| 2004年7月 上海と日本の物価の違いは、現在どのくらいあるのだろうか? あくまで私見だが、単当直入におよそ5倍くらいの差があるじゃないかと思う。 それは一概に何でもという訳ではなく、買う物やサービスの内容によって随分と変わってくる。 たとえば私らがよく行く庶民餐庁。女房は料理を殆ど作らないから、必然的に外食の回数は増えるのだが、3品ほど料理を並べて2人で食べても35元(460円)くらい。 日本だとこの5倍として2300円、私らがファミレスなんかに行けばこのくらいだから、まぁ妥当なところでしょう。 毎日食べる食材もスーパーで買えば、野菜、果物、冷凍食品、お菓子、その他雑貨類など中国製品なら、押し並べて大体5分の1で買える。 理容室の調髪。私は長年の習慣でいまだにパーマを掛けている。パーマは髪によくないとも聞いているので、禿出したら止めようと思っているが、幸いな事にその兆候がまだ表れていないので上海でも続けている。 これなど現在100元(1300円)でやってもらっている。 以前と比べて技術も格段と進歩したし、今はそれほど不満がない。 日本だと7000円ほど取られているから、これもまぁ同じくらい。 美容室の洗髪は安い。ピチピチした若さ溢れる小姐が、たった10元(130円)で入念な髪洗いとマッサージをしてくれる。所要時間は40分ほどで、まったく罰が当たりそうなほど安い。 顔馴染みになると店先を通る度、その可愛い小姐が愛想よく手まで振ってくれる。 元手130円に対して、こんな国は世界中どこ捜したってないんじゃないかな〜 按摩・マッサージも安い。日本だと10分1000円が相場だが、上海だと1時間タップリ全身を揉んでもらっても50元(650円)くらい。肩こり症の私にとって、これは嬉しさを通り越して泣けてくる。 タクシーも初乗りが10元(130円)。近場ならこれで十分、ちょっと遠くても上海中心部の移動なら、掛かっても30元(390円)で済む。これなどもほぼ5分の1くらいでしょう。
上海中心部でマンションを借りた場合の家賃、仲介手数料はどうだろう。 友人が借りた広さ100uで2LDKの新築マンションが、家賃5600元(72800円)であった。 仮に5倍してみると364000円・・・・・ウ〜ン、これは東京の都心でもちょっと高い気がする。 不動産屋の取り分、仲介手数料は家主、借主、双方から家賃の35%づつ申し受ける。 この友人の場合は2000元で家主ともで合計4000元(52000円)だった。 日本の場合はシステムが実に曖昧な為、いつもトラブル。不動産屋の話では、自分の店でお客を付けられる事は稀で、業界の横の繋がりで探すのだという。 その為、周旋を依頼された不動産屋は、東京中の同業不動産屋にチラシなどをFAXして情報を流す。あとは電話の鳴るのを待つ段取りだ。 同業者の紹介で話が纏まれば、不動産屋双方が家賃1ヶ月分を仲介料として取る寸法である。 では運よく周旋を依頼された不動産屋に、直接客が訪ねてきた場合はどうなるかというと、決して正直には言ってくれない。結局は同じように家主、借り主とも1ヶ月づつ取られてしまう。 まぁ、そういった内輪話は別にして、日本の不動産屋が1ヶ月分の取り分と計算して、東京で同じ条件のマンション賃貸だとおよそ23〜25万円でしょう。 上海の不動産屋の仲介手数料は52000円ですから、その5倍だと260000円になる。 いいところを突いています。これも大体同じですね。 私が上海を好きな最大の理由がここにある。同じお金でも日本に比べて5倍の遣い出がある。仮に東京で約(つま)しく暮らしても20万円掛かるとすれば、こちらでは100万円の価値がある。 これは上海で普通に暮らしていたら使い切れない金額だ。 