上海一族・日本の休日

16章 とんぼ返りの大阪城!

                                                        2008年8月
 大阪行きの快速も乗客で一杯だった。所要時間35分は立ちっ放し、過酷な関西見物となった。
なんだか観光しているんだか、時間と競争しているんだか、倹約旅行もここまで来ると腹が立ってくる。
もうお金の問題じゃない、疲れきってとても観光する気分なんかになれやしない。
女房の奴め、だから大阪に一泊した方がいいと言ったんだ!
実の親にもこのくらいのことを平気で強いるんだから、もっと奥深い本心には、こんな程度とは比べようもない、凍てつくような冷淡さが潜んでいるに違いない。

 大阪梅田から地下鉄御堂筋線で心斎橋まで行き、そこから長堀鶴見緑地線なんてヤケに長ったらしい名前の地下鉄に乗り換え、とにもかくにも大阪ビジネスパーク(大阪ドーム前)に着いた。
疲れて痛い足でやっとこさ階段を上って地上に出ると、外はいい加減薄暗くなっていて、夜の入口に差し掛かっていた。周囲はビルばっかりで殺風景な場所である。
さて、どっちに行ったらいいのか、皆目見当がつかない。駅名の通り、大阪ドームらしき建物が眼前に聳えているが、大阪城の天守閣の天の字も見えない。
ちょうど犬を連れて散歩していた老夫婦がいたので、御上りさんみたいで恥ずかしかったが尋ねてみることにした。日本に来ると途端に私の仕事が増えるから、うつ病を患っている身としては負担が大きい。

「すみません、大阪城へはどう行ったらいいんでしょうか?」

老夫婦は小さくプッと吹き出した。案の定、目の前まで来ていて聞いてくる田舎者だと思われたようだ。

「あの橋を渡って、真っ直ぐ行けば大阪城だよ」

お舅さんなんか、そのやり取りの雰囲気を察知して、もう小走りに橋へ向かって歩き出した。
反射的にお姑さんもその後へ続く。歩道のレンガタイルの凹凸に、キャリーケースが右に左と踊っている。
関西観光も終盤である、ここまでよく文句も言わずに引っ張ってきたことに賛辞を送りたい。
もっともこのくらいは中国観光じゃ当たり前だから、特別、大変だとは思っていないのかも知れないが。

これが日本のお城だ!お舅さん、冥土の土産によく観てって頂戴

時間に余裕があれば中にも入れたのにね・・・・この次はない!

 私はやっとの思いで橋を渡ったところで、矢は折れ弾は尽きた。
大阪城ホールの前にある噴水に腰掛け、一人で荷物番をしている旨、申し出た。
写真だけ撮ってきてくれと女房にカメラを渡し、今更慌ててもしょうがないから、ゆっくり大阪城を見せてやって欲しいことも付け加えた。
3人は荷物がなくなった分足取りも軽く、大阪城ホールの石垣沿いを歩いて行く。
やっぱり親子だ、いかにも楽しそうである。財務方を一手に引き受けている重鎮の私は、どうやらお金以外はお邪魔虫のようだった。



 噴水の縁に腰掛け、噴き上がる水音を聞きながら涼をとっていたら、夕方になって停止時間にでもなったのか、噴水が急に止まった。途端に蒸し暑くなって汗が滴ってくる。
タバコの煙がたなびく中、ジョギングで汗を流す人が数人前を走って行った。
20分ほどで上海一族は戻ってきた。
お舅さんたちはこぞって「漂亮、キレイ」を連発していたが、割と早かったので、しっかり観てきたのか心配になったので女房に聞いた。

「ちゃんとお城の前まで行ったの?」
「行ったよ!写真だって撮ってきたよ」
「どれどれ、見せてみな」

デジカメはこんな時非常に便利である。その場で画像が見られれば白黒がハッキリする。
液晶画面に取り出してみると、確かに大阪城が5、6枚写っていたが、みんな遠景であった。不安的中!

