涙のマンション内装記

3章 いよいよ日中協力突入の巻

 1999年11月3日着工。いよいよ日中合同技術交流内装工事の幕は切って落とされた。
現場で大工さんと初顔合わせ。5人とも朴訥とした若者で、リーダー格の人は物腰が柔らかく、大人しそうなので一案心した。
一応図面は当初の工程に支障ない部分は描きあげていたので、工事全体の概要説明の打ち合わせをしてハタと困った。(向うも困っただろうと思う)
女房が内装に素人であるから、通訳するにも内容が分かってないので、ハナから誤解が生じてしまう事になった。
私は私で自分の描いた図面には自信を持っているから、「これだけ解り易く描いてあってナンデ分からないんダ!」と、もどかしさに憤る。
根気よく大工さんの言い分を聞いてみると、どうやら図面の見方そのものが分からないらしい。
透視図、所謂三次元的な完成図でなきゃワカラナイとのたまう。
そんな事を言われたのは初めてである・・・・・・・・面喰っちゃった??
日本では透視図では施工出来ないのが普通だが、ここでは通用しないらしい。
「いやいや、これは付きっきりでないと危ないぞ!」と初日から暗澹たる黒雲が俄かに垂れ込めて来た。

   工事開始2日目、入口に立つのは愛妻

              サブ監督の私

結果、又々思わぬ障害に見舞われた。
私は直接大工さんに指示するのを避け、まず総監督であるお舅さんに話を通した。
義理と人情に生きる私にとってそれが筋であり、相手のメンツを潰さない配慮・仁義だと思っていたが、工事の進捗状況からすると、どうもうまく伝わっていない様子が見える。

新事実が判明した・・・・・・・・頼りにしていたお舅さんが、確かに国営建設公司の係長クラスでは有ったが、資材調達が主な仕事だったと言うのだ。
道理で私がお願いした事が、現場に反映されないと思っていたが、これで分かった。
要するに材料には詳しいが、施工には詳しくないのだ!
毎日ネクタイをして威儀を正し、総監督の威厳を損なわぬよう気を使って、現場に出向くお舅さんの姿を見ていると今更何も言えない雰囲気だし、今度は私が板挟みに合い そのジレンマに汲々と苦しむ事になってしまった。

大工さんも生活がかかっている。地方から稼ぎに来ていて請負制だから1日も早く仕上げたいので、朝は6時過ぎから夜10時頃までフル回転の仕事振り。
聞けば聞くほど、見れば見るほど気の毒になる・・・・・・・・
上海も11月に入って大分寒くなってきたのに、宿代も惜しいので現場に寝起きして居る。
埃で充満する現場で、ベニヤ板の上で薄い煎餅布団2組に5人が包まっている。
鍋釜持参の自炊は勿論なのだが、野菜を炒めるか水炊きばかりで滅多に肉など入れないから、見兼ねて鶏や豚肉を差し入れた事もあった。
聞けば、仕事を束ねる親方が出来高の賃金を払ってくれないそうで、適時滞りなく支払っているオーナー側とすれば納得いかず、代わってその親方に抗議した事もあった。
極め付けは、件の親方が不思議と昼時になると現れ、臆面も無く大きな顔をして、その貧しい食事をタダで食って行く事だった!まったく情けない奴である。

     自炊で頑張る大工さん、野菜が見える

         手前が悪名の親方         

1日14〜15時間労働、正に寝る時間以外は全部仕事に当てても、日当45元ぐらい(600円)にしかならないと聞いて唖然とした。
ウチと親方の内装大工手間取り決めが1万5千元であった筈が、法外なピンハネと搾取によって気の毒に出稼ぎの大工さんは総額1万元で因果を含まされていた。
親方に口頭で簡単に工事の概要を説明され、現場に突っ込まれた彼等にすれば、聞いた話と随分仕事内容が異なり、複雑でしかも細かい指示が出る事に内心不満を隠せない。
ウチは着工前、親方に図面を元に説明もして契約書も取り交わしたので責任がないとはいえ、簡単な仕事だからと偽り手間賃を値切り、半分騙したようなヤリ方には感心出来なかった。
何か責任の一端は私にも有りそうと自戒するも、工事そのものは手を抜きたくなかった。
妥協案として変更手直しについては別途支払う事で了承して貰った。
お舅さん、変更手直しが出ない様、私の言った事ちゃんとやって下さいョ〜〜。

    調理台に鍋、床に炊飯器

    器用にアール天井を施工

まず理解して貰うのに苦労したのが、電気設備でコンセントと照明配線がかなり多い。
「間接照明を多くしてTPOによって
明かりを楽しむ」何て言ったって理解する筈もない。
すでに工事中若しくは入居を待つばかりの部屋を拝見させて貰ったが、照明設備は極めて少なく寒々とした印象の部屋が大半だったので、当の大工さんが訝しむのも無理はない。
この大工さん、最後まで何故こんなに照明が必要なのか、とうとう分からず終いだったらしい。

「こんな沢山、照明点けたら1時間で10元掛かる」・・・・・・が口癖だった。

コンセントに至っては図面に印も入れ、心配なのでその場所々の壁に大きく墨で書いて
置いても「そんなに必要ナイ」とカットされてしまう。
ウカウカして見逃してしまうと、「アレ!確かここにコンセント有った筈だ?」「イイヤ、無かった」
と押し問答になる。 ・・・・・・・・すでに腰壁は出来上がってしまっている。
私は図面を広げ「ちゃんと書いてあるじゃないか!」とばかりに糾弾しても相手は動ぜず、果ては「監督に変更を指示された」と逃げ切る。
勿論、お舅さんは「そんな事言っていない!」と猛反撃に転ずるが、なんとなく怪しい節もある。
そして仕方なく「やり直したら幾ら掛かる?」の交渉となる。
そんな具合で際限なく変更・やり直しが増えて行く・・・・・・・・もっとも日本の大工さんなら最低1日1人2万円掛かる事を考えれば、こちらでは手間賃1人600円の計算だから気は楽である。
何と言われてもこの低賃金のお蔭で、不承不承妥協せずに済んだのだけは救われた。

そんなこんなで段々大工さんも何事によらず、監督よりもオーナーの私に直接聞くようになってきた。
私はその方が間違いが少なくて良い気もしたが、お舅さんの立場が無くなってしまった。
やはり、一艘の船に2人の船頭が居たのでは混乱が起きるのは必然。
もう一触即発、あまり歳の違わない舅婿は険悪な空気に包まれ、工事半ばにして前途は荒れ狂う波間に翻弄されるかの事態に陥った・・・・・・・・・・・・

4章 指揮官は誰だ!の巻に続く・・・・

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