三田原山遭難スキー

2008年2月17日(日)妙高高原三田原山(みたはらやま)

TAKUさん お気楽さん 
HEIDIさん かっきー 大ちゃん
(写真は皆様のものを借用)



近況
 リハビリ中のデリ氏に加えて今度は、ケモ氏がアイスクライミング中に墜落し故障者と化してしまった。よって、今週末に予定されていたアイスクライミングは中止となった。今年は怪我人だらけである。元気そうに見える私も実は左足をいわしたままに放置しているという状況である。私の左足は、ある特定方向に曲げると激痛が走るのだ。昨年の8月の釣りで足をいわしてしまい、すぐに治療すれば良かったのだが、そのうち自然に治るのでは思い痛くても我慢しながらズルズルと半年も経過してしまった。幸い、スキーはできるのだが瞬発力が必要なフリークライミングでは足に力を入れるのが恐怖だ。人は歳と共に怪我や病気が多くなる。我々はHP上では若く見えていると思うが、実はみんな五十路手前の老体なのである。団塊一回り遅れのラッセル軍か。あと十数年後の老後には、みんなで同じホームに入居し最後までスキーや山を楽しめればいいなーと考えている。どう見積もってもそれが人生のゴール。なんと短く儚い人生だったか。のっけから辛気臭い話で申し訳ないが・・・。

 さて、本レポであるが、今回はTakuさんの都合に合わせ日曜スキーとなった。先週は全国的に大雪ウィークだった。そのためどこへ行くにも深いラッセルが予想された。行き先選定に悩む皆様。幸い戸隠界隈はあまり降ってないとか。結局、金曜日ぎりぎりになって乙妻への日曜日アタックが決まる。お気楽さんお勧めの乙妻である。

 朝6時に大橋でHEIDIさんと合流。予想に反して雪がしんしんと降り積もている。この雪では乙妻までのピストンは厳しい。仕方がないので代案を検討。結果、今回は滑りを優先するということになり、一番無難で安パイな妙高三田原山に決まる。どうせ大勢が入るだろうし、土曜日にきむっちが三田原山を滑っており、なんでもパウダーパラダイスで大当たりだったとか。でも、HEIDIさんにはちょっとしょぼ過ぎるかな?午後からはゲレンデでも滑ろうか・・・そんな安易な気持ちだった。





雪崩の多い斜面





乙妻中止→三田原転進
 戸隠大橋から妙高高原スキー場までの道路は、雪で路肩が数メートルも切り立っており、雪の大谷さながらの風景であった。大雪のためかスキー場駐車場はハイシーズンにも関わらず閑散としている。さて、少し時間を待ってゴンドラに乗車。ところが、最上リフトは雪崩確認中とかで11時までは動かないという。待っていても寒いので、自力でゲレンデを登る。たかがリフト一本分と侮ったがすごく長い。しかもゲレンデラッセルだった。一汗も二汗もかいてようやく最上リフト降り場に到着。リフトが止まっているせいか、どうやら今回は我々だけのようである。天候は回復の兆しなく、しんしんと雪が降り積もっている。日本海側特有の湿っぽく重い雪だ。雪崩、事故、道迷い、遭難・・・という文字が頭の中を駆け巡る。「やっぱり今日は中止にしましょう」と何度も言いかけたが、とりあえず突っ込んで見ることにする。何もしないで中止にするのは軟弱過ぎるから。とりあえず突っ込めば何とかなるものという今までの悪い経験が災いした。引くときは引く。そんなメリハリが足りなかった。10時半にゲレンデ外へ。

 いきなりの腰ラッセルだ。谷までの僅かな距離を5人で代わる代わるラッセルに勤しむ。先週プロボーダーが雪崩に巻かれた谷に到着。ここから尾根に乗るまでがヤバイので、一人ずつ離れて進む。雪が深くラッセルで雪面を切った瞬間ドカッと雪崩れそうだ。「もし埋まったら掘ってね」とHEIDIさんに告げ対岸急斜面へ。運良く何事もなく通過、でもまだまだ油断できない。急斜面からは全員で交代ラッセルしながらジグを切る。あまりにラッセルがきつくこれでは埒が空かないと思い左尾根に乗っかる。ラッキーなことに左尾根上には昨日?のボード跡らしきが残りそれを辿り高度を稼ぐ。しばらくはラッセルなく登高できた。途中で硫黄臭が鼻をつく。噴火の前兆なのか?


