2000/4/30

OHHO日記
インターネット編
1999/11/21〜 田熊孝浩
ようこそ。あなたはこのページを訪ねてくださった
人目の方です。

2000年4月1日(土)
 そうや、今日から4月やってんや。
 ページを移さないと。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』過去ログの3月24日〜29日分をアップロード。
 その上、久しぶりにいろいろな倉木さん関係のホームページへうかがう。
 そしたら、その「リンク」のところに、いろいろ知らない名前のホームページあり。『倉木さんに関するホームページ』のところに追加する。

2000年4月2日(日)
 新聞のテレビ番組欄を見て、倉木麻衣さんが『サンデージャングル』(ABCテレビ・午後11時30分〜深夜0時25分)さんに取り上げられそうなことを知る。

 〈ジャングル ポスト宇
  多田R&Bの新生▽学
  生投資家の甘い生活▽
  中居斉唱ほか〉

の〈ポスト宇多田R&Bの新生〉のところだ。
 もし、これが倉木さんに関するものだとすると、「やっときたか」という感じだ。けど、それもあるが、そんなことよりも、「えらいことになるぞ」という不安の方が先に立つ。

 というのも、『サンデージャングル』さんは普通の音楽ファンではない人が見ている番組だ。
 スマップの中居さんが巨人軍さんのことを長く話しすぎるということはさておき、『夜もヒッパレ』さんや『CDTV』さんの比ではない影響力があるように思う。
 『サンデージャングル』さんが取り上げれば、毎日テレビさんの『ブロードキャスター』さんも取り上げるのではないか。となると、もうこれは、本当に「社会現象」になったことになる。
 となると…。

 『倉木麻衣さんへの掲示板』は倉木さんの新曲が流れ出してから、荒れ出したように思う。今は落ちついているが、倉木さんに何かある時(例えば、今回、『サンデージャングル』に取り上げられるかもしれない時)、またそうなるのではないか、という心配がある。
 ここ2、3日気をつけなければならない。

 で、どう気をつけるかというと、どんどん新しい情報を書き込んでいくことだと思う。新しいことを書き込み続け、もし、荒れてると思ったら、どんどん後ろに回るようにすればいいのではないか。
 そう、僕は、APSさんからメールをもらってから思ったのですね、APSさん。

 それと、話は変わるが、倉木さんのマキシシングルのC/Wの曲を作っている人のことが少しわかる。
 「北浦正尚」さんという人で、『ココット(cocott)』さんという3人のポップ・ユニットを組んでいる人らしい。
 CDも発売しているらしいので、今日、帰りに買いにいこうと思う。

 それにしても、その北浦さんのことが載っていたホームページ(GIZAさんのページ)に書いていたのだが、北浦さんたちは「現在は大阪でのスタジオワークを基点に活動中」とのこと。
 倉木さんのおかげで、こうも大阪が注目を集めるというか、「えっ、大阪なん!」と驚いてしまうというのは、なんともすごいことだ。
 たった一人の女の子の力で、どんどん大阪にいながら知らなかった、大阪のことを知っていく。不思議なことやなぁ。

 『JUNON』を買う。
 『Music net』も買う。

 どちらも倉木さんのことが載っている。
 落ちついたら、『倉木さんのことが載っている新聞・雑誌』に載せないとな。

 さて、Sさん、今まで止まっていた『別冊OHHO』の編集を始めます。

 と、思っていたら、『倉木麻衣ヒットカウンター』のトップページが記事が増えるたびにどんどん下に伸びているのが気になってしまった。
 ああ、Sさん、今日はそのレイアウト変更しかできませんでした。すみません。

2000年4月3日(月)
 読売テレビで『永遠の仔』を放送する。
 4月10日くらいからだ。

 で、ずーと、買うかどうか迷っていたのだが、本の方を買ってしまった。
 だいぶ前に、朝日放送ラジオの『サイキック探偵団』で北野誠さんがめちゃくちゃほめていたからだ。
 是非読まねば、と思って、文庫本になるのを待っていたのだが、テレビドラマをするとなると、そっちを観たいではないか。観てしまうではないか。録画してしまうではないか。
 で、内容が本の方よりレロレロになってたら、けったくそ悪いではないか。
 ということで、税別1800円もする本を買ってしまった。

 けど、本って、パソコン関係の本だと平気で3000円くらい出すのに、小説とかだと、1000円を超えると高いと思ってしまう。なぜだろう?

