2008年8月
午後3時を過ぎて、海の色は深い紺色に変わった。
長江が運んできた黄土色の流れが、そのまま海を広範囲に渡って変色させているのがよく分かる。
豪華客船と違い、フェリーは歩き回ったって高が知れているのに、お舅さんはどこへ行ったのだろう。
私らA型組は大人しいもんである。女房はさっさとベッドにもぐりこみ、上海で買った勉強用のMP4で、アメリカ映画の字幕なし吹き替えなしを見ている。
お姑さんは旅行といえば食べてるか寝ているかのどっちかだったが、最近は孫のための英語の勉強が加わった。これからしばらくは、解らないところをすぐ女房に聞けるから捗りそうだ。
私といえばこれまたテーブルが置いてある狭い空間で、ノートパソコンに上海でダウンロードしたNHKの風林火山を、身じろぎもせずジッと見ている。
3人ともそんな家でも出来ることで時間を潰している。まったく気の毒としか言いようのないくらい、旅行の楽しみ方を知らない物臭の典型である。
そうすると楽しみ方を知っているのはお舅さんだけということになるが、まぁ悔しいけれど認めざるを得ないところもある。元々のジッとしていられない性格もあるのだが、何にでも興味を持つ癖は歳を取っても変わらない。
船内をくまなく回り、乗り合わせた中国人乗客にも気軽に声を掛け、楽しそうに話し込んだりしている。
船内備え付けの洗濯機を見付けると、試しに洗ってみるからといって、みんなのTシャツを持って行くといった按配で、実にマメに動くのである。
今回も海は穏やかで、船の揺れを殆ど感じない快適な船旅である。
ロビーでちょっと知り合った乗客の話では、時期にもよるが天候の悪い時に当たったら、もう二度と船には乗りたくないと思うほど、地獄の苦しみを味わうとか。やっぱり日頃の行いが物を言うのだろう。
360度何もない東シナ海を、船は東に向かって快調に進んでいる。
夕方6時になって食堂が開いたと船内アナウンスがあった。メニューはかつ丼とかカレーライス、日本そばの類で、あまり多くはないが値段は600円前後とリーズナブルに設定されている。
それでも客があまり行かないのは、やっぱりフェリーで日本へ渡るようでは、貧乏人が多いのかも知れない。
バックパッカー風の白人おねえちゃん、おにいちゃんも即席ラーメンを啜っていたし、中国人乗客なんかこれが常識とばかりに大きな顔をしてロビーで食していた。
結局、そういうことが恥ずかしいとか、面子がないとか思っている、数少ない日本人が食堂に行くことになる。

関門海峡を抜ける・・・・ようやく日本へ着いたと実感 |

瀬戸内海に沈む夕日・・・・これから夜を迎え、景色は見られない |
船の中はやることがないから就寝も早い、全員9時には寝てしまった。
波は静かで揺れもなく、エンジンの小気味よい振動が深い眠りに誘う。私は列車旅の寝台車でも結構寝られる方だが、同じ振動でも列車のはもっと大きく音もうるさいので、船の寝心地にはかなわない。
翌日は8時に船内アナウンス、朝食の準備が出来た知らせだ。
朝食のみ無料だから、現金なもので乗客全員が一度に食べに来たから食堂は一杯になった。
パンとハムとコーヒー、蒸かし饅頭にお粥の至ってシンプルなものだが、タダとなるとこれが旨い。
お舅さんはこれら全部を平らげ、今日も絶好調だ。お姑さんもタダのものなら食べなきゃ損と欲に駆られて全品取ってきたものの食べ方が遅いから、私らが終わっても一人黙々と食べていた。
船も昼前には左に韓国の済州島、右に五島列島を望むところまで来た。
もう日本の領海に入っているのは勿論だが、関門海峡に差し掛かるのも時間の問題だ。
ようやく日本が近くなってきた。今夜一晩寝れば、明日の朝には大阪に着く。
瀬戸内海の風光明媚な景観は、寝ている間に通り過ぎてしまった。この船は観光船ではなくフェリーなのだから仕方がない。その代わり上海行きの帰りには存分に瀬戸内海の景色を楽しめる筈だ。
中国とまた違う、穏やかな日本の山々や島々をお舅さんたちに自慢できるのは、その時までお預けである。
朝起きてみると淡路島が眼前に見えた。よっしゃ〜!大阪までもう目と鼻の先だ!
昨日、改めて女房から今日一日の予定を聞いた。感想は、昔の映画で「野盗風の中を走る」っての思い出した。
監督は稲垣浩、若かりし頃の夏木陽介や佐藤允が出ていた、かれこれ五十年くらい前の映画である。
「上海一族関西の中を走る」というフレーズが思い浮かぶほど、大強行軍の行程であった。
一番若い女房が、どうしてこう倹約に徹した予定を立てるかな〜と思い、あきれる前に感心してしまった。
フェリー乗り場最寄り駅[コスモスクェア]→中央線[本町]→乗り換え御堂筋線[梅田]→近接する大阪駅まで徒歩5分→東海道本線で京都へ→路線バス1日乗車券購入→金閣寺観光→清水寺観光→大阪に引き返す→大阪環状線[大阪城公園]→大阪城観光→長掘鶴見緑地線[心斎橋]→道頓堀散策・食事→徒歩難波バス停まで
最初の予定は夜行バス乗り込み地である難波にまず行き、荷物をコインロッカーに預ける手筈にしていたが、私とお舅さんの大きいケースだけは東京に直接送るよう変更した。
女房が食料がなくなって空きが出来たスーツケースに、もう一つのキャリーケース入れて二重ケースに細工。
この方法ならケース一つ分の料金で済むからと、事も無げにいう女房が恐ろしくなってきた。この調子じゃ推して知るべし、これから回る京都・大阪観光だって、相当の倹約締め付けが予想される。
残ったお姑さんのキャリーケースは軽いので、一つくらいなら持って観光しても差し支えないと女房は判断。
自分が持つ訳じゃないから気楽である。しかもノートパソコンを入れたバッグも、お舅さんに持ってもらう心積もりでいる。
ざっと、これだけのことを一日でやろうとする神をも恐れぬ所業!さぁ、走って走って走り捲くれ!

