| 2004年7月 前回の靴の話をもう少し。 今の上海でも同じような話は幾らでもある。去年の冬はブーツが流行った。 若い小姐もそうでない小姐も、こぞってブーツを履いた。 デパートでまともに買うと500元〜600元(6500円〜7800円)が相場の値段。 庶民クラスは手が届かず、安い店を探し求めてあちこちに散ったが、これもあるところにはある。 女房が去年の秋、ブーツが欲しいと言い出した。 自分から欲しいというのは珍しい事で、普段、安い服などの買い物は「これ買ってきたョ」と事後報告が常だったから、これは(値段が張るな)と瞬間に察知した。 私は相場より高目の、「1000元を予算範囲に好きなのを買えば」と太っ腹なところを見せた。 駄目だといったところで、本人はいい物を買うつもりなんだから、私としては観念して先に切り出し、ここで点数を稼いでおいた方が得策というものだ。 そんな深謀遠慮を露とも知らない女房、早速、お姑さんを誘って勇んで出掛け、夕方「ただいま!」と大きな声で戻ってきた。その明るい声で、あぁ気に入ったのが有ったんだなと思った。 「どぉ似合う?これ幾らしたと思う?」 スェードのブーツでデザインは何の変哲もない。 普段、人と同じものを嫌がる女房にしては、随分在り来たりのを選んだなと思った。 得意満面な顔からして、案外出物が見付かったのかと思い、予算半分の「500元!」と言った。 「へ、へ、へっ、そうでしょ、そう思うでしょう。これ50元(650円)」 1000元の物を買ってもいいと言われても、50元のものを買ってくる女房である。 これは喜んでいいのか、女房の心情を哀れむべきなのか、判断が付きかねた。 やはり50元のブーツは履き心地が悪いのか、二度履いたのを見たが、以来靴箱で眠っている。 これで驚いてはいけない。まだ世の中には上手がいた。 女房の友人で30元ブーツを買った人がいる。30元といえば390円である。 一体中国というところは、終いにはタダになってしまうのではないかと思うほど、探せば安いものがある。 390円でも紙で出来ている訳ではない。何の動物の皮かは分からないが、一応歴(れっき)とした皮製である。 ここまで来るともう履き心地など、二の次、三の次であることは言うまでもない。 友人は痛さとお洒落を秤に掛けて、お洒落を取った。 足は靴の硬い内側に、縒(よ)れて擦れて血が滲んだが、1週間後にはこのじゃじゃ馬をすっかり手懐け、軽快に歩いていたというから、やはり中国の人は根性が違う。 うちのお舅さんなど、その最たるものだ。 私らがトルコ旅行をした際、イスタンブールで安い靴を買った。 東京に戻って1度履いて見たが、私の甲高で扁平の特殊な足には到底合わず、立ち所に降参してしまった。 中国庶民が聞いたら、きっと意気地なし!というに違いない。 腹が立つので捨てちまおうと思った矢先、女房が勿体無いからお舅さんに上げると言い出した。 そしてこの安物の靴、イスタンブール〜東京〜上海と壮大な旅を経て、中国人の足に収まった。 デザインは私が選んだだけに格好いい。お舅さんも喜び、早速履き慣らしに掛かった。 ところがこの靴、出身が辺鄙な土地だったせいか、何日経っても言うことを聞かない。 こうなればどっちが先に根を上げるかの消耗戦とばかりに、お舅さんも根性を据えた。 足首には幾枚もの絆創膏が目立ち、引き摺って歩く姿を見ていると、申し訳ないという気持ちより上げるんじゃなかったという後悔の方が強かった。 これは予想より大分手強く、自分の足に靴が形を合わせてくれるまで数ヶ月を要した。あれから2年経つが、いまだに履いてくれている事が嬉しい・・・・・・勿論、もう絆創膏は貼っていない。 上海中心部からバスで1時間半も掛かる庶民市場。この辺りまで来てしまうと下町の土地柄のせいか、住民も客も商売人も決して上品とは言えなくなって来る。 ことに女性の形振り構わぬ強さには、一種近寄り難い怖れを感じてしまう。 通りに面している洋品屋、店先には安物の下着などが堆く積み上げられている。 若いあんちゃんが煙草を吹かしながら店番をしていた。 そこへ自転車を押してやって来た、中年と呼ぶにはまだ早いちょっと年増の小姐。 身なりからして近くに住んでいる人のようだ。いや、自転車で来たから案外遠いのかも知れない。中国の人は無理だと思う距離でも、セッセと自転車漕いで行っちゃうからなぁ〜。 その小姐がいきなり洋品屋の店先で、怒鳴り捲くっている。すごい剣幕だ。 