上海一族・日本の休日

15章 清水寺を踏破せよ!

                                                        2008年8月
 清水寺前のバス停に着いたのが午後3時、予定では清水寺観光を終えてる時間である。
ざっと1時間半遅れから考えても、この先の観光予定をどれかカットしなければならないだろう。
といっても、あと残るのは大阪城と道頓堀、夜半のバス乗り込み場所に近い道頓堀は外せないから、勢い大阪城ということになる。大阪にやって来て、大阪城も観ないのではこれまた切ない話だ。

 バス停そばに清水寺までの案内板があった。すぐ左に入った道を、ず〜と真っ直ぐ行ったところにあるようだから分かり易い。私は4年前にも来ているので、土地勘もあり、比較的記憶は鮮明だから高を括っていた。
真っ直ぐだがダラダラと続く坂道、はて?こんな道を通ったかしらん?
もっと賑やかなお土産屋が立ち並んでいた筈だったが、一般住宅ばかりで、その屋根越しに三重塔がニョッキリ顔を覗かせたりしている。
日陰を選って歩こうにも、日陰などなし!カンカンと照り付ける、午後の日差しは一層暑かった。
先頭は女房、その後ろをパソコンバッグを抱えたお舅さんが行く。お姑さんはキャリーバッグを力なく引っ張りながら、遅れながらもそのあとに続いていた。
私はといえば、呼吸器に故障があるので坂道は苦手、さらに遅れて息を喘がせながら後を追う。

「お〜い、小休止、小休止!一休みしよ〜!」

私は堪りかねて先頭を行く女房を呼び止めた。
一同は私のいるところまで戻ってきてくれた。お舅さんが「大丈夫ですか〜」と気遣ってくれる。
清水寺はまだまだ先なんだろうか?前回はこんなに歩かなかったから、きっと清水寺近くに観光バスの専用駐車場があったのだろう。やはり路線バスは安く上がっても弊害はある。

中国の輪タクとは一味違うと姑も感心・・・・豪華さ漂う日本人力車

参詣客や観光客ででごった返す坂道参道・・・・外人がやたら多い

 お舅さんの喉がヒクヒク鳴っている、痰が詰まっているのだ。私はこれは来るなっと身構えた。
これがなければ、お舅さんもお姑さんももっと好きになるのだが、カァ〜、カァ〜と交互にハモるようにやられては、こっちは気持ち悪くなってしまう。
中国は空気が悪いせいか、気管支を患っている人が多いようで、以前はところ構わず痰や唾をする人がやたらいたが、罰金制になってからは少なくなった。
だが生理的現象はいかんともし難く、路上に吐けば罰金だから、ごみ箱に直接吐く人が増えた。清掃員は堪らんだろうが、とにかく上海はこれで綺麗にはなった。

 お舅さんも日本は中国よりも清潔で綺麗なことは先刻承知。だから、それなりに気は遣ってったのだろう、路上に吐くことは端からせず、ちょっと迷って自動販売機の空き缶入れに顔を近づけた。

「あっ!だめだめ、お舅さん、そこへやっちゃ駄目だよ」

女房も慌てて中国語でたしなめた。私はショルダーからちり紙を取り出して渡したが、中国人はそのためにティッシュなんか使うのは勿体無いと思っているんだろうね。
よく監視していないと何をし出すか分からないが、まぁ、気が付いたところを一つ一つ注意して行くしかない。



 擦れ違う人は地元の人だけだった清水寺へ続く坂道も、徐々に店が現れ、賑やかさが増してきた。
右手に観光バス専用の駐車場が見えてきて、次々と観光客が降りてくる。見覚えある周りの状況から、前回は私らもここまでバスで来たのが分かった。
今回は路線バスにしたお蔭で、なんと無駄骨を折ったことか、そう思ったらドッと疲れが出てきた。
ここまでくれば正面に清水寺の山門が見える。あともう少しだと分かっていても、いきなりごった返したような人込みに変わった参道は、暑さと熱気がムンムンで躊躇してしまいそうだ。
中国では見られない、日本独特のお土産屋風景。狭い参道を挟むように様々な店が商っている。
エッチラ、オッチラ、かなり急な坂になったが、女房とお舅さんと、ちょっと遅れてお姑さんがめげずに上って行く。
お舅さんは日本のお土産に興味を持ったらしく、あっちの店、こっちの店と覗きながら歩く。
中国のお土産価格からすると、日本のはどれも高いので買う気は毛頭ないようだ。

お土産屋が立ち並ぶ参道・・・・ただでさえ暑いのに、この人込み

清水寺山門到着・・・・世界遺産に相応しい景観

 やっと坂道を上り切った山門下までやって来た。
清水寺の見学コースは、さらに高い石段を上がって行ったところにあるのだが、私にはもうその気力はない。
日陰に入り、ドッと腰を下ろすと、またまた荷物番を買って出た。
女房も私も1回観たところは、2回も見たいと思わないので、チケット売り場まで一緒に行ったら、あとはお舅さんたちだけで観てきてもらうことになった。
午後の日差しが一層強くジリジリと照り付ける中、3人が石段を上って行くのを、暑さに当たった私は呆然と見送っていた。やはりお姑さんの足取りが一番遅いが、船を下りてからのこのハードスケジュールでは無理もない。

 しゃがみこんで扇子で忙しなく扇いでいると、目線の高さが嫌でも道行く人の太腿辺りに行ってしまう。
若い娘の生足が見放題なのだが、日本ではこれも犯罪になるのだろうか?
いつかはそういうことに興味を示さなくなる時期も来ようが、諸行無常、まだまだ達観の境地には遠いようだ。

