| 2002年10月 1999年11月にマンション内装の工事が始まった。ちょうど3年前である。 月日の経つのは早い。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、あの時の筆舌に尽くし難い闘いの記憶も大分薄れがちになって来た。 中国の水に慣れ来た所為か、あまり細かい事に拘らなくなって来たのが一番の原因だろう。 てんやわんやだった日中共同工事の貴重な経験は、今となっては懐かしくもあり、中国を知る上で大変為になったのだが、笑って済まされない苦い思い出もアル。 2004年には、もう個人で新築時のマンション内装が出来なくなるという噂もチラホラ。 それまでにマンションを買われる方、“マンション内装その後”を知る事で、よくよく参考にしていただきたい。 2000年4月に新入居を果たし、ようやく肩の荷が下りた。日中合同内装工事は、勝手のすべてが違いイライラの連続だった。 苦労の甲斐があって、こうして自分で設計・監督したマンションに住めるようになったのだから、もうわだかまりは水に流そうと思っていた矢先、あのウォッシュレット尻ヤケド事件である。 油断大敵、気を許せば又手ひどい目に遭いかねナイ。新入居翌日、ひとり密かに総点検を始めた。 出てくるわ、出てくるわ!あれほど念を押して頼んだ事は無視され、打ち合わせになかった事は追加している。まったく大工工事8割の出来で引き上げた事が悔やまれた。 元国営建設公司の課長という事で、渡りに船と監督をお舅さんにお願いした。 よく聞きもしないで監督を頼んだ私も軽率だったが、総務畑の資材課長だったとはアトで分かった事だ。 当然、現場の施工は殆ど分かってない。その為大変な回り道をして難儀をした。 舅だからと気を使って、一万元も監督料を払った私としては大いに不満であった。 到着翌日、様子を見に来た涼しい顔のお舅さん。気楽な上海人気質は天性のものか?工事中のイライラが甦って来そうだ。今更名誉監督に格下げしてももう遅いか・・・・・・・ 玄関に造り付けたシューズボックス、天井までの一面に設えた。これだけ収納場所を作っておけば、まず困る事はないだろうとの自信作。 その特大靴箱の扉6枚を全部開いて見た。アッと息を呑み背筋にブルブルとした悪寒が走る。 下段は指定通り木製だったが、選りに選って上段の棚が全部ガラスになっていた。それも5mmほどの薄い奴だ。ズリ落ちたり、何かの拍子に割れたらどうするつもりなのだろう。 それとも自分が怪我する訳じゃないから、後は野となれ山となれの腹だったのか? こんな危険な事、日本じゃまず考えられない。あぶない、アブナイ!
ところが私はこれがあまり好かない。長い生活習慣でやはり玄関口と部屋とのケジメが欲しい。 第一どこで履物を脱いだらいいか、しばし考えてしまう。私はこれが当たり前のようにも思うが、意外と中国では玄関ドアを開けると、いきなりフローリングの床というのも珍しくない。 これだけは譲れないと、部屋との境に段差を付けてもらう事になっていた。 これにも信じられない裏話がある。 日本家屋の建築ではマンションでも、まずで出入り口の高さが基本になり、そこから何cm部屋の床高を上げるか決めるのがセオリー。 中国だってそんな事は分かっている筈と、最初疑いもしなかった。 まだお舅さん監督が工事施工に明るくないとは露ほども知らない時だ。監督も就いているんだし、私にとっての常識を決め込んでいたかも知れないが、まさかそんな基本線まで度外視して工事が進んでいるとは思いも依らなかった。 当初、カミさんとルンルン気分で工事見学。私の役目は図面だけだと一面気楽に考えていたし、日本の大工さんとの違いなどを興味深く観察していたが、どうも成り行きがオカシイ? 間違いはないだろうが一応確認の為、自分なりに高さを測り直してみた。 ガァ〜ン!玄関靴脱ぎ場所より部屋の床の方が低い?それじゃ丸っきり逆じゃねぇか。測り方が間違ったのか何度も確認したが、いよいよ紛れもない現実と認識する羽目に。 靴脱ぎ場所と部屋の段差は、外と内との意識の区分けもあるが、段差を付ける事で履物と一緒に持ち込んだ塵芥の類をそこで食い止める役割もある。これが逆だと無防備に外から埃や塵が入り込んでしまうのだ。 日本人の感覚からすれば絶対に承服しかねる問題で、まぁいいやでは済まされナイ。 人事なら思わず笑っちゃう所だが、自分の家では余計そうも行かない。 