家事が嫌いなら阿姨さん(家政婦)を月1000元(13000円)で雇えばいいし、掃除と洗濯くらいなら1時間10元の時間給でもやってくれる。もうこの世の天国という外ない。 ただ日本とまったく同じ暮らしを望んだり、食べ物も日本食に拘ると、途端に20万円は20万円の価値でしかなくなってしまう。郷に入らば郷に従え、多少の妥協と拘りを捨てることが秘訣だ。 どういう訳か、着る物は高い。世界の服工場となった中国であるにも拘らず、上海のデパートなどで売られている服は殆ど日本より高い。勿論、輸入物ではなく中国製品がですよ。 Tシャツが1枚200元(2600円)、ブラウスが600元、ちょっとデザインがいいなぁと思うワンピースなんか、軽く1000元以上もする。よく臆面もなく、こういう値段が付けられると感心してしまう。 もう昨今はデパートなんかを覗きに行く気にもなれませんよ。 当然、上海庶民の月給2000元〜3000元では買えっこない。金持ちが増えた上海にあって、デパート側は貧乏人など相手にしていないという不遜な雰囲気すら感じる。 お洒落れをしたい盛りの小姐だって、とってもここでは買えませんよ。でも街なかで見る小姐は誰も流行の服を着て、とっても可愛くて綺麗な娘ばかり。 じゃぁ、どこで調達しているかとなると、これがある所にはあるんですね。 丹念に探すと、庶民ご用達のような市場が、今でも上海のあちこちに点在している。 上海に長く滞在もしくは生活している私らでも、つい最近まで知らなかったんです。 女房も地元を離れてかなりの年月が経っているし、学生時代の友人とも気軽く話す機会が少なくなったので、それらの情報も入り難かった。 或る日、女房がどこからか聞き込んできた。「安いところがあるらしい?」 1ヶ所は南京路から歩いても20分くらいのところにある衣服専門の市場。 大通りを挟んで両側に安売り市場が続いている。平日にも関わらず凄い人出、まるで巨大なバーゲン会場が、ひっきりなしにやって来る客を貪欲に飲み込んでいるようだ。 上海は車優先だから、いつもは我が物顔で走り抜けて行くのに、ここの交差点だけは別。 なにしろ歩道から溢れた人達が車道に押し出されて、次第に道路を塞いでしまったような状況だ。
外がこのくらいだから、小売業者でビッシリ埋まったビル内は、もっと凄い。 人、人、人で見動きが出来ず、一旦中へ入ってしまったら最後、進むことも戻ることも出来ない。 こういうギラギラした熱気に慣れていない私など、人いきれで眩暈を起こして倒れそうになる。 さすがの女房もこれでは買い物にならんと判断、引き返そうとするが、これもまた侭ならない。 イライラしながら脱出方法を考えていたら、目の前の小売店にいたおばさんと目が合った。 (凄い人出でアンタらも難儀だね)、そんな仕草で肩を竦(すく)めた。 見るとは無しに店内を見渡すと、私に穿けそうなズボンやGパンが所狭しと吊り下がっている。 「どうせ身動き出来ないんだ、ここで買って行こうか?」 長蛇の列から抜けるように店内に入った。入ったというよりも、ちょっと移動したに近い。 店内は自分が動き回って直に品定めすることも出来ないほど狭い。 その場に立ったまま、あれこれ色や形で選び、おばさんに取ってもらう。 「これならまぁいいだろう」となっても試着が出来ない、場所がない。 ここまで来る途中、他の店でパンツ姿のいい歳をした親父を見たが、これだったのか。 中国人はそんな一時の恥よりも、品物を間違いなく買う方が、よほど大事なのだ だがサイズだけで買って行くのも不安が残る。中国物でのサイズ表示は当てにならない。 女房が後ろから宛がって大きさを見ているが、やっぱりズボンは穿いてみない事には駄目だろう。 「まぁ、いいや、今度にするか」 面倒臭くなると、いつもこれで帰ってしまう。よく考えてみると、買い物何てぇのは勢いで買ってしまわないと躊躇してしてしまう場合が往々にしてある。