儲かりまっか?上海

11.油が乗った、さばの塩焼き!

                                                        2005年12月
 クリスマスもいよいよ迫った12月20日過ぎ、私は気になる日式餐庁の様子をまた見に行った。
うちのマンションから散歩がてらに歩いてちょうどいい距離なのだが、12月も押し迫まってくると、夜ともなれば大分寒いので、ついつい億劫がって電動自転車で出掛けてしまう。
この日もビヤ樽ビルまでひとっ走りで乗り付けてみると、今日に限ってビルの周辺がヤケに人出が多い。
若いカップルが多く、上海体育館に続く交差点は人で埋まっていた。
体育館も余所行きのおめかしをしたように、一際明るいライトアップがされているのを見て、ハハァ〜ン、今日はコンサートか何かのイベントがあるんだなと分かった。
 
 周囲を気を付けて見ると、やはりダフ屋がチケット片手に、あちこちで手当たり次第に声を掛けている。
PM6:00を回っていたが、まだ開演時間まで随分間があるのか、屯する人達にも慌てている様子がなく、チケットの売れ行きは芳しくないようだ。
ダフ屋と交渉しているの人の横から立ち聞きしてみると、アーティストが豆粒ほどにしか見えない一番後ろの席でも300元はするらしい。前の方なら1000元〜2000元もするような話だった。
チケットをダフ屋から買おうとすれば、高いのは承知。
だが、客の方もおめおめと黙ってそれを買うほどお人好しではなく、コンサートが始まって20分も経てば安くなるのを知っているから、中々開演前に交渉が成立するのは少なそうだった。

外国人アーティストのコンサート・・・・チケットダフ屋の声が響く

上海の夜は煌く宝石・・・街中がイルミネーションで華やかに輝く

 いつもは閑散としているビヤ樽ビルの洋品売り場も、嬉しい相乗効果か、かなりの人が行き来していた。
単に外の寒さから逃げ込んだだけかも知れないが、見た目の活気は格段に違っている。
エスカレーターで地下に下りても賑わいは同じで、8章で紹介したパン屋なんて客でごった返していた。

「これじゃぁ、日式餐庁も込んでいるかも知れないね、日が悪かったよ」

込んでるならそれも良し、あのオーナーがどんな顔して嬉しい悲鳴を上げているか、それはそれでいっぺん見てみたい気もするので、足早に店へ向かった。

「ほほ〜う、スゴイね今日は、座るとこなんてないね」

配膳小姐は忙し過ぎて殺気立っていた。何でこんなにも急に客が押しかけてきたのか分かってないらしい。
狐に摘まれたように分かっていない人がもう1人!まさに嬉しい悲鳴を上げながら、オーナー自らトレー片手に料理を運んでいた。

やっと空いた席に取りあえず腰を下ろしたが、今度は幾ら呼んでも配膳小姐が注文も取りにこない。
開店以来の大入りに、もうパニック寸前の様子だ。
私らが確保した4人用のテーブルに、これまた前代未聞の相席で、初老の中年紳士が座った。
おもむろにメニューを眺めていたその紳士は、私たちが日本語で話しているのを聞いて、ピクッと一瞬こっちを見た。私はその表情を見逃さず、おやっ?こちらも日本人の同胞かと急に気安くなった。

「今日は駄目ですねぇ、私らもさっきから小姐呼んでるけど、相手にもしてくれませんよ」
「そうみたいですね、今日は体育館でイベントがあるようだから、きっとそのせいでしょう」

ちょっと困惑気味にいったその紳士の横顔には、恐らく日本の企業から単身出向してきたのだろう、寂しさにも似た哀愁が漂っていた。

「こんな落ち着かないんじゃ、食べる気がしないよ、今日は帰ろう!」

私は女房を促すと、席を立った。その紳士ともう少し話をしてみたかったが、忙しくなったらなったで、ぞんざいな対応しか出来ない店に対する抗議の意味も含めて、この場はどうしても席を蹴りたかった。

