高速バスで冷夏の那須
| バスは運行時間表より10分遅れでやって来た。 念の為に持ってきたウィンド・ブレーカーは、小癪(こしゃく)にも雨が染み透って、気持ち悪いやら寒いやら。 クソッ!この役立たず!帰ったら防水スプレー1缶丸ごと吹き付けてやろうと心に誓う。 カミさんが愚痴らないので救われる。私は逆境にもメソメソしない強い女が好きだ! ペンション最寄のバス停には、約束通りオーナー自らお出迎え。下車したそれらしい私達に手を振っている。年の頃なら私と同じ、親近感も湧いてきた。傍らの比較的新しい四駆が光る。 アスファルトの県道から、森を抜ける馬車道のような横道に入った。そろそろ木立の間から洒落たペンションがあちらこちらに見えてくる。所在を示すそれぞれの手書き看板が個性的だ。 お目当てのペンションは馬車道のドン詰まり。砂利を弾き飛ばしてようやく着いた。 崖崩れが気に掛かる山あいのペンション。モダンな造りの外装が、まだ真新しい。 聞けばこの地にて新規開業まだ3年目、オーナーは昨今流行の肩を叩かれたリストラ脱サラ組。 滅私奉公!会社に裏切られた中年サラリーマンの悲哀が、表情から其処はかとなく滲む。 人生の儚さが頭髪にも影響を与え、図らずも後退を余儀なくされて、枯薄(かれすすき)が風に舞う。 ならばと一念発起したペンション経営も、今年は冷夏が祟って客足はすこぶる悪い。 苦戦が続き、迎える笑顔もどこか寂しさが漂う。中年夫婦一国一城の夢も萎みがちだ。 普通の住宅となんら変わらない玄関ドアを開けて入ると、そこも別に代わり映えのない狭い玄関ホール。 変わっていると言えば、普通の家庭にはないこじんまりとした申し訳程度のフロントがあった。 別に何かを期待していた訳ではないが、ペンションへの泊まりは初めての体験。 どこも取っ付き難い洋風スタイルと、堅苦しさを感じさせるフォーク・ナイフのディナーが災いして、今まで敬遠してきた。それが単なる思い込みだとしたら、旅の楽しみ方をひとつ減らしているかも知れないと感じて、今回1泊はペンションに挑戦してみた。 ちょうどホールにいたヤングミセス風のご婦人と目が合った。 「あ〜こんにちは、お世話になります〜」・・・・・精一杯愛想良い挨拶をしたつもり。 年恰好からオーナーの奥さんとは思わなかったが、娘か従業員かと一瞬思ったからだ。 すぐにフロント隣の風呂と名札の掛かった入り口から、のっそり旦那と子供が出てきたので客と分かった。 見ず知らずの中年男から、いきなり声を掛けられたヤングミセスは面食らっていた。 1泊2食付8500円、お風呂は24時間いつでも入れる貸し切り風呂。勿論、夫婦水入らずもOKだ。 階段の踊り場には漫画文庫も設置、部屋は小奇麗なメルヘン調ツインルーム。 気に入ってもらえばリピーター間違いなし。件のオーナーここぞとばかり、慣れぬ愛想笑いでリキが入る。 インターネットで調べた数あるペンションの中から、ここを選んだ最大の理由。 営業仕様の通信カラオケ30000曲歌い放題、夕食時のドリンク飲み放題、食後のケーキ食べ放題! オーナー泣きの涙の大赤字、破れかぶれの3放題。 デフレに慣れているとはいえ、お客にとっちゃぁ、嬉し楽しさ大爆発。 「この調子じゃ、まだ他にサービスがあるかもョ」と、助平心丸出しで宿泊案内を隅から隅まで読み入る。 15:00前のチェックインは1000円増しとか、18:00の夕食時間厳守!料理が冷めるから、泊り客全員揃わないと始めないとか割と細かい。 決め手だった無料カラオケも20:00〜00:00までの限定で、それ以前の使用は1000円徴収される。 しかも20:30までに誰かカラオケルームには入らなければ、その日は閉鎖。 規則とペナルティのオンパレードで、なんとなく遊びに来て息苦しさを感じる。 この辺りが繁盛できない一因かも知れないが、夫婦二人の経営では手が廻らないのだろう。 事情は分かるが、ここがひとつの頑張りどころ、お客がリピートしなければ元も子もない。 客室6部屋の家庭的ペンション。本日の泊まり客3組、稼働率50%、夏休み期間としては泣けて来る。 土砂降り平成不況下、いつか晴れる日を期待して、輝ける脱サラの星には是非とも頑張ってもらいたい。 同年輩の好(よしみ)として切に願う次第。