私など特にそうだ。 時間もお金も余裕のある条件が整ってしまうと、案外、「又今度にしよう」なんて気になってしまう。 だが今日は違う。この人混みと安さだ!買い物気分としては絶好調、こんな日は滅多にない。 緊褌(きんこん)一番!ここで何か買って帰らなきゃ、何しにきたんだぁ! やおらベルトに手を掛け、ズボンを脱ぎだす。目の前の狭い通路は人で一杯だが、どうせ知った顔など居やしない。そう考えれば別に恥ずかしいことも・・・・・やっぱり多少はある。 モジモジしている私を見かねて、店のおばさんと女房が助け舟。大きな布を両サイドで引っ張り、簡易脱衣室を作ってくれた。 日本人は生まれてこの方、後生大事に背負ってきた常識や世間体が体にベッタリ張り付いていて、まったくいざという時になると思い切りが悪くていけない。 他人の事なんか構っちゃいられない、中国人のバイタリティを少しは見習いたいものだ。 何とか試着を終え、薄手の夏ズボン(30元)とGパン(70元)を買った。合わせて100元(1300円)、戦果は、まぁまぁってところか? もう1ヶ所は、北に向かってバスを乗り継ぎ1時間半。中心部の都会的景色も一変した鄙びた街、共康路にある市場に行って見た。 バスを降りると下町独特の臭いが鼻を突く。道路も歩道もゴミが散乱していて、都心を離れると途端に清掃員の数も少ないのが分かる。 市場の大きな屋根の下では、小さな店ばかりが犇(ひしめ)くように並んでいた。 ここには衣服、鞄、靴、生活雑貨、掛け軸から置物まで、食料品を除いた様々なものが商われている。上海の他の市場は、衣服なら衣服だけ、靴なら靴だけと限定されたところが多かったが、ここは珍しい。 ここに来ればあらゆる物が安く買える訳だから、周辺の庶民には便利だろう。 女房のお目当ては服だ!やっと宝の山でも探し当てたかのように、目が輝いている。 臨戦態勢万全、突入せよ!1軒1軒丹念に見て歩いたら、1日掛かっても回り切れないほどあって、そのどの店も破格に安いのだから、嬉しさも半端ではない。 若い小姐の好みそうなデザインの衣服が、所狭しと並べられている。ここでは一流メーカーのデザインなどすぐにパクられ、コピー物を堂々と扱っている店もあるらしい。 店によっては一応商品には値札が下がっている所もあるが、全品交渉という店も少なくない。 通り一遍の訊き方でも十分安いのだが、いざ買う段ともなれば、客は更に本腰を入れた値引き交渉をしてくる。上海ではここからが本当に買い物上手か、そうでないかの真価が問われる、そんな感じだ。 女房が口癖のように言う。「あ〜、東京の方が楽だ。交渉しなくていいから」 そんなに辛いのなら、言われた値段で買えばよろしかろうと思うのだが、そうは行かない。 交渉すれば多少でも安くなる事が分かっていながら、みすみす高いものを買うなんて、女房の気性が許さない。損した思いは敗北感にも似て、悔しさで夜も寝られなくなる。 市場全体では女物を扱う店の方が断然多いが、スーツやブルゾンの紳士服を並べる店もある。 私が店頭に出ているスーツの値札を、ちょっとでも覗き見ようものなら、すぐに奥から店主が飛んでくる。 中国語で早口に捲くし立てるが、こちらはフン、フンと頷くだけ。 (こいつ、中国人と違うな〜)と店主が感付き始めた頃、女房がやって来る。 「離れちゃ駄目だョ、迷子になっちゃうョ」 女房にスッと近づき、「このスーツの値段聞いてくれ」と耳打ちする。店主はこのいかにも怪しい振る舞いにすっかり自信を深めた。こいつは日本人だと。 そうなるともう交渉の余地はない。恐らく倍くらいは吹っかけてきただろう。 元々買うつもりがなったから痛くも痒くもないが、実際に上海庶民は幾らくらいで買うのか、それを知りたかっただけなのだ。 