| 2002年10月 1999年10月、上海のマンションを買い、急ぎ取り掛かった内装工事。 あの悪夢から3年が経とうとしている。私ら夫婦も一緒に3年の時を刻んだという事か。 よく持ったものである。私の忍耐力を素直に賞賛したい。 お舅さんの言った通り、今や私のマンション周辺は目を見張るような発展と変貌を遂げた。 近くに地鉄3号線の駅も出来て、道路は整備され歩道も拡張された。 そこには美しい街路樹が植えられ、環境も以前とは較べたら格段の違いになった。 ついでに周辺地域のマンション価格も跳ね上がり、また上海バブルの再来である。 今ではとても3年前当時の価格でこの辺りは手に入らない。 その点では上海一族の勧めを拒まず、マンション購入を踏み切った事に今は安堵している。 だが、そんな言い事尽くめでは世の中通らない! これで中々、保守的日本人の上海暮らしは大変である。中年おじさんが体験経験した数々の珍騒動。 ここからの章で、マンション内装を終えた、その後をお伝えしたい。 これから続く方々には是非々参考にしていただいて、決して見習うべからず・・・・・ですよ。 2000年4月、招待所の安宿住まいでない上海生活がいよいよスタートした。 新居での初日、ヤクザなウォッシュレットのお陰で尻にヤケドを負う最悪のアクシデントがあったものの、内装完成に至る苦労の連続を思うと我が子のような愛おしさを覚える。 この壁も天井も、この床にしても大工さんと丁々発止で大変だった。どこも彼処も悪戦苦闘を物語っていて、私にはその時に流した悔し涙のシミすら見えるようだ・・・・・ホント。 さて、家は出来たが所帯道具がナイ。 鍋釜は勿論、生活に必要な電化製品一切を買い揃えなければならない。 家具に至ってはすぐに必要なベッドとリビングテーブル・イスだけで、これだけは昨年帰国前に決定しておいたので助かった。 これがなけりゃ、いよいよ新居で寝る場所もないという笑い話のような悲惨な目に遭うところだった。 これだって予約の事で一族と大揉めだったのを思い出す。 あの時は帰国も迫り、内装工事のゴタゴタで疲れもピークだったので気も立っていた。 中国の買物は気に入ったものを見つけたら、その時手を打っておかないと、熟慮の末などと躊躇して再度出掛けたって、もう売り切れてナイ事が多々ある。 「これでイイョ、内金入れて完成したら運んで貰えョ」 「マダ早いヨ!今度来た時でイイヨ」・・・・・・舅も異議なしと隣でシキリに頷く。 この侭引き下がっては日本亭主の威厳が保てない。なんで財務方の言い分が通らないんだ! こっちは家具屋を何軒も見て回り、歩き疲れて足は棒のよう。苛立ちのあまり、ついつい声も大きくなり険悪ムード。少しは察してこんな時くらい逆らわないで頂戴!と泣きを入れたくなるほどだ。 「何から何まで自分の思い通りにしないで、いっぺんくらい俺の言う事聞いたらどうだ!第一マンション買ってくれたら家具は自分の貯金で買う筈じゃなかったのか!」 それを言っちゃぁオシマイ、上海女房メンツ丸つぶれ。いよいよ火に油を注ぐ結果と相成った。 日本語での激しい応酬、何を言っているのか分からないお舅さんはオロオロ。聞き慣れない舌戦に家具屋の売り子が遠くの売り場からも見物にやって来る。 結局、お舅さんの仲裁で娘を説き伏せ、私の言い分が通った。当ったり前だぁ〜・・・・・・ 超特大ベッド(俺の設計に文句あっかの巻、写真にて参照)と木目鮮やかな楕円形のテーブル、そしてツルツル塗装の木製椅子4脚。併せて1000元の予約内金を入れた。 搬入日はお舅さんが後日連絡する事で、ひとまず一件落着かと見えた・・・・・・・が。 帰りの道すがら、心中まだ納得いかず燻っている女房がポツリと呟く。 「あの1000元戻って来ないかもヨ〜・・・・・・」 言うに事欠いて往生際の悪い奴だ。こんなに根に持つ女房じゃ先が思いやられるわい・・・・・・ブツブツ 「あの店だっていつ無くなるかワカラナイヨ〜、上海じゃぁ予約金なんて払う人イナイヨ!」 エッ!そうなの!ホントかよ、マジで・・・・・・・・・・・シュン。。。。さっきの勢いはどこへやら。 そう言われれば確かに上海の店舗は出入りが激しい。日本人のように耐えて忍んで石の上にも3年タイプは少なく、利に聡い上海人は恐ろしく撤退も早い。 それならそうと早く言ってくれればいいのにと思うが、「この店潰れたらどうする!」なんて、そりゃ売り子の前で言えんわなぁ。
