| 涙のマンション内装記 |
| 14章 叔父さんは日本鬼子! |
| 2006年3月 家に戻ったお舅さんは、昨日の修理人に連絡を入れた。 「だから、相手は日本人だから丁寧にやってくれって言ったじゃないか!どうしても張り替えるって言うから、今日全部剥がしちゃったよ」 そうかぁ〜、お舅さんが「彼らはとても丁寧で、細かいところにも気を配っている」と言ったのは、自分で目視確認した訳じゃなく、事前にそう頼んだという事だったのか。 「どうしてくれるんだ!婿との関係がすっかり悪くなっちゃったじゃないか!」 くどくどと文句を続けるお舅さんに、仕方なく修理人は貰った手間の一部返却を申し出た。 したたかな中国人のことだから、その場凌ぎで言っただけで、本当に返すかどうかは怪しいもんだが、1人100元の返金約束を取り付けた。 声が大きいから聞くとはなしに聞こえてしまう狭いマンションの中、お姑さんは予想した通りの成り行きに、ショックはそれほど大きくはない。 ただ、タイルの張り直しをするだけのことで、本当に日本行きが駄目になるとしたら、まったく釣り合いが取れない被害を蒙る訳で、その元を作ったお舅さんの顔を恨めしそうに見詰めた。
いつもは「おはよう!」と大きな声で挨拶を為(し)合うのだが、私はB型人間のお舅さんみたいに切り替えが早くない。 昨日の今日で簡単に仲直りしては、重みも節操もないと、独り呟くような返事をして部屋から出なかった。 眠そうな目を擦りながら女房が出て行って、しばらく何やら話していたようだったが、突然、お舅さんが私の部屋に入ってきた。 予想外の展開に私も一瞬ギョッとして慌てたが、お舅さんはおもむろに机の上へ100元札を4枚並べて、口早に何か言った。 「なに、これ?」 「お父さんがお金を返すって」 「いらないよ!お金が惜しくてムクれてんじゃないんだからさ!」 日本人にとって、お金さえ返せば文句はなかろうという態度は、余計反感を買うだけで、問題が更に拗れても解決など、まずしないのが普通だ。 中国ではこういうやり方が常識なのか?これでは喧嘩を売っているのと同じで、ス-パーで万引きして捕まった人が、一様に「この分のお金は払います」といっても、許してくれないのと同じだ。 私とすれば、仕上がりの悪さを認めて、一言、悪かったねと言ってくれれば気が済む訳で、この程度は許容範囲と譲らない態度で張り直ししてくれたって、別に気分が晴れるものでもない。 中国のタイル職人がみんな下手で、誰が張ってもこの程度なら、文句をつける私の方が間違っているだろうが、マンションを買い換えるつもりで見て回った幾つもの物件でも、こんな酷いのはなかった。 したがって、特別な要求をしている訳ではない根拠があるから、私の方から折れるつもりはない。 「200元は修理人からの取り返し分、あとの200元は材料代。今は手元にないけど、お父さんに払った300元もあとで返すって」 よしてよ!現役で商売してた時なら、こんな場合、当然の処置として請求金額から差し引いたりするが、ビジネスじゃないんだから身内でこういうことは止めて欲しい。 私はこのお金はもらえないと言って返したが、すっかり態度を硬化させたお舅さんは、それを頑なに拒むと、さっさと帰ってしまった。 「さっき、あんたに無視されたって、お父さんもへそ曲げちゃったよ。中国人がお金返す時は最後だね」 なんだ、なんだ、脅かすなよ。全面抗争の宣戦布告かぁ〜 宅配のバイトを終え、夕方、家に戻ったお舅さんは、夕餉の支度をする気にもなれず、しばし食卓のイスに凭(もた)れて呆然としていた。 あっ、こういう言い方をすると、日本では不自然に感じますよね。 お姑さんが病気でもないのに、仕事から帰ったお舅さんが何で御飯の支度しなきゃならないのかってね。 これが未だもって摩訶不思議なところでして、李家ではこれがごく日常の姿なんです。 お舅さんが、特に女性に対してサービス精神が旺盛で優しいという風では無し、お姑さんが稀代の怠け者という訳でもありません。女性はマメな亭主に当たると、楽が出来るという見本ではないでしょうか。 私なんか、もうすっかり慣れちゃってますからね。お舅さんが静かにテレビなんか見ていると、どこか体の具合でも悪いのかと心配しちゃうくらいですよ。 お舅さんは炊事は言うに及ばず、洗濯に掃除と何でもこなすので、私なんかいつも感心して見ています。 ジッとしていられない性格に起因する所為もあるのでしょうが、私が時々遊びに行って見ている限りでも、お姑さんの2倍、3倍は動いています。 つい先だって春節前夜にご馳走になった年夜飯も、お舅さんは厨房に入りっ放しで料理を作っていて、お姑さんはテレビを見ながらマメの皮を剥いていただけでしたからね。 女房も結婚した当初、上海の男は仕事も家事も両方こなしてくれるタイプが多いと、さも、それが当然という言い方をよくしていた。 