「それじゃ、失礼します。待ってたら、いつになるか分かりませんものね」

私は紳士に軽く挨拶して、全身から抗議の怒りを漲らせながら、周囲に目もくれず一直線に出口へ歩いて行った。女房は元々日式餐庁では口に合うものが少ないから、憤りよりも寧ろ嬉々とした表情で後を着いてきた。
通路に面したガラス越しに、さっきまで居た席をみると、あの紳士も立ち上がってコートを着ていた。



 今日はこのまま帰ろうと思ったが、折角来たのだから上階の洋品売り場でも見てやり過ごし、再度、店に行くことにした。体育館の開演だって、そんなに遅く始まる訳じゃないだろう。

 1時間ほど時間を潰して、また日本餐庁店に舞い戻ってみると、予想したとおり、店内はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返って、客はほとんど居なかった。
大堂経理の兄ちゃんが私たちに気が付き、相好崩してやってくる。

「今日はどうしちゃったんだい、凄い込みようだったね」
「私も訳が分からないんですよ。いきなりお客が増えちゃって」

まだ興奮冷めやらぬ顔で、上気した表情から次々と笑いがこぼれる。
てんてこまいのドサクサに紛れて、金を払わずそのまま店を出ていっちゃった奴もいたらしいが、笑い飛ばせるくらいだから相当入ったのだろう。
どうやら、上海体育館でイベントがあったのを知らないままでいるらしいが、それならそれで、わざわざ水を指すようなことを言わなくてもいいかと言葉を飲み込んだ。
前回、すっかり打ち解けたオーナーもやって来た。私も立ち上がって、ガッチリ握手。

「とうとうやったね!あれだけ客が入ればもう大丈夫、早々と軌道に乗ったじゃないですか!」
「いや〜、それならいいんですけどね、まだ分かりませんよ」

と言いながらも、満更でもない顔で、すっかり上機嫌なオーナー。
もう少し煽(おだ)てれば、今日の食事代はタダになりそうな気配だったが、私もそこまで卑しくない。
実際、軌道に乗ったのなら、私だってこんな嬉しいことはない。うちから歩いて行かれる距離に、そこそこ美味しくて、比較的安い日本食堂があれば、私にとってもメリットは大きい。

「これを弾みに、ますます頑張ってくださいよ。私もしっかり宣伝しますから」
「ありがとございます。よろしくおねがいします」

宣伝といっても、このHPリポートくらいなのだが、上海にお住まいの方、また観光でいらっしゃった折には、まぁ、是非立ち寄っていただきたいとは思っています。

「さて、今日は何を食べようか、オーナーのお薦めってありますか?」

儲かった日は口も滑らかになるのか?オーナーは、よく聞いてくれたと言わんばかりに話し出した。

「さばの塩焼きなんか旨いですよ、私は日本で色々食べ歩いたからね。油の乗ったのが何といっても最高!」

こうなると喋りはもう止まらない、止められない!店と客の立場を超えて、もう友達感覚で繰り出してくる。

「中国人には怒られるんですよ、こんな油っぽいの食べられないってね。ほんとに美味しい魚の味を知らないんだから、情けないですよ」

私はかなりの日本通だと自負したい気持ちは分からないでもないが、中国人が中国人を情けないと言い切る感覚に、少々の違和感を感じてしまった。
それにしても本格的焼き魚なんて、もう半年も食べていない。精々、女房が時々辛うじて買ってくる、しゃけの切り身をフライパンで焼いて食べるくらいが関の山だから、思わず涎が出てきそうになった。
ジュワ〜と油が滴り落ちるくらいの焼き魚が目に浮かび、私は一も二もなくこれに決定した。
可哀想なのは女房。普段は好き嫌いもなく、何でも食べる方なのだが、日本料理に限っては食べたい物が見付からないとよくこぼす。それでも文句を言わず付き合ってくれるのだから、好い女房なのだろう。
その女房が、穴の開くほどメニューと格闘して、ようやくチャーシューメンを頼んだ。