「あれ!これ、お堀の外側からじゃない」
「でも、お城は大きく見えたよ」
「だめだめ、正面まで行かなきゃ、ここまで来た意味がないじゃん!」

大きく見えたって〜、お城は元々大きいんだから、そりゃ近くまで行けば大きくは見えるだろう。
だが度肝を抜く大きさに圧倒されるには、真ん前まで行って初めて分かるってもんだ。
あ〜やっぱり無理しても俺が着いていけばよかったと悔やんだが、遅きに失し後の祭りだった。

私も初めての道頓堀・・・・大阪も広うござんす

一言いいたいお舅さん・・・・常に傍観者の立場を守るお姑さん

 最終目的地“難波”までは直線距離としてはそれほど遠くないのだが、地下鉄で行くとなると1回乗り換えなければならない。お舅さんを除き、残り全員もう疲労困憊である。
私も日本人を長くやっているが、大阪にはトンと馴染みがない。地下から這い上がってきたものの、さて、どっちへ行ったらいいものか迷いに迷った。
夜の帳はすっかり下り、時間は午後7時を回っていた。辺りは派手なネオンがギンギンに輝いている。
昔、欧陽菲菲が歌ってヒットした「雨の御堂筋」に密かな思いを馳せてやって来たが、時間に追われている状況では、そんなノスタルジックな想いなどに浸っている余裕などもとよりない。

 地図を見ると難波から道頓堀まで、歩いても5分と掛からない距離にありそうなのだが、方向を間違えたら最後、いくら歩いたって遠ざかるばかりである。ここが個人旅行の辛いところだ。
急いてはことを仕損じる、ここは慎重にやらねばまたミスを犯してしまう。もう時間的にミスは許されない。
女房と地図を横に見たりひっくり返したり喧々諤々とやり合っていると、お舅さんの横槍。
訳の分からない中国語で捲くし立ててくる。こっちはただでさえ焦っているから、イライラが爆発!

「お舅さん、ちょっと黙っててよ!」
「そう怒らないでよ、お父さんも何とか協力しようと思っているんだから」

この際、恥も外聞もない!半ズボンにサンダル履き、首にタオルを引っ掛けたホームレス同然の格好だが、私は意を決して傍のコンビニに飛び込み、道頓堀方向を聞きに行った。

 コンビニお姐ちゃんの怪訝な顔。突然、入って来たかと思ったら、何も買わずに脂ぎった汗を掻き々、いきなり道を尋ねる不審者、110番しようと思ったかも知れない。
こっちはこっちで切羽詰っているから、そんなことまでは気が付かないし、気を回す余裕もない。
お姐ちゃんは後ろに一歩後ずさりしながら、「店の前の道を真っ直ぐ行った右側」だと教えてくれた。
私は取って返して店を出ると、店のガラス越しに雁首並べて覗いていた一同に指揮をとった。

「分かった、分かった、こっちだ、こっち!」

右手を高々と上げ、指先を進路方向に向けた。突っこめ〜!狭い歩道の人波を掻き分けて急ぐ。
お舅さんたちにしてみれば、とても優雅な海外旅行とは言い難く、中国旅行よりも忙しい日本観光となった。
ネオンが一層華やかなに咲き乱れた通りに出た。もう人に聞くまでもなく、ここが道頓堀だと分かった。
テレビで何度か見たことがある、大きな蟹の足が動く「かに道楽」の店がある。名物くいだおれの太郎人形は、一足違いで引退したのが残念だったが、ここが紛れもなく大阪道頓堀であることは間違いない。

 女房の作った強行スケジュールなど、最初はとても出来っこないと思っていたが、何とか最終地までクリアした。
手を握り合って喜び合いたいところだが、もう食事をしている時間もなくなってしまった。
8時半までに、集合場所である大阪府立体育館前へ行かなければならない。
その大阪府立体育館はこれから探さねばならないのだから、まだ終わった訳じゃないのだ。

上海の繁華街とは、また一味変った道頓堀の夜のざわめき

新歌舞伎座のライトアップ・・・・大阪は東京より親しみ易い

 とにかく先に大阪府立体育館まで行って、時間があればその近くで食事をすることにした。
集合場所を確認しておけば、万が一にもバスに乗り遅れることはないし、その方が安心できると踏んだ。
お誂え向きに黒塗りのタクシーが客待ちをして並んでいる。
その一台の助手席窓をコンコンと叩いて、大阪府立体育館まで行ってくれるか聞いてみた。

「あ〜、そこなら歩いていけるよ。この道を真っ直ぐ行って、突き当たりの高島屋を右に曲がったところにあるよ」

車じゃあまりに近いので体よく断られてしまった。こうなれば是非もない、歩いて行くべし!
夜の道頓堀のとば口だけ見ての引き上げである。
未練がないといえば嘘になるが、我々にはまた今度というチャンスがある。だが、お舅さんたちにとっては今生の見納め、今度のチャンスはない!
あのタクシー運転手、近い近いと言っていたが、いい加減歩いて来たものの突き当たりもなければ、高島屋のデパートにもぶつからない。
右側に変った建物があったので写真を撮った。これが大阪の新歌舞伎座、7月は五木ひろし特別公演の垂れ幕が掛けられていた。
疲れた体に鞭打ち、更に歩き進めると、ようやく正面のビルに高島屋のマーク発見。
ここまで来ればもう一息、私は集合場所を確認した後、食事が出来る店をそれとなく探しながら歩いたが、道頓堀とは打って変わった静けさのところで、飲食店の数は激減していた。