因みに他の店で同じようなスーツの値段を女房に聞いてもらった。勿論、私は遠く離れたところで素知らぬ顔をしていた。案の定200元(2600円)と、中国ではまともな値段をいってきた。 さっきの店は500元だったから、やはり日本人だけで買い行くのはお薦めできない。 女房、豹柄のちょっとカッコいいジャケットを見付けた。着てみると誂えたようにピッタリ。 傍らのもう1着のジャケットも気に入って、どちらにしようか迷っている。 「どっちも似合うね、それ幾らするの?」 「ひとつ90元、(1170円)・・・・・交渉でもう少し安くなると思うけど」 私は思わず唸った。そんなに安いのか、90元で散々迷っている女房が可哀想に思えてきた。 「買ってまぇ!買ってまぇ!迷う事ない、そんなの両方買ってしまえ!」 結局、1着だけを80元に値切って買った。 こいつは倹約家なのか、本当のケチなのか分からなくなった。 男は女ほど着るものには拘らない。第一試着もするところがない店では買う気もしないので、以前から一つ欲しいと思っていた靴を2足買った。 一つはスニーカー、もう一つはラフな服装に合う革靴にした。値段は千差万別、ピンキリで安物を扱う店と、ちょっと高級物を扱う店はハッキリ分かれている。 見た目で判断する癖が抜けない私は大いに迷う。同じようなスニーカーでも、片や安物店では50元、片や高級店では200元する。 「中国で信じちゃいけない見た目と政治」・・・・・・・私が作った標語だ。 これまでも見た目に惑わされて、随分痛い思いをした。今では骨の髄まで沁み込んでいる。 もうそう簡単には騙されまいと、微に入り細にわたって比較検討した。 50元の方を履いてみると、まず重いくて硬いと直感した。履き心地はまるで板でも履いているようで自由か利かず最悪。これでは幾ら安くても買う気にはならない。 女房は傍で「履いているうちに慣れるよ」という。だが日本人はそういった時代は過ぎた。 靴は試しに履いてみた時から、ピタッとフィットしていなければ後で必ず泣く事になる。 履き慣れるまで我慢しなきゃならないなんて、子供の頃すでに散々経験済み。今更この歳になって節約しても意味がない。私は嫌だ!何が何でも御免蒙りたい。 私は女房の不満顔を尻目に、当然200元(2600円)の方を買った。それでも東京で買うよりずっと安い。これは軽くて履き心地も満点、やはりあんまり安いのは銭失いになってしまう。 そういえばスニーカーで思い出したが、貧乏だった過去に囚われ過ぎている奴がもう一人いた。 私のすぐ下の弟だが、こいつも見た目によく惑わされる。私より症状は酷い。 東京で生活用品の安売り即売会が開かれた時、スニーカーの安さに驚き、履き心地も重さも硬さも関係なく、どうせ仕事で履くからと10足も纏めて買ってきた。 恐らく中国で40元(500円)くらいで仕入れたものを、東京で1200円で売り捌(さば)いたのだろう。 それでも倍以上の儲け。数が捌(は)ければ、おいしい商売といえる。 知らないという事は実に怖ろしい。弟はメーカー品で1万円以上もする靴など履いたことがないから、まぁ、こんなもんだろうと疑いもせず履いていた。 2年ほど前の話だから、今頃何足目を履いているやら・・・・・・ 弟も女房と同じで可哀想な奴なのである。見た目が同じ出来なら、ついつい安い方へ手が出てしまう。 スニーカーでありながら、まるで建設現場の安全靴を思わせるような、自由の利かない頑丈さ。 こんな材質の悪いもの、そのうちゴムが硬くなって履けなくなってしまうのではなかろうか。 決して買えないほど困っている訳ではないのに、貧乏体験は半世紀経っても尾を引く。 私は時々泣きたいほど悔しくなる。貧乏が悲しかったという事ではなく、50年経ってもその呪縛から抜け出せないからである。 3.商売残酷物語!へ続く・・・・・ |