僕がわかるのは、倉木さんの歌や詩、それだけです。が、こんなストレートに心に届く詩を書けるのは、歌を歌えるのは、どうしてだろう?という思いがいつもあります。これは、ほんとに、綱渡りのような、ギリギリのところで生み出されているのじゃないか、そう思っています。
 僕は、倉木さんの歌や詩が好きです。それを守りたい、というか、このまま倉木さんには大きくなってほしいと思います。
 けど、僕は、写真週刊誌さんや、理由もなく罵倒する人や、過剰に応援しすぎる人は、これから倉木さんが進んでいく道を妨げてしまうのではないか、と思っています。
 倉木さんは、僕らと出会う前から、歌を歌っていた。そして、その歌を聴いて、僕らは倉木さんのことを知った。
 やっぱり基本は、倉木さんは、僕らと出会う前の生活の中から出てきた人だと思うのです。倉木さんはそれまで、いい生活を送ってきたんだな、とも思いますし、いい友達と一緒だったんだな、とも思います。もちろん、家族や、倉木さんを見つけてくれたスタッフの方たちも、周りにいる人はみんないい人だったんだろうな、そういろんな掲示板の書き込みを読んでいると思います。倉木さんは、本当に人に恵まれている、と思います。
 で、そこで、僕らがでしゃばりすぎると、その「ギリギリのところ」で生み出されている歌や詩ができなくなってしまうのではないか、とちょっと心配しています。
 「倉木麻衣」さんは「心の支え」と書いてくれましたが、ほんとに、僕らが「心の支え」になるには、まだまだ修行をつまないとな、と思っています。

2000年5月28日(日)
 今日は、献血をした。散髪もした。
 『倉木麻衣さんへの掲示板』でシルバーさんが教えてくれたことを確認しようと、『Stay bu my side』をCDウォークマンに入れて、大阪へ出てきた。
 会社へきたが、会社の仕事の続きをしただけで、過去ログの整理をできなかった。うひょー、3週分もためてしまっているぜ。

 ということで、今日は、なかなか穏やかなよい日でした。
 そうそう、昨日、会社の近所のTSUTAYAさんで、アルバムを予約した。7番の紙をおとつい持って帰ったのだが、今日はその紙のところを見ると「9番」になっていた。僕が紙をとってから、また一人の人が予約してくれたんだなぁ。
 で、やっぱり、GIZAさん。『Stay bu my side』は、CD店の店頭在庫はゼロになりつつあると思います。そのTSUTAYAさんにも全くなかった。また『Secret 〜』さえも、残り1枚になっていた。
 なんか、アルバムが出るまで、みんな3枚一緒に買っていくような感じだ。
 あと最低10万枚くらい追加で作っても軽くなくなると思うんだけどなぁ。って、ことはもうしてはるでしょうけど。

2000年5月29日(月)
 あかん、あかん、と思った。
 朝、顔を洗っている時に、このままじゃ、飲み込まれてしまうと思った。
 インターネットというのは、ほんと魔物である。
 それだけで一つの世界がある。現実ではないのに、そこで生活している気になってしまう。
 そら、のめり込んでいくと、犯罪も犯してしまうだろうなぁ、と思うし、逆のことも思う。ものすごくすごい発見もあるだろうし、とんでもないひらめきも生むかもしれない。

 けど、それは、現実ではない、ということを忘れてはいけない、と。というか、忘れている僕に気づいた。

 普通の生活は、インターネットの中ではできないと思う。
 自分の生活の中から、それを還元する形でインターネットや掲示板に接しないといけない。

 と思って会社にきて『倉木麻衣さんへの掲示板』見た。
 そしたら、黒の風鈴♪臨界レベル4さんが、6954番の「 ・・・」の書き込みで、「寝言を言います。」と書いて、同じようなことを書き込んでくれていた。
 うーん、黒の風鈴♪臨界レベル4さんの臨界レベルがどんどん上がっていくのが気になるけれど、6954番の書き込みは全くその通りだと思った。
 僕らの生活の中の、ある一部分が倉木麻衣さんの歌であって、倉木麻衣さんの歌が僕らの生活の全てになってはいけないと思う。全てになってしまっては、そしたら、倉木さんはどこへいけばいいのだ。今の倉木さんが僕らの全てになってしまっては、年を重ねるたびに倉木さんは収縮していってしまうのではないか。

 もっと、僕らが、「こんなこともあるよ」とか「こんなん知ってる?」とか、そんないろんなことを言っていかないと、ダメになっていくのじゃないか。

 ファンが熱狂的に応援しても、その応援された人は救えない。そういう経験を僕は岡田有希子さんでした。
 僕は、岡田さんのことは全くなんとも思っていなかったのだが、岡田さんは熱狂的なファンをいっぱい抱えていた。抱えていたというより、熱狂的なファンがいっぱいいた。
 当時、僕はミニコミ誌の『OHHO』を池ヤンたちと一緒に作っていたが、歌謡曲のミニコミの中では一番、岡田さんのミニコミが多かったし、熱かったんじゃないか、と思っている。
 だから、岡田さんがあのようなことになって、僕はどうしてなんだ、と、地下鉄谷町九丁目駅へ向かう地下道のところで立ち止まった。どうして、あんなにファンがいたのに、なんで、こうなるんだ。いったいファンって何なんだ。
 ファンでも何でもない僕が思ったのだから、ファンの人の気持ちは、もう思い出したくないくらいだろうと思う。
 僕はその時、ファンっていうのは無力なものだ、と思うことにした。
 しかし、どこかに、届け、届けというのがあって、その後も、こうして続いているんだけど、どこかで届けばラッキーやん。そんな、感じだ。

 ファンとして、例えばそれが倉木さんだとして、倉木さんと向かいあって見つめてあげるのではなく、倉木さんの向かう方へ目を向けてあげるべきではないか。並んでても、後ろからでも、前に立っててもいいから、見て上げる方向は、倉木さんの方ではなく、倉木さんが見ている方へ目を向けてあげるべきではないか。倉木さんが前を向いているのなら、僕らは足元でもいいやん。倉木さんの目を見ていたら、僕らは石があることに気がつかない。倉木さんはつまづいてしまうよ。

 と、くさいことをかましておいて、こんなことを、むのたけじさんという人の本を読んでから思った。

 僕らはずっと試されているんだったら、その試されていることを、何とかせんとな。と黒の風鈴♪臨界レベル4さんの書き込みから、こんなにも話が飛んでいくなんて、全く人生不思議やなぁ。
 黒の風鈴♪臨界レベル4さん、どうもありがとうです。

2000年5月31日(水)
 今日は5月最終日。
 そして1週間くらい後に、新曲の発売日。

 要注意日が近づいてくるなぁ。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』が完全に元に戻った、これは倉木さんのオフィシャルサイトからメールで倉木さんに知らせないと、と思ったのもつかの間、ありゃりゃりゃ、で1人何役もする人が出てしまった。
 うまい具合にいかないなぁ。まだメール送れないなぁ。

 けど、りょうさんやただの高校生さんからの北海道のラジオの報告もあり、今日はいい一日でした。