ジッと腕時計を睨みつつ、指定の6:00ピッタリに食堂へ下りてきた。 こじんまりした南欧風ダイニング。奥さんが料理担当らしく、オーナーが前掛け姿でお出迎え。 年の差歴然の訳ありカップル?と要らぬ気を遣ったか、薄暗い一番奥のテーブルに案内された。 他の組も、あの宿泊案内に恐れをなしたか、キッチリ時間通りにやって来た。 1組は幼い兄弟を連れた若夫婦。 躾が行き届いているのか、慣れぬディナーに緊張しているのか、兎に角、静かな雰囲気が保たれているので好感が持てる。 次にやって来た1組は、まずベビーギャングタイプの子供が勢いよく走り込んできた。 それを窘(たしな)める風もなく、その後からのっそり入って来た夫婦。 ウン?まだいた!年老いた爺婆連れの3世代夏休みかぁ〜。 さぁ、客は揃った。オーナー満を持して声高らかにディナー宣言。続いて飲み放題の説明。 ビールにワイン、ミルクにジュース何でも有りだ。ただしメインディッシュが始るまでの制限付き。 久しぶりのゆっくりした晩餐。雰囲気も良し、夫婦でワイングラスを傾けたいところだが、二人ともアルコールはからきし駄目。気は心、ウーロン茶とジュースで乾杯。 オーナーが上機嫌にて、厨房より料理を運んでくる。料理長の奥さんは顔を見せない。 コーンのポタージュスープ。見掛けは何の変哲もない何処にでもあるスープだが、一口啜って仰天美味。 こりゃぁ、奥さん相当のキャリアと見た。 ひょっとして第二の人生であるペンション経営を思い立ったのは、料理自慢の奥さんたっての頼み。趣味と実益を兼ねて、存分に腕を振るえる場所が欲しかったのでなかろうか? 得てして趣味が高じた商売とは、中々上手く行かないのが世の中の常である・・・・・・頑張って欲しい。 洒落た皿に盛られたサラダ。サラダもこんな上品に食べてみると案外美味いものだ。日頃、女房の大胆ブツ切りカットの菜っ葉を食していると、目の前のサラダが新鮮な料理に見えてくる。 「これ、自家製ですか?とっても美味しいですね」 普段からチーズはあまり食べないが、サラダに添えてあったフルーツチーズが臭みがなくて食べ易い。 「いえ、これは市販のものです。ええ、その辺に売っていますョ」 あっそう・・・・・オーナーが傍らで賛辞の反応を期待しているから、気を遣ったのに思わず滑っちゃった。 私ならどうだろう?手作りチーズと思っているなら勿怪の幸い、シカトしてひとくさり講義するだろうな〜。 ミニフルコースと銘打ってあるだけに、次から次と目にも鮮やかな料理が出てくる。 夫婦生活も6年を過ぎると話す事もあまりない。ひたすら黙々と食べる。 他のテーブルより食べきるスピードが速い。とっくに済んだ我々は手持ち無沙汰で間が持てない。 傍らのオーナーの人間的な堅さは先刻気が付いていたが、客商売にしては表情も硬い。 一律全組温かい料理の同時提供は方針変わらず、微動だに動かない。要するに融通性に欠けるのだ。 (いつまで喰ってんだぁ〜)つい気になって斜向かいのテーブルに目が行ってしまう。 3世代家族の爺婆は、椅子にきちんと正座している。そんなに育ちが良いとも思えないが、長年の習慣でそうしないと調子が悪いのだろう。 3家族しかいないのだから、改めて言う事もなかろうと思うが、オーナー粛々と飲み放題の終了を告げた。 食事開始から45分、やっと女房お待ちかねのメインディッシュ、ステーキでの締めくくり。 オオッ!と思わず唸りそうな特大ステーキが運ばれてきた。