中国では先手必勝、先に相手を呑み込んだ方が優位に立てる。下手(したて)に出てたら、相手に付け入る隙を与えてしまうだけ。この小姐、庶民の知恵で中々勝負の勘所を押さえている。 「こんなもん、よく平気で売れるね!取り替えるか、金返してョ!」 「ふん!知るか、そりゃぁ、アンタがやったんじゃねぇのかい!」 突然始まった言い争い!あまりに大きな怒声だったから、すぐに人が集まりだした。 なにやらこの年増の小姐は、買った下着らしき物の交換を頼んだらしいが、どういう経緯か店側がそれに応じなかった事で端を発したらしい。 見物人は誰一人止める者とていない。丁度暇潰しにゃ格好の見ものが出来たと喜んでいるくらいだ。当の本人達は舌戦の応酬が続いている。 業を煮やした年増の小姐、その下着を店の若いあんちゃんに向かって叩き付けた。 さぁ、そこまでされたら、あんちゃんだって黙っちゃいられない。 ただでさえ若いから血の気が多い、すぐさま拾い上げ、それを叩き返した。そんな事をキャッチボールのように何度か続けているうち、若いあんちゃんがとうとうプッツンした。 「こいつ〜・・・・ぶん殴るぞぉ!」 「おっ、こんなに大勢見ているところで殴るってのかい!さぁやってみろ!殴ってみろ!」 いよいよ白昼の惨劇かと思いきや、汗を拭き々公安がやって来た。 ア〜・・・・観客の溜息が漏れる。アホタレ、誰が呼びに行ったんだぁ〜 いやいや、中国の小姐の気丈さ、強さを改めて見せ付けられた。 私は今は飲みにも行かないし、浮気もしない。そこそこの生活は維持できる気配りもしている。 うちの女房だってその内の一つでも禁を犯せば、あの年増小姐のように烈火の如く目を剥いて怒り出すに違いない。あな怖ろしやである。 話が毎度のように脱線したが、このように安く買える市場が上海には幾つもある。 街なかではスーパーもコンビニも増えたが、やはり上海庶民は毎日の食料など、自由市場へ買いに行く。 食材の市場なら、まだ中心部でも至るところにある。 市場内は少々乱雑で不衛生だが、野菜、果物、魚、肉と何でも格安で売っている。 近代都市に変わりつつある上海でも、どっこい!庶民はしたたかに生きているのだ。
こういった強い中国人を相手に、果たして日本人はどこまで戦えるのだろうか? 発展が始まったばかりの上海では、まだまだすべてが混沌としている。法整備も完全でない今、ドサクサに紛れて儲けている人達も結構いるだろう。女房曰く、 「デパートに並んでいる高い服だって、今日の市場で仕入れてるんじゃないの?」 それを頬かむりして何倍も高く売っていると疑っている。 中国では値段が高いから、きっと品物も良いという論理は通用しない。 立派な店構えだからと信用して買ったらコピー物だったり、パソコン、携帯電話なんかも外側だけ新品で中身は中古部品を使っている、そんな悪徳業者も結構いるらしい。 極端に言えば、まだ騙すか騙されるかの世界から抜け切れていないのだから、いきおい客としては慎重にならざるを得なくなる。なんとも不安定な世相である。 ひと頃、香港観光もそんな事があった。「本物を売っているのは日系デパートだけだ」と言われたくらい、散々日本人は偽物を掴まされた。 ホテル業界も、気前が良くて文句を言わない日本人は別格料金。みんなで寄って集って毟り取ったから、とうとう日本人は香港へ行かなくなってしまった。 一時香港観光業界も慌てて悪評の打消しに躍起となったが、一度失った信用はそう簡単には取り戻せない。今は中国本土からの観光客が圧倒的に多くなったので、息を吹き返したらしいが、同じ中国人じゃ、手の内が分かっているから、観光関連で食べている人はやり難いだろう。 どうも中国人は、元々大陸的で鷹揚なところがあるせいか、日本人のように四角四面にキッチリとしていなきゃ気持ちが悪いなんて事はないようだ。 「とにかく見た目が立派に出来ていれば、取り敢えずはいいじゃないか」といった雰囲気がある。 街で通り掛かりに見掛ける1階の店舗内装工事など、時々アッと意表を突いた場面に遭遇して息を呑む。 本体は鉄筋コンクリートのビルなのに、張り出した店舗の入り口に建つ円柱など大工さんがベニヤで作っているのだ。その上に大理石を取り付けてしまえば、もうこれは見た目、立派な石柱である。 内部ならまだしも、雨風をまともに受ける外では3年と持たないだろう。 でもそんなことはお構いなし、平気、平気。見掛けさえ豪華ならオーナーも納得してしまうところが、なんとも中国らしくて見ている分には楽しい。