ラッセルTakuさん





 再び苦しいラッセルが続き、時間をかけてなんとか全員稜線に立つ。今回は本当に苦労の末の登頂という感じで、Takuさんと握手を交わしたぐらいだった。お疲れさん。

外輪稜線




ドロップ前の元気な一行





下りラッセル
 午後2時ドロップと遅い時間になったが、1時間もあればスキー場に戻れるでしょう。ところが・・・まず変に思ったのは最初の滑降部分だった。いつもならパウダースキーが楽しめる斜面であるが、最初のドロップからして下りラッセルだった。それでも、板の後ろに体重をかけ、前を意識的に浮かせば何とか止まらずに滑れた。「このままなんとか滑れるだろう。」そんな浅はかな考えだった。そのうちスキーを滑るというより除雪車かラッセル車の様相になってきた。でも、今まで下りラッセルの経験がなかったため、引き返すという選択肢が頭にまったく浮かばなかった。思い出すのは楽しいスキーの思い出ばかり。お気楽さんも「ここまで降りたらもう引き返せないでしょう。スキー場まですぐだしこのまま下りましょう。」と、皆さん引き返すのが面倒に思っていた。

ラッセル滑降




下りラッセル









ルートミス→日没
 それにしても下りラッセルとはまた大損だ。斜度のあるところは後続が勢いをつけ滑って突っ込んで距離を稼ぐ。これがまた効率が悪く無駄骨だった。そんなことを1時間も続けただろうか、午後4時ころになって、周りの樹林がいつもとは違うことに気付く。いつもなら太い針葉樹林の隙間を滑るのに、いつのまにか周りはブッシュだらけ。(山は東西南北で微妙に植生が異なる)土壇場に来てのルートミスである。痛すぎる。「誰か地図持ってませんか?」 「・・・」 「GPSは?」 「あるけど地図データ入ってないし。だって乙妻だと思って準備してきたから・・・」 「だよねー」 5人もいて誰も地図を持参してないというおマヌケぶりに、お互い開いた口がふさがらなかった。唯一あるのもは腕時計の高度計と方角機能。確認すると、どうやら本来の滑降ラインより西側に滑り降りてしまったようだった。とにかく南東方向へ進もう!

 そこからはもう無言のラッセルローテーションだった。歩くより10倍も遅いラッセル。ぜんぜん進まないし高度も落ちない。そして日没と同時に焦心から諦めに変わる。もしこれが土曜日のことならば、楽しい緊急ビバークとなるわけだが、明日は全員仕事がある。なんとしても帰らねば・・・。唯一の希望は林道だった。山を下れば必ず林道と交差する。そうTakuさんが教えてくれた。林道さえ見つけられれば、あとは力任せでなんとかなるはず。樹林の向こうに大きな小屋が現れた。でもそれは幻覚だった。次に看板があった。それも幻覚だった。カーブミラーが・・・全部幻覚だった。ヘッドランプに映る樹林がいろんな人工物に見えてしまう。早く人工物を発見したいという気持ちが幻覚を引き起こしてしまうのだろう。






ターニングポイント
 やがて山は斜度を落とし、平坦で特徴もないより厳しいラッセルとなった。それでもまだシールはつけてない。不思議なことに、吹雪なのに時々お月様が出ていた。左手方角に緩やかな顕著な尾根が見える。きっとあの尾根の向こう側がスキー場だ。そしてあの尾根が本来滑り降りてくるはずの尾根だ。そのように想像する。いやそう思うしかなかった。そのうち広大な牧場地のような場所に出た。そして林道らしき平坦直線が横切っていた。「これ林道ですよ、こんなきれいな平坦は自然界ではあり得ない。」と私が言うと「まだ高度が下がってない。あと300mは下がらないと・・・」との皆さんの見解。「スコップで掘って林道かどうか確かめましょう。」とか「シールを張って左の先確認してきましょうか?」とか、色々言ったのだが「高度が合わない」と拒否される。私も疲れていたため確認もせずそのまま下りてしまった。実はここが林道だったのだ。夜だったし雪が深すぎて林道とは判別できなかった。あとで分かることだが、わずか20mほど左に歩けばガードレールの頭が出ていたのだ。ほんの些細な確認を怠ったために、我々はこの後、夜明けまでラッセルする羽目になる。ほんとに大きなターニングポイントだった。







谷底へ
 ひたすら平坦な広場を進む。まるで放牧地のようだ。(実は笹ヶ峰牧場の端っこ)そのうちまた樹林帯に入り、ここでようやくシールを貼り付ける。その後淡々と、ただ林道と交差することのみを希望としラッセルをする。眠いとか疲れたという神経はとっくに無くなってしまったようだった。平坦ラッセルからいよいよ斜度が出て、しかもかなり急斜面。いよいよ林道か・・・。でも聞こえてくるのは川の瀬音(実は関川)。だが、きっとそこには林道があるはず。そんな淡い期待も大外れ、急斜面を川床まで下りてジ・エンド。林道は無かった。しかも見知らぬ谷底だ。時間はもう23時。ここは何処??まさに遭難確定の瞬間だった。脱力感と絶望感でいっぱい。かきさんはこのまま谷沿いを進もうと提案。疲れて体が冷えた私はとりあえずビバークを提案。Takuさんは同ルート引き返しを提案する。いずれにしても現在地不明のバリバリの遭難状態なのである。きっと明日には捜索隊が出るだろう。ニュースに名前が挙がるだろう。助かっても世間から批判されるだろう。もうお終いだ。






