高速バスで冷夏の那須
| 2003年7月 今年の梅雨は中々明けそうもないと天気予報のお姉ちゃん。 そう言われれば、7月も20日を過ぎたのに肌寒い日が続いている。 これじゃぁ、エアコンも売れなきゃ、ビールも飲まない、不景気ムードを追い討つような2003年の夏。 まったく国も人生も同じで、一旦転げ始めた勢いはちょっとやそっとで止められそうもなく、すべてが裏目に出て足を引っ張られるから中々立ち直れない。 TVのワイドショーも明るい話題とてなく、日常の一コマのように殺伐とした事件を飽きもせず流している。 異常な状況も、昨今さして驚きもしなくなったから慣れとは実に恐ろしい。 一昔前のバブル全盛、多くの日本人が1億円のお金は大した金額じゃないなんて大きな錯覚に陥っていた、神をも恐れぬ過ちと幻想の再来。 いっぺんすべてをリセットしたい、そんな衝動にフッと駆られた鬱々としたある日、 「あった!あった!これが食べたい!」 今までもうちの奥さんには度々救われた。 定期的にやって来るちょっと厭世的な気分、私には軽い鬱病の気があるのかも知れない。 カミさんはそんな時必ず顔を出してくる。意図的な励ましや労りではないだろう。それほど勘が働く方でもないし、普段から亭主の体を気遣ってくれている方でもない。ただタイミングが良いだけなのだが、結果的にはこれによって救われる場面が多い。夫婦とはこの目には目えない“引き”が大事なのだ。 大手旅行社から毎月送られてくる旅行パンフレット。 いつも海外旅行は丹念に見るが、国内旅行は殆どパラパラとめくってお終い。 だが夏休み期間の海外旅行は費用が高いうえ、女房のビザの問題があるから、思い立ってもすぐ行こうと言う訳にはいかない。そこで已む無く、この時期は国内旅行でお茶を濁す事になる。 「これ見てョ!やっと探したョ、食べたいなぁ〜」 食い意地の張った奴だ!たしか去年も料理に釣られて旅行が決まった筈。 パンフレットには堂々としたカラー写真が載っていた。 ・・・・・・豪華!伊勢海老のウニの黄金焼1泊大人9500円! 思い起こせば5年前、まだ新婚気分覚めやらぬ沖縄旅行。 ツアーだったのに何で自前で食べたか思い出せないが、何を食べるか散策かねてそぞろ歩いた沖縄最後の晩。新妻がとあるレストランのショーケースに目を留めた。 いつか食べたいと願っていた、伊勢海老丸ごと一匹の鬼殻(おにがら)焼。 伊勢海老なら東京だって食べられると思いきや、生意気にチーズで焼いたのはイヤだという。 結婚前と違って財布はひとつだから、カミさん盛んに勿体無いと二の足を踏んでいた。 このとき初めて知ったが、男勝りのカミさんには似つかわしくない・・・・・・優柔不断さ、迷い癖。 「もっと安い店があるかも知れないョ?」小雨がポツポツ降り出した夜のネオン街をひと回り。 鬼殻焼は先ほどの店しかないと分かって舞い戻り、もう一度ショーケースをシゲシゲ見詰めて、行きつ戻りつ思案顔。 「安いツアーだったんだから、このくらい良いんじゃないか?」 私はそっと優しく、内心イライラしながら、背中を押してやった。 夫婦とは難しい、女房のこういう態度を好ましく思わない夫もいるだろう。これが元で僅かな亀裂が徐々に大きくなり、気が付いた時には修復不可能、離婚に至るケースだってあるかも知れない。夫婦とは相性が良いに越した事はないのだ。 価値観が同じの似た者夫婦なら喧嘩にならなくてイイ。私にも若干その傾向があるから、女房の行動が少なからず理解が出来た。 後先考えず、思い立ったら吉日とばかりの大胆な手は打てないが、何事にも用心深いから失敗も少ない。 これがキッカケで、この女(ひと)なら安心出来るかも?と、以後家計を一切任せるよう変わったと記憶している。 あれから5年、その決断は間違いではなかったと思うが、その癖は予想を超えた進化を遂げ、昨今更に磨きが掛かってきた。節約・倹約の権化!