2000年4月4日(火)
 もう一つ、倉木麻衣さん関係の掲示板をアップロードする。

 FM802で、来週の『ロックキッズ802』で、倉木麻衣さんの新曲をかける、とDJの浅野さん(?)が言ってくれました。

2000年4月5日(水)
 ど、ど、どいうことだ。

 と、朝、メールを見て、『倉木麻衣さんへの掲示板』を見て驚く。
 しかし、しかし、しかし。

 それは、誰でも無理ないと思う。そこには「悪意」は全くなくて、全くその逆の気持ちがいっぱいある。
 でも、申し訳ないけれど、多くの人の書き込みを削除してしまう。
 みなさん、すみません。

 で、違うページを見ると、それ以上にアチャーということあり。

 なんか、倉木さんの個人的な情報がポロポロと、全国的な規模で漏れだしている。しかも、それは「善意」の気持ちから出ているから、どうにかするのも、なんともなぁ、と思ってしまう。
 しかし、それを見てしまった、読んでしまった僕はどうなるのだ。

 うーん、家族にも会社の同僚にも話せないというのは、なんとも苦しいことだ。
 でも、話してしまうとどうなるか。
 それはきっと、遠回しに倉木さん自身、そしてご家族の方に迷惑をかけてしまうことになる。
 今まで話したこともない人から電話がかかってくるだろうし、学校にも無言の電話がかかったりして、その学校をやめなければならない状況になってしまう。
 のではないか?

 何か、毎日毎日、僕らは試されているような気がする。
 倉木さんをどこまで守れるのか。守れるのだろうか?
 

2000年4月7日(金)
 『倉木麻衣さんへの掲示板』にみかさんのレスの書き込みあり。

 よかった、よかった。
 どこへ行ってしまったのか、ちょっとだけ心配していました。けど、レスをくれていた人たちに一人一人に返事をしてくれているとは。
 あとは、みんなが、みかさんの全部のレスを読んで、その反応を書き込みにしてくれたらなぁ、と思います。一部だけで判断されると、みんなつらくなってしまうもんなぁ。

 それにしても、僕の印刷会社への求職者はまだ職安さんから2件あっただけ。どこが失業率が5%近いねん、という感じ。欲しい人と、欲しい仕事のギャップはかなりあるねんやろな。
 

2000年4月9日(日)
 GARNET CROW(ガーネット・クロウ)さんのCDを買う。
 倉木麻衣さんがエンディングテーマ曲を歌っている『名探偵コナン』のオープニングテーマ曲だ。
 『Mysterious Eyes』。

 これがめちゃくちゃいい。熱くなってくる。これも倉木さんと同じGIZA studioさん製作だ。

 小松未歩さんの3rdアルバムも買う。これもGIZA studioさん製作。

 ここ、何枚か続けて、GIZA studioさん関係のCDを買っている。
 というのも、これはすべて倉木さんのせいなのだが、そこで思ったことがある。
 倉木さんは今のところ、絶対と言っていいほど、「宇多田ヒカル」さんの名前が並んで取り上げられる。
 『JUNON』さんの記事によれば、「光栄なこと」と倉木さんは思っているそうだが、それは、ほんと僕も光栄やな、と思う。
 しかし、それだけじゃない、と僕らが思っているのはなぜだろうと考えていた。
 何で倉木さんの曲には、1曲もしょうむない曲がないのか。その原因はなんなのか。
 確かに倉木さんの歌の力もあると思う。けど、曲がないと倉木さんは歌を歌うことができない。ということはその曲を作っているのは、というところに話がいく。

 GIZA studioさんとは何なのか。そう考えるようになった。倉木さんを支えているのは、GIZA studioさんなのだ。
 で、GIZA studioさんの曲をいろいろ聴くようになっていった。そして聴いていくと、どうも、やはり、どの曲も手を抜いたような、時間に追われて作っんやな、と感じる曲が1曲もないことがわかってくる。ということは。

 今は、「倉木麻衣」という人は「ポスト宇多田」ということで呼ばれている。が、もうすぐ、それも近いうちに、GIZAグループの「倉木麻衣」と見られるようになるのではないか。そして、そう見られるようになることが、きっと倉木さんの大きな未来につながるように思う。
 GIZA studioさんが、どのアーチストに対しても、手を抜いた曲を作らないことを繰り返す。そうすれば、もっともっと倉木さんのふところが深くなっていく。

