上海一族・日本の休日

6章 稼がせてよ、日本!

                                                      2008年4月
 倹約旅行記、晩秋の中国東北へ、11章二度と行かない美容室に挿話されていた義父母の初来日騒動を、加筆を含めてこちらに移動させました。

 8年前、数々の難題をクリアしてお舅さん、お姑さんが初来日した。
非合法の組織が暗躍し、あの手この手で黄金の国ジバングを目指す中国人が後を絶たない時期だったから、堂々と合法的に入国出来たお舅姑さんは鼻が高かったに違いない。
日本もバブル崩壊以後、真っ暗なトンネルから抜け出ないデフレ状態だったが、それでも経済格差は発展著しい上海とでも5倍以上、内陸の地域なら10倍も違っていた。

 当然、低所得層庶民であるお舅さんは、日本で一稼ぎするつもりでいる。
だが倒産、合併、リストラの嵐が吹き荒れ、ホームレスが日増しに増加している状況下では、到底、外国人に仕事が見付かるとは思えなかった。
その辺をよく言っとけ!と女房に頼み、女房も口を酸っぱくして言ったのだが、口では分かったと了解したものの、日本にさえ行けば何とかなると高を括っていた。
 
 日本に着くなり、もう翌日から気も漫(そぞ)ろで、観光なんてまったく眼中にない。
当時、お舅さんとお姑さんの年金を合わせても1ヶ月2000元(26000円)に届かなく、上海でも大学卒の初任給は同程度だった。

ところが日本では、食堂の皿洗いをしても時給で700〜800円。
8時間働いたとしたら日給6000円前後もらえる。
2人分なら1日で12000円、親族訪問ビザの3ヶ月を目一杯働いたとしたら・・・・・手も震えるザッと90万円だ!
ナント!夫婦の年金3年分にもなる。
たった3ヶ月働くだけで3年も食えるのか!
もう欲望が果てしなく広がるまで、大した時間は掛からなった。

だが、取らぬ狸の皮算用、そうは問屋が卸さないというのが世間の常識!

 毎日のように、どこか働き口はないかと女房をせっつく。
ある訳ないと思いつつも、仕方なく中国系新聞の募集広告を頼りに何軒か電話を掛けて、お舅姑さんの目の前で断られる様を見せた。
それでもまだ納得しない、諦めきれない。こんな千載一遇のチャンスを、なんで逃してなるものか!
そこで新宿のホームレス見学に連れて行き、日本人でも容易に仕事に就けない現実をまざまざと見せ付けた。
さすがにこれは効いて、かなりのショックだったらしい。
以来、不承不承ながらやっと諦めてくれたが、気持ちのどこかでは、まだもしかしての期待が燻り続けていた。
それが手に取るように分かる私は、お舅さんだけでも何とか希望を叶えてやれないものかと思案し、建設業を営む友人に現場雑用でいいから1週間ほど使ってくれないかと頼んでみた。



 もとより無理なお願いなのだから、長期間など望むべくもない。
たとえ体験稼ぎ程度でも、やらないよりは納得するんじゃないかと思ったのだ。
友人とは有り難い、日頃の付き合いはキチンとして置くものである。そういう事情ならと、快く引き受けてくれた。
それを聞いたお舅さんは頬を紅潮させ大いに喜んでくれたので、私も少なからず面目を施した。

現場入り初日、「大丈夫!大丈夫!」と張り切って出掛けて行ったものの、みんなに迷惑掛けずにやっているだろうかと心配で、現場が家からも近かったので、お昼頃様子を見に行った。
お舅さんは日本語が話せなくても、押しが強く物怖じしない性格だから、ほかほか弁当くらいは買えるだろうが、やはり身内としては放っておけない。
明日から困らないよう、ほかほか弁当の買い方を実地に教授。
埃っぽい現場で一緒に食べる羽目となる。

気に掛かっていた仕事内容を聞くと、ほうきとちり取りを持って掃く仕草をした。
その姿には、かつて上海では国営建設公司の重要ポストまで勤めたプライドや気負いはまったく見えない。
あるのは1日で上海の7倍も稼げるという現金の魅力と、帰国後その戦果を得々と吹聴して回る自分の姿だ。
だが、自慢話の想像をする前に、現実を何とかしなきゃならない。
言葉の壁は厚く、意思の疎通はいかんともし難い。
身内でさえ身振り手振りなのだから、さぞ現場の職人さんは面食らっている事だろうと想像した。

 帰り際、再度友人に「宜しく頼む」とお願いして引き上げてきた。
その友人は「大丈夫!心配しなさんな」と言ってくれたが・・・・・
3日目の夜、「やっぱり無理なようだ」と電話が入った。
案の定、掃除や片付けの単純作業でも、よく理解できていない分、場合によっては危険なのだという。
お舅さんにしてみれば、言葉が分からなくても卓越した洞察力で、相手が言わんとする事を理解したつもりだったのだろうが、それは凡人の早合点というもので、自分の力量が少しも分かっていなかった。
結果、言われた事とはチグハグの連続で、段々足手まといになっていったらしい。
お舅さんは周囲から何も頼まれなくなると、自分から仕事を見付け出そうと必死になった。
幼い頃の並外れた貧乏から、人の目を見て先を読む習性が染み付いている。
出来れば現場で重宝がられて、1週間の雇用が1ヶ月に延びれば更に幸運と張り切ったが、その気遣いも悉(ことごと)く裏目となって、とうとう邪魔者の烙印を押されてしまった。要するにクビである。