急ぎお舅さん監督と大工さんを呼び付け、事の次第を問い質す。 「なんでこういう事になるの?大体部屋の高さはどこを基準に決めたの?」 お舅さんも大工さんもキョトンとしている。さも大した問題じゃないと言いた気に・・・・・ 部屋の床はもう2部屋完了している。畳にして25枚分くらいだ。 今更やり直す事が難しいのは私にも分かるが、どうにも腹の虫が治まらない。 そこで修正案として現在進行中の床の上へ、更にもう1枚厚手の板を張ったら幾ら掛かるか聞いてみた。 それでもやっと靴脱ぎ高さと同一という悲しい状況だ。 「ウ〜ン・・・・・500元」 耳を疑った! 大工さんの後ろに立つお舅さんは、やめろやめろと首を左右に振っている。 そうじゃない、あまりの安さにビックリしたのだ。500元といえば僅か7000円たらず。 私も建築のプロだから、日本で同じ事を言われたら10万円くらいは請求する。 2002年の今は、上海も恐らく長く続く建設好況から大工さんの賃金もかなり上がっただろうが、この当時は1日朝6時から夜9時頃まで働いて50〜60元だった。 人件費が異常に安い。中国大工さん1日手間600円VS日本大工さん1日2万円では勝負にならない。 昨今まだまだ世界各国から中国へ生産移転が続いているが、これとて現状を見れば無理からぬ話だろう。 ここでニンマリ笑ってはいけない。安いなどと悟られれば、以後吹っ掛けられるのは目に見えている。 表情は仕方ナイと落胆の色を見せ、不承不承のGOサインを出した。 話は長くなったが、要するに我が家の靴脱ぎ場所は無理矢理低くしたので、すり鉢状に窪んでいる。 当然玄関ドアの位置が高く、枠の下フレームが剥き出しに突き出る格好になっている。 ・・・・・・・・言いたかったのは、これにケツマヅクのだ。 最初は出入りの度につまづき、歌舞伎の弁慶がタタラを踏むように廊下へ飛び出したものだ。まったく忌々しい話だった。 女房の友達がタマに遊びに来る。帰る時は愛想良く、私も玄関先まで見送る事にしている。 慣れないその友達は案の定ケツマヅキ、そして弁慶のタタラ仲間が又1人増える事になる。 これを密かな楽しみにしているので、これから縁あって私の家へ遊びに来られた方は気を付けられたい。
たっての頼みでパソコン専用室を造らされた。私は麻雀室と呼んでいるが・・・・・・・ 当然インターネットをするのに電話配線がいる。くどく、くどく、お願いしておいたのに、あ〜それなのに、それなのに竣工の暁には影も形も無かった。女房の怒る事怒る事、自分の父親だって容赦しない。 今では中国もパソコンが普及したが、3年前はお舅さんも大工さんもインターネットなど何の事だか分からなかったらしい。ワカラナイなら分からないと言えば良さそうなモノだが、中国人はここが言えナイ。 見栄も手伝って知ったか振りをするから、後で大変なトラブルになる。 仕方ない!電話線がある部屋から引っ張るしかないな。新築ゆえ、やたら露出にもしたくないので考えあぐねた挙句、隣の寝室からなら目立たず引っ張って来れそうと判断。 早速、ケーブル線を購入。配線の準備をしたが、「待てよ?」・・・・・そこで閃く。 寝室には確かに電話線が配線されていたが、使えるとは限らないゾ。 今まで散々煮え湯を飲まされてきたお陰の知恵だ。 「一遍ここで使えるかどうか試してみな・・・・・・」 鋭い勘は見事的中した。 どこかで断線してるか、接触が悪いかで通じたり通じなかったり。あ〜・・・・役に立たんのぉ〜 少しばかりの責任を感じたお舅さん、電気ドリルを借りてきて間仕切り壁に穴を開けると言う。 ヤクザなドリルで25cmもあるレンガ壁に穴が開くとも思えず、後の修復を考えて丁重にお断りした。 結局、一番遠いリビングの電話口から、延々20mも壁伝いに引っ張る事に相成った。 部屋のドアも欠き落とし、何とかかんとか配線を完了・・・・・・まったくアホらしい話だった。