では現在の上海を覆っている物価高は何が原因なのだろう。 街の一等地にあるデパート、高級餐庁、美容室の値段が異常に高いのは、多少阿漕(あこぎ)であっても、細かい事は気に掛けない商売人達が、儲けを優先させた結果だけなのだろうか? 以前から、これにはもっと裏事情があるような気がしてならなかった。 それは上海バブルの元凶、不動産の異常な高騰が、少なからず影響しているのは明らかだ。 今や中心部のデパートはすこぶる鼻息が荒い。 売り場を貸しているテナントにも、売り上げに応じた歩合家賃を取っている。 じゃぁ、売り上げが少なければ家賃も少なくていいかとなるが、とんでもない!デパート側が勝手に決めた最低ラインに届かなければ追い出されてしまう。 高級餐庁の値段が法外に高いのも、同じことが言えるかも知れない。又々女房に言わせると、 「味なんかいつも行く庶民餐庁と変わらないョ、あれは高級な内装と家賃にお金を払ってるんだョ」 となる。あながち違うとも言い切れないところもあるので、私は黙っている。 中心部の家賃は今や売り上げの30%占め、テナントの経営を圧迫している。 上海有数の繁華街[淮海中路]の目抜き通りに面した場所など、1uに付き1000元の家賃を取っている店舗もあると聞いた。 仮に100uの店舗だと、毎月10万元!驚くなかれ日本円で130万円の家賃である。 くれぐれもお間違いのないように、これは日本の話ではなく、現在の上海事情なのだ。 こうなると高い安いなんていっている段階は、まだ可愛げがある。酷いのを通り越して、こういうのを無茶苦茶というのだ。これでは安い商いなど出来る訳がない。 こぞって高額な輸入品を扱うか、仕入れが安いのに高い値札を付けるか、いずれにしても経営を何とか維持しなければならず、生き残るのに必死だ。 家賃が高すぎて店の維持さえ覚束ないなら、そんな場所借りなければいいと素人は考えてしまうが、ところが一等地ならではの人出とネームバリューに惹かれて、借り手は引く手数多というのだから、世の中、ますます訳が分からなくなってしまう。
上海でもう一つの有名な繁華街[南京路]に2年前、日本の大手牛丼チェーンが出店した。 土日ともなればケンタッキーやマックには、大勢の人達で店内には入りきれず、外に行列が出来るほどだ。そのすぐ近くに件の牛丼屋が華々しくオープンした。 最初こそ珍しさも手伝って野次馬客が押し掛けたが、間もなく潮が引くように客の入りが悪くなった。元々中国人が良く食べるのは豚肉と鶏肉だ。それに丼飯一杯というのは貧乏人のすることで、見栄っ張りの上海人には好まれない。 おまけにご飯の上に載っている肝心の牛肉が、ただのクズ肉に見えて食欲もそそらない。 見事に三拍子揃ってしまっては、苦戦も致し方がないのである。 牛丼屋でありながら、豚丼、鶏の照り焼き丼など中国人好みのメニューも用意、ケーキにコーヒーまで置いて、形(なり)振り構わず、これ集客に努めた。 体力のない企業なら、高額な家賃と経費でとても持ち堪えられなかったろう窮地を、さすがは大企業。日本のメンツも企業の信用も守り切った。 最近は中国の若者も牛丼を食べるようになったから、上海でもようやく認知されてきたのだろう、まずは良かった。これなど企業努力に拍手を送りたい思いだ。 私の住んでいるマンション下の美容院も毎月2万数千元の家賃に苦しんでいる。 オーナーはまだ30歳半ばの小姐で、他にもう1軒店を持っているという話だったが、最近は1日中張り付いて、自ら陣頭指揮を執っている。 もう1軒の方はどうしたのだろう?いらぬ詮索だが気になってしまう。 ざっと計算してもこのお店、1日2000元以上の売り上げがないと苦しい筈だが、どう見ても洗髪10元、按摩40元の商いでは届きそうにない。 なにしろ美容室でありながら、肝心の髪をいじくるお客よりも、洗髪、按摩の客の方が多いくらいなのだから、儲からない原因の根は深い。 有り体に言って、パーマ、カットの技術が今ひとつ、しっくり来ないのだ。 ここを補強すれば売り上げも伸びると思うが、それが分かっていて出来ない事情があるやも知れず、余計なお節介はしないようにしている。 えっ、私ら?・・・・申し訳ない、私ら夫婦も髪の仕上げは他の店でやっています。ハイ。 勝負出来るだけの資力がある企業やオーナーはまだいいが、庶民クラスのラオパン(中小企業主)は必死の上に捻り鉢巻でも締めなければ、店の経営は立ち行かない。 