 GARNET CROW(ガーネット・クロウ)さんの曲を多くの人に聴いてもらうことによって、それは可能になってくる。
 ブームが一過性のブームで終わらせないようにするためには、グループで出ていく必要がある。
 GIZAグループとしての「倉木麻衣」。そう呼ばれる日が近々くることを、GIZAさんの今日の大量のTVCMによって可能になる。GIZAさん、僕も信じています。

 GIZAさん、頑張ってください。

2000年4月10日(月)
 あかん、何もできんかった。
 でも、初めて、『シークレット・オブ・マイ・ハート』を聴いた。
 遠い音だったけど、泣いた。

 何で泣けるのか?
 それをつきとめなければ。

2000年4月11日(火)
 これは、全くの勘だが、『シークレット・オブ・マイ・ハート』を聴いた感じでは、今度出る倉木麻衣さんの『ファーストアルバム』は、200万枚は軽くいくのではないか。ちょっと転ぶと、500万枚に届くかもしれない。
 GIZAさんが『Love, Day After Tomorrow』の時のように、品切れを起こさないような発注計画を立ててくれるといいのになぁ。

2000年4月12日(水)
 みかさんがお別れのあいさつを『倉木麻衣さんへの掲示板』へ書き込んでくれた。
 「書き込んでくれた」、そんな感じである。
 でも、みかさん、きっとあなたは戻ってきてくれると思います。
 倉木麻衣さんは、そんなに弱くない、今いるところで満足する人ではない。僕はそう思っています。
 雑誌『JUNON』で倉木さんのことをスタッフの人は「スポンジ」という表現をしました。スポンジのように、どんどん吸収していくというイメージです。
 でも、スポンジさんも吸収するものがなければ、意味がないですよね。
 みかさんの書き込みは、その吸収するものだったと思います。どれくらいの大きさかわかりませんが、もしかしたら、倉木さんが本当に世界に出ていくときに、みかさんのアドバイスを「今」いただいたことがラッキーだったのだ、と言えるようになる。そう信じています。

 と言っても、倉木さんがあのページを読んでいただいてなければ、何にもならないのですが。

 みかさんの書き込みを読んで思ったことがもう一つあります。
 それは、倉木さんは、これからどんどんいいブレーンを見つけていかなければならないな、ということ。
 今でも、奇跡のようなスタッフの人たちに囲まれているみたいですが(GIZAさん関係のCDを聴いていくとだんだんわかってきました)、もっともっと、と、欲張りすぎるほど、いっぱいのいいブレーンさんについてもらえれば、もう鬼に金棒になるのではないか、と思いました。

 どうもありがとう。そして、みかさん、また会いましょう。

 ●

 とあと、一つ今日思ったのは、倉木さんをみんなが守ってあげてほしいということ。
 なんか、ついに、いろんなところで、「倉木麻衣」探しが始まってしまっている、という感じがしました。
 倉木さんを守るのは、ご家族の方、スタッフの方、友達、地域の方、その方たちしかいません。
 全国にいるファンの人が倉木さんのプライベートを守ってあげることができるのは、じっと離れたところで見守っていてあげることだけだと思います。

 倉木さんがこれからも僕らに感動させる曲を聴かせてくれるためには、倉木さんに歌うことが好きでいつづけてもらわなくてはなりません。
 歌ではなく、他の理由、例えば、プライバシーを邪魔されるようなことで、「歌を歌わなかった方がよかった」と後悔することのないようにしなければ、と思います。

 とりあえず、地域の人には、今まで通り、でも少し気にかけて、守ってあげてほしいと思うのですね。

2000年4月16日(日)
 ありゃ、いつの間にか、3日間もあいてしまった。
 それまで、『倉木麻衣さんへの掲示板』へは書き込んでいたのだが、何だか、日記を書く環境を作れなかった。
 というよりも、別冊OHHOが全く作れずにいる。その上、プライベートなことで、忙しくなりそうな電話もおとついかかってきた。

