| 2004年7月 この蕎麦屋オーナー、四面楚歌の現状を打破すべく、起死回生の手に打って出た。 上海の夏は暑い。これからの夏本番に向けて、この雑居ビルの屋上を新たに借り受け、ビヤガーデンの新ビジネスを思い立った・・・・・・・どうも発想が日本的である。 ここのオーナーは日本人ではないだろうが、日本で暮らしたことがあるのは間違いない。 7月早々の開店に向けてビヤガーデン用の新しい看板も掛かった。 「新規オーブン、ビヤガテン」と書いてあるのがご愛嬌。なんか暑い中、オーブンでこんがり焼かれるようで、涼しさは微塵も伝わってこない。ビヤガテンもこれだけ読むと、何の事だかさっぱり分からない。 焼き鳥、お好み焼き、その他もろもろ食べ放題、ビール飲み放題で1人66元。 三得利(サントリー)ビール大瓶が3元(40円)で買える中国では、やはり値段設定に無理があるのではあるまいか? 日本人は特別割引、パスポートを持参すれば10%の割引もしてくれる。 ここのオーナー、余程日本人が好きだと見えて、なんとしても日本人に来てもらいたいと執念を燃やす。 パスポートを見せて安くなるなんて、何か魂胆でもあるのかしらん。 勝算はあるのかいな?日本人も昔と違い、今は渋くなって来たからネェ〜 そして華々しくオープンを迎えた当日。この日は生憎の曇り空、気温もさして上がらない。 夕方になるとポツポツ小雨がぱらつき始め、営業開始の6時頃には、本降り、土砂降り、篠付く雨。 神様も人が悪い、ここまで試練を与えなくたって・・・・・・・ とは言うものの、人の不幸は蜜の味。私は翌日には物好きにも、嫌がる女房を連れ立って様子を見に行った。勿論、ビールも飲めないのに66元も払って入ることなどしない。 隣のマンションに何食わぬ顔をして入り込み、階段室から見下ろすように覗き見た。女房はこの時、警備員にでも見つかり詰問された時の言い訳要員。 白いプラスチック製の椅子が4脚づつ一塊になって、いくつかの席を作っている。 各テーブルの真ん中には、ご丁寧にもビーチパラソルまで立っていて雰囲気を盛り上げているが、夜のビヤガーデンでは、これはあまり意味がない。 時間はすでに7時を回っていたが、思ったとおり人っ子一人いない閑散状況。 手持ち無沙汰に2〜3人の従業員がじゃれてふざけ合っている。 いくら中国は給料が安いとはいえ、これでは経営者もきっと悲しくなって来るだろう。 やはり安易な思い付きは、それだけの結果しか出ないのか?それとも料金設定が致命的なのかは分からないが、いずれにしてもこの夏、経営者は新しい悩みを抱える事になったようだ。
この雑居ビル1階には日本料理屋が2軒並んでいる。 1軒は広めの通路を挟んだ蕎麦屋のまん前にあって、開店してまだ半年の初々しいルーキー日本料理屋である。屋号はいかにも京都の老舗を思わせるようで、店先には両サイドにきっちりと円錐状に盛り塩がされていて、繁盛の縁起を祝っている。 紺に染め抜いた屋号の暖簾も粋で、最初、貧乏人の私らにはちょっと敷居が高いようで、値段を聞いて見る気にもならなかった。 或る日の昼時、通りかかった店先に、若い小姐が客の呼び込みで2人立っていた。 遠目に見ても中々の美人。「構うな!」という女房の声を振り切り、スタスタと雑居ビルの中ほどにある店まで歩いていった。 近くまでいってまじまじと見ると、更に可愛い。新規開店の店と同じように初々しさが漂っていて、たとえ料金が高くてもフラフラと入ってしまいそうだ。まったく男は馬鹿だ! 「いつ開店したの?・・・・はい、言って」と女房に通訳を強要する。 