何も知らなかった当時の私は、店舗の代替わりが激しいのに驚いていた。 爆竹を鳴らして派手に開店したのに1年も経たない内に、別の店名になっていたなんて、しょっちゅうの事だったから、「上海人は儲からないと手を引くのも早い」くらいに思っていた。 だが実際には一所懸命商売に励んでも、儲けの大半が家賃に消えるような現状は、やっぱりどこか間違っている。そういった裏の事情を知るに連れ、潰れるべくして潰れた、若しくは潰された被害者のような気がして、ちょっと気の毒に思えた。 これでは商業の発展は望めない。どこかで歯止めを掛けなければ、上海はもっと金に追われた殺伐とした街になってしまいそうで怖い。 中国人は元来商売好きだが、特に上海人にはその傾向が強いようだ。 潰れる心配どこ吹く風、一国一城の主になりたい人間が後を絶たない。 普通の庶民ラオパンなら資金にも限りがあるし、一等地など端から考えないだろう。 利益だって1万元(13万円)もあれば大成功。これから先もずっと中国で生きて行くのだから、これだけあれば十分といえる。、 ところが日本人はそうは行かない。利益13万円では、いつになっても故郷に錦は飾れない。 では日本人が1軒お店を出すには、どのくらい費用が掛かるのだろうか。 地元上海人に訊くと、誰もが話を大きくしたがる。自分の事でもないのに肩肘張って、「上海はもう世界に負けないんだ!あんたが考えている程安くは出来ないョ」とでも言いたげな話しっぷり。 その郷土愛は買うが、果たしてどのくらい割り引いて聞いたら良いものやら? 頼りのお舅さんは、私が準身内だから正直に教えてくれるのは有難いが、貧乏人の悲しさで下町場末の餐庁ぐらいしか頭に浮かばないらしく、これ又安過ぎて参考にならない。 2年ほど前、上海で手広く事業を営む女房の友人からオファーを受けた事がある。 「立地条件の良い場所に店舗の出物があるが、旦那さん、日本料理屋でもやる気はないか?」 私は当時もう上海で商売をする気がなかったので、勿論、断ったが、ビルのワンフロアーを借り切り、一切合財で200万元くらい掛かるような話をしていた。 それを聞いた時、悪い冗談か、それとも上海人お得意のハッタリが又始まったかと思った。 いともなく200万元と軽く言うが、2500万円を超える大金だ。 それだけあったら、私なんが上海でもっと楽しく暮らして行けるのに、何を今更危ない橋を渡ってまで、商売なんかしなきゃならないんだと思った。 ところが最近になって、あれは必ずしもハッタリだけではなかったかも?と考えるようになった。 上海中心部の不動産賃貸の高騰は、信じられない状況を作り出しているからだ。 店舗もそこそこ良い場所にあって、広さ200uくらいなら100万元(1300万円)は掛かると言われている。 繁華街からちょっと外れるが、テーブルが6つほど置けて、50uくらいのこじんまりした店なら300万円の資金でオープン出来る。 いずれも日本から考えれば安いが、問題は商売の経営の仕方、方向だと思う。 中国にはあれだけ人がいるんだから、きっと何でも売れるだろうなどと安易に考えて、遥々海を渡って来たとしたら大間違いである。中国人はそれほど甘くない。 幾ら人間が多いといっても、日本と同じ金額で売れれば儲かるが、格差5倍の壁が大きく立ち塞がっていることを、肝に銘じなければならない。 それを考えると、やはり日本人相手の商売という事になるだろうが、だが早まることは無い、まだ考える余地があるのではないだろうか。 街なかで羊の肉を串焼きにして、独特のスパイスを振りかけた食べ物が人気だ。 1串2元、1本単位の商いは小さいが、やはり中国、売れる本数が桁外れに大きい。 ウルムチ出身の若きラオパン(中小企業主)は、5坪足らずの店で1日1500本売り切ると豪語する。 1500本×2元×365日=1095000元、円で1400万円ちょっと。このうちの儲けがザッと半分の700万円。 店が小さければ家賃も安いし、雇用人数も少なくて済む。低コストを先取りした、この若きラオパンは頭がいい。こんな店を4〜5軒持っていたら、更にチェーン化したら・・・・・・ 安易な目先の儲けに惑わされず、長計を立てて、あくまでうねる大軍のような中国人を相手にする。 そんな骨っぽい日本人が少しづつ現れ、大陸を縦横無尽に駆け抜ける。 考えただけでもワクワクするじゃないですか! そんな日が来ることを祈って、私は今後も中国を見詰めていきたい・・・・・・・・ 4.仕事をちょうだい!へ続く・・・・ |