にっこり微笑む女房の幸福顔。 ところがいい事尽くめで終わらない、終われナイ。 ホームページにわざわざ書かれていた訳が、ここでやっと解った。 予算の都合か?舶来アメリカ牛はフォーク・ナイフも歯が立たない。 思い余ったカミさんは、残る色香を投げ捨てて食い千切りの暴挙に出た。 それでもダイエット中の私の分までキッチリ平らげ、悪戦苦闘のディナーも終了。 例の爺婆にチラッと目をやれば、そっくりそのまま手付かずで残っていた。 さもありなん!ご愁傷様、あの入れ歯で食べられたら表彰ものだ。 「いかがでしたか?」・・・・・おずおずと皿を下げに来たオーナー。 「味はヨカッタけど、噛み切れなかったァ〜」・・・・・女房、堂々と抗議の諫言。 あ〜又余計な事言いおってぇ〜・・・・・・ 食後のデザート、ケーキ食べ放題。ダイエット中といえども、これには私も目を瞑っていられない。 小振りで食べ易い大きさのが6種類、これは手作り間違いなし。 女房が引き止めるのも聞かず、いそいそと取り敢えずの全種類制覇。
「さ〜て、ぼちぼち行こうかぁ?」 やる気満々、うずうずと喉が鳴る私を尻目に、カラオケ嫌い派の女房は渋い顔。 「ワタシ、パソコン持って行こうかな?」 付き合いの悪い奴だ!パソコンなんか持っていきゃぁ、歌ってる傍で無視されて見たいなモンだ! オーナーご自慢のカラオケルーム、8:00〜8:30の30分間に誰か入らなきゃ、その日はクローズ。 時間にも規則にも厳しいオーナーの性格が如実に窺える。 隣の別棟にスナックもどきの立派な造り。元スナックマスター経験ありの私は上機嫌。 30人ほど入れる広い室内、寂しそうにチョコンとひとり待ち侘びるペンションオーナー。 本業の客室を削っても、これだけのカラオケルームを作るとは・・・・・只者では無いな。 ひょっとして元プロ?歌ではとうとう目が出ず、断腸の思いで転業したのか? 「いらっしゃい・・・・・なにか飲みますか?」 「いえ、アルコールは駄目なんで・・・・」 フロント横の自動販売機で買ってきた缶コーヒーを見せた・・・・・セコイ! ここはアルコールもジュースも持ち込みの場合は、持ちこみ料を取られる。 きっと以前に、図々しい客が持ち込みのタダ酒で大宴会でもやったのだろう。 「カラオケ機械の使い方解りますか?」・・・・・・(無礼な!元スナックマスターに向かって!) 「じゃ、あとはお願いします。他のお客さんは来ないようですから、ごゆっくり」 アレレレ、行っちゃうの?2人だけじゃ如何にも寂しいじゃないの〜 カミさんも私の歌を延々と聴かされるのは、とてもかなわないと咄嗟に判断したか、 「一緒にやりませんか?やりましょうョ、お願い!」・・・・(何もそんなに懇願しなくてもイイョ) 「まだ仕事が残ってますから、じゃぁアトで・・・・・」 舞台に上がって気分はすっかりエンターティナー。ナツメロ中心の持ち歌を次々と繰り出す。 演歌あり、ポップスありのオールマイティー、一貫性の無い性格がよく表れている。 「あんた、タイガース知ってる?野球じゃないョ。じゃぁアリスは?知る訳ないか、ガハハハ」 女房にすれば生まれる前の曲もある。おっと!外国人では知らない歌で当たり前か。 過ぎ去りし青春の歌の数々、今日は私のワンマンリサイタル。 ギャラリーがいないのでチト寂しいが、こうなりゃ、知ってる歌を全部歌ってやる〜! 「アナタも1回くらい歌ってョ、中国の歌もあるからさぁ〜」 さっきから全然面白くないと言う顔で憮然としている我が女房。 こちらも交代要員がいないから、10曲も立て続けに歌うとさすがに息が切れてきた。 再三再四の要請に、分厚い曲目リストをパラパラめくり、仕方なく1曲選んだ。 「1回だけだョ」・・・・・・まぁまぁ、そう言わずに。 選んだ曲は日本の歌。普段は男のように野太い声なのに、人が変わったようなキンキン声で歌い出した。 