| 2004年7月 この雑居ビルにある日本料理屋のもう1軒の方は、私が知っているだけでも、3回代替わりしている。 すなわち2回は潰れているという事で、居抜きで3回目に入った今の店は割りと長続きしていて、もうかれこれ2年は頑張っている。 この店が比較的客の入りが良いのは、夜になると小型バスなどで日本人観光客を連れて来てもらえるコネがあるからだろう。それでも内情は苦しいのか、最近入り口より大きい看板を大通り沿いに出した。 相撲文字のような書体だから、これは否が応でも目に付く。 「時間無制限、全品食べ放題98元」と書かれた文字には、店側の怒りとも開き直りとも付かない、遣る瀬無い思いが滲み出ている。 今や上海には石を投げれば日本料理屋に当たるほどある。過当競争もここまで来ると生き残ることに精一杯で、儲けは二の次でも仕方ないという様相だ。 古くから営業している店は、競争相手が少なく儲かった時期もあったのだから我慢もしようが、それでも昔はよかったとオーナーは溜息をつく。 新規に参入した店はこんな筈ではなかったと、すっかり当てが外れたような意気消沈の日々だ。 だがお客にとっては嬉しい限り、私らだってこんな事でもなければ、そうそう日本料理屋の暖簾をくぐる事はなかっただろう。 お舅姑さんが日本に訪問してから早3年が経った。いまだに刺身や天婦羅の味が忘れられないと、よく話に出る。そこで思いっきり「もう結構!」と言うまで食べさせてやろうと計画した。 食べ放題98元なら、4人で行っても400元(5200円)でお釣りが来る。日本にもう一度来る事を考えたら安いものだ。勿体無いと躊躇する女房を「他人にご馳走するんじゃないぞ、アンタの親だろう!」と一喝。 お舅さんが最近バイク配達のアルバイトで忙しいので、日曜の昼食に設定した。 土、日は混むので、昼前だが11時に私のマンションへ集まることとしていたが、早々とお姑さんが10時半にはやって来た。もうお腹が空いて気持ち悪くなったとか。 聞けば今日の日に備えて、昨日の晩から食べていないのだという。何もそこまで入れ込まなくても良いと思うが、なんせ1人100元近くも掛かるビッグランチ。今後そんなチャンスはいつやって来るか分からない。
午前ちょうど11時、4人の餓えた狼は、死ぬほど食べ捲くろうとする店先に立った。 いつも外で客を引いているお姉ちゃんがいないので、おやっ!と思ったが、営業中の札が掛かっているし、思い切り良くドアを開けた。 店内は支度を終えた従業員がまだ休憩中。「いらっしゃ〜ませ」の掛け声は聞こえたが、一向慌てる様子もなく、悠然とタバコをふかしている奴もいる。 20卓ほどの店内はそれほど広いという感じではないが、絣の半被(はっぴ)を着た小姐が10人近くもいて、労働力に困らない中国を改めて認識した。 女房が食べ放題にすると何度も小姐に念を押す。勘定の段になって単品値段を請求されたら目も当てられないからだ。交渉上手は必ず事前に話を付けて置くこと、これが大事だ。 分厚いメニューに目をやると、料理そのものは在り来たりだが、問題はそうそうたる金額が並ぶ値段の方だ。刺身盛り合わせ200元、天ぷら盛り合わせ120元、とんかつ100元、和風ステーキ160元、寿司一人前200元などなど、お新香でさえ20元もする。 これが全部どれでも食べたいだけ食べて、1人98元なら安いといわざるを得ない。 最初に運ばれてきたのが私が注文した冷奴、まぁ、これは料理とは言えないから早い。 小鉢に6cm四方の豆腐が可愛く一つ、メニューのまともな値段で食べたらこれで20元。スーパーに行けば1丁2元で買えるから、商売というよりもこれは暴利だ。 