 でも、いろいろいっても、『倉木麻衣さんへの掲示板』へきてくれる人はいい人ばかりだと思う。
 たまに「死ね」という書き込みがあったりして、およよ、となるのだが、そんなのは、ほんとタマ。
 こういう書き込みしかあかん、とどこにも書いていないのに、みんな、最後は他の人の気持ちを考えようとしてくれている。
 途中では、例えば、太田朋さんの言葉だが、「たとえ涙がこぼれても」、最後は、「思わぬ所に芽がでるよ」である。
  ●
 今日はその太田朋さんという人のことを掲示板に書き込んだが、これは、「ゆず唐辛子」を教えてくれた倉木さんへのお礼です。
 もう倉木さんが知っていたら、なんやなぁ、とは思ったのですが、もし知らなかったら、知ってほしいなぁ、と思いました。
 というのも、僕らには知らないことがいっぱいある。これは、倉木さんのことだけではない。倉木さんのことで知らないこともいっぱいあるが、それよりも、世の中、世界中に知らないことがいっぱいある。
 それを僕はいっぱい知っていきたい。そして、僕が知ったことは、知らない人にパスを投げたい。そのボールを知らない人が受け取ってくれなくても、「俺はあの時から知っているで」とは言いたくない。
  ●
 『倉木麻衣さんへの掲示板』にきてくれている人は、読んでくれているだけの人も含めて、みんなに、初めての人に優しい。
 それは、みんなが、自分はたまたまあの時から倉木さんのことを知っているだけで、それは、ほんとうに「たまたま」、と思っているからではないか。
 なんか、いいなぁ、と思う。
 しかし、ちょっと僕はここ何日間で書き込みすぎた。
 これじゃ、みんなの掲示板にはならない。みんなが気がねなく、書き込んでくれるためには、「僕とみんなの掲示板」から「みんなの掲示板」に戻さなくてはならない。戻す方法はただ一つ。僕はじっと見ていよう。倉木さんのプライベートなことが書き込まれたときだけ、削除しにいこう。そう思う。
 僕も初心に戻らなければ。そして、みんなに任せて大丈夫だと思う。

2000年4月18日(火)
 また、昨日の日記が飛んだ。
 昨日はFM802で『Love, Day After Tomorrow』のリミックスバージョンが流れた!というのに、である。

 昨日から、僕は実は、ある方を『OHHO掲示板』で待っていたりする。
 一人の人はきてくれたのだが、その後見てくれたのかなぁ、話がしたいなぁ、と思う。
 やっぱり、友達になる可能性があるのなら、倉木さんのプライベートなことは「売ってはいけない」と思います。

 『週刊大衆』を買う。
 新聞広告を見た時には、「ポスト○○」はついていなかったのだが、中を読むともろに「ポスト宇多田の一番手として注目されている」と出てくる。
 ふー。
 でも、最後の方に、音楽評論家の富澤一誠さんのコメントがいいじゃないですか。

〈「倉木麻衣のスタッフが、宇多田ヒカルの成功を、徹底的に研究、分析したことは、まぎれもない事実。ただ、そうはいっても、肝心なのは“素材”ですからね。マネとか、二番煎じだけで、ミリオンセラーが生まれるわけがない。倉木に、それだけの実力がなければ、100万枚売ることは絶対にできませんよ」〉

 とのこと。
 また、次のようなことも書いていました。

〈「倉木麻衣が“宇多田ヒカル神話”の域に迫れるかどうかは、まだ未知数ですが、彼女の透明感のあるソフトな歌声は、より万人受けする可能性はある」〉

 とのことでした。

 で、この前に、あまり掲示板に書き込まないようにしようと決めたのですが、ある掲示板を見てしまったので、できることはできるだけしようと思いました。みんな頑張ってるんや、と思いました。
 今はみんなの力を合わせて、倉木さんを守る時だ、と思いました。
 

2000年4月21日(金)
 今日は、ちゅんねんさんの書き込みを見れてたいへんいい日でした。

 しかし、ほんと、この倉木麻衣さんに関するいろんな掲示板ではいろんなことが起こる。ほんと生きている人のようだ。ここまで、グラグラ心を左右に動かされる掲示板を作っている倉木麻衣さんは、それだけで、何か、革命を起こしているような気がする。

 きのうは、プライベートなことで、三重の名張にいっていた。
 悲しいことはもう続いてほしくないなぁ。
 

2000年4月22日(土)
 ん?