まったく上海人にしては珍しいくらいなのだ。 去年は各駅停車乗り放題の1日2300円青春18切符で、東北の民宿巡り。 今時仙台まで8時間、予定していた気仙沼まで辿り着けなかったお粗末。 断腸の思いで途中下車した風光明媚な観光地“奥松島”。 聞けば民宿までの路線バス、乗る客少なく最近廃止の憂き目にあったとか。 タクシーの運ちゃん、「民宿なら任しとき!すぐソコだョ」 ・・・・・・信じた私が悪いのか、山越え谷越えひたすら走る。 カッチャン、カッチャンと無情に響く料金メーターに、「ここで降ろせ!」と喚く妻。 片道ナント4300円、松島まで2300円で来たのに納得出来るもんか!・・・・・・どこか抜けてる凸凹旅行。 倹約旅行はここらでチョット一休み、今年は大名旅行に挑戦!と期する思いでやって来た。 今年は大盤振る舞い、ケチケチしたこたぁ無しだョ〜・・・・・ あ〜・・・・いつも前置きが長くなってしまう。 あっちこっち話が飛んで気が多いと毎度反省するも、これも私の癖らしくご容赦のほどを。 マァ兎に角、その日その時の美味しさが忘れられなかったらしい。 今年の夏休み国内旅行は、伊勢海老のウニの黄金焼・・・・・それで決まった。 場所は後から聞いた那須高原・・・・・・知り合いも居ないし、特別行きたかった訳でもない。 しかもこのパンフレット、よく見ると宿の予約だけで、往復の交通手段はお客まかせのお好み次第と来ていた。 そうと決まればカミさんの執念はスゴイ!安くて早くて便利に行ける方法を、深夜までインターネットで調べていた。翌朝は珍しく早起き、起こされないでも自発的に起きてくるなんざ何ヶ月ぶりだろう。 「ワタシいい方法探した。アナタも絶対!絶対!気に入ると思うョ、ナンだと思う?」 「分からないョ」・・・・・(しまった!つい面倒臭そうにしてしまった!) たとえ大した事でなくても、本人が努力した事についてはそれなりの評価をしなければならない。 これが秘訣だ。ある時は誉め、ある時は労い、飴と鞭が必要なのだ。もっともウチは飴ばっかりだが・・・・ 「高速バスが新宿から那須温泉まで出ているョ。往復買えば5400円!どおイイ方法見つけたでしょ」 大根役者顔負けの大仰な驚きでそれに対応する。ますます図に乗るカミさん。 当家では経費の掛かるマイカーは4年前に売却済み。 駐車場代やら税金で年間60万円の金食い虫、女房の「売ってしまえ!」の怒号一発で決着した。 年間走行距離3000kmでは無理もない・・・・・・最近ゴルフも行かなくなったしなぁ〜 泣く泣く愛車とお別れさせられ、浮いたお金が4年で240万。 そいつでアメリカ、カナダ、オーストラリア、エジプトへ涙々の貧乏旅行。 ・・・・・・う〜ん「あんたはエライ!」 女房と売却時のお約束、「必要な時はレンタカーすればいいのョ」を交わしながらも、勿体無いといまだに借りた事がナイ。 去年の失敗で、民宿・ペンションの類は駅から遠く離れているのを学習した。 二度の過ちを犯すほどこっちだって間抜けじゃナイ。今年は高速バスに切り替えた。 これなら目指す場所まで連れてってくれる筈。我が女房、得意満面、今年一番の閃きと自画自賛。 新宿から那須温泉まで約3時間半、短くもなく長くもなく丁度良い距離だ。 午前8:40出発で12:00には目的地に着いた。ホテルが終点那須温泉より手前が近いと聞き、バス停の看板もない辺鄙なところで降りた。確かに鉄道の駅前でウロウロするよりマシだが、やっぱりホテルはバス停の前にある訳ではなかった。 午後3:00のチェックインまで大分時間がある。女房が少し歩こうと言い出した。 折角、田舎まで来たのだから、・・・・・やっぱり勿体無いらしい。 木漏れ日からキラキラと降り注ぐ緑のシャワーを浴びながら、身軽に散策するのならその気にもなるが、今にも降り出しそうな雲行きで、車がビュンビュン通る那須街道を歩いてどこが面白い!