 夜が更けたら人っ子一人通らないような裏通り、そこに大阪府立体育館はあった。
まだ時間が早いせいか、受付をする人間も来ていないようである。勿論、バスの影もない。
ようやく安堵の気持ちにドッと気が緩んだ、これで間違いなく東京へ帰れる。
時間はまだ30分少々あるし、簡単な食事なら出来そうだが、そんな店が果たしてあるかどうかと周囲を見渡したら、これぞ天の助け、薄暗い通りの中に煌々と明かりを点したピラフ専門店があった。
店の前の幟には300円という文字がはためいて躍っている。値段も手頃で文句ない。

 店内には客は誰もいなかった。時間的な問題かなと、その時は大して気にも留めなかった。
エアコンがガンガン効いていて、やっと人間に戻れたような気がして、倒れ込むようにいすに座った。
道頓堀で豪華な食事の筈がとんだことになってしまったが、人生にはアクシデントは付き物である。
ウェイトレスが冷たい水を持ってきながら、注文を取りにきた。

「お父さんたちは普通のピラフでいいね、え〜と、私はエビピラフにするわ」
「じゃぁ俺は、高菜ピラフにハヤシも載っけてもらおうかな」

お姑さんは真夏でも冷たいものは飲めないので、熱いお湯を別にもらった。
何となく活気のない店である。客がいないせいもあるが、それだけではない何かを感じる。

お店ならチンして出すな冷凍ピラフ
 
 テーブル席が10あまりの小さな店だが、従業員が男女1名ずつしかいない。暇な時はいいが、昼間立て込んだらてんてこ舞いだろう。
店からすれば、そんなことは余計なお世話である。
すぐに粗を探すのは私の悪い癖なのだが、中々直りそうもない。

「おまちどうさま」

おっ、割と早く出来たな。時間がない私たちにはありがたい。
さて急いで食べようと、テーブルに並べられた、それぞれのピラフを見て思わず愕然とした。
一目瞭然、開いた口が塞がらないとはこのことである。

私らが東京生活で間に合わせに食べる冷凍ピラフ、それをそのままチンして持ってきたような代物だった。
大阪とはくいだおれの街として、様々な飲食店が凌ぎを削って成り立っているところかと思っていたが、こういう店もあったのか。道理で炒める鍋のガチャガチャとした音も聞こえなかったし、匂いも漂ってこなかった。
入った時から厨房らしきスペースがないのがちょっとおかしいとは思っていたんだ。

お舅さんたちは「好吃、おいしい」と言ってくれているが、絶対に旨い訳がない。
道頓堀で再来日初日の晩餐をする予定だったのが、まったく正反対の結果になってしまったことへの申し訳なさと恥ずかしさで、店長を呼んで文句を言ってやりたいくらいだった。

「みんな、不味かったら無理して全部食べなくたっていいよ」

気を遣ってそう声を掛けた。それほど不味かった。
私のは高菜入りが仇となり余計変な味になっていて、そこにハヤシが掛かっているのだから、もう最悪だ。
4人はいずれ劣らぬ倹約貧乏、お金を出して頼んだものだから勿体無いと、結局は無理して全部平らげた。
気持ち悪さを抑えつつ、時間もないので、早々に清算を頼んだ。
ウェイトレス持って来たレシートを女房がシゲシゲと見ている。

「どうかしたの?」
「ひどいねぇ、わたしとあなたのトッピングで700円も取られてる」

なにっ!あんな申し訳程度のハヤシと、数が勘定できるくらいしか入っていないエビが200円ずつ、高菜入りで300円増しだって!そりゃ、詐欺を通り越して泥棒ってもんだ。
俺のなんか高菜が入ったお蔭で余計に不味くなったのを無理して食べたんだ、金をもらいたいのはこっちの方だ!ここで初めて客が誰もいなかった理由が分かったのだった。

 まるっきり騙された気分で店を出てきたら、店のメニュー板を見ながら入ろうか入るまいか、これまた騙され組の迷っている2人連れがいた。
私は腹立ち紛れに「いや、不味かったねぇ、冷凍ピラフ食べさせられちゃったよ」と、聞こえるように言ってやった。
営業妨害もヘチマもない!それが聞こえたのか、そそくさと立ち去っていったので、私は少し溜飲を下げた。

17章 夢にまで見た東京生活へつづく

2008年9月5日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。

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