だが、それは取りも直さず、自分の家事嫌いを暗に私へ押し付ようとする作戦であることは、すでに承知済み。 私も伊達に年を食っていないから、そんな手におめおめと乗るもんかと、表には出ない水面下での攻防に、お互い火花を散らしていた。 私は男子厨房に入らず!の日本的気風を持つ最後の残党として、中国は中国、日本は日本のやり方があると、断固拒否の姿勢を貫いていたが、運命の悪戯で上海を度々訪れるようになって、目から鱗が落ちた。 李家の日常生活を目の当たりにして、その気持ちは大きな変革を迫られた。この父親にしてこの娘あり!無理もない、こんなマメな父親の後姿を見て育った女房じゃ、意見するだけ無駄だと悟った。 直情型で深慮に欠けるお舅さんだが、家族に対しては一家の長として大黒柱!の意識を忘れた事がない。 その責任感が時には度を越してしまい、私を含めた家族全員が常に頼ってしまう結果を招いている。 30代半ばになった長男である義弟が、嫌なことをつい逃げてしまう癖だって、お舅さんがあまりに面倒を看過ぎてきたのが原因かも知れないし、女房も家の細かな修理事など、つい気楽に頼んでしまう。 今回の浴室改造工事だって、女房からよくよく聞いてみたら、お舅さんは前回のマンション内装工事で散々揉めた事を忘れていなかったから、気乗りがしなかったらしい。 それを無理やり頼み込んだという経緯があったようなので、うちの方も悪いと言えば悪かったのだ。 いつもと様子が違うので、お姑さんもちょっと心配になった。 「どうしたんだい、なにかあったのかい?」 「おう、今日はえらい損しちゃったよ」 損をしたこととは、言うまでもなく、朝方に大見得きって突っ返した400元のことである。 その上、更に300元も返すなんて余計な啖呵を切ってしまい、やはり今は後悔していた。 日本人なら700元=1万円くらいで、それほどクヨクヨ考える人は少ないだろうが、お舅さんにとっての700元はかなり痛い。だが、それよりも婿と仲違いしてしまった方がもっと痛い。 苦難の時代を生き抜く為に培った処世術とはいえ、相手に弱みを見せない癖が元で、つい怒鳴り声を上げてしまったことが悔やまれた。 だが一方では、婿さんを直接詰(なじ)った訳でもないのに、何故あんなに剥れる?との思いもある。 どっちにしても、もしこのまま冷たい関係になってしまったら?なんて考えると、さすがに心中堪えた。
小学2年生になる甥っ子も、いつもと違う雰囲気に戸惑っていた。 確かに学校の成績はビリから勘定した方が早い劣等生だが、お爺ちゃん似で、場を読む力に長けている。 どうやらお爺ちゃんと叔父さんの関係が悪くなったようだ。 それなら、もう我慢することはないか? 学校の先生も、日本は昔、中国に酷いことをした国だと言っていたし、テレビでも日本の兵隊が中国人を沢山殺したりしている。 学校の友達も日本人は悪い奴だと言っていたけど、僕は叔父さんが日本人だから言えなかった。 ちょっと元気のないお爺ちゃんに、今何を言ったら喜んでくれるか、褒めてくれるか、子供心に考えた。 「お爺ちゃん、叔父さんが悪いよね。日本人だから日本鬼子だ!あ〜やっと言えてスッキリした」 日本鬼子とは戦争中、残虐極まりない日本軍を鬼に例えていった言葉で、現代では日本人の蔑称として使われている。甥っ子の奴、いつも小遣いやっているのに、日本鬼子は言い過ぎだろう。 張り直しをしてくれるタイル職人から夕方に電話があり、今日はどうしても現場を抜けられないから、明日行くと連絡してきた。 それならそれで有り難い。来ないと分かれば食事にも行けるし、シャワーも浴びたい。 本来はタイルを張り終わって3日くらい置かなくてはならないのだが、工事開始以来、今日で4日も不自由を強いられている状況から、明日辺り、そ〜とシャワーを使おうと思っていた。 だが、急転直下、張り直しすることになってしまい、その目論みもすっかり当てが外れてしまった。 お舅さんのところへシャワーを借りに行けば一番簡単なのだが、只今冷戦状態である事とは別にしても、ちょうど運悪く湯沸しの調子が悪くてシャワーが使えないときていた。 上海一族も取り敢えず近くの銭湯に通っているらしいので、私らもそこへ行こうと話し合っていたのだが、この寒い冬の夜更けにノコノコ銭湯になんか行ったら、まず風邪引きを覚悟せねばならない。 それに5年ほど前、お舅さんに連れられて中国銭湯の体験をしたが、決して衛生的とはいえないところだから、気持ちはもう一つ乗り切れずに躊躇していた。 「どうする、銭湯行く?場所はお母さんから聞いたから分かるよ」 「う〜ん、遠いいし、寒いし、汚いの三重苦だからな、あまり行く気はしないわな」 「それじゃ、高いけどサウナに行ってもいいよ、タクシー乗って行けば寒くないし」 女房にしては珍しく優しい言葉を掛けてくれたが、本気で行く気なんか無いことを知っている。私が億劫がって行かないのを見越してのセリフである。