登り返し
 色々相談した結果、沢沿いに進んで村まで出るという賭け事のような方針に決まる。そして、かきさんHEIDIさんが様子見がてらに沢沿いを進み始めたのだが、急斜面が出て進めないという。どうやら今日は全てが悪い方向に作用しているようだ。まず、スキー場の時点で中止にすべきだった。下りラッセルが分かった時点で引き返すべきだった。平坦直線が林道なのかどうかもっと確認すべきだった。きっと最後は、沢沿いを歩いて雪崩に埋まるか滝に落ちるか・・・。もう笑うしかないよね。まあー今更後悔しても仕方が無いが、現在位置も分からない、携帯も圏外だ。しかし、この絶望感に妙な快感を覚えるのは何故?

 私は少し休みたかったが、Takuさんが何としても朝まで帰還したいというので、Takuさんに気押しされ、来たトレースを引き返すことに決まる。いずれにせよそれしか選択肢が無かった。さて、気持ちを切り替えがんばって登りましょう。と、歩き出したところで、かきさんのシールが剥がれて出鼻を挫かれる。シールがくっ付かないかきさんのイライラ感が伝わって辛いが、HEIDIさんの針金とTakuさんのビニテで補修を繰り返しながら登る。そのうちHEIDIさんのシールまでもが剥がれ出す。HEIDIさんが「ちょっとだけ寝させて〜」と叫んでいたがTakuさんに却下される。ここからは徹マンモードに切り替える。人間には色んなモードが備わっているようだ。途中でHEIDIさんとかきさんがツエルトを張り一眠り。私とTakuさんお気楽さんの3人は林道探索するため休まず進む。そしてようやく気になっていた平坦直線に戻る。ここまでラッセル300m高度を下げ、谷底からまた300m這い登りという無駄が終わった。


林道発見
 平坦直線を右に曲がってすぐにガードレールの棒が現れた。間違いなく林道である。これでほぼ確実に帰れると3人で喜び合う。林道は我々が谷底へと向かったトレースのすぐ上にあった。きっと昼間なら簡単に見つけられたと思う。それでも厳しい膝上ラッセルが続く。幸いTakuさんとお気楽さんがこの林道を夏場に車で通過しているというので心強い。途中から林道とは判別つかぬほどのすごい吹き溜まりになる。きっと斜面から降りてきたなら林道とは絶対判らないと思う。さすがに吹き溜まるだけあって風が良くあたり寒い。やがて林道が左に折れるとようやく樹林帯の中に入った。でも吹き溜まりは相変わらずすごい。へとへとになりながらも一人で無理せず効率よくローテーシュンを繰り返す。ラッセル中は暑いが足が辛い、でも交代すると体が楽になる代わりに凍える。夜中の2時、なにが悲しゅーて徹夜ラッセルしとんやろ。馬鹿か?それとも天罰か??疲れもピーク、そろそろ歩も進まなくなってきた。目を閉じるとすぐウトウトしてしまう。わずか数十秒の睡眠である。目を開けると周りの樹林全てが何か人工的なモニュメントに見えてしまう。どうやら幻覚ではなくLEDヘッドランプの色の特性からくるもののようだ。





徹夜ラッセル完結
 やがて遠くから話し声が聞こえ、振り返ればからかきさんHEIDIさんの明かりが見えた。寝たまま凍死じゃなくて良かった。これでラッセルの効率が上がるぞ。希望を胸に抱きながらラッセルに耐える一行。それにしても遠いよ、果てしなく遠い。歩けど進めどスキー場は現れない。根気が持つがどうか不安だった。きっと一人だったらとっくに根負けしていると思う。朝4時半ころ、遥かな山上にスキー場の圧雪車らしき明かりが見えた。やっとだ。もうゴールしたような気分になり気持ちが軽くなる。どうやら夜中からスキー場の整備を行っているようだ。スキー場の方角が分かって嬉しいが、それにしても遠い。

 朝6時、いよいよ夜が明けた。そして念願だったスキー場に到着した。疲労困憊もう歩けない。皆様本当にお疲れ様でした。そこからゲレンデ右端を滑り、妙高杉ノ原スキー場に下りた。悲しいけどゲレンデの滑りは最高だった。これも徹夜ラッセルのおかげだ。スキー場の有難さがよく分った。結果、月曜日の仕事は休まざるおう得なかったが、Takuさんのおかげで捜索が出ずに済んだことには感謝したい。あの林道がまさに人生のターニングポイントだった。引くときは引く、急がば確認。我々の鈍感力を遺憾なく発揮した山スキーだった。

追記
・お気楽さんからスキー(138cm)とシールを頂きました。ありがとう御座います。
・口の中がしもやけになってました。手足は大丈夫でした。

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