涙のマンション内装記

4章 指揮官は誰だ!の巻

 更に悪い事に、唯一の味方であるべき愛妻イェランが風邪をひいて寝込んでしまった。。
熱が40度近くまで上がり、魅惑のつぶらな瞳が潤目鰯(うるめいわし)のようになってしまった。
サァ困った!通訳が居なけりゃ、私は陸に上がった河童も同然、成す術も無い。
そんな事情を察してか、顔を真っ赤に火照らしフラフラしながらも「行く」と言ってくれるのが泣かせる。
お舅さん監督に3日前徹夜で描き上げた、厨房・浴室トイレのタイル割付図を託してあるものの、 我が目で確認しなければ何をされるか分かったモンじゃない。
昨日からタイルを貼り始めたと言うので気が気ではないのだ。
困憊の女房を労わりつつ、顔の半分はあろうかと思える大きなマスクをして痛ましい姿での、止む無い御出馬を願う。

  打ち合わせ中、マスク姿は通訳の女房

   堅木の床張り施工中
現場に着いてまず愕然。
タイル工は鼻歌混じりに機嫌よく浴室のタイルを貼っていたが、私はすこぶる機嫌が良くない。
案の定、心配した通り、図面などハナから無視、己の貼りたい様に貼っている。

おまけに気持ちを逆撫でするかのように、私の顔を見るなりニコッと屈託ない笑顔で微笑みかける。 悪気が無いのは分かるが、こちらはガックリ文句をいう気力も出てこない。
日本では予め仕上げ寸法を計算して見栄えに配慮し、なるべく壁面両サイドは変な半端が入らぬよう均等に振り分けるのは、一々言わなくても暗黙の諒解である常識だ。
勿論、それが通用しないと思うから微に入り細に入り、図面にキッチリ数字まで入れて描いたのだが、やはり通用しなかった。
お蔭で貼り上がった壁面タイルは片や15p、片や2pという真にアンバランスな仕上がりになってしまった。
美的感覚の違いかズレなのか、まったくその辺の配慮気配りはない!

「半端タイルが気に入らなければ、浴室の寸法をタイルに合わせてくれ」と平然と言い切る職人に反論する気も失せてしまった。

私にすれば、これからの中国は質を問われる時代が、早晩キットやってくると思えばこそ先駆的
な意味でも妥協したくなかったのだが、どうやら独り善がりで時期尚早だったと諦めた。
諦めたと言っても、玄関脇の壁面タイルが隙間だらけで、蛇がのたくった様な貼り方にはどうしても納得いかず、私はぶんむくれて此れだけは妥協出来ないと猛抗議。
お舅さん監督には申し訳なかったが、貼り終えたタイルを剥がさせて執念でやり直しをしてもらった。・・・・・・・・

  後でタイルを剥がす事になる直前のショット 

  厨房の壁タイル施工中

そんなこんなで度々監督とは衝突した。「何で頼んだ事をちゃんと遣ってくれないんだァ」と女房に当たり、挙句に「好きなようにすりゃいいんだ!俺はもう現場に行かない」と駄々ッ子のように拗ねて女房を困らせた。
まったくお恥ずかしい限り、今思えば20歳も違う夫のする事ではなかった。
女房も間に立ちながら父親の事を言われて、さぞ辛かったろう・・・・・・・・・相すまぬ

大波小波、紆余曲折、兎にも角にも着々と工事は進行し、11月末には大方の形は出来た。

大工さんも少ない道具でよくやってくれた。
日本の大工さんの様に先進的な電動工具があったら、もっと完璧に応えてくれただろうと思う。細かい指示や注文を付ける日本人オーナーに辟易しただろうが、ホントに謝・謝である。
ただ「アナタは内装の事をとても良く知っている」と言われた時は少々ムッとしたが、そこで一々「俺は日本のプロだ!」と言った所で詮無いこと故、聞き流したが正直悔しかった。