誠に都合よくマンションの近くに家具市場が立ち並んでいる。展示スペースはどこの店もかなりの広さだ。 お舅さんを先頭に女房そして私の順で、カルガモの親子よろしく、品定めをしながらそぞろ歩く。 立ち止まろうものなら、すぐさま売り子が大きな声で駆け寄ってくる。 2000年を迎えて、売れても売れなくても日がな一日店番をしていれば済んでいた国営企業の体質はもうすっかり消え失せている。どこも売上高による歩合制の導入で極端に愛想が良くなった。 売れ筋のダイニングテーブルやベッドとソファなどは、やはり1〜2階に集中していて、人気の無い事務用は4階辺りに追いやられている。 ここの売り子は可哀想である。いくらネジリ鉢巻をしたところで肝心の客が来ない。必然的にヤル気もそがれ、日がな一日組が暇を持て余し居眠りするかカードに興じていた。 「ワタシ、これが気に入った!」 気に入るのは勝手だが、見れば鮮やかに萌え立つ若草グリーン。思い切ったピンクのストライブ壁紙にした我が家には、どこをどう見ても似合わないだろう・・・・・・・・ 中国人はトータル的なバランスよりも単発デザインに惹かれる傾向があるらしい。 片やお舅さんは、如何にも中国然とした刺繍入りのソファが気に入ったようだ。みんなの言う事を聞いていたら、こりゃ収拾がつかないぞ〜・・・・・・・警戒感で身が引き締まる。 結局、やっぱり女にゃ弱い。取って付けたようで似合わないであろう、例の若草色に決定した。 (上海じゃぁ、どうせ俺の友達など遊びに来る訳ないんだから、まぁ女房に花を持たせてあげようか) ・・・・・・イヨッ!太っ腹、いいとこあるぜョ。 フカフカで1人掛けのソファなど体が沈み込んでしまいそう。そこに踏ん反り返ったお舅さんもご満悦だ。 3人掛けの長ソファは、私が寝そべってテレビを見るのに丁度イイ。勿論革張りで肌触りも申し分ない。 ついでにガラスに紋様がエッチングされた大き目のセンターテーブルも所望。 お舅さん渾身の値切りも功を奏し、〆て5万円でお釣りが来る明細。 私にすれば嬉しさ溢れる驚きの価格だ。東京の家のソファだって同じような仕様で25万円もした。 それでもお舅さんは目を丸くして、やにわに「1人掛け1脚にしろ」と女房の耳元に囁く。 何事が起こったのか私も狐に摘ままれたようだ。・・・・・・・事の次第はこうだった。 ソファ1脚買えば保証書がついてくる。当然作っているメーカーの所在も分かるから、高い3人掛けはそこに直接頼めば、まだ3割は安くナル。 まったく仁義もヘチマもない、横紙破りの上海人気質。これじゃぁ売る方もウカウカして居られないだろう。 「いいよ、いいよ、そこまでしなくても・・・・・・」 お舅さんの釈然としない横顔。せっかく安く買えるのに、みすみす高いモノを買うなんて・・・・・信じられナイ。 「騙しても、まだまだ騙せる日本人」と言われる所以だろうか・・・・・・・ちょと反省。
中国は人手が多い所為か、実に早い対応で翌日には搬入された。 やっぱり色具合のミスマッチは否めなかった。ここでブツクサ言えば女房の奴、気になって夜も眠れなくなる。果ては取り替えると言い出しかねないだろう。 「アレッ!案外合うじゃん。やっぱりアナタのセンスは抜群だぁ〜」・・・・・・これで手を打った。 現物が入り、本人も納得して晴れて支払いとなる。上海での買物はやはりこれが普通のようだった。 何日かして妙な異音に気が付いた。3人掛けの方が座る度に、何やら軋む嫌な音がする。 女房に直訴すると、早速、一気に捲くし立てる大仰なクレームの電話。「不良品だから取り替えてヨ!」 少しくらいオーバーに言ったほうがイイというが、アレだけ言えば決して少々ではないだろう〜。 クレーム処理も実に対応が早い。翌日には家具職人が3人もやって来た。 人相は人懐っこくて愛想良いのだが、風体が良くない。 浮浪者と見間違う出で立ちのうえ、独特の臭気を放っている。