続いてお舅姑さん待望の刺身盛り合わせがやって来た。驚くほど・・・・・少ない。 小さ目の皿に申し訳程度の刺身が並ぶ。上品といえばそう言えなくもないが、これでは如何せん食べた気がしない。これで単品値段が200元(2600円)とあるから、一体幾ら儲ければ気が済むんだという気になってしまう。 「これ何人前なの?こんなに少ないんじゃ、遠慮しないでバンバン頼まなきゃ間に合わないぜ」 女房慌てて小姐を呼び、鮪、イカ、鯛、かんぱち、蛸、甘海老、うに、鮭、全部の刺身を2人前ずつ注文した。これだけでも総額700元を越す。最初の盛り合わせを入れれば1000元だ。 天ぷらの盛り合わせがやって来た。序盤戦の状況からして期待はしていなかったが、案の定4人がそれぞれのネタを一つ二つ口に入れたらなくなってしまった。 食べ放題は何を食べても値段は一緒。天ぷらだって、分厚いにんじんやピリリと辛いピーマンの野菜天はいらない。海老天のみの集中追加を2回した。海老天6人前と先の盛り合わせをたして600元也。 大盤振る舞いも、ここまでやれば爽快感が込み上げてくる。一度食べ放題でなくてもやって見たいが、気が小さいからなぁ〜・・・・・ 野菜炒めと牛舌の塩焼きが、ニコリともしない小姐の手で無造作に置かれていった。 イイじゃないか!いくら食べたってあんたが払う訳じゃないんだから。もう少し愛想良くしたらぁ〜 ここまででほぼ1時間、時計の針が12時を指すとボチボチ客が入ってきた。 お舅さんもお姑さんもまだ余裕綽々、ただ一人ビールを注文したお姑さんは、グビッと飲み干すと更なる戦いに身を構えた。さぁどんどん持って来てぇ〜 小振りのとんかつが居並ぶ料理をよけて真ん中に置かれた。中国のとんかつはどの店も薄べったく、イタリアミラノの名物カツレツを思い出させる。 少ない油で揚げるから衣もガチガチに固いのが普通だが、ここのはさすが日本料理屋だけあってサクサクとしているだけ救われた。 車えびの塩焼き、私はもっと大きいのを想像していたが、割とこじんまりとしたのが一皿に4串が並んだ。1尾30元で〆て120元、4人で顔を見合わせて笑ってしまった。 庶民の金銭感覚からはまったく懸け離れて、上海バブルを彷彿とさせる値段設定である。 私は今まで高くて馬鹿馬鹿しいと思って食べなかった、天ぷら蕎麦も注文した。 一杯40元也、こうなりゃ、死んでも食ってやる〜 シャキシャキとして歯応えのいいかっぱ巻きと鉄火巻きが忘れた頃やって来た。 一皿に子供騙しのように小さいのが6個づつに分けて盛られている。空腹時なら腹の足しにもならない程度でかっぱ巻きが10元、鉄火巻きが30元だ。 そろそろ最終コーナーが見えてきたのか?皆の箸が伸びない。食べろ!食べろと勧めてようやく完食。いや、まだ鉄火巻きが1個、見捨てられたように残っている。 「お舅さん、もういらないの?勿体無い!この小さいの1個と5元の弁当と一緒だョ」 又々4人で大笑いした。もうここらが退け時か?午後1時も近くなり一時込んでいた店内も、大分空いてきた。私らが一番乗りだったのに、こりゃ一番最後になりそうだ。 「まぁいいだろう、今日はこのくらいで、ウプッ、勘弁しといてやろうか。ねぇお舅さん」 もうこれで注文したのは全部出たかと思いきや、デンとうなぎの蒲焼が置かれていった。 女房が「こんなの注文してない」と言い掛けたのを、押し止め、どうせ食べ放題だもの構うものか、食っちゃえ食っちゃえと無理やり一切れづつ胃の中へ詰め込んだ。 メニューを見たらこれだって70元、いつもならこの一口蒲焼の金額で全員が食事をしていた。 おっと忘れていた、天婦羅そばも注文したんだっけ。