  大理石もタイル工が張ります

  入口ドア製作中の大工さん

帰国の日も近づいているので、あとはお舅さん監督にお願いして、女房共々最後に取り付ける照明器具・ウォッシュレット・加工ガラス・システムキッチンを選びに専門店を廻る事にした。

まず
加工ガラスが問題になった。
玄関ドアを開けて
正面に見える衝立に嵌め込むので、最初私は飾り縁で枠取りしたステンドグラス風なものを想定していたが、女房がそんなの中国では珍しくないし、何処でも有るから嫌だと言い始めた。
すぐそれに同調する私も節操がないが、結局、注文絵柄を直接硝子に彫り込むエッチング硝子にする事に決定。 日本ではエッチングの値段は高いとの固定観念が強く、最初及び腰だったけれど中国のそれを聞いたら急に強気になってしまった。
建築資材も設備関連も概ね1/10程で調達OKだから、なんてったって中国ではこれが楽しい。

どうせなら在り来たりのでは面白くないので、何か意表を突く奇抜なモノにしようと話が纏まる。
数軒の専門店をハシゴ、虎や花柄を見事にエッチングした見本は数多くあったが、どれも今ひとつイメージとは違う。・・・・・・・・・それで結局、妖艶な女体ヌードに落ち着いた(アホ)。
ちょっと飛躍しすぎた嫌いもあったが、意表を突く事は請け合いだ・・・・・・・チョト公安が心配。
思い付きは良かったが、ここは中国、肝心の妖艶な原画がない。本屋で探したってある訳がない。
こうなりゃ描けるものなら自分で描こうと思ったが、図面と違い残念ながらその才はない。
困った時は救いの神が現れるもので、その硝子店の娘が美大に行っているから下書きを描かせても良いとの話に、渡りに船とお願いした。

中国は機敏に対応してくれるのが有り難い。翌日夕方には「見に来て欲しい」と電話があった。日本みたいに「1週間ほど時間をくれ」等とは間違っても言わない所が一番気に入った。
早速、いそいそと夫婦で出掛けて行ったのだが、
確かに実寸大の下書きは出来てはいたが??・・・・思惑と随分開きがあるような気がする。
まず妖艶でない、ギリシャの女神像のように凛としていて色気とは程遠い感じがする。
何処かマンガチックでリアルでない。稚拙な筆運び、無理な立ち姿でバランスも悪い。
何より気に入らないのが、デパートのマネキンじゃあるまいし、豊かな胸の膨らみに有るべき乳首が省略されていて不自然極まりない。
手直しの注文を矢継ぎ早に繰り出す羽目に・・・・・・・・・・

「ここの所、ハッキリと乳首描き加えてネ。バランスよくだョ、大き過ぎると困るョ」
「腰の所の布、もうちょっと下までズラした方がいいんだけど」
「足首が少し太い気がする、もっとキュッと締まった感じが欲しいなぁ。小股の切れ上がった感じだョ、ア〜言っても分かんないかぁ」 ・・・・・・・・・・中国なのによく言えたモンである。
これを全部女房が通訳して相手に伝えてくれた・・・・・・・・・・面目ない、ひたすら感謝です。

ウォッシュレット、これは私にとっては必需品でどうしても欲しかった。
中国製が1200元、TOTO上海合弁製が3600元、TOTO純正輸入品が6500元であった。
迷うところである。安全圏で考えれば合弁製だろうが、お舅さんの目がチョット怖かった。
たかがお湯の出る便座に、給料3ヵ月分を無造作に買うアホ婿と思われるんじゃないかと、何となく気が引けて中国製で手を打ってしまった。
結果、後日完成の暁の使用感は後述するとして・・・・・・・・TOTO製品とは雲泥の差と申しておきたい。