破れて親指が突き出た靴下の侭、ズカズカと遠慮なくフローリングの上を歩いて来ると、その後ろには足跡がクッキリ付いているから恐ろしい。 で、・・・・・・・カミさんはこの手の人の来訪を嫌がる。 かくかくしかじかの説明をすると、こんなのすぐに直るとばかりに、ヨイショとソファを引っくり返し、何を血迷ったかイキナリ5寸釘もあろうかと思うほど長い釘を、目の前でソファの脚元に打ちつけ始めた。 壊れるゥゥ!・・・・・・・私は直感した。 特大の金槌で打ち始めた以上、後には引けないとばかり更に力が入る。 中国でも“無理が通れば道理が引っ込む”の諺があるのだろうか、とうとう全部打ち込んでしまった。 得意満面な年配の職人、笑顔が清々しいのは本人だけだろう〜・・・・・・・ 心なしか歪んだ感じがするソファに「もう大丈夫だ!座って見ろ」と促される。 ウン?・・・・・・案の定、前より異音はヒドクなってしまった。 そりゃそうだろう、無理を通して結果が良かった話などあまり聞かナイ。 おかしい?とばかりに3人の職人が交互に座って見る。・・・・・・・ア〜〜もう取り替えて欲しい。 最早これまでと見たか、年長のリーダー職人は大声で何やら指示を飛ばす。 まもなくエッサオッサ新品のソファを運んで来た。 なぁ〜んだ、持って来たなら最初から取り替えてよネ〜・・・・・・
ちょっと大き目なので部屋で組み立て設置まで親切にやってくれた。 丁度居合わせたお舅さんと義弟が、一片のミスも許すまじの意気込みで舐めるように検査する。 上海はお金を払ったらお終いという雰囲気がある。勿論、修理・クレームの対応はしてくれるのだが、納得の引渡し前にキズや不具合を発見できれば、更に値切りの対象にもなる。 この時も、引き出しのちょっとした難点が露見。支払いはそれを直してくるまで引き延ばされた。 翌日、なんとまぁ引き出し4杯作り替えて持ってきた。 まさか翌日来ると思っていなかったから、運悪く女房は買物にお出掛け中。 相手は、サァこれで文句はないだろうとばかりに請求明細を私に突き付けた。 お金をしまってある場所も分からないし、「幾ら?」ぐらいは中国語で言えるが、返ってくる言葉がワカラナイ。 請求明細もやたら数字が書かれているので、どれがトータルなのかも判断し難い。 サァ、困った!集金人は一歩も引かぬ仁王立ちだ。 「メイヨ(無い)、プツァイ(居ない)」 この場で使えそうな中国語は、取り合えずこのくらいしか知らない。私とすれば感情を込めて、「女房が留守だからお金も分からないし、悪いけど出直してくれ」こう言ったつもりなのである。 悲しいかな単語2つでは、そうはうまく伝わる筈もナイ。 見る見る間に集金人の顔面が紅潮してきたのが分かった。無理もない、お金はナイ!目の前に私が居るのにイナイ!と居留守を使われたら、誰でも怒り出すだろうし、そう取られても仕方がない。 まったく言葉の壁は厚いと今更ながらに打ちのめされた。 リリリ〜ン・・・・・おっ!天の助け電話が鳴った。 てっきり女房だと思い、藁をもすがる思いで受話器を取った。 これ又チンプンカンプンの義弟の声がキンキン響く・・・・・・・ア〜万事休す。 取り合えず受話器を集金人に渡した。上海語での激しいヤリ取りがしばらく続いて電話は切れた。 相手が帰らないところを見ると、話は物別れに終わったのか? 言葉を解さない外国人に文句を言っても始まらないと、私を糾弾する態度は無かったが、憮然とした表情で腕組みをして歩き回る。お願いだからジッとしていてョ、後の足跡掃除が大変だから・・・・・・ね。 ここでおめおめと帰れない集金人の苦しい立場も分かるが、どうしようもナイのだ。 ピンポ〜ン・・・・・・玄関のチャイムが鳴った。フゥ〜やっと助かった。 期待の女房ではなかったが、わざわざ義弟が不穏な空気を察して自転車を飛ばし駆け付けてくれた。 身内は有り難い。普段からよそよそしい実弟ではこうはいかないだろう。 何とかカミさんと連絡を取って、お金の在り処を聞いてきたという。 エライ!これでやっと集金人から解放されると思うと、万歳を叫びたくなった。 外国で暮らすこと、イコール言葉が通じないことは思いの外、大変ですぞ!皆々様・・・・・・・・ 7章 中国電化製品の落とし穴篇に続く・・・・・・・・ |