「あっそ〜う、半年前なの、じゃぁまだ新しいね。・・・・はい、言って」 「お昼は定食なんかあるの?・・・・・早く通訳しなさいョ」 女房はどうせ入る気がないなら、からかうのはよせと言わんばかりに目を吊り上げている。 小姐の1人が店のメニューを持ってきた。 やはり高い。在り来たりの料理なのに、値段だけは一人前の感じだ。 夜は絶対に高いから、昼のランチを目で追い探す。 和風ステーキ定食とか、肉じゃが定食とか、天ぷら定食なんかがある。どれも50元から60元くらいで、私らにとってはちょっと躊躇してしまう金額だ。 一番安い野菜炒め定食でも30元、でもこのくらいなら何とか納得できるか。 「あるじゃない安いの、このくらいだったら、まぁまぁ許せるんじゃないか〜」 と言いつつ、女房の顔色を伺う。 私も馬鹿だ!自分の金なのに何で上海に来ると、こう女房に気を遣うのだろう。 私らが話しているうしろでは、例の8元ライス蕎麦屋の客引き小姐が、しまった!得意客を取られたと悔しさ溢れる顔をしていた。 結局、物は試しと今日はここで昼食をすることになった。 木製の専用階段を上り、2階へと案内される。少し暗い階段室の壁には、先日、親善上海場所の興行を打った大相撲ポスターが貼られていて、日本料理屋的雰囲気の演出が成されていた。 2階上がると左側が厨房、右側が客席になっていて、一応履物を脱いで上がる形式になっている。 「おおっ!なんだ、なんだこれは!」 履物を脱ぐんじゃなかったと後悔した。30畳ほどの畳敷きになっている客席は、それぞれ炬燵形式に足を投げ出せるように工夫がされているが、問題はこの畳だ! 時代劇の長屋に出てくるような古畳。私は建築屋をやっていたからよく分かるが、こんな畳、いまどき解体現場でもお目に掛かれない。 上茣蓙(うわござ)は見事に擦り切れていて、全体に黒く汚れたシミは、もうどんな洗剤で拭いたって取れやしない。あ〜・・・・今日は選りによって白い靴下を履いてきてしまった。 畳と畳の継ぎ目は厚みでも違うのか、段差になって浮き上がっているところもある。 何も知らない中国の大工さんが適当に敷き込んだのだろう、所々隙間があって丸っきりの興醒めだ。 元来畳なんてものは、同じように見えても微妙に違う部屋の大きさや癖に合わせて作る、いわば注文品である。それをどこからか適当に集めてきたモノを、適当に敷き込んだって合う訳がない。 Uターンして帰りたくなったが、女房はもうちゃっかりと席についてリラックスしている。 仕方ない、丸で汚いものを避けるように爪先歩きで席に着いた。 「あんた、よくリラックスできるねぇ〜、気が付かないの?」 「何がぁ〜、なんともないよ」 「すごいね、この畳。とても日本人はこんなところじゃ、飯食う気分にもならないぜ」 女房もやっぱり中国人だ。日本生活が10年を超えたとはいえ、日本人ほど畳の生活に馴染みがない。それにしても言われなきゃ気が付かないほど無関心なのか? 「中国人は畳なんて知らないから、こういうもんだと思っていて、気になんてならないんだョ」 「あっ、そう・・・・・」 やはり日本人と中国人の文化の違いか、私はこんなところで食事したら腹でも毀しそうで、もうすっかり食欲も消え失せてしまった。 離れた奥で3人の中国人客が食事をしていた。他には客がいないので話し声がよく聞こえる。 1人は日本語が出来るらしく、時々自慢気に流暢な日本語を交えていた。 私はこんな汚いところで平然と食事が出来る男なんて、大して日本の事を知らない奴だと思った。 そんな男に・・・・う〜悔しい!