バス停を2つくらい下って来た所で一休み。プリントアウトしてきた那須の観光案内を見る。 近くに時間つぶしの美術館か博物館がないかしらん?この際、まったく興味のない郷土資料館でもイイ。 オッ!あったあった!お誂え向きの博物館。地図を見る限りここからそう遠くもなさそうだ。 戦争博物館・・・・田舎の土地は如何にも安いらしく、ふんだんの駐車スペース横に看板が立っていた。 その駐車場に1台も車が止まっていないのが、何やら胡散臭さを感じさせる。 看板の文句が揮(ふる)っていた。 「百聞は一見にしかず・・・・建物はボロだが資料は超一級品、ここまで来たら必ずご鑑賞ください!」 ここまで飾らず正直に、包み隠さず実態をさらけ出したコピー文句は中々書けるモンじゃない。 経営者の良心は買えるが、入る気は失せた。 隣接する池の辺に零式戦闘機が鎮座している。ハリボテのようで本物とは思えない。 その奥に飯場の簡易宿舎を思わせるプレハブの建物。そこがきっと資料館なのだろう。 入場料1000円、カミさんは外で待っているという。さもありなん、私だって他に何かあれば素通りしたいくらいなのだ。 錆が所々浮き出たプレハブのチケット売り場。誰も居なければ、そのままシカトしようと思ったが、抜かりなくちゃんとオバサンが店番をしていた。仕事とはいえ、何時来るか分からない客を待つ身は辛いだろう。 正面に順路を示す矢印看板が置かれている。暖簾代わりの日章旗と旧海軍旗を潜ると、スクラップ同然の旧陸軍中型戦車が、錆付いて情けない威容を誇っていた。 その周りには軍艦の碇(いかり)やら戦闘機のエンジンが無造作に置かれ、露天ゆえ雨風に晒されている。 個人の博物館ではこれが限界か?保存状態はすこぶる悪い。 奥の資料館からは威勢の良い軍艦マーチが聞こえてくる。ふと、パチンコ屋に入るような錯覚に囚われた。 内部は案外広く、うなぎの寝床のような縦に長い建物。明治時代の日清・日露戦争から大東亜戦争まで、戦争に纏(まつ)わるありとあらゆる展示物が所狭しと並べられている。 別に系統立てているようにも見えず、雑然とした雰囲気は否めない。 他に誰も見学者が居ないガランとした建物に、戦闘服や外套姿の将校、一兵卒から金筋入り大礼服まで着たマネキンが私を睨み付けているようで、背筋が寒くなる恐怖感が込み上げてきた。 早々に退散を決め込む。外ではトタン屋根の休憩所で、カミさんが大人しく待っていた。 ちょうど時間の頃合も良し、ホテルへと一気走破を目指す。(タクシーはないのかぁ〜) やっぱり歩け歩けの中国式。大盤振る舞いの話は何処行ったんだぁ〜 何だ坂こんな坂、旅とは歩く事と見つけたり!おいおい!リュック背負っているのは俺だぜ〜・・・ゼイゼイ
受付に1時間ほど早い午後2時チェックイン。当然なんのお咎めもなかった。もっとも駄目なんて杓子定規な事いったら、ロビーのソファ占拠してゴネちゃうところだったけど。 値段の割には、まぁまぁの部屋に案内された。10畳ほどの純和室、窓を開けると手入れが滞ったテニスコートが数面見える。ブームも去ったか、若者の嬌声も聞こえなければ人影もナイ。 夏草や兵どもが夢の跡・・・・・・諸行無常、栄枯盛衰流転の如し。最早、日本のアチコチで見られる光景だろうが、やはり寂しさは隠せない。 温泉に来たのだから湯に入るのが当然で、入らなければ損という強迫観念がまだ私の何処かにある。 子供の頃、温泉など贅沢な場所とは無縁だったし、子供が行くところではないと思っていた。 旅行嫌いの親父だったから尚更で、思えば母親も可哀想な生涯だったと思う。 酒も飲めず真面目一方の親父も早くに亡くなり、後年母親を親孝行の真似事とよく温泉に連れて行った。 その晩と翌朝とで湯に5回入った、6回入ったと、よく数を誇っていた。貧乏人の悲しい性(さが)である。 同じ貧乏人でも、中国人となると又ちょっと毛色が変わってくる。