まったくどこまでも計算高いやっちゃ。 「それなら下の美容室で洗髪だけやるか」 「ダメ、駄目、こんな埃だらけの髪じゃ、シャンプーの泡が立たないって笑われちゃうよ」 それならお湯は出るんだから、私が洗って上げると言い、厨房の流しでゴシゴシと洗ってくれた。 どこまでも安上がりに出来ている倹約の似た者夫婦だが、わざわざ高いサウナに出掛けて行って、別々に入るくらいなら、まだこっちの方が気が利いている。 私の頭をグイグイ押さえつけ、シャンプーの泡を飛び散らしての悪戦苦闘は、なんとも貧乏ったらしい光景ではあったが、不思議なことに何となく幸せを感じる。 結婚10年、気が付いたら、何の照れもなく自然にこういう事が出来るようになったので、感慨深いものが込み上げてきた。やはり夫婦は、それなりの歴史を刻まなければ本物の味が出て来ないということだろうか。 お舅さんのところも湯沸し器の取り替えついでに、同じシャワー室に改造する予定でいた。うちが終わったら同じ修理人に頼むつもりだったらしいが、恐らくもう頼まないだろう。 随分前からシャワーの具合が悪かったんだから、さっさと先にやってくれていれば、その筆舌に尽くし難い仕上がり状況を見て、私は当然拒否した筈である。 なんかお試し用の実験台にされた上、張り直しまですることになり、なんとも後味の悪いことになってしまった。 それにしても明日来るタイル職人は上手いのだろうか?もし、仕上がりが似たり寄ったりなら、お舅さんの高らかな笑いが聞こえてきそうだ。 上海は日本と違って、地場で商売する工務店や大工さんを殆ど見掛けない。 これだけマンションの数があれば、内装や営繕の仕事も増えただろうに、みんな一体何の手蔓を頼って工事人を見付けてくるのか分からない。 それも大概一回こっきりの付き合いが多いから、清算が済めばそれで終わり、あとの責任など持ってくれない。 現にうちの内装をやってくれた大工さんも親方も、今は行方知れずとかで頼みたくても頼めなかったらしい。 結局、内装の出来不出来は、注文主の運次第ということになってしまいそうである。 たまたましっかりした技術を持っている職人に当たれば、納得できる内装に仕上がるし、そうでなければうちのタイルのように一からやり直すことになりかねない。 それじゃ、四六時中くっ付いて手を抜かれないように監視をすればいいかとなるが、これも無理である。 内装に詳しくない素人と分かれば、適当にあしらわれるのがオチだろう。 彼らは一日働いて幾らの日雇いは少なく、請負の形でやっている人が多いから、1日でも早く仕上げれば、それだけ儲かる仕組みになっているので、細かい事などに気を配ってはいられないのだ。 日本のように地場で商売していれば、そういい加減なことも出来ないのが普通で、信用を落とせば食いっ逸れてしまうから、一定の技術水準は保っている。 それでも職人の上手い下手はあるので、ある程度までは許容の範囲ということになろうが、日本のお客は細かいから、中々納得してくれない場合もある。 工事後の瑕疵責任も法律で決められていて、アフターサービスも注文主に有利となっている。 総じて日本では身動き出来ないほど条例や法律に縛られ、中小の建築業者など上手い仕事をしようとする前に、それらをクリアすることで疲れてしまうのが現状だ。
では、中国ではどうか?残念ながら法律もまだ完全に整備されていないし、大体、国民性が、見掛けさえ立派なら隠れてしまう部分には、そう拘っていないように感じる。 国民性だから、施工者ばかりが悪い訳ではない。注文主も見た目が豪華なら、文句を言う人は少ないようで、例えそれほど持たなくても先の心配などしていない。 駄目になったら又直せばいいという風潮が強く、その為、しょっちゅう道路や歩道を掘り返して直している。 公共工事でもこんな具合だから、民間など何でも有りのやりたい放題で、雨に濡れる外部でも平気でベニヤ合板を使って下地を作り、その上に大理石模様の薄い建材を貼ったり、ステンレスを巻いたりしている。 出来上がれば見栄えだけは立派だが、大体2〜3年で駄目になってしまうのが常なのだ。 そんな調子だから、2〜3年経ってしまえば文句を言う注文主もいないだろうが、仮に言おうにも、相手がどこへ行ったか見付からないのでは話にもならない。 そんなこんなで、あ〜明日は腕のいい職人が来ますよう、祈りたい気持ちだった。
後記 水漏れ騒動記も、とうとう5話に突入です。現在進行形ですので、完結は今度訪中した時になると思います。 まぁ、行くかどうかも分かりませんがね。(^_-) 15章では東京に戻るまでをお話して、取り敢えずのピリオドを打ちたいと思っています。 それでは次回、15章 さすらいの上海職人!でまたお目に掛かりましょう。
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