さっきの可愛い小姐が日本語の手ほどきを受けに、擦り寄って行くではないか!何でこっちに来ないんだ!俺は正真正銘、ホンマもんの日本人だぞ〜。 居心地は最悪だ。やたら回りに手を触れられないから、ジッと借りてきた猫のようにしている。 小姐が土瓶にお茶を持ってきた。これが日本情緒だろうか、妙に垢抜けない。 「あんた、なにすんの?」 「俺はさっき見た野菜炒め定食でいいョ」 「あっそう、じゃ私は和風ステーキ定食ねっ」 ねっ!て、あんたそれは話が違うだろ〜。勿体無い、勿体無いって言うから俺は一番安いのにしたのに、俺は30元でアンタは60元!ちったぁ気が咎めないかぁ〜
折角、酷いところへ来たんだからと、HPネタに写真を取り捲ってやった。 足元さえ見なけりゃ、天井も和風敷き目張りだし、窓枠や壁の造作もそこそこ日本的に出来ている。インテリアも日本のものなら何でもいいと、脈絡のないポスターがあちこちに掲げられ、日本凧数枚が天井近くに張られていた。 「お待たへしま??・・・・・・しつれしま〜す」 いいよ、いいよ、無理に日本語使わなくたって。 小姐が一人前を一つの膳に並べた定食を持ってきた。見栄えはそう悪くはないが、私の野菜炒めの上に振り掛けられた鰹節が、小さな虫のように蠢いていて益々食欲が失せてきた。 女房の方もステーキの鉄板焼きにしては、例のジュワァ〜とした熱々の風情もなく、冷めた家庭料理のような出来映えだった。 「まだ茶碗蒸しも付きますから」 と小姐が言ったが、どっちでも良かった。メインのこれを見れば推して知るべしの感は否めない。 おや、生意気に酢の物も付いているねぇ・・・・なんだキャベツの千切りにお酢を掛けただけか。 肝心の野菜炒めそのものの味は、まぁ悪くはなかったが、素材がいけない! 何でもかんでもこのキャベツの千切りで代用するなんて・・・・・許せん!金払わんぞ〜! まったく厨房の料理人は知らないでやっているのか、業(わざ)とやっているのか、顔を見てみたいと思ったくらいで、実に手抜きが甚だしい! 「これ、あんたも食べていいョ」 女房が顔をしかめて言う。危険を察知した私は即座に断った。 「いいョ、いいョ、あんた肉が好きなんだから、遠慮しないで全部食べればぁ」 「味見だよ、味見!ちょっとだけ食べてみな」 女房がこれだけしつこく言うのは変だ、絶対何かあるな? 毒見でもする緊張感が体を走る。女房言い出したら利かないから、観念して恐る恐る一つまみ口に入れた。・・・・・・・衝撃が突き抜けた。 いくら和風だからって、ただ醤油で焼けばいいってもんじゃないだろ〜! 「おまた・・・・・しました」 懲りないな、だから無理して使わなくてもいいって言ったろ〜。それにしても「おまたしました」ってのは考えようによっちゃぁ意味深で、ちょっとそそられるものがあって中々いい。 茶碗蒸しの味、これはまったく想像した通り、ただの卵豆腐でありました。 さぁ長居は無用、とっとと退散しようぜ!女房がおもむろに財布を取り出す。 私は中国に行ったり来たりの繰り返しを続けてもう長い。通算すると2年半くらいこちらで暮らしているのではないだろうか。それだけ長いのに中国元札に触れたのは数えるほどしかない。 これは偏に訪中当初、日本人と見ると寄って集ってボラレたからである。それからというもの女房が支払いをするようになった。これは自衛策とすれば当然だったと思う。 だが、これがいつしか習慣となり、既得権にも似た事実となって始めて気が付いた。 体よく女房に財布の紐をガッチリと握られたようなもので、もう身動きが取れなかったのだ。 