こりゃいかん、もうギブアップ寸前だ。 トットと持ってきてくれないから、満腹指令が脳まで行っちゃったョ。 忘れていたとはいえ、自分で注文したもの。責任を持たねば男が廃る。もう最後の最後、喉元まで詰め込んだ。いやだねぇ〜貧乏人は・・・・・・ お舅さんがシゲシゲとメニューを見ている。スッ、スゴイ、まだ食べる気か? 日本語と中国語で書かれたメニューは、日本食でも大体見当が付く。 小姐を大声で呼び、お舅さんが野菜サラダ、お姑さんが冷やしトマトをラスト注文。 「こいつら、まだ食べるのか」・・・・・・小姐、驚きと一種蔑みの表情ありあり。 一体どのくらい食べたのだろう。 メニューに書かれている正規の値段で2000元くらい食べただろうか? 私らがいくら食べたとはいえ、400元でも商売出来るものを以前は2000元も取っていたとすれば、やはり暴利に近く、儲け過ぎといわれても仕方あるまい。 恐らく上海も二度とそんな時代には戻る事もないし、やってくる事もないだろう。 これからはかつての栄華の夢は忘れ、古参も新参も中国社会で中国人と共に生きていく方向を探さなければ明日はない・・・・・・これからの成功はそこが鍵のような気がする。 「茶碗蒸しがまだ来てないョ」 え〜まだあったのかよ・・・・・・蒸すのに時間が掛かっていたのか、女房思い出した途端に、奥から小姐が運んできた。まぁ、デザート代わりに別腹で入れてやる。さぁ来い! 茶碗蒸しは本格的(失礼)で、和風だしが利いてちゃんと銀杏も入っていた。○ソッ!一番のお薦めが最後に出て来るとは・・・・・・ お舅さんがポツリと呟く。「私が暑い中一日働いても、この茶碗蒸し1個も食べられないのかぁ〜」 今アルバイトをしているバイク配達は、1日の稼ぎが40元の時もあれば10元の日もある。 まだ始めたばかりの駆け出しだから、平均すると1日20元に成るか成らないのだろう。 「まぁまぁ、その内いい事もありますよ」 「来るなら早く来てほしいね。もう、そんなに時間が無いからね」 そう言った私の心にも申し訳ないという気持ちが過ぎる。私は若い時、多少人より苦労をした分、今の気侭な生活があるとはいえ、お舅さんより若い歳で何もしていないという事が、いつもどこか負い目に感じている。 それに日本人が中国妻を娶ったら、親も身内も親戚も、その又隣の知人までもが、おんぶに抱っこで頼ってくるという話はよく聞くが、ウチのお舅さんの偉い所は一切そういったことが無い。 上海人としてのメンツもあるだろうが、安易に人を頼らないけじめを持っているからだ。 私としてはもっと楽をさせてやりたいが、すべてお金で済む事ばかりではない。 うちの上海一族など予定外なお金が入ってくれば、折角、貧しいなりに上手く回っていた家庭の歯車が、いとも簡単に狂い出し兼ねない心配がある。 第一お舅さんなんか、それはそれで臨時収入として懐へ入れ、こそこそ隠れながらでも、又アルバイトに精出すに違いない。このままが一番いいって事も、世の中にはあるものなのだ。 勿論、本当に困った時は、何が何でも助ける心構えは常にこちらにもある。だが今はこの関係が一番いいと女房とも話した。 戦いすんで日が・・・・まだ暮れてないか、2時間に渡る壮絶な戦いであった。 全員が幾分上体を反り気味にして、もう下を向くことも出来ない。勘定の392元を払い、さて!産み月の妊婦みたいに、腹を押さえてのご帰還だ。 「ありがとました〜」威勢よく店内に響く小姐たちの声は、「貧乏人は二度と来るな!」とでも言っているようだった。
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