 もう、まだか!とか遅い!とか言わせない。そんな気迫を感じさせるほど早く、注文が出来上がってきた。

 「早いのは結構だけど、これかい?やけにこぢんまりしてるねぇ、写真のイメージとかなり違うぜ」

私は注文したさばの塩焼きを見て、ストレートにそう感じた。
油の乗ったさばの塩焼きの筈が、チマチマっと身が締まっちゃって、簡単には解(ほぐ)れそうにない。
滴る油は何処へ行っちゃったのか?パサパサでとても箸では歯が立たず、フォークとナイフが欲しいくらいだった。

「こりゃ、きっと中国人用にアレンジしちゃったんだねぇ」

私も人が好いから、オーナーや大堂経理と懇意になってしまうと、店側の肩を持つような気持ちになるらしい。
だが、これで上海で美味しい焼き魚を食べられると思った喜びは泡となって消えた。
他にも秋刀魚やほっけの焼き魚があるが、推して知るべし、恐らく今後も注文することはないだろう。

 女房の方も難点あり!変な顔して口をモグモグさせていたと思ったら、太目の糸を引っ張り出した。
チャーシューを縛った糸であることは言うまでもない。仕事にうるさい日本人調理師が気を抜いてやったとも思えず、多分アルバイトの調理補助が切ったのだろう。
女房のをちょっと味見させてもらったが、スープは上海にあるラーメン専門店より美味しいくらいで合格点。
黄色味がかった麺も、オーナーが日本の麺に一番近いものを探したというだけあって、結構いける味だった。



「おい、コーヒー2つ!」

オーナーが配膳小姐に言い付け、食後のコーヒーをサービスしてくれた。
仲良くなると言いたい事を言えなくなるのが辛い。どうせ、味はどうだったか聞かれるに決まっているし、どう答えたらいいのか?思案してしまう。
人間なんて本来、自分の為だとは思っても、忠言や苦言は聞きたくないもの。このオーナーも耳に心地よい褒め言葉を期待しているのは目に見えている。そうでなくてはコーヒーなどサービスしてくれる筈がない。

ふと、プレイボーイが女の子を口説くテクニックを思い出した。
顔やスタイルが不味ければ、髪を褒めるとか、着ている服を褒めるとか、なんか必ず褒めるところがある筈だと。

「いや〜久し振りに焼き魚食べましたよ。やっぱり懐かしいですね〜」
「中々、細かいところまで神経使っていて、このレモンなんて気が利いてるよね。普通は付けないですよ」
「それにこの皿だってかなり拘ってる。こんなの中国にはないでしょ、日本から取り寄せたの?」

私も瞬時にこういうセリフが出てくるんだから、まだまだ頭は錆び付いていないと、若干の自信を持った。
女房も、私の苦肉の褒め言葉を察してか、チャーシュー糸の事は黙っていてくれたので、何とかこの場は取り繕うことが出来た。
オーナーは一層気分を良くし、もう1杯コーヒーをどうかと勧めてきたが、もう腹がガボガボで丁重に断った。
今日はオープン以来、最高の客の入り。これも自分が常に陣頭指揮にあたった賜物か、先の展望が開けてきたことに、オーナーは言い知れぬ喜びを噛み締めているようだった。
こうなれば、口が裂けたって言えやしない!今日は上海体育館で、大きなイベントがあった所為だなんて!

12章へつづく


後記
日式餐庁オープン騒動記シリーズも、とうとう4話に突入です。
好景気に浮かれた上海も、いよいよバブルが弾ける様相を見せ始め、中心部の不動産も3割は値下がりしました。この先も繁栄を続けていくことが出来るのか、今後も目が離せない上海です。
それでは次回、12.商売敵が続々オープン!でまたお会いできるのを楽しみにしています。

次回更新まで中国ランキングのクリックよろしく。

ホーム 戻る 次へ