2008年6月
為替を始めたお蔭で、前夜遅くまでやっていても、翌朝の9時過ぎには自発的に起きてくるようになった。
それもこれも金のため、儲けたい一心が、夢遊病のように体を突き動かしているように見える。
寝ぼけ眼で、まずパソコンのスイッチを入れ、為替の動きを表すグラフを映し出す。
寝起きのザンバラ髪もそのままに、パジャマ姿で、午前中の時間が静かに過ぎていく。
夫婦の会話時間が、一日のうち30分以内とか1時間なんて統計が、よくマスコミなどで発表されるが、それは旦那の仕事が忙しいとか、通勤時間の長い県外に家を買ったなんてせいもあるだろう。
うちは違う、一日の殆んどの時間を一緒にいる。だが、滅多に会話はない。
女房は五感を総動員させて為替値動きのあらゆる事態を想定し、全身全力でパソコン画面に集中しているから、声を掛けても聞こえないか、よくて生返事しか返ってこない。
私もこのくらい打ち込める趣味でもあったら、うつ病などにならなかったろう。
団塊世代にありがちな、仕事一本槍のツケが、ここにきてまた回ってきたようなものである。
私は仕方なく、テレビのワイドショーなんかに、うつろな目を向ける。
真剣に見ている訳ではないが、毎日のことだから芸能界のゴシップや三面記事的なことはよく知っている。
昼近くになって、ようやく我に返り、洗面所に向かう。その間、私は自分の昼食の準備に取り掛かる。
ダイエット中であるから、日本蕎麦とか稲庭うどんなんて簡単なもので済ませる。
上海生活を思い出し、時としてお粥を作る場合なんかは、女房の分も一緒に作ってやる。
そしてまた、静かな午後の時間が過ぎていく。
女房はまだパジャマのままだ。この調子だから、ピンポ〜ンと誰か来れば、新聞の集金だろうと町会費の納金だろうと、私が全部応対に出る。
たまにインターホンがよく聞き取れず、急いで階下に下りていってみると、家の修繕セールスマンや聖書研究会だったりする。
こういう手合いは毅然とした態度をとらないと、帰ってもらうのに梃子摺る場合があるから、うつ病中の私にはかなり手ごわい。
「あっ!もう5時だ、夕飯の支度をしなくっちゃ」
突然、独り言のようにつぶやく。
自分のやるべきことは忘れていないぞ!との明確な意思表示とも受け取れるが、それはやっぱり見せ掛けのものでしかない。
おもむろに冷蔵庫を開け、ガサガサと在庫チェック。
「冷凍食品が溜まっちゃったから、今日はそれで済まそうか?」
「俺はどうせちょっとしか食べないから、何でもいいよ」
冷凍食品が溜まっちゃったからって、そのつもりで買ったんと違うんかい!
まぁ、グズグズ言っても本人に作る意思はなし、今日はこれで決まりだ!「明日はちゃんとした物作るから」という声も空しく響く。そう言って、問題を先送りにするのが常套手段だからだ。
私がいくらダイエット中だからといっても、これでは食事の楽しみがない。
本来なら、少しでも長生きして稼いで欲しいと、奥さんが亭主のメタボ粉砕に協力するのが普通だろう。
カロリー計算もちゃんとして、料理なんかも工夫するのが睦まじき夫婦のあり方だと思うが、うちはひたすら物を食べないことで、ダイエットを勝ち取らなければならない。
私は人に負けない意志の弱さを持つ男、大概は挫折の繰り返し。この過酷な減量を立派に耐え切れる自信が端からあれば、女房にも今まで好きなようにはさせておかなかった筈である。
食卓に調理の要らない立て続けにチ〜ンしたものが並ぶ。
パリッとした新鮮味の欠片もないレトルト八方菜、うなだれてサクサク感のない一口カツ等々。
食べ終わるとすぐにパソコンに向かう、もう気もそぞろである。
「あ〜、夕飯が終わるとホッとする、これからがホントの私の時間だって気がするのよ」
あれっ!昼間だって全部あなたの時間だったんじゃないの?俺は何も足なんか引っ張っていないぜ。
女房は気が落ち着く夜に向かって、もうスタンバイ。みなぎる闘争心を燃やしている。
その姿を横目で見ながら、私は黙々と片付けを始める。片付けと皿洗いは私の了解無しに、いつしか暗黙のうち決まってしまっている。
「ねぇ、あんた、こういう生活って何かおかしいと思わない?」
片付けが終わり、私はとうとう切り出した。
口では絶対に敵わない相手に敢然と挑む、西部劇の保安官のような心境だった。
「なんで?ちっともおかしくないよ、なんかおかしいところあるの?」
「だからさ〜、奥さんが朝起きてきて、そのまま座ったっきり一日動かないで、何もやらないってことだよ」
「やってるじゃない!今だってご飯の支度したでしょ!」
「それはあんただって食べるんだから仕方ないだろう」
まぁ、ここまではお互い手の内を探る前哨戦、ジャブの応酬ってところか。
女房は途端に表情を険しくし、私のどこに文句があるんだ!とばかりに臨戦態勢を整える。
私も今度という今度は中途半端な和解はしたくないから、負けじと語気を強めた。
「日本中探したって、あんたみたいに楽してる奥さんはいないぜ、亭主だってあまり文句言わないし・・・・・」
「いま言ってるじゃない!いいんだよ、よそはよそ、うちはうち、なんだから!」
大体、アンタはこうでなきゃいけないって固定観念が強すぎるんだとも言われた。
いつものパターンで、このフレーズが出てくると、なぜかこちらの旗色が悪くなってくる。
固定観念=石頭の年寄り、なんて連想してしまうせいだろうか、痛いところを衝かれたようで、どうも分が悪い。
「あんたも俺がうつ病だって知ってるでしょ、それなのに自分のことばっかりやってて、フォローがないじゃない」
「だって、アンタ見た目、ちっとも悪く見えないんだもの」
「あ〜そうかい、やっぱりこれじゃぁ、動けなくなったって面倒なんか見てもらえないな!」
「そんなことないよ・・・・・・」
「どんなに具合が悪くたって、あんたなら悪く見えないって言うかもな!そんなんじゃ、端から当てにしないで老人ホームにでも入った方がマシだよ」
「行くのはいいけど、私はあなたより20年も長生きしなきゃならないんだから、ちゃんとして行ってよね」
おっ、あいつめ、自分で墓穴を掘りやがった。
とうとう本音が出たな!こうなりゃ、一気に攻守逆転だ!