元々日本風温泉などアチラには無いのだから、タマに行っても入浴数に拘るような事はまずナイ。面倒臭そうに1回入るだけが精々だ。 「風呂行かないかぁ?」 「まだ早いョ」・・・・・持ち込んだパソコンに興じる女房。これじゃ家に居るのと同じだ。 まだ早いって?温泉に来たら夕飯前に、ひと風呂浴びるのは普通だぞ。イカン、イカンこれも固定観念か? 折角、温泉まで来たのにというのは禁句、人それぞれ楽しみ方がある。これが一番楽しめる法などと諭すのも大きなお世話。私も最近はすっかり上海的生き方が根付いてしまった。 私に少しは気を遣ったか、不承不承重い腰を上げた。・・・・・よし、よし 何を思ったか、浴衣に着替えていくという。言い出したら聞かないから好きにすれば良いが、恥を掻くのは亭主の私。 時代劇の立ち回りロングカットそのまんま。「御用!御用!」捕り方に追い詰められた下手人が破れかぶれの大暴れした態。襟の合わせは肌蹴(はだけ)、裾は無様に広がり、角度によってはパンツまで見えそう。 もっとも今時の女子高生あたりでも、満足に浴衣が着られない娘だっているらしいから、そう気にする事もないか?いいや!やはりそれで部屋の外に出るのは、何といわれようと承服しかねる。 即席に浴衣の着方を講義、まだ何となくシックリこないが外国人だから割り引いておこう。 脱衣場に2つの出入り口がある。内湯、外湯と称して屋内の大浴場と屋外の露天風呂に別れている。 湯情に煙る白濁色の天然湯、久々に日本ならではの風情に浸る。 それにしても夕方も5時近いのに、誰もいない貸切状態が何となく寒々しい。客室数の多いホテルだけに、これでは経営も大変だろう。 女房の奴、うまく入れただろうか?まぁ温泉も初めてじゃないし、心配するほどヤワでもないか。 オット!風呂上りは休憩室で待ち合わせようと決めたが、うっかり大体の所要時間を言い忘れた。 あいつには温泉情緒を楽しむなんて感覚が無きに等しい。普段の入浴とさして変わらないから大概先に出ていて、カリカリしながら待っている。私の顔を見るなり「遅いョ〜」が毎回の口癖だ。 時計がキッチリ6時を指した。女房、待ちに待った夕餉(ゆうげ)の時間だ。 伊勢海老のウニの黄金焼きが、おいでおいでと呼んでいる。 1階の食堂には各テーブルに名札が立て掛けてあって、結婚式の披露宴的な趣向だ。 テーブルにはすでに目も鮮やかな和食料理が並べられていた。席に着くなり仲居さんがお茶を持ってきて、まだ3品ほど順次お出しすると、にこやかに伝えていった。 お目当ての伊勢海老は中央にデンと2皿置かれている。黄金焼と銘打ってあるだけに、他の料理を圧倒する迫力がある。ウニと絡み合った伊勢海老の身が輝いて見える一品だ。 女房、5年越しのラブコール。真っ先に黄金焼へと箸が伸びる。おもむろに口に運んだ至福の笑顔。 瞬く間に平らげ、骨までしゃぶる・・・・いや、殻までしゃぶる気の入り様。 昔は誰かれなくそんな真似をしていると、貧乏人丸出しではしたないと思ったものだが、今は随分変わった。女房のそんな所作が可愛く見えるから不思議だ。 美味しくて良かったね。遥々那須までやって来ただけの価値は十分あったョ。 「それじゃ足りないだろう、これも食べてイイョ」 こう言える様になったことが無性に嬉しい。 昔は前妻とも子供とも、常に対等の立場にいたと思う。同じ目線で物を見て、同じ世界に居るから、皆が食べて一家の主が食べられないなんて絶対に許せなかった。 これでは妻子からも慕われなくて当然で、破綻してしまった原因は私の薄っぺらな生き方が引き起こしたのではないかと、最近気が付かされた。 損得抜きで自分のを分け与え、それによって相手が喜ぶ姿を見る方が、どんな贅沢よりも、よほど幸福な満足感が得られる無償の愛というやつを教えてくれたのが、他でもない上海妻だと思っている。 もっとも本人は自覚していないだろうけど・・・・・・・ 2.雨が冷たい!傘がないの巻へ続く・・・・・
|