「そりゃぁ、無理いって悪かったね〜」
「いやいや、俺の方こそ役に立てないで申し訳ない。でも、ケガする前にと思ってね」

私は受話器を置いて少々腹立たしくなった。日本語もまったく解らず、還暦間近の老人が異国で働いて大金を得ようなんて元々性根が間違っていたんだと。
傍らでは女房が、聞き分けのない親の我侭から、私の面子を潰し、その友人にも迷惑を掛けたことに申し訳なさを感じてシュンとしていた。
身内の情から、何とか働き口の段取りを付けたものの、上海の義父母とも今ほど仲が良い時期ではなかったから、なまじ仏心を出すんじゃなかったと当時は大変な後悔した。



 翌朝、今日も元気で6000円!いや、建築現場の肉体労働だから、もうちょっといいかもなんて皮算用しながら張り切って出掛けようとしたお舅さんにストップをかけた。

「お舅さん、現場の都合で仕事は昨日で終わりになっちゃったョ」

邪魔っけで役に立たないなんて、口が裂けても言えないから、そう誤魔化した。
青天の霹靂!穴の開いた風船のように見る見る萎んで、落胆の色が隠せないお舅さん。
自分でも現場の雰囲気から薄々は察知していただろうが、それでも約束の1週間は行けると思っていた。
日本は厳しい。昔の中国のように、ただそこに居さえすれば給料をくれるような甘い国ではない。
かくして、お舅さんが訪日で描いた野望と一攫千金の夢は、無残にも露と消えた。
働き口がないと分かった以上、いつまで日本に居ても意味がない。
当初、3ヶ月目一杯滞在して稼ぐつもりだったが、急遽予定を繰り上げ2ヶ月で帰国することになった。
上海に帰るといってくれた時は、正直ホッとしたものである。
私だって大変な散財だった。むしろ被害者といってもいい。
往復の航空代に東京見物、数度に渡る温泉旅行、物価の高い日本での小遣い、果てはアルバイト斡旋で受けた大恥まで、ホントに訪日はこれっきりにして欲しいと念じたい気持ちだった。
中国人妻を娶れば、必ず一度は覚悟しなければならない試練と思いつつも、突然嵐を巻き起こして勝手に去って行く事に、何か釈然としない思いが残った。

たった3日間だったが、世話になった友人が申し訳なさそうにアルバイト代を持って来てくれた。
日給で8000円だったから、ちょっと色を付けてくれたようだった。
総額24000円では半端なので、私が6000円上乗せして、ちょうど3万円をお舅さんに渡した。
3日間で夫婦の年金1ヶ月分を上回る稼ぎが出来たことで、改めて日本の高給を実感したようだった。
まぁ、良い土産話も出来ただろうし、これで良かったんじゃないかな〜・・・・・・

 この一件のあと、数日が過ぎたある日。
もう稼げないと分かった以上、日本もそろそろ飽きてきたし、突然、帰りたいとお舅さんが言い出した。
結構、結構、そう来なくっちゃぁいけねぇや。
腹では万歳を叫びつつ、表面上は「もっとゆっくりして行けばいいのに」などと、心にも無いことをいって引き止める。
この一言で本当に帰国を延ばそう何てことになったら、夫婦の仲にも亀裂が入りかねなかったが、相手の気の変わらないうちに、とっとと帰国便の手配をしてしまった。

「日本は勿体無いねぇ、まだ使える物が捨ててあったよ」

どこぞのゴミ集積所で拾ってきた大きめの旅行ケースに、お土産用に買った安物の実用品をギュウギュウに詰め込み、準備万端。
 
 意気揚々と凱旋気分の帰国。
付き合いの広いお舅さんは、しばらくの間アチコチで日本での土産話に花を咲かせた。
上海人の事だ!きっとある事ない事、吹聴しまくったのは想像に難くない。恐らく日本の建築現場でアドバイス的指導をして来たくらいは言っているかも知れない。
日本が黄金の国だった証拠に、建築現場の雑用で稼いだ3万円をいつまでも両替せず、事ある毎にそれを見せびらかして、説得力の小道具に使っていた形跡もあった。
或る日、それをそっくり失った・・・・・・・いや、盗まれたのかも知れない。

庶民のジェラシーを煽るような真似をした、自業自得の結果だと言えなくもないが、この時ばかりはお舅さんもさすがに堪えた。しばらくは隠していたが、やがてお姑さんの知れるところとなり、呆れて物が言えないと散々説教されたのは言うまでもない。

その後も、懲りない人は懲りない。
貧乏人の割りに、お金をポケットへ無造作に突っ込む癖が直らないでいる。
その仕草が、「このくらいの金なんかじゃ困っていないから、落としたってどうってことはない!」と、本人は男の見栄を目一杯演出しているつもりなのだろうが、そんなこと誰も見ていないのを気が付いていない。
案の定、何かの拍子に落としたりすると、見栄とは裏腹に慌てている姿は少々滑稽でもある。
やっぱり性分とは中々直らないようだ。
それでも悔やんだり、めげたりしないのが、お舅さんの真骨頂で、私はHPネタに困らず、本人は知ってか知らずか結果的に協力してくれている。

6章 10年目の再来日!へつづく

2008年5月18日更新 次回まで中国ランキングのクリックよろしく。

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