額に近づけるだけで体温が測れる・・・・みんな意外と神妙だった |

コスモスクェアから大阪湾を望む・・・・やっと終わった2泊3日の船旅 |
下船を前に日本側検疫官が乗り込んできて、乗客全員の体温を計る。
乗客名簿順に並ばされて、かなり厳しい。私らはずっと後ろの方だったので一休みしながら待っていたら、お舅さんの姿が突然消えて見えなくなった。
そんなに掛からず順番が回ってくるというのにどこへ行ったんだろうと気を揉んでいたら、これがトイレ。
一昨日から持ち込んだ大量の食料を、食べ合わせも考えずに詰め込んだせいだろう。
まもなく帰ってきたお舅さん、「大丈夫、大丈夫」とは言っていたが、心なしか顔色もよくない。
これから観光が始まるのに弱ったと思っていたら、今度はお姑さんがトイレに走っていった。
あ〜ぁなんてこったい、京都巡りなんて一生に一度しかないチャンスなんだよ。
日本はどこへ行ってもトイレがあると安心ばかりはしていられない、とにかく時間がないのである。
いい年して、何でもかんでも一緒くたに食べるから、こういうことになるんだ。お舅殿、お姑殿、自己管理不足!
9時15分、待ちに待った下船。
入国手続きを終え、スーツケース2個の宅配を頼んで外に出てきたのが9時40分。
ここからいつもなら路線バスでコスモスクェア駅まで行くのだが、乗客があまりに少ないせいか路線バスは廃止になっていた。その代わりフェリー側で無料の送迎バスが運行させている。
よしよし、この方がお客にとっては有難い。バックパッカーのおねえちゃんも喜んでるぜ。
いよいよ中国倹約旅行の延長のような、日本倹約旅行の幕開けとなった。
お舅さんたちは全容を知らないから楽しそうだが、それも今だけだ。
これから、まさに大阪夏の陣と呼ぶに相応しい、地獄の進軍が待ち構えていた。
日本はまだ梅雨明け前と聞いていたが、なんのなんの、カッと照りつける日差しは夏そのものである。
無料送迎バスの前には、私らより先に手続きが済んだ人たちが、暑さに少々ダレ気味で待っていた。
乗車OKの指示が出ると、さすがは日頃鍛えられている中国人老夫婦、巧みに割り込んで席を確保してくれた。
先進国へ来たら、このやり方が正しいかどうか議論の余地はありそうだが、私らにとっては取り敢えず有難い。
みんな荷物が大きくて場所をとり、ギュウギュウ詰め状態でバスは発車した。
私らは二度目なので、最寄りのコスモスクェア駅まで10分足らずと分かっているから我慢したが、どのくらい乗るのかも知らないお舅さんたちは驚いただろう。日本のバスも混雑は上海と変わらないなと思ったかも知れない。
日本じゃ、楽ちん旅行が出来ると思っていただろうお舅さんには、牽制の意味を含めて、グッドな序盤戦である。
関西観光はこれからが本番だ。
一般電車を乗り継ぎ、観光地でも路線バスで回るのだから、これ以上の困難は十分に予想される。
地図を見ても大阪はすごい数の電車が走っている。
特に地下鉄は交差しながら、網の目のように大阪の隅々まで走っているのには驚いた。
何でも東京が一番だと思っていたが、これは大きな誤りだったことを認めなければならない。
女房が細かく書き留めた予定表はあるものの、駅員に聞いた方が早いので、スタート駅のコスモスクェアから駅員に京都までの行き方を聞いた。乗換駅や路線名は一度では覚え切れなかったが、まぁ何とかなるだろう。
本町から梅田に出て、近接する大阪駅まで雑踏の中を急ぎ足で歩く。
とても街並みやショッピングモールを、ゆっくり見ながらなんて時間はない。
私らは自分のショルダーバッグを肩掛けし、お舅さんがパソコンバッグを受け持ち、お姑さんがキャリーケースを引っ張る持ち回りとなった。動作が機敏でなく、歩くのが遅いお姑さんがちょっと可哀想。