しばらくして女房が戻ってきた。無事、お舅さんたちを清水寺内に案内できたのかと簡単に思ったが、

「上にお寺や塔が沢山あって、それを観たから中に入らなくてもいいか?」

言ってることの意味がよく分からなかった。よく聞いてみると、中に入るには入館料が300円取られるから、境内にある寺や塔を観たことで十分じゃないかと言いたかったらしい。
ほとんど中国倹約旅行の延長である。高々600円のことで、わざわざ聞きに来たのか。

「馬っ鹿じゃないの!ここまで来て清水の舞台見せてやらなきゃ、意味がないじゃないの」

女房は茹だる暑さのなか、まだ石段を上って行った。
可哀想なくらい嘘がつけない女だが、そこがまた可愛くもある。

最初で最後の清水寺・・・・暑さにめげず上海一族は行く

托鉢中の女僧・・・・女房も昔アルバイトでやったとか

 お舅さんたちを送ってきた女房と並んで暫しの休息、交代でエアコンの効いたお土産屋へ涼みに行ったりする。
目の前には「心頭滅却すれば火もまた涼し」を地で行くような女僧が托鉢をしていた。
托鉢も修行だ、ジッと動かない、汗も拭かない。Tシャツに短パンでも暑いのに、黒い衣を着た正装で、手には喜捨鉢を持ちブツブツとお経を唱えている。
仏心のある人が時折、布施を鉢に入れて行くが、その数は意外と少なかった。

「あれはねぇ、アルバイトかも知れませんし〜」

何と罰当たりなことを!そんなことをいう奴には法罰が下るぞ!
女房は日本に来た当初、いろいろなアルバイトをやったそうで、まさに今ここに立っている女僧の出立ち一式を渡され、浅草に1日中ジッと立っていたことがあるそうな。
立ちっ放しの辛さと変化のない詰まらなさで、1日で辞めたそうだが、経験者としてそう言いたかったようだ。
まさか、世界遺産にも登録されている清水寺の真ん前で、そんなことをやる度胸のある奴はおらんだろう?



 入場料を払って清水の舞台を観させたのはいいが、順路は奥から山道を下って戻ってくるのをお舅さんは分かっただろうか?ご丁寧に入口からまた出てきたのでは意味がない。
まぁ、はしっこいお舅さんのことだから、回りの状況を素早く感知して、観光客の後ろを付いて行くだろう。
私は皆が戻ってくるまでの間に、お土産屋で金閣寺の図柄が入った彫金仕立ての額を買った。
お舅さんお姑さんへ京都の思い出にと思って、大層な物ではないが気持ちを表したかった。
日本に来るまではお舅さんの強引なやり口に反感も抱いたが、来てしまった以上精一杯の接待をしなければ、女房の顔をまた立たない。私は自分ながらに善人であることを再認識した。

 それにしても女房の組んだスケジュールは、ちょっとやり過ぎの倹約行脚。
お舅さんたちも口のこそ出さないが、相当へばっているのではあるまいか?
そうこうしているうち、右手の林の中から日本の観光客に混じってお舅さんたちが戻ってきた。
案ずるより産むが易し、ちゃんと一通りの観光はしてきたようなので一安心。

お姑さんが足を引き摺っていたのがちょっと気掛かり。
やはりサンダル履きでは無理があったか?踵辺りが擦れて当て布をしている。気を遣って「大丈夫、大丈夫」と言ってはいるが痛々しい。
かくいう私も安物の中国サンダルであったから、その辛さは良くわかった。
歩くと直接路面の固さが響いてきて、足は疲れるわ、痛いわで、早々とギブアップしてしたのだ。

 さっき買った心ばかりの京都土産を手渡した。
お舅さんはえらく恐縮してくれたので、まぁ、接待序盤戦としては成功か。
さて、名残惜しいが時間が大分押している。長居は無用、これから京都駅に戻り、とんぼ返りで大阪に行かなければならない。
さっき延々と上ってきた坂道を逆戻り、下りだから多少は楽だったが、足の痛さを考えればキツさは大して変らない。先頭は一番元気なお舅さんに代わった。
若い分馬力がある筈の女房も暑さに参って、チームリーダーの座はどうでも良くなったようだ。
その後ろをお姑さんが、ビッコを引きながらキャリーケースをズルズル引っ張って歩いている。
4人の位置が点々と間が空いていて、まるでニューギニア戦線を転進する日本敗残兵のようだった。 

 やっとバス停まで着いたと思ったら、新たな仕打ち。祇園祭のお蔭でバスは大変な込みよう。
恐らく次のバスを待っても同じこと、とにかく時間がないので相当無理して乗り込んだ。ギュウギュウ詰めもここまで来ると中国を笑えない。お舅さんたちにとっては、一種のカルチャーショックだったかも知れない。
清水寺から京都駅までは近いので、満員札止め状態も何とか我慢できたが、京都駅に着いてバスから吐き出されたら、もうドッと疲れてしまって口も利けなかった。
お舅さんたちは疲れたなんて言っている暇はない、トイレに向かって一目散に走って行った。お姑さんは気が焦るあまり、足がもつれて転びそうである。
まだ腹具合が治ってないらしい。これから東京へ着くまでかなりの時間を要するのに、大丈夫だろうか?と不安が過ぎった。

16章 とんぼ返りの大阪城!へつづく

2008年9月1日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。

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