以後の海外旅行も同様で、今度はボラレるより英語が喋れない。いくら俺が払うと駄々をこねても、相手の言ってる事も分からなきゃ、字も読めない。 語学の才能なさを呪いつつ、グッと唇を噛んで女房に財布を渡した経緯がある。 以来、アメリカドルは勿論、オーストラリアドル、ニュージーランドドルなんかも、どんな札だったのか覚えていない。もっとも触った事もなかったから無理もないのだが。 最近では本拠地日本でもその傾向にあって、よくよく私もお目出度い男と溜息の毎日である。 「小姐、買単!(勘定して)」 女房がいつもの調子で淀みなく言った。ホントは私が言いたかった。 私は中国生活が長い割りに、まったく中国語が話せない。最近は美容室の小姐にまで「アタマ悪い」と馬鹿にされている。それならせめて日常会話の半分でも出来たらと思い、女房に教えてもらった簡単なものは努めて実地で使うようにしていた。 「買単(マイタン)」もそうだ。マイタン、マイタン、と何度も練習した。たったこれだけの事で何度も練習するくらいだから、余程の語学音痴かその才がないのだ。 女房からやっとOKが出て、いよいよ餐庁で実地に使ってみる。忙しく立ち働く小姐に声を掛けるタイミングを計る。周囲には中国人の客が大勢いて、みんな聞き耳を立てているようにも感じる。 私はプレッシャーにてんで弱いのだが、一度やるといった以上後には引けない。引いたら最後、女房は意気地なし、根性なしと嘲り、二度と中国語をまともに教えてくれなくなる可能性もある。 「小姐、マイタンロ〜!」・・・・・ちょっと大きな声で意を決して言った。 「ハァ〜、聴不憧(分からない)」・・・・・・小姐の無情な返事 そばで女房が吹いている。発音が悪かったか?言った本人は狐に摘まれたようである。 女房が言い直した。小姐は分かったと軽く頷くと勘定書きを取りに行った。 「バカねぇ〜、ロウは要らないのョ。それじゃマクドナルドになっちゃうョ」 マイタンロ〜とは中国語で麦当労と書き、マクドナルドのハンバーガーショップの事である。 付け焼刃のマイタン(買単)より、しょっちゅう食べに行っているマイタンロ〜の方が馴染みが深かった。言い出すタイミングで頭が一杯になっていたから、咄嗟に出てしまったのかも。 以来、自信(元々ない)喪失、相変わらず女房に仕切られる毎日に逆戻りした。 2人で合計90元、恥ずかしくもなく良く取れたものだ!こういうのを遣らずぶったくりって言うんだ! 再び爪先歩きで客室の外まで出た。酷い目に遭ったと後悔しつつ階段を下りようとすると、 「歓迎再来」(また来てねぇ)・・・・・・それは絶対、絶対ない! 小姐たちが一斉に言葉を掛けてきた、なんだ帰る時は中国語かぁ。それにしても客が帰る時だけ、ヤケに溌剌として息が合っているのは何故だろう。私の気のせいか? この店のシステムじゃぁ、苦情があっても不思議じゃない。小姐が文句を言われたって、どうしようもない訳で、それで客の帰り時になるとホッとするのかも知れないな。 帰り際、女房にそっと聞いてもらった。 「ここの経営者は日本人?」 「いえ、上海の人です」 それを聞いてさもありなんと思った。もし日本人がこういった店を経営してるとしたら、それは上海を甘く見過ぎで、成功や繁盛など夢のまた夢、とてもとても覚束ない。 良かった、良かった日本人じゃなくて一安心だ。 敵さんは日本をよく知らない。恐れる事はない、勝ち目はあるぞ!“もどき”何かに負けるな! 正統派日本料理の若き獅子たちよ頑張れ! 大丈夫、上海で一旗上げる日は必ず来る!・・・・・と思う。 7.決戦!食べ放題へ続く・・・・・ |