滅多にある話ではないが、同時にドアを開けた場合、隣人が出難いというのだ。 (とうとう言って来たか・・・・・)私もそれは最初に考えない事も無かった。 購入時のパンフレットにも、確かに隣人側に開けるのではなく、反対の壁側に書かれている。 だが実際は如何にも開け難いし、こんな作りをしたマンション側の責任であると都合良く解釈。構うものかと独断で左右の開き勝手を変えてしまったのだ。 今更これを付け替えるとなると容易な事ではない。カミさんも頭を抱えている。 それにしても図面を見る限り、そんなに開け難い訳がないのだが・・・・・・・ 25階建ての各階間取りは同じ筈だから、他を見てみようと夫婦連れ立って全部見て回った。 原因がハッキリした。文句を言う隣が出過ぎている所為だ! 中国人はヤル事が実に大胆だ。通路の突き当りをいい事に共用部分まで建て増ししていたのだ。 うちのドア口30cmまで迫り出していては、図面通りドアを付けたのでは入り難いに決まっている。 本来なら1mほどバックしなければならない。隣も自分の勝手を棚に上げてよく言えたもんだ! 急に強気になった。共用部分を無断で借用とは言語道断、すぐさま管理事務所まで捻じ込んだ。 工事を見過ごした管理事務所にも責任があるし、隣と直接遣り合うより言ってもらった方が得策と踏んだ。 数日後返事が来た。隣は契約時にオーナーとの間で密約があり、共用部分の使用を暗に認めてもらっていると強硬姿勢。 そんなトンチキな話があるか!オーナーが何と言おうが共用部分を勝手に出来る筈がない。ウチだって持分の共用部分を含めて買っているんだ。 言ったれ!言ったれ!私とした事がはしたない。気が付けば思いっ切り女房を煽ってしまった。 揉め出したら、隣からドアの開き勝手はこれでイイとクレームを取り下げて来た。 もう遅い!女房持ち前の闘争本能に火が点いてしまったのだ。 階上でも同じ問題が拗れて裁判になったと聞き込み、早速、怒り心頭の女房は連絡を取り顛末を聞いた。 裁判は勝訴と聞き、更に紛争の炎は赤々と燃え上がった。 階上の訴訟人も大乗りして、全面的支援態勢、弁護士も紹介するという。弁護士費用は2000元(3万円)との話だった。日本から比べればこれだって破格だ。資金的には問題ない。
外灘にある事務所まで急ぐ。女房を先頭にして、この日担ぎ出されたお舅さん、ただの旗振り野次馬である私と3人で乗り込んだ。 用件を言ってアポを取ったのでは、体よく断られるに決まっている。ヤクザ映画の殴り込みもどきに寝込みを襲うのだ。社長出社のAM9:00に照準を合わせ、息せき切って駆け付けた。 年代モノの古ぼけたビル。急な階段を7階まで登った。私だけ息が上がり、すでに戦意喪失。 長い廊下には色褪せた絨毯が敷いてあり、突き当りが目指す不動産会社だ。 相手が大きかろうと臆する事も無く、威風堂々思い切り良くドアを開ける。アンタッチャブルを彷彿とさせる絵になる一瞬。 突然広がる大広間、奥に会議も出来そうな大きいテーブル。その中央にオーナー兼社長が社員数人と談笑中だった。居た、居た!ここであったが百年目、覚悟しいやぁ・・・・・・・・ それからが凄かった。実際お目に掛けたいくらいの、壮絶極まる修羅場が展開されたのだ。 勧められた訳でもないのに、遠慮会釈無く当然の如く椅子を手繰り寄せ父娘は陣取った。 テーブルを挟んで正面のオーナーと劇的対峙。今まさに決戦の火蓋が切られる。 相手に反論の隙を与えない猛然とした一方的な捲くし立て。口角泡を飛ばし父と娘が交代で喋り捲る。 私は日本人と悟られまいと、テーブルの隅に座りオブザーバーを決め込んだ。 見掛けは温厚そうで紳士的な社長、朝っぱらから突然狂犬に噛み付かれたようなもの。 さすが海千山千の不動産屋、相手の疲れを待つ作戦。ジッと腕組みをして頷いている。 慌てず騒がず泰然自若、金持ち喧嘩せずの心意気。・・・・・・・・こりゃ役者が一枚上手、勝負あったな。 話は衛星放送の1件まで及んで、いよいよ喋り過ぎて抗議の焦点がボケきてしまった。 これは入居時に衛星日本語放送を受信可能にしてくれる約束で、1000元払った。 それが2年過ぎても未だに実行されていない。・・・・・金返せ!となる訳だ。 言うだけ言い尽くしたら、一瞬、間が空いた。勝負所を心得ている社長が間髪入れず口を開く。 「わかった!1000元は返そう。隣との問題は隣とヤレばいい。私が隣人に何を言おうが共有部分と関係ナイ!そこを使うかどうかはその隣人の判断だ。裁判やるならやりなさい」 ごもっともな話だ。実に理路整然としている。父娘反論の言葉が見つからず、ここでお開き・・・・・・ 帰りの道すがら、勝利の凱旋とまでは行かないが、まぁ言うだけは言った満足感のみ。 ・・・・・・・・・女房は今、裁判に持ち込むか考えあぐねている。 9章 嗚呼、変貌するマンション篇に続く・・・・・・・・ |