女房も私の目がキラリと光ったことで、これは不味いことを言ってしまったと察した。自分らしくもなく、いつになく感情的になって、つい口が滑ってしまった。
女房にとってもちょうど揺れている時期だった。
私にはもう為替しかない、これが最後の砦というつもりで打ち込んできたが、倹約肌の性格が災いして、ここ一番という時に勝負ができないジレンマを抱えていた。
やっぱり私にはお金を稼ぐ才能も運もないのかしら・・・・・・
それならいっそ諦めて、主婦の座に納まってしまおうか?
それにしても口惜しい、何とかもう少し頑張って、少しでも成果を出さなければ自分も納得出来ないし、一生負け犬の惨めさを引き摺って行かなければならないと焦っていた。
「なんだ、自立したいなんていって、やっぱり俺の金を当てにしてるんじゃないか」
「違う、違う!私はほんとに自立したいのよ、あんたのなんかいらないわよ」
「俺になるべく金を使わせないで、みんな私のために遺していって!ってことだろ?」
自立したいという気持ちは本当なのだろう。私もそれを理解したからこそ、今日まで艱難辛苦を耐えてきた。
だが、パートーナーが傷つき倒れた時には、せめて両立させるくらいの気遣いは欲しい。
長年暮らした夫婦だから、こんな俺でもいなくなればきっと寂しい筈だ・・・・・・そうでもないか?
再婚以来苦労もさせず、あらゆることに理解を示し、本人の好きなようにさせてもきた。
婿であるにも拘らず、あなたより親子孝行に励んできた私なのに、病気に倒れた時には大した看護やフォローもなく、挙句の果てに死んだら、みんな持って行かれる。
どう考えても間尺に合わない話で、私だってそんなに楽に人生が送れるなら、今度生まれ変わる時には絶対に女がいい、なんて真剣に思ってしまう。
たとえ財産と呼べるほどのものじゃ無くても、これは再婚前からあったもので、現妻と築いたものではない。
上海妻と再婚以来、減りこそすれ増えたものはないのだから、今離婚したら、現行の日本の法律では財産分与の取り分は極めて少ない。女房の奴、恐らくそんなことは知らないだろう。
上海では結婚と同時に半分もらえる権利が発生すると聞いたことがあるが、ひょっとすると、そのつもりでいるのかも知れない。そうだとしたら、頭は良さそうだが、案外、肝心なところが抜けている奴である。
金なんか要らないなんて言ったって、金には厳しい上海人だ。
仮に私が死ぬまで一緒にいたとしても、遺書でもキチンと書いておかねば、取り分を巡って実子と血で血を洗う抗争になりかねない。あ〜いやだ、いやだ、またうつ病が悪化しそうだ。
そんな行く末を想像したら、突然!俺が死んでからも、女房の好きにはさせない!という気持ちが湧き立った。
うつ病の特徴として、物事を冷静に深く考えられなくなり、なんでもとにかく面倒臭くなって、そこから早く逃避したい思いに駆られリセットしたくなってしまう。
女房とも楽しかったことだって沢山あったのに、今は目の前の悪いところしか目に入らなくなっていた。
「とにかくさぁ、この現状を考えたら、いまあなたがいなくなったって、俺はちっとも困らないんだ!」
「・・・・・・・・・・・・・」
「そんなに為替をやりたいんなら、一人で上海帰って、誰にも文句言われずにゆっくりやったら?」
それが別居でも、離婚になっても構わないとも言ってやった。
ちょっと胸のつかえが下りた気もしたが、それと同時に「あ〜、これでお舅さんたちも、日本へ来られなくなった」と、微かな安堵感も広がった。
まったく通常では考えられない不思議な感覚に囚われた。
それほどお舅さんたちに来て欲しくなかったのかというと、意識の上ではそうでもないのだ。
とにかく思考が、行き当たりバッタリで一貫性が無く、感情に任せたその場しのぎの言動が、本当に離婚してもいいという気にさせた。
まったく因果な病気に罹ったものである。
形勢逆転!流れが完全にこっちのものとなったら、今まで溜まりに溜まった鬱憤が堰を切ったように溢れ出した。
いくら病気とはいえ、私もネチネチと嫌な男である。
「私は行かないよ・・・・・・ごめんなさい、これからは気をつけるから」
女房が謝った!100連敗中の輝かしい1勝とも言うべき瞬間だったが、妙に空しさだけが残った。
| 2008年6月7日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。 |
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