 なんか、『倉木麻衣さんへの掲示板』で「きもい!」と書かれてしまった。
 なるほど、そういや最近この『倉木麻衣ヒットカウンター』を初めて見た姪たちが同じことを言っていた。うーん、考えなくては。
 で、返事を書こうと思ったのだが、もう次のページにその書き込みは流れていた。これはもしかしたら、アキーさんたちの気持ちかな、という気がしたので、そのままにしておこう(返事はしないでおこう)と思う。
 でも、僕のことはさておき、KYOさんのどこがどうなの?と聞きたい気持ちがある。いったい何のことを言っているのか、何をさしているのか、思いつかないのですね。これは僕が鈍いだけなんだろうか。
 柏木晋さん、教えてください。KYOさんは「きもい」ことは全然ないと僕は思いますよ。
 それから、柏木晋さん、僕の名前は、見にくかったかもしれませんが、「田熊孝浩」です。「田熊孝治」となると、亡くなったお父さんの名前になるので、それも、何だかお父にすまないなぁ、と思いました。
 

2000年4月24日(月)
 『倉木麻衣さんへの掲示板』で、SHINさんやアキーさん、清美さんたちがいろいろレスや書き込みをしてくれているのに、おれは何をしているのか、という気持ちになっている。
 であるからして、今日は、名前を変えてレスをした。やっぱ、自分が書き込んだらみんな、その後レスはどうなっているだろう、と思うもんね。だから、できるだけ顔を出した時は、返事をしようと思う。
 でも、もっともっとそういう人が増えていったら、もっと楽しくなっていくのかもしれない。そして、ほんとに「この掲示板を見て、倉木さんのファンになりました」という人が現れてくれるかもしれない。ちょっとおせっかいになるかもしれないけど、「僕とみんなの掲示板」になりかけたら、また、レス等は控えようと思う。バイオリズムのように、波を見きわめながら進んでいこうか。

 そうそう、結構30歳以上の人がいることを知った。
 ほんとに、『30歳以上のための掲示板』を作ろうか。

 それにしても、最近は「荒らしに見える書き込み」がなくなった。と、いつもこう書くと、現れてしまうので、気をつけないとな。
 明日は、店頭で新曲が発売になる日だ。要注意。
 

2000年4月30日(日)
 うぉー、なんと1週間ぶりの日記だ。
 なんてこった、これじゃ日記と呼べないではないか。

 情けない、けど、この1週間は怒涛の1週間であった。これまでで一番仕事の入った1週間だったし、『倉木麻衣さんへの掲示板』には「倉木 麻衣」さんというハンドルネームの方からの書き込みがあった。
 掲示板には空いている時間を見て書き込んだが、余りにも初めましての人が多く、全員にレスできなかった。うう、申し訳ない。

 で、いろんな書き込みを読んで、ついているURLへ飛んでみると、なんだかなぁ、というところへ飛んでしまったりする。残念で悲しいところもあった。
 中には、この『倉木麻衣ヒットカウンター』はGIZAさんの関係者の人が立ちあげているという噂も載っていたりするので、びっくりした。
 どこをどう見ると、GIZAさんの関係者の人が立ちあげていると思えるのだろう。GIZAさんのページはもっとセンスがいいのである。GIZAさんに申し訳ないのである。

 それにしても、すごい書き込みの量になってきている。おかげで、ここで白状してしまうが、アキーさんごめんなさい。
 アキーさんの書き込みで「へへっ。失敗しちゃった。」というのが僕の見込み違いで消えてしまったのだ。すみません、アキーさん。

 と、メールではなく、ここで謝っておきますね、アキーさん。いつもありがとうです。

 それにしても、この『倉木麻衣ヒットカウンター』は一人のスタッフもいないのに、みんな自分のページのように思ってくれているみたいで嬉しい。それは、書き込んでくれる人もそうだけど、見ていてくれる人もそうだと感じている。不思議なことに、みんなに守られているというような、オーラというか、バリアというか、そんなものを感じている。なんだろう、この感じは。何かに包まれているように思える。

 そんな感じをもっていても、明日は仕事。ああ、清美さんがうらやましい。と思ったが、清美さんも8連チャンのバイトだったよなぁ。

 で、花千代さんは、この連休に帰ってきているのかな?

2000年4月30日(日)-2
 『まいパラ』さんのサイトが5月5日で閉鎖になる。
 ひろさんの『EDEN』さんといい、倉木さんのファンページの1期生と思っているサイトが続けて閉鎖になる。
 寂しい。残念。それしかないですよ、あゆあゆさん。