都会の下町にある場末のスナックなら、近所から苦情が来るところだ。 まぁ、ここは野中の一軒家。その心配はないとはいえ、他に客がいなくて良かった、良かった。 外の雨足が強くなってきたようだ。オーナーはまだ来ない。 私の歌の上手さに恐れをなしたか?・・・・まさか、そんな訳ないやなぁ〜 歌い疲れて夜も更けて、時の経つのは実に早い。時計はすでに11時を指している。 今更来たってもう遅い!もう私の方がギブアップ。喉を枯らして歌よりも浪曲が似合いそうだ。 客だって少ないのに、そんなに仕事が忙しいのか?いや、それがそもそも原因なのかも。 そういえば、さっき一人で待っていた後姿、やけに寂しそうだった。八方塞がりで途方に暮れているみたいだった。私たちが入って来た時、立ち上がりざま慌てて涙を拭ったようにも見えたっけ。 平成不況に追い討ちの冷夏。東京からやって来た場違いにおめでたい年の差夫婦。 付き合えったって、そりゃそうだ、とてもそんな気になれないよな〜。 さ〜て頃合も良し、今日はこの辺でお開きとするか・・・・・・・・
翌日は雨も上がった。曇り空だが降られるよりはずっとイイ。 ペンションとしての拘りか、朝食も洋式スタイル。客の大方は和食を希望しているように見えた。 「昨日は最後まで待っていたんですョ〜」 配膳に廻ってきたオーナーに、そっと言った。 申し訳なさそうに、「忙しかったもんで・・・・」といったが、目を合わせようとしないところを見ると、ヤッパリ歌う気なんぞなれなかったのか・・・・・ 「またバス停まで送ってもらえませんか?」 「いいですョ、今日はどちらに行く予定ですか?」 今日の帰路は午後3時の高速バスを予約済み。それまでどこかで時間を潰さなければならない。 そう遠くへも行けないし、興味はないが、比較的近い場所にある牧場見学を決めていた。 自家用車で来ている同宿の2家族は、子供サービスで予定がびっしりなのだろう。早々と支払いを済ませると、エンジン音も軽やかに走り去っていった。 私らは1時間1本の路線バス頼り、慌てたってしょうがない。 悠然と荷物をまとめ、フロントへ下りていくと、玄関先にはすでに四駆がスタンバイしていた。 「バスだと遠回りになるから、このまま牧場まで行きましょう」 夕べの罪滅ぼしか?そりゃぁ、こちらにすれば願ってもない話だが、忙しい?のに申し訳ない気がする。 牧場への道すがら、お互い大変な世の中になって苦しいけど頑張りましょうと水を向けると、深く頷き、昨日と比べれば何か吹っ切れたような明るい顔になっていた。 まぁ、人生には早咲きも遅咲きもある。どこでツキが廻ってくるとも限らない。 私だってそうだった。思い起こすこと7年前、カミさんとの運命の出会いと再婚。 バラ色に思えた筈の新婚生活も、立ちはだかる国際結婚による厚い壁。 想像を超えた文化摩擦と思考の落差に、出口の見えない戸惑いを感じたものだ。 人生の大半が雨降り続きだった私に、齢五十を過ぎて尚試練かと最初は思った。 よくよくツイていない男!冗談じゃねぇ、阿呆らしくてやってられるか!という気にもなった。 だがもうアトがない!再びのりセットは出来ないの一念で、女房共々必死に妥協点を探った。 窮すれば通ず、自分の我侭や押し付けを引っ込めると、不思議な事に相手の良さが見えてくる。 今では窮地試練が、やっと巡って来た春に変わった。考え方、受け取り方の違いで、誰にでも幸福は目の前にあると言う事だ。どうか明日を信じて頑張って欲しい。 人それぞれ違った人生の重みと、そして温かさを感じさせてくれた今年の夏休みだった。 来年リピーターとして、必ずここに戻ってこようと密かに心誓った。女房はイヤだろうが・・・・・ 終わり
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