船を下りて真っ直ぐやって来た京都・・・・これから始まる観光巡り |

路線バスを待つ上海一族・・・・京都の夏はギラギラと暑かった |
大阪から快速に乗っても京都まで30分、それでも京都駅に着いたのは11時半を回っていた。
予定より少し遅れ気味だが焦ってもしょうがない。もうすぐお昼だから食事をしてから一気に動くこととした。
お昼時間にはキッチリ食べないと、萎んだ風船のように力が出ない上海父母のことを考えての心遣いである。
ちょうど改札出口の前に日本料理のお店があった。店先に掲げられたランチメニューを見ると刺身定食がある。
憧れの日本に到着して、最初に食べるものが大好きな刺身なら、お舅さんの姑さんも文句あるめぇ。
店内に入ってすぐカウンター席があり、奥にテーブル席が5、6席あった。
冷房がガンガン効いているので生き返ったようである。少し落ち着いてから店内をよく見ると、どうも喫茶店と半々の営業形態のようなので、これはしまったと思ったが、もう動く気にはなれない。
喫茶店が片手間にランチを出すのでは、味もボリュームも期待は出来ないのが相場である。
お舅さんたちには申し訳ないが、ここはみんなで我慢して食べるしかない。
お冷を持ってきたおねえさんが、日本人らしい心遣いを見せて静々とテーブルに置いた。
無粋で荒っぽい上海のやり方に慣れているから、日本の奥床しいサービスに改めて感動する。
お姑さんは真夏でも冷たいものは飲まないので、一つだけお茶に代えてくれるようお願いした。
「刺身定食を3つください」
女房はお腹が空いていないというので、3人分を頼んだ。
おねえさんは注文票に書き込むと、「少々お待ちください」と言ってその場を離れたが、すぐに戻ってきて「刺身定食はまだ準備が出来ていません」と申し訳なさそうに言った。
準備が出来てないって、どういうこと?いくら昼前だといっても2、30分早いだけだぜ。
出せないものなど、堂々と店先の看板に書くな!って言いたかった。
ムラムラと中国人的気質が頭を擡げる。お金を払う立場の客が店にナメられたとあっちゃぁ、黙っていられないのが中国人だ。衆人環視の中でも大声で抗議する光景をよく目にしている。
「じゃぁ、他に何が出来るの!」
カウンター内のマスターに聞こえるように言ってやった。とてもうつ病を患っているとは思えない行動である。
パラパラいた数人の客が一斉にこっちを見たが、そんなことには動じない、こっちは中国帰りだ!
「とんかつならすぐに出来ま〜す」
よく考えたら、この店のランチは刺身定食ととんかつ定食の2つしかなかったんだ。
刺身が出来なきゃ、とんかつに決まっている。私も大きな声なんか出して大人気なかったと反省、日本に来たら日本流にもっと早く切り替えなければ、傲慢な親父と思われるのが関の山である。
運ばれてきたとんかつ定食は、予想通り喫茶店の片手間調理らしく、せんべいのように薄いカツだった。
なんだか中国の延長のようなとんかつに、私の面子は丸潰れだったが、お舅さんたちは日本上陸初の食事に舌鼓を打っていた。
| 2008年8月7日 次回更新まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
 |
|