照明器具選び、随分歩き廻って疲れたが一番楽しかった。
数十軒も照明器具店ばかりが、ひしめき合う市場に出向き、光の洪水の中で品定め。
何と言っても安いが一番!本当にその安さは驚異に値するほどで、値段を考えず好きなモノが選べた。
殆どが広州、台湾製で出来は兎も角、デザインは抜群であった。
日本でも照明器具選びは頭の痛い所で、チョットいいなと思うと5万10万は軽くしてしまう。
ところが全部ひとケタ違う、これは嬉しい。自然選ぶのにも気合が入ってしまった。
例によって買い手が日本人と分かると、途端に強気になり値引きに応じないから丹念に下見をした後、お舅さんの御出座しを願う。
天井に取付けられた各照明器具に値札がブラ下がっているが、これは定価若しくは参考価格。外国人と分かれば、どんなに粘ってもこれから精々2割引き。北京語での交渉であっても一応よそ者と見做し半値にするのが精一杯である。
上海人はここからが勝負。
上海語で歯切れよくポンポンと捲くし立て、反撃を許さず相手を圧倒した方が勝ち。
結局、値札定価の3.5割〜4割で話をつける・・・・・・・・お手並み見事!
これが結構馬鹿にならず、お舅さんのお陰で1000元以上は得をした。
確かに家族で食事に出掛けても5〜6回は楽に行ける金額だが、円に直すと1万4〜5千円、何日にも渡る攻防戦の労力と時間を考えたら、引き合うかどうか?甚だ疑問ではあるのだが。


  気に入ったので食卓の上に付けました

   台湾製これでも1万円くらい

倉庫から出して来たお目当ての品物の梱包を開け、中身を全部床に広げ総検査が始まる。
吊り下げタイプだと硝子傘だけでも10個はあるが、その1個々を包みから取り出し光に翳してヒビが入って無いか、ガラスの厚みは均等か、見様によっては難クセをつけてるとしか思えない厳しい検査を父娘は目を血走らせて繰り広げる・・・・・・・・・・アァ
従って余程、気を長く持っていないと私は倒れる事になる。

帰国まであと3日、ようやく最後の仕上げ材料も抜かりなく決定。文書にしてお舅さんに説明も完了した。
「分かった、分かった、そんなに心配するな」と言ってくれると、尚更心配になってくる。
今までの経緯を考えても、クドイぐらいに言ってもまだ足らない程なのだ。
大工さんの造作は8割方まで進んだが、何と言っても良し悪しは仕上げ如何で決まる。
指定した塗装色と違ったり、天井クロスと壁クロスを逆に貼ったりしたら、それこそ今までの苦労がメチャクチャに成ってしまう・・・・・・・まったく後ろ髪を引かれる思いであった。

1999年12月7日いよいよ帰国前日。
工事着工以来、お舅さんとの間に出来た溝が其の侭になっていた。
此の侭帰っては、アトにしこりを残す事になりそ〜なのが気掛かりだったが・・・・・・・・・
何となく仲直りのキッカケを掴めないでいると、愛妻が舅の手紙を持ってきた。

(婿よ、今回の工事の件では不快な思いをさせて済まなかった。もう日本には呼んで貰えないだろうが、それは私の至らなかった事が原因なのだから諦めよう。日本に帰ってもこの事が原因で二人とも仲が悪くならぬよう心から祈っています。)

これを読んで、わだかまりは一遍に氷解した。
元々、義理でも親子というファミリーの関係を忘れ、現場監督と仕事として捉えてしまったのが、そもそもの間違いだったのだから非は私にもある。

「お舅さんの努力には大変感謝しています。お蔭様で納得のいく良い内装が出来たと思います。来年は是非、日本で会いましょう!歓迎します」

と返事を書き、女房に通訳朗読して貰った。
みるみる、ほころぶ笑顔。改めて固い握手を交わし一件落着と相成った。

翌日、空港まで見送りに来てくれたお舅姑さん、「12月中には完成させるから、来年の春節には楽しみにして又上海に来て下さい」と暖かく優しい言葉が身に沁みる。
手を振り振り、様々な思いを残しつつ機上の人となり、一旦日本に戻った・・・・・・・・・・